108: 2013/12/24(火) 20:06:20 ID:XbMefMIg

109: 2013/12/25(水) 00:12:56 ID:gZ05OqyY
【其の七、花の精─はなのせい─】

“ねぇ”

食堂に向かう途中、女の子に話し掛けられた。

その顔に見覚えはない。

けれど、訓練兵はかなりの数がいるので、まだ覚えていない人の一人や二人くらいいてもおかしくはない、はず。


“あなたはミカサ?”


女の子が問い掛けてくる。

その聞き方に少し違和感を覚えたものの、いかにも私はミカサなので頷いてみせた。

すると、女の子は顔を輝かせて私の手を両手で握り、言った。


“会いたかった、ミカサ!”
進撃の巨人(34) (週刊少年マガジンコミックス)

110: 2013/12/25(水) 00:13:40 ID:gZ05OqyY
ミカサ「……失礼だけど、どこかで出会ったことがあるだろうか」

先程も言ったが、私はこの女の子に見覚えはない。
……忘れているという可能性も大いにあるけれど。

女の子は、私の失礼にも思える発言にも気を悪くした様子は見せず、相変わらず顔を輝かせたまま、言った。

女の子「うん。ずっと昔にね、出会ってるよ」

ミカサ「ずっと、昔?」

女の子「そう。あなたが小さい時に」

ミカサ「……それは、どれくらい昔の話なの?」

女の子「ざっと六、七年前かな」

111: 2013/12/25(水) 00:14:26 ID:gZ05OqyY
六、七年前といえば、私の両親がまだ生きていた頃。
つまり、私がまだ山で暮らしていた頃、ということになる。

その時に、この子と出会っている?

いいや、それは、

ミカサ「ありえない」

女の子「あれ」

ミカサ「あそこには私以外に子供がいなかった。もし、あの頃あなたに出会っているなら、覚えているはず」

あの頃。
私は自分と同年代の子供に出会ったことはほとんどなかった。

もしも、彼女と出会っていたとするならば、強く印象に残っていて、決して忘れるようなことはないだろう。

112: 2013/12/25(水) 00:15:20 ID:gZ05OqyY
女の子「ううん。ミカサ、あなたはちゃんと私のことを覚えているはずだよ」

きっぱりと言い切った女の子の顔は、とても自信に満ちている。

そう言われても、覚えていないものは覚えていない。
と、私が困惑していると。


女の子「覚えているでしょう、あなたの家の周りに咲いた花を」

ミカサ「……え」


──私の家の周りには、山ということもあって、たくさんの花が咲いていた。

畑で育てていた野菜の花や、木の花、野花など。
たくさんの種類の花が色付いていた。

その花たちの色も香りも、私は確かに覚えている。

113: 2013/12/25(水) 00:17:49 ID:gZ05OqyY
ミカサ「あなた、まさか……」

女の子「そうだよ。私は花の精」


女の子が笑う。

花の咲いたような笑顔だった。



女の子「今日はあなたに、お別れを言いに来たの」



ミカサ「え?」

114: 2013/12/25(水) 00:18:39 ID:gZ05OqyY
女の子……否、花の精は語った。


──あの日。

両親が殺され、私がエレンと家族になったあの日から。

花の世話をする人間がいなくなり、栄養を十分に貰えなくなった花は、一輪、また一輪と枯れていった。

生き残った花もあったが、壁が壊され、巨人が侵入してきた時、ほとんどが踏み荒らされてしまったという。

それでも辛うじて生き延びていた花もあったが、日を追うごとに元気を無くしていき、そして遂に……。


女の子「最後に残った私にも、寿命が来ちゃった」

115: 2013/12/25(水) 00:19:33 ID:gZ05OqyY

ミカサ「……ごめんなさい」

女の子「何でミカサが謝るの? あなたは何も悪くない」

ミカサ「けれど」

思わずうつむくと、花の精は私の頭に手を乗せた。

花の冠を乗せられたような、優しい感覚だった。

女の子「さいごにミカサに会えて、話せて、本当に良かった」

ひらり。
足元に、花びらが舞い落ちる。

顔を上げると、花の精が花びらとなり消えていくところだった。

116: 2013/12/25(水) 00:20:20 ID:gZ05OqyY
ミカサ「あ……」




女の子「今までありがとう。私、とても幸せだった」

117: 2013/12/25(水) 00:21:28 ID:gZ05OqyY
足元には、たくさんの花びらが残されていた。

私はその場にしゃがみこみ、一枚、拾い上げる。

そして、その花びらにそっと唇を寄せた。


ミカサ「……私の方こそ、ありがとう」


なぜだろう。

今、無性に泣いてしまいたい。



終わり
其の八に続く?

119: 2013/12/25(水) 00:41:07 ID:1xOQ04uA
更新乙。切なくて温かい話ありがとう。メリークリスマス。

引用: ミカサ「あやかし奇譚」