212: 2014/01/06(月) 19:01:25 ID:Cy7BxzbM

213: 2014/01/07(火) 00:04:41 ID:fXNw0Yk2
【其の十四、旧鼠─きゅうそ─】

訓練所の建物は年季が入っている。
ので、人間以外の生物が入り込んでくるのも珍しくない。

様々な生物がいるが、特に頭を悩ませているのは鼠だった。
鼠が食糧庫に侵入し、食べ物をかじったり、ひどい時には盗んでいくのだ。

捕獲するためにいくつか罠を仕掛けてみるものの、よっぽど賢い鼠なのか、引っ掛かっていたことは一度もないらしい。


さすがにこれではいけない、と思った教官は、食糧庫の隙間を全て塞ぎ、念には念をとぼろぼろだった鍵も変えたという。

すると、ようやく鼠の被害はなくなり、食糧庫には平穏がもたらされた。


……と、いう話を、サシャが涙ながらに語った。
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214: 2014/01/07(火) 00:05:22 ID:fXNw0Yk2
ミカサ「それは良かった」

サシャ「良くないですよ! もう忍び込めなくなっちゃったじゃないですかぁ!」

ミカサ「それで困るのはサシャだけだと思う」

サシャ「ううう……」

サシャはしょんぼりと肩を落としている。

その落ち込みようといったら、座学でコニーに次ぐ最低点を取った時よりも酷い。

そんなサシャを見ながら、私は思う。
本当に良かった、と。

もしも、もっと早く鍵を変えられていたら、先日の豆腐小僧の件で食糧庫に入れなかったかもしれないからだ。

215: 2014/01/07(火) 00:06:24 ID:fXNw0Yk2
それにしても、悲愴に満ちたサシャを見ていると、何だかこちらまで気分が落ち込んでしまいそうだ。

ミカサ「……サシャ。この機会に、食べる量を減らしてみてはどうだろう」

サシャ「……無理ですよ」

ミカサ「やる前からそんなことを言ってはいけない」

サシャ「自分のことですから、分かるんです……ああ、こんなことを話してたら、お腹が空いてきました……」

ミカサ「もうすぐ食事の時間なので我慢して」

サシャ「はーい……」

そう言って、お腹の虫を鳴かせながら、サシャはベッドの上をゴロゴロと転がり始めた。

そんな彼女に、散歩に言ってくると伝えて、私は部屋を出た。

216: 2014/01/07(火) 00:07:05 ID:fXNw0Yk2
行く宛も目的もなくぶらぶら歩いていたつもりだったが、つい食糧庫の方へ来てしまったのは、サシャから話を聞いたからだろうか。

……なるほど、確かに鍵は新しくなっている。
隙間も塞がれていた。

これならサシャはもちろん、鼠の一匹すら入れないだろう。

サシャが嘆くはずだ。

そんなことを思っていると。

「そこのあんた」

と、声を掛けられた。


振り向いてみた私の目に飛び込んできたのは、

一匹の、鼠だった。

217: 2014/01/07(火) 00:09:42 ID:fXNw0Yk2
当然ながら、普通の鼠ではない。

大きさは中型の犬くらいだろうか。

ミカサ「……ええと」

鼠「よかった、やっと私が見える人間に出会えた」

ミカサ「……あなたは? 私に何の用?」

問い掛けると、鼠は「ああ」と声を上げ、続ける。

鼠「見ての通り、私は鼠。旧鼠と呼ぶ奴もいる。で、あんたに声を掛けた理由だけど」

と、鼠こと旧鼠は私の後ろ側へと目を向けた。

視線を辿っていくと、その先には、食糧庫の扉……正確には、新しくなった鍵があった。

ああ、なるほど。

もしかしなくても、この旧鼠が食糧庫を荒らしていた鼠の正体なのだろう。

そして、隙間も塞がれ、鍵が新しくなってしまったここに入れなくて困っているのだろう。

218: 2014/01/07(火) 00:10:39 ID:fXNw0Yk2
鼠「……あんたさ、ここの鍵って開けられる?」

その言葉は、おおよそ私の予想通りだ。

けれど、残念ながら鍵は開けられないので(力ずくなら可能かもしれないけれど)、頭を振ってみせる。

すると、旧鼠は「そうか」と肩を落とした。
その様子は、つい先程のサシャを連想させる。

鼠「ああー、何で鍵が変わってるんだ……これからどこで食い物を調達すればいいんだ……」

ミカサ「残念だけど、諦めてほしい。ここにあるものは、私達の生きる糧」

鼠「そりゃ分かってるよ。けど、あいつらが……」

旧鼠の言葉に、思わず首を傾げた。

ミカサ「あいつら、とは?」

219: 2014/01/07(火) 00:11:33 ID:fXNw0Yk2
鼠「子猫。私が育ててるんだ」

目を丸くしてしまったのは、仕方ないことではないだろうか。

猫は鼠にとって天敵のはずだ。
なぜなら、猫が鼠を食べるから。

恨むことはあっても、愛でることは決してないように思えるのだけれど。

と、私の考えていることが分かったのか、旧鼠が口を開いた。

鼠「親猫がいないんだ、あいつら。それを不憫に思ったから育ててるんだ」

ミカサ「そう……優しいのね」

鼠「大したことはしてないさ」

旧鼠は、照れ臭そうに笑った。

220: 2014/01/07(火) 00:13:17 ID:fXNw0Yk2
「で、だ」表情をキリッとさせた旧鼠が、だんっと強く地を踏みつける。「食い物が必要なんだ」

ミカサ「気持ちは分かるけれど……」

食糧庫の鍵は開けられないし、仮に開けられたとしても、ここの食料は私だけのものではない。

ので、分け与えられない。

けれど、ここまま何もせずに子猫を飢えさせるのは、気分が良いものではない。


そんなことを考えていると。
食事の時間を告げる鐘が鳴った。

ミカサ「……、来て」

手招きをすると、旧鼠が不思議そうな表情を浮かべた。

ミカサ「少しだけど、私の食事を分けてあげる」

221: 2014/01/07(火) 00:14:32 ID:fXNw0Yk2



食事後。

ちぎって隠しておいたパンを、食堂の外で待っていた旧鼠に渡す。

人間用のパンを、あまり猫に食べさせてはいけないと言うけれど、これくらいしか分けられるものがないので許してほしい。

ほんの少しの量だったけれど、旧鼠はとても感謝してくれた。

鼠「ありがとう。これで、あいつらも飢えずに済む」

ミカサ「ええ。……今回はいいけれど、毎回は分けられないということは、覚えておいて」

鼠「分かってるよ。これからは自分で何とかする」

ミカサ「頑張って」

鼠「ああ。じゃあ、あいつらが待ってるから行くわ」

「本当にありがとう」そう言って、鼠は山の中へ去っていった。

222: 2014/01/07(火) 00:15:05 ID:fXNw0Yk2



──さて、それから数日後。


訓練で山に入った私の耳に、猫の鳴き声が聞こえてきた。


それは、あの旧鼠が育てている子猫のものなのかもしれない。



終わり
其の十五に続く?

引用: ミカサ「あやかし奇譚」