1: 2013/03/02(土) 01:51:05.48 ID:PHK+GiV80
深夜

翠星石 「ああう… 真紅ぅ… 今夜も眠れないんですぅ」

真紅 「はぁ… じゃあこの本を貸してあげるから」

翠星石 「今夜はどんなお話なんでしょうね… 
    どきどきしちゃいますぅ
    ふむふむ… シャーロック・ホームズ 青いガーネット…」

真紅 「それでも読んでお休みなさい」

翠星石 「ええー! 真紅が読んでぇ!」

真紅 「はぁ… あなた最近夜更かしなのではなくて…」

翠星石 「わーい! やったぁですぅ!」

3: 2013/03/02(土) 01:53:52.46 ID:PHK+GiV80
ロンドン ベイカー街

翠星石 (ワトソン役)
「ふぅ… 寒いですねぇ」

クリスマスが済んで二日目の朝
お祝いを言いに行くつもりで
私は真紅を訪ねた

真紅 (ホームズ役)
「あら おはよう翠星石…」

真紅は紫のガウンを着てソファーにとぐろを巻き
パイプかけを右側の手じかな場所にすえ
今まで研究していたらしい新聞を
くしゃくしゃと山の様にそばに積んでいた

5: 2013/03/02(土) 01:57:11.65 ID:PHK+GiV80
ソファーの脇に木製の椅子が一脚あって
その背の角に
ひどく手ずれのした上あちこちに裂け目さえある
とても被れそうもない山型の硬いフェルト帽が
一つ掛けてある

椅子の上にはレンズとピンセットが置いてあり
帽子が「検査のため」そんなところに掛けてあるのを思わせた

翠星石 「何かやってるんですか? 邪魔ですかね」

真紅 「いいえ ちっとも
   あなたが来てくれたので
   私が得た成果を検討する相手ができたというものよ

   問題はごくつまらない事なのだけれど――」

6: 2013/03/02(土) 01:58:53.04 ID:PHK+GiV80
と、真紅は古帽子の方を親指でちょっと指した

真紅 「ある意味ではまんざら興味が無いでもない
   むしろ教えられる所すらあるわ…」

私は真紅がいつも使っている肘かけ椅子におさまって
ぱちぱち燃え盛る暖炉に両手をかざした

なにしろひどい霜が降りて
窓にも厚く氷が付くほどの始末だから冷たい

7: 2013/03/02(土) 02:01:48.54 ID:PHK+GiV80
翠星石 「こう見えてもこのお粗末な帽子には
    多分恐ろしい因縁がまつわってるんでしょうねぇ

    これが手掛かりになって
    真紅がある謎を解き
    悪い奴が罰せられるって事なんですぅ」

真紅 「いえ 違うわ これは犯罪とは何の関係もない…」

真紅は笑って言った

真紅 「わずか数平方マイルの中に400万という人間が
    揉み合っているために起こる
    例の気まぐれな市井の小事件の一つにすぎないのだわ

    人がこうも密集して 行動と反動とを繰り返している中の事だから
    あらゆる事象の種々雑多な組み合わせが起こるのも
    少しも不思議はないし

    中には犯罪とは無関係ながら
    随分と奇怪な事件も沢山あろうというものよ」

8: 2013/03/02(土) 02:05:43.74 ID:PHK+GiV80
真紅 「私達が経験して来た中にも
   現にそういうのがあったはずだと思うわ」

翠星石 「確かに 翠星石は真紅の事件をノートに取ってますけど
    その内の二つはそういうのでした」

真紅 「あなたの言う二つとは
    メアリーサザーランド城の奇妙な事件
    唇のねじれた男の事件等の事でしょう

    そうね
    この一小事件もまた
    犯罪には縁のない部類に属する事は
    疑いの余地が無いわね…

    ところであなた
    雛苺って守衛を知っているでしょう」

翠星石 「雛苺? ええ どっかのデパートのガードマン
    やってるんでしたか」

真紅 「この戦利品は 雛苺の物なのよ」

9: 2013/03/02(土) 02:07:25.21 ID:PHK+GiV80
翠星石 「そうでしたか 雛苺の帽子だったんですねぇ…」

真紅 「違うわ 雛苺が拾ったの
   
   持ち主が分からない
   
   あなたはこれを
   単に破れ帽子とだけ思わないで
   頭脳的に課された一つの問題と見て貰いたいわ

   それには第一に
   どうしてこれがここにあるかだけれど
   これはクリスマスの朝
   一羽の太った上等のガチョウと一緒にここへ来たのだわ

   ガチョウの方は雛苺が持ってったわ
   今頃多分巴が料理している事でしょう」

11: 2013/03/02(土) 02:14:33.85 ID:PHK+GiV80
翠星石 「どこで拾ったんです?」

真紅 「こういう事よ

   雛苺はあの通り正直な人だけれど
   クリスマスの早朝の4時頃に
   どこかでつましく遊んでの帰り道
   
   トッテナムコート通りへさしかかると
   前方を中くらいの背丈の男が
   白いガチョウを肩に担いで少しよろめきながら歩いて行くのが
   ガス灯の光で見えたわ
   むろんどこの男とも知る訳は無い…
   
   グッジ街の角まで行くと
   このガチョウ男と一団の与太者との間に喧嘩が始まったのよ

   与太者の一人がガチョウ男の帽子をたたき落としたので
   彼は防衛のため何かステッキのようなものを振り上げた途端
   後ろの飾り窓のガラスを壊してしまった

   相手が大勢なので
   雛苺は加勢してあげようと駆け出して行ったけれど
   ガチョウ男は窓を壊してしまったのと
   巡査みたいな制服の雛苺が駆けて来るのを見たので
   ガチョウをその場へ投げ捨てて逃げ出し
   トッテナムコート通りの裏手にある
   ごたごたした迷宮のような街へ姿を消してしまった」

12: 2013/03/02(土) 02:18:08.04 ID:PHK+GiV80
真紅 「一方与太者の方も
   雛苺の姿を見とめて早くも逃げてしまったので
   雛苺は一人で戦場を占領したのみならず
   
   戦利品としてこのオンボロ帽子と
   クリスマス用として申し分のない
   ガチョウを手に入れたと言う訳よ」

翠星石 「ふぅん で それを持ち主に返したんですぅ」

真紅 「そこが問題なのよ

    ガチョウの左足に
    『ラピスラズリ・スター夫人へ』と記した
    小さなカードが付いていたのは事実だし

    この帽子の裏にも『 L.S. 』の頭文字が
    はっきり読めるのだけれど

    ロンドン中には『スター』(姓がスターの者)
    は何千人となく居るだろうし
    『ラピスラズリ・スター』だって
    何百人かいる事でしょうから…」

13: 2013/03/02(土) 02:19:15.87 ID:PHK+GiV80
真紅 「その中から特定の一人を探し出して
   品物を返すのは…これは容易な事ではないわ」

翠星石 「じゃ雛苺はどうしたんです?」

真紅 「雛苺は どんな小さな問題でも
    私には興味があると知っているから
    帽子とガチョウをクリスマスの朝
    ここへ持ち込んだのよ

    ガチョウの方は今朝まで置いてあったけど
    この霜なのに悪くなりそうだったから
    無駄にするよりは食べてしまった方が良いのー
    とか言って雛苺が持って帰ったわ

    と言う訳で…
    私はクリスマスのごちそうを食べそこなった
    まだ見ぬ紳士の帽子を
    こうして保管しているという訳なのだわ」

14: 2013/03/02(土) 02:20:17.29 ID:PHK+GiV80
翠星石 「そりゃー 災難でしたねぇ そのラピスラズリさんは
    新聞とかは出てないのですか?」

真紅 「出ていないわね」

翠星石 「ええー… じゃどこの誰のだか
     手掛かりがまるでない訳ですぅ」

真紅 「そう 推理で知り得る事の他は…ね」

翠星石 「えっ この帽子一つから推理するんです?」

真紅 「ええ」

翠星石 「じょーだん! こんな破れ帽子から…
    何か分かる事でもあるのですかね…」

16: 2013/03/02(土) 02:26:05.99 ID:PHK+GiV80
真紅 「そこにレンズがあるわ
   私のやり方はよく知っている
   あなたの事だから…

   この帽子を被っていた人物の個性について
   どういう事が言えるか
   自分でやってみたら?」

翠星石 「ふ…ふゆ…」

私は破れ帽子を手に取り
大変な事になったものだと思いながら
ひっくり返してみた

翠星石 「ふつーの丸型の… 硬いフェルト製で…
     山の低い黒い帽子ですぅ…

     とても使い物にはなりそうもない代物ですねぇ

     裏には… ふむ 赤い絹が付けてあります
     でもすっかり色があせてますよ

     製造者の名は…ありませんが 
     ホントですね 『 L.S. 』って殴り書きしてあるですよ」

18: 2013/03/02(土) 02:31:09.45 ID:PHK+GiV80
翠星石 「ありゃ? つばのところ…
    留め金を付ける穴がありますのに
    ゴムひもは付いてませんね

    あとは… 裂けめがあってほこりだらけで…
    しみが幾つも付いてて…

    色の変わったとこにインクを塗って
    隠そうとしてあるですよ」

真紅 「ふぅん…?」

翠星石 「私にはなーんもわかんないですぅ」

私は閉口して帽子を真紅の手に戻した

19: 2013/03/02(土) 02:36:29.66 ID:PHK+GiV80
真紅 「分からないはずはないけれど
   あなたは何もかも見ているのに
   見た物から推理するという事をしないのね」くす

真紅 「もっと大胆に推理し論断しなきゃだめなのだわ」

翠星石 「ムキー! じゃあ真紅はこの帽子から
    どんな事をすいりろんだんできるってのか
    そいつを聞かせろやですぅ!」

真紅は帽子を手にとって
彼女一流の妙に内省的な態度で
じぃっとそれに見入った

20: 2013/03/02(土) 02:41:01.14 ID:PHK+GiV80
真紅 「もう少し前ならもっと良く分かったのだろうけど
   現在でもまだ極めて明白に推理される事が
   二三あるし
   
   また断定とまでは行かなくとも
   極めて強い確実さで
   そうらしく思われる点も少なくない――

   まず
   この帽子の持ち主が知能の優れた人物で
   今は零落しているけれど
   過去三か年以内にかなり裕福な時期があったという事は
   明らかに言える」

21: 2013/03/02(土) 02:44:16.48 ID:PHK+GiV80
真紅 「彼は思慮深い人物だったけれど
    今はそれほどでもなく
    むしろ道徳的に退歩の傾向さえ見られる

    その事が家産の傾いた事と合わせ考えて
    何かよからぬ習慣…
    おそらく飲酒癖の染み付いたのを思わせる

    そしてこれがまた…
    細君に愛想をつかされているという
    明白な事実を示すものでもある」

翠星石 「ええー… いやいや… だってそんな…」

真紅 「しかし彼はまだ幾分の自尊心は持っている――」

真紅は私の抗議には一向お構いなしに続けた

23: 2013/03/02(土) 02:48:23.86 ID:PHK+GiV80
真紅 「そして生活上…座り切りの男で
    ほとんど外出はしない
    運動はさほど苦手ではないのかもしれないけど

    年頃は 青年
    ブロンドの髪は二三日前に散髪したばかりで
    クリームは使わない

    以上がこの帽子から推断される事実の内
    確実なものだけれど
    
    なおついでに言えば
    この男の家にはガスが引いていない
    というのもまず間違いの無い所でしょう」

翠星石 「あははは!じょーだんばっかり…」

真紅 「冗談ではないわ
   こんなに結論を言ってあげても
   どうしてその結論が出て来るか分からないなんて 
   あなたこそどうかしているわ」

24: 2013/03/02(土) 02:50:41.75 ID:PHK+GiV80
翠星石 「翠星石の頭の良くないのはよく承知してますけど
    それにしても真紅の言う事は
    さっぱり分からんですぅ」

翠星石 「例えば…この男の知能の優れている事が
    どーしてわかるのですか?」

答える代りに真紅は帽子をとって
自分の頭に被って見せた
帽子はすっぽりと鼻の上まで来た

真紅 「容積の問題だわ
   これだけ大きな頭を持つ男だったら
   中身も相当あるでしょうね」

25: 2013/03/02(土) 02:55:40.80 ID:PHK+GiV80
翠星石 「じゃ家産が傾いたというのは?」

真紅 「この帽子は買ってから三年になる
    平たいつばの先がこう巻いているのは
    当時の流行なのよ

    品物は非常に上等
    この通りリボンも綾絹の上等だし
    裏地も上等ね

    三年前にはこんな高価な帽子を買う事ができて
    その後は安物も買えないとしたら
    零落したものと見て間違い無いでしょう…」

翠星石 「なるほど… 言われてみればその通りですねぇ…
    でも 思慮深いとか堕落したとか言うのは?」

26: 2013/03/02(土) 02:56:20.25 ID:PHK+GiV80
真紅 「これが思慮の深さね」

真紅は笑って
帽子に付いている小さな留め金に指をやり

真紅 「これは初めから帽子に付けて売るものじゃないわ
   買う時これを付けさせたというのは
   風に飛ばされないための用心で
   これがすなわち思慮深さの証拠

   でも紐が切れたのに
   付け換えようともせず
   うっちゃってあるのは
   以前ほどの思慮深さが無くなったのを
   物語ると同時に――
   意志が弱くなった確証でもある

   一方にまた この表面の汚点に
   インクを塗って隠してあるのは
   自尊心を全く失っているのではない印と言えるでしょう」

27: 2013/03/02(土) 02:58:17.02 ID:PHK+GiV80
翠星石 「なるほど… あんたの推理には恐れ入りましたですよ…」

真紅 「なおその他の点――
   彼が青年だとかブロンドだとか
   最近散髪したとかクリームは使わないとか言うのは
   全てこの裏の下の方を見れば
   良く分かるわ

   拡大鏡で見ると
   床屋のはさみで綺麗に刈った
   短い髪の毛がたくさん付いている

   それからこの埃は
   よく見ると往来にあるざらざらした
   灰色の砂埃じゃなくて
   家の中にある茶色の綿埃だわ

   と言う事は
   この帽子がいつも家の中に
   掛けてばかりある証拠だけれど

   内側には汗の汚点が無いので
   この男は汗かきではなく
   運動は苦手ではないのだろう と言う訳」

28: 2013/03/02(土) 02:59:05.63 ID:PHK+GiV80
翠星石 「でも妻が 真紅は細君に愛想をつかされていると
    言いましたね」

真紅 「この帽子を見ると
    長い事ブラシをかけた様子が無い
    
    もしあなたの帽子に
    何週間分もの埃が積りっぱなしで
    しかも奥さんがそんな帽子で
    あなたを外出させたとしたら
    
    気の毒だけど私は
    あなたが奥さんに嫌われ出したものと見るでしょうね」

翠星石 「ふえ… お 奥さんって翠星石はそんな…
    でももし貰うとしたらそりゃあ勿論蒼星石みたいな     
    …いやいやそうじゃなくて
    でもこの男は独身かもしれないですぅ」

29: 2013/03/02(土) 02:59:42.12 ID:PHK+GiV80
真紅 「違うわ この男は細君へ
   仲直りの贈り物を持って帰る途中だったのだわ
   ガチョウの足に付けたカードに
   何とあったの」

翠星石 「ふゆ? えーと『ラピスラズリ・スター夫人へ』…
     なるほどホントですぅ!これ奥さんの事ですね!」

**************************
ラピスラズリの家

ジェードスター「またラピスラズリったら
         ジェードの事をほったらかしにして
         どっか行ってしまって…         ←奥さん
         知らんですっ」

**************************

30: 2013/03/02(土) 03:00:22.64 ID:PHK+GiV80
翠星石 「なんでもすらすら答えられるんですねえ…
    じゃあこの男の家にガスが引いてない
    と言うのはどうして分かったのです?」

真紅 「脂肪の汚点も一つ二つなら
    何かの折に付いたと考えられなくもないけれど
   こうして五つ以上もあるというのは
   しょっちゅう獣脂蝋燭を使う
   
   夜帰った時
   一方の手に帽子を持ち
   一方に脂肪の垂れる獣脂蝋燭を持って
   二階へ上がって行く事をしょっちゅうやる
   男だと考えて差支えないでしょう

   とにかくガスから脂肪の垂れる事はないからね わかった?」

31: 2013/03/02(土) 03:03:08.76 ID:PHK+GiV80
翠星石 「なるほど よくも推理したもんです

    けど 今真紅も言った通り
    これが犯罪には何の関係も無く
    ガチョウ一羽の損害だけで
    どこにも被害者が無いのだとしますと

    折角の名推理も悪戯に体力を浪費したに過ぎない
    と言う事になりますぅ」

真紅が何か言おうとした時
突然ドアがさっと開いて
守衛の雛苺が両頬を真っ赤に染め
さも驚いたというふうで
息を切らして飛び込んで来た

32: 2013/03/02(土) 03:16:17.89 ID:PHK+GiV80
雛苺 「ガチョウが…! 真紅…! ガチョウが…!」

雛苺は息が切れて口がきけない

真紅 「ガチョウがどうしたの…
    生き返って台所の窓から
    飛んでった?」

真紅はソファーの中で体をねじって
この興奮した雛苺の顔を
良く見ようとした

雛苺 「こっこれを見てっ! 巴が餌袋の中から見つけたの!」

雛苺は片手を出して
真紅の鼻先でぱっと掌を平げた

そこには燦然と輝く青い石があった
大きさは空豆よりも少し小さいが
その純粋の輝きは薄暗い掌のくぼみの中で
あたかも電光の様に眼を射た

33: 2013/03/02(土) 03:23:40.73 ID:PHK+GiV80
真紅 「…これは」

翠星石 「あ あわわっ」

雛苺 「ねっ ねっ?!」

真紅 「いや…これは大した物なのだわ
   雛苺 あなたこれが何か知っているの」

真紅はソファーにきちんと座り直した

雛苺 「ダッ… ダイヤなの…
    ガラスがパテみたいに
    ざっくざっくと切れたのよ!」

35: 2013/03/02(土) 03:38:14.48 ID:PHK+GiV80
真紅 「これはただの宝石じゃないわ …アレよ」

翠星石 「モーカー伯爵夫人の青いガーネットじゃないですか!」

私は口走った

真紅 「そう… 何しろタイムズので
    毎日お目にかかっているから
    大きさでも形でも
    知らない方がおかしい位
    絶対に二つとは無い宝石ね

    値段はあれこれ噂にはあるけれど
    本当の所は分からない
    懸賞金の千ポンドは
    恐らく市価の二十分の一にも当たらない…」

雛苺 「千ポンド… これが…」

雛苺はぺたんと椅子に腰を落として
私達の顔を見比べた

36: 2013/03/02(土) 03:39:39.00 ID:PHK+GiV80
>>34

真紅 「可哀想に この間もそう言っていたのでは
    私のおにぎりを上げましょう」

37: 2013/03/02(土) 03:48:34.80 ID:PHK+GiV80
真紅 「千ポンドは賞金だけだけれど
    もしこれが戻らなければ伯爵夫人は
    財産の半分を投げ出さなければならない
    勘定になる…」

翠星石 「確か…コスモポリタン・ホテルで紛失したんですぅ」

真紅 「そう
    12月22日の事だから
    今日で五日になる
    
    配管工のウメオカという男が
    夫人の宝石箱から盗んだ疑いで捕まった
    
    そして極めて有力な証拠が上がったので
    巡回裁判に付せられる事になった

    ここにその記事があるはずだけれど――」

40: 2013/03/02(土) 04:02:08.06 ID:PHK+GiV80
真紅は新聞をかきまわして日付を調べ
中から一枚抜き取って皺を伸ばし
二つに折って次の様な一稿を読み上げた

コスモポリタンホテルの宝石泥棒

配管工 ウメオカ・プラムヒルズ 26歳は
今月22日 青いガーネットとして有名な
モーカー伯爵夫人の宝石を
宝石箱から窃取した疑いで拘引された

ホテルの客室係 ジュン・チェリーフィールズ の証言によれば
暖炉の火床の2本目が緩んだので
はんだ付けするため
当日同人を伯爵夫人の化粧室へ案内し
しばらくチェリーフィールズはそこにいたが

用事で呼ばれたので一旦その場を立ち去り
後刻戻ってみるとウメオカの姿は既に見えず
箪笥がこじ開けてあり
夫人が平素宝石箱として使用していた
モロッコ革の小箱が空になって
化粧台の下に転がっていた――

41: 2013/03/02(土) 04:11:43.71 ID:PHK+GiV80
――チェリーフィールズは直ちに急を報じ
  夜になってウメオカは捕えられたが
  既に宝石は持っておらず
  同人の部屋にも無かった

  被害を発見した時
  チェリーフィールズが大きな声で呼んだので
  伯爵夫人付きの小間使い
  メグ・パーシモンが直ぐ駆けつけたが
  彼女の申し立てるその時の室内の模様は
  チェリーフィールズの言う所と一致している

  ビーク警察のブラッドストリート警部は
  ウメオカの逮捕に関して証言しているが
  その時彼は
  狂気の如くに抵抗を試み
  極力覚えの無い事を強弁したという

  しかし窃盗前科のある事が判明したため
  不利となり
  判事は即決を拒否して
  巡回裁判に付す事になった――

42: 2013/03/02(土) 04:21:31.63 ID:PHK+GiV80
――なおウメオカは取調べ中
  極度の興奮を見せていたが
  取調べ終了とともに
  卒倒して廷外へ担ぎ出された

真紅 「…ふむ 軽犯罪裁判所としては…
   それしかないでしょう…」

真紅は新聞を投げ捨てて考え込んだ

真紅 「私達の今解決すべき問題は
    宝石盗難という一端から発して
    トッテナムコート通りで拾った
    ガチョウの餌袋に至るまで
    どう事件が連続しているかを知るにある

    ねえ翠星石――
    つまらない推理遊びが
    急に重大な
    しかもまんざら犯罪に関係無くもなさそうな方向へ
    発展して行くではないの」    

43: 2013/03/02(土) 04:27:49.26 ID:PHK+GiV80
真紅 「ここに宝石がある
    この宝石はガチョウから出た物だけれど
    
    ガチョウは
    ラピスラズリ・スターと言って
    この汚い帽子の持ち主であり
    今私がその特徴を並べ立てて
    あなたを悩ましたばかりの人物が
    持っていた物

    こうなると…どうしてもこの男を探し出して
    一体この問題でどういう役割を演じているのか
    それをまず確かめねばならない

    そのためにはまず最も簡単な手段を取るわ
    それはあらゆる夕刊新聞にを出す事

    それが失敗したら次の第二弾の方法に
    訴えるのだわ」

44: 2013/03/02(土) 04:36:13.82 ID:PHK+GiV80
翠星石 「どんな風に書いたら良いですかね?」

真紅 「鉛筆をかして
   その紙きれも

   えーと
   グッジ街角にて…
   ガチョウと黒帽を拾得した…
   
   ラピスラズリ・スター氏よ
   今夕6時半…
   ベイカー街221番Bまで
   受け取りに来られたし…

   これで良いわ」

翠星石 「そうですね でも本人の目に付くでしょうか」

45: 2013/03/02(土) 04:42:01.75 ID:PHK+GiV80
真紅 「そうね…貧乏している身には
    容易ならぬ損害なのだから
    きっと新聞に気を付けてるわ

    なにしろ喧嘩に熱したあまり
    誤って窓ガラスを壊して
    しまったと思う所へ
    雛苺が駆けて来るので
    制服姿を巡査と見誤って
    夢中で逃げたのだろうけど

    今頃はガチョウまで捨てて来るような事をした
    自分の衝動を
    ひどく後悔しているに違いないでしょうから

    それに名を出しておけば
    知り合いの者が注意してくれる事も
    あろうというものだわ

    雛苺 急いで社へ行って
    これを夕刊に出して貰ってくれないかしら」

46: 2013/03/02(土) 04:52:47.29 ID:PHK+GiV80
雛苺 「何新聞に出せばいいのー?」

真紅 「…グローブ スター テルメル
    セントジェームズ・ガゼット
    イブニングニューズ・スタンダード エコー

    その他思い出したのに全部頼んで貰いましょう」

雛苺 「分かったのー! あ!この宝石は?」

真紅 「ああ それはこっちへ預かっておきましょう
    …確かに
    それから帰りにガチョウを一羽買って
    こっちへ届けて貰いたいわ

    落とし主が来たら
    あなたの家で今むしゃむしゃやってるのの代わりに
    渡してやらなきゃならないでしょうからね」

47: 2013/03/02(土) 05:00:19.98 ID:PHK+GiV80
雛苺が出て行くと
真紅は宝石を手に取って
明かりに透かしてみながら言った

真紅 「…なかなかの代物だわ
    このきらきら光る事は
    これじゃ悪い心を起こさせる訳だわね

    良い宝石は全てそうだけど
    悪魔が見せびらかしている
    餌食みたいなものよ

    もっと大きな古い宝石になると
    刻まれている面の数ほども
    血生臭い事件を起こしている…

    この宝石は発見されてから
    まだ二十年にならない
    中国南部のアモイ川の岸から出た物で
    色が普通のルビーレッドでなく
    青い事を除いたら
    あらゆる点でガーネットとしての特徴を
    備えているというので有名なのだわ…」

49: 2013/03/02(土) 05:06:59.25 ID:PHK+GiV80
真紅 「宝石としてはまだ若いくせに
    もう不吉な歴史を持っている…

    こんな40グレーンばかりの炭素の結晶が
    人頃しを二度 硫酸浴びせを一度
    窃盗に至っては数知れずを起こしているとはね

    こんな美しいおもちゃが
    人を牢獄や絞首台へ送る役目を務めるとは
    誰が想像するでしょう

    私は金庫へ大切に収めておいて
    伯爵夫人に手紙で知らせてやるとするわ」

50: 2013/03/02(土) 05:14:07.70 ID:PHK+GiV80
翠星石 「あの… 真紅はこのウメオカという男に
     罪は無いと思いますか」

真紅 「何とも言えないのだわ」

翠星石 「じゃこっちの… ラピスラズリ・スターが…
     何か関係しているのでしょうか」

真紅 「ラピスラズリ・スターは
    自分が持っている鳥が頭から尻尾まで
    金無垢で出来ているより
    遥かに高価なのだとも知らずにいた男なのだから
    
    まず犯行とは何の関係も無いと見て
    良いでしょう
    もっともその点はで本人が来たら
    簡単な試験をしてみて
    確実な所を決めるつもりだけれどね」

翠星石 「じゃあ それまではなーんもする事が
     無い訳ですぅ」

真紅 「無いわ」

51: 2013/03/02(土) 05:19:42.87 ID:PHK+GiV80
翠星石 「じゃ 私は往診に行きますぅ  ←医者
    でもこんな難解な事件は
    ぜひ解決が知りたいですから
    夕方その時刻にはまたやって来るですよ」

真紅 「是非おいでなさい
    食事は七時
    山鴫の御馳走があるはず

    ところで…
    最近の事例を配慮して…
    のりに山鴫の餌袋を調べるように
    頼んでおくのだわ」

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52: 2013/03/02(土) 05:24:09.72 ID:PHK+GiV80
真紅 「今夜はここでお終いなのだわ」

翠星石 「ですですぅ!
     次はいよいよ蒼星石が出てくるですぅ!
     だからもう寝るのですよ
      翠星石はもう寝ているのです くぅ」

真紅 「お休みなさい翠星石…」

TO BE CONTINUED

53: 2013/03/02(土) 06:12:31.67 ID:FGyKbmM2T

引用: 翠星石 「青いガーネット」