175: 2017/04/19(水) 21:16:59.72 ID:nhXCd10e0
バンプレスト アイドルマスター シンデレラガールズ ESPRESTO Shining materials スターリーブライドのアナスタシア
176: 2017/04/19(水) 21:18:07.15 ID:nhXCd10e0

 神崎蘭子はシンデレラガールである。
 シンデレラガール。それはCGプロにおける象徴。
 CGプロでは一年に一度『シンデレラガール総選挙』というものが行われる。
 これは純粋な人気投票と言うわけではないが、上位のアイドルにはCDでの歌唱権が与えられ、一位である『シンデレラガール』には他にも大きな特権が与えられる。

 シンデレラガールはCGプロの象徴である。つまり、その一年間、シンデレラガールは事務所から推されるのだ。
 事務所の看板となる。それがシンデレラガールとなった者に与えられる特権である。

 神崎蘭子はシンデレラガールである。
 しかし、それはただの称号という意味ではない。『シンデレラガール』という名前は、神崎蘭子というアイドルにふさわしい名前だった。
 いや、正確には『シンデレラ』と言うべきかもしれない。
『シンデレラ』――童話で有名な『灰かぶり』。
 その名前が神崎蘭子というアイドル――少女にふさわしい理由について説明するには、まず彼女の経歴に触れる必要があるだろう。

 神崎蘭子。
 彼女は内気な少女だった。生まれながらの灰色の髪、紅き双眸。それは注目を集めた。結果として、彼女は恥ずかしがり屋の少女に育った。
 彼女は外で遊ぶよりも家で本を読んだりすることを好んだ。そんな少女が物語の世界に憧れたことはおかしいことではないだろう。

 そうやって内気で恥ずかしがり屋な少女として育った蘭子だが、周囲から注目されることには変わらない。その灰色の髪と紅い目だけでも注目されるのに、彼女の場合は容姿が優れていた。
 内気で恥ずかしがり屋の性格と、そんな性格に反した容姿。

 ――それは、悪い注目を呼んだ。

 中学生になって、彼女は嫌がらせを受け始めた。いじめと言うほどではなかったが、それは脆い彼女の心を弱らせるには十分だった。
 彼女はますます内気な少女になっていった。臆病で、内気で、恥ずかしがり屋で……。

 そんな自分のことが、嫌いになった。

 変わりたい、と思った。
 もっと強い自分になりたい。
 こんな私じゃなくて、もっと、もっと、強い私に。

 だが、そう簡単に人が変わることはできない。
 蘭子は物語の世界に閉じこもった。
 憧れの世界。大好きな世界。
 そこに閉じこもって……そして。

177: 2017/04/19(水) 21:18:38.21 ID:nhXCd10e0

 彼女は、出会った。

『クックック……我が名はルシファー。愚かな天界より堕天し、魔王となった者。勇者よ! 何故貴様は天に味方する? 何故我が力に平伏さぬ』

『知れたこと! 私は人の味方、そして、人を味方する天の味方! 人と魔は決して相容れぬ! 貴様こそ、何故天に牙を剥く!』

『我が我であることを否定したからに他ならぬ! 欲望のままに生きることの何が悪い! 天の目を気にして何ができる! 我は我のままここに在る! それが許されぬと言うならば、それは世界こそが間違っているのだ!』

『ならばやはり、私と貴様は相容れぬ! 今ここで、貴様の正義が間違っていることを証明しよう!』

『その選択は誤りだったと思い知れ! 闇に飲まれよ!』

 ――『魔王』。

 彼の言葉は、彼女の胸を打った。
 周りの目を気にしている自分とは違う。彼は、彼の思うがままに生きている。
 それはとても強くて、かっこよくて……心の底から憧れた。

 私も、あの人みたいになりたい。
 魔王みたいに、強くなりたい。
 ……魔王みたいになれば、もしかしたら。
 もしかしたら、私も――

 それから、蘭子の『魔王』化が始まった。
 まずは口調。それから服装。闇の眷属っぽく、黒く、ゴシック調の服。アクセサリーやネイルまで、すべてに気を遣っていった。

 そうしていると、蘭子は無性に楽しい気持ちになっている自分に気付いた。
 自分が思う、最もかっこいい姿に……少しずつ、理想に近付いていく。
 それは、とても楽しくて……とても、心強かった。

 強い自分になれた気がした。
 今までとは違う、強い、強い自分に。

 その日も、蘭子は完全武装と言った装いで街を歩いていた。
 気分は魔王。ゴシックデザインの傘を携えて、街を歩く。
 周りから何か言われることもあった。こそこそと何か話されているのが聞こえたこともある。

 だが、それがどうしたと言うのだ。
 我は魔王。
 天の目を気にして何ができる。
 私は私のままここに在る。

「クックック……我が魔力は光に属する者たちには刺激が強すぎたようね」

 だから、蘭子はこんなことを言って笑った。
 恐れるものなど何もない。
 私は私だ。
 故に――

「――あれ、神崎じゃない?」

 その声が聞こえた瞬間。
 神崎蘭子は、自分が魔王ではなかったことを思い出した。

178: 2017/04/19(水) 21:19:05.66 ID:nhXCd10e0

      *

「……クックック」

 蘭子は笑った。

「我が魔力に恐れをなして、逃げ出したようね」

 その服には、泥が付いていた。
 その髪には、泥が付いていた。
 靴のヒールは折れて、傘の骨は曲がっていた。
 それにやりすぎだと思った蘭子のクラスメイトは謝りもせずに逃げ出した。

「我が名は……」

 魔王、神崎蘭子。

 その言葉は、出なかった。
 言えなかった。

 私は、強くなった。
 強く……なった?
 本当に?

『天の目を気にして何ができる! 我は我のままここに在る!』

 私は周りの目を気にしてなかった?
 私は、本当に私のままだった?
 魔王のように振る舞って……それは、本当に私なの?
 それは私が強くなったって……本当に、言える?
 私は……私は。

「――あっ」

 ぽろっ、と涙がこぼれた。
 ぽろぽろと、蘭子の目から大粒の涙がこぼれていく。

 ダメだ、ダメだ。魔王は泣かない。泣いちゃダメだ。

 そう思っても、涙が止まることはない。ぽろぽろと涙があふれ出す。

「う、うぅ……」

 蘭子は歯を食いしばって、立ち上がろうとする。だが、折れたヒールではなかなか立ち上がることができず、その場に崩れ落ちてしまう。

 その時、ぽきっ、と何かが折れる音が聞こえた。
 これは、何の音だろう。
 今のは、何の音だろう。
 いったい、何が折れたんだろう。
 そう思いながら、蘭子はもう一度立とうとして。
 手と足に、力が入らないことに気付いた。

 あれ? なんで? どうしたんだろう?

 蘭子は立ち上がろうとするが、立てない。ただ、涙だけが流れている。
 そして、力の抜けた手から、ぽろっ、と折れたヒールの足が転がっていくのが見えて。

 ――ああ。

 蘭子は気付く。

 ――折れたのは、きっと、私の心だ。

 ころころと折れたヒールの足が転がっていく。
 だが、蘭子はそれを追いかける気にもならない。
 ころころと転がっていくヒールの足を、ただ目で追っているだけだった。
 やがてそれは止まって、蘭子の目も止まる。

 ……これから、どうしよう。

 蘭子は考える。

 もう、魔王は無理だ。
 私は魔王なんかじゃない。
 私は弱い、神崎蘭子だ。
 だから……だから。

「……それでも、私は」

 蘭子は折れたヒールの足に手を伸ばす。

 それでも。
 それでも、私は――

179: 2017/04/19(水) 21:19:33.79 ID:nhXCd10e0

 その時。
 ヒールの足が、誰かの手にとってひょいと拾われた。
 蘭子は突然のことに驚いて、顔を上げる。

 そこには。

「――大丈夫かい?」

 スーツを着た男の人が、こちらに手を差し出していた。

「へっ? あっ、えっと」

 蘭子は頭が真っ白になる。 え? なに? 誰? いったい、何が……。

「……君は」

 男が目を細める。蘭子には意味がわからなかった。ど、どうしてそんな目をするの? 私、何か……。
 しかし蘭子が考え始める前に、男は尋ねる。

「……君の、名前を聞いてもいいかな」

「な、名前?」蘭子は驚きながらも答える。「……我が名は神崎蘭子」

 そして答えた瞬間に、あっ、と思う。こ、答えちゃった。知らない人に名前を教えるなんて、いけないことなのに……。
 そうやって蘭子が後悔して目を落とした、その瞬間。
 蘭子の視界に、一枚の白い紙が差し込まれた。

「し、白き聖なる札……?」

 一瞬、そこに何が書かれているのかわからなかった。
 蘭子は目をぱちくりとさせて、そして、顔を上げた。

 そこには、真剣な目をした人がいた。
 彼は言った。

「――神崎蘭子さん。君が良ければ、アイドルになりませんか?」

 と。

180: 2017/04/19(水) 21:20:01.70 ID:nhXCd10e0

      *

「……運命の邂逅、か」

 その日の夜、自室のベッドの上で蘭子はつぶやいた。
 あの後、蘭子は男――CGプロのプロデューサーから話を聞いた。

 君には才能がある。
 新しい世界を見せると保証する。
 君をトップアイドルにすると、約束する。

 要約すればこんなところだ。もちろん、普通なら胡散臭いと思うだろうし、蘭子にとってもそうだった。

「……だけど」

『――俺は君に出会ったのが、運命だと思った。ここに来たのは――俺がこれまで生きてきたのは、君に出会うためだった、って。運命の邂逅……そう思ったんだ』

 そうやって笑った彼の顔を思い出す。出会ってすぐに運命だの言い出すような男は信頼できない。普通ならそう思う。蘭子もそう思いかけた。思いかけて、それから、あることに思い至った。

 ――この人、私と普通に話せてる。

 私に……私に、真剣に、向き合ってくれている。
 だからこそ、彼は『運命の邂逅』なんて言ったのだろう。もしかしたらこれは蘭子の勘違いでしかないのかもしれない。でも、もし、そうだとしたら……。

 蘭子はもらった名刺を眺める。
 CGプロ。
 名前だけは、聞いたことがあるような気がする。芸能関係に詳しくない自分でも知っているということは有名な事務所なのだろう。

 そんなことを考えながら、蘭子はぺらっと名刺を裏返す。

『もし、君にその気があるのなら、この番号に連絡してくれ』

 名刺の裏には、彼の電話番号が書かれている。

「……アイドル、かぁ」

 アイドル。
 蘭子もそれは知っている。憧れたことがないとは言えない。
 でも、私に、アイドルなんて……。

『――君をトップアイドルにすると、約束する』

「……本当に?」

 蘭子はつぶやく。それに答える者はいない。
 だが、記憶の中の彼は言った。

『ああ。もしこの契約を破ったならば、俺をどうしてくれてもかまわない』

 そう言われた時は、何も答えられなかった。

 だけど。

「――ならば、血の盟約を交わそう」

 蘭子はそう言って、立ち上がった。

 そして――

181: 2017/04/19(水) 21:20:29.10 ID:nhXCd10e0

      *

「蘭子とライブバトル、ですか?」

 アナスタシアが首を傾げるのに、僕はそうだとうなずく。

「相手は当代の『シンデレラガール』。間違いなく、トップアイドルの一角だ。だが――」

「負けるつもりはない、ですね?」

 アナスタシアが微笑む。僕は笑い返し、

「その通りだ。今後の予定に関しては後でまとめて話す。かなりのハードスケジュールになるが――」

「望むところ、です」

「……まあ、君はそう言うだろうな」

 僕は苦笑する。まったく、頼もしいことこの上ない。

「と言っても、もちろん休みがないわけじゃない。例えば、クリスマスは休みだな」

 クリスマスに仕事を入れても良かったのだが、それはさすがにハードスケジュールにも過ぎるのでやめた。それよりも今回はライブバトルに専念しようと思ったのだ。

「それと、今回のライブバトルだが――今回はイベント的な意味合いが強い」

「? どういう意味、ですか?」

「普通、ライブバトルは互いにライブをして、勝敗を決めるだけだろう?」

「ダー。今までのライブバトルも、そうでしたね?」

「だが、今回は違う。宣伝から何まで、神崎さんとの合同イベントといった色が強くなる」

 そのための企画も既に用意してある。まだまだ詰めなければいけないが、普通のライブバトルとは違ったものになるだろう。

「合同イベント……バトル、しませんか?」

「バトルはするさ。でも、できるだけファンの人たちには楽しんでもらいたいだろう?」

 そう言うと、アナスタシアは顔を輝かせた。

「ダー!」

 嬉しそうなアナスタシアを見ると、僕も嬉しくなる。もちろん、これはアナスタシアをよろこばせたいというだけではなく、戦略的にも意味がある。
 だが、アナスタシアにそれを知らせる意味はない。

「それじゃ、アナスタシア。今後の予定だが――」


182: 2017/04/19(水) 21:21:26.98 ID:nhXCd10e0

      *

「――いや、まさかお前にあそこまで言われるとはな」

 事務所、ミーティングルーム。
 僕は先輩と一緒にアナスタシアと神崎さんのイベントについて話し合っていた。

「その話はもういいでしょう。それより、企画を進めましょう」

 今回のイベントは大型のイベントになる。ライブバトル自体は一月に行われるが、それまでにも様々なことをやるつもりだ。
神崎さんとアナスタシアの二人で色々なことをやって、その最後にライブバトルがある。

 そのようなイベントになると、当然、僕たち二人だけで話してすべてが決まるわけではない。
まずは僕と先輩で色々と意見を出し合って、それから関係者を含めた何度かの会議をして、企画を完成させる。
既に各方面にはある程度の話は通しているが、まだ『こういったことをやります』といった程度だ。細かいところはまだまだ詰める必要がある。

「まあ、それもそうだな。それで聞いておきたいんだが、アーニャちゃんをバラエティに出すのはいいか?」

「はい。番組は選ばせてもらいますが」

「……うまくいってるからいいんだが、新人の頃から番組を選ぶ、ってなかなかだよな」

「CGプロにはお世話になっています」

「そういうところはお前も黒いよな」

 先輩は黒いと言うが、使えるものを使って何が悪いと言うのだろう。CGプロは大手のプロダクションだ。簡単に言えば事務所に力がある。僕はその力を使わせてもらっているだけだ。そもそも、

「そう教えたのは先輩でしょう」

「そうだったか?」

 そうだ。『清濁併せ呑むってことを覚えろ。ウチの事務所には力がある。なら、それを利用しろ』そう僕に教えたのは目の前にいる先輩だ。

「でも、それにしてもアーニャちゃんはすごいな。あの星の輝きはどこまで……って思うよ。デビューからまだ半年くらいか? それでここ
まで、だもんな。天才だよ」

「それを言うなら、神崎さんもそうでしょう。彼女こそ天才だ、って僕は思いますけどね」

「蘭子が? ……そう、かもな」

 先輩がどこか遠い目をして笑う。……どうしたのだろうか?

「ん、ああ、なんでもないよ。それで、バラエティ番組はいけるんだったな。これに関しては俺の方でテレビ局に話を通しておく」

 うまく逃げられたような気がする。だが、聞かれたくないのなら聞かない方がいいだろう。

「わかりました。お願いします。では、宣伝に関してですが……アナスタシアのイメージに合わせたものと神崎さんのイメージに合わせたもの、それからそれぞれのイメージを押し出したものの三パターンで制作したいと思っています」

「ん、それは『コラボ』って感じで良さそうだな。たぶん通るだろ。アーニャちゃんのイメージって言ったら、やっぱり白か? 蘭子はダークな色合いが多いから……」

「それに関してはデザイナーさんなんかにも話を聞きましょう」

「そうだな。もちろん、俺は俺で着てほしい服とかを考えておくけどな!」

「はい。僕の方でも既に資料を用意しています」

「お前……まあ、いい。それじゃ、これはまた会議の時にでも――あ」

 先輩が何かを思い出したと言うように言葉を止める。

「どうしたんですか?」

 僕が尋ねると、先輩は悪そうな笑みを浮かべた。

「次の会議に参加させたい人がいるんだが……参加させてもいいか?」


183: 2017/04/19(水) 21:22:01.26 ID:nhXCd10e0

      *

 事務所、レッスン室。

「お疲れ様、蘭子」

 蘭子のプロデューサーはそう言って、自らの担当アイドルにタオルとスポーツドリンクを渡す。

「ありがとう、プロデューサー」

 対する蘭子はレッスン着を汗でびっしょりと濡らしている。しかし、呼吸は乱れていない。
 プロデューサーである自分でもよくわからないが、『こういう時でも息を乱さないようにする』ということもレッスンの内であり、また重要なことだと言う。
 いくら疲れていてもファンにそれを悟らせないように、ということだろう。

「調子は?」

「上々ね。貴方も感じるでしょう? 抑えきれぬこの魔力を!」

「魔力……魔力か」

 プロデューサーはすんすんと鼻を鳴らす。蘭子はそれに対してどういう意味かと首を傾げ――理解した瞬間、顔を真っ赤にする。

「ぷ、プロデューサー!」

「ん? ああ、魔力かどうかはわからないけれど、汗のにおいはするよ」

「むぅー!」

 蘭子がぽこぽことプロデューサーのことを叩く。プロデューサーは「ははは」と笑い、

「すまんすまん。さすがに今のはデリカシーに欠けた発言だった。謝るよ」

「……そんなに、におう?」

 蘭子が心配そうに尋ねる。蘭子も年頃の少女である。そういったことは気になるのだろう。そう考えると、さっきのは不用意な発言だった。

「いや、ただの冗談だ。気にしないでくれ」

「……そう」

 言いながらも、蘭子は少しプロデューサーから距離をとる。
 ……本当に問題はないのだが、それでも気になってしまうのだろう。プロデューサーは心の中で溜息をつく。
 気をつけているつもりではあるんだが、やはりそれはつもりでしかないのだろう。
 アイドルのプロデューサーになってなかなか経つと言うのに、未だに同じようなミスをしてしまう。

 これは自分が蘭子に気を許し過ぎている、ということでもあるのだろう。『親しき仲にも礼儀あり』と言うが、それでも親しい仲では気を抜きがちだ。
 もちろん、それを言い訳にしてはいけないのだが……。

 そう言えば、あいつはアーニャちゃんに対してどうしているんだろう。色々と相談されることもあるが、こういうことに関しては聞かれたことがない。
 ……あー、でも、あいつ加蓮ちゃんのプロデューサーだったしな……それなら、まあ、俺よりは上手いか。
 そう考えると、少しだけ落ち込む。あいつの前では先輩らしくしているつもりではあるが……本当に、かわいくない後輩だな、あいつは。

「……な、何を笑っているの?」

 蘭子が訝しげに尋ねる。どうやら、思わず笑ってしまっていたらしい。プロデューサーは正直に話す。

「いや、アーニャちゃんのプロデューサーのことを考えていて、な」

「アーニャちゃん……銀の天狼の、か」

 銀の天狼……確か、前は『眩き白銀』だったか。二人で遊びに行くって言ってたが、その時に何かあったのだろうか。
 まあ、女の子どうしに何があったか、なんてことはさすがに聞かない。プロデューサーは続ける。

「あいつは本当にかわいくない後輩なんだよ。今回、蘭子とアーニャちゃんのライブバトルを企画したのもあいつだった。世話になった先輩に対して喧嘩を売るなんて、な」

 そうやって語っていると、蘭子がくすくすと笑った。
 そこまで笑うことか? プロデューサーが蘭子を怪訝に見ていると、蘭子は笑いながら尋ねた。

「――でも、楽しいんでしょう?」

 その言葉に、プロデューサーはきょとんとする。
 そして、にっ、と口角を上げた。

「ああ。楽しいよ。すごく――すごく」

184: 2017/04/19(水) 21:22:48.54 ID:nhXCd10e0

 今回のライブバトルにおいて、アナスタシア側の受ける恩恵は大きい。『シンデレラガール』とのライブバトルというのは、それだけ大きな価値がある。
 だが、だからこそ、蘭子側からすればその企画を受ける必要はなかった。
 もちろん、アナスタシアは最近注目されているアイドルだし、蘭子と仲が良いことも知られ始めている。
 今このタイミングでアナスタシアとライブバトルをすれば、蘭子側にとっても大きなメリットとなるだろう。

 しかし、それでも。それは『どうしてもやりたい』というほどではない。

 神崎蘭子は『シンデレラガール』である。
 アナスタシアとのライブバトル以外にも、同じような規模のイベントはいくらでも選べる立場にある――いや、ただのライブバトルであれば、もっと良い条件のものはいくらでもあったのだ。

 つまり、蘭子側からアナスタシア側の申し出を受ける必要はなかった。
 だから、アナスタシアのプロデューサー――Pにライブバトルを申し込まれた時、蘭子のプロデューサーはこう答えた。

『それを受けて、こちらにどんなメリットがある?』

 先輩後輩の仲ではあるが、それでも情だけで判断するなんてことはしない。利益がなければ人は動かない。逆に言えば、利益を提示することができれば人は動く。

 Pもそれはわかっていたのだろう。自分に対してこんな提案をした。

『ただのライブバトルなら、確かにそうだと思います。ですが――もっと大きなイベントなら、どうですか?』

 そう言ってPは企画書を渡してきた。アナスタシアと神崎蘭子の合同イベント。それはとても魅力的な提案だった。確かに、これなら蘭子にとっても大きな利益になる。

 だが、それでも、『これを受ける必要』はない。

『これは魅力的だな。だが、シンデレラガールなら――』

 もっと大きなイベントをすることもできる。そう言おうとした瞬間、

『はい』

 Pがその言葉を遮って、続けた。

『なので、「シンデレラガール」の恩恵を全力で使わせてもらいたい、と思いまして』

 聞き間違いか? と思った。
 しかし、目の前のPは真剣な表情をしていた。まったく表情を変えることなく、動揺することなく、当然のようにそう言った。

『――は』

 たえられなかった。そんなこと……そんな、ふざけたこと。

『ははははは! 面白い! 面白いな! 確かにそれなら、十分に受ける価値がある!』

 Pが言ったこと。それは『そちらが持っている権利を利用させてほしい』という図々しいものであったが、だからこそ、蘭子側にとっても大きな意味を持つものだった。

『シンデレラガール』という称号は、ただそれだけでも十分に力を持つ。
 事務所の看板であるが、その前にそれだけ人気があるということでもあるのだ。
 選べるほどに仕事が来るし、それだけ大きなイベントの参加も依頼される。

 だが、シンデレラガールの特権はそれだけに収まらない。一年間事務所の看板になって、推される。
 それはつまり、それだけ『使えるもの』が大きいということになる。
 それを全力で使ったならば――そのイベントは、蘭子にとっても大きな価値がある。

 そのイベントをわざわざアナスタシアとする意味があるかと言えば、必ずしもそうというわけではない。それはPも理解しているだろう。
 だが、それでも――その提案は、面白かった。蘭子のプロデューサーの頭の中で、一気に思考が展開される。

 ソロライブは数ヶ月前にやったばかりだ。
 この時期ならばソロでのイベントよりも他のアイドルとの合同イベントの方が大きなものができる。
 アナスタシアというのは絶好の相手だ。渋谷凛や高垣楓、それから二宮飛鳥もいいが――確か、予定はもう埋まっていたはずだ。765プロなんかも面白いが、問題がないわけじゃない。それに……。

 アナスタシアである『必要』は確かにない。だが、アナスタシアという相手は、この状況ではベストに近い。
 そして、そのことも踏まえて、Pはこれを提案してきている。
 おそらく、これから自分が言う言葉もPは予想しているだろう。
 だからこそ、この提案は、大いに受ける価値がある。

『受けよう。だが、企画の主導権はこちらが握らせてもらう。それでもいいか?』

『もちろん。では、交渉成立、と言うことで』

 Pは即答した。最初からそのつもりだったのだろう。そうすれば、もう断る理由はなかった。

『ああ。これからよろしく』

『よろしくお願いします』

 そうして、固く握手をした。……あの時のことは、今思い出しても笑えてくる。


186: 2017/04/19(水) 21:23:17.62 ID:nhXCd10e0

「――プロデューサー、変な顔してる」

「そうか?」

「うん」

 蘭子が柔らかく微笑んでいる。その微笑みを見ていると、自分まで心が優しい気持ちで満たされるようだ。髪がしっとりと濡れて、それが光を反射していることも――って。

「蘭子、すまん。そのままじゃ寒いだろ。汗、流してきた方がいいんじゃないか?」

「あ」

 どうやら蘭子も気付いていなかったらしい。だが、これはプロデューサーである自分が気付かなければならないことだった。
 話に付き合わせてしまったが、それは汗を流してからの方が良かっただろう。

「本当にお疲れ様、蘭子。シャワーを浴びたら、後で話したいことがあるから――」

 そこまで言って、プロデューサーは思い出した。そうだ、話したいことがあった。これだけは、早めに言っておいた方がいいだろう。
 そう判断して、プロデューサーは言う。

「蘭子。アーニャちゃんとの合同ライブの会議、蘭子も参加してみないか?」

 と。

187: 2017/04/19(水) 21:23:54.20 ID:nhXCd10e0

      *

 事務所、第二会議室。
 そこにはアナスタシアと神崎さんの合同イベントのために、様々な人が集まっていた。
 僕と先輩を含めた二十数名。デザイナーやプロモーター、マーケティング部、営業部……CGプロの内外問わず、様々な人が集まっている。

 そして――それに加えて、アナスタシアと神崎さん。

 そう、先輩が言っていた『参加させたい人』というのは神崎さんのことだったのだ。
 アイドルをこういった会議に同席させるなんてこと、僕は考えもしなかった。
 だが、神崎さんはしばしばこういった会議に参加しているらしい。
 何なら、最初の企画立案に関わっていることも多いと言うから驚きだ。

 しかし、それで『シンデレラガール』になるということは、神崎さんのプロデュースに関してはそれで正解なのだろう。
 実際、神崎さんによって出された提案は面白いものが多かった。神崎さんの世界、とでも言えばいいのだろうか。それが波のように伝わってくる。

 なるほど、これは素晴らしい。だが、これがアナスタシアの参考になるかと言えば……どうだろうか。わからない。
 アナスタシアは興味深そうに聞いているが……まあ、何か刺激をもらってくれればそれでいい。そのために連れてきた、というところもあるのだから。

 会議は順調に進んだ。神崎さんに負けじとアナスタシアの魅力を語り、アナスタシアについてどういうものをしたいのかを全力で話していると先輩に「落ち着け」と言われたことがあった、というくらいだ。

 そしてライブバトルの話になった。もちろん、ライブバトルに関する戦略を相手がいるところで話すわけにはいかない。
 ただ、せっかくアナスタシアと神崎さんがいるのだから、と二人に意気込みを聞きたい、と言う人がいたので、聞いてみることにした。

「意気込み……ですか」

 ンー、とアナスタシアは考え込む様子を見せた。しかし、それは一瞬のことで、彼女はすぐに神崎さんの方を向いて言った。

「蘭子。私は負けません。必ず、勝ちます。だから――一緒に、頑張りましょう!」

 その言葉に、周囲は少しの間固まった。
 まあ、そうだろう。『シンデレラガール』を相手に『勝つ』と断言するのはなかなかできない。『全力を尽くす』とか『胸を借りるつもりで』とか、そんな言葉で濁すのが普通かもしれない。 
 だが、アナスタシアがそんな言葉で濁すわけがない。まっすぐに、自分の気持ちを伝える。それでこそ、アナスタシアだ。
 そして、そう思ったのは僕だけではないらしい。

「クックック……銀の天狼よ! 私も同じ気持ちよ。天の星を落とし、この地に魔界を顕現させましょう!」

 ……神崎さんの言葉の意味はよくわからないが、まあ、同じ気持ちと言ってるからには同じ気持ちなんだろう。たぶん。

「銀の……天狼?」

 そう呟いたのはライブバトルの担当者だ。確かに、その言葉は初耳だった。呼び名が変わったのだろうか。
 だが、それ以外ではなくそこを気にするとは……神崎さんの言葉には、もう慣れているのかもしれない。

「――いいね! 銀の天狼……いつまでも『新星』って言うのもどうかと思ってたんだよ。うん、うん……次からは、『銀の天狼』でいこう!」

 は? 何が?
 いや、わかっている。アナスタシアのことだ。……天狼。天狼とは、なんだったか。どこかで聞いたことがあるような気がするのだが……。

「いいですよね? ね?」

 彼が机に乗り出して尋ねてくる。
 そもそも、『新星』というのを決めたのも僕ではないのだが……しかし、ここで『勝手にしてくれ』と思うわけにもいかない。
 せっかく決めることができる機会なら、よく考えるべきだろう。

「……プロデューサー」

 どうするべきか。僕が考えていると、隣に座るアナスタシアが言った。

「私……それが、いいです」

「……そうか」

 なら、決定だ。アナスタシアがそれがいいと言うのなら、そうするべきだと思う。僕がそう言うと、彼は嬉しそうに笑った。

 それからは特にもう何もなかった。今回話したことをまとめて終わった。
 会議が終わった後、『天狼』という言葉について調べると、すぐに答えは出た。……確かに、これならアナスタシアも『それがいい』と言うだろう。

 もっとも、名前がそうなっただけでは意味がない。
 ここで勝って……その名前を、本当にする。
 心の中で、そう誓った。

188: 2017/04/19(水) 21:25:29.01 ID:nhXCd10e0

       *

 クリスマス。
 今日はアナスタシアも休みだ。朝にランニングはしたらしいが、それくらいは健康的の範疇だろう。そこまで制限しようとはさすがに思わない。
 今は朝の九時。今日は僕も休みをとり、アナスタシアと過ごすことになった。その待ち合わせをしているところだ。

「――Pさん! 早いですね。おはようございます!」

 そう言いながらこちらに駆けてきたのはルキちゃん。私服姿を見るのは珍しい。見るのが初めて、というわけでもないが。

「おはよう、ルキちゃん。アナスタシアもそろそろ来るって」

「そうですか。……でも、わたしが誘われるなんて、思ってませんでした」

 僕も自分が誘われるとは思っていなかった。ただ、アナスタシアがホームパーティーを好きだと言っていたから、それを提案しただけだ。
 クリスマスを故郷で過ごせないのならばせめて、と思い提案したのだが……その時のアナスタシアのよろこびようは凄まじかった。まさか、あそこまでよろこばれるとは……。

 そうした結果、提案者の僕はもちろん、ちょうどルキちゃんもクリスマスは空いていたらしく、参加することになった。
『クリスマスを空いているか』と尋ねた時のルキちゃんは……思い出すと、おかしくて笑ってしまう。

「? 何を笑っているんですか?」

「いや、クリスマスの予定を聞いた時のルキちゃんを思い出してね」

「……忘れて下さい」

 ルキちゃんは顔を赤くして言うが、忘れるわけがない。あの不機嫌そうな顔をして、『ないですけど、何か?』と言った時のルキちゃん……クリスマスを楽しむ人々を呪っているような顔だった。

「でも、意外だったよ」

「何がですか。わたしがクリスマスを気にしていたことですか。わたしだって年頃の女の……子かどうかはわかりませんけど、友達はみんな彼氏と云々言うんですもん。すさんじゃっても仕方ないですよ」

「いやいや、そうじゃないよ。ただ、ルキちゃんもアイドルみたいにかわいいのに、浮いた話がないなんて意外だ、って思ったんだよ」

「それ、口説いてるんですか?」

「そう思うか?」

「思いません。……ありがとうございます。でも、Pさんも悪いんですよ?」

 僕が? 僕が何かしただろうか。

「レッスンの時間が……その……」

「……すまない」

 いや、うん。確かにこれは僕が悪い。ルキちゃんは一応まだ学生だ。学生とトレーナーの二足のわらじを履いているのだから、そんな時間がなくても仕方ないだろう。

「あ、で、でも、わたしも楽しいんですよ? アーニャちゃんはすごく頑張ってくれていますし、わたしもやりがいがあります! だから、その……すみません。今のは、ちょっと、愚痴になってしまいました」

「いや、大丈夫だ。僕も君に仕事をさせすぎたかもしれない」

「だからっ」

「でも」

 慌てるルキちゃんに、僕は言う。

「だからと言って、今さら君以外にアナスタシアを任せることはできないよ。これからもよろしく」

「……はいっ!」

 ルキちゃんは笑顔でそう言ってくれる。……本当にルキちゃんには世話になっているな、と思う。今日、少しでも楽しんでくれるといいのだが。

「プロデューサー、ルキ。待ちましたか?」

 そうしていると、アナスタシアが来た。そこまで待ってはいない。そう答えると、アナスタシアには「そうですか」と言われたのだが、ルキちゃんには少し怒られた。

「こういう時は、今来たところ、って言うんですよ」

 しかし、今来たところではないからな……そう言えば、加蓮にも同じようなことを言われたことがあったような気がする。……去年のクリスマスは、彼女と一緒に過ごしたな。

「……プロデューサー?」

「Pさん? どうか、しましたか?」

 そう言われて、ハッとする。……今、僕がともにいるのは、アナスタシアとルキちゃんだ。それなのに、いったい何を考えているのだ、僕は。

「……いや、すまない。何もないよ。そろそろ行こうか」

 僕はそう言って歩き始めた。アナスタシアとルキちゃんは少しの間不思議そうにしていたが、それ以上は何も聞かずに隣を歩いてくれた。

 ……ありがとう。

 今はただ、そう思った。

189: 2017/04/19(水) 21:26:23.65 ID:nhXCd10e0

      *

 ホームパーティーと言っても、僕には経験がない。まあ、家でパーティーをすればいい……のだと思う。
 アナスタシアに何かこだわりがあるのかと尋ねたが、「大丈夫です」と答えられたので、大丈夫だと思うことにする。

 開催場所は僕の家。参加者は僕とアナスタシアとルキちゃんである。
 僕の家になった理由は女子寮もルキちゃんの家も無理だから、ということでしかない。
 引っ越しの時は女子寮に入らせてもらったが、あまり入らない方がいいというのは確かだ。
 ルキちゃんの家は……ルキちゃんがお姉さん方に『クリスマスは男の人と一緒に過ごしてくるから』と言って来たらしい。
 ……間違ってはいないが、どうして見栄をはっているのだ。僕が溜息をつくとルキちゃんは目をそらしていた。
 まあ、最初からルキちゃんの家まで借りるつもりはない。さすがにそれはお邪魔だろう。

 ということで僕の家になったのだが……僕の家にパーティーをするためのものなど何もない。そもそもあまり物がない。
 よって、ホストである僕はゲストであるアナスタシアとルキちゃんと一緒にパーティーに必要なものを買いに来たのである。

「最初に何を見ればいいんだ?」

 と言っても、僕は本当に何もわからない。何が必要なのかすら、だ。

「最初に、って言うと難しいですね。そんなに重いものはダメですし」

 ルキちゃんの言葉に、車で来た方がよかったかもしれない、と思う。だが、ないものを考えても仕方ない。

「ンー……一通り見て回ってから、いったん昼食をする、というのはどうですか?」

 アナスタシアの提案に僕はうなずく。

「そうだな。荷物ができる前に昼食はとっておいた方がいいだろうし、それなら効率的に動けるか」

 これで一応の行動予定は決まった。僕たちはパーティーに必要なものを探しに回りながら会話を続ける。

「Pさんの家って、キッチンはどうなんですか? 道具とか、設備とか」

「あまり使ってないが、一通りは揃っているはずだ」

「なら、料理もできますね。アーニャちゃん、一緒にしよっか」

「ダー♪ ルキとの料理、楽しみです」

「ん、作るのか。買って帰るのかと思った」

「それもいいですけど、今日は時間もありますから。それに、Pさんの健康も気になりますし」

 それを言われると弱い。僕も健康に気を遣っていないわけではないのだが、ルキちゃんに言わせれば『不健康』でほっとけないらしい。

「それから、パーティーなんですから、何か遊ぶようなものも……ボードゲームとか?」

「そういう意味なら、アナスタシアが出演した映像なんかはぜんぶ録画してあるが」

「クリスマスにそれを見るの、ってどうなんですか?」

「? おかしいですか? ルキ。クリスマスに家族の映像、見ませんか?」

「家族……ふふっ。確かに、それならおかしくないかも」

「ダー。ですから、ルキとプロデューサーの映像も見せて下さいね?」

「そ、それはちょっと……」

「ルキちゃんの映像ならあるが、僕の映像はないな」

「なんであるんですか!?」

「楽しみですね、ルキ♪」

「こわいです……」

 朗らかに笑うアナスタシアとがっくりとうなだれるルキちゃん。……まあ、実を言えば僕の映像もあるにはあるが、学生の頃の映像なので恥ずかしい。二人にはバレないようにしたいところだ。

 話が僕の映像だけないのは不公平……なんて方向に進む前に、僕は話題を変える。

「あとは……クリスマスだし、プレゼントとか、か。まあ、僕はもう買っているから問題ないな」

「えっ」

「ダー。私も、もう買っています」

「えっ!?」

 ルキちゃんがあからさまに驚く。どうして驚いているのかは……なんとなくわかる。


190: 2017/04/19(水) 21:26:51.43 ID:nhXCd10e0

「……ど、どうしよう。わたし、何も用意してません……」

 案の定、彼女は何も用意してなかったらしい。だが、何も話してなかったのだ。用意していなかったとしてもおかしくはないだろう。僕はルキちゃんをフォローする意味もこめて言う。

「大丈夫だよ、ルキちゃん。僕はルキちゃんとアナスタシアにはお世話になっているから用意しただけだ」

「私も、ルキとプロデューサーにはお世話になっていますね? だから、用意しました」

「そ、それ、わたしだけ二人にお世話になっていないみたいじゃないですか……わたしが恩知らずみたいじゃないですか!」

 どうやらフォローにならなかったらしい。ルキちゃんはあわあわと慌てて、それから、ぐっと拳を握る。

「……きょ、今日、買います! 二人には付き合ってもらいますからね!」

「あんまり無理はしなくてもいいよ、ルキちゃん」

「ダー。無理はしないで下さいね?」

「アーニャちゃんに言われると自分が情けなくなってくるからやめて……」

 そんな風に話しながら、僕たちは買い物をして歩いた。
 ふと周りを見てみると、街中には神崎さんのがあった。さすがはシンデレラガール。
 そう思っていたところに、今回のイベントのも見えた。アナスタシアと神崎蘭子。二人のイベントの。

 ……こういうのを見ると、なんだか、嬉しくなるな。
 今回はシンデレラガールの力を借りたものだが、いつかは……。

「プロデューサー?」

「早く来ないと、置いていっちゃいますよ? Pさん」

 アナスタシアとルキにそう言われて、僕は慌てて歩き出した。

「すまない。今行くよ」

 今日はクリスマス。年末年始にも休みはあるが、やることはたくさんある。
 だからこそ、今はこの時を楽しもう。
 そして、それが終われば――

191: 2017/04/19(水) 21:27:19.66 ID:nhXCd10e0

      *

 クリスマスから一ヶ月ほどが経過した。

 その間にも様々なことがあった。アナスタシアと神崎さんのイベントを告知するために番組に出たり、映像を撮影したりした。
 二人である商品のCMを撮影することもあった。二人でちょっとしたイベントを開催したりすることもあり、この時期は一時的にユニットとして活動しているところもあった。
 もちろん、実際にユニットとして活動しているわけではなかったが……それに近いものではあった。

 アナスタシアも僕も、様々なことを経験させてもらった。この時点で、今回の企画は既に大成功と言ってもいいだろう。
 それくらいは盛り上がっていたし、好評だった。アナスタシアだけではなく、神崎さんにとっても良いものになったと断言できる。

 だが、まだ最後のイベントが残っている。
 ライブバトル。
 今回の企画の集大成とも言えるものが、迫ってきていた。

192: 2017/04/19(水) 21:27:45.50 ID:nhXCd10e0

      *

 ライブバトル当日。
 加蓮とのライブバトルの時の会場も大きかったが、今回のライブバトルはその時よりもさらに大きな会場で行われる。

 ライブバトルでもグッズが販売されることはあるが、今回はこのライブのためのグッズが多く販売された。
 神崎さんとアナスタシアはユニットを結成したわけではなく、そのようなグッズが次にいつ販売されるのかはわからない。
 既に受注生産することは発表されているが、それでも早朝から物販の列に並ぶ人でいっぱいだったことは確かである。

 今回の企画が大規模なものだったことは認めるが、それほど期間が長かったわけでもないのにここまで様々なものができるとは……僕も忙しかったが、関係各所がどれだけ多忙だったのかは想像に難くない。

 さて、それはそれとしてライブバトルだ。
 アナスタシアの調子は万全。
 できることはすべてしたつもりだ。
 あとは――舞台の開幕を待つのみだ。

193: 2017/04/19(水) 21:28:12.99 ID:nhXCd10e0

      *

「さてさて皆様! 盛り上がる準備はよろしいでしょうか! ライブバトル、そろそろ始まりの時間です! 今日のライブバトルは一ヶ月ほど前から行われてきた神崎さんとアナスタシアさんのコラボレーションの集大成! これで終わってしまうのはもったいない、と思う方もいらっしゃると思います! 私もそう思う! しかし! これは終わりではなく始まりなのです! 今まで仲良く私たちを楽しませてくれた神崎さんとアナスタシアさんの輝きをともに見届けようではありませんか! さて、皆様もう承知のことと思いますが、今回のライブバトルの参加者を紹介したいと思います! まずは『シンデレラガール』神崎蘭子さん! そして『銀の天狼』アナスタシアさんです!  アナスタシアさんのこの『銀の天狼』という名前は神崎さんが付けたという話! プライベートでも仲が良いという二人のこの戦いの結末はいったいどうなるのでしょう! 私も楽しみで仕方ありません! 今回の先手はアナスタシアさん、後手が神崎さんで行われます! ……では! アナスタシアさんのステージまで、もうしばらくお待ち下さい!」


194: 2017/04/19(水) 21:28:41.28 ID:nhXCd10e0

      *

 観客席。

「あ、かれんだ」

 後ろから聞こえたその声に、加蓮はびくっと身を震わせる。そしてあからさまに嫌そうな顔をして、声に振り向く。

「……未央」

「うわ、何その顔。未央ちゃん傷付くなー」

 演技がかった調子で言う未央に、加蓮は溜息をつく。私とアーニャちゃんのライブバトルにも来てたらしいけど……まさか、こんなところで会うなんて。
 しかし、未央も同じことを思っていたらしい。「いやー、かれんが来るのって、結構意外かも。アーニャを気にしていることは知ってたけど、会場には来ないって思ってた」そんなことを言いながら、彼女は加蓮の隣に座る。

「……未央がどこまで知ってるかは知らないけど、今回のステージは、見ておかなくちゃいけない、って思ったから」

 未央は凛と同じニュージェネレーションのメンバーだ。しかし、凛が加蓮の事情を話すとも思えない。
 Pさんが私の元プロデューサー、ということくらいは知っているだろうけど……それ以上のことも気付いているように思える。
 未央のそういったところはありがたいと思うこともあるが、今は厄介だ。

「そうなんだ。まあ、今回のライブバトルは要注目だもんね。らんらんとアーニャの、なんて……本当に、面白そう」

 未央の目に一瞬、獰猛な光が宿る。しかし、それは本当に一瞬のことで、すぐに消える。
 ……凛とは違うけれど、未央もすごい目をする時があるな、と加蓮は思う。だからと言って、もし戦うとしても負ける気はないけど。

 戦うと言えば、アーニャちゃんだ。今の彼女は、私とライブバトルをした時と比べても、明らかにパフォーマンスが良くなっている。

「……それでも、『シンデレラガール』が相手なら」

 今のアーニャちゃんの実力がどこまで伸びているかはわからないが……無謀とまでは言わないまでも、勝つことは難しいだろう。

「未央は、どう思う?」

 ふと、思ったので尋ねてみた。

「今回のライブバトル……どうなると思う?」

 隣に座るのは本田未央。間違いなく、トップアイドルの一人である。
 そんな彼女がどう思うのか、気になった。

「どうなるか……うーむ、それは難しい質問ですね」

 どこかの学者の真似でもしているのだろうか。顎に手を添えて、考えこむようなポーズをとっている。

「らんらんはかれんの言う通り『シンデレラガール』。実力は間違いなしだよね。他と比べることができない独特の世界観。そしてそれを表現することのできる豊かな表現力。らんらん自身はかわいいんだけど、ステージに立つと――らんらん風に言えば、『魔王』が顕現したように、一気に雰囲気が変わる。『シンデレラガール』にふさわしいし……何より、『アイドル』の一つの究極なんじゃないかな、って思う」

 未央の言葉に、加蓮は内心驚いていた。自分も近いことは思っていたけれど、未央がそう評価するなんて。
『アイドル』の一つの究極……確かに、そうかもしれない。『神崎蘭子』というアイドルは、それくらいの存在だ。
 だが、それを言葉にするということ……それも、本田未央が言った意味。それを考えると、加蓮は驚かずにはいられなかった。
 そんな加蓮の驚きに気付いているのか気付いていないのか、未央は続ける。

「そして、アーニャ。アーニャはすごいよね。しぶりん級にストイック、ってこともあるけど……まだデビューして一年も経っていないのに、ここまで来るなんて。かれんとのライブバトルくらいまでは表現力に課題があるかな? って思ったけど、それも最近はどんどん良くなってきてる。たぶん、かれんのステージがきっかけだね。聞いた話では、しぶりんのレッスンも取り入れているみたいだし……今はどこまで成長しているのか、私でもちょっとわからないかも」

 つまり、と未央は言って、加蓮に笑いかける。

「今のところ、わからないかな! どっちが勝ってもおかしくないかも」

「……『シンデレラガール』が相手でも?」

「うん。私が相手なら、どっちでも私が勝つけどね」

 ……そうか。未央は、そう思うんだ。
 未央の予想は加蓮とは異なるものだったが、どうしてか、自然と受け入れることができた。
 今のアーニャちゃんなら――そして、今のPさんなら。
 確かに、どうなってもおかしくないかもしれない。

「……がんばって」

 誰に向けたのでもなく、加蓮はそうつぶやいた。

195: 2017/04/19(水) 21:29:10.56 ID:nhXCd10e0

     *

 舞台袖。

「準備はいいか? アナスタシア」

「ダー」

 アナスタシアがうなずく。それを見て、僕はアナスタシアに激励するつもりで、言葉を重ねる。

「わかった。それじゃ――この会場を、君の輝きで焼き焦がしてやれ、アナスタシア」

「……蘭子みたいな言葉、ですね」

 くすっ、とアナスタシアが笑う。……確かに、そうかもしれない。
 だが。

「それ、今言うことか? そう思わせるような言葉を使った僕が悪いのかもしれないが……」

「ニェット。嬉しいですよ、プロデューサー。元気、もらえました」

「……なら、いいんだが」

 なんだか、締まらない。何かアナスタシアを勇気付けられるような、勇ましい言葉がないか……僕が考えていると、アナスタシアがこちらを見て、微笑んだ。

「それでは、プロデューサー。――勝ってきますね」

 ……そんなことを言われたら。

「ああ」

 僕の返す言葉は、一つしかない。

「勝ってこい、アナスタシア」

「ダー♪」

 アナスタシアは輝くように笑い。
 そして。

 ステージへと、歩き出した。

196: 2017/04/19(水) 21:29:39.90 ID:nhXCd10e0

      *

 観客席。
 そこには一人の青年がいた。
 彼はアナスタシアのファンであり、彼女が初めて行ったインストアイベントのお渡し会で、最初にアナスタシアと言葉を交わした青年だった。

 彼は今、緊張していた。アナスタシアの人気はぐんぐん伸びてきているが、それでも蘭子に比べると劣ってしまう。
 やはり『シンデレラガール』は別格であり、これまでのイベントでも明らかに蘭子のファンの方が数は多かった。

 ファンの数がそのままライブバトルの結果を示すわけではない。しかし、それでも……まったくの無関係、というわけでもないだろう。
 だからこそ、頑張らなければ。青年は思う。しかし、アナスタシアの曲は――いつも通りの曲であれば――コールなどはしない。盛り上げるような曲ではないし、特に頑張るようなことはできない。
 できることは、応援すること。
 それだけだ。

「――さあ! そろそろ開幕の時間です! 皆様、今度こそ準備はよろしいでしょうか! よろしいですね? それでは! アナスタシアさんの登場です!」

 そんな声とともに、会場の照明が落ちる。
 それから、ステージの照明が灯り。
 アナスタシアが、ゆっくりと舞台袖から姿を現す。

 ――ん?

 青年は最前というわけではないが、ステージからそこそこ近い位置にいた。
 だから、彼女の表情が見えた。
 アナスタシア。
『シンデレラガール』という強敵を相手にした、彼女は。
 その、表情は――

「……笑ってる?」

 そして。
 曲が始まる。

197: 2017/04/19(水) 21:30:17.76 ID:nhXCd10e0


 ――【You're stars shine on me】


198: 2017/04/19(水) 21:30:46.36 ID:nhXCd10e0

 それは、恋の歌。
 星を連想される言葉が多く含まれたバラードである。

 今までこの曲は切なく歌い上げられることが多かった。
 歌詞からもそれは非常にこの歌に合っていた。

 しかし、北条加蓮とのライブバトル以降、その歌い方にブレが生じていた。
 それは敗北のショックから来るものだと思っていた。
 今は調子を崩しているのだろう。またすぐに調子を戻してくれるはずだ。

 そう、思っていた。
 だが。
 今、歌われている、この曲は――

 音楽的な知識や芸術的な知識もない青年でも、違いに気付いた。

 青年の席から少し離れた場所――関係者席に座る加蓮は、同業者だからこそ、アナスタシアの歌い方がどう変化したのか言語化して考えることができた。

 歌の解釈が、深まっている。

 表情だけではない。些細な仕草。そして、声――一つ一つは大きな変化ではない。
 だが、すべてが合わさればそれはとても大きな変化をもたらす。

 歌に対する解釈、曲に対する解釈を深めることは音楽に関わる者にとって非常に重要なことだ。作曲家と作詞家の意図――それだけではない、もっともっと深い解釈が求められる。

 この歌は、どのように歌えばいいのか。

 これは、どんな気持ちなのか。

 どのように歌えば、その気持ちが伝わるのか。

 どうすれば、どうすれば、どうすれば?

 それを考え続けて、歌う度にその段階での解釈を出している。それが歌い手というものだ。
 今回のアナスタシアの歌は、以前聴いたものよりも明らかに解釈が深まっていた。
 解釈を深めて、理解を深めて。
 そして、どのように歌えば、その気持ちを伝えることができるのか。
 それについて考え抜いたことが聴いているだけで理解できた。

 アナスタシアの姿の中に、この歌に歌われる少女の姿が重なる。

 恋をしている少女が、独り、夜空を見上げている。
 淋しさを懸命に耐えて、恋する相手のことを思い出している。
 彼のことを思い出すと、胸が優しさと切なさでいっぱいになって……涙が頬を伝っていく。
 今は会えない彼のことを夜空に想う少女の姿は、見ているだけで、こちらの胸が締め付けられそうになる。

 少女が見上げる夜空には、星が輝いている。
 ふと気付くと、どんどんその輝きが増していっていることに気付く。
 少女はその光に手を伸ばす。それを見て、私は安心して――少女の表情が、今までのどんな表情よりも切なく、恋しいものになっていると気付く。

 どうして? どうして、そんな顔を……そう思ったのもつかの間、星の輝きは最高潮に達して、溜め込んだ光を解き放つように、すべてを包む。
 その光は、あたたかくて……だからこそ、何が起こったのかを知ってしまう。

 ああ、そうなんだ。
 だから――

 冷たい風が肌を撫でて、彼の温かさを痛感する。
 私は夜空を見上げて、星を探す。
 淋しさが身を包む。寒さが身を包む。

 ――彼は、そこにいない。
 涙があふれ出しそうになる。でも……。
 その涙を懸命にこらえて、私は夜空を見上げる。

 あなたは、そこにいる。
 私は、あなただけを、見つめている――

 ぽろっ、と加蓮の目から涙がこぼれた。
 うそ……最初は、自分でも信じられなかった。
 でも、信じるしかなかった。

「……すごいね、アーニャちゃん」

 曲が終わり、会場が沈黙に包まれる中。
 加蓮は、小さくつぶやいた。

 瞬間、思い出したように会場からぱちぱちと控えめな拍手が鳴り出して。

 その拍手に意識を戻された観客たちは立ち上がり、大きな拍手と歓声を上げた。

199: 2017/04/19(水) 21:31:17.81 ID:nhXCd10e0

      *

「わぁ……」

 舞台袖。蘭子がぱちぱちと拍手をしている。それを見て、プロデューサーは呆れながらも笑っている。

「良かったな、アーニャちゃん」

「うん! やっぱり、アーニャちゃんはすごいなぁ……」

 対戦相手に素直に感心するなんて……と思いはするが、なんとなく、アーニャちゃんも蘭子のステージを見ると同じような感想を言うような気がした。
 そう考えるともっとおかしくて、プロデューサーはくつくつと笑う。

「……そんなに、おかしい?」

「いや、蘭子はそれでいいと思うぞ」

 そう言って、尋ねる。

「それに――負けるつもりは、ないだろう?」

 その質問に、蘭子はいったん、きょとんとして。

 それから、大きく笑い声を上げた。

「アーッハッハッハ! 言うまでもないわ! 銀の天狼……彼女の輝きは、素晴らしいものだったわ。だが! 我を消し去るには至らない! 今ここに、真の魔王は覚醒する!」

 蘭子はプロデューサーに目を向ける。

「我が友――プロデューサー」

 そして、言う。

「見てて」

「ああ」

 それだけで良かった。
 それ以上、もう、言葉はいらない。

「――それでは皆様! 涙は乾きましたか? 次は、『シンデレラガール』神崎蘭子さんの登場です!」

 そんな声が響いた。

 ――さあ、見るがいい。

 今ここに、真なる魔王が顕現する。

200: 2017/04/19(水) 21:31:45.65 ID:nhXCd10e0

      *

 一歩。

 ただ一歩、その身を出しただけで、彼女は会場中の注目を集めた。

 アナスタシアのステージ、その余韻。
 それに浸って、もう満足すら覚えていた人々に。

 彼女は、ただの一歩だけで、彼らの意識を覚醒させた。
 彼女の姿を見ただけで、人々は、魔王の存在を思い出した。

 一歩、また一歩。

 彼女が歩いていくごとに、心臓が胸を打った。
 どくん、どくんと心臓が胸を打つ。

 鼓動の音が聞こえる。
 呼吸の音が聞こえる。

 風が吹いている。

 ステージから、こちらに向かってくる風。
 その風は、彼女が歩くごとに強さを増す。

 心臓の鼓動がうるさい。
 呼吸の音がうるさい。
 感覚が鋭くなっている。

 いつからか、瞬きをしていないことに気付く。
 だが、そんなことは些細なことだ。
 彼女の歩く姿が見える。
 彼女の衣装が見える。
 その一つ一つから、目が離せない。

 息をのむ。
 心臓の鼓動が聞こえる。
 呼吸の音が聞こえる。

 風が吹いている。

 彼女がステージの中央に至り、こちらを向く。
 口紅の塗られた唇が開いて――その息が、こちらにまで届いてくるような錯覚を覚える。

 その双眸は紅く、髪は灰。
 白皙にして、漆黒の装束。
 その瞳は魔をも魅了し、ただそこに在るだけでこの世のすべてを従える――

 彼女の名は、神崎蘭子。
 当代のシンデレラガールであり――

 この世を統べる、魔王である。

201: 2017/04/19(水) 21:32:13.08 ID:nhXCd10e0


 ――【華蕾夢ミル狂詩曲~魂ノ導~】


202: 2017/04/19(水) 21:33:30.89 ID:nhXCd10e0

 イントロがかかった時には、既にそこは蘭子の世界。
 一度そこに足を踏み入れたが最後、二度と戻ることはできない。

 神崎蘭子というアイドルの才能――それは、『世界』をつくることだ。
 創世のアイドル――それが神崎蘭子というアイドルと言っても過言ではないだろう。

 神崎蘭子。彼女は、神がアイドルになることを選んだようだ――彼女のプロデューサーである男は思う。
 アナスタシアのプロデューサー――Pは蘭子のことを『天才』と評した。
 ああ、確かにそうだろう。神崎蘭子は天才だ。自分だってそう思う。
 だが、Pにそう言われて、いちばん最初に思い浮かんだのは――彼女と初めて会った時の姿。折れたヒールに手を伸ばす、小さな少女の姿だった。

 神崎蘭子――初めて会った時から、彼女には驚かされてばかりだった。
 あの言葉にも驚かされたものだが……そんなことは些細な問題だ。

 はっきり言って、彼女はあまり強い少女ではなかった。『弱かった』と断言してもいい。
 内気で、恥ずかしがり屋で――そして、弱い。
 アイドルに向いているとは言えない性格だ。
 そう、彼女が『それだけ』の人間だったならば――彼女は、アイドルにはなれなかっただろう。

 だが、彼女はそれだけではなかった。
 彼女は弱く――しかし、『強くなろう』としていた。
 だから、自分は彼女のプロデューサーになりたいと思った。なりたいと願った。
 神崎蘭子。彼女は弱い。だが、だからこそ――憧れるほどに、強かった。

 アイドルとして成長していく内に、彼女の才能に気付いた。
 それこそが、『創世』の才能――言葉はその一部であり、その時初めて、彼女の才能の大きさに気付いた。
 彼女ひとりだけだったならば、その才能が日の目を見ることはなかったかもしれない。
『プロデューサー』のような存在がいなければ、今の蘭子はいないとすら思える。

 運命――最初に自分が言った言葉を思い出した。
 神崎蘭子の才能は人の身には余るほど大きい。
 神に選ばれたかのように――神にそう望まれたかのように、彼女は『アイドル』としての資質に恵まれていた。

 そして、その運命もまた、神が彼女をアイドルにするためだったようにすら思えた。
 神にすら、『そうあれかし』と望まれた存在――それが神崎蘭子なのかもしれない。
 神崎蘭子はシンデレラガールである。
 灰かぶりの少女が、お姫様になる物語――その主役にふさわしい。


203: 2017/04/19(水) 21:33:58.33 ID:nhXCd10e0

「だが」

 舞台袖。
 プロデューサーは笑う。

「蘭子は、『お姫様』じゃ、ないよな」

 創世の神よ。
 お前は神崎蘭子をこの世に生んだ。
 だが、だからと言って、彼女はお前の所有物ではない。
 なぜなら、彼女もまた創世の才を持つ者なのだから。
 彼女は魔王。
 天にすら牙を剥く存在。
 そして――

 プロデューサーはステージで歌う担当アイドルの姿を見る。
 彼女のステージは終わりを迎えようとしていた。

『華蕾夢ミル狂詩曲~魂ノ導~』。
 この曲に対してまず思うことは『神崎蘭子らしい曲だ』ということだろう。
 神崎蘭子の世界――それにふさわしいダークで格好いいメロディと彼女の世界を現すような歌詞。
 そこに乗る彼女の声はどこかかわいらしいところもあり、また格好良さも備えている。
 可憐さと格好良さ――その二つを両立している。

 この曲の歌詞が解釈によればかわいいものに見える、というのも彼女らしいと思える理由だろう。
 彼女の持つ才能は『創世』と言ったが、彼女がそれだけのアイドルなのかと言えば、それは違う。
 彼女は純粋にかわいいアイドルでもあるのだ。
 アイドルとしての、魔王としての『神崎蘭子』ではなく、一人の少女としての神崎蘭子自身。彼女が持つ生来のかわいさもまた、彼女の魅力である。
 そしてそれがまた、彼女の世界をさらに魅力的にして――それがまた、彼女のかわいさを際立たせる。

 ダークなメロディに甘い歌声。
 自らの世界を創り出し、それを伝えることができるだけの表現力。
 そして――そのために努力することができる、精神力。

 魔王であり、少女でもある。
 彼女の名は、神崎蘭子。
 当代のシンデレラガールであり――

「最高の、アイドルだ」

 曲が終わった。

 神崎蘭子はステージの上に立っている。
 その髪は汗でしっとりと濡れて、ステージライトの光を反射していた。
 息を吸って、吐いて。吸って、吐いて。
 それから、彼女は思い出したように観客席を見回した。

 それを見て、ようやく観客たちは彼女の世界から戻ってきた。
 彼女の視線を受けて、彼らは思わず立ち上がる。そして、足元から湧き上がってくる興奮に耐えきれず、一斉に歓声を上げた。
 狂宴とも言える叫びと拍手が会場中を埋め尽くし、それは蘭子がステージを去ってからもなお鳴り止むことはなかった。

204: 2017/04/19(水) 21:34:26.91 ID:nhXCd10e0

      *

 二人のステージは終わった。
 あとは結果を待つのみである。

 アナスタシアのステージも神崎さんのステージも、それぞれの全力を尽くしたものだった。
 アナスタシアのステージは僕の予想を超えるものだったが、神崎さんのステージもまた僕の予想を超えるものだった。
 さすがは『シンデレラガール』と言ったところか。あのステージはその称号にふさわしいものだったと思う。

 だが、だからと言ってアナスタシアが負けたとは思わない。
 今回のアナスタシアのステージは、相手がたとえ『シンデレラガール』であっても負けはしない。
 そう思えるだけのものだった。
 もう二度と、彼女のあんな顔は見たくない。

 だから。

 だから。

 だから――

「――プロデューサー」

 僕の手を、誰かの手がそっと握った。

「蘭子のステージは、すごかったですね」

 彼女の声は優しく、落ち着いている。
 どうして、そんなに落ち着いているのだろう。

「でも、大丈夫ですよ」

 その声に、僕は彼女の方を向く。
 彼女は優しく、微笑んでいた。

「――私が、勝ちますから」

 アナスタシアがそう言った、その瞬間。

「今回のライブバトル! その勝者は――アナスタシアさんです!」

 そんな、声が聞こえた。

「……勝った?」

 聞き間違い?
 いや、違う。

 アナスタシアは――

「アナスタシア!」

 僕はアナスタシアを見る。視界が滲んでいるが、そこには確かに彼女がいる。

「勝った……勝てた。『シンデレラガール』に、勝てたんだ――」

「ダー。アーニャ、勝ちました」

 アナスタシアはそんな僕を見てくすくすと笑っている。

「それとも、プロデューサーは、アーニャのこと、信じてません、でしたか?」

「いや――そんなことは、そんなことはない。でも……でも」

 でも?

 でも、何だと言うのだろう。
 僕はどうして、あんなに不安になっていた?
 どうして、僕はアナスタシアのことを信じきれていなかった?

 どうして、僕は……負けることを、考えていた?

 スッと身体から熱が消える。

 どうして。

 どうして、僕は……。

「アナスタシアさーん! ステージにお願いしまーす!」

 スタッフの声。勝敗が決定したらそれでライブバトルが終わるかと言うと、そうではない。少なくとも勝者はステージに上がって、あいさつをする。

 僕の様子に何か気付いたのか、アナスタシアはその声に少しだけ迷う素振りを見せた。だが、僕が行ってこいと言うと、ちゃんとステージに行ってくれた。

205: 2017/04/19(水) 21:34:56.60 ID:nhXCd10e0

「いやー、負けたよ。すごいな、アーニャちゃん」

 先輩がそう言いながらこちらに向かってくる。その顔に悲壮感はなく、晴れやかだ。

「蘭子の調子が悪かったわけでもないが――それでも、負けた。本当にすごいよ。デビューして一年も経っていないとは思えない」

 もちろん、次やったら蘭子が勝つけどな。先輩はそう言って笑い、ステージを見る。

「……これで、アーニャちゃんも実力的にはトップアイドルの仲間入り、か」

 トップアイドル。
 そう言われた瞬間、どくん、と心臓の鼓動が聞こえた。

「……実力は、そう、かもしれませんが……まだまだ、ですよ」

 震えそうな声を必氏に抑えて、僕は言う。

 動揺していた。
 だが、自分が動揺している理由がわからなかった。

 最初から、僕は彼女をトップアイドルにしたいと望んでいた。
 そのために、彼女のプロデューサーになった。
 その望みが叶いそうなのに――それなのに、どうして、否定しているんだ。
 確かに、一度シンデレラガールにライブバトルで勝利したからと言ってトップアイドルになれるわけではない。
 トップアイドルはそんな簡単なものではない。
 なら、さっき言ったことは僕の本心のはずだ。

 だが、僕は動揺している。
 いったい、何に動揺しているんだ?
 僕はいったい……何を、恐れているのだろう。

「そうか。まあ、そうだよな」

 先輩は僕の動揺に気付かなかったらしい。僕は安心して――次の瞬間、息をのんだ。

「それで――これから先、お前はアーニャちゃんを、どうプロデュースするんだ?」

 そう言われた瞬間。
 僕は、自分が何を恐れていたのか気付いた。

 そうか……そうだったのか。

 アナスタシアをトップアイドルにすること。
 それが僕の目標だった。
 そのために、今まで彼女をプロデュースしてきた。

 だが、その先は?

 ……僕には、それがない。

 その先がない。

 それに気付くことを、恐れていた。

 ただ、それだけのことだった。

「……まだ、決まってませんよ」

 僕の言葉に先輩はそりゃそうか、と笑い、去っていった。

 ステージの上では、アナスタシアがファンに向かって感謝の言葉を口にしている。
 遠くない未来、彼女はトップアイドルになるだろう。
 その先で、僕は何をしているのだろう。

 僕は、どうしているのだろうか。

 ステージに立つ彼女の笑顔を見ながら、僕はそんなことを考えていた。



第一一話「パーフェクトスター」


引用: アナスタシア「Сириус」