91: 2013/12/23(月) 01:52:04 ID:NaSlxMGQ

前回:ミカサ「あやかし奇譚、轆轤首─ろくろくび─」


92: 2013/12/23(月) 23:04:52 ID:qVXaNWVQ
【其の六、煙々羅─えんえんら─】

冷たい北風と共に、木々の葉も吹いてくる。

カサカサと音を立てながら、風に吹かれた枯れ葉は宙を舞い、そして地に落ちた。

私はその枯れ葉を箒で掃いて集めていた。

サシャ「……それにしても」

不意に、隣で掃き掃除をしているサシャが手を止めて口を開いた。

サシャ「掃いても掃いても、終わりませんねぇ」

その言葉に、私は頷いた。

掃いても掃いても、容赦なく吹き付けてくる風が新たな枯れ葉を落としてくる上に、せっかく集めた葉を運んでいってしまうのだ。
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93: 2013/12/23(月) 23:05:24 ID:qVXaNWVQ
けれど、そうやって文句ばかり言ったところで、何も変わらない。

ミカサ「さっきよりは確実に綺麗になっている。ので、もう少し頑張ろう」

サシャ「はーい……」

私の言葉に、サシャは渋々と言った様子で手を動かし始める。

しかし、明らかにやる気は感じられない。
どうせ掃除をしても、すぐに枯れ葉でいっぱいになるのに──とでも思っているのだろうか。

そんな風では、いつまでたっても終わりそうにない。

ここはひとつ、サシャにもやる気を出してもらわなければならない。

私は手を動かしながら、「そういえば」と口を開いた。

94: 2013/12/23(月) 23:06:00 ID:qVXaNWVQ
ミカサ「この枯れ葉、集めた後は燃やすように言われた」

サシャ「ああ、そうでしたね」

ミカサ「けれど、ただ燃やすだけでは勿体無い」

サシャ「? はあ……」

ミカサ「そこで私は教官に聞いた。燃やす時、芋も焼いていいか、と」

芋。
その単語が出た瞬間、サシャは分かりやすく反応した。

目を輝かせながら私のことを見つめてくる。

サシャ「それで、教官は何と……!」

ミカサ「良いと」

サシャ「やったー!!」

95: 2013/12/23(月) 23:06:34 ID:qVXaNWVQ
よっぽど嬉しかったのか、サシャはいつぞやの月兎のようにピョンと跳び跳ねた。

サシャ「そうと分かれば、さっさと終わらせちゃいましょう!」

そして、先程とは打って変わってやる気に満ちた様子で、掃き掃除を再開させる。

サシャを動かすには食べ物が効果的ということは知っていたが、まさかここまで効くとは思わなかった。

きびきびと手を動かすサシャを見ながら、この分だとあと数十分もしないうちに掃除は終わるだろう、

なんてことを思いながら、私も手を動かしたのだった。

96: 2013/12/23(月) 23:07:28 ID:qVXaNWVQ


さて、数十分後。
私が思った通り、やる気を出したサシャのお陰で掃き掃除はあっという間に終わった。

サシャ「さあミカサ、待ちに待った焼き芋ですよ!」

サシャが待ちきれないといった様子で言う。

ミカサ「ええ。では、私は火を起こしておくので、サシャは芋を持ってきてほしい。場所は」

サシャ「分かりました! 調理場にあったさつま芋ですね!」

ミカサ「え」

そうだけど。
なぜ、サシャがそれを知っているのだろう。

と、私が疑問に思っているうちに、サシャは「焼き芋ォ!」と叫びながら駆け足で調理場へと向かっていってしまった。

97: 2013/12/23(月) 23:09:06 ID:qVXaNWVQ
サシャのあの様子だと、きっとすぐに戻ってくるだろう。
その前に火を起こしておかなければならない。

ポケットからマッチを取り出して、枯れ葉に火を着けた。

葉が乾燥していたということもあり、火はすぐに燃え盛り、冷えた体を暖めてくれる。

ああ、暖かい。
ずっとこうしていたい。

そんなことを思いながら、もくもくと立ち上る煙を眺めていた。

と、その時だ。

ミカサ「……え?」

煙の中に、ぼんやりとだが人の顔が浮かび上がって見えたのだ。

98: 2013/12/23(月) 23:09:56 ID:qVXaNWVQ
最初は目が。
次に鼻、口、耳と輪郭。
少しずつ形作られていき、遂にはっきりと人間の顔になった。

煙は、揺らめく双眼で私のことを見つめる。

私もまた、煙の顔を見つめた。

少しの間見つめ合っていた私達だったけれど、やがて煙の方が口を開いた。

煙「お前、私が見えるか」

ミカサ「見、える」

煙「そうか、そうか」

そう言いながら、煙の顔は微かに笑う。

99: 2013/12/23(月) 23:10:33 ID:qVXaNWVQ
──ああ、そういえば。
こんなあやかしもいたはずだ。

名前は確か、

ミカサ「煙々羅?」

煙「私を知っているのか」

ミカサ「少しだけ……」

煙「ならば、私が見える理由も分かっているな?」

ミカサ「……ええ」

煙々羅。
その名と姿の通り、煙のあやかしだ。
煙々羅の姿が見える者は、心に余裕がある者だという。

私は自分が余裕を持っているとは思えないのだけれど、見えているということは思っていたよりも余裕があったのだろうか。

100: 2013/12/23(月) 23:11:23 ID:qVXaNWVQ
煙「最近は私が見える者がめっきり減ってしまってな」

ミカサ「……それは仕方ない。壁が壊されてから、人類に心の余裕なんて」

煙「そちらにはそちらの事情もあるだろう。仕方がないことだと分かっている」

「しかし」煙々羅は続ける。「誰にも気付かれないというのは、寂しいものだ」


──煙々羅は、煙があるところにならば、どこにでも現れるという。

私達が生活していく上で、煙というものは必ず発生するものだ。

なので、もしかしたら、私が気付かなかっただけで……。

101: 2013/12/23(月) 23:12:16 ID:qVXaNWVQ
ミカサ「あの」

煙「何だ?」

ミカサ「私にいつも心の余裕があるわけではない、けれど、もしもまた煙が」

と、ここまで言いかけたところで。


サシャ「お待たせしましたっ!!」

サシャが戻ってきた。

このまま煙々羅と話を続けるわけにもいかず、私はサシャの方に振り向いた。

振り向いた先にいたサシャは、さつま芋だけでなく、じゃが芋やみかんも抱えている。

どうやら、一緒に焼くらしい。
……どこから持ってきた、基、盗ってきたのかは、敢えて聞かないでおくことにする。

102: 2013/12/23(月) 23:13:03 ID:qVXaNWVQ
サシャ「むふふ、たくさん食べましょう! 早速焼きますね!」

そう言いながら、サシャが燃え盛る炎へ近付いていく。

私はハッとして、煙を見上げた。
そこには既に煙々羅の顔はなく、白い煙がゆらゆらと揺れているだけだった。

私がサシャと話しているうちに、消えてしまったらしい。

……まだ、伝えていないこともあったというのに。

といっても、サシャが傍にいる手前、煙々羅と会話することなど不可能に近かったのだけど。

103: 2013/12/23(月) 23:13:50 ID:qVXaNWVQ
ぼんやりと煙を見上げていると、火の中にせっせと芋を放り投げていたサシャが「ミカサ?」と声を掛けてきた。

サシャ「どうかしましたか?」

ミカサ「……いいえ。何でもない。私も手伝おう」

芋を一つ掴み、火の中に放り投げた。

その、時。


──いずれ、また。


ミカサ「!」

サシャ「どうしたんですか、ミカサ。急に空なんて見上げて」

ミカサ「……いいえ、何でもない」

104: 2013/12/23(月) 23:15:17 ID:qVXaNWVQ



これから、心に余裕を持てる瞬間があるとは限らない。

それでもきっと、また会おう。

それでもきっと、また会える。

誰もあなたに気付かなくても、私があなたに気付いてあげたい。



終わり
其の七に続く?

106: 2013/12/24(火) 04:11:27 ID:H./C7iCU

この雰囲気がとても好きだ
続きも楽しみにしてる

引用: ミカサ「あやかし奇譚」