59: 2017/04/19(水) 19:25:46.38 ID:nhXCd10e0
バンプレスト アイドルマスター シンデレラガールズ ESPRESTO Shining materials スターリーブライドのアナスタシア
60: 2017/04/19(水) 19:28:18.67 ID:nhXCd10e0

 オーディションから一週間後。
 既にライブのためのレッスンは始まっていた。合同レッスンもあり、その後のアナスタシアはどこか興奮した様子だった。
 先輩アイドルから得ることは多いようだった。また、これはルキちゃんから聞いたことなのだが、アナスタシアは他のアイドルからとてもかわいがられているらしい。
 最初はその外見から近寄りがたく思われているところもあったようだが、本田さんや前川さん、神崎さんといった既に親しいアイドルたちと話しているところを見てすぐに他のアイドルたちとも仲を深めていった……とのことだ。

 ライブの出演者は既に公表されている。ライブ用の写真はまだ撮影されていないが、公式サイトには出演者の一覧と写真が掲載されていた。
 そのほとんどが既に活躍しているアイドルだったのにも関わらず、そこに一人だけいる見知らぬアイドル……『彼女は誰だ』という声が大きくなり、騒ぎになり、それはワイドショーなどでも取り上げられるほどになった。

 情報を操作したり……といったことはほとんどしなかった。アナスタシア自身に対するインタビューなどのこと以外はすべて自由。
 本田さんや前川さんといったアイドルたちは番組でアナスタシアのことを話すし、ネット上にはアナスタシアの通う高校の生徒と思われる人物による情報も流れていた。

 情報がシャットアウトされているわけではなく、むしろいくらでも情報は出てくる……しかし、だからこそ世間の『アナスタシア』に対する興味は増していっていた。

 きっとこんな子だろう、いやこんな子だ、いやいや……溢れる情報から様々な『アナスタシア像』がつくられていた。

 その『答え』はライブでわかる――これによって、ライブ自体に対する注目もさらに大きなものになっていた。

 もともと多くの人気アイドルが出演するライブということで注目度は高かったのだが、アナスタシア騒動によってその注目度はさらに大きなものになっていた。
 ある程度注目が大きくなると、そこからさらにもう一段階、注目度が大きくなることになった。

 はっきり言って、『ライブ』というものに興味がなければライブがあることは知っていてもその詳細まで知ることは少ない。
 それがアナスタシア騒動によりワイドショーにまで取り上げられ、様々な層の人物がそのライブについて知ることになった。
 そこでそのライブに興味を持ったのはアナスタシアに対して興味を持った者だけではない。
 むしろ、それ以外に注目した人の方が多いだろう。

 CGプロに所属するアイドルはバラエティ豊かである。利となることはどのような活動でも許される。どのような分野での活動も許されるのだ。
 それ故に、CGプロのアイドルは非常に多くの層に知られており……中には『アイドル』と認識されていないようなアイドルすら存在している。

 アイドルと認識されずして人気のあるアイドルたち……今回のライブにも、そんなアイドルは存在していた。
 しかし、アナスタシアの騒動により今回のライブが注目され、他の出演者も取り上げられて……結果、爆発した。

 アナスタシアの騒動が起爆剤となって、さらなる爆発が起こったのだ。
『この子はアイドルだったのか』という声が溢れるようだった。ライブ直前というこのタイミングで、『CGプロ』そのものに対する注目が大きなものになっていた。

 言うまでもなく、私はここまでのことになるとは予想していなかった。
 私が想像していたのは、アナスタシアの騒動……それも、もっと小規模なもの。
 ファンの間で少し『この子は誰だ』と話題になる程度だと予想していたのだが……。

 オーディション前から、各方面に対して働きかけてはいた。
 内側に対しても外側に対しても、アナスタシアに関する様々なことで依頼したり交渉したりしておいた。
 オーディションに合格する前はあくまで『CDのプロモーション』という名目で――私の中ではライブに出演することを前提として、私にできる限りのことをやっていた。
 ……しかし、それがここまで大きくなるとは。まったく自分のやったことだという実感がない。
 実際、私だけではない数多くの人々の力と積み重なった偶然によってのものなのだが、そこに自分の手が少しでも関わっているという事実は信じがたいことだった。

 もちろん、まだ何も終わってはいない。あるいは始まってすらいないのだ。今はまだ、『下準備』でしかない。それをきちんと自覚しなければならない。

 気を引き締めろ。この程度のことで舞い上がるな。浮かれるな。お前が目指しているものを忘れるな。
 アナスタシアというアイドルがどうなることがお前にとっての目標だ。アナスタシアと約束したことを思い出せ。それを考えれば今回のことなんて何もおかしくはない。
 この世界の頂点を目指すのならばこの程度のことは当然だ。

 私は自分自身に向かって言う。確かに想定外ではあったが、だから何だと言うのだ。この程度のことを『この程度』と思えなくて、何がトップアイドルだ。
 私が目指すものは――私たちが目指しているものは、もっともっと、遥か高みに存在している。

 そこに至るための一歩を踏み出す準備が整った。
 そして、その一歩はまだ終わっていない。

 アナスタシアのデビュー。
 それが成功するまでは気を緩めるわけにはいかない。

 ……ただ、それが終われば、少しだけ、アナスタシアと一緒に祝ってもいいだろう。ちょっとしたパーティーをあげよう。

 そのためにも、今は、私にできることをしよう。

 アナスタシアのために、全力を尽くそう。


61: 2017/04/19(水) 19:29:44.26 ID:nhXCd10e0

      *

 ライブ当日。

「こんな時間にすみません、プロデューサー」

 朝。空が白んできた時間。アナスタシアから連絡があり、私はアナスタシアとともにライブ会場に来ていた。

「大丈夫だよ。僕も、そんな気分だったから」

 既にライブ会場の設営は終了しており、会場の外ではファンだと思われる人々が列をなしていた。ライブの物販の列である。
 物販の開始時間まではまだ数時間あるのだが、それだけ欲しいものがある、ということだろう。
 あるいはこうして並んでいることすら楽しみの一部なのかもしれない。

「……大きい私、ですね」

 アナスタシアは言った。大きいアナスタシア? と思って彼女の視線の先を見ると、そこにライブ用のポスターがあった。ライブ用に撮影した、ポスター。

「変な感じか?」

 私は尋ねた。「少し」とアナスタシアは微笑む。

「会場の前にたくさんの人、並んでましたね」

 アナスタシアは会場の外に視線を向けた。そこには壁しかなかったが、その先には、今も汗を流したファンたちがいることだろう。

「……入ろうか」

 私は言って、観客席に入った。アナスタシアは私の突然の行動に疑問を浮かべている様子だったが、きちんと続いて来てくれる。
 空っぽの観客席。今はまだ誰も――スタッフすらいない、無人の空間。

「ゲネプロでも見たが……やっぱり広いな、アナスタシア」

 そう言って私は笑う。ゲネプロ――つまり、本番と同じように舞台上で行う最終リハーサル。
 そこで既に私とアナスタシアはこの場所のことを知っている。ファンのいない会場のことを知っている。

「ここが人でいっぱいになるんだ。……それってよく考えるとすごいことだよな。この席にも、その席にも、あの席にも――今、目に見えているほとんどが、人で埋まるんだ。それもただの人じゃなく、君たちのことを応援してくれるファンの人で」

 その光景は見てみなければわからないだろう。実際に見なければわからない、特別な光景。それが、ライブ会場だ。

「ここが始まりだ、アナスタシア。今日ここで、新しい星が生まれるんだ。……正確には、新しい星が観測される、と言うべきか」

 私はアナスタシアの方を見る。アナスタシアと、目を合わせる。
 その目には、既に光が灯っている。

「問題を出してもいいか? アナスタシア」

「ダー」

「その星の名前は?」

 アナスタシアは答えた。

「シリウス――太陽を除いた地球上から見える恒星の中で、最も明るく輝く星です」

「正解」

 私は口角を上げ、挑発するような笑みをつくって、言う。

「今日ここに来たファンに――すべての人に、それを知らしめてやれ。この会場を焼き焦がせ、アナスタシア」

 それに対して、アナスタシアは「ダ――」とうなずこうとして、固まり、そして言い直した。

「あなたのことも?」

 その言葉に、私は目を丸くしてしまった。アナスタシアがそんな返しをするとは意外だった。そんな私の様子を見て、アナスタシアは薄く笑んでいる。……これは一本取られたな。

 しかし、せっかくアナスタシアがこんなことを言ってくれたのだ。私も相応の返しをしなければ失礼だ。私は演技がかった調子で答えた。

「そのことならご心配なく。とうの昔に真っ黒焦げだ」

 アナスタシアは堪えきれないようにくすっと笑った。おそらく、私も笑いを堪えきれてはいなかっただろう。

「それなら、大丈夫ですね」

「ああ。だから、容赦なくここを焼け野原にしてやってくれ」

「ダー。頑張りますね」

 そうして、私たちは笑い合っていた。

 ――デビューライブまで、あと八時間。

 まだこの会場には私たち二人以外誰もいない。

62: 2017/04/19(水) 19:30:30.26 ID:nhXCd10e0

      *

 ライブ開始まであと一時間。
 開場時間は過ぎており、既に会場の中には大勢のファンが入場していた。

「あわわ……も、もう、始まりますよ! Pさん!」

 ルキちゃんが言った。「まだ一時間ある」私は応える。

「あと一時間しかないじゃないですか! ……あ、アーニャちゃん、大丈夫かな……」

「大丈夫だよ。というか、どうして君がそんなに緊張しているんだ。ステージでパフォーマンスするのはアナスタシアだし……そもそも、アナスタシアは君の初めての生徒というわけではないだろう」

 ルキちゃんももう一年間は事務所でトレーナーとしてアイドルたちにレッスンをしているのだ。そのレッスンしてきたアイドルたちが今まで一度もライブしてきていない、なんてことはないだろう。

「そ、そうですけど……その、最初からずっと、っていうのはアーニャちゃんが初めてなんですよ」

「……は?」

 ルキちゃんの言葉に、思わずそんな声が出てしまう。……今まで知らなかった。

「そ、そんな声出さないで下さい。確かに言ってませんでしたけど、Pさんはもう知っていたと思って……」

 ルキちゃんが申し訳なさそうに言う。それに私は「いや」と否定し、

「責めているわけじゃない。驚いていただけだ。……確かにそれなら、緊張していてもおかしくはないな」

「……Pさんは」

「ん?」

「Pさんは、緊張してないんですか?」

 ルキちゃんは尋ねた。私は答えた。

「緊張してないわけじゃないが……不安はない」

「どうしてですか?」

「アナスタシアを信じているから」

 私がそう言うと、ルキちゃんは息を呑んだ。そして言った。

「……わたしも、アーニャちゃんを信じています」

「そうか。なら、大丈夫だな」

「はい。もう、大丈夫です」

 そう言って、ルキちゃんは柔らかく微笑んだ。その微笑みはアイドル顔負けで……知っている人間がウチの事務所の人間だけなんてやっぱりもったいないな、と思った。

「Pさん」

「なんだ?」

「ありがとうございます」

「……どういたしまして」

63: 2017/04/19(水) 19:31:26.67 ID:nhXCd10e0

      *

「それじゃあ、いつもの、いこっか!」

「いつもの?」

「あ、そう言えばアーニャは初めてか。まあ、とにかく、入って入って」

「? ……ダー」

「そそ。えーっと、今日は……しまむーが何か言うから、それを言ったら、『オー!』ってやってくれたらいいから。わかった?」

「えっ」

「ダー。わかりました」

「あの、未央ちゃん? 今日は未央ちゃんじゃ……」

「それじゃあ、気を取り直して……しまむー! いこう!」

「えぇ……わ、わかりました。それじゃあ、いきますよ? ……CGプロ! ファイトー!」

『オー!』

64: 2017/04/19(水) 19:32:40.46 ID:nhXCd10e0

      *

 ライブ開始直前、アイドルたちは続々とステージに向かい始めている。

 アナスタシアも同様にステージに向かっていた。何か声をかけようと思いもしたが、少し遠い。
 この距離では声を張り上げでもしない限り聞こえないだろう。
 どうするか……そんなことを思っていると、アナスタシアがこちらを振り向いた。

 その瞬間、答えは出た。言葉はいらない。そう思った。
 私はアナスタシアの目を見て、うなずいた。
 それに対して、アナスタシアは微笑を浮かべてうなずき、前を向き、ステージに向かった。

 ……そろそろ、か。

 私は時計を見た。
 ライブ開始まで、あと――


65: 2017/04/19(水) 19:33:06.31 ID:nhXCd10e0

      *

 会場の照明が消える。
 おおっ、と声が上がる。それがライブ開始の合図とわかっているから。

 CGプロ――その『CG』とは『Cinderella Girls』を指す。「アイドルとはシンデレラのようなものである」ということでそんな名前になったらしい。
 そんなこともあってCGプロのイベントや楽曲には『シンデレラ』にまつわるものが多い。
 このライブ演出もまた、それと同じだ。

 会場に設置されてあるモニターには時計を思わせる映像が映し出されている。
 カッ、カッ、カッ、と針が進み、やがてそれは一二時――魔法が終わる時間に至る。

 その瞬間、パッと照明が灯る。
 ステージ上には既にアイドルたちが並んでいる。

「みんな! いっくよー!」

 本日のリーダーである本田さんがかけ声を上げ――
 ライブが、始まる。

66: 2017/04/19(水) 19:33:53.87 ID:nhXCd10e0


 ――【お願い!シンデレラ】


67: 2017/04/19(水) 19:35:12.95 ID:nhXCd10e0

 CGプロを象徴するような楽曲。今回のライブに出演する全アイドルが歌う全体曲。恒例とも言えるが、既に会場の興奮は最高潮。盛り上がりに盛り上がる。

 共通の振り付けではあるが、よく見ると微妙に差異がある。
 アナスタシア以外のアイドルからすればこの曲はもう何度も何度も歌った曲であり、それぞれ多少のアレンジを加えている。
 全体曲なのにアレンジなどを加えれば調和を乱すのではないか――そう思うのも無理はないが、それを肯定するのがCGプロという事務所である。
 そもそも、調和を乱すほどのアレンジを加えているアイドルはいない。
 ……ほとんどのメンバーがアレンジを加えているからわからなくなってしまっているだけかもしれないが。

 ステージ上ではアナスタシアも踊っている。さすがにアレンジはしていないが、それだけだ。それ以外では問題ない。他のアイドルたちと見比べても決して見劣りしていない。

 表情は笑顔。瞳は輝き、ダンスはレッスンよりもキレがある。その代わり多少のブレもあるが、それでいい。楽しいという気持ちが伝わってくる。

 アナスタシアにとっては、初めてのステージ。

 ……それは、大成功と言ってもいいだろう。

68: 2017/04/19(水) 19:35:53.82 ID:nhXCd10e0

      *

 曲が終わるとMCの時間だ。一人ずつの自己紹介。今は前川さんが自己紹介を終えようとしているところだ。

「それじゃあ次は……みんながお待ちかねの新人アイドルだよー?」

 前川さんが煽るようにしてそう言うと、ファンから大きな歓声が上がる。

「ちょっと! どうしてみくの時よりも歓声が大きいのー?」

 怒ったようにして前川さんは言う。もちろん本当に怒っているわけではなく、ファンからは笑い声が上がる。

「まあ、みんなの気持ちもわかるけどね。みくもとっても気になるもん。それじゃあ、次のアイドル……アーニャン! 自己紹介、お願いするにゃ!」

 アナスタシアを指差してから、前川さんは一歩下がる。入れ替わるようにしてアナスタシアが一歩前に出て、マイクを口元に近付ける。

 会場の視線が一気にアナスタシアに集中する。この会場にいるほとんどの人間はまだアナスタシアが話している姿を見たことがない。
 いったい、どんな話し方をするのだろうか。いったい、どんな声なのだろうか。好奇心の視線が一点に集中していた。

「アー……」

 アナスタシアが声を出すと、それだけで観客席がざわっと大きなざわめきを生む。
 それがあまりにも大きなものだったからか、アナスタシアはびくっと驚いたようにして肩を跳ねさせる。

「ちょっとちょっと、みんなー。アーニャが話そうとしているんだから、今は、静かに……ねっ☆」

 星を飛ばすようにウィンクをして、本田さんが言う。「はーい」と観客席から声が上がる。

 アナスタシアは口からマイクを遠ざけてから、何やら口を動かす。『スパシーバ、ミオ』。おそらく、そう言っている。
 本田さんはそれを見て笑顔で『どういたしましてっ』と言って、マイクに口を近付け、「それじゃあ、アーニャ。お願いね」

「……はい」

 そう言って、アナスタシアは前を向く。ファンの方を向く。

 そして、言う。

「私はアーニャ……アナスタシアです。今日は、よろしくお願いします」

 そう言って、ぺこりと頭を下げた。
 非常に短い自己紹介。だが、それだけで、伝わった。

 会場を揺るがすような歓声が上がり、爆竹がそこら中で破裂しているのではないかと思わせるほどの拍手が鳴り響く。
 ステージ上のアイドルたちも拍手をしている。隣にいる前川さんなんて感動からか、アナスタシアに抱きついている。

 アナスタシアはそれに戸惑っている様子だった。自分は自己紹介しただけなのに……そう思っていそうな顔をしていた。
 しかし、すぐに顔をふっと和らげた。和らげてから、嬉しそうに、笑みを浮かべた。

「――って、みんな、アーニャは自己紹介しただけだよー? 確かに私も泣けちゃうけど……ぐすっ」

「絶対嘘でしょ……」

 本田さんのおふざけに渋谷さんが呆れたように突っ込む。いつものパターンだ。観客席からは笑い声が上がる。

「ま、それは置いといて……みんな! 自己紹介からそんなに盛り上がっちゃって大丈夫? 疲れてないー?」

 本田さんの煽りに、観客席からは「大丈夫―!」という声が上がる。

「うん! 良かった良かった! まだまだライブは続くから、盛り上がっていくよー!」

 そんな言葉に、観客席からは「ふー!」と興奮の声が上がる。それが静まるまで待ってから、本田さんは言う。

69: 2017/04/19(水) 19:36:19.60 ID:nhXCd10e0

「じゃ、らんらん! 次の自己紹介、お願いね」

「ふぇっ!?」

 神崎さんが驚いた様子で言う。……いや、まあ、この『いかにも次の曲にいく』といった流れからいきなり自己紹介を促されるとこうなるだろう。

 神崎さんの戸惑いに観客席からも笑い声が上がる。「うぅ……」と神崎さんはどことなく不満気にしていたが、こほんっ、と咳払いをして――表情が変わる。

「クックックッ……我が眷属たちよ、闇の宴の準備は出来ているかしら?」

 一瞬にして雰囲気が変わった神崎さんの姿に、ファンから嬌声にも近い声が上がる。それに対して神崎さんは満足気に微笑を浮かべている。

「出来ているようね。だがその前に……闇に飲まれよ!」

 神崎さんを象徴するとも言える言葉、『闇に飲まれよ』。それに対してファンからは悲鳴すら上がる。ちなみに意味は『お疲れ様です』である。

「……我が名は神崎蘭子。今宵は外界の灼熱をも超える地獄を、この狂宴に生み出そうぞ!」

 ものすごくおどろおどろしい表現ではあるが、ファンたちは意味がわかっているのか、興奮の声が上がる。
 ……おそらくではあるが、今の言葉の意味は『私の名前は神崎蘭子です。今日は外の暑さにも負けないくらい、熱くなっていきましょう!』といったところだろう。

 それからもMCは続いていた。アナスタシアの方を見るとほっと胸を撫で下ろしている。
 マイクに通らない声で、隣の前川さんたちとこそこそ話し合ったりしている。……何を話しているかは、だいたいわかる。

 とりあえず、こうしてアナスタシアの初ステージは終わりを迎えた。

70: 2017/04/19(水) 19:37:23.83 ID:nhXCd10e0

      *

 MCが終わり、次に出番があるアイドル以外はステージ裏に戻ってきていた。
 アナスタシアも例外ではなく、他のアイドルとともにステージ裏に戻ってきている。どこか呆然とした彼女に対して、「アナスタシア」と私は声をかける。

「プロデューサー……」

 アナスタシアは私の方を見る。その表情はどこか夢心地だったか、私を見て、ぱっと光が灯った。

「プロデューサー! ズヴェズダ……星が、たくさん……!」

 言いたいことはたくさんあるのに言葉が出てこないといった調子で、アナスタシアは言う。
 溢れるほどの感情があるのに、それを表現することができない。そのことがたまらなくもどかしいといった様子だった。

「……アナスタシア」

 そんな彼女の肩に手を乗せて、私は彼女の名前を呼ぶ。アナスタシアは口を止めて、私を見る。

「楽しかったか?」

 その言葉にアナスタシアは目を見開かせて、ゆっくりと微笑みを浮かべた。

「……ダー。とても、楽しかったです」

「そうか。なら、良かった」

 アナスタシアの微笑みを見て、私もまた笑みを浮かべる。

「まあ、まだ終わってないけどな」

「……そうですね。まだ、終わってません」

「こわいか?」

「ニェット。今は、もう、楽しみです」

「そうか」

「ダー」

 ステージ裏は騒々しく、忙しない。出番が先で今はやることがないアイドル以外は誰もが動き続けている。

 そんな光景を、私たちは少しの間、無言で見続けていた。そして、二人同時にモニターの方に目を向けた。
 ステージ裏に備え付けられているモニター。会場のモニターと同じ映像を映し出しており、ステージ上の様子が見える。
 出番が先のアイドルたちがその前に集まっている。

「アナスタシア。あそこに行ってこい」

「……まだ、私、出番があります。大丈夫、ですか?」

「あとはソロと全体曲だけだ。全体曲は最後で、まだまだ先だし……ソロまでもまだまだ時間はある。その前に一度、来てくれればいい。それまでは……ライブを、楽しんでこい」

「……ダー!」

 そう言って、アナスタシアは他のアイドルたちが集まっている中に入って行った。それに気付いた他のアイドルたちはすぐにアナスタシアを歓迎してくれている。

 ……さて、私も私でやることはある。この会場では、私はアナスタシアのプロデューサーであるとともに一スタッフでもある。

 アナスタシアの出番までくらいは働くとしよう。

71: 2017/04/19(水) 19:38:32.01 ID:nhXCd10e0

      *

 アナスタシアのソロ……その前のアイドルが、今、ステージで歌っている。
 今、アナスタシアはステージ裏の待機位置で待っているだろう。既に伝えることは伝えたので、私はただその時を待っていた。
 前のアイドルの曲が終わろうとしている。ステージで歌っているアイドルは楽しそうで、それを聴くファンたちもまた心から楽しんでいることがモニター越しからも伝わってくる。

 会場の熱気は十分。
 舞台は整った。
 アナスタシアというアイドルのデビューにふさわしい舞台が、ようやく、整った。

 曲が終わり、暗転。
 歌っていたアイドルの名前を呼ぶ声や拍手などが鳴り響く。

 そして、その余韻が消えていった頃……。
 観客席の前の方から、おおっという声が上がり始める。
 どうしてそんな声が上がったのか。その理由はすぐにわかった。

 ライトが点灯。ステージの上を照らす。
 ステージの上に立っているアイドルを照らす。

 アナスタシアを、照らす。

 瞬間、ざわめきが一気に会場全体にまで広がる。
 そのざわめきはなかなか終わらない。ざわめきが終わらずとも曲をかけ始めれば自然に静まる……そのはずだが、それにしてはざわめきが大きい。

 この状況では曲をかけるにかけられない。「どうしますか!?」とスタッフさんから声がかかる。アナスタシアのプロデューサーは私であり、決定権は私にある。

「どうするんですか?」

 隣に立つルキちゃんが不安そうに言う。……そんな顔をしなくても大丈夫だ。これくらい、予想している。

「会場はすぐに静かになります。少し、待っていて下さい」

 私が言うと、スタッフさんはこくりとうなずいてくれた。若干ながら心配そうではあったが。

 ……アナスタシアの騒動は予想以上に大きなものだった。だから、アナスタシアがステージ上に姿を現した時にざわめきが起きて、さらにそれがなかなか静まらない……そんな可能性、予想できないわけもない。
 予想ができるのならば、それの対策を講じることも可能だ。
 何パターンかの対策の中の一つを、私はアナスタシアに告げた。

「アナスタシア、もし、君が姿を現して、なかなか会場が静まらなかったなら――」

 ステージ上。

 アナスタシアは、ゆっくりと人差し指を口元に持っていって、

「しー……」

 と微笑んだ。

 その瞬間、会場にいるすべての人が息を呑み、

 アナスタシアは、マイクをぎゅっと握りしめ、

 その目を、閉じた。

72: 2017/04/19(水) 19:38:57.96 ID:nhXCd10e0


 ――【You're stars shine on me】


73: 2017/04/19(水) 19:41:10.74 ID:nhXCd10e0

 幻想的であり、落ち着いたイントロからこの曲は始まる。
 バラードだ、とその瞬間に誰もが理解する。

 切なそうな表情を浮かべて、ゆったりとした振り付けでアナスタシアは踊り始める。
 ゆっくりと星を探して空を撫でるようなその振り付けで、一気に観客の意識を奪っていく。まるでその手で魔法をかけていったかのように、会場の雰囲気を変えていく。
 観客席からは少しの声も上がらない。無言でサイリウムを振っている。

 イントロが終わり、アナスタシアは歌い始める。しかし、それで何かが変わるわけではない。まだ、テンポは変わらない。
 切なげな表情とともに、ゆっくりとしっとりとこのバラードを歌い上げる。

 美しくも儚げなメロディに、アナスタシアの美しくも可憐で、しかし儚げな声が重なる。切ない歌詞と、アナスタシアの表情、振り付け……そのすべてで、世界を作り上げている。
 メロディが少しずつ盛り上がり、声が少しずつ大きくなり、振りが少しずつ大きくなり……そして、サビに至った、その瞬間。

 ゾクッ、と背筋に何かが走った。心臓の鼓動が一気に大きなものへと変わる。興奮している。そう自覚する。私は何度も聴いているはずで……それなのに、そのはず、なのに……。

 歌は続いている。アナスタシアは真摯に歌い続けている。完全に歌に入り込んでいる。いつも見ているアナスタシアとはまったくの別人のようにすら思える。それほどまでに。

 ぐすっ、と泣いているような声が隣から聞こえる。その理由は、きっと、『アナスタシアが立派に歌っているから』という理由だけではない。このステージに魅せられて……。

 曲が終わろうとしている。夢のような世界が終わりを告げようとしている。
 幻想的で、儚げで、切なくて……悲しくて、苦しくて、それなのに、どうしようもなく愛おしい、この時間が終わろうとしている。

 誰もが終わらないでほしいと願っていた。だが、それは叶わぬ夢だ。
 だからこそ、今はただ、この世界に浸っていたい――

 曲が終わる。アナスタシアは口からマイクを離し、最後の振りに移っている。切なくも、あたたかい……そんな夢が、終わる。
 直後、しん……と会場が沈黙に包まれる。そして、その余韻が会場の全体にまで広がった、その瞬間。

 感情が、爆発する。

 ワアアァッという歓声とともに、会場全体を包み込むような拍手の雨が降り注ぐ。
 声は最早意味をなした言葉ではなく、感情をそのままに出した何かでしかなかった。
 自分の内から溢れ出た感情を口から出しているだけでしかなかった。

 それに対して、アナスタシアは肩で息をしながらファンの方を見ていた。
 顔は上気し、白い肌が微かに赤く染まっている。今までに経験したこともないだろう歓声と拍手の嵐に襲われて、アナスタシアは自然とマイクを口元に近付けていた。
 それに気付いたファンたちはいったん歓声と拍手をやめて、アナスタシアの言葉を待った。

「スパ――」

 そう言おうとして、アナスタシアは言葉を止めた。
 言葉を止めて、それから、ファンの方をしっかりと見て、
 その顔に、光り輝くような笑みを浮かべて、
 彼女は、言った。

「ありがとう!」

 と。

第六話「ファン」


引用: アナスタシア「Сириус」