1: 2013/12/18(水) 21:55:27 ID:jTWsq4mw
この世界には、

人間でも、

動物でも、

そして憎き巨人でもない、

不思議な生物が存在する。


これは、

そんな彼らが視える私と、

不思議な彼らの、

不思議なお話。

2: 2013/12/18(水) 21:56:00 ID:jTWsq4mw
【其の一、画霊─がれい─】

“ねぇ、知ってる?”


夕食の時間、同じテーブルで食事をしていたクリスタが私達に向かって言った。

それに答えたのは、アルミンだった。

口に運ぼうとしていたスプーンを皿に戻し、興味津々、といった表情で「何が?」と返事をする。

クリスタは、あのね、と勿体ぶるような口調で言いながら、ぐっと顔を私やアルミンの方まで近付けた。

クリスタ「今はほとんど使われていない倉庫にね、幽霊が出るらしいの」

その言葉を聞き、アルミンは「ああ」と言いながら頷いた。「知ってる!」

3: 2013/12/18(水) 21:57:06 ID:jTWsq4mw
アルミンの返答に、クリスタは顔を輝かせた。
どうやら、誰かとその話をしたくてうずうずしていたらしい。

確かに、彼女がいつも一緒にいるユミルはそういった話題を「くだらない」と一蹴しそうだし(実際に今も興味なさそうにパンをかじっている)、
サシャもその手の話をするのに向いているとはいえない。

そういった意味では、好奇心旺盛のアルミンに話題を振ったのは正解といえる。


一方の私はというと、アルミンとクリスタが話しているのを聞きながら、
エレンが皿の端に避けていたニンジンをフォークで刺し、エレンの口元へ運ぶという作業を繰り返していた。

4: 2013/12/18(水) 21:57:36 ID:jTWsq4mw
エレンは不機嫌そうに私を睨みながら「いらねぇ」と言うが、好き嫌いはよくない。
ので、食べなければ駄目。

ぐいっと唇にニンジンを押し付けた時、クリスタがこちらへ振り向いた。

クリスタ「ねぇ、ミカサはどう思う?」

ミカサ「……ニンジンは栄養満点。食べなければ強くなれない」

私の言葉にユミルが盛大に吹き出し、

クリスタは「そうじゃなくて」と唇を尖らせ、

エレンは観念してニンジンを食べたのだった。

5: 2013/12/18(水) 21:58:09 ID:jTWsq4mw


──食事が終わった後。

私はエレンやクリスタ達に「教官に呼び出された」と言って、一人で歩いていた。

向かっているのは、もちろん、教務室ではない。
教官に呼び出された、というのは嘘なのだから。

では、どこに向かっているか。

クリスタの言葉を借りるなら“今はほとんど使われていない倉庫”だ。


その倉庫は、訓練所から随分と離れた場所にある。

使われなくなった理由は、距離の関係もあるに違いない。

6: 2013/12/18(水) 21:58:47 ID:jTWsq4mw
月明かりだけを頼りに、歩くこと数分。
ようやく、目的の倉庫へと辿り着いた。

扉の鍵は、不用心なことに開いていた。
いや、壊されていたと言った方がいいだろうか。

大方、他人の目を盗んで“ナニか”をしたい人が壊したのだろう。
許されることではないが、今の私には好都合だった。

重い扉を開け、中に入る。
使われていないということもあって、埃っぽい。そして暗い。

私は、ここに来る前に準備していたマッチをポケットから取り出して、ランプに火をつけた。

柔らかい光が倉庫の中を照らしてくれる。

7: 2013/12/18(水) 21:59:24 ID:jTWsq4mw
さて、明かりを得たところで、私は早速捜索を始めた。

探すものは、こちらもクリスタの言葉を借りるなら“幽霊”だ。

あまり時間を掛けすぎると同室の子に不審に思われるので、なるべくならば早めに出てきて欲しい。

──と、思っていると。

物陰に何かが隠れているのを見付けた。

意外とすぐに見付かったことに安堵しつつ、私はそちらへ歩み寄った。

8: 2013/12/18(水) 21:59:58 ID:jTWsq4mw
物陰にいたのは、やはり“幽霊”だった。

その“幽霊”は。

ブロンドの髪に、空のように青い碧眼の、見目麗しい少女だった。

どことなく、クリスタに似ているような気がする。

私は、努めて優しい声を作り、少女に話し掛ける。

ミカサ「こんばんは」

話し掛けられたことに驚いたのか、少女は目を丸くして私を見た。

そして、もじもじしながら答える。

少女「……こんばんは」

ミカサ「あなたは、本当に“幽霊”なの?」

その問い掛けに、少女は頭を横に振った。

ミカサ「では、何?」

少女「……わたし、あの絵の中にいたの」

9: 2013/12/18(水) 22:00:30 ID:jTWsq4mw
少女が指差したのは、埃を被った一枚の絵画だった。

長い間、ここに放置されてしまっていたのだろう。
随分と色褪せ、ぼろぼろになっている。

描かれているのは──この少女に似た人物だ。

それを見て、私は理解した。
この少女の正体を。

ミカサ「……あなた、画霊なのね」

すると、少女が黙って頷いた。

11: 2013/12/18(水) 22:01:27 ID:jTWsq4mw
さて、画霊と分かったはいいけれど、どうすればいいのだろうか。

少女の絵を持ち上げ、私は頭を悩ませた。

画霊を戻すには、元の絵画を修復させなければならない。
けれど、訓練所に十分な画材は揃っていないし、何より、私に絵の才能は皆無だ。

かといって、少女をこのままにしておくわけにはいかない。


散々頭を悩ませた私が出した結論は──。

ミカサ「アルミンに相談しよう」

少女は、アルミンと同じブロンドの髪を揺らしながら首を傾げた。

12: 2013/12/18(水) 22:02:22 ID:jTWsq4mw


翌朝。

なんとタイミングのいいことに、今日は訓練がない。
ので、私は人気のないところにアルミンを呼び出して、絵画のことを相談した。

もちろん、画霊の件は伏せておく。

アルミン「絵画の修復? ミカサって、そういうの興味あったっけ」

ミカサ「……興味はない。けれど、この前の倉庫掃除の時、気になる絵を見付けてしまって」

13: 2013/12/18(水) 22:03:07 ID:jTWsq4mw
アルミン「へぇ。どんな絵なの?」

ミカサ「女の子。アルミンに似てるところもある」

アルミン「えっ」

ミカサ「髪の色が」

アルミン「ああ、髪ね……」

容姿が似てるって言われたら男としてどうかと思ったよ、と呟きながら、アルミンは考える素振りを見せた。

暫くの間、考えてくれていたアルミンが、「そういえば」と手を叩いた。

アルミン「街に安価で絵を修復してくれる店があったはずだよ」

14: 2013/12/18(水) 22:04:05 ID:jTWsq4mw

アルミンに詳しい話を聞き出し、私は絵画を抱えてその店に向かった。

店は、街の外れにひっそりと佇んでいた。

外から店内を覗いてみるが、薄暗くて中は見えない。
閉まっているのか、と思ったけれど、看板には“open”と書かれている。

少しばかり心配になりつつ、店の扉を押した。

カラン、と小気味好い音が鳴り響く。

15: 2013/12/18(水) 22:05:12 ID:jTWsq4mw
店主「いらっしゃい」

奥から出てきた店主らしき人は、眼鏡と白髪の初老の男性だった。

店主「ご用は?」

ミカサ「絵の修復を」

そう言いながら、抱えていた絵を見せる。

すると店主は絵画を一目見るなり、「ああ」と感嘆の声を上げた。

店主「またこの絵に会おうとは」

16: 2013/12/18(水) 22:06:06 ID:jTWsq4mw
ミカサ「……?」

店主「……お恥ずかしい話、この絵は私が描いたものでしてね。昔、街で見かけた娘を描いたものなんです」

ミカサ「そう、なんですか」

店主「……。色々あって手離した絵ですが……、こうしてまた出会ったのも何かの縁。必ず、修復してみせましょう」

ミカサ「お代は」

店主「……いえ、結構ですよ。またこの絵に出会わせてくれたのがお代ということにしておきましょう」

そう言ってくれた店主の優しさとこの絵画を生み出してくれたことに感謝の意を込めて、私は深々と礼をした。

17: 2013/12/18(水) 22:06:44 ID:jTWsq4mw
修復が完了するのは数週間後とのことだ。
何分、保存条件が最悪だった為、ほとんどの箇所に手を加えなくてはならないそうだ。

では、また数週間後に。
そう言って、私は今一度礼をして、店を出ようとした。

そこへ。


少女「お姉さん」

少女「ありがとう」


少女の声に振り向くと、彼女はにっこりと微笑んで、絵画の中へ消えていった。

18: 2013/12/18(水) 22:07:33 ID:jTWsq4mw

店を出て、せっかく街に来たのだから少し歩こうと決めた私は、たまに行っているお菓子屋へ向かった。

あの店を教えてくれたアルミンにお礼を買っていこうと思ったのだ。

と、そこに。

クリスタ「ミカサ!」

休日を利用して街にやって来たらしいクリスタに出会った。隣にはユミルもいる。

クリスタ「偶然だね、ミカサもお買い物?」

ミカサ「ええ」

クリスタ「そうなんだ! じゃあ、せっかくだし一緒に回らない? 皆で回った方が楽しいよ!」

手を合わせながら、クリスタがにっこりと微笑む。

その笑顔は。

先程見た、少女の笑顔と同じ、だった。

19: 2013/12/18(水) 22:08:36 ID:jTWsq4mw


『昔、街で見かけた娘を──』


昔、街で見かけた娘。

もしかしてそれは──。


ミカサ「まさか……ね」

クリスタ「ミカサ?」

ミカサ「ううん、何でもない。せっかくだし一緒に回らせてもらおう。ユミルもいいだろうか」

ユミル「へいへい、お好きにどうぞー」

クリスタ「決まりだね! じゃあ、あそこの雑貨屋さんなんだけど……」

クリスタに手を引かれ、私達は街の中を歩いた。

20: 2013/12/18(水) 22:09:27 ID:jTWsq4mw


──さて、数週間後。

綺麗に修復された絵画は、私達の部屋に飾られることになった。

その絵を一目見て気に入ったらしいユミルが毎日のように手入れをしてくれているお陰で、

絵の中の少女はいつも綺麗に私達に微笑みかけてくれている。



終わり
其の二へ続く?

引用: ミカサ「あやかし奇譚」