19: 2008/12/25(木) 02:28:03.83 ID:m8FpaghQ0
「ひゃふふっへへ」

 真紅がいつものように僕に笑いかけてきた。
 相手を馬鹿にするような耳障りな笑い声。
 事情を知らない人間なら怒りを露にするだろう。
 そうでないとしても、不機嫌さが顔に出ないはずがない。
 真紅の笑い声は、その位下品で醜悪なものだった。

「……」

 目線で何か用なのか、と聞く。
 正直、あの笑い声を聞いていながらまともな返事をする自信が無いから。

「げひょっひひひょほほ」

 恐らく、今のは“抱っこして頂戴”と言ったのだろう。
 以前は何を言っているのか全くわからなかったが、
最近になってようやく少しだけわかるようになってきたのだ。
 僕は、黙って真紅を抱き上げた。

「げひっ」

 すると真紅は嬉しそうに微笑み、聞くに堪えない醜悪な笑い声をあげた。

 嗚呼、いつからこうなってしまったんだろう。
ローゼンメイデン 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)
18: 2008/12/25(木) 02:15:32.24 ID:m8FpaghQ0
1の狂気が終わってしまったので使わせて貰います

20: 2008/12/25(木) 02:40:31.95 ID:m8FpaghQ0
 真紅を脇に抱えたまま居間へ向かった。
 すると、

「ひげぇっへへへへへええあ!」

 聞いた者の心をかきむしるような“翠星石の”笑い声が聞こえてきた。
 恐らく、また雛苺とふざけあっているのだろう。
 居間に近付くにつれてその声は大きくなり、ガリガリと僕の心をかきむしっていく。

「へひゃっひひひ……」

 真紅も、“翠星石と雛苺がふざけあっている”だろう事を察して顔を歪めながら笑い声をあげた。
 その声を間近で聞き、一瞬このまま真紅を階段の下へ勢い良く投げ捨ててしまおうかと思った。
 ……だが、なんとか思いとどまり階段を下りていく。
 もう少しで居間だ――

「はぎゃがぎゃぎゃががぎゃぎゃっ!」
「――っつ!?」

 そう思った瞬間、今度は雛苺の悪意しか感じる事の出来ない笑い声が聞こえてきた。
 思わず立ち止まった僕を真紅はいぶかしみ、

「ぐひょっ?」

 醜悪な笑い声で問いかけてきた。

21: 2008/12/25(木) 02:53:13.23 ID:m8FpaghQ0
 やっとの思いで居間に辿り着き、そのドアを開けた。

「はぎゃっががぎゃがぎゃぎゃがぎゃっ!」
「へひゃっひひひぃ~っ! ひへぎゃはあっ!」

 途端、耳に翠星石と雛苺の笑いが耳に飛び込んできた。
 顔をしかめながら笑い合う二人を見ると、すぐに二人はこちらに気付き、

「ははぎゃ~~っ! げががぎゃはあっ!」
「ひ~っへへへへは! ひゃああははは!」

 笑った顔で僕の足にまとわり付いてきた。

「がぎゃががががぎゃがやがぎゃっ!」

 今すぐにも涙を流しそうな雛苺の発する笑い声はとても悪意に満ちていて、

「へや~へへっひひひ! へへへえっへっへっへ!」

 その雛苺をからかっている翠星石の発する笑い声は僕の心をかきむしってくる。
 これ以上聞いていたら、気がおかしくなりそうだ。

「……少し、静かにしろよな」

 怒りを少しにじませながら、僕は二人に言った。

「ぐぎゃはっ……」
「へひゃふぅ……」

 音量は下がったが、相変わらず二人の笑い声は気に触るものだった。

24: 2008/12/25(木) 03:06:00.29 ID:m8FpaghQ0
 最近になってわかったことだが、
コイツらは僕が本当に怒っている事がわかると大人しくなる。

「げへっ……げへげげっ……?」

 雛苺の不安そうな笑顔。
 僕が本気で怒った事に対し、恐怖を感じているのだろう。
 そんな様子の雛苺に僕は心底虫唾が走ったが、
雛苺に悪気はないこともわかっている。
 だから、

「……僕は部屋に戻るから、あまり大きな声で騒ぐなよな」

 そう言い、真紅を床の上に下ろした。
 すぐにこの場から立ち去りたいという思いが抑え切れなかったため、

「うひっふうっ!」

 床に下ろした真紅が、醜悪な声で抗議してきた。
 何を言っているのかはなんとなくわかったが、顔をしかめずにはいられない。

「ひょひぃ? うひょひょひっひぃ!」


 ――今すぐ黙れよ!!


 ……そう思ったが、僕は無言でそこから逃げ出した。
 背後からは、抗議の笑い声が聞こえてきていた。

25: 2008/12/25(木) 03:17:54.02 ID:m8FpaghQ0
 階段を駆け上がっている間も、僕を制止しようとする真紅の笑い声が聞こえてくる。
 恐らく先ほどの僕の態度でかなり機嫌を損ねたのだろう。
 本当なら、今すぐ居間に戻って「悪かった」位は言ってやりたい。
 だって、悪いのは僕なのだから。

「――へひ!――――へひゃ……!」

 けれど駄目だ。
 絶対に無理だ。
 あの笑い声を聞きながら冷静に謝罪の言葉を言うなんて、僕には出来ない。
 今、アイツらの所に戻ったら何を言うかわかったものじゃない。

 バタンッ!

 強くドアを閉めたため、かなり大きな音が出てしまった。
 今の音は一階に居る真紅たちにも聞こえたに違いない。
 きっとアイツらはその音に驚いただろうが、今の僕にそれを気遣う余裕はない。

「……うっ……くうっ……!」

 ベッドに体を投げ出し、顔を布団に押し付けたまま泣いた。
 そうすれば、アイツらに僕の鳴き声が届く事はないから。

28: 2008/12/25(木) 03:37:27.65 ID:m8FpaghQ0
 泣くと心が落ち着く、というのは本当の事らしい。
 普段通り通り――前ほどとはいかないまでも、
今ならばある程度のことには耐えられるだろう。

「どうして……なんでなんだよ……!」

 そう言わずにはいられなかった。
 心の中で思っている事を口に出した。

「どうして、アイツらがいつも“笑ってる”ように感じるんだ……!」

 表情に関して言えば、今まで見てきた真紅達そのもの。
 しかし、どんな時でも真紅達は笑っているように見えてしまう。
 怒っている時、泣いている時に関わらず……。

「それに、なんなんだよあの笑い声は……!」

 それでも、まともな声が聞こえているのならばまだ平気だったかもしれない。
 しかし、真紅達の声は以前とはまるで違う……
醜悪で、悪意のこもった、心をかきむしるような笑い声に聞こえてしまっている。

「……ははっ」

 ――僕は、どこかおかしくなってしまったのだろうか?

 思わず笑いがこぼれた。

31: 2008/12/25(木) 03:57:11.90 ID:m8FpaghQ0
 カチャリとドアの開く音が聞こえた。
 予想はしていたが、真紅がさっきの僕の態度を改めるよう言いに来たらしい。

「ふへひっ」

 醜悪な笑い声。

「……何だよ。何か用か?」

 僕が問いかけても、真紅は口を開こうとしなかった。
 笑顔で少し俯きながら、何か考え事をしているようだ。
 ……正直、あの笑い声を聞かなくて済むのでこのまま黙っていて貰いたいのが本音だが、
そういう訳にもいかないだろう。

「ふへひっ、ひょほっひふふほひぃ?」

 怒って抗議をしてくるのかと思ったが、真紅は予想に反して冷静に――小さく笑っていた。
 だが、小さいといってもその笑い声だけは耐える事が出来ない。
 むしろ、声が小さくなったことで嘲るように聞こえる。

「僕が悪かった。謝る」

 真紅の意図がわからなかったので、とりあえず頭を下げた。
 そうすれば、これ以上叱責を受ける事はないだろうと思ったのだが――

「ふへひっ! ひょほほほっへっひひふひぃ!」

 ――何故か真紅は、大声で笑い声をあげだした。

32: 2008/12/25(木) 04:06:02.81 ID:m8FpaghQ0
「……ああもう、何だよ」
「へほほひょっひふひぃ! ふへひっひひょひょふ!」

 ――笑ってちゃわかるわけないだろ。

「良いから……出て行けよ」
「ふへひっ! うひひいっふひひょひょひひひっひっひ!」

 ――その醜悪な笑い声はやめてくれよ……!

「頼むからさぁ……!」
「ひゃふぅひっひっひひゃふはぁ! ふへひっふふへへへ――」


「出て行けって言ってるだろ! お前の声が聞きたくないんだよ! わかれよ!」


「!?」

 ――あ、静かになった。

「……ふへひっ」

34: 2008/12/25(木) 04:21:26.40 ID:m8FpaghQ0
 僕の言葉を聞いた真紅は、肩を落として笑っていた。
 何を考えているのかは、考えるのが面倒になっていた。
 何故なら、今は真紅の醜悪な笑い声が聞こえなくなった事が喜ばしかったから。

 ――それに、笑っているんだから良いよな。

「……ほら、出てけよ」

 僕がそう言うと、真紅は顔をあげて笑いかけてきた。

「……ふへひっひひゃひゃひへうふひぃ?」
「出てけよ」

 驚くほど冷たい声がでた。
 さっきのように声を荒げたら、今度は翠星石と雛苺まで上がってくるかもしれないのだ。
 三人の笑い声を同時に聞くのは、絶対に避けたい。

「……ふへひっひゃふふうひひゃへぇ?」
「出てけって何度言わせればわかるんだ……!」
「へひっ……ふへひっ――」


「うひひっふひぃ」

37: 2008/12/25(木) 04:38:46.73 ID:m8FpaghQ0
     ・    ・    ・

 あのやり取りの後すぐ、真紅達は家を出て行った。
 僕は、今も何故アイツらの声が醜悪に聞こえ、顔が笑っているようにしか見えなくなったのかわからない。
 しかし、あの時の会話が僕が考えている以上に、アイツらに――真紅にとって重要なものだったのだろう。
 けれど、僕は真紅の気持ちを考えずに自分の言いたい事だけを言ってしまった。

「……」

 あの時、真紅は何を考えていたのだろうか?
 あの時、真紅は何を言っていたのだろうか?

 ――知りたい。

 けれど、どうすれば良いかわからない。
 どうすれば――

「――ああ……なんだ、簡単じゃないか」

 僕は、独り部屋のベッドの上にうずくまりながら、

「うひひっふひぃ」

 醜悪な笑い声をあげた。


おわり

38: 2008/12/25(木) 04:41:32.22 ID:03ar1/lZO
この後味の悪さが良いね
おつかれさん

47: 2008/12/25(木) 05:34:34.96 ID:KksuQHDoO
結局真紅達は何を言っていたのだろう

引用: 真紅「うひひっふひぃ」