170: 2014/04/07(月) 00:00:17.97 ID:wGPMItG2o

【ラブライブ】穂乃果「時の旅人」【1】
【ラブライブ】穂乃果「時の旅人」【2】


―― 試合場


対戦相手「こてぇぇええ!!」バッ

海未「――!」

バシィィン


審判「……」スッ



次鋒「あ……!」

主将「……疾い」

副主将「……」

穂乃果「うみちゃん……!」



海未「……ふぅ」


対戦相手「……?」


海未「すぅぅ……はぁぁ」


対戦相手「……」


海未「……」


対戦相手「……!」



主将「……」

次鋒「園田さんの空気が……変わった?」

副主将「後がないっていうのに、冷静ね」

穂乃果「…………」



海未「……」


対戦相手「……」

ザッ


海未「……!」


対戦相手「めぇぇええんん!!」バッ


海未「っ……!」

ガシッ

171: 2014/04/07(月) 00:01:15.87 ID:wGPMItG2o

主将「時間をかけるどころか」

副主将「積極的に勝ちに来てる」

次鋒「が、がんばれ……!」

穂乃果「…………」



対戦相手「……ッ」

海未「……ッッ」

ギシギシッ


海未「……!」バッ


対戦相手「――!?」


海未「胴ッッ!!!」


バシィィイイン


審判「……」スッ




―― 応援席


ことり「やった……!」

花陽「一本……?」

凛「うん、そうだよ!」

真姫「時間は後……、一分もない……」

ことり「もう一本取らないと……!」

凛「うぅ……声援が禁止なんて辛いにゃ……!」


172: 2014/04/07(月) 00:02:09.17 ID:wGPMItG2o

―― 試合場



対戦相手「……」


海未「……」



対戦相手「めぇぇええん!」バッ

海未「……ッ!」

ギシィッ



穂乃果「あ……!」

次鋒「チャンス……!」

主将「いや、面への誘いだ」

副主将「危ない……!」



海未「……」スッ

対戦相手「……ッ」バッ


海未「――胴ッ!!」

対戦相手「――!?」

バシィィンン



主将「――!」

穂乃果「うみちゃん……!!」


審判「……」スッ



海未「……ふぅ」



穂乃果「やった……やった……!」


……



173: 2014/04/07(月) 00:03:56.32 ID:wGPMItG2o

―― 休憩:中庭


凛「もっと応援したいにゃ~!」

花陽「だ、ダメだよ、駅に向かわないと!」

凛「うぅ……せっかく準決勝まで進出したのにぃ……」

花陽「わたしも……応援したいけど、仕方がないよ……」


真姫「……」


ことり「あ、二人が出て……あれ?」


海未「……」ブルブル

穂乃果「なんで今さら……?」

ことり「どうしたの?」

穂乃果「今になって、さっきの試合の緊張が出てきたんだって」

ことり「あ、そうなんだ……」

海未「よく……勝てましたね、私は……」ブルブル

真姫「うーちゃんが頑張ってたの知ってるから、……実力よ」

海未「真姫……」

真姫「おめでとう」

海未「コホン。……その言葉は優勝してから聞きます」

穂乃果「えぇー? さっきまで震えてたうみちゃんはどこへ行ったの?」

ことり「あはは……」


凛「残念ですけど、凛たちは先に帰ってますね……」

穂乃果「最後まで応援してくれないの?」

花陽「ち、チケットの変更ができないみたいで……」

穂乃果「そうなんだ……残念……」

凛「でも、応援してますから頑張ってくださいね、高坂先輩! 園田先輩!」

花陽「わ、わたしも……応援……してます」

海未「はい、頑張ります」

穂乃果「ありがとう、頑張るね」

花陽「それでは」

凛「学校で~!」フリフリ


穂乃果「ばいば~い!」

174: 2014/04/07(月) 00:04:49.66 ID:wGPMItG2o

ことり「一緒に応援してくれたんだよ」

海未「そうですか……」

真姫「うーちゃん、一つ聞いていい?」

海未「はい……、なんですか?」

真姫「試合が始まると同時に二歩下がったのは……どういう意味……?」

穂乃果「前の試合でもやってたよね。……願掛けとか?」

海未「いえ、あれは……相手をちゃんと見るためにしているのです」

ことり「相手を……?」

海未「えっと……」

穂乃果「……ん?」

海未「いえ、なんでも。……勝利への道を示すための願掛けですね」

ことり「それをするようになってから、勝ってるよね」

真姫「ただの願掛けじゃないような……」

海未「そ、それは……」

穂乃果「他に意味があるんだ? 教えて、教えて?」

海未「コホン。……ほのか、あなたは研究されてることを自覚してください」

穂乃果「え?」

海未「今までの試合のようでは勝てないと言っているんです」

穂乃果「い、今から姿勢を変えろってこと……?」

海未「……そうですね……それはとても酷な話」

穂乃果「うーん……」

海未「主将に相談しましょう」

穂乃果「わかった!」

ことり「それじゃ、私たちは応援席に戻ってるね」

真姫「……頑張って」


海未「はい」

穂乃果「うん!」

175: 2014/04/07(月) 00:06:52.45 ID:wGPMItG2o

―― 休憩室


主将「うーん……高坂は圧倒的に他の選手より経験が足りないからなぁ」

穂乃果「そんなっ」

主将「これから対戦する相手だって、高坂を止めにくるはずだ」

次鋒「どして?」

副主将「高坂さんの作る勢いを危険視してるのね」

海未「……だから、研究されているんですね」

主将「だけど、もう遅いってな。さっきの試合のように、
    今のあたしたちは高坂の勢いだけじゃ無い。実力が備わっているんだ」

副主将「それで、どうするの?」

主将「おい、もうちょっと褒めさせろよ」

副主将「それは優勝してからでいいでしょ。対策を考えないと」

穂乃果「シビアだ……!」

次鋒「私は、今までの高坂さんのようにした方がいいと思う」

主将「今まで以上にならないと厳しいんだけど……ふむ」

副主将「癖とか、なくせばいいんじゃないの?」

主将「言って治せるほど時間があるわけじゃないしな」

副主将「じゃあ、どうするの?」

主将「やっぱり、基本を忠実に、だな」

穂乃果「……」

主将「今の高坂の強さはそれだ」

穂乃果「は、はい!」


海未「……」


副主将「園田さん? ……どうしたの?」

海未「いえ……気になっていたことがあったのですが、ただの気のせいだったようです」

副主将「そう……」

次鋒「高坂さんに集中されてる今、私はノーガード……?」

主将「……」

次鋒「私の強さってなにかな?」

主将「おまえはもうちょっと威張っていい」

次鋒「イバル?」

主将「かかって来いやオラァ、みたいな」

次鋒「意味がわからない」

副主将「威勢を張るってことじゃないかな」

次鋒「威勢っていうか、虚勢……」

主将「そうやって卑屈になるのヤメロッ!」ワシャワシャ

次鋒「ちょっと、止めて……髪が乱れるでしょ!」

副主将「ふふっ」

176: 2014/04/07(月) 00:07:27.78 ID:wGPMItG2o

海未「…………」


穂乃果「うみちゃん、私って癖とかあるの?」

海未「え、は、はい。ありますよ」

穂乃果「どうして笑ってるの?」

海未「い、いえ。先輩方が頼もしくて」

穂乃果「……」

海未「穂乃果は素直すぎるんです。それが強さでもありますが……」

穂乃果「うーん……難しいぃ……!」

海未「先程、主将に言われたではないですか。基本を忠実に、と」

穂乃果「……うん」

海未「強い選手はみんなそれを守っています。穂乃果もそれに従うだけですよ」

穂乃果「そっか……、うん、そうだよね!」


177: 2014/04/07(月) 00:08:23.66 ID:wGPMItG2o

―― 準決勝



穂乃果「……」


対戦相手「……」


審判「始め!」


……





―― 休憩:中庭



穂乃果「……」


海未「こんな所に居たのですか……」


穂乃果「うん……」


海未「気にしているのですね」


穂乃果「だって……」


海未「私も負けてしまいましたが、先輩方が勝利を掴んでくれたではないですか」


穂乃果「…………」


海未「……」


穂乃果「私が……勝たないと」


海未「一人で背負わないでください」


穂乃果「……」


海未「ほのか」


穂乃果「……?」


海未「迷いは判断を誤らせ、自分自身を弱くします」


穂乃果「……」


海未「武道精神に反しますが――」


穂乃果「?」


海未「――次の試合、必ず勝ちますよ」


穂乃果「……――うん」

178: 2014/04/07(月) 00:10:16.69 ID:wGPMItG2o

―― 決勝


主将「よぉし、よく此処まで――」

次鋒「これは、夢?」

主将「冷めること言ってんな!」ムニー

次鋒「ご、ごふぇんなふぁい」

副主将「あのね、観客席にもたくさん人がいるんだから」

主将「ふん」

次鋒「あ、後輩たちが笑ってる」ヒリヒリ

海未「笑われているのです……」

穂乃果「……」


主将「あたしが個人戦に出ない理由、副主将に聞いたんだってな」

海未「は、はい」

主将「個人戦でいい成績をおさめても、大して得るものを感じなかったからだ」

穂乃果「……」

主将「団体戦は、みんなが強くなっていくだろ」

副主将「……」

主将「次鋒だって、最初は負け続けたけど、決勝トーナメントで勝っている」


主将「普段、冷めた顔をしている副主将でも、勝利のために必氏になった」


主将「剣道を始めて1年とちょっとの短期間で急成長をみせた高坂。
    そんな高坂を見て更に強くなっていく園田」


主将「それがあたし自身をも強くしてくれた」

海未「……」


主将「だから、団体戦が好きだ」

穂乃果「!」


主将「相手は三連覇のかかった学校だ」

次鋒「……!」

主将「中堅を除いた4人が3年生……つまり、高校最強の布陣――……って、なんでだよ!」

穂乃果「え」

次鋒「なんでキレた?」

副主将「自分の相手が2年生だから、納得いかないそうよ」

海未「……」



―― 応援席


真姫「?」

ことり「主将さんが怒ってる?」

後輩「なんか、対戦校にふてくされてました」

179: 2014/04/07(月) 00:11:23.64 ID:wGPMItG2o

―― 試合場


次鋒「ちょっと、注目されてるから」

主将「……すまん」

副主将「あなた、これで負けたら面子が立たないわよ?」

主将「負けるかよ」

副主将「あら……」

次鋒「意外と冷静……」

穂乃果「でも、大将と中堅は……全試合2本勝ちですよ」

主将「え、本当か?」

穂乃果「はい、マネージャーから聞きました」

次鋒「つ、強い……」

主将「相手がどうであれ、試合に臨む気持ちはいつでも変わらないはずだ」

副主将「……」

次鋒「……」

主将「おい、なんだその、おまえが言うなみたいな目は」

副主将「相手の情報を知って態度を変えるからでしょ」

穂乃果「……」

海未「……」



―― 応援席


真姫「なんだか、空気がだらけてる」

ことり「そうだね……緊張感が……」

後輩「お、音ノ木坂……ふぁ、ファイトー……」

180: 2014/04/07(月) 00:12:46.81 ID:wGPMItG2o

―― 試合場


海未「あ……」

副主将「ほら、私たちの最後の試合でもあるんだから」

次鋒「有終の美を飾ろう」

主将「そうだな」


穂乃果「…………」


主将「よぉし、行――」


穂乃果「先輩」

主将「……?」


海未「?」

次鋒「主将じゃなくて……先輩?」

副主将「……」


穂乃果「音ノ木坂学院での生活は……どうでしたか」

主将「……」

穂乃果「……」


主将「最高だった。……って、言わせてくれ」


穂乃果「……!」

海未「……!」


次鋒「そのためにも勝たないとね」

副主将「さぁ、時間よ、並びましょう」



―― 応援席


真姫「いよいよ、ね……」

ことり「頑張って、穂乃果ちゃん、海未ちゃん……!」



―― 試合場



穂乃果「先鋒、高坂穂乃果、行ってきます」

主将「おう」

副主将「……」

次鋒「……」

海未「……」


181: 2014/04/07(月) 21:16:02.25 ID:wGPMItG2o

穂乃果「……すぅぅ…」


対戦相手「……」


審判「始め!」


穂乃果「はぁぁ……」


対戦相手「……」


穂乃果「やぁぁあああ!!」ダッ

対戦相手「――!?」


穂乃果「面――ッ!!」ブンッ

対戦相手「ぐっ……!」

ガシッ


ギシギシッ


穂乃果「……ッ」ギシッ

対戦相手「……ッッ」ギシッ


穂乃果「――!」バッ

対戦相手「――っ!」バッ


穂乃果「胴ッ!」

対戦相手「小手ッ!」

バシィィン


審判「……」


―― 応援席


真姫「ほとんど同時だったけど……どっちが取ったの?」

後輩「審判に注目して……!」

ことり「穂乃果ちゃんっ」


182: 2014/04/07(月) 21:17:09.31 ID:wGPMItG2o

―― 試合場


審判「……」スッ


オォー

 オォー

パチパチパチパチ


対戦相手「……っ」

穂乃果「……」



副主将「一本取られたけど、高坂さんの集中は途切れてないわね」

主将「情報以上の動きで、相手の方が驚いてるみたいだな」

次鋒「試合をしている二人にしかわからないことってあるからね」

海未「……ほのか」



穂乃果「……」スッ

対戦相手「……!?」



海未「上段の構え……?」

主将「おい、初めて見たぞ……?」

副主将「わ、私もよ」

次鋒「……作戦、なのかな?」



穂乃果「――ッ!」バッ

対戦相手「……」スッ


穂乃果「――面ッッ!!」

バシィィンン

対戦相手「ッ!?」


審判「……」スッ



次鋒「一本取った……!」

副主将「奇をてらった作戦……だと思ったみたいね」

主将「あぁ。……高坂はそんな性格じゃないんだけどな」

海未「そうです。あの素直な性格が、相手の判断を遅らせました」

副主将「……」

次鋒「だけど、もう通用しないよね」

主将「元々、あの構えは作戦なんかじゃない」

海未「穂乃果自身が辿り着いた、勝つための答え」

183: 2014/04/07(月) 21:18:44.25 ID:wGPMItG2o

―― 応援席


真姫「あの構えは……?」

後輩「上段の構え。……見ての通り、振り下ろすだけで相手に攻撃を与える」

ことり「攻撃的な構え……」

後輩「避けられたらそこで終わりと思えるくらい、覚悟のいる構えだよ」

真姫「…………」

後輩「高坂先輩は剣道を始めてまだ1年とちょっと。
    格上の相手には失礼とされる構えだけど……」

真姫「だけど?」

後輩「相手は高坂先輩の実力を認めてるみたい……」

ことり「……?」

後輩「どうして、あの構えに違和感がないんだろ……」



―― 試合場



穂乃果「……」スッ


対戦相手「……」スッ



次鋒「間合いを取ってる……」

副主将「一撃で勝負は決まるから、両方とも神経使ってるわよ」

主将「……園田、どういうことだ」

海未「?」

主将「道具に慣れて3、40年の者……つまり、
  名人達人にして初めて把握し得る構えと云われている」

海未「はい」

主将「本格的に竹刀を握ったのが入部してからのはず……だな」

海未「そうです、――私の知る限りでは」

主将「それなのに、あの構えが馴染んで見えるのは……あたしの気のせい、か?」

海未「…………」



穂乃果「……――ッ」


対戦相手「……――!」



主将「動く……」

海未「……」


184: 2014/04/07(月) 21:19:40.48 ID:wGPMItG2o

穂乃果「やぁぁああああああ!!!」

対戦相手「りゃぁぁああああ!!!」


穂乃果「面――ッ!!」

対戦相手「胴――ッッ!!」


バシィィィンン



穂乃果「……っ」


対戦相手「……っっ」


審判「……」スッ




―― 応援席


真姫「あ――……」

ことり「穂乃果ちゃん……っ!」

後輩「勝負あり……」


パチパチパチパチ

 パチパチパチパチ




―― 試合場


穂乃果「…………」


主将「いい試合だった」


穂乃果「……勝ちたかった」


海未「……」


次鋒「行ってきます」


副主将「……」


穂乃果「……っ」


海未「前を見なさい、穂乃果」


穂乃果「……!」


海未「まだ、試合は終わっていません」


185: 2014/04/07(月) 21:20:59.00 ID:wGPMItG2o

次鋒「……」

対戦相手「……」


審判「始め!」



次鋒「……!」

対戦相手「どぉぉぉうう!!!」


バシィィン


審判「……」スッ


パチパチ

 パチパチ


次鋒「……っ」



副主将「疾い……」

主将「……」



次鋒「……」スッ

対戦相手「……」ススッ


次鋒「……」

対戦相手「……」


次鋒「――面ッ!」バッ

対戦相手「……ッ!」バッ


ギシギシ


次鋒「小手ッッ!」


バシィッ


審判「……」スッ


オォォー

 パチパチパチパチ


186: 2014/04/07(月) 21:23:01.17 ID:wGPMItG2o

―― 応援席


後輩「わ、わわっ、凄い凄いっ!」

真姫「……」

ことり「……」

後輩「負けてない! ……って、あれ?」

真姫「?」

後輩「私の先輩なんだから応援してよ西木野さんっ」

真姫「う、うん……してるから」

ことり「……」



―― 試合場


対戦相手「めぇぇええんん!!」バッ

バシィィン


次鋒「――!」


審判「……」


対戦相手「……っ」

次鋒「……ふぅぅ」


対戦相手「……」

次鋒「……」


対戦相手「めぇぇええん!!」

次鋒「……ッ」


バシッ



次鋒「――!」ダッ


対戦相手「――!?」


次鋒「面ッ!」

バシィィン


審判「……」スッ


パチパチパチパチ

 パチパチパチパチ


187: 2014/04/07(月) 21:24:01.61 ID:wGPMItG2o


主将「1勝1敗、か」スクッ


次鋒「はぁぁ……」

副主将「お疲れさま」

次鋒「もう、あんな試合できないよ……」

主将「流れはこっちにあるな。……よしよし」

スタスタ

次鋒「こんな時でも楽しそうなんだけど……」

海未「……」

穂乃果「……」

副主将「……こんな場面だから、ね」




主将「……」スッ

対戦相手「……」


審判「始め!」


主将「……」ダッ

対戦相手「……!」


主将「りゃぁぁあああ!!!」

対戦相手「やぁぁああああああ!!」


主将「面――ッ!」

バシッ

対戦相手「……ッ」


審判「……」



―― 応援席


真姫「いまのは、有効じゃないの?」

後輩「有効打突には色々と条件があるから……」

ことり「……」

後輩「主将、いつもと違う気がする……」


188: 2014/04/07(月) 21:25:04.41 ID:wGPMItG2o

―― 試合場


主将「小手――ッ!」

対戦相手「……ッ」サッ

バシッ


主将「突き――ッッ!」グッ

対戦相手「……!」バシンッ


主将「小手ぇぇええ!!!」バシッ

対戦相手「……ッッ!」バッ


主将「胴――ッッ!!!」バシッ

対戦相手「~ッッ!!!」バシンッ


主将「めぇぇええんん!!!」

バシィィンン

対戦相手「――ッ!?」


審判「……」スッ



次鋒「怒涛の攻め……!」

副主将「……」

穂乃果「……」

海未「……」



主将「小手ぇぇッ!」バシッ

対戦相手「くっ……!」


主将「胴ッ!!」バシッ

対戦相手「……ッ!」バッ

主将「……ッ!?」

対戦相手「どうッ!!!」バシッ

主将「……」ギシッ

対戦相手「……」バッ


主将「面――ッ!!!」

対戦相手「……ッ!」バッ

ガシッ

主将「突きぃぃいいッ!!!」グッ

対戦相手「――ッ!」バッ

主将「胴ッッ!」

バシィィンン

189: 2014/04/07(月) 21:26:46.95 ID:wGPMItG2o

審判「……」スッ


パチパチパチパチ

 パチパチパチパチ



次鋒「すご……」

海未「気迫が凄まじいですね……」


副主将「……」

穂乃果「……」


主将「……ふぅ」

副主将「お疲れさま」

次鋒「あんな攻め、初めて見たけど」

主将「一瞬でも手を止めたらやられたからな……」

海未「……」

主将「剣道にかけた全ての時間を置いてきた」

穂乃果「……」



副主将「……」

スタスタスタ


次鋒「あ、何も言えなかった……」

主将「戦いはもう始まってる……ってな」

穂乃果「……」


海未「……」



審判「始め!」


副主将「……」

対戦相手「……」



―― 応援席


真姫「一転して静かな試合ね……」

後輩「園田先輩もそうだけど、
    女性の剣道の特質が部の中で最も秀でてるのが副主将なの」

ことり「……」

真姫「特質?」

後輩「防衛本能、直感力とか」

190: 2014/04/07(月) 21:28:01.34 ID:wGPMItG2o

―― 試合場


副主将「……」

対戦相手「……ッ」スッ



副主将「……!」


対戦相手「小手――」

副主将「面――ッ!」バシッ


審判「……」スッ



―― 応援席


後輩「やった! ……今のが、小手抜き面という応じ技」

真姫「打たれる前に打つ、という技ね。……これまでの試合でもみたけど」

後輩「副主将の十八番だから。……あと一本で優勝……!」

ことり「……」

真姫「……ことちゃん?」


ことり「…………」

真姫「……」



―― 試合場


対戦相手「……」スッ

副主将「……」



主将「相手、えらく落ち着いてんな」

次鋒「一本取られて冷静になったみたい……」


穂乃果「……」

海未「……」



対戦相手「…………」

副主将「……」


対戦相手「……」スッ

副主将「……!」


対戦相手「こてぇぇええ!!」

バシィィンン

副主将「――ッ!?」


191: 2014/04/07(月) 21:29:44.62 ID:wGPMItG2o

審判「……」スッ


パチパチパチパチ

 パチパチパチパチ



次鋒「疾ッ……!」

主将「反応できないな、今のをやられると……」

海未「恐らく、副主将より上手い応じ技をする相手と戦ったことがあるのでしょう」

主将「あいつより上がいんのかよ……」

海未「私も実践で活かす為に稽古をしましたが、
    躱せないほどの疾さで打たれると……」

次鋒「今のようになる……と」

主将「……園田、もしかして」

海未「異性との地稽古を週に一度……」

主将「……そうか」


穂乃果「…………」

 
海未「……」



副主将「……」

対戦相手「……」




―― 応援席


ことり「……」


真姫「あと一本なのに……」

後輩「時間が少なくなってきたのに、後がない相手校も冷静……」

真姫「この副将戦、引き分けになったら……どうなるの?」

後輩「えっと……仮に、次の大将戦で負けても、一本取っていれば取得本数で勝ち。
    取れなくても延長の代表戦がある」

真姫「……」

後輩「こういう展開の時、先鋒の一本がとても大きい……」


ことり「……穂乃果ちゃん」


192: 2014/04/07(月) 21:30:51.42 ID:wGPMItG2o

―― 試合場


対戦相手「……」

副主将「……」


対戦相手「――!」ダッ

副主将「――ッ!」ダッ


対戦相手「小手――ッ!」

副主将「小手――」


バシィッ


審判「……」スッ



パチパチパチパチ

 パチパチパチパチ



次鋒「お疲れさま」


副主将「…………」


穂乃果「……」

海未「それでは」スクッ


主将「園田、――勝て」


海未「はい」


穂乃果「…………」



審判「始め!」


海未「……」

対戦相手「……」



―― 試合場



真姫「これで、引き分け以上で優勝になる……のね」

後輩「……うん」


真姫「……」


ことり「……」


193: 2014/04/07(月) 21:31:44.74 ID:wGPMItG2o

―― 試合場


穂乃果「……」


主将「高坂」

穂乃果「……はい」

主将「園田は、今まで勝てる相手でも勝てなかった。
    その理由は大きすぎる壁を見上げていたからだ」

穂乃果「……」

主将「だから、試合が始まると同時に、二歩下がって、今越えるべき存在を意識させた」

穂乃果「……」


主将「でも、今は下がらなかった」


主将「高坂に対して、とても厳しくしていた園田」


主将「そして、誰よりも自分に厳しくしていたうちの大将だ」


主将「あたしが知る選手の中で……園田海未は、一番強い」


穂乃果「…………」


194: 2014/04/07(月) 21:33:35.43 ID:wGPMItG2o



―――― 高坂穂乃果 高校2年生の夏 ――――



全国優勝のかかった試合場で二人の少女が向かい合う。



「りゃぁぁああああ!!!」



選手が気合の掛け声を上げた。


「……」



大きな会場に生まれる緊張。

――園田海未は向けたままの剣先を微動だにせず、姿勢を保ち相手を見据える。



「…………」


包まれた緊張が少しづつ解かれていく。


少女の持つ空気がそれを晴らしていく。




雨上がりの夜空に月が浮かぶように。

水たまりを輝かす朝日のように。


華奢な体に大きな心を。

大きな心に確かな意志を。



「……ッ」


相手はその意志に飲み込まれないよう、もう一度気合を入れ直す。


195: 2014/04/07(月) 21:37:13.99 ID:wGPMItG2o


「……――ッ!」


「……」


園田海未に飛び込む

何度も稽古をした精神が少女の体を動かした


「――。」


右斜め前に踏み出すと同時に鋭く強い呼気が吐出される


バシィィンン


高々と相手の銅を打ち鳴らす音が響く


「……」


少女は振り向きざまに相手に剣先を押さえた



「……っ」


がくりと膝をついた瞬間

  審判の旗が上がった――



――



196: 2014/04/07(月) 21:40:50.97 ID:wGPMItG2o


音ノ木坂学院 剣道部の部員達が会場を後にする。

大会の閉会式で授与された旗とトロフィーを主将が後輩に押し付ける。

困り顔の後輩を部員みんなが笑う。


3年生の部活が終わりを告げようとしていた。


その光景を4人の少女達が見守る。


少女たちは名残惜しい気持ちのまま帰路に就く。


「……」

「……」


高坂穂乃果、園田海未が並んで歩く。

南ことり、西木野真姫がその後ろを歩く。



「……ありがとう、うみちゃん」

「どうして、お礼を?」

「私だけじゃ……届かなかったから」

「……」

「だから、ありがとうって」

「思い違いをしていますよ、穂乃果」

「……え?」

「私一人じゃ届かない場所でした」


前を歩く3人の先輩を見てそうつぶやく。

その意味を、高坂穂乃果は理解していた。


「……そうだね」

「強くなれたのは、穂乃果――……あなたが居たからです」

「……?」

「あなたを最大のライバルとして意識していたから、私は強くなれたのです」

「うみちゃん……」

「お礼を言うのは、私の方ですよ」


彼女は笑った。

綺麗な空気を纏って、美しく、眩しく。


「うみちゃん……!」

「うわっ!」


感謝の気持を抑えきれずに抱きしめた。

197: 2014/04/07(月) 21:41:58.92 ID:wGPMItG2o


「ありがとー!」

「もぅ……」


呆れ声とともにため息が零れる。

二人は目指した場所に辿り着いたことが何よりも嬉しかった。

叶えたい願い。

手が届くと信じて疑わなかった。


「……」


南ことりは後ろからその二人を見つめる。

懸念が振り払われたことで、ようやく彼女の表情にも笑顔が戻るのだった。


「……」


その三人を見つめる西木野真姫。


「嬉しい……うれしいっ」

「分かりましたから、離れてください。置いて行かれますよ」


いつまでも抱きしめる少女に、園田海未はやや疲れ気味に諭す。


「もうちょっと!」

「いい加減にしなさい」


「祝勝会、どこでやろう~」

「また、うちの別荘使う?」

「でも、部員の人たちもいっぱいいるよ?」

「いいんじゃない? ほのちゃんはそっちのほうが楽しいと思うし」


立ち止まったままの二人を追い越す二人。


「どうして置いていくのですか!?」


「あはは……」

「もう少し時間がかかりそうだから」


「ま、待ってください、ことり、真姫!」


手を伸ばすがそのまま進んでいく二人。



少女はもう一度、感謝の言葉を伝えた。




「――ありがとう、うみちゃん」



198: 2014/04/07(月) 21:42:26.24 ID:wGPMItG2o


そして、

ゆっくり、

 ゆっくりと刻まれていた時が、

  動き出す――



200: 2014/04/07(月) 22:54:07.56 ID:wGPMItG2o

―― 季節は流れ、秋も深まった頃。


「寒くない?」

「……うん、少し冷えるね」

「太陽が出ているから、と……油断していると風邪ひきそうですね」

「もぐもぐ」



中庭で昼食を取っていた四人。

そこへ一人の生徒が近づいていった。


「こんなところにいたんやね」

「もぐもぐ?」


音ノ木坂学院 副会長が高坂穂乃果に話かける。


「理事長が話があるんやって、ちょっと時間をもらってもええ?」

「理事長が……?」

「うん、伝えておきたいことがあるとか」

「……?」


副会長の言葉に四人は首を傾げる。


「穂乃果だけ……ですか?」

「うん、……他には、うちと生徒会長やな」

「ことちゃん……?」

「……ううん、私はなにも聞いてないけど」


僅かな不安が広がる。


「なんだろね?」

「話はあとです、早く食べてしまわないと……待たせていますよ」

「そだねぇ……もぐもぐ」

「ゆっくりでええよ、……こほっ」

「大丈夫ですか?」


口を抑えて軽く咳をした動作に南ことりが心配そうに尋ねた。


「うん……平気平気」

「ごちそうさま!」

「私たちは教室に戻っていますから」


園田海未が差し出した手に、少女は弁当袋を置いた。

201: 2014/04/07(月) 22:56:18.44 ID:wGPMItG2o

「ほな、行こか」

「はい」


二人は中庭を後にする。


「……」

「……」

「今夜は冷えそうですね……」


秋の終わりを告げる空につぶやいた言葉は予感と共に溶けていった。




理事長室の前で待っていた生徒会長。


「……」


二人の姿を確認すると同時に、部屋の扉を叩いた。


コンコン


「――どうぞ」


「失礼します」

「……」

「……」


扉を開けると、一人の女性が窓から外を眺めている姿が目に入った。


南ことりの母であり、音ノ木坂学院の理事長である彼女。


「……」


高坂穂乃果は、その後姿に胸の突き刺す思いがした。



「ごめんなさいね、お昼休みに急に呼び出したりなんかして」

「いえ……」


戸惑いを隠し切れない少女が応える。


「話とはなんでしょ?」


生徒会長が話を促す。

三人に向かい合い、話し始めた。


202: 2014/04/07(月) 22:57:44.03 ID:wGPMItG2o

「明日、全校生徒へ伝える前に、先に伝えておきたくて」

「――あの」


話を遮り、少女は疑問を投げかける。



「どうして……私も……?」


なぜこの場にいるのか、違和感と少しの不安を解消しておきたかった。


「高坂さん、あなたが剣道部を全国優勝に導いたと聞いています」

「……」

「そして、その先にある願いも――」

「――ッ!」


音ノ木坂学院 廃校の危機。

学校を守りたいから頑張った。

みんなと繋がった場所を守りたいから努力をした。


その成果が全国優勝という最高の形で実った。


世間に注目され、入学希望者が増えることを夢にした。


――だが、

今、少女の前にいる女性の表情は明らかに善い報せを伝えるものではなかった。



「音ノ木坂学院は――」



耳を塞ぎたかった



「再来年度――……今の一年生が卒業すると同時に――」



現実を認めたくなかった



「――廃校となります」



願いは遠退き、夢は消えた


203: 2014/04/07(月) 22:59:24.95 ID:wGPMItG2o


「――。」


何かを伝えていたが、少女の耳には届いていない。


「……」


気が付くと、生徒会長と副会長が部屋を後にし、理事長と二人だけになっていた。


「――さん、――さん」

「……ぁ」

「こんな報告をしなくてはいけないことを、残念に思うわ」

「…………」


自分がどこに立っているのか、どこに存在しているのか。

ぼやけていく意識の中で、声を聞いた。


「――穂乃果ちゃん」


優しい声。親友と似た声。


「……!」


「ことりから聞かされていたのよ、学校の為に頑張っているって」


「……ッ」


その見返りがこんな現実だった。


「この学校の理事長として、穂乃果ちゃんが想ってくれていたことを嬉しく思う」


「……ッッ」


その想いは意味を持たなかった。


「ことりの母として、あなたが友達でいてくれることを嬉しく思う」


支えられる側だった。

迷惑ばかりかけていた。

時間を削って面倒を見てくれていた。


しかし、その全てが無駄になった。



「ありがとう、穂乃果ちゃん」



その言葉が、今はただ、胸に深く突き刺さるだけだった――


204: 2014/04/07(月) 23:01:04.87 ID:wGPMItG2o


教室に戻っても少女は何も考えられない。

二人の親友に心配されても答えられない。


信じていた時間の全てが裏切られた。


大会から家に帰り、妹に伝えられた言葉――


『お姉ちゃんは私の自慢のお姉ちゃんだよ!』


「~~ッッ!」


顔を覆い、悔しさで潰されそうになる。


「私は負けたんだよ、雪穂――」


そうつぶやいた声は誰にも届かない。



その日、部活を休み、近くの公園で一人過ごし、家につく。


無邪気に話しかけてくる妹に、いつものように笑って話せなかった。


決勝戦で勝ったのは園田海未であり、私ではないと。

『あの時』勝てていたら『今』は変わっていたのではないか、と。


考えずにはいられなかった。

もっと、もっと、大きな勝利を掴めていたのなら――と、ありもしない『未来』への希望に縋りつく。



決勝の先鋒戦、あの勝負に負けた事実が後悔となった。


205: 2014/04/07(月) 23:03:05.77 ID:wGPMItG2o

―― 翌日。


全校生徒の前で、廃校の事実が伝えられた。


その日も、次の日も、その次の日も少女は部活を休んだ。

毎日続けていたトレーニングも止めた。


全てが意味の無いことに思えた。


南ことりがあの決勝戦で懸念していたことが現実となった。

信じていたことが裏切られた時、素直で無邪気な親友はどうなってしまうのだろうか。



―――― 少女の心は真っ白になっていた。



「ほのか」

「……」

「いつまでそうしているつもりですか」

「……」

「主将に後を任されたではありませんか」

「……」

「今日こそは――」

「……ごめん」

「……え?」

「…………もう……」

「……」

「竹刀を……握りたくない……」

「…………」

「ごめん……うみちゃん……」


「……わかりました」


受け入れてくれた。

いつも厳しかった親友が、今はそっとしておいてくれた。

そう思った。



「では、剣道を辞める前に、私の勝負を受けてください」

「――え?」

「始まりが私なら、終わりも私であって欲しいですから」

「…………」



始まりと、終わり。


その言葉に少女の胸がチクリと痛んだ。

206: 2014/04/07(月) 23:06:26.59 ID:wGPMItG2o

―― 放課後。


部活の練習も終わり、下校時間となる。

しかし、誰も去ろうとはしない。


何も知らないはずの後輩たち、たまたま様子を見に来た引退した3年生たち。


南ことりと西木野真姫。


その視線が集まった先にいるのは、園田海未、少女ただ一人。


活動中、熱気の篭っていた道場内は少しづつ初冬の風に流されていく。


そんな中でも姿勢を崩さず、正座して待つ彼女。


目を瞑り、精神を統一させ、静かにその時を待つ。



そして――


 少女が姿を現す。



「……」


気配を感じて、ゆっくりと目を開いた。


「帰ったのかと思いました」


「……」


冗談でもなく、本音でもなく、ただそう言った。


「ほら、時間も無いですから、はやく着替えてきてください」

「……」


淡々と、いつもと変わらない親友の言葉に従う少女。


「…………」


入部してから、ほぼ毎日着続けた袴、防具。


「……っ」


少し震える手で竹刀を握る。

207: 2014/04/07(月) 23:08:54.59 ID:wGPMItG2o

試合場では、3年生との言葉が交わされていた。


「園田、あたしらが居てもいいのか?」

「ご自由に」


主将を務めていた彼女だが、初めての空気にどう対応したらいいのかわからずにいる。

隣にいる二人の3年生は、彼女が移動しないことを確認してそのまま居ることにした。


「高坂さんが部を休んでいるって話は聞いていたけどさ……」

「まさか辞めるとこまできていたとはね」

「見届けるしか無いか」


「先に言っておきますが――」


彼女は言明する。


「――これから私のすることは、ただの八つ当たりです」


「止めるな、と言ってるんだな」


「そうです」


事態が重くなっていくことを後輩たちは3年生を頼りにしたが、彼女はそれを制した。



「……」

「……」


両手を握って涙を零しそうな表情で見つめる南ことり。

そんな彼女にかける言葉を見つけては失う西木野真姫。



「…………」

「…………」


道着を着た少女を確認して、園田海未は立ち上がる。


そして、一筋。

竹刀を振り下ろした。


「……勝負の前に一つ訊いてもいいですか、穂乃果」

「……」


少女は面を装着しながら彼女をじっと見つめる。

208: 2014/04/07(月) 23:10:54.46 ID:wGPMItG2o

「どうして、来たのですか?」

「……?」


この道場に来いといったのは、彼女。

その彼女がどうして来たのかと、問う。

訳が分からなかった。


「今のあなたでは、そのまま帰ってもおかしくはなかった」

「……」

「無礼を承知で言っています。……心の折れたあなたに立ち向かう意志はないと思っていました」

「…………」


面――物見の奥の瞳が少女――高坂穂乃果を映す。

本音と、微かに湧き起こってきた怒りが彼女にそう言わせた。


少女は応える。


「ここで逃げたら……――もう戻ってこれなくなるから」


「……この部に未練でも?」


「違う。……みんなの場所へ……戻れなくなると思ったから」


「――!」


その言葉に心が揺れそうになる。

本当は、しょうがないことだから、元気を出して。と、言いたかった。

剣道を辞めてしまっても、他に楽しいことはたくさんあるから。と、励ましたかった。


西木野真姫や後輩たちが良い思い出を作っていけるよう提案したかった。

そうすれば、親友である高坂穂乃果は自分を取り戻せるはずだから。


だけど、それではダメだと考えなおす。


心を鬼にして、たとえ恨まれたとしても今のままではいけないと――悟った。


「ここは――、あなたの逃げ場ではありません」

「――ッ」


そんなことは解ってる。と、彼女を睨みながら面を被る。

209: 2014/04/07(月) 23:12:35.71 ID:wGPMItG2o

「そんな言い方――!」

「まって、真姫ちゃん」

「だって……!」

「……まって」


声を出した西木野真姫を止める南ことり。

二人の親友が睨み合っているこの先に、どんな『未来』が待っているのか。

怖い気持ちが大きい。

だけど、二人を止めてはいけないと思った。



お互いに剣先を突きつける。


「……行きます」

「……」


試合開始の合図を出したが動かない。

少女もまた、動かなかった。


「……」

「……」


少女は構えているのではなく、ただ竹刀を持っているだけ。

抑えていた怒りが彼女を動かす。


「何度も言ったはずですよ、穂乃果ッ!」

「――っ!」


手に痺れを感じると同時に竹刀が弾かれた。


竹刀が床に転がる。


「自分の身を守る道具だと!」

「……っ」


拾い上げ、もう一度彼女に剣先を向ける。

しかし、


「――ッ」

「……!」


巻き上げで竹刀を飛ばされ、無防備になる少女。


「……」

「……」


剣先を向けられたまま動かない。

210: 2014/04/07(月) 23:15:02.60 ID:wGPMItG2o


「拾わないのですか」

「……なにが……したいの」


声は弱く、頼りない。

それでも彼女は剣先を少女に向け続ける。


「……」


「勝負がしたかったんじゃ……ないの……?」


「……ッッ」


虚しさを覚える前に怒りを湧かせ奥歯を噛みしめる。



「こんなの……意味ない……よ……」


「――そんな……っ……あなたと」


震える声で、竹刀を震わせる手で。


「そんなあなたと勝負をしたかったわけじゃありませんッ、早く取りなさい穂乃果ッッ!!!」


声を張り上げ怒りをあらわにする。


「……」


それでも少女は動かなかった。


「――ッ!」


飛び込み竹刀を振り下ろす。


「……っ」


身を守ろうともしない少女の肩に置かれた竹刀。

彼女は鬼にはなれなかった。

211: 2014/04/07(月) 23:17:15.69 ID:wGPMItG2o


「竹刀を持たない剣士。――今のあなた、そのもの」


「……」


「なんのために剣道を始めたのですか」


「……っ」


「此処まで来た割に、その姿……意味の無いことをしてきましたね」


「――ッ」


全てを否定される。

少女自身が培ってきた時間の全てを。


「……」


彼女は――園田海未は待つ。


「…………――。」


少女が――高坂穂乃果が言い返してくるのを。


「本当に――、意味がなかった――」

「……」


「全部、全部っ、全部意味がなかった!」

「……」


「私一人ッ、思い込んでただけだよ! 優勝すれば注目されるってッ!」

「……」


「注目されれば入学希望者が増えるってッッ!」

「……」


「希望者が増えれば……! 廃校はっ……なくなるって……ッ」

「……」


「全部……全部……妄想してただけ……」

「……」


「なんの……意味もなかっ――」

「虚しいですね」


吐き出した言葉を遮る。

212: 2014/04/07(月) 23:20:44.53 ID:wGPMItG2o

「……虚しいよ、あれだけの努力が……ムダだったなんて」

「穂乃果」

「……?」

「――ッ!!」


向けられた剣先が振り下ろされた。


「痛ッ――!」


「……」


手首を押さえ崩れる少女。

それを見下ろす彼女。




「もういいでしょ!」

「だめ、ダメだよ真姫ちゃん」

「なんで黙ってみてるのっ、酷いよ今の――」

「痛いのは海未ちゃんも一緒だよ!」


「……っ」




「虚しいのは私の方ですよ、穂乃果」

「……?」


少女は見上げる。

面の奥で微かに声が震えた彼女の姿を。


「小さい頃に取られた一本が悔しくて、剣道を続けました」

「……」


「入学とともに剣道を始めて……同じ道を進めると、喜んでいたのです」

「……」


「教えた事をどんどん吸収して強くなっていくあなたに私は――憧れていたのですよ」

「……!」


「あなたに追い越されないため必氏になって稽古をしてきました」

「……」


「無謀なことをして、周りに迷惑をかけました」

「……」


「それでも、ほのか……あなたに勝ちたいが為」

「……」

213: 2014/04/07(月) 23:22:03.13 ID:wGPMItG2o

「それなのに――」

「……」


「あなたは私を見ていなかった――」


乾いた声が響く。



「それで構わなかった。その先にある願いを追いかけているのだから」


弱くなっていく声が寂しさを伝える。


「あなたはきっと、こう思っているはず」

「……」


「決勝戦、『あの時』勝っていれば何かが変わっていたのではないか」

「――!」


見透かされた言葉に肩を震わせる。


「変わり得ないのです。なぜなら、あの試合が私たちの持てる全てなのですから」

「そんなこと――」


手首を押さえたまま立ち上がる。

が、視線はまっすぐ見ることができなかった。


「……」

「分かってるよ」


「……」

「『あの時』怖かった」


「……」

「私が負けて、優勝が遠のいていったら……って……」


「……」

「だけど、うみちゃんが……みんなが優勝を……掴んでくれた」


「……」

「本当に嬉しかった……けど!」


「……」

「それでも廃校が決まったんだよっ!」


「……仕方のない事です」

「割り切れないよッ!」

214: 2014/04/07(月) 23:24:14.64 ID:wGPMItG2o

「勝負の世界に、たられば、がないように……不確かな『未来』にもそれはありません」

「だから割り切れないってッッ」


「駄々を捏ねているだけです」

「――ッ!」


少女の拳に力が入る。

頭では理解していること。

それが心のなかでは整理できなかった。


「例えば、あなたが『あの時』勝っていたとします」

「……?」


「それでも廃校が決まった場合、どうなるのですか」

「……それは…」


今の自分と変わらない。

優勝しても願いが届かないのなら意味が無いのだから。

そう思った。


「恐らく、今のあなたではないはず」

「え……」


「あの決勝戦の試合、それがあなたの鎖になっているのですから」

「……意味が……分からない……。……廃校は嫌だよ」


「いいえ。あなたはなぜ、『あの時』負けたのか分かっているはずです」

「――ッ」


「勝つことへの執念は誰よりも強かった。――ただ」



「相手を見ていなかった」



見ていたのは優勝の向こうにある理想。

それだけだった。


「その僅かな差が、勝負の明暗を分けたのです」

「なんでそんなことが言えるの……!」


「私も同じでしたから」

「――……」

215: 2014/04/07(月) 23:25:45.35 ID:wGPMItG2o

「あなたしか、見ていなかったのですから」

「~~ッッ!」


だけど、園田海未は乗り越えた。

そして、勝利をおさめ、全国優勝を手にした。

勝った者と負けた者。

園田海未の言葉が全てだと痛いほど感じていた。


「ほのか」

「……っ」


彼女の声に少女は肩を震わせる。


「これからも沢山、辛いことが起きますよ」

「……」

「痛いこと、悲しいこと、悔しいこと」

「……」

「耳を塞いでも、目を閉じても――どうしようもないことが次々と起きますよッ!」

「……っ」

「それでもあなたは俯いているのですかッ――高坂穂乃果ッ!」 

「――ッ!」


しゃがんで竹刀を掴み、力いっぱい握る。

剣先を親友である彼女に向けた。


「戦えないことだってあるよッ!!」


力任せに竹刀を振るう。


「前を見ていられないことだって、立ち止まることだってあるよッッ!!」

「……」


稽古で習った太刀筋、姿勢、呼吸、構え、間合い、

それらを全て捨て、出鱈目に竹刀を振るう。


「だって、叶わなかったんだよッ!?」

「……」


高い音を立ててそれらを全て受け流す。


「届かなかったんだよッ!?」

「……」


竹刀が悲鳴を上げる。

216: 2014/04/07(月) 23:27:37.29 ID:wGPMItG2o

「悔しさだけが残るなんて……ッ!」

「……」


「信じていたのに……!」

「……」


「……信じたから……裏切られたの……?」

「……」


力ない一振りが彼女の肩に降りる。


「なんで……ここまで一生懸命にならないといけなかったんだろ……」

「ダメです」


「どうにもならないんなら……最初から――」

「それ以上言わないでください、ほのかッ!」


肩に降りた竹刀を左腕で振り払う。


「始めるんじゃなかっ――」


「あなたが辛い時に支えられない私たちはどうなるのですかッ!?」


「――ッ!」


抑えきれなかった。


竹刀を振り捨て、彼女に背を向け走りだす。


「いいのですか、このままで!」


「顔を洗ってくるだけだよっ!」


そう言い残し、少女はこの場所から姿を消した――


217: 2014/04/07(月) 23:28:46.85 ID:wGPMItG2o


蛇口を捻り、面を脱ぎ捨て、手ぬぐいを払って、水飲み場の上に両手を乗せる。

赤く晴れた右手首。


「……っ」


痛みがじわりじわりと広がっていく。


「…………っっ」



全て自分の為にしてくれたこと。


彼女の怒りが、怖れが、厳しさが少女の胸を締め付ける。



そして

彼女が言ってくれた言葉を思い出して、少女は



「……うぅっ……ぁぁああっ…」



優しさを思い出し



「ああぁぁぁっ……あああぁっぁぁあっっ」



大粒の涙を零した


218: 2014/04/07(月) 23:30:23.90 ID:wGPMItG2o

残された彼女は、後輩や先輩、幼馴染から視線を避けるように背を向ける。


「……」


少女の右手に放った一撃。

あの感触を思い出し、恐怖に陥る。

親友にしてしまったことを強く後悔していた。


「……っ」


次第に俯いていく視線と心。


胸の内で嫌悪感が彼女を覆い尽くそうとした時



「……海未ちゃん」


もう一人の親友の声を聞いた。


「……っ」


「……」


後ろで彼女が振り返るのを待っている。

一呼吸置いて向き直った。


「怒りに任せて、私はやってはいけないことをしてしまいました」

「……」


「ほのかも……きっと……」

「戻ってくるよ」


「……っ」


その言葉に息を呑む。


「まだ勝負は終わってないもんね」


それは彼女の持つ一縷の望み。

あれだけのことをしたのだから、離れていっても仕方がないと思っていた。


大切な親友を失ってでもぶつけたい怒り。

憧れていた存在が居なくなったことへの虚無感をなくすため、怒りを湧かせた。


219: 2014/04/07(月) 23:31:51.46 ID:wGPMItG2o


「穂乃果が私を見ていないことに、腹を立てたのです」


「今まで何を目指していたのかと、それまでの努力が虚しさに変わる前に八つ当たりをしただけ……」


「結局、自分の事しか考えていなかった……」


「私は――……」



「……――醜い」



一筋の涙が頬を伝う


自責の念にかられた彼女を

南ことりが包んだ


「ううん――……」

「……!」


「穂乃果ちゃんの悔しさを受け止めたんだよね……」

「……」


「海未ちゃん…が……っ……穂乃果ちゃん……の為に……してきたこと……全部わかってるからっ」

「……っ」


「だから……っ」

「……ことり…?」


しゃくり上げながら言葉を紡ぐ


「そんなこと……いわないで……っ」

「…………」


大粒の涙が零れる。


「……うぅ……っ……ううぅぅ……っ」

「私の代わりに泣いているのですか……?」


ボロボロと流れる。


「わかんない……けど……止まら…ないから……っ」

「……」


抱きしめられた体から今まで感じていた醜悪な気持ちが晴れていく。

220: 2014/04/07(月) 23:33:27.89 ID:wGPMItG2o

「……」


背を向けているのに感じる、少女の存在。


「ことり、もう大丈夫です」

「……うん……っ」


そっと体を離し、大丈夫、と、少し笑って彼女に伝える。


そして振り返り――


「その右手で続けられますか」


「……平気」


少女と対峙する


向けられた剣先に対向するため、竹刀を握り、もう一度向き合う。


「……」

「……」


彼女は立会人として、主将に目線を送った。


「じゃあ、始め」


その言葉と共に、二人の勝負が始まった。


「……」

「……」


二人とも掛け声はない。


「……」


少女――、高坂穂乃果は上段の構えを取る。


「……廃校が決まって、悔しいのはあなただけではないのですよ」


「……うん、……そうだよね」


「ことりだって、真姫だって、生徒会長だって、副会長だって――」


「学校のみんなが……寂しいんだよね……」



目指した夢が遠くへ

叶うと信じ続けてた願いが消えた

221: 2014/04/07(月) 23:34:58.48 ID:wGPMItG2o

「もう説教はいりませんね」


「……」


自嘲気味に笑う彼女は――



「私は今日、あなたを越えます」



今まで以上に集中力を高め、、園田海未は上段の構えをとる。



「……」


「……」



少女の心に確かな意志が宿る。


雨上がりの夜空に月が浮かぶように。

水たまりに反射して輝く朝日のように。


華奢な体に大きな心を。

大きな心に確かな意志を。


「……ッ!」

「……ッ!」


二人同時に踏み込み


そして――


「やぁぁッッ!」

「はぁぁッッ!」


竹刀が振り下ろされ


二つの音が響き渡った。


ひとつの音は、僅かに早く。



――――

―――

――



222: 2014/04/07(月) 23:37:21.25 ID:wGPMItG2o

季節は巡る。


寒く厳しい冬を越え、暖かく穏やかな季節が巡る。


公園の砂場で子どもたちが駆けまわる


「きゃっきゃ!」


「まてまて~!」


「こっちだよ~!」



そこへ一つの意志が光から降りた


「……」


「うわっー!」


驚いて尻餅をつく男の子


「……にゃ?」


「どこから来たのー!?」

「ネコだ~!」

「わーい!」


尻尾を掴もうとする無邪気な手を躱し、滑り台の階段を昇る


「……」


右左と辺りを見回し


「……?」


違和感の正体を探す。


「まってよ~」


「まてまて~い」


女の子と男の子が階段を昇ってくる。


「にゃ」


鳴き声とともに滑り降り、走り去っていった。


「あ~、にげちゃった~」

「にゃ~にゃ!」

「ちぇ~」

223: 2014/04/07(月) 23:38:18.97 ID:wGPMItG2o



――

―――

―――― 季節は春





―― 高坂穂乃果 高校3年生 ――





224: 2014/04/07(月) 23:39:50.56 ID:wGPMItG2o

―― 放課後:音ノ木坂学院校門前


猫『やはり、時間のズレが起こったようですね』


「あれ……?」


猫『……星空凛』


凛「ネコにゃ~!」

タッタッタ


猫『どうしていつも私を追ってくるのですか』

テッテッテ


凛「あ、逃げた! 待て~!」



―― 部室棟前


「かよち~ん!」


花陽「凛ちゃん……?」


猫『小泉花陽……? なぜそんな格好を……』


凛「そのネコを捕まえるにゃ~!」

花陽「え、えぇ!?」


猫『情報を収集するためにも早く合流しなくてはいけませんね』

テッテッテ


花陽「あ、あぁ……行っちゃった」

凛「待つにゃ~!」

ダダダダッ

花陽「り、凛ちゃん! 集合の時間だよぉ~!」


「すぐ捕まえるから平気~!」


花陽「……何が平気なんだろ?」


225: 2014/04/07(月) 23:41:50.83 ID:wGPMItG2o

―― 中庭


猫『あのベンチで――』

ササッ


凛「よいしょー」ピョン

スタッ

凛「待て待て~!」

タッタッタ


猫『軽く飛び越えましたね。……身体能力は上がっているようです』



「ほのちゃんは?」

「図書館かな?」

「え、どうして」

「料理の本を借りるんだって」


猫『西木野真姫と南ことり』


凛「……」ソローリ


猫『二人が一緒に並んでいるということは……関係に変化はないということ――』

凛「にゃー!」

猫「にゃ!?」

凛「つ~かまえた~♪」

猫『不覚です……』


真姫「あ……」

ことり「あ、凛ちゃん」


凛「西木野さんにことり先輩……今帰るんですかぁ?」


真姫「……」

ことり「うん、今日は部活無いから」

凛「そうですかぁ」

猫「……」

真姫「ネコ?」

凛「うん、ネコ」

ことり「……?」

猫『はやく、情報の分析をしたいのですが』

真姫「餌が欲しいのね」

ことり「残念だけど、何も持っていないんだよ~」

猫『時間のズレは1年といったところでしょうか』

226: 2014/04/07(月) 23:43:23.25 ID:wGPMItG2o

凛「あ、そろそろ時間だから行かないと」

猫『……降ろすのならなぜ捕まえたのですか』

凛「それじゃあね~、ばいばーい」

タッタッタ

ことり「ばいば~い」

真姫「……」

猫『西木野真姫にはまだ意志の疎通は早いですね。
   やはり、他の二人にしておきましょう』

テッテッテ

真姫「……なんなの、あのネコ?」

ことり「……どこかで見たような……?」

真姫「空似じゃない?」

ことり「うーん…………」

真姫「それより、早く行きましょ」

ことり「……」

真姫「ことちゃん?」


ことり「あ、思い出した……。遠足の時だ」


227: 2014/04/07(月) 23:45:01.12 ID:wGPMItG2o

―― 図書館前



猫『木々の配置も変化していますね』


「まったく……主将として自覚が足りないんですよ」


猫『園田海未』


海未「やはり、強引に連れ戻したほうが……」


猫「……」


海未「いえ……右手のこともありますから、やはりここは私が会議に参加を」


猫「……」


海未「しかし、物事は最初が肝心と言いますから……困りました」

ウロウロ


猫『記憶の引き継ぎは彼女が適任、ということでしょうか』


海未「そうですね、副主将として、私が会議に――」

猫「にゃー」

海未「……ネコ?」

猫「にゃう」

海未「……?」

猫「……」

海未「なんでしょう……」

猫『屈んでください』

海未「妙な感覚ですね」

猫『仕方がありません』ゴロン

海未「……?」

猫「にゃー」

海未「お腹を撫でて欲しいのでしょうか」

猫「にゃ」

海未「犬みたいなネコですね……」ナデナデ

猫『失礼します』ピョン

海未「うわっ!?」

猫『少しでいいですから、思い出してください』

海未「……!?」

猫『今までの時の流れを、時間の変化を』スリスリ


海未「……うっ」

228: 2014/04/07(月) 23:46:02.81 ID:wGPMItG2o

猫「『前の段階』の記憶を引き継いだはずです」


海未「うぅ……頭が……ッ」


猫「記憶とは情報。やはり多量の情報は脳へのダメージになるようですね」


海未「うぁっ……あぁぁっ……ッ」


猫「……」


海未「いっ…っ……ぁ……」


猫「多すぎたようです、失礼」ピョン


海未「痛い……頭が割れそう……ッ」


猫「少しだけ返してもらいます」

コツン


海未「はぁ……うぅ……ぅっ」


猫「――これは」


海未「はぁっ……はぁッ……」


猫「大変失礼しました、大丈夫でしょうか」


海未「平気……です。……遅いのではありませんか」


猫「申し訳ありません、先ほど地上に降りたものですから」


海未「はぁ……はぁ……ぁ……ふぅぅ……」


猫「……」


海未「……責めるようなことを言いましたが、……遅れてよかったのかもしれません」


猫「記憶を少しだけ覗きました」


海未「かけがえのない時間がありましたから……」


猫「『無駄な時間』など無いということですね」


海未「……ふぅ」


229: 2014/04/07(月) 23:48:16.61 ID:wGPMItG2o

猫「本題に入ってもよろしいでしょうか」

海未「凛と花陽のことですね」

猫「はい」

海未「凛は陸上部へ。花陽はそのマネージャーになりました」

猫「やはり、合唱部へは」

海未「一時期仮入部した後、陸上部へ移動したのです」

猫「……やはり、ここにも影響が…」

海未「穂乃果を呼んできますか?」

猫「いえ、少し考えがあります」

海未「考え……とは?」

猫「『この時間』をもう少しだけ分析したいのです」

海未「……」

猫「7人目にもまだ逢えていない様子」

海未「それより、あなたは、私との約束を……」

猫「分かっているつもりです。
  ですが、そうすることで、高坂穂乃果は『この時間』を忘れてしまいます」

海未「……」

猫「それは――貴女との勝負を忘れてしまうということ」

海未「……」

猫「貴女方、人間にとって酷な選択になるのではないでしょうか」

海未「そう思うのなら、なぜ私たち――いえ、穂乃果に近付いたのですか」

猫「……」

海未「あまり、人の人生を翻弄するような真似をしないでください」

猫「……」

海未「人は皆、『その時、その時』を懸命に生きているのです」

猫「……はい」


海未「……やはり、穂乃果の能力は」

猫「私と行動を共にすることで、知識と経験を重ねているようです」


海未「つまり、高校生活を何度も繰り返し、その過程で能力を身につけた、と」

猫「そう考えるのが妥当です」


海未「……」

猫「ズルだと、思いますか」

海未「当たり前です。……穂乃果の人生をなんだと思っているのですか」

猫「……」

海未「なぜ、穂乃果はあなたと出会ってしまったのですか」

猫「……」

海未「普通の高校生活を享受できていないのでは……」

猫「…………」

230: 2014/04/07(月) 23:50:32.45 ID:wGPMItG2o

海未「……っ」


猫「『時の巡り合わせ』」


海未「……」


猫「かつて、私は高坂穂乃果にしたように、話しかけた人物がいます」

海未「……」


猫「ですが、その人は可能性を秘めていても、私の声は聞こえませんでした」

海未「……」


猫「そして、私は高坂穂乃果を見つけたのです」

海未「……他の人ではダメだったのですか?」


猫「はい。……試みましたが、無駄でした」

海未「……」


猫「……」

海未「もう一つ」

猫「?」

海未「私の家は、『前の段階』では……――日舞の家元で生まれ育っていました」

猫「はい、そうです」

海未「ですが、『今の段階』では……――剣道家の家に生まれています」

猫「そして、弓道部ではなく剣道部へ所属している……」

海未「この違い、まるで夢でも見ているようですが」

猫「その変化を調べるためにも、もう少し情報が欲しいのです」

海未「部へ入る前提がおかしいですよね」

猫「それを伝えるには、『時間の秘密』を教えなければいけません」

海未「『秘密』……?」

猫「後々話すことにします」

海未「……わかりました。穂乃果を呼んできます」

231: 2014/04/07(月) 23:51:15.50 ID:wGPMItG2o

猫「少し、よろしいでしょうか」

海未「……はい?」

猫「もう少し、情報を渡したいので屈んで欲しいのです」

海未「渡したい情報……とは?」

猫「肩へ失礼します」ピョン

海未「……」

猫「記憶を返させてもらいます」スリスリ


海未「え――?」


猫『こちらの身勝手で申し訳なく思います』


海未「――……」


猫『貴女との約束は必ず――』

テッテッテ


海未「ネコ……?」


海未「えっと……私はこれから……どうするんでしたっけ……」


海未「そうです、部長会議へ行かなくては……」


……



232: 2014/04/07(月) 23:52:20.50 ID:wGPMItG2o

―― 3週間後:2年生教室


キーンコーン

 カーンコーン



凛「かーよちん、部活行こ~」

花陽「もうちょっとノートまとめたいから、先に行ってて?」

凛「すぐ終わるよね、廊下で待ってるにゃ~」

テッテッテ

花陽「えっと……倹約令は……」


真姫「……」

スタスタスタ


花陽「あ……西木野さん……」


花陽「……」



……




凛「……」


花陽「おまたせ、凛ちゃん」


凛「……」

花陽「凛ちゃん……?」

凛「あ、終わった?」

花陽「うん……、なにか見えるの?」

凛「ううん、ただ……中庭を見てただけだよ~」

花陽「……」

凛「3年生が卒業して、新入生がいなくて……人が少なくなったなぁ……って」

花陽「……うん」

凛「……」

花陽「……」


凛「行こうっか」

花陽「……うん」


……



233: 2014/04/07(月) 23:53:42.52 ID:wGPMItG2o

―― 梅雨入り:3年生教室


ザァァー---


ことり「雨、降り出して来ちゃったね」

海未「そうですね……」

ことり「……」

海未「……」

ことり「穂乃果ちゃんが……学校を守ろうと頑張ってた理由が、やっと分かった気がする」

海未「……」

ことり「3年生の3クラス、入学してきたかもしれない新1年生のクラス。
    その分の人たちが、居なくなったから」

海未「……そうですね。……来年は、真姫たちの1クラスだけ」

ことり「今よりももっと……」

海未「……はい」

ことり「人が少なくなって、実感するなんて……遅いよね」

海未「それは私も同じですよ」


「……失礼します」


ことり「あ……」

海未「真姫……」

真姫「……?」

ことり「穂乃果ちゃんは部長会議だよ」

真姫「……そう」

海未「合唱部の活動は?」

真姫「……明日からって。……あまり活動的じゃなくなってきたし」

海未「……」

真姫「座ってもいい?」

ことり「どうぞ」

真姫「……ほのちゃん、いつもここから外を眺めているのね」

海未「……」

真姫「うーちゃん?」

海未「……?」

真姫「なんだか、雰囲気が……」

ことり「ちょっと、センチメンタルなの」

海未「否定はしませんが」

真姫「……」

234: 2014/04/07(月) 23:55:13.66 ID:wGPMItG2o

ことり「近いうちに、みんなで寄り道しない?」

海未「……そうですね。最近はそういう息抜きがなくなってきていましたから」

真姫「……」

ことり「真姫ちゃんはどう?」

真姫「……え?」

海未「話を聞いていませんでしたね。……考え事ですか?」

真姫「うん……。ほのちゃんには悪いんだけど……私は、人が少なくなって気が楽だと思ってたの」

ことり「……」

真姫「……だけど、……ね」

海未「……だけど?」

真姫「去年は、……廊下を歩いているだけで人の話し声が聞こえた」

ことり「……」

真姫「……だけど、……最近は……その声が聞こえなくなってる」

海未「……」

真姫「賑やかなのって……苦手だけど、嫌いじゃないから」

ことり「……うん」

海未「…………」


真姫「はぁ……どうして、私まで感傷的になってるのよ


海未「……こういう時は、穂乃果の元気を分けてもらいましょう」

ことり「うん、そうだね……そうしよう!」

真姫「……」コクリ


……




235: 2014/04/07(月) 23:56:21.28 ID:wGPMItG2o

―― 2日後:2年生教室


「星空さ~ん」


凛「?」


「お客さ~ん」


凛「はーい」


テッテッテ


花陽「?」


真姫「……あ」


ことり「ごめんね、突然」

凛「いいですよ~。どうしたんですか?」

ことり「明日か明後日、みんなで遊びに行こうと思うんだけど、一緒にどうかな?」

凛「凛もですか?」

ことり「もちろん、花陽ちゃんも一緒に」

凛「……」

ことり「急でごめんね、穂乃果ちゃんの提案だからいつも……」

凛「それはいいんですけど……」

ことり「部活で忙しいかな?」

凛「そうでもないんですけど……。……えっと」

ことり「真姫ちゃんと花陽ちゃんを仲直りさせようって計画だから」

凛「そうですよね……」

ことり「どうかな?」

凛「分かりました! かよちんの方は凛がなんとかします!」

ことり「うん、ありがとう~」

凛「お礼を言うのはこっちですよ~。それじゃあ、日にちが決まったらまた教えてください」

ことり「うん……、それじゃ……真姫ちゃんをお願い」

凛「は~い。……西木野さ~ん!」


真姫「次は私……?」


ことり「あのね――」


236: 2014/04/07(月) 23:57:16.90 ID:wGPMItG2o

花陽「……」

凛「かーよちん! 明日か明後日のお休み、予定空けておいてね」

花陽「うん……?」

凛「みんなで遊びに行こうって」

花陽「……西木野さんも……だよね」

凛「そろそろ仲直りした方がいいよ?」

花陽「……け、ケンカしてるわけじゃないんだけど……」

凛「でも、苦手意識持っちゃってるよね」

花陽「…………」

凛「何があったか、今まで聞かなかったけど……高校生活、あと2年しかないんだよ?」

花陽「……うん」

凛「ことり先輩たちが卒業しちゃったら……もっと――」

花陽「……」

凛「……」

花陽「……ごめんね」

凛「どうして謝るの?」

花陽「……」


……




237: 2014/04/07(月) 23:58:05.62 ID:wGPMItG2o

―― 2日後:駅前


ことり「どこ行っちゃったんだろ、穂乃果ちゃん……」

海未「まさか、私たちを置いて先に行ったのでは……!」

真姫「電話してみる……」

ピッピッピ


ことり「あ、凛ちゃん花陽ちゃん! こっちだよ~!」

凛「おはようございま~す」

花陽「お、おはようございます」

海未「はい、おはようございます」


真姫「……」


真姫「……あ、もしもし……いまどこ――え?」

海未「どこに居るのですか?」

真姫「どうして……うん……あ、そうなの……」

ことり「?」

凛「初めてだね、こうやって遊ぶの~」

花陽「うん……」


真姫「わかった。……今から行くね」

ピッ

海未「何かあったのですか?」

真姫「なんか、……変な人に絡まれてるみたい」


海未ことり「「 え!? 」」

凛「にゃ?」

花陽「変な人……?」


238: 2014/04/07(月) 23:59:54.89 ID:wGPMItG2o

―― ファーストフード店


真姫「うーちゃん、これを使って」

海未「傘ですか……、そうですね、備えておいた方がよさそうです」

ことり「あぶないよっ」

花陽「あ、いた……」

海未「どこの誰ですか、穂乃果に絡んでいる人はっ」


「いいわね、学生はお気楽で」

「そっちだって、去年まで学生だっんでしょ?」


凛「……女性だね」

海未「……」

真姫「誰なの……?」

ことり「さ、さぁ……?」

花陽「……?」


「私は立派な社会人よ」フフン

「さっき、フリーターって言ってなかった?」

「うぐ……」


海未「穂乃果……?」

穂乃果「あ、うみちゃん……みんな来たんだ?」

真姫「あんな事言われたらみんな気になるから……」

穂乃果「あんなって?」

「あんた、私の事を変な人、って言ったでしょ」

穂乃果「だって、本当に変な人だと思ったんだもん」

「失礼ね!」

ことり「そちらの方は……?」

穂乃果「あ、えっと……お名前は?」

「私の名前は、やざ――」

真姫「早く行きましょ」

凛「楽しみが待ってるにゃ」

「人が自己紹介してるのに、あんたたち本ッ当に失礼ね!」

穂乃果「まぁまぁ」

「類は友を呼ぶのよ、ふんっ」ガタッ

穂乃果「あ、帰るの?」

「これから面接よ。……それじゃ、ちゃんと返すから」

穂乃果「気にしなくていいのに。……えっと、携帯電話の番号、交換しとこうか」

「信用しなさいって。一週間後に、ここでね」

スタスタスタ

穂乃果「ばいばーい」

239: 2014/04/08(火) 00:02:37.46 ID:Nan7pUO8o

海未「デジャヴでしょうか、どこかで会ったような……?」

ことり「……うん」

真姫「どうしてこんな店に入ったの?」

穂乃果「待ち合わせより早く来ちゃって……のんびり待っていようと」

真姫「……あの人は?」

穂乃果「お会計の時に、隣で困ってたから。財布を忘れてきちゃったんだって」

海未「妙な縁ですね……」

花陽「……」

ことり「来週に返すって……」

穂乃果「ジュース代だけだから、払ってもいいかなって」

凛「お人好しすぎるにゃ」

穂乃果「悪い人には見えないから。……じゃあ、行こうっか!」

真姫「行くって、どこに行くの?」

凛「あれ、決めてないの?」

真姫「ほのちゃんに任せてあるから」


穂乃果「……」


ことり「忘れてた、って顔をしてるね……」

花陽「あはは……」

穂乃果「だって、部活で忙しかったんだもんっ」

海未「仕方がないですね。……飲み物買ってきますから、ここで決めましょう」

凛「あ、凛が行きま~す」

花陽「そ、それじゃわたしも……」

ことり「お願いね~」

真姫「……」

穂乃果「カラオケとかいいよね~……ごくごく」

海未「ほのか……右手に痛みは……」

穂乃果「もぅ……半年以上も前の話だよ、完治してるよ!」

海未「お、大きな声で言わなくても……」

穂乃果「毎日毎日毎日毎日言わなくてもいいでしょ……!?」

ことり「す、ストレスになってるみたいだよ」

海未「しかし……」

穂乃果「しかしじゃないよ……文字も書けるし、稽古にだって全然問題無いんだから」

海未「やはり……」

穂乃果「やはりじゃないよ! うみちゃん、次言ったら本当に怒るよ?」

海未「……」

240: 2014/04/08(火) 00:03:52.22 ID:Nan7pUO8o

真姫「うーちゃん」

海未「……?」

真姫「本当に、ほのちゃんの右手に痛みが出てきたら、言えなくなると思う」

ことり「うん、海未ちゃんに心配させないようにって、痛みを我慢して言わなくなるよ」

穂乃果「……」

海未「……」

穂乃果「あの後、うみちゃんが手当してくれて、色々とフォローしてくれたでしょ」

海未「…………」

穂乃果「『あの時』を思い出すと、右手首が痛くなる気がするけど……」


穂乃果「うみちゃんが言ってくれたこと、してくれたことを思い出せるから」


穂乃果「もう、大丈夫だから」

海未「……」

穂乃果「心配なんてしなくていいんだよ?」

海未「……はい、分かりました」

穂乃果「うん」

海未「……」

穂乃果「それより、あの勝負って、どっちが勝ったの?」

海未「わからないのですか?」

穂乃果「主将が卒業式に教えてやる、って言ってたけど、言わずに卒業しちゃったし」

海未「……そうですか」

ことり「ポテトも買ってくるね。真姫ちゃんも行こう?」

スタスタ

真姫「う、うん……?」


ことり「~♪」

真姫「ことちゃんは、知ってるみたいだけど……?」

ことり「勝負の結果?」

真姫「……うん」

ことり「海未ちゃんを見ていたら分かるよ~」

真姫「……」


241: 2014/04/08(火) 00:05:53.56 ID:Nan7pUO8o

穂乃果「ねぇ、うみちゃん」

海未「……?」

穂乃果「もし、あの決勝戦で私が勝っていたら……変わっていたのかな?」

海未「『あの時』にも言いましたが、あの試合は持てる力の全てを出した結果だと思いますよ」

穂乃果「そうじゃなくて。……えっと」

海未「穂乃果が……いえ、私たち5人が圧倒的な差で勝つことができれば、
    注目度が上がるのではないかと、言うことですか?」

穂乃果「う、うん……」

海未「私たち、音ノ木坂学院の剣道部はどの学校もノーマークでした。
    そんな5人が最強と云われる相手校を下したのです。注目を集めるには十分ですよ」

穂乃果「……」

海未「例え、穂乃果の言う勝利を掴んだとしても、
    廃校を阻止することはできなかったのではないかと」

穂乃果「……そっか」

海未「……」

穂乃果「そうだね、うん」

海未「どうして、そこまで拘るのですか?」

穂乃果「どうしてだろうね。……『分岐点』のような気がして」

海未「……」

穂乃果「気にせずにはいられないんだよねぇ……」

海未「いま気にするのは、そのことより……中間試験のことだと思いますが?」

穂乃果「……また、授業のノートを写してくれると嬉しいな~♪」

海未「甘えないでください。もう右手は治ったと聞いたばかりですよ」

穂乃果「あはは、そうだよねぇ……」

海未「今回だけですよ」

穂乃果「あまっ、甘すぎるようみちゃん!?」


242: 2014/04/08(火) 00:08:01.15 ID:Nan7pUO8o

凛「何を盛り上がっているのにゃ?」

花陽「……?」

穂乃果「なんでもない、どこ行くか考えた?」

凛「凛は、ボウリング!」

花陽「わ、わたしは……温泉とか」

穂乃果「高校生が休日に行くところじゃない気がするけど……」

ことり「私は浅草の遊園地~♪」

真姫「……」

海未「顔に何かついてますか……?」

真姫「あ、ううん、なんでもない」

海未「……?」

穂乃果「それでそれで、どっちが勝ったの?」

海未「あの時の感覚を思い出してください。そうしない限り教えません」

穂乃果「もう忘れちゃったよぉ……!」

真姫「ほのちゃん」

穂乃果「ま、いいや。早く決めちゃおう」

真姫「……うん」

穂乃果「よぉーし! 今日はたくさん遊ぼう~!」



海未「そうでなくては……悔しいじゃないですか」



……



243: 2014/04/08(火) 00:09:14.40 ID:Nan7pUO8o

―― 1週間後:道場


海未「……あれ?」


穂乃果「よぉーっし、次ー!」

後輩「お願いします!」


海未「ほ、穂乃果……? どうしてここにいるのですか」

穂乃果「え?」

海未「先週、約束をしましたよね」


穂乃果「……――あ」


海未「忘れていたのですか……」

穂乃果「ど、どうしよう」

後輩「主将?」

穂乃果「ご、ごめん、ちょっと待ってて!」

タッタッタ


海未「仕方がありません。代わりに私が引き受けます」

後輩「よ、よろしくお願いします!」

海未「……?」

後輩「……」ゴクリ

海未「どうしてそんなに緊張するのですか?」


同学年「園田さん、普段は落ち着いてるけど、竹刀を持たせたら……ねぇ?」

同学年「ねぇ?」


後輩「……っ」ビクビク

海未「え、……怯えている!?」ガーン



―― 更衣室


穂乃果「お願い真姫ちゃん!」


『放っておいていいんじゃないの?』


穂乃果「一応、約束だから……待たせるのも悪いよ」


『ほのちゃんの頼みだから、一応行ってみるけど……』

穂乃果「ありがと~! 今度埋め合わせするからね、お願いね!」

『……うん』


プツッ


穂乃果「はぁー、よかった」


244: 2014/04/08(火) 00:10:05.12 ID:Nan7pUO8o


―― ファーストフード店


真姫「……そういえば、相手の顔……覚えてない」


―― 店内


「そろそろ来ると思うんだけど……」


―― 外


真姫「まぁ、あの髪型を見ればすぐ分かるわね」


―― 店内


「雑誌持ってきたっけ……?」ガサゴソ


―― 外


真姫「……店内にも居ないし」


―― 店内


「ふむふむ」


―― 外


真姫「ふぅ……」



―― 店内


「なるほど、私に足りないのは話題なのね」



―― 外


真姫「ほのちゃん……、気にしなくてもいいのに……」


―― 店内


「ふむふむ」



……




245: 2014/04/08(火) 00:11:16.87 ID:Nan7pUO8o

―― 30分後:ファーストフード店・外


真姫「遅すぎ……」



―― 店内


「遅いわね……。名前は確か……ホノ……ホノ……ホノルル」


―― 外


真姫「……」


―― 店内


「暇すぎてバカなこと言ってしまったわ……」


―― 外


真姫「帰ってもいいわよね……」


―― 店内


「あの子、ずっと誰かを待ってるみたいだけど……」



―― 外


真姫「でも……ほのちゃんの頼みだし……」



―― 店内


「カレシでも待ってるのね……、きっと」



―― 外


真姫「はぁ……」



―― 店内


「ため息吐いてる……?」


246: 2014/04/08(火) 00:12:56.33 ID:Nan7pUO8o

―― 外


猫「にゃ」

真姫「?」

猫「にゃー」

真姫「餌なんてないわよ?」

猫「にゃーにゃ」フルフル

真姫「そうじゃないって?」

猫「にゃー」

真姫「言葉がわかるみたいね。って、そんな訳ない……なにしてんのよ、私は」


―― 店内


「急にしゃがみこんで……――体調を悪くしたの!?」ガタッ


―― 外


真姫「撫でてほしいのね」

猫「にゃーにゃ」フルフル

真姫「違うの?」

猫「にゃー」コクリ

真姫「え……もしかして、本当に言葉がわかるの?」

猫「……」

真姫「……?」


「ちょっと! 大丈夫!? って、猫と話してたんかーい!」


真姫「な、何この人……」


「ぐっ……つい、ツッコミを……」


猫「にゃー」ペシペシ

「ちょっと、なにすんのよ……?」

真姫「飼い主を迎えに来たのね」

「私のネコじゃないわよ」

真姫「?」

猫「……」

テッテッテ


真姫「……なんなの、あのネコ?」

「あんた、待ち合わせしてたんでしょ?」

真姫「……」

「お互い振られた者同士、ちょうどいいわ。奢るから中に入りましょ」

真姫「…………」


247: 2014/04/08(火) 00:15:26.57 ID:Nan7pUO8o

―― 店内


「振り回されて、あんたも大変ね」

真姫「べつに……」

「待っている人はどういう人なの?」

真姫「……ツインテールよ」

「え……そういう趣味があるの!?」

真姫「……人の髪型にどうこう言うのおかしいんじゃない?」

「そ、そうね……。意外と寛大なのね、あんた」

真姫「?」

「今日は髪を下ろしてきて正解だったわ……」

真姫「これだけ待っても来ないってことは、すっぽかされたみたいね……」

「高校生よね、何年生?」

真姫「2年」

「青春真っ盛りじゃないの」

真姫「……」

「……学校楽しい?」

真姫「はぁ……?」

「変なこと聞いたわ……」

真姫「いくつ?」

「今年高校を卒業したばかりよ」

真姫「ふぅん……」

「駅を幾つか渡ると、有名な進学校があるでしょ?」

真姫「見かけによらず頭いいのね」

「その隣の……高校なんだけど」

真姫「あ、そう……」

「あんた一言余計よ。無駄に傷ついたじゃないの」

真姫「このジュースおいしい」

「誤魔化し方も一流ね」

真姫「ほのちゃんの真似……。高校生活、楽しくなかったの?」

「あんた、いちいち傷を抉ってくるわね……!」

真姫「話題を振ったのはそっちでしょ……!」

「まぁいいわ。……バイトばっかりだったから、高校生活なんてあってないようなもんだったわ」

真姫「……」

「これから先、『あの時間』を思い出そうとしても……思い出せない。それほど希薄な高校生活よ」

真姫「…………」

248: 2014/04/08(火) 00:17:35.96 ID:Nan7pUO8o

「……悪かったわね、変に愚痴っちゃって」

真姫「べつに……いいけど」

「見かけによらず、いい子ね、あんた」

真姫「話を聞いただけでしょ」

「見ず知らずの人の話なんて聞かないでしょ、普通」

真姫「……そっちだって、見ず知らずの人に奢ったりなんかしないでしょ、普通」

「じゃあ、普通じゃないのよ。先週、同じように普通じゃない人に出会ったけど」

真姫「…………」

「そろそろ帰るわ」ガタ

真姫「待ち合わせはいいの?」

「時間の指定してなかったから、もう帰ったのかも。
 またどこかで逢えるでしょ。……それじゃ」

真姫「……さっきの」

「……?」

真姫「さっきの質問だけど……」

「……」

真姫「楽しいわよ」

「そう、よかったじゃない」

真姫「……」

「じゃあね」

スタスタスタ


真姫「……」


……




―― 翌日:2年生の教室


真姫「来なかった」

穂乃果「あ、そうなんだ……ありがとね」

真姫「ううん、それくらい……」

穂乃果「……」

真姫「どうしたの?」

穂乃果「ううん、なんでもない。しょうがないよね」



……



249: 2014/04/08(火) 00:19:45.64 ID:Nan7pUO8o

―― 夏休み初日:駅前


穂乃果「集合~!」


海未「……」

穂乃果「えっと……今日から強化合宿が始まります! 気合入れて頑張りましょう!」


部員「「 はい! 」」


穂乃果「よし、それじゃあ出発ー!」


後輩「今年もありがとうございます、南先輩っ!」

ことり「部外者の人が付いて行って邪魔じゃないかな……って……」

後輩「いえいえ、とんでもないです! 新入部員もいなくて人が少ないから助かるくらいですよ!」

ことり「そう言ってくれると嬉しい」

真姫「……私はなにもできないけど」

穂乃果「ことりちゃんと一緒に居てくれるだけでいいよ~」

真姫「……邪魔じゃない?」

穂乃果「ううん、人の多い方がいいから」

真姫「……うん。よかった」

穂乃果「まさか2年連続で全国へ行けるなんてね!」

海未「そうですね、日々の鍛錬の賜物でしょうか」

穂乃果「ついでに2連覇なんかしちゃったり~」

海未「調子に乗りすぎです」

穂乃果「あはは、だよねぇ」


「……――あ、ちょっと」


穂乃果「?」


「私よ私!」


穂乃果「……?」

海未「誰です?」

ことり「誰?」


「あ、あんた……『あの時』の……!」


真姫「私……? あなたは誰?」


「少し話ししたでしょ?」


真姫「?」

250: 2014/04/08(火) 00:21:40.41 ID:Nan7pUO8o

穂乃果「なんだ、真姫ちゃんの知り合いなんだね」

海未「穂乃果に話しかけたような気がしますが……」

ことり「邪魔しちゃ悪いから、先に行ってるね」

穂乃果「乗り遅れないでね~」

海未「真姫に限ってそれはありませんよ」

スタスタ


真姫「お、置いていかないでっ」

タッタッタ


「こらー! 名前知らないけど、あんたよあんた!」


穂乃果「夜は肝試しもしようね」

ことり「去年は怖かった~」

後輩「主将が本気出して怖がらせにきましたからね」

海未「言っておきますが、遊びに行くわけではありませんよ」

穂乃果「その台詞、去年も聞いた」


「お願い! 無視しないでっ!」


穂乃果「……え? 私?」

「そうよ、私のこと忘れたの?」

穂乃果「……あぁ!」

「やっと思い出した?」

穂乃果「去年の大会で私と試合をした――」

「違うわよ! 誰と勘違いしてるのよ!」

真姫「なんなのこの人……変な人」

穂乃果「変な人? ……あ、あぁ、財布を忘れた人」

海未「あぁ……」

ことり「思い出した」

「ちょっと待って、変な人ってキーワードで思い出してない?」


後輩「あの、主将?」

穂乃果「あ、ごめんね。先にホームへ行っててくれるかな」

後輩「わ、分かりましたぁ」


「あんたが主将? 人は見かけによらないわね」

穂乃果「フフン。ちなみに音ノ木坂学院の剣道部です」フフン

「ふぅん……」

穂乃果「あ、あれ……、あまり知られてない?」

海未「こういうものだと思いますよ」

251: 2014/04/08(火) 00:22:38.81 ID:Nan7pUO8o

穂乃果「あんまり注目されないんだね……」

「……?」

ことり「去年、全国優勝したんだけど……」

「へぇ、凄いじゃない」

真姫「バイトで忙しかったから……だから知らないのよきっと」

穂乃果「フォローありがと、真姫ちゃんっ」

真姫「べ、べつにフォローじゃなくて……」

「……あんたたちって、仲いいのね」

穂乃果「幼馴染だからね」

「……」

穂乃果「……?」

「待たせてるでしょ、早く行かなくてもいいの?」

穂乃果「おっと、そうだった」

「今度逢った時は、私が奢るから予定空けておきなさいよ」

穂乃果「そんなの気にしなくてもいいのに。それじゃあね~」

海未「それでは」

ことり「それでは~」

真姫「……それじゃ」

「あ、ちょっと待って、つり目のあんた」

真姫「……なによ」

「ネコ見なかった?」

真姫「……ネコ?」

「『あの時』のネコよ。……私の目の前に現れて、追いかけてきたらあんたたちが居たのよ」

真姫「……見てないけど」

「偶然にしちゃ出来すぎだと思って。……それだけだから気にしなくていいわ」

真姫「……」

「じゃあね」

スタスタスタ


真姫「ネコ……ね」



……




254: 2014/04/08(火) 22:25:44.55 ID:Nan7pUO8o

―― 秋:剣道部道場


後輩「高坂先輩ぃぃ~!」

穂乃果「引退といっても去年の主将みたいに、たまに顔を出すから」

後輩「お願いします! たまにじゃなくて毎日でもいいですから!」

穂乃果「それじゃ、引退にならないよ」

後輩「引退しないでくださいっ!」

穂乃果「……」

後輩「本音を言うと、寂しいです。3年生が引退しちゃったら、部員は3人だけ……」

穂乃果「……うん」

後輩「あ……ごめんなさい、勝手なこと言って。……たまにでいいので、必ず顔を出してくださいね」

穂乃果「……うん!」


海未「……」


……



255: 2014/04/08(火) 22:27:18.48 ID:Nan7pUO8o

―― クリスマス:穂乃果の部屋


穂乃果「雪振らないかなぁ」

ことり「夜更け過ぎに降るかもしれないよ」

穂乃果「ホント?」

ことり「あ、でも……期待しない方がいいかも。降水量低かったし」

穂乃果「なぁんだ……」

ことり「2年前……私たちが1年生の頃、大雪降ったよね」

穂乃果「うん、降った降った」

ことり「その時も……、私たち一緒だった」

穂乃果「うん、一緒だった」

ことり「今年は……二人だけだね」

穂乃果「うん……、海未ちゃんと真姫ちゃんがいないね」

ことり「……」

穂乃果「……」

ことり「出かけようか?」

穂乃果「そうしよっか!」


コンコン

「おねーちゃん~?」


穂乃果「雪穂も連れて行こう」

ことり「そうしよう~♪」


「あ、居るんだ」


ピンポーン



「今日はお客さん多いな~。中へどうぞ」

タッタッタ


穂乃果「誰か居るの?」


コンコン

「……お邪魔するね」


ことり「この声……」

穂乃果「真姫ちゃん?」

256: 2014/04/08(火) 22:28:41.42 ID:Nan7pUO8o

スーッ


真姫「……」

ことり「外せない用があるって……」

真姫「こっちのほうがいい」

穂乃果「お家のパーティ、抜け出してきたんだ?」

真姫「……うん。だって、つまらないから」


穂乃果「そっかそっか~」

ことり「えへへ~」


真姫「……な、なに?」


穂乃果ことり「「 なんでもない~♪ 」」


真姫「二人より、三人がいいでしょ?」

穂乃果「うん!」

ことり「あ――……」


海未「三人より、四人はどうですか?」


穂乃果「うみちゃんまで!」

ことり「道場は?」

海未「父が、手は足りてるというので」


穂乃果「来たばっかりで悪いけど、出かけるよ!」

真姫「どこへ?」

ことり「イルミネーションが綺麗なところがあるから、そこに行こう~!」

海未「それはいいですね」


穂乃果「雪穂ー! 出かける準備してー!」


「わかったー」


……



257: 2014/04/08(火) 22:30:09.00 ID:Nan7pUO8o

―― 正月:神社


穂乃果「どうか、どうか今年こそは――……」ブツブツ

海未「みんなが平穏無事に過ごせますように」

ことり「いつまでも一緒に居られますように」

真姫「……――。」



「変やなぁ、どこ行ったんやろ、あのネコ……」

スタスタスタ


ことり「……あれ?」

海未「どうかしたのですか?」

ことり「いま、副会長さんの声が聞こえたような……」

真姫「参拝が終わったなら移動しましょ」

穂乃果「よぉっし! お願いします神様!」パンパン


ことり「やっぱり居ないよね……、久しぶりに逢えると思ったんだけど」

海未「確か、神社のような場所は相性が悪いと言っていたので、勘違いだと思いますよ」

ことり「……うん、そうだよね」


穂乃果「次はおみくじだっ!」

タッタッタ

真姫「ほのちゃんっ、ちょっと待って!」


……



258: 2014/04/08(火) 22:31:04.15 ID:Nan7pUO8o

―― 2月21日:2年生の教室


凛「卒業式までもう少しだね……」

花陽「……うん」

凛「……」

花陽「『時間』はたくさんあったはずなのに……」

凛「かよちん……」

花陽「色んな選択を間違えちゃった気がする……」

凛「そんなことないよ」

花陽「…………」

凛「かよちん、マネージャーとして頑張ってたの、凛知ってるよ?」

花陽「……」

凛「勉強も、うさぎの世話も……とっても頑張ってたよ」

花陽「……」

凛「間違えてないよ、ぜったい」

花陽「でも……」

凛「でも?」

花陽「……ううん、なんでもない」

凛「もぅ! かよち――」


猫「にゃ」


凛「え?」

花陽「ど、どうして学校にネコが……?」


猫「……」


凛「……?」

花陽「……?」

猫「……」チョンチョン

凛「どうして凛の足を……?」

花陽「遊んで欲しいのかな……?」

猫「……」

テクテク

凛「ん~?」

花陽「……」


猫「にゃ」

テッテッテ


凛「付いて来いって言ってるにゃ!」

タッタッタ

花陽「り、凛ちゃん!」

259: 2014/04/08(火) 22:32:29.48 ID:Nan7pUO8o

―― 音楽室


~♪


凛「あれ……この曲……」

花陽「はぁっ……はぁ……こ、これは――」


花陽「――西木野さんのピアノ」



~♪


凛「中学の卒業式で流れた曲だよね」

花陽「うん……、主よ人の望みの喜びよ……という曲」

凛「……かよちん」

花陽「……」


凛「合唱部で歌いたかったでしょ?」

花陽「……っ」


凛「音楽、今でも好きだよね」

花陽「好き……だけど――」


……~♪


凛「曲が変わった……」

花陽「カノン……」


凛「かよちん、穂乃果先輩たちが卒業するまであと1周間しかないよ」

花陽「……」

凛「言い方を変えたら……1周間もある」

花陽「……うん」


凛「……」

花陽「……」


凛「一人で扉を開けないなら、凛と一緒に開こう?」

花陽「……うんっ」


凛「じゃあ、開けるよ」

花陽「……」


ガラガラ

260: 2014/04/08(火) 22:33:52.11 ID:Nan7pUO8o

真姫「…………」

~♪


ことり「……?」

海未「……」

穂乃果「……あ」


凛「……」

花陽「……」


真姫「……?」


穂乃果「続けて、真姫ちゃん」

真姫「う、うん……」


~♪


ことり「こっちに座って、二人とも」

凛「はぁい」

花陽「……」


……




真姫「……ふぅ」

穂乃果「おぉ、いつ聞いても真姫ちゃんの演奏はいいよぉー」パチパチパチ

海未「よかったですよ」パチパチ

ことり「素敵♪」パチパチ

真姫「あ、ありがと」

凛「いい音色だったにゃ~」パチパチ

花陽「……」パチパチ

真姫「……」


穂乃果「じゃあ、次は~」

海未「ショパンのノクターンをお願いします」

穂乃果「あぁっ、待ってよ、ドビュッシーの月の光だよ!」

海未「ほのか……あなた、その曲を真姫の演奏以外で聞いたことないですよね」

穂乃果「そ、そうだけど?」

海未「曲に対しての思い入れが浅いのです」

穂乃果「そんなことないよ!?」

ことり「トロイメライをお願い♪」

真姫「……うん」

穂乃果海未「「 ……え 」」

261: 2014/04/08(火) 22:35:37.59 ID:Nan7pUO8o

凛「卒業式のピアノの練習ですか?」

ことり「そうだよ。卒業証書授与式で真姫ちゃんが生演奏を弾くことになってるの」

花陽「……すごい」


真姫「……」


穂乃果「その次は、ちゃっちゃっちゃちゃらら~って曲ね!」

海未「それは卒業式に向いていません」


真姫「……」


ことり「真姫ちゃん?」

凛「?」


真姫「どうして、合唱部を辞めたの?」

花陽「……!」


穂乃果「……?」


真姫「……」

花陽「ひ、人前で……歌うの……怖くて……っ」

真姫「……そう」

花陽「……ご、ごめんなさい」

真姫「べつに……」

花陽「……」


凛「……」


真姫「……」


穂乃果「……」

海未「?」

ことり「……」


真姫「去年の……夏前」

花陽「……?」


真姫「ある人に言われたの。学校は楽しいか、って」


真姫「その時は楽しい、って答えたけど……」

穂乃果「けど?」

真姫「合唱部と吹奏楽部の練習に参加してたけど……物足りなかった」

穂乃果「……」

花陽「……」

真姫「部の人達はみんな、練習熱心だったけど、私は客人扱いだったから、
    一緒に頑張ってるって気がしなくて」


262: 2014/04/08(火) 22:37:11.16 ID:Nan7pUO8o

真姫「苦手なものがあるのなら――」

花陽「……っ」ビクッ

真姫「一緒に克服できたらよかったのに……ね」

花陽「――!」


真姫「……ほのちゃんとうーちゃん、ことちゃんたちのように――」


真姫「かけがえのない、何かが手に入ったのかも」スッ

~♪


凛「……」

花陽「西木野さん……」


海未「……」

ことり「……」

穂乃果「……」


~♪


猫「……」


穂乃果「……ん?」


猫「……」ピョン


穂乃果「ね、ネコ!?」


猫「……」スリスリ

穂乃果「ちょ、ちょっとくすぐった――」


猫「高坂穂乃果、貴女には『分岐点』が見つかったはずです」

穂乃果「わっ!?」


海未「穂乃果……真姫の演奏中にネコと遊んで……――ネコ?」

ことり「あれ……どうしてネコちゃんが?」

猫「……」

穂乃果「あれ、今喋らなかった?」

猫「はい」

穂乃果「喋った!?」

263: 2014/04/08(火) 22:38:35.54 ID:Nan7pUO8o

海未「穂乃果……」

ことり「穂乃果ちゃん……」

凛「穂乃果先輩……」

花陽「……っ」

真姫「ほのちゃん……」


穂乃果「寂しい目で見られてる!?」

猫「この場にいる全員に意思の疎通を図ります。手を貸していただけますか、高坂穂乃果」

穂乃果「え、……うん」


……




真姫「ちょ、ちょっとやだっ」

穂乃果「うひひ、大丈夫だからぁ」

真姫「ほ、ほのちゃんやめてっ」

穂乃果「うっひひひひ」

猫「……」


海未「遊んでいないで、はやく額を合わせてください」


穂乃果「だって、怖がる姿が可愛いんだもん」

真姫「やぁぁっ」


凛「猫とお喋りできるなんて夢のようにゃ~」

花陽「ひょっとしたら……夢なのかも……」


穂乃果「ほら、動かないで」

猫「……」

真姫「ひっ」

穂乃果「ほらほら~」

猫「失礼します」


コツン

真姫「ち、近い……――くしゅっ」

猫「!」

穂乃果「どう?」

真姫「……聞こえないけど」

穂乃果「あれ?」

海未「個人差があるのでしょうか?」

猫「どうして貴女方は毎回くしゃみをするのでしょうか……」クシクシ


真姫「ぅぇぇぇっ!?」

264: 2014/04/08(火) 22:39:52.03 ID:Nan7pUO8o

穂乃果「あ、聞こえているみたい」

海未「それで、あなたは何者なのですか?」

猫「私の話は一先ず置いておきましょう。
   次は、7人目の居る場所へ移動します」

穂乃果「7人目?」

猫「話はその途中で」


……




―― 駅前


花陽「人が多いね……」

凛「この中から誰かを探すなんて無理にゃ~」

海未「……そうですね」

ことり「猫ちゃん、その人の特徴は?」

猫「最近、彼女は髪を切りましたから、特徴が無くなったので伝えられません」

ことり「その人の特徴って髪型だけなんだね」


真姫「ね、猫が……喋って…っ」

穂乃果「怖くないよ~?」

真姫「お、おかしいわよ、この現象っ」


凛「西木野さんが穂乃果先輩の後ろに隠れてる~」

花陽「……」

真姫「――!」ハッ


穂乃果「それで、その7人目さんから『もう一つの分岐点』を聞き出せばいいんだね?」

猫「そうです」

海未「『過去』を変えるなんて……」

ことり「うーん……」

凛「難しいことは分からないにゃ」

花陽「……」

凛「かよちんは、『過去』が変わればいいって思う?」

花陽「……わたしの世界が変わるなら――」



猫「斜め向かいにいる人物がそうです」

穂乃果「……?」


「……」


猫「高坂穂乃果、彼女を近くの公園へ連れてきてもらえますか」

穂乃果「わ、わかった!」

テッテッテ

265: 2014/04/08(火) 22:42:47.12 ID:Nan7pUO8o

穂乃果「えっと、すいません」

「……なに?」

穂乃果「えっとぉ……お話を聞いて欲しいんですけどぉ」

「絵なら買わないわよ?」

穂乃果「そうじゃなくって……」

「高校生じゃないの? ダメじゃないそんなバイト、今すぐ辞めなさい!」

穂乃果「説教されちゃった……」


猫「……」

海未「なんだか、話が面倒な方向へ流れているようですが……」

ことり「あの人……どこかで……」

真姫「……あ、変な人」

凛花陽「「 変な人? 」」



―― 公園


穂乃果「高坂穂乃果と言います」

「ふぅん……ホノカ……ほのか……どこかで聞いた名ね」

穂乃果「今年度の全国大会で3位を掴みました音ノ木坂学院の剣道部主将です!」

「あぁ……それそれ。……って、『あの時』の!」

穂乃果「『あの時』……って、どの時?」

「去年の夏に逢ったでしょ! あんたにすっぽかされたこともあるわよ!」

穂乃果「……?」

「なんでいつも忘れてるのよ……えっと……髪をこうして、ツインテールしてたのよ」

穂乃果「あぁ……変な人」

「……帰る」

穂乃果「あぁっ、ちょっと待って!」

「なんなのよ?」

穂乃果「えっと……どうするの?」

猫「先ほど話したと思いますが」

穂乃果「そうそう、私たちの学校――……音ノ木坂学院へ入学するにはどうすればいいか、だよね」

「……はぁ?」

海未「すいません、話が見えないと思いますが、とりあえず、自己紹介から」

ことり「南ことりです」

海未「園田海未といいます」

真姫「……西木野真姫」

凛「星空凛!」

花陽「こ、小泉花陽……です」

穂乃果「高坂穂乃果です!」

「なにコレ」

266: 2014/04/08(火) 22:44:29.16 ID:Nan7pUO8o


穂乃果「いきなり自己紹介されても困るよねぇ……、それで、あなたの名前は?」


「――矢澤にこ……」


穂乃果「にこさんですね」

にこ「……」

穂乃果「話を戻しますけど……、えっとぉ……にこさんが高校を選択した決めてってなんですか?」

にこ「なんのアンケート?」

穂乃果「にこさんに音ノ木坂学院へ入学して欲しくて」

にこ「ちょっと……なんなのこの子!?」

海未「いえ、穂乃果は至って正常です」

にこ「わ、悪いんだけど、用事があるからっ」

真姫「ま、待って、今帰られたらほのちゃんが変な人扱いされたままになるからっ」

にこ「十分変よ! あんたたち怖いわよー!」

タッタッタ

花陽「あ、逃げた……」

穂乃果「えぇー……」

ことり「……しょうがないよね」

猫「手強いですね。……星空凛、追いましょう」

凛「う、うん……どうして凛なのか分からないけど」

タッタッタ


にこ「あの人達……こわいっ……」


「待て~!」


にこ「ひっ!?」

タッタッタ


にこ「ぜぇ……っ……ぜぇっ」

凛「つ~かまえた!」ダキッ

にこ「体力……付けておけばよかった……」ゼェゼェ

穂乃果「逃げないでよ~、私たち怪しい者じゃないよ?」

にこ「わ、わかったから……離して」

凛「は~い」

にこ「……ふぅ……ふぅ~…………今だ」ダッ


タッタッタ


穂乃果「……」

267: 2014/04/08(火) 22:46:12.45 ID:Nan7pUO8o

にこ「ぜぇ……ぜぇ……っ」


穂乃果「もぅ……」

にこ「回りこまれた!?」

穂乃果「私だって、凛ちゃんほどじゃないけど、鍛えてるんだから」

にこ「ごめんなさい」ペコリ

穂乃果「なんで謝るの!?」


……




にこ「額を……?」

穂乃果「うん、そうすれば話が早く済むから」

にこ「……」

穂乃果「そんな顔しないでよ~、ほらほら」

猫「揺らさないでください」

穂乃果「あ、ごめんね」

にこ「そういえば、この猫……」

真姫「見たことあるでしょ?」

にこ「……」

穂乃果「えいっ」

猫「!」


ゴツン


にこ「いたっ……くないけど……」

ことり「穂乃果ちゃんっ、猫ちゃんの方が衝撃大きいよっ」

穂乃果「あ! ごめん猫ちゃん!」

猫「大丈夫です……」

にこ「……喋った!?」

猫「時間がないので手短に――」

にこ「いやぁー!」

タッタッタ

花陽「また逃げた……」

海未「……凛」

凛「はぁーい」

タッタッタ


……




にこ「……」

穂乃果「何度も聞くけど、にこちゃんが音ノ木坂学院に入学するにはどうすればいいの?」

268: 2014/04/08(火) 22:47:52.16 ID:Nan7pUO8o

にこ「……」

穂乃果「黙秘権?」

ことり「頭の中がぐるぐると回ってるんじゃないかな?」

花陽「……うん」

凛「猫が喋るなんて現実的じゃないからね~」

海未「困りましたね、話が進みません」

猫「……」

真姫「どうして、この人を音ノ木坂学院に入学させたいのよ?」

猫「高坂穂乃果の味方に相応しい人物だからです」

真姫「……そうは思えないけど」

猫「矢澤にこ――彼女には高坂穂乃果と幾つか接点がありましたから」

海未「接点……ですか」

ことり「えっと……みんなで遊びに行った日と、夏休み初日だよね」

猫「『それ以外の時間』にも、彼女とは僅かな繋がりが見えました」

花陽「……それじゃあ、わたしと凛ちゃんも……穂乃果先輩と繋がりが……?」

猫「そうです。ただの先輩後輩という関係に留まらない、深い繋がりがあります」

花陽「……」

猫「実感しないのは、『この時間』で未経験な為です」

花陽「よく……分からない……」

猫「それが当たり前なのです。気にしないでください」

花陽「……」

真姫「…………」


にこ「それで、私にどうさせたいのよ?」

穂乃果「なんか、態度が変わった……」

にこ「どうせ夢よ、こんなの」

穂乃果「じゃあ、教えて欲しいんだけど、高校を選ぶ決め手ってなんだったかな?」

にこ「そうねぇ。私が通った学校は距離と制服、あとバイト先が近いからよ」

猫「……」

穂乃果「ふむふむ。……その学校生活はどうだった?」

にこ「そこにいる、つり目の子にも話したけど」


真姫「……」


にこ「いい思い出も、悪い思い出もない。……ただ、『時間』が過ぎただけだったわ」

穂乃果「……そっか」

にこ「……」

穂乃果「……」

269: 2014/04/08(火) 22:49:36.32 ID:Nan7pUO8o

にこ「あなた達、6人ってなんの集まりなの?」

穂乃果「仲間だよ」

にこ「……仲間?」

穂乃果「そう、大切な友達」

にこ「…………」

穂乃果「ねぇ、にこちゃん」

にこ「……なによ」

穂乃果「私たちの学校ね、廃校になるんだ」

にこ「知ってる」

穂乃果「……私、来週にはもう、卒業しちゃうの」

にこ「……」

穂乃果「『時間』が足りなくて、やっておきたかったことが沢山ある」

にこ「そう……」

穂乃果「だけど、私一人じゃ、限界があるから……」


穂乃果「私だけじゃ無理だから……みんなに、仲間に助けてもらってるの」


にこ「……話が見えないんだけど」

穂乃果「うん……私も……何を言ってるのか……分からないや」

にこ「……」


猫「高坂穂乃果」

穂乃果「……?」


猫「音ノ木坂学院を卒業しますか?」

穂乃果「…………」


猫「皆さんに伝えておきます」


穂乃果「……」

ことり「……」

海未「……」

真姫「……」

凛「……」

花陽「……」

にこ「……」


猫「高校生活をもう一度やり直せます」

にこ「……どういうことよ」

猫「『今』を変えるため、『過去』を変えるのです」

にこ「……できるの、そんなこと」

猫「はい、可能です。しかし、その選択は彼女次第――」


穂乃果「……」

270: 2014/04/08(火) 22:51:24.31 ID:Nan7pUO8o

猫「選ぶのは、高坂穂乃果、貴女です」

穂乃果「……決められないよ」


猫「卒業式まで、まだ時間があります。それまでに決めておいてください」

穂乃果「……」


猫「『この時間』を進むのも貴女の意思です」

穂乃果「……」


猫「私はその日まで、貴女方との接触を避けますので」

テッテッテ


花陽「あ……」

凛「行っちゃった……」

真姫「……」


ことり「穂乃果ちゃん……」

穂乃果「ど、どうしたんだろうね、私……廃校を阻止できるチャンスなのに……」

海未「ひょっとして、諦めているのでは……?」

穂乃果「ううん……それは違うよ」

海未「……」

穂乃果「今だって、考えずにはいられないから。――音ノ木坂を守りたいって」

海未「それではどうしてすぐに返事をしなかったのですか?」

穂乃果「それは……」

ことり「……」


穂乃果「うみちゃんが私にしてくれた、たくさんのこと……無くしたくないよ……っ」


海未「――!」


穂乃果「私一人じゃ、絶対に手を伸ばせなかった……っ……だけど、一緒に居てくれたから……っ」


穂乃果「ことりちゃんに支えてもらって……真姫ちゃんに応援されて……だから頑張れたのにっ」


海未「穂乃果……」

ことり「穂乃果ちゃん、『今』私たちは7人居るよ?」


穂乃果「え……?」

ことり「もっと、もっと出来ることが増えると思う」

穂乃果「……!」

海未「私でよければ、これからも手伝います。――例え『時間』が異なったとしても」

穂乃果「ことりちゃん……っ……うみちゃんっ」

海未「穂乃果が居なければ、私たちは繋がっていられません」

ことり「そうだよ。……その意味が分かるよね?」

穂乃果「うん……! うん!」

271: 2014/04/08(火) 22:53:46.86 ID:Nan7pUO8o

にこ「……なんで私も入ってるのよ」

海未「これも何かの縁です」

にこ「……」


穂乃果「猫ちゃーん! 決めたよー!!」

海未「ちょ、ちょっと待って下さい穂乃果!」

穂乃果「え?」

ことり「にこさんを入学させるためにはどうすればいいのか、考えないと」

穂乃果「あ、うん……」

にこ「……」

穂乃果「どうすればいのかな」

にこ「しょうがないわね。まずは制服よ制服」

ことり「この制服?」

にこ「そうよ、地味すぎるでしょ」

穂乃果「え、そうかな……?」

凛「凛は気に入ってるんだけどな~」

ことり「……」

真姫「ことちゃんはそうでもないみたい」

穂乃果「そうなの!?」

ことり「あ、……えっとぉ……あはは」

にこ「デザインはまぁまぁだけど、色が薄いし、ネクタイってのもピンと来ないわ」

花陽「そ、そうかな……?」

にこ「可愛かったら、進路希望に書いてたかもね」

スタスタ

穂乃果「どこ行くの?」


「帰るのよ。バイトが入ってるから」


穂乃果「あ、うん……ばいばーい」

海未「この制服が変われば、あの人が入学してくるのでしょうか?」

ことり「そうみたいだけど……出来るのかな?」

穂乃果「出来そうだよ。……ことりちゃん、衣装書くの上手だよねぇ」

ことり「え?」

穂乃果「ことりちゃんに音ノ木坂学院の制服をデザインしてもらうよ!」


凛「この制服を変えちゃうのかな……?」

花陽「高校生活を……やり直せる……」

真姫「……」


……



272: 2014/04/08(火) 22:56:05.94 ID:Nan7pUO8o

―― 卒業式まであと、4日


ことり「どうかな?」

穂乃果「おぉー! 可愛いよぉー!」

海未「そうですね、胸元のリボンがいいと思います」

ことり「ありがとう~♪」

穂乃果「それじゃあ、にこちゃんに見てもらおう!」

海未「合否を決めてもらえば、成功しやすそうですからね」



―― 駅前


にこ「……」コソコソ

「そんなとこでなにしてますのん?」

にこ「ひっ!?」ビクッ

「ひっ、……って、ニコラウスは誰かに追われてるんだ? 楽しそうだから仲間に入~れて」

にこ「遊んでいるわけじゃないわよ……鈴音」

鈴音「いいじゃん、いいじゃん~! 放ったらかしにすると拗ねちゃうぞ~!」

にこ「うるさいわね……。あんた、今日の仕事はどうしたのよ」

鈴音「終わらせてきたっす。もう帰るだけっす、社長は取引先とまだ仕事中っす」

にこ「あのね……いい加減にキャラをブレさせるのやめなさいよ、長く持たないわよ?」

鈴音「それで、愛しの彼はどなたん?」

にこ「そういうのじゃないの。いいから、あんたは帰りなさい、面倒はもう増やさないで欲しいわ」

鈴音「帰れないって言ったのに……ニコラウスは冷たいよ」

にこ「そんな長ったらしいアダ名で呼んでるのあんただけよ。……やっぱり来たわね、穂乃果」コソコソ

鈴音「……?」


穂乃果「いるかなぁ?」

海未「どうでしょう、忙しいみたいですから」


にこ「どうしてそこまで私に……」

鈴音「あの子から逃げてるんだ……?」

273: 2014/04/08(火) 22:57:21.28 ID:Nan7pUO8o

にこ「……」

鈴音「フッ」

にこ「ひゃっ! って、なにしてんのよ!」

鈴音「耳に息を――」

にこ「いい加減にしなさいよ!」


穂乃果「あ、いた」


にこ「――!」ビクッ

穂乃果「一人で騒いでどうしたの?」

にこ「ひ、一人じゃないわよ――って、居ないわね……鈴音……!!」


……





―― 公園


にこ「ふぅん、いいんじゃない?」

穂乃果「ほんと!?」

にこ「胸元のリボンが可愛い」

ことり「ありがとう~♪」

にこ「というか、制服のデザインを変えるなんてことできるの?」

穂乃果「多分!」

にこ「……」


穂乃果「にこちゃんにも音ノ木坂学院へ入学してもらうから」


にこ「…………」


穂乃果「一度、学校へおいでよ」


にこ「……考えとく」


穂乃果「……うん」


……



274: 2014/04/08(火) 22:59:56.37 ID:Nan7pUO8o

―― 卒業式まで、あと2日


ことり「昨日は来なかったね……」

穂乃果「今日来るかもしれないよ」

海未「そうだといいのですが……」


……




―― 駅前


真姫「……」


にこ「今日はあんたなのね」


真姫「少し、話をしたくて」

にこ「……話?」



―― 公園


にこ「それで、歴史を変えるようなことはしたの?」

真姫「多分、まだしてない。……ほのちゃんはあなたが来ないと動かないと思うから」

にこ「どうしてよ、あんなに強引気味に言ってたのに」

真姫「強引だけど、ちゃんと相手の事を考えてるから……」

にこ「……あ、そう」

真姫「あなたが来なくても誰も文句は言わない。だけど、好奇心だけでは決めないで欲しい」

にこ「……それが言いたかったの?」

真姫「ううん、聞いて欲しかったのは……前に聞いたことの私の答え」

にこ「……」

真姫「前は、ほのちゃんに遠慮して……楽しかったって答えたけど」

にこ「楽しくなかった、と」

真姫「……楽しかったに決まってるでしょ」

にこ「はぁ?」

真姫「何年か経って、高校の『時間』を思い出した時、多分……元気になれる」

にこ「……!」

真姫「そんな『時間』があった、って……そのことを言いたかった……ただ、それだけ」

にこ「……」

真姫「じゃあね」

スタスタ


にこ「…………」


……



275: 2014/04/08(火) 23:02:00.83 ID:Nan7pUO8o

―― 卒業式、当日


真姫「はい、どうぞ」

穂乃果「ありがとう、真姫ちゃん」

真姫「……」

穂乃果「変かな……?」

真姫「ううん、似合ってる」

穂乃果「ふふん」


海未「何をしたり顔しているのですか」

花陽「で、出来ました」

海未「ありがとうございます」


ことり「コサージュを付けると……いよいよって気がしてくるね」

凛「そうですね~……っと、はい出来上がり~」

ことり「ありがと、凛ちゃん」


穂乃果「桜……もう少しで咲きそうなのにね」

ことり「来週から蕾は開くだろうって、ニュースで言ってたよ」

海未「咲いて欲しかったですね」


真姫「……」

凛「……」

花陽「……」


穂乃果「ことりちゃん、この3年間どうだった?」

ことり「とっても楽しかったよ。海未ちゃんはどう?」

海未「辛いこともありましたが、かけがえのない日々でした」

穂乃果「そうだね……うん、楽しかった!」


花陽「西木野さん……」

真姫「……なに?」

凛「?」

花陽「わたし……3年生になったら……合唱部に入ろうと思ってて……」

真姫「何言ってるのよ、もう廃部で……部員は一人もいないのよ?」

花陽「……うん」

真姫「……」

花陽「それでも……やってみたい……から」

凛「かよちん……っ」

真姫「……わかったわよ」

花陽「……?」

276: 2014/04/08(火) 23:05:54.78 ID:Nan7pUO8o

真姫「私も付き合ってあげる。……伴奏者がいないでどうやって歌うつもりよ」

花陽「……ありがとう」

真姫「……べつに」

凛「うぅ~!」

真姫「?」

凛「よかったね、かよちん!」ダキッ

花陽「り、凛ちゃんっ」


穂乃果「……まだ1年、あるもんね」

海未「そうです。時間は充分にあります」

ことり「……ねぇ、ここからの風景、覚えてる?」

穂乃果「私もそれを思い出してた。入学式の日に、3人でここから校舎を眺めたんだよね」

海未「ハッキリと覚えています。あの日の桜が綺麗でした」

ことり「まるで昨日のことみたい……」


穂乃果「……」


にこ「……」


穂乃果「式が終わったら、みんなでたくさん写真を撮ろうね!」

海未「それはいいですね」

ことり「そういえば、雪穂ちゃんの姿が見えなかったけど……?」

穂乃果「なんか頭が痛いって。……風邪みたいだから、家でゆっくり休んでるよ」

ことり「そうなんだ……必ず行くって言ってたのに、残念だね」

穂乃果「残念のような、……複雑な気分だよ」


にこ「…………」


海未「穂乃果の答辞、期待していますからね」

穂乃果「そうそう、答辞をしなくちゃいけないからねぇ」

凛「感動のハンカチを用意するにゃ!」

花陽「うぅ……っ」グスッ

真姫「なんでもう泣いてるのよ……っ」

凛「西木野さんもちょっと声が潤んで――」

真姫「うるさい」

穂乃果「でも、どうして私なんだろうね?」

ことり「お母さんが――」


にこ「ちょっと、あんたたち……いい加減に気づきなさいよ……」


穂乃果「……?」

ことり「……あれ?」

海未「なぜあなたがここに?」


277: 2014/04/08(火) 23:08:14.13 ID:Nan7pUO8o

にこ「来いって言ったのはあんたたちでしょ」

穂乃果「……学校を案内したかったけど」

海未「時間がありませんね。式が始まってしまいます」

にこ「タイムマシンとか、あるの?」

凛「無いよ」

にこ「それじゃ、どうやって『過去』に?」

花陽「この前聞いた話では、穂乃果先輩だけ……」

にこ「なによそれ……?」

海未「それにしても、あの猫は姿を現しませんね」

穂乃果「どこかで、観察してるのかな?」

ことり「うーん……?」キョロキョロ

にこ「あんたたち、騙されてるんじゃないの?」

凛「どうして騙すの?」

にこ「魂の契約とかさせられようとしてるのよ」

真姫「何の話よ」

花陽「うぅ……そう考えると怖いっ」

穂乃果「そんな訳ないでしょ~?」

海未「……穂乃果、そろそろ整列しないと」

穂乃果「……あ……うん」

ことり「…………」


凛「それじゃ、凛たちは体育館に入ってま~す」

花陽「……」

真姫「……行ってるね」


穂乃果「うん、あとでね」

海未「……」

ことり「……」

にこ「式が終わるのを待っていればいいの?」

穂乃果「た、多分……」


「穂乃果~! そろそろ時間だよー!」


穂乃果「あ、分かったー!」

にこ「じゃあ、近くの公園で待ってる……」

穂乃果「あ、待って」

にこ「?」

穂乃果「これ、私の携帯電話。番号を教えてる暇もないから……持ってて」

にこ「……わかった」

海未「式が終わったらかけますので、もう一度ここへ来てください」

にこ「……?」

278: 2014/04/08(火) 23:29:16.06 ID:Nan7pUO8o

ことり「みんなで写真を撮ろうって話をしてて……、よければ、にこさんも一緒に」

にこ「……うん……わかった」

穂乃果「あとでね」

にこ「うん……あとでね」

スタスタ


穂乃果「……」


ことり「なんだか、寂しそうな表情してたね……」


穂乃果「……うん」


海未「行きましょうか」


穂乃果「そうだね――」


「よいしょっ」ピョン


穂乃果「あ、やっと来た」

海未「木から飛び降りたということは……」

ことり「隠れてたの?」


猫「様子を伺っていました。『分岐点』を教えて貰えますか」


穂乃果「そんな時間ないよ~」


猫「時間は取らせません。そして、そのまま跳んでもらいます」

穂乃果「えぇ?」

猫「あのベンチへ」

テッテッテ

穂乃果「もぅ~、いきなりすぎるよー」

タッタッタ


海未「なんだか、慌ただしいですね」

ことり「どうしたのかな?」


穂乃果「ここでいいの?」

猫「はい、座ってください」

穂乃果「……うん」


279: 2014/04/08(火) 23:36:58.95 ID:Nan7pUO8o

猫「記憶を覗かせてもらいます」スッ

穂乃果「……くすぐったい」

猫「……制服、ですね」

穂乃果「変えること、できるよね?」

猫「……」


ことり「あれ……?」

海未「不可能、なのでしょうか」


猫「矢澤にこ――彼女が今日この学校へ来たことは、運命です」


穂乃果「ん……?」

猫「高坂穂乃果――貴女が今日、卒業の証を手にした時、恐らく……願いや意思が薄れるでしょう」

穂乃果「……何を言ってるのか、わからないよ?」


猫「卒業することは終わること」


ことり「……」

海未「……」


猫「終わりを一度迎えてしまえば、決意は鈍ってしまうのです」

穂乃果「……」


猫「音ノ木坂学院を守れるはずがない――と、諦めが残ります」


穂乃果「…………」


猫「ですから、矢澤にこが今日、此処へ来たことは運命と呼べるのです」


海未「その話をするということは……」

ことり「……制服のデザインを変えることは、できない……の?」


猫「今まで、高坂穂乃果が行動を起こすことで『過去』は変わりました」

穂乃果「私が……」

猫「ですが――」

海未「制服のデザインが変わるのは……にこさんが入学する前じゃないといけません……」

穂乃果「『その時』……私はどう行動すればいいの……?」

猫「制服が変わる時、貴女は小・中学生という可能性が非常に高いのです」

穂乃果「あ――……」


「高坂さーん、南さーん、園田さーん」


海未「いけません、『時間』が……!」

ことり「えっと、どうするの……!?」

猫「まだ、貴女を卒業させるわけには……」

穂乃果「猫ちゃん……」

280: 2014/04/08(火) 23:38:34.36 ID:Nan7pUO8o

猫「分かりました。私が行動を起こしてみます」

ことり「行動を……?」

海未「具体的には?」

猫「制服が変わるタイミングを調べて当時の理事長へ、今受け取ったイメージを伝えます」

穂乃果「……夢で伝えるってこと?」

猫「そうです。西木野真姫に『過去の思い出』の夢を見させたように」

穂乃果「……」

猫「それで変化がなければ……『その時』は――……卒業です」

穂乃果「もう、守れないって判断になるんだね」

猫「そうなります」

穂乃果「――うん、それでいいよ」

猫「申し訳ありません、私の準備不足です」

穂乃果「猫ちゃんが謝ること無い。一度は途切れた願いだもん」


猫「……」


穂乃果「でも、まだ……繋げることができるかもしれない」


穂乃果「にこちゃんが今日、此処へ来てくれたのが運命なら」


穂乃果「私たち7人、みんなで学校生活を送ることができるはず」


穂乃果「私はその運命を信じるよ」


猫「わかりました」


穂乃果「それじゃ、お願いします」


ことり「……」

海未「……」



猫「高坂穂乃果」


穂乃果「…………」


猫「みらいで待っています」


穂乃果「――」


穂乃果「―」


穂乃果「」


「」


281: 2014/04/08(火) 23:39:27.42 ID:Nan7pUO8o

…………


………


……






―― 高坂穂乃果 幼稚園生 ――




「おかあさん……」


「あら、どうしたの?」


「……っ」


「怖い夢でも見た?」


「うん……っ」


「おいで」


「おかあさんっ」


「あらら、珍しいわね」


「~っっ」


「大丈夫よ、もう怖くない」


「ぐすっ」


「こわくない」


「…………うん」


282: 2014/04/08(火) 23:40:27.57 ID:Nan7pUO8o

「久しぶりに本を読んであげましょうね。……よいしょ」


「……」


「穂乃果も重くなったわね~。さぁ、お父さんにおやすみなさいしましょ」


「……おはなし」


「……?」


「おばあちゃんの……」


「ふふ、おばあちゃんとネコちゃんの話ね。穂乃果はこの話好きよね」


「……」


「この話には続きがあるのよ」


「つづき……?」


「そう、おばあちゃんの大切な――」



………


……





283: 2014/04/08(火) 23:41:45.33 ID:Nan7pUO8o

―― 高坂穂乃果 小学5年生 ――


「遠足、えんそっく~♪」

「楽しそうだね、穂乃果ちゃん」

「楽しいよ~、あ、山だ!」

「本当だ、葉っぱが赤くて綺麗~♪」

「うぅ……」

「大丈夫、うみちゃん?」

「はい……」

「海未ちゃん、冷たい水だよ」

「ありがとうございます……」


「海未さんの体調は?」


「まだ気分が悪そうです」

「車酔いするなんて……意外ね」

「……すいません…先生」

「責めてるわけじゃないからね、……遠くを見てたほうがいいわよ」

「……はい」


「楽しくなれば気分もよくなるよ! よぉーし、カラオケだっ」

「穂乃果さんは元気ね~」


「ほら見て、海未ちゃん、あの山に行くんだよ」

「……はい。……楽しみで――……あれ?」

「どうしたの?」

「狸……?」

「あれは……ネコだね」


『ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴る~♪』

「「「 鈴が鳴るー! 」」」

「盛り上がってるけど、クリスマスにはまだ早いのよ……穂乃果さん」



………


……




284: 2014/04/08(火) 23:43:16.59 ID:Nan7pUO8o

―― 高坂穂乃果 高校1年生 ――



穂乃果「すやすや」


「よく寝ていますね……」


穂乃果「……ん…」


「起きてください、ほのか」


穂乃果「……ん……ん?」


「春だからといってこんなところで寝ていると風邪をひきますよ」


穂乃果「……あっ」


「?」


穂乃果「……うみ……ちゃんッ!」


海未「はい、私ですが……?」


穂乃果「……あれ? 私の部屋じゃないの?」

海未「外で寝ていてその台詞はどうなのですか……」

穂乃果「……んん?」

海未「ベンチで寝ていたのです。先輩方に笑われていましたよ」

穂乃果「あはは。……うみちゃんも座ってよ」

海未「確かに、今日は暖かくて気持ちのいい日ですからね」

穂乃果「うん……っ……くぅー!」ノビノビ

海未「穂乃果、部活はどうしますか?」

穂乃果「どうしよっかなって、迷ってるところ」

海未「今、玄関前は部の勧誘で賑わってますよ」

穂乃果「ふぅん……ふぁぁぁ」

海未「……」

穂乃果「うみちゃんは何部に入るの?」

海未「剣道部です」

穂乃果「そっかぁ、小さい頃から稽古に頑張ってるもんね」

海未「ほのか……」

穂乃果「?」

海未「よろしければ、私と――」


「穂乃果ちゃ~ん」


穂乃果「ことりちゃんだ」

285: 2014/04/08(火) 23:45:52.28 ID:Nan7pUO8o

ことり「穂乃果ちゃん、どの部に入るか決めた?」

穂乃果「ううん、まだ」

ことり「それなら、一緒に手芸部に入らない?」

穂乃果「手芸部?」

ことり「ほら、穂乃果ちゃん、手先器用だし、洋服のセンスもよくて――」

海未「穂乃果、一緒に剣道部はどうですか」ズイッ

ことり「あぁっ、遮られたっ」

穂乃果「剣道部?」

海未「穂乃果は勉強もできて、運動神経もいいですから、文武両道を目指しましょう」

穂乃果「その言葉、私には合わないよ~」

海未「いいえ、そんなことはありませんよ。より集中力を高めれば――」

ことり「海未ちゃんっ、最初に誘ったのは私なのに~!」

海未「穂乃果に文芸は向いていません」

穂乃果「なんか傷ついた!」

ことり「文芸部じゃなくて手芸部だよ~!」

海未「やはり運動部で心身ともに健康にあるべきかと」

ことり「健康でいてもらうのはもちろんだけど、穂乃果ちゃんにはもっと女の子らしくあって欲しいんだもん!」

穂乃果「……傷ついた」


海未「剣道部です」

ことり「手芸部っ!」

穂乃果「えっと……今何時だろ……」ゴソゴソ


穂乃果「あれ?」

海未ことり「「 穂乃果(ちゃん)!! 」」

穂乃果「え?」

ことり海未「「 どっちに入るの(ですか)!? 」」

穂乃果「それより、携帯電話落としちゃったみたいで……」

海未「え……?」

ことり「落とした……?」

穂乃果「どこに落としたんだろ」

海未「待ってください、今かけてみますから」ピッピッピ

穂乃果「ありがと」

ことり「穂乃果ちゃん、去年のクリスマスに編み物してたよね、楽しかったって言ってたよね」

穂乃果「な、なんか必氏だ……!」

海未「……もしもし?」

穂乃果「?」

海未「……そうですか、わかりました。今向かいます」

ピッ

穂乃果「誰かが持っていてくれてるんだね」

海未「そうみたいですね。玄関前で勧誘しているそうです」

286: 2014/04/08(火) 23:47:44.18 ID:Nan7pUO8o

―― 玄関前


「吹奏楽部でーす!」

「サッカー部に入りませんかー!」


穂乃果「本当だ、賑わってる」

海未「えっと……確か……」

ことり「こっちだよ、穂乃果ちゃん」

穂乃果「……?」


「手芸部でーす」

ことり「はい、座って」

穂乃果「……」

海未「ことり……」

ことり「独りじゃ心細くてっ」


手芸部員「あ、入部してくれるの?」

穂乃果「とりあえず、ことりちゃんが」

ことり「あ、えっと」


海未「少し歩いてみましょう、穂乃果」

穂乃果「……うん」


手芸部員「手芸部ってこういう時、アピール出来るものがなくて地味なんですよねー」

ことり「そ、そうなんですかぁ……」


穂乃果「置いてきちゃったけど……」

海未「えっと……」

穂乃果「なんだか楽しい雰囲気だね」

海未「穂乃果はこういう雰囲気は好きですよね……。電話の人はどこでしょうか」


「……まったく、私一人に任せるなんて」


穂乃果「?」


「はぁ……」


穂乃果「ここは、何部なんですか?」


「ボランティア部よ」


穂乃果「ボランティア……」


「なに? 興味あるの?」


穂乃果「あるような、ないような」

287: 2014/04/08(火) 23:49:58.22 ID:Nan7pUO8o

「部員は二人しか居ないから、仲間と楽しく、なんて思っていたら止めたほうがいいわよ」


穂乃果「そうですか……」


「はぁ……――入る学校、間違えたかも」


穂乃果「…………」


海未「もう一度かけてみましょう」

ピッピッピ


「……」

pipipipipi


穂乃果「あ……」


「はい、もしもし」


海未「すいません、その場所はどこですか?」


「場所を伝えてなかったわね。……えっと、椅子に座って髪を両端で纏めたのが私だから」


海未「分かりました」

プツッ


「……ドジな子が居るわね、顔を見せてもらおうじゃない」


穂乃果「……」


海未「えっと……どこ……?」


穂乃果「うみちゃん、そっち」


海未「あ……居ました」


「……人は見かけによらないのね。しっかりしてそうだけど」


海未「?」


「携帯電話を落とすなんてどれだけ注意力が足りないのよ、しっかりしなさい」


穂乃果「お説教されちゃったね」

海未「……私の持ち物ではないのですが」

「?」

海未「……こっちの友人のものです」

穂乃果「あはは……ドジな子は私でした」

288: 2014/04/08(火) 23:51:19.37 ID:Nan7pUO8o

「あ、そう……ほら、携帯電話」

穂乃果「ありがとうございます。えっと……先輩、ですよね」

「胸のリボンがあるでしょ。色分けされてるから、それみて学年を判断するのよ。私は2年生」

穂乃果「なるほどぉ」

海未「穂乃果、時間があるのなら剣道部の見学をしてみませんか?」

穂乃果「そうだね、そうしよっかな」

海未「それでは行きましょう」


穂乃果「携帯電話拾ってくれてありがとうございました、先輩」


「……」



「…………」


「お待たせ」

「……やっと戻ってきたわね。あんたが部の勧誘をしようって言ったのに」

「悪いんやけど、うちは退部しなくちゃいけないんよ」

「はぁ?」

「今年から生徒会に入って、書記をすることになってん」

「ちょっと!? 私独りになるじゃないの!」

「ごめんね♪」

「私への気遣いが全く見えないんだけど?」

「これから新入生歓迎会の打ち合わせがあるから、ほなぁ」

スタスタスタ

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ――希!」


「伝統のある部やから、辞めたらあかんよぉ? 猫ちゃんの面倒もよろしくぅ~」


「なんでそうなるのよー!?」


……



289: 2014/04/08(火) 23:52:43.43 ID:Nan7pUO8o

―― 翌日:1年生の教室


穂乃果「……」


海未「……穂乃果?」


穂乃果「あ、うみちゃん」

海未「どうしました?」

穂乃果「どうしたって……なにが?」

海未「なんだか、寂しそうな表情を……」

穂乃果「私が?」

海未「そうです、あなたが」

穂乃果「ぼんやりしてただけだよ」

海未「……」

穂乃果「春眠暁を覚えず。……いい季節だよね」

海未「そうですね」

穂乃果「秋も好きだなぁ……」


海未「……」

ことり「どうしたの、海未ちゃん……?」

海未「あ、いえ……。また、穂乃果が……」

ことり「……?」


穂乃果「…………」


ことり「……」

海未「最近、よくあんな表情をしていますから……」

ことり「うん……」

海未「小さい頃は、嫌な夢を見たと言って沈んだりしていました……」

ことり「うん、やっぱり何か始めたほうがいいよね」

海未「……そうですね、そうすることで気も紛れるでしょう」


ことり「穂乃果ちゃん~」

穂乃果「……?」


海未「まるで……大切な何かを失くしたような――」


……



290: 2014/04/08(火) 23:54:16.74 ID:Nan7pUO8o

―― 3日後:教室


キーンコーン

 カーンコーン


ことり「穂乃果ちゃん、どうするか決めた?」

穂乃果「部活の話だよね?」

ことり「うん、そうだよ」

海未「一昨日は手芸部、昨日は合唱部の見学で何か入るきっかけを見つけられたと思うのですが」

穂乃果「うーん、そうだなぁ」

ことり「じゃあ、はい」

ヒラヒラ

穂乃果「紙?」

海未「……」

ことり「手芸部の入部届」

穂乃果「まだ迷ってる途中だよ!?」

海未「ことり、強引すぎます」

ことり「こういうのは勢いだよ穂乃果ちゃんっ」

穂乃果「これは勢いじゃないような……」

海未「穂乃果、少し占いをしてみませんか」

穂乃果「いきなりだね」

海未「この紙に、私のいう言葉から連想される文字を書いてください」

穂乃果「うん……」

海未「その枠の中にですよ。……まず最初、低いの反対」

穂乃果「高い……と」カキカキ

海未「漢字一文字で結構です」

穂乃果「……うん」ゴシゴシ

ことり「じぃー……」

海未「傘の反対」

穂乃果「さか……だから、坂だよね」カキカキ

海未「長い茎の先に花や実が群がりついたもの」

穂乃果「穂……って、これ……二枚重ねになってるけど!」

ペラッ

穂乃果「剣道部の入部届けじゃん!」

海未「気づかれましたか」

ことり「手が込んでる……」

穂乃果「危うくフルネームを書くとこだよ!」


……



291: 2014/04/08(火) 23:56:24.51 ID:Nan7pUO8o

―― 放課後:廊下


ことり「気になる部があるの?」

穂乃果「うん……まぁね」

海未「それはどこです?」

穂乃果「さっき先生に言われたのは……この辺りだと思うんだけど」

海未「初めての校舎ですから迷いますね」

ことり「慣れるまで時間がかかりそう」

穂乃果「えっと……ここかな」

コンコン


「……だれ?」


穂乃果「あ、えっと……部の見学に来ました」


「え、え? どうぞ?」


海未「なんだか動揺しているような」

穂乃果「失礼しまーす」

ガラガラ


「あ……」


穂乃果「……あ」


「『あの時』の……」


穂乃果「えっと……携帯電話先輩」


「にこ、よ」


穂乃果「にこ先輩ですね」


にこ「何しに来たの?」

穂乃果「ボランティア部の見学に来ました!」

にこ「……珍しいわね、本当」

海未「珍しい……?」

にこ「見ての通り、今この部には私一人しかいないわ。
    高校生活をこんな部で過ごそうって人はいないのよ」

穂乃果「……」

ことり「……」

海未「……」


「……」スヤスヤ


292: 2014/04/08(火) 23:57:56.60 ID:Nan7pUO8o

にこ「まぁ、一人と一匹なんだけど」

穂乃果「一匹?」

にこ「ほら、そこの掃除道具棚の上で寝てる仔がいるでしょ」

ことり「棚の……」

海未「上……?」

穂乃果「あ、本当だ……ネコがいる」


猫「……」スヤスヤ




――――…………



『…………――ノス』


『……』


『聞こえますか――……』


『はい』


『言葉のやりとりなんて、面白いわね』


『……』


『力を少し分け与えます。一度此処へ戻って来なさい』


『いえ、今離れるわけにはいかないのです』


『あなたの思考が読めないわ』


『……』


『失くしたことを伝えても彼女は理解できないわよ』


『しかし――』


『時間の修正も出来ない。そのくらいわかるでしょ』


『可能性はあるはずです――』


『可能性という言葉に縋っているだけ』


『――……』


『時の残酷さに、あなたは何も出来ない』


『なぜこのようなことが……起こったのでしょうか』

293: 2014/04/09(水) 00:00:00.31 ID:UD3DMEW5o



『あなたが高坂穂乃果と出会ってしまったから。理由があるとすればそれだけ――……』



『……』


『……――私の為に、……悪い……――こと……――を…………――』


『力を使いすぎたようです。いまはただ、お眠りください』


『……――』


『…………』



…………――――



猫「……」スヤスヤ


穂乃果「あんな高いところで寝てる……届かないよ」

にこ「……?」

海未「穂乃果はネコが好きなんです」

にこ「ふぅん……」

穂乃果「寝る子と書いてネコって呼ぶんだって」

にこ「誰も聞いていない情報をありがと」

海未「どうして学校にネコが……?」

にこ「去年から居座ってるらしいのよ。
    悪さもしないし、手もかからないから放置気味にしてあるんだけど」

ことり「不思議な仔ですね」

にこ「……」

穂乃果「ボランティア部って、どういう活動をしているんですか?」

にこ「去年は、街の空き缶拾いとか、学校周辺のゴミ掃除とか」

海未「イメージ通りの活動ですね」

にこ「言っておくけど、この部の活動は内申に影響しないからね」

穂乃果「うん、決めたよ、ことりちゃん、うみちゃん」


ことり「……?」

海未「決めた、とは?」

にこ「?」


穂乃果「私、この部に入る!」


にこ「私の話、ちゃんと聞いてた?」


……



294: 2014/04/09(水) 00:01:43.25 ID:UD3DMEW5o

穂乃果「よいしょっ」ヒョイ

猫「……」スヤスヤ


にこ「……」


穂乃果「かわいい~」ナデナデ

猫「……」スヤスヤ

にこ「ほら、起きなさいよ」ツンツン

猫「……?」

穂乃果「あ、起きちゃった」

猫「……!」ピョン

シュタッ

穂乃果「そんな、拒絶するかのように逃げなくても……!」

猫「……」

にこ「抱っこされるのを嫌がるのよね」

穂乃果「ほら、おいで~」

猫「……」

ピョン
 ピョン
  ピョン


穂乃果「軽い身のこなし!」

にこ「あの場所がお気に入りなのよ」

穂乃果「……なんだろ、この光景を見たことがあるような……、デジャヴ?」


海未「予想外ですね、この部に入るなんて」

ことり「でも、穂乃果ちゃん自身が決めたのならしょうがないよね」

海未「……そうですね」

ことり「……」


穂乃果「ほーら、降りておいで~」

猫「……」



海未「にこ先輩、少しよろしいでしょうか?」

にこ「……?」

295: 2014/04/09(水) 00:03:26.12 ID:UD3DMEW5o

にこ「……なによ、離れてコソコソと」

海未「すいません、部のことで話を聞きたくて」

にこ「なに?」

ことり「部の掛け持ちは認められているんでしょうか?」

にこ「もちろん。この部に入るならむしろそうしたほうがいいくらいだから。
    活動なんて月に一度あるかないかだし」

海未「……よく存続していますね」

にこ「伝統のある部だから、色々と優遇されてるのよ。
   生徒にとっては魅力の無い部なんだけど」

ことり「……」

にこ「話ってそれだけ?」

ことり「あ、えっと……はい」

にこ「……あの子に聞かせたくない話なの?」

海未「そういう訳ではないのですが……」

にこ「なんか、変ね……」

スタスタ


ことり「私たち、変だよね」

海未「そうですね。……穂乃果のあの寂しそうな表情が気になっていましたが……」

ことり「気にし過ぎ……だね」

海未「……」


穂乃果「猫ちゃんの名前はなんですか?」

にこ「名前なんて無いわよ。誰も名づけてないはずだから」

穂乃果「それじゃあ、クロちゃんって呼んでもいいですか?」

にこ「別にいいけど。……黒猫だからクロって安直すぎない?」


猫「……」


穂乃果「いい名前だよね、クロ?」


猫「…………」


にこ「微動だにしないわね」

穂乃果「なんだか、ジッとこっちを見ているよな……?」


……



296: 2014/04/09(水) 00:04:15.76 ID:UD3DMEW5o

―― 下校時刻:音ノ木坂学院校門前


にこ「本当にボランティア部に入るの?」

穂乃果「ダメ、ですか?」

にこ「拒んでいるわけじゃないんだけど、理由が聞きたいのよ」

穂乃果「……なんとなくです」

にこ「あ、そう……」


海未「……」

ことり「……」


にこ「それじゃ、私はここで」

穂乃果「また明日です」


ことり「そういえば、あの猫ちゃんは?」

海未「玄関で走り去ったのを見ましたが……どこへ行ったのでしょうね」



……



297: 2014/04/09(水) 00:05:11.78 ID:UD3DMEW5o

―― 高坂邸


「いただきまーす」


「もぐもぐ」

「どう、学校は」

「楽しめそうだよ」

「そう、よかったじゃない」


「……」モグモグ


「焼き魚、美味しい~♪」

「部活には入るの?」

「ボランティア部に入ったよ」

「あら……その部、まだあったのね」

「お母さん、知ってるの?」

「ふふ、もちろん」

「……?」

「そうねぇ……西側の棚にあるモノを調べたら、面白いものが見つかるわよ」

「面白いもの?」

「それは見つけてからのお楽しみ。今もまだあると思うけど」

「ふぅん……、なんか楽しみになってきた」


「……」モグモグ



……



298: 2014/04/09(水) 00:06:45.60 ID:UD3DMEW5o

―― 翌日:ボランティア部


にこ「ふぁぁ……、今日も暇ねぇ」


にこ「来ると思う?」


猫「……にゃ」


にこ「……」


にこ「そうだ……今日は大掃除しないと……」



ガラガラ


「こんにちはー」


にこ「来たのね」

穂乃果「今日からよろしくお願いします!」

にこ「とりあえず、ちゃんと自己紹介をしとくわ」

穂乃果「はい!」


にこ「ボランティア部の部長、矢澤にこよ」

穂乃果「高坂穂乃果です!」

猫「……」


にこ「じゃあ、さっそくだけど……大掃除を始めるから」

穂乃果「了解であります!」

にこ「別に体育会系でなくてもいいんだけど」

穂乃果「はぁい」

にこ「この部には、な ぜ か、卒アルが貯蔵されてんのよ」

穂乃果「……なぜ?」

にこ「知らないわよ。だから、週に一度は掃除して埃を落とさなきゃいけないの」

穂乃果「分かりました。では、西側のあの棚から始めましょう」

にこ「そうね」


……




穂乃果「結構人が居たんですね、この学校」

にこ「……今は在学生が減ったけど、こういう時代もあったのね」


猫「……」

299: 2014/04/09(水) 00:07:57.70 ID:UD3DMEW5o

コンコン


にこ「……?」

穂乃果「はぁーい」


「失礼してもよろしいでしょうか」


穂乃果「うみちゃんだ」

にこ「希はノックなんてしないわよね……。どうぞ」


ガラガラ


海未「ほの――、なんですか、この部屋は!?」


穂乃果「あ……」

にこ「卒アルを見てたら散らかってしまったわ……」

穂乃果「あはは」


海未「足の踏み場がありません……」


穂乃果「どうしたの?」


海未「ほのか……話を忘れたのですか?」

穂乃果「……あ、剣道部の仮入部だっけ」

海未「主将が稽古をつけてくれるそうですよ」

穂乃果「えっと……どうしよう」

にこ「続きは明日でいいわよ。適当に片しとくから」

穂乃果「すいませぇん。……それでは」

海未「失礼しました」


ガラガラ


にこ「……しょうがないわよね」


猫「……」チョイチョイ


にこ「あ、こら……大切な物なんだから悪戯しちゃダメじゃないの」


猫「……にゃ」


スッ

 パタン


にこ「あ……!」


にこ「落として傷でもつけたら、あんたは此処にいられないのよ?」

猫「……」

300: 2014/04/09(水) 00:09:09.37 ID:UD3DMEW5o

にこ「随分と古いアルバムね……」

ペラペラ


猫「にゃー」スッ

にこ「……?」

猫「……」

にこ「この人……なんだか……穂乃果に似てる?」


……




にこ「こんなものね……続きは明日にしましょ。……希、来なかったし」

猫「……」

にこ「ほら、帰るわよ」

猫「にゃー」

にこ「剣道部……、そっちのほうがお似合いよ」


ガラガラガラ


ガチャリ


「最近、色々と忙しくなってきたわ……」

「にゃ」

「部長って大変……」

「にゃー」



……




「主将があんなに褒めるとは思いませんでした」

「才能があるのかもね、私」

「自画自賛ですか。……ですが、そうかもしれませんよ」

「あはは、そんなことない――」


ガチャ


「あれ?」


ガチャガチャ


「鍵がかかってる……」

「にこ先輩は帰ってしまったのでしょうか」

「どうしよ……」


「どうしたん、こんなところで」

301: 2014/04/09(水) 00:10:17.62 ID:UD3DMEW5o

「あ……」

「えっと……この部屋に用があって」


「ふぅん……。あ、もしかして新入部員?」



「そうです」

「にこっちが言ってたのはキミだったんやね」

「?」


「ちょっと待ってて」


ガチャリ


「はい、どうぞ」


ガラガラガラ



穂乃果「どうして鍵を持っているんですか……?」

「うちも部員やったから」

海未「……」

「自己紹介がまだだったね。うちの名前は……――東條希、言うんよ」

穂乃果「高坂穂乃果です」

海未「園田海未です」


希「よろしくね、二人とも」


穂乃果海未「「 よろしくお願いします 」」


302: 2014/04/09(水) 00:11:01.23 ID:UD3DMEW5o

希「猫ちゃんもいないから、帰ったようやな」

穂乃果「鞄、鞄……あった」

海未「……なんでしょうか、このアルバム」

希「……?」

穂乃果「古いアルバムだね。白黒写真だよ」

海未「この学校の歴史、ですね」


穂乃果「あ……」

海未「どうしました?」

穂乃果「おばあちゃんだ」

希「おぉ~」

海未「小さい頃にお会いして以来ですね……、穂乃果に似ています」

穂乃果「そ、そうかな……?」

希「……」

穂乃果「もしかして、お母さんが言ってたのはコレだったんじゃ……」

希「?」

穂乃果「ウチのお母さんも、この学校に通っていたんです」

希「へぇ……面白い家系やな」


穂乃果「…………」



……




303: 2014/04/09(水) 00:12:10.17 ID:UD3DMEW5o

―― 夜:高坂邸


「ただいまー」


「おかえりー」


「お母さん、昨日言ってたのって、おばあちゃんのアルバムのこと?」

「そうよ。ちゃんと見つけられたのね」

「じゃあ、お母さんのもあるんだ?」

「あるかもね~。手を洗ってきたら店番をお願いね」

「はぁい」



……




―― 翌日:ボランティア部


穂乃果「いっせーので、で持ち上げますよ」

にこ「いいわよ」

穂乃果「いっせーの――」

にこ「よいしょ」グイッ

穂乃果「――で!」グイッ


グラッ


にこ「あ、ちょっと!」

穂乃果「い、一旦おろします!」


にこ穂乃果「「 ……ふぅ 」」


にこ「の、で持ちあげるんでしょ?」

穂乃果「で、で持ちあげるんですよ?」


にこ「……」

穂乃果「……」


にこ「じゃあ、もう一度」

穂乃果「わかりました」


にこ穂乃果「「 いっせー―― 」」

穂乃果「――の!」グイッ

にこ「――で!」グイッ

グラッ

にこ穂乃果「「 あわわわっ 」」


猫「……」

304: 2014/04/09(水) 00:14:26.88 ID:UD3DMEW5o

……




ガラガラガラ


海未「失礼します」

ことり「失礼しま~す……、散らかってるね」

海未「昨日よりひどい有様ですね……」


にこ「穂乃果が要領悪すぎるのよ……」

穂乃果「にこ先輩が突然配置換えしようっていうからっ」

にこ「なに、私が悪いっていうの?」

穂乃果「う……そうじゃないですけど……」

にこ「そうでしょ、上級生がいつも正しいのよ」


希「……にこっち、先輩風吹かすんならちゃんとせな」

にこ「う……希……」


希「悪いんやけど、二人とも掃除、手伝ってくれる?」

ことり「お任せ♪」

海未「二人では無理ですからね」


穂乃果「た、助かるよ!」

にこ「……」


希「穂乃果ちゃんは本を棚に戻して。並びは後で揃えるから適当でええよ」

穂乃果「はい!」

希「海未ちゃんはそっちにある道具で埃を落として」

海未「はい」

希「その後に、ことりちゃんが軽く掃いてくれれば」

ことり「は~い」

希「とりあえず、今日は軽く。本格的にするんは、来週やな」

にこ「……あの、私は?」

希「バケツに水を入れてきてな」

にこ「それをどうするのよ?」

希「廊下の窓を拭いて欲し――」

にこ「それは今じゃなくてもいいでしょ! なんで重要性が低いのよ!!」


……



305: 2014/04/09(水) 00:16:34.11 ID:UD3DMEW5o

ピカピカ


穂乃果「希先輩の的確な指示であっという間に綺麗になったなぁ」

にこ「……うるさいわね」

海未「ほ、穂乃果……先輩に対して失礼ですよ」

希「そんなん、気にせんでええよ」

にこ「なんであんたが言うのよ。……まぁ、いいんだけど」

ことり「……」


猫「……にゃ」


にこ「戻ってきたわね」

穂乃果「綺麗でしょ~?」


猫「……」

テクテク


穂乃果「無視された」

海未「応えるわけないじゃないですか」

ことり「学校の教室にネコが居るなんて、珍しい光景なんだけど……馴染んでるね」


希「……ワシっ」

ワシッ

猫「にゃ!?」

希「ふふ、油断は禁物やん?」

猫「にゃー!」ジタバタ

希「暴れても無駄やな。大人しくしとかんと」

猫「……」


穂乃果「おぉ……捕らえられた」

にこ「希なりのスキンシップなのよ。
   いつもは警戒してるんだけど、たまに捕まるのよね」


……



306: 2014/04/09(水) 00:17:52.94 ID:UD3DMEW5o

穂乃果「にこ先輩は帰らないんですか?」

にこ「もう少ししてから帰るから、気にしないで帰りなさい」

穂乃果「はーい」

希「気ぃつけて帰るんよ?」

海未「はい、それでは」

ことり「さようなら~」

穂乃果「また明日~」


にこ「じゃあね」

希「……」

猫「……」


にこ「来週の掃除、あんたも参加しなさいよ?」

希「にこっちがみんなを引っ張らな」

にこ「引っ張るって言っても、そういうの、向いてないっていうか」

希「……」

にこ「……」

希「穂乃果ちゃんもそうやけど、海未ちゃんもことりちゃんもいい子やな」

にこ「……まぁね」

希「にこっち」

にこ「……なによ?」

希「楽しめそう?」

にこ「……」

希「今だから言えるんやけど、去年のにこっち、少し退屈そうにしてたから」

にこ「……」

希「だから、この部に誘ったんよ」

にこ「……ボランティアで楽しめるかって言えば、微妙なんだけど」

希「この部は最初、ボランティア部じゃなかったんよ」

にこ「……どういうことよ?」

希「部の名前が違っててな」

にこ「改名したってこと?」

希「そう。当初は――」


……



307: 2014/04/09(水) 00:18:34.08 ID:UD3DMEW5o

―― 高坂邸


「なんでも部?」

「そうよ、なんでも引き受けるっていう、大まかな部だったの」

「ふぅん……もぐもぐ」


「……」モグモグ


「生徒の落し物を探したり、他の部の助っ人として活躍したり、ね」

「どうしてそんな部ができたの?」

「最初は相談を受けたりしてたんだけど、その内に依頼に変わったんだって」

「誰から聞いたの……?」

「部を設立したの、おばあちゃんよ」

「そ、そうなんだ……!」


「……」モグモグ



……



308: 2014/04/09(水) 00:19:54.94 ID:UD3DMEW5o

―― 翌日:ボランティア部


穂乃果「にこ先輩、この部が設立した時の活動内容を知ってますか?」

にこ「希から聞いた」

穂乃果「……あ、そうですか」

にこ「なんでもやるって部が、いつの間にかボランティア部に変わったって」


猫「……」スヤスヤ


ガラガラ


希「失礼しまぁす。……よいしょ」


穂乃果「……?」

にこ「希……なによ、それ?」

希「給湯器やな」

にこ「……なんで、この部に持ち込んでいるのかって聞いているんだけど」

希「ふぅ……。空き教室に放置されていたのを持ってきたんよ」

穂乃果「うわ……カビが……」

希「ちゃんと洗ったら使えると思うんやけど」

穂乃果「分かりました、洗ってきます」

希「助かるわ」

にこ「だから、なんで持ってきたのよ」

希「去年の3年生に聞いたことを思い出して、せっかく新しい部員が入ったから」

にこ「あんた辞めたでしょ」

希「たまに顔を出すんやし、細かいこと気にせん方がええよ~」

スタスタ

にこ「どこ行くのよ?」


「生徒会~」


にこ「自由すぎるわね……」


……




シュゥゥゥウウウ


穂乃果「沸騰してる……」

にこ「まだ使えるみたいね」

穂乃果「えーっと……茶葉はどこですか?」

にこ「あるわけないでしょ」

穂乃果「……」

309: 2014/04/09(水) 00:22:07.74 ID:UD3DMEW5o

にこ「……コップも当然ながら無いわよ」

穂乃果「じゃあ、明日家にあるものを持ってきます」

にこ「そうしてちょうだい。私も自分の持ってくる」

穂乃果「お客さん用の分、買ってきたほうがいいですか?」

にこ「雀の涙ほどの部費があるから、それ使って」

穂乃果「雀のって……それを使っても……?」

にこ「交通費とかは別で出るから気にしないでいいの」

穂乃果「交通費?」


コンコン


にこ「?」

穂乃果「うみちゃんかな?」


ガラガラ

理事長「失礼するわね」


穂乃果「あ……」

理事長「高坂さんがこの部に入るなんて、数奇な運命を感じるわね」

穂乃果「……?」

にこ「ひょっとして……」

理事長「そう、前回は春休みだったから欠席になったけど、来週の日曜日よ」

にこ「……わかりました」

理事長「詳しい時間と場所はこの紙に書いてあるから、よろしくね」

スタスタ


理事長「……いつも寝ているのね」

猫「……」スヤスヤ


ガラガラ


にこ「そろそろだとは思ってたけど、来週なのね」

穂乃果「なにがあるんですか?」

にこ「自治会の清掃。……今回は公園になってる」

穂乃果「ボランティア部っぽい!」

にこ「月に一度の活動がこれよ」

穂乃果「ふむふむ」

にこ「予定が入ってたら欠席でいいから」

穂乃果「無いから、出席で」

にこ「……」

穂乃果「クロちゃんって黙認? されてるんですねぇ」

にこ「優遇されてるって言ったでしょ」

穂乃果「そっか、……頑張らないと!」

310: 2014/04/09(水) 00:25:35.32 ID:UD3DMEW5o

……



―― 翌週:ボランティア部


にこ「ふむふむ、私に足りないのは個人の能力を引き出すこと……」


ガラガラ

希「お邪魔~……なに読んどるん?」

にこ「べ、別に何も読んでないわよ?」サッ

希「ふぅん……」

にこ「希も来たことだし、掃除の準備をしなくちゃ。これもリーダーとしての役割よ」

スタスタ


希「……」


希「……隠したんは、これやな」


希「リーダーシップのとりかた。……真面目やん」


猫「……」スヤスヤ


……





穂乃果「遅れてすいません!!」

にこ「日直だったんでしょ。ほら、手袋」

穂乃果「おぉ、本格的だ!」


希「見えない場所の埃が結構溜まってる……」


にこ「今日と明日で終わらせるわよ!」

穂乃果「あ、明日も……?」

にこ「なによ」

穂乃果「明日は……剣道部に……」

にこ「……しょうがないわね。それなら明日の分まで頑張りなさいよ」

穂乃果「はい!」

にこ「希と二人で終わらせておくから」

希「悪いんやけど、明日は生徒会なんよ」

にこ「……それが終わってでいいから、来てよ?」

希「悪いんやけど、その後用事があるんよ」

にこ「えぇー……、事務的に答えたけど、本当に悪いと思ってるのぉ?」

穂乃果「練習が終わったら急いで駆けつけますからっ」

にこ「いいわよ、私一人でやるわよ。……ふぅんだ」

希「拗ねてしまったわ……」

311: 2014/04/09(水) 00:27:27.32 ID:UD3DMEW5o

……




―― 日曜日:公園


穂乃果「あまり人は集まってないですね」

にこ「大人は色々と忙しいのよ」

猫「……」

にこ「他の人の邪魔をするんじゃないわよ?」

猫「にゃ」


穂乃果「クロちゃんとにこ先輩……小さい頃に読んだ本の登場人物みたい」



……



312: 2014/04/09(水) 00:29:31.54 ID:UD3DMEW5o

―― 高坂邸


「ただいまー」


「あら、おかえり。遅かったじゃない」

「掃除が終わった後、お菓子食べながら色んな人と話をしてたから」

「ふぅん……」

「ね、お母さん」

「なぁに?」

「私が小さい頃に読んだ本って、どこにある?」

「とっくに処分しちゃってるわよ」

「……だよねぇ」

「どうしたの?」

「気になることがあって」

「手が空いてるなら料理の続きをお願い」

「わかった」

「出来上がったら呼んで、お昼にしましょ」

「じゃあ、準備しとくね」

「うん」

スタスタ

「お父さんの好きな野菜ばっかり……」


「ちなみに、その本の内容は?」


「ネコと人間の仲のいい話~」


「……多分、それは本じゃないと思う」


「……え?」


「穂乃果が小さいころ、よく聞かせてた話があって……」


「思い違いしてたんだ」


「おばあちゃんの話なんだけど、覚えてない?」


「……おばあちゃんの……うーん?」


「思い出してみて。……最近はよくおばあちゃんの話が出てくるわね」

スタスタ


「……なんとなく、覚えているような」



……



313: 2014/04/09(水) 00:31:18.23 ID:UD3DMEW5o

―― 翌日:ボランティア部


海未「随分と綺麗になりましたね」

穂乃果「頑張ったからね、にこ先輩が!」

にこ「ふふん。私だってやれば出来るのよ」

ことり「はい、どうぞ~」

にこ「悪いわね」

ことり「はい、海未ちゃんも」

海未「……お茶、ですか」

穂乃果「のんびりしていってよ」

海未「それでは、時間まで」

ことり「お茶うけとか持ってきてもいいのかな?」

にこ「それは止めたほうがいいわね」

ことり「やっぱり、学校にお菓子はダメですよね~」

穂乃果「お茶と言ったら和菓子だよね。……まんじゅう持ってくるんだけどなぁ」

にこ「まんじゅう?」

穂乃果「私の家、和菓子屋で、とっても美味しいんです」

ことり「穂乃果ちゃん、和菓子すきだよね」

穂乃果「お父さんの作るまんじゅうが美味しくて美味しくて~♪」

海未「よく飽きませんね……」

穂乃果「美味しいものは飽きが来ないんだよ!」

にこ「そこまでのものなのね……食べたくなってきたわ」


ガラガラ


希「お邪魔~。くつろいでるようやね」

海未ことり「「 こんにちは 」」

穂乃果「その包はなんですか?」

にこ「今度はまた何を持ってきたのよ」

希「お茶うけ」

にこ「あんた生徒会の人間でしょ!?」


……



314: 2014/04/09(水) 00:32:46.61 ID:UD3DMEW5o

ことり「ね、いいでしょ、穂乃果ちゃんっ」

穂乃果「でも……剣道部にも入ってるし……」

海未「ことり、あまり無理をさせないほうがいいのでは」

ことり「海未ちゃんだけずるいっ」

海未「なぜそうなるのですか……」

にこ「週に3回の剣道で……今度は手芸部までやるの?」

穂乃果「うーん……そんなことしたら、どっちも疎かになりそうで」

ことり「……そう……だよね」ションボリ

穂乃果「う、うーん……」

にこ「ボランティア部は週一でいいわよ」

穂乃果「……」

ことり「あ、やっぱりいいよ。ごめんね、わがまま言って」

穂乃果「ことりちゃん……」

ことり「穂乃果ちゃんと一緒に何かできたらいいなって……思ってただけだから」

海未「……」

にこ「……」

ことり「……」ウルウル

穂乃果「うーん……」

にこ「諦めがいいんだか悪いんだか……」


猫「……」スヤスヤ


……




―― 夕方:帰り道


穂乃果「じゃあ、優先するのはボランティア部で、その次は剣道部ってことでいい?」

ことり「うんっ! ありがとう穂乃果ちゃん!」

海未「忙しくなりますね」

穂乃果「迷惑かけないといいけど……」

にこ「そこまでうちの部を優先する必要はないわよ?」

穂乃果「……」

にこ「……なに?」

穂乃果「最初に入った部だから……」

にこ「……」

穂乃果「……それに」

にこ「?」

穂乃果「いえ……なんでもないです」


……



315: 2014/04/09(水) 00:34:02.42 ID:UD3DMEW5o

―― 2週間後:ボランティア部


にこ「どうなのよ、調子は」

希「最近は体の具合がいいみたいで、発作もないんよ」

にこ「……そう」

希「にこっちの調子はどう?」

にこ「……体調は変わりないわよ」

希「この部のこと」

にこ「……」

希「まだ退屈?」

にこ「そんなわけないでしょ、いつも――……」

希「……」

にこ「なんでもない」

希「ふふ」

にこ「なによ?」

希「べつに~」

にこ「……」


猫「……」


希「日が沈みそうや。……帰らんの?」

にこ「剣道部が終わって顔を出してくるから」

希「……ふぅん」

にこ「早く帰れなくて迷惑なのよね~」

希「ふふ……そうなんや」

にこ「私も何か始めてみようかしら」

希「それもいいかもね」

にこ「ことりに編み物でも教えてもらうとか……、そうね、そうしましょ」


猫「……」スヤスヤ


希「もうすぐ梅雨やな、にこっち」


……



316: 2014/04/09(水) 00:35:31.25 ID:UD3DMEW5o

―― 梅雨:ボランティア部


ザァァァー--


穂乃果「こんにちはー」

にこ「来たわね」チクチク

穂乃果「……え?」

にこ「なによ?」

穂乃果「あ、編み物してる……!」

にこ「そのリアクションはなんなの?」

穂乃果「なんというか、違和感が……」

にこ「棒針を持つ姿が似合わないっていうんでしょ……なによ、なによ」

穂乃果「……」


にこ「……」チクチク

ボロッ

穂乃果「縫い目が……」

にこ「初心者だからいいの」

穂乃果「お茶淹れますか?」

にこ「いい」チクチク


穂乃果「クロちゃんと遊ぼうかな……」


猫「……」スヤスヤ


穂乃果「いつも寝てますね」

にこ「ネコだからね」チクチク


穂乃果「今のうちに写真撮ろうっと……」

ガタガタ

にこ「そんなところに上がって、落ちるんじゃないわよ?」チクチク

穂乃果「はぁい」


猫「……」スヤスヤ


穂乃果「……」

パシャ

猫「……?」

317: 2014/04/09(水) 00:36:39.27 ID:UD3DMEW5o

穂乃果「ちょっと近付き過ぎたかな……もう一回」

パシャッ

猫「……!」サッ

穂乃果「あ……!」


シュタッ

猫「……」


穂乃果「もぅ! なんで逃げるの!」

猫「……」

テッテッテ

穂乃果「に、逃げた……!」

にこ「人に懐かないくせに、学校に来るから……謎なのよね」チクチク

穂乃果「……そういえば、もうそろそろじゃないですか?」

にこ「自治会の清掃?」

穂乃果「そうです」

にこ「……雨で中止になればいいけど」


……



318: 2014/04/09(水) 00:38:38.09 ID:UD3DMEW5o

―― 日曜日:公民館


にこ「晴れたわね……」

穂乃果「晴れましたね……」


海未「日頃の行いですね」

ことり「そうだね」


にこ「それはいい方に捉えるべきなの?」

ことり海未「「 ………… 」」


ことり海未「「 はい 」」

にこ「その溜めはなんなの」

穂乃果「二人ともありがとー!」

海未「いつも部室でくつろがせてもらってますから」

ことり「私も。だから気にしないで」

穂乃果「よぉーし、今日も頑張ってゴミ拾い、だっ!」

にこ「まだ3回目だから張り切っていられるけど、回を重ねるうちにそうはいかなくなるわよ」

穂乃果「そんなことないですよー」


海未「……最近はあの表情をしなくなりましたね」

ことり「……うん」


猫「…………」


……




319: 2014/04/09(水) 00:39:42.94 ID:UD3DMEW5o

―― 高坂邸


「ただいま~」


「おかえり。今まで清掃活動してたの?」

「ううん、終わった後に、みんなで遊びに行ってた」

「あら、そう。どこに行ってたの?」

「カラオケだよ。海未ちゃんは恥ずかしがってて、ことりちゃんが楽しそうで~、
 にこ先輩が音程外してて、って私もそんなに上手くないけど」

「……」

「今日の夕飯、私が作る?」

「準備はできてるから、いいわよ。それより明日の準備でもしておきなさい」

「わかった、そうする~」

スタスタスタ


「……」


「……」トントントン


「なんだか、最近の穂乃果は楽しそう」


「……」コクリ


「にこ先輩ってどんな人なのか、気になるわ」


「……」トントントン



……



323: 2014/04/09(水) 22:26:05.03 ID:UD3DMEW5o

―― 3日後:ボランティア部


ザァァァー--


ことり「すごい雨……」


穂乃果「……わしっ」

猫「……」サッ

スカッ


穂乃果「あぁっ、避けられた!」


希「どうしたん?」

穂乃果「クロちゃんが、抱っこさせてくれなくて」

希「そうやな、ネコだけあって俊敏性も高いし、
  月に一度の不意打ちが成功するかどうかや」

穂乃果「なんてハードルが高いんだろう……!」


猫「……」

希「もう警戒心が強うなっとるから、我慢せな」

穂乃果「そんなぁ……」


にこ「他のネコを抱っこすればいいでしょ」チクチク

ことり「あ、そこは左指を使うとスムーズにできますよ」

にこ「……難しいわね」

穂乃果「だって、他にネコなんていないんだもん」

希「まぁまぁ、ムキになると余計に抱っこできなくなるよ」


猫「……」

テクテクテク


穂乃果「あの場所……棚の上が好きなんですね」

希「そうやな――!」

ワシッ

猫「にゃ!?」

穂乃果「捕まえた!」

希「今日はもう安全やと思ったはず」

穂乃果「なるほど」メモメモ

希「隙は作るもの、やん?」

猫「にゃー!」ジタバタ

324: 2014/04/09(水) 22:28:41.44 ID:UD3DMEW5o

ことり「いまさらですけど、なにを作っているんですか?」

にこ「マフラーよ」

穂乃果「……どうしてこの季節に?」

にこ「ただの気まぐれ」

ことり「春夏の素材だから平気だよ」

穂乃果「そうなんだ……」

希「完成したら誰に渡すの?」

にこ「誰だっていいでしょ」チクチク


猫「……」


……



325: 2014/04/09(水) 22:30:00.44 ID:UD3DMEW5o

―― 翌週:ボランティア部


ザァァァ


穂乃果「昨日は幼馴染と買い物へ行って、その後にゲームセンターでぬいぐるみを」

にこ「ことりと海未以外にも幼なじみがいるの?」

穂乃果「一つ下に」

にこ「ふぅん……よし、できた!」

穂乃果「……」

ボロッ

穂乃果「……」

にこ「なに?」

穂乃果「いえ」

にこ「わかったわよ、認めるわよ。これはマフラーとは呼べない失敗作よ」

穂乃果「……」


にこ「……」

スタスタ


穂乃果「?」


にこ「よいしょ」

穂乃果「クロちゃんに……?」

にこ「そうよ。寝床にはちょうどいいでしょ」

穂乃果「気に入ると思うな~」

にこ「どうかしらね……、よいしょっと」ピョン


猫「……?」


穂乃果「あ、ちょうどいい所に」

にこ「……」


猫「……」


穂乃果「なんか、警戒してるような……」

にこ「穂乃果、ちょっといい?」

穂乃果「?」

にこ「この部の活動について、ちょっと聞きたいことがあるのよ。そこ座って」

穂乃果「……はい」


猫「……」

326: 2014/04/09(水) 22:31:24.81 ID:UD3DMEW5o

―― 廊下


「この部の活動について、ちょっと聞きたいことがあるのよ。そこ座って」

「……はい」


希「……?」


「あんた、どうしてこの部に入ったの?」


希「……」



―― ボランティア部


穂乃果「どうして……って……」

にこ「居るのは2年生の私一人。活動内容は月に一度の定例清掃だけ」

穂乃果「……」

にこ「海未に剣道部を誘われてたでしょ」

穂乃果「……」

にこ「ことりにも手芸部に誘われてた。……この部に入るより先に、やるべきことがあるんじゃない?」

穂乃果「……」


猫「……」


にこ「べつに、穂乃果が……その、邪魔だって言ってるわけじゃなくて……」

穂乃果「……」

にこ「あんたなら……どこでも上手くやっていける」

穂乃果「……」

にこ「こんなトコに居ないで、もっとふさわしい場所っていうか……
   優先するべきことがある気がするのよ」

穂乃果「……もし、ですよ」

にこ「……?」

穂乃果「もし、私が……じゃあ、剣道部でやっていきます。と言ったら……どうします?」

にこ「しょうがないって思うけど」

穂乃果「…………」

にこ「……なによ」

穂乃果「入部して……、音ノ木坂学院に入学して3ヶ月」

にこ「……」


穂乃果「一緒に活動してきました」



猫「……」


―― 廊下


希「……」

327: 2014/04/09(水) 22:32:54.73 ID:UD3DMEW5o

―― ボランティア部


穂乃果「それなのに、しょうがない、って片付けられると……」

にこ「あのね、私とあんたはたった3ヶ月なのよ? 海未やことりと一緒に――」

穂乃果「言ってほしくないです」

にこ「何を……?」

穂乃果「入る学校間違えた、って……」

にこ「……なに、それ?」

穂乃果「にこ先輩が言った言葉」

にこ「……いつよ」

穂乃果「部の勧誘をしている日」

にこ「……」

穂乃果「……」


猫「……」


にこ「そうね、新入生に聞かせていいセリフじゃなかったわ」

穂乃果「いえ、そうじゃなくて」

にこ「……?」


穂乃果「私……この学校が好きだから」


にこ「……」


穂乃果「にこ先輩にも、好きになってほしいから」


にこ「……」


穂乃果「だから、言ってほしくないって……思いました」

にこ「…………」


―― 廊下


希「…………」


―― ボランティア部


猫「…………」


にこ「……」

穂乃果「私……わがままだから……」

にこ「……もし……もしよ?」

穂乃果「……?」

328: 2014/04/09(水) 22:34:03.73 ID:UD3DMEW5o

にこ「あんたがこの部で3年間過ごしたとして」

穂乃果「……」

にこ「有意義に過ごせなかったら……後悔しないって言える?」

穂乃果「はい」

にこ「どうしてよ」

穂乃果「この3ヶ月間、楽しかったから」

にこ「――!」



―― 廊下


希「ふふ」



希「……不思議な子、やな」



―― ボランティア部


穂乃果「にこ先輩は……どうでしたか、この3ヶ月」

にこ「……退屈はしなかった」

穂乃果「……よかった」

にこ「楽しかった、とは言ってないのに……どうして、よかった、って言えるのよ?」

穂乃果「楽しめる可能性があるかな、って」


にこ「……」


猫「……」



―― 廊下


希「……にこっち」


海未「どうしたのですか?」

ことり「……?」


希「なんでもない」


ガラガラ


329: 2014/04/09(水) 22:35:16.04 ID:UD3DMEW5o

―― ボランティア部


ガラガラ


猫「……」

希「おっとっと……危ない」


穂乃果「そんなとこにいたら蹴られちゃうよ」


猫「……」

ピョン
 ピョン
  ピョン


猫「……?」


穂乃果「にこ先輩が作ってくれたんだよ」


猫「……」


ことり「あれ、マフラーは……?」

にこ「失敗したから、猫にあげたのよ」


猫「……」


海未「戸惑ってますね」


にこ「……」

希「……どうしたん?」

にこ「別に」


猫「……」モゾモゾ


穂乃果「……あ、使うみたいですよ」

にこ「当然でしょ、私が心を込めて作ったんだから」

穂乃果「心を込めて、誰に渡すつもりだったんですか……?」

ことり「穂乃果ちゃんっ」

海未「あまり触れないほうがいいです」

にこ「はぁ?」

希「相手はきっと、大切な人やから」

穂乃果「そういう人が居るんですか……!」

にこ「な、なにを勘違いしてんのよ!?」



……




330: 2014/04/09(水) 22:36:29.35 ID:UD3DMEW5o

―― 帰り道


希「雨、止んだみたいやね」

にこ「……」



穂乃果「二人とも、掛け持ちでボランティア部に入ったらどうかな?」

ことり「私は、それもいいかなって思ってたよ」

海未「活動に参加できるかどうか、不安が残りますが……」

穂乃果「ほんと!?」



にこ「……私のことなんて、置いていけばいいのよ」

希「……」

にこ「そうすれば、きっと……忘れられない高校生活ってやつが、残るのに」

希「……」



穂乃果「にこ先輩! うみちゃんとことりちゃんが入部してくれるそうですよ!」

にこ「……敬語じゃなくてもいいわよ」

穂乃果「え……?」

にこ「私たち……先輩後輩じゃなくて……友達、でしょ」

穂乃果「あ……」

にこ「……」


穂乃果「じゃあ……にこ…ちゃん?」

にこ「なによ」

穂乃果「……!」

にこ「……」

穂乃果「二人が入部してくれるって!」


にこ「あ、そう……」


331: 2014/04/09(水) 22:37:57.91 ID:UD3DMEW5o

穂乃果「他にも活動しようよ!」

にこ「他にって……なにを始める気よ」

穂乃果「おばあちゃんがやってたような……そう、他の部の助っ人とか!」

にこ「あー、もう、うるさい。さっさと先を歩きなさいよ」

穂乃果「えぇー……」

にこ「二人に置いて行かれるわよ」

穂乃果「大丈夫だよ~。うみちゃーん! ことりちゃーん!」


海未「……なにか?」

ことり「どうしたの?」


穂乃果「今日から4人で……違った……5人と一匹で頑張って行こうー!」

ことり「わかった!」

穂乃果「うみちゃんは!?」

海未「わかりましたから、落ち着きなさい」


にこ「置いて……先を歩けば……いいのに」

希「それは違うよ」

にこ「……?」

希「うまく合わない、足でも――……ゆっくり歩けば揃うから」

にこ「……」

希「みんなで一緒に、進んでいけばいいと思うんよ」


にこ「…………」


猫「……」


希「雨上がりの空が綺麗やなぁ」


……



332: 2014/04/09(水) 22:39:01.35 ID:UD3DMEW5o

―― 夏


にこ「涼しいからって、図書館に来たけど……」


穂乃果「……」カリカリ

ことり「穂乃果ちゃん……ここ」

穂乃果「えっと……この本に詳しく書かれてたような……」


海未「……手が止まってますよ」

にこ「なんで夏休みにまで勉強できるのよ」

海未「勉強でも穂乃果に負けたくはありませんから」

にこ「……」

海未「わからないところでもありますか?」

にこ「あんたたちのたまに見せる、その生真面目さがわからないわよ」

穂乃果「上手いこと言ったね」

ことり「そうかな……?」


にこ「……ねぇ、海未」

海未「はい……?」

にこ「穂乃果って、学年で何位なの?」

海未「三位ですが」

にこ「えぇー!? 嘘でしょ!?」

穂乃果「静かにしてよにこちゃんっ」

にこ「あ、ごめん……」

海未「驚く気持ちは分かりますが……」

にこ「私と同じタイプだと思ってたのに……むむむっ」ワナワナ


ヴヴヴヴ


にこ「……希?」ガタ

穂乃果「電話?」

にこ「うん、ちょっと外出てくる」


333: 2014/04/09(水) 22:43:55.35 ID:UD3DMEW5o

―― 図書館・中庭


ピッ


にこ「もしもし」

『出るのに時間掛かったようやけど、忙しい?』

にこ「図書館で勉強してたのよ」

『勉強、ね』

にこ「どうしたの?」

『いま、学校におるんやけど、クロちゃんの姿が見えないんよ』

にこ「部室は閉まってるから、校外にいるんでしょ」

『去年は学校の周りに必ずいたんよ?』

にこ「え、そうなの? って、あんた夏休みの学校で何してんのよ」

『部の管理やな。副会長と一緒に』

にこ「副会長って、あの京都の……?」

『そうや』

にこ「大変ね」

『そうでもないよ。人の少ない学校ってノスタルジアを感じるから』

にこ「……去年も部の管理ってことはないでしょ?」

『去年は――……って、うちのことはええやん。
 もしかしたら、にこっちが面倒見てると思ってたんやけど』

にこ「そんなわけないでしょ」

『ふむ……』

にこ「まぁ、見つけたら連絡するから」

『そうして。……穂乃果ちゃんと一緒に勉強、頑張ってな?』

にこ「な、なんで分かったのよ……?」

『にこっちが一人で行くわけ無いと思って。ほなぁ』

プツッ


にこ「見透かされてるわね。……あの猫と同じくらい妙なのよね……希は」

スタスタ



―― 図書館・屋上


猫「……」



……



334: 2014/04/09(水) 22:45:17.48 ID:UD3DMEW5o

―― 1週間後:にこの部屋


にこ「くかー……」


pipipipipi


にこ「……ん…?」


pipipipipipipi


にこ「ん……んー」モゾモゾ


ピッ


にこ「……もひ……もひ」


『おはよう、にこちゃん』


にこ「穂乃…果……?」


『あれ、今起きたの? もう9時だよ?』


にこ「まだ9時よ……」


『私はうみちゃんと朝練してたのに!』


にこ「知らないわよ……それで、用はなによ」


『にこちゃんの声が聞きたくなって♪』


にこ「……切るわよ」


『わっ、待ってっ。……明日なんだけど、暇でしょ?』


にこ「決めつけないでくれる?」


『暇だよね。明日の10時にバス停に集合ね』

『どこのバス停か伝えないと』


にこ「……」


『駅前のバス停ね』


にこ「今度はどこに連れて行こうっていうの……?」


『それは、明日のお楽しみ~』

『コンクールだと、伝えたほうがいいのでは』


335: 2014/04/09(水) 22:46:03.60 ID:UD3DMEW5o

にこ「コンクール?」


『あぁっ、うみちゃんの声が……!』

『なんです?』


にこ「なんのコンクールなの……? 編み物?」


『編み物のコンクールって……なに?』

『寝ぼけているのですよ』


にこ「……わかったから」


『うん、それじゃあね!』


プツッ


にこ「コンクール……ねぇ……。興味ないんだけど……」

モゾモゾ


にこ「理由つけて……行くのやめよ……」


にこ「……すぅ」


pipipipi


にこ「…………」


ピッ


にこ「……なに?」


『二度寝しちゃダメだよ?』


にこ「うるさーいっ」ブンッ

ボフッ


にこ「思わず投げてしまったじゃないの……穂乃果のせいよ……まったく」ブツブツ

モゾモゾ


にこ「……すぅ」



……



336: 2014/04/09(水) 22:48:00.36 ID:UD3DMEW5o

―― 翌日:バス停


穂乃果「にこちゃーん、ここだよー!」

ことり「おはよう~」

海未「おはようございます」


にこ「あ、あんたたち……代わり代わりに電話してくるの止めなさいよ……!」

穂乃果「だって、そうしないと寝ちゃうでしょ」

にこ「夏休みは二度寝が出来る幸福な期間なのよ?」

穂乃果「怠惰な生活は不健全な精神を作ってしまうよ!」

にこ「小難しいこと言うんじゃないわよ。……私はこれでも忙しいの」

海未「夜更かししているだけなのでは」

にこ「見たいテレビがあるんだからしょうがないでしょー」

穂乃果「忙しいってそれなの……?」

にこ「ふん」

ことり「深夜の通販ってそんなに面白いのかな?」

海未「私は見たことがありませんが」

にこ「通販じゃなくて映画よ、映画」

穂乃果「そんなことより、早く乗るよ。出発しちゃう」

にこ「……はいはい」


ことり「あれ、その鞄は……?」

にこ「あぁ……これは」

海未「?」

にこ「着いたらみせるから」

穂乃果「ほら、はやくー」


337: 2014/04/09(水) 22:51:29.86 ID:UD3DMEW5o

―― 会場


にこ「ピアノ……?」

ことり「そうなの。中学の発表会がここで開かれてて」

にこ「なんで中学生の演奏なんて……」

穂乃果「私の妹がいるから」

にこ「ふぅん……あんたに妹がいるなんて初耳だわ」

海未「楽屋に寄りますか?」

穂乃果「ううん、演奏が終わってからにしよう」

ことり「それで、その鞄って……?」

にこ「な ぜ か、玄関の扉を開いたらこの仔がいたのよ」


ジーッ


猫「にゃ」


海未「クロ……?」

ことり「え……?」

穂乃果「えぇー!?」

にこ「鞄に入れて電車で移動したこともあるから――」

穂乃果「にこちゃん! 狭い鞄に入れるなんてひどいよー!」

にこ「わ、私は悪く無いわよ」


猫「……」


海未「それで、どうするのですか?」

にこ「本人に聞きなさいよ」

海未「それで、どうするのですか、クロ?」

にこ「本当に聞いてるわね」


猫「……」スッ


ことり「動く気はないみたい……」

にこ「物凄く強情なのよ、この猫」

穂乃果「置いては行けないよね……」

海未「時間もありませんから……仕方がないですね」

にこ「ほら、海未が持ちなさい」

海未「……」


……



338: 2014/04/09(水) 22:53:10.15 ID:UD3DMEW5o

―― 会場内


穂乃果「あっちの席に座ろうか」

ことり「そうだね」

にこ「……」

海未「よく見える位置ですね――」



―― 鞄の中


猫「……」スゥ



―― 会場内


海未「――あれ、なんだか軽くなったような」

にこ「たまに外へ連れ出してね」

海未「……わかりました」


―― 会場内:2階席


猫「……」



……




パチパチパチパチ


穂乃果「上手だね」

ことり「うん」

海未「……」

にこ「くかー……」

海未「こんな寝息を立てて眠る人、初めてみました……」

ことり「いよいよだね」

穂乃果「起きてよ、にこちゃんっ」

海未「起きてください、にこ」

ユサユサ

にこ「……ん、……ん? 終わった?」

穂乃果「これからだよっ」

ことり「クロちゃんも聞いてるかな?」

海未「様子を見てみましょう」

ゴソゴソ


―― 会場内・2階


猫「……!」スゥ

339: 2014/04/09(水) 22:55:26.18 ID:UD3DMEW5o

―― 鞄の中


猫「――……にゃ」


海未「大人しくしていますね……」

ことり「どうして付いて来たんだろ……?」

にこ「ふぁぁ……」

穂乃果「深夜の通販よりこっちの方が健康的でいいのに」

にこ「通販じゃないっての……」

ことり「あ、出てきたよ」


「……」

スタスタ


にこ「姉妹にしては似てないわね……」


「……」スッ


~♪


―― 会場・2階


「素敵な演奏……」

「同じ3年生なのに、凄いにゃ」



猫「…………」



……



340: 2014/04/09(水) 22:57:11.87 ID:UD3DMEW5o

―― 楽屋


穂乃果「紹介するね。私の妹です」

「ほのちゃん……っ」

にこ「複雑な事情があるのね……」

海未「何か想像しているようですが、違います」

にこ「?」

ことり「西木野真姫ちゃん」


真姫「……はじめまして」


にこ「……どうも」


穂乃果「演奏、とってもよかったよ――真姫!」

真姫「本当? 嬉しい……っ」


にこ「……なにあれ」

海未「本当の妹のように可愛がっていますから」

にこ「ふぅん……」


ことり「……?」


猫「……」


ことり「わっ、出てきちゃ駄目だよっ」


猫「…………」



……




341: 2014/04/09(水) 22:59:01.77 ID:UD3DMEW5o

―― 会場外


「たまにはこういうのもいいよね」

「ありがとね」

「お礼なんていいよ~。かよちんも何か始めたらよかったよね」

「……遅すぎたね」

「演奏した人たちは小さい頃からピアノを弾いていたんだろうね~」

「……」


猫「……」


「あ、ネコ!」


猫「……」

テッテッテ


「待て~!」

タッタッタ


「どうして追いかけるの!?」



穂乃果「どこ行ったんだろ、クロちゃん」

真姫「クロちゃんって……?」

穂乃果「黒っぽい銀色の猫ちゃんだよ」

真姫「……もしかして、アレ?」

穂乃果「?」


猫「……」

テッテッテ


「ま~て~!」

タッタッタ


にこ「さっさと帰るわよ~、限りある夏休みをもっと有意義に過ごさないと――」

ことり「あ……」

にこ「なに?」

海未「にこ、足を止めないと危ないですよ」


「わーっ」

にこ「?」

ドンッ

にこ「ふぎゃっ」

「あいたたた」


猫「……」

342: 2014/04/09(水) 23:02:22.34 ID:UD3DMEW5o

真姫「曲名を変えろって担任の先生に言われてたんだけど、
   どうしてもあの曲を弾きたくて」

穂乃果「トロイメライだよね」

真姫「うん……! ほのちゃんとの思い出の曲だから」


「ごめんなさい~」

にこ「あいたたた、肋骨にひびが……」

「あわわっ、大変だにゃー!」

にこ「ふぅ……罪を償ってもらおうじゃない」

「な、何でも聞きます……」

にこ「フフ」

海未「どこの悪人ですか」


穂乃果「『あの時』演奏してくれたよね」

真姫「うん。初めて逢った日」

穂乃果「……とってもよかった」

真姫「ありがとう……ほのちゃんに褒めてもらえるのが……嬉しい……」


にこ「ちょっと、そこの二人」


穂乃果真姫「「 ? 」」


にこ「こっちに関心持ちなさいよ、真後ろで事件が起きてんのよ?」

「うぅ……」

ことり「……」スリスリ

にこ「……?」

ことり「ほら、見て」

「?」

ことり「さすっても痛がらないから」スリスリ

にこ「……あ、あいたっ……立っていられない」

海未「にこ……バカみたいですよ」

にこ「ば、バカって……」


「ちゃんと前を見ていませんでしたぁ、ごめんなさい」ペコリ

にこ「……べつにいいけど」

「ご迷惑をかけたお詫びをします……」

にこ「じゃあ、ポテトを――」

海未「年下にたからないでください。
   ただぶつかっただけですよ、あまり気にしないで」

ことり「にこちゃんって大袈裟だから」

にこ「……どうして猫を追いかけたの?」

「ただ……なんとなく?」

猫「……」

343: 2014/04/09(水) 23:04:38.18 ID:UD3DMEW5o

真姫「演奏中ね、一緒に遊んでいた頃を想い出してた」

穂乃果「私も、なんだか情景が広がっていくようで――」


にこ「な、なんなのこの二人……」

海未「久しぶりに会う時は大体あんな風ですよ」

にこ「近寄りがたいわね……」


「り、凛ちゃん……」


「あ、それでは、失礼します!」

タッタッタ


にこ「私たちも帰りましょ」

海未「……そうですね」

ことり「……」


真姫「ほのちゃんのリクエストがあれば、いつでも弾くから」

穂乃果「ありがとう――真姫!」


……




にこ「ほら、出てきなさい」

猫「……」ピョン

海未「電車で移動したこともあるって言いましたが、どこへ行ったのですか?」

にこ「希と、ボランティア部の活動で山の方まで」

ことり「山?」

にこ「自治会の遠足みたいなものよ。
   ずっと付いてくるから、希が連れて行こうって」

猫「にゃ」

海未「本当に不思議なネコですね」

にこ「そうよね……希のせいでそういう感覚が麻痺してたわ」


真姫「今度はいつ逢えるの?」

穂乃果「明日――は、登校日だから……明後日は?」

真姫「うん」

穂乃果「どこか行きたいところとかある?」

真姫「どこでもいい。ほのちゃんたちと一緒なら……」

穂乃果「わかった。こっちで考えておくね」

真姫「……うん」

穂乃果「帰ったらメールするから」

真姫「うん」


344: 2014/04/09(水) 23:05:45.93 ID:UD3DMEW5o

にこ「……え、明日って登校日なの……?」

海未「日にちを確認していないとは……相当堕落した生活を送っているのですね」

にこ「う……」

ことり「もしかして、来週の全国大会のことも忘れてたり……?」

にこ「それは忘れてないわよ。穂乃果に嫌というほどメールもらってるから」


猫「……」


真姫「ことちゃん、うーちゃん」


海未「……はい?」

ことり「……?」


真姫「また明後日、ね」

海未「はい、おやすみなさい、真姫」

ことり「今日はお疲れさま♪」


真姫「うん。おやすみ」

穂乃果「気をつけて帰るんだよ~」


「……うん」



にこ「今日は早起きしたから、夜は眠れるはず」

海未「演奏中寝ていたではないですか」

ことり「私たちも帰ろう~」


穂乃果「……」


猫「…………」



……




穂乃果「……」

スタスタ



にこ「ねぇ、穂乃果の様子……おかしくない?」

海未「……」

ことり「……」

345: 2014/04/09(水) 23:08:09.30 ID:UD3DMEW5o

にこ「何かあった?」

海未「……いえ、何もありません」

ことり「海未ちゃん」

海未「……そうですね。ことりは穂乃果のところへ」

ことり「……うん」

タッタッタ

にこ「?」

猫「……」


ことり「穂乃果ちゃん」

穂乃果「……?」

ことり「にこちゃんが明日、登校日だってこと忘れてたんだって」

穂乃果「えぇー……?」


にこ「ちょっと、なんなのよ、その話題の入り方!」

海未「……」

にこ「ひ、日にちが一日ずれてただけよ」


海未「いま思い起こしてみれば――」

にこ「……?」


海未「――穂乃果は小さい頃から、あんな表情をしていたのかもしれません」

にこ「……あんな……表情?」

海未「さっき、ことりが話しかけるまで沈みがちでした」

にこ「……」

猫「……」


海未「どこか遠くをみるような……、胸に穴が空いたかのような顔をするのです」

にこ「……」


海未「その理由を聞いても穂乃果は答えません。いえ……恐らく、答えられない」

にこ「どうしてそう言えるのよ?」

海未「ことりと私がいくら聞いても、返ってくるのは普通の返事」

にこ「……」

海未「隠している素振りもありません」

にこ「……」

海未「だから、ことりは……明るく振る舞って穂乃果と接しているのです」

にこ「……」

海未「手芸部に強く誘ったのも、それが理由でもあるんです」

346: 2014/04/09(水) 23:09:15.82 ID:UD3DMEW5o

にこ「……どうして、その話を私にするのよ」

海未「ボランティア部に入って、その表情をすることが無くなりました」

にこ「……」

海未「にこと出逢って、穂乃果が持つ本来の性格に戻った――と思ったのですが」

にこ「……」

猫「……」


海未「真姫と別れて、またあの表情を……」


にこ「……あの子が原因なんじゃないの?」

海未「真姫が……ですか?」

にこ「別れたその後に沈んでるなら、そうとしか考えられないじゃない」

海未「いえ……それはないかと」

にこ「どうしてよ」

海未「むしろその逆で、穂乃果を元気づけてる……気がします」

にこ「……」

海未「この話をしたのは、今まで通り接してほしいと思ったからです」

にこ「……」

海未「……」


猫「……」

テッテッテ


にこ「クロ……?」


347: 2014/04/09(水) 23:10:18.24 ID:UD3DMEW5o

穂乃果「ことりちゃんとにこちゃんも応援に行けたらいいのにね」

ことり「仙台は遠いよ~」

猫「にゃ」

穂乃果「?」

猫「……」

穂乃果「どうしたの?」

猫「……にゃぁ」

ことり「抱っこして欲しいんじゃないかな」

穂乃果「いいの……?」

猫「……」

穂乃果「じゃあ……」

猫「……」

穂乃果「……」ヒョイ

猫「……にゃ」

穂乃果「クロちゃんが抱っこさせてくれた……!」


にこ「むむむ……! 私のほうが付き合い長いのに……!」

海未「……嫉妬ですか」


猫「……」ピョン

穂乃果「え、もう終わり!?」


猫「……」

穂乃果「もうちょっとだけ~」スッ

猫「……」サッ

ことり「華麗に避けたね」

穂乃果「なんか余計に傷ついた!」


……



348: 2014/04/09(水) 23:11:18.46 ID:UD3DMEW5o

―― 高坂邸


「……ただいま」


「……」


「……」


「……?」


「?」


「うわっ、びっくりしたぁ……。ただいまくらい言いなさい、穂乃果……」


「言ったよ」


「そう……」


「……」


「……どうかしたの?」


「……ううん」


「なんだか、元気が無いわね」


「……そんなことないよ?」


「それならいいんだけど……」


「……手、洗ってくるね」

スタスタスタ


「……」



「最近は、あんな表情しなかったのに……」


……



349: 2014/04/09(水) 23:13:00.05 ID:UD3DMEW5o

―― 秋:音ノ木坂学院


にこ「……夏が……夏が…」

トボトボ


「おっはよー、にこちゃん!」


にこ「夏が――……終わった」

穂乃果「どうしたの?」

にこ「あぁ……あんなに沢山あった時間が……」

穂乃果「過ぎ去った時間を羨んでいるんだね」

にこ「おかしいわよ、誰かが『時間を早めた』に違いないわ」

穂乃果「楽しい時間は早く過ぎるから。相対性理論だよ」

にこ「難しい言葉を使わないで」


猫「……」


穂乃果「クロちゃんおはよー」

猫「にゃ」

にこ「……猫はお気楽でいいわね。寝ていればいいんだから」

猫「……」

穂乃果「この夏、クロちゃんと私の絆がぐっと深まって――」スッ

猫「……」サッ

穂乃果「――ない! 深まってない!」

にこ「一人で騒がしいわね……」


……



―― 放課後:ボランティア部


ガラガラ

にこ「……」


猫「……」

ピョン
 ピョン
  ピョン

猫「……」モゾモゾ


にこ「そうだ、編み物……また一から始めないと……」


猫「……」スヤスヤ


にこ「えっと……どこにしまったっけ……」


……


350: 2014/04/09(水) 23:15:06.42 ID:UD3DMEW5o

にこ「……」チクチク


猫「……」スヤスヤ


ガラガラ

海未「こんにちは」

にこ「……海未一人?」

海未「すぐに穂乃果も来ますよ」

にこ「ふぅん……」チクチク

海未「……」

にこ「……ここ、難しいわね」

海未「あの、つかぬことをお伺いしますが……」

にこ「なに?」

海未「それを……誰に渡すのですか……?」

にこ「誰だっていいでしょ」

海未「私にですか?」

にこ「結構図々しいわね」

海未「それでは、ことり……?」

にこ「消去法で探っても教えないわよ。……隠す必要もないんだけど」チクチク

海未「……なるほど、自分で使うために編んでいるわけではない、と」

にこ「……」

海未「渡す相手は聞きませんが、渡す理由は教えてください」

にこ「どうしてよ」

海未「気になります」

にこ「……なにかと面倒を見てくる人がいるのよ」チクチク

海未「……?」

にこ「自分のことより、まず相手のためにって……」

海未「……」


にこ「去年の冬にね、その人にマフラーを借りたの」

海未「……」

にこ「そしたら、次の日……その人は風邪を引いてしまって」

海未「……」

にこ「元々、体の弱い人だったから」

海未「……」

にこ「だけど、謝れなくて……まだ、マフラーを貸してくれたお礼も言ってなくて」

海未「……」


にこ「……それだけよ」

海未「そうですか……」


にこ「……」チクチク

351: 2014/04/09(水) 23:16:43.61 ID:UD3DMEW5o

―― 生徒会室


希「……――くちゅっ」

副会長「風邪?」

希「違うと思うんやけど……」

副会長「体調はどもない?」

希「……誰かが噂しとるんよ」

副会長「そないなんや」


希「この感覚――……にこっちやな」



―― ボランティア部


にこ「ひっくしゅっ!」

海未「風邪ですか? 規則正しい生活に戻さないと、免疫力が弱ったままですよ」

にこ「……」

海未「今日から学校が始まったのですから、夜は早く寝ましょう」

にこ「うるさいわね……あんたは私の母親なの?」


ガラガラ


穂乃果「よいしょ」


にこ「……?」

海未「穂乃果……それは?」

穂乃果「将棋盤だよ。将棋部から借りてきちゃった」

にこ「なんで借りてくるのよ」

穂乃果「此処においてっと……」

にこ「本当になんでもあり部、にしようとしてるわね」

穂乃果「なんでも部、だよ~。……えっと、これかな」

海未「アルバム、ですか?」


猫「……?」


穂乃果「これだ。みてみて」

海未「?」

にこ「あんたのおばあちゃん、よね」

穂乃果「そうだよ、そして……この写真をよくみるとぉ」

海未「……これは」

にこ「将棋してる……?」

穂乃果「おばあちゃん強かったんだから」

にこ「ふぅん……」

352: 2014/04/09(水) 23:18:11.12 ID:UD3DMEW5o

穂乃果「久しぶりに指したくなっちゃって」

にこ「将棋部で打ってきなさいよ」

穂乃果「私の相手をしてくれる人が居なくて……うみちゃん、覚えてる?」

海未「……はい、一応は」

にこ「二人とも打てるの?」

海未「駒の動き程度ですが」

穂乃果「私たちに教えてくれたのがおばあちゃん」

海未「懐かしいですね」

にこ「……」

穂乃果「うみちゃんと指すのも久しぶりだね」

パチ

海未「小学校以来です」

パチ

にこ「娯楽部って感じになってるわね……」チクチク


穂乃果「それでは、お願いします」

海未「お願いします」


猫「……」


……




海未「王手です」

パチ

穂乃果「……」

パチ

海未「……」

パチ

穂乃果「銀、飛車取り」

にこ「……? 二つ取れるの?」

穂乃果「にこちゃん、将棋を知らなさすぎるよ!」

にこ「な、なによ……」

穂乃果「ひと駒一回しか動けないのにどうやって二つ取るの!?」

にこ「そんなに怒らなくても……」


353: 2014/04/09(水) 23:19:31.31 ID:UD3DMEW5o

海未「……」

パチ

穂乃果「銀、取り」

パチ

海未「……飛車を取られたくないため、引かせましたが……防御が薄くなりましたね」

にこ「……」

海未「……」

パチ

穂乃果「……」

パチ


猫「……」


海未「もう後がありませんね。詰みです」

穂乃果「はぁー、気を抜けなかった」

にこ「まだ動けるでしょ」

海未「さっき取られた銀が控えていますから」

にこ「……逃げればいいでしょ」

パチ

穂乃果「こう動くよ」

パチ

にこ「これを取る」

パチ

穂乃果「角がいるよ」

にこ「角?」

穂乃果「こうやって、王を狙ってる」

にこ「……じゃあ、やり直して……金で守ればいいのよ」

パチ

穂乃果「ここで銀を……王手」

パチ

にこ「……」

パチ

海未「金は斜め下に動かせませんよ」

にこ「……」

パチ

354: 2014/04/09(水) 23:21:31.94 ID:UD3DMEW5o

海未「ちょっと……なぜ、香車を横に動かすのですか」

にこ「出来ないの?」

穂乃果「できないよ。にこちゃんが動きの知ってる駒ってどれ?」

にこ「えっと……飛車……と、角と……銀と歩?」

海未「よくそれで代わりをしようと思いましたね……」

穂乃果「最初から教えるから、一緒にやろう?」

にこ「眠れる獅子を起こすことになるわよ」

穂乃果「はいはい」

にこ「流さないでっ」

海未「ふふ」


猫「…………」



……




パチ

穂乃果「王手」

にこ「むむむ……!」

海未「詰み、ですね」

にこ「穂乃果、最初に外した飛車と角を私にちょうだい」

穂乃果「ハンデが大きすぎるよ!」


猫「……」


海未「珍しいですね、クロがこんな近くで……」

穂乃果「将棋に興味あるの?」

猫「にゃ」

穂乃果「無いよね~」

にこ「今日始めたばかりの初心者なんだから、もっとハンデをくれてもいいでしょ?」

穂乃果「じゃあ……六枚落ちでいい?」

にこ「六枚?」

穂乃果「飛車と角、香車と桂馬を外すの」

にこ「よしよし」

海未「獅子の片鱗が少しも見当たりませんね……」


ガラガラ

ことり「お待たせ~♪」

海未「あ、もうそんな時間ですか」

355: 2014/04/09(水) 23:28:38.69 ID:UD3DMEW5o

穂乃果「明日にしよっか」

にこ「明日は剣道部でしょ」

穂乃果「あ、そうか……どうしよ?」

にこ「最後に一回だけやりましょ」

穂乃果「うん!」


ことり「将棋……?」

海未「そうです、穂乃果が借りてきて……。その紙は?」

ことり「お母さんから渡されたの」

海未「……定例清掃ですね」


穂乃果「……あれ?」

にこ「なに?」

穂乃果「どうして私が落とした香車たちがそっちにあるの?」

にこ「クロが動かしたのよ」

猫「……」

穂乃果「獅子ってもっと、格好いいものだと思ってたよ」



……




―― 帰り道


海未「まさか、6枚も貰って負けるとは思いませんでした」

にこ「……」

穂乃果「でも、にこちゃんの攻めは面白かったよ」

にこ「面白いってなによ?」

穂乃果「奇抜な動きっていうのかな、読みが全然当たらないの」

にこ「聞いた、海未?」

海未「したり顔ですね」

にこ「ほら、私の後ろに見えるでしょ、獅子の姿が」

ことり「……うん、見える」

にこ「?」


猫「……」

希「にゃぁ~」


穂乃果「獅子っていうより、子猫。可愛いよ!」

にこ「強いから可愛いへクラスチェンジしたの☆」キャピ

海未「……」ジー

にこ「なに?」

海未「いえ、なんでもありません」

356: 2014/04/09(水) 23:30:01.81 ID:UD3DMEW5o

猫「……」ジタバタ

希「おっとっとぉ」


穂乃果「また捕まっちゃったんだ」

猫「……」

希「みんなの後ろを歩いてて、隙だらけやった」

ことり「去年から一緒にいるんですよね」

希「そうや……。ほら」

猫「……」ピョン

希「にこっちが入部した頃と……大体同じ頃なん」

穂乃果「にこちゃんの事が好きなんじゃない?」

にこ「おいで~」ポンポン

猫「……」シーン

にこ「これで好意を持たれてるって思えないんだけど」

海未「こちらの言葉が分かっているような素振りをみせますし……何者なのでしょうか」

希「まぁ、悪意は感じられないから好きにさせてるんやけど……、詮索するだけ無駄な気もするんよ」

にこ「どうせその内、居なくなったりするのよ。全部きまぐれよ」

希「何かを待っているような気もするんやけどなぁ?」

猫「…………」

ことり「……不思議だね」

穂乃果「うん、不思議だぁ」

海未「不思議で片付けていいことなのでしょうか……」


……



357: 2014/04/09(水) 23:32:19.50 ID:UD3DMEW5o

―― 晩秋:音ノ木坂学院


希「……ふぅ」


にこ「おはよ」

希「あぁ……にこっち……、おはよう」

にこ「ちゃんと目を覚まして歩かないと人にぶつかるわよ」

希「ふふ、そうやな」

にこ「……」

希「……ふぅ」


ビュゥゥウウ


希「風が冷たくなって来た……っ」

にこ「……」

希「すぅ……ふぅ……」

にこ「ちょっと震えてない?」

希「うちが?」

にこ「……」

希「冷たい風に身を震わせてるんよ」

にこ「……」

希「にこっちは寒くない?」

にこ「我慢できるくらいだけど」

希「そうなん……」

にこ「……」

希「……ふぅ」


にこ「…………」

ギュ


希「おぉ……、にこっち……」

にこ「……」

希「他にも登校中の生徒がおるんやから……手を握られると……うち恥ずかしい」

にこ「汗ばんでる……」

希「……」

にこ「あんた、風邪ひいてるんじゃないの?」

希「微熱……やから、心配いらへんよぉ?」

にこ「保健室に行くわよ」グイッ

希「…………」


猫「……」


……


358: 2014/04/09(水) 23:33:55.73 ID:UD3DMEW5o

―― 保健室


ピピピピピ


希「……」

にこ「ほら、体温計、出しなさいよ」

希「……微熱や言うたやん」

にこ「……37度2分」

希「意外と心配性やなぁ」

にこ「あんた、体弱いんだから……」

希「……くしゅっ」

にこ「担任には私が言っておくから、ちゃんと寝てなさいよ?」

希「大丈夫や言うてるのにぃ」

にこ「いいから寝てなさい」

スタスタスタ


ガラガラ


穂乃果「おぉっ、びっくりした」

にこ「……どうしたのよ?」

穂乃果「にこちゃんが希先輩を引っ張っていくのを見たから」

にこ「ちょっとした風邪よ」

穂乃果「風邪……」


……




希「すぅ……すぅ……」


猫「…………」



……




希「……ん……ん」


にこ「……」チクチク


希「ん……?」

にこ「あ、起きた?」サッ

希「うん……いま、何を隠したん?」

にこ「隠してないわよ。寝ぼけてるんじゃないの?」

希「うん~……?」

359: 2014/04/09(水) 23:47:35.73 ID:UD3DMEW5o

にこ「ほら、体温を計ってみて」

希「……にこっち……ずっと居てくれたの?」

にこ「ううん、今の休み時間だけ」

希「……」

にこ「どうしたのよ?」

希「ずっと……誰かが傍に居てくれた気が……」

にこ「ふぅん……」

希「ミステリーやな」

にこ「元気そうじゃない」

希「少し寝たらスッキリしたみたい」

にこ「よかったわね」

ピピピピピ

希「……36度7分」

にこ「……」

希「教室に戻ってもええやろ?」

にこ「どうして私に聞くのよ」


……




―― 放課後:ボランティア部


にこ「……」チクチク


猫「……」スヤスヤ



ガラガラ


穂乃果「こんにちはー」

ことり「こんにちは~」


にこ「……」チクチク


穂乃果「一所懸命だね」

ことり「わぁ、上手になってる」


にこ「ペース上げないといけないんだけど、どうしたらいい?」

ことり「えっと……、集中すること、かな」

にこ「……そう」チクチク


穂乃果「そういえば、この部屋って暖房器具がないよね」

にこ「……」チクチク

穂乃果「集中してる……。ことりちゃん、希先輩に相談してこようよ」

ことり「わかった」

360: 2014/04/09(水) 23:48:45.67 ID:UD3DMEW5o

にこ「……」チクチク


……




穂乃果「ここでいいよね。よいしょっ」

ことり「あ……、コンセントに届かない。延長コードも借りてくるね」

穂乃果「うん、お願いね。……えっと、ポットのお湯は……」

カパッ

穂乃果「空っぽだ。……水を入れてから行けばよかったよ」

にこ「……」チクチク


猫「……」


穂乃果「使われてない電気ストーブ、借りてきたよ」

にこ「……うん」チクチク

穂乃果「そうだ、点ける前に埃を落としておかないと」

にこ「……」チクチク


……




ことり「……」


穂乃果「……」


猫「……」


にこ「……」チクチク


にこ「……?」


にこ「静かすぎると思ったら……なにしてんの、あんたたち?」

ことり「本を読んでいます。小説です」

穂乃果「アルバムを見ています。過去を遡るのです」

にこ「そう。……ちょっと休憩」

ことり「お茶を淹れます」

穂乃果「まんじゅうを添えます」

にこ「あ、持ってきてくれたの? このまんじゅう美味しいのよね」

穂乃果「にこちゃんはつぶあん派? それともこしあん派?」

にこ「こしあん派」

穂乃果「じゃあ、こっちを」

ことり「はい、お茶をどうぞ」

にこ「ありがと。……目が疲れた」

361: 2014/04/09(水) 23:50:44.56 ID:UD3DMEW5o

猫「……」

ピョン
 ピョン
  ピョン

猫「……」


穂乃果「クロちゃん、こっちおいでよ」


猫「……」


にこ「構うと離れてくわよ」

穂乃果「そんなことないよ、こういうのはこっちから動かないと」


穂乃果「よいしょ」


猫「?」


穂乃果「うひひ、もう逃げられないよ~」

猫「……」

穂乃果「大人しくしててね~」ヒョイ

猫「……」

穂乃果「あ、あれ……? 意外と大人しく捕まった」


ことり「そこで暴れたら穂乃果ちゃんが危ないから……」

にこ「落ちたら大変でしょ……もぐもぐ」


穂乃果「気を遣われてる……?」

猫「……」

穂乃果「それならいつも気を遣っててよ。……なんて」

猫「にゃ」


ガラガラ


海未「くつろいでいますね」

希「平和やなぁ」


にこ「希も一緒なのね……」サッ


ことり「希先輩、こっちに座ってください」

希「ありがとう~。ストーブ、使えてるようやね」

ことり「温かいですよ」

穂乃果「見てください、クロちゃんが私の膝の上に――」

猫「……」ピョン

穂乃果「あぁ、そんな……」

希「恥ずかしがり屋やな、にこっちに似て」

にこ「勝手に言ってなさいよ」

362: 2014/04/09(水) 23:51:52.73 ID:UD3DMEW5o

希「照れ屋でもあるんよ。そして、寂しがり屋でおっちょこちょいで素直じゃなくて」

にこ「言い過ぎよ!」

穂乃果「あはは」

猫「……」

ことり「はい、海未ちゃん。今日はココアだよ」

海未「ありがとうございます。……温まりますね」

穂乃果「外は雨が降りそう……傘持ってきてたかな?」

にこ「私は置いてあるのがあるから平気」

希「もう、冬……やな」

穂乃果「だけど、ここはあったかいよね」

ことり「5人も居れば暖まるよね♪」

穂乃果「来年は、真姫も一緒だから、6人!」

にこ「あのつり目の子も入部させるつもり?」

穂乃果「もちろん!」

にこ「好きにすればいいけど」


希「来年は6人、か……」

猫「……」

希「去年の夏まではうちらだけやったのになぁ?」

猫「にゃ」


海未「これからの定例清掃は気合入れていかないといけませんね」

ことり「そうだね、重装備で行かないと」

穂乃果「にこちゃんも朝のトレーニングに参加しようよ」

にこ「絶対に嫌ッ!!!」


希「ふふ……、よかった」

猫「……」


……



363: 2014/04/09(水) 23:53:38.63 ID:UD3DMEW5o

―― 3日後:音ノ木坂学院


ビュウウウウウ


希「っ……」


希「こほっ」


にこ「ほら、これ使いなさいよ」

ボロッ

希「……? 雑巾?」

にこ「ま、マフラーよ……ッ」

希「あ……」

にこ「……っ」グスッ

希「手作りなんやな……」

にこ「……そうよ」

希「最近、何か隠してると思ったら……」

にこ「い、いいから使いなさいよ」

希「……うん」

にこ「……急ぎすぎたせいで、網目も綺麗じゃないし、長さもおかしいけど」


希「……」


にこ「雑巾のような……不出来な物になったけど……」


希「…………あったかい」


にこ「来年はもっと良いのを作ってみせるから、今年はこれで我慢しなさ――」


希「ありがと、にこっち」

ギュウウ


にこ「――!」


希「あったかいんよ」

にこ「う、うん……」

希「内からポカポカ……温まる」

にこ「わ、わかったから……離れなさいよ……」

希「雑巾なんて、言ってしまって……ごめん……ね」

にこ「いいわよ、そんなの。……だから、離れなさいよ」

希「……」

ギュウウウ

364: 2014/04/09(水) 23:55:00.93 ID:UD3DMEW5o

穂乃果「今日は白餡だよ」

ことり「私も、今日は厳選茶葉を持ってきちゃった♪」

海未「……太りますよ、二人とも」

穂乃果「私は朝練してるもん!」

ことり「……」

海未「ことりも……参加しますか?」

ことり「よろしくお願いします」

穂乃果「じゃあ、明日から――」


にこ「ちょっと! 素通りはやめて!?」


穂乃果「いやぁー……」

ことり「ご、ごゆっくりぃ~」

海未「……」

スタスタスタ


にこ「海未は至ってはこっちすら見ないってなんなのー!?」

希「登校途中に、うちらは何をしとるんやろな」

ギュウウ

にこ「そう思うんならさっさと離れなさいよ!」

希「もうちょっと~」


……



365: 2014/04/09(水) 23:58:34.35 ID:UD3DMEW5o

―― 正月:神社


カランカラン

パンパン

穂乃果「今年も楽しい1年でありますように……!」

ことり「今年もみんなと一緒にいられますように」

海未「平穏無事でありますように」

にこ「……」


巫女「おけましておめでとう」


穂乃果ことり海未「「「 おめでとうございます 」」」

にこ「?」

穂乃果「いつも、この神社でトレーニングしてるの」

にこ「あぁ、だから顔見知りなのね」

巫女「さ、おみくじをどうぞ」

穂乃果「よぉーし」

にこ「去年は末小吉だったから、今年はもう少しランクを上げて欲しいわね」


海未「忙しそうですね」

巫女「正月だからね。……人出も足りなくて」

ことり「バイトの人、中々見つけられなくて……」

巫女「いいのよ、気にしないで。こっちが勝手に頼んだことなんだから」

海未「私たちの周りに、巫女ができる人はいないようです」

巫女「しょうがないわよね、高校生なんだから、忙しいだろうし」


【ラブライブ】穂乃果「時の旅人」【3】

引用: 穂乃果「時の旅人」