1:2012/04/09(月) 21:36:41.26 ID:nFs03V0r0
『富山県八森の向日葵の家のニラ玉と味噌汁』
……とにかく腹が減っていた。
休日なのに姉の撫子は学校へ行き、妹の花子は友人の家へ遊びに行ったきり、朝から私は家で一人だ。
そのうえ朝ごはんは二人とも残り物を食べ尽くしてしまったようで、遅く起きた私に残された食材は無いも同然だった。
昼間のつまらないテレビのチャンネルをまわしながら、水道水を煽る。
……ダメだ、腹が減って頭が回らん。
とにかく食材のないこの家にいても腹は満たされるわけがない。夕方には姉が食材を買って帰ってくるだろうから、それまでの辛抱だ。
私は家を飛び出した。
3:2012/04/09(月) 21:40:54.77 ID:nFs03V0r0
~
櫻子「…………」
……完全に忘れていた。先日雑誌を衝動買いしていたせいで私のサイフには100円ちょっとしかないのだった。だがまさかコンビニまできて引き返すことになるとは……
櫻子「…………」
普段自分の金を食べ物に使うなんてことがない私だ。100円ちょっとならお菓子のひとつは買えるかもしれないが、今はそんなもので満たされるわけがないくらいに腹が減っていることは自分が一番よくわかっている。
4:2012/04/09(月) 21:46:33.81 ID:nFs03V0r0
今日はやけに天気の良い日だ。夏の始まりを感じさせる良い日だが、この暑さが今日は逆に空腹を刺激して仕方ない。
おまけに先日までの癖で変に上着を着てしまっている。今日は半袖で十分だ。
男の子の用に上着を肩に引っさげ、また歩く。
5:2012/04/09(月) 21:50:03.93 ID:nFs03V0r0
子供1「わーい」アハハハ
子供2「待てーぃ」ワハハハ
櫻子「…………」
横を駆け抜ける子供たち。あの子達からして、今の私はどう映っているのだろうか。
季節は夏に差し掛かる。まだ朝の10時過ぎ。田舎のこんな時間に、簡単な服装で、腹を空かせて歩き回る中学一年の女子。
……なんともおかしな光景だろう。
6:2012/04/09(月) 21:55:11.25 ID:nFs03V0r0
櫻子(くそっ……それにしても腹減ったなあ)
櫻子("めし屋" は……)
櫻子(どこでもいい。 "めし屋" はないのか)
向日葵「あら、櫻子何やってるんですの?」
櫻子「!」
つい癖で自分の家までの帰路を辿ってしまっていた私の前に、庭の花に水をやる見慣れた姿の女の子が目に入った。
櫻子「……向日葵」
9:2012/04/09(月) 22:01:01.36 ID:nFs03V0r0
向日葵「何してるんですの? ……そんな格好で」
まるで珍しいものを見るかのように私を見つめる。……昨日も一緒に学校へ行ってたじゃないか。
彼女は至って健康そうに休日を過ごす女の子のようだ。氷色のワンピースがこの暑さの中よく似合う。麦藁帽子でものせてやりたくなるくらいだ。
櫻子(……向日葵、か)
めし屋とか全然関係ないけど、それもいいかも。 と思うより早く、
ぐきゅるるる~
櫻子「…………」
向日葵「…………」
櫻子「たのむ……なんか食わせて……」
向日葵「え、ええ……」
13:2012/04/09(月) 22:04:59.96 ID:nFs03V0r0
――――――
楓「あっ、櫻子おねえちゃんいらっしゃいなの!」
櫻子「よっ」
向日葵「よっ、じゃありませんわよ……朝ごはんはどうしましたの?」
これだ。お節介なくらい私の事情に口を出してくる。
ただそういう時に限っていつも、私の事情は情けないようなものなのだが。
櫻子「……昨日は早く寝てさ、今日もついさっきまで寝てて……起きたらご飯なんて無くて」
14:2012/04/09(月) 22:09:07.25 ID:nFs03V0r0
向日葵「まったく……休みだからって生活リズムを変えちゃいけませんわよ?」
……うるさいなぁ、ほっといてくれ。こっちはただお腹が減ってるのに食べ物が無いという可哀想な状況なんだぞ。小言は聞きたくない。
櫻子「注文、いい?」
向日葵「注文って……ここはお店じゃありませんわ」
こんな時間だが、腹いっぱい食べないと気が済まない。水でごまかしていた腹も限界を迎える。
16:2012/04/09(月) 22:12:21.50 ID:nFs03V0r0
向日葵「えーっと……余り物もそんなに無いですわね……仕方ありませんわ。少し早いですけど、今からお昼作り始めちゃいましょうか」
楓「楓もちょっとだけお腹減っちゃったの……少し食べていい?」
向日葵「ええ。今日は早お昼ですわね」
櫻子「何作るの?」
向日葵「そうですわね……夕飯も考えるとそこまで大きなものは作れませんわ。とりあえずお味噌汁と……おかずを何品か出しますから、それでいい? ご飯は朝炊いたのが結構余っちゃってますし」
櫻子「うんうん。この際なんでもいい」
腹が減っている時は何を食べてもうまいのだ。
17:2012/04/09(月) 22:17:27.47 ID:nFs03V0r0
席について部屋を見渡す。この雰囲気、いつ来ても変わらなくていいな。
楓「はい、どうぞなの」
櫻子「おっ、気が利くね」
楓が冷たい麦茶を持ってきてくれた。いかにも夏って感じがしてきたぞ。
櫻子「んっ……んっ……」ゴクゴク
櫻子「……っふう……」
楓「おかわりいる?」
櫻子「いや、いいよ。ありがとう」
落ち着いたら腹にも少し余裕が出てきたみたいだ。作ってる間くらいは大人しく待てる。
18:2012/04/09(月) 22:21:32.82 ID:nFs03V0r0
櫻子「…………」
頬杖をつき、外を見る。
半分開いた大窓からは心地よい風が吹いてくる。庭の手入れの後の、緑の匂いがかすかに香る。そうだ、この後お礼に風鈴でも持って来てやろうか。うちに余ってたのがあるはずだ。
こうしてゆったりとした空気につつまれながら、せわしなく動く向日葵の背中を見ていると、なんだか嬉しくなってくる。
ああ、今年もいい夏が来たじゃないか。
19:2012/04/09(月) 22:25:37.46 ID:nFs03V0r0
ジュワァァ……
櫻子「!」
お、やけにいい音がするぞ。これは見に行きたくならざるを得ない。
厨房に広がるいいにおいの正体。
櫻子「ニラ玉か……!」
向日葵「先日、知り合いの方に卵をたくさん貰いましたの。その方いつもたくさんくださるから……なるべく早く使わないと、余って悪くなってしまうんですわ」
櫻子「…………」じゅるっ
20:2012/04/09(月) 22:31:41.29 ID:nFs03V0r0
大きな卵を折り折り、塊にしていく。よくみれば傍で味噌汁を作りながらやっているのか。こんなの自分には何年たってもできそうにない気がする……
櫻子「うん、いいにおい」
向日葵「ちゃんとダシも取ってますわ。卵も……ほら」
おお、これは綺麗な色だ。
21:2012/04/09(月) 22:35:03.53 ID:nFs03V0r0 [14/28回発言]
櫻子「…………」うずうず
向日葵「……あなたに手伝ってもらうようなことも特にありませんけど、そうですわね、お箸とお皿を並べてくださいな」
櫻子「よーし」
ああ、ここにきて正解だった。腹が減りすぎて食べたいものもよく浮かばなかったけれど、もしかしたらこれがベストアンサーなのかもしれない。
土曜のお昼は、こうだよな。
25:2012/04/09(月) 22:38:38.68 ID:nFs03V0r0
――――――
櫻子「わぉ……!」
「ご飯」―――朝の余りらしいが、特に申し分ない。私の分だけ多くよそってある。
「味噌汁」―――具はわかめ、玉ねぎと簡単だが、上手くダシをとってあるらしく、香りがいい。
「ニラ玉」―――簡単にいえば卵焼きにニラをいれたものだが、味付けには塩と胡椒を効かせている。こっちにもダシが入っているらしく、ニラの香りと相成って食欲をそそる。量が多いが、色がいい。
「きゅうりの浅漬け」―――簡単なものだが、夏を感じさせる。
「冷奴」―――絹ごしの豆腐を皿に乗せたもの。少し大きいが、ひとつしかないので皆で分けて食べるようだ。かつおぶし、刻み葱、おろしショウガが既に乗っている。
「麦茶」―――夏の定番。至ってシンプルなもの。
櫻子(ご馳走だよ……ご馳走!)
26:2012/04/09(月) 22:42:55.70 ID:nFs03V0r0
向日葵「卵は余ってもいいですわ。とっておけば後で食べますし」
櫻子「いや、食べれる!」キラーン
いただきまーす!
櫻子(落ち着け落ち着け、まずは味噌汁からだ……)
ずずっ
櫻子(うん……これはいいな。こういう味噌汁なら、毎日でも飲めるような気がする。この冷奴を細かくしてここに入れても良かったかもしれないけど……いや、これはこれって感じ。ネギが細くていいね。)
30:2012/04/09(月) 22:46:30.84 ID:nFs03V0r0
櫻子(さて、メインいきますか……!)
すっ
櫻子(柔らかい!)
箸がスムーズに通る。一口大に切って……
もぐし!
櫻子(ふゎっ……!)
櫻子(すごい! これすごい! 味付けもちょうどよくて……卵そのものの甘みがちゃんと生きてるんだ!)
かっかっかっかっ……
櫻子(こいつは……ご飯に合う!!)
32:2012/04/09(月) 22:51:00.99 ID:nFs03V0r0
向日葵「落ち着きなさいよ……そんなにお腹減ってたんですのね」
櫻子(それもある……けど、普通に美味いからだよこれは!)
櫻子(すごい、卵とニラだけなのに……どこまでいっても飽きないぞ!)ぱくぱく
楓「今日のご飯おいしいの!」
向日葵「そう? よかったですわ」
34:2012/04/09(月) 22:56:07.59 ID:nFs03V0r0
櫻子「んっ……」
櫻子(いけない。他も他も……)
櫻子(このきゅうりは……)
ぱりっ
櫻子(うん。浅漬けっていうより簡単な塩もみなのかな。でも卵とご飯で熱くなった口の中ですごく爽やかな存在だ。)
櫻子(となると、)
35:2012/04/09(月) 23:01:11.09 ID:nFs03V0r0
するっ
櫻子(うん!この冷奴もいい感じ! やっぱりショウガって合うねぇ!)
櫻子(お豆腐のもつ甘みっていうのかな……ただの豆腐をこんなにおいしく感じたの、初めてかもしれない。)
櫻子(こんなにおいしいご飯が……こんなに近くにあったなんて……!)
向日葵(………ふふ、そんなにがっついて……)
向日葵(それでこそ、作りがいがあるってものですわ)
櫻子(お腹が減ってるからじゃない……向日葵は本当にご飯を作るのがうまいんだ!)
38:2012/04/09(月) 23:06:33.37 ID:nFs03V0r0
~
櫻子「……んっ……んっ……」ごっごっ
櫻子「ぷはっ!」
向日葵「ほ、本当に全部食べましたわね……結構多めに作ったのに……」
櫻子「ごちそうさま! マジでうまかった!」
向日葵「うっ///」
櫻子「あっ、そうだ! 良いものもってきてあげるよ!」ダッ
向日葵「あっ、ちょっと櫻子!」
40:2012/04/09(月) 23:11:12.47 ID:nFs03V0r0
タタタタタ……
向日葵「も、もう……」
向日葵(勝手にきて……こんなに食べて……)
向日葵(……でも、すごい嬉しい……///)
向日葵「お皿、洗いましょうか」
楓「楓、ちょっと眠くなってきちゃったの……」
向日葵「あらあら」ウフフ
42:2012/04/09(月) 23:15:58.19 ID:nFs03V0r0
~
櫻子「じゃーん!」
向日葵「? それは……??」
櫻子「ちょい椅子借りるねっ」ヨイショ
チリン……
楓「わぁ、綺麗!」
向日葵「風鈴……」
櫻子「うちに余ってたやつ。これあげるよ!」ニコッ
向日葵「…………良いですわね」
43:2012/04/09(月) 23:20:11.63 ID:nFs03V0r0
櫻子「あー、今日は食ったなー楓ー!」ゴロン
楓「わーっ♪」
櫻子「眠いから寝よう! ここで寝よう!」
楓「櫻子おねえちゃん、おなかぽんぽんなの!」
櫻子「あははははは……」
向日葵「ふふふふ…………」
44:2012/04/09(月) 23:24:20.47 ID:nFs03V0r0
―――
櫻子「……すーっ……すーっ………」
楓「…………」スゥ
チリーン……
向日葵「…………」
向日葵(どうせまた、夕方にはお菓子作れとか言い出すんですわ……)
オナカナデナデ
櫻子「……ん…………」ゴロン
向日葵「…………ふふ」
46:2012/04/09(月) 23:29:21.55 ID:nFs03V0r0
楓「すれたぃ……ぜんぜん……こどくじゃなぃの……」ムニャムニャ
向日葵(………寝言かしら?)
向日葵「ん……私も……眠く……」
チリン………リン…………
~fin~
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