831: 2014/08/23(土) 21:46:45.19 ID:5OrVh+gg0
今日もまた、日が沈もうとしていた。
潮風が頬を撫でて通り過ぎ、大粒の宝石のような太陽は既に水平線へと消えかけている。
(……)
緑色の光のことを、洋上の艦艇の甲板上に立つ人物は思い出していた。
太陽が水平線へと沈むその瞬間、きわめてわずかな間だけ、太陽光が大気によって屈折し緑色に見える現象が生じる。
嘗ては、その日が無事終わった時に海岸線に出てその緑色の光を見ることが日課になっていた。
「提督」
背後から、声がした。
自分の耳をやさしく包む声。誰よりも愛おしく、永久に共に生きると誓った彼女の声。
だけど、もう人が彼女の声を美しいと感じることもないだろう。おそらく、ひどく不気味な、甲高い声に聞こえる。
振り向けば、彼女の姿が目に入って来る。
常人が彼女の姿を見れば、思わず目をそむけたくなるだろう。
無機的な青白い肌と、深淵を思わせる真黒な、巨大な砲塔と機銃とが組み合わさった生物的な艤装。
そして、こちらに向けられる真紅に染まった双眸。
生理的な嫌悪感というものが、いや、命ある者としての根源的な忌避感が彼女から放たれている。
「準備が、終わりました」
提督「御苦労、帰ろうか」
潮風が頬を撫でて通り過ぎ、大粒の宝石のような太陽は既に水平線へと消えかけている。
(……)
緑色の光のことを、洋上の艦艇の甲板上に立つ人物は思い出していた。
太陽が水平線へと沈むその瞬間、きわめてわずかな間だけ、太陽光が大気によって屈折し緑色に見える現象が生じる。
嘗ては、その日が無事終わった時に海岸線に出てその緑色の光を見ることが日課になっていた。
「提督」
背後から、声がした。
自分の耳をやさしく包む声。誰よりも愛おしく、永久に共に生きると誓った彼女の声。
だけど、もう人が彼女の声を美しいと感じることもないだろう。おそらく、ひどく不気味な、甲高い声に聞こえる。
振り向けば、彼女の姿が目に入って来る。
常人が彼女の姿を見れば、思わず目をそむけたくなるだろう。
無機的な青白い肌と、深淵を思わせる真黒な、巨大な砲塔と機銃とが組み合わさった生物的な艤装。
そして、こちらに向けられる真紅に染まった双眸。
生理的な嫌悪感というものが、いや、命ある者としての根源的な忌避感が彼女から放たれている。
「準備が、終わりました」
提督「御苦労、帰ろうか」
832: 2014/08/23(土) 21:47:56.77 ID:5OrVh+gg0
帰る場所、それは一体どこであったのだろうか。
提督は自問した。
人類が海洋に出没した深海棲艦との戦いに明け暮れるようになってから、長い年月が経っていた。
戦うために戦い、生きるために戦う。
人は艦娘という人智を超えた存在で戦い続けていた。
だが、終わりのない戦いは一進一退を繰り返し、やがては疲弊を生んでいく。
続いていく戦いの果てに、自分も自分の指揮下の艦娘達も例外なく疲弊し、摩耗していった。
そして、気が付けば自分たちは人ではなくなっていた。
その事実を受け止めるのも、長い時間が必要だった。
帰る場所と言っても、人のいない島を利用するだけだった。
もう、ヒトに交わって生きてはいけないのだから。
海底に潜水艦のように潜っても問題ない体を持ってはいるが、ヒトであった時の矜持から地上にこだわっていた。
だがそれも、ヒトに見つかる前に移転しなければならない。
長くて一か月。短いと一週間で新しい拠点を探さなければならなくなる。
そして今日も、輸送艦であるワ級を護衛しつつ、船団が移動していく。
833: 2014/08/23(土) 21:49:06.26 ID:5OrVh+gg0
そっと右手に彼女の手が重ねられる。
自分と同じくらいの体温。しかし、ヒトであった時よりははるかに低い。
ずっと海に近い生活をしているためか、それとも体が変わってしまったためか。
指と指を絡め合う。
「提督、いかがされましたか?」
提督「いや……なんでもない」
彼女の肌も、自分の肌も、まるで無機質でできているかのような灰色に染まっている。
何時の頃からか、両目も朱に染まっていた。
少し迷って、提督は呟くように言う。
提督「何時もすまないな」
「いつものことです、提督」
言葉など必要がないほど、彼女との仲は深い。
何に対して言ったのかはよくわからないが、彼女は察してくれる。
「空母棲姫と空母棲鬼が合流しました……」
視線を巡らせれば、強力な航空戦力を持つ姫と鬼がこちらの船団についてくるのが見える。
遠い記憶を振り返れば、あの二人は空母機動部隊の中枢であった二人だ。
今でもまだ、その面影を残している。
何時頃だったかまでは思い出せない、ただ、漠然とした記憶があるだけだった。
ヒトであったころ、帰る場所がまだあった時の、遠い遠い昔。
夕暮れをただ眺めていたあの頃を思い出す。
日に日に劣化を続ける記憶。既に思い出せないことがたくさんある。
自分と同じくらいの体温。しかし、ヒトであった時よりははるかに低い。
ずっと海に近い生活をしているためか、それとも体が変わってしまったためか。
指と指を絡め合う。
「提督、いかがされましたか?」
提督「いや……なんでもない」
彼女の肌も、自分の肌も、まるで無機質でできているかのような灰色に染まっている。
何時の頃からか、両目も朱に染まっていた。
少し迷って、提督は呟くように言う。
提督「何時もすまないな」
「いつものことです、提督」
言葉など必要がないほど、彼女との仲は深い。
何に対して言ったのかはよくわからないが、彼女は察してくれる。
「空母棲姫と空母棲鬼が合流しました……」
視線を巡らせれば、強力な航空戦力を持つ姫と鬼がこちらの船団についてくるのが見える。
遠い記憶を振り返れば、あの二人は空母機動部隊の中枢であった二人だ。
今でもまだ、その面影を残している。
何時頃だったかまでは思い出せない、ただ、漠然とした記憶があるだけだった。
ヒトであったころ、帰る場所がまだあった時の、遠い遠い昔。
夕暮れをただ眺めていたあの頃を思い出す。
日に日に劣化を続ける記憶。既に思い出せないことがたくさんある。
834: 2014/08/23(土) 21:50:06.33 ID:5OrVh+gg0
提督(だが……)
提督は、自分の手に視線を落とす。
薬指にある、金色の指輪。
失われていく記憶と感情をつなぎとめる枷となっている指輪。
彼女と、そういう仲であったことはしっかりと覚えている。
ケダモノの愛と笑われるかもしれない。
それでも、まだ自分が魂までもヒトから離れたわけではないことの証だった。
その手を伸ばし、彼女の顔をこちらに向かせる。
困惑する彼女が何かを言う前に、口づけを交わす。
「もう……提督」
提督「もう一回だな」
周りから嫉妬の視線が来るが、気にせず提督はもう一度口づけを交わした。
まだ、この愛がある限り、自分たちがヒトであると信じたくて。
835: 2014/08/23(土) 21:50:40.73 ID:5OrVh+gg0
我々は深海棲艦。ヒトを守り、ヒトに追われたモノ。
夏の夕暮れ、我々を迎えるものは、ただ美しい海と海鳥たちだけだった。
836: 2014/08/23(土) 21:53:04.78 ID:5OrVh+gg0
終わり
何番煎じかわからないけれど夏の夕暮れエンド(もどき)を書いてみたかった
何番煎じかわからないけれど夏の夕暮れエンド(もどき)を書いてみたかった
引用: 艦これSS投稿スレ2隻目
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