108: 2014/08/18(月) 02:04:04.34 ID:IEbY7MFl0


【艦これ】ボンクラ提督とぽんこつ系ビッグセブン【前編】
― 8 ―


~昼食時~



 曙「ねぇ、クソ提督!」

提督「……」モグモグ

長門「……」ガツガツ

 曙「私ずっと遠征しかしてないから、演習でもいいんで戦わせろって言ってたわよねクソ提督!」

提督「……」モグモグ

長門「……」ガツガツ

 曙「直談判したそのすぐ後にまた遠征に向かわせるとか、ホント冗談じゃないわ! このクソ!クソ提督!」

提督「……」モグモグ

長門「……」ガツガツ

 曙「ねぇ聞いてるのクソ提督! ご飯食べながら聞き流すとかほんと踏ん切り悪いわねクソ提督!? ねぇちょっとクソ提督!?」

提督「おぅカレー食ってるときにNGワード連発やめぇや」
「艦これ」いつかあの海で
109: 2014/08/18(月) 02:06:58.00 ID:IEbY7MFl0

長門「提督」

提督「あん?」

長門「おかわり!」

提督「おかわりは三回までだっつってんだろ胃袋セブン」

長門「む、人を牛みたいに言うのは失礼だぞ。流石の私でも七つは持ち合わせてないな」

提督「その言い方だと胃袋をマジで複数持ってるみたいに聞こえて恐ろしすぎるんだが」

 曙「……夫婦漫才も大概にしなさいっての」

110: 2014/08/18(月) 02:09:31.54 ID:IEbY7MFl0

提督「曙ちゃんは遠征組が不満なのか?」

 曙「他にどう聞こえるか教えてほしいくらいよクソ提督」

長門「曙ちゃんもそう言ってるじゃないか排泄物提督」

提督「つまり前衛で戦いたい、と」

 曙「わざわざ言わないと分からないからクソ提督なのよ」

長門「こんなに可愛い子の話もロクに聞けないから味噌提督なんだろうな」

提督「適材適所。曙ちゃんが輝ける場所はちゃんとある。今は遠征枠として頑張ってくれないか」

 曙「……いつかちゃんと出撃させてくれるんでしょうね?」

長門「うっかり騙されちゃダメだぞ。この白痴提督は言葉巧みに罠にかけるからな。私も何度それにかかったことか」

提督「少し間は空くが、とある島では駆逐艦だけで戦ってもらう事になる。そこの旗艦になれるよう邁進してほしいんだ」

 曙「ふん。 ホント、冗談じゃないけれど……クソ提督がそこまで言うなら考えてやろうじゃない。 
   ま、午後から行く長距離航海の結果でも見て、精々ほえ面かきなさい!」

長門「流石は曙ちゃんだ。 その健気さ、素晴らしいと言わざるを得ない。
   カレーのおかわりすら許さないような甲斐性と根性を前世に置き忘れてきた提督とは器が違うな」

提督「おぅビッグセブンちょっと表出ろや、今日こそ白黒つけてやるわ」

長門「上等だ。もし私の拳を見事受け止められたら人間卒業を認定してやろう」

提督「殺る気満々なところ恐縮だが、涅槃でもらっても嬉しくもなんともねぇよ」

 曙「……イチャイチャするなら余所でやってくれないかしら」

112: 2014/08/18(月) 02:44:59.30 ID:IEbY7MFl0


― 9 ―



提督「なぁ、長門よ」

長門「どうした?」

提督「“I love you”って日本語に訳すとどうなるか、知ってるか?」

長門「“貴方のご飯は最高です”だろう」

提督「不覚にもちょっと感心しちまったじゃねぇか」

長門「他にも有名どころだと、“月が綺麗ですね”や“君の為なら氏ねる”だな」

提督「さすがに知ってたか」

長門「では“I hate you”はどう訳すべきだろう」

提督「“月は綺麗ですね”とかどうだ」

長門「なるほど、奥深いな」

113: 2014/08/18(月) 02:46:29.50 ID:IEbY7MFl0

長門「つまり、日々の何某を共に分かち合えるのが愛の表現ということか」

提督「愛とまで深くはなくとも、親しんだ仲の表現法としては良い形なのかも知れないな」

長門「ふむ。 では私と提督もそういう親しい仲として何か分かちあってみるか?」

提督「俺とお前が分かち合えることねぇ……開発とか?」

長門「一理ある」

提督「46cm砲が出来たらもれなく“月が綺麗ですね”と叫びたいわ」

長門「ペンギンは3体作成できたぞ」

提督「……」

114: 2014/08/18(月) 02:51:59.69 ID:IEbY7MFl0

長門「他にはアレか、間宮さんのアイスを共に食べて美味しさを分かち合うのはどうだ?」

提督「それは妙案。美味いものは同意し易いから良い着眼点かも知れん」

長門「では早速向かおう」

提督「もちろん折半でな」

長門「いやそこは話の流れ的にも提督の奢りだろう」

提督「お前が駆逐艦級の食欲なら考えたわ」

長門「淑女とのデートだぞ?」

提督「バケツ3杯分もパフェを食う淑女とか、アイス食べる前から腹が痛くなるわ。腹がよじれるのが原因か」

長門「それに折半なら給料の前借り待ったなしになるがいいのか?」

提督「おい待てや、最近だろ月給渡したの!? お前一体何をどんだけ買ってんの!?」

長門「ヒントは駆逐艦、とだけ答えておこう」

提督「それもう答えじゃねぇか! あんだけ無駄遣いすんなっつってんのに!」

長門「むぅ……」プクー

提督「頬を膨らませてもダメに決まってんだろ」

115: 2014/08/18(月) 02:53:12.52 ID:IEbY7MFl0

長門「……」

提督「……」

長門「……」

提督「……」



提督・長門 「「 月は綺麗ですね 」」



提督「あ?」

長門「お?」

 電「ふ、二人とも! 凄い形相でメンチ切り合うのはやめてほしいのです!」

121: 2014/08/20(水) 20:58:39.77 ID:0T8+CpJZ0



― 10 ―



長門「ふぅ……」

提督「アンニュイな溜息だな。何か悩み事か?」

長門「む、失敬。 少し考え事をしていたんだ」

提督「お前が物憂げだと槍でも降ってきそうだ。 俺でよければ話くらい聞くぞ」

長門「なんだ、今日の提督は妙に優しいな。それこそ槍が降りそうだ」

提督「このハンサムが優しくないときなんて無かっただろうが」

長門「ハンサム、か……」


長門「なぁ提督、ラーの鏡というものを知っているか?」

提督「なんの真実を俺に見せようとしているんだお前は」

122: 2014/08/20(水) 21:03:03.68 ID:0T8+CpJZ0

提督「何があったか話してみろよ。そういうのは相談すりゃ意外と早く片付くもんだ」

長門「気遣い痛み入る。 ではその言葉に甘えさせて頂こう」

提督「おぅ、どんとこい」

長門「これはあくまで、もしもの話題になって恐縮だが……」

提督「もしも?」

長門「提督は週に一度の楽しみにしている番組があったな」

提督「その条件でいうと、大河ドラマくらいか」

長門「確かそれをデスクに置いてあるPCに撮り溜めていた事はうっすらと覚えている」

提督「そういや最近は何週か見逃していて消化しきれてなかったわ。
   思い出させてくれてサンキュー。 で、それがどうかしたのか?」

長門「その、だな。 まぁなんだ、あれなんだ」

提督「歯切れが悪いな、お前らしくもない」

長門「提督が楽しみにしていた“軍師官○衛”が“プリ○ュア”に上書きされていたらどうする?」

提督「その艦娘を見つけ出して、そいつの艤装を浮き輪に変えて演習に出すくらいかな」

長門「鬼か貴様」

提督「どの口が言うか」

123: 2014/08/20(水) 21:06:51.56 ID:0T8+CpJZ0

提督「はぁ……。どこぞのぽんこつ戦艦様のおかげて、俺がアンニュイな溜息ついちまったじゃねぇか」

長門「まぁまぁ提督。 言ったじゃないか、これはあくまでもしもの話だと」

提督「いやホントそうであるように願わざるを得ないわ」

長門「安心しろ。このビッグセブン、“プリ○ュア”はリアルタイムで駆逐艦の皆と見る。そう決めているんだからな!」

提督「誇らしげな所が一つもねぇよ」

124: 2014/08/20(水) 21:09:13.80 ID:0T8+CpJZ0

提督「まぁ、違うってんなら一安心か。 ついでの機会だし、まだ見てない分を仕事しながら垂れ流すかな」

長門「そうか。 では私は鍛錬でもしてこよう」

提督「なんだよ、付き合い悪いな。今回の大河ドラマ面白いんだしお前も見ていけよ」

長門「え、いや、その、と、途中から見ても分からないかなと思ってな」

提督「そりゃ雰囲気で楽しめばいいだろ。 どれ、さっそく溜めていた分のデータファイルを……ッ!」

長門「……」

提督「……」

長門「……」

125: 2014/08/20(水) 21:13:15.49 ID:0T8+CpJZ0

提督「……」

長門「……」

提督「……確かに“プ○キュア”は上書きされていないな」

長門「だろう?」

提督「不思議な事にデータ名が“love ○ive!”で埋められているんだが、心当たりはないかね長門くん?」

長門「きっとドラマのサブタイトルだな」

提督「“軍師○兵衛 ~love li○e!~”とか世界観ぶち壊しってレベルじゃねぇだろ」

長門「意外と見てみると中身はそのままという可能性もあるぞ」

提督「一縷の希望、という単語をこんなしょうもない機会に使うとは思ってもみなかったわ」

126: 2014/08/20(水) 21:16:13.03 ID:0T8+CpJZ0

提督「じゃあ再生してみるか」

長門「ワクワクするな」

提督「悪い意味でドキドキしかしねぇよ」


~本編再生中~


提督「なぁ長門」

長門「なんだ提督、今いい所だから邪魔をしないでほしいのだが」

提督「岡○准一っていつの間に栗色のサイドテールになったんだ?」

長門「ちょんまげを縦で結うか横で結うかの違いだろう」

提督「なるほどそうか、はっはっは」

長門「はっはっは。 ほら見てみろ提督、このライブシーn……合戦シーンは迫力満点だろう?」

提督「年の為に外付けHDDにドラマを焼いていて良かったわ……」

128: 2014/08/20(水) 21:22:49.82 ID:0T8+CpJZ0


― 11 ―  



普段の仕事として事務作業を捌いていた際、何か音楽でも聴くかという提督の案により執務室に有線放送が響き渡った。

アップテンポなメロディからバラードまで多種多様な曲が私の耳をほのかに彩る。

自分の知っている曲が流れると、どちらからともなく小声で歌を口ずさんだ。

そうしてそれをもう片方が「下手くそ」と罵倒し、二言三言と軽口を叩き、何事もなかったかのように業務に戻る。

執務室を満たす音楽に、カリカリとアクセントをつける鉛筆の音。

いつもどおりの私達。 

いつもどおりの日常の風景。


私と提督の、二人だけの時間。


129: 2014/08/20(水) 21:25:59.96 ID:0T8+CpJZ0


柱時計の振り子と紙を捲る音に包まれるだけの日もある。

窓を開けると、外の方から駆逐艦たちの楽しそうな声が聞こえてくる日もある。

しとしとと夏色の雨がトタンの窓を優しく叩く日もある。

ふわりと一陣の風が執務室内に招かれて、資料がパラパラと拍手のように音を立てる日もある。


このビッグセブン。

困った事に鎮守府で感じる情景が愛しくてたまらないようだ。

130: 2014/08/20(水) 21:28:45.99 ID:0T8+CpJZ0


自然と笑みが零れた。

海域にて戦艦同士でぶつかり合うときのような、牙をちらつかせる獰猛な笑顔ではなく。

口元がふわりとたわむような、甘い微笑み。


そして同時にハッとする。 

この長門が笑っていたのか。 戦場を求めて彷徨う亡霊の身でも、自然に笑顔を作れるのか。

とにかく業務を怠っているのではないかと勘違いされないよう、慌てて口を手で隠す。

動揺した影響か、もう片方の手で抑えていた紙束がくしゃりとずれる音が聞こえた。

131: 2014/08/20(水) 21:30:45.15 ID:0T8+CpJZ0


この程度で狼狽するなど誇り高き戦艦としては恥そのもの。

先ほどの表情こそが気の迷い。 顔にグッと力を込め、眉間に少し皺を寄せる。

駆逐艦ちゃん達に立派なお姉さんの見本としていつも見せている凛々しい顔の出来あがりだ。


再び資料を頭に叩きこむ前に、ふと顔を見上げる。 

すると机を挟んだ向こうにいるあのボンクラ提督と目があった。

132: 2014/08/20(水) 21:32:34.46 ID:0T8+CpJZ0


むぅ、と聞こえてきそうなくらいの不景気な面構え。 

提督の目元に刻まれているクマが不景気加減を倍増させている。

不味い。 呆けた表情を見られてしまったら、堰を切ったの如くからかわれてしまう。

今回の非は私にあるので一概に言い返せないのがまた痛い。

さも仕事を続けていたかのように装い、慌てて目線を手元の資料に下げた。 

恐る恐る前方に耳をすませてみる。

対面からの言葉は無い。 これは安堵してもいいのか。



あまりに静かなので戸惑いを覚え、ふと彼の方に目を向けると。

提督が、微笑んでいた。

133: 2014/08/20(水) 21:34:07.26 ID:0T8+CpJZ0


目元を緩ませ、唇は薄く三日月を描いている。

視線自体は資料に向けているが、きっと遠巻きに見ている人がいるなれば

あたかも親愛なる人からの恋文を読んでいるかと間違うような愛おしさに満たされた表情。

なんと優しい顔をするのだろう。


その笑顔を見ると胸の中心が鼓動を強める。

艤装は解いてあるのに、タービン周りの故障なのか。

私の考えに肯定なのか否定なのか、外している筈の主砲がカリカリと音を立てて首を振る動きを見せたような気がした。


134: 2014/08/20(水) 21:36:54.96 ID:0T8+CpJZ0


その表情は、とても淡くて、甘くて、鮮やかな笑顔。

もし私が先ほどそんな表情を浮かべていたら、貴方はどう思うだろうか。

万が一兵器としての艦娘が人間のような情で戦えば、軽蔑するのだろうか。

それとももっと別の感情を抱いてくれるのだろうか。


軽く頭(かぶり)を振る。 今は業務に集中せねば。

先ほどの答えなんて、その時にならないと分からない。

ならばこのビッグセブン。 来るときまで邁進し、どのような形も受け入れる器で在ろうじゃないか。

私の目先で暢気に筆を滑らせる人には気付かれぬよう、拳をそっと軽く握った。

135: 2014/08/20(水) 21:38:00.78 ID:0T8+CpJZ0


次の曲が部屋に設置されているスピーカーから流れてきた。

少し古いが、間違いなく名曲に属される素晴らしい一曲だ。


提督が軽く歌を口ずさむ。 相変わらずテノールの通る良い声をしている。

その歌声が妙に心地いい、とは相手の方から言ってくれるまで絶対に口に出すつもりはない。


だから、いつもの如く私はこう告げるんだ。

136: 2014/08/20(水) 21:39:01.94 ID:0T8+CpJZ0


「~~♪ ~~♪」


「……」


「~~♪ ~~♪」


「おい、提督」


「なんだよ」


「下手くそ」


「うっせ、そういうなら自分だって歌ってみろよ」


「せいぜい聞き惚れるなよ」


「へいへい」


「~~♪ ~~♪」


「お前だって下手くそじゃねぇか」




「……ふふっ」


「……くくっ」

137: 2014/08/20(水) 21:42:18.74 ID:0T8+CpJZ0


― 12 ― 


※ 11話から約3分後



提督「長門」

長門「なんだ?」

提督「念仏みたいに歌をブツブツ唱えんな、メッチャ気が散る。
   覚えてないラップを人前で口ずさむとか恥ずかしすぎて俺なら氏ねるわ」

長門「ほぅ、このビッグセブンのカラオケレパートリーを愚弄するとは良い度胸だな」

提督「お前さっきどんだけ適当に歌ってたと思ってんだ。
   しかも合いの手だけ完璧とか俺提督の腹筋を壊す気かてめぇ」

長門「我ながら自信があるものにケチをつけられると躍起になるのは艦娘の性か」

提督「どんだけ自信あったんだよ。 試しにもっかい歌ってみろや」


長門「まかはんにゃ~♪はーら~みーた~♪ ふふん、ふんふん ははんふん、チェケふんふ~ん♪」

提督「ラップに般若心経のミキシングとかすげぇなおい」

138: 2014/08/20(水) 21:44:25.70 ID:0T8+CpJZ0

提督「なんか気も抜けたし、どうにも手が進まねぇ。 こりゃ休憩いれるべきか」

長門「茶菓子は適当でいいぞ」

提督「ノータイムの返答で上司をパシろうとすんなや阿呆」

長門「じゃあ私が持ってくるから提督秘蔵の“長崎土産カステラ”を出してもいいんだな」

提督「食われぬよう金庫にまで入れて保管してたブツを何故知っている!?」

長門「長門、見ちゃいましたというやつだ」

提督「どこで見たのか一言お願いします」

139: 2014/08/20(水) 21:46:48.15 ID:0T8+CpJZ0

提督「見られたものは仕方ないとして、眠気覚ましを兼ねたクイズとかどうだ?」

長門「クイズ?」

提督「お前が1フレーズを歌いきれたら俺提督が茶を入れてやる。
   それまでに俺が何を歌っているか当てることが出来たら、長門がパシりで茶を入れるってのはどうだ?」

長門「ふふ、けっきょくは休憩するんじゃないか」

提督「おいおい長門。俺が仕事一辺倒の提督に見えるか?
   息抜きがてらの遊びだよ。 いいから付き合えって」

長門「相分かった。 秘書艦思いの提督の温情、有り難く賜ろう」

140: 2014/08/20(水) 21:48:51.78 ID:0T8+CpJZ0

提督「お前が不利な条件だから、歌うジャンルくらいは縛り無しでいこう」

長門「了解。極力分かりづらいものをチョイスするとしよう。
   では、早速行くぞ」

提督「おぅよ」


長門「ぼんぼんぼん、ぼんっぼん♪ ぼんぼんぼん、ぼんっぼん♪」

提督(まさかのイントロときた)

長門「ぼんぼんぼん、ぼんっぼん♪ ぼんぼんぼん、ぼんっぼん♪」

提督「……」

長門「ウェンザナイッ!」

提督「……stand by me」

長門「正解! 流石は提督だな、やるじゃないか」

提督「なめてんのか」

長門「何故だっ!?」

141: 2014/08/20(水) 21:51:01.78 ID:0T8+CpJZ0


― 13 ―



長門「常日頃からの疑問ではあるのだが」

提督「あん?」

長門「提督は何故に私を演習に出さないんだ?
   いつも練度不足の駆逐艦ちゃんばかりで編成を組むから、勝てる勝負も落とすと思う」

提督「んな事を気にしてんのか。 そもそも演習は頃し合いなんかじゃねぇ。
   互いの艦娘の練度を上げる為に大本営様が考えた、ノーリスクで実用的なレベリングってなだけだ」

長門「ふむ」

提督「新米少佐には不釣合いなくらい練度の高いお前を連れて行くと、周りの提督たちが萎縮しそうでな。
   それに演習はいくら負けても罰則は特に無し。こっちの艦娘も強くなる一方だし万々歳だ」

長門「成る程。 それなら私を連れて行かない理由も頷けるな」

提督「……」

142: 2014/08/20(水) 21:54:30.23 ID:0T8+CpJZ0


 ~ とある日の演習にて ~



A督「おい、あの人ってもしかして……」

B督「ああ、間違いない。あの提督をラバウルで知らない人なぞ居ないだろう」

C督「やはり威厳が違うな。 目の下に刻まれたクマが威圧感をさらに醸し出している」

D督「あえて練度の低い艦娘だけを連れて、新兵の俺達に勝利を献上してくれるとは……相当な器の大きさまで持っておられる」

E督「その素晴らしい胆力、流石は“新米少佐になってしまった”御方なだけはあるな」


A督「しかして、今日も提督の懐刀は姿を見せず、か」

B督「戦艦殲滅用艦娘(バトルシップスレイヤー)、長門。 一度でいいからその姿を拝んでみたいものだ」

C督「しかも恐ろしいのは、戦艦に限らず“敵旗艦を必ず狙い撃ちにする”というその砲撃の精密さ。
   噂だけにしか留まらないが、もし件の長門が演習に来たら俺達はひとたまりもないだろう」

D督「一撃で沈めきれなかった戦艦の胸元に三式弾を素手で撃ち込んだという逸話もあながち誇張ではなさそうだな」

E督「いつの日か俺達も伝説の艦娘と相見えることが出来るよう、あの方に今日も胸を借りていこう!」


提督群「「「 応ッッッ!!  」」」



提督(…………)

143: 2014/08/20(水) 21:58:23.92 ID:0T8+CpJZ0


長門「しかし、たまには演習に出向かせてくれ。 この長門、他の艦娘がどのような強さか非常に気になる所だからな」

提督「そのうちな、そのうち」

長門「む? 見ろ提督、雷ちゃんが外から手を振っているぞ」

提督「おお本当だ」

長門「今日も駆逐艦は可愛いな」

提督「おぅせめてヨダレくらい拭く努力しろや」

長門「これは失敬。 先月出た給料で買った時雨ちゃんハンカチを使わざるを得ない」

提督「この前もそれ買ってなかったか?」

長門「あれは保存用だ。 複数持ち合わせるのは淑女として当然の嗜みだろう」

提督「なに真顔で格好つけて言ってんだ駆逐艦フェチ」


提督「まぁ、お前を演習に連れて行かない理由を強いてあげれば……」

長門「挙げれば?」

提督「憧れは憧れのままがいい、というやつか」

152: 2014/09/07(日) 23:56:55.98 ID:IR6/IRhn0

― 14 ―



長門「提督、酒はいける口か?」

提督「嗜む程度だよ」

長門「今宵は良い月だ。たまには席を一緒にしないか?」

提督「珍しい誘いだな、別に構わんぞ」

長門「快諾感謝する」

提督「ただし、俺達の目の前に山の如く積んである書類を片してからだがな」

長門「片付けていたら夜が明けてしまいそうになるだろう。今日くらい放っておけばいいさ」

提督「……それもそうだ。 お前は先に酒を持って屋上に行ってろ。間宮さんに何か肴を作ってもらってから俺も上がろう」

長門「うむ、了解した。 提督が来ずとも肴さえ来てくれたら私としては十二分だな」

提督「花より団子か」

長門「その言い様だとまるで提督が花みたいじゃないか、失敬な」

提督「その失敬という単語をブーメランで返したるわ」

153: 2014/09/08(月) 00:00:54.51 ID:Btmikay90


~ 鎮守府屋上 ~


提督「ほぅ、本当に綺麗な月だ」

長門「夏名残の夜空に浮かぶ銀月の美しさ、これを一人で楽しむにはあまりにも勿体ないだろう」

提督「この景色を俺みたいなボンクラに分けて貰えて光栄だな」

長門「気にするな。私が貴方と一緒に見たかっただけさ」

提督「そりゃ尚更嬉しい限り。 どれ、そろそろ酒の席でも設けるか」

長門「うむ、楽しみだ」

154: 2014/09/08(月) 00:08:43.17 ID:Btmikay90

提督「じゃあ……何に向けて乾杯って事にする?」

長門「この夜の美しさと、この世の素晴らしさに」

提督「大仰だな」

長門「では私達が出会えた奇跡にでもするか?」

提督「ニヤニヤしながら言うんじゃねぇよ」

長門「ふふ、照れる顔だけは可愛いぞ提督。本当にからかいがいのある人だな」

提督「うわもう超腹立つ。“だけ”って強調するあたりメッチャ腹立つわ」

155: 2014/09/08(月) 00:12:45.75 ID:Btmikay90

長門「では、この夜の美しさと」

提督「この世の素晴らしさ」


提督「そして、もう一つ」

長門「?」

提督「お前と過ごせた最初の夏に、乾杯」

長門「……乾杯」

156: 2014/09/08(月) 00:15:07.91 ID:Btmikay90

長門「……おい」

提督「なんだ?」

長門「……ニヤニヤするな」

提督「お前も充分からかいがいがあるわホント」

157: 2014/09/08(月) 00:27:51.69 ID:Btmikay90


提督「そういや、最初の一杯は何故か決まってビールなんだよな」

長門「どういう風習でそうなったのかは分からないが、確かに開幕でのビール乾杯は鉄板だな」

提督「さっきの乾杯もお互いビールだったか」

長門「いつもの癖という奴だろう」

提督「ん? いつの間にかお前ジョッキ空っぽじゃねぇか。もう飲み終わるとか早えぇなおい」

長門「ビール如きサクッと一気に流し込むに決まっているだろう?」

提督「いやそんな『当たり前だろう?』みたいな顔されても困るわ。学生の飲み会じゃねぇんだから」

長門「だらしないな。最初の一杯は即空けするくらいの勢いが提督には足りないぞ」

提督「その言い分だと酒の強さには自信がありそうだな」

長門「まぁな。4ガロンくらいなら余裕だぞ」   ※ 1ガロン=約4kg

提督「お前胃袋以外にも複数臓器を持ってたんか……」

158: 2014/09/08(月) 00:29:54.46 ID:Btmikay90


長門「なぁ、提督」

提督「なんだ?」

長門「酒の席は無礼講だろう?」

提督「そりゃ目上の人が言って初めて成り立つんだが……まぁいい、今日は確かに無礼講だな」

長門「有り難い。 無礼講ついでに色々と聞いてもいいか?」

提督「美味い酒は口元を緩くするからな。 普段話せないこともうっかり話しちまうかも知れん」

長門「成る程。 うむ、今日の酒は美味しいな」

提督「ああ、極上だ」

159: 2014/09/08(月) 00:34:17.65 ID:Btmikay90


長門「思い返せば、最近はよく海域に赴いて戦っているなぁ」

提督「思い返すも何も、今日だって戦ってきたじゃねぇか」

長門「小破一隻で退却、碌に戦果も上げれぬままで帰港が今日の結果さ」

提督「貧困鎮守府だとドックの空きは少ないほうが備蓄を食わずに済むんだ、合理的じゃねぇか」

長門「なかなか貧乏が肩を掴んで話してくれないのは困り者だが」

提督「大飯喰らいと年頃の子を養ってると、必然的に足りなくなっちまうんだよ」

長門「やれやれ……ようやく年頃の子という認識をしてくれたのか。 全く、時間がかかりすぎだぞ」

提督「今の流れで前者以外にお前が当て嵌まらないとでも思ってる事に驚きだわ」

160: 2014/09/08(月) 00:38:00.55 ID:Btmikay90

長門「他の艦隊は任務を併行して出撃しているそうだぞ」

提督「へぇ」

長門「任務報酬で賄っている軍が殆どで、そこから遠征で燃料などを備蓄しているんだとか」

提督「よそはよそ。うちはうち。 良い言葉だな」

長門「今こうして思えば、提督は今まで殆ど大本営発案の任務をこなしてないな。
   いつも目を通している資料に任務に関する業務が提起されていないのを知らないとは言わせないぞ」

提督「うっかり忘れていたんだよ、うっかりな」

長門「はぁ……ほら提督。酒が足りてないぞ」

提督「おっと悪いな。 次は水割りで頼むわ」

161: 2014/09/08(月) 00:43:17.04 ID:Btmikay90

長門「即断即決。海域における敵艦隊の主戦力を見誤らない分析力。
   引き際は早すぎるが、艦隊の半数以上がほぼ無傷で帰航しているこの現状を鑑みて、稀に思うんだ」

提督「ん?」

長門「我が鎮守府の主は昼行灯を演じており、あえて戦果を上げていないのかと」

提督「買い被りすぎだ。 なんだもう酒に酔っているのか長門」

長門「……ああ、そうかも知れないな。 酔ったついでにまた酌でも願いたい」

提督「あいよ。日本酒でいいか?」

長門「せっかくだから提督も飲め。ほら、また盃を交わそうか」

提督「おぅ、乾杯」

長門「乾杯」

162: 2014/09/08(月) 00:46:49.38 ID:Btmikay90

長門「提督、知らないとは言わせない」

提督「ん?」

長門「“私達は中破でも戦える”」

提督「……」

長門「それでも何故、頑なに撤退を繰り返す? 駆逐艦の皆も、小破なら戦況にさほど影響は出ない筈だ」

提督「……」

長門「何をそんなに怯えているのか、教えてくれないか?」


提督「……酒が足りないぞ、長門。 次は焼酎のロックで作ってもらおうかな」

長門「……うむ、失敬。 たらふく飲んでくれ」

163: 2014/09/08(月) 00:49:01.34 ID:Btmikay90

提督「……」

長門「……」

提督「……大本営から目をつけられたくないだけだよ。 強すぎる、ってのは俺に言わせれば悪目立ちだ」

長門「どういう意味だ?」

提督「上から“使える”と認識されたら、有無を言わさず出世コースになっちまう。 するとどうだ?
   練度なんてお構いなしに最前線や未開の海域へ駆り出される事になるんだよ」

長門「必然的に轟沈の確率が跳ね上がる事になる、か」

提督「お上の連中は最悪な事に、他所の艦隊を勝手に指揮する事もある。
   大破していて満足に動けない艦娘はデコイ扱い。 敵の戦力をただ探るだけの為に暗い海底へ落ちていく。
   人為的に事故を誘発させ、自分が命じた指揮のくせに結果を提督に押し付ける。なんとも素晴らしい仕事だよ」

提督「逆らえば銃殺。かといって逆らわなければ轟沈。 進退窮まる最低の二択が待っていることになりかねない」

長門「嫌なジレンマもあったものだ」

提督「好きな人が沈む姿は何度も見たくないんでな。 俺はボンクラくらいが丁度いいのさ」

164: 2014/09/08(月) 00:54:01.00 ID:Btmikay90

長門「要するに、私たちが可愛くて仕方ないと」

提督「今日の酒は自白用に最適な一品だな。 言わなくていいことばかり喋らせてくれる」

長門「おっと私のお猪口が空になってしまったぞ提督。 ああ、これは困ったな。このままでは喋る言葉も乾いてしまうなぁ」

提督「へいへい。お注ぎ致しますよっと」

長門「有り難い。 どれ、折角なので一杯頂こう」

提督「良い飲みっぷりだな。惚れ惚れするわ」

長門「そのまま惚れておけ。損はさせんぞ」

165: 2014/09/08(月) 00:58:31.31 ID:Btmikay90

長門「そもそも、貴方は心配性すぎる」

提督「何がだよ。大胆と剛胆を十で乗法したのが俺だろう」

長門「では肝胆に隠しているのは臆病風と思いやりのどちらだろうな?」

提督「おいおい。一体何を根拠にそう言ってんだか」

長門「先日の演習が主な要因だ」

提督「ああ、あれか。相手の提督が非常に畏まってやりづらかった事この上なかったなぁ」

長門「いやな、提督。ようやく私を出撃させてくれたのは非常に有り難いのだが」

提督「うん?」

長門「私の装備一式を守りで固めて出撃させただろう」

提督「それが?」

長門「氏ぬほど恥ずかしかったぞ、あれは。いや本当に。 
   道行く提督から『ガチケッコン予定艦か……』と聞こえてきたときは流石にどうしたものかと」

提督「なんで照れくさそうな顔してんだよ」

長門「……乙女心を分からん輩め」

166: 2014/09/08(月) 01:06:39.26 ID:Btmikay90

長門「演習だから全力で迎えるのが礼儀だろう? なのに防御一辺倒な装備はあまり好ましくないのだが」

提督「いいじゃねぇか。演習でも油断すんなっていう戒めってやつだ」

長門「ほら、酌をしてやる。 注ぎすぎて酒が猪口から零れる前に本音が漏れるといいんだがな」

提督「おま、これむっちゃ高い酒なんだぞ!」

長門「ほれ、ほれほれ。 もうすぐ溢れるぞ~。」

提督「ビッグセブンにあるまじき悪い顔してんな!? お前もしかして本気でちょっと酔ってんじゃねぇの!?」

長門「銘酒の森伊蔵が零れるまでのカウントダウン開始。 3、2、1……」

提督「分かった分かった! お前が怪我するの地味に嫌なの!」

長門「やっと喋ったかボンクラめ」

提督「うるせぇよポンコツ。 脅迫に限りなく近い何かだろこれ……」

167: 2014/09/08(月) 01:11:25.60 ID:Btmikay90

長門「しかして、さっきの言葉は非常に嬉しい限りだ。 だがな提督、あの時の私の装備を思い返してくれ」


【装備】
 ・41cm連装砲 ・応急修理女神
 ・応急修理要因  ・応急修理要因


長門「相手の提督が真面目にやれ、と目で訴えてきたのも致し方ないだろう」

提督「そこは猛省してるわ」

長門「我ながらこれでよく相手旗艦を打ちのめせたものだと自賛する」

提督「この装備で結果を出せるお前のポテンシャルどうなってんだよ」

168: 2014/09/08(月) 01:16:42.21 ID:Btmikay90

長門「なぁ提督。心配してくれているのは本当なのか?」

提督「知らん」

長門「おいこっち向け」 ガシッ

提督「万力みたいな握力で肩掴むのやめろや」

長門「ん?」

提督「あ、いや嘘です冗談です、マジでちょっとだけでいいから力をほんの少し緩めてもらえませんでしょうか?」

長門「回答次第だ」

提督「……俺の秘書艦だからそれくらい察せよ」

長門「……相分かった。勝手に解釈させてもらおう」 

提督「長門くん、照れているのは分かる。
   だがな、照れ隠しで更に握る力を増すのを俺提督の肩の軟骨が爆ぜる前に止めてほしいのだが」

169: 2014/09/08(月) 01:28:01.19 ID:Btmikay90


長門「む、酒がそろそろ切れそうだ」

提督「頃合的にも良い時間帯だな。明日に差し支える前にそろそろ切り上げるか」

長門「まだ飲み足りないぞ」

提督「飲み足りないのは同意見だが、流石にお酒を足そうにも間宮さん閉まってるだろうなぁ」

長門「おいおい、酒の在り処はもう一箇所あるじゃないか」

提督「マジかよビッグセブン。有能じゃねぇか」

長門「提督の部屋だ」

提督「おぅ褒めた言葉分の労力返せや」

170: 2014/09/08(月) 01:34:45.91 ID:Btmikay90

提督「そもそもお前な、こんな夜更けに俺の部屋に来るってどういう事か分かってんの?」

長門「勿論だ」

提督「……長門」

長門「二次会に決まっているだろう」

提督「……色恋沙汰とか一瞬でも考えた俺が不埒なのか?」

長門「なんでそこで色恋の話が出るんだ?」

提督「あ、ダメだこいつ天然だ」

171: 2014/09/08(月) 01:35:48.46 ID:Btmikay90

長門「さぁ、提督! 飲みなおしだ、部屋に行くぞ!」

提督「はいはい。 まぁ俺の部屋だと娯楽もあるし、ゲームでもしながら二次会すっか」

長門「勝負事には全て全力でいかせてもらうぞ? 提督が泣きを見なければいいのだがな」

提督「ぬかせ。 お前が泣きべそかいて自室に戻る様がありありと思い浮かぶわ」

長門「ふふ、今からが楽しみだ」

提督(ほんと綺麗な顔して笑うなぁ、こいつ。 可愛いなぁ)

172: 2014/09/08(月) 01:39:54.08 ID:Btmikay90


~翌日~


提督「おぅ生ける不渡り手形。とっとと資料作成の準備しろや」

長門「流石は提督だ。開口一番で人の心を自然とささくれだたせる事に関しては天才だな」

提督「なんだ図星つかれて返す言葉もないのか?」

長門「呆れてものも言えないだけだ」

提督「ほぅ、昨晩マジで泣きべそかいてたビッグセブンは言う事が違うねぇ」

長門「コントローラを床に叩きつけようと何度も葛藤していた提督も中々のものだったぞ」

提督「よっしゃ言ったな良い度胸だ。また今晩俺のとこ来いや。
   次は全力で泣かせるからバスタオル忘れんなよ」

長門「ついでに私の部屋から予備のコントローラを幾つか持ってきておこう。
   いい大人が物に当たることが出来る様を心おきなく楽しめそうだ」

提督「あ?」

長門「お?」



時雨「なんで二人とも朝からあんなにバチバチ火花散らしてるんだい?」

夕立「夜遅くまでゲームして遊んでたんだけど、なんかそこでケンカしたっぽい」

時雨「……僕が貸したドカポンが原因じゃありませんように」

181: 2014/09/24(水) 22:39:58.49 ID:j9kt0Rnr0

― 15 ―



~ 自販機前にて ~



 暁「……」ピッ

 暁「……」ガシャン

 暁「……」

 暁「……」

182: 2014/09/24(水) 22:44:18.17 ID:j9kt0Rnr0

 暁「ついに、ついに購入してしまったわ」

 暁「大人への第一歩。一人前のレディになるには避けて通れない道」

 暁「普段から憧れていたけれど、いざこうして手に取ると緊張するわね」

 暁「でも、でも提督だって普段から手にしてるし、私が買っても問題ないわよね!」

 暁「前に買おうとしたら『暁ちゃんにはまだ早いっ!』なんて止められたけれど」

 暁「あ、暁だってもう大人なんだから! こんなの全然余裕に決まってるじゃないっ」

 暁「これを越えればレディとしての経験値がすっごく高くなる。
   雷や電にもあとで体験した事を話せば、姉としての威厳はさらにアップ。いいこと尽くめね」

 暁「誰だって初めてはあるわ。挑戦あるのみよ!」


 暁「……ブラックコーヒー、見てなさい!」

183: 2014/09/24(水) 22:46:47.99 ID:j9kt0Rnr0

 暁(でもコレって凄く苦いらしいのよね)

 暁(前に響が飲もうとしていたけれど、少し口に含んだ瞬間に無表情で吹き散らしていたわ)

 暁(そのあとにずっと歯磨きとうがいしてたから、相当なものだったんでしょうね)

 暁(べ、別に暁ならへっちゃらだし!)

 暁(でも美味しくないのよね……や、やっぱり甘いカフェオレにしておけばよかったかな)

 暁(どうしよう、もう買っちゃったから返品できないし。 もう飲むしかないのかな…?)


 暁「むぅぅ~~~っ!」


長門「どうした、缶コーヒー片手に考え事か?」

 暁「長門おねえちゃん!?」

184: 2014/09/24(水) 22:51:51.85 ID:j9kt0Rnr0

 暁「どうしてここに?」

長門「少し休憩をしようと思ってな。飲み物を買いに来たんだ」

 暁「長門おねえちゃんは大人のレディだから、やっぱりコーヒーを買うのかしら?」

長門「いや、私は……」

 暁「あ、暁もいつものようにコーヒーを買ってみたわ。やっぱり午後の一服はこれが一番よね」

長門「そうか? 私はどちらかと言えば……」

 暁「やっぱりブルマンやキリマンジャロじゃないと、コーヒー飲んだ気にならないわ。
   長門おねえちゃんもそう思うでしょう?」

長門(手に持ってる缶の銘柄はアメリカンという事は突っ込んではいけないのだろう……)

 暁「一人前のレディは、海風にあたりながらブラックを嗜むものよね」

長門(……なるほど、そういう事か)

185: 2014/09/24(水) 22:55:19.76 ID:j9kt0Rnr0

長門「どれ、私も飲み物を買おうかな」 ピッ

 暁「あっ」

長門「おや?」 ガシャン


長門「おっとしまった、間違えてカフェオレのボタンを押してしまった。
   これは困ったなぁ。うっかりうっかり」

 暁(あ、ミルクたっぷりの甘くて美味しいカフェオレだ)

長門「今はコーヒーを飲みたい気分なのに、私とした事が迂闊だった。
   そうだ、もし良ければ暁ちゃんのコーヒーと交換してくれないか?」

 暁「え、えぇ…!?」

長門「なに、大まかに言ってしまえばこれもコーヒーみたいなものだろう。
   ブラックを飲むのはまたいずれの機会にして、まずは少しずつ慣らしてみればいいさ」

 暁「あ、暁は無理なんてしてないわ!」

長門「何の事だか分からんよ。それよりどうだ、交換の件は前向きに考えてくれたかな?」

 暁「……しょうがないわね。 おねえちゃんのお願いなら交換してもいいわ。
   それに一人前のレディは交渉だって優雅に承諾できるのよ!」

長門「ふふ、流石は一人前のレディだ。このビッグセブンも感服せざるを得ない」

186: 2014/09/24(水) 22:58:59.17 ID:j9kt0Rnr0

長門「暁ちゃん」

 暁「な、なに?」

長門「ゆっくりでいい。 ゆっくりでいいんだ」

 暁「……」

長門「先ほどのはもちろん、飲み方の話だ。慌てて飲むと零したりして大変だからな。
   ただ、もしも暁ちゃんが他に思い当たる事があるのなら、そう受け取ればいい」

 暁「……」

長門「ほら、しょんぼりするな。美味しいカフェオレでも午後は一服できるだろう?
   次は私と一緒にカフェオレでも飲みながら海風にあたろうじゃないか」

 暁「……うん、そうね。 そうするわ! じゃあ今度一緒にお茶しましょうね、長門おねえちゃん!」

長門「うむ、了解だ。 素敵なレディからのお誘いとあらば断るわけにはいかないな」

187: 2014/09/24(水) 23:02:01.16 ID:j9kt0Rnr0

長門「じゃあ私は執務室に戻るとする。また後でな」

 暁「うん、またね!」


 ~~


長門「ふふ、背伸びする子も可愛いものだ」

長門「急いで大人になっても、心が追いつかなければ意味が無い。
   あの子ならきっとその本質に気付けるはず」

長門「それに気付くまで、あの子たちが大きくなるまで。
   ビッグセブンとして守り続けるのが我が使命の一つなのだろう」

長門「しかして……」

長門「……」


長門「カフェオレ、飲みたかったな……」

188: 2014/09/24(水) 23:03:48.72 ID:j9kt0Rnr0

長門「ブラックか……」


長門「……」

長門「……」

長門「……」ゴクッ


長門「にがっっッッ!!」

191: 2014/09/25(木) 00:18:59.11 ID:MzBElU4q0

― 16 ―



 電「司令官さん、おはようなのです」

 暁「本日はお日柄もよく、なのです」

提督「おぅ、おはよう。 朝から元気が良いな、なんだか励まされるわ」

 雷「今日もはりきっていくずち!」

 響「そうだね。遠征でしっかり結果を出してくるびき」

提督「!?」

192: 2014/09/25(木) 00:22:03.21 ID:MzBElU4q0

 暁「どうしたのです、司令官?」

 電「何かあったのなら相談してほしいのです」

提督「いやまぁ、電と暁はまぁ分かるんだが……」

 響「何か不自然なことでもあったのかいびき?」

 雷「そうそう、いつもどおりの私たちじゃないずち!」

提督「不自然しかないぞ、特に後半の二人。
   なんだよ語尾に“びき”やら“ずち”やら急につけだして」

 響「その気になれば語尾は“ぬい”に変えることだって出来るびき」

提督「そういう事を言ってるんじゃないのよ響ちゃん。あとゴメンね練度足りないからその語尾は当分先だわ」

193: 2014/09/25(木) 00:23:48.76 ID:MzBElU4q0

 暁「なーんだ、すぐにバレちゃった」

 電「さすがは司令官さんなのです」

 響「だから言ったじゃないか、司令官はすぐに気付く人だと」

 雷「……まぁ我ながら語尾に無理がありすぎるとは思ってたのよねー」

提督「おいおい、どういうこった。 なんかの遊びでもしていたのか?」

194: 2014/09/25(木) 00:26:38.91 ID:MzBElU4q0

 響「実は昨日の就寝前に長門さんと喋ってたんだけど、その際に口癖の話題があってね」

 電「私と暁は、語尾に『なのです』とつけちゃう口癖があるのですが……それが中々治らなくて」

 暁「一人前のレディを目指す身としては、由々しき事態と思ったわけ」

 雷「そしたらね、長門お姉ちゃんがこう言ったの。
   『むしろ個性は伸ばすべき。いっそ雷ちゃんと響ちゃんも名前の一部を語尾につけてみては?』って」

提督「ほぅほぅ」

 電「『ついでに提督がいつツッコミを入れるかイタズラでもしてみるか』という流れになったのです」

 暁「長門おねえちゃんは『私も参戦してみるが、あのボンクラ提督の事だから夕暮れまで気付かないだろうな』って…。
   あっ、今のなし! なんでもないわ、別にそういう話をしたって夢を見ただけなんだから!」

提督「……あのぽんこつにはあえてツッコミ無しで一日過ごしてみるか」

195: 2014/09/25(木) 00:31:33.79 ID:MzBElU4q0

~ 執務室 ~



コンコン、コンコン


< 提督、私だ。


提督「入っていいぞ」


ガチャ


提督「よぅ、おはようさん」

長門「提督、おはようだもん。 今日も一日頑張ってみるもん!」

提督「アカン言いたい事が多すぎてがツッコミが渋滞してる」

204: 2014/10/03(金) 21:41:14.17 ID:1bEF0r+h0

― 17 ―



長門「提督、髪が伸びたな」

提督「言われてみればそうだな。ここ数ヶ月は髪切ってねぇや」

長門「私がしてやっても構わんぞ?」

提督「なんで戦意高揚しているときみたいにキラキラしてんだよお前」

長門「一度やってみたかったんだ、誰かの髪を切るという行為を。
   だが駆逐艦ちゃん達にそれを頼むのは流石に憚られてな」

提督「なんだ、そんなに俺提督の髪に触ってみたかったのか」

長門「提督なら失敗しても軍帽かぶればどうにかなるだろう」

提督「おぅ遠まわしな実験台扱いやめろや」

長門「流石にぞんざいな扱いにはせんよ。人身御供とでも捉えてくれ」

提督「その失敗前提で話を進めるなっつってんだよ、あんぽんたん」

205: 2014/10/03(金) 21:44:22.21 ID:1bEF0r+h0

提督「まぁいいや。理髪店に行く手間も省けるし、一つお願いしてみるわ」

長門「相分かった。このビッグセブンに任せておくがいい」

提督「ちなみにどういう髪型にするのか考えてるのか?」

長門「こういう時は雑誌を見るのが普通なのだろうが、それでは二流だな」

提督「やだ三流未満のド素人がすごく怖いこと言い出した」

長門「私の愛読書から参考になる男前を脳内で選んでみたから安心してくれ」

206: 2014/10/03(金) 21:49:07.63 ID:1bEF0r+h0

提督「ちなみに愛読書のタイトルは?」

長門「“北○の拳”」

提督「今回のカットでモチーフとなる人物を一言で言えば?」

長門「聖帝」

提督「失敗したら?」

長門「モヒカン!」

提督「よしこの話は無かったことにしよう」

209: 2014/10/03(金) 22:07:29.89 ID:1bEF0r+h0

― 18 ―


提督「そういや長門、明日は間宮デパートが港に着くぞ。駆逐艦ちゃん達は皆行くらしいが、お前はどうするんだ?」

長門「いくぞ提督、通帳の残高は充分か?」

提督「おぅ待てや。会話を3段くらいぶっ飛ばして話を進めんなや」

長門「提督が私とデートをしたいという話ではなかったのか?」

提督「デートどうこうは置いといて、まぁ一緒に買い物行こうか誘おうとしたのは事実よ。
   だが何でお前は俺提督の残金を確認したのかね?」

長門「“ゴチ”という概念を説明するべきだろうか」

提督「“割り勘”という一般常識を説明してやろうか」

210: 2014/10/03(金) 22:12:25.38 ID:1bEF0r+h0

長門「まぁ先ほどのは冗談だ。ちゃんと自分の給与から出すつもりだよ」

提督「おぅ心底ホッとするわ。で、明日は暇なら昼過ぎに時間空けとけよ」

長門「昼食はどうするつもりだ?」

提督「とりあえず先に食っとけ。俺提督は昼前にちょっと仕事があるんでな。
   そこまで遅くはならないだろうから、ヒトサンマルマルに間宮デパート内のカフェ集合でいいか?」

長門「了解した。 ふふ、楽しみだな」

提督「ああ、全くだ」

211: 2014/10/03(金) 22:15:52.37 ID:1bEF0r+h0

~翌日 間宮デパート内にて~


提督「遅いな、アイツ」

提督「予定時間と集合場所はちゃんと伝えた筈だが、もしかしてどこのカフェか分からなくなってるのか?」

提督「まぁ何だかんだで長門も女の子だ。身支度に時間でもかかっているのだろうし、こうして待つのも悪くない」

提督「それにしても、デートか」

提督「……紅茶の女神を思い出すわ」

212: 2014/10/03(金) 22:19:59.59 ID:1bEF0r+h0

提督「……あれ? あいつマジで遅くね?」

提督「流石にお茶のおかわり5杯目となると店員の目が気まずいわ」

提督「ホントどんだけ気合を入れてきてるんだ」



ピーンポーンパーンポーン



提督「ん、館内放送か?」

213: 2014/10/03(金) 22:25:14.25 ID:1bEF0r+h0

< 迷子のお知らせをします、迷子のお知らせをします


提督「まぁ間宮デパートは内装かなり広いからな。もしかしたらうちの駆逐ちゃんかも知れんし、耳すませてみるか」



< ラバウル基地よりお越しの~ 凪原提督、凪原提督さま~


提督「俺提督の名前じゃねぇか!?」



< 長月ちゃんがお待ちですので、迷子センターまでお越しの程、お願い致します


提督「うち長月いねぇよ!?」

214: 2014/10/03(金) 22:29:46.91 ID:1bEF0r+h0

~迷子センターにて~


提督「……」

長門「……」

提督「……いつの間にお前は睦月型の駆逐艦になったんだ?」

長門「駆逐艦、長トゥキだ。敵駆逐艦との殴り合いなら任せておけ」

提督「うるせぇぶっとばすぞビッグセブン」

215: 2014/10/03(金) 22:34:39.60 ID:1bEF0r+h0

長門「まさかここまで間宮デパートが広いとは思わなくてな。呼び出すにはこのセンターが手っ取り早かったんだ」

提督「お前の他には誰も迷子になってない時点でお察しだわ」

長門「恥ずかしながら、間宮デパートはいつも迷子になってな。未だに慣れないんだ」

提督「ったく、ほら手ぇ出せ」

長門「?」

提督「しょうがねぇから手ぇ繋いでやる。 迷子を保護するのは提督の務めだからな」

長門「……」

提督「ほれ、早くしろ。俺が色々耐え切れんぞ」

長門「……」ギュッ

提督「全く、とっとと繋げってんだ。恥ずかしさなんて迷子センターの世話になってる時点で臨界点突破するだろうが」

長門「……」

提督「なんか喋ってくださいマジで恥ずかしくて顔見れないんですが」

216: 2014/10/03(金) 22:38:06.04 ID:1bEF0r+h0

~~


雷「今日はたーっくさんお買い物できたわね!」

電「集めていたふかふかクッションの新作が買えて嬉しいのです!」

響「暁は何を買ったんだい?」

暁「基本的にはお洋服ね。あとはレディとしての嗜みでお花の香りがする香水を買ったわ!」

電「はわわ、香水なんて大人っぽいのです!」

暁「ふふん、そうでしょ」

雷「ちなみにどんなお花の匂いなの?」

暁「ラフレシアっていうお花よ。 熱帯地域で咲くお花だから、きっと太陽のような匂いと思うわ」

電「お部屋に帰ったら早速使ってみてほしいのです」

響「どうやら窓は全開にしておいた方がよさそうだね」

218: 2014/10/03(金) 22:42:14.97 ID:1bEF0r+h0

響「おや、あれはひょっとして……」

暁「司令官と長門おねえちゃんじゃない? おーい、二人と……むぐっ!」

雷「しーっ! レディならあの光景は見れば分かるでしょ?」

響「二人とも手を繋いでいるからデートかな」

電「でも、なんで二人とも下を向いて歩いているのです?」

暁「遠目からだからよく分からないけれど、なんか顔も真っ赤な気がするわ」

雷「……ふふ、そっとしておきましょ♪」

219: 2014/10/03(金) 22:47:02.45 ID:1bEF0r+h0

― 19 ―


提督「おいレベルビッグセブンティーン」

長門「外見年齢で人を呼ぶのは止めてほしいものだな」

提督「次の入渠では耳の中までしっかり洗って来いや。 
   そんな事よりも、だ。 我が艦隊で発生している由々しき事態について相談がある」

長門「由々しき事態か。慢性的な資材不足はもう慣れたが、他に何かあったのか?」

提督「それ以外にあるとでも思ってんのか?」

220: 2014/10/03(金) 22:49:19.35 ID:1bEF0r+h0

提督「我が艦隊は駆逐艦が多いのは周知の事実だろう」

長門「楽園だな」

提督「真顔で危険な発言をぶっこんでくる戦艦様はおいといて、最近はその辺りが少し問題かと思っている」

長門「む?」

提督「よくよく思い返したら、駆逐艦とお前しか艦娘がいなかった」

長門「ピーキーすぎる鎮守府選手権が開催されたら上位入賞は間違いないな」

提督「憲兵が抜き打ちでマイ鎮守府に来る程度には周囲に口リコン疑惑が流れてんだよ阿呆」

221: 2014/10/03(金) 22:51:51.72 ID:1bEF0r+h0

提督「で、だ。 そろそろ軽巡か軽空母でもほしいと思ってたところに……」

長門「ところに?」

提督「燃料不足ときたもんだ。これでは建造はもとい、出撃すらままならん」

長門「ほぅ、大変だな。 まぁその辺りは提督の運用方法が問われているんだろう」

提督「ときに長門よ」

長門「なんだ?」

提督「先日の報告会で電から聞いたのだが、備蓄燃料で流しソーメンをした大馬鹿者がいるとのことだが」

長門「……」

提督「心当たりは?」

長門「ふふん、ない筈がないだろう」

提督「おぅその清清しい顔立ちで堂々とした自白やめろや」

222: 2014/10/03(金) 22:55:20.25 ID:1bEF0r+h0

提督「まぁ無い袖は振れないからな。 むしろ今後どうするかを考えるべきだろう。
   そこで第一歩としてどうやって節約をするべきかをお前に相談してみたのよ」

長門「そうだな、むぅ……」

提督「なんか良いアイデアはあるか?」

長門「素人の私が口を出すのもなんだが、提督に一つ “いい話” がある」

提督「マジで!?」

長門「少し長くかかるが構わないか?」

提督「全然構わんぞ。内容の良し悪しは聞いてから判断するわ」

長門「では、僭越ながら……」

223: 2014/10/03(金) 22:59:15.60 ID:1bEF0r+h0

すぐに再就職できると思っていたが、なかなか見つからず、
仕方なく親戚が支配人をやっているファミレスに三ヶ月ほどバイトすることになった。

その時、たくさんの家族連れやカップルを見てきたが、
子供の世話ってどの家族連れも母親がするもんなんだな。

暖かい食事を持っていっても、嫁さんは子供に食べさせたりして、暖かかった皿はどんどん冷めていく…。
逆に旦那は、子供が何をしようが嫁さんの飯が冷めようが、お構いなしに自分の分を平らげていく。
旦那が食べ終わると、子供の世話をする人もいれば、そのまま新聞なんかを読み出す人もいる。
どっちにせよ、暖かい食事を食べる嫁さんというのは結構少ない。
多分、家でもこうなんだろうな。

もし、俺に子供が生まれて、外で食事する時は、俺も面倒みてやろう。
嫁さんに暖かい食事を食べさせてやろう。

そう思った。


それからしばらくして、俺は前より給料は安いものの、それなりに待遇の良い会社へ再就職した。
そして子供にも恵まれた。
ファミレスに食べにいった時、子供の世話をする嫁さんとその皿を見てふと思い出した。

「あぁ。俺、あの時の旦那と同じことしてるな」と。

「俺が面倒みるから、お前、先に食えよ」
そういうと嫁さんは驚いた顔をした。
家にいても滅多に子供の面倒をみることもないから。
嫁さんは「悪いから……」といったが「いいから、ほら」と嫁の手から娘用のスプーンを取り、娘に食べさせた。

嫁は小さく「ありがとう」と言い、暖かい食事を食べ始めた。
嫁はいつもより早口で食事をし、俺と交替した。
俺の手からスプーンを受け取る時、「ありがとう……本当にありがとうね……」と何故か涙ぐんでいた。

俺の皿には冷めた料理がのっていたが、それでも美味く感じた。

224: 2014/10/03(金) 23:03:33.83 ID:1bEF0r+h0

提督「……」

長門「……」

提督「……」

長門「……」

提督「バガヤロ゛ウ……誰がマジでいい話しろっつった……」

長門「ずまな゛い゛……本で読んですごくいい話だっだがら゛……」


 曙「節約の話はどこいったのよ……」

231: 2014/10/24(金) 09:49:45.03 ID:a7iylZ2x0

― 19 ―


~執務室~


提督「むぅ、こりゃひどい」

提督「いざこうして出ないもんだと実感するとヘコむなぁ」

提督「いやホント出ないな」

長門「どうした便秘か?」

提督「お前と一緒にすんなや」

長門「ほう、随分堂々としたセクハラだな」

提督「見事な放物線を描くブーメランだな」

232: 2014/10/24(金) 09:51:14.12 ID:a7iylZ2x0

長門「改めて、一体どうしたんだ。何とも辛気臭……深刻な顔をして思い悩んでいたようだが」

提督「はっはっは、憂いを纏ったハンサム顔で悪かったな」

長門「……」

提督「無言で眉間にシワを寄せるのは勘弁してください」

233: 2014/10/24(金) 09:53:58.82 ID:a7iylZ2x0

提督「まぁ、さっきのはマイ鎮守府の装備資料を見ていたんだ」

長門「私も拝見していいか?」

提督「あいよ」

長門「ふむ、これはまた砲台特化の装備一覧としか言いようがないな」

提督「46cm連装砲狙いでレシピを回した結果よ。 ながっちゃん、そろそろ本気出してもいいんだぜ?」

長門「おいおい提督、心外だな。 むしろレシピが間違っているという可能性もあるだろう?」

提督「確かにこんだけ出ないとその件も考慮すべきかも分からん。
   ……うっし、今日は工廠で声出し確認しながらやってみっか」

長門「了解した」

234: 2014/10/24(金) 09:56:13.21 ID:a7iylZ2x0

提督「妖精と資材の準備はどうだ?」

長門「うむ、問題ない」

提督「では早速取り掛かるぞ」

長門「相分かった。声出し確認を頼む」


提督「燃料」

長門「10」

提督「弾薬」

長門「251」

提督「鋼材」

長門「250」

提督「ボーキ」

長門「10」

提督「以上四点、不備無し確認、良し!」

長門「精製開始!」


  【 61cm三連装魚雷 】



長門「うむ、駆逐艦ちゃんへの土産ができたな」

提督「おぅこらちょっと待てやビッグセブン」

235: 2014/10/24(金) 10:00:17.14 ID:a7iylZ2x0

提督「こりゃ今日もアカン流れじゃないのかね長門くん」

長門「そんな私から一つ案がある」

提督「利が出そうなものなら聞いてやるわ」

長門「普段どおり淡々とこなすから結果も自然と普段のままではなかろうか?」

提督「ほほぅ」

長門「精神論は前時代的かも知れないが、やはり応援などの励ましがあると結果が違うかも知れん」

提督「応援?」

長門「提督が気合を込めて私にエールを送れば46cm連装砲への道が開ける可能性だってある、ということだ」

提督「何やらオカルトチックではあるが……現状の打開という意味合いで試してみるか」

236: 2014/10/24(金) 10:02:07.74 ID:a7iylZ2x0

提督「では、改めて声出し確認をするぞ」

長門「了解」


提督「燃料!」

長門「10」

提督「弾薬!」

長門「251」

提督「鋼材!」

長門「250」

提督「ボーキ!」

長門「10」

提督「以上四点、不備無し確認、良し! 流石は稀代のビッグセブン!」

長門「精製開始!」

提督「あ、そーれ! なっがっと! なっがっと!
   よさこいえんやこーら! なっがっと! なっがっと!」


  【 61cm四連装魚雷 】


長門「提督、少々うるさいぞ」

提督「今ものっすごく応援した事を後悔してるわチクショウ」

237: 2014/10/24(金) 10:06:22.10 ID:a7iylZ2x0

長門「他に理由をつけるとすれば……」

提督「すれば?」

長門「ただ弾薬や鋼材を練り込んで武器を作る、という過程の作業こそが原因になってるかも知れん」

提督「そりゃどういう意味だ?」

長門「イマジネーションの問題だ。 
   燃料や弾薬などに具体的な内容を持たせることで、作り手側の私や妖精に影響が出る場合もあるだろう」

提督「昔で言う“油の一滴は血の一滴”みたいに、なんらかの比喩表現を持たせりゃ変わるかもって事か」

238: 2014/10/24(金) 10:10:45.82 ID:a7iylZ2x0

提督「では、再三言うが声出し確認をするぞ」

長門「了解」


提督「業火の種とも成り、万物を守る盾とも成る、無限大のパーセンテージリキッド。 燃料!」

長門「10」

提督「吼える魂を乗せて敵を貫く為の寄り代。心が柄なれば、その剣の名前は。 弾薬!」

長門「251」

提督「よく見れば命を刈り取る形をしているだろう? 鋼材!」

長門「250」

提督「そしてそれらを顕現せしめん、胎動する一律無二の産物を示せ! ボーキ!」

長門「10」

提督「出でよ、46cm連装砲!」

長門「精製開始!」


  【 14cm単装砲 】


長門「これは笑うなという方が不可能だ」

提督「……頬めっちゃ膨らませて笑いを堪えている今のお前のフェイス、腹立つ事この上なしだわ」

239: 2014/10/24(金) 10:16:25.20 ID:a7iylZ2x0

長門「中学生の妄想みたいな事を淀みなくつらつらと話すとは……恥ずかしい人だな」

提督「今手元に自決用の拳銃があれば、躊躇なく自分の頭を打ち抜ける自信あるわ」

長門「これしかないが大丈夫か?」

提督「さっき作った14cm単装砲を差し出してくれるとは優しいやつめ、はっはっは」

長門「妖精たちも一緒に聞いていたが皆がみな赤面していたぞ、はっはっは」

提督「なにこれもうしにたい」

240: 2014/10/24(金) 10:22:18.74 ID:a7iylZ2x0
ナンバリング間違えてましたね。次は「21」が正しいです。
秋を満喫していたら随分と間が空いていた事に驚愕。
今後もぼちぼち投下するので、また皆が思い出したときにでも覗いてあげてください。

250: 2014/10/29(水) 17:14:00.07 ID:FJjU10V40

― 21 ―


提督「むぅ、ながとー。今日は朝からずっと資料とにらめっこ状態でしんどいぞー」

長門「なんとなく思うのだが、ここの鎮守府はどうにも事務業が多い気がするな」

提督「どこの鎮守府だってこんなもんよ。 それよりどうだ、昼下がりで良い頃合だしがっつり休憩でもとるか?」

長門「賛同する。 休憩がてらにとりあえず出前でうな重とピザと寿司でも頼むとしよう」

提督「とりあえず、で頼むにしては重すぎませんか長門さん? 俺の知らないこの数秒の間で祝い事でもあったの?」

251: 2014/10/29(水) 17:18:00.98 ID:FJjU10V40

長門「まぁ先ほどのは単なる冗談だ。 缶コーヒーでも買ってくるとしよう」

提督「いや、缶コーヒーはいい。俺提督にとって仕事しながら飲むもんだな、あれは。
   思ったよりも業務が捗って随分と捌けているから、ちゃんと一時間くらい休もうぜ」

長門「む?」

提督「とりあえずお前は座ってろ。ちょいと紅茶をいれてくるわ」

長門「それは有り難い。 だが待っているのも申し訳ないから、お茶請けの準備くらいはしておこう」

提督「おぅ、頼んだぞ」

長門「紅茶と言えばスコーンか。 確か前に買っていたものが残っていたはず……」

提督「へぇ、お前も以外と女子力あるんだな。 スコーンを食べる姿はあまり想像できなかったわ」

長門「二言三言と多い人だな、全く以って失礼だ」

提督「悪い悪い。 まぁ意外性を持っているのは良い事じゃねぇか」

長門「そんなものか? おっと、あったあった。 やはり買い溜めしておいて正解だったな」

提督「……」

長門「なんだその苦虫を噛み潰して反芻しているような渋い顔は」

提督「いや、しっくりきたわ。 お前がスナック菓子のスコーンをぼりぼり食う姿、実になじむわ」

長門「……他にもスコーンという名前のお菓子があるのか?」

提督「英国紳士が聞いたら卒倒しそうな台詞だなオイ」

252: 2014/10/29(水) 17:20:30.98 ID:FJjU10V40

提督「バーベキュー味のお茶請けで飲む紅茶はさぞ美味かろう」

長門「他にもカ○ムーチョやらポ○ンキーもあるから味のバリエーションは豊富だな」

提督「……まぁいいわ、紅茶ついでに今日はスコーンも作ってみるか」

長門「今から揚げるとなると地味に時間がかかりそうなのだが大丈夫か?」

提督「スナック菓子から離れろっての。なんか普通にそっちのスコーン食いたくなるわ……」

253: 2014/10/29(水) 17:22:37.32 ID:FJjU10V40

~30分後~


提督「あいよ、ウヴァのミルクティーとイングリッシュ・スコーンの出来上がりっと」

長門「おお……これは、なんとも上品で美味しそうではないか……!」

提督「だろ?」

長門「では、早速頂いてもいいか?」

提督「召し上がれ。 出来立てだから熱いんで火傷には……」

長門「あっつッッッ!!」

提督「ほんと期待を裏切らないぽんこつっぷりですわ」

254: 2014/10/29(水) 17:27:01.85 ID:FJjU10V40

長門「いや、しかして本当に美味しい。スコーンもさながら、紅茶はそこらの喫茶店より味が上だと思う」

提督「お前も味の良し悪しが分かるのは意外だが、褒め言葉は素直に受け取っておくか」

長門「味も私好みで、素晴らしい」

提督「お前の事ばかり考えて作ってたら自然と美味しくできるんだなぁ」

長門「……うん」

255: 2014/10/29(水) 17:30:37.76 ID:FJjU10V40

長門「こうしてちゃんとした休憩時間には紅茶を振舞ってくれるのは有り難い」

提督「ティータイムは大事にしないとね、ってのは恩人からの教えなんだよ」

長門「以前から不思議に感じていたのだが」

提督「ん?」

長門「提督はなんで紅茶をいれるのがこんなにも上手なんだ?」

提督「そりゃ淹れ方を教えてくれた人が上手だったからな」

長門「ほぅ、師がいたのか」

提督「まぁな。紅茶は自分で何度もいれてきたけれど、未だあの人を超える味は出せてないわ」

長門「ほぅ」

提督「あの人を思い出して作る紅茶は何故か塩辛くなるんで、中々うまくできないってのもあるが」

長門「そうか」

提督「でもな、お前にいれる際は自然と上手にできるのは本当に不思議だ。
   カップに注ぐとお前の笑顔が紅茶の水面に浮かぶようで、妙に美味いものができる」

長門「……そうか」

提督「なんで笑ってるんだよ。俺提督なんか変なこと言ってた?」

長門「……ふふ、言ってたぞ。本当に鈍感な人だな」

提督「?」

256: 2014/10/29(水) 17:39:25.17 ID:FJjU10V40

― 22 ―  >>21の後日談



長門「提督、お茶をいれてくれ」

提督「阿呆かお前が淹れてこいや。どっちが秘書艦だよ」

長門「いいではないか。 なんだか紅茶が飲みたい気分なんだ」

提督「ほらよ、130円やっから漢字四文字のミルクティー缶でも買ってくればいいだろに」

長門「むぅ、私は提督の淹れたものが飲みたいんだが」

提督「やだよ面倒だし。 それに休憩にはまだ早すぎる時間だぞ」

長門「……では、一つゲームをしないか?」

提督「ん、ゲーム? まぁ話してみろや」

長門(本当に乗りやすいというか何というか。これがボンクラの所以か)

提督「お前なんか失礼な事考えてないか?」

長門「何のことだか」

257: 2014/10/29(水) 17:43:07.07 ID:FJjU10V40

長門「俗に言う“利き紅茶”というやつだ。
   提督の淹れた紅茶の種類を当てることが出来たら私の勝ち、外したら提督の負けというルールでどうだ?」

提督「おぅ待てや。お前の勝率が10割になってんぞコラ」

長門「チッ」

提督「まぁいいぞ、気晴らしに乗ってやろう。
   俺の淹れた茶の銘柄をお前が当てるか外すか、ってな勝負内容な。 賭けるものは?」

長門「今日のB定食デザート、杏仁豆腐をベットしよう」

提督「なにっ!? お前がデザートを賭けるとか、まさか余程の自信があるのか!?」

長門「ふふん、違いの分かる女っぷりをそろそろ見せ付けておこうと思ってな」

提督「面白い、受けてたとう。 作ってくるから10分待ってろ」

長門(計画どおり……っ!)ニヤリ

258: 2014/10/29(水) 17:47:42.26 ID:FJjU10V40

長門(この計画のキモは杏仁豆腐を賭けた戦いではない)

長門(むしろもっと前半、勝負することそのものが私の狙い)

長門(この賭けの真の目的は、『提督のいれた紅茶を飲むこと』なのだから!)

長門(利き紅茶を行なうことで提督は図らずとも紅茶を振舞うことになる)

長門(その味が堪能できれば計画のほぼ8割は完遂される)

長門(残りの2割は賭け事になるが、そのための布石も準備済)

長門(アップルティ・セイロン・ダージリンの三つのみをティーボックスに準備して、他の紅茶は別所に保管しておく)

長門(必然的にその三択になるが、味として分かり易いアップルを出すのは除外するだろう)

長門(残るはセイロンとダージリンの2つ。これは……勘でどうにかする!)

長門(確率5割で当たるギャンブルは充分に勝負する価値があるというものだよ、提督)


長門「くっくっく……」

提督「悪い顔してんなぁ、お前……」

259: 2014/10/29(水) 17:52:50.13 ID:FJjU10V40

提督「色で判断されると公平性を期すから、タンブラーに入れて準備しておいたぞ」

長門「なるほど。確かに色を見ればかなり絞れそうだからな」

提督「さぁ、飲んでみれ」

長門「では、いただきます」


長門(ふっ、勝ったな……) グビッ


長門「!?」


長門「な、なにっ!?」

提督「何をそんなに驚いてるんだ、ほれ回答はよ」

長門「す、少し考えさせてほしい」

提督「20秒くらいは待ってやろう」

260: 2014/10/29(水) 17:55:16.43 ID:FJjU10V40

長門(おかしい、おかしいぞ…)

長門(普段は紅茶を飲まない私が、これを飲んだときに感じたもの)

長門(それは、『安心感』…ッ!)

長門(これでなければならない、とまで思わせそうな程の慣れ親しんだ味)

長門(違和感というものすらも溶かしきった、何杯でも飲みたくなるようなこの素晴らしさ)

長門(何だ、何なんだこれは!?)

261: 2014/10/29(水) 17:58:29.30 ID:FJjU10V40

長門(アップルではない、それだけは言える)

長門(だが、裏を返せば『それだけしか言えない』ということでもある)

長門(セイロンなのか、ダージリンか? それとも提督秘蔵の茶葉を出してきているのか!?)

長門(くっ、分からない。 この美味しさが何なのか、皆目検討がつかない!)

262: 2014/10/29(水) 17:59:50.55 ID:FJjU10V40

提督「はいタイムオーバー。 さぁながっちゃん、回答をもらおうか」

長門「くっ、わ、私が飲んだのは!」

提督「飲んだのは?」

長門「……ダージリンだ!」

263: 2014/10/29(水) 18:01:52.20 ID:FJjU10V40

~昼食~


提督「あー美味い。今日の杏仁豆腐はおいしーなー。普段よりも甘みが増していて不思議だなー」

長門「……」

提督「なんでこんなに美味しいのかなー。 何か隠し味があるのかなー?」

長門「……」

提督「あ、なるほど分かったぞー。これは勝利の味なのかー。 こいつぁ美味しい筈ですわー!」

長門「…る、いぞ…」

提督「ん?」

長門「ずるい、ずるいぞ!」

提督「なに言ってんだか。 業務の合間に飲んでるグリーンティ(緑茶)は格別だっただろう?」

長門「紅茶じゃないだろうあれは!」

提督「いーえ、大定義で言えば紅茶の一種です。それに普段飲んでて分からなかったお前もどうなのよ?」

長門「ぐっ……」

提督「さて、午後からもう一勝負するか?」

長門「……遠慮しておこう」

264: 2014/10/29(水) 18:04:32.53 ID:FJjU10V40

― 23 ―


長門「最近はすっかり涼しくなったと思う」

提督「夜なんか冷え込んでるから、寝巻きに使っていた甚平もそろそろ押入れにしまわないとな」

長門「潮風も寂しさの気配を滲ませている。もう夏は過ぎたのだな」

提督「今年は夏っぽい事あんまり出来なかったのが悔やまれるわ」

長門「今からでも擬似的に夏を味わるのなら良いのだが」

提督「夏、ねぇ。 季節外れに俺提督の語る怪談ナイトとか?」

長門「おいおい、提督の怖い話なぞどうせ飲みかけのビールに蛞蝓が大量に忍び込んでいたとかだろう?」

提督「なにそれクッソ怖いんですけど」

265: 2014/10/29(水) 18:06:40.52 ID:FJjU10V40

提督「どれ、じゃあ何か怖い話でも語ってみるか」

長門「ふむ、聞いてやろうではないか」

提督「そう言いながら耳栓の準備すんなや」

266: 2014/10/29(水) 18:11:01.05 ID:FJjU10V40

これは俺の先輩が中学生の頃に体験した話。

当時は写真の裏にその人への思いを書いて、一学期間ずっと隠しておくと思いが叶う、というジンクスが流行していた。
皆が生徒手帳に思い人の写真を入れる場合がほとんどだったから、手帳を落とした際の女子はかなり慌てていたんだと。
男子も例外ではなかったが、この手の話は女子の方が浸透しやすいみたいだな。

ただ、人間ドロドロした感情の方が割と強いというか、悪質なものが結構あったみたいで
とあるクラスでは女友達同士がお互いの写真を隠していて、
その両方の写真の裏にはマジックで大きく「氏ね」って書かれていたケースもあり
学校側としてはこの流行を問題視してた。

そのジンクスが蔓延していた頃には
帰りのHRで担任が遠まわしに、「おまじないや占いに頼りすぎるのは良くないよ」と言われていたくらいだと。

267: 2014/10/29(水) 18:14:53.54 ID:FJjU10V40

そんなある日、先輩のクラスでも一つ事件があった。


男子の中でも結構イジられているけれど底抜けに明るい生徒、俗に言う愛すべき馬鹿的な立ち位置の奴だな。
朝みんなが来たときに、その男子の生徒手帳が彼の机の上でビリビリに破かれていた。

これには流石に普段その子をイジってる男子も、「これ誰がやったんや?」と割と怒っていたそうだ。

更に性質が悪いのは、その生徒手帳は最初のページに生徒本人の写真を貼る部分があって
そこだけページごと無くなっていた。

先生や生徒たちも、例のおまじないを試そうとした奴の愉快犯、って事で考えて
結局犯人探しとかはせずに、生徒手帳の再発行という形で 有耶無耶のままその話は終わり。



ただこれ、実は一人だけ犯人見てる奴がいたんだ。


そう、俺にこの話をしてくれた先輩本人だよ。

268: 2014/10/29(水) 18:18:50.07 ID:FJjU10V40

その先輩、家に居づらい時期があったそうで、誰よりも早く学校に行ってた頃にこの事件に遭遇したんだと。

その日、いつもどおり学校に早く着いて教室の鍵を開けたら既にその男子の生徒手帳が机の上に散乱していたという。


ただ、その男子の机の前に、古めかしい制服の女の子が立っていて
先輩が教室に入ってきた途端に、スッと姿が見えなくなった。

我が目を疑って何度も目をこするも、そこに残るのはがらんとうの教室だけ。

「こんな話をしても、どうせ嘘と思われるし、もう終わった事だから別に誰にも言わなくていいや」と
思っていたから喋らずにいようと決めていたそうなんだが
その事件があって以来、誰もいない朝の教室に入る度に件の男子の机の前に女学生が立ちすくんでいる姿が見えて、
先輩が「あっ!」と思うと同時にスーッと消えていく。 気配にやたら敏感なんだろうな。

269: 2014/10/29(水) 18:20:52.74 ID:FJjU10V40

流石に何度も繰り返していると慣れてきたのか、教室に入るたびに驚くことはなくなった。
ただ一度、どんな顔をしているのか気になって教室の外窓からこっそり覗いてみた事があった、とは先輩談。

その時にどんな顔をしていたか聞いてみると、先輩曰く「ゾッとした」。
その女学生の顔、男の子の席をじっと眺めてから にやぁ……っ って笑い続けていたんだって。

さらにその女子生徒の幽霊らしきもの、授業中にも見え始めてきたと。
何気なく後ろのロッカーを振り返ったら、その人が手帳破られた男子を睨むようにずーっと見つめている。

なんとなく先輩は感づいた。

ああ、この幽霊が多分手帳を破ったんだな、と。

270: 2014/10/29(水) 18:23:44.67 ID:FJjU10V40

それからしばらくして、夏休み前最後の学校、終業式の頃。

先輩は家に居づらかったから、正直夏休みはあまり嬉しくないなあと思いながら
帰りのHRを終えて下駄箱から家路に着く頃、学校近辺にある小さな雑木林っぽい場所に、何か人影が見えたんだと。

ギョッとしながら目をこらすと、自分の学校の制服っぽい格好の人だったんで
その人が林の奥に進んでいくのが見えたから
「何やってんだろうな」と思いながらも 野次馬根性でその後をそっとつけてみた。


雑木林自体はそんな広くないから追いつけるかと思ったけれど、いざ林の中に入っても
実際にその人をいざ探すと見つからない。

ただ、少し奥まった所に古い漫画雑誌が不自然に一冊捨てられていた。

なんだろうな、と思いながらも軽くページを捲ろうとしたら、
とてもか細い声で「やめて……」と聞こえてきたそうで。

でも先輩は幻聴だと思い、雨に濡れてくたびれたその雑誌を捲ったら
その本から何かヒラヒラ落ちてきたんですって

その紙切れを見てゾッとしました。
以前あの生徒手帳が破られていて、写真のページが抜け落ちていた男子。
その無くなっていたページの部分そのものがそこに挟まれていた。


そして件のおなじないの事を思い出す。
一学期間、写真の裏に自分の思いを書いてバレなければ、それが叶う、と。

271: 2014/10/29(水) 18:27:17.25 ID:FJjU10V40

おそるおそる写真の裏を見ると、そこにはさっき聞こえてきたような声のような
薄くて細い文字で一言だけ書かれていました。



 “ 好き ”




ふと後ろを見ると、今まで見えていた例の幽霊が、はにかんだ顔をしながら口に人差し指を縦に一本立てていました。
まるで、「内緒にしてね」といわんばかりに。


人間が人間相手に醜い感情を潜めながら写真を隠す一方で、下手すりゃ幽霊の方がまともなんじゃないか。

なんて事を思わずにはいられなかったって先輩は語ってたよ。



ちなみにこの幽霊、先輩が最後に見たのは中学校の卒業式。
最後のHRで後ろを振り返ると、あの古めかしい女子生徒の姿が一瞬見えた、と。
その視線は相変わらず、例の男子生徒を見ていたんだと。 なんともまぁ一途な幽霊だ。


その先輩、来月末に中学の同窓会が開かれるんだよ。
その同窓会に例の男子が来てくれて、まだあの幽霊が憑いていたら面白いな、と彼は秘かに思っている。

272: 2014/10/29(水) 18:29:44.43 ID:FJjU10V40


提督「……ってな話なんだが」

長門「む、終わったか」キュポン

提督「お前まさかずっと耳栓していたんか」

長門「いや、しっかり聞いていたぞ。まさかあの場面でシンディが撃たれるとは予想外だった」

提督「俺めっちゃ長い独り言を喋ってたことになってると気付いて疲労困憊だわ……」

280: 2014/11/18(火) 05:29:13.43 ID:eCCUbkIO0


― last ―  




数多の艦娘が沈んだ屍山血河の体現であり、秋風と共に訪れた鬼灯色の絶望。


“鉄底海峡”。



その阿鼻叫喚で構成された地獄絵図を踏破し、それどころか他の艦隊に紛れて周回を四度も重ねた伝説の艦隊名。


“お姉さんと胸熱駆逐艦隊”。




とある戦艦を旗艦にしたその艦隊は、鉄底海峡の三周目に挑んだ頃には誰からともなくこう呼ばれていた。


“salvager of ironbottom sound”。



鉄の屍と成って海底に眠る魂を救助する、偉大なる艦娘たちと。


281: 2014/11/18(火) 05:32:53.81 ID:eCCUbkIO0


~~


提督「さて、久々に大きい案件がきたぞ。 今回は敵軍の詳細がほぼ全てアンノゥンだとよ」

長門「ほぅ。敵側の新勢力というわけか」

提督「ご名答。 霞の如きその有体を、軍部は通称“霧の艦隊”と呼んでいる」

長門「霧の艦隊、か」

提督「一説によれば未確認のレーザー兵器を積んでいたり、規格外でもある弩級の潜水艦もいるとか」

長門「ふむ」

提督「不安か?」

長門「いいや、全く。 むしろこういう危機に飛び込んでこそ、見えてくるものがあるだろう」

提督「そりゃ頼もしいかぎり」

長門「名言で喩えれば……シチューにカツ有り、というやつだ」

提督「随分とコレステロール高そうな名言だなおい」

282: 2014/11/18(火) 05:38:50.15 ID:eCCUbkIO0

長門「むしろ不安なのは提督の方だろう?」

提督「あん?」

長門「あの戦いで上層部から随分と『お気に入り』になっているからな。
   我らが艦隊が未確認敵艦の迎撃戦に選ばれたというのは、即ち『そういう事』だ」

提督「……」

長門「ノーブル・オブリゲーション。 持つべき者として責務を果たし、向かい合え、提督。
   戦果を残してしまったからには、そろそろボンクラの仮面も外さなければならないぞ」

提督「なんだ、お見通しじゃねぇか」

長門「どれだけ提督の傍にいると思っているんだ。 健やかなときも、病めるときも一緒だったろうに。
   なに、このビッグセブンが居るんだ。安心するといい。文字通り、大船に乗ったつもりでな」

提督「今日のお前は饒舌だな」

長門「そうか?」


提督「ありがとう、長門。 俺は涙が出そうだよ」

283: 2014/11/18(火) 05:42:54.32 ID:eCCUbkIO0

長門「さて、辛気くさいのはここまでだ。 腹が減っては何とやら。 そろそろ夕食でも食べようではないか」

提督「おぅ、今日は気分がいいからメシくらい奢ってやる。 なんでも好きなのを頼んで良いぞ」

長門「ん?」

提督「おぅその『今なんでもいいって言ったよな?よっしゃ遠慮せず高いヤツ食うか』っていうニヤけ顔やめろや」

長門「だが確かに言ったではないか」

提督「常識と良識を弁えた程度に、って言葉の裏くらい読めるだろ阿呆」

長門「仕方ない、寿司・すき焼き・テンプラのどれか…」

提督「そうそう。そういうのなら財布の紐くらい多少は緩くなるもんよ」

長門「を、15人前くらいで遠慮しておくか」

提督「今緩んだ筈の紐が三重くらい固結びにしてキュッと絞まったわ」

長門「おいおい財布の紐が固すぎるのも考え物だぞ、ボンクラ提督」

提督「大食いすぎるのもそりゃどうなんだ、ぽんこつビッグセブン」


長門「お?」

提督「あ?」


 響「……いい話かなと思ったらこれだ」

 電「……ヤクザ顔負けの迫力で睨みあうのはやめてほしいのです」

284: 2014/11/18(火) 05:49:05.18 ID:eCCUbkIO0





後に海軍の生ける伝説となる、とある提督。

かの者が率いた艦隊は誰一人として沈む事無く、そして何より所属する艦娘の全てが幸せそうだったという。

 

285: 2014/11/18(火) 05:51:23.97 ID:eCCUbkIO0


その提督は秘書艦と顔を合わせれば小言や軽口の応酬、喧嘩ばかりをしていた。

だが不思議なもので、お互いとても楽しそうに言葉を交わすその様は

声の聞こえぬ遠目からは稀に愛を囁いているようにも見えたとか。


毎日が痴話喧嘩で溢れていた艦隊は、傍から見ればバカップルっぷりを毎日の如く見せ付けられていたようなもので。

その鎮守府では壁の修理が毎日のように行なわれていた。

286: 2014/11/18(火) 05:54:22.60 ID:eCCUbkIO0


片方はその愛しい艦娘をぽんこつと呼び。

片方はその愛しい提督をボンクラと呼ぶ。




これは、生涯のうちで一度たりとも秘書艦を変えることが無かった提督の物語。




   ~ END ~

 

287: 2014/11/18(火) 06:07:31.81 ID:eCCUbkIO0
これにて終了。

読んで頂いて有難うございました。

288: 2014/11/18(火) 06:19:35.36 ID:eCCUbkIO0
<本筋全く関係ない小話>

扇風機とPCファンの交じり合う季節に立てたスレ。まさか立冬を過ぎる頃になるまで続いていたのは予想外。
遅筆で申し訳ない限り。
自分の好きな曲をモチーフにして安価で艦娘の小話を書きながら、次の長門ネタを考えておりまして。
もしどこかの長編にて艦娘と提督が、ボンクラ・ぽんこつと呼び合うスレがあればその際も拝見して頂けると幸いです。

291: 2014/11/18(火) 11:58:51.81 ID:jFurwtSTo
乙です

295: 2014/11/26(水) 21:53:00.39 ID:J28Mw8Un0
色々とご感想を有難う御座います。 
読んでいただけるだけでも有り難いのに、一言二言と添えのレスをもらえて嬉しい限り。
次作に関しては構想を考えている現状ですが、とりあえず触りの部分だけ下書きを済ませまして。

このスレをhtml化依頼に出す前に、予告がてら少しだけ投下をしてみようかと思います。
23時を予定に数レスほど。
お手透きの方は覗いてみてくださいな。

感想またはシリアスが良い、コメディが読みやすい、等のお言葉大歓迎です。

296: 2014/11/26(水) 23:09:42.60 ID:J28Mw8Un0



― 0話  秋津   ―



ゆうやけこやけの、赤とんぼ。


おわれてみたのは、いつの日か。




297: 2014/11/26(水) 23:14:32.89 ID:J28Mw8Un0


僕がまだ年端も行かぬ幼い頃、親族の娘が我が家に住まうようになった。

親等としては従姉にあたるその人は、僕より4つほどしか年齢が離れておらず

まるで娘が増えたみたいと母は大層喜んでいた。

戦争により両親を失った娘の身寄りの引取りを父が受けた、というのが発端なのだが

どうやら生前からお互いの両親間でそういう話があったらしい。

僕の父母が亡くなったら、逆の立場になっていた。 ただそれだけの事。

だから哀れむこともなかった。 そもそも、そういう感情すら育っていないほど幼かったのだ。

298: 2014/11/26(水) 23:18:06.88 ID:J28Mw8Un0

従姉を家に迎え入れる日、僕は父の後ろに隠れて客人を観察した。

百合を想起させる病的なまでの白い肌。 

育ち盛りとは縁遠い、華奢な体。

人形のような髪型がかえって人間味を希薄にさせている。


まるで氏人(しびと)のようだ。


僕がその子に抱いた最初の印象は、それだった。

299: 2014/11/26(水) 23:22:20.22 ID:J28Mw8Un0

そんな従姉が僕を見て、初めてにこりと笑った。

いくら年上とはいえ子供であることには変わりない。

気恥ずかしさを覚えて、笑顔で愛想を振ったのだろう。

少し困ったように微笑むその頬に、仄かな朱が色づいた。


ああ、綺麗だな。


僕が姉に抱いた次の印象は、初恋の訪れでもあった。

300: 2014/11/26(水) 23:28:44.09 ID:J28Mw8Un0


父も母も軍人だったので、戦時中ゆえに業務に忙殺されていた。

そこで姉が子守娘として僕の世話を担うことになった。

段々畑のあぜ道を、華奢な姉に背負われて進む。


いつも二人で歌を唄っていた記憶。

秋津が舞い、茜色に染まる夕暮れで。



ゆうやけこやけの、赤とんぼ。

おわれてみたのは、いつの日か。

301: 2014/11/26(水) 23:32:24.05 ID:J28Mw8Un0

従妹の名前は穏やかな実りの季節を想起させる。

だから僕は親愛を込めて、いつしか情愛を重ねて呼んでいた。

あきねぇ、あきねぇ、と。

姉は薄く微笑んで、その黒い瞳を目蓋で細める。


段々畑の蓮向かい、体の熱を奪うような風に揺れるススキが金色にたなびく。

そこに垣間見えるのは言葉に喩えづらい秋色の悲しみ。

そんな憂いや儚さが、彼女にはとてもよく似合っていた。



幸せな片思いに包まれた幼少期。


幸せなままで終われなかった、僕の思い出。

302: 2014/11/26(水) 23:35:00.56 ID:J28Mw8Un0


十五で姉は、家を出た。


嫁ぎ先ではなく、戦場へ。


 

303: 2014/11/26(水) 23:39:18.30 ID:J28Mw8Un0


出兵の日。 僕らは玄関先にて姉の見送りをする。

家族が氏地に向かう事を未だ信じられず、姉に土産をねだってしまう程度には現実味を感じられなかった。

姉は困った顔をしながらも土産の持ち帰りを約束し、

それを見ていた母は声を出さずに涙を零していた。


黒い軍服に身を包んだ姉は、いつものように柔らかく微笑んで、僕の頭を軽く撫でる。

ふと目の前が真っ暗になり驚いたが、彼女の手袋が目蓋にあてられたことに気付く。

そして額に柔らかい感触を覚えた。

それが姉の唇だったことには気付けず、ただ自分の頭上から「ゆうちゃん、息災で」という言葉が降ってきて

どうしようもなく胸が締め付けられた事だけは今も忘れられない。




「いってきます……いえ、行ってくる、であります。 おとうさん、おかあさん。」




たどたどしくも軍人としての言葉を告げ、慣れない敬礼で父母に笑顔を向ける。

それが僕の見た彼女の最後だった。


304: 2014/11/26(水) 23:46:07.12 ID:J28Mw8Un0


里への便りもとうに絶え果て、歳月ばかりが過ぎていく。


僕はいつの間にか姉が出兵した年齢に並び、背丈はとうに当時の彼女を追い抜いていた。


無事を祈る日々から解放されたのは、姉が従軍していた大本営より封筒が届いたとき。


その封筒には四枚の紙と、束ねられた一房の髪。


最初の一枚はたった一言だけ書かれていた。


それを読んだ父は慟哭し、母は絶叫した。





シノノメ アキハ   センシ


 

305: 2014/11/26(水) 23:49:09.82 ID:J28Mw8Un0


最初の一枚は大本営からの報告文。

残りの三枚は、遺族に宛てた姉からの遺書だった。


検閲された遺書には、とても綺麗な『お国の為の言葉』ばかりが羅列されていた。


僕に宛てられた遺書も例外ではなく、こちらの事は大丈夫だから体を気をつけて、という

彼女らしいといえば彼女らしい文面で〆られていた。



ふと気付く。最後の一文だけ妙にスペースが空いている事に。

何か殴り書いて、慌てて消したように下書き鉛筆の黒さが残っている。

手元にあった自分の鉛筆で、そこの部分を黒く塗りつぶすと。

彼女の本音がたった一言だけ書かれていた。



こわいよ、ゆうちゃん。




その震えた字を見た瞬間、僕の心に黒く燻る消えない炎が生まれた。

 

306: 2014/11/26(水) 23:57:01.15 ID:J28Mw8Un0

 こんな感じの話を構想中。スレタイ未定のあくまで予定。
 ちょっとシスコンこじらせた提督と、物憂げな某揚陸艦のネタですね。

310: 2014/11/27(木) 21:54:54.01 ID:3tUuH5T1o
乙です

めっちゃ読みたい!
期待してます

引用: 【艦これ】ボンクラ提督とぽんこつ系ビッグセブン