27: 2013/12/19(木) 22:18:05 ID:nAz/Zg6o

前回:ミカサ「あやかし奇譚」


【其の二、雨降小僧─あめふりこぞう─】

ここ一週間、ずっと雨が降り続いている。

雨なので屋外で行う訓練は中止、
なんてことにはならず、私達は雨に濡れながら日々の訓練に励んでいる。


さて、本日の訓練が終わり、私達はすっかり冷えきった体を温めるために浴場に向かっていた。

サシャ「うう、寒いです……こんなに寒いなら、何時間も座学をしていた方がましです」

サシャが体を震わせながら言う。

全く以て同感だ。
この冬の時期はただでさえ寒いというのに、更に雨に打たれるとなると体の芯まで冷えてしまう。

外で訓練するより、室内の暖かな空間で座学をする方が何倍もましに思える。

28: 2013/12/19(木) 22:18:45 ID:nAz/Zg6o
クリスタ「それにしても」

濡れた髪を丁寧にタオルで拭きながら、クリスタが口を開いた。

クリスタ「この時期にここまで雨が続くなんて、珍しいね」

確かに、その通り。

この時期、雪が続くのは不思議ではないけれど、雨が続くというのは珍しい。

私やクリスタ意外の人もそう思っていたらしく、皆、うんうんと頷いている。

ここで、クリスタとは正反対に、少々乱暴に髪を拭いていたユミルが口を開く。

その時、意地の悪そうな笑みを浮かべていたのを、私は見逃さなかった。

ユミル「何か、悪いことの前触れじゃなきゃいいけどなぁ?」

その言葉に、一瞬、この場がシーンと静まり返った。
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29: 2013/12/19(木) 22:19:23 ID:nAz/Zg6o
ユミル「……、ダッハッハ、冗談だっての! お前ら、本気にすんなよな!」

さすがにこの空気を何とかしなくてはならないと思ったのか、ユミルがいつも以上に明るく、そして大きな声で言った。

クリスタ「も、もう! 変なこと言わないでよ、ユミル!」

サシャ「そうですよ! びっくりしたじゃないですか!」

ユミル「悪かったって。まさか本気にするとは思わなかったんだよ」

そんな話をしているうちに、浴場に到着した。

皆は、早く体を温めようと、駆け込むようにして入っていった。

……ここだけの話であるが、先程のユミルの言葉に、私も少し怯えてしまった、
というのはここだけの秘密にして頂きたい。

30: 2013/12/19(木) 22:20:02 ID:nAz/Zg6o

さて、それから更に数日後。

相変わらず雨は降りやむ気配がない。

本日は兵站行進の予定だったけれど、地盤が弛み土砂災害の危険があるとして、急遽部屋で待機するように言い渡された。

突然やって来た休日に、喜ぶ訓練兵が大半だったが、一部の……例えばクリスタやサシャは浮かない顔をしていた。

原因は、なんとなく想像がつく。

クリスタ「本当に悪いことが起こったらどうしよう……」

そう、彼女達は以前のユミルの言葉を気にしているのだ。

ユミルはばつが悪そうに髪を掻き上げながら、「だから、」と言う。「あれは冗談だったんだって」

31: 2013/12/19(木) 22:21:02 ID:nAz/Zg6o
けれど、二人はその言葉に納得しなかった。

サシャ「でも、もうずっと雨なんですよ。雨季でもないのに。異常ですよ」

クリスタ「そうだよ、ここまで降り続くなんて……」

と、二人がますます不安そうな表情をすると、遂にユミルが「ああもう!」と苛立ったような声を上げた。

そして、二人の頭に手を乗せて、わしゃわしゃとやや乱暴に髪を撫で始めた。

ユミル「私が悪かったよ! あれは冗談! っつーことで、この話は終わりだ!」

サシャ「わー! 分かりましたから、ユミル!」

クリスタ「髪がぐちゃぐちゃになっちゃうよ!」

32: 2013/12/19(木) 22:21:41 ID:nAz/Zg6o
随分と乱暴な話の終わらせ方だと思ったけれど、口で何かを言うよりも効果はあったらしい。

二人は、それ以降不安を口に出すことはなかった。

ユミル「さて、じゃあせっかくの休みだしな。よし」

サシャ「遊びましょう!」

クリスタ「それなら皆でトランプしようよ!」

ユミル「おお、そうするか。……お前はどうする、ミカサ」

ユミルがこちらへ振り向き、問い掛けてくる。

ミカサ「では、せっかくなのでご一緒しよう。けど、その前にお手洗いに行ってくる」

クリスタ「じゃあ先に始めてるね」

クリスタの言葉に頷いて、私は部屋を出た。

33: 2013/12/19(木) 22:22:21 ID:nAz/Zg6o

──さて、用を済ませ、部屋に帰る途中。

私は、あるものを見付けて足を止めた。

あるもの……それは、少年だ。
頭に傘のようなものを被り、手にはランタンのような物を持った、少年だ。

その姿を見て、すぐに分かった。

この少年は雨降小僧。
雨を自在に降らせることが出来る“あやかし”だ。

恐らく、この連日の雨も雨降小僧の仕業なのだろう。

さすがに降らせ過ぎだと、一言言ってやろうと思って彼に近付いた私だったけれど、
様子がおかしいことに気付き、思わず首を傾げた。

──雨降小僧は、泣いていた。

35: 2013/12/19(木) 22:22:56 ID:nAz/Zg6o
ミカサ「……どうしたの?」

とりあえず、話を聞こうと声をかけてみる。

すると、彼は弾かれたように顔を上げ、そして私の顔を見て驚きの表情を浮かべた。
かと思ったら、彼はますます泣き出してしまった。

雨降小僧「うわああああん!!」

ミカサ「あ、あの」

雨降小僧「た、助けてくださいいぃぃ!!!」

顔面を涙やら鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、雨降小僧は私の足にすがり付いてきた。

ああ、スカートが濡れてしまう。
そう思ったが、泣いている彼を無下に扱うことも出来ず、私は彼の目線に合うようにしゃがみこんだ。

36: 2013/12/19(木) 22:23:50 ID:nAz/Zg6o
ひとしきり泣きわめいてようやく落ち着いてくれた雨降小僧は、今度はさめざめと泣きながら、理由を話し始めた。

雨降小僧「雨降小僧は提灯を振って雨を降らせるんです」

ミカサ「ええ」

雨降小僧「止ませる時も、同じなんです、け、ど……!」

そう言いながら、彼は持っていたランタンのような物……基、提灯を見せてくれた。

その提灯はというと、所々穴が空き、傷だらけだった。

雨降小僧は泣きながら言う。

雨降小僧「転んだ拍子に壊してしまって……雨を止ませることが出来なくなってしまったんです……」

なるほど、どうやらこの雨は、雨降小僧の仕業ではあるものの、故意にしていたわけではないらしい。

ミカサ「話は分かった。……少し、待っていて」

そう言って、私は首を傾げる雨降小僧を置いて駆け出した。

37: 2013/12/19(木) 22:24:37 ID:nAz/Zg6o

やって来たのは、私の部屋だ。

中に入ると、クリスタ達が楽しげにトランプで遊んでいた。

サシャ「あ、ミカサ! 待ってましたよ!」

ミカサ「ごめんなさい、大切な用事が出来たの」

私は自分の荷物から色紙と糊、そして鋏を取り出して、不思議そうな表情の三人に「また後で入れてほしい」と告げて、部屋を出て、また駆け出した。


──雨降小僧は、私の言いつけをしっかり守り、その場で待っていた。

ミカサ「待たせてしまって悪かった」

雨降小僧「いいえ。……あの、それは?」

雨降小僧が私の手の色紙と糊と鋏を見ながら目を瞬かせる。
一体、これらで何をするのだろう、と疑問に思っているのだろう。

私は鋏を構えながら、言った。

ミカサ「とりあえず、応急処置を」

38: 2013/12/19(木) 22:25:23 ID:nAz/Zg6o

提灯を貸してもらって、穴のや傷の大きさに合わせて紙を切る。

そして、ずれないように気を付けながら、貼り合わせる。

と、いう作業を繰り返していく。


さて、切って貼ってを繰り返すこと数十分。
ようやく全ての穴と傷を塞ぐことが出来た。

つぎはぎだらけで見た目はよくないが、提灯としての機能は果たしてくれるはずだ。……恐らく。

応急処置をした提灯を見た雨降小僧は目を輝かせ、それを持った。

そして。

雨降小僧「雨よ、止め!」

39: 2013/12/19(木) 22:26:07 ID:nAz/Zg6o


雨降小僧「本当にありがとうございました」

ぺこり、と、頭の傘が落ちてしまうのではないかと心配になるほど、雨降小僧は深々とお辞儀をした。

ミカサ「気にしないで。けれど、もう壊さないように気を付けて」

雨降小僧「はい、それはもう!」

足元には注意します、と、意気込みながら言う雨降小僧に、逆に心配になる。
力みすぎるのもいけない。

雨降小僧「では、帰ります。このお礼はいつか必ず」

ミカサ「お礼なんていいから、気を付けて帰って」

雨降小僧「はい、気を付けます!」

そう言って、雨降小僧は私の前から姿を消した。

40: 2013/12/19(木) 22:26:37 ID:nAz/Zg6o

彼は無事に帰れたのだろうか。

今度は転ばなかったのだろうか。

そう思いながら、空を見る。

先程までの雨が嘘のように晴れ渡った空には、虹が架かっていた。

雨が降りそうな気配はない。


──きっと、無事に帰ることが出来たのだろう。

あのつぎはぎだらけの提灯を持って。



終わり
其の三へ続く?

42: 2013/12/19(木) 22:29:39 ID:C00Y4cj2
面白い。乙。

引用: ミカサ「あやかし奇譚」