225: 2014/01/07(火) 07:22:08 ID:UmM4H7Lw

226: 2014/01/08(水) 23:16:11 ID:36a3glqM
【其の十五、傘差し狸─かささしたぬき─】

突然だけれど、私はとても困っている。

と、いうのも、雨が降っているからだ。

それのどこが困るのかと思われそうだが、
私は今街へやって来ていて、雨具を持っていないと言えば納得してもらえるはずだ。


……雨は、急に降りだした。

小雨ならば、雨具がなくても気にしないのだけれど、残念ながらざざ降り、大雨だ。

しかも、にわか雨と思いきや、かれこれ二時間降り続いている。

また、どこかの雨降小僧が提灯を壊したのではないか、と疑ってしまうほどだ。
進撃の巨人(34) (週刊少年マガジンコミックス)

227: 2014/01/08(水) 23:16:59 ID:36a3glqM
さて、私はというと、本屋にいた。
雨が降り出して、慌てて駆け込んだのがここだったからだ。

本屋というのは時間を潰すのに最適だけれど、二時間も何も買わずに立ち読みだけしている、というのは、店側にとっては歓迎できるものではないはずだ。

事実、一時間が経過した辺りから、店主の視線が痛い。

そろそろ出た方がいいだろうか、と思いながら、外を見る。

相変わらず、雨は降り続いていた。
止む気配は、ない。


……どうしようか。

この際、雨の中を走って帰ろうか。

と、悩んでいた時だ。

228: 2014/01/08(水) 23:17:51 ID:36a3glqM
「あのう」

声を掛けられた。

振り向いてみると、そこには女の人がいた。

その手には、傘が握られている。

女の人「もしかして、傘がなくて立ち往生を?」

ミカサ「……はい」

女の人「それは大変。良かったら、私の傘にお入りくださいな」

そう言いながら、女の人が持っていた傘を胸の辺りまで持ち上げてみせる。


……それは、とてもありがたい申し出だ。

けれど、初対面の人間を傘に入れてくれる、なんて、怪しいにもほどがある。(本当に親切心から言ってくれていたら申し訳ないけれど)

229: 2014/01/08(水) 23:18:39 ID:36a3glqM
何も言わないでいると、女の人は私の考えを察したのか、「怪しい者ではありませんわ」と笑った。「困っている人を放っておけない性分ですの」

どうしよう。

私は今一度、外へと目を向けた。

雨はまだ降っている。


きっと、このままここで待っていても、雨はしばらく止まないだろう。

早く帰らなければ、訓練所の門限に間に合わないかもしれない。

そして何より、店主の視線が、痛い。

ミカサ「では、お言葉に甘えて」

そう言うと、女の人は顔を輝かせた。

230: 2014/01/08(水) 23:19:33 ID:36a3glqM
女の人「ええ、是非!」

ミカサ「よろしく……、お願いします。その前にこの本を買ってくる、ので」

さすがに二時間も居座っておいて、何も買わないというのは心証が悪い。

女の人「では、扉の外で待っていますね!」

そう言って、女の人は店を出ていった。


私はというと、この二時間の間にチラリと読んで面白そうだと思った本を何冊か持ち、会計へ向かった。

会計している時、店主は何も言わなかったけれど、顔に“ようやく出ていってくれる”と書いてあるように見えた。

本当に申し訳なく思う。

231: 2014/01/08(水) 23:20:17 ID:36a3glqM
さて、会計を済ませ、外に出ようとすると。

私が開ける前に、扉が開いた。

入店してきたのは。

アルミン「あれ、ミカサ?」

ミカサ「アルミン」

アルミンだった。
手には、ちゃんと傘が握られている。

アルミン「偶然だね。本を買ったんだ?」

ミカサ「ええ。……雨宿り目的に入店したのだけど」

アルミン「ああ。いきなり降り出したからね……ってことは、傘持ってないの?」

頷いてみせると、アルミンは「それなら」と言って、傘を私に差し出してきた。

232: 2014/01/08(水) 23:21:02 ID:36a3glqM
アルミン「僕の傘に入っていくといいよ。外で待ってて、本を買ったらすぐに行くから」

願ってもない申し出だ。

私は傘を受け取り、「ありがとう」とお礼を言って、店を出た。


外では、先程の女の人が傘を差して待っていた。

彼女は私の姿を見て近寄ってきたが、ふと足を止めた。

その目は、私の手元に……傘に、向けられている。

女の人「それは?」

ミカサ「ちょうど、知り合いに出会って。入れてくれると言ったので。……待っていてくれたのに、ごめんなさい」

女の人「……」

女の人は、何も言わずに私を見つめる。

233: 2014/01/08(水) 23:21:50 ID:36a3glqM

暫し、女の人は私を見つめていたけれど、やがて「あーあ」と心底残念そうに声を上げた。

女の人「残念、あと少しだったのに」

ミカサ「……あの」

女の人「運が良かったね、お姉さん」

突然の変わりように呆気にとられている私に、女の人は笑いかけてきた。

悪戯っ子のような、そんな笑い方で。

女の人「今日のところは諦めてあげる」

そう言って、女の人は私に背を向けた。


──その時、私は見た。


女の人に生えている、尻尾を。

それを見て、悟ってしまった。

ミカサ「……あれは……」

234: 2014/01/08(水) 23:22:29 ID:36a3glqM



程なくして、アルミンが店から出てきた。

アルミン「お待たせ、……ミカサ、何を見てるの?」

ミカサ「……いいえ。それよりも、アルミンが来てくれて本当に助かった。ありがとう」

アルミン「あはは、大袈裟だなぁ」

そう言ってアルミンは笑ったけれど、大袈裟なんかじゃない。


──あの女の人の正体は、傘差し狸。

その傘に入れてもらうと、とんでもない場所に連れていかれるという。


もしもアルミンに会わなかったら、私は今頃……。



終わり


235: 2014/01/08(水) 23:27:39 ID:EfA3FGKE
傘差し狸この話で初めて知った。この作者の知識はすごい。乙。

238: 2014/01/10(金) 22:21:06 ID:pgRuxlGQ
【恩返し 月兎編】

月兎「お久しぶりです!」

訓練が終わり、寮へ戻る途中。

突然、草陰からいつぞやの月兎が飛び出してきたので、私は驚いて足を止めた。

すると、一緒に歩いていたエレンとアルミンが不思議そうな表情を浮かべ、こちらを見てきた。

エレン「おい、どうしたんだよ」

アルミン「何かあった?」

二人には、月兎の姿は見えていない。

なので、私が急に立ち止まったように思えるだろう。

ミカサ「ええと……」

まさか、あやかしの月兎が現れた、なんて言えるはずがない。

何とか誤魔化すために、私は言った。

ミカサ「あ、蟻を踏みそうになって……」

239: 2014/01/10(金) 22:21:39 ID:pgRuxlGQ

二人には「忘れ物をしたかもしれない」と言って、先に戻ってもらった。

二人の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、私は月兎へと向き直る。

ミカサ「久しぶり。だけど、出てくるタイミングをもう少し考えてほしかった」

月兎「すみません……あなたの姿を見たら、早く話したいと思ってしまって、つい……」

しょぼんと耳を垂らしながらそんなことを言われては、これ以上は責めにくい。

ミカサ「次から気を付けて。ところで、何か用?」

問うと。
月兎は垂らしていた耳をピンと立て、嬉しそうに言った。「よくぞ聞いてくれました!」

240: 2014/01/10(金) 22:22:19 ID:pgRuxlGQ
月兎は、先程飛び出してきた草陰から、紙袋を引っ張り出してきた。

それには見覚えがある。

以前、ジャンに渡していたものと全く同じものだ。
恐らく、中身も同じに違いない。

ミカサ「また、ジャ……助けてくれた王子様に渡すの?」

私の言葉に、月兎は「ち、違いますよ!」と勢いよく頭を振った。
照れているのだろうか。

月兎「今日は、あなたです。あなたにお礼を」

ミカサ「……私? なぜ」

月兎「言ったではないですか、いつかお礼をすると」

そう言われれば、確かに言っていた。

241: 2014/01/10(金) 22:23:08 ID:pgRuxlGQ
ミカサ「お礼なんていいと言ったはず」

月兎「けれど、本当に感謝しているのです。どうか受け取ってください」

そう言いながら、月兎は紙袋をずいっと差し出してきた。


──私はお礼をされるようなことをしていないと思うけれど、わざわざここまで持ってきてくれたのだ。

これは、受け取らない方が失礼というものだ。

差し出された紙袋を持ち上げる。

ミカサ「ありがとう」

月兎「受け取ってもらえて良かったです!」

表情を明るくさせながら、月兎が言った。

242: 2014/01/10(金) 22:23:49 ID:pgRuxlGQ
月兎「では、用は済みましたので帰ります」

ミカサ「……王子様に会わなくてもいいの?」

月兎「その辺は大丈夫です、あなたを探している時に偶然お見掛けしたので、この目にしかと焼き付けておきました!」

ミカサ「そう……」

中々、抜かりがない。


月兎は深々と頭を下げて、「またいつか」と言った。

そして、空に浮かぶ月に向かってピョンと飛び跳ねた。

次の瞬間には、月兎の姿は消えていた。

243: 2014/01/10(金) 22:24:54 ID:pgRuxlGQ


──さて、私は、寮への帰路を辿りながら、受け取った紙袋の中を覗き込んでみた。

その中には案の定、ニンジンがこれでもかというくらい詰め込んであった。

……エレンやアルミンにニンジン料理でも作ってあげようか。
と、考えていた時。


前方に、ある人物を見付けた。


誰か? ……ジャンだ。

そうだ。
と、思い付き、私は彼に話し掛ける。

ミカサ「ジャン」

すると、ジャンは勢いよく振り向いた。

ジャン「ミ、ミカサ! どうした!?」

ミカサ「渡したいものがあって」

ジャン「渡したい、もの!」

何やら落ち着かない様子だけれど、どうしたのだろう。

244: 2014/01/10(金) 22:25:30 ID:pgRuxlGQ
私は紙袋から何本かニンジンを取り出して、ジャンに差し出した。

ミカサ「どうぞ」

ジャン「これは……?」

ミカサ「見ての通り、ニンジン」

ジャン「あ……ありがとな」

受け取ってくれたものの、ジャンはどこか複雑そうだった。



終わり

245: 2014/01/10(金) 22:31:31 ID:l1zOFWyY

引用: ミカサ「あやかし奇譚」