100: 2014/09/04(木) 23:51:00.60 ID:wVYhY2i90
艦娘(私の知っている世界は、どこか平和だった)

艦娘(世界が深海棲艦の脅威に晒されていても、陸地と陸地に挟まれた内海近辺に住む私達には遠い話)

艦娘(せいぜい軍港とその周辺に住む海軍の人たちが何かと戦っている、それぐらいの認識)

艦娘「見てみてお姉ちゃん! 戦艦だよ、おっきぃ!」

姉「あれは空母だよ艦娘。大きい軍艦なんでも戦艦って思わないの」

姉「でもなんでこんな内海の基地に空母があるんだろう? 海峡通れるのかな…?」

艦娘「なんだろ、わかんないや! お姉ちゃん、アイス食べに行こうよ!」

姉「行こう行こう!」

艦娘(学校帰りに、お姉ちゃんや友人たちと出かけるちっちゃなお店。そこでアイスを食べるのが何よりも楽しみだった)

艦娘(中でも好きなのは安く買えて、青く綺麗なソーダアイス。当たりつきである)

艦娘「くーださいなー!」

少年「いつもの二本?」

艦娘「いつもの二本!」

艦娘(この店に来るもう一つの楽しみ。それはこの店のおばあちゃんのお孫さんに会う事。孫といっても、私達よりも年上なんだけれど)

艦娘(なんでも中学を出てからお手伝いをしているそうで、優しくて宿題や遊びを教えてくれたり、時々おまけもしてくれたりする人だ)

姉「もー、走らないでよ。あ、ありがとう」

少年「どういたしまして」

艦娘(そして彼に会うたびに、お姉ちゃんは頬を赤く染める。ほの字なのは、昔から知っている)

艦娘(羨ましいと思う事はある。だけど…お姉ちゃんがいるから)

艦娘(踏み出せない自分がいる。そんな自分が時々、苛立つ)

姉「あ、あのさ…この前の事、やっぱり…」

少年「あ、ああ……まあ、お前ももうすぐ卒業だし…。で、でも。これは俺の意志で…」

姉「……」

艦娘(邪魔しないように外に行こうっと)

ばあちゃん「これ、なんの話をしとる?」
Model Graphix ARCHIVES 艦隊これくしょん 「艦これ」2
101: 2014/09/04(木) 23:53:43.18 ID:wVYhY2i90
少年「あー…な、なんでもない!」

姉「う、うん!」

艦娘(おばあちゃん空気読んでー!!!)

ばあちゃん「孫の嫁に来るなら妹の方がええねぇ。畑仕事巧い聞いてるよ」

艦娘「あははは…」

姉「わ、私は不器用だから…」

艦娘(この時何を話していたのか、それを知るのは数日後。お姉ちゃんが学校の卒業式を迎える時だった)

数日後

父「か、か、か、艦娘になるだってぇぇぇぇぇ!!!」

艦娘(あまりにも藪から棒な発言に、小さな家は揺れに揺れた)

姉「うん」

母「な、なんという事なの!? いったい突然どうして!?」

艦娘「………」

姉「うん。決めた事だから」

艦娘「あのおにーちゃんの事、どうするの? いつものお店のお孫さん」

艦娘「私、知ってるよ。お姉ちゃんが気にしてること」

姉「…違うの」

姉「二人で、海軍に入るって決めた事なの」

艦娘(母親は泡を吹いて卒倒し、父親は慌てて店にすっ飛んでいった。そしておばあちゃんも腰を抜かした)

ばあちゃん「な、なんじゃってー!!! それいったいどういう――――」

少年「うん、二人で海軍に入るって決めた」

ばあちゃん「忘れたんかい! 爺さんも、お前の父さんも母親も、軍人として深海棲艦と戦って氏んだんじゃ!」

少年「忘れてない。だからだよ。俺に何が出来るかって聞かれたら、これぐらいしか出来ない」

ばあちゃん「うーん」バタッ

父「ああっ! おばあさんしっかり!」

父「と、とにかくそれに娘を巻き込むのは…」

姉「違うのお父さん。これは私の意志だよ。私は私として、戦いたいの」

父「だ、だいいち泳ぎだって艦娘の方が巧いし…」

姉「いや、艦娘になれば水上移動だからあんま関係ないって」

102: 2014/09/04(木) 23:56:11.07 ID:wVYhY2i90
艦娘(家族会議は続いた。しかし、結論は変わらなかった)

艦娘(ある意味正しいのか、それとも悔しいのか。二人で一緒にいたそうな姉の願いが叶ったのか、それとも自分の……)

艦娘(考えたくなかった。自分ひとりが取り残されるような虚しさを。でも、それが現実だった)

艦娘(そして二人は海軍へと入隊していった。寂しそうなばあちゃんの姿だけが、残った)

艦娘(いつも一緒だった姉が消えた事で、私の家庭は少し笑顔が減った。だから私は代わりに笑った)

艦娘(スキンシップを取るようにして、父や母を笑わせようと、一生懸命色んな事をした)

艦娘(だけど我が家は、少しずつおかしかった。そりゃそうだ。姉は毎月便りは来るけれど、それでも氏と隣り合わせの世界なのだ)

艦娘(私の住んでいた世界は、こんなにも平和なのに)

艦娘(そんなある日、私宛に手紙が届いた)

艦娘「お姉ちゃんからだ…」

姉『家の近くの鎮守府に来て欲しい』

姉『色々、話したい事があるから』

艦娘「……日付は、今度の日曜日?」

今度の日曜日 鎮守府

艦娘「……あの、姉に呼ばれて」

海兵「はい、面会ですね。こちらへどうぞ」

艦娘(鎮守府に入ってまず飛び込んできたのは、巨大な工廠だった)

艦娘「ずいぶん大きいですね」

海兵「うちの鎮守府は開発や建造に力を入れているので。新人さんのお陰で、色々開発できてます」

海兵「まあつまり、あなたのお姉さんなんですがね」

艦娘「…おねえちゃんが?」

姉「艦娘!」

艦娘「お姉ちゃん!」

艦娘(久しぶりの再会。孫はどこ、というよりまず再会が嬉しかった)

艦娘(目は隈だらけで、だいぶやつれてるように見えてても、再会が嬉しかった)

艦娘「元気? 怪我とかない?」

姉「大丈夫よ。心配しないで。ちょっと仕事ばっかりだったけど」

103: 2014/09/04(木) 23:58:33.59 ID:wVYhY2i90
艦娘「工廠で色々やってるって聞いたけど」

姉「うん……ここは内海だから、戦闘はあんまりないんだけれど。訓練とか、研究とかはメインだもの」

姉「ついてきて。色々案内してあげる」

艦娘「そんなの、私に公開していいの?」

艦娘(なにせ私は一般市民なのだ。幾ら妹とはいえ、ほいほい機密に触れるようなことはいけない筈だ)

姉「大丈夫、大丈夫。鎮守府は、市民に愛される海軍を目指してるの」

姉「あれが砲で、あれがタービンで…」

艦娘「色々あるね」

姉「うん。色々なものが戦いを支えてるの」

姉「それで、こっちが研究所」

艦娘(この時に私は違和感に気付くべきだった。そう、気付くべきだった)

艦娘(再会した時にそのサインはあった。そして、孫の事を一度も話題にしないことが)

艦娘「おねえちゃん。おにーさん、元気?」

姉「……元気、といえば、元気ね」

姉「さ、ここよ。入って入って」

張り紙『関係者以外許可ナシノ立入ヲ禁ズ。厳罰ノ場合アリ』

艦娘「これって…」

姉「大丈夫よ」

艦娘「でも、私は軍属ですら…」

姉「いいからいいから」

艦娘(厳重な扉が閉められ、真っ暗な階段を降りて。そして、明かりが点けられた)

深海棲艦『シーン』

艦娘「これは…!?」

艦娘(テレビの中でしか見た事の無い深海棲艦が無数のカプセルに入れられていた。まるで標本のようだった)

艦娘「こ、こんなところに連れてきてどうするの」

姉「こっちへ来て……早く」

艦娘「だ、だって怖いよ」

姉「いいから、早く」

姉「これは軽空母ヌ級と呼ばれるんだけど…深海棲艦では、雄の個体も確認されてる数少ない種類…」

姉「そう、雄のね……」

艦娘「どういう意味で…」

艦娘(その時に、私はその標本を見て。初めて理解した)

艦娘(顔が大きく艤装で隠れているが、その下の顔は解らないはずは無い)

艦娘「……嘘……」

104: 2014/09/05(金) 00:01:25.95 ID:pSL6P5gH0
艦娘(そこにいたのは、かつて憧れたおにーさん)

姉「ねぇ知ってる?」

姉「彼が好きだったのは、ずっと気にしていたのは、私じゃないの」

姉「私に会う度に話してたことはいつも艦娘の事で、海軍に入隊するって言ったのも艦娘を守る為で、私が入隊したのは一緒に戦おうって言ったから」

姉「だけど彼の事はいっちも艦娘の事ばっかりで手紙を書けばみんな艦娘宛てで、何度手紙を焼き捨てたかわからないぐらい」

姉「ああそうよ、いつも艦娘の事を気にしてた。その挙句がこのザマよ!」

姉「…私が何度呼びかけても目覚めない、でも艦娘がいれば目覚めるはず。だから連れてきたの…」

艦娘「…!?」

艦娘(背後で響いた、砲弾を装填する音。14cm単装砲は、生身の人間を[ピーーー]には充分過ぎる程)

姉「ほら、大好きな艦娘だよ。連れてきたよ。ね、お願い…」

艦娘(そこにあるのは狂気だった。狂気でしかなかった。自身の姉の姿をした狂気だった)

軽母ヌ級『…ヌ?』

艦娘(その時、カプセルの中が動いた。深海棲艦と化した彼は、私を見た)

軽母ヌ級『ヌ…ヌ…』バリーン!

艦娘(割れるカプセル。流出した培養液)

姉「あははははははははは、ほら、目覚めたよ! ね、私を見て、私を見てよぉ!」

艦娘(私を突き飛ばしてヌ級へと飛びついた姉。だけどその直後――――)

軽母ヌ級「ヌ…ヌ…」ドロォ…

姉「あはははははは一緒だぁ…一緒ぉ…」ゴボゴボ

艦娘(軽母ヌ級から伸びた触手が、姉をあっという間に掴んでそのまま…艤装の中へ入り込み、更に変質していった)

艦娘(それだけじゃない、そこから伸びた単装砲が火を噴き、周囲のカプセルを破壊し始めた)

艦娘「ひ、ひぃっ!」

ヌ級「ヌゥッ!」

艦娘(流出する培養液を浴びたヌ級は更に変質。無数の深海棲艦を取り込んで言った)

海兵「な、なんの音だ!」

艦娘「逃げて! 深海棲艦が…!」

ヌ級「ドコダ…! ヌゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

艦娘「こ、こないで!」

艦娘(バケモノ。そうとしか言いようが無かった)

105: 2014/09/05(金) 00:04:31.80 ID:pSL6P5gH0
艦娘「っ!?」ズデッ

艦娘「魚雷…!?」

ヌ級「ヌォォォォォォ」

艦娘「ええい…ままよ!」

艦娘(落ちていた魚雷を掴んで、私はそのまま海に飛び込んだ)

艦娘(元は深海棲艦のバケモノも海まで追って来る。そう、私を追いかけているのは目に見えていた。だから…)

艦娘「……お願い…」

艦娘(強く抱きしめた魚雷と共に、深く、考えられるほど深く潜り、そして――――)

艦娘(手を、離した)

ヌ級「…ヌ?」

艦娘(爆音は、海の中にいても聞こえた)

艦娘(突き刺さった魚雷の威力は凄まじかった。私が浮上するのとすれ違うように、沈んでいくバケモノ)

艦娘(だけどその顔は笑っていた。その笑みの答えを、私は今でも知らない)

当時の提督「上がってきた…人か?」

艦娘「…ハァッ…ハァッ…」

当時の提督「奴はどうした!?」

艦娘「魚雷を当てたら…沈んだ…」

当時の提督「そうか…沈んだか…」

艦娘(そして私は、姉の事、そして姉の行為とヌ級について告白した)

艦娘(見てはいけない場所を見た事についてどっさり怒られ、ついでに姉の所業についても少し責められて)

艦娘(最後に声をかけられたことは、魚雷が狙い通りに当たった事だった)

鎮守府 現在

伊19(そして今、私はここにいる)

伊19「イクの魚雷はいつも狙い通りに当たるの」

伊19(静かな海のスナイパー。だけどその始まりはたった一発の魚雷だった)

伊19「…きっとおねえちゃんを沈めたときと同じように、一発で仕留めるの」

伊19(あれから何度も夢に見る。あの追いかけてくるバケモノを。そして最後に見せた笑みの夢)

伊19(今になってもその意味は解らない。だから)

伊19「えーい!」魚雷発射

伊19(今の私に出来るのは、二人の為に祈るだけ。海の底に沈む二人について、祈るだけ)

伊19(そして二度とあのような悲劇を生み出さない為に。深海棲艦を沈めるのだ。犠牲者が増えないように)

106: 2014/09/05(金) 00:07:37.00 ID:pSL6P5gH0
本当に亀更新でごめんなさい
今回は海のスナイパーこと伊19ちゃんでしたー。

でち公とどっちにするか激しく迷ったけど。

引用: 艦娘「艦娘になった理由」