1: 2009/05/17(日) 16:11:55.88 ID:wNNnpiNt0
「本当に行ってしまうのかい?」

翠星石と共に過ごした時間は長かった。
だから翠星石が今のマスターを気に入らない事も自然に悟る事が出来た。

「あんな人間と一緒に居たら気が狂っちまうですぅ!」

鼻息を荒くし、自分の荷物を纏める翠星石をただ見つめることしか出来なかった。
ついて行けばマスターを裏切る。
引き止めれば翠星石を裏切る。

「本当に蒼星石は来ねえですか? 契約をしていない今ならまだ間に合うですぅ」

静かに首を横に振ると、翠星石は一切振り返らずに家を出た。
グッドスマイルカンパニー ねんどろいど ローゼンメイデン 翠星石 ノンスケール ABS&PVC製 塗装済み可動フィギュア G12642
2: 2009/05/17(日) 16:15:05.62 ID:wNNnpiNt0
翠星石がいないだけでこうも静かになるんだ、と少し感心する。
振り返ってみれば、僕はいつも翠星石と共にいた。

"2人で1人"なんて言われたこともあった。
他の姉妹からみても、それほど一緒にいたという事だろう。

正直に言えば、寂しい。 それに不安だった。

柄にもなく翠星石と一緒に過ごした時間を振り返ってしまう。
思えば翠星石はいつも泣いていた。

星の綺麗なあの時も。
今になっても鮮明に思い出せる。

4: 2009/05/17(日) 16:20:51.26 ID:wNNnpiNt0
あの時は、翠星石が真紅とアリスゲームをしていた。
とはいっても僕がたどり着いた時には全て終わっていた。



「翠星石、泣かないで?」

泣いている姉の姿にただただ動揺してしまう。
他に気の利いた言葉など浮かばなかった。

「蒼星石・・・・・・、遅えですよ」

泣きながら微笑むその顔はとても痛々しいけれど、暖かかった。

7: 2009/05/17(日) 16:33:11.63 ID:wNNnpiNt0
「第5ドール・・・・・・真紅は悪い奴じゃねえかもしれねえですぅ」

遠い空を見つめるように目を細めながら翠星石がいう。
星の光が翠星石の涙を反射していた。

「翠星石を傷つけたんだ、それだけで僕は好きになれそうにないよ」

翠星石自身は傷付いてなんていなかった。
けれど翠星石は泣いていた、それが許せなかった。

「ばっ! この涙は真紅にやられた訳じゃねえですぅ!」

翠星石は顔を赤く染めながら僕を見る。

8: 2009/05/17(日) 16:38:56.36 ID:wNNnpiNt0
帰路、翠星石は真紅との戦いの話をしていた。
"負けはしたけど1撃だけ与えた"だの"真紅は優しかった"だのと。

「ふぅん、君の話を聞いたら僕も真紅に会ってみたくなったよ」

嘘偽りなどない、本心でそう思った。
翠星石を軽く上回る強さ、その気高さに惹かれた。

「バ、バカ言うんじゃねえですぅ! 翠星石だから助かったものの・・・・・・!」

慌てて止める翠星石を見て、余計に真紅に会ってみたいと思うようになった。

9: 2009/05/17(日) 16:44:06.08 ID:wNNnpiNt0
マスターの家に到着すると、翠星石の足がピタリと止まった。
『うー・・・・・・』と唸るような声を出しながら僕を見ていた。

「どうしたんだい?」

「・・・・・・入りたくねえですぅ」

どうしてそんなことを言うのか、当時の僕は全然わからなかった。
しかし翠星石の目は本気だった。

「・・・・・・分かった、マスターとの契約を解除しよう」

もうこの時代に用が無いことは分かっていた。
ならばマスターに迷惑をかける必要もない。

翠星石を外で待たせ、僕が鞄を取りに行った。
翠星石は少し不安げに僕を見送った。

11: 2009/05/17(日) 16:49:44.10 ID:wNNnpiNt0
何事もないまま、鞄を持って出てきた僕を翠星石は笑顔で出迎えてくれた。
マスターに何も言わないで出て行くことが少しだけ心残りだった。

「また2人だけの楽しい生活が始まるですぅ」

マスターの家に居るときは見せなかった笑顔を彼女は易々と見せた。

僕自身も、多少の期待はしていた。
けれどそれ以上に不安がいっぱいだった。

契約を解除してしまったのだ、いつまで動いていられるか分からない。
翠星石もそれに気付いているはず。

12: 2009/05/17(日) 16:55:44.92 ID:wNNnpiNt0
「んーっ! 懐かしいですぅ!」

僕たちが2人で過ごしていた場所は人の手が加わっておらず、荒れ果てた状態だった。
多分、翠星石はそれが嬉しいのだろう。

「さて、夜ももう遅いね」

鞄を広げながら翠星石に言う。
翠星石は『ふぁ・・・・・・』と欠伸をしながら「そうですね」と答えた。

「それじゃ翠星石、おやすみなさい」

鞄を閉じようとすると、翠星石が妨害する。

「どうしたんだい?」

16: 2009/05/17(日) 17:00:51.30 ID:wNNnpiNt0
「今日は鞄を開けたまま寝るですぅ。 一緒にお喋りしながら・・・・・・」

「久々の姉妹水入らずですぅ」と翠星石が付け足す。

「うん、僕は構わないよ」

満天の星空の下、僕達は空を見上げながら横になった。
耳には翠星石の息の音と木々のざわめきしか入ってこない。

「蒼星石、まだ起きてるですぅ?」

「まだ起きているよ」

17: 2009/05/17(日) 17:05:59.58 ID:wNNnpiNt0
「蒼星石、いつまでも一緒ですぅ」

翠星石のこの言葉は、お父様の意向に背く言葉だった。
けど僕はこの言葉がとても嬉しかった。

「うん、いつまでも一緒だよ」

「何があっても・・・・・・一緒で・・・・・・ぅ」

翠星石の声が少しずつかすれていった。

「翠星石、寝ちゃったのかい?」

パタンと翠星石の鞄が閉まる音がした。
そして、返事が返ってくる。
が、それは翠星石の声ではなかった。

19: 2009/05/17(日) 17:10:08.59 ID:wNNnpiNt0
「綺麗な星空ね、蒼星石」

僕を覗きこむ赤いドール、多分翠星石の言っていた真紅だろう。

「君が真紅かい? 1度会いたいと思っていたんだ」

ゆっくりと起き上がり、真紅と距離を取る。

「今日はアリスゲームをしにきた訳じゃないわ」

真紅が「ふふ」と笑いながら両手をあげる。
敵意などない、と伝えるように。

「それじゃ君は何をしにきたんだい?」

20: 2009/05/17(日) 17:15:45.05 ID:wNNnpiNt0
「偶然にも通りかかった、と言えば信じてもらえるかしら?」

まるで馬鹿にするかのように微笑みながら真紅が話す。

「いや、信じないね」

真紅に注意しつつ静かに庭師の鋏を取り出す。
その様子を真紅は見ているはずなのに構えようとはしなかった。

「姉とは違って好戦的ね、本当に双子なのかしら?」

「君には感謝しているよ、けど1つだけ腑に落ちない事がある」

「どうして翠星石のローザミスティカを奪わなかったんだい?」

25: 2009/05/17(日) 17:21:43.74 ID:wNNnpiNt0
一瞬だけ間を置いた後、真紅が静かに語り始める。
まるで赤子を諭すかのように。

「翠星石は貴女を守るために戦っていたわ、自分のプライドすら省みずにね」

「その彼女の気高さを棒に振るなんて、とてもじゃないけど私には出来ないわ」

カラン・・・・・・と庭師の鋏が音を立てて落ちる。
翠星石が僕のために戦っていた・・・・・・?

「あら、翠星石から聞いていなかったの?」

26: 2009/05/17(日) 17:28:12.20 ID:wNNnpiNt0
「おやすみなさい、双子の庭師さん」

と言い残して真紅が立ち去っていった。
当時の僕の耳には、上手く入ってこなかったが。

翠星石が泣いていた理由が分かった。

"ありがとう"と言いたくても翠星石の鞄からは寝息の音が聞こえない。
もう完全に眠りについている。

「翠星石、おやすみなさい」

再び自分の鞄に入り、閉める。

「いつまでも僕たちは一緒だよ」

28: 2009/05/17(日) 17:34:03.71 ID:wNNnpiNt0
ふと我に返った。

僕は何をやっているんだ。
あの時翠星石に誓ったじゃないか。

いつまでも一緒にいる、と。

今なら分かる、あの時の翠星石はマスターの事が好きではなかった。
なのにマスターの家に居続けた。
僕のために。

じゃあ、次は僕の番だ。

29: 2009/05/17(日) 17:39:16.63 ID:wNNnpiNt0
鞄に乗って辺りを見渡すと、一軒だけ窓ガラスが割れている家があった。
多分あそこで間違いないだろう。

目標を定めて、勢いよく向かった。



「何だか妙ね、貴女が1人でいるなんて」

「いつも一緒のあの子は?」

「そ、それは・・・・・・」

30: 2009/05/17(日) 17:44:38.76 ID:wNNnpiNt0
少し悲しそうな顔をしている翠星石の前に着地した。
部屋にいた人間はとても驚いていた。

「僕ならここにいるよ、真紅」

感動の再会、と言うには最後に会ってから時間が経っていなかった。
けど翠星石は目に涙を浮かべながら喜んでくれた。
真紅も雛苺も微笑んでいた。

「あ、悪夢だ・・・・・・」

部屋にいた人間だけ笑っていなかったけど。

fin

オチry>>1ry

お目汚しごめす^^

32: 2009/05/17(日) 17:46:17.05 ID:ACS7j9wCO
相変わらず短いな
面白かった乙

33: 2009/05/17(日) 17:47:19.39 ID:JtH3xpoHO
だわだわ


引用: 蒼星石「翠星石、泣かないで?」