1: 2009/12/16(水) 09:58:35.65 ID:BL5xQ7zW0
律「にしても昨日の試合は面白かったなぁ。」

唯「ん?りっちゃん何のコト?」

律「うん?あぁ昨日のNKだよ。なんだ唯見てないのか?」

唯「・・えぬけー?何それ?」

律「おいおい・・お前TV見ないっ子かよ・・。NKトーナメントだよ。格闘技の。」

唯「へへ・・昨日は憂とゲームしててTV見てなかったんだ♪」

律「ふーん、何のゲームやってたの?」

唯「メガドラのモータルコンバット。面白いよ~。」

律「今さらメガドラかよ・・しかもモーコンて。」

唯「ふふん♪名作は何時までも色あせない物なのですよ♪
  んでりっちゃん、そのNKって何?面白いの?」

律「ぶぁーか、あったり前田のニールキックだっつーの。いいか?」
けいおん!college (まんがタイムKRコミックス)

3: 2009/12/16(水) 10:02:05.01 ID:BL5xQ7zW0
律「ニュースタイルの空手。ニュースタイルのキックボクシング。ニュースタイルのカンフー。
  ニュースタイルの格闘技。ニュースタイルの喧嘩。これらを略して“NK”。簡単に言えば
  立ち技の格闘技で一番強い人を決める大会なんだ。これ知らないなんてナウくないなぁ。遅れてるぞ唯。」

唯「へぇ~。私、格闘技ってあんまり見た事ないなぁ~。」

律「なんだよつまんないなぁ。あっ、ムギは勿論見たろ?」

紬「はいもちろんです。私は試合前はパリとステフレイム、この二人が優勝の最有力と見ていたんですけど、
 さすがNKの一人民族大移動、ソルトさんでしたね。圧倒的な強さでした。」

律「試合展開は相変わらずショッパイけどやっぱ強いよなぁ~。」

紬「ソルトさんの試合はあまり一般的にはウケませんけど、それでもやはり『強い』の一言でしたね。」

唯「ふむふむ。」

律「だなぁ。あっ、関係無いケド糊化とか応援してたビXチどもチョーウザかったw」

紬「NKはここ数年イマイチ盛り上がりに欠けてたけど、今回はKO勝ちの試合も多くて、久しぶりに
 “NK見てるっ”て感じがして凄く良かったわね。ガラエフがあっさり負けたのが少し残念だったけど・・。」

8: 2009/12/16(水) 10:06:23.87 ID:BL5xQ7zW0
唯「へぇ~、ムギちゃん詳しいんだねぇ。」

紬「ふふ・・実は私格闘技が大好きなの。そうは見えないでしょ?」

唯「うん全然。」

律「ははっ、人は見かけによらないよなー?私もそれ知ったときびっくりしたもん。」

澪「・・・・」

律「おーい澪。澪は見た?昨日のNK。」

澪「いや・・私昨日は新曲の作詞してたから・・・」

律「なんだよつまんねーの。あ、634また判定だったねwてかもういいかげんあいつ飽きた。」

律「また金的喰らってダウンしてたしw 弟とTV見てて爆笑したよ。」

紬「うーん、634選手の試合が判定決着なのはいつもの事ですからねぇ・・。」

律「つーかそろそろ引退した方がいいよねー。いいかげん試合つまんな過ぎだよ。」

紬「でも今はヘビー級で客を呼べる日本人ファイターがいないし、
 あんなロートルでもいないよりはマシなんじゃないかしら?」
  
律「まぁーそーかもねー。」

澪「・・・・」

9: 2009/12/16(水) 10:10:17.88 ID:BL5xQ7zW0
律「あっ、そーそーあと丸田wなんだよあの身内びいきのジャッジ。フザケんなっつーのw」

紬「高校選抜トーナメントのMIROYAの試合ね。確かに相手の選手が有利に攻めてる様に 
 見えたし、判定に不満な会場の雰囲気もTVから凄く伝わってきてたわね。」

律「ホント最近ヤオ判定多いよなー、何年か前のY沢Sの旦那も怪しかったしな。」

唯「(良くわかんないけど、なんか二人とも楽しそうだなぁー。)」

律「あとホッマンの試合w あのキムチ野郎も相変わらず塩だったなww」

澪「(ピクッ)」

紬「うーん、あれは確かに酷かったわね。」

律「相変わらずトロいパンチと、しょぼい膝だけw 思わずTVに『90年代の全日で第三試合辺りに
 よく組まれてた晩年の馬場さんと悪役商会の試合かよっ!』ってツッこんじゃったよww」

澪「(ピククッ!)」

唯「?」

紬「あらあら律ちゃん、若い人に解りづらいネタは禁止ですよ?」

10: 2009/12/16(水) 10:14:24.15 ID:BL5xQ7zW0
律「わりわりw にしても昨日の634の相手もほーんとショボイよな。
  つーか634なんてヘタレ、私ならワンパンで勝てるっつーのw」

澪「(ハァ!?)」

紬「(ムッ!)律ちゃん、いくらなんでもそれは言いすぎです!? 」

律「おいおい・・怒んなよムギ。ちょっとしたギャグだってw」

澪「・・・・」

紬「いいですか?仮にも相手はNKのトップクラスのファイターです。もし律ちゃんと
 634選手が試合したら、必ず絶対200%律ちゃんの判定負けに決まってます!」

律「・・・ぶっ!、ぶははっ!いきなり笑わせんなよムギっw お茶吹いたじゃねーかww」

紬「うふふ♪」

澪「(・・・ピキッ)」

唯「?(今の何が可笑しかったんだろ?)」

12: 2009/12/16(水) 10:18:56.14 ID:BL5xQ7zW0
紬「ちなみにもし私がホッマンと試合する事になったら、でかい図体でぼーっと突っ立ってる所を
 ヒザ皿蹴り割って動けなくさせてから唐辛子をケツの穴にイヤというほど突っ込んでジャパン特製
 人間キムチとしてクール宅急便で釜山港に送り返してあげちゃいます♪」

律「ブふっ!」

紬「あ、もちろん使うのはハルモニの愛情たっぷり韓国産特製唐辛子ですよ?」

澪「(ビキビキビキ!)」

律「ぶひゃひゃひゃっw韓国とかミニモニとか意味わかんねーしwwwムギサイコーwwww(爆笑)」

紬「うふふっ♪」

唯「あははははー♪(良くわかんないけど取り合えず笑っとこー♪)」

澪「(ぶちんっ!)」

14: 2009/12/16(水) 10:22:28.73 ID:BL5xQ7zW0
バンッ!!!

律・紬・唯「(ビクッ!)」

澪「・・いい加減にしろよ。」

律「ふぇ?」

紬「澪・・ちゃん?」

唯「(え・・・みおちゃん・・怒ってるの?)」

律「おいおい・・どうしたんだよ澪、何怒ってんだよー。」

澪「さっきから・・・何?私の事馬鹿にしてんの!?」

律「ちょっ、マジ意味解んねーよ、何キレてんだよお前・・」

律「私たち別にNKの話してただけじゃん、なぁ?」

唯・紬「(コクコク)」

律「なぁ、どしたんだよ澪。」

澪「・・・・」

16: 2009/12/16(水) 10:26:40.18 ID:BL5xQ7zW0
紬「(オロオロ・・)」

唯「(はぅぅ・・なんかみおちゃんスッゴクおっかないよぅ~)」

律「おい澪・・」

澪「・・あんた達ねぇ、さっきからホッマンとか色々韓国馬鹿にする事
  言ってるけど・・、それって何?私に喧嘩売ってるって事!?」

律「へっ!?」

唯・紬「(・・・・?)」

バンッ!

律・唯・紬「(ビクッ!)」

澪「返事しろよっ!!」

紬「(ハラハラ・・)」

18: 2009/12/16(水) 10:30:51.90 ID:BL5xQ7zW0
律「(・・どゆこと・・?NK馬鹿にしたから怒ってんのか?)」

唯「(うぅ・・、全然分かんないよぅ・・)」

紬「・・・ごっ・・ごめんなさい澪ちゃん・・。私たち澪ちゃんの気持ちも考えずに
  はしゃいじゃってて・・・。本当にごめんなさい!」

律「(おいおい・・ムギなんで謝んだよ・・・)」

唯「・・・みっ、みおちゃん。私からも・・謝るよ・・ ごめんっ!」

律「(えぇっ!?唯もかよ・・・意味分かんねぇ・・)」

クイクイ

律「ん?」

唯「(りっちゃん、ここは取り合えず謝った方がいいよ・・)」

律「(はぁ?マジで!?別に悪い事してねーじゃん。逆におかしいのは澪の方だろ?)」

クイクイ

紬「(唯ちゃんの言う通り、ここは謝った方がいいと思うの。)」

律「(マジかよ・・・なんか納得いかねーなぁ・・クソ・・)」

19: 2009/12/16(水) 10:35:06.49 ID:BL5xQ7zW0
律「あっ、あー・・み、澪・・。ごめんなぁ・・・。」

澪「・・・」

律「まっ、まさか澪がNKのファンだったなんて、私も知らなかったんだよ・・」

澪「・・・」

律「そ、そりゃ好きな選手が馬鹿にされたら頭にくるよな・・・
  こっちもデリカシーなかったよ・・。澪・・・本当にごめんっ!」

澪「・・・」

紬「澪ちゃん・・」

唯「(ドキドキ・・)」

澪「・・本当に悪いと思ってんの!?」

律「(はぁ!?こっちゃ別に悪いと思っちゃいねーよ。)」

20: 2009/12/16(水) 10:39:16.49 ID:BL5xQ7zW0
クイクイ

唯「(りっちゃん、ここはグッと堪えて・・・)」

律「(う・・)・・・本当に悪かった、反省してるよ・・」

澪「・・・ホントに?」

律「(イラッ)・・あぁ。ゴメン・・・」

紬「澪ちゃん・・・」

唯「み、みおちゃ~ん!?」

律「・・・澪、許してくれるか?」

澪「・・・・イ・ヤ。」


ブチッ


24: 2009/12/16(水) 10:48:54.05 ID:BL5xQ7zW0
唯「・・・う゛っうぇぇ~、ムギちゃんナニこれどうなってんの?(オロオロ」

紬「(・・危険ね)唯ちゃん、早くそこから離れて。」

唯「えっ?えっ!?何?どういう事ムギちゃん?」

紬「二人の喧嘩に巻き込まれたら唯ちゃんもケガしちゃうわ。さぁ早く!」

唯「え゛ぇ~!?けっ、喧嘩なんてだめだよぅ。ねっ、ねぇりっちゃん!?
  みっ、みおちゃんも止めてよぅ!」

律「心配すんな唯・・直ぐに終わるよ。」

澪「そっ、直ぐ終わる。律がゲロ吐いてぶっ倒れてね。」

律「(ピクピクッ)上等ォ・・・」

紬「ゴクッ・・・」

唯「ぶえ゛ぇぇっ、二゛人どもお゛っがないよおおおぉっぉ(泣」

25: 2009/12/16(水) 10:53:15.42 ID:BL5xQ7zW0
音楽室にて向かい合う二人。
二人の距離は約5m。
律はやや前傾姿勢で両手を顔の高さまで上げて構え、その場で軽く前後に揺れている。

律「(・・鼻血出すまでブン殴ってやる・・・)」

喧嘩には自信がある。
弟とはいえ、男相手に一歩も引かずに殴り合い、KO勝ちした事もある。
そんな自分が同級生の女、それもあの澪相手に負けるとは露にも思っていなかった。
律の頭に浮かんでいるのは、泣いて自分に土下座している澪の姿だけだった。

澪「・・・・」

律「・・・来ないんならこっちから行くぞ・・」

しびれを切らした律がゆっくりと近づく。

相手までの距離、1m。
律の肩が動いた。

27: 2009/12/16(水) 10:58:27.34 ID:BL5xQ7zW0
律「しっ!」

右のストレート。
と、見せかけての左ボディ。
顔面を意識させて腹を狙う。
実際このコンビネーションで弟を何度も悶絶させている律の得意技だ。

律「(氏ねっ!)」

ゴニュッ

律「(あっ!?)」

まるで古タイヤを殴ったかの様な手応え。
ありえない人体の感触に、律の背中にぞっと冷たい汗が流れる。
あわてて距離を取ろうと視線を上げたその瞬間、律の顔面に黒い塊が衝突した。

28: 2009/12/16(水) 11:02:57.05 ID:BL5xQ7zW0
ごちゃっ!

律「ごっ!?」

澪の頭が、律の鼻尻目掛け勢い良く飛んできた。
律の目の前に、チカチカと星が瞬く。

律「(ぐぅっ・・)」

眉間の奥に響く、重く、鈍い痛み。
止まらぬ鼻血が、律の手とシャツを赤く染めた。

律「(ぐっ、ぞお゛おぉぉおお゛!)」

湧き上がる憎悪。
涙目でキッと澪を睨み付ける。
その視線を意に介さず、無表情のまま澪が静かに呟いた。

30: 2009/12/16(水) 11:07:01.21 ID:BL5xQ7zW0
澪「フェイントってのは、こうやるの。」
                 
言い終わると同時に、澪の左拳が律のみぞおち目掛けて走った。

ぞくり

“喰らったらヤバイ”

律の両腕が無意識に素早く腹部を庇う。

律「(糞っ!絶っ対お前の顔面にもパチキ喰らわせたるからなっ!)」

スパァン!

律「(ん?あ・・れ?何で・・か・・おに・・・くらっ・・?な・・・・・・・・・)」

意識を失った律は、糸の切れた操り人形の様に、だらしなく膝から床に崩れ落ちた。

31: 2009/12/16(水) 11:11:16.00 ID:BL5xQ7zW0
澪「ふぅっ。」

紬「・・・・凄い。」

唯「う゛っ、う゛あ゛ああぁぁり゛っちゃんがしんだぁああ゛ーーーー!!!1!」

紬「ボディを囮にガードを下げさせ、そのまま左の上段蹴り・・・。」

澪「へぇ!?ムギ今の見えたんだ・・・。やるねさすが格オタ。」

唯「どっ、どーじよ!ねぇどーじよ!?ム゛っムギぢゃああーーん!!!」
ドタバタドタバタ

紬「澪ちゃん・・・あなた何かやってるでしょ?」

澪「・・・あぁ。ちょっとだけな。」

紬の質問に答えながら、澪が準備体操の様にぶるぶると両手を振る。

33: 2009/12/16(水) 11:15:54.45 ID:BL5xQ7zW0
紬「・・・面白いです。自分と同じ学校、それも同じ学年の同じ部活の
  友達が、まさかこんなに強かったなんて・・・。正直驚きました。」

唯「あ゛っ、あー、さっさわぢゃん呼んでこなきゃ!
  ねっ、ねぇねぇみおぢゃんムギぢゃーーーん!!!」

紬「唯ちゃん静かにっ!」

唯「ひぐっ!」

澪「心配すんな唯、気絶してるだけだよ。」

紬「唯ちゃん、澪ちゃんの言う通りです。心配は要りません。」

唯「・・・うぅ。」

紬「さて・・。澪ちゃん・・・先ほどの言葉、訂正して頂けませんか?」

澪「へぇ・・どゆこと?」

紬「私は、唯のオタクじゃありません。れっきとした格闘士です。」

35: 2009/12/16(水) 11:20:12.74 ID:BL5xQ7zW0
唯「(ぐ・・ぐらっぷ・・何?)」

澪「・・・ふーん、そう。で?」

澪がごりごりと拳を鳴らす。

紬「・・・ヤリましょう澪ちゃん。今すぐここで。」

唯「(・・ムギちゃん・・・何言ってんの・・?)」

澪「いいよ。オッケー。私もこのまんまじゃ収まんないしね。いつでもきなよ。」

紬「・・・フゥッ。」

一つ、深く呼吸をする。
紬は自分のバッグに近づき、中から何かを取り出し、それを手に付け始めた。

37: 2009/12/16(水) 11:25:03.79 ID:BL5xQ7zW0
澪「(へぇ)」

指先の出たグローブ。
いわゆる総合格闘技などで使様されるオープンフィンガーグローブ。
紬はそれを装着し終えると、体をほぐすかの様にその場で軽くジャンプを始めた。
紬の表情が次第に変化し始める。
明らかに先程までとは雰囲気が違っている。
それら一連を見ていた澪が、ポケットからゴムを取り出し、自分の髪を後頭部に大きく一纏めにした。

澪「長い髪はジャマになるからね。ムギはそのまんまでいいの?」

紬「私の事は気になさらずに。このままで結構です。」

澪「あっそ。」

紬が準備が出来たとばかりに、澪に向かい軽く腰を落とした。

澪「なら始めよっか。」

紬「何時でもどうぞ。」

唯「(・・・・もう訳ワカんないよぅっ!)」

39: 2009/12/16(水) 11:30:14.20 ID:BL5xQ7zW0
澪の立姿が先程とは違っていた。
両拳は自分の顎付近、左足を前に両足を軽く広げた構え。
対する紬は両腕を軽く前に出し、やや前傾した低い体勢。

お互いにゆっくりと、じりじりと歩を進める。
二人の距離、約2m。
教室中央で、申し合わせたかの様にお互いがぴたりと足を止めた。
双方動きは無い。
じっと、出方を伺っている。
20秒が過ぎた。

澪「・・どしたのムギ?来ないの?」

紬「その手には乗りませんよ。澪ちゃんからど・・」

その瞬間、紬の側面から風が吹いた。

バシィッ!

澪の右ミドル。
相手の虚を突いた攻撃。
喰らった紬の体が、一瞬中に浮く。

40: 2009/12/16(水) 11:35:39.41 ID:BL5xQ7zW0
澪「(ほっ!?)」

紬のアバラを捉えたと思った打撃は、しっかりと相手のガードに阻まれていた。

澪「(反応いいじゃんム・・)」

直後、紬が右に素早く回転し、こちらに背を向けお辞儀の様に上半身を勢い良く傾げた。

澪「(!?)」

バオッ!

澪「(ッ!)」

紬の後蹴り。
瞬時に体を横に開きギリギリで攻撃をかわす。

澪「(戳脚 !?)」

体勢を崩した澪目掛け、紬の攻撃が矢継ぎ早に降り注ぐ。

41: 2009/12/16(水) 11:40:04.71 ID:BL5xQ7zW0
右足での出足払い。
澪は片足を上げそれをかわす。
左からのワン・ツー。
顔の手前、片手で捌く。
左の前蹴り。
重さがある。これは両腕で受けた。
直後に顔面を狙ったパンチ。いわゆるロシアンフック。
いいタイミングで飛んできたがこれもガードする。
紬に隙が出来た。

澪「しゃっ!」

右上段突き。
速さ・タイミング共に申し分ない一撃。
だが紬はそれをヘッドスリップでかわし、瞬時に澪の懐に飛び込む。
素早く右手で襟を、左手で澪の袖を持つ。
直後に澪の体が浮いた。

ブオッ!

澪「(背負いっ!)」

43: 2009/12/16(水) 11:45:30.89 ID:BL5xQ7zW0
ズダンッ!

澪は空中で自ら前方に勢いをつけ、背中では無く足裏から地面に着いた。
グラつきながらも、素早く相手方向へ振り向く。
体勢不十分の澪の目に、紬の膝が飛び込んできた。

澪「(くっそ!)」

ガチィッ!

ギリギリ十字受けが間に合う。
が、

ゴッ!

澪の頭に衝撃が響く。
紬の二段構えの膝が、澪の側頭部を捉えたのだ。
喰らった澪が、教室の後方へ吹っ飛び、激しく壁に激突した。

46: 2009/12/16(水) 11:51:09.17 ID:BL5xQ7zW0
澪「(くっ!)」

バッ

すぐに立ち上がり構えを取る。
しかし、予想していた追撃は来ない。

教室中央で、紬は澪が立つのを待っていた。
澪は荒れた呼吸を整えつつ、にらむ様に紬に視線をやった。

澪「・・攻めるチャンスだったろ?何で来ない?」

紬「澪ちゃん・・ストライカーでしょ?見てて分かります。
  立ってやりましょうよ。その方がお互い楽しめるわ♪」

澪「・・・。(ダメージは無い。足も動く。・・・それにしても)」

澪「ズイブン色々やるんだな・・。中国拳法にボクシング、空手に柔道・・
  そんで最後のアレは」

紬「シャイニング・ウィザード。私、プロレスも大好きなんです♪」

屈託の無い笑み。
その笑顔にいらつき、床に思い切りべっと唾を吐く。

47: 2009/12/16(水) 11:55:28.60 ID:BL5xQ7zW0
澪「ムギのグローブ見た時こう思ったよ。
 『遊びで総合かじった程度のお嬢様が調子乗ってんじゃねーよ。』
  って。甘くみてた。」

紬「うふふ。澪ちゃんから褒められて嬉しいです。・・ちなみに澪ちゃんのソレは・・空手ですね?」

澪「・・まぁ当たらずとも遠からず、だね。にしても・・今時のお嬢様は、みんなこんな野蛮な事やってんの?
  そんなお転婆じゃ、いいトコのお婿さんなんて見つけらんないぞ。」

澪が馬鹿にする様に紬に言葉をぶつける。

紬「うふふ、ご忠告ありがとうございます♪」

その手には乗らないと、紬は満面の笑みで返答する。

澪「つれねーな、ムギ。」

べッ

また勢い良く床に唾を吐く。

49: 2009/12/16(水) 12:00:22.52 ID:BL5xQ7zW0
澪「・・ムギさぁ、私に勝てると思ってんだろ?」

紬「もちろん。武道家は、勝てる勝算が無ければ喧嘩しませんよ♪」

澪「へぇ、武道家ねぇ。」

またまた馬鹿にするように澪が笑った。

紬「(そう、私のは澪ちゃんのチンピラ空手とは違うんです。)」

紬の格闘士としての修行は、父にコンクリートに叩きつけられる事から始まった。
“琴吹は常に勝者であるべし”
代々続く琴吹家の家訓に基づき、紬は厳格な父親から実に厳しく育てられてきた。
勉学は勿論、ありとあらゆる習い事を叩き込まれた。
中でも、武術。
幼い頃からこれを父から徹底的に仕込まれた。

51: 2009/12/16(水) 12:05:35.94 ID:BL5xQ7zW0
六歳を迎えると、さらなる高みを目指す為、全国各地から優秀な指導者達が集められた。
ボクシング・空手・拳法・グレイシー・システマ・トルコのオイルレスリングetc・・・。
休み無く続けられる修行の毎日。
幸か不幸か、紬は才能に恵まれていた。
女ながら、代々武に優れている琴吹の血を、紬はしっかりと受け継いでいた。
飲み込みも早く、頭も切れる。
優秀な教え子に指導者達は喜び、自分たちの技術全てを余すことなく紬に教えた。
だが幼い少女にとって、修行の日々はあまりにも過酷な物だった。

52: 2009/12/16(水) 12:11:58.31 ID:BL5xQ7zW0
ある日紬は父から修行の一環として、札付きの不良50人の集団相手に
無理やり喧嘩を売らされた事があった。この時は素手で18人までKOするも、
油断した隙に鉄パイプによる頭部への一撃で失神し、その後は殴る蹴るのリンチにあい、
結局足や腰の骨を折るなどの重症を負った。
またある時は南米の軍施設に連れて行かれ、軍の改造チュパカブラ相手に
素手での駆除を命じられた事もあった。
この時はギリギリながらも勝利はしたが、代償は大きく、敵の毒液により一週間生氏の境を彷徨った。
さらに父に強引に連れて行かれた闇闘技場においては、EVA量産機そっくりのビニャビニャの唇をした
カマ臭い空手家や、プロレス界の往年のカリスマ『萌える闘魂』、さらにはスーパードクターKなどと
いった猛者達と、殺るか殺られるかの氏闘を何十試合と繰り広げた。
一年後、試合場で父が見たのは、腰に黄金色に輝くベルトを巻いた紬の姿だった。

58: 2009/12/16(水) 12:25:09.57 ID:BL5xQ7zW0
そして紬14歳の誕生会。
今までの修行の総決算として、実の父との戦いがあった。
結果は惨敗。
しかしこの日、紬は初めて父から『強くなった』と褒められた。
今迄厳しく叱り付けるだけだった父。
容赦なく、痛く、激しい稽古をつけられた日々。
今日も完膚なきまでに叩きのめされた。
そんな父からの認可状。
紬はこれまでの事を思い出し、全てが報われた事に気付き大声で泣いた。
大勢の来賓の目の前で、人目をはばからず号泣した。
強い私に産んでくれた母に、強く鍛えてくれた父に感謝した。

「お父様、お母様。私、もっともっと強くなります!」

あの日以来、一度も紬に負けは無い。試合でも、路上でも。
今でも稽古は続けている、が、最近は部活が楽しくこっちにばかり熱中している。
安息の場所として、いつも仲間と語らいでいた軽音部。
なぜか今日、この場で、紬は友人である秋山澪と対峙している。
あの引っ込み思案で恥ずかしがり屋の澪が、本当は力を隠し持っていた強者だった。

61: 2009/12/16(水) 12:32:08.08 ID:BL5xQ7zW0
『なんて不思議な人生』

紬はそう思っていた。

『今日の出来事も、おばあちゃんになった時、みんなで楽しく話せるかしら。』

遠い未来を想像し、紬は屈託の無い笑みをこぼした。


澪「(思ったより、やる。)」

紬に対する率直な感想。
                         ・・・・
澪「(多分寝技も得意だろうな・・。どーせグランド出来ないし、下にならないように気を付けるか。)」

経験者だからこそ、数手やり合うだけで分かる事がある。

澪「(さぁーて・・んじゃ、こっちも色々やってみっか)」

かまえた両拳をギュウと握る。

数分後に起きるであろう戦いの結末を想像し、澪は不適に笑った。

62: 2009/12/16(水) 12:35:28.95 ID:BL5xQ7zW0
ある程度の距離を保ち、向かい合う二人。
先に動いたのは紬だった。
遠間から近づきつつ、高く足を上げての前蹴り。だがこれはフェイント。
本命はそこからの地を這う様な高速タックル。
素早く澪に接近する。もちろん迎撃のヒザは抜かりなく警戒している。

ヒュバッ

いとも簡単にタックルが成功した。
澪の体に自分の頬を寄せ、頭部を打撃からの安全圏に置いた。
あまりにもあっさりと成功したので、紬は少し拍子抜けしたが、気にせず次の工程
に取り掛かる。
足を絡めバランスを崩す。澪が仰向けに倒れた。
その瞬間に、紬はその両足で澪の体に跨っていた。

マウントポジション

近代格闘技に於いて、難攻不落とされる技術の一つ。いわゆる馬乗り。
少しでも格闘技をかじった者なら分かるが、この形は上になった者が圧倒的に有利である。
紬からすれば、後は殴ろうが腕を取ろうが後をとって首を絞めようが思いのまま。あっさりと勝負が付く。

63: 2009/12/16(水) 12:41:02.69 ID:BL5xQ7zW0
紬「(所詮、この程度ね。)」

紬がパウンドを決めようと振りかぶった瞬間、紬の後方で何かが動いた。

ガシッ

紬「あ゛っ!?」

紬の動きが止まる。
頭部に走る鋭い痛み。
何が起きたのか紬には理解出来ない。
一瞬、澪が笑った様に見えた。

栗色に輝く、長く、美しい紬の髪。
澪の掌がそれを掴んでいた。

紬「(ぐっ!)」

苦痛に歪む紬の顔に、澪の右手がすっと近づく。
音楽室に、高い、ぞっとする様な悲鳴があがった。

64: 2009/12/16(水) 12:45:13.01 ID:BL5xQ7zW0
紬「あ゛あ゛あぁあぁ゛ぁっ!!!!!」

澪の右手の人差し指が、紬の左の鼻の穴に、深々と根元まで突っ込まれていた。
紬は直ぐさま後方へ逃れようとしたが、頭部は澪の左手に髪ごと固定され、動かす
事が出来ない。

澪「だから言ったろ?ジャマになるって。」

ぐじゅぅ

澪の指がさらに奥深く捻じ込まれた。

紬「(がはっ!)」

澪のぞっとする様な笑み。

恐怖が体中に走る。だが、紬は闘いを止めた訳ではなかった。

紬「がぁっ!」

下にいる澪に狂ったように拳を打ち付ける。
だが紬の拳は当たらなかった。
澪が鼻の中で人差し指を鉤状に曲げてフックし、思いっきり横に振った。

65: 2009/12/16(水) 12:50:20.32 ID:BL5xQ7zW0
ブッ!

紬は、澪の上から、勢い良く横になぎ倒された。
紬が転がりながら澪から離れる。

紬「(ぐっ・・!)」

痛みに震え、涙で滲んだ目で澪を見る。
指を突っ込まれた鼻からは、ドス黒い血がドバドバと流れ、まるで滝のようだった。
澪は薄ら笑いを浮かべ、にやにやとこちらを見ている。
左手には、淡く輝く大量の絹糸。
紬自慢の髪だ。離れ際にもって行かれたのだろう。
澪がゆっくりと掌を広げ、“ふぅ”と息を吹きかけた。
紬の髪が教室の中央にはらはらと舞った。

澪「自慢のキレイな髪も台無しだね。ム・ギ♪」

紬の身体がわなわなと震える。
人生最大の怒りに、子宮の底からごぼごぼとマグマが湧き上がる。

“糞っ!畜生!”

バッ!

喧嘩は、極限まで人の頭を熱くする。
我を忘れた紬が、なりふり構わず澪に掴みかかった。

66: 2009/12/16(水) 12:55:32.93 ID:BL5xQ7zW0
メチィッ!

澪の正拳が紬の顔面にめり込む。
一瞬、意識が飛ぶが、倒れない。
足が、ふるえる様にガクガクと揺れている。
敵を見失った紬に、澪の容赦の無い鬼の打撃が降り注ぐ。

ぐちゃ
鼻頭への手刀。
どぅっ
レバーへの鉤打ち。
ぐしゃっ
膝への踵蹴り。
ぐちっ
鳥兎への一本拳。
ざんっ
脇腹への貫手。
ばきゃ
鎖骨への猿臂。
ぐしっ
咽頭への平拳。
ざくっ
水月への足先蹴り。
がしゃっ
顎への飛び膝蹴り。

67: 2009/12/16(水) 13:00:42.57 ID:BL5xQ7zW0
手抜きなど無い、全てが必殺・必倒の打撃。
紬の肉体は、既に限界に達していた。
アバラはもちろん、顎や膝も折れ、打撲した箇所は数え切れない。
咽は潰れ声も出ず、内臓へのダメージからか、いつの間にか血の小便も漏らしていた。
痛みで、頭がくらくらする。目は血で霞み役に立たない。

それでも紬は立っていた。
彼女を支えているのは、今まで格闘士として積み重ねてきた、常人の何倍もの強靭(タフ)な精神力。
だが、それも終わりに近づいていた。

ふと、澪の攻撃の手が止んだ。
紬が状況を理解しようとする。が、うまく頭が働かない。

69: 2009/12/16(水) 13:05:21.22 ID:BL5xQ7zW0
紬「(・・・?)」

半分潰れた目で、澪がいるであろう前方を伺う。
そこにはつやつやと血色の良い顔で、満足そうに笑う澪がいた。
澪が紬に尋ねる。

澪「どう、まだやる?」

澪の言葉に、紬は精一杯の笑顔で返事をした。

グオッ

澪の右脚が容赦無く牙を剥く。
ラストショットと定めた上段蹴り。

ガードしようとするが、腕が、身体が、脳が言う事を聞かない。
万事休す。

これでおわりか・・ あぁ、悔しいなぁ・・・ おとう・・さま、ごめんな・・さ・・・い

薄れ行く意識の中、紬は自分の敗北を悟った。

70: 2009/12/16(水) 13:10:13.71 ID:BL5xQ7zW0
ドダンッ!

澪「!?」

想像もしなかった、後方からの突然の衝撃。
右足が紬の顔面を捉える寸前、澪の体は何かに大きく弾き飛ばされた。

「何をやってるのっ!」

部屋に怒号が響く。
声の主は、山中さわ子だった。

さわ子「これは何!?一体どうなってるの?澪ちゃん?唯ちゃん!?」

唯「う゛ぅ~ざっ、ざわぢゃーーーん!!」

教室の隅に身を潜めていた唯が、思い切りさわ子に飛びついた。

73: 2009/12/16(水) 13:15:23.12 ID:BL5xQ7zW0
突然飛び出した唯に驚くが、優しく抱擁しつつ周りを冷静に観察する。
蒼白している唯の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
いつもと違う、あまりにも異様な音楽室の光景。
その中でも一際異様なのが、血を流し倒れている二人の生徒。

さわ子「(ムギちゃん・・どうしてこんな・・あそこに倒れてるのは律ちゃん?)」

いつもは穏やかな教室が、凄惨な修羅場と化していた。

さわ子「唯ちゃん落ち着いて。一体どうしたの?」

唯「み゛っ、み゛おぢゃんどりっ、り゛っぢゃん(グシュ) けっ、げんかはじめで
  (ズルズル) りっぢゃんが気ぜつして、そっ、そしだらごんどはムギぢゃんど
  み゛おぢゃん・・(グシュ) 血っ、ぢもどばどばでで、わっ、わだじどうじだら・・」

さわ子「(ケンカ?この子達が?)取り合えず落ち着いて唯ちゃん。
    澪ちゃん!?先生にも分かるようにちゃんと説明してちょうだい。」

澪「・・・」

74: 2009/12/16(水) 13:20:45.61 ID:BL5xQ7zW0
紬の上着を脱がし、体の異常を調べる。

さわ子「(酷いわね・・出血も激しい・・打撲・・骨折・・数え切れない・・。
     動悸も激しい・・とにかく早く病院に連れて行かなくちゃ・・!?)」

顔を上げたさわ子の目に、自分に向けて蹴りを繰り出す澪が写る。

スザッ!

澪の上履きがさわ子の髪を薙いだ。

さわ子「(ぐっ!)」

間一髪、避けが間に合う。
よろけながらさわ子が立ち上がる。
隙を逃すまいと、澪がつつ、と間合いを詰め、前に出ているさわ子の左脚に蹴りを入れた。
下段蹴り。
さわ子が素早くローの射程距離外まで足を引く。
攻撃は当たらず、空を切った。
だが澪の右脚は、勢いそのまま軌道を変え、頭部に向かって最短距離の道を走った。

75: 2009/12/16(水) 13:25:49.76 ID:BL5xQ7zW0
ズバンッ!

内廻し上段蹴り。
ガード上からも全身に衝撃が伝わる、凄まじい切れ味。
あまりの勢いにさわ子の全身がグラつく。
間を於かず、澪が攻め続ける。
さわ子の上半身に狙いを定め、嵐の様な打撃が飛ぶ。

右右膝左肘右左蹴り左踵右左肘右右踵右左膝右蹴り左右蹴り左右膝右踵左。

四肢をフルに使った、まさに滅多打ち。
圧力でさわ子を教室の壁に縫い付け、止む事の無い連撃が続く。

79: 2009/12/16(水) 13:30:43.80 ID:BL5xQ7zW0
横蹴りのファーストコンタクトから四十秒が過ぎ去る。
驚いた事に、致命的な一撃はまだ出ていない。
澪の疾風怒濤の攻撃を、さわ子は己の腕二本で全て防いでいた。
正に鉄壁。
一分が過ぎた。
さわ子は両腕を巧みに操り、未だ自身の急所全てを庇い続ける事に成功している。
90秒は経っただろうか、決定打の出ない澪に焦りが出始める。
何故、この女は倒れない。
次第に攻撃が大振りになる。
律と紬、二人に対し圧倒的な強さを見せ付けた澪のスタミナも、徐々に陰りが見え始めてきた。
その時だった。

ドウッ!

さわ子の鳩尾に、澪のヒザが初めてクリーンヒットした。
さわ子の体がぐらりと揺らぐ。
鉄壁の守りに綻びが出来た。

81: 2009/12/16(水) 13:35:49.74 ID:BL5xQ7zW0
澪「(しめた!)」

澪の狙いは顎先。当たれば文句無くダウンだ。
“チンをかすめ、脳を揺らす”
澪の脳から、上半身に素早く指令が飛んだ。

ひゅかっ

左の肘が、鮮やかにさわ子の顎を捉えた。

突然、澪の視界が変化した。
足と背中に衝撃が走り、自分の目に蛍光灯の明かりが入ってくる。

“!?”

何が起こったのか、理解が出来なかった。
確か肘で顎を打った、ハズ。何が・・。
混乱する澪の顔面に、超高速で何かが接近してきた。

澪「(オワっ!)」

バキャッ!

さわ子の容赦の無いストンピングが床に突き刺さる。
素早く体を転がし、間一髪避けが間に合った。

83: 2009/12/16(水) 13:40:46.82 ID:BL5xQ7zW0
すぐに起き上がり、状況整理に頭を働かせる。
ざっと教室内を見渡す。
唯が律と紬、二人を涙ながらに介抱している。
すぐ傍にはこちらを睨むさわ子先生がいる。

澪「(ダウンしたのは・・私の方だった。何が・・)」

必氏にさっきの状況を思い出す。

さわ子「何が起きたか理解出来てないようね。」

さわ子は明らかに立腹していた。初めてみる、怒りの形相。

さわ子「澪ちゃんのヒジは確かに私のアゴを捉えた。
    でも、そんなもの幾らでも無効に出来るの。」

さわ子はそう言って、自分の右拳を顎に付け、左方向に顔と拳をぐりっと同時に動かした。

さわ子「理解った?長年ケンカやってると、こんな事も出来るの。」

澪は瞬時に理解した。
澪の肘は当たった瞬間、肘を上回るさわ子の頭部の回転により、インパクトを完全に殺されていたのだった。
両足のふくらはぎに感じる痺れ。
ダウンを喫した技は水面蹴りである。
攻撃を意識し過ぎ、下半身が留守になっている所を見事に狙われた。

84: 2009/12/16(水) 13:46:43.98 ID:BL5xQ7zW0
さわ子「なんでこんな事をしたのか、今は問いません。
   それより二人を早く病院に連れて行くのが先。さぁ、澪ちゃんも手伝って。」
そう言うと、澪から視線を切り、再び倒れた二人の介抱に向かった。

    どくん

力の差を思い知らされた。

“先生は私より強い”

    どくん

体が急激に熱を帯びる。頭のてっ辺まで血が昇る。
霧が掛かるかの様に、視界がうっすらぼやけ始めた。

“舐められている”

    ドクン

怒りが沸いてきた。
いい気になっていた自分に。
情けをかけられた自分に。
だった一人にケンカで勝てない自分の弱さに。

    ドクンッ

体のギアはトップに入ったままだ。
アクセルを床まで踏み込んで、同時にブレーキを踏んでいる。
回転するタイヤからぶすぶすと煙が上がっている。
澪の体は爆発寸前まで昂ぶっていた。

86: 2009/12/16(水) 13:50:44.28 ID:BL5xQ7zW0
澪「おおオオオ雄雄雄雄ッ!!」

ズダンッ!!

全ての怒りを込めた全力の震脚。
楽器が倒れ、窓ガラスに亀裂が入るほどの一撃。
さわ子はすぐさま振り返り、周りを警戒しながら澪に視線をやった。
澪は下を向いたまま、微動だにしない。

さわ子「・・・」

動かぬまま十秒が経過しようとしたその時、澪がふいにすうっと顔を上げた。
顔は上気したままだったが、目は落ち着いていた。

唯「(みおちゃん・・・)」

澪「・・フっ。」

軽く深呼吸をした後、澪がゆっくりと動き始めた。

87: 2009/12/16(水) 13:55:26.04 ID:BL5xQ7zW0
澪「コオオオオオォ」

両手で拳を作り、大きく息を吸いながら手を交差をさせつつ上へと持ち上げる。
頭頂部で両腕が止まると同時に、ぴたりと呼吸も止まった。
次の瞬間、

澪「かあああああああっ!」

先ほど溜めた空気を、全力で丹念に体外に吐き出す。
空手道に古来より伝わる呼吸法、息吹。
疲労した澪の身体に新鮮な酸素が流れ込み、次第に生気が蘇る。

さわ子「・・・・」

唯「(かっこいい・・)」

澪のあまりの凛々しさに、唯の目は釘付けにされていた。

最後の仕上げ。

澪「呵ッ!!」

唯「!」

疲労と怒りを、己の息と一緒に一気に体外へ吐き出す。
最後の動作を終え、ゆっくりとかまえを解く。
唯は最後の掛け声に驚き、目ぱちくりさせている。

90: 2009/12/16(水) 14:00:41.58 ID:BL5xQ7zW0
澪「・・・フゥッ。」

万全とはいかないまでも、最後の闘いへの準備が整った、

さっきはギリギリの所で理性が勝り、何とか自分を抑える事が出来た。

澪「(・・・ヨシ。)」

唯でさえ力量に差がある相手。頭に血が昇ったまま戦ったら必ず負けていただろう。
澪は完全に落ち着きを取り戻していた。

さわ子「(困ったわね・・)」

苦虫を噛み潰したような顔でさわ子が唸る。

さわ子「(煮えた頭で突っかかってきてくれた方が、ヘタに大怪我させずに抑える事も出来たのに・・)」

冷静さを取り戻した相手を見つめ、深くため息をつく。
自分にとって脅威となる戦力を持った敵は、自分の可愛い生徒という事実。
何とか穏便に事を進めたくとも、あっちはおかまいなしにやる気満々。
先程の手合わせで、下手に手抜きでもしようものなら、こっちがやられる可能性も十分にあると云う事も理解した。
どうする事が最良の選択なのか・・・。

さわ子「(ホント、先生を困らせてくれる子達ね・・・)」

92: 2009/12/16(水) 14:05:53.39 ID:BL5xQ7zW0
クイクイ

さわ子「うん?」

唯が心配そうにさわ子の袖を摘む。

唯「さわちゃん・・。お願い、早くみんなを・・・みおちゃんを助けてぇ・・。」

泣きはらした真っ赤な目。
倒れた二人だけでなく、皆に取り返しのつかない暴力を振るった澪さえも
助けてと願う唯の心の優しさ。

さわ子の気持が固まった。

チャッ

さわ子「唯ちゃん、これ持ってて。」

自身の眼鏡を唯に預ける。

唯「さわちゃん・・・」

さわ子「眼鏡って以外と高価いのよ?壊さないように大事に持っててね。」

唯の頭にポンと軽く手を添え、にっこりと笑顔を見せた。

唯「・・・」ギュッ

唯の手に自然に力がこもる。

93: 2009/12/16(水) 14:10:25.91 ID:BL5xQ7zW0
覚悟を決め、澪の正面に立つ。さわ子が大きく深呼吸をし、両手を上げ構えを取る。

今一番重要なのは、ケガをした二人を一刻も早く医者に見せる事。
澪の説得は不可能だろう。
なら自分の力で一秒でも早く彼女の戦力を無効化させる。
多少ダメージが残るかもしれない。
しかしそれがこの場に於いてのベスト。
必ず全員を救うと云う、さわ子の意思にブレは無かった。

教室中央。
既に臨戦体勢のさわ子。一方澪は自然立ちのまま。
お互いがお互いの間合いの縁に立っている。
ふと、澪が口を開く。

澪「先生、こっからは私の持てる全部を使わせてもらいます。・・覚悟してください。」

怖気が立つ程冷たい視線をさわ子に向ける。

さわ子「澪ちゃん、ケンカに遠慮はいらないわ。
    先生が全部受け止めてあげるから、心配せずにどんときなさい。」

さわ子は微笑した。

ふいに―

澪が動いた。

94: 2009/12/16(水) 14:15:14.39 ID:BL5xQ7zW0
澪「ふっ!」

澪の右拳が、斜め下方からさわ子の側頭部を襲う。
遠間からの顔面への右フック。

さわ子「(遅い)」

受けるまでも無くバックステップでかわせる。
そうさわ子は判断した。
しかしその拳が軌道の途中で変化した。
拳から掌へ。

さわ子「!?」

さらにその変化した掌の中から、何かが高速でさわ子の顔面に向かい飛んできた。

さわ子「んっ!」

予想外の攻撃にあわてるも、さわ子は瞬時に両手で顔面をカバーする。

ビシッ!

小石が当たった様な痛み。
金色に光る物体が床に落ちていくのを、さわ子の目が確認する。

95: 2009/12/16(水) 14:20:23.16 ID:BL5xQ7zW0
さわ子「(ボタン!?)」

それは制服のボタンであった。
澪はそれを闘いの直前に制服からもぎ取り、右手の中に握り込んでいたのだった。
ダメージを狙った攻撃では無い。一瞬の隙を作る為の布石。
それが、まんまと成功した。

さわ子のがら開きの胴体に、澪の拳がすうっと吸い付いた。

ヒュッ
小さく、素早く息を吸う。
右足に全体重をかけて地面を思い切り踏み込む。
床から発生した反発力を下半身の関節で加速させ、発射台の左拳に載せる。
そして、一瞬の爆発。

澪「剄ィッ!」

ドンッ!

さわ子「ッッ!!」

ドグワシャッ!

さわ子はその場から教室端まで吹き飛ばされ、おもいきり壁に叩きつけられた。

97: 2009/12/16(水) 14:25:22.93 ID:BL5xQ7zW0
澪「ふっ!」

密着状態からの打突。いわゆる中国拳法の寸剄。
これこそが澪の持つ最大攻撃力の一撃。
手応えは十二分。今迄これを喰らって立ち上がった者は皆無。

さわ子「~~~~ッッッ!!」

さわ子は教室の隅で大量の脂汗を流し、必氏に身を屈め悶絶している。

勝った。

澪の体が、歓喜でプルプルと震えている。

強敵を完膚なきまで叩きのめした快感。
まして相手はあのさわ子である。
“勝ったのはこの私だっ!”
つま先から頭のてっ辺まで全身に走るオーガズムにも似た幸福感。

澪「おおっしゃあああっ!!!」

体の底からこみ上げてくる歓喜の渦に包まれ、澪は勝利の余韻に浸った。

98: 2009/12/16(水) 14:30:16.99 ID:BL5xQ7zW0
唯「みおちゃんっ!」
ふいに飛んできた声の方向に目をやる。

澪「ッはァ!?」

絶対に信じられない光景。自分の目の前にさわ子が立っている。

ドスッ!

澪の躊躇した隙を逃さず、さわ子の電光石火の左掌底が澪の顔面を捉えた。

ぐらり。

たった一発で頭部が揺らされ、脳と体の神経が遮断された。
がくがくと澪の膝が揺れる。

さわ子「ふしっ!」

ドシャッ!!

肘を起点に半円を描いた右掌底が、添えてある左手越しに澪の頭部を強烈に叩いた。
凄まじいまでの振動波が澪の脳味噌を何万回とシェイクする。

澪「(あ・・・)」

さわ子「徹っ・・た。」

澪の目から生気が消える。
完全に意識を飛ばされた澪は、吹き飛ぶ様に豪快にダウンした。

100: 2009/12/16(水) 14:35:13.30 ID:BL5xQ7zW0
さわ子「・・・・・はぁっ。」

完全決着。
全てが終わり、さわ子がその場にどさりと尻餅をついた。
極限状態の闘いの中で、既に気力体力共にガタガタであった。

さわ子「(ワンインチ・パンチなんて初めてお目にかかったわよ・・)」

攻撃を喰らった胸の辺りをそっと触ってみる。

ズキッ

さわ子「~~~ッ!!」

多分、肋骨が折れているのだろう。
もし同じ箇所に攻撃を受けていたら、折れた骨が内臓に突き刺さり氏んでいたかも知れない。

さわ子「(・・紙一重、だったなぁ)」

101: 2009/12/16(水) 14:40:26.37 ID:BL5xQ7zW0
さわ子「(・・紙一重、だったなぁ)」

ふぅっ

安堵感から大きくため息を吐く。

ズキッ!

さわ子「あがっ・・」

ため息だけでこの痛み。

さわ子「(だめだ、私も早く病院いかないと・・ん!?)」

だだだっ

ドスンっ!

さわ子「ぎょぴょっ!?」

唯「さわちゃんケガしてない?大丈夫!?」

笑顔満面の唯がダッシュで思い切り抱きついてきた。

さわ子「お・・おご・・・」

タックルのあまりの衝撃にさわ子の意識が朦朧とする。

103: 2009/12/16(水) 14:45:34.06 ID:BL5xQ7zW0
さわ子「ゆ・・ゆいちゃん・・お・・お願い・・ちょ・・離れて・・・」

唯「えっ?何?聞こえないよさわちゃん。」

ギュッ

さわ子「救命阿ッ!」

がくっ

さわ子の脳は、地獄の痛みを味わい続けるよりも
あっさりとブラックアウトを選択したのであった。

唯「あれっ?さわちゃん!?おーいさーわちゃーん・・・・あっ、きっきっ、きゅっ救急車~!!」

バタバタバタバタ





               唯「せめんとっ!」  おわり

105: 2009/12/16(水) 14:52:27.94 ID:SuJB+/k3O
お前バキ好きだろ

107: 2009/12/16(水) 14:54:06.48 ID:U0ZB3acP0
地割れかよ

108: 2009/12/16(水) 14:58:46.53 ID:A2ZaTIBUO

109: 2009/12/16(水) 15:16:34.99 ID:BL5xQ7zW0
エピローグ

~放課後~

ガラガラ

唯「・・こんにちわ~。」

律「お~、唯久しぶり~。」

唯「あーりっちゃん、もう大丈夫なの?」

律「ああ。昨日退院してきたんだ。」

唯「うぅ~、ここ二日間一人でずっとさびしかったよぅ~。(泣」

律「?唯、毎日音楽室来てたの?」

唯「うん・・。なんか学校終わってもすぐに家に帰りたくなくって・・それで。」

律「そうかぁ・・。唯にも色々心配かけたな・・。あっ、そういやさわちゃんも入院
  してるって聞いたけど、唯お見舞い行った?さわちゃん具合どうなん?」

唯「うん。昨日の夜も憂と一緒にお見舞い行ってきたんだ。なんか胸ん所の骨が
 折れてるんだって。あっ、でも元気だったよ!?たしか・・三週間くらいで退院できるって
 言ってた。あっ、そーいえば私初めて救急車乗ったんだよ、さわちゃんの付き添いだけどね♪
 ねぇねぇそれってスゴくない?」

律「いやいやそれは別に凄くないだろw・・そうか・・さわちゃん元気か・・。良かった・・・。」

110: 2009/12/16(水) 15:20:22.00 ID:BL5xQ7zW0
唯「・・うん。・・・ねぇりっちゃん、ムギちゃんの事は聞いた・・・?」

律「・・・うん、聞いた。氏ぬような事は無いけど、しばらくベッドでの生活が続くって・・。
流動食?だっけ。ゴハンはあれで済ませてるとか、トイレなんかもそのまんまでやるって話・・。」

唯「・・・病院でムギちゃんのお母さん泣いてた。なんでうちの子がこんな事・・・って。」

律「ん・・つらいだろうな。・・まぁ私も家族に迷惑かけちゃったし、ここ数日ホント大変だったよ。」

唯「うん・・。りっちゃんも、入院本当にお疲れ様でした。」

律「ああ・・ありがと。唯にも心配かけてごめんな。」

唯「ううん、こちらこそ。」

律「・・・」

唯「・・ねぇりっちゃん・・・ムギちゃんのお見舞い、早く行ける様になるといいね・・。」

律「・・・だな。」

唯「・・・・それで、みおちゃんなんだけど・・。」

律「・・澪の奴、病院から消えたんだってな。」

唯「うん・・。入院した次の日の朝にはもういなかったって・・。」

112: 2009/12/16(水) 15:25:09.50 ID:BL5xQ7zW0
律「・・・実は昨日病院から帰ってきた後、澪ん家に行ったんだ。そこで澪の母親から話聞いた。
家に手紙一枚だけ置いて、後は行方しらずだってよ・・。何やってんだかアイツ・・。」

唯「・・・やっぱり、みんなに酷い事しちゃったから合わせる顔が無い。とかかなぁ・・。」

律「・・さぁな。それは澪にしか分かんないよ。手紙にゃ『ある人に合って来るだけです。心配しないでください。』
ってだけ書いてあったよ。そんな手紙書いただけで済むはず無いなんて、あいつだって十分解ってるはずなんだけどね・・。」

唯「・・・」

律「・・・なぁ唯。私たちなんでこんな事なっちゃったのかな・・?」

唯「なんでだろね・・。私にも分かんないや・・。」

律「ムギは大怪我で長期入院。澪にいたっては行方不明ときたもんだ・・・。うちらマジでこれからどうなんのかなぁ・・・。」

唯「・・・」

律「・・・まぁ、これから先のことなんて、考えても解んない事は一先ず置いといて、っと。
唯、今からさわちゃん所お見舞い行こうぜ、バナナでも買ってな。」

唯「・・・うん。」

114: 2009/12/16(水) 15:30:51.67 ID:BL5xQ7zW0
~放課後~

憂・梓「こんにちは~。」

唯「あっ、待ってたよ二人とも~。」

律「おーすっ。」

紬「はい、お二人とも今日は。」

唯「へへぇ~。今日はムギちゃんが特製ケーキ持ってきてくれたんだよ~。
はやくはやく、二人とも席に座って食べようよ~。」

梓「もう、唯先輩はいっつもそればっかりなんですから。たまには真面目に練習しましょうよ。」

律「おや~、じゃあ梓はケーキいらないんだな?なら梓の分私もーらい♪(サッ」

梓「あっ、そっ、それとこれとは話は別です!返してください私のケーキ!」

紬「あらあら律ちゃん。今日は沢山用意してるんだから可愛い後輩のケーキとらないであげて。」

律「マジで?やったやったケーキのお替りひゃっほー♪(パク)・・うんめぇ~♪」

唯「(パク)・・うぅーん、し・あ・わ・せぇ。はぁ・・ムギちゃんはほんまスィーツ界の天使やでぇ♪」

紬「うふふ♪喜んでもらえて私も嬉しい。」

115: 2009/12/16(水) 15:35:21.43 ID:BL5xQ7zW0
憂「あっ、本当に美味しいですねこの抹茶ケーキ。これってどこのなんですか?」

紬「ラ・ノアって名古屋にある、知る人ぞ知る有名店のケーキなの。憂ちゃんも良かったらおかわりしてね。」

憂「はい、有難うございます。あっ、もぉ~お姉ちゃんまた口の周りクリームだらけにして~。」

唯「うい~拭いて~。」

憂「はいはい。こっち向いてお姉ちゃん。」

紬「うふふ。・・あっ律ちゃんお茶のおかわりいかが?」

律「んっ?あぁムギお願い。」

紬「はい、ただいま。」

ガタッ ヒョコヒョコ

憂「あっ、私やりますよ。紬さんは座っててください。」

紬「いいわよ大丈夫。憂ちゃんはゆっくりしてて。」

梓「あっ、ダメですよムギ先輩。こう云う事は後輩の私たちがやりますから。」

紬「でも・・。」

梓「いいから座っててください。他におかわりいる方いませんか?」

唯「あ~、あずにゃん私もおかわりちょうだ~い。」

117: 2009/12/16(水) 15:40:37.34 ID:BL5xQ7zW0
梓「はい、了解しました。」

紬「・・二人とも、気を使わせちゃって御免なさいね。」

憂「いえいえ。こんなの当然ですから。」

梓「そうですそうです。先輩はどーんと座っててください。」

律「うーん、わが軽音部の後輩たちは実に頼もしい。
 こりゃ私たちが居なくなった後も安心してまかせられるな。(ムシャムシャ」

紬「えぇ、本当に。」

唯「ほんとだねぇ。(パクパクモグモグ」

律「そういやムギ、今日は病院行かなくていいの?」

紬「えぇ。今日はリハビリの先生がお休みの日なの。」

律「ふーん、そっか。(パク)・・・足、早く完治するといいな。」

紬「えぇ・・。」

唯「(カチャ)・・・もうすぐ一年だね・・。」

律「あぁ・・。」

紬「時間が過ぎるのって、本当あっという間ね・・。」

118: 2009/12/16(水) 15:45:29.55 ID:BL5xQ7zW0
唯「・・・みおちゃん、今頃何してんのかな・・・。」

律「・・・あいつ、何やってんだろうな。本当に・・。」

紬「便りが無いのは元気な証拠というけれど・・。やっぱり心配よね・・。」

唯「みおちゃんも、軽音部の大事な大事な仲間だもんね・・。・・久しぶりに会いたいなぁ・・。」

紬「私も・・。」

律「・・・だな。」

ガラガラッ

律・紬・唯「ッ!?」

さわ子「あー、美味しそうな抹茶ケーキ~。憂ちゃ~ん、私にも大至急紅茶ちょうだい♪」

憂「は~い、少々お待ちくださーい。」

律・紬・唯「・・・はぁ~。」

さわ子「ん?どうしたの若い娘がそろってため息なんか吐いちゃって。あっ・・まさか男関係の悩み!?」

律「違いますよぅ。・・いや、本当なんでもないです。」

さわ子「(パクパクモシャモシャ)なによそんな事言われたら気になるじゃない。何?何の話?」

119: 2009/12/16(水) 15:50:23.00 ID:BL5xQ7zW0
律「・・・」

さわ子「(ハムッ!ハフハフ!ホフッ)?ほうひたほひっひゃん?(どうしたの律ちゃん)」

唯「・・さっき、三人でみおちゃんの事話してたんです・・。」

さわ子「(パク・・ゴク)・・・澪ちゃん・・か・・。」

紬「・・・」

さわ子「(カチャ)そういやもう直ぐ一年ね・・。あっという間ねホント。」

律「さっき三人でその事話してて、そしたら急にドア開いたんで・・びっくりしたんですよ・・。」

さわ子「便りの無いのは元気な証拠っていうけどねぇ・・。」

唯「さわちゃん・・、それさっきムギちゃんが言った。」

さわ子「あれ?そうなの?」

律・唯「(コクコク)」

さわ子「・・まぁ、今まで何度も言ったけど、ココで心配してても仕方ないわ。
    未だに連絡が無いのは彼女なりに何か考えがあっての事なんだろうからね。」

紬「でも、やっぱり今でも心配です・・。」

123: 2009/12/16(水) 15:55:19.53 ID:BL5xQ7zW0
さわ子「大丈夫だって。そのうちひょっこり帰ってくるかもよ?
    『いえーい、みんな元気してた?私は元気バリバリよっ!』・・なんてね。」


『実際、そんなに元気じゃあないですけどね。』


律・紬・唯・さわ子「 “!?” 」

四人揃って声の方へ振り向く。
あまりの驚きに四人の時が一瞬、停止した。
愛らしくも憎らしくもある、とても懐かしい声とその姿。
懐かしき友人、秋山澪がそこにいた。

律「澪・・、お前・・・。」

澪「久しぶり。元気してた?」

一年ぶりに見る親友の姿。律の目から自然と涙がこぼれて来た。

律「なにやっ・・、おまっ・・今までどこいってたんだよっ!」

澪「色々だよ・・。唯、ムギも久しぶり。二人とも元気だった?」

紬「澪ちゃん・・(ウルッ」

唯「あ・・うっ・・みっ、み゛お゛ぢゃ゛~ん゛!」

紬と唯はぼろぼろと涙を流し、久方ぶりの親友にうむを言わさず抱きついた。

124: 2009/12/16(水) 16:00:24.08 ID:BL5xQ7zW0
澪「・・先生もお久しぶりです。」

さわ子「みっ、澪ちゃん・・あなた、こんな急にこれられても・・・。きょっ、今日来るなんて
    聞いてなかったから、あなたのケーキは準備してないわよ・・!?」

いきなりの澪の登場に、さわ子の頭は混乱していた。

梓「・・ねぇあの人って、もしかして・・」

憂「・・お姉ちゃんの同級生の秋山澪さん。・・元軽音部の。」

梓「あの人が秋山先輩・・。聞いてはいたけど・・本物は凄い美人だね。格好はちょっと汚いけど。」

澪の格好は確かに綺麗な物ではなかった。
洗いざらしのジーンズ。
黒のヘンリーネックシャツに無造作に着たジャンパー。
長く美しかった自慢の髪は、今はくしゃくしゃに乱れている。

律「・・色々、言いたいことはあるけど・・とにかく、お帰り澪っ。」

澪「うん、ただいま。」

お互い硬い握手を交わし、がっしりと抱き合った。

紬「うぅ・・(ホロ)」

唯「澪ち゛ゃ~ん!もうどごにもいがないで~!(ボロボロ)」

126: 2009/12/16(水) 16:05:16.94 ID:BL5xQ7zW0
さわ子「み、澪ちゃん、ちゃんとご両親には連絡したの?それとも家に寄らずに直接学校に来たの?」

冷静さを取り戻したさわ子が澪に質問した。

澪「さっき戻ってきたばっかりなんで連絡はまだです。
  一番重要な用件を済ませてからじゃないとやっぱり落ち着かなくて。」

律がにやにや笑いながら澪のほっぺを優しくつんつんする。

律「私たちの顔が見たくてたまんなかったんだろ~。この寂しがりやめっ♪」

いたずらっぽく澪のおでこを人差し指でこつんとついた。

澪「違うよばーか、さわ子先生とのケリを付けにだよ。」

ざわっ

律・紬・唯「えっ?」

澪はそう言うと、三人から離れ、驚きの表情を浮かべるさわ子の目の前に立った。

すっ

人差し指と親指を伸ばし、いわゆる「ピストル」の形を作った右手をさわ子に見せる。

128: 2009/12/16(水) 16:10:33.30 ID:BL5xQ7zW0
澪「先生、第二ラウンドですよ。」

澪はそう言うと薄汚れた上着を脱ぎ、床にそれを投げ捨てた。
シャツ一枚になった澪の上半身が現れる。

律「おっ・・」

唯「あっ・・」

疵。

そこには以前の、人形の様に白く透き通る肌は無かった。
全身浅黒く日焼けし、あちこちに生々しく刻み付けられた無数の傷痕。
さらに驚くべきはそのビルドアップされた肉体。
全身が盛り上がり、厚い皮膚の中には、今にも弾け飛びそうな程の大量の筋肉が詰め込まれていた。
素人目にも、以前より明らかに鍛えこまれているのが分かった。

紬「(・・強い・・前よりもっと・・・)」

ある程度の距離を保ち、両者が向かい合う。
かりかりとさわ子が頭を掻く。

さわ子「・・・澪ちゃん、あなたまた同じ事繰り返すつもり?」

怒気を込めた声で澪に話しかける。

澪「・・負けるつもりで喧嘩を売る武道家はいませんよ、さわ子先生。」

129: 2009/12/16(水) 16:15:30.24 ID:BL5xQ7zW0
澪が両腕を挙げる。

ぐぐぐっ

半端の無い威圧感が、さわ子に向けられて発せられる。

さわ子の目つきが変わった。

さわ子「・・・いいわ。澪ちゃん、先生が目を覚まさせてあげる。」

さわ子はそう言うと眼鏡をポケットに仕舞う。


ぐにゃぁ~


お互いから発せられる闘気で、二人の間の空間が歪みだす。


律「(おいおい、ヤバくねこれ・・・)」

紬「二人とも早くそこから離れてっ!」

何も知らず立っている一年生の手を掴み、危険地帯から脱出させる。

梓「えっ?えっ?なになにどう云う事ですか唯先輩?私どうすれば・・」

唯は涙目で教室の隅でぶるぶる震えていた。

131: 2009/12/16(水) 16:20:35.87 ID:BL5xQ7zW0
激しく睨み合う両者。
ふと、突然澪の殺気が消えた。

さわ子「(・・・?)」

さわ子はなにかの前触れかと、油断する事無く、澪を注意深く観察する。
一方の澪は、何かを思い出したかのようにクスクスと笑い、さわ子に向かい声をかけた。

澪「大事な事忘れていました。実は今日、先生とやるって言ったら、
  どうしても見たいって人がいたんでワザワザここまで来て貰ってたんですよ。」

さわ子「・・・・」

さわ子の表情に緩みは無い。

澪「師匠っ。」

澪が廊下に向かい声をかける。
あきっ放しだった音楽室の入り口に、いつの間にか一人の男が立っていた。

さわ子「!!」

紬「嘘っ・・・!」

男の姿を見た瞬間、さわ子と紬の全身から一瞬で血の気が引いた。

132: 2009/12/16(水) 16:25:26.51 ID:BL5xQ7zW0

全身が黒ずくめの男だった。
黒い靴に、黒いズボンをはいていた。
ベルトも黒い。
着ているシャツまでが黒く、肌の色までが黒かった。
そのシャツも、首の第一ボタンをきっちりととめていた。袖のボタンも、手首の所でしっかりととまっている。
見えてはいないが、下着までがおそらく黒い色のものを使っているのであろうと思われた。
鉄のような男であった。
異様なものが、男の周囲にまとわりついていた。
癖のない髪が、耳まで隠している。
細い眼をしていた。
鉄の皮膚に、カミソリの刃で横に裂け目を入れたような眼であった。
鼻が高く尖っていた。
唇が薄く、頬の肉がごそりと削げ落ちている。
そこに突っ立っているだけで、その男の周囲の空間が、何か、異質な磁力を帯びて、歪んで見える。

男は何も言わず教室に入り、静かに教室内を見渡した。

133: 2009/12/16(水) 16:30:56.58 ID:BL5xQ7zW0
澪「どうやら先生もムギも知ってるみたいですね。紹介しますよ、私の師匠。」

震える声で紬が必氏に声を搾り出す。

紬「くっ、久我・・」

さわ子「・・重明―」

ぱか・・

唇の端が、V字形に吊り上がる。
男が一言ぼそりと呟いた。

「・・いい眼をしている。―楽しみだな。」

低い、鉄の声で久我重明が言った。

教室の外に広がる冬の空は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。





     軽音美少女格闘ロマン  唯「せめんとっ!」   完

引用: 唯「せめんとっ!」