206: 2017/04/19(水) 21:35:32.36 ID:nhXCd10e0
第一話「観測」
第二話「アイドル」
第三話「約束」
第四話「スタートライン」
第五話「デビュー」
第六話「ファン」
第七話「信頼」
第八話「敗北」
第九話「ともだち」
第一〇話「シンデレラガール」
第一一話「パーフェクトスター」
207: 2017/04/19(水) 21:36:29.23 ID:nhXCd10e0
「――さてさて、今日も始まりました、『今夜もParty Night』! 司会の本田未央です! みんな、今日も一緒に楽しい時間をつくっちゃおー!」
テレビ局。
今、ここではとある番組の収録が行われている。本田さんが司会を務めるバラエティ番組であり、その人気は高い。
ゲストにはアイドルを招くことが多いが、それだけではなく、本田さんらしく様々な分野から豪華なゲストを招くこともある。
そして、今日のゲストは――
「早速、今日のゲストを呼んじゃいましょう! 今日のゲストはー……じゃかじゃかじゃか、じゃん! 『銀の天狼』こと、アナスタシアさんでーす!」
「はい、呼ばれました。アナスタシアです。アーニャ、と呼んで下さいね?」
アナスタシアが姿を現す。本田さんが相手だからか、その表情に緊張は見られない。
「アーニャ、アーニャ! いやー、ずっと呼びたかったんだよね、アーニャのこと。今日は一緒に、楽しい時間を過ごそうね!」
「はい! 私、頑張りますね」
そうやって番組が進行していくのを見て、僕はほっと一息ついていた。
神崎さんのイベントの時にもバラエティ番組に出演することはあった。それで大丈夫と確認したからこそ、だったが……この調子なら、やはり問題はないだろう。
神崎さんとのライブバトル以降、アナスタシアの人気はさらに上がることになった。
北条加蓮、神崎蘭子……彼女たちとのライブバトルを経た今、アナスタシアには十分な知名度、そしてイメージが定着していると僕は考えた。
今ならば、もう彼女に望ましくないイメージが付くことはないだろう。
そう考えた僕はアナスタシアに来ていたバラエティ番組などのオファーを受け始めた。
ライブバトルの結果がどうなるにしろ、アナスタシアがバラエティ番組に出演することは予定していたことではあった。
だからこそ、神崎さんとの企画でバラエティ番組などに出演させてもらっていたのだ。あの時の反応を考えれば問題はないだろう。
そして実際、問題はなかった。前川さんや本田さんと一緒に、というところから攻めたのが良かったのかもしれない。彼女たちのフォローもあって、番組の反響は非常に良かった。
アナスタシアも以前から彼女たちと仕事をしたがっていたから、とても楽しそうに仕事をしていた。
そんな風にしている彼女の姿はライブバトルでしか彼女のことを知らない人々にとっては衝撃的なものだったらしい。
『バラエティ番組でアーニャちゃんのことを好きになりました!』といったファンレターが事務所に数多く届くようになった。
世間のそんな反応もあって、アナスタシアには様々な番組からオファーが届いた。アナスタシアのスケジュールからどんどん空白が消えていった。
それでもどうにか時間を捻出して、アナスタシアには休む時にはきちんと休んでもらった。
その代わり僕に休む暇はなく、それを心配されることもあったが、「問題ない」と返した。
むしろ、今の僕は忙しくあることを望んですらいたのだ。忙しければ無駄なことを考えなくて済むと思った。
だから、僕は自分から多忙に身を投じていた。
だが、忙しい中にも隙間はある。その隙間の時間には、どうしても考えてしまう。
208: 2017/04/19(水) 21:37:04.09 ID:nhXCd10e0
今、アナスタシアがしている仕事は計画していた通りのものだ。予想よりも反響は大きかったが、それも対応できる範囲内でしかない。
この後のこともある程度なら考えてはいる。『トップアイドル』と呼ばれるところまで、あと一歩――そこまでならば、考えているのだ。
しかし、その先は? アナスタシアがトップアイドルになった、その後のことは……僕は、考えていなかった。その先の展望は、僕にはなかった。
トップアイドルになった後こそが重要だ、とわかっている。その後どうするか。どうしていくのか。
アナスタシアは遠からず『トップアイドル』と呼ばれるアイドルたちに肩を並べるところまで至るだろう。
この段階まで来たならば、あとは僕が何もしなくともそこに至ることはできる。これは予想というよりは既に決まっていることと言ってもいいだろう。
だが、その先――『トップアイドル』と呼ばれるアイドルたちが日々しのぎを削るその場所で、どうなるか。それはわからない。――僕には、わからない。
ここまでなら知っていた。『トップアイドル』と呼ばれるような存在の立つ場所までの道なら、既に知っていた。北条加蓮というアイドルのプロデューサーをしていたからこそ、ここまで来ることができた。
だが、ここから先は知らない。道があるのかすらもわからない。
そんな場所で、僕はやっていけるのだろうか。
そんな場所で、僕はアナスタシアを導くことができるのだろうか。
「――らんらんと言えば、ライブバトル! 私もアーニャとらんらんのライブバトル、会場で見たよ。いい勝負だったよねー」
そんな本田さんの声にハッとする。今は収録中だ。悩んでいるような時間ではない。僕は本田さんとアナスタシアの方に目を向ける。
「はい。でも、次も私が勝ちます」
「おお、言うねぇ。でも、そういうところもアーニャっぽいよね。これは次のアーニャとらんらんのライブバトルにも期待だね。その時には前みたいにライブバトルだけじゃなくて色々するのかな?」
「ンー……それはまだわかりません。でも、私はまた蘭子と一緒に仕事をしたい、ですね」
「聞きましたか偉い人! アーニャがこう言ってますよ! ファンのみんなも、またアーニャとらんらんが一緒に仕事をするのを見たかったら偉い人に言ってみよう! 実現するかもよ♪」
これは僕にも言っているのだろうか。まあ、そういう声が大きければそうすることにもなるとは思うが……。
「でも、らんらんとだけじゃなくて、アーニャはデビューしてからライブバトルをすることが多かったよね。話題になったのなら、あとはかれんとか? あれもすごかったね。『Never say never』はまた歌ったりする予定はあるの?」
「ンー……今のところはない、ですね。でも、また歌ってみたいです」
「しぶりんから直接教わったんだったっけ?」
「はい。リンに教わりました」
「しぶりんの指導……未央ちゃんからすれば、それだけでもう冷や汗ですよ。しぶりん、優しいけど厳しいからなー」
「でも、リンは厳しいですが、優しいです」
「それはそうだね。しぶりんとのライブバトルー、みたいな予定もあったりする?」
「いえ、ありません。……でも、いつかはやってみたいです」
「うんうん、私もしぶりんとアーニャのライブバトルは見てみたいなー」
渋谷さんとのライブバトル……予定はないが、確かにそれもいつかはやってみたいところだ。今のアナスタシアならば、勝つことも不可能ではないだろう。
しかし、今日の収録も無事終わりそうで何よりだ。これが終われば、今日の仕事はもう終わりだ。久しぶりに僕もゆっくり――
「でも」
本田さんが言った。
「その前に、私がしたいな。ってことで、アーニャ」
そう言って、彼女はアナスタシアに星の輝きにも等しい眼光を向ける。
「ライブバトル――受けてくれる?」
スタジオがざわめき、スタッフが僕を見る。こんなことは予定になかった。本田さんはどういうつもりだ? これは、いったい――
そう動揺しかけた時、アナスタシアがちらと僕に視線を送った。
瞬間、僕は決断した。
――君の、思うままに。
彼女の目を見てうなずくと、アナスタシアも小さく首を動かして、本田さんに向かった。
「わかりました、ミオ」
そして、言った。
「戦いましょう。私たち、二人で」
はっきりと、まっすぐに。
そうやって放たれた言葉に、しかし、本田さんは嬉しそうに笑うことで応えた。
「うん! 一緒に、楽しもう!」
209: 2017/04/19(水) 21:37:36.10 ID:nhXCd10e0
*
本田さんとのライブバトルが決まった。
と言っても、これはさすがにいきなりにも過ぎることだ。予定の調整に動こうにも動けない。とりあえず、番組の放送までは準備するだけにしておこう、という話になった。
もちろん、二人の間で勝手にライブバトルをするかどうかを決めることができるわけではない。
収録の後、本田さんのプロデューサーやその他各所方面の間で色々と話をしてから改めてライブバトルの開催を決定した。
本田さんの番組側にもその話をしたところ、あの会話はカットするのではなくそのまま放送。そして番組の終わりにライブバトルの告知をさせてもらえることになった。
その番組で初出の情報ということもあって番組側も快く受けてくれたが……。
今回の件は本田さんの独断専行である。
収録後、本田さんには「勝手に決めちゃってごめんね?」と茶目っ気たっぷりに謝られた。
その時その場に本田さんのプロデューサーはいなかったが、後日プロデューサーに連れられて姿を現した本田さんに改めて「ごめんなさい……」と謝られた。どうやらこってりしぼられたようだ。
と言っても、その場で受けたこちらもこちらではある。あそこでアナスタシアが受けたからこそ、話がここまで進んだのだ。
それが悪いというわけではないが、こちらも軽率ではあっただろう。……もちろん、いちばん軽率だったのは本田さんだと思うが。
「……ふぅ」
僕は背もたれに体重をかけ、ゆっくりと息をつく。今はちょうどある程度の調整を終えたところだ。
次はルキちゃんと少し話し合う……のだが、彼女が来るまでにはまだ時間がある。
ルキちゃんなら直接ここに来てくれるだろうし、それまで休ませてもらおう。
目蓋を閉じ、目元を揉む。深く椅子に座り、脱力する。
ほんの少しの間、忙しさから解放される。
――すると、考えないようにしていた様々なことが一気に脳裏を駆け巡る。
本田さんとのライブバトル。『ニュージェネレーション』である本田未央とのライブバトルだ。それが終われば、アナスタシアはさらなる人気を獲得することだろう。
ただでさえ『シンデレラガール』とのライブバトルに勝った後だ。デビューしてから一年も経っていないようなアイドルが、だ。そんな彼女が、『ニュージェネレーション』の一人にさえ勝ったならば……。
アナスタシアは『トップアイドル』まであと一歩だと思っていた。
その『一歩』はまだ先だと思っていた。
だが、それはすぐ目の前にある。
本田さんとのライブバトル……それに、勝つことができたなら。
勝つことができたなら……その先に。
その先に、僕はいるのだろうか。
トップアイドルとなった彼女の隣に、僕はいるのだろうか。僕はいても、いいのだろうか。
僕は、彼女にふさわしい存在だろうか。
アナスタシアのことを考えるなら――
「君、ちょっといいかな?」
そう呼ばれて、僕は目を開く。どうやら少し眠っていたようだ。だがこの声は……部長?
「はい。どうしましたか、部長」
「少し話したいことがあるのだが……時間は大丈夫かい?」
僕は時計を見る。ルキちゃんとの予定は……まだ先だ。どうやら眠っていたのは本当に一瞬だけだったらしい。
「はい、大丈夫です」
「そうか。なら、行こうか」
部長が歩くのに、僕は続く。部長の部屋に行く、ということは……何か、ここでは話せないことなのだろうか。
いったい、何の話だろうか。僕は予想がつかなかった。
予想はつかなかったが――どうしてか、心臓の鼓動が大きく胸を打つのを感じた。
覚悟を決めろ、とでも言うかのように。
210: 2017/04/19(水) 21:38:21.70 ID:nhXCd10e0
*
「これは『こういう話があった』という報告だと思って聞いてほしい」
部長の部屋。椅子に腰を下ろしてすぐ、そう言われた。
「この話を断っても事務所にも君のアイドルにも何の迷惑もかからない。だから、こちらで断ってもよかったのだが……君の担当アイドルの話だ。どうするのかを選ぶのは私ではないからね。報告は、しておかなければいけないだろう」
担当アイドル……アナスタシアの? 断ってもいい、ということは……何か、伝えにくい仕事の話だろうか。
「僕が断る可能性が高いような仕事の話、でしょうか」
「いや、違う。……君は、この紙に書かれている人物を知っているかね?」
部長が差し出した紙を受け取り、確認する。この人物ならば知っている。
「はい。有名なプロデューサー、ですよね? 業界きっての敏腕プロデューサー」
だが、その人がどうしたと言うのだろう。断ってもいい、ということは。
「曲の提供、ですか? 確かに、今は他に新曲の制作を進行中ですけど……」
「いや、違う。そうではない」
そうではない? だが、それ以外に、何が――
その瞬間、僕は思い至る。プロデューサー。『プロデューサー』だ。
曲の提供ではないのなら、それは――
「……プロデュース、ですか?」
「そうだ」
部長は言う。
「もし良ければアナスタシアくんをプロデュースさせてくれないか、という話だ。事務所を移籍する必要もない。断られても構わない。失礼なことだとはわかっている。だが、その上で――それでも、話だけでも、どうか持ちかけてくれないか、と言われてね。……彼のあんな顔は、久しぶりに見たよ」
「……お知り合い、なんですか?」
「昔、少しだけ、だがね。……最初にも言ったが、これはただの報告だ。『こういう話があった』というただの報告に過ぎない。断ったところで事務所にも君にも誰にも迷惑はかからない。それは、覚えておいてほしい」
そう言って、部長は大きく息を吐いた。表情に出さないようにしているが、この件で悩んでくれたことが見てわかる。
報告してもいいのか。報告するとしても、どう言えばいいのか。
『断らせやすく伝えるためにはどう言うべきか』ということについて、とても気をつかって言葉を選んでくれていることがわかった。
もしかしたら、部長は僕が『断る』という前提で考えていたのかもしれない。
いや、そうだろう。普通なら断るはずだ。だからこそ、部長は『報告』ということを何度も強調していたのだろう。
これはただの報告に過ぎない、と。だから変に考える必要はない、と。
これが他のプロデューサーであれば、すぐに断ったことだろう。
だが、僕は違った。今の僕は、そうすることができなかった。
昔の僕なら――アナスタシアを担当し始めたばかりの僕ならば、すぐに断っただろう。
たとえどれだけ実力不足でも、そのプロデューサーに任せた方がアナスタシアにとっていいとわかっていたとしても、僕はアナスタシアを自分でプロデュースすることを選んだだろう。
僕はアナスタシアを自分の手で輝かせたかった。他の誰でもない、僕が彼女を輝かせたいと思ったのだ。
僕が、僕自身が、彼女をトップアイドルにしたいと思った。
その気持ちは、今も変わらない。今でもそう思っている。
だが、それは、もう達成されようとしている。
その夢は、叶おうとしている。
そして、僕にはその先がない。その夢の先――トップアイドルになった後、その展望を、持っていない。
それなら。
それなら……。
211: 2017/04/19(水) 21:38:52.47 ID:nhXCd10e0
「……部長。その話、保留にはできますか?」
「保留? ……できるが、どうして?」
「その話を受けるかどうかは、本田さんとのライブバトルの結果で決めたいと思います」
「本田くんとの? ……わかった。だが、急ぎではないんだ。よく、考えてほしい」
「はい。ありがとうございます」
僕は頭を下げ、部長に背を向ける。
本田さんとのライブバトル。
彼女に勝つことができたなら――その時、アナスタシアは『トップアイドル』と言ってもいい存在となるだろう。
僕の夢が――僕とアナスタシアの、二人の夢が叶うだろう。
その先に、僕はいない。
その先に、僕は必要ない。
僕がいなくても、アナスタシアは輝ける。
そして、僕は。
そのために、全力を尽くそう。
僕たちの夢を叶えるために。
夢を終わらせて、その先へと行くために。
212: 2017/04/19(水) 21:39:25.50 ID:nhXCd10e0
*
「ひゃっ」
部長の部屋から出ると、そんな声が聞こえた。どうやら、今の話を盗み聞きしていた者がいるようだ。僕は彼女に声をかける。
「ルキちゃん。いったい何をしているんだ」
「そっ……その、ですね。ちひろさんにPさんの場所を聞いたら、部長の部屋にいる、って聞いて、それで部長の部屋に来たら、扉が少し開いてて、それで話し声が聞こえて、それがアーニャちゃんのことだって言うから、その……すみません」
ぺこり、とルキちゃんが頭を下げる。僕は溜息をつく。
「まあ、扉をきちんと閉めていなかったこちらにも問題はあるが、二度とこういうことはしないように。反省しているようだからこれ以上は言わないが、これがとんでもない情報だったらどうなっていたことか」
「はい、すみま――いや! そうじゃなくて、とんでもない情報ですよね!?」
「アナスタシアのプロデューサーが変わるかもしれない、という話が? ただの話だ。確定じゃないよ」
「それは、そうですけど……でも」
ルキちゃんの表情が曇る。……そうだ、僕がアナスタシアのプロデューサーではなくなったならば、ルキちゃんとアナスタシアの関係も変わるだろう。配慮が欠けていたかもしれない。
「すまない。もしも変わったなら、次のプロデューサーにはきちんとルキちゃんの話をしておくよ。それで君が継続してアナスタシアのトレーナーになれるかどうかはわからないが……」
「……Pさんは、アーニャちゃんのプロデューサーを辞めるつもり、なんですか?」
顔をうつむけて、ルキちゃんが言う。辞めるかどうか。それは……。
「その方が、アナスタシアのためになるんだよ」
「っ……そう、ですか」
ルキちゃんは息をのみ、ゆっくりと吐き出す。そして、顔を上げて、僕を見る。
「アーニャちゃんのプロデューサーは、Pさん、あなたです。あなたがそれを選ぶのなら、わたしにそれを否定することはできません。あなたがアーニャちゃんのためと言うのなら、きっと、そうなんだと思います」
ぎゅっと胸の前で拳を握り、トレーナーとして誰よりも長くアナスタシアを見てきた彼女は――同僚として、誰よりも長く僕を見てきた彼女は、言う。
「Pさん。わたしは、あなたを信じます。トレーナーとして、友人として。あなたの選択を、信じます。他の誰が否定しても、わたしは、あなたを信じます。……だから、好きに選んで下さい。どちらを選んでも、わたしはあなたを信じています」
そして、彼女はふっと優しい微笑みを浮かべる。
その微笑みは、少しだけ、僕の胸を軽くしてくれた。
「ああ」
だから、僕も彼女に微笑みを返した。
「ありがとう、ルキちゃん。僕も、君を信じている」
「はいっ」
そう言い合って、僕たちは歩き始める。
この話はもう終わりだ。これ以上引きずってはいられない。
次のライブバトルの相手は本田未央。
『ニュージェネレーション』の一角にして、『パーフェクトスター』とも呼ばれるアイドル。
彼女に勝つためには、全力を尽くさなければならない。
そのために、ルキちゃんと話し合うのだ。
どんなレッスンをするのか。どうすれば勝つことができるのか。
『勝敗は戦う前から決まっている』とは誰の言葉だったか。
準備の段階から、戦いは始まっている。
既に戦いは始まっている。
切り替えろ。
今回のライブバトルには、文字通りすべてを尽くせるのだ。
その後のことを考える必要なんてない。そう考えろ。
全力を尽くそう。勝つために。
全力を尽くそう。夢のために。
たとえ、それが別れを意味することになったとしても。
213: 2017/04/19(水) 21:39:53.97 ID:nhXCd10e0
*
本田未央。
『パーフェクトスター』と呼ばれる彼女は、その呼び名通りの存在だった。
少なくとも僕が知る彼女には、欠点と言う欠点がない。まさしく『完璧な星』。それが僕にとっての本田未央というアイドルだった。
誰からも好かれ、そのことを自覚し、自分の笑顔がファンのためになると理解している。
自分が楽しく笑顔でいれば、ファンも楽しく笑顔でいられると知っている。
自分の幸福はファンの幸福であり、そのファンの幸福もまた彼女の幸福である。
そんな幸福の螺旋を描き、どこまでも高く、強く輝く星――それが本田未央というアイドルだ。
彼女と戦うということは、そのすべてと戦うということ。
ファンを味方にして、すべてを巻き込み、自らの輝きとすることができる彼女と戦うということは――そのすべてと戦うということに他ならない。
だが、それでも、勝つのだ。
すべてを味方にする彼女に、『パーフェクトスター』の名を持つ彼女に勝って――そして、初めて、僕たちは最も輝く星になれる。
完璧な星を超え――この世界で、最も明るく輝く星に。
アナスタシアは多忙を極めている。本田さんとのライブバトルがあるからと言って、今、仕事を減らすわけにはいかない。
仕事量もレッスン量も増え続けている。スケジュールから空白が消え、休む暇もない。
本田さんとのライブバトルでは制作しているところだった新曲を披露することになった。
これに関しては予定よりも初披露の時期が遅くなったが、だからと言って余裕ができたわけではない。
相手は本田未央。『パーフェクトスター』。
『You're stars shine on me』と同じレベルの……いや、それを超えたパフォーマンスをしなければ勝てないと考えてもいいだろう。
この過密なスケジュールの中で、新曲。既に新曲の制作が進んでいたこともあり、その選択が間違っているとは思えない。だが、さすがに厳しいか――そう思っていた。
しかし、アナスタシアは僕の予想を超えていた。
一日ごとに、一つの仕事を終えるごとに、レッスンを終えるごとに――いや、一時間、一分、一秒ごとに――彼女は成長していた。
今までにないほど過酷な日々に身を置いて、彼女は疲弊するどころか今まで以上にその輝きを強めていた。
強く、激しく、鋭く、美しく――現実を超越し、非現実的なほどに、彼女は洗練されていった。
北条加蓮とのライブバトルを経験し、神崎蘭子に打ち勝ち――そして、次は本田未央。
アナスタシアは、次の領域へと足を踏み入れていた。一つ上の次元へとシフトして――まるで、生まれ変わっているかのようだった。
これから先、超越者たちがいる世界で戦うために、自らの存在を急速に作り変えているかのようだった。
そんな風に、日々成長していく彼女を見て――僕を置いていくような速度で、変わっていく彼女を見て。
僕は思った。
やっぱり、これでよかった、と。
アナスタシアに、もう自分は必要ない。
彼女はもう一人でも歩いていける。羽ばたいていける。
もっともっと遠くへ。もっともっと高い場所へ。
この空の果てへ――この宇宙の果てまでも。
そうして、日々は過ぎ去り――三月。
ライブバトル前日。
僕は加蓮に呼び出されていた。
214: 2017/04/19(水) 21:40:43.09 ID:nhXCd10e0
*
「Pさん、アーニャちゃんのプロデューサー、辞めるの?」
事務所敷地内、喫茶店。
コーヒーを手にして席に着くやいなや、加蓮は僕にそう尋ねた。
「……どこで知った?」
「Pさんが私よりも仲良い子から」
「ルキちゃんか……」
僕ははぁと息をつく。彼女は僕と加蓮の事情も知っている。そして加蓮はルキちゃんがその事情を知っていると知っている。そこをうまく利用したのだろう。
「即答、か……。なーんか、気に入らないなー」
コーヒーに砂糖を入れながら、加蓮が唇をすぼめる。
「何が気に入らないんだ」
「私よりも仲良い子、って言ってすぐ出てくること」
「僕の交友範囲は狭いからな」
「そういうことじゃ……まあ、いいや。今日はそんな話をするために呼んだんじゃないし」
そう言って、加蓮はくるくるとコーヒーを混ぜていた手を止め、僕を見る。
「それで、どうなの? 辞めるの?」
「……もう少しオブラートに包めないのか?」
「そんな気遣いをされる方が嫌だと思ったんだけど?」
「……すまない」
「じゃなくて」
「……ありがとう、加蓮」
「どういたしまして、Pさん」
加蓮が微笑み、コーヒーに口を付ける。
……やっぱり、加蓮には勝てないな。
そう思いながら、僕は言う。
「加蓮。君の言う通り、僕はアナスタシアのプロデューサーを降りるつもりだ」
「そう。だからと言って私のプロデューサーには」
「ならない」
「よね。……本当にならない?」
「ああ」
「どうして?」
「アイドル北条加蓮が好きだから」
「……その答えは、ずるいなぁ」
加蓮が力なく笑う。その笑みを見て、僕は何も言えない。言う資格がない。
少しの間沈黙が続き、それから、加蓮がぽつりと言う。
「……アーニャちゃんも、同じ理由?」
「違う」
「じゃあ、どうして? Pさん、言ったよね? アーニャちゃんをプロデュースしたい、トップアイドルにしたい、って。他の誰でもなく、自分がそうしたい、って」
「君は言っただろう? アナスタシアは僕じゃなくてもプロデュースできる、って。……僕がしたかったのは、きっと、ここまでだったんだよ。トップアイドルになるまでが、僕のしたいことだった。彼女はもうすぐトップアイドルになる。その先に僕はいらない。僕には、その先をプロデュースできない」
「本当に?」
「ああ。加蓮も知ってるだろう? 僕はプロデューサーとしてはまだまだ半人前で――」
215: 2017/04/19(水) 21:41:12.46 ID:nhXCd10e0
「そこじゃない」
加蓮は言う。
「Pさんは、本当に、それでいいの? ……この先も、アーニャちゃんをプロデュースしたくないの?」
「それは……」
加蓮の質問に答えようとして、しかし、僕の口は止まってしまった。
したいか、したくないか。
それは、どうなのだろう。
僕はこれから先、アナスタシアをプロデュースできないと判断した。
部長の話――僕よりも確実に実力のある人物がアナスタシアの新しいプロデューサーになる。
僕がこのまま彼女のプロデューサーでいるよりもそちらの方がいいと判断した。
どれだけ考えても、その答えは変わらない。アナスタシアというアイドルのことを考えるならば、そうした方がいいだろう。
だが、そういった事情を考えないで――僕は、僕自身は、どうしたいのだろう。
僕はアナスタシアのプロデューサーを続けたいのだろうか。
続けたい、と思っているのだろうか。
部長に話を持ちかけられる前から、僕はアナスタシアのプロデューサーを続けられるかどうか不安に思っていた。
この先も彼女のプロデューサーでいられるか――彼女にふさわしい存在でいられるのか。
それを不安に思っていた。
そこに部長から話を聞いて……そして、僕は。
「――それでも」
僕は言う。加蓮に対して、自分に対して。
「それでも、僕はアナスタシアのプロデューサーを降りるよ」
「……質問には、答えられてないけど」
加蓮は呆れたように息をつく。
「本当、Pさんって面倒くさいよね」
「君が言うか」
確かに。そう言って笑って、加蓮は荷物をまとめ始める。
「行くのか?」
「うん。Pさんも、忙しいんでしょ? 時間とっちゃってごめんね」
「いや、もう明日だからな。今日できることはあまりない」
「そう? じゃあ、そのコーヒーはちゃんと飲めるね」
加蓮がぴっとテーブルを指差す。そこにはまったく手を付けていない、僕のコーヒーがあった。
「それじゃ、Pさん。またね。次は……年度末のパーティーで、かな」
「……そんなものもあったな」
「忘れてたの? って、ああ、Pさんはその頃北海道に行ってたんだっけ。もう一週間もないよ? 未央とのライブバトルも、それを意識したスケジューリングなんだと思ってた」
「……出席しないとダメか?」
「しない人もいるけど、ダメじゃないかな。アーニャちゃん、今年はすごかったし」
「最後の仕事、か」
そんな僕のつぶやきには何も反応することなく、加蓮は席から立ち上がる。
「それじゃ、明日は頑張って。そして」
そして、彼女はにっと笑い、
「未央に、予定をぜんぶつぶされちゃえ」
僕に背を向け、去っていった。
「……そうはならないさ」
誰もいない場所に向けてつぶやいて、僕はコーヒーを口に付けた。
コーヒーは冷めてしまっていた。
216: 2017/04/19(水) 21:41:43.95 ID:nhXCd10e0
*
同日、夕方。
アナスタシアは未央に呼び出されていた。
ライブバトルの前日ではあったが、前日だからこそ時間があった。
レッスンは確認程度、明日に備えてゆっくり休めと言われた今だからこそ、ゆっくり話す時間があった。
身体を冷まさないようにストールを羽織り、アナスタシアは女子寮前へと出る。
どこかへ行くというわけではない。ただ、この付近を少し散歩しながら話そうと言われたのだ。
女子寮前には既に未央が待っており、彼女はアナスタシアの姿を見つけると軽く手を上げた。
「アーニャ。こんな時間に、ごめんね?」
「大丈夫です。私も、ミオと話したかったから」
「お、そうなんだ。じゃあ、まあ、行こっか」
「ダー」
そう言って、二人は歩き始める。既に空は暗くなり始めており、しかし、そこに星は見えない。
「アーニャと会ってから、まだ一年も経っていないんだよね」
先に話し始めたのは未央だった。彼女は空を見上げながら、ゆっくりと話していく。
「でも、なんだかそうは思えないよ。アーニャはこの一年、色々なことが……本当、ありすぎた、ってくらいあったもんね」
未央の言う通りだった。アナスタシアにとってこの一年は、今までの人生の中でも最も濃い一年だった。
Pと北海道で出会い、スカウトされて、故郷と両親と別れ、東京に来て、アイドルになった。
蘭子と出会い、未央と出会い、みくと出会い、加蓮と出会い、ルキと出会い……様々な出会いがあった。
初めてのレッスンも、まるで昨日のことのように思い出せる。歌、ダンス、お芝居……最初は失敗続きだった。
初めて曲をもらった時のこと、初めてオーディションに参加した時のこと、初めてライブに出演したこと……初めての、ステージ。
CDの発売を記念したインストア・イベントもあった。あそこで初めてファンと顔を合わせて、ファンと話すことができた。
当然のことながら、ファンは一人ひとり別人で、その人にはそれぞれの思いがあって、色んな人がいて……そんな人たちが、応援してくれていると知って。
その人たちに真摯であろう、と思った。この人たちには、きちんと自分の思いを伝えたい、と思った。
ライブバトルがあった。色んなアイドルとライブバトルをした。
そのアイドルも、一人ひとり別人で、やっぱりそれぞれの思いがあって……みんな、アイドルだった。
容姿も年齢も色々で、パフォーマンスもそれぞれだった。
元気な人、真面目な人、ファンを楽しませようと色々する人、笑いをとろうとする人……本当に、色んなアイドルがいた。
色んなステージがあると思った。色んなステージがあっていいのだと知った。
加蓮とライブバトルをした。負けた時は悔しかった。
蘭子とライブバトルをした。勝てた時は嬉しかった。
そして、今。
アナスタシアは、未央と一緒に歩いている。ライブバトルを前日に控えて、話している。
217: 2017/04/19(水) 21:42:49.55 ID:nhXCd10e0
「……シリウス、だっけ」
未央の言葉に、アナスタシアは顔を上げて未央を見る。
「アーニャが目指している、っていう星。『銀の天狼』っていうのもここから来ているんだよね」
その通りだ。――いや、少し違う。正確には、
「私とプロデューサーが目指している星、ですね」
そう言うと未央はアナスタシアの方を向いてぱちくりと目を瞬き、笑う。
「ん、そうか。そうだね。プロデューサーと……だよね」
その笑みはアナスタシアが初めて見る未央の表情だった。普段見せる顔とも、仕事で見せる顔とも違う顔。
本田未央。
アナスタシアが知っている彼女の表情は、ほとんどが笑顔だった。
だが、アナスタシアは知っている。嬉しいときだけ笑うのがアイドルではない。
悲しいときも笑って、嬉しいときも泣く。それがアイドルだと知っている。
舞台で見た未央の演技は素晴らしいものだった。そして、だからこそ、彼女はアイドルなのだと思った。
それができるからこそ、本田未央はここにいる。
『トップアイドル』と呼ばれている。
だが、その言葉を素直に受け取らない人間もいる。
「アーニャはさ、『トップアイドル』ってなんだと思う?」
そう尋ねられて、アナスタシアの目蓋がぴくりと動く。彼女の長い睫毛がそれにつられてふわりと揺れる。それを未央は見つめている。
「何か、驚いた?」
「ダー。……それは、今日、私がミオに聞くつもりのことだったから」
「私に。それは?」
「ミオは『トップアイドル』と呼ばれていますね? だから、あなたならわかると思って」
「アーニャもそれを目指しているから?」
「ダー」
その即答に未央はくすりと笑う。アナスタシアはそれに疑問を抱くが、未央は「いや、ううん、なんでもない。アーニャらしいな、って思っただけ」と笑って返す。
「アーニャの言う通り、私は『トップアイドル』の一人、みたいに呼ばれていたりするね。そう言う人もいる。それは事実。……アーニャもそう思ってる?」
「……ミオは、すごいアイドルだと思います」
「アーニャ、正直過ぎ」
未央はあははと笑い、続ける。
218: 2017/04/19(水) 21:43:17.64 ID:nhXCd10e0
「そう、アーニャの思ってる通り、私はまだトップアイドルじゃない。それなのに、トップアイドルの一人だー、なんて呼ばれちゃってる。しぶりん、しまむー、美嘉ねー、かえ姉……」指折り数えながら言って、未央は首を振る。「楓さん。それかららんらんに美希さんにツバッティーに……まあ、他にもいっぱい」
そこまで言って、未央は両手を広げて笑う。
「それがみんなトップアイドル? ……もちろん、みんなすごいアイドルだと思う。尊敬してる。この中にアーニャが入るのも時間の問題だね」
「でも、それは『トップアイドル』じゃない」
「その通り」
未央は言う。
「『トップアイドル』とは何か……それは文字通り、トップのアイドル。頂点に立っているアイドルのことだと思う。そして、頂点は一つしかない。誰よりも光れ、誰よりも強く光れ……ってね」
頂点は一つしかない。
『トップアイドル』と呼ばれている者は何人もいる。
だが、『トップアイドル』は一人しかいない。
「私が目指しているのはただ一つしかない場所。他の誰よりも輝く星。……アーニャはシリウス、だっけ?」
「ダー」アナスタシアはうなずく。「……ミオは、なんですか?」
「んー……そうだね。それじゃあ、せっかく『パーフェクトスター』なんて呼ばれているんだし」
未央はにっと笑い、この空で最も輝く星を指差す。
「太陽、とか?」
時刻は夕方。
太陽はもう落ちかけているが、それでもこの空に太陽以上に煌々と輝く星は存在しない。
空は夜と昼にわかれ、アナスタシアと未央はちょうどその境界線上にいる。
「明日のライブバトル、楽しみだね」
「負けません」
「私も、負けないよ」
昼と夜の境界で、彼女たちは互いの顔をじっと見て、微笑む。
もうすぐ太陽が落ち、夜になる。
そして、夜が明ければ――
219: 2017/04/19(水) 21:43:46.11 ID:nhXCd10e0
*
ライブバトル当日。
Pにもアナスタシアにも思いがあった。もちろん、未央にも、そのプロデューサーにも。
それだけではない、そのライブバトルに関わるすべての者にそれぞれの思いがある。
スタッフとして関わっている者、ファンとして関わっている者、誰かの友人として関わっている者……他にも色んな人がいるだろう。
その誰もが、何らかの思いを抱いている。
多かれ少なかれ、誰しもが何らかの思いを抱いている。
楽しみだ、という程度の人もいるだろう。
時間が空いたから行くだけだ、なんて人もいるかもしれない。
スタッフならば朝早く起きなければならない、だろうか。自分の仕事に誇りを持ち、何度も手順を確認している人もいるかもしれない。
このライブバトルによって、何かが変わる人もいるかもしれない。
彼女たちのステージで、何かが変わる人はいるかもしれない。
CDを買いたくなるかもしれない。
どちらかのファンになるかもしれないし、どちらのファンにもなるかもしれない。
もともとファンだった人は、もっともっと好きになるかもしれない。
人生が変わる人も、いるかもしれない。
ライブバトル当日。
それぞれの思いが何をどう変えていくのか。
それはまだ、わからない。
最終話「シリウス」
引用: アナスタシア「Сириус」



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