1: 2012/04/17(火) 13:43:48.15 ID:cC9d56meP
男「ああ、あれは出勤する人たちだよ」

犬娘「シュッキン?」

男「お仕事に行く人たちだよ」

犬娘「お散歩じゃないの?」

男「そうだよ」

犬娘「うん、あれはお散歩じゃないね。お散歩だったらもっと楽しそうに歩くもんね」

男「そうだね」

犬娘「たくさん歩いてくね」

男「数えきれないね」

犬娘「いち、に、さん、し……うん、数えきれないね」

男「犬娘は4からは数えられないからね」

犬娘「うん!」

男「……出勤かぁ」

犬娘「ねえねえ、男君はシュッキンしなくてもいいの?」

男「え?」

2: 2012/04/17(火) 13:44:56.82 ID:VA+QDNAei
犬娘「あれだけいっぱい人がシュッキンしてくってことは、人がしなきゃいけないことじゃないの?」

男「……俺はもう良いんだよ」

犬娘「そっか、もういいんだね、男君はえらい人だもんね!」

男「……俺は偉くなんてないよ」

犬娘「犬娘のことかわいがってくれるのに?」

男「……」

犬娘「犬娘は男君のこと、せかいでいちばんえらい人だと思うよ?」

男「そうか、犬娘がそう思ってくれるなら、俺は世界で一番幸せ者だな」

犬娘「しあわせなのは犬娘だよっ、男君はえらいの!」

男「……ありがとう。さあ、そろそろ帰ろうか」

犬娘「うん、帰ろうねっ!」

男「そうだ、ビーフジャーキーがなくなりそうだから、帰るついでに買って行こう」

犬娘「うん!そうしよっ!」

14: 2012/04/17(火) 14:05:15.68 ID:VA+QDNAei
犬娘「男君はなんで犬娘にごはんくれるのに、このごろごはんたべないの?」

男「犬娘が気づいてないだけで実は隠れて食べてるんだよ」

犬娘「でもごはん食べたにおいしないよ?」

男「人の食べ物には匂いのしないものもあるんだよ」

犬娘「すごい!犬娘もたべてみたい!」

男「犬が食べると氏んじゃうよ?」

犬娘「怖い!やっぱりたべない!」

男「その方が良いよ」

犬娘「これからは犬娘の前で食べてもよこどりしたりしないから、だいじょうぶだよ。おいしそうでも犬娘いいこだからがまんするよ!」

男「そうか、犬娘は偉いな」

犬娘「あたまなでてくれる?」

男「ああ、よしよし」

犬娘「えへへ…///」

男「まぁでも、せっかくだけど君の前では食べないようにするよ」

犬娘「男君がそういうなら、なにかすごいりゆうがあるんだね!そうしよっか!」

21: 2012/04/17(火) 14:28:17.41 ID:VA+QDNAei
犬娘「ねえ、男君」

男「……うん」

犬娘「男君、ちかごろやせてない?」

男「そんなことないさ、犬娘の気のせいだよ」

犬娘「そっか。犬娘は犬だから、人よりもあんまり頭良くないから、かんちがいしたんだね」

男「ところで、犬娘。犬娘は俺とはじめて会った時のこと、覚えてる?」

犬娘「うん!おぼえてるよ!犬娘が前いっしょにいた人とはぐれたとき、男君と会っておうちにつれてってくれたんだよね!」

男「前一緒にいた人のことは覚えてる?」

犬娘「ううん、あの人たち犬娘のことちっちゃな時しかかわいがってくれなかったから、おっきくなってからはたたいたりしてきて、きらいだったからおぼえてない」

男「……そうか」

犬娘「男君はせかいでいちばんえらくて、せかいでいちばんだいすきだから、ずっと会えなくてもわすれないよ!」

男「……そうか」

22: 2012/04/17(火) 14:29:10.64 ID:VA+QDNAei
犬娘「でもずっと会えなくなることなんてないよね。ずっと犬娘のことかわいがってくれるよね?」

男「……なぁ、犬娘」

犬娘「なぁに?」

男「今日の散歩は、ちょっと遠出しようか」

犬娘「どこいくの?」

男「俺と犬娘がはじめて会ったところ」

26: 2012/04/17(火) 15:05:25.14 ID:VA+QDNAei
犬娘「ここだよ!ここ!」

わたしは犬で、たくさんのことは覚えていられないけど、この場所のことだけは覚えていた。大きな木がたくさん生えた山の中、よく晴れていたけど、木にじゃまされてあまりあかるくない、このばしょで。

男「……」

男君はわたしにすこしおくれてあるいていた。だいじょうぶだと言っていたけれど、犬のわたしが見てもちゃんとわかるくらい、げんきじゃなかった。

だけど、男君はせかいでいちばんえらい人だから、えらい人がだいじょうぶだと言うんだから、それがほんとうなんだろうとおもってふたりで歩いた。

犬娘「男君!ここで犬娘と男君ははじめて会ったんだよ!」

ここまできたとき、男君の歩きかたはおかしかった。ふらふらふらふらして、ころびそうだった。

男「そうだね…ここで君と俺は出会ったんだ」

男君の声は、きのうよりも小さかった。犬は耳がよくきこえるから、すぐにわかった。

男「あの時な、俺は仕事をクビになって、氏のうと思って、ここを歩いてたんだ」

なにを言っているのかわからなかったので、よく覚えてないけれど、男君はそんなふうなことを言った。いまでもわかっていない。

男「最初お前と会った時は、野犬に会ったんだと思ってな、食い殺されるのは痛いだろうけど、それもそれで仕方ないかなって覚悟を決めたよ」

男「でもお前はしっぽ振りながら俺のそばに来て、スリスリして来たんだよな」

そうだった。前の人たちがいなくなって、この山をうろついていた時、とても優しそうな人がやって来たから、この人となかよくできたらいいなと思って、男君にあいさつしたんだ。

男君「その時にさ、なんというか一回仕事をクビになったくらいであんなに思い詰めた自分がバカみたいに思えてさ、お前と一緒に家に帰ったんだ」

33: 2012/04/17(火) 15:37:19.56 ID:VA+QDNAei
男「何にせよ、もう少し生きて、お前と一緒に暮らしてみて、悪くなかったら氏ぬのはもっと後の話にしようと思ったんだよ」

おおきな木のねっこのところに座ってそうはなす男君の顔が、あっというまに青くなった。

男「で、そうして今があるわけだ。お前と一緒に暮らすのは、思ったよりもずっと良いことだった。いつも俺なんかのことを慕ってくれてさ。嬉しかった」

男「だから新しい仕事探してさ、お前にもっとうまいもの食わしてやって、もっと広い家に住んで、遊ぶものも買ってやりたいっていう目標ができて、今までずっと頑張ってきた」

男「だけどさ、俺が仕事クビになったのって病気のせいなんだよな。だから新しい仕事を探そうにもうまくいかない。ダメな男だよな、俺って」

そんなことない。男君はせかいでいちばんすてきな人だよ。って言いたかった。

でも、どうしてかわからないけど言ってはいけないような気がして、言えなかった。

男「だからさ、その……お前が、この先俺なんかと一緒にいたら、一緒に飢え氏にするだけなんだよ」

犬娘「……男君と一緒にいられないなら、もうなにも食べなくてもいい」

私はそう言った。なにもかんがえないでそう言ったわけじゃない。今でもそう思ってる。

犬娘「ビーフジャーキーも食べなくていい。散歩もしなくていい。あたまなでてくれなくてもいい!男君の食べるもの、犬娘が探してくるよ!」

男「……」

犬娘「だから、いなくならないで……ずっと一緒にいてっ!」

男「……なあ、犬娘、お前が……」

そういいながら立とうとした男君が転んだ

37: 2012/04/17(火) 15:54:30.48 ID:VA+QDNAei
犬娘「男君…?」

へんじはない。

犬娘「……男君……?」

また、へんじはない。

犬娘「男君!?」

やっぱりへんじはない。

ねころんだまま動かなくなった男君のまえで、わたしはちょっとのあいだ待った。男君が起きて、わたしといっしょに家に帰るのを。

でも、男君は起きなかった。

そうだ、ほかの人をよぼう。でもどうやって?

そうだ、人のいるところに男君を連れていけばいいんだ。

ここから少し、ほんの少しだけいけば、人のいるところがある。わたしは男君の大きなからだを連れていこうと、男君のふくをにぎってひっぱった。

ほんの少しだけ、ほんの少しだけ男君を連れていけばいいんだ。あとちょっと、ほんの少し。

とてもおもい男君のからだを、ちからのかぎりひっぱった。人のいる方へ。人のいる方へ。

男君がわたしを、この薄暗い森の中から連れだしてくれたように。

~おわり~

38: 2012/04/17(火) 15:55:33.83 ID:drWm9ot10
乙...

47: 2012/04/17(火) 16:35:23.58 ID:VA+QDNAei
「あれなに?あれなに?」

「あれは船と言って、あれの上に人が乗って海の上を走って行くんだ」

「あれに乗って走るの?変だね」

「一応言っておくけど、乗ってる人が走るわけじゃないよ。車は乗ったことがあるだろう?」

「うん!速かった!」

「あれと同じさ。船が人を乗せて走って行くんだ」

「乗ってみたい!」

「じゃあ、行ってみようか」

…………

「わあ!車よりずっとおおきいね!」

「はしゃぎすぎて転ばないようにな」

「だれかさんとちがってころんだりしないよ!」

「……こいつ、言うようになったな」

「ねえ、早く乗ろうよ!」

「はいはい」

48: 2012/04/17(火) 16:36:03.22 ID:VA+QDNAei
…………

「ねえ、このフネってどこに行くの?」

「さあ……、そういえば行き先を見てなかったな」

「どこに行くのでも、一緒に行くならへいきだよ」

「そうか。じゃあどこまででも行ってみようか」

「うん!」

~おわり~

82: 2012/04/17(火) 20:15:02.34 ID:VA+QDNAei
人間気を失うというのは、失った本人にとってみればあまりにあっけなくて、まるで短い眠りのようなものだ

俺もそんなものだった。覚えているのは、内容こそ思い出せないものの、とても幸せな夢を見ていた、ということだった。

そしてもうひとつ。目覚めの瞬間はこれからも決して忘れることができないだろう。

真っ暗な目の前に、いきなり眩い光が走って、まるでうわ言のように力なく俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

ゆっくりと瞼を開くと、目の前によく知った顔の少女がベッドに寝かされている俺の体の上に突っ伏していた。いつもとは全く様子が違う。

まず全身は足の先から髪の毛先まで泥だらけ、健康的で発色のいい肌は傷だらけ、顔を大きく歪ませ、頬には大粒の涙をいくつもくっつけていた。

見るに耐えないようなひどいありさまだった。

まだ俺が目を覚ましたことに気づいていないようだったので、彼女に声をかけた。

「犬娘…」

俺の声に気づいた彼女はバネのように飛び起き、じっと俺の顔を凝視した。

そして

「男君!男君っ!」

俺に覆いかぶさるようにしてしがみついてきた。


83: 2012/04/17(火) 20:15:31.22 ID:VA+QDNAei
「だいじょうぶ!?いたくない!?くるしくない!?」

「く……くるし……」

「くるしいの!?どこ!?おなか!?せなか!?」

「いや……あの……そんな全力でしがみつかれると……」

「あ……ご、ごめんね」

それまで大興奮状態だったのが、急にしおらしくなり、ベッドの隣にあった椅子に腰をおろす。

その後医者に聞いた話によると、犬娘は発作で倒れた俺をその小さな体で担いで運んできたらしい。少しでも処置が遅れれば危険だったという。

また俺は彼女に命を救われたということだ。

99: 2012/04/17(火) 21:11:03.73 ID:VA+QDNAei
-数週間後

男「なあ、犬娘」

犬娘「なぁに?」

男「……ありがとな。何度も何度も助けてくれて」

犬娘「とうぜんだよ!だいすきな男君のためなんだから。これからもなにかこまったことがあったら犬娘に任せてね」

男「あの発作とは、少なくとも完治するまで、場合によっては一生付き合っていかなきゃならないから、また起きた時は助けてくれよ」

犬娘「まかせて!」

男「……なあ、犬娘」

犬娘「なぁに?」

男「やっぱり俺、もうちょっと頑張ってみるよ」

犬娘「うん!男君はせかいでいちばんすてきな人なんだから、きっとすぐうまくいくよ!」

男「お前にそう言ってもらうだけで俺は頑張れるよ。退院してから大分調子も良くて日雇いだけどバイトもコンスタントにできるようになったしな」

犬娘「うん」

100: 2012/04/17(火) 21:11:48.86 ID:VA+QDNAei
男「あとはまともな働き口を見つけるだけだけど、いくつかうまく行きそうなところが見つかったしな。最初の給料が入ったら、好きなものを買ってやるよ。なにが良い?」

犬娘「いらない!」

男「え?」

犬娘「男君がげんきで、犬娘のことかわいがってくれるならなんにもいらない!」

男「犬娘……」

犬娘「だから、いつまでもげんきでいてね?それが犬娘のおねだり!」

男「かわいいやつめ!」ガバッ

犬娘「ヒャン!?」

~おしまい~

101: 2012/04/17(火) 21:13:56.38 ID:5ILvZlhM0

なんか幸せになれたわ

引用: 犬娘「あれなに?あれなに?」フリフリ