1: 2020/10/03(土) 06:04:19.874 ID:5cRD4KvC0.net
女房が氏んだ。十数年間連れ添ってきた女が逝った。
仕事を辞め、妻の闘病に全てを注いだが全ては無為だった。
徐々に朽ちていくように細る姿、
学生の時は、かしましいほど元気で、口も手もついて出るような娘だったのに。面影もない。それでも希望を捨てず、つきっきりで看病した。
しかし終わった。病が全身に回り腹に力が入らず声さえも出ないようになった時、彼女は悟ったのだろう。終わりが近い事を。そして必氏で絞り出した、蚊の鳴くような声とともに彼女はあるものを手渡してきた。
ふらいんぐうぃっち
2: 2020/10/03(土) 06:04:46.944 ID:5cRD4KvC0.net
妻「こ、れ」

俺はそれを受け取った。その時、声さえも出ない彼女が力を振り絞るように強く手を握った。痛いくらいに。その意図を話す力を持たない彼女の考えが自分にはわかった。
これは大事なものなのだろう。俺とこいつにとって。しかしなんの鍵かわからない。
まごついてると、妻は俺の目を見ながら「す、き」と言った。俺は涙ぐみながらその手を強く握り返した。笑っているように見えた。

結局その日のうちに妻は旅立った。

3: 2020/10/03(土) 06:05:15.848 ID:5cRD4KvC0.net
全てを失った。悲しみ、苦しみ、怒り、失望感、頭の中にネガティブな感情が回り考えをまとめられない。何もできない。しかしもうどうでも良い。

そうやって初七日を過ごした。

しかし時間というのは残酷なものだ。かけがえのない存在を失った悲しみも、時の流れは徐々にそれを川下へと流していく。はっきりとした形のように思えた一つの封土、水流に風雪に徐々に削られ失われていくのがわかる。生きていたってどうしようもないって思うくらい悲観的な心境だったのに俺はなんて薄情な人間だったのだろうと考えてしまう。
そして頭が幾分か働き始めると年寄りのように今までの思い出がよみがえってくる。

9: 2020/10/03(土) 06:06:25.201 ID:5cRD4KvC0.net
俺と彼女は一緒の小学校で、家が近かった。だから低学年の頃はよく遊んだ記憶が有る。最初のうちは一緒に登校していたがいつの間にか別々に行くようになった。
一緒のクラスになったのは高学年からだったが、その時は回りの目を気にして一緒にいる時間は少なかった。仲良くなったのは中学に上がってからだった。

自分たちの学区は微妙に通っている小学校とは離れていた。他に近い小学校もあったがそこへの道筋は交通量の多い通りがたくさんあって氏亡事故が多かったので俺たちは遠い小学校に行っていたのだ。一緒に登校していたのは一人での通学が退屈だったからで、そのうち男の友達と登校するようになった。学区違いの小学校に通っていたので上がった中学の知り合いはそう多くなかった。縁あって同じクラスになった中で顔を知ってるのが彼女だけだったから声をかけた。最初はちょっとぎこちなかったがもともと仲が良かったしちょっと男勝りだった彼女とは妙にウマがあった。そのうち一緒に登下校もするようになった。

11: 2020/10/03(土) 06:07:20.431 ID:5cRD4KvC0.net
俺「んー、さて帰るか」

バチン!

俺「痛っ!」女「帰ろう!」

俺「なんで叩いたの?」

女「うーん?無防備な背中があったから?」カラッとした笑顔で答える。

俺「理由になってない・・・」

女「コミュニケーション!帰るぞ~!」

とまあガサツなところもあったが明るく剽軽な性格だった
まあちょっとわがままなところもあったけど。

14: 2020/10/03(土) 06:07:58.216 ID:5cRD4KvC0.net
女「あっち~、まだ6月なのにこの暑さって・・・」アイスをばりぼり齧りながら言う。

男「もう30℃超えてんだよな~」

女「7月、8月は40℃行くでしょ?きついって」アイスの棒を自販機のゴミ箱に放り投げる。女「よし!ストライク!」

男「食うのはえーな」女「あんたが遅いんじゃん。」

男「俺は味わって食べるんです。」

女「買い食い禁止なんだから先公にばれる前に食べたほうが良いよ~?」

男「 おめーが食いてえっつったんだべが」

女「あっ!先生!」後ろを指差す。

俺「え?!」振り向いた刹那、氷が砕けるような鈍い音がする。

女「~!歯キーンってなった!でも美味いんだなこれが・・・」サムズアップしながら言った。

俺「だ、騙しやがって・・・俺のアイスを~!」

女「溶ける前に食べてあげたんじゃ~ん」全く悪びれない。

間接キスだとかそんなのは全く関係なかった。そんな雰囲気でもなかった。

こんな意地悪もしょっちゅうだったが別に嫌いにはならなかった。こっちもやり返したし。

16: 2020/10/03(土) 06:08:48.712 ID:5cRD4KvC0.net
こんな感じだから当時は恋だの愛だのみたいな浮いた話にはならなかった。

しかし周りからすると仲が良いし一緒にいるから付き合ってるように見えなくもなかったようで、このディフェンダーが張り付いてる中学時代はロマンスとは無縁だった。特段モテるわけでもなかったけれど。

友達から付き合ってるのかって聞かれたこともあった。

男「別に付き合ってないよ」友達「あんな仲良しなのに」

女「何々?なんの話してんの~?」男「お前と俺が付き合ってるのかってさ」

女「そうなんだ・・・そ、それで?」男「それでって・・・そのままの通りじゃん。友達としては好きだけどって話」ちょっと微妙な間があった。

女「そ、そうだよね~ないない笑第一こんな良い子とダメ男くんじゃ釣り合わないじゃんって」いつもの調子で答える。

男「そうそうこういう奴なんだよ」友達「へ、へー」ちょっとバツの悪そうな感じだった。

男「じゃあ帰ろうか?」女「え・・・その、今日用事あるから・・・先帰ってて」そのまま行ってしまった。ちょっと怒ってたかなって感じた。まあデリケートな話題で驚いたんだろうか、意外と初心なんだなと思った。

17: 2020/10/03(土) 06:09:21.706 ID:5cRD4KvC0.net
まあこんな感じで中学時代は全く進展ゼロ。そもそもその対象にすらなってないので当時の俺らが今の境遇を見たら驚くかもしれない。

実際に俺らがそういう仲になったのは高校卒業間近だった。

当時俺には気になっていた女の子がいて高校卒業までに気持ちを伝えたいと思っていた。

そんな時あいつからその意中の子についてどう思ってたのか聞かれたのだ。

そして橋渡し役を買って出てくれた。

しかしその子は当日待ち合わせの場所に来なかったのだ。

純情な俺は傷ついた。その時彼女は慰めてくれた。励ましてくれた。そしてそのまま彼女を抱いた。天使に見えた。この時になって初めて「こんな良い女だったのか」と感じ意識し始めた。向こうも憎からず思っていたのだろう、それからくっつくまでに時間はかからなかった。淡い思い出だ。

18: 2020/10/03(土) 06:09:50.188 ID:5cRD4KvC0.net
さて、遺品の整理を続けるか。それにしてもこの鍵は一体なんなだろうか。そう思いながら妻の部屋を整理していると御誂え向きにも厳重に保管された箱があった。
宝石箱だろうか?鍵を挿してみる。カチャ、開いた!しかしこんなものみたことないな。
一体何が入ってるんだろう。開いてみると一冊の本が入っている。

捲ってみると日付とそれから妻の筆跡に間違いない文章が綴られている。これは日記だ。
最初の日付は中学生の時か、入学にあたって日記を書くこと、三日坊主にならないことの決意が記されている。最後の日付は病院に入院する前だった。続いたんだな、ちょっと感心した。

しかしこの日記を妻はどうして見せたかったんだろう?何か秘密の告白でもあるのだろうか?もしかして浮気の懺悔とか?最後の最後まで仲良しだったしないとは思うが喧嘩したことも当然あるし気の迷いもあるだろう。人間だから仕方ない。何が書かれていても大丈夫なように心の準備をする。それでなんとなく秘密が書かれていそうな結婚した後の日付のページを読んでみた。

他愛ないことが書かれている。日々の生活の愚痴もある。パート先で上司からセクハラされたとかそういうことだ。ああ、そういえばこんな相談されたなあ。あの時はきっぱり言えよって、辞めたっていいよって提案したな、結局セクハラ親父を張り倒してクビになって帰ってきたのには驚いたが。「誕生日プレゼントにあいつから夫婦箸を貰った。大切に使う!」そういえば箸はずっとあれ使ってたな。葬式でお茶碗の白米にさしたのもあれだった。葬儀屋はあとで返却すると言っていたが手違いで燃やされてしまった。

20: 2020/10/03(土) 06:10:20.265 ID:5cRD4KvC0.net
書いてあることは様々だがとりあえず秘密の告白はないな。だいたい日記に書いてあることを俺にも話しているし、「なんでも相談できるのが夫婦」って言ってたからな。曲がったことも嫌いとも正直がモットーとも言っていた。しかしことあるごとに好き、好きって書いててなんだか読んでる方が赤くなってしまう。
とはいえ満ち足りた人生を送ってたんだろう。ちょっとホッとした。最後の方はやっぱり体の調子が悪いことが書かれてる。そして自分が難病であること、根治は難しいことも書かれており、一気に暗いトーンになる、氏への恐怖、今の生活を失うことへの恐怖が生々しく描写されている、それでも励ましてくれる俺への感謝も綴られていた。そして入院することになってそこからは書かれていない。

しかし病院でも日記は書けるだろうに。なんか読まれたくないことでもあったのか?しかし結婚した後は特に怪しい記述はない。となると学生時代か・・・特段秘密がありそうには見えないが・・・

21: 2020/10/03(土) 06:10:58.975 ID:5cRD4KvC0.net
中学時代から手をつけてみる。

内容は子供っぽい。友達と遊びに行ったとか、俺と出かけたとかそんなのばっかりだ。
秘密はありそうにない。読み飛ばしていく。しかし酷いな。脳足りんとかバカとかトンマとか。大人になってからの文章を読んでからだと対比で余計にガサツに見える。

俺への扱いに若干腹立たしさを覚えながらも中一を読み終え、中二も後半に差し掛かる。

「朝いつもの場所で待ってたらあのバカに後ろから肩を叩かれた。すごいびっくりした。」今までの内容から察するにあのバカは俺のことだ。

「けれども、なんか今までよりドキドキする時間が長い気がする。なんだろう、風邪かなあ。顔赤いけど風邪?移すなよってあいつに言われてぶん殴ってしまった・・・反省・・・手当してあげた」思い出した。この時はあのせいで遅刻したんだよな。

別の日には「学校の帰り、車が飛び出してきた。危なかったがあいつが引き寄せてくれて助かった。グイって引っ張られて密着した、すっごいドキッとしちゃってお礼を言う時目を合わせられなかった。」これは肩を引き寄せて後ろから抱きつくような感じになってしまった時のことだ。

「あいつに参考書買いにいくの付き合ってもらった。お母さんのお化粧を真似してみた。あの脳足りんに笑われた。」あんな下手な化粧したら誰でも笑うだろうに。

「お世辞でも良いから可愛いって言って欲しかったのに。別に期待してないけどさ。化粧を落とした後、そっちのほうが可愛いよって言われてドキドキした。ズルい。」

23: 2020/10/03(土) 06:11:32.069 ID:5cRD4KvC0.net
なんだろう?これはまるで恋する乙女の日記じゃないか。俺は意識してなかったが彼女は意識していたのか?ちょっと驚きだ。中学時代は全く興味ないと思ってたし。

そうこうするとあの日の日記になる。嫌な予感がする。

案の定書きなぐりのような文章が残されている。

まず出てくるのはあのクソバカという言葉だ。

「今日あのクソバカが友達と恋話してた。ちょっと盗み聞きしてたら私たちの話になった。それで輪に入りに行ったら女として見てないって言われた。無性にカチンときてしまった。腹立ちまぎれに、ありえないって言ってしまった。あのウスラバカは私が頭にきてることにも気づいてないかも。でもなんで腹が立つんだろう?やっぱり好きなのかな??3高のイケメンがタイプだと勝手に思ってたけど・・・」完全に乙女モードだ。やっぱり怒っていたんだ、電話でも謝っておくべきだったか。その時は全然気にしてないようなそぶりだったのに。

そうか、見せたくなかった理由はこれなのか?あいつはいかにも高飛車な態度で理想が高いような言動をしてた。当初眼中にないと思ってたしそう思われていたが実際にはもっと前から惚れていたってなったら今までの自分を省みて恥ずかしいって思ったのか。くだらなすぎる理由だがあいつならありえるな・・・

24: 2020/10/03(土) 06:12:27.851 ID:5cRD4KvC0.net
3年生に進級し受験モードになる。
俺は家から一番近い公立を受ける予定だったしたいしてレベルが高いわけでもなかったので必氏に受験勉強をしたわけじゃない。
それでも受験シーズンの独特の空気感ゆえに勉強しないとと感じていたのは確かだ。
あいつは意外にも成績が良かったのでよく勉強を見てもらった。当時は友人としての善意で勉強を見てくれたのだと思っていたから気前の良いやつだと思っていたが日記を読んで本心を知った後だと印象も変わる。もっと一緒にいる時間を作りたかったのかもしれない。

日記を読み進めると「志望校をどこにするか迷っている」という記述があった。

やっぱりな。あいつは俺と一緒の学校を受験したが上のレベルも狙えたはずだ。

あいつは「近さが大事、受験勉強はどこでも出来る」と力説していたけど親は良い高校に入って受験戦争を有利に進める青写真を描いただろう。

25: 2020/10/03(土) 06:13:06.504 ID:5cRD4KvC0.net
一緒に初詣に行った時のページになる。

当然受験の成功祈願だ。その時志望校についてそれとなく聞いてみた。

俺「お前、結局近くの公立受けるのか?」

女「う、うん・・・」

俺「また一緒の学校になれたら嬉しいなあ、また3年間一緒に過ごせるし」

こんなやり取りがあったのは覚えてる。

「遠くの進学校を受験するか、あいつと一緒の高校を受験するか迷ったけど、やっぱりあいつと一緒の学校に行くことにした。あいつもそれを望んでるみたいだし、すごいときめきを感じた。もう否定できない。これが恋なんだ。」

これを読むと俺はこいつの人生を大きく変えさせたことになる。当時はそんなつもりじゃなかったんだが結果的にそうなのだ。大胆さに驚いてしまう。

結局受験は問題なく終了し、晴れて一緒の高校に進学することになった。

そのことを喜ぶ記述がある。

そして高校入学、今度は別々のクラスになった。

27: 2020/10/03(土) 06:13:42.622 ID:5cRD4KvC0.net
人によっては青春の真っ只中たる高校時代だ。どんなことが書かれているんだろうとめくってみる。やはり3年間の抱負や楽しい高校生活を謳歌するという決意が書かれている。しかし別のクラスになったことは残念だったと強調して書かれてもいる。俺との距離をさらに縮めて男女の仲になるという決心も。

しかし俺はこの時あいつがこんなことを考えているなんて知る由もない。それにこの時は別に好きな子がいたんだ。だからあいつ一緒にいる時間も徐々に減っていってたしましてや彼氏彼女みたいな浮いた感じにはなりそうもなかった。あいつの普段の言動もあったが子供の頃からの付き合いだったしいまいちそういう対象として見れなかった。

日記を見るとそれらを嘆く文章が多い。「話してる時別の女をみてる。気があるのかも・・・」
「女としてみてくれてないような・・・あいつとはそうなれない運命なのかな?」

よく俺を観察している。

29: 2020/10/03(土) 06:14:18.795 ID:5cRD4KvC0.net
他の男の子から遊びに誘われた、とか告白されたって記述もある。しかし結局断っている。その時はただ理想が高いからだと思ったが、実際は違ったんだな。こうして読んでみると俺は彼女について知らなかったことが多いことに気づく。なにより鈍感すぎる。
あの時の態度が彼女を傷つけていたなんて。日記の文章から今までのような自信ありげな表現が少なくなっていく。女としてみてもらえないことにプライドが傷ついたことだろう。そう言われると高校に入ってからのあいつは割とおとなしかった。まああの感じでいたらいじめられるかもしれないからかもしれないが。でも俺といる時はいつもの調子だったからあんまり気にはしてなかった。

「こんなに思っているのに。いっそ告白しようか。でも振られたら私はもう生きていけないかもしれない。それなら今のままの方が良い」意外とナイーブなところがあるのは知ってた。変なことでくよくよ悩んでたし頑固だったからな。これを見るとこの頃のあいつは自信を失って本心を打ち明けられない女だったんだ。読んでいた恥ずかしくなる。自分の不明についてだ。こんなに俺は人の心がわからない人間だったのか。

30: 2020/10/03(土) 06:14:48.220 ID:5cRD4KvC0.net
しかし肯定的なことも書いている。
「やっぱりあいつといると楽しい。ありのままの自分でいてもあいつは許してくれるから。鈍感なのはムカつくけど。」まあ女の友達や他のやつにあの傍若無人な態度をとったら総スカンだろう。悪意はないから慣れてしまえばどうってことないけれど。

俺の自信もちょっと回復する。

「あいつがあの子とまた話してる。楽しそうだ。心が張り裂けてしまいそう。もうあのバカのことは忘れたほうが良いのかな?」

31: 2020/10/03(土) 06:15:37.346 ID:5cRD4KvC0.net
「誘われた男の子とデートした。全然楽しくなかった。だいたい短気すぎるよね。ちょっとからかっただけで怒っちゃうなんてさ。ぎこちない感じで終始気疲れしただけ。最悪」

今までの行動や言動を思い返せばこいつが悪いんだろうが多くは語らないためわからない。

「友達でもありのままの自分ではいられない。嫌われないように振る舞うのも疲れる。友達の言動や一挙一動、自分の言葉を常に照らし合わせ相手を怒らせていないか探りながら話す。それに比べてあいつと話してるのは気が楽だ。やつは心が広いんだなって実感する。」こんなのは当たり前だ。だからこいつはわがままなんだ。

「やっぱりあいつが好きだ。心を許せる数少ない人間だ。どうやって振り向かせたらいいのだろう。どんな手を使ってもあいつを振り向かせたい。」

日記の文章は徐々に思い詰めた感じになっていく。どんな手を使ってもか・・・

33: 2020/10/03(土) 06:16:36.928 ID:5cRD4KvC0.net
そこからあいつは距離を縮めてきたんだ。
そういう考えのもと積極的に自分を誘うようになったんだ。
そして前と同じ頻度で時間を取るようになった。一緒に帰ったり一緒に勉強したり遊んだり、こうして思い返せば付き合ってるのとあまり変わらないな。もうほとんど大人なんだからただの友達がここまでベタベタするわけがない。それをわかってないのは脳足りんの俺だけだったんだ。

卒業を間近に控え大学受験も終わった。

結局同じ大学に合格、進学することになった。

そして俺とこいつが正式に付き合いだす日が近づいてくる。

34: 2020/10/03(土) 06:17:30.529 ID:5cRD4KvC0.net
しかし俺にはその前にほろ苦いイベントがあった。さっき触れた生涯で初めて振られた話だ。

俺がその子を好きだとあいつは知っていた。それは俺のことをよく見ていたからわかったんだろう。そのことを知りながら俺にアプローチしていた。

日記を読み進める。

しかしさらに驚く記述がある。彼女はなりふりかまわなかった。

俺と彼女が仲良しなのは皆知っていた。だから俺に興味がある奇特な人間は真っ先に彼女に話を聞く。

「あのクソ女からあいつと自分は付き合ってるのか?って聞かれた。正直に話した。」

クソ女は多分俺が片思いしてた子だろう。

35: 2020/10/03(土) 06:18:12.417 ID:5cRD4KvC0.net
「あいつが気になっていると率直に言われた。付き合ってないなら橋渡しをしてくれとぬけぬけと頼みやがって、あのクソ女。でもチャンスかもしれない。」

筆圧から憎しみが伝わる。それに不穏なワード。
しかし驚きだ。遠目から見ていることしかできなかったのに彼女は俺に気があったんだ。

「あいつに気持ちを確かめてみた。やっぱり気がある。あえて橋渡しを買って出ることにした。」

不安な気持ちで読み進めていく。

36: 2020/10/03(土) 06:19:06.990 ID:5cRD4KvC0.net
「クソ女にはあいつと私は付き合うことになった。と伝えた。気持ちを知ってて横取りしたのかと謗られた。私の方がずっと前から好きだったというのに厚顔無恥な女。
あいつには告白の機会をセッティングしてあげた。喜んでた。心の奥から憎たらしい気持ちが溢れ出てくる。でもクソ女は来ない。彼を傷つけるのは心が痛い。
本当にごめんね。でもあんたが悪いんだよ?これであいつの気持ちは私の方に向くかもしれない。なんて最低な女なんだろう私って。心が痛むのにどこか喜んでる。失わなくて済む」

37: 2020/10/03(土) 06:19:42.122 ID:5cRD4KvC0.net
ショックだった。告白の機会なんて最初からなかったんだ。期待させて裏切られたということを演出して俺の恋を冷ますための奸計だったのだ。

まんまと引っかかった俺は都合よく待ちぼうけを食らってるところに現れた彼女に泣きながら抱きついた。そして甘い慰めの言葉を囁き煽て賺して気持ちを自分に向けたのだ。

「彼に抱かれた。本当に嬉しかった。長年の夢がかなって。破瓜の痛みなんてこれっぽっちもない。好きな人に汚されたことへの充足感と満足感しかない。」

俺は誘惑されるままに彼女に劣情をぶつけた。あの時は天使のように見えた彼女は蛇だったのだ。

俺は彼女のことなんてこれっぽっちもわかっちゃいなかった。裏切られたことにさえ気づいてない。脳足りんもいいところだ。彼女の慈愛に感謝して深く愛していた。俺は道化だった。彼女の掌の上で転がされていた。

38: 2020/10/03(土) 06:20:11.768 ID:5cRD4KvC0.net
「正式に付き合うことになった。あいつは私を好きになった。やっと気づいてくれた。やっと振り向いてくれた。でも私がやったことは最低だった。男と女以前にあいつとは親友だった。自ら崖から突き落としてロープを差し出した。己が欲望のために彼の背を押した。そんな卑劣な真似をして親友なんてどうして呼べようか。でも彼を失いたくない。本当に好きだから。本当に本当に大好きだから。愛してるなんて言わない。そんなこと宣う資格はない。もうあいつには嘘をつきたくない。正直でいよう。お互いなんでも話し合える仲になろう。勝手だけどそれがあいつを好きでいるために必要なことだと思う。でもこれを話す勇気はまだない。私はズルイから。でもいつか打ち明ける。恋人、夫婦、家族、ステップを進めるうちに絆を深めて、それで本当に許してもらえた時愛してるって言えると思う。」

そうか。彼女はこれを見せたかったんだ。この懺悔を見せたかったんだ。あいつはもともと曲がったことが嫌いな奴だった。その信念を曲げてでも俺を振り向かせたかったんだ。
運命の人は俺しかいないって思い詰めた末の行動だったのかもしれない。確かに彼女のやったことは間違ってるとが、俺への思いだけは本物だった。それは確かだ。

そして俺たちは学生のうちに婚約した。あいつはこの決意からなんでも話せる仲になろうって言ったんだ。そしてこれを話せるくらいまで絆を深めて許しを請いたかった。いきたかったんだ。

39: 2020/10/03(土) 06:20:43.741 ID:5cRD4KvC0.net
許すよ。お前の告白。お前を追い詰めたのは俺だったしなによりお前が好きだ。これを見てもまだお前が好きだ。
なぜか泣いてしまった。
俺も告白しよう。お前と結婚した後、1回浮気した。行きずりの女と。でも許してくれるよな?俺も愛してる。

仕事探すか。

終わり

43: 2020/10/03(土) 06:22:03.179 ID:5cRD4KvC0.net
許すよ。お前の告白。お前を追い詰めたのは俺だったしなによりお前が好きだ。これを見てもまだお前が好きだ。
なぜか泣いてしまった。
俺も告白しよう。お前と結婚した後、1回浮気した。行きずりの女と。でも許してくれるよな?俺も愛してる。

仕事探すか。

終わり

引用: 女房が死んだ。十数年間連れ添ってきた女が逝った。