407: 2013/11/15(金) 13:54:16 ID:qfNwpSHM

408: 2013/11/15(金) 13:55:05 ID:qfNwpSHM

関所から離れた険しい山を越え、グリフォンの編隊は西の台地を目指す。

星明かりにうっすらと浮かぶ山岳の尾根、彼方に横たわり三日月の光を縦長な帯として映す海。

初めて空から眺める大地は、例え夜の景色であっても目を奪った。

男「…降下してるな」

時魔女「もうそろそろ飛び立って20分経つだろうから、いったん降りて休憩かな」

幼馴染「真下は真っ暗に見えるから、森なのかな…?降りられるところ無さそうだけど」

開けた場所を探して旋回するグリフォン。

少しして針路をとった先には、漆黒に沈む森の中にあってそこだけ星明かりを反射する部分がある。

最初小さな池だと思えたその場所は、近付いてみれば直径半マイルはあろうかという湖だった。

やはり上空から、しかも夜間では大きく感覚が狂うものだ。

湖畔にはなだらかな砂利の浜辺があり、グリフォンの編隊は静かにそこへ降り立つ。
葬送のフリーレン(1) (少年サンデーコミックス)
409: 2013/11/15(金) 13:55:38 ID:qfNwpSHM

暫し翼を休めるグリフォン達は、湖面に嘴を浸け水を飲んでいる。

その湖の背景、森の彼方に仄かに見える一定の高さで水平に続く稜線こそ、西の台地に違いない。

男「…ついに禁足地に入ったのだな」

果たして翼竜が潜むのは台地の上か、この裾野か…

幼馴染「まだ関所の向こうってだけで、禁足地なのは台地の上じゃないの?」

男「揚げ足とるなよ…入っちゃいけねえんだから、禁足地の内だろうが」

時魔女「『ついに禁足地に入ったのだな…』だって、間違ってんのに格好つけてたよー」

どうも幼馴染と時魔女にかかると緊張感が薄れる。

飛び立つ前の話、ちゃんと聞いてくれていたのだろうか。

男「はいはい、俺が間違ってました…」

だがここでそれを咎めたりすると、決まって屁理屈に丸め込まれるのだ。

俺はあえて気にせず、探索に向けての話をしようと騎士長の元へ向かった。

男「騎士長、ちょっといいか。今後の事だが…」

410: 2013/11/15(金) 13:56:15 ID:qfNwpSHM

男「グリフォンは負荷状態で一度に20分の飛行をして、次の飛行までどの位の休息が必要だ?」

騎士長「同じだけも休めば飛べるが…あまり多く繰り返せば次第に飛べる時間は短くなるな」

男「まだ遥かに見える台地の稜線だが、今夜中にあの裾までは飛べるだろうか」

暗くてよく判らないながらも、見渡す裾野に翼竜が潜めるような地形は少ないと思われた。

ならば可能性が濃いのは、台地周囲の起伏に富んだ範囲だろう。

騎士長「それは問題ない。山岳を越える際はかなりの高度を飛んだが、これからは低空を飛ぶ方が安全でもある」

男「飛ぶ高度によって何か変わると…?」

騎士長「高高度では空気が薄くなる故、グリフォンの体力消耗も早くなる。これからの低空飛行では倍も速度が出せましょう」

僅か二十分で山岳を越えたあの速さの倍とは、恐れいった。

さっきは景色を見る事に気を奪われ忘れていたが、今度こそ船酔いの状態を覚悟しなければならないかもしれない。

男「できれば暗い内に裾まで進み、夜明けの薄明かりで一度台地の上を見ておきたい。どこに腰を据えるかは、そこで決めよう」

騎士長「それで良いでしょう。地形を把握した上で、どこで翼竜を迎え討つか定める…賢明ですな」

411: 2013/11/15(金) 13:56:56 ID:qfNwpSHM

男「じゃあ、そういう手筈で行こう。グリフォンの休息が充分になったら、教えてくれ」

騎士長「承知した」

男「…では、騎士長も出来るだけ休んでくれ。ただ乗せてもらっているだけの俺達よりは神経をつかう分、疲れるだろう」

騎士長「何、どうという事はない…。それより、男殿…ひとつよろしいか」

既に振り返り、女達の元へ歩もうとしていた俺を騎士長が呼び止める。

男「…何だ?」

騎士長「本来なら大切な戦いを控えた今、話すような事ではないかもしれないが…」

少し言い難そうな話し方、まだ付き合いは浅くとも彼らしくないと思った。

412: 2013/11/15(金) 13:57:27 ID:qfNwpSHM

男「幼馴染の事…か」

騎士長「…聞いておられたか、お恥ずかしい」

男「聞いているのは掻い摘んだところだけさ」

騎士長「知っておられるなら単刀直入に言おう。私は翼竜を討った暁には、再度…幼馴染殿に求婚をするつもりだ」

男「…なるほど、随分と惚れたものだな。だがその事は俺に断る必要は無いよ」

騎士長「…男殿に妻があると聞いた時は驚き申した。本当は一度、貴殿と決闘をする覚悟であったのだが」

男「はは…怖い事を。俺は翼竜を倒した後は、妻の為にも氏ぬわけにはいかん。だが、模擬戦ならばいつでも受けよう」

騎士長「翼竜を倒した後は…か。相当な覚悟をもって竜に挑むおつもりなのだな」

男「…命を賭して、そう言うと妻に怒られてしまうけどな」

413: 2013/11/15(金) 13:58:00 ID:qfNwpSHM

男「…まあ、この話は後だ。戦いが終われば存分に聞くさ。出来る事なら、俺もあいつには幸せになって欲しい」

全ては翼竜を討った後の話だ。

俺が女を本当に妻とするのも、騎士長と幼馴染がどんな道を歩むのかも。

逆賊となった俺達が、どこに身を寄せるか…それも今考えたところで仕方の無い事。

氏地を目指そうとするなら、その先の未来を想い過ぎる事は枷にしかなるまい。

騎士長「もう、休息は足り申した。いつでも飛びましょう」

命を賭して挑む。

でもそれは氏ぬ事を望むわけではない。

俺にその先を想う権利はあるのか、それを知るために。

男「…行こう。未来を想うのは生き残ってからで、遅くはあるまい」

414: 2013/11/15(金) 13:59:36 ID:qfNwpSHM

………



それから数度の休息を経て、遂に台地の麓へと降りる。

夜空の星が巡る位置を考えれば、思う以上に早い時間に着けたようだ。

まだ夜明けまでは三時間ほどもあるだろう。

少し森から距離をとった平原、見通しの効く場所を仮の陣地と選び、幾つかの控えめな焚き火を起こした。

毛布などの荷物は持ってきていないから、各自その火の周りで待機する。

男「夜明けまで交代で見張りだ。グリフォン隊は夜間飛行で疲れた事だろう…残りの者を二手に分けろ」

傭兵長「解り申した、では…」

415: 2013/11/15(金) 14:00:59 ID:qfNwpSHM

昨日は日中これといって動いてはいないが、さすがに深夜も過ぎれば眠たくなるのも無理はない。

隊員達は焚き火の周りで、座ったままうつらうつらとしている。

しかし俺は翼竜戦に向けて気が張っているのか、なかなか寝つく事はできずにいた。

男(でも、少しでも寝て万全を期さなきゃな…)

隣で目を閉じ、時折舟を漕ぐようにしている女。

不思議なものだ、こうして彼女の穏やかな横顔を見ているだけで、張り詰めた気分が和らいでゆく。

次第に俺の意識も、眠りの淵へと落ちていった。

416: 2013/11/15(金) 14:04:23 ID:qfNwpSHM
………


男(…ここは…?…暗い…空が暗いのか)

『……大丈夫です……』

男(…この声は…女……?)

『私は男さんの妻…でも』

男《…女、どこにいる。何を…》

『…それは形式上の事ですので』

男《…女……どうした、誰と話しているんだ》

『ごめんなさい…男さん』

男《聞こえないのか?…女、何を言っている…》

『貴方の妻となれない事…お許し下さい…』

男《おい、女…!》

『私は……………の妻となります』

男《…待て…どういう事だ…!?…女……女っ…!》

417: 2013/11/15(金) 14:05:36 ID:qfNwpSHM
……………
………



女「…さん!…男さん!」

男「女…!う…ぅ…ん?…あれ?」

女「どうされたのです?…すごくうなされていましたけど。もう夜明けですよ」

目を覚ますと女の顔が目の前にあった。

冷えた明け方だというのに、俺は額に汗をかいている。

男(…なんだよ、今の夢は)

戦いに備えるつもりだったのに、妙な夢のせいでちっともすっきりとしない目覚めになってしまった。

男(女が俺を捨てて、違う者と結ばれる…か)

もし俺がこの戦いで氏ぬのならば、当たり前の話かもしれない。

そうでなければあり得ない…と、信じたいが。

428: 2013/11/18(月) 11:14:33 ID:cehwDkSo

グリフォン隊は既に整列し、来るべき決戦に向けて待機している。

他の隊員達も言葉少なく、その闘志を研ぎ澄ましているようだ。

男「騎士長、予定通り薄暗い内に一度台地の上を見ておきたい」

騎士長「ああ、私のグリフォンの鞍を複座としてある。すぐに乗って頂こう」

男「傭兵長、すぐに戻る。暫く指揮を引き継いでくれ」

傭兵長「承知した。何かあったら、幼馴染殿の炸裂の矢を上空に射って頂きましょう」

台地の上、定められた本当の禁足地。

足を下ろす訳でなくとも、そこを見た者など今の世に存在するのだろうか。

俺は騎士長と共にグリフォンの背に乗り、薄っすらと青みを帯び始めた空へ舞った。

429: 2013/11/18(月) 11:15:06 ID:cehwDkSo

男「何だ…これは」

台地の上を見た最初の感想は、予想外という表現しかつけられないものだった。

騎士長「なんという…このような地形があり得るのか」

男「あまりに異様だな…自然の摂理によって、こんな形状になるとは思えん」

何も無い、それが最も相応しい表し方だろう。

まるで山を巨大な刃で削ぎ落としたかのような、真っ平らな地形。

高さは500フィート、直径は5マイルほどだろうか…比較できる構造物が何も無いからそれもあやふやではあるが。

これだけの面積が受ける雨も馬鹿になるまいに、何故か台地上には湖はおろか小川すら無い。

それどころか木々の姿も目立った岩も、窪みや丘のひとつさえも無く、まるでテーブルの様な人工的な平坦さ。

しかしこのような真似を人間が出来るとも思えなかった。

男「少なくとも翼竜を迎え討つに相応しい地形ではないな…」

騎士長「身を隠す場所すら無いのでは、有利とは言えますまい」

男「ただ、見張りを置くには優れているな。ここにグリフォンを数体配置すれば四方全て……」

その時、視界の端の空に閃光が映った。

430: 2013/11/18(月) 11:16:01 ID:cehwDkSo

男「幼馴染の矢だ…!何かあったか!」

騎士長「男殿、手綱をしっかりと持ってくれ!飛ばすぞ…!」

ものの十数秒、全速のグリフォンが戻った先に見えたのは、夥しい魔物と交戦する隊の姿だった。

騎士長「馬鹿な…!こんなに竜が…!」

その魔物の全てが、竜族。

翼を持つ飛翔竜、地を這う脚竜など幾種もの竜が隊を囲んでいる。

これらの雑多な竜は、個々のつよさとしては七竜には遠く及ばない。

しかしそれでも竜族は強大な魔物として怖れられる存在。

それがこんな数で群れをなすとは、信じ難い光景だった。

431: 2013/11/18(月) 11:17:07 ID:cehwDkSo

騎士長は飛翔竜の間を掻い潜り、俺を地に降ろすと長槍を構えて再び空へ飛んだ。

幼馴染「男…!時魔女ちゃんと女さんのところへ…!」

男「解った…!」

女達は台地の崖を背に、赤い肌の竜と対峙している。

俺はそこへ駆けながら、間を阻む蛇の様な竜に切りかかった。

男「女…!少し凌げ…すぐに行く!」

女「はい…!」

彼女の凍結魔法が赤竜の身体を捉える。

威力を思えばやけに詠唱が早いのは、時魔女が時間加速を彼女に施しているからだろう。

本当なら翼竜戦まで魔力や弓兵の矢はできるだけ温存しておきたいところだが、この状況では止むを得ない。

男(くそ…トリガーを引く訳にはいかん!)

しかし七竜の鱗を裂けるこの剣の特殊効果は、肝心の一戦までとっておくべきだろう。

432: 2013/11/18(月) 11:17:39 ID:cehwDkSo

男「くたばれ…!!」

数度の斬撃により動きの鈍った竜の首を狙い、渾身の一撃を浴びせる。

喉元を大きく裂かれた蛇の竜が青い血を吹きながら地に崩れた。

男「女!大丈夫か…!?」

彼女らの方を向き直ると、赤竜が力無くその胴を地に擦っている。

女「終わりです…!」

瞬時に現れる雷雲、青白い稲妻。

俺が向かうまでもなく、彼女達は赤竜を仕留めた。

433: 2013/11/18(月) 11:18:10 ID:cehwDkSo

男「さすがだな…!だが出来るだけ魔力は温存してくれ!」

女「この程度、何と言う事はありません」

時魔女「女ちゃん、かっくいい!」

息があるかは知れないが、数名の隊員達が地に伏せている。

飛翔竜はグリフォン隊が引きつけてくれているらしく、地上を襲ってはこない。

男(これ以上、兵は減らさせん…!)

傭兵長「隊長殿!一体、行きましたぞ…!」

鰐のような体躯をした脚竜が、似合わぬ速さで俺に迫る。

男「来い…!切り伏せてやる!」

434: 2013/11/18(月) 11:19:01 ID:cehwDkSo

少しずつ視界が鮮明になってゆく、太陽が地平から覗き始めたのだ。

そして不意に戦場に射すその白い光線が揺れる。

それと同時に歩みを止め、その身を竦ませる脚竜。

男(何だ…?)

その竜だけで無く、空に舞う飛翔竜も含めた全ての竜が身体の向きを変え森へ、あるいは空の彼方へと散ってゆく。

幼馴染「どうしたの…急に」

また、太陽の光が陰り揺れた。

男(何かに怯えていた…まさか…)

上空から騎士長の声が響く。

騎士長「男殿…!東だ、朝日を背に…!」

眩い旭日に浮かぶシルエット、悪魔のような蝙蝠の翼。

竜達が怖れ、道を開けた主の姿がそこにあった。

男「来たか…翼竜…!!」

435: 2013/11/18(月) 12:27:19 ID:cehwDkSo

数名でも兵は失われた。

多少なりとも魔力や矢を消費してはいる。

迎え討つと呼べるほど体制が整っているわけではない。

男「…多くは言わん!」

それでも背後にする台地の崖には身を潜められるところは幾らかある。

あのまま雑多な竜に人員を削られる事を思えば、今挑む事は不利ではない。

男「総員…!健闘を祈る!…そして」

瞬く間に翼竜が接近する。

先ほどまでの乱戦に気付いていたのか、真っ直ぐにこちらを目指している。

男「…生き残れ!竜を堕とし、互いの肩を抱こうぞ!」

隊員「おおおおぉぉっ!!」

グリフォン隊がV字編隊を組み、翼竜を迎える。

速度を落とし、咆哮を上げる翼竜。

その瞳は、敵意と紅き光を湛えていた。

436: 2013/11/18(月) 20:26:12 ID:cehwDkSo

グリフォンが翼竜を取り囲むように散開する。

翼竜の高度のやや上、翼の周囲でその動きを阻害するように。

数体はわざと視界に入りその注意を引き、氏角から別のグリフォンが翼の付け根や喉元を狙って突入を繰り返す。

男「上手い…既に高度が少しずつ落ちている」

二体のグリフォンが交差するように翼竜の喉元を目指した。

弓や魔法の射程に捉えるには、まだ幾らか高度を落とさせなければならない。

竜の氏角、頭上から急降下する一体。

他のグリフォンにも増して動きが鋭い、おそらく騎士長の駆るものだろう。

そのまま速度を槍撃に乗せて、頭の付け根に刃をたてる。

硬い鱗の隙間を突いたか、青みの強くなった空に赤い鮮血の飛沫が舞った。

437: 2013/11/18(月) 20:28:15 ID:cehwDkSo

がくん…と、竜が高度を落とす。

身を捩り、斜め下方に逃れようとしたかに見えた。

しかし数体のグリフォンがそれを追ったその時、一瞬身を竦めた翼竜は身体を捻り、驚くべき速さで反対に向き直る。

予想外の動き、即座に散開するも一体のグリフォンがその眼前に取り残された。

時魔女「あ…!」

幼馴染「だめ…回避が間に合わない!」

延べられる翼竜の首、避ける事が叶わず顎に囚われるグリフォン。

鷲の羽根が空に散り、その胴体が千切られる。

騎士「は…ははっ!これは…亡き先王からの…預かり物だっ…!」

虜の騎士が力を振り絞り槍を突く。

顎の中へその切っ先を抉り込むと、翼竜は小さく呻くような鳴声をあげた。

また空に霧の様に吹いた鮮血は竜のものか、勇ましき騎士のものか。

力を失ったグリフォンと引き裂かれた騎士の身体が木の葉のように舞い落ちる。

438: 2013/11/18(月) 20:29:05 ID:cehwDkSo

男「…見事だ、白夜の騎士!弓兵、掃射準備!彼の者に報いるぞ!」

弓兵「はっ…!!」

痛みに動きを鈍らせた翼竜、その背後からまた二体のグリフォンが翼の付け根に突入した。

翼竜の高度が更に落ちる。

幼馴染「炸矢ならもうダメージは与えられるわ!」

男「一時グリフォンを退避させなければならん!合図として少し離したところを射て!」

幼馴染「解った…!いけっ!」

翼竜、そしてグリフォン隊から50ヤードばかり離れた空中で矢が炸裂する。

高度的には充分に届いているようだ。

男「すぐに次を射るんだ!今度は喰らわせろ!それから時魔女…!」

時魔女「もう始めてるよ!…時間停止モード、コンバート完了…目標ロックオン!」

幼馴染「炸矢…複式!」

グリフォンが少し距離をとった、その隙に翼竜は空域を逃れようと大きく翼を広げる。

その翼下、数本の矢が閃光と轟音をもって炸裂した。

羽ばたきを阻害され、バランスを崩す翼竜の巨体。

439: 2013/11/18(月) 20:30:04 ID:cehwDkSo

男「弓兵!掃射はじめっ!…女!雷撃魔法を準備しろ!」

女「はいっ!」

矢の弾幕が翼を襲う。

しかしバランスを失いかけた竜は、空中に踏みとどまるために翼を閉じる事ができない。

蝙蝠のそれに似た翼が、矢に射られ穴を穿けられてゆく。

女「詠唱終わりました…!放ちます!」

翼竜の頭上、覆い被さるような雷雲が現れる。

女「堕ちなさいっ!翼竜…!」

自然の稲妻にも遜色の無い、目も眩むほどの落雷。

翼竜は長い首を反らせ、その体躯を痙攣させている。

それでも堕ちまいと更に大きく、三対の翼を全て重ならないように広げきった。

まさに今、この時、この機を逃すわけにはいかない。

時魔女「時間停止…発動っ!!」

俺の指示を待つまでもなく、時魔女がその能力を解放する。

刹那、翼竜は空に縛られた。

440: 2013/11/18(月) 20:30:46 ID:cehwDkSo

グリフォン隊が再び一斉突撃をかける。

槍によって切り裂かれてゆく翼、動けない翼竜。

一度の突入で一対の翼は既に風を受けられないであろう程に破れている。

時魔女「もう堕ちるかな…!?今、時間停止を解けばまたすぐにチャージできるよ!」

まだ時間停止を発動して数秒。

地上に堕ちた翼竜の動きを縛る事が可能なら、勝利は見えたも同然だろう。

空中で止まった竜の体勢は著しくバランスを失ったものに見える。

おそらくもう、竜は堕ちる。

男「…解除しろ!」

時魔女「了解っ!」

動きを取り戻した竜が、傾き、失速する。

散る血飛沫、翼の破片。

大空を我が物と君臨した、あの翼竜ワイバーンが堕ちてゆく。

441: 2013/11/18(月) 20:32:41 ID:cehwDkSo

逆さを向いた翼竜は、鈍く鳴いた。

空を司る七竜が、たかが小さな人間に堕とされる…さぞ屈辱的だろう。

その右瞳は、怒りに満ちた色をしているに違いない。

大地を震わせる轟音。

砂煙を巻き上げ、遂に地についた竜。

翼と脚を使い、必氏で体勢を起こそうともがいている。

男「時魔女!いけるか…!?」

時魔女「もうちょい…!コンバート…完了っ!」

俺はごくりと唾を飲み、剣のトリガーを引く。

真っ直ぐに竜の目を見据えて、駆け出した。

傭兵長をはじめ、地上部隊の総員がそれに続いている。

442: 2013/11/18(月) 20:33:35 ID:cehwDkSo


《充填開始》


この時が、来たのだ。


《…10%…》


男「女!凍結魔法の詠唱を始めておけ!」

女「はいっ!」


《…30%…》


両親の、そして仲間達にとって大切な人々の仇を。

傭兵長「いいザマだ…翼竜め!」


《…50%…》

.

443: 2013/11/18(月) 20:34:14 ID:cehwDkSo

時魔女「目標ロックオン…!」

幼馴染「父様の仇…!今こそっ!」


《…70%…》


翼竜を討ち、復讐を誓う日々を終わらせる。

新たな明日を、今を生きる大切な者と共に想えるように。


《…90%…》


時魔女「時間停止、発動っ!」

再び翼竜を時間停止の呪縛が襲う。


《…100%…》


…しかし。

444: 2013/11/18(月) 20:35:49 ID:cehwDkSo

翼竜の周囲に突如、青い魔方陣が現れる。

男「何っ…!?」

聞いた事はある、あれは高位の魔導士が使うという拒絶魔法に違いない。

時魔女「アンチスペル…!まさか!さっきの一度で時間停止を解析したの…!?」

一度受けた魔法を拒絶する、守護魔法の最上級術のひとつ。

そのような魔法を竜が使うなど、あり得ないはずだ。

男「ふざけるなっ…!!」

しかし現実に目の前で時間停止は翼竜に拒絶された。

既に竜はその身を起こし、怒りの咆哮をあげている。

男「くそ…そのまま首を落としてやるっ!!」

女「男さん…!戻って下さいっ!」

呼び戻そうとする女の声、しかし止まるわけにはいかない。

時間停止を二度使うために、翼は最低限の破壊にとどめた。

一度はバランスを崩し地に堕ちた竜も、このままでは再び空へ昇るに違いない。

果たして、間に合うか。

445: 2013/11/18(月) 20:37:33 ID:NRBvqXbA

しかし次に翼竜がとったのは再度の飛翔でも、直接の攻撃でも無かった。

竜の周りにまた現れる、今度は黒い魔方陣。

女「いけない!それはっ…!」

翼竜を中心に、黒い波動が円形に広がる。

それは俺を含む接近していた兵の全てを飲み込んでいた。

そして続いて円の中心から広がるように、地面の草が一瞬で枯れ朽ちてゆく。

男(即氏魔法…!)

幼馴染「男!逃げて!」

ぎりぎりで効果範囲の外にいる幼馴染が叫ぶ。

男(畜生…!剣の闘気充填は完了してるのに!)

僅かな迷いは俺に引き返すタイミングを失わせていた。

446: 2013/11/18(月) 22:33:33 ID:4UQKz.5M

傭兵長「隊長殿…!!」

目の前に駆け寄った傭兵長が俺を思い切り突き飛ばす。

転がるように即氏魔法の効果範囲を脱した俺が、もう一度前を向いた時。

そこには膝をつき、いつもの憎らしい笑みを浮かべた傭兵長の姿があった。

傭兵長「ああ、実に善き氏に場所を見つけ申した…」

男「傭兵長っ!」

既に彼は枯氏した草の中にいる。

地に突いた剣で上体を支え、それでもゆっくりと目を閉じてゆく。

傭兵長「…おさらばです…隊長…殿…」

にたり…と、笑んだまま彼が崩れ落ちる。

449: 2013/11/19(火) 11:15:26 ID:MyrA0inI

男「傭兵長…」

まただ、あの時と同じ。

俺は自らの不甲斐なさ故に副官を失った、しかし。

男「翼竜っ…!」

まだ剣の充填は生きている。

副官の氏を無為にしないためにも、俺はこの剣を振るわなければならない。

男(仕留める…必ず!)

羽ばたこうとする翼竜に駆け、俺はその胸を渾身の力で突いた。

刃は鱗を貫き、その刀身の全てを竜に抉り込んでいる。

男「おおおおぉぉぉっ!!」

トリガーを解放し、そのまま竜の体内であの光の刃を放つ。

翼竜が大きく咆哮をあげた。

その背中の鱗が幾らか吹き飛び、そこから斬撃の青白い閃光が洩れている。

竜の身体はその内側から切り裂かれたはずだ。

450: 2013/11/19(火) 11:16:16 ID:MyrA0inI

剣を抜き、俺は後ろのめりに倒れ込んだ。

翼竜は目の前で、翼を広げたまま悶え苦しんでいる。

男「く…なぜ…氏なんっ!?」

手応えはあった、あれで生きていられるわけがない。

なのに何故、翼竜はまだ力を失わないのか。

その傷口から赤い血と共に黒い霧のようなものが吹き出している。

そして翼竜はぎこちなくも翼を羽ばたかせ、その身体を浮かせた。

グリフォン隊が再び攻撃を仕掛けようとする。

しかしその時、翼竜とグリフォン隊との間に火柱が立ち昇り、それを阻害した。

一体のグリフォンがそれに呑まれ、墜落してゆく。

幼馴染「まだ魔法が使えるの…!?」

ぐらつきながらも飛び去る翼竜。

それを見ながら、誰もなす術が無かった。

451: 2013/11/19(火) 11:16:49 ID:MyrA0inI

だが翼竜は遥かな空に消える事は無かった。

太陽が昇り視認できるようになった台地の崖、そこに口を開けた大きな洞窟へと逃げ込んでゆく。

まさか目の前だったとは、あれが翼竜の巣に違いない。

騎士長「追いましょうぞ!洞窟の中では翼竜も身動きがとれぬはず…!」

魔法を使う相手に洞窟で戦いを挑めば危険も伴うだろう。

しかし翼竜の飛翔能力は殺せる。

これは最後のチャンスだ。

男「女…!肩を貸してくれ…追うぞ!」

女「はいっ!」

452: 2013/11/19(火) 11:17:22 ID:MyrA0inI

洞窟へと足を踏み込む。

入口付近に竜の姿は無い、更に奥か。

時魔女「すごい大きい洞窟…ランタンの灯りが天井まで届かない」

しかし少し進んで違和感を覚える。

男「…何故だ、所々が人工的に加工されている」

女「………」

階段状になったところ、側壁が石積みの様相を呈している部分。

古代の遺跡に竜が住み着いたと考えるべきか…それとも。

453: 2013/11/19(火) 11:17:54 ID:MyrA0inI

女「……嫌な、予感がします」

男「…どういう事だ?」

女「拒絶魔法…即氏魔法、いずれも…」

女は酷く不安そうな顔をしている。

その先を言うのを躊躇い、それでも迷いを払うように小さく頭を横に振って。

女「…私の兄が、得意とした魔法なのです……」

何故、あの砂漠での翼竜の瞳は紫色に染まっていたのか。

紅いはずの竜の右瞳、その紅を紫に染めるために必要な色は。

女「…あの翼竜は」

俺を見つめる彼女の瞳のような、美しい青色…

454: 2013/11/19(火) 11:18:31 ID:MyrA0inI

???「動くな…!」

その時、不意に視界が照らされ何者かの声が洞窟に響き渡った。

声は頭上から聞こえている。

そして辺りを照らす松明の灯りもまた、上からのものだ。

翼竜が巣とする洞窟で、人間の声を聞く事になるとは。

男「何者だ…?」

???「ようこそ…男殿。いや、反逆のドラゴンキラーと呼ぶべきか…?」

松明の灯りが逆光となり、その姿がはっきりと判らない。

しかし聞き覚えのある声だと思った。

女「あれは…!」

先に女が気付く、それはその声と姿を俺より長く見ていたからだろう。

女「大臣…貴方なの…!?」

月の大臣「逆賊の妻などと、辛い役回りをさせましたな…皇女。もう暫くの辛抱でございますぞ」

459: 2013/11/19(火) 13:45:10 ID:MyrA0inI

石積みの壁の上にはどう見ても人工的な広い祭壇がある。

大臣と十数名の兵は、そこから俺達を見下ろしていた。

男「何故…あんたがここにいる」

月の大臣「ふん…それはこちらが訊く事だ。どうやって関所を掻い潜った…」

男「…さあな、答える義理は無い」

祭壇へと上がる道は無い。

そこへ上がるには別の入り口があるのだろう。

洞窟は更に奥へと続いている、この先の暗がりに翼竜はいるのか。

月の大臣「自分の立場が解っていないようだな」

大臣が手を上げる。

隊員「ぐっ……!」

男「おい…!?」

俺の隣にいた隊員が身を屈する。

その胸には深々と矢がたっていた。

460: 2013/11/19(火) 13:46:38 ID:MyrA0inI

暗がりで判らなかったが、大臣の横に列ぶ兵は弓を構えていたのだ。

男「…どういうつもりだ!」

月の大臣「武器を捨てろ、話はそれからだ」

男「……くっ…」

俺達が武器を地面に置くのを確認して、大臣は語り始めた。

月の大臣「…我々はここに何人たりとも近付けるわけにはいかなかった。ここは我が国の最重要軍事機密である施設だからだ」

男「軍事機密…だと。まさか、翼竜を…」

月の大臣「そのまさか…だ。我々は翼竜を制御する事に成功した。ある優秀な魔導士の命と引き換えにな…」

女「まさか…兄上…」

月の大臣「はっはっ…察しが良い。その通り…女兄殿の事だ。奴は魔物の意志を支配する術を習得し、竜に喰われる事でそれを発動させた」

461: 2013/11/19(火) 13:47:10 ID:MyrA0inI

時魔女「魔物を支配するって…それは落日の国が開発した禁呪のはずだよ!」

月の大臣「おや…まさか貴女は星の国の時魔女殿か。その隣にいるのは白夜の騎士、なんと…旭日の兵までいるではないか」

表情は窺えなくとも、大臣が卑屈に笑っている事は判る。

この場に他国の彼らがいる事を、政治的に利用しようと考えているのだろう。

月の大臣「なるほど、関所はグリフォンで越えたか…これは白夜による重大な侵犯行為に違いない」

騎士長「ふざけるな!貴様らが操る翼竜に我が王都は襲撃を受けたのだぞ!」

月の大臣「ふん、何を訳の解らない事を。そのような事があったとしても、それは翼竜が無制御下で行った事だ。…我々の知るところではない」

再び大臣が手を上げる。

男「よせっ!」

白夜の騎士「うぐっ……!!」

また一人、今度は白夜の甲冑を身につけた隊員が地に伏せた。

月の大臣「何も貴様らを生かしておく必要は無い。白夜の甲冑を着た、騎士の氏体…それで充分なのだからな」

462: 2013/11/19(火) 13:48:00 ID:MyrA0inI

女「やめなさい…!」

月の大臣「皇女、もう良いのですぞ。そのままその下賤の者から離れ、待っておりなされ」

女「ふざけないで!私は男さんの妻…この方達は私の仲間です!」

月の大臣「なんと嘆かわしい…本当にそのような者に情を移しておられるとは」

女が小さな声で詠唱を始める。

しかし事も無げに大臣は「無駄だ」と言い放った。

月の大臣「この祭壇上はあらゆる魔法を拒絶する。それと、さっき貴様らが通ってきた間にも同じ祭壇は複数存在し、そこにも兵を配してある。…逃げようなどとは思わぬ事だ」

状況は絶望的だった。

どうせ大臣は我々を全員頃すつもりなのだろう。

女にしても生かしておくか解ったものではない。

氏人に口無し、そう考えたのだろう大臣は饒舌に真相を語った。

463: 2013/11/19(火) 13:48:36 ID:MyrA0inI

七年前、女の兄は討伐隊を装いこの台地に赴いた。

そして竜に喰われ、その意志を内面から支配したという。

それを彼が了承したのは、妹である女を護るためだった。

彼がその命に従わなければ、その時まだ15歳だった女を落日の国へ政略結婚に送る…そう脅したというのだ。

翼竜を支配する理由は、もちろん強力な兵器として利用するため。

しかし優秀な魔導士であった女兄の力をもってしても、その制御は難しいものだった。

しかも時間を追うごとにその支配力は薄れていき、今ではこの巣穴で翼竜が眠る内に兄の意識を呼び出すしか命令を伝える方法は無いという。

翼竜はおよそその命令に従うが、予測範囲を超えた行動をとる事もある。

次第に兵器としての利用価値は薄れていき、他国を攻める際の実用には至らないまま既に捨て置かれた存在となっているらしい。

しかしこの事が明るみになるのは月の国にとって都合が悪い。

特に翼竜を実用化できなかった代わりの戦略として、砂漠開発による国力増強を狙う今だから尚更の事だった。

他国につけいる隙を与えたくなかったのだ。

464: 2013/11/19(火) 14:02:50 ID:MyrA0inI

月の大臣「疑問は解けたか?…冥土の土産くらいにしかならんだろうがな」

男「…この人で無しめ、自分の国が強くなるためなら何をしてもいいのか!?」

月の大臣「その通りだ、解り切った事を訊くな。よし、やれ…ただし皇女だけは頃すな」

月の兵「はっ…!」

月の大臣「オンナ共は上手く手足を射るのだぞ。くっくっ…氏体とまぐわってもつまらん」

頭上の兵が弓を絞る。

逃げる術も、反撃の術もない。

月の大臣「まずは用済みのドラゴンキラー殿を黙らせろ」

俺を目掛けて、矢が放たれる。

女「男さんっ…!」

咄嗟にそこへ、割り込んだ者は。

男「女…!」

俺を庇い、女が矢に倒れる。

彼女の背中、白いローブに鮮血が滲んでいた。

472: 2013/11/20(水) 11:52:18 ID:5rCufxKI

男「女っ!…くそっ、しっかりしてくれ!」

女「…男さん、逃げ…て…」

何故だ、どうして傭兵長も女も俺を庇って倒れなければならない。

俺に、翼竜を討つという想いを果たさせるためか。

でもそれは大切な人を失ってまで果たす価値があるのだろうか。

『頃すな』と命じられた女を射ってしまった事に怯んだか、矢を射る手は暫し止まっている。

男「…氏ぬな…女…!頼むから…!」

女「……早く…男…さん…」

急所は僅かに外れている、まだ女に息はある。

すぐにでもこの窮地を脱せば時間逆行で女を救えるかもしれない。

そのためには時魔女を護らなければ、女にこれ以上の深手を負わせないよう努めなければ。

男「時魔女!祭壇の真下…矢の氏角へ逃げろ!」

時魔女「うん…!」

男「幼馴染お前もそこへ…女を頼む」

幼馴染「男…どうするつもりなの!?」

473: 2013/11/20(水) 11:52:51 ID:5rCufxKI

翼竜への剣撃の余韻でまだ足はおぼつかない、この状態では矢から逃れる事はできまい。

それでもいい、俺はここから動かない。

男「残りの者は洞窟の奥へ…!松明の灯りの外へ身を隠すんだ!」

大臣が必ず俺達を呼び止めるつもりだったなら、更に奥には兵を配置してはいないはずだ。

ここからは翼竜の息遣いなどは聞こえない。

松明の灯りから逃れる程度奥へ進んだところで、まだ遭遇はしないと思われた。

月の大臣「馬鹿め、しょせん時間稼ぎにしかならぬものを…竜と我らの挟み撃ちにあいたいか!」

動き始める隊員に向かって次々と矢が射られる。

しかし残る全員が無事とはいかなくとも、全滅もあるまい。

時魔女達は祭壇の真下に達し、僅かな壁の窪みに身を隠している。

幼馴染が女から矢を抜き、時魔女は既に魔力の変換を開始しているようだ。

俺は足元の剣を拾った。

男(騎士長、幼馴染…翼竜を討つ事は任せるぞ)

命を賭すべきは復讐ではない、そう俺は気付いたんだ。

474: 2013/11/20(水) 11:54:10 ID:5rCufxKI


《充填開始…5%…10%…15%…》


まだ体力は戻りきっていないらしく、充填の速度は遅い。

それでも砂漠での再充填時に比べれば、一度目との間が幾分か開いているだけにマシなペースだ。


《25%…30%…》


隊員達は数名が矢に倒れたが、残りの者は一旦暗闇に脱する事が叶ったようだった。

故に、祭壇上の兵の注視は残る俺に向く事となる。


《40%…45%…》


月の大臣「貴様っ!何をしようとしている!」

俺はできるだけ身を縮め、的を小さくするよう体勢をとった。

剣を頭上に渡し、少しでも頭部を庇いながら。

475: 2013/11/20(水) 11:54:41 ID:5rCufxKI


《50%…55%…》


矢が雨のように注ぐ。

肩にたち、太腿にたち、激痛が俺を襲う。

怯むものか、剣の充填が達した時にそれを薙ぐ力さえ残っていればいい。

祭壇を切り崩し、奴らをここに引きずり降ろす事さえ出来れば、あとは闇に潜む隊員が何とかしてくれる。


《60%…65%…》


頭上の剣に矢が当り、鋭い金属音がたつ。

続いて左の肩口に強い衝撃と熱いような感触を覚えた。

口から血が吹く、肺に達したか。

幼馴染「男…!」

男「来る…な…!」

476: 2013/11/20(水) 11:55:20 ID:5rCufxKI

《70%…72%…74%…》

充填のペースが落ちる、負傷により闘気が落ちたのだろう。

男(くそ…間に合わんのか…!)

同時に二本の矢が左足にたち、体勢が崩れる。


《…75%…………闘気低下…充填中止…》


そして剣から発せられる無情な宣告。

それと同時に、俺は地面に倒れ込んだ。

身を潜めた隊員達が闇から駆け寄ってくるのが見えた。

男(いけない…それでは全滅してしまう!)

しかし彼らが暗闇を脱したのは、止むを得ない理由があっての事だったのだ。

絶望という名の理由が。

隊員「竜が…!翼竜が出ます!」

隊員達の背後から咆哮が響く。

その闇に浮かぶ紫の瞳を見ながら、俺は意識を手放していった。

477: 2013/11/20(水) 12:20:06 ID:5rCufxKI

……………
………



『憐れなものだ…竜に喰われ、竜として生きるとは』

『しかし我らの命令は絶対、そこは心得ておろうな…翼竜…いや、碧眼の魔道士よ』

『くっくっ…そう睨むな。我らに盾突けば貴様の妹の身がどうなるか』

『そうだ、それでよい…。では、そうだな…まずは忌まわしい落日の国を荒らして来るのだ』

『くれぐれも餌の家畜を食いにきたかのように、今はまだ軍事施設などは襲うな』



『どうした、なぜ命令外の事をしたのだ』

『そうか…竜を支配する力が弱まっているのだな』

『この役立たずめ…まだ軍事利用の一度も出来ておらぬというのに』

『せいぜい飼い慣らす事だな、貴様が用無しになる時は妹も我が国に居られなくなると思え!』

478: 2013/11/20(水) 12:21:08 ID:5rCufxKI

『ふん…とうとう竜が眠る間にしか意識を現せなくなったか』

『まあいい、貴様の妹も国のために嫁がせたのだからな』

『なにも落日の国に売ったわけではない、我が国のドラゴンキラーに与えたまでだ』

『まあ農夫の出…下賎の者ではあるがな。くっくっ…そう怒るな、妾の娘には似合いであろう』

『さあ、また砂漠へ赴くのだ。そのドラゴンキラーがヴリトラを討てるかは怪しい…砂漠を手中とするためにも、確実にあの竜は潰さねばならん』

『くれぐれも貴様が手を出すのはドラゴンキラーが敗れた時だけだ。本来ならその者自身が渇竜を討つのが望ましいのだからな…』



『大臣…翼竜に命令は』

『もう無駄だ。あの者の意識など既にありはしない…あれはもうただのゴミだ』

『既に砂漠開発の手筈は整っている。もうあんな危険な竜に用は無い』

『そうだな…もしまだ少しでも制御が効くなら、再度砂漠へ飛ばしそこで砂漠開発部隊の守護を命じたドラゴンキラーに討たせるとしよう』

『砂漠で二頭の竜を葬ったとあれば、なお他国に口出しをされる心配は無くなろうからな』

『仮にも妹の夫だ、身内に討たれるなら本望であろうよ』

479: 2013/11/20(水) 12:33:20 ID:5rCufxKI

『なんと…ドラゴンキラーが裏切り、台地を目指しているだと…!』

『くそ…翼竜はどこへ行っているのだ。全く命令が届かん…』

『関所を越えることはできまいが…万一ここに達されたら必ず息の根を止めるのだ』

『何処をふらついているとも知れん翼竜などあてにするな。もともとこの洞窟は翼竜の巣穴、本能だけでも勝手に帰ってくる』

『うまく皇女を捕らえられたら、自らの兄に喰わせるのも一興というものよ…くっくっ…』



『良いタイミングで戻ったと思えば随分と傷ついていたな…』

『翼竜は巣穴の奥へ逃げ込んだ模様です』

『ふん、頼りにならん…既にあの魔導士の意識など塵も残っておらんようだな』

『まあ…翼竜に野性が戻ったとしても、この祭壇に居る限り奴に手出しができん事は解っている…危険は無かろう』

『…魔導士が再び意識を支配でもせぬ限りはな』

『間も無くドラゴンキラーの一団がここに来る、途中の祭壇の兵には手を出すなと伝えておけ』

『さあ来い…逆賊め。この祭壇から狙いうたれ、手も足も出ぬままに氏ぬが良いわ』

480: 2013/11/20(水) 15:29:55 ID:5rCufxKI

……………
………



男(何だ…ここは…やけに眩しい)

男(…白い世界…俺は氏んだのか?)

男(今朝の夢の続き…にしては雰囲気が違うが)

???『…男殿』

男《誰だ…!?》

???『翼竜に喰われた魔導士…女兄と言えば解るか』

男《女兄…?じゃあ…やはりここはあの世か》

女兄『いや、心配するな…貴方は氏んではいない。もうじきに目が覚めるだろう』

男《…そうか》

481: 2013/11/20(水) 15:30:28 ID:5rCufxKI

女兄『すまない…今の私には翼竜を制御できるのは、ほんの一時にすぎないんだ。本当ならもっと早く手助けがしたかったが…』

男《つまり、あんたが翼竜を操って俺達を救ったという事か》

女兄『救ったなどとおこがましい事を言うつもりは無い…ただ女が矢に射られるのを見て、黙っていられなかっただけだ』

男《砂漠でも翼竜の瞳は紫に染まっていた。あの時、俺達を殺さなかったのはあんたの意志だったんだな》

女兄『…詳しくは後で話そう。洞窟の最奥、竜の主祭壇の壁を破壊してくれ…そこに道がある』

男《…あんたはそこにいるのか?》

女兄『私は翼竜の中にいる。…だがその道の先にある場所にだけは意識のみの存在として姿を現す事ができる』

男《…解った、必ず行こう》

女兄『さあ、目を覚まして…女を安心させてやってくれ』

男《女…あいつは無事なんだな?》

女兄『ああ、そのはずだ』

男(白い世界が…薄れて…)

482: 2013/11/20(水) 15:31:14 ID:5rCufxKI

……………
………



男「……ぅ…」

酷く身体が痛む。

肩、そして太腿の辺りだろうか。

痛みがあるという事は、やはり俺は生きているらしい。

目を開けても今度は黒しか見えない。

しかし段々と視界が定まり、黒く見えていたのは星の無い夜空だった事に気付いた。

身体の右側面が暖かく感じられる。

肩の痛みを堪えながら少し首を動かしその方を見ると、小さな焚火が起こされていた。

そしてその隣には、不安そうな顔で火を見つめる女の姿。

483: 2013/11/20(水) 15:32:16 ID:5rCufxKI

男「……女…」

女「!!」

声を受け、女は慌てたように俺の傍に寄る。

女「男さん…目が覚めたんですか…!?」

男「ああ…生きているんだな…俺も、お前も…」

女「良かった…!私…だめかと…」

それだけを言って女は両手で自らの顔を覆った。

肩を震わせ、時折嗚咽を漏らしながら泣いているようだった。

怪我が無ければ今すぐにでも、きつく抱き締めてやりたい。

それが出来ない事がもどかしかった。

484: 2013/11/20(水) 15:32:47 ID:5rCufxKI

あれから翼竜は我々を襲う事無く、祭壇を破壊し大臣達を攻撃したという。

そしてやがて瞳の色が紫から紅に変わり、洞窟を飛び出して行った。

混乱に乗じて武器を取り戻した後は、騎士長が指揮をとり祭壇から落ちた大臣達を一掃したらしい。

女が矢に射られてから時魔女が時間逆行を施すまでは、ものの一分ほどしか経っていなかった。

故に時魔女が魔力を再ロードするにはさほどの時間を要さず、完璧とはいかないまでも俺の致命傷は癒やす事ができたという事だ。

洞窟から出た後は傭兵長達の亡骸を埋葬し、今いる洞窟の目の前に仮の陣地を構えた。

翼竜の巣である洞窟の前なら、他の竜が襲ってくる可能性が低いと考えての事らしい。

傭兵長をはじめ幾人もの隊員を失いながら、自分は生き残ってしまった事は複雑に思える。

しかし身を呈して俺を救ってくれた彼や女の事を思えば、氏ぬわけにはいかなかったとも言えるだろう。

男「隊長だってのに、俺は護られてばかりだな」

女「…また怒られたいのですか?」

男「そうだな、お前に怒られるのは…嫌いじゃない」

彼女は涙目のまま呆れたように笑い、説教の代わりに優しい口づけを落とした。

488: 2013/11/21(木) 14:50:01 ID:iakRd6B2

男「…女、大丈夫か」

女「私の傷は完全に癒して頂きましたので」

男「そうじゃなくて…さ」

勇敢に竜に立ち向かい、その上で敗れた…彼女は自分の兄の氏をそう認識していたはずだ。

しかし実際は国に利用され、望まぬ暴虐を働かされていた。

しかもそれは他ならぬ女自身を庇うために。

女「…大臣の話を聞いた時は、目の前が真っ暗になりました」

男「そう…だろうな」

女「兄の事を思うと、悲しくて…国が憎くて。いっそ自分が他国に売られてでも、それを防げるならそうしたかったと思いました」

ぽつりぽつりと心情を語る女。

しかしその瞳は負の感情にだけ染まっているようには見えなかった。

489: 2013/11/21(木) 14:50:58 ID:iakRd6B2

女「でもね、男さん…あなたが矢に射られようとした時、私…身体が勝手に動いたんです」

男「すまなかった…俺のせいで」

女「謝らないで下さい、私は……」

彼女は少し言葉を詰まらせる。

沈黙の中、小さく耳に届く焚き火にくべられた枯枝が弾ける音。

俺は黙って彼女の言葉の続きを待った。

女「…大臣が憎くて、怒鳴りつけて復讐がしたかった。例え祭壇に拒絶されても、全力の攻撃魔法を唱えようかと思った」

瞳に涙を湛えながら、辛い胸中を言葉にして晒しながら、それでも柔らかく笑う彼女。

その表情からは、悲しみを振り切った強い意志が滲んでいる。

女「だけど今の私にとって、復讐よりも大切なのは…男さん…あなただった。私は、それが嬉しかったんです」

男「…そうか」

女「冷たい妹です…あなたが目を覚ますまで、この焚き火の傍で私は兄の事じゃなく、男さんの無事ばかりを考えてました」

490: 2013/11/21(木) 14:51:32 ID:iakRd6B2

彼女の掌が、身を横たえたままの俺の頬に触れる。

その指先は冷たい、火の傍にいながら手を暖める事もしなかったのだろう。

ただ俺の意識が戻る事、それだけを祈りながら。

女「私のために犠牲になった兄は、きっと喜んでくれると思います。私が今、こんなに幸せでいる事を」

恥ずかしい…と思った。

彼女の台詞が照れ臭いだけじゃなく、己の復讐心にかられ彼女の気持ちを後回しにしてきた自分を。

女「兄の気持ちに報いるには、私…もっと幸せにならなきゃいけません。…だから、ね」

男「…言うな、照れ臭くて傷口が開く。星にも願ってたじゃねえか」

小さく声を漏らして女が笑う。

その様にはもう悲しみや憤りは感じられない。

女「いいえ、言います。…早く、本当のお嫁さんにして下さい」

男「…善処する」

494: 2013/11/21(木) 21:23:58 ID:Jm0IYgtE

俺も女も生きている。

どうやら女の気持ちも既に心配は要らないようだ。

それなら俺は先へ進まなければ。

まだ翼竜を討ったわけではないのだ。

例えその竜に彼女の兄が宿ろうとも、ほぼ制御の効かない存在だというなら見逃す事はできない。

もし女兄の意識が竜に介在するとしたら、きっと竜が人々を苦しめる事で彼は心を傷めている。

竜を討つ事は彼を救う事であるはずだ。

だけどその前に、俺は自分の心に刺さった棘を抜かなくてはならないと思った。

所詮、それは自己満足に過ぎないかもしれない。

それでも俺が、もう一度あの竜に挑むなら。

そのためにまたこの隊を率いようとするなら、俺には許しを乞わなければならない事がある。

495: 2013/11/21(木) 21:26:23 ID:Jm0IYgtE

男「…痛てえな…くそ」

負傷していない右腕を使い、何とかその場に上体を起こす。

女「いけません!寝ていなくては…!」

男「そうはいかん…このまま怪我が癒えるまで、何日とここで寝て過ごす事はできんだろう」

女「でも…せめて夜明けまで」

彼女の意見を無言で否定し、俺は無理矢理に立ち上がった。

男「…すまん、肩を貸してくれ。騎士長の元へ」

女「それなら呼んで参ります!だからせめて座って…」

男「だめだ、俺が…行かなきゃいけない」

仕方なさそうに女は俺に肩を貸し、騎士長の元へと連れて行った。

騎士長はそれに気付くなり驚いた顔で駆け寄る。

騎士長「男殿!何を無茶な…呼んで頂けばこちらから…!」

男「それじゃ駄目なんだ…騎士長、俺はあんたに詫びなければならん」

496: 2013/11/21(木) 21:28:14 ID:Jm0IYgtE

騎士長「何を言うのだ、詫びられる覚えなど無い」

本当なら膝をついて言うべき事だ。

俺は女に肩を離すよう願ったが、彼女はそれを許さなかった。

男「…先の戦いでは幾人もの犠牲が出た。即氏した者は止むを得なかったかもしれないが…洞窟で矢に射られた者の中には息のある者もいたかもしれない」

騎士長「男殿…それ以上は言うな」

男「いや、詫びねばならん。白夜の騎士に限るわけではないが…時魔女の力で命を取り留めるのは、必ずしも女である必要は無かったはずだ」

それでも俺は身勝手にも時魔女に女を託した。

他の兵達を差し置いて、自分の大切な者を優先したのだ。

男「まして俺自身まで…何人の犠牲の上にこの命があるかと思うと、詫びずに…うっ!?」

突然、騎士長は俺の頬を殴った。

負傷した足には力が入らず転びそうになるも、なんとか女が抱き支える。

女「騎士長様!何をなさるのです…!」

騎士長「…それは我々への、そして亡き者への侮辱だ!」

声を荒げる騎士長。

周囲の隊員達が驚き、俺達を見てどよめいている。

497: 2013/11/21(木) 21:29:07 ID:Jm0IYgtE

そして彼は俺の肩に手を置き、幾分かその表情を和らげて言った。

騎士長「女殿は戦場に散るべき兵ではない、まして男殿はこの部隊の指揮官。どこの世に指揮官の命より一兵卒を優先する隊があるというのだ」

男「しかし…」

騎士長「…私も詫びねばならん。あの時、男殿の真意が解らず護るべき指揮官を一人で矢の的としてしまった事…」

男「あれは…ああするしかなかった。斬撃で祭壇を崩そうとしたんだ…その後で敵を討つには他の隊員を温存しなければ」

騎士長「私も判断に苦しんだ…それは騎士としての尊厳を曲げるほどの事だ。男殿…二度とあのような事はしないと誓ってくれ」

彼の口調は重く、悔しさを滲ませていた。

騎士たる者、誰かを盾として己が逃げるという事は恥ずべき行為なのだろう…それは解る。

解っていたから、あの時の俺は真意を告げなかったのだ。

その俺の判断は彼にとって卑怯と思えるものだったに違いない。

男「……解った、すまない…騎士長。この頬の痛み、忘れまい」

騎士長「私もまだ青い、怪我人を殴る事も騎士の誇りに反するはずなのだが。…どうか許されよ」

男「いいんだ、騎士長。…救われたよ」

498: 2013/11/21(木) 21:31:52 ID:Jm0IYgtE

俺は女を含めて人払いを願い、騎士長だけに夢の話をする。

何の信憑性も無い話だが、翼竜の意志を操る女兄だ、俺の意識に干渉しても不思議ではない。

とはいえ確証が得られない以上、女に兄との再会を期待させるべきではないと思った。

騎士長も洞窟の最奥を調査する事に同意し、俺達は再び竜の巣穴へと足を踏み入れる。

ランタンに照らされる幾つもの崩れた祭壇。

そこに捨ておかれた大臣の亡骸は、権力のために他者を利用し続けてきた者の憐れな末路の姿。

それを横目に過ぎ、更に200ヤード程も進んだ先には一際広い空間が存在していた。

ここが翼竜が寝床としていた場所なのだろう。

突き当たりの壁面には、他のものより一段と凝った装飾が施された主祭壇が設けられている。

そしてその中央は、そこだけが彫刻を施されていない不自然に平らな壁となっていた。

ただ、その違和感は予備知識があれば目につくとしても、何も知らなければ意識する程のものでは無い。

499: 2013/11/21(木) 21:33:02 ID:Jm0IYgtE

男「幼馴染…炸裂の矢で、この壁を壊せないか」

幼馴染「解った、やってみる…もう少し離れてて」

騎士長に肩を貸されながら、俺は彼女の後ろに退がる。

女「何があるのです…?」

男「必ず何かがあると断言はできん…見ていてくれ」

幼馴染が矢を放つ、轟音と共に壁が崩れてゆく。

目を開けていられないほどの砂埃。

それが次第に薄らいだ、その向こう。

男「…だが、どうやら何も無くはなさそうだな」

そこには暗闇へと続く、石積みの登り階段が現れていた。

500: 2013/11/21(木) 23:06:40 ID:Jm0IYgtE

兵を主祭壇に待機させ、俺と女、騎士長、幼馴染、時魔女の五人だけで階段を登る。

時魔女「…はぁ…今ので百段、けっこう長いね…」

幼馴染「騎士長様、ずっと肩を貸してるけど大丈夫ですか?」

騎士長「私は大丈夫だが…男殿、傷は痛むか」

男「くっ…痛くないと言えば嘘になるが、止まる気にはならんな」

その後さらに五十段ほどを登って、ようやく視界が開けた。

男「…馬鹿な……」

俺達は台地の崖に口を開けた洞窟へ入り、その最深部から階段を登ったはずだ。

およそ百数十段、たぶん高低差にして100フィート強。

グリフォンの背から見た台地の高さは500フィートほどもあった。

つまり位置的には現在、どう考えても台地の土中にいる。

…それなのに。

騎士長「どういう事だ…これは」

そこは見渡す限りの荒野だった。

501: 2013/11/21(木) 23:07:59 ID:Jm0IYgtE

およそ円形に広がったその空間は、周囲を低い山に囲まれている。

男「まさか…ここは台地の中か」

騎士長「しかし、台地の天蓋は何も無い平野だった」

男「確かに…だが中に空間があると言われても信じられるほど、不自然な地形でもあったな」

不思議な事に頭上には覆うものが無い。

まるであの台地の頂の平原を透かして見ているかのような、外で見たのと同じ星の無い夜空が広がっている。

しかし星の明かりが無いのに、何故この地形が判るのか。

あまり光と影のコントラストが感じられない、不思議な景観に思える。

そしてその荒野の中央にあるのは、岩山というにはあまりに造形的な構造物だった。

それは七竜をも凌ぐ、巨大な竜の石像。

よく見渡せば荒野の周囲には他にも少し小さな竜の石像が六体、中央の巨像を囲む湖に一体存在する。

その七体の像は大きさも形も、明らかにあの七竜だ。

502: 2013/11/21(木) 23:08:52 ID:Jm0IYgtE

時魔女「あの湖の一体は…サーペントだよ…!」

幼馴染「周り六体…おそらく右奥がオロチね」

騎士長「左の一体がクエレブレだとすれば、その手前…歪に枝分かれした頭をもつものがハイドラだろう」

男「左奥がヴリトラ、右がサラマンダーなら、一番近い右手前がワイバーン…確かに姿も符合するな」

女「では…中央の巨像は…?」

女の問いに答えられる者はいないはずだった。

しかし回答は五人のいずれでもなく、背後から不意に返される。

???「あれは…滅竜です」

肩の傷を庇いながら、それでも俺は出来るだけ素早く振り返った。

いつの間にかそこに佇んでいたのは、若く美しい女性。

純白の衣、地面に届きそうなほどに長い髪。

先端に竜を象った彫刻が施された杖を手にした彼女は、目を閉じたまま真っ直ぐに俺達に向いている。

503: 2013/11/21(木) 23:09:33 ID:Jm0IYgtE

???「とうとう生きた人間が、ここへ辿り着いたのですね…」

男「…命亡き者は来た事がある…という事か」

???「…知っているようですね。いかにも…意識だけの存在となったあの方は、何度も」

やはり夢は正しかった、女兄はここへ来ているのだ。

竜に喰われた後、肉体を持たない存在となって。

???「…私は真竜の巫女、このクレーターの結界を護る者」

時魔女「クレーターって…隕石の衝突跡だよね」

男「じゃあここは台地じゃなく、本当は山に囲まれた窪地だというのか」

巫女「その通り…外からは入る事も見る事も叶わぬよう天蓋の結界を施した、全ての始まりの場所」

女「…始まりの場所?」

巫女「予想より早くはありますが、全てをお話ししましょう…」

そして彼女は語り始める。

この世界の始まり、人間の歴史、真竜と滅竜という二柱の神竜、そして七竜の事を。

507: 2013/11/22(金) 20:16:00 ID:EnJJr11E

………


人が定めた『年』という単位では数えきれないほどの遠い昔、まだ生命の無かったこの星に流星が堕ちた。

その流星には竜の卵が乗せられており、そこから双子の竜が孵る。

黄金の鱗を持つ兄竜と、白銀の鱗を持つ弟竜。

長い長い時を経て成長した二体の竜は、やがて星に生命を育んだ。

最初は目に見えない程の微細な生物から、植物、魚、虫、動物…そして人間。

高い知能を持ち、竜の助けを得ながらも独自の文明を発達させ始めた人間は、いつしか竜を神と崇めるようになる。

神竜と呼ばれるようになった二柱の竜は、人間を慈しみ守護する存在だった。

508: 2013/11/22(金) 20:17:09 ID:EnJJr11E

しかし自らの文明を更に発展させ、地上の覇者となった人間は次第にその神への崇拝を偏ったものとし始める。

それは生と氏という根本的な概念を二柱の神竜にあてはめた、人間による勝手な解釈。

黄金の神竜は生命を司る母なる真竜と崇められ、白銀の神竜は氏を司る忌むべき滅竜と畏れられるようになっていった。

その事に腹を立てた滅竜は、魔物を生み出し自らを冒涜した人間を滅ぼそうと考える。

真竜はそれを宥め、人間を庇おうとした。

だが皮肉にもそれは人間達に更に真竜を崇めさせ、逆に滅竜を畏れる意識をより深く植えつける事となる。

人間達はやがて、真竜に滅竜の打倒を祈るようにさえなってしまった。

ついに滅竜は自らの白き瞳の片方を砕いて無数の魔物を生み出し、それを率いて人間達を駆逐し始める。

砕いた瞳の欠片の内、比較的大きかった七つの欠片は白眼の七竜となり、特に壊滅的な被害を与える存在だった。

真竜はやむをえず自らの紅き瞳の片方を七つに分け、紅眼の七竜を生み出して対抗させる。

509: 2013/11/22(金) 20:17:48 ID:EnJJr11E

あくまで欠片に過ぎない白眼の七竜と、瞳をちょうど七つに分けた紅眼の七竜の力は比べるまでも無い。

それぞれの竜の戦いは完全に紅眼の勝利に終わり、白眼の七竜は全て封印され岩と化す。

そして更に真竜は自らの七竜と共に滅竜とも戦い、ついに滅竜自体をも封印する事に成功した。

その時、滅竜達の封印に使われたのは七竜に分けた紅き瞳の力。

それは逆に言えば、七つの瞳をあわせれば封印を解放する鍵にもなるという事。

真竜は紅眼の七竜を世界の各地へと遠く引き離して配置し、岩と化した滅竜と白眼の七竜は流星の堕ちた始まりの地へと安置する。

紅眼の七竜がいつか人間にとって障害となる事を知りつつ世界の各地へとそれらを配置した、真竜の意図。

それは人間が紅き瞳の七竜を倒せるようになった時こそ、自らの神としての役割の終わりであるという想いだった。

510: 2013/11/22(金) 20:18:59 ID:EnJJr11E

実は双子の兄竜である真竜は、滅竜を封印するのではなく完全に消し去る力も有していた。

ただしそれを行使するには、自らに残る紅き片瞳の力の全てを使い切らなければならない。

それはすなわち、その時の人間にとって信仰の対象であった二柱の竜の両方が消滅するという事。

まだ成熟しきっていない人間という種族から突然に心の拠り所を奪う事は、同族内での争いをはじめとした自滅行為を生む危険性を孕んでいる…真竜はそう考えた。

そして更に時は流れ、現在からおよそ千年前の事。

岩と化した弟竜が置かれた始まりの地、そこに天蓋の結界を張った真竜はその内で自らも眠りにつく。

ある程度の成熟を見せた人間に世界を託し、彼らが紅眼の七竜を討ち倒す日を待つ事としたのだ。

人間の中から選ばれた清らかな乙女に不老の命を与え、真竜の巫女として慈しむべき人間の世界を見守らせながら。

511: 2013/11/22(金) 20:46:47 ID:EnJJr11E

………



巫女「…人間が七竜の全てを討ち倒した時、滅竜は蘇る。そして真竜もまた眠りから目覚め、その最後の力をもって滅竜を消し去る…そのはずだったのです」

彼女はそこまで話し、言葉を途切れさせた。

男「…それが、何か狂ったと?」

巫女「それは私が語るよりも、狂わせた本人の口から聞くべきかもしれません」

そう告げた巫女の隣に、ふわりと光のカーテンが降りる。

柔らかな煌めきは次第に一つに集まり、そして人の形となった。

…そうか、人間は竜を討つのではなく。

女「そんな…!嘘…まさか…!」

竜を操り、利用しようとした。

男「…夢で、会ったな」

自らが護り慈しんだ、その人間の傲慢こそが真竜の誤算だったという事か。

女兄「男殿…来てくれたのだな」

512: 2013/11/22(金) 22:37:37 ID:j54CMnhw

女「どうして…本当に…兄上なの…?」

女兄「…久しぶりだ、女。すっかり大人になった…綺麗になったな」

口元を掌で覆い、竦めた肩を震わせる女。

駆け寄る事を躊躇いつつ、それでも一歩ずつ兄の元へ歩む。

女兄「良かった…幸せそうで」

女「嘘…みたい…!兄上っ!」

遂に堪えきれず涙を零し、彼女はその懐かしき姿に両腕を広げて抱きつこうとした。

しかし、その腕は無情にも空を切る。

女「!!」

女兄「…すまない、触れる事は叶わないだろう。私は既に意識だけの存在だ…それに」

妹の事を優しく見つめながら、兄は寂しげに微笑んだ。

女兄「…もう私にはお前を妹と呼び、肩を抱く資格など無いよ。翼竜として幾つもの村や街を襲い、たくさんの犠牲を生んできた…お前達に討たれるべき存在だ」

女「違う…!それは…国の、父上や大臣の企みではないですか!」

女兄「いかに命令に背く事が出来ないといえど、私は自ら翼竜を操り人を殺めた…。女、ちょうどお前くらいの娘を噛み頃した事もあるのだよ」

521: 2013/12/02(月) 19:53:41 ID:io8Phlyc

七年ぶりの妹との再会だというのに、その温もりに触れる事も許されない。

国の犠牲となった悲しき魔導士の姿は、よく見れば僅かに透き通っている。

女兄「私は翼竜に喰われ、そして翼竜に宿った。その紅き瞳の力に自らの魔力を溶け込ませて同化したんだ。…最初はそれで上手くいっていた」

ゆっくりとした口調で、彼は望まなかったはずの己の罪を告白してゆく。

女のそれと同じ、澄んだ美しい青い瞳が俺を見据えていた。

女兄「しかしそれは同化というよりも、正しくは紅き瞳の力を蝕む…そう表現すべき事だった。強大な竜を支配する内に私の魔力は疲弊し、竜の精神には隙間ができていったんだ」

男「精神の隙間…」

女兄「そこに滅竜が忍び寄った。紅き七竜が倒される度に滅竜は少しずつその力を取り戻してゆき、次第に翼竜の精神に深く関与するようになっていった」

女兄が翼竜に宿った時点では、まだ倒されていたのは落日のハイドラだけだったはずだ。

しかしおよそ五年前にクエレブレが倒され、昨年にはオロチ、今年に入ってからはサーペント討伐が成った。

その度に滅竜の力は強まり…そして。

女兄「およそ二ヶ月前…か、ついに平常時の翼竜を支配するのは滅竜の精神となった」

男「…俺が、サラマンダーを倒した時だな」

522: 2013/12/02(月) 20:00:48 ID:ro4kwxFk

女兄「翼竜は操られるまま、ヴリトラを頃した。その時からだ…翼竜の中に滅竜の精神だけでなく、幾らかの生命力までも流れ込むようになったのは」

騎士長「もしや、翼竜を切り裂いた時の黒い霧は…」

男「…あの傷を受けても翼竜が氏ななかったのは、そういう理由か」

翼竜の体内に光の刃を放った、あの斬撃は間違いなく致命傷を与えたと思った。

だが滅竜の生命力がその氏を踏みとどまらせたというなら、確かにその事に説明はつく。だが、それならば何故…

男「…滅竜が翼竜の氏を防ぐのは何故なんだ。残る七竜は翼竜だけ…それが氏ねば滅竜は蘇る事ができるのだろう」

女兄「それはおそらく…だが」

巫女「…滅竜は紅き瞳の力を取り込もうとしているのでしょう。だからヴリトラの首を千切り、持ち去った」

幼馴染「じゃあ…今、ヴリトラの瞳は翼竜の中に」

騎士長「まさか、我が王都を襲ったのは…!」

男「騎士長、クエレブレの瞳は?」

騎士長「先王の間に保管されていたのだ…。建物の破壊も著しく、竜の瞳が残っているかは私が旅立つ時点では不明だった」

523: 2013/12/02(月) 20:02:19 ID:ro4kwxFk

おそらく違いあるまい。

今、翼竜の体内にはヴリトラとクエレブレの瞳が呑まれている。

翼竜自身のものを合わせれば、三つの竜の瞳が集まっているという事だ。

だとしたら、巣穴を飛び出していった翼竜が向かった先は。

男「翼竜は今どこに向かっているんだ、解るんじゃないのか」

しかし女兄は俯き、首を横に振って言った。

女兄「…砂漠での去り際と今朝の洞窟内で、私は残る魔力を振り絞って翼竜を操った。もはや今の私には翼竜の視界を覗き見る事すら難しいんだ…」

詫びる女兄の姿が一瞬、揺らぐ。

その身体は先よりも薄れ、透明度を増している。

女兄「私の魔法まで滅竜に利用され、その度に私の魔力は疲弊していっている。こうして意識を集めて姿を形づくるのも限界だ…間も無く私の姿は消えるだろう」

女「そんな…せっかく会えたのに…!」

女兄「すまない…女。だが最期にお前の声を聞く事が…その姿を見る事ができて良かった」

男「…完全に消滅してしまうのか」

女兄「解らない…まだ暫くは翼竜の中に意識は残るのかもしれないが、長くは無いだろう」

524: 2013/12/02(月) 20:02:57 ID:ro4kwxFk

更に彼の姿の揺らぎは大きくなり、より薄れてゆく。

女兄「男殿…妹を頼む。どうか、幸せにしてやってくれ」

男「…解った」

そして彼は女に優しく微笑んだ後、真竜の巫女に向き直った。

女兄「真竜の巫女よ…最期に、もう一度だけ詫びさせてくれ」

巫女「謝罪はもう千を超える程、聞きました。私は真竜に身を捧げた巫女…主の意志に反し、七竜を利用しようとした者を許す事はできません」

女兄「ああ…確か…に千を超える程、そう言われた…な。それで…も私は詫びるしか…でき…ないん…だ」

声が掠れる、もうその表情を窺うのも難しい程に身体は透き通っている。

女兄「神である真竜に…それを…司る事…ができる…なら、どうか…私の……魂を地獄へ…堕としてくれ…」

巫女「…貴方はもう充分に地獄を見たはずです。その光景を思い返し、悔やむ事…それが貴方の贖罪でありましょう」

彼女は閉じた瞼を開ける事も無く答えた、それなのに。

女兄「……ああ…忘れま…い…」

巫女「…還りなさい、母なる真竜の元へ……」

…何故だろう、彼女は泣いている気がした。

525: 2013/12/02(月) 20:03:32 ID:ro4kwxFk

淡い光に包まれる、女兄の姿。

それはやがて天に昇るかのような一筋の細い光の帯になり、途切れて霞む。

女「兄上っ…!」

女が掴もうとした最後の光の欠片は、澄んだ青色の煌めきを残して消えた。

女がその場で膝を突く。

暫くの間、誰も言葉は発さなかった。

見えぬ天蓋に覆われたこの地には、風さえも吹いていない。

暗い世界を、重い静寂だけが包んでいた。

526: 2013/12/02(月) 20:09:32 ID:qvgvEXy6

……………
………



その後、真竜の巫女は結界である台地の天蓋を解いた。

もし次に翼竜がここへ帰るとしたら、それは七つの瞳を集めた時。

同じ紅き片瞳の力をもってすれば、結界は効果を為さないという。

やがて夜が明け、騎士長は残ったグリフォンを往復させ、このクレーターに部隊の総員と全ての装備を運んだ。

この地に魔物が侵入する事は無いという巫女の言葉を信じ、ここを宿営地とする事にしたのだ。

時魔女は星の副隊長との定時連絡を使い、現在の状況を伝えた。

今後は連絡の頻度を一時間ごと程度に増し、翼竜についての情報を相互に交換する事とした。

情報はすぐに星の国から旭日の国へと伝わり、おそらく既に瞳は奪われているに違いない白夜の国にも伝えられるはずだ。

527: 2013/12/02(月) 20:10:10 ID:qvgvEXy6

騎士長「…男殿、すぐに戻るつもりだ。今は傷の養生に努めて頂こう」

更に翌日、騎士長はグリフォンの背に跨って言った。

男「ああ…だが、くれぐれも気をつけてくれ」

騎士長「なに…白夜と落日には争いの歴史があるわけではない。とって喰われる事は無かろう」

反射鏡による共同通信網が整備されていない落日の国に翼竜襲撃の危機を伝えるために、彼は自らの副官と共にその王都へ向かう。

かつては月の国と戦争状態にあった落日の国だが、二国間には十年も前に休戦協定が結ばれている。

とはいえ敵国である事には変わりなく、その月と同盟関係にある星の国、また星の国との同盟を結んでいる旭日の国に対しての警戒心は依然、根強い。

ただ、落日と同じくどの国とも同盟をもたない白夜からの使者であれば、抵抗感は薄いだろうと考えられた。

騎士長と副官は二体のグリフォンを駆り、クレーターの空から落日の王都へと羽ばたいてゆく。

528: 2013/12/02(月) 20:10:51 ID:qvgvEXy6

幼馴染「大丈夫かな…」

不安げな眼差しで、騎士長達が消えた空を眺める幼馴染。

男「…心配か?」

幼馴染「そ、そりゃそうだよ。同じ隊の仲間だもの」

彼女は少し慌てたかのように、鼻先を掻いて答える。

この仕草はよく知っている。

昔から何かを誤魔化している時、必ず見せる癖だ。

やはり一度は求婚された事のある相手、彼女としても多少は気になるのだろう。

彼がいまだに自分を好いていると知った時、彼女はそれをどう捉えるのだろうか。

ふとそんな事を考えたが、下世話な事だと思い自ら苦笑した。

529: 2013/12/02(月) 20:12:01 ID:qvgvEXy6

たかが農夫の出の俺と違い、あれほど人望に厚く頭の切れる騎士長の事。

おそらく落日への忠告は上手くこなしてくれるに違いない。

故に今、この事態を伝えるのが最も困難なのは、他ならぬこの月の国という事になる。

だがこの時、月の国では既に別の大きな動きが起こっていたのだ。

その情報はその日の夕方、時魔女の定時連絡で齎される事となった。

時魔女「男…大変だよ!」

男「どうした、どこかに翼竜が出たのか」

時魔女「うん…それだけじゃなくて、女ちゃんにはショックな事かもしれないんだけど…」

時魔女は定時連絡の内容が記された金属板を俺に手渡す。

そこに書かれていた、驚くべき事態とは。

男「…女、落ち着いて聞いてくれ」

女「……?」

男「月の王都に…翼竜が現れた。…月王が氏んだそうだ」

530: 2013/12/02(月) 20:12:36 ID:qvgvEXy6

二日前…その時刻を考えれば、巣穴を飛び出した翼竜はすぐに月の王都を襲ったらしかった。

翼竜は城下には目もくれず、王城の中枢を破壊。

その襲撃により月王は命を落とし、やはりその王の間に保管されていた竜の瞳は奪われたという。

女は複雑そうな表情で俯き、口を一文字に結んで聞いていた。

男「…女、何と言っていいか解らないが…その…」

兄に非道な仕打ちをしたとはいえ、月王は彼女にとって血の繋がった父親。

そして女から祖父母の健在を聞いた事は無い。

王が氏んだ今、彼女にはもう直接に血を分けた肉親はいないという事になるのかもしれない。

女「大丈夫…私は独りじゃないですから。…そう…ですよね?」

男「……それが俺の事を言っているなら、当たり前だ」

心配をかけまいと思ったのだろう、おそらく無理に彼女は笑ってみせた。

531: 2013/12/02(月) 20:13:33 ID:qvgvEXy6

一時間後、次の連絡には月の国についての続報が書かれていた。

そしてその内容もまた驚くべきもの、月軍によるクーデターが起こったというものだった。

突然に中枢機能が麻痺した月の政治と、軍の統制。

それを契機として、以前より月の砂漠侵攻に疑念を抱いていた軍の多数派が蜂起した。

将軍をはじめとする国王派を数で圧倒した反乱軍は、その日の内に革命を成し遂げる。

通信網も制圧し手中に治めた彼らは、星の国に対して同盟の維持を求めると共に新体制への内政干渉を拒否すると告げた。

自らを反乱軍とも革命軍とも名乗る事なく。

彼らは新体制を築く自身の軍勢を『月影軍』と呼んでいるという。

532: 2013/12/02(月) 20:14:10 ID:qvgvEXy6

…その夜


確かに、この地への魔物の襲来は今のところ無い。

故に見張りも僅かに、ほとんどの兵が寝静まった宿営地。

俺は焚き火の傍に座り、何をするでもなく想いに耽っていた。

果たして次に翼竜が現れるのは、どこなのだろう。

残る竜の瞳は落日と星、そして旭日の王都にある。

いずれかで翼竜にとどめを刺す事が叶えば、その時この地で滅竜が目覚める事になる。

その場合、滅竜は紅き瞳の力を得る事は無い。

巫女の言葉を信じるなら、目覚めた滅竜は真竜の力によって討ち倒されるだろう。

白眼の七竜もまた、創造の主である滅竜が倒されれば消滅するらしい。

だが、あの剣撃をもってしても命を奪えなかった翼竜を倒す事など可能なのだろうか。

533: 2013/12/02(月) 20:14:44 ID:qvgvEXy6

少し焚き火の勢いが衰えた気がして、俺は手元の枯れ枝を数本そこへ焼べた。

パチン…と、枝の肌が弾ける音が起つ。

翼竜を自らの手で葬るという目標は、少しその意味を変えてしまったように思う。

両親を頃したあの翼竜の意思は、もうきっと竜の中に無いのだ。

そもそも七竜は、神と崇められた真竜が人間の障害となる事を承知で配した存在。

真竜がそうせざるを得なかったのは、滅竜の脅威を人間から遠ざけるため。

そして滅竜が人間を滅ぼそうとしたのが、他ならぬ人間の傲慢のせいだというならば、果たして本当の仇敵とは誰なのだろう。

534: 2013/12/02(月) 20:15:17 ID:qvgvEXy6

女「…眠れないのですか?」

じっと揺れる火を見つめていた俺の右後ろから、女が声をかけた。

男「女…起きてたのか」

女「はい、眠れなくて…」

男「俺もだ…昼間、怪我を庇って休んでばかりだからかな」

彼女は当たり前のように俺の隣に腰を下ろし、その肩を寄り添う。

互いの距離はいつの間に、これが普通になったのだろう。

そんな事を考えて妙にくすぐったく、また嬉しくもなった。

535: 2013/12/02(月) 20:17:35 ID:qvgvEXy6

女「私…もう皇女じゃなくなっちゃいましたね」

男「未練が?」

女「いいえ、全く」

男「…だろうな」

ただ彼女が皇女ではなくなり、ドラゴンキラーを欲した月の国そのものが無くなったという事は、ひとつの契約がその拘束力を失ったという事でもある。

男「…もう、形式上の意味さえ無いんだな」

女「そうですね、無理に私達が夫婦である理由も無くなってしまいました」

もし今、彼女が契約の反故を申し出たら俺はどう答えるだろう。

今の気持ちがどうであれ、最初は無理に結ばれたに等しい仲だ。

もし彼女が、ごく普通の出逢いや恋愛を求めるとしたら。

536: 2013/12/02(月) 20:18:46 ID:qvgvEXy6

ふと俺は先日の夢を思い出した。

『ごめんなさい…男さん』

『貴方の妻となれない事…お許し下さい…』

ぐっ…と胸が締め付けられるこの感覚には、微かに覚えがある。

五年前に幼馴染を港で見送った時、確か感じたはずだ。

でもあの時、俺はその感情を押し頃した。

男「…女、それでもさ」

今は、どうする。

押し頃す必要はあるか、いや…考える必要さえ無いだろう。

男「それでも…俺の妻であってくれ」

537: 2013/12/02(月) 20:19:43 ID:qvgvEXy6

少し勇気の必要な言葉だった。

なのにそれを聞いた彼女は、くすっと笑う。

男「…笑うなよ、言うの照れ臭かったんだぞ」

女「ふふ…ごめんなさい、でも…まさか言ってくれると思ってなくて」

怪我をした方の肩でない事を確認して、彼女は俺の腕を引ったくると自らのそれを絡めた。

女「でも、すごく聞きたかった。…言って欲しかったんです」

男「…そうか」

女「男さん…ひとつ、お願いがあります」

そのまま、俺の腕に頬を寄せて。

女は少しだけ甘えた声で願いを告げた。

女「全て終わったら…改めてプロポーズしてくれますか…?」

どんなに気恥ずかしくとも、この問いに対する答えを返さなかったら男が廃るだろう。

俺は少し大きく息を吸って、できるだけはっきりと言った。

男「必ず…しよう。待っててくれ、女」

女「…はいっ」

542: 2013/12/03(火) 19:42:53 ID:LvJ6OUXw

……………
………


…三日後


男「…ずっとそうしているんだな」

クレーターの中央、直径20ヤードほどの円形の祭壇。

女兄の消えたあの日以降、神竜の巫女の姿は常にそこにあった。

巫女「…どうかされたのですか」

男「いや、別に…ただあんたが眠ったり食事を摂ったりするのを見た事が無いと思ってな」

巫女「神竜の生命力を預かる私には、必要のない事です」

男「じゃあ、あんたは千年もの間…ずっと祈る事だけを続けてきたのか」

巫女「…そう定められた身、それが使命ですので」

543: 2013/12/03(火) 19:43:37 ID:LvJ6OUXw

祭壇の周囲には七つの宝玉があしらわれ、その内の六つが透明な輝きを湛えている。

おそらくあと一つ、紅く輝くものが翼竜の瞳の力なのだろう。

七つ全てが紅色を失った時、滅竜達の封印は解ける。

男「翼竜が氏んだ瞬間に、滅竜は蘇るのか?」

巫女「…千年を超える封印です。おそらく完全に岩から戻るには少しの猶予があるでしょう」

七竜の討伐にさえ氏力を尽くさねばならない人間にとって、滅竜など傷をつける術さえ無いのかもしれない。

それでも滅竜が復活する際には、それなりの態勢を整えておかなければならないだろう。

滅竜を倒すのは真竜に任せる事になる。

だがせめて白眼の七竜は我々で相手をして、真竜に余計な力を使わせないよう努めなければ。

男「…真竜を眠りから覚ますのは、いつになる?」

巫女「真竜に残る片瞳の力は、つい先日まで天蓋の結界を維持する力として使われていました。それを解き、今は少しずつ覚醒の力を蓄えています」

男「完全に覚醒するには、どの位かかるんだ」

巫女「今でも覚醒しようと思えば可能です。しかし、長く他の事に使っていた力…できるだけ完全な状態で覚醒するには、時間をかけた方が良いでしょう」

544: 2013/12/03(火) 19:46:16 ID:tqeYeIBU

巫女「何にせよ滅竜が岩の姿でいる限り、どうする事もできません。滅竜が蘇る時が真竜も目覚める時です」

現在の我が隊は騎士長が戻ったとしても、二十名を切っている。

いかに白眼の七竜が紅き瞳のそれより劣る存在だとしても、その全てを相手にするなら戦力不足は甚だしい。

星の国からの連絡によれば、王政の崩壊した月の国では月影軍が我々と合流しようとする動きも見せているという。

しかしまだ体制の安定しない状態で、本当に多数の兵を送る事は難しいのではないだろうか。

星の国にしても、いつ翼竜が現れるとも知れない状態では兵を裂く事はできまい。

増援を期待する事は、現実的では無い。

俺はそう考え、少ない兵での戦略を検討するも答えは出ずにいた。

545: 2013/12/03(火) 19:47:53 ID:tqeYeIBU

しかし、更に七日が過ぎた夕方の事だった。

時魔女「あと…ジャガイモは結構あるけど、他の野菜は殆ど無いね。何より、肉が無いっ!」

幼馴染「もうふかしたお芋、飽きたなぁ…」

女「…焼き牡蠣、食べたいです」

時魔女「そういう今は絶対に食べられない物が、食べたくなるもんだよねー」

備蓄の食料が不足し始め、グリフォンを俺の故郷の村に飛ばそうかと検討していた時。

周囲の見張りに飛んでいた一体のグリフォンが戻り、それを駆る騎士が慌てた様子で報告に走ってきた。

騎士「男隊長殿…!外輪山の向こうに、多数の軍勢が集結しております!」

男「何だと…どこの兵だ?」

増援だというなら歓迎すべき事だが、月の国王派の残党という可能性もある。

546: 2013/12/03(火) 21:14:19 ID:E0/MeB/c

騎士「それが、見た事の無い軍旗を掲げており…確か黒地に、黄色の円。その円の中にまた黒い何かシンボルが描かれておりました」

男「黒地に黄色の三日月ならば、月の軍旗だ。しかし黄色の円…満月をモチーフとした物は、知らないな…」

やがてその軍勢は外輪山に登り、その縁に姿を現した。

俺達は一応の警戒態勢をもって、それを迎える。

遠目にしか見えないが、確かに見張りの騎士が言ったように掲げられているのは、満月を描いた軍旗。

時魔女「味方かな…」

男「解らん、だが敵だとしたら…勝てる数じゃないな」

次々と尾根に姿を増し続ける兵士、その数はおそらく百を優に超える。

念のためグリフォンは人員の移送が可能な状態にしてあるが、相対する軍勢に魔法隊や弓兵隊が多く在れば被害は免れないだろう。

外輪山は険しくはあるが、外側と内側共に登り下りができないほどではない。

幼馴染「…下りてくる」

時魔女「何人かだけ…みたいだね。一斉に攻撃してこないって事は、敵じゃない…かな?」

547: 2013/12/03(火) 21:29:24 ID:E0/MeB/c

暫くして俺達が立つ荒野に下りた兵士は五名ばかり。

どうやら纏っているのは月の兵装のようだった。

その内の一人が掲げた軍旗、黒に近い濃紺の背景に満月が浮かび、その中に象られたシルエットは地に突き立つ剣だと判った。

その剣からは長い影が伸びている。

男「そうか…あの旗は」

歩み寄る兵士は首を垂れ、掌を向けて右腕を横に延べた。

幼馴染「交戦の意志無し…だね」

男「先頭の二人、見覚えがある。一度は勝負をした仲だ…」

掲げられるは彼らが定めた、月影の軍旗。

そして二人は見事、俺を飲み負かした酒豪達だ。

548: 2013/12/03(火) 21:30:05 ID:E0/MeB/c

月影兵「男…隊長…!やっと…やっと、会えた…」

男「貴様ら…」

月影兵「すみませんっ…隊長…自分らも本当は…最初から合流…したかっ…た…ううっ」

涙などこれっぽっちも似合わないだろうに、彼らはぼろぼろとその頬を濡らしている。

男「…また俺を酔い潰しにきたのか」

月影兵「国にっ…家族があるから…参加できず…隊長…もし貴方と戦う事になったらと…俺はそればかり…」

俺の眼前に跪き、兵は嗚咽を堪えて言葉を紡ぐ。

男「よく来た…本当に、よく来て…くれた…」

熱くなる目頭を押さえ、俺は声を震わせないよう努めながら、できるだけ短い言葉を選んだつもりだ。

月影兵「すみませんっ…たった…これだけの兵で…まだ本隊は都を離れるわけにいかず…」

男「何を言う…貴様らが来てくれただけで、千の軍勢にもなった想いだ…」

549: 2013/12/03(火) 21:30:48 ID:E0/MeB/c

宿営地の端に繋いでいた三頭の馬が、不意に鳴き声をあげる。

そうか…後ろの三人はあの時、俺に馬を託したチェイサーだ。

すぐにでも愛馬に駆け寄りたい事だろう。

しかし軍人たる彼らは、それより先に俺の前に整列して言った。

月影兵「月影の師団…男隊長っ…!我々…月影軍選抜隊、百三十四名…!貴殿部隊にっ…合流…した…く……」

男「……長旅…ご苦労だった…歓迎しよう。貴様らが入れてくれたバーボン……まだ一口しか飲んでいないぞ」

兵の肩を抱く。

情けなくも、俺の目からも涙が堰を切ってしまう。

月影兵「…うっ…うう…隊長っ…」

男「いつか…貴様らと空ける…そう…思っていた…から…な…」

554: 2013/12/06(金) 17:26:58 ID:a..32Ga6

………


翌日、星の国を通じて白夜の国からの伝言が届いた。

騎士長は落日に訪れた後、白夜へ一度帰還していたのだ。

落胆すべき報告は二つあった。

ひとつは騎士長が落日に着いた時、既に翼竜はその王都を襲いハイドラの瞳を奪い去っていた事。

もうひとつは、やはり白夜の国からクエレブレの瞳が消失していたと判明した事。

逆に歓迎すべき報告も、ひとつあった。

現在、白夜ではグリフォン騎士団の本隊を割いて派遣部隊を組織しようとしているという。

騎士長らは既にこの地への帰還を目指して白夜を発ったが、残る派遣部隊も整い次第送られるという事だ。

騎士長が入手した落日の情報によれば翼竜は襲撃の際、落日軍の抵抗によりかなりのダメージを負ったらしい。

東に消えたという翼竜は、旭日か星のどちらかを目指している事だろう。

無論、既に連絡を受けている両国は、万全の態勢でそれを迎え討つはずだ。

どちらかの国で翼竜が堕とされる可能性は、充分にあると思われた。

555: 2013/12/06(金) 17:39:27 ID:mD2H7Of.

七つの瞳を揃えた状態で翼竜がこの地へ戻り、どのような形であれ滅竜が紅き瞳の力を手にすれば、真竜にそれを倒す事が可能かは判らなくなる。

自らの手でとどめを刺したいという想いはあれど、竜が遠い地で討たれるに越した事は無いだろう。

…しかし、その期待は儚く散る事となる。

騎士長からの連絡の二日後、星の国に現れた翼竜。

王都の被害を防ぐため、星の部隊はサーペントの瞳を付近の洞窟に隠し、翼竜を待っていた。

どうやって瞳の在り処を察するのかは解らないが、翼竜は狙い通りその洞窟のある谷に現れる。

しかし幾百の矢を受けても堕ちず、魔法を全て拒絶する竜を相手に、星の部隊は苦戦を強いられた。

瞳を隠した洞窟は、翼竜の侵入を許すほど広くは無い。

わざとそういう地形を選んだ…それが裏目に出る事となる。

そのままでは瞳を奪えないと察した翼竜はその場から飛び去り、突如として星の王都を襲ったのだ。

甚大な被害は王城だけでなく城下にまで及び、人々は無差別に殺戮されていった。

そして見かねた星の部隊が断腸の想いで瞳を洞窟から出すと、翼竜は王都を離れそれを奪い去っていったという。

それは明らかに『瞳を差し出さないなら全てを破壊する』という、意思をもった行動だった。

556: 2013/12/06(金) 17:40:14 ID:mD2H7Of.

そして更に三日後、ついに翼竜は最後の瞳を奪うため旭日の国に現れる。

旭日では星の情報を受け、オロチの瞳を渓谷に配した一千の大軍勢に護らせて迎撃しようとした。

幼馴染の師であるドラゴンキラー率いる魔弓隊は翼竜に善戦し、オロチ戦の経験からすれば充分に葬るに足る程のダメージを与えたという。

それでも翼竜は氏なない。

六枚の翼の内の三枚を失ってもなお氏霊のように飛び続ける竜は、最終的に瞳を奪取して飛び去った。

とうとう翼竜の元に七つの瞳は揃ってしまったのだ。

557: 2013/12/06(金) 17:41:33 ID:mD2H7Of.

傷ついた翼竜は、近接する星の国と旭日の国を移動するために二日間を要した。

加えて更に旭日で大きなダメージを負ったであろう翼竜がこの地へ戻るには、距離を鑑みれば最低でも七日以上はかかると思われる。

途中で力尽き、堕ちる可能性もあるかも知れない。

しかしそれからも日に数度、各地で上空を通過する翼竜が目撃されたという情報は入り続けた。

現在の翼竜は空の覇者たる姿は見る影もなく、まるで氏にかけの蝙蝠のようにふらついているという。

血と黒い霧を噴出させながら、時には墜落しそうになりつつ、それでもこの地を目指し飛び続ける翼竜。

…あれほどに憎んだ、仇敵。

俺にとってだけでも両親の、そして傭兵長達の仇だ。

それなのに俺の胸中には、滅竜に生かされ操られ続ける竜を憐れむ想いさえ生まれていた。

558: 2013/12/06(金) 18:48:19 ID:kbggjhmE

そして、九日が過ぎた夜。

俺と女、幼馴染、時魔女、そして帰還した騎士長はひとつ焚き火を囲んでいた。

男「やはり、翼竜は氏ななかったんだな」

騎士長「夜間でなければグリフォンで迎撃するのだが…」

男「いや…旭日で相当の傷を負いながら十日近く飛び続けるなど、もはや不氏としか思えん」

幼馴染「翼を全て落としたら…?」

騎士長「旭日では数枚の翼を落としたそうだな」

時魔女「うん…でも、翼竜が飛び去る時には黒い霧で縫い合わせられたようにまた繋がってたんだって…」

滅竜は解っているのだろう。

紅き瞳の力を得る事無く蘇れば、真竜に倒される事を。

故に決して翼竜を氏なせず、何としても七つの瞳を自らの元に集めてから復活するつもりなのだ。

男「明日の戦いは、どんなものになるか解らん。だがおそらく、これが最後の決戦になるだろう」

騎士長「決戦…まさに、そうだろうな。もし真竜と我々が敗れれば、この世界が終わる」

559: 2013/12/06(金) 18:49:39 ID:kbggjhmE

俺の傷はまだ痛みはするものの、とりあえず動かしても口を開けるような状態ではない。

兵は総勢で百六十名に及ぶ。

白夜からの派遣部隊の第一陣として、新たに十体に及ぶグリフォンの騎士も既に参入している。

白眼の七竜の全てと同時に戦うなら分割される事にはなってしまうが、まともな戦略がとれないほど少なくもないだろう。

だがもし真竜が敗れたら、我々はあの巨大な滅竜に挑まなければならない。

神と呼ばれた竜と戦う…なんと大それた話だろうか。

まさか田舎農夫たる俺が、このような重責を負う事となるとは。

男「明日の戦いに引き分けや延長戦は無い…負けても逃げても待つのは氏だからな」

騎士長「無論、勝って生きるに越した事は無いが…逃げて氏を待つよりは」

男「ああ、だがそれは俺達の理屈だ」

俺は焚き火を見つめたままそう言った。

その言葉を宛てた者達の返答は、知れていたけれど。

560: 2013/12/06(金) 18:50:35 ID:kbggjhmE

幼馴染「…見くびらないで、怒るよ」

時魔女「時間停止が効かなくったって、やれる事はあるんだから。男が生きてるのは、誰のおかげだと思ってんの」

女「もう言い飽きましたし聞き飽きました、お腹いっぱいです」

俺は目を閉じて聞いていた。

今、どんなに説得しても彼女らが退く事は無いのだろう。

騎士長「…どうやら、我々だけの理屈では無いようだな」

男「ああ、仕方が無い。…このお転婆共め」

女「…ひどい」

幼馴染「知ってた癖に、ばーか」

時魔女「時間止めちゃおっかな」

俺は堪えきれず笑いを漏らした。

彼女らを氏なせないためには、勝つしかないのだ。

561: 2013/12/06(金) 19:52:11 ID:uh2tP9rA

………



…翌日、明け方

騎士長「総員、整列!」

まだ薄暗い早朝、全兵がこの地の中央に整列する。

男「…時は、来てしまったようだ」

先刻、外輪山の尾根に配していた見張り兵から、翼竜接近の知らせが入った。

飛来する速度は遅く、まだ数分以上の猶予はあるだろうとの事だった。

男「決して、勝ちの見えた戦ではない。だが…我々は勝たねばならん」

知らせを受けて十体のグリフォン部隊が迎撃に向かったが、恐らくそこでとどめを刺す事は難しいだろう。

男「ここへ達した翼竜がどうするのか…どのように滅竜達が蘇るのかも、解らない。…だが、臆するな」

真竜の巫女はいつもと同じ、中央の円形祭壇で祈りを捧げていた。

もうすぐ真竜を覚醒させ、そして真竜が力を使い果たした後は巫女も消滅する。

真竜の命を受け入れ、その生命力によって千年を生きた彼女。

望みこそしても、悲しむ想いなど無い…そう言っていた。

562: 2013/12/06(金) 19:53:03 ID:uh2tP9rA

男「今までも、命を賭さない戦いなどなかった筈だ」

例え今を生き延びようとも、敗れれば待つのはいずれ訪れる氏。

男「もはや、氏ぬなとは言わん。総員…氏力を尽くせ、これが最後の戦いだ」

天蓋の無いこの地に、緩い風が吹き抜ける。

一体のグリフォンが帰還したのだ。

騎士「…翼竜は身体周囲に即氏魔法の魔法陣を張り続けており、攻撃できませんっ…!」

騎士長「最期の力を使い切るつもりか…」

やはり、避けられない。

おそらく滅竜は紅き瞳を手にしてしまうだろう。

563: 2013/12/06(金) 19:53:56 ID:uh2tP9rA

男「……総員、聞け!」

真竜はそうなった滅竜を倒せるのか…それはもう、考えても仕方が無い。

男「翼竜に矢と魔法が届くようになり次第、一斉に放つんだ!翼竜が氏んだ後、滅竜と白眼の七竜が蘇るだろう…恐らくは滅竜よりも七竜の覚醒が早いと聞いている」

滅竜達の封印が解け始めると同時に、真竜は覚醒される手筈になっている。

目覚めたばかりの真竜が白眼の七竜の攻撃に晒されないよう、それを防がなければならない。

男「盾兵、槍兵を中心に三十名が真竜の守護にあたれ!残戦力は状況に応じて七竜に立ち向かえ!上空のグリフォン隊と地上部隊で交互に攻め、撹乱する!」

迎撃部隊のグリフォン全てが帰還してきた。

やはり攻撃は不可能だったようだ。

騎士「翼竜!外輪山に差し掛かります!」

男「…残念ながら、それ以上の作戦はたたん。己の命を自ら賭けるんだ。各自の判断に任せる!」

564: 2013/12/06(金) 19:54:41 ID:uh2tP9rA

そしてついに翼竜は外輪山の尾根を越え、姿を現した。

長い首と尾をだらりと垂れ、破れ引き裂けた翼を力無く羽ばたかせながら、やがてその高度を落としてゆく。

男「…なんて、ザマだ」

真っ直ぐに岩の滅竜を目指すその屍のような姿に、複雑な想いがこみ上げた。

男「弓兵隊…構えろ!」

ここからでも判る、噴き出し滴る血と黒い霧。

半分開いた顎からは犬のように舌が垂れている。

男「弓兵…放てっ!魔法隊…雷撃魔法、詠唱…!」

矢が一斉に放たれる。

届く高度ぎりぎりではあるが、今の翼竜はそれを避ける動作すら見せない。

翼の孔が数と面積を増していき、飛び方は更にぎこちないものとなってゆく。

565: 2013/12/06(金) 19:55:15 ID:uh2tP9rA

魔法兵長「詠唱、完了します!」

男「発動位置に入り次第、放つんだ!」

雷撃に限らず、魔法は発動する場所に狙いを定めて詠唱を行う。

つまり通常なら飛翔する魔物、ましてや翼竜相手にはその狙いが定まるものではないのだ。

しかし今の愚鈍に、しかも真っ直ぐに飛ぶ竜になら充分に対応できる。

翼竜が向かう前方の僅か上空に、暗雲が渦を巻いた。

躱す事もせず進む竜を襲う、青白い稲妻。

一層の勢いをもって噴出する、滅竜の生命力たる黒い霧。

翼の動きが止まり、バランスが失われる。

幼馴染「…堕とすよ!」

風を切る鋭い音と共に竜を目掛けた矢は、その翼下で大きく炸裂した。

呻くような咆哮と共に、竜が堕ちる。

566: 2013/12/06(金) 19:57:12 ID:uh2tP9rA

轟音と共に地に叩きつけられた翼竜は、暫く微動だにしなかった。

しかしやがて翼を地面に引き摺りながら、後ろ足の力だけで這い始める。

首を持ち上げる事もできず腹を地に着けたまま、蚯蚓のように這う姿は余りにも痛々しい。

もはや滅竜の生命力をもってしても、まともに動く事は叶わないのだろう。

即氏魔法の効果範囲も既に消え失せており、進む速度は人間が歩くよりも遅い。

俺は竜の眼前に立ち、その瞳を見た。


男「…もういい」


紅き右瞳、金色の左瞳。

その眼差しは悲しく、早く頃してくれと懇願しているようにさえ映る。

墜落の際に千切れた翼は地に伏せられたまま、黒い霧に縫われるという気配は無い。

もう滅竜にとって、この翼竜の役目は終わろうとしているのだ。


男「もう…動くな、翼竜…」


傷だらけの竜が、ゆっくりと迫る。

567: 2013/12/06(金) 19:58:38 ID:uh2tP9rA

剣を抜く。

急所たる眉間、そこに護る鱗は剥がれ落ちている。

刃に闘気を充填する必要さえ無いだろう。


男「仇敵よ…さらばだ」


渾身の力をもって、そこを貫く。

竜が、動きを止める。

すぐに筋肉が弛緩してゆくのが判った。

それまでも弱々しかった呼吸が、止んでゆく。


男「もう…断末魔さえ…あげられないのか」


これが、あれほどに果たしたかった仇討ちだというのか。

俺は、幼馴染は…こんな事を望んでいたんじゃない。

血に濡れた剣を抜き、俺は瞼を閉じゆく竜から目を逸らした。

568: 2013/12/06(金) 20:05:48 ID:uh2tP9rA

ずん…と、地響きが鳴った。

周囲の空気が重いものに変わったかに感じられる。

地震のように大地が震え、まだ暗い上空の雲が渦を巻いてゆく。

男「…総員、戦闘準備」

岩がひび割れる音が、鈍く轟いた。

滅竜の、七竜の身体を覆っていた岩石が少しずつ崩れ始める。

569: 2013/12/06(金) 20:06:22 ID:uh2tP9rA

男「例え命を落とそうとも、この世界が続くなら勇士の名は碑に刻まれよう…!」

祭壇に立つ巫女が両腕を横に広げ、天を仰いだ。

その周囲の宝玉、最後のひとつが紅色を失う。

代わりに天から射ち堕ろされる、金色の光。

それは巫女を包み込み、結晶のような形に乱反射している。

そして彼女はずっと閉じたままだった瞼を開いた。

その瞳、左は金色。

右は竜のものと同じ、真紅。

570: 2013/12/06(金) 20:07:01 ID:uh2tP9rA

光の結晶は次第に姿を変え、巨大な竜のシルエットとなってゆく。

未だ半身を岩に包まれた滅竜よりも僅かに大きいと思われる巨体、金色の鱗を身に纏いし神の竜。

その雄々しさは兵を奮い立たせるに足るものだ。

男「怖れるな…!吠えろ!恐怖を払え!我々が護ろうとするは、この世界だ!命を賭すなら、今をおいてあるものかっ!」

総員「おおおおぉぉぉっ!!!」

全戦力の雄叫びと、七竜から崩れ落ちる岩の破壊音。

大気を震わせたのは、いずれだったろうか。

少なくともその後に響き渡ったのは、最初に蘇りし多頭竜ハイドラの咆哮だった。

571: 2013/12/06(金) 20:07:36 ID:uh2tP9rA



男「総員、各自散開!…健闘を祈るっ!」



この世界が続くならば、きっと新たな神話として語られるであろう。



最後の戦いの火蓋は切って落とされた。


.

588: 2013/12/07(土) 16:30:42 ID:I.MoTj66

ハイドラの動きはまだ鈍い。

五本の首の内、白い瞳を持つものは中央のひとつだけ。

おそらくそこを落とせば致命傷となるに違いないが、それぞれ自由に動く首が周囲を睨み前方には隙が無い。

騎士長「おおおぉぉっ!」

しかし素早く後方に回り込んでいた騎士長の駆るグリフォンが、首の付け根を狙って降下する。

その槍は深々と突きたち、青い血が噴き出した。

どうやら紅き瞳のそれよりも、白眼の鱗は脆いらしい。

一番左の首をくねらせ悶えるハイドラ、しかしカウンターの如く右の首が背後に向き騎士長を襲う。

幼馴染「そうくると思ってたよ!」

既に構えていた三本の矢が射られる。

それは別々の軌道を描きながら、騎士長に迫る首の目と頭部に突き刺さった。

騎士長のグリフォンが大きく羽ばたき、一時離脱する。

589: 2013/12/07(土) 16:32:42 ID:I.MoTj66

続けて歩みを止めていたハイドラの周囲に、冷気が集まってゆく。

魔法兵長「凍てつくがいいっ!」

魔法隊の内の十数名による完全詠唱の凍結魔法が、竜の脚部ごと周囲を氷に包んだ。

時魔女「時間加速っ!」

女「いきます…!」

時魔女が付与した力に補助され、女は僅か数秒で詠唱を終える。

女「吹き飛びなさいっ!」

火薬を炸裂させたのかと見まごう程の爆発に包まれる、ハイドラの首。

爆裂魔法と呼ばれる術だが、使いこなす者は少なく見るのは初めてだった。

その威力は凄まじく、右の二本の首が弾け飛び夥しい血が噴出する。

590: 2013/12/07(土) 16:33:30 ID:I.MoTj66

男「いいぞ…!やはり紅眼の竜よりは劣る!」

俺はハイドラの側面に回り、その動きを封じる氷を駆け上った。

闘気の充填は温存しなければならない、この白眼の鱗なら切り裂きは出来ずとも刃を突きたてる事は叶うだろう。

男「喰らえ…っ!!」

全力をもって剣を突く。

重い手応えと共に刀身が竜に沈む。

大きな弦楽器を掻き鳴らすような、苦しみの咆哮をあげるハイドラ。

男「おおおぉぉっ!!!」

体表を支点に体内を刃で切り裂く。

返り血に顔を背けながら、俺は剣を抜き距離をとった。

591: 2013/12/07(土) 16:34:37 ID:I.MoTj66

心臓には届かずとも、ダメージは大きく累積しているはずだ。

このまま一体ずつを相手にするなら勝機は充分にあると思われた、その時だった。

別の方向から、空気を震わせる咆哮が届く。

騎士長「…久しい顔が見えたな!」

幼馴染「クエレブレ…!」

その先には二体目の竜が首をもたげていた。

今のところ、竜が蘇る順序は対の竜が倒された通り。

クエレブレが動き始める前にハイドラを葬る事が出来ていれば言う事は無いが、それは叶わなかった。

もし本当に順番に蘇るとしたら、紅眼のハイドラが倒されたのは八年前。

クエレブレが五年前である事を思えばこの後少しの間をもってオロチが動き始めるだろう。

その場合サーペントとサラマンダー、更にヴリトラとワイバーンは殆ど間を空けずに蘇る可能性がある。

少なくとも今の二体は速やかに倒さねばならない。

592: 2013/12/07(土) 16:35:41 ID:I.MoTj66

騎士長「魔法隊!火炎魔法詠唱を…!」

咄嗟に騎士長が命令を下した。

彼の事だ、何らかの意図があっての事に違いあるまい。

幼馴染「大丈夫…!ここは洞窟じゃない、クエレブレの毒霧のブレスは炎で蒸発させればいい!」

まだ旭日の部隊としては駆け出しの頃、彼女はこの竜の対となる存在と戦った経験がある。

クエレブレは大洞窟に潜んでいた。

故に吐出する毒霧がそこに充満し、幾度にも渡って討伐隊が全滅してきたという。

幼馴染「あの時は旭日の魔弓隊が洞窟後方から竜を追い立てて白夜側へ出させた…そこからはグリフォンの総攻撃で圧倒したわ!」

竜が顎を大きく開け、周囲の空気を吸い込む。

男「来るぞ…!」

放射される紫色のブレス、吸い込めば命は無い。

魔法兵長「焼き払え!」

詠唱途中ではあるが、火炎魔法が放たれる。

立ち昇る火柱はその毒霧の拡散を防ぐには充分なものだった。

593: 2013/12/07(土) 16:36:55 ID:I.MoTj66

騎士長「洞窟の中では空気を薄くする火炎魔法は満足に使えなかった…!だが今は違うぞ!」

グリフォンの編隊がクエレブレを包囲する。

男「よし…!クエレブレは彼らに任せろ!ハイドラにとどめを刺すんだ!」

残るグリフォン隊がハイドラ周辺から離脱するのを待って、弓兵隊が一斉掃射を開始する。

その脚部を封じていた氷塊は既に砕け、ハイドラは自由を取り戻していた。

男「手を休めるな!矢が途切れれば竜の歩みを許す事になる!」

その動きがままならない内に、魔法攻撃で潰すのが最善だ。

しかし魔法隊はクエレブレにも割かれ、先ほどよりも数や威力は劣る。

女の爆裂魔法に期待したいが、あの術は消耗も大きいだろう。

連戦に備えるためにも、多用はできない。

男「少しづつでもダメージを与え続けろ!あと二本…いや、一本でも首を潰せば俺がとどめを刺してやる!」

あまり時間はかけられない、気持ちばかりが焦る。

594: 2013/12/07(土) 16:37:47 ID:I.MoTj66

弓兵「矢が不足し始めています!」

補給が追いついていない、弾幕が途切れ始めていた。

男「仕方がない…!女、もう一度…」

止むを得ず、女に再度の魔法攻撃を指示しようとした…その時。

幼馴染「…オロチが!」

白眼のオロチを覆っていた岩が、割れる。

男「まずい…これ以上、分散させなくてはならんのか…!」

ハイドラに向かう数少ない魔法隊が足止めとしての火炎魔法を放つ。

竜の前に立つ火柱、しかしその歩みを止めるには些か弱い。

オロチが動き始め、恐るべき速度で地を這い迫る。

595: 2013/12/07(土) 16:38:47 ID:I.MoTj66

明らかな危機に絶望が脳裏に過った、その刹那の事だった。


???「月の魔法隊が放つ火柱が、その程度とはな…!」


周囲の気温が灼熱に変わる。

時魔女「え…!?」

吹き付ける熱風。

眩い閃光と共に立ち昇ったのは、ハイドラの体躯を覆い尽くす程の炎の壁だった。

女「何て…威力…!あれが同じ火炎魔法なの…!?」

男「あの隊の装束は…!」

濃緑の大地に沈む夕陽のシルエットを模した国旗、それと同じ配色のローブに身を包む一団。

???「元よりハイドラは我々が討つべき竜!月の革命軍の手を借りては名折れというものよ…!」

それは落日の魔導隊の兵装に違いない。

時魔女「大魔導士!…落日のドラゴンキラー!」

大魔導士「落日の魔導隊、五十名!…暴れさせて貰うぞ!総員、翼竜を討ち損じた王都での屈辱!存分に晴らすがいい!」

596: 2013/12/07(土) 16:39:52 ID:I.MoTj66

ハイドラを包む炎が消えない内に、今度はその内側で鋭く尖った氷の結晶が生まれる。

更に間髪を開けずその頭上に雷雲が現れ、稲妻が竜を捉えた。

女「信じられない…無詠唱の連続魔法…!」

男「落日の大魔導士殿…ハイドラは任せた!」

大魔導士「偉そうを言うな小童!貴殿は蛇と戯れるが似合いだ!」

オロチに向き直る。

砂を泳ぐ際のヴリトラと遜色ない速度で地上を這う蛇。

クエレブレに気をとられた魔法隊の数名を弾き飛ばして、こちらに迫っている。

男「真竜に向かわれるよりはましだ…俺達が相手になってやる!」

視界の端、真竜はその翼を広げ力を蓄えているようだった。

巫女はその前脚に寄り添い、滅竜を見据えている。

597: 2013/12/07(土) 16:40:52 ID:I.MoTj66

幼馴染「炸矢…複式っ!」

オロチ目掛けて三本の矢が射られた。

その全てが竜の頭部に届いては炸裂し、土煙が包む。

しかしオロチはその煙幕を突き抜け、なおも変わらぬ速度で突き進んだ。

男「回避しろ!幼馴染!」

対オロチを担う全兵が、その両側を目指し二手に分かれて駆ける。

果たして竜が追うのはどちらになるか。

白き瞳がぐるりと動き、俺の姿を捉えた。

男「…こっちか、いいだろう!槍兵!俺がオロチの気を引く…!胴を攻めろ!」

槍兵「はっ…!」

598: 2013/12/07(土) 16:50:19 ID:kaEeTq02

まさに蛇が獲物に飛びかかるように、顎を開いたオロチは俺を目掛けて首を伸ばす。

確かにスピードは砂を泳ぐヴリトラほどもある、しかしここは砂漠ではない。

男「喰えるものなら喰ってみやがれ!」

俺にとっても砂上よりは、よほど走りやすい。

横に跳ぶようにその牙を躱す。

俺を捉え損なった、そのがら空きの背後からは。

幼馴染「炸矢…!いくらでもおかわりさせてあげる!」

オロチの巨体が浮く程の炸裂、怒りを覚えた大蛇が今度は矢の主に向き直った。

その氏角から槍兵の攻撃が胴に突きたてられる。

痛みに身を捩り、大きく顎を開けた…その口の中。

女「…丁度良い位置です、私もご馳走して差し上げましょう!」

幼馴染の矢を凌ぐ、大規模な爆発が巻き起こった。

599: 2013/12/07(土) 16:51:16 ID:kaEeTq02

大魔導士「ほう…!その魔法を使う者がいるとはな!」

感嘆の声を投げる落日のドラゴンキラー。

既にハイドラは四本の首を失い、残る白き瞳を持つ首も地を擦る状態だった。

クエレブレもまた膝を折り、陥落は目前の様子だ。

ひとまず今、蘇っている竜の制圧は目前と思われた…しかし。

男「気を抜くな!オロチが再び動くぞ!」

先程よりも鈍い動作で、オロチは鎌首を擡げる。

そして、その背後。

幼馴染「う…わ…!」

時魔女「こりゃキツイわ…」

遠吠えのような複数の咆哮。

サーペントとサラマンダーが岩を破り、ヴリトラを包む岩石もまた大きくひび割れていた。

600: 2013/12/07(土) 19:31:01 ID:o2kgVY82

男「怯むな…サーペントは湖から出られまい!砂の無いヴリトラも恐るるに足らん!」

しかし状況は決して良くは無い。

サーペントは水流のブレスを吐くと聞いたし、如何に砂漠でなくともヴリトラも手緩い相手ではない筈だ。

湖を泳ぎ始めたサーペントは一度水中に潜る。

おそらく浮上した時には溜め込んだ水をブレスに変えて放つだろう。

むしろ手を出せないのは我々の方だ。

翼竜の速度には遥かに及ばないが、空を舞うサラマンダーも脅威となるだろう。

それでも兵の士気を下げるわけにはいかない。

男「サラマンダーが迫る前にオロチを仕留める!矢を射れ…!補給を急ぐんだ!」

再び、矢の弾幕が上がる。

微弱なダメージかもしれないが、動きを止める事はできる。

601: 2013/12/07(土) 19:31:36 ID:o2kgVY82

俺は温存している剣のトリガーを握るべきか悩んだ。

おそらく白眼の竜が纏う鱗なら、あの放出する光の刃で切れる。

だがそれは本来、ワイバーンを仕留めるために残しておくべき手段だ。

いかに紅眼の翼竜に劣ろうとも、飛翔する速度は変わらないかもしれない。

魔法や矢では捉え切れない可能性が高いだろう。

サラマンダーは既に空に舞い上がり、悪い事にこちらではなく真竜を目指している。

オロチに手間どっている場合ではない。

矢は途切れず大蛇の動きを封じているが、仕留めるに至るにはまだ時間を要すると思われた。


???「与一流弓術、追影炸矢複式…!」


突如、オロチを幾つもの炸裂弾が襲う。

602: 2013/12/07(土) 19:32:18 ID:o2kgVY82

長いオロチの体躯、その内でバランスを崩すであろう複数の位置を狙った炸裂の矢。

大蛇の巨体がまさに浮き、弾き飛ばされる。

幼馴染「複合弓術…しかも五連複式!こんな事、できるのは一人しか…!」

???「久しいのお…愛弟子よ」

独特のチェインメイル、腰に差されたカタナと呼ばれる細身の剣。

外輪山の尾根に姿を現した騎馬部隊。

幼馴染「お師匠様…!」

それはサムライと畏怖される、旭日の魔弓隊の姿だった。

男「あの崖のような山肌を、馬で登ったってのか…!」

幼師匠「ふん…我が国の山岳に比すれば、丘のようなものぞ。どれ、この老いぼれも祭りに加えて貰おう!旭日の魔弓隊二十五名、参る…!」

魔弓隊が外輪山を駆け下りる。

馬上から射られる全てが炸裂の矢。

手足を持たないオロチは体勢を立て直す事すら出来ず、その閃光に呑まれてゆく。

603: 2013/12/07(土) 19:32:53 ID:o2kgVY82

旭日の攻撃に目を奪われた俺に、高い位置からサラマンダーの咆哮が届いた。

そうだ、驚愕している場合ではない。

まだ新たに目覚めた、三体の竜がいる。

男「真竜…守らなければ!」

既にサラマンダーは顎を開き、火炎を吐出する体勢をとっている。

そしてそこまでの距離は、まだ矢や魔法が届くほどに近くない。

ごうっ…という風の音が鳴る。

女「間に合いません…!巫女様が!」

しかしそれは、サラマンダーのブレスによるものでは無かった。

604: 2013/12/07(土) 19:33:35 ID:o2kgVY82

あまりに大粒な雨のように、風を切り火竜に落ちる影。

見る間に切り刻まれてゆく、その翼。

獲物を捕らえる隼の急降下に似た、その攻撃の主は…


???「遅くなったな…許せ、騎士長」


…その全てが数十体にも及ぶグリフォンの騎士。

騎士長「新王陛下…!」

それは新王自身が率いた、白夜騎士団の本隊だった。

白夜新王「グリフォン騎士団、四十騎…月影軍に加勢致す…!」

十体ずつ程度に分かれたグリフォンの編隊が、別々の角度から再び竜に迫る。

編隊長A「レッド小隊、攻撃開始!」

編隊長B「ホワイト小隊、攻撃する!」

編隊長C「ロゼ小隊、交戦!」

翼竜に比べて愚鈍な飛行能力しか持たないサラマンダーに、その攻撃を躱す術は無い。

白夜新王「この戦こそ、余が国を率いるに相応しいかの試練!先王の無念をこの槍に預かった…白夜の誇りを受けよ!」

605: 2013/12/07(土) 19:34:24 ID:o2kgVY82

男「なんて事だ…!ははっ…月影の隊士よ、負けていられるか!ヴリトラを討つ、いくぞ…!」

月影兵「おおぉっ!!」

岩を破ったヴリトラの元へ走る。

しかしその脇の湖、サーペントが浮上し首をもたげた。

その腹にはブレスに変えるための水をたっぷりと飲み込んでいる事だろう。

たかが水と侮る事はできない。

火のように熱く無くとも、毒霧のように致氏性は無くとも、高圧のそれをまともに受ければ衝撃は凄まじい。

サーペントの嘴が開く。

男「走れ!ヴリトラの周囲まで行けば水流のブレスは届くまい!」

時魔女「…あっ!」

その時、荒野の窪みに足をとられた時魔女がよろめいた。

女「時魔女さんっ!」

遅れる彼女の元へ駆け寄る、女。

あの日、砂漠で副官を失った時と同じ。

俺の脳裏に悪夢が甦る。

606: 2013/12/07(土) 19:35:10 ID:o2kgVY82

次の瞬間、炸裂の矢とも魔法による爆発とも違う破壊音が轟いた。

吐出するつもりだった水を撒き散らしながら、サーペントが再度水に沈む。

???「…新兵器の威力は如何かしら」

その側頭部を捉えた一撃は、未知の兵器によるもの。

時魔女「…来て…くれたの…!」

おそらくその兵器の開発者であろう女性は、外輪山の頂に据えた砲身の脇にいた。

彼女は星の国、技術開発局長の肩書きを持つ才女。

星の副隊長「いい子にしてましたか、隊長…?」

時魔女「あ、当たり前じゃん!ボクがいなきゃダメって位、役に立ってんだからっ!」

彼女の横には二基目、三基目の兵器を組み上げる兵の姿が見える。

607: 2013/12/07(土) 19:35:53 ID:o2kgVY82

月影兵「サーペント、再浮上します!」

星の副隊長「あはん…今ので終わりじゃツマンナイと思ってたの」

彼女が照準を覗きこむ。

鉄の筒で出来ているであろう長い砲身、その横に備えられたシートに座った彼女はきっと妖しく笑んでいる。

星の副隊長「ロックオン、距離・風向補正完了、白眼の海竜…スコープで見るとなかなかセクシーな横顔よ」

時魔女「うわ…副隊長、機械に触ると性格変わるんだよね…」

星の副隊長「新型カノン、名は…そうね…『ドラゴンスレイヤー』でいいかしら?…さあ、可愛がってアゲるッ!!」

608: 2013/12/07(土) 21:55:38 ID:5duczdw.

そして俺はヴリトラの眼前に達した。

白眼の者にではないが、渇竜には借りがある。

男「…悪いな、紅眼の代わりに返させて貰うぞ!ヴリトラ!」

時魔女「魔力コンバート、時間加速モード!座標ロックオン!女ちゃん…いくよっ!」

女「はいっ!」

女は素早く詠唱を済ませ、ヴリトラの頭上に雷雲を呼んだ。

迸る稲妻、雷撃を受けた竜は身体を反らし、その視界に隙が生まれる。

俺は氏角から駆け寄り、腹部に剣を突きたてた。

だが、この巨大な竜を一突きで倒せるはずはない。

すぐに剣を抜き、二撃目、三撃目を突く。

長い身体のどこかにある心臓を探して、何度もそれを繰り返した。

槍兵らもそれに続き、ヴリトラは痛みに悶えている。

しかし、次の瞬間。

女「危ない…男さんっ!」

609: 2013/12/07(土) 21:57:35 ID:5duczdw.

竜は力を蓄えるように、その身体を縮めた。

男「尾に気をつけろ!」

言い終わるより早く襲う、鞭のようにしなる尾の打撃。

槍兵「うわああぁぁっ!!」

数名の槍兵が払い飛ばされ、犠牲となってしまう。

時魔女「男…!時間停止を…!?」

男「だめだ!翼竜まで温存しろ…!」

本来ならヴリトラに対して直接攻撃を行うには、まだ早い。

だが少しでも早く片付けねば、人間にとって最も厄介な竜が目を覚ます事となる。

俺は退かず、再度剣を構えてヴリトラの腹部を抉った。

苦しみの咆哮をあげる白眼の渇竜。

しかしまだその心臓は見つからない。

610: 2013/12/07(土) 21:58:34 ID:5duczdw.

時魔女「だめ!そろそろ離れて…!」

ヴリトラが首を回す。

その白き瞳が俺を捉える。

この状況で、砂漠での俺は闘気を失い動けなかった。

男「来いよ…!今度は切り裂いてやる!」

女「無茶をしないで!男さんっ!逃げて…!」

無茶は承知だった。

それでも早くこの竜を仕留めなければならない。

例えヴリトラの牙と刺し違えてでも、その眉間を貫いてやる。

氏にさえしなければ、時魔女の能力で救われるはずだ。

もし氏んだら、それまでの命だっただけ。

ヴリトラがその顎を開き、俺を襲う。

611: 2013/12/07(土) 22:05:37 ID:5duczdw.

???「無鉄砲さは健在のようですな、隊長…!」

その竜の眼前に、一人の戦士が舞った。

その者は斬撃を繰り出し、竜の左眼を抉る。

血を噴きながら、渇竜が退く。

馬鹿な、背丈の五倍はある高さだった。

何故そんな跳躍ができる。

それを可能にする、その左足は。


???「出過ぎましたな…お許し願おう」


機械仕掛けの義足、ニヤリと笑う三十路越えの男。

???「待たせましたな…良い休暇でありました」

男「…よく戻ってくれた、我が副官よ…!」

月の副隊長「さあ…私も借りを返さねばなりませぬ!参りましょうぞ!」

612: 2013/12/07(土) 22:06:36 ID:5duczdw.

砂の無い大地故に動きの鈍い渇竜。

まして副隊長の一撃で左側の視界は失われている。

この副官と共にであれば、それを翻弄する事など容易い。

男「こっちだ!渇竜!」

身体の側面に深く刃をたてる。

怒りに任せ、俺に向くヴリトラ。

その背後頭上から、副隊長が飛びかかり脳天を突く。

急所は外れたが竜は仰け反って苦しみ、その腹部を露わにした。

男(鱗の連なりが中央の一部だけ違う…!)

ここが心臓の在り処だ、俺はそう直感する。

男「女!凍結魔法を詠唱しろっ!」

女「わ、解りました…!」

613: 2013/12/07(土) 22:07:38 ID:5duczdw.

上段突きの構え、全力を振り絞る。

男「氏ね…!」

剣を突きたてた、その傷口から夥しい血が噴き出した。

刃の先に脈動が感じられる、間違い無く心臓に達している。

そのまま刃先を捻じり込み、更に体内を抉ってゆく。

がくん…と、竜の身体が力を失った。

女「…凍結魔法!いけます!」

鎌首が俺に向かって倒れ込んでくるのをぎりぎりで躱し、素早く距離を空ける。

男「いけっ!とどめだ!」

女「はいっ…!!」

凍る空気、甲高い音に震う鼓膜。

竜の傷口から溢れる青い血が、一瞬にして固体に変わった。

渇竜の心臓が氷塊に閉ざされ、その動きを止める。

竜の命が閉ざされてゆく。

623: 2013/12/09(月) 12:53:23 ID:bjVnSqmo

地に伏せたヴリトラの傍、少しの間だけ息を整える。

既にハイドラとクエレブレは討たれ、オロチも旭日と落日の両面攻撃によりその動きを止めていた。

鈍く首をもたげるサーペントに、更に二発同時の砲撃が浴びせられる。

サラマンダーはその翼を完全に奪われ、地にうずくまって十騎余りのグリフォンに包囲されているようだ。

残る数十騎のグリフォンは真竜の周辺上空を旋回し、護っている。

男「さあ…奴が蘇るぞ」

対の紅眼が氏んだのがほんの先刻だったからなのか、幸いにも復活が遅れていた翼竜。

だがついにその身体を覆う岩が大きく剥がれ落ち、あの禍々しい六枚の翼がゆっくりと広げられてゆく。

624: 2013/12/09(月) 12:53:56 ID:bjVnSqmo

最初の羽ばたきは遅く、しかし大きなものだった。

竜の周囲の大地から、円形に土煙が広がる。

身体を宙に浮かせ、その大顎をいっぱいに開き、自身の復活を誇示するように咆哮をあげる竜。

しかし、その次の瞬間には。

時魔女「消え…た…!?」

幼馴染「…上よ!」

翼竜は瞬く間に天空へ昇っていたのだ。

女「やはり、速い…」

男「我々も真竜の元へ…!急げ!」

上空で背面の宙返りを見せた後、その身を捻り急降下を始める翼竜。

男「くそ…!どうする気だ!」

あまりの速度にどこを狙っているかの判別がつかない。

見る間に大地に迫る、翼竜がその顎に捉えたのは。

625: 2013/12/09(月) 12:54:32 ID:bjVnSqmo

時魔女「…紅眼の翼竜が!」

己の対の存在、紅き瞳の翼竜の亡骸。

その身体を引き裂き、頭を千切り、ずたずたにしてゆく。

時魔女「喰ってるの…!?」

男「…違う」

駆けつけても間に合うまい。

白眼の翼竜が抉り出そうとしているのは、七つの紅き瞳だ。

突如、紅眼の亡骸から大量の黒い霧が噴出する。

それと同時に白眼の翼竜は飛び退き、再び上空へと舞った。

亡骸の上に竜巻のように渦巻いた霧は、その中に幾つかの紅い光を抱いている。

男「消える…!」

626: 2013/12/09(月) 12:55:22 ID:bjVnSqmo

文字通り空に霧散する滅竜の霧。

そこには既に紅き瞳の影は無かった、…そして。

女「真竜…!」

金色の真竜は更に大きく翼を広げ、首を前に伸ばして顎を開いた。

対面する滅竜が岩を破り、凄まじい咆哮をあげる。

ついに対峙する、二柱の神竜。

白銀の鱗を明け方の青白い光に輝かせて、その全貌を明らかにした滅竜の大きさは七竜の数倍はあるだろう。

幼馴染「真竜は飛ぶつもりなの…?」

男「いや、あれは…おそらく反動に耐えるための姿勢だ」

目一杯に広げられた翼で空気を受けて、自らの攻撃を支えるつもりに違いない。

627: 2013/12/09(月) 12:55:57 ID:bjVnSqmo

つまり、滅竜を討つための真竜の最大にして最後の攻撃は。

女「紅い光が…!」

真竜の顎の前に、瞳の色と同じ紅い光の球体が現れる。

稲妻のような閃光を纏いながら、次第に大きくなってゆくその紅き瞳の力の集合体。

それをブレスに変えて放つのだ。

辿り着いた真竜の元、巫女はその両腕を滅竜に目掛けて延べている。

巫女「まだ…滅竜の覚醒は完全ではないはず」

確かに滅竜は封印は解けても、大きく動き始めてはいない。

巫女「弟竜を消し去るための、兄竜の命をのせた一撃…これで終わらなければ、人間の世が消える」

真竜の翼がゆっくりと前方に羽ばたく、紅い力が一段と大きくなり唸り声のような音をたてている。

巫女「…ようやく、私の使命が終わります。受けなさい…滅竜!」

金色の翼が後ろへ羽ばたき前方への推進力を得る、それと同時に眩い光のブレスが放たれた。


巫女「真紅のブレス…!!!」


紅き瞳の力が波動となって滅竜を襲う。

628: 2013/12/09(月) 12:56:33 ID:bjVnSqmo

まだ動きを取り戻さない白銀の竜が波動に呑まれ、目を開けていられない程の閃光が辺りを包んだ。

僅かに遅れて凄まじい爆風が吹き抜け、俺は後方の地面に倒れ込む。

数秒、衝撃と目の眩みに視界を失った後、身体を起こした俺の目に映ったのは。


男(翼竜が、まだ飛んでいる…!)


ゆっくりと翼を地に着け、その身体を横たえてゆく金色の真竜。

片翼が吹き飛び、相当のダメージを受けつつもその脚で立ったままの滅
竜。


時魔女「だめ…だ…!」

幼馴染「倒せ…なかった…」


滅竜が、生きている。

絶望だけが、残されている。

未来が、閉ざされてゆく。

.

629: 2013/12/09(月) 12:57:40 ID:bjVnSqmo

《…成る程、凄まじい力だ…》

空気全体が震うような、それでいて頭の中に直接届いているかのような声が響く。

男「滅竜の…声なのか…」

《白き瞳の力だけなら、ひとたまりもなかったであろう…》

まだ完全に復活できてはいない。

加えて真紅のブレスによる大きなダメージを受けて、鈍くぎこちない動作で滅竜が首をもたげる。

《…だが、我は生き残ったぞ…真竜…》

前を向いた、その右瞳は。

巫女「…やはり…奪われ…てい…た…」

消えようとする金色の真竜のものと同じ、紅き色を湛えている。

630: 2013/12/09(月) 12:58:23 ID:bjVnSqmo

男「…総員!」

止まっているわけには、ひれ伏すわけにはいかない。

もう守るべき真竜も倒れた。

一切の兵も、矢も、魔力も温存する必要は無い。

男「…総攻撃だ!我々で滅竜を倒す!」

総員「おおおおぉぉぉっ!!」

一斉に矢が上がる。

グリフォンが編隊すら組まずに滅竜に突撃してゆく。

まだ満足に動けない標的、僅かでも希望があるなら今だけだ。

631: 2013/12/09(月) 12:59:18 ID:bjVnSqmo

時魔女「翼竜が!」

しかしその滅竜を守るように、白眼の翼竜が立ちはだかる。

不意をつかれたグリフォンが数体弾かれ、顎が一体を捉えている。

男「時魔女!時間停止の準備を!」

時魔女「もう始めてる!…でも、速すぎてロックオンが…!」

その時、騎士長のグリフォンが俺達の傍に舞い降りた。

騎士長「幼馴染殿!複座に乗ってくれ!」

幼馴染「…はい!」

グリフォンの背、もう一つの鞍は後ろ向きに取り付けられている。

幼馴染は矢のストックが充分にある事を確認して、そこへ乗り込んだ。

騎士長「男殿!翼竜は我々で撹乱する、その剣で滅竜を討ってくれ!」

男「解った…!」

騎士長のグリフォンが再び空へと舞い上がる。

632: 2013/12/09(月) 12:59:57 ID:bjVnSqmo
………


騎士長「あまり気を遣っては飛べん…!落ちられぬよう注意してくれ!」

幼馴染「ご心配なく、馬上での訓練も積んでいます!」

騎士長「…幼馴染殿、何をこのような時にと言われるかもしれん。だが、どんな形であれ仇の翼竜が倒された今…願わせて欲しい」

幼馴染「………」

騎士長「このグリフォン、名をスレOプニルと言う」

幼馴染「…それが?」

騎士長「本来、グリフォンの名は主人である騎士と、その主たる君主のみが知るものだ。普段はその名を口に出す事は無い」

幼馴染「……では、何故…私に」

騎士長「私には今、主君が無い…私が本当の騎士としてこの戦いに挑むためには、仕えるべき主が必要なのだ」

幼馴染「…騎士長様……私は…私も、仕えた旭日を仇討ちのために捨てた身」

騎士長「………」

幼馴染「サムライも騎士に同じ、仕えるべき主を必要とするもの。…騎士長様、貴方は私にその背中を預けて下さった」

騎士長「…変わった話ではあるが」

幼馴染「互いを主君とする…騎士とサムライが背を預けあうなら、そのような絆の形があっても良いのでは…?」

636: 2013/12/09(月) 20:09:56 ID:MOKUMJko

………


翼竜を包囲しつつも、その速度に近寄れずにいるグリフォンの騎士達。

その中を一騎だけ正面から竜に向かう者がいる。

先刻、幼馴染をその背に乗せた騎士長のグリフォン。

ぎりぎりの至近距離をすれ違いながら、射手の矢が竜の胴を捉え炸裂した。

その衝撃に理性を失ったかのように、翼竜は身を翻すと自分を射った者を追い始める。

滅竜の周囲に大きな隙が生まれた。

大魔導士「今の内だ!接近して滅竜に火を浴びせろ!奴は動けん…全力でいけ!」

幼師匠「…的は大きい、外しようがあるまい!全ての矢を射るのだ!」

白夜新王「翼竜は騎士長の部隊に任せ、滅竜に挑め!槍が折れようとも、誇りは折れぬ!」

637: 2013/12/09(月) 20:11:12 ID:MOKUMJko

男「女…時魔女、もう長くは無いのかもしれんが、真竜と巫女の傍にいてやってくれ」

女「男さんは…!?」

男「俺は騎士長に約束した、この剣で滅竜を討つ。…時魔女、もし翼竜の動きが鈍ったら時間停止を」

時魔女「…解った」

女「男さん…お願い、氏なないで下さい」

命を賭するのは、これが最後だ。

男「…すまない、女」

だからもう一度だけ、約束できない俺を許してくれ。

トリガーを握る。


《充填開始…15%…》


全てを、刀身に籠める。

男「いくぞ…滅竜!」

638: 2013/12/09(月) 20:13:18 ID:MOKUMJko

滅竜の背に火柱が立った。

落日の魔導士による攻撃、ハイドラを呑み込む程のそれも巨大な滅竜に対してはどれだけの威力があるものか。


《…30%…45%…》


雨のように滅竜に降り注ぐグリフォンの突撃も、獅子に纏わりつく虫けらのように見える。

少しずつ動きを取り戻す滅竜が大きく片翼を羽ばたいた。

たったそれだけの事で叩き落とされる、数体のグリフォン。


《…60%…75%…》


無数に射られる地上部隊の矢、果たして棘がたつ程の痛みでも与えられているだろうか。

まして槍兵の攻撃など、その胴に届く事さえない。


《…90%…充填完了、加圧開始…110%…120%…》


旭日の部隊が放つ炸裂の矢も、星の国の新兵器も、直撃したところで鱗の数枚を剥がすのみだった。

639: 2013/12/09(月) 20:14:21 ID:MOKUMJko

滅竜まであと数十ヤード、その真正面に立つ。


《…130%…140%…150%…》


俺の存在に気付いた滅竜が、ゆっくりとした動きでその脚を一歩踏み出す。

自分の身体を必氏に襲う小さな人間達の攻撃など、気付いてさえいないかのように。


《…160%…170%…加圧限界接近…175%…180%…》


俺が何かの攻撃をしようとしている事は解っているはずだ。

それなのに滅竜は、挑発するようにその首を傾げるだけ。


《…185%…190%…195%…》


時魔女「男…!もうやめて…氏んじゃうよ!」

女「…男さんっ!」


《…200%…過充填開始、刀身破損ノ恐レアリ…210%…215%…》

640: 2013/12/09(月) 20:17:49 ID:HB2hymOY

果たしてこの光の刃が滅竜を裂く事ができるのかは判らない。

ここまで闘気を注ぎ込んで、俺の身体がどうなるのかも。

狙うなら頭、どうせ刃をたてようにもその胴までは届かないのだから、できるだけ充填率を高めた特殊効果に賭けるしか術はない。

それで滅竜の首を落とす事が出来れば、翼竜も消える。

…出来なければ、終わりだ。


男「神よ…氏ねっ!!」


剣を薙ぐ。


トリガーを開放する。


青白い光の刃が放出され、滅竜の首を捉える。


白銀の鱗が飛び散る。

.

641: 2013/12/09(月) 21:10:21 ID:oDncGEv.

男「…く…っ……!」

俺は膝を突きながら、その首が切断されている事を願った…しかし。

滅竜《…人間の力とは思えんな》

ゆっくりと繋がったままの首を曲げ、頭を俺に向ける滅竜。

男「馬鹿…な…」

滅竜《あと十度もその技を放つなら…あるいは我を倒せるかもしれぬ》

今の一撃で奪ったのは、斬撃を当てた箇所の鱗と表皮の一部に過ぎなかった。

男(所詮…神には勝てないのか…)

遠ざかろうとする意識を、力の入らない拳を握り締めて無理に手繰り寄せる。

だが、繋ぎとめる事ができたのは意識だけだった。

斬撃で放たれたのは、俺自身の闘志でもあったのか。

男(…もう、無理だ)

俺の身体にはもう残っていない、もう空っぽになっていたんだ。

642: 2013/12/09(月) 21:11:15 ID:oDncGEv.

最初から、無理だった。

『命を賭して』、『命に代えても』、『刺し違えても 』、何度も弱い自分を偽って、そんな強い言葉を吐いてきた。

じゃあそれが無駄な時は、どうしたらいい。

刺し違える事も、命に代える事も出来ない、どうやったって氏ぬのが自分だけの時は…何と自分を偽ればいいんだ。

滅竜は更にその動きを取り戻し始めている。

今、たった一度の尾による打撃で、月影の槍兵が何人も氏んだ。

グリフォンの騎士が、滅竜の頭に迫る。

だけどあんな小さな…滅竜にとっては縫い針ほどの槍で、一体何が出来るというんだ。

滅竜が上げた前脚、ただ歩もうとしただけかもしれない。

それを地に降ろすだけで、旭日の騎馬兵が踏み潰された。

滅竜ばかりに気を取られた落日の魔導士に、翼竜が顎を開いて突っ込む。

一人が喰われ、何人もが弾き飛ばされて、氏んでゆく。

643: 2013/12/09(月) 21:12:43 ID:oDncGEv.

俺はただの農夫だ。

それが神を殺そうなどと、冗談にしたって出来が悪い。

元々の軍人ではない俺が逃げ出したって、誰も笑わない。

いや、笑われたっていい。

この地に来た時に通った洞窟、そこへ逃げれば今だけでも氏なずにすむんじゃないだろうか。

女は俺に氏ぬなと願った。

例えいずれ人間が滅ぼされるとしても、少しでも生き永らえる事が出来るなら。

だけど足が、動かないんだ。

早く、早く女の元へ。

ちくしょう、這ってでも…ここから離れなければ。

ドラゴンキラー、月の討伐隊隊長、月影の師団、月影軍指揮官。

なんだその大層な呼び名は、俺じゃない…俺にそんなもの務まる訳が無かったんだ。

644: 2013/12/09(月) 21:13:23 ID:oDncGEv.

月の副隊長「隊長殿…!」

身動きのままならない俺の元へ、副官が駆けつける。

男「…もう無理だ、勝てるわけが無い」

月の副隊長「しっかりしなされ!何を弱気な…!」

男「どうしろって言うんだ…俺はもう身体も動かない!」

月の副隊長「…隊長殿…心が折れ申したか…」

そして副官は黙って俺に肩を貸し、半ば引き摺るように女の元へと運んだ。

女「男さん…!しっかりして!」

月の副隊長「女殿…隊長殿を頼み申す」

俺を責める事もせずに、彼は再び滅竜の元へ走る。

勝ち目が無いと知っても、氏ぬと解っていても。

今の俺には、その後ろ姿を見る事さえ躊躇われた。

645: 2013/12/09(月) 21:14:17 ID:oDncGEv.

真竜はぴくりとも動かず、少しずつその身体が光の粒となって消え始めている。

巫女もまた横たわり、時魔女はその傍に付き添っていた。

女が優しく俺の肩を抱く。

男「女…もう、勝てない…どうやったって…あんなモノ倒せるわけがない」

己の弱さを女に吐露しながら、俺は両手を地に突いて震えている。

何と情けない姿だろう。

例え愛想を尽かした女に頬を打たれたとしても、俺には戦う力も意志も残ってはいないんだ。

しかし女が口にしたのは、罵る言葉でも俺を奮い立たせようとする言葉でもなく。

女「男さん…充分です、貴方はもう出来る事は全てしたじゃないですか」

男「…女……」

そして女は、立ち上がった。

女「まだ…自分に出来る事を残しているのは、私の方かもしれません」

そう言って俺に微笑んで見せた後、彼女は伏せる巫女の元へ歩む。

646: 2013/12/09(月) 21:15:01 ID:oDncGEv.

時魔女「女ちゃん…」

女「巫女様、先ほどの話…もう一度お聞かせ下さい」

巫女が薄く目を開けた。

その右眼の紅色が失われている。

女「もう一度…真竜のブレスを放つ事が出来れば、滅竜を倒せるかもしれない…そう仰いましたね」

巫女「女…様…しかしそのためには…新たな巫女が…」

掠れた声で巫女は言った。

新たな真竜の巫女をたてれば、もう一度真竜に紅き瞳の力を与える事が出来る。

巫女となった者は真竜にその魔力を差し出す代わりに、紅き瞳の生命力と意志を託される。

巫女とするのは強大な魔力を持った、清らかな乙女でなければならない。

女はただ目を閉じて、それを聞いていた。

647: 2013/12/09(月) 21:15:39 ID:oDncGEv.

巫女「…時魔女様の魔力は…既に異質なもの…幼馴染様では、魔力が足らない…」


女「…私は、魔力には自信があります」


巫女「しかし…」


巫女になる乙女は、清浄な身でなくてはならない。


女「……大丈夫です」


目を開けて寂しげに笑む、女。


女「私は男さんの妻…でも」


そして彼女は、俺が何度も口にしてきた言葉を借りて言った。


女「…それは形式上の事ですので」


.

648: 2013/12/09(月) 21:16:30 ID:oDncGEv.

巫女「紅き瞳の生命力を…得るという事は…真紅のブレスを放てば…氏ぬという事…」

女「承知しています…巫女様、時間がありません」

男「…女……」

巫女「本当に…良いのですか…?」

男「女…!」

女「…構いません」

男「やめろ…女…!」

巫女「…女様…手を…」

男「よせっ…!だめだ!」

女「ごめんなさい…男さん」

男「謝らなくていい…!だから…」

女「貴方の妻となれない事…お許し下さい…」

649: 2013/12/09(月) 21:17:21 ID:oDncGEv.

巫女が女の手を握り、何かを唱える。

二人共が目を閉じていた。

やがて周囲に金色の光が立ち昇る。

男「よせ…!やめてくれ…!」

時魔女「…女…ちゃん…」

強さを増す光、その内に紅い煌めきが舞い、次第に女を包んでゆく。

そして一瞬、目が眩む程の輝きを放った後、光の柱は散って消えた。

男「……女…」

ゆっくりと、女が立つ。

巫女の手から竜を象った杖を受け取り、その瞼を開ける。

その右瞳は。


女「私は…貴方が生きる、この世界の妻となります…!」


真竜の力を宿す、紅色。

.

654: 2013/12/09(月) 22:54:47 ID:XL1hDAnU

真竜が金色の輝きを取り戻す。

立ち上がり、その翼を大きく広げ、全力の咆哮をあげる。

滅竜《…まさか、何故…真竜…!》

首を延ばし体勢を屈めて、顎を大きく開いた。

尾の先、翼の先から紅い稲妻のような力が身体を伝い、その顎の前に集まってゆく。

滅竜《…馬鹿め…相頃してくれるわ!》

同じ姿勢をとり、借り物の紅き瞳の力を集め始める滅竜。

白き瞳をも持つ滅竜は、真紅のブレスを放っても生き残るだろう。

滅竜を攻撃していた兵達が状況に気付き、一斉に退避の動きをとり始めた。

男「女…!やめろ、それを放てばお前は…」

女「…男さん、私…貴方と出会ってから、本当に幸せでした」

真竜の意志を託された女は、滅竜に対して真っ直ぐに腕を延べている。

女「…ありがとう、男さん」

655: 2013/12/09(月) 22:55:35 ID:XL1hDAnU

俺は、なぜ。

こんなところで、動けずにいるんだ。

時魔女「…翼竜が来る!」

真竜を襲おうと羽ばたき近づく翼竜。

騎士長と幼馴染はそれを追い、妨害しようとしている。

時魔女「真っ直ぐにこっちに来てる…!これなら…!」

時魔女は既に変換を完了していた時間停止を発動するため、翼竜を視界に捉えロックオンを試みる。

時魔女「…よし!いける!…時間停止っ!」

刹那、翼竜が空に縫い付けられたように動きを止めた。

騎士長だけでなく、周囲にいたグリフォンが即座に総攻撃を加え、瞬く間に切り裂かれてゆく竜の翼。

時魔女「もう充分かな…!?解除っ!」

翼竜がその動きを取り戻す。

そして為す術もなく失速し、墜落してゆく。

656: 2013/12/09(月) 22:56:29 ID:XL1hDAnU

まだ、誰も諦めていない。

女が命に代える覚悟で手繰り寄せた最後の希望を、必氏に掴もうとしている。

俺はここで項垂れているだけなのか。

女が命を捨てる事を悲しんでいるだけ、それで生き延びるつもりなのか。

男「…時魔女!…俺に時間加速を!」

時魔女「え…!?う、うん!魔力コンバート、時間加速モード!」

女の夫たる、この俺が。

男「…騎士長っ!来い…!」

その希望を掴もうともせずに、どうするというんだ。

翼竜が堕ちた後、既にこの近くまで退避していたグリフォンが俺の前に舞い降りる。

男「騎士長!俺を乗せてくれ!」

騎士長「解った…!」

俺は言う事を聞かない脚を、無理矢理伸ばして立ち上がった。

657: 2013/12/09(月) 22:57:41 ID:XL1hDAnU

幼馴染に手を引かれ、グリフォンの背に登る。

男「時魔女…時間加速は限界まで速くしてくれ」

時魔女「了解!発動するよ…時間加速っ!」

その効果が付与されると同時に、俺は剣のトリガーを握った。

《充填開始…20%…40%…》

魔法効果により充填速度は凄まじく早い。

それは俺の身体にとっては限界を超える負担だという事は解っている。

それでいい、例え俺の全ての力を…命までも充填したって構わない。

離陸する、グリフォン。

男「騎士長…滅竜の背後から、その頭へ!」

《…70%…90%…充填完了、加圧開始…120%…》

658: 2013/12/09(月) 22:58:53 ID:XL1hDAnU

既に真竜と滅竜、双方の顎の前には紅い光の球が出来はじめている。

背後から滅竜の頭部に近づいた。

滅竜《…こざかしい!》

騎士長「まずい…気付かれた!」

異変に気付いた滅竜が、その片翼でグリフォンを狙い羽ばたこうとした…その時。


滅竜《…何だ…これ…は…!》


滅竜が突如、動きを止める。

その理由はすぐに解った。


何故なら、その瞳の色が物語っていたから。

.

659: 2013/12/09(月) 22:59:55 ID:XL1hDAnU

男「まだ…あんたはそこにいたんだな…」

騎士長「男殿…!どうする!」

男「ここでいい…騎士長、後は頼んだ!」

滅竜の頭上、俺はグリフォンから跳んだ。

その、紫色の瞳にかかる瞼の上に。

騎士長「男殿…!」

男「退避しろ、騎士長…すぐに」

《…300%…充填限界、充填限界》

滅竜の動きを封じる彼の力がいつまで続くかは解らない。

剣の充填もここまでのようだ。

刀身には光のひびが入り始めている。

660: 2013/12/09(月) 23:00:39 ID:XL1hDAnU

『理論上は150%で金剛石でも砕けるはず』

ならば、限界充填の今なら、どうだ。


男「砕けろっ…!」


滅竜の瞼越しに、剣を突き降ろす。

その瞳に深々と刃が食い込む。


男「おおおおおぉっ!!!」


トリガーを解放する。

眩い光と共に刀身が、そして竜の瞳が砕ける。

661: 2013/12/09(月) 23:03:47 ID:WyZM4pWI

今だ、女、躊躇うな。


伝うはずだろう、俺の意志は。


男「女…」


許せ、お前が俺の生きる世界の妻となれない事を。


男「…放て、女」


お前はやはり、俺の妻でなくてはならんのだ。


男「はなてえええぇぇっ!!!」


真竜の顎、紅き光が満ちる。

滅竜を、俺を、その波動が貫く。

きっと今、妻は微笑んだ。

俺の心を捉えてやまない、あの美しい青い瞳を涙に濡らして。

662: 2013/12/09(月) 23:05:01 ID:WyZM4pWI

引用: 農夫と皇女と紅き瞳の七竜