355: 2013/04/12(金) 00:44:30.24 ID:35deEx0z0

356: 2013/04/12(金) 00:46:49.45 ID:35deEx0z0
傭兵「」パチ

傭兵「……ん? ここは……」

傭兵(広い部屋だ……少なくとも俺の部屋じゃあない)

傭兵(っていうか、あれ……? 無駄に豪華なような……)


傭兵「…………」


傭兵(……ん~……?)

傭兵(なんだ……なんで俺、こんなところで寝てるんだ……?)

傭兵(そもそも寝る前まで何してたっけか……?)

傭兵(……なぁんか……頭がボーっとするなぁ……思い出せん)


傭兵「……ん」


傭兵(足の指も手の指も力が入る……)

傭兵(立てる……か?)


ガチャ


傭兵「っ!」


メイド「あ」


傭兵「あれ……?」


メイド「どうも、おはようございます」


傭兵「メイド、さん……?」


メイド「はい」


傭兵「どうして、ここに……?」


メイド「どうしても何も、ここはお城の中の客室ですよ」
















傭兵「…………」

傭兵「……………………え?」
葬送のフリーレン(1) (少年サンデーコミックス)
357: 2013/04/12(金) 00:49:45.79 ID:35deEx0z0
傭兵「えっと……なんでまた俺は、こんなところに……?」


メイド「覚えてらっしゃらないんですか?」


傭兵「それが……さっぱり」


メイド「傭兵さまは、あの子を救ってくださったのです」


傭兵「あの子……?」


メイド「はい」

メイド「誘拐犯に攫われたあの子を、無関係に等しい貴方が、身を犠牲にして救ってくれた……」

メイド「私はそう、窺っております」















傭兵「…………………………………………あ」

傭兵「そうだ……そういえば、そうだ……」


傭兵(敵のアジトを突き止めて、古い建物だったから魔法で崩して生き埋めにして……朦朧とする意識の中必氏に瓦礫を素手でどかして……)

傭兵(相手の神官が立っていた場所を掘り返して、加護契約書を引っ張り出して握り締めて……)

傭兵(帰ろうとして気が抜けたときに……倒れてしまったんだ……)


メイド「思い出されましたか?」


傭兵「……はい」

358: 2013/04/12(金) 01:01:19.15 ID:35deEx0z0
傭兵「それで、俺はどうやってここに運ばれたんですか?」


メイド「女騎士さんとあの子が連れて帰ってきましたよ」


傭兵「あれ……? 確か俺、二人を頃して突っ返したような……」


メイド「そのようだったようですが、二人とも、あなたが心配ですぐさま戻ったようです」


傭兵「そっか……」


メイド「せっかくお二人を心配して戻して下ったのに、申し訳ございません」


傭兵「ああ、いや。それは別に」

傭兵「どうせ拷問してるのを見せるがイヤだったから返しただけですし」

傭兵「深い理由もなかったので、まぁそれは良いんです」


メイド「そうなのですか? お二人とも、自分たちのことを考えて一度帰してくれた、と嬉々としてお話されてましたが……」


傭兵「そんな意図は無いって。本当に」

傭兵「それよりも、わざわざ誘拐犯の一味かもしれない俺を心配して戻ってきてくれるとは……今度お礼を言わないとな……」

359: 2013/04/12(金) 01:02:26.43 ID:35deEx0z0
メイド「誘拐犯の一味……? まさかそ。んなことは無いでしょう。傭兵さまに限って」


傭兵「こうして信用させるまでが手かもしれませんよ?」

メイド「ん~……話を聞いただけなのですが、あの子と一瞬だけとは言え二人きりになれたそうですね?」


傭兵「あ……ん……? ……ああ、はい。そういえばありましたね……」

傭兵(お姫さまを頃すまでの一瞬か……)


メイド「その時に素直に手放した段階で、私はあなたが、少なくともあの子の敵ではないことぐらい、分かりましたよ」

メイド「ですから少なくとも、あの子に関してのあなたの行動だけは、私は信用しています」

メイド「おそらく女騎士さまもあの子も、同じでしょうけれどね」


傭兵「……そう言ってもらえただけで、無理して頑張った甲斐がありますよ」

360: 2013/04/12(金) 01:10:52.98 ID:35deEx0z0
傭兵「そういえば、俺はどれぐらい眠っていたんですか?」


メイド「運ばれたのが早朝で……それから丸々二日ほどでしょうか」


傭兵「え!? そんなに!?」


メイド「はい」

メイド「傭兵さまを看て下さった宮廷魔法使いさんのお話では、全ての魔力が切れ、緊張も絶え、集中の糸も失せた状態だったとか」


傭兵「……本当、女騎士とお姫さまにはお礼を言っておかないとな……」

傭兵「もしそのままだったらどうなっていたことか……」


メイド「まあ、お二人とも自分の方が助けてもらったと思っているでしょうから、お礼なんて言われても戸惑うだけでしょうけれどね」


傭兵「それでも――っと、そういえば、家庭教師の方はどうなりました?」


メイド「傭兵さまのおかげで無事捕まえ、口を割らせることに成功いたしました」

メイド「首謀者である貴族も取り締まることが出来、国外追放を言い渡すことも出来ました」

メイド「まだ実行は出来てませんが……それでも、通達は出来たのです」

メイド「あとは他の貴族に同意をもらうだけですが……この調子だと飛び火を恐れて庇うこともなく、素直に王に同意をしてくれるでしょう」

メイド「たった二日足らずでですよ? たったそれだけで、それだけのことが出来ました」

メイド「そこまでの証拠と証言を得ることが出来ました」

メイド「本当、あなたのおかげです」

361: 2013/04/12(金) 01:12:01.27 ID:35deEx0z0
傭兵「いや、それはどう考えても、加護契約書だけでそこまでこじつけた人たちのおかげですよ」

傭兵「俺にそこまでの功績はありませんって」

傭兵「それよりも、ここにい――」


傭兵(……いや待て、もしかして潜入してた使用人ってのは、メイドさんじゃないのか……?)


傭兵「――いえ、どうもしませんよ」


メイド「……ふふ」


傭兵「え?」


メイド「傭兵さまの考え、当てましょうか?」

メイド「私がもう一人のスパイだったのでは? と疑っていらっしゃるのでしょう?」


傭兵「……っ」

362: 2013/04/12(金) 01:14:15.54 ID:35deEx0z0
メイド「結論から言うと、違いますよ」

メイド「まあ傭兵さまに言わせると、この言葉だけでは信用できないのでしょうけれど」

メイド「ですが実は、傭兵さまが確保してくれた加護契約書。あの中に一枚、復活の儀を行っても蘇ってこなかった物があったのです」


傭兵「え?」


メイド「基本、蘇ってきたのは言うまでもなく、あなたが倒してくれた男たちです」

メイド「ではこの蘇らなかった契約書は?」

メイド「神官長に調べてもらった結果、誰かを突き止めることに成功いたしました」

メイド「敵がどうして持って来ていたのかは分かりませんが、おそらくは例の貴族に協力してくれた神官が彼一人だけだったのでしょう」

メイド「ですので保護しておく意味でも、肌身離さず持っておくしかなかった」

メイド「たぶん、そんなところでしょう」


傭兵「そう、なんですか……」

傭兵「すいません……疑ってしまって」


メイド「いえいえ。むしろ私、少し嬉しいぐらいです」


傭兵「え? 嬉しい……?」

363: 2013/04/12(金) 01:15:53.15 ID:35deEx0z0
メイド「はい。だってここで私を疑うということは、それだけあの子のことを真剣に考えていてくれていると言うことですからね」

メイド「この一件で犯人を捕まえることに全力を挙げてくれている」

メイド「それだけで嬉しいんですよ」


傭兵「はぁ……」


メイド「それに傭兵さま、これだけ話してもまだ、私の言葉を完全には信用していないでしょうし」


傭兵「いえ、そんなことは……」


メイド「ま、そうして疑ってくれた方が、本当にいいんですよ」

メイド「……やはりあなたは、推薦するに値する人物ですよ」


傭兵「推薦?」


メイド「はい。ま、後で分かることですよ」


傭兵「?」

364: 2013/04/12(金) 01:18:11.01 ID:35deEx0z0
メイド「それよりも、私の用事を済ませてもよろしいでしょうか?」


傭兵「用事ですか?」


メイド「はい」


傭兵「まぁ、別に構いませんよ」

傭兵「部屋の掃除ですか? では俺はそろそろ家に――」


メイド「いえ。傭兵さまに用事です」


傭兵「――え?」


メイド「丸二日、眠られていたと言いましたよ」


傭兵「はぁ……」


メイド「では、身体を拭かせてももらいましょうか」


傭兵「はいっ!?」


メイド「お二人が連れて帰ってきた時はすぐ宮廷魔法使いさまに看てもらったせいで、服を脱がせるだけで終わってしまいましたからね」


傭兵「あっ! そういえば俺の服はっ!?」

傭兵(今更だけどなんか日頃の俺の服より高そうなゆったりしたもの着せられてるっ!?)


メイド「大丈夫ですよ。ちゃんと洗って持ってきましたので」


傭兵「じゃ、じゃあそれさえ渡してもらえれば……身体なんて拭かなくても……」


メイド「いえいえ、そういう訳にはいきませんよ」

メイド「せっかく綺麗にした服に袖を通すわけですし」

メイド「身体も綺麗になさらないと」


傭兵「だ、だったら一人で出来ますし……」


メイド「まだ起きたばかりで満足に力も入らないでしょう?」

メイド「大丈夫。私に任せてください」

365: 2013/04/12(金) 01:20:02.07 ID:35deEx0z0
傭兵「いえいえそんな……メイドさんの手を煩わせるほどのことじゃあ……」


メイド「そう遠慮なさらずに……ニヘ」


傭兵「っ!」

傭兵(え!? 何今の寒気っ!?)



――メイド「では、失礼して」サワッ――

――メイド「おぉ~……ちゃんと鍛えていらっしゃいますね……」グッ、グッ――

――メイド「刻印を確認しませんでしたが……まあ良いでしょう」ボソッ――



傭兵(……っ!? なんで今出会ったときのことを思い出した俺っ……!!)


メイド「さあさあさあ……まずは上を脱いで下さい」


傭兵「い、いやいやいやいやいや……本当、大丈夫なんで……」


メイド「いえいえいえいえいえ……本当、遠慮なさらずに」


傭兵「いやいやいやいやいやいやいやいや」


メイド「いえいえいえいえいえいえいえいえ」

メイド「まあもう無理矢理剥ぎますけどねっ!」


ガバッ


傭兵「ちょっ、止め――」


メイド「止めませんよ~……さあ、無防備に晒してくださいね~……ちゃんと綺麗にしてさしあげますから」


傭兵「――いやちょっ、本当……!」

傭兵「って本当に力入らない!」

傭兵「なんでこんなバッチリなタイミングで来たんだこの人!?」

傭兵「さては狙ったなおい!」


メイド「さあ……どうでしょうかねぇ~……」

メイド「まあ、ともかく力が入らないなら……観念してくださいね~……」

メイド「……エヘッ」


傭兵「っ……!」

366: 2013/04/12(金) 01:22:28.52 ID:35deEx0z0
~~~~~~

傭兵「はぁ……はぁ……はぁ……」


メイド「では後ほど、消化に良いお食事を持って参りますので」


傭兵「いや普通に帰ろうとしすぎでしょう!」


メイド「まあまあ。胸筋を触られただけじゃないですか。気にしてないですよ」


傭兵「俺も実際気にしてないけれども! それでもそれはたぶんメイドさんが言うセリフじゃあないっ!」

傭兵「っていうか筋肉なんて俺より鍛えてるヤツなんて沢山いるでしょう!」

傭兵「ここの兵士ならたぶん俺より立派ですよっ!!」


メイド「そう言われましても……私、城の中で気兼ねなく話せるのが、あの子と女騎士さんぐらいなんですよ」

メイド「その二人に筋肉はありませんし……なんだか、珍しいんですよ」


傭兵(だからってあそこまで触るか……?)

傭兵(……って、お姫さまと女騎士の二人だけ……? メイドなのに同僚とかと会話しないのか……?)

傭兵(……ああ、そういえばお姫さま専属としてずっと一緒だったんだっけ……ほかの使用人とは違って微妙に距離感があるのかもしれないな……)

傭兵(そのせいで兵士にも話しかけ辛いとか……?)


メイド「出来ればこれからは傭兵さまとも、気兼ねなく話せるようになれれば良いんですけどね」


傭兵「……えっ?」


メイド「いえ、なんでもありませんよ」

メイド「ではお食事、お持ちしますね」


ギィ…

…パタン


傭兵(しまった……考え事をしていたせいで聞き逃してしまったな……)

傭兵(まぁ、たぶんどうでもいいことだろう。うん)

375: 2013/04/13(土) 00:52:38.07 ID:ZB5Vmi2M0
再開します
今日ちょっと短い

376: 2013/04/13(土) 00:56:11.84 ID:ZB5Vmi2M0
ガチャ

傭兵「?」

ギィ…


女騎士「やあ」


傭兵「あ、女騎士……」


女騎士「出てきたメイドさんから目が覚めたって聞いてさ。……どう? 容態は」


傭兵「お前のおかげでほとんど万全だ」

傭兵「ありがとな。ここまで運んでくれて」


女騎士「いやいや、何言ってんの。姫さんのために尽力してくれたのは傭兵だろ?」

女騎士「お礼を言うのはボクたちのほうだ。ありがとう」

女騎士「お前のおかげで姫さんを救えた。敵対していた貴族も一つ潰せた」

女騎士「本当に、助かった」


傭兵「お姫さまを救えたって……俺は危うく間違えた推理をして、彼女を見頃しにしてしまうところだったんだぞ?」

傭兵「力を尽くすのだって、お前には一度言ってしまったけど大人として当たり前のことだし」

傭兵「貴族を潰せたのなんてそれこそここに勤めている人の力そのものじゃないか」

傭兵「俺は本当、そんな大したことはしてないんだって」


女騎士「お前で大したことをしてなかったんなら、ボクなんて何もして無いことになるよ」

女騎士「戦いも全部任せちゃったし」


傭兵「そうしないと、助けに行ったお姫さまを犠牲にしてしまうところだったんだから、当然だろ?」

377: 2013/04/13(土) 01:01:12.46 ID:ZB5Vmi2M0
傭兵「それに女騎士は、誘拐犯の一味かもしれない俺を心配して、戻ってきてくれた」

傭兵「あんなに離れた場所にいた俺を探して、見つけてくれた」

傭兵「それだけで、俺にとっちゃあ十分さ」


女騎士「誘拐犯の一味かもしれないって……姫さんと二人きりになったのに手を出さなかった時点で、その可能性はないでしょ」


傭兵「フラフラだったからそのチャンスを棒に振って、今は懐に潜るためにこうしてるのかもしれないぞ?」


女騎士「それでも、姫さんを頃して一度突っ返すのは効率が悪いだろ」

女騎士「あれだけの魔法が使えるんなら、フラフラだったとしても姫さんを無力化するなんて容易かったはず」

女騎士「ましてあの時の姫さん、魔法を目の前に突き出されても動けなかっただろうしさ」

女騎士「でもそれをせずに頃して突っ返した時点で、姫さんを裏切ることは無い」

女騎士「それぐらい、バカでも分かる」


傭兵「そうでもないだろ」

傭兵「そう思わせるために実は……かもしれないぞ?」


女騎士「……はぁ……どうも、傭兵は謙虚が過ぎるね。そこまで疑い始めてたら、それはもう一味だって決め付けてるようなもんだろ?」

女騎士「なんというか……妙に捻くれてるっていうか……これだけ褒めても素直に受け止めてくれないなんてさ」

女騎士「なんか心に闇でも抱えてるんじゃないのか?」

379: 2013/04/13(土) 01:17:56.74 ID:ZB5Vmi2M0
傭兵「いや、さすがにそれはないと思いたいが……」


女騎士「ま、傭兵がどう思っていようとも、少なくともボクはお前のおかげで姫さんを救えたと思ってるし、貴族を潰せたと思ってる」

女騎士「だからま、このお礼は勝手に言ってるだけだと思っててよ」


傭兵「んじゃあ俺のも、勝手に素直に受け止めることが出来ていないだけだと思っててくれ」


女騎士「全く……どうしてそう素直に受け入れてくれないのか……」

女騎士「お礼の言い甲斐がないだろ?」


傭兵「言い甲斐ってなんだよ。別にそんな感謝して気を遣うことが無いってことだぞ?」

傭兵「もっと気楽に『あ、そう? じゃあまぁいっか』ってぐらいに考えてくれよ」


女騎士「それで本当にお礼を言わなかったら『お礼の言葉だけでもくれたら良いのに』とか考える性質じゃないの? 傭兵って」


傭兵「いやいや、そんなことは――……」

傭兵(……あれ? 意外にある、か……?)

傭兵(なんだかんだでこういったやり取りするのが楽しいと思ってる俺がいたりするしな……あれ?)

傭兵「……――ん~……?」


女騎士「はぁ~……なんというかもう……無理矢理自分を悪人に見せようとするところとか、そう素直に好意を受け入れるのが下手なところとか……さっきも言ったけど、本当に妙に捻くれてる」

女騎士「なんか、信頼されることを恐怖しているようにも見える」


傭兵「そんなつもりは無かったんだがな……」


女騎士「感謝されて信頼もされるのがイヤで、けれども感謝だけはされたいって……謙虚とは真反対で、むしろ図々しいよね」


傭兵「そうやって抜き出されるとまるっきり面倒な男だな……俺って」


女騎士「まあでも、それが傭兵ってことでしょ? 無自覚であれなんであれさ」

女騎士「今まで知らなかった一面だったんだと思うと気にはならないし。むしろそんな性格だったんだって、やっと内面が見えただけ」

女騎士「だからボクはそんな傭兵でも、十分に受け入れられるかな」

380: 2013/04/13(土) 01:23:45.49 ID:ZB5Vmi2M0
女騎士「あ~……それよりも、さ。傭兵」


傭兵「ん?」


女騎士「ん~……あ~……その、うん……」


傭兵「……なに? 喉でも痛い?」


女騎士「なんでそうなるっ! じゃなくて……えと……ほら、あれだ……」


傭兵「…………どれ?」


女騎士「……お前は弱い!」


傭兵「いきなり何!?」

381: 2013/04/13(土) 01:24:43.27 ID:ZB5Vmi2M0
女騎士「あ、いや……うんと、ああ……いや、間違えた間違えた……」


傭兵「間違えたのか……いやまぁ、弱いことに違いは無いけど……」


女騎士「そんなことはない!」


傭兵「うおっ!?」


女騎士「アレだけの数を相手に有利に動けるのはむしろ誇っても良いと思う!」

女騎士「確かに一対一では弱かったけど! 模擬戦でのあの動きでそれは認めざるを得ないけどっ!!」

女騎士「でも複数を相手に戦った時のあの動きっ! アレは誰にも真似できないっ! まさに集中力が分散している傭兵だからこそのものだっ!!」

女騎士「だからお前は弱くないっ!!」

女騎士「あの特別な強さは、唯一無二の傭兵自身だと思う!」


傭兵「……いや……弱いって言ったのは女騎士なんだけどさ……」


女騎士「あっ!」

女騎士「……あ、いやだからそれは間違えたんだとあれほど……!」

382: 2013/04/13(土) 01:29:10.89 ID:ZB5Vmi2M0
傭兵「……それで? 結局何が言いたいんだ?」


女騎士「いや、その……あ~……だから……うん」


傭兵「……本当、さっきから歯切れが悪いな……」


女騎士「ああ、うん。ごめん……」

女騎士「実はその……ほら……模擬戦!」


傭兵「模擬戦……?」


女騎士「ほら一度、手合わせしたよね? あれをまたやらないか?」


傭兵「……なんでまた? どうせ俺が負けるのに……」

傭兵「一度やったし、近くで見たしで、実力差は十二分に分かっただろ」


女騎士「そうだけど……ほら……なんというか……魔法がさ……」


傭兵「魔法?」


女騎士「そう! あの手合わせは魔法使用禁止でやっただろ? でも今度は魔法を使っていいからさ」

女騎士「あの時は一度見せてもらっていただけで、まさかあそこまで魔法を重きに置いた戦い方をすると思っていなかったんだ」


傭兵「ああ……なるほど」


女騎士「ボクも、あれだけの魔法を使える人を相手に、どれだけ戦えるのかを確認したいからさ」

女騎士「ここの宮廷魔法使いに頼みたいんだけど、ほら、彼等も忙しいし」

女騎士「魔法を絡めた戦い方においては遜色ないだろうお前に、お願いしたいんだよ」


傭兵「ん~……まぁ、お姫さまの副作用が出ないんなら、一回ぐらいは良いか……」

383: 2013/04/13(土) 01:31:04.27 ID:ZB5Vmi2M0
女騎士「副作用……?」


傭兵「いやいや、マジで不思議そうな顔するなよ……」

傭兵「俺が雇われたのは、お姫さまの副作用を解消するためだぞ?」


女騎士「……あ、そうだったっけ……そういえば……」


傭兵「なんで忘れてんだよ……」

傭兵「ま、だから副作用を発症していない間は休みだからさ、本当は極力休むたいし、あの場所での戦いの仕掛けも改めたいんだが……」

傭兵「でもま、助けてもらったお礼に、一日ぐらいなら相手してもいいぞ――」


女騎士「でも姫さん、もう副作用発症しないと思うんだけど……」


傭兵「――って聞いてんのか?」


女騎士「これは王にも話しておいてもらった方が――ってああ! ごめんごめん」

女騎士「聞いてた聞いてた」


傭兵「本当かよ……」


女騎士「休みの日は毎日暇だから相手してくれるんだよね?」


傭兵「マジで聞いてねぇなお前!!」

384: 2013/04/13(土) 01:32:58.94 ID:ZB5Vmi2M0
女騎士「ははっ、冗談だよ。冗談」

女騎士「それにボクにも仕事があるしさ」

女騎士「分かった。それじゃあ一日だけ、頼むね」


傭兵「ああ。日取りはそっちで決めてくれ」

傭兵「……ま、誘拐なんてされたからな……明日からいきなり副作用、の可能性もあるけどよ」


女騎士「いや、それはないだろう」


傭兵「ん? なんで言い切れるんだ?」


女騎士「ん~……なんとなく、かな」

女騎士「ともかく手合わせの件、忘れないでよ」


傭兵「ああ。分かったよ」

傭兵(ったくまぁ、嬉しそうにしやがって……)

傭兵(どんだけ自分の力を試したいんだよ……)


女騎士「それじゃあ予定確認してから、また暇を見つけて来るから」


傭兵「はいはい」


ギィ…

…バタン

385: 2013/04/13(土) 01:36:12.00 ID:ZB5Vmi2M0
――ああ……結局謝れなかった……――

――あれだけ疑って悪かったって言えなかった……――

――どうせ疑われて当然だったからとか言われるんだろうけど……それでも一回は謝っときたい……――

――このまま流れでスルーしちゃいけないことだし……うん……いつか絶対に……うん……――

――それに……その代わりに、手合わせの約束が出来たし……――

――その時にでも……うん――


傭兵(……ドアの前でデカい独り言は止めろよ……普通に聞こえてきてるし)

傭兵(でもまぁ、謝りたかったのか……本当、気にすること無いのに)

傭兵(……今日の帰りにでも、それとなく気にするなって言っておくか)


――情けないですね――


傭兵(あれ? メイドさん? まさか女騎士が出るまで待ってたのか……?)


――~~~~~~~っ! ――

――――――


傭兵(……声が遠ざかったか……俺に用事、ってわけでもなかったのか……)

傭兵(ま、女騎士って騎士長だしな。お姫さまに関して何か話しておくことでもあったんだろう)

398: 2013/04/15(月) 19:13:49.54 ID:437YuA4I0
~~~~~~

傭兵「ごちそう様でした」


メイド「お味のほうはどうでしたか?」


傭兵「えっと……とてもおいしかったです」


メイド「では、シェフに喜んでいたとお伝えしておきますね」


傭兵「はぁ……」

傭兵(っていうかずっと部屋の隅っこに立たれるとか……気になるってレベルじゃねぇぞ)

傭兵(正直、味なんて分かんなかった……)

傭兵(そもそも日頃食ってるものと次元が違いすぎて……もう何がなんだか)


メイド「それと申し訳ないのですが」


傭兵「はい?」


メイド「まだしばらく、この部屋の中にいていただいてもよろしいですか?」


傭兵「え? 正直もう帰っても良いかと思ってたんですが……」


メイド「ちょっと、会っていただきたい方がいまして……」


傭兵「はぁ……」


メイド「会いたいと言っているのに、こちらの勝手で恐縮ですが、まだちょっと時間の都合がつきそうにないんですよ」


傭兵「まぁ、そういうことなら」


メイド「ありがとうございます」

399: 2013/04/15(月) 19:25:25.73 ID:437YuA4I0
メイド「本当は城の中でも散策してもらえれば、ちょうど良い暇つぶしになるのですが……」


傭兵「分かってますよ。部外者の俺が一人でそこまでのことをするのはいけないんでしょう?」


メイド「申し訳ありません」


傭兵「いえいえ。むしろ当たり前のことですから」


メイド「そう言っていただけると、助かります」

メイド「ただ、この何も無い部屋で一人と言うのも退屈でしょうから、暇つぶしに会話の相手を」


傭兵「メイドさんが?」


メイド「いえ。あの子が」


傭兵「お姫さまがっ!?」


メイド「ま、無いとは思いますが、もし誰かが襲ってきたら守ってあげてください」


傭兵「……え~……?」


メイド「食事を終えたら来るそうですので――」


コンコン


メイド「――と言っている間にも、来たようですね」


ガチャ

400: 2013/04/15(月) 19:26:40.41 ID:437YuA4I0
姫「あ、おねえちゃん」

姫「食器持っていくの、手伝いましょうか?」


メイド「構いませんよ。それよりも、訓練をサボる口実を無理矢理見つけてまで話し相手を買って出たんですから」


姫「ちょっ! そ、そんなの本人前にして言わないでくださいっ!」


メイド「あら、すいません」

メイド「ともかくそういうわけなんですから、私なんかよりも会話の相手、お願いしますね」


姫「む~……分かりましたよ」


メイド「では、お願いします」


キィ…

…バタン


姫「……ん、と……」


傭兵「どうも、お姫さま」


姫「は、ふぁい! 傭兵さま!」


傭兵「……どうしてそんなに緊張してるのですか?」


姫「あ、えと……なんと言いますか……その……」

姫「なんだか、改めて助けてもらったんだなぁ、と思うと、何故か……」


傭兵「助けてもらったのはこちらも同じです」


姫「え?」

401: 2013/04/15(月) 19:28:19.81 ID:437YuA4I0
傭兵「あの瓦礫の山から連れて帰ってくれました」

傭兵「本当、ありがとうございました」


姫「そ、そんなことでお礼を言わないで下さいっ」

姫「大体そんなの、わたくしが助けてもらったことを思えば些細なことですし……」

姫「むしろお礼を言わないといけないのはこちらの方です」

姫「本当、助けていただき、ありがとうございました」


傭兵「いやいやいや……王女が頭を下げないで下さい」


姫「本当は何か、地位とか色々なお礼を差し上げるべきなのでしょうが……」


傭兵「気にしないで下さい。さっきので十分ですよ」

傭兵「あとはまぁ、給料に多少色をつけてもらえればそれで」


姫「えっ? たったそれだけで良いのですか?」

姫「何か大きな請求をされても、大体のものは叶えて差し上げられますが……」


傭兵「俺は、して当然のことをしただけです」

傭兵「それに対してお礼をせびるのは、違いすぎるでしょう」


姫「……女騎士さんの言っていた通りですね」


傭兵「え?」


姫「大人だから子供を助けるのは当たり前と言っていたと、女騎士さんは言っていました」

402: 2013/04/15(月) 19:32:48.14 ID:437YuA4I0
姫「……思えばわたくし、傭兵さまのことを何も知りません」

姫「副作用を解消してくれて、解消するまでに何回もわたくしが頃していたのに、です」


傭兵「でも、それは仕方のないことでしょう」

傭兵「俺が副作用をどうにかしようとしている間、お姫さまは意識が無いようなものなんですし」


姫「それでもわたくし、あなたを頃してから、氏んでいるあなたを見たことなら何度だってあります」

姫「それなのに、知ろうともせず、その日の予定で頭がいっぱいになって……まるで当然のように受け入れていました」


傭兵「それで良いんですよ。それがコチラの仕事なんですから」


姫「あっ、そういえば一度、身体をバラバラにしていたこともありました」

姫「その節は苦しめてしまったようで……どうも、ああいうことをしてしまうと生き返っても感覚が残っているようですし……ご迷惑をおかけしました」


傭兵「ですからそれが仕事なんですよ。本当、気にしないでください」


姫「大人だから当たり前、ですか?」


傭兵「この場合はどちらかと言うと、仕事だから当たり前、ですかね」


姫「……それでも、やっぱり少し、気にしてしまいます」

姫「だってわたくし、副作用をどうにかしようとしてくれていた他方々にも、同じことをして苦しめていたのかと思うと……」


傭兵「それも向こうからしてみれば仕事だから当然だって思ってますよ」

傭兵「殺されるって分かって仕事請けといて、生き返ってしばらくの間だけ後遺症が残るような殺され方をされて不快極まりない、なんてこと言ってんだったら、最初から仕事請けるなって話になりますからね」


姫「……そうでしょうか?」


傭兵「そうですよ」


姫「……そうですか。……そう励ましていただけると、少し心が楽になります」


傭兵「……と言いますか、お姫さま」


姫「はい?」


傭兵「その頃の話をしていて思い出したのですが……なんか、大人しくありません」


姫「えっ!? えあ~……そんなこと……ないと思いますよ……?」


傭兵「いや、そんなことあると思いますけど……」

403: 2013/04/15(月) 19:33:59.19 ID:437YuA4I0
傭兵「初めて会いに来てくれた時はもっとこう、活発な女の子っぽかったんですが……」

傭兵「さっきメイドさんにしてたような態度をそのまま明るくして、口調だけ今のように丁寧だったような……」


姫「あ~……ほら、あの時はなんと言いますか……」

姫「副作用が解けたばかりで、テンションが上がっていたと言いますか……まあそんなところです、はい」


傭兵「はぁ……なるほど……?」


姫「……と、時に傭兵さま」


傭兵「ん?」


姫「男性はお淑やかで物静かな女性が好きだと、礼儀作法の先生が仰っていたのですが……そういうものなのですか?」


傭兵「え……? ……まあ、世間一般的にはそうみたいですね」


姫「……傭兵さまはどうなのですか?」


傭兵「俺? 俺もまぁ……そうですね」

傭兵(そう言っといた方が先生の言葉を信用して、礼儀作法を身に付けるだろう)

傭兵(たぶん、その先生もその方が助かるはずだ)

傭兵「どちらかというと、お淑やかな女性の方が……」


姫「そ、そうですか……そうですよね……」

姫「……っしゃ」グッ


傭兵(……今すっげぇ淑女らしからぬコッソリガッツポーズが見えたけど……まぁ指摘してやらぬ優しさか)

404: 2013/04/15(月) 19:35:15.98 ID:437YuA4I0
傭兵「そういえば、あの家庭教師だった男以外にも先生はいるんですね」

傭兵(……って、王族だったら当然か……)


姫「…………」


傭兵「…………? どうかした?」


姫「え、ええ……いえ、別に」

姫「それはまあ、当然ですよ」

姫「ただ完全に信用していたのは、男さまだけでしたけれど」


傭兵「あ……すいません」


姫「……どうして謝るのですか?」


傭兵「いや……裏切られて辛いだろうに、思い出させてしまって……」

傭兵「普通に、失言でした……」


姫「別に、大丈夫ですよ」

姫「それに、あの方から情報を聞き出すために拷問したのはわたくしです」

姫「とっくに鬱憤は晴れていますよ」


傭兵「拷問って……」


姫「ですからあの時、頃してまで無理に城に帰すこともなかったんですよ。実は」

姫「……なぁんて、ウソですよ」

姫「一度氏んだからこそ、冷静になれた部分はありました」

姫「だからたぶん、あの時は一度頃してもらって正解だったのでしょう」

姫「ですから本当、ありがとうございます」


傭兵「…………」

405: 2013/04/15(月) 19:37:15.32 ID:437YuA4I0
姫「これは、あの人を信用しきっていた、わたくしが悪いのです」

姫「傭兵さまは、気になさらないで下さい」

姫「まして、わたくしの立場で好きになるだなんてことが、そもそもはダメだったんですし……」


傭兵「…………」


姫「……ねえ、傭兵さま」

姫「わたくし、何を信じていたら良かったのでしょう?」

姫「男さまを信じず、今の礼儀作法の先生も信じず、女騎士さんやおねえちゃんやお父さんだけを信じていれば、良かったのでしょうか?」

姫「それとも……これからは男さまの代わりに、傭兵さまのことを信じていけば良いのでしょうか……?」


傭兵「……俺には、わかりません」

傭兵「ただ少なくとも、その辺にいる雇われの俺を信じるのはダメでしょう」

傭兵「もしかしたら俺は、お姫さまのいるこの国とはまた別の国の人間で、お姫さまのことを狙っている人間かもしれませんよ?」

傭兵「助けたのだって本当は、大人らしいイヤらしい理由があるのかもしれませんし」


姫「……じゃあ、わたくしは、どうしたら……」


傭兵「それは……自分で考えないといけないことなんですよ」

傭兵「考えて、自分なりの他人との距離の掴み方を見つける……たぶん、それしかないんだと思います」

406: 2013/04/15(月) 19:38:26.35 ID:437YuA4I0
傭兵「俺のように、何もかもを信じず、誰にも信用されないように生きていくのか……」

傭兵「それとも自分が信じられるものを見つけて、裏切られるかもしれない恐怖の中付き合っていくのか……」

傭兵「もしくはその恐怖を押し潰すか見て見ぬふりをして、何も知らない無垢のフリを続けていくのか……」

傭兵「……一度裏切られ、その辛さを知ったお姫さまに残された選択肢は、たぶん、これぐらいです」


姫「…………」


傭兵「俺が出来るのは、たぶんこれぐらいしか選べるものはありませんよ、と例を挙げてあげることだけです」

傭兵「この例の中から選んでもいいですし、もちろん別の選択肢を選んでもいい」

傭兵「それを考えて、自分で選ぶ」

傭兵「酷いですけれど、俺はお姫さまの手を引いてあげられるほど、強くはありませんからね」

傭兵「そうして後ろから、声をかけてあげることしか出来ません」

傭兵「お姫さま自身の足でこれからも前へ向かって進んで欲しい、と無責任に声をかけることしか、ね」


姫「…………」


傭兵「……ただ」


姫「……?」


傭兵「俺のように、何も信じずに生きていくのは、ただの臆病者の生き方です」

407: 2013/04/15(月) 19:40:24.54 ID:437YuA4I0
傭兵「騙された後が怖いから、周りを疑い続ける」

傭兵「信じてしまった後の裏切りで傷つきたくないから、誰も信じない」

傭兵「期待された通りの事が出来なかった自分を想像するだけで震えてしまうから、信用されないようにする」

傭兵「俺も含めてそういう生き方をする人は、ただの臆病者なんです」

傭兵「そうしないと生きていけない社会で……大人はこうして生きていかないと身を滅ぼしてしまうとしても、ね」


傭兵「……確かに、お姫さまの純粋無垢で真っ白な生き方は危ういです」

傭兵「騙されやすいし裏切られやすい、立場上勝手に期待されて望みどおりのことが出来ていないと非難されるでしょう」

傭兵「それでも俺は……お姫さまの生き方は、素晴らしかったと思います」

傭兵「それに今も……凄いと、思っています」


姫「え……?」


傭兵「だってあれだけ裏切られたのに、すぐに臆病者になることなく、まだ誰かを信用したいと想っている」

傭兵「ともすれば、今まで信用していた全ての人を疑い始めてもおかしくは無いのに、そうならなかった」

傭兵「それは本当に、凄いことですよ」


姫「…………」

408: 2013/04/15(月) 19:41:49.72 ID:437YuA4I0
傭兵「怖いのに信じて、裏切られるかもしれないのに信用して、騙され傷つけられこうして痛みを負ってもまだ、誰かを信じたいと願っている」

傭兵「……俺には到底、真似できませんよ」


姫「……傭兵さまも……」


傭兵「ん?」


姫「傭兵さまも……誰かに裏切られたことが、あるのですか……?」


傭兵「……いや。俺は無いです」

傭兵「むしろ俺は……裏切った方ですから」


姫「……どういうことですか……?」


傭兵「大切な幼馴染を裏切った……裏切らざるを得なかったとはいえ、大切な人を傷つけた……」

傭兵「だから俺はもう、誰にも信用されたくないと思っているんです」

傭兵「あの時の辛い想いは、もうしたくない」

傭兵「信用されてしまったせいで、傷つけてくれと頼まれて……」

傭兵「そうやって……辛い気持ちを背負わされるぐらいなら……最初から……」


姫「傭兵さま……」


傭兵「……話が逸れましたね」

傭兵「すいません」


姫「それは……昔一緒にいたと言う、仲間のことですか……?」


傭兵「……まぁ、はい……そう、ですね……」


姫「……くすっ」


傭兵「えっ?」

409: 2013/04/15(月) 19:44:56.83 ID:437YuA4I0
姫「あ、すいません」

姫「落ち込んでいるときに、笑ってしまうだなんて……酷い女ですね」


傭兵「いえ、そんなことは……」


姫「いえ。酷いですよ」

姫「でも何故か、おかしいと思ったんです。今の状況が」


傭兵「おかしい、ですか?」


姫「はい」

姫「好きな人に裏切られて、気持ちは吹っ切れたのに何故かモヤモヤとしていて、話題を出されるとなんだかとても悲しくて……苦しくて……」


傭兵「…………」


姫「それなのに話をしていると、さっきまで気を遣ってくれていた傭兵さまの方が、今はわたくし以上に悲しそうな顔をしていたのが……なんだかおかしくて」


傭兵「……そんな顔してました? 俺」


姫「はい。してましたよ」

姫「よほど思い出したくないことなんだろうなぁ、って思いました」


傭兵「…………」


姫「……わたくし、もう少し考えてみます」

姫「今までみたいにすぐに誰かを信用してはいけないことが分かりました」

姫「ですが、誰も彼も信用しないよう、臆病者にはならないように致します」

姫「前までみたいに、極端に人を信用はしませんが……だからと、極端に人を拒絶もしません」

姫「傭兵さまが、凄いことだって、って言ってくれましたからね」

410: 2013/04/15(月) 19:45:51.39 ID:437YuA4I0
傭兵「……そんなに、俺の言葉を信じて良いんですか?」


姫「良いんですよ。だってわたくし、傭兵さまのこと――……」


傭兵「……?」


姫「……――い、いえ! 今言うことではありませんでしたっ! す、すいません……!」


傭兵「は、はぁ……?」


姫「そ、その……決して嫌いだとかそういうのではなくて……今言ってしまいますと……その……心変わりばかりしている男好きだと思われてしまいそうで……はしたないですから」


傭兵「そ、そうですか……?」

傭兵「でもお姫さまの年齢なら、普通じゃないですか?」


姫「え、えぇ!? ま、まさか言いたいことがバレて……!?」


傭兵「俺のことを信用している、と言いたかったんじゃないんですか?」


姫「…………………………………………」


傭兵「……あ、あれ……?」


姫「そ、その通りです! はい全くもってその通りです! えぇ!!」


傭兵「?」

412: 2013/04/15(月) 19:47:41.66 ID:437YuA4I0
傭兵「まぁだから、お姫さまぐらいなら普通だと思うんですよ。誰かをすぐに信用してしまうのは」

傭兵「まだまだ子供なんですから」


姫「こ、子供……」

姫「……ま、まあそうですね……そう思われても仕方ないですよね……」

姫「まだまだ小さいですし……色々とちんちくりんですし……えぇえぇ、仕方のないことです……」


傭兵「優しい言葉をかけてくる大人は、頼もしく見えますからね」

傭兵「ただそれでもやっぱり、俺のことはあまり信用しない方が良いですけれど」

傭兵「……いつ裏切るか、分かりませんからね……」


姫「……傭兵さまは、わたくしを裏切るご予定でも?」

姫「……って、この質問は無意味ですね」

姫「あろうとなかろうと、無い、と答えるのが当然の質問ですし」

姫「……いえ、だからこそ、ですね」

姫「傭兵さまに何を聞こうと、わたくしの答えも変わらないです」

姫「例え、裏切るつもりがあると、そう言われようとも……いくら傭兵さまが拒絶しようと、わたくしは傭兵さまを信じてみようと、そう思います」





姫「また、裏切られてしまうかもしれない恐怖と共に」

姫「目を逸らしながらも、共に歩むように」





傭兵「……それが、お姫さまの選択なら、それで良いと思いますよ」


姫「傭兵さま限定、ですけれどね」


傭兵「え?」


姫「人付き合い全般に関しては、まだまだ沢山考えますよ」

姫「そのためにもまずは、色々と案を出してくれて傭兵さまを信用しようと……そういうことです」

413: 2013/04/15(月) 19:51:42.18 ID:437YuA4I0
姫「本当、今日は傭兵さまと話せてよかったです」

姫「……実を言うと、もっと沢山、傭兵さまのことを聞きたかったんですけれどね」

姫「わたくしのことばかり話してしまいました」


傭兵「ははっ……俺の話なんて、つまらないですよ」


姫「そんなこと無いですよ」

姫「もしかしたら、少し弱みを見せてくれたおかげで、わたくしは傭兵さまを信用しようと思えたのかもしれませんし」

姫「そうじゃなかったら……たぶん勘違いして、男さまにしていたように、もたれかかる依存に近い信用を寄せてしまっていたかもしれませんし……ね」


傭兵「勘違い……?」


姫「わたくしを裏切らない、ずっと傍にいてくれる絶対無敵の勇者のような存在だと勝手に期待してしまっていた、ってことですよ」


傭兵「それは――」


コンコン

メイド「失礼します」

ガチャ


メイド「傭兵さま、こちらの準備が出来ましたので、お願いいたします」


姫「あっ、もうそんな時間ですか……」


傭兵「――っと、もっとお話しても良かったんですけれどね」

傭兵「色々と、訂正しないといけないこともありそうでしたし……」


姫「まあ、これからはその時間ぐらい沢山取れるでしょうから。その時で構わないですよ」


傭兵「え?」


姫「いえ。なんでも」

414: 2013/04/15(月) 19:52:58.82 ID:437YuA4I0
キィ…

女騎士「やあ」


姫「げ」


女騎士「げ、とはどういうこと? 姫さん」


姫「い、いえ……別に……」


女騎士「ま、傭兵と話したいからって訓練をサボったことは、あえて責めないよ」


姫「ぐっ……」


女騎士「攫われた自覚と自らの無力さを噛み締める時間も、必要だろうからね」


姫「そ、それは仕方が無いと女騎士さんも……!」


女騎士「うん。仕方が無いと思う」

女騎士「でもそこからダラダラとするのは違うんじゃないかなぁ……?」

女騎士「反省して強くなって油断していてもある程度は対応できるようにならないと……」

女騎士「って、あ、いや。別にダラダラしてた訳じゃないし、そうしないといけないって分かってるけど少し休みたかっただけだよね、うん」


姫「ぐうううぅぅぅぅぅぅ……!」

姫「い、いえ……ここはお淑やかに……淑女の嗜みを思い出して……堪えて堪えて……!」

415: 2013/04/15(月) 19:55:02.75 ID:437YuA4I0
姫「そ、それよりも女騎士さん……? どうしてここにいらっしゃるのですか?」


女騎士「何を言ってるの? 姫さんを護衛するために決まってるじゃないか」

女騎士「あ、今日は訓練がないから、ノンビリと傍についていてあげるだけにするから、安心して」


姫「そ、そんなに休んだのが許せませんか……?」

姫「先ほどから少しばかり、言葉に棘があるように思えるのですが……」


女騎士「いやいやそんな。好きな人に裏切られて、あれだけのことをされたんなら、傷ついて当然だからね」

女騎士「ボクとしても、姫さんには元気になって欲しいし」

女騎士「そのために必要なことだって言うんなら休んで欲しいよ、当然」


姫「でしたらその嫌味っぽいのはどういうことですか……?」


女騎士「嫌味っぽく聞こえるのはやましい気持ちがあるからじゃないかなぁ?」


姫「ぐ、おおおぉぉぉぉぉ……!」

姫「せめて……せめて傭兵さまの前だけでも……!」


メイド「…………」

416: 2013/04/15(月) 19:56:35.07 ID:437YuA4I0
メイド「ええ~……では女騎士さん、この子の事、お願いします」


女騎士「うん。任されたよ」


メイド「それでは傭兵さま、行きましょうか」


傭兵「え、その……二人は?」


メイド「いつものことです」

メイド「それにどういうわけか、この子は傭兵さまが早くいなくなって欲しいようですし」


姫「それは語弊があると思いますおねえちゃん!!」


メイド「ともかく、あまりらしくないまま我慢させるのもアレですしね……私達は行きましょうか」


傭兵「あ、はい」


カツカツカツ…

417: 2013/04/15(月) 19:59:48.96 ID:437YuA4I0
メイド「時に傭兵さま」


傭兵「はい?」


メイド「子供は、活発な子と大人し子、どちらが好きですか?」


傭兵「子供? どうしたんですいきなり」


メイド「ちょっとした興味ですよ。気兼ねなく答えて頂ければ」


傭兵「そうですね……まぁ、子供は元気な方が良いですね」


メイド「そうですか」


傭兵「まぁ、子供が大人ぶろうと頑張ってるのも可愛くは思いますが……やはり子供らしく元気な方が安心しますね」


メイド「……思うのですが、傭兵さまって口リコンですか?」


傭兵「違うっ!」


メイド「そうなのですか? 子供のためにと言って全身全霊をかけるのでてっきり……」

メイド「ま、ともかくそう伝えておきますね」


傭兵「誰にっ!?」


メイド「え? これから誰に会うかですか?」


傭兵「言ってない! いやでも気にはなりますけれどっ!!」


メイド「これから、王に会っていただきます」


傭兵「ああ、なるほど……」

傭兵「…………………………………………」


メイド「…………」


傭兵「……え!? なんでっ!?」

432: 2013/04/20(土) 00:32:55.64 ID:17R6/Sia0
メイド「? なにがですか?」


傭兵「いやちょっと理解するのに時間掛かってる間に話が終わったみたいなの止めて下さい!」

傭兵「どうして王様と会うことになってるんです!?」


メイド「それは、当然じゃないですか」

メイド「娘を救ってくれた方ですよ」

メイド「直接お礼を言いたいんだそうです」

メイド「まあ、公務が立て込んでいるせいで、あまり時間が取れないようですが……」


傭兵「……別に王様直々にお礼言わなくても……」


メイド「本人がそうしたいと言ったんですよ」

メイド「あと、直接会って確かめたいとも」


傭兵「? なにを?」


メイド「それは――」


…カツン


メイド「――着いてしまったので、王本人に聞いてください」


傭兵「あぁ……早い」

433: 2013/04/20(土) 00:34:25.67 ID:17R6/Sia0
傭兵「って、王座とかじゃないんですね」


メイド「公務を行う部屋で申し訳ありません」

メイド「ですが、移動する時間も惜しいとのことでしたので」


傭兵「……良いんですか? 王様なんていう要人の部屋を俺なんかに教えて……」


メイド「王自身が言ったことですからね」

メイド「私に反対する権限はありませんよ」


コンコン


メイド「失礼します。傭兵さまをお連れしました」


「入ってもらえ」


ガチャ

434: 2013/04/20(土) 00:36:15.03 ID:17R6/Sia0
メイド「失礼します」


傭兵「し、失礼します……」


カツカツカツ…


王「よく来てくれたな、傭兵とやら」


傭兵(髭の生えた渋いおじさんだな……)

傭兵(いや、おじさんは失礼だ……というか、そんな安っぽい言葉で例えた自分が恥ずかしくなる)

傭兵(威厳と威圧感が、机を挟んで座っているこの人から感じられる……)

傭兵(……俺……場違い過ぎるだろ……)

傭兵(なんで普通に生きてきたら会うはずも無い人とこうやって会ってんだよ……)


王「そう緊張するな。楽にしてくれ」


傭兵(無茶言うなっ!)


メイド「…………」


傭兵(……メイドさんは入り口に立ったまま……王様の傍らには、なんか長身の美女が立ってる……秘書か……?)

傭兵(いや、王様の護衛かも……なんか立ち方に隙が無い)

傭兵(細身のレイピアを腰に刺してるが……装飾品と同じ匂いがする)

傭兵(……魔法使い……か……?)


「…………」チラ


傭兵「っ……!」

傭兵(ちょっと注目し過ぎたか……失礼な行動を取ってしまったな……)

435: 2013/04/20(土) 00:37:59.91 ID:17R6/Sia0
王「さて、今回呼んだのは他でもない」

王「実はキミに、頼みたいことがあるんだ」


傭兵「頼みごと、ですか……?」


王「ああ。ま、とはいえ何か別の国へとスパイに行ってくれとか、貴族の屋敷を一つ潰してくれとか、そんな物騒なものじゃあない」

王「極々平和的なものだよ」


傭兵「は、はぁ……」


王「なぁに。簡単なことだ」

王「キミは確か、姫の副作用を抑えるために雇われたのだろう? 契約書を見せてもらった」


傭兵「あ、はい」


王「その中にほら、正規登用の項目があっただろ? 実はソレを頼みたい」


傭兵「え……? つまり、城に仕えろ、と……?」


王「ま、簡単に言うとそういうことだ」


傭兵(……まさか、その話をするためだけに、王様と直接会ってるのか……?)


王「ただその登用の際に、ついでにしてもらいたいことがある」


傭兵(ですよねー)


王「姫に、魔法の勉強を教えて欲しい」


傭兵「……勉強……?」

436: 2013/04/20(土) 00:41:43.12 ID:17R6/Sia0
王「ああ。ま、家庭教師、というやつだな」


傭兵「そ、それは……お姫さま自身が、あまり快く思わないのでは……?」

傭兵(つい今しがたといっても遜色ないほどの時間に、その家庭教師の役職に就いてたヤツに裏切られたばっかりだったのに……)

傭兵(それと同じ役職に、今までただの傭兵だった俺を登用なんて……不安を与えるだけだろ)


王「そんなことはないだろう」

王「むしろキミを信用できると一番に推薦したのはあの子だ」


傭兵「えっ!?」


王「何を驚く」

王「身を挺して救ったのだろう? 信頼しない方がおかしい」


傭兵「は、はぁ……」

傭兵「ですが、その……そんな簡単に決めて良いんですか……?」

傭兵「その、もうちょっと俺――いや、自分のことを疑った方が……」


王「あの子が信用したんだ」

王「なら、あの子の責任だろう」


傭兵(……それで良いのか……? 王として父親として)

437: 2013/04/20(土) 00:43:00.31 ID:17R6/Sia0
王「それに、そこにいるメイドも、あの女騎士までも、お前は信用出来ると言っていた」


傭兵「えぇっ!?」バッ


メイド「…………」シレッ


王「ならば、一度敵を出してしまった家庭教師という役職、任せてみてもいいかと考えるのは必然だろう」

王「本来ならそんな危ないことが起きた役職なんてものは廃止すべきなのだろうが……姫自身がキミを家庭教師として雇って欲しいと話したんだ」

王「被害に遭った本人がだ」

王「となれば、叶えてやりたいだろう? 親としては」

王「それに、お前は魔法が達者と聞く」

王「あの子に魔法を教えたい親心としても、またとない機会だと思える」

王「勉学は本人のモチベーションに拠るところが大きいからな」

王「あの子自身がキミに学びたいと言っているのなら、成果も十二分に期待できるだろう」


傭兵(……そういえばあの子、魔法がまだ使えないんだっけ……? それをなんとかさせたいのか……?)

傭兵(でもそれって年齢的なものであって、どうにか出来るようなもんでもないと思うが……)

438: 2013/04/20(土) 00:46:12.49 ID:17R6/Sia0
王「どうだ? 傭兵。頼まれてくれるか?」


傭兵「その……自分じゃあ、大したことは教えることは出来ませんし……」


王「ふむ……待遇が悪いのか?」

王「もちろん、給料の方も上乗せするつもりだが……?」


傭兵「そ、そうではなくて……!」

傭兵「それにその、それってつまり、家庭教師としている時、万一敵に襲われた際、自分がお姫さまを守るってことですよね?」


王「ま、そうなるな」


傭兵「自分、そこまで強くありませんよ? 正直守りきれる自身は無いです」

傭兵「そんな重たい責任、背負えませんよ」


王「それでも、一度彼女を救い出した実績がある」


傭兵「それは……偶然、自分に適していただけの話で……」


王「それに、大抵の敵は姫自身が倒してくれるだろう」

王「ただ、不意を衝かれないよう警戒してやれば良い」

王「後は援護とかしてやれれば言うことが無いぐらいだな」

439: 2013/04/20(土) 00:46:45.01 ID:17R6/Sia0
傭兵「そ、それと……それは、副作用の解除も兼ねているんですよね……?」

傭兵「もし俺がその日、副作用の解除を失敗した場合と言うのは……」


王「ふむ……いや実を言うと、副作用の心配はいらないんだよ」


傭兵「……え?」


王「副作用が出るのは、加護を受けたことを後悔した時だろう?」

王「だからおそらくは、副作用なんて起きないんだよ」


傭兵「……どうして、そう思うのですか?」


王「ははっ。それは姫本人にでも聞いてくれ」

王「父である私の口から言うべきことではない」


傭兵「はぁ……」

440: 2013/04/20(土) 00:49:43.76 ID:17R6/Sia0
王「で、どうだ? やってくれるか?」


傭兵「……そもそもこれ、拒否権はあるんですか?」


王「あるにはある」

王「が、出来れば使わないでもらいたいと思っている」


傭兵「でも何も、俺が無理に魔法を教えなくても……」


王「そう言われると返す言葉も無いが……ま、ただ娘の我侭を叶えてやりたい親心なんだよ」


傭兵「我侭……?」


王「あの子には、辛い役目を押し付けている。身分不相応に不自由な世界で生きてもらっている」

王「それならせめて、その狭い身の回りの世界だけでも、あの子が望む人間で固めてあげたいと思ってね」


傭兵「…………」


王「それは親として、救ってもらった人をいきなり家庭教師兼護衛人にすることに抵抗が無いと言えば嘘になる」

王「だが他に二人も、あの子のためにと信用できると言ってきた」

王「だから、信じてもいいかと思えたから、こうして声をかけたんだ」

王「……ま、それに見た感じ、キミは臆病者のようだからね」

王「あの前回の家庭教師とは違い、人を傷つける何かを企める人間でも無いだろう」


傭兵「ぐっ」


王「ははっ、気を悪くしたなら謝るよ」

王「だが、大丈夫かなと思えるには、思えるんだよ」

王「親として。王として」

441: 2013/04/20(土) 00:51:54.44 ID:17R6/Sia0
傭兵「……分かりました」

傭兵「そこまで考えているのなら良いでしょう」

傭兵「お引き受けしましょう」


王「そうか。ありがとう」

王「面倒事も増えるが、よろしく頼む」


傭兵「構いませんよ」

傭兵「ただ、この城には住みたくないですけれどね」


王「それはまた……珍しいな……」


傭兵「ちょっとした事情がありまして……構いませんか?」


王「まあ、構わんだろう」

王「姫も住み込みでとは頼んでこなかったしな」

王「前までのような形だけが残った家庭教師ではなくても良いだろう」


傭兵「……自分、情報を外に漏らすかもしれませんよ……?」


王「それは大変だ」

王「ま、皆に信頼された臆病者のキミが、そこまでのことはしないだろう」

王「しかしまあ……そうやって信頼されぬよう振舞うと聞いていたが、本当に聞いてくるとはな」


傭兵(……なんか、先手を取られたみたいで悔しいな……くそっ)

442: 2013/04/20(土) 01:02:34.72 ID:17R6/Sia0
~~~~~~

傭兵「では失礼します」


メイド「失礼いたしました」


…バタン


傭兵「…………はぁ~……とんでもない緊張感だった……」


メイド「お疲れ様でした」


傭兵「……っていうかメイドさん……いや、お姫さまも女騎士も、俺をこうして雇うつもりだったんですね?」


メイド「さあ?」


傭兵「しらばっくれないで下さいよ……今日一日の会話で何回かそれっぽいことを言われてたような気がしたのを思い出したんですけど」


メイド「他のお二方は知りませんが、少なくとも私は言っていましたね」


傭兵「やっぱり……」


メイド「ま、引き受けてくれて助かりました」

メイド「あの子の副作用も収まりますし……新しい護衛役を立てることも出来ましたし……ね」


傭兵「とは言っても、四六時中はいませんよ?」


メイド「構いませんよ」

メイド「元々あの子だって気配察知能力は高いのですし」

メイド「あれでも女騎士さんに鍛えられている子なんですから」


傭兵「まぁ、確かにそうか……」

443: 2013/04/20(土) 01:05:08.51 ID:17R6/Sia0
メイド「ただ信頼できる誰かといると油断してしまう、子供っぽいところがあるだけです」

メイド「ですから、あなたが適任なんですよ」


傭兵「……信頼されてる俺自身の気配察知能力が高いから、不意を衝かれても対処できるってことですか?」


メイド「そういうことです」

メイド「それに今までと違い、家庭教師がいる時に兵を置いておかなくて済むのも大きいです」

メイド「私も信頼しているあなたとなら、二人きりにしても大丈夫でしょう」

メイド「なんせ、二人きりになって連れ出せる状況になっても、あの子を頃したほどの人ですからね」


傭兵「お見通しのようで……」

傭兵「でも俺、あの男がしていたであろう普通の授業は出来ませんよ?」


メイド「元々、あまり必要はありませんでしたから」


傭兵「えっ?」


メイド「あの子があの家庭教師のことを好いていたから、解雇出来なかっただけです」

メイド「家庭教師としていた授業はあの子にとっては全てが復習」

メイド「好かれるためにと予習していたのが行き過ぎてしまって、とっくに学ぶことがなくなっていたんですよ、あの子」


傭兵「それは……確かに必要ないですね」


メイド「ええ」

メイド「ですから必要なのは、魔法の知識と、その訓練方法」

メイド「それを教えてくださるのですから、十分ですよ」

メイド「……ま、それでも本命は、あの子の副作用が止まってくれる事なんですけれどね」


傭兵「家庭教師も護衛も、そのついで、と」


メイド「そうですね」

444: 2013/04/20(土) 01:08:32.57 ID:17R6/Sia0
メイド「あの子が苦しんでいた副作用がもう起きないのなら、それに越したことはありませんから」

メイド「他の二つはまぁ、喜ばせるためのオプションみたいなものです」


傭兵「………………………………………………………………ん?」

傭兵「……もしかして、ですけれど……」

傭兵「副作用さえどうにかできれば良かったってことは……」

傭兵「本当は俺が定期的に城に通ってお姫さまと話しさえすれば良かったってことであって……」

傭兵「家庭教師も護衛も、断られること前提で要求してました?」

傭兵「俺が本当に断って欲しくない、その要求を呑ませるために……あえて最初は難しいと思われる要求からしてきていた、とか……?」





メイド「…………」


傭兵「…………」






メイド「……さて、では書類の作成を別室で行いましょう」


傭兵「ハメられたっ!!」


メイド「そんなことはありませんよ。人聞きの悪い」

メイド「ただ傭兵さまは優しいなぁ、ってだけのことですよ」

458: 2013/04/22(月) 19:40:00.83 ID:INCZcSNV0
~~~~~~

  翌日

~~~~~~

◇ ◇ ◇

姫の勉強部屋

◇ ◇ ◇


傭兵「え~……どうも。本日からお姫さまに魔法を教えることになった、傭兵です」

傭兵「改めてよろしくお願いします」


姫「よろしくお願いいたします! 先生っ!!」


傭兵「いや先生はちょっと……そんな器じゃないですし……今まで通りでお願いします」


姫「え~? ですがそれですと、雰囲気出ないじゃないですか」


傭兵「出なくてもいいですから……本当に」


姫「ん~……では、交換条件です」


傭兵「はい?」


姫「わたくしが傭兵さまのことを先生と呼ばない代わりに、傭兵さまもわたくしに敬語を使うのを止めて頂けますか?」


傭兵「いやさすがにそれは……王族相手に普通に接するのは……」


姫「ではわたくしも先生と呼び続けます」


傭兵「ぐっ」

459: 2013/04/22(月) 19:41:35.45 ID:INCZcSNV0
傭兵「でも……さすがに俺が敬語を解いて、お姫さまがそのままだと立場が逆転したような感じになって違和感が……」


姫「そこまで複雑に考える必要はありませんよ」

姫「女騎士さんがわたくしにしているような態度で良いんですよ」


傭兵「む~……」


姫「王女本人が構わないと言っているのですから。気にしないでください」


傭兵「そうは言いますが……」


姫「まあ、無理にとは言いませんよ。先生」


傭兵「ぐっ……やっぱり慣れないな……」

傭兵「……分かりました」

傭兵「ただいきなりは難しいので、徐々にということで」

傭兵「あと、お姫さまのことはお姫さまでお願いします」

傭兵「さすがに呼び捨てまでは俺でも無理ですので」


姫「……仕方ないですね」

姫「それで手を打ちましょう、先生」


傭兵「……認めてくれるまではその呼び方ですか……」


姫「はい♪」


傭兵(うっわ満面の笑み……俺に敬語を使われないことのなにがそんなに良いのか……)

460: 2013/04/22(月) 19:42:54.15 ID:INCZcSNV0
傭兵「というか、お姫さまも敬語を止めてくれれば、こちらとしてももうちょっと楽になるのですが……」


姫「これはもう癖みたいなものですからね……」

姫「完璧でなくともそれっぽく丁寧なら、バカ共も混乱して揚げ足を取ってこないから日頃から心がけなさい、とお父さんに言われてきましたので」


傭兵「……俺の敬語もその類だと思ってくれませんか……?」


姫「先生、女騎士さんに敬語で話していないじゃないですか」

姫「つまり、敬語で無いほうが楽ということですよね?」


傭兵「話す相手によって楽かどうかが変わるのですが……」


姫「……わたくしの方が女騎士さんより距離を感じると?」


傭兵「いや、そりゃ王族相手に距離を感じるなってのが無理かと……」


姫「む~……ですが、女騎士さんはわたくしに対して普通に接してくれますよ?」


傭兵「正直あの人ちょっとおかしいでしょ」


姫「え、えぇ~……? それキッパリと言うんですか……?」

461: 2013/04/22(月) 19:45:20.42 ID:INCZcSNV0
姫「で、ですがほら、授業中においては先生の方が立場は上な訳ですし……何も違和感を抱くことは無いですよ」

姫「たぶん女騎士さんも、わたくしに戦い方を教えてくれている時は上だから、その癖がそのまま引きずって他でも普通に接してくるのでしょうし」

姫「ですから先生も、遠慮しないで下さい」

姫「別におかしなことではないのですから。本当に」


傭兵「……つまりお姫さまは、教え教わる立場をキッチリとしておきたいと、そういうことですか?」


姫「え、えぇ……まあ、そうですね……はい」


傭兵(真面目だなぁ……この子は)

傭兵(つまり敬語で教わっていると遠慮されている感じがしてしまうと、そういうことだろう)

傭兵(立場を入れ替えてでもちゃんと、遠慮なく、間違えていない知識を沢山教えて欲しいのだろう)

傭兵(敬語で教えられると、その感じがしないからイヤってところか……)

傭兵(……遠慮されている時間が勿体無いって考えもあろうのだろうけど)


傭兵「……分かった」

傭兵「もうちょっとだけ頑張って、敬語を止めていくようにしま――する……よ……?」


姫「……すごい無理してますね……」


傭兵「度々言葉に詰まるかもしれませんが……今日中にはなんとかしてみます」

462: 2013/04/22(月) 19:47:44.59 ID:INCZcSNV0
傭兵「え~……まぁ、言葉遣いに関してはこの辺にして……」

傭兵「ともかく、授業っぽいことを始めます」


姫「はい先生!」


傭兵「…………時にお姫さまは、字の読み書きは当然出来るんですよね?」


姫「はい」


傭兵「実は俺……こうして先生役を頼まれましたけれど、自分の名前以外の字の書きが出来ないんですよ」


姫「……え?」


傭兵「だから本当は家庭教師なんて引き受けたく無かったんですよ……」


姫「で、ですがそれだと、どうしてわたくしの副作用を止める依頼を請けることが出来たのですか……?」

姫「確か依頼は文章での契約書だったように思うのですが……」


傭兵「読むことは出来るからですよ」

傭兵「だから俺が出来る授業というのは、俺が蓄えた魔法に関する知識を口頭で伝えること……」

傭兵「後は、本に書いてることの解説ぐらいですかね」

傭兵「とは言っても、書いてあること全てを俺も理解しているわけじゃないですけど」


姫「え? 理解していないんですか?」


傭兵「恥ずかしながら」

傭兵「でも全てを知らなくても、魔法は使えますから」


姫「それで、あれだけの人数を一人で倒せるほどの魔法を……?」


傭兵「知識よりも経験が勝ることがあるんですよ」

傭兵「まぁ、知識に裏づけされている方が効率が良いのは事実ですけれど」

463: 2013/04/22(月) 19:49:44.06 ID:INCZcSNV0
傭兵「と、あれこれ言ってはいますが、まだお姫さまは魔法が使えないんですよね?」


姫「え?」


傭兵「となると……まだ基礎知識に留めておく方が良いかもな……」

傭兵「使えないなら集中力の磨がし方と魔力の固め方を説明しても仕方が無いし……」

傭兵「属性も分からない以上、下手な手を打たないほうが良いのも事実だからな」


姫「あの……」


傭兵「あ、ではとりあえず、本に書かれていることでも……」


姫「いえその前に」


傭兵「はい?」


姫「わたくし、魔法使えますけど」


傭兵「……………………え?」

465: 2013/04/22(月) 19:55:39.07 ID:INCZcSNV0
傭兵「でも確か、女騎士は『お姫さまは魔法が使えない』って言ってたような……」

傭兵(アレは確か……お姫さまが一人で城を抜け出したのでは? って推理した時だったっけ)


姫「ああ、だってわたくし、あまり明るみに出てはいけない人間ですし」


傭兵「え?」


姫「一応わたくし、表向きは戦闘が出来ない魔法も使えない、お人形のような王女ということになっています」

姫「ただ副作用が出た段階で戦闘が出来ないというウソは通じなくなっておりますので、こと戦闘に関しては開き直っていますけれど」


傭兵「明るみに出てはいけないって……それって誰に対しての隠し事なんですか?」


姫「先ほどバカ共と貶した貴族達ですよ」


傭兵「貴族達……」


姫「……先生は、この国出身の方では無いのですね?」


傭兵「えっ? どうして分かったんだ?」


姫「もし出身なら、すぐに分かったことだからですよ」

姫「わたくしのお父さんが、何をしたのか」

姫「いつ、何をして、王に成られたのか」

姫「その結果どうして今、貴族達に疎まれ狙われる存在になっているのか」

466: 2013/04/22(月) 19:56:56.61 ID:INCZcSNV0
姫「お父さんが王になったのは、つい最近のことです」

姫「まだ十年も経っておりません」


傭兵「えっ!? それにしては……」


姫「地盤がしっかりとしている、ですか?」

姫「まあ、お父さんのお父さん……つまりおじいさまから玉座を奪い取り、その地盤をそのまま利用しているのです」

姫「ですから民の皆様には正当な引継ぎにしか思われていないでしょう。ちょうどおじいさまもご病気とされていましたので」


傭兵「……されていた?」


姫「奪い取ったと言ったじゃないですか」

姫「今は、加護契約書を厳重に管理し、城の地下に氏体としているはずですよ」


傭兵「……おじいさんのことなのに、淡々と話すんですね……」


姫「ええ。だって、大嫌いでしたから」


傭兵(あのお姫さまが大嫌いって……)


姫「あの人は、民衆をダメにしていました」

姫「自らの贅沢のために税率を上げ、王のために民がいると本気で信じ疑っておりませんでした」

姫「ですからわたくしは、大嫌いなのです」

467: 2013/04/22(月) 20:04:55.59 ID:INCZcSNV0
姫「そんなおじいさまが、お父さんも大嫌いでした」

姫「ですから民から貪った税で贅沢をしているおじいさまに近付き、従順なフリをして親しくなり……」

姫「油断したところで誰にも気付かれることなく、お父さまはその立場を奪うための反旗を翻したのです」


姫「その結果が、今のこの国です」


姫「おじいさまに押し潰され、けれども外面だけは良かった都市は……内面も改善され始めました」

姫「民の皆様はとても喜んでいました」

姫「最初は、おじいさまの息子が跡を継いだことに不安があったようですが……裏での手回し工作と準備、さらにはおじいさまを支持して同じく甘い汁を吸っていた貴族達の中で、一際大きなものをいくつかを潰したのもあって、今では善き王として迎え入れてくれています」


傭兵「……もしかしてお姫さまが貴族達に隠し事をしているのって……」


姫「はい。今でもおじいさまを支持する、旧貴族派閥からの手から逃れるためです」

姫「お父さんがクーデターを起こした時、向こうも大層油断していたのでしょう」

姫「まさか甘い汁を吸って生きている貴族達の中から反乱分子が――それも甘い汁をばら撒いている元凶の息子から発生するとは、思ってもいなかったのでしょう」

姫「故に、こちらの家族構成も正確には把握しておりませんでした」

姫「ですから、そこを利用しようとしたのです」

姫「そのまま極力貴族達を油断させ、わたくしが狙われても、わたくし自身の手で打倒し、隙を広げられるようにと」


傭兵「魔法が使えない、戦闘も出来ないってウソも、その隙を広げるためのものってことか……」


姫「そういうことです」


傭兵(だからお姫さま自身が貴族に狙われてしまって……)

傭兵(そうなった時に王女自身が対抗できるように、王女でありながらも戦闘訓練を受けているのか……)

468: 2013/04/22(月) 20:10:52.33 ID:INCZcSNV0
姫「それに、わたくしの魔法の属性は『探索』です」


傭兵「『探索』……また希少な属性ですね」


姫「はい」


傭兵「それに、戦闘にも利用できない」

傭兵「……もしかして、副作用のせいで戦闘が出来るとバレているのに、それでも表向きは隠し続けているのって……」


姫「さすが傭兵さまですね。その通りです」

姫「戦闘能力があるとバレている以上、さらに魔法が戦闘では使い物にならないという事実までバレてしまうと、魔法が使えないことを前提とした作戦を立てられてしまいます」

姫「だからこそせめて、魔法が戦闘で使い物にならないということはバレないよう、目を逸らすために今でも戦闘に関しても隠し続けているのです」


傭兵「戦闘で使えないってのがバレるだけで相当狭めてしまうからな……」

傭兵「それならいっそ全て――バレてしまっていることを知らないという体でい続け、“魔法ももしかしたら使えるかもしれない。けれども使えたとして属性が分からない”という風に持って行こうと……そういうことか」


姫「戦闘が出来ないと信じていれば油断という大きな隙が……」

姫「戦闘が出来ると分かっていれば、戦闘用の魔法も使えるだろうという体で作戦を立てようとする結果生まれる隙が……」

姫「その二段構えを意図しての、自分の身を表に出さないという行為なのです」


傭兵「なるほど……魔法を使える体で作戦を立てるなら、最も数の多い基本属性で作戦を立てるのが普通だからな……」


姫「そういった形で警戒された方が、都合良くなるかもしれませんからね」

469: 2013/04/22(月) 20:14:48.98 ID:INCZcSNV0
傭兵(なるほど……だからこそのあの密室空間での副作用解除のための戦いか……)

傭兵(外で戦うときに女騎士にとって信頼できる兵で見張らせたのも、少しでも“戦闘用の魔法が使えないかも”と思わせないため、と……)

傭兵「ということは、外での魔法の実践はしないほうが良いな……」


姫「出来ればお願いします」


傭兵「……まぁでも、お姫さまの副作用を解除していたあの部屋。あそこでも魔法を使おうと思ったら使えますから」

傭兵「『探索』の属性なら、密室空間だと外にバレずに練習も出来そうですし、イザとなればあそこを使いましょう」


姫「え? ですが地面と空の下で無ければ魔法は……」


傭兵「実はあの部屋、一部だけ地面が掘りひっくり返るよう、細工がしてあるんです」


姫「えぇっ!?」


傭兵「次、お姫さまの副作用を止めることになった際のための準備ですよ」

傭兵「天井も、その地面の直線上に、小さいながら穴を開けてますし」

傭兵「……まぁ、あの空間内で破壊されることのない魔法を使っているとなると、もしかしたら勘付かれてしまうかもしれないので、あまり積極的には使えませんがね」


姫「そんな下準備を……わたくしのために……」


傭兵「また外に出して戦うのはどうも不都合っぽかったので」

傭兵「勝手に改造したのは謝りますよ。本当に」

470: 2013/04/22(月) 20:15:43.97 ID:INCZcSNV0
傭兵「というわけで今回は、魔法についてどのぐらい知っているのかをお姫さまに教えてもらおうかな」


姫「あ、はいっ」


傭兵「じゃあまず、地面と空が必要なのは理解しているようですけれど、どうしてその二つが必要なのかは分かります?」


姫「魔法とは、大地のエネルギーを天へと放出する際の余波エネルギーを用いて発動させるものだからです」


傭兵「さすが。使っている以上これぐらいは分かるか」

傭兵「ちなみにそれぞれの属性が付与されて発動されるのは、そうして一度人を介しているからってのは……まぁ分かってるか」


姫「その辺は大丈夫です」


傭兵「それじゃあとりあえず今日は……『結界』の属性についてと、魔法を使用できる年齢について教えとこうか」

傭兵「専門的な魔力の磨ぎ方とか、実際に身体を動かしてもらうのは明日ってことで」

傭兵「今日は基礎知識の方を話そうか」


姫「はいっ。お願いします」

471: 2013/04/22(月) 20:18:04.57 ID:INCZcSNV0
傭兵「じゃあ早速だけど、『結界』の属性についてはどれぐらい知ってる?」


姫「えと……言葉通り、何かを守る属性なのかと……」


傭兵「ま、確かにその通りなんだけど」

傭兵「そうだなぁ……属性ってのは五つの基本属性を除くと、人それぞれある程度違うのは分かるよね? 『探索』なんて希少な属性持ちなんだからさ」


姫「まあ、それぐらいなら……」


傭兵「実は五つの基本属性も含めて、人それぞれの属性が実は本質的には違っているものだって説もある」

傭兵「ほぼ瓜二つで似ているだけで、一つ一つ深く深く調べていけば、全く同じものは一つとして無いってやつね」

傭兵「ま、あくまで一説で、それが証明されてるわけじゃない」

傭兵「ただこの説と復活魔法収得術を応用して、万人を全く同じ属性に出来ないかという学術的研究がされた」

傭兵「その結果こそが『結界』の属性なんだ」


姫「え? ということはもしかして、『結界』の属性って……」


傭兵「うん。人類初の、人工的な魔法の属性ってことになる」

472: 2013/04/22(月) 20:21:27.18 ID:INCZcSNV0
姫「ということはわたくしも、『探索』以外にも『結界』の属性を付与すればあるいは戦闘でも……」


傭兵「あぁ、いや。実はそれが無理なんだ」

傭兵「困ったことにこの『結界』の属性、自分の才能ともいえる既存の属性を破棄しなければ付与できないんだ」

傭兵「だからお姫さまが『結界』の属性にしようってなったら、その珍しい『探索』の属性を無くさないといけない」


姫「それは……イザ無くなるとなると、迷いますね」


傭兵「だろ? それにそれは、他の属性でも同じだ」

傭兵「戦闘に応用が利く属性っていうのは得てして、守りの魔法へと応用して使うことも出来る」

傭兵「あえて守りに特化させる必要性ってのは少ないんだ」

傭兵「そういう意味では、自分の個性を捨ててまで城を守ってくれている『結界』持ちの宮廷魔法使いさんたちってのは、かなり重宝される存在なんだよ」


姫「なるほど……」


傭兵「まぁでもお姫さまの場合、『探索』なんてのは本当に戦闘で使えそうにはないからな……」

傭兵「……ま、自己判断に任せるけれど」

傭兵「ただ俺としては、そんな珍しい属性を捨てるのは勿体無いと思うけどね」


姫「そうですか……」

姫「傭兵さまがそう仰るのなら……わたくし、このままでいてみます」


傭兵「とは言っても、俺なんて基本属性使いだからさ」

傭兵「その特別な属性について教えて上げられることなんて何一つ無いから、本当に不便利だと思ったら変えるのもアリだとは思うよ」

473: 2013/04/22(月) 20:37:15.32 ID:INCZcSNV0
姫「そういえば、一つ気になったのですが……」


傭兵「ん?」


姫「基本属性というのは、火・水・土・金属・樹、の四つですよね?」


傭兵「ああ」


姫「もしかしてなのですが、神官さま等が使う復活の儀や契約氏体転送法などの復活魔法収得術も、その人工的に生み出された属性の一つなのですか?」


傭兵「あ~……いや、あれは別」

傭兵「あれは本当、一つの現象みたいなもの」

傭兵「一種の奇跡……いや、神との契約、かな」


姫「契約、ですか?」


傭兵「ん~……方法としては、他人への奉仕の精神が神に認められればその魔法が使えるようになる、とされている」


姫「奉仕の精神……もしかして、加護契約と同じで金銭さえ積めば学べるものなのですか?」


傭兵「いや、そうじゃない」

傭兵「奉仕の精神はそういうのじゃなくて……」


姫「では、人々を無償で救うような清い魂を持った者がいつの間にか使えるようになっているのですか?」


傭兵「そんなアヤフヤな判断基準でも無い」

傭兵「アレはまぁ……これから先、自分の知る人を殺さないための契約、の結果の力なんだ」

傭兵「もしかしたら悪魔の契約に等しいかもしれない」

傭兵「なんせ、自分の肉体を走るだけで息切れしてしまう程度まで衰弱させることで使えるようになる力なんだから」

474: 2013/04/22(月) 20:39:20.13 ID:INCZcSNV0
傭兵「自分の肉体を劣化させてまで、誰かを氏なないようにする契約を結び、実際にその人を助けられる力を得る」

傭兵「自らを犠牲に他人を助ける。それこそが奉仕の精神。……っていう認識らしい。神様曰くね」


姫「ということは、城にいる神官長さまも……」


傭兵「ま、そういうこと」

傭兵「だから寄付とかでお金を募っているのは、その力を使って儲けたいだけの考え、ってことじゃあない」

傭兵「満足に運動もできなくなるから、せめて食べていけるだけのお金は欲しい」

傭兵「そのために徴収しているお金」

傭兵「……と、最初はなってたけど……今はどうなんだろうな……」


姫「そうだったのですか……」


傭兵「だからこれは、お姫さまは覚えない方が良いものですね」

傭兵「狙われてしまえば、本当に殺されるしかなくなりますから」


姫「確かに……そうですね」


傭兵「……ま、方法としては絶対にそうしないといけないってことも無いんですが……」


姫「そうなのですか?」


傭兵「まぁどちらにせよ、戦いばかりになるお姫さまには教えられないことなんですが」

475: 2013/04/22(月) 20:40:49.26 ID:INCZcSNV0
傭兵「では次の話に移りましょうか」

傭兵「魔法を使用できる年齢について」


姫「あっ、これはわたくし調べたことがあるので分かっています」


傭兵「お、さすが」


姫「魔法を使っていく上で、魔力を磨ぐのに必要な情報でしたので」


傭兵「じゃあ、答えを」


姫「はいっ」

姫「魔法を使用できる年齢は、大地から吸い上げたエネルギーが体内を直撃しても傷つかないほどに強くなった年齢、ですよね」


傭兵「その通り」

傭兵「ちなみに、その判断はどうやってなされるかは?」


姫「身体の中にある自己防衛本能、ですよね」

姫「飛んできた物を咄嗟に避けてしまうのと同じで、自己を保身するために自然と行ってしまう本能的な行動根幹部分です」


傭兵「なるほど……これは、俺が教えることは何も無いな」

476: 2013/04/22(月) 20:42:28.37 ID:INCZcSNV0
傭兵「そこまで知ってるってことは、魔力が“地面から吸い上げ天へと放出するまでのエネルギーが、体内を通る際の道なりにある柵と同じ役割”ってのも分かってるよね?」


姫「はいっ。大丈夫です」

姫「集中し、魔力を磨ぐとはつまり、体内を通る大地のエネルギーを如何に効率良く天へと送り届けるか、また体内を傷つけないように守り覆うことが出来るのか、ですよね」


傭兵「あとは余波エネルギーを自分のイメージしている使いたい魔法効果と同率のものへと変換できるか、ってのもある」

傭兵「大地からのエネルギーってのは一定量以上は吸収できない。つまり、生み出せる余波エネルギーも一定だってことだ」

傭兵「その一定量を如何に効率よく運用できるのかは、まさしく魔力の磨ぎ方に懸かってるからね」


姫「それは分かっているのですが……」


傭兵「んまぁ、確かにそんな希少属性じゃあその磨ぎ方を自分で見つけないといけない分、大変なんだろうけど」


姫「基本属性や他の属性の場合、磨ぐ上での意識の向け方などが書いてあるのですが……」


傭兵「そうだね……ま、その辺は俺も協力して、明日から一緒に模索していこうか」


姫「はいっ」

477: 2013/04/22(月) 20:44:12.56 ID:INCZcSNV0
傭兵「んじゃ、今日の授業はここまでにするか」

傭兵「と言っても、本当に口頭で説明しただけで、授業も何も無かったけど」

傭兵「ま、初日だし、これぐらい短い時間で良いだろう」


姫「ありがとうございました」


傭兵「お礼を言われるほどのことはしてないって」

傭兵「っていうか後半に関してはお姫さま、自分でとっくに学んでたことだったし」


姫「……あ」


傭兵「ん?」


姫「いえ、今気付いたのですが……傭兵さま、いつの間にか敬語が取れてますよ」


傭兵「あ、確かに……すいません」


姫「あっ! 戻さないで下さいよ! せっかくお願いしていた通りになったのですから」


傭兵「あ、そっか……そうでしたね」


姫「また戻ってます!」


傭兵「ぐ……改めて意識してしまうとまた……」


姫「これは……また先生と呼ばないといけなくなりますね……」


傭兵「あ~……! むず痒い……っ! 魔法の説明しているときは大丈夫だったのに……!」


姫「その様子ですと、授業になれば大丈夫みたいですね」


傭兵「おそらくはですが……」


姫「なら、授業を重ねていけば大丈夫ですかね」

姫「それで段々と慣れていってもらいましょうか」

姫「どうせこれからは、ほとんど毎日あるのですしね」

姫「先生」


傭兵「ぐっ……!」

478: 2013/04/22(月) 20:45:29.62 ID:INCZcSNV0
傭兵「……そういえば、お姫さま」


姫「はい?」


傭兵「ほぼ毎日来ることには何の意見も無いのですが……そうすれば副作用が発症することも無いだろうと王に言われたのですが……」


姫「あぐっ……!」


傭兵「それって、どういうことですか?」

傭兵「お姫さま本人に聞いてくれと言われたのですが」


姫「そ、それは……まあ……なんと言いますか……」


傭兵「…………」


姫「ほら、その……アレですよ」


傭兵「あれ?」


姫「そう、アレです」


傭兵「……どれです?」


姫「えと……あの……んと……」


傭兵「…………」


姫「……傭兵さまと出会えたのが、加護のおかげだからです……」


傭兵「っ……!」

479: 2013/04/22(月) 20:47:16.12 ID:INCZcSNV0
傭兵(くっ……! そんなに照れるなら誤魔化してくれ……! 見てるコッチが恥ずかしくなるっ!!)

傭兵(っていうかそんな理由だったのか……! こんな聞いてる方まで照れ臭くなるなら聞かなきゃ良かった……っ!!)


姫「だから……その……加護を受けたことが、もうイヤだとか……そんなことは、思わないといいますか……」

姫「むしろ加護のおかげで、傭兵さまと知り合えたと、言いますか……」


傭兵「あ、ああ~……そうですか……」


姫「はい……そうなんです……はい」


傭兵「…………」


姫「…………」





傭兵(気まずい……!)
姫(気まずい……!)





傭兵「え、えと……んじゃあこれからは、極力授業が無い日も、来るようにしますね」

傭兵「その方が副作用を発症しないのなら、その方が良いでしょうし」


姫「っ! 本当ですかっ!?」


傭兵「え、うん……」


姫「う、嬉しいです! ありがとうございますっ!!」


傭兵「あ、ああ~……いや~……ははっ、うん」

傭兵「そこまで喜んでもらえるなら、良いかな」

傭兵(……こりゃ、授業が無い日のほとんどは女騎士との手合わせになりそうだな……)

傭兵(用事も無く城に来るのはさすがに気が引けるし……それぐらいの用事は作っておかないとダメだろうしな……)


姫「で、では明日の授業も! よろしくお願いしますっ!」


傭兵「あ~……うん」

傭兵「これからよろしくね、お姫さま」

480: 2013/04/22(月) 20:54:32.75 ID:INCZcSNV0
~~~~~~



 そうして、わたくしの新たな生活が始まりました。


 知っていたことを知らないフリして授業を受けていた日々から、本当に知らないことを教えてもらう日々に。

 悩んでいた魔力の磨ぎ澄まし方について一緒に考え、実践し、扱い辛かった魔法を扱えるようにしたり。


 それはとても、充実した毎日でした。


 時には、女騎士さんと傭兵さんの取り合いになったりもしましたが、それもまた思い出の一つです。



 その七日間は、わたくしにとって、とても輝いたものでした。



 男さまのことを好きだった頃抱いていたあの輝きが、また戻ってきたようでした。

 男さま自身が濁らせ曇らせ真っ暗にしたあの輝きが……また……。



 ……ただ、それを意識してしまう度に、思ってしまうのです。



 わたくしはただ男さまの代わりに、傭兵さまを利用しているだけなのではと。

 自らの傷を癒すために、傭兵さまを傍にいさせているだけなのではと。

 好きだった人を上塗りするために、傭兵さまを見ているだけなのではと。



 そう、悩んでいました。



 ただそれは……すぐさま解消されるのですが。


 悲しいことに。

 嬉しいことに。


 わたくしは、傭兵さまでないといけないことを、知ることになるのです。









 八日目……傭兵さまが、やってこなくなりました。









 そしてさらに、五日経った、今日……。

 あっさりと捨てることが出来た男さまへの気持ちとは違い、傭兵さまだけは……この気持ちを捨てることが出来ないことに、わたくしは気付けたのです。

 気持ちはただ、募るだけで……悲しさだけが、心の中に広がって……。

 いなくなって、こなくなって……ようやく、初めて……知ったのでした。自分の気持ちが、傭兵さま一人に向いていることに。

502: 2013/04/24(水) 19:26:43.50 ID:NnRn9fZG0
~~~~~~

◇ ◇ ◇

  城内

◇ ◇ ◇

姫「今日で五日目」

姫「傭兵さまが来なくなって、かなり経の時間が経ったような気がしてしまいます……」


女騎士「そうだねぇ」


姫「……わたくし、何か気に障るようなことでもしてしまったのでしょうか?」


女騎士「いや~……それはないでしょう」

女騎士「あるとしたらボクじゃないかな? なんとなくだけど」


姫「……明るく言ってますけど女騎士さん、結構ヘコんでます?」


女騎士「ボクだったんだ、って確定した瞬間に倒れられる自信がある程度には」


姫「はぁ……どうしてなんでしょうか……」


女騎士「結構キツく当たってたような気もするしなぁ……ボクの場合」

女騎士「嫌われてても仕方ないかも」



姫「はぁ……」
女騎士「はぁ……」



姫「…………」


女騎士「…………」

503: 2013/04/24(水) 19:31:39.62 ID:NnRn9fZG0
女騎士「……よしっ、決めた」


姫「え?」


女騎士「ちょっと本人に直接確かめてくる」

女騎士「今日ちょうど非番だし」


姫「あ、それならわたくしもっ!」


女騎士「一国の王女がなに言ってるの」


姫「わ、わたくしの魔法があればすぐに居場所が分かりますよ!?」


女騎士「そんな目立つ使い方しちゃいけない代物でしょうに……」

女騎士「それにボク、傭兵の家一度行ったから知ってるし」


姫「えっ!? 一度行ったってどういうことですかっ!?」


女騎士「……姫さんを攫ったのが傭兵だと勘違いしたときに……押しかける形で……」


姫「……なんだか……ごめんなさい」


女騎士「謝らないで!」


姫「勝手にロマンチックな出来事があったのだと勘違いしてました……」


女騎士「ボクだってその方が良かったよ!」

504: 2013/04/24(水) 19:32:38.31 ID:NnRn9fZG0
女騎士「ともかく、家を知ってるんだから、行って確かめてくるよ」


姫「そうですね。行きましょう」


女騎士「いやだから姫さんは城にいてって」


姫「傭兵さまが来ない城の中なんていても仕方ありません」


女騎士「魔力を磨ぐ練習でもしてなよ」

女騎士「せっかく傭兵と一緒に掴みかけたコツを掴まないと」


姫「そのためにも本人が必要ですよね」

姫「さあ。行きましょうか」


女騎士「いやだからダメだって」


姫「どうしてですかっ!?」


女騎士「王女だからだよっ!」

505: 2013/04/24(水) 19:34:50.63 ID:NnRn9fZG0
女騎士「お願いだから自分の立場を理解してよ……頼むから」


姫「自分の立場……」

姫「……分かりました」

姫「では王女らしく、大勢の兵を引き連れて行きましょう」


女騎士「おいっ!」


姫「それなら危なくないですし……いいじゃないですか」


女騎士「いやよくないよっ!?」

女騎士「民家訪れるのに護衛として軍勢を連れて行くなんてしたら悪目立ちしすぎるから!」


姫「それでは数人見繕って……」


女騎士「そもそも姫さんより強い兵がいないんだからさ、数が少なくなったら本当に必要ないよね?」


姫「それならやはり女騎士さんがわたくしを連れて行くしかないですね」


女騎士「……ああもう! ちょっとメイドさんに話してくる」


姫「お願いします♪」


女騎士「……いややっぱり姫さん自身で言って来て」


姫「えっ?」


女騎士「ボクが説教されたら腑に落ちない」

女騎士「自分のことなんだから自分で」


姫「……そうですね」

姫「これはわたくしの我侭……」


女騎士「あ、自覚あったんだ」


姫「……ごほん!」

姫「ともかく、わたくし自身の問題です」

姫「ならば、わたくし自身がおねえちゃんを説得してみせましょうっ!」

506: 2013/04/24(水) 19:36:06.72 ID:NnRn9fZG0
~~~~~~

姫「まさか一時間も時間を食うことになるとは……」


女騎士「っていうかなんでボクまで……」


姫「わたくしをお姉ちゃんに押し付けて一人で行こうとするからですよ」


女騎士「巻き込まれた……!」


姫「しかしその甲斐あって、了承は得ましたから」


女騎士「神官長に定期的に復活の儀をお願いしておく手配と」

女騎士「姫さんの武器とボクの武器の帯剣許可申請書」

女騎士「そのおかげでさらに時間を食ったけどね」


姫「ですが今から出発してもまだ日は沈みませんし」


女騎士「説教と書類の準備で日が暮れたら笑い話そのままだよ……」


姫「では、向かいましょうか!」


女騎士「軽く変装して行かないといけないからもうちょっとだけ無理」


姫「ぐ……」


女騎士「それに、お忍びだから馬を借りれないし、歩きやすい格好して行かないとね」


姫「……なんだか、面倒なことが多いですね」


女騎士「じゃあ止めます?」

女騎士「姫さんが止めてくれるならボク一人ですぐに向かえるんだけど」


姫「何を言っているのですか! 早く変装しますよっ!」


女騎士「ですよね~」

507: 2013/04/24(水) 19:37:23.36 ID:NnRn9fZG0
~~~~~~

◇ ◇ ◇

傭兵の家

◇ ◇ ◇


コンコン


傭兵「はい?」


女騎士「傭兵。ボクだ」


傭兵「……女騎士か」


女騎士「ここを開けてくれないか?」


傭兵「……なんだ? 無断欠勤が長過ぎて解雇通告にでも来たのか?」


女騎士「その辺の事情を聞くためにわざわざ休みの日の時間を割いてやってきてやったんだ」

女騎士「騎士長様が直々にな」


傭兵「そうか……分かった」


ガチャ


姫「…………」


傭兵「……ん?」


姫「お久しぶりです、傭兵さま」


傭兵「……って、えっ!? お姫さまっ!?」

508: 2013/04/24(水) 19:39:28.25 ID:NnRn9fZG0
女騎士「というわけで、事情はこの子に教えてやってくれ」

女騎士「休みの日でお忍びとは言え王女を連れてきたんだ。ボクは外を見張ってるよ」

女騎士「ここは正直、あまり治安のいい場所では無いからね」

女騎士「それじゃあ姫さん、ボクの代わりに頼んだよ」


キィ…

…パタン


傭兵「…………」


姫「…………」キョロキョロ


傭兵「……あ~……その……」


姫「キレイにしてらっしゃいますね。このお部屋」


傭兵「……そりゃどうも」

傭兵「とは言っても、魔法の練習をしているあの場所よりも狭い家ですけれどね」

傭兵「っていうか、もっと広い客間に案内しろ、とか言わないんですか?」


姫「そこまで鳥篭の中の鳥になってるつもりはありませんよ」

姫「わたくしとて、これでも王女なのですから」


傭兵「でも、その王女が来る場所じゃないですよ、この家は。とてもじゃないですけど」

傭兵「……どうして来たんですか? わざわざ変装までして」


姫「似合いますか?」


傭兵「そうですね……髪を隠して修道女のような格好をするだけで、割りと見間違いますね」

傭兵「声を聞いていないと気付けませんでした」


姫「似合っているかどうかを聞いたのですが……もういいです」


傭兵「?」

509: 2013/04/24(水) 19:41:42.75 ID:NnRn9fZG0
傭兵「それで、どうして来たんですか?」


姫「生徒が、やってこない先生を心配したらいけませんか?」


傭兵「とんでもない空気感染率を誇る病気を患ってたりしたら、大変じゃないですか」


姫「その場合は、先程女騎士さんが来た時から家を開けなかったでしょう?」

姫「傭兵さんがそれぐらいの良識を持っていることぐらい分かっています」


傭兵「……そうですか……」


姫「……いつの間にか、また敬語に戻ってしまってますね」


傭兵「あっ」


姫「ま、態度がよそよそしくないので、そのままでも良いです」

姫「それとも……前までのように話したくないほど、わたくしのことが嫌いになりましたか?」

姫「その態度も全て、傭兵さまが嫌うようなことをしたわたくしを庇うための、優しい傭兵さまの残酷な所業なのでしょうか?」


傭兵「……違いますよ」

傭兵「俺は、お姫さまを嫌ってなんていません」


姫「……そうですか……」

姫「……………………」

姫「……はあぁ~……」


傭兵「え?」


姫「ああ、いえ。ちょっと、安心しまして」

姫「本当に嫌われていたらどうしようかと、これでも真剣に悩んでいたんです」

姫「訊ねる時だってかなり緊張しましたし……」

510: 2013/04/24(水) 19:43:42.28 ID:NnRn9fZG0
傭兵「……俺が嘘を吐いているとは?」


姫「傭兵さまが相手の時は、わたくしにとって都合の良いことは裏があるかもと疑わないようにしてします」

姫「まして、そうやって訊ね返してくるときは絶対に違うだろうとも知っています」

姫「それが傭兵さまで、それが傭兵さまとの付き合い方だと思っておりますので」


傭兵「…………」


姫「……では、改めてお訊ねいたします」

姫「傭兵さまはどうして、お城に来てくれないのですか?」


傭兵「……行けないんですよ、俺。あの城に」


姫「それは……どういうことですか?」

姫「……道を忘れてしまったとか?」


傭兵「いやさすがにソレは……」


姫「では、どういうことですか?」

姫「ちゃんと納得にいく説明をしていただかないと、今日は帰れません」


傭兵「……時期に陽が沈みますよ?」


姫「それでもです」


傭兵「…………」


姫「…………」


傭兵「……分かりました」

傭兵「俺が城にいけない理由……それは、何度も何度も、殺されているからです」


姫「……えっ?」

511: 2013/04/24(水) 19:46:32.03 ID:NnRn9fZG0
姫「それは……どういうことですか?」


傭兵「そのままの意味ですよ」

傭兵「城に向かおうとしたら殺されてしまう」

傭兵「だから城へと行けない。それだけです」


姫「それだけって……どうして傭兵さまが殺されなくちゃいけないんですかっ!?」


傭兵「俺が幸せなのが許せないんだよ。彼にとってはね」

傭兵「そう思われないよう城に住まずに家に帰っていたのに……わざわざ自殺までして自作自演していたんだけど、全部無駄でした」


姫「自作自演って……」


傭兵「毎日お姫さまの副作用解除のために殺されている、ってフリをしてたんですよ」

傭兵「彼は俺がその依頼を請けたのを知っている。それで苦しんでいるよう見せかけていた」

傭兵「そうでもしておかないと、城に仕えることが出来なさそうだったんで」


姫「……そこまでして、毎日来てくれていたんですか……?」


傭兵「うん。俺自身、俺が不幸で無いといけないとも思ってましたし、少なくともそう思われるようにならないといけないと思ってましたけれど……」

傭兵「それでも、お姫さまに慕われ、女騎士に気を遣ってもらうのは嬉しかったんです」

傭兵「そうして幸福を維持しようと偽り、うつつを抜かしていた結果がバレてしまって、このザマです」


傭兵「彼にバレた以上、せめて城に辞めることだけでも伝えに行こうとも思ったのですが……それすらも許されませんでした」

傭兵「もし城に着いて辞める旨を話せば、辞めないで欲しいと止められる幸福があるだろうと言われました」

傭兵「だから俺に相応しいのは、皆にバレることなく、いつの間にかココを去ること……それが彼の考えです」

傭兵「……現在、そうなるよう手を尽くされているはずです」

傭兵「たぶん、今日にはもう……」

512: 2013/04/24(水) 19:49:44.75 ID:NnRn9fZG0
姫「そんな……どうして!? どうして傭兵さまが不幸で無いといけないんですかっ!?」

姫「いえそれよりも……そんなことをしてくる輩は誰なのですかっ!?」

姫「なんならわたくしと女騎士さんの二人でその人を倒してしまえば……それで……!」


傭兵「……倒せば、か……」

傭兵「まぁ確かに、俺が勝てないからって、二人が勝てないとは言わないです」

傭兵「これでも俺だって、せめて伝えるだけのことはしないとと必至に抵抗はしたんですけど……分かっていたことでしたが、勝てませんでした」

傭兵「ま、そもそも一対一じゃあ弱い俺じゃ手も足も出ないのは、戦う前から分かりきってましたが」

傭兵「それでもやっぱり、万が一ということも考えたんですが……」


姫「だから……それは誰なのですかっ!?」


傭兵「……昔、俺が勇者候補者だった頃、三人で旅をしていたと話をしたのを、覚えてくれていますか?」


姫「……もしかして……!」


傭兵「そう。……その頃の一人が、俺を頃している相手です」

513: 2013/04/24(水) 19:54:49.94 ID:NnRn9fZG0
姫「そんな……! 昔の仲間だった人が……っ!?」


傭兵「ま、理由は分かってますよ。俺自身のことですから」

傭兵「むしろ、俺が不幸でないといけないのは当然の報いだとも、思ってます」


姫「……なにがあったのか……話していただけますか?」


傭兵「……そんなに難しい話じゃないです」

傭兵「俺がソイツの大好きで大切なものを奪った」


姫「大好きで、大切な……」


傭兵「俺とソイツが二人になった原因が、俺なだけ」

傭兵「俺が……もう一人の仲間を、頃した」

傭兵「それだけです」


姫「っ」



傭兵「ソイツが好きだった……もう一人の、幼馴染を……」


姫「……え? 頃して……? 頃してって……どうやって、ですか……?」

姫「だって、勇者候補者になっていたということは、さすがに加護を受けていたのでしょう? それなのに氏ぬはずが……」


傭兵「病気であれ毒であれ、加護を受けていたら、一度氏ねば治療される」

傭兵「でもそれはあくまで、後々付加された場合のみ」

傭兵「生まれつき身体が弱かったり、加護を受ける前から病気が体内に潜伏していたりしたら……加護ではどうすることも出来ない」

傭兵「……いや、生かしていくことは出来る」

傭兵「苦しみの中生きて、果てて氏ねば蘇らせてもらって……そしてまた苦しみの中に生き続ける……」

傭兵「それを繰り返していけるのなら、生きていくこと“だけ”は出来る」










傭兵「ただ俺は、ソレを見ていくことが……耐えられなかった」

514: 2013/04/24(水) 19:57:41.63 ID:NnRn9fZG0
傭兵「……教会でも、基本的に加護を取り消すことは出来ない」

傭兵「だがそうした事情があった場合のみ、二度と復活の儀を行わないよう約束してもらうことは出来る」

傭兵「加護契約書を破り捨て、他の教会での復活をさせないようにし……その教会に転送されてきた氏体に対し、蘇りの魔法をかけないようにしてくれることがね」


姫「加護契約書がなくなっても、最後に契約書を置いた教会施設での蘇りは可能……」


傭兵「そう。それすらも禁じてくれる方法」

傭兵「封印指定、とも呼ばれている」

傭兵「俺はそれを、アイツに内緒で執り行ってもらったんだ」

傭兵「もちろん封印指定には、封印される本人の契約も必要となる。もちろん彼女は契約した」

傭兵「そして……苦しんでいるあの子の心臓に、俺が刃を刺して、最後の頃しを行った」


姫「…………」


傭兵「……アイツ、彼女のためにさ、自分も神官になろうとしててさ……」

傭兵「でも神官になったら、身体が衰弱するから旅には出られないだろ?」

傭兵「だから、転送の法と加護契約の儀は無理でも、復活の儀だけでも出来て、身体が動けば良いってことで……必至にその方法を模索してたんだ」

傭兵「それが出来るようになって帰ってきたら……俺が彼女を、頃してた」

傭兵「二度と蘇らない形で」


姫「……っ」


傭兵「……分かるだろ? 俺は、アイツが好きな人のためにしてきた努力を、全てフイにしたんだ」

傭兵「きっと血の滲む努力をしたんだろう」

傭兵「実際に、利き腕が動かないようになったけれど、それでも身体能力は衰えることなく、復活の儀は出来るようになっていた」

傭兵「彼女のためだけにそこまでのことをして……彼女とずっと一緒にいたいからと足掻いて見つけて手繰り寄せたソレを……俺が、切り捨てた」

515: 2013/04/24(水) 19:59:40.09 ID:NnRn9fZG0
傭兵「だから俺は、不幸でないといけない」

傭兵「それがアイツの望みだから」

傭兵「俺が不幸で、何度も氏んで、それをアイツが蘇らせる」

傭兵「苦しんでいる俺を見て、復讐心が満たされる」


傭兵「自分の愛した人を頃した人間」

傭兵「幼馴染を頃して平然と生きている人間」

傭兵「努力をフイにしておいて生きている俺を苦しめ、辛い想いをさせる」

傭兵「それがアイツの望みだ」


傭兵「にも関わらず……俺は他人が見ても幸せな分類な目に遭っていた」


傭兵「自分の愛する人を頃して幸せを謳歌している」

傭兵「そんなこと、許されるはずが無い」

傭兵「他人を不幸のどん底に突き落としておいて自分だけ幸せになるだなんてあり得ない」

傭兵「許されない」

傭兵「だから俺は……ここから離されるんだよ」


姫「そんな……! でもそれは、そのもう一人のお仲間が望んだことっ!」

姫「傭兵さまはそれを叶えただけではありませんかっ!!」

姫「それなのに……! 傭兵さまは! それで良いのですかっ!?」


傭兵「良いも何も……アイツに復讐されることを――恨まれることを覚悟していたのさ、俺は」

傭兵「いや……違うな」

傭兵「復讐心でもなければ、アイツが生きていく希望が無いだろうことは、あの子を頃す前から分かっていた」

傭兵「アイツにとってあの子は……人生そのものだったからな」

516: 2013/04/24(水) 20:01:54.43 ID:NnRn9fZG0
傭兵「ソレを頃すんだ……だったら、代わりのものを用意するのは、幼馴染として当たり前だ」

傭兵「ならどうしてやれるのか? ……俺が考え付くのは、これしかなかった」

傭兵「俺の不幸で惨めで苦しんでいる姿を、見せ続けてやることしかな」


姫「そんな……!」


傭兵「……俺にとって、アイツは大切な親友だ」

傭兵「一緒の村で育った、唯一になった大事な幼馴染だ」

傭兵「だから、アイツを生かしておいてやりたい」

傭兵「頃したくない」

傭兵「氏にたいと願いながらの一生を迎えさせたくない」


傭兵「だから俺は……これでも、こんな人生でも、楽しく生きていけてるんだ」


傭兵「俺が不幸であることで、アイツが生きてくれている」

傭兵「それだけで俺は……十分だったんだ」

傭兵「……お姫さまや女騎士みたいに、傍に誰かがいてくれることを望んじゃ、いけなかったんだ」


姫「っ……!」


傭兵「俺たちは三人とも、互いが互いのことを信用し、信頼していた」

傭兵「俺はあの子が苦しんでいるのを見ているだけで苦しかったけれど……それでも、アイツならなんとかしてくれるんじゃないかと思っていた。信じていた」

傭兵「でも、あの子に頃してくれと頼まれた時、“あぁ、苦しんでいるのは俺だけじゃなかったんだな……”って思った」

傭兵「俺以上にコイツは、苦しんでいるんだなって思った」


傭兵「だから、頃したんだ」

517: 2013/04/24(水) 20:03:21.04 ID:NnRn9fZG0
傭兵「信用し、信頼しているからこそ、あの子は俺に頃すのを頼んできて……」

傭兵「信用し、信頼されているからこそ、俺はあの子を殺さないといけないと思った」


傭兵「その後を……アイツを助け、支えられることを、信じられている、俺だからこそ……俺がやらないといけないと思った」


傭兵「でも……だからって、“ごめんね”はないよなぁ……」

傭兵「何が“卑怯なことを言って”だよ……そんな言葉、聞きたくなかったよ……」

傭兵「“ありがとう”って……言ってくれてたら……もっと……俺は……!」


姫「傭兵さま……」


傭兵「……いや、ごめん」


姫「……傭兵さまは、その方のことが、好きだったのですか?」


傭兵「幼馴染としては、ね」

傭兵「俺からしてみれば、ずっと傍にいた人を……姉のように慕っていた人を好きになる方が、無理だった」

傭兵「アイツはそれが可能で、あの子もそれが出来た」

傭兵「でも……結局アイツ、氏ぬまであの子に気持ちを打ち明けてなくてさ……」

傭兵「本当……止めてくれよ……」

傭兵「あんなに露骨に、二人とも互いに好きなのが分かってたのに……本当……とっくに気持ちを打ち明けあってるのかと思ってたよ」

傭兵「……謝られた時にさ、なんとなく、まだ互いに告白して無いことが分かって……本当、辛かった……あの時が。人生で一番」


姫「…………」

518: 2013/04/24(水) 20:04:17.69 ID:NnRn9fZG0
 その時わたくしは、なんとなく、傭兵さまが言っていた「子供を守り助けるのが大人の役目だ」の言葉の裏側が、見えた気がしました。


 コレは正に、茨の道。


 つまり彼の望む、不幸そのものです。


 そもそも、ソレを教え・態度で示してくれていたという村の方々。

 彼等のソレはおそらく、決して一人ではなく、村の人全員が子供を守ると言う、いわば「次世代への投資」的な意味合いがあったように思えます。


 いわば、村全てが家族、のような考えです。


 ですが傭兵さまの行いは、一人で全てを守ろうという、自己犠牲を伴う、歩くだけで傷つく茨の道。

 茨を切り開く己の手だけを傷つけて、他人のための道を開いていく。

 同胞を伴わない、己を傷つけ苦しめながら他人のために頑張るという、自己犠牲精神だけの行動そのもの。

519: 2013/04/24(水) 20:09:13.01 ID:NnRn9fZG0
 なぜそのような道を進めるのか……村の人に教えてもらっていたから、では、どうにも腑に落ちませんでした。

 ですが結局のところ、その幼馴染に、自分が本当に苦しんでいるところを見せたいからこそ、進めていたのでしょう。

 進めば進むほど傷つく茨の道……それはまさに、その幼馴染の復讐心を満たすのに、ちょうど良かったのだと思います。


 共通の幼馴染を頃した自分に復讐したい件の彼は、傭兵さまを苦しめたいと思っている。

 その彼の気持ちが傭兵さまには理解できる。

 そして、そう思われ・その想いを背負うことを、覚悟している。

 だから苦しんでいる共通の幼馴染を頃したその時から、こうして辛い道を進まないといけないという想いが、その根幹に生まれたのでしょう。


 そしてそのせいで、誰かに褒められたり功績を讃えられようとも、自分にはそれだけの力は無い、と強く否定してしまっている。

 何かを疑われても「当然だ」「仕方が無い」とすぐに受け入れてしまっている。

 その冤罪の結果どんな酷いことをされようとも、仕返しをしようと思えなくなってしまっている。

 何故なら、罪を犯していないのに疑われるのは辛いことで、だからこれで幼馴染の復讐心を満たすことが出来ると、考えてしまっているからです。


 だから彼の本音を明かすのなら……「子供を守り助けるのが大人の役目だ」……ではないのです。

 「子供を守り助けるのを名目にし行動を起こすから、俺を次々と苦しめ不幸にしてくれ」

 ……おそらくは、そんなところになるでしょう。

520: 2013/04/24(水) 20:10:11.32 ID:NnRn9fZG0
 ……と不意に――


 バァンッ!


 ――という轟音が鳴り響きました。


 椅子に座り話を聞いていたわたくしは、大きく飛び上がり、構えながら、その音が鳴ったドアの方へと視線を向けます。


 そこに立っていたのは……町にある民間用教会の神官服を着崩した、無精ひげを生やした男の方でした。


「…………」


 その男の方は無言で、傭兵さまとわたくしを見た後、納得したように大きな舌打ちをしました。


「……やっぱりテメェは……こんなに幸福になってるじゃねぇか……!」


 その言葉で、分かりました。



 傭兵さまを頃しているのは、彼だと言うことが。



 緊張感が身体を支配します。


「神官……」

「やっぱりもう、この街にお前は置けねぇな……思っていた通りだ……こうして心配して、城の使いがやってくるほどなんだからよぉ!!」


 怒号が家を震わせます。

 ですが、身体を震わせるわけにはいきません。

 戦いは、既に始まっているのですから。

521: 2013/04/24(水) 20:11:45.01 ID:NnRn9fZG0
 腰に差していた剣に手を掛けます。

 わたくしの身長に比べれば大きなソレはしかし、この室内で使う分には不利にはなり得ない大きさのものでした。


「……分かってる。神官。もう事情は全て話した。これで俺がしたかったことは終わった」

「お前ももう、神官職を辞める手続きを済ましてきたんだろ? だったら……街を出よう」


「なっ……!」


 その言葉に驚いたのは、わたくしでした。


「ど、どうしてそうなるのですか傭兵さま!」


「どうしても何も、ここで争ったところで、お姫さまを傷つけるだけだから」


 その顔は、諦めたようなものではありません。

 ただ現実を受け入れている、それが当然の流れだったとばかりなものでした。

 別れる事に悲しみも何も無い……その態度に少しだけ、胸がチクりと痛みました。



 それでも……ご本人が望んでいなかったとしても……わたくしは……!



「そんなことはありません! わたくしがあの人よりも強いと証明して見せます!」

「そうすれば! あの方が傭兵さまを不幸にしようとしていても! あなたを守れますっ!!」


「……俺は、俺自身が不幸であることを望んでいる。だから――」


「だったら! それすらもわたくしの強さで捩じ伏せます!」

「わたくしが彼よりも強ければ、傭兵さまよりも強いと言うことになります!」

「その恐怖で! あなたが不幸であり続けようとするのを、否定しますっ!!」


「――…………」


「……随分勝手なこと言うじゃねぇか、おい……」

522: 2013/04/24(水) 20:12:53.46 ID:NnRn9fZG0
「お前みたいなガキが俺を倒す? 倒せるのかオイ」


「倒してみせますっ!」


「へっ……そういや、外にいたあのちっせぇ女。あれはお前の仲間か?」


「え?」


 その言葉で、今更ながらに思い出しました。

 女騎士さんが、外で見張ってくれていたことを。


「お前……あの女より強いのか?」

「もし弱いんなら……お前、勝てないぞ」


 その言葉の後、改めて……その男の足元……その後ろを見てみれば……そこには、血の跡がありました。


「っ……!」


 これには、言葉を失いました。

 女騎士さんが……負けた……?

 そう、受け入れられない自分がいました。

 ですが、あの出血量は……間違いなく……。


「で、どうなんだ?」


「…………」


 言葉を返せませんでした。

 そう……わたくしは思ってしまっていました。



 この人には、勝てないと。



 女騎士さんに勝った人を相手に……わたくしが勝てるはずが無いと。

523: 2013/04/24(水) 20:15:06.09 ID:NnRn9fZG0
 その弱気な心はすぐに打ち払いましたが……もう遅いです。

 その動揺は、すぐに敵に気取られてしまいました。


「へっ、分かったら大人しくしてるんだな」

「だったらま、殺さないでおいてやるよ」


「そう言われて……大人しく引き下がれますかっ!」


 剣を抜いて、構えます。

 恐怖を吹き飛ばすために声を荒げながら。


 女騎士さんに教えてもらっていた戦い方。

 傭兵さまを打倒した剣の腕。

 その全てをぶつけるつもりです。


 ……そう。女騎士さんとは違い、ここは室内。

 となれば、相手にとって不利になる得物を相手が持っている可能性があります。

 そのことに気付かせないために、あんなことを言って動揺を誘い、わたくしに戦いを諦めさせるつもりなのかもしれません。


 ですから、まだ勝てる可能性はあります。

 戦って、勝って、傭兵さまを――










「っ!!!!!!」










 ――そこで、わたくしの思考は途切れました。











 彼がその場で、腕を下から上へと振り上げた瞬間……視界が突然真っ暗になって――










 ――何をされたのか分かる間もなく、殺されてしまいました。

524: 2013/04/24(水) 20:16:55.60 ID:NnRn9fZG0
 気がつけば、城の中の教会。


 女騎士さんと一緒に転送され、一緒に目覚めさせられ……心配し、事情を聞いてきたお姉ちゃんを置いて、わたくしと女騎士さんの二人は、急いで馬を走らせました。


 お忍びも何も、頭から抜け落ちていました。


 ただ今は、傭兵さまの家へと急いで向かっていました。


 とっくに、夕陽が差し込む時間になっていることすら気付かずに、一心不乱に。










 しかし……彼の家に着いたときにはもう……傭兵さまも、あの男も、いませんでした。










 わたくし達は負け……傭兵さまはこの街から、いなくなりました。



第三部・終了

525: 2013/04/24(水) 20:17:58.85 ID:NnRn9fZG0
というわけで第三部終わり

明日はちょっと四部書き溜めるから止めとく

傭兵「死ぬだけの簡単なお仕事です……?」【第四部】

526: 2013/04/24(水) 20:19:38.91 ID:K1p6Fv12o
おつ

引用: 傭兵「死ぬだけの簡単なお仕事です……?」