1: 2020/10/19(月) 18:30:22.378 ID:xF3xLOVY0.net
ガタンゴトン… ガタンゴトン…

運転士「……ん?」

ガクンッ

運転士「うわああああ! 電車が脱線するぅぅぅ!!!」

ガクガクガクガクガク…

ズズゥン…





男「よし……置き石成功!」
ふらいんぐうぃっち
5: 2020/10/19(月) 18:34:12.293 ID:xF3xLOVY0.net
……

女(この辺りによく出没するって聞いたけど……)

女(いた!)

男「…………」ヒョイッ

男「…………」ヒョイッヒョイッ

女(石を何段も器用に積み上げてる……。登山者がよくやる……ケルン、だっけ? あれみたいに……)

女「あ、あのっ!」

男「……ん?」

女「あなたは“置き石の達人”って聞きました。そうなんですか?」

男「その通りだが」

女「!」

6: 2020/10/19(月) 18:35:19.698 ID:PcycSOA5p.net
列車の脱線転覆は基本氏人が出たら氏刑だからな

脱線しなくて怪我人が出なくても初犯で1発実刑

執行猶予なし

7: 2020/10/19(月) 18:37:23.527 ID:xF3xLOVY0.net
女「先日の電車脱線事故……ご存じですか」

男「ああ、知ってる」

女「怪我人が十数人出て、あわや近隣民家に電車が突っ込むかもという大惨事でした」

女「あなたは……あの事故に関与していますか?」

男「…………」

男「してるよ」

女「…………ッ!」

8: 2020/10/19(月) 18:40:38.546 ID:xF3xLOVY0.net
女「あの電車を運転してたのは……私の父でした」

女「事故の時、頭を打って……まだ入院しています。今まで一度も事故なんて起こしたことなかったのに……」

女「これを聞いて、どう思いますか!?」

男「すまないことをした、と思ってる」

女「許せないッ!」

男「許せないならどうするんだ」

女「私があなたを成敗します! この≪のびーる棒≫で!」バッ

奇妙な模様が描かれた棒を取り出す。

10: 2020/10/19(月) 18:43:29.092 ID:xF3xLOVY0.net
女「てやーっ!」

男(全然届いてないじゃないか――)

パコーンッ!

男「いてっ!」

女「ふふふ、どうです!」

男(なんだ、今のは……!?)

男(棒自体は長くなってないのに、急に棒が伸びたような――)

女「さあ、これ以上殴られたくなければ、自首しなさい!」

男「…………」

11: 2020/10/19(月) 18:45:23.927 ID:xF3xLOVY0.net
男「ちょっと待ってくれ」

女「へ?」

男「俺はこれから用事があってな。どうしても外せない用事なんだ」

女「用事?」

男「悪いが、あんたと話すのはそれからでいいか?」

女「いいですけど……逃げないようについていきますよ!」

男「もちろんだ」

12: 2020/10/19(月) 18:48:10.554 ID:xF3xLOVY0.net
―民家―

老人「おお、よく来てくれたのう」

男「じゃ、さっそく始めようか」

女(なにを始めるんだろう……?)

老人「今日はワシが勝つぞ」

男「なんの。このところ俺も腕を上げたからな」

女(勝負……? まさか、ギャンブルでもするつもり……!? 非合法の裏ギャンブルとか……)

13: 2020/10/19(月) 18:51:32.496 ID:xF3xLOVY0.net
男「右上スミ小目」パチッ

老人「よーし、ワシは……」パチッ

パチッ パチッ パチッ パチッ …

女(え~!? 囲碁が始まっちゃった!)

対局は進み――

老人「う~む、今日はワシの負けじゃ!」

男「こないだの借りを返せた。またやろうな、爺さん」

女(特にお金を賭けるわけでもなく普通に終わった……)

14: 2020/10/19(月) 18:54:14.774 ID:xF3xLOVY0.net
女「あのー、なぜ囲碁を?」

男「俺は置き石の達人だぞ? 囲碁ぐらい出来なきゃな」

男「まあ、俺の棋力は『ヒカルの碁』でいうと三谷ぐらいだろうが」

女「そうじゃなくて、あのお爺さんはなんなんですか!」

男「一人暮らしの爺さんだよ。ご家族を亡くして寂しいらしいから、時々囲碁の相手になってるんだ」

男「置き石の達人としてな」

女「…………!」

16: 2020/10/19(月) 18:57:21.121 ID:xF3xLOVY0.net
少年「あ、置き石の達人さん!」

男「おう、坊やか」

少年「僕、石蹴りを教えてもらったおかげで、サッカー上手くなってクラブに入れたんだ!」

男「そうか、よかったな」

少年「うん!」

女「彼は……?」

男「友達がいなかった子でな。俺が石蹴りを教えてやったら、みるみる才能が開花して……」

女「へえ……」

17: 2020/10/19(月) 19:00:24.767 ID:xF3xLOVY0.net
スタスタ…

女(うーん……。なんだか、とてもこの人が電車事故を引き起こすようには……)

キャーッ!

女「え!?」

主婦「誰かー! ひったくりよぉー!」

ひったくり「へっへっへ、俺の足には誰もついてこれんぜ!」タタタッ

ひったくり「どけ! どけぇ!」ドカッ! バキッ!

通行人を次々突き飛ばす。

女「こ、こっちに来ます!」

男「…………」

女「よーし、のびーる棒で……」

男「よせ、そんなんで倒せる相手じゃない」

18: 2020/10/19(月) 19:03:51.272 ID:xF3xLOVY0.net
男「ここかな」スッ…

石を置く。

女「え?」

ひったくり「今日も大儲けだ――え」ガッ

ひったくり「うおあぁっ!?」ズルッ

ドザァッ!

ひったくり「あいたたた……! こ、こけた……!」

男「カバンは返してもらうぞ」ヒョイッ

女(ひったくりの走るコースを計算して、“置き石”した……!)

19: 2020/10/19(月) 19:07:40.044 ID:xF3xLOVY0.net
男「俺の用件は済んだ。家に帰る前に、あんたとの話にケリをつけておきたい」

女「えっ、家あるんですか」

男「当たり前だろ。本業は石屋だしな」

女「…………」

女「今日少しだけあなたに付き合って、分かったことが一つあります」

女「あなたは電車事故を起こすような人じゃないと感じました」

男「ああ……俺があの事故を起こしたわけじゃない」

女「それじゃ、“関与した”というのはどういう意味です?」

20: 2020/10/19(月) 19:11:15.292 ID:xF3xLOVY0.net
男「俺は……“脱線した電車”に置き石したんだ。置き石して、軌道をずらした」

女「え、ってことは――」

女「もし、あなたが置き石してなければ、もっと被害は大きくなっていた……?」

男「あまり自分からいうことじゃないが、そうなってただろう」

男「氏人は出てただろうし、電車は民家に突っ込んでたはずだ」

女「…………!」

女「ご、ごめんなさいっ! 私、さっきはなんてことを……!」

男「いや、俺だってハッキリ否定せず、誤解を招くような言い方したからお互い様だ」

男「それに俺の置き石がもっと上手くいってれば、怪我人すら出さなくて済んだだろう」

男「あんたは俺を殴る資格があったんだよ」

女(なんて人なの……)

21: 2020/10/19(月) 19:13:20.620 ID:xF3xLOVY0.net
男「それじゃ、今日は楽しかったよ」

スタスタ…

女「…………」

女はいつまでも男の後ろ姿を見つめていた――



…………

……

22: 2020/10/19(月) 19:17:25.781 ID:xF3xLOVY0.net
数日後――

女「こんにちは!」

男「あんたか。今日はどうしたんだ?」

女「この間のお詫びをしたくて……これ菓子折りです」

男「お詫びなんていいのに、律儀な人だ」

男「…………!」

男「これは……まるで鉱石みたいな菓子だな。こんなのあるんだ……」

女「インターネットで見つけて……こういうのお好きかなって」

男「大好きだよ! どうもありがとう!」

女(喜んでくれたみたい。よかった……)

24: 2020/10/19(月) 19:20:52.067 ID:xF3xLOVY0.net
女「今日のお仕事は?」

男「ある屋敷の主人が、庭に石を置きたいっていうんだが」

男「どこに置けば石が一番映えるか、俺に見てもらいたいんだそうだ」

女「面白そう! 私もご一緒していいですか?」

男「いいとも」

女「置き石師としての腕の見せ所ですね!」

男「ああ、石の魅力を最大限に引き出してみせる」

25: 2020/10/19(月) 19:23:45.756 ID:xF3xLOVY0.net
―屋敷―

女「うわ……立派なお屋敷ですね!」

男「日本の古きよきお屋敷って感じだな」

主人「よく来てくれた。さっそく庭を見てもらいたいのだが……」

男「分かりました」

女「勉強させてもらいます!」

男は庭を歩き回りつつ、石をどこに置くか考える。

27: 2020/10/19(月) 19:26:29.653 ID:xF3xLOVY0.net
男「決めた」

男「ここはどうでしょう」ゴトッ

主人「おおっ!」

女(すごい……あそこに石を置いただけで、庭の景観ががらっと変わったような印象を受ける!)

主人「ありがとう……おかげで庭の景観がぐっと引き締まったよ!」

男「いえ、これが仕事ですから」

女「…………」

28: 2020/10/19(月) 19:30:28.369 ID:xF3xLOVY0.net
女「あの……」

主人「なんだね?」

女「石の近くにある砂……“砂紋”をつければもっと石が映えると思うんです」

主人「砂紋?」

女「道具で砂に線を引いて、波を描くんです」

男「そうか、枯山水みたいな感じか」

“枯山水”とは水を用いず砂や木のみで、山水を表現した庭園様式のことである。

女「いかがでしょう?」

主人「面白いかもしれん……やってみてくれたまえ」

29: 2020/10/19(月) 19:33:17.306 ID:xF3xLOVY0.net
石の周辺の砂に、砂紋を描く。

女「いかがでしょう?」

男(おおっ……)

主人「ううむ……さっきよりさらによくなった!」

主人「ただ漠然と広かっただけの庭が、たった一時で一流の庭園のような風格になったよ!」

主人「今日は君たち二人が来てくれて、本当によかった!」

男「どういたしまして」

女「ありがとうございます!」

30: 2020/10/19(月) 19:35:48.525 ID:xF3xLOVY0.net
男「今日はありがとう。俺の仕事を見てもらうどころか、より完璧に仕上げてもらってしまった」

女「いえ、余計なことをしてすみませんでした」

男「あの庭を見たら“余計なこと”だなんて誰もいえないよ」

男「あんたはひょっとして、なにか美術系の仕事をしてるのか?」

女「実は……イラストレーターをやってます」

男「やっぱりか」

女「よろしければ、作品をご覧になりますか」

31: 2020/10/19(月) 19:39:28.162 ID:xF3xLOVY0.net
スマホで自分のサイトを見せる。

女「主にトリックアートを生かした絵や商品を作ってまして」

男「トリックアートって、錯視を利用した騙し絵だよな。うん、どれも面白い」

男「あっ、もしかしてあの≪のびーる棒≫も!」

女「そうです。棒に模様を描いて、目の錯覚で棒が伸びたようになるんです」

男「独学か?」

女「いえ、ちゃんと師匠がいます」

女「あ、そうだ。よかったら今度、師匠の個展に行きませんか!」

男「面白そうだ」

32: 2020/10/19(月) 19:41:22.234 ID:xF3xLOVY0.net
―個展会場―

女「こちらです」

男「おおっ、早くもたくさんのトリックアートがある」

男「どれもこれもよく出来てるな……」

男(おっと、こんなところに花が)サッ

男「と思ったら、絵か……すごいな」

女「ここに来ると、私もすっかり騙されてしまいますよ。ちょくちょく絵が変わりますし」

34: 2020/10/19(月) 19:45:14.435 ID:xF3xLOVY0.net
男「これはリアルな木目が描かれてるが、コンクリートの壁だな」

男「ここには窓があるが、実際にはなにもない。うむむむ……」

女「あ、あそこに師匠がいます! 師匠ー!」

男「聞こえてないみたいだな」

女「あれ? 師匠ー! もしもーし!」

男「ん? これ……ひょっとして絵じゃないか?」

女「あっ、ホントだ!」

「アーッハッハッハ! まんまと騙されてくれたようだねえ!」

男女「!」

35: 2020/10/19(月) 19:48:29.530 ID:xF3xLOVY0.net
画家「久しぶりだ! 我が愛する弟子よ!」

女「お久しぶりです!」

画家「そちらは?」

女「置き石の達人さんです」

画家「ほっほぉ~う、置きストーン! よろしく!」

男「初めまして」

画家「せっかく来て下さったんだ。ワタシのトロンプ・ルイユをたーっぷり楽しんでいってくれたまえ!」

男「トロンプ・ルイユ?」

女「フランス語で“目騙し”という意味で、トリックアートの正式名称のようなものです」

37: 2020/10/19(月) 19:51:41.071 ID:xF3xLOVY0.net
女「師匠は日本におけるトリックアートの第一人者なんですよ」

女「今度日本で開かれる、≪ワールドアート展≫にも作品を出品するんです」

男「あの世界的な美術展の……」

画家「アッハッハ、大勢の客を騙せるかと思うと今から笑いが止まらないよ! アーッハッハッハッハ!」

男「…………」

男「ちょっと変わった人だな」ボソッ

女「まあ……なにしろ芸術家ですから」ヒソヒソ

38: 2020/10/19(月) 19:54:32.362 ID:xF3xLOVY0.net
男「お師匠さんの目から見て、彼女はどうですか?」

画家「ワタシはかつて弟子を一人破門して、それ以来弟子は取らないと決めてたのだけど」

画家「彼女の熱意に負けて、弟子入りを許してしまった!」

画家「よく努力してるし、素質もある! いい弟子を持ったよ、ワタシは!」

女「師匠……!」

男「よかったな」

女「はいっ!」

画家「なーんてね、トリックトーク! アーッハッハッハッハッハ!」

女「のびーる棒で殴っていいですかね」

男「やめとけ」

39: 2020/10/19(月) 19:57:26.549 ID:xF3xLOVY0.net
ひと通り展示を見て――

画家「最後に……ここに石ころがある」

男「!」

画家「置き石の達人なら、これをこの展示場のどこに置く? どこに置けばこの石が一番輝く?」

男「…………」

男「ここ……ですかね」コトッ

画家「!」

画家「なるほど……“置き石の達人”といわれるだけのことはあるようだ」

画家「今の置き方、置く位置だけで、君がどれだけの研鑽を積んできたかがよぉく分かった」

画家「このワタシが久々にマジフェイスになってしまったよ」

男「ありがとうございます」

女(ううむ、なにかレベルの高いやり取りが繰り広げられた、ってことだけは分かる!)

40: 2020/10/19(月) 19:59:50.638 ID:xF3xLOVY0.net
帰り道――

男「トリックアートをこんなに見たのは初めてだから、今歩いてる道も絵なんじゃって気分になってくるよ」

女「アハハ、分かります分かります」

男「あんたのお師匠さん、いい人だったな」

女「ええ、あの人のトリックアート愛は本物ですから」

男「ただし、だいぶ変わった人でもあるけど」

女「そこは否定しません」

41: 2020/10/19(月) 20:03:32.932 ID:xF3xLOVY0.net
……

男「今日はどこに行くんだ?」

女「父のお見舞いに行こうかと」

男「まだ具合が悪いのか?」

女「いえ、リハビリは順調ですよ。だけど、顔を見せておきたくって……」

男「なら俺も行くよ」

女「本当ですか? 嬉しいです!」

42: 2020/10/19(月) 20:07:34.631 ID:xF3xLOVY0.net
―病院―

女「お父さん、お見舞いに来たよ」

運転士「おお、ありがとう。さっきまで母さんも来てたよ」

女「それと……今日はもう一人連れてきたの」

運転士「連れ?」

男「どうも」

運転士「おおっ、置き石師さんじゃないか!」

女「えっ、知ってるの!?」

43: 2020/10/19(月) 20:11:25.536 ID:xF3xLOVY0.net
運転士「知ってるもなにも、彼はこれまでにも脱線事故を救ったことがある」

運転士「事故の起きやすい箇所を熟知していてね。鉄道業界においては救世主のような人なんだ」

運転士「警察や鉄道会社から、感謝状をもらったこともあるんだよ」

女「知らなかった……」

運転士「今回もあなたの置き石がなければ、私は氏んでいたかもしれない。本当にありがとう」

男「いえ、俺が未熟だったせいで入院させてしまって……」

男「これからも置き石師として、精進します」

44: 2020/10/19(月) 20:13:21.251 ID:xF3xLOVY0.net
女「調子はどう?」

運転士「体はだいぶよくなってきた。もうすぐ退院できそうだよ」

女「よかった……」

運転士「早く復帰して、また電車を運転したいもんだよ」

女「うん、だけどあまり無茶しないでよ」

運転士「分かってる。ところで、お前たちは付き合ってるのか?」

女「え!? いや、そんなことないですよねえ!?」

男「あ、ああ。ただの知り合い……です」

運転士「そうか……これからも娘をよろしくお願いします」

45: 2020/10/19(月) 20:17:24.381 ID:xF3xLOVY0.net
病院を出た二人。

女「お父さん、元気そうでよかった……」

女「脱線事故を起こしたのに、復帰できそうだし……本当に運がいいというか」

男「いや……あれは“事故”なんかじゃない」

女「え? それってどういう……」

男「あの事故の原因は……“置き石”だ。電車側に非はないんだ」

男「あんたのお父さんは置き石のせいで脱線して、置き石で救われた」

男「分かりやすくいうと、二回置き石を喰らったってわけだ」

46: 2020/10/19(月) 20:20:47.341 ID:xF3xLOVY0.net
男「あんたのお父さんはギリギリで違和感を抱いてブレーキをかけたから」

男「俺でも助けられる程度の脱線で済んだが……」

男「もし、スピードを下げてなかったら、とんでもないことになってたかもしれない」

女「…………!」

男「犯行は極めて狡猾で悪質……これをやった奴はいずれ味をしめてまたやるだろう」

男「石は地球の恵みだ……眺めてるだけで楽しめる。それをこんな卑劣な犯罪に使うとは――」

男「許せない……!」

女「…………」ゾクッ

女(この人は……本当に石が好きなんだ……)

48: 2020/10/19(月) 20:25:50.933 ID:xF3xLOVY0.net
女「そういえば聞きたかったんですけど、あなたはなぜ置き石師に?」

男「俺は子供の頃、置き石に救われたんだ」

女「置き石に……?」

男「子供の頃、俺が歩いてると、坂道の上から荷物の入った台車が猛スピードで転がってきてな」

男「当たったら大怪我は免れない。反応も遅れて、もう避けられないと思った。そしたら――」



おっさん『ふんぬ!!!』ドンッ



男「見ず知らずのおっさんが石を置いた。すると、台車は石でハネ上がって、俺の頭上へと飛んだ」

女「へぇ~……」

男「思えばあれがきっかけだな。あれで、俺も置き石で人を助けられるようになりたいと思ったんだ」

49: 2020/10/19(月) 20:28:21.375 ID:xF3xLOVY0.net
女「なにか……目標みたいなものはあるんですか?」

男「“石兵八陣”を作ってみたい」

女「石兵八陣?」

男「『三国志演義』に出てくる孔明っているだろ?」

女「はい、軍師さんですよね」

男「彼が石で作った陣でね。一度入ったら出られず、突風や波が起こるという恐ろしい陣だ」

男「人を入れるわけにはいかないが、ああいうのを作ってみたいな」

女「作ったら私が一番に入ります!」

男「いや、だから入ったら危ないって」

50: 2020/10/19(月) 20:30:22.103 ID:xF3xLOVY0.net
男「それと、ストーンヘンジを見てみたい」

女「イギリスにある遺跡ですね」

男「うん、世界文化遺産にもなってる」

男「祭祀や礼拝に使われたとされるが、生で見て、あれを作った人は何を想ったのか、感じてみたい」

女「ぜひ一緒に行きましょう!」

男「…………」

女「あ、すみません……! つい……!」

男「いや、行くとしたら、あんたと一緒に行きたいな。海外に一人で行くのは心細いし」

女「はいっ!」

51: 2020/10/19(月) 20:33:19.272 ID:xF3xLOVY0.net
……

ある日の深夜、走るトラック。

ブロロロロ…

運転手「ふんふ~ん」

ガッ!

運転手「な、なんだ!? なにか轢いちまって……」ガクガクガク

運転手「うわああああああ!!!」

ズズウン……

52: 2020/10/19(月) 20:36:34.624 ID:xF3xLOVY0.net
―男の家―

ブロロロロ…

女「あっ!」ギュルルッ

女「ひどい! アイテムボックスの近くにバナナの皮を置くなんて!」

男「ふふふ、相手がどう動くかを読む……これが置き石の極意」

ブロロロロ…

女「でもレースは私が勝ちました!」

男「ぐうう……!」

53: 2020/10/19(月) 20:38:51.631 ID:xF3xLOVY0.net
TV『深夜にトラックが横転する事故が発生しました』

TV『ドライバーは何かにタイヤが乗り上げたと思ったら、あっという間に横転したと話しており……』

女「!」

女「これってまさか……」

男「ああ、置き石の可能性が高い」

男「もしかすると、本格的に動き出したのかもしれないな……」

54: 2020/10/19(月) 20:40:49.410 ID:xF3xLOVY0.net
その後も――

ドライバー「うわっ! な、なんだ!? なにかに乗り上げて――」ガクガク

キキーッ!

ドカァンッ!



生徒「やっと塾終わったよ……早く帰らなきゃ」シャーッ

ガクンッ!

生徒「うわああああっ!」

ガシャーン…

55: 2020/10/19(月) 20:43:36.301 ID:xF3xLOVY0.net
……

女「“石かなにかにつまずいた”っていう、事故がますます増えてますね」

男「どんどんエスカレートしてるな」

女「このままいけば、いずれ氏者が出てしまうかもしれませんね……」

男「それにしても、急に止まれない電車はともかく、自動車や自転車にも置き石を成功させるとは……」

男「いったいどんな置き石をしてるんだか……」

女「…………」

男「とりあえず、俺も仕事の合間にパトロールしてみるよ」

56: 2020/10/19(月) 20:46:21.255 ID:xF3xLOVY0.net
……

女「どうですか?」

男「ダメだ」

男「知り合いの刑事さんに尋ねてみても、これといった成果なし」

男「現場近くで塗料つきの石の破片が見つかったそうだが、ありきたりな塗料で手掛かりにはならないようだ」

女「塗料ですか……」

男「監視カメラも熟知してるらしく、なかなか映らないし」

男「現場周辺で、コートを着た怪しい男を見たって人もいるようだが、どの証言もあやふやで頼りにならない」

男「くそっ、こうしてる間にも……!」

女「…………」

女「焦っちゃダメです」

男「!」

58: 2020/10/19(月) 20:49:04.654 ID:xF3xLOVY0.net
女「こういう時こそ、冷静になりましょう」

女「どんな時でも、じっとしている石のように」

男「そうだな……ありがとう」

女「…………」カチーンッ

男「ホントに石みたいになってどうする」

女「す、すみません!」

男「まずは、犯人が“どういう置き石をしてるのか”――改めて考えてみよう」

女「はいっ!」

60: 2020/10/19(月) 20:52:07.376 ID:xF3xLOVY0.net
男「置き石を成功させるコツは二つ」

男「標的の動くコース上に置くことと、もう一つは標的にバレないように石を置くことだ」

男「コース上に置くことは、よく人間を観察してればさほど難しくはない」

女「電車に至っては絶対線路を通りますもんね」

男「が、問題は後者だ」

男「前につまずいて転ぶような石があったら、よほど視野が狭くなってない限り普通は気づく」

男「俺が前、ひったくりを転ばせられたのも、奴が逃げるのに夢中になってたからだ」

男「なのに、なぜこうも成功させてるのか……」

61: 2020/10/19(月) 20:55:26.075 ID:xF3xLOVY0.net
話し合いは進み――

女「ちょっと思ったんですけど」

男「ん?」

女「例えばこの石をこうやって……」ヌリヌリ

筆で石に色を塗り始める。

女「石にトリックアートが施されてたら、気づきにくくないですか?」コトッ

男「…………!」

男「たしかに……これは分からないな。カメレオンみたいだ」

62: 2020/10/19(月) 20:58:15.500 ID:xF3xLOVY0.net
男「もし夜中、ライトの光さえも考慮した装飾(アート)が施された石があったら――」

男「かなり大きくても、まず気づけないだろう」

男「俺はどうやって石を置いているのか、しか考えてなかったが」

男「石そのものに細工をしてるという発想は出てこなかった」

男「これなら、塗料つきの石の欠片が見つかったのにも説明がつく。回収し損ねたんだな」

女「私の推理、いいセンいってますか?」

男「ああ……可能性は高い」

男「つまり、犯人はトリックアートの達人……! それも並大抵じゃない」

男「そして俺には、思い当たる人間が一人いる」

女「え……」

63: 2020/10/19(月) 21:01:16.528 ID:xF3xLOVY0.net
女「それってまさか――」

男「今夜、あんたのお師匠さんのところに行こう」

女「今夜ですか……!?」

男「ああ、早い方がいい。案内してくれるな」

女「は、はい……」

女(そんな……そんな! あの人が犯人かもしれないだなんて……!)

女(私はどうすれば……!?)

…………

……

64: 2020/10/19(月) 21:04:07.480 ID:xF3xLOVY0.net
―アトリエ―

女「ここが……師匠のアトリエです」

男「ありがとう」

女「…………」

男「画家さん、夜分遅くすみません」

ギィィ…

画家「やぁ……入りたまえよ」

66: 2020/10/19(月) 21:07:13.057 ID:xF3xLOVY0.net
男「近頃、車両が横転する事故が急増してるのはご存じですか」

画家「ああ、これでもニュースはよく見るからね。情報は芸術の肥やしになる」

男「その犯人なのですが……トリックアートの達人かもしれない、という推理に至りました」

女「…………」

画家「ほう……」

男「そこで、あなたがおっしゃってた“破門したお弟子さん”について教えて下さいませんか?」

女「え!?」

男「『え!?』ってなに?」

68: 2020/10/19(月) 21:10:19.933 ID:xF3xLOVY0.net
女「犯人は師匠じゃなかったんですか!?」

男「いや、そんなこと全く思いもしなかったけど……」

女「…………!」

男「この人は、置き石なんかやる人じゃないだろう」

男「仮にやるとしたら実際に道路に石を置くんじゃなく、“石みたいなアート”を描くだろうしな」

男「まあ、それも立派な犯罪だけど」

画家「ハッハー! たしかにワタシならやりそうだ!」

女「なーんだ……よかったぁ……」ボトッ

男「ん? なにか落としたぞ」

69: 2020/10/19(月) 21:12:25.378 ID:xF3xLOVY0.net
男「これは……手錠? こっちは催涙スプレー……なんなのこれ?」

女「師匠が犯人だったら……必要になるかと思って」

男「おいおい……」

画家「そう、たとえ師匠でも容赦はしてはいかん! それでこそ我が弟子! ハッハッハー!」

女「ありがとうございます! アッハッハー!」

男(こういう師弟関係もあるんだな……)

71: 2020/10/19(月) 21:16:01.637 ID:xF3xLOVY0.net
画家「さて、と。ワタシの疑いが晴れたところで、弟子の話をしよう」

画家「昔、ワタシは一人の弟子を育成していた」

画家「才能はあった。ワタシと同等、いやそれ以上だったかもしれん」

女「そんなに……」

男「なのに、どうして破門を?」

画家「あいつは天才だったが、人を騙して驚かせたり楽しませるというより」

画家「人を騙すことそのものに魅力を感じるようになっていった」

画家「作品も、むやみに人を怯えさせるような悪趣味なものが多かった」

画家「トリックアートを駆使し、一歩間違えば怪我をさせてたようなイタズラを仕掛けることもあった」

画家「ワタシは幾度となく咎めたが、やがて――」

72: 2020/10/19(月) 21:19:47.359 ID:xF3xLOVY0.net
弟子『人は目から情報を得ているといっても過言ではない生き物です』

弟子『その目を欺くことのできるトリックアートは、まさしく神の所業!』

弟子『俺はこれを利用して世の中の連中をもっともっと恐怖させたい! 悲鳴を上げさせたい!』

画家『分かった……もういい』

画家『お前は破門だ。これ以上教えることはなにもない』



画家「破門したのだ」

画家「あいつの技量なら、ペイントした石で車を事故らせることなど容易いだろうし」

画家「もし一連の事件の犯人があいつだったとしても、ワタシは全く驚かないだろう」

男「…………」

女「…………!」

73: 2020/10/19(月) 21:23:22.128 ID:xF3xLOVY0.net
男「連絡は取れますか?」

画家「いや……もうどこにいるかすら分からない。すまない……」

女「師匠がなかなか弟子を取らなかったのはそういう事情があったんですね」

画家「ああ、ワタシは怪物を生み出し、しかも見捨てて野に放ってしまった」

画家「もし……あいつが犯人だとするなら――」

画家「どうか、止めてくれ。取り返しのつかない犠牲者が出てしまう前に……!」

男「あなたの元弟子が犯人かどうかはまだ分かりませんが、いずれにせよ、車両への置き石は許せない犯罪――」

男「絶対に食い止めてみせます」

74: 2020/10/19(月) 21:25:57.904 ID:xF3xLOVY0.net
……

女「師匠の話を聞いてどうですか?」

男「俺は……元弟子が犯人の可能性が高いと思う」

女「私もそう思います……」

男「だが、おそらくどこかに定住してるってことはないだろうし、捜すのは困難だろう」

男「むしろ“犯人はどういう事故を起こすか”を考えないとな」

女「そうですね!」

75: 2020/10/19(月) 21:28:50.669 ID:xF3xLOVY0.net
男「そろそろ、犯人も大事故を起こしたがる頃だ。やるとしたら――」

女「空港でしょうか!? 滑走する飛行機を事故らせるとか……」

男「さすがに空港は無理だろう。警備が厳しすぎる。やるとしたら、電車だろうな」

男「しかも、なるべく大惨事を起こしたいはず……」

女「ということは、満員電車が狙われる可能性が高いですね」

男「だろうな。だが、いったいいつの満員電車になるやら……」

女「これだけじゃ絞るのは難しいですね……」

77: 2020/10/19(月) 21:31:13.711 ID:xF3xLOVY0.net
男「近々なにか大きなイベントがあるだろうか?」

女「調べてみます」

女「スポーツの試合、自動車の展示会、新型ゲーム機の発表会……」

女「……あ」

男「どうした?」

女「もうすぐ開かれます……≪ワールドアート展≫が……!」

女「師匠も出展しますし、初日はおそらくものすごい盛り上がりになるはず……」

男「それだ!」

…………

……

78: 2020/10/19(月) 21:34:43.666 ID:xF3xLOVY0.net
……

当日――

―ワールドアート展会場―

ワイワイ… ガヤガヤ…

リポーター「世界中の現代美術・美術家が集まる、このワールドアート展!」

リポーター「開催初日ということもあり、ものすごい人が集まっています!」

リポーター「さあ、さっそく会場にお邪魔したいと思いまーす!」

79: 2020/10/19(月) 21:37:24.578 ID:xF3xLOVY0.net
リポーター「こちらはトリックアートの第一人者、画家氏のコーナーです!」

リポーター「こんなところに水たまりが……いえ、これは違います! 絵です!」

画家『ハッハッハー! 騙されてくれたね!』

リポーター「靴が水で濡れた気分ですよ」

リポーター「ではさっそく、取材を……」

画家『…………』

リポーター「もしもし?」

画家「それはワタシの絵さ! 本物はこっちこっち! さっき喋ったのは録音テープなのさ!」

リポーター「え~~~~~!?」

80: 2020/10/19(月) 21:40:39.818 ID:xF3xLOVY0.net
大盛況で初日が終わり、来客が最寄駅に向かう。

ワイワイ… ガヤガヤ…



「面白かったなー」

「ああ、どの芸術品も素晴らしかった……」

「みんな閉会時間までいたから、電車めちゃくちゃ混むな……」



ゾロゾロ… ガヤガヤ…

81: 2020/10/19(月) 21:43:19.397 ID:xF3xLOVY0.net
―線路近く―

コートを着た男が一人ほくそ笑む。

コート男(もうすぐ、ワールドアート展の客を乗せた電車がここを通る……)

コート男(計算した結果、このカーブに置き石すれば、電車は派手に脱線し、横転……)

コート男(満員の客どもはお互い押し潰しあって、ペシャンコになる……)

コート男(氏者は軽く見積もっても数百名になるだろう……)

コート男(師匠……俺の才能を恐れた愚かな師匠よ)

コート男(あんたのアートを楽しんだ奴らが、大勢氏ぬことになるんだ!)

82: 2020/10/19(月) 21:47:01.207 ID:xF3xLOVY0.net
男「おい、どこに石置こうとしてんだ」

コート男「!?」ギクッ

女「線路の絵が描かれた石……運転士さんは絶対気づきませんね」

男「そのコートも、なるべく人の印象に残らない色遣いにしてあるんだろう」

男「だから、目撃証言があやふやなんだ」

コート男「……なんだお前たちは!?」

男「置き石の達人」

女「駆け出しイラストレーターです!」

コート男「…………!?」

男「お前の凶行を食い止めに来た」

84: 2020/10/19(月) 21:51:04.598 ID:xF3xLOVY0.net
女「あなたの正体は分かってます……。師匠――画家さんの元弟子ですよね?」

コート男「なぜそれを……!」

女「私は……今、画家さんの弟子になってます。あなたは私にとって兄弟子です」

女「お願いします! 石とトリックアートを悪用するのはやめて下さい!」

女「自首して下さい!」

コート男「あの野郎……俺を破門しておいて、こんな小娘を弟子にしやがったのか」

女「!」

コート男「誰が自首なんかするかァ!」

コート男「俺はな……俺のアートでバカどもがギャーギャーわめく姿が楽しくて仕方ないんだよ!」

コート男「特に置き石は最高だった! 石一つ置くだけでとんでもねえ事故が起こる!」

コート男「“最小の労力で最大の効果を得られる”ってのはまさにこのことだァ!」

男「せっかくの才能を……とことん腐らせちまったようだな」

85: 2020/10/19(月) 21:54:26.470 ID:xF3xLOVY0.net
女「自首しないんなら……覚悟してもらいます!」

男「ああ、俺が警察に通報すれば、お前は終わりだ」

コート男「そう上手くいくかな?」バサッ

コートのポケットには、大量の石が隠されていた。

男「!」

コート男「今まで誰かに尻尾を掴まれたことはなかったが……もしもの時の自衛手段はちゃんと用意してある」

コート男「この石、どうすると思う? なぁ、どうすると思う?」

女「どうするんです……?」

コート男「投げるんだよォ!!!」ビュオッ!

87: 2020/10/19(月) 21:58:01.432 ID:xF3xLOVY0.net
石が飛んでくる。

男「うわっ!」

女「きゃっ!」

コート男「ほらほらァ!」ビュンッ ビュンッ

男「危ないっ!」

ガンッ!

男「ぐあっ……!」

男「うぐっ……(この石にも見えにくくなるよう色を塗ってある……!)」

コート男「投石をナメちゃいけないぜ」

コート男「戦国時代じゃ、剣や槍なんかより、石で氏ぬ奴がよっぽど多かったぐらいだからなァ!」

88: 2020/10/19(月) 22:01:24.424 ID:xF3xLOVY0.net
ガツッ!

男「うぐぁっ!」

今度は頭に命中。

男「ううっ……」ガクッ

女「しっかりして下さい!」

コート男「もう動けねえだろ……。さて、俺は歴史に残る脱線事故を演出してから、逃げるとするよ」

コート男「トリックアートを極めた俺なら、警察から逃げることなど造作もない」

女「トリックアートを極めた……? 笑わせないで!」

コート男「あ?」

90: 2020/10/19(月) 22:04:35.971 ID:xF3xLOVY0.net
女「あなたは……人を騙して、傷つけて、自分が偉くなったつもりでいるんだろうけど」

女「ただ、自分の才能や技量に溺れてるだけじゃない!」

女「あなたは誰も騙せてない。あなたの人生そのものが錯覚なのよ!」

コート男「…………」ビキッ

目を血走らせ、怒りをあらわにする。

コート男「仮にも妹弟子らしいから……無事に済ませてやろうと思ってたのによォ……」

女「私もトリックアートは見慣れてる……石なんか喰らわないわよ」

コート男「安心しろよ……てめえは直接殴り頃してやるからよォ!」

91: 2020/10/19(月) 22:07:11.949 ID:xF3xLOVY0.net
コート男「頭蓋骨割ってやるゥ!」ダッ

石を持って、二人に迫る。

だが――

グサッ!

コート男「う!?」

コート男「ぐあああっ……!?」

コート男「いって……なにかが足に刺さって――」

コート男(これは……尖った石!? ぐうっ……!)

92: 2020/10/19(月) 22:10:18.067 ID:xF3xLOVY0.net
コート男「だったら、石がない方へ……」サッ

コート男「うわっ!?」ズルッ

盛大にこける。

コート男「いででで……! どうなってやがる……!」

男「俺は、お前がどこで置き石するかを読んで、ここで待ってた」

男「ってことは当然、俺も置き石し放題だったわけだ」

女「しかも、私がトリックアートを施してます!」

女「騙すことは得意でも、騙される方は慣れてなかったようですね!」

男「さっきの挑発で、見事その“置き石エリア”に入ってくれたわけだ」

コート男「ふざけやがってえ……!」

93: 2020/10/19(月) 22:13:12.594 ID:xF3xLOVY0.net
コート男「だったらまた石を投げ――」

ズルッ

コート男「ぐはっ!」ドサッ

コート男「く、くそっ!」

グサッ

コート男「いでえええええ!」

石に刺さる、石で滑る、石でこける、を繰り返す。

男「一度入ったらもう抜け出せない……これぞ俺流“石兵八陣”!」

95: 2020/10/19(月) 22:17:11.977 ID:xF3xLOVY0.net
コート男「うぐうう……!」

コート男「まだだ……!」

男「!」

殺傷力を抑えていたので、元弟子を動けなくするまでには至らない。

コート男「どうやら……もう置き石はないみたいだな……。頃してやるぞ、てめえら……!」

女「そこまでです」

コート男「?」

女「その位置からなら……見えるはず」

コート男「……あ」

96: 2020/10/19(月) 22:20:28.927 ID:xF3xLOVY0.net
コート男(見える……)

今彼がいる位置からしか見ることのできないトリックアート。

コート男「あれは……」

地面に、大勢の人間の顔が――

女「あなたが苦しめてきた人々の怒りの顔です!」

コート男「わっ……わわわっ!」

コート男「うわあああああああああああああああああああっ!!!」

コート男「あうううう……!」ガタガタガタ

98: 2020/10/19(月) 22:24:13.308 ID:xF3xLOVY0.net
犯人に手錠をかけると――

男「やったな」

女「やりましたね!」

男「俺の置き石で、肉体的・精神的に揺さぶりをかけて――最後はあんたのトリックアートで追い込む」

女「共同作業、大成功ですね!」

男「…………」

女「なんで赤くなってるんです?」

男「い、いやなんでもない。さあ、石や絵を掃除しよう。後から来た人が引っかかったらマズイからな」

女「はいっ!」

100: 2020/10/19(月) 22:27:38.293 ID:xF3xLOVY0.net
……

コートの男――画家の元弟子は逮捕された。

住処からは置き石に使われた石や、事故の様子を撮影した動画などが押収され、
一連の事故の犯人に間違いないとされた。

―アトリエ―

画家「このたびは、不肖の弟子を退治してくれてありがとう」

男「いえ……」

画家「本来なら、ワタシがストップさせるべきだったんだろうが……残念ながら出来なかった」

女「師匠は悪くありませんよ!」

男「ええ、悪いのは才能に溺れたあの男です」

101: 2020/10/19(月) 22:30:19.520 ID:xF3xLOVY0.net
男「今回のことであなたの名誉に傷がつかなければいいんですが……」

画家「心配はいらないよ」

画家「ワタシの教え子がこんな事件を起こしたことを、背負う覚悟はあるつもりだ」

画家「それに……」

男「それに?」

画家「今のワタシには将来有望の弟子がいるからね! なーんにも不安はない!」

女「師匠……!」

画家「なーんて、トリックトーク! アーッハッハッハッハ!」

女「もう!」

男(この人らしいな……)

105: 2020/10/19(月) 22:34:59.862 ID:xF3xLOVY0.net
……

女「お父さん、運転士として復帰できたんだって?」

男「おめでとうございます」

運転士「二人とも、ありがとう」

運転士「復帰したからには、もう二度と脱線事故なんか起こさないぞ!」

男「あなたなら大丈夫ですよ」

女「いずれ、お父さんの運転する電車に二人で乗るからね!」

106: 2020/10/19(月) 22:39:28.165 ID:xF3xLOVY0.net
―男の家―

パチッ パチッ パチッ パチッ

女「…………」パチッ

男「だいぶ碁を打てるようになったな」パチッ

女「勉強しましたから」パチッ

男「しかも……上達の速度が早い。『ヒカルの碁』でいうと、誰ぐらいだろう……」

女「私、ひょっとして才能あるのかも!」

108: 2020/10/19(月) 22:42:36.375 ID:xF3xLOVY0.net
やがて――

―男の家―

女「こんにちはー!」

男「おお、よく来てくれた」

女「今日は大事な話があるそうですけど、いったいなんですか?」

男「…………」

男「一世一代の置き石を君に見せたい」

女「一世一代の置き石?」

女(男さんのこんな顔見るの初めてかも……)

110: 2020/10/19(月) 22:45:11.013 ID:xF3xLOVY0.net
男「これを」コトッ

女「これは……宝石……ダイヤ……!?」

男「結婚しよう」

女「…………!」

女「ふふっ、あなたらしいプロポーズですね」

女「喜んでお受けします! 幸せにして下さいね!」

男「ああ、この世の全ての石に誓って!」

…………

……

114: 2020/10/19(月) 22:48:40.008 ID:xF3xLOVY0.net
―男の家―

男「新作アートの出来栄えはどうだ?」

女「バッチリ!」

女「ほら見て」

男「おお~、見る角度によって違う絵が浮かび上がるんだな」

女「すごいでしょ」

女「それとね、あなたの石に彩色を施した『ストーンアート』も結構売れてるんだー」

男「俺も負けてられないな」

115: 2020/10/19(月) 22:51:11.674 ID:xF3xLOVY0.net
男「さて、俺も出かけてくるか」

女「どちらへ?」

男「いい漬物石が欲しいんだってさ。とっておきの石を置いてくるよ」

女「行ってらっしゃい!」







―おわり―

118: 2020/10/19(月) 22:52:37.477 ID:be+GaI1R0.net

引用: 運転士「電車が脱線するぅぅぅ!!!」男「よし……置き石成功!」