1:◆6IywhsJ167pP 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP

2: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
王「良く来た、勇者達よ……そうかしこまる必要は無い、面を上げよ」
剣士「は……」
魔法使い「は、はい!」
僧侶「……はい」
王「魔王が力をつけだして久しい。以前勇者と呼ばれた者が旅立ってからも同じく、じゃ」
剣士「聞いております。勇者と呼ばれた若者が……帰る事は無かったと」
魔法使い「魔王は大変好戦的で、この人の世を支配せんと、恐怖を振りまこうとしていると」
僧侶「そして……その凶悪な爪が、今正に振り下ろされんとしていると」
王「今日そなた達ををここへ呼んだのは……分かるな?」
剣士「……必ずや、魔王を倒してごらんに入れます」
魔法使い「旅立ちを許して頂いた名誉にかけて、必ず……!」
僧侶「今度こそ、本当の勇者、と呼ばれる為に!」
剣士「世界の平和の為に!」
王「うむ……頼んだぞ、選ばれし者達よ!」
葬送のフリーレン(1) (少年サンデーコミックス)

3: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
王「……勇者一行以下、全て下がれ!」
王「街の者に伝えよ……誉れある若かりし者の出立に光あれ、と!」
剣士「……」
魔法使い「……」
僧侶「……」
王「…… ……と、言う訳で、だ」
剣士「こういうパフォーマンス、必要だったんですかね、王様」
王「そういう事言うな、剣士。何事も形から、と言うだろう?」
魔法使い「なぁにが、『頼んだぞ、選ばれし者達よ!』だよ……恰好つけやがって」
僧侶「まあまあ、そう言うお年頃なんだって、王様もさ」
王「お前らなあああああ!」
剣士「うわ、外でわーわー言ってる……」
僧侶「そりゃそうだろ……勇気と未来ある勇者一行様方が」
僧侶「王様のお部屋で念入りに打ち合わせ、とでも思ってんだろ」
魔法使い「門からでりゃ、俺ら英雄扱いだなー!」
魔法使い「可愛い子から『魔法使い様!行かないで!』とかさ」
剣士「そこはあれだろう。『待ってますから……必ず帰って来て!』だろ」
僧侶「いっそ、『私も連れてって!』はどうだ?」
王「黙れ!この糞ガキども! ……全く」

4: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
王「だいたい、何が英雄、だ。そんなもん、魔王を倒してからだろうが!」
魔法使い「大丈夫だって。俺らならやれるって王様だって思ったから」
魔法使い「いきなり『お前ら旅立て』とか言ってきたんだろうが?」
王「本当に……お前達の脳天気さには呆れるわ……」
剣士「そうそう。あの『~~じゃ』とか言う、王様口調?やめた方が良いよ」
剣士「どうせ御伽噺の王様でも真似してるんだろうけどね」クスクス
僧侶「うん。全く似合わネェ。大体そんな歳じゃネェじゃん、お前さ」クスクス
王「う、うううううう、煩いわ!」
魔法使い「……ちょっと前まで、一緒に暴れ回ってたくせになぁ」
王「あーのーなー、お前に剣教えたのは俺だろう、剣士!」
剣士「感謝はしてるって。アンタ、俺の兄貴みたいなもんだしさ」
僧侶「みんなの兄貴、だろ。まあ……アンタが前王様の息子って知った時は驚いたな」
魔法使い「まだ寝込んでるんだろ?急に王位継がなくちゃ、とか言い出した時だって」
王「……誰も信じてくれなかったな」
僧侶「酔っ払ってたからナァ……ついでに一緒に朝まで飲んだじゃネェか」
剣士「戴冠式、二日酔いで出て、こっぴどく怒られたんだよな」
王「お前達が無理矢理飲ませたんだろうが!」
王「……忘れろよそんな事は。さっさと……」
僧侶「……そこで待ってろよ。さっさと魔王の首、取って帰ってくるからさ」
剣士「そうそう。俺たちは勇者様御一行だ」
剣士「……その名に恥じぬ様、きっちり魔王の首を持って帰って参ります」
剣士「……って、か」ハハ
王「全く……」フゥ

5: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
魔法使い「ちゃんと病気の前王様、見てやれよ?」
魔法使い「……こっちは安心しとけ。俺たちなら大丈夫だからさ」
僧侶「そうそう。さくっと行って、さくっと帰ってくるしさ」
王「……これを持って行け。少しだけどな」
剣士「ん……? ……お、おい、これ!」
王「この国は小さな島国だからな。大した餞別も用意出来ん」
王「だったら、金の方が良いだろう」
僧侶「……少し、って結構な大金じゃネェかよ」
魔法使い「これで装備整えていけ、て奴?」
王「際限なく飲み食いすんなよ……頼むから」
剣士「しかし……これ、流石に多くないか?」
王「構わん。なんせ勇者ご一行様だからな」ハァ
僧侶「……嫌味にしか聞こえネェんだけど」
王「外に船も準備してある。ここから真っ直ぐ、北上すれば」
王「最果ての大陸の端に着くと言う。一応……地図も渡しておこう」
剣士「至れり尽くせりだな」
王「…… ……」ハァ
魔法使い「どうした?また二日酔いか?」
僧侶「お前が飲ませすぎるからだろ、魔法使い」
王「俺は酒は弱いんだよ……」
剣士「ありがとな、兄貴」
王「……一応王様って呼べ」
僧侶「本来なら、アンタも一緒に行く筈だったのにな」
王「そりゃ無理だ……それに、お前達はまあ……本当に強くなったよ」
王「俺を剣の師だ、兄貴だ……って、言ってくれるのは嬉しいけどな」
剣士「王様……」
王「俺は『勇者』じゃない。そんな器じゃない」
王「……そりゃ、お前達だ」
僧侶「…… ……なんだよ、改まって」

7: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
王「ほら、もうそろそろ行け。さっさと行け」シッシ
王「……頭痛いんだよ。俺は寝たいの!」
剣士「困った王様だよ、全く」
魔法使い「良し……行くか!」
王「おい」
僧侶「ん?」
王「いくら勇者ご一行様だとか言われても、強いと言っても」
王「お前達はまだ若い。未来もある」
王「……魔王は、強い。世界を滅ぼそうと出来る位に」
剣士「……」
王「敵わないと思えば、迷わず逃げろ」
王「……命あってこそだ。忘れるなよ」
魔法使い「……」
王「誰もお前達を責めない。倒せば確かに、本物の『勇者』として」
王「褒め、讃えられ、誰もがお前達に尊敬の眼差しを向けるだろう。だがな」
僧侶「……」
王「氏んだら、そこから先は何も無いんだ。終わりなんだ」
王「帰ってくる所は、此処だけじゃない。お前達は何処にでも行けるんだ」
王「……それだけは、忘れるな」
剣士「何だよ……改まって」
魔法使い「そ、そうだよ……気持ち悪い」
僧侶「心配すんな。大丈夫だって」
王「……釘指しとかないと、お前ら暴走しそうで怖いもん」
王「…… ……もう行け。頼んだぞ、勇者達」
剣士「……ああ」
魔法使い「任せとけ!」
僧侶「待ってろよ。必ず、帰ってくるからな!」
王「…… ……期待してる、よ」

パタン

8: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
王「…… ……」
王「すまん、剣士、魔法使い……僧侶」
王「……すまん。頼むから……生きてくれ、希望の勇者達……ッ!」

……
………
…………

剣士「……スゲェ熱狂だったなぁ」
魔法使い「おい、あの赤い髪の可愛い子見たか?」
魔法使い「俺にしがみついて泣いてんの!」
僧侶「おい!お前ら手伝えよ!船ってどうやって動かすんだよ!」
剣士「ん?ああ……変わるよ……っと」
魔法使い「……お、すげぇ、進んだ」
僧侶「できるなら俺に任せてないで、最初っからやれよ剣士!」
剣士「俺がやるって張り切ってたのお前だろう、僧侶」
魔法使い「すげえな、ドンドン島が小さくなってく……」
剣士「帰った時の熱狂は、今日の非じゃないだろうな」
魔法使い「ひゃっほーぅ! 可愛い子、よりどりみどり!」
僧侶「お前は女の事しか頭にネェのかよ、魔法使い…… ……ん?」
剣士「どうした?」
僧侶「…… ……ありゃ、何だ?」
魔法使い「あ?」
僧侶「剣士、舵任せるぞ……おい、魔法使いあれ見ろ……北のそ……ら……!?」
魔法使い「何だよ珍しい鳥でも飛んでたか?」ヒョイ
魔法使い「……ッ な、ん ……ッ 火、の球……!?」
剣士「おい、どうした!?」
僧侶「剣士、スピード挙げろ!進め……ッ」

グラグラ、グラグラ……!

剣士「な、何だ……!?」
魔法使い「近づいてくる!」
僧侶「風……ッ 衝撃波か……!!」

9: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
魔法使い「……ッ やばい、でかい!!」
僧侶「……ッ 全速力だ、この海域を離れないと……!!」
僧侶「剣士!!どっち向いてんだ、前見ろ、前!!」
剣士「……島に向かってないか、あれ」
魔法使い「!!」
僧侶「戻ったって間に合わん!間に合ったところで……!!」
剣士「しかし……ッ !!」
魔法使い「糞、どけ、剣士!」ドン!
剣士「……ッ 何するんだ!」ドタ!
魔法使い「離れるんだ!逃げるんだよ!俺たちまで巻き込まれちまうだろ!?」
剣士「や、やめろ、魔法使い……ッ 島が、島の人達が……ッ」
僧侶「もう遅い……ッ 早くしろ、魔法使い!」
魔法使い「これ以上早くならねぇよ!畜生!」
剣士「戻れ、戻れー!!見頃しにする気か!! ……王……ッ兄貴が!」
僧侶「……ッ 糞ッ」

ズ、ズ…… ゴゴゴゴ……ッ

剣士「な、 ん……の、音……ッ !!」

グラグラグラ

魔法使い「う、うわあああああああああああああ!」
僧侶「く、そ……舵、が……ッ」
僧侶「あああああああああああああああ!」
剣士「兄貴、あに……ッ !! うわあああああああああああああああああ!」

……
………
…………

10: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶「……ッ く、しゅんッ!!」
僧侶「……!!」
僧侶「冷た……ッ」ガバ!
僧侶(……生きて、る。びしょびしょ……ああ、そうだ、船の上……船……!!)
僧侶「魔法使い、剣士!」キョロキョロ
魔法使い「……よう。気がついたか」
僧侶「魔法使い……生きて、たか……」ホウ
僧侶「!! 剣士は……ッ!?」
魔法使い「……」ス……
僧侶(あっち……?船の……先、あ……)
剣士「…… ……」
魔法使い「一番最初に気がついたみたいだな。お前のそれ、あいつのマントだよ」
僧侶「あ……」
魔法使い「……話しかけても無駄だぜ。ああやって島の方見たまんま」
魔法使い「一っ言も喋らネェ……そっとしておいてやれよ」
僧侶「…… ……!!」
僧侶「ひ、火の玉は、島は……ッ!?」
魔法使い「黒煙、見えるだろ」
僧侶「…… ……」
魔法使い「多分、あれだ……そんで、多分……海の底、だ」
僧侶「……そ、こ」
魔法使い「……人も、家も、街も、城も……島毎全部、海の底だよ!!畜生!!」ガンッ
僧侶「…… ……」
魔法使い「黒煙と……熱された海からの熱で近づけネェな、多分」
僧侶「船は、動くのか」
魔法使い「無理じゃね? ……結構な衝撃だったろ」
魔法使い「海に落ちなかっただけ、船が壊れなかっただけ」
魔法使い「……俺たちは強運だ。流石『勇者様御一行』だぜ」
僧侶「魔法使い……」

11: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
剣士「…… ……兄貴は、知ってたんだろうか」
僧侶「え?」
剣士「魔王を倒せ。勇者になれる……俺たちならやれるって」
剣士「ずっと前から、色んな人達に言われてた」
僧侶「……」
魔法使い「その『俺たち』の中には、兄貴だって入ってたんだぜ」
剣士「解ってる……俺たちは阿呆みたいに、その気になってた」
剣士「酔った兄貴が、何時か四人で旅立とうとか言ってただろ」
僧侶「……『俺たちならやれる』」
剣士「ああ……」
魔法使い「あの日、兄貴が珍しくへこんでるから何かと思ったんだよな」
僧侶「悪い、俺、魔王倒せないや……だっけ」
剣士「楽しく飲んでた俺たちの傍まで来て、座りもせず突っ立ってたよな」
魔法使い「座らせて無理矢理飲ませて、口割らせたんだよな」
僧侶「実は王様の息子でした。親父は病気で寝込んじまって」
僧侶「明日から俺が王様なんだ……だったか」
剣士「呂律回ってなかったが、そんな感じだったな」
魔法使い「何とちくるってんだって、俺がさらに飲ませたんだよな」
僧侶「そしたら、本当に次の日から玉座に座ってたよな」
剣士「驚いたよ。何で……そんな急だったのか」
僧侶「今でもわかんねぇよ、そんなの」
魔法使い「……まさか、一人急に欠けるなんて思わなかったからな」
剣士「……勇者になるのは俺じゃ無い。兄貴だ」
剣士「なのに……あいつは……」
魔法使い「俺じゃ勇者になれない。なるとしたらお前だ、剣士」
僧侶「……そのしゃべり方、そっくりだな」クック
剣士「魔法使いと僧侶と、魔王を倒す旅に出ろ」
剣士「……お前達なら、勇者になれる」
魔法使い「俺の方が似てるよ」
剣士「……チッ」
僧侶「急がせた、のかな。旅立ち」
剣士「…… ……」

13: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶「考えられるよな。大金与えて、あんな茶番までやってさ」
魔法使い「金なんて……何の役に立つんだよ……ッ」
剣士「思い出せよ、魔法使い。兄貴の言葉……」
魔法使い「え?」
剣士「『氏んだら、そこから先は何も無いんだ。終わりなんだ』」
僧侶「『帰ってくる所は、此処だけじゃない。お前達は何処にでも行けるんだ』」
魔法使い「……だ、だからって、このまま俺たちだけでどっか行って」
魔法使い「のんびり暮らす為の資金にって、渡した訳じゃネェだろ!?」
僧侶「どういう風にも取れる、ってこった」
剣士「……それも一つの選択肢、だな」
魔法使い「お、おい……」
剣士「何も……そうしようって行ってる訳じゃない」
剣士「……確かに、普通の顔をしてどっかの街で何もせず生活していく事はできる」
僧侶「帰る所は……もう、無いからな」
魔法使い「……」
剣士「……」
僧侶「……」
魔法使い「だからって……だからって!!与えられた金で、悠々と何食わぬ顔して」
魔法使い「何も知らない振りして、過ごせって言うのか!?」
魔法使い「そんな選択肢、与えられたって拒否するしかネェだろ!?」
剣士「…… ……」
僧侶「…… ……」
魔法使い「お前……お前ら、悔しくないのかよ!?」
魔法使い「あんな……目の前で、あっちゅーまに消し飛ばされたんだぜ!?」
魔法使い「俺らの……家族も、家も……俺らの世界、全部!!」

18: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
剣士「……美しい島だったな」
魔法使い「……ッ おい、剣士……!!」
剣士「兄貴は、家族同然だった。剣の稽古つけてもらって、強くなって」
剣士「お前達とあって、馬鹿みたいな事やって騒いで……」
僧侶「……本当、あの人酒弱かったよな。なのに、俺らに付き合って飲んでさ」
剣士「何回介抱してやったかわかんないよな」
魔法使い「おいって!!」
僧侶「結構年上なのに可愛いとこあったよな」
剣士「…… ……あんな、糞でかい火の玉、軽々と北の果てから」
剣士「あんな、小さな島に綺麗にぶち当てて、しかも島毎沈めちまうような」
剣士「……信じられない力の持ち主だ。魔王ってのは」
僧侶「それを……たかだか糞ガキ三人、雁首揃えて頃して下さいって行く様なモンだ」
魔法使い「僧侶!!」
剣士「……だからって、黙ってられるか、ての」
魔法使い「……え?」
僧侶「……小さくてさ、美しいだけしか、取り柄のない島だったよな」
僧侶「それでも……俺たちにとって、あれが世界そのものだったんだ」
剣士「このまま俺たちが怖じ気づいて、尻尾巻いて逃げ出したら」
剣士「魔王の思うつぼだろうが……ッ」
魔法使い「剣士、僧侶……ッ」
魔法使い「そうだ……そうだぜ、俺たちだけじゃ無い!」
魔法使い「放っておけば、被害は全世界に広がるんだ」
魔法使い「魔族共が、好き勝手して良い世界じゃない」
魔法使い「……俺たちの世界なんだ……ッ」

19: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
剣士「……だが、生半可な覚悟じゃ倒せないぞ」
剣士「兄貴が居たら……否、あいつが居たって……!」
魔法使い「その兄貴の為にも……俺らがやらずに、誰がやるんだよ!」
魔法使い「……ッ放っておけるか……!!」
僧侶「ま……そうなるわな」
魔法使い「……ッ おう!」
僧侶「しかし……船、動くか?」
剣士「無理だな……目立った損傷は無いが……衝撃で随分やられたっぽい」
魔法使い「おい、お前風起こしてどうにかならねぇのかよ」
僧侶「無茶言うなよ!」
剣士「潮に流されて行って……どこに着くやら」
魔法使い「言う程離れてないよな……」
魔法使い「なあ、本当に無理なのかよ、僧侶」
僧侶「お前なぁ、いくら俺が緑の加護受けてるからって……」
剣士「……まあ、やってみても良いんじゃネェの」
僧侶「……出来なくても文句いうなよ」
魔法使い「補助魔法のつもりでさ……良し、俺も後押ししてやるよ」
僧侶「あーほーかー!お前炎使いでしょうが!」
僧侶「んなもんで炙ったら大火事だわ!」
剣士「……」クックック
僧侶「笑い事じゃねええええええ!」
魔法使い「…… ……おい」
僧侶「あ?」
剣士「何だよ」
魔法使い「陸が見える」
剣士「え……」
僧侶「……泳いで行くにしても、氏ぬぞあの距離」
魔法使い「潮の流れはどうだ」

20: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
剣士「流石にわかんねぇって」
魔法使い「……近づいていかねぇかな」
僧侶「……風、よ……ッ」

シーン……

剣士「…… ……」
魔法使い「…… ……」
僧侶「笑いを堪えたけったいな顔すんな。いっそ笑え」
剣士「しかし、まあ……何時穴が開くかも解らんしな」
魔法使い「もし少しでも近づきそうなら、泳ぐか……」
僧侶「せめてつっこめ!!」

ススス……

僧侶「……ん?」
剣士「進んでる……な」
魔法使い「でかした!僧侶!」
僧侶「……い、いや、俺のアレかどうか……」

グラグラグラ……

僧侶「おい、何かやばくネェか」
剣士「ぐんぐん進んでる、ぞ?」
魔法使い「おー!すげぇすげぇ!まじで泳いでいけるんじゃね!?」
僧侶「……もう少し……もう少し……ッ」
魔法使い「近くなってきたぞ!やったな僧侶!お前すげぇよ!」
剣士「良し、頃合い見て、飛び込……む……ッ て、おい!」
僧侶「なんだよ?」
剣士「下見ろ、下! ……ッ 岩礁だ!」
僧侶「げ……ッ」

グラグラ、ガクガク…… ガリガリガリ……ッ

魔法使い「うわ、やば……ッ」
剣士「……ッ 浸水してるぞ!船底に穴が……ッ」
僧侶「う、旨く岩避けて飛び込め!ぶつかる……ッ」
魔法使い「ごちゃごちゃ言ってんな!来い!」グイッ

21: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
剣士「うわ……ッ」ドボンッ
僧侶「おわああああああああああああああああ!」ザバン!
魔法使い「……ッ」ザバーン!

ガリガリ……ッ バキバキバキ……ッ!!
ドォ………ン!
ザバ……ッ ザザ…… ン、ザザ…… ……

剣士「…… ……」
僧侶「…… ……」
魔法使い「…… ……」
剣士「……何で生きてるんだろうな、俺たち」
僧侶「『勇者様御一行』だから……じゃ、ね?」
魔法使い「ちょっとばかし、神様信じてもいい気になるね、こりゃ」
剣士「……陸地はすぐそこだ。泳ぐぞ」
剣士「風邪引いちまうよ、このままじゃ」
魔法使い「ああ……」
僧侶「怪我確認して、火を起こせる所探そう。どこか痛かったらすぐ言えよ」

ザバザバ……

……
………
…………

パチパチ……

僧侶「へっくしょん!」ズズ……
剣士「ここ、何処なんだかな……」
魔法使い「腹減ったぁ……」
剣士「贅沢言うな、魔法使い。取りあえず火に当たれるだけ幸せだろう」

23: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶「鬱蒼とした森の外れ……魔物に襲われるにはもってこい」
魔法使い「やめろよ、バカタレ!」
剣士「騒ぐなって……それこそ…… ……」
僧侶「どした?」
剣士「何か聞こえないか」

ガサガサ……ガサガサ……

魔法使い「……お前はあれか。予言師か何かか」
僧侶「褒めても何もでネェよ……おい、寄ってくんな」
剣士「騒ぐなって! ……おい、詠唱準備しとけよ」チャキ

ガサガサ……ガサ

少年「…… ……うわ!?」
剣士「……ッ !!」
僧侶「……ひ、と?」
魔法使い「何だ……ガキじゃネェか」フゥ
少年「お兄さん達……もしかして……あの、瓦礫に乗って来た人達?」
僧侶「……瓦礫に乗れる程器用じゃネェよ俺ら」
少年「……」ジロジロ
剣士「驚かせてすまんかった……君は?」
少年「凄い大きな音が聞こえて、振動がしたんだ」
少年「また魔王が何かしたのかと思って……」
魔法使い「また!?」
僧侶「魔王……って、言ったか?」
少年「…… ……」
剣士「俺たちは怪しい者じゃ……って、言ったって信じない、よな」
少年「ここら辺は魔物も強いよ。そんな所で野宿してたら、氏んじゃうと思うけど」
魔法使い「そんな場所でお前さんは何やってんだよ」
少年「……この岬から奥に入ったところに、小さな村があるんだ」
少年「僕はそこから来た。さっきも言っただろ?凄い音がしたから」
少年「……見に来たんだよ」
僧侶「お前……一人で、か?」
少年「僕は強いから大丈夫だよ」
剣士「…… ……」

24: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶「そう睨んでやるな、剣士」
少年「……着いて来なよ。お姉ちゃんが、生存者が居たら拾ってこいって言ってた」
魔法使い「お姉さん!」
剣士「おい!」
少年「こっちだよ」スタスタ
剣士「……どうする?」
魔法使い「行くしかないっしょ」スタスタ
僧侶「お、おいこら、火消してけって……てか、お前は本当に……!」
剣士「色に惑わされて身を滅ぼすタイプだよな、こいつ」スタスタ
僧侶「お前も行くのかよ結局!」
剣士「野垂れ氏ぬよりマシだ……相手は、人だ。言葉も通じない魔物じゃない」
僧侶「……糞ッ」スタスタ
少年「お兄さん達、人間だよね?」
魔法使い「どうやったら魔物に見えるんだよ」
少年「……魔族は、人と違わない姿をしてる奴らも多いよ」
剣士「そうなのか?」
少年「特に力の強い奴らはね……ああ、そうだ。名前教えてよ」
少年「僕は少年」
魔法使い「魔法使いだ」
剣士「俺は剣士。そっちは……」
僧侶「……僧侶」
少年「陽が落ちる前に。急ごう」スタスタ
魔法使い「……なぁんか、無愛想なガキだなぁ」
僧侶「聞こえるって……」
剣士「今の俺らには救世主だろ……取りあえず、助かったって言って良いんじゃないのか」
少年「あれだ。あの山の上」
僧侶「…… ……遠ッ」
少年「回り道してるからね」
魔法使い「何でだよ、態々……」
少年「さっきの十字路、左に曲がれば真っ直ぐ上るだけだけど」
少年「魔物が多いんだ。こっちに行けば滝がある」
少年「音と水に怯えて、魔物はあんまり出ない」

25: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
少年「結果的に、回り道した方が時間短縮になるんだよ」
少年「疲労困憊っぽいし……戦いたかった?」
剣士「……」
魔法使い「……」
僧侶「……お気遣いありがとよ」
少年「僕一人でも大丈夫だけど……庇いながら戦うのは面倒臭いしね」
剣士(この糞ガキ……ッ)
魔法使い(お姉さんが美人だったら……許す!)
僧侶(我慢、我慢……ッ)
少年「道が悪くなるから、喋って舌噛まない様にね」

……
………
…………

剣士「つ…… ッ」ハアハア
魔法使い「……つ、い……た……」ハア……
僧侶「…… ……」グッタリ
少年「……体力無いね」

タタタ……

姉「少年!」
少年「ただいま、お姉ちゃん」
姉「この人達が……生存者?」
少年「うん……三人だけだったよ」
剣士「……君が、お姉さん、か」
魔法使い(確かに美人だけど……こりゃまた、気の強そうな……)
僧侶(水……水……ッ)
姉「何があったのか、詳しく聞かせて貰いたいところだけど……」
姉「お疲れでしょう。ひとまず私達の家へ。お食事とお酒をご用意致しますわ」
剣士「あ、ああ……ありがとうございます……でも、良いんですか」
剣士「見ず知らずの……俺たちに」
姉「困った時はお互い様、です。ご遠慮なさらずに、どうぞ?」
少年「喋ってる水色の瞳の人が剣士。赤い瞳の人が魔法使い」
少年「……地面に潰れてる、緑の瞳の人が僧侶、だってさ」
姉「青の剣士様に、赤い魔法使い様。緑の僧侶様、ですね」
姉「湯の準備もついでにして参ります……少年、連れてきて頂戴ね」
少年「うん…… 大丈夫、歩ける?僧侶さん」
僧侶「……俺、だけ……随分な、紹介、だ……な……」
魔法使い「……ほら、肩貸してやるよ」グイ
剣士「こっちも掴まれ」グイ
少年「……仕方無いと思うんだけど」ハァ

26: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
……
………
…………

僧侶「い……ッ き、かえったー!!!」ハァ
魔法使い「風呂で泳ぐなガキか!」
剣士「……生きてて良かった」
魔法使い「大袈裟だなぁお前らは……」
僧侶「…… ……しかし、ここは何処なんだかな」
剣士「ついでにあいつら何者だ、だな」
魔法使い「まあ……命の恩人にゃ違いネェわな」
僧侶「手、出すなよ、魔法使い……」
魔法使い「阿呆か!んな事しねぇよ」
剣士「いーや、お前はわからん」
魔法使い「……煩ェ ……つか、ありゃ駄目だろ」
剣士「ん?」
魔法使い「もう忘れたのか?……『また魔王が何かしたのかと思った』」
僧侶「……」
剣士「……」
魔法使い「なァんか、匂うよな、あの二人……」
剣士「妙な呼び方、してたな」
僧侶「俺も気になった。青に、赤に、緑……」
魔法使い「加護の事じゃネェの?」
僧侶「だろうと思う、が……態々強調する事でもネェだろ?」
剣士「あの姉弟は茶色の瞳だったな、二人とも」
魔法使い「……雷、かな。妥当なところだと」
僧侶「雷使いか……別に珍しい属性じゃネェだろ」
剣士「ま、本人に聞けば一番早いだろ」ザバ
魔法使い「飯と酒の旨いアテになりゃ良いけどな」ザバン
僧侶「……口つける気か?二人とも」ザバー
剣士「お前は最後な、僧侶」
魔法使い「俺たちの様子がおかしかったら、回復してくれよ」
僧侶「……そうなるのね、結局」ハァ

27: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
……
………
…………

姉「お疲れ様でした。ご馳走とは言いがたいですが……どうぞ、お座り下さい」
剣士「いやいやいや、コレは……」
魔法使い「旨そう」ヒュウ
僧侶「ご遠慮なく……と、言いたいですが、何故?」
姉「先ほども申しました。困った時は……です」
少年「頂きます」モグモグ
剣士「……頂きます」
魔法使い「いっただっきまーす」
僧侶「……いくつか、お聞きしたい事があるんですが」
姉「ええ、どうぞ?」
僧侶「少年が……『また魔王が何かしたかと思った』と」
僧侶「……どういう、意味です?」

29: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
姉「……貴方達は、船でいらした、のですよね?」
僧侶「…… ……ええ、そうです」
姉「弟が言っていました。海岸になにやら、瓦礫の様な物が見える、と」
僧侶「……」
姉「あの衝撃と音は、船が岩礁に乗り上げたか何かした音……なのでしょう」
姉「船はバランスを崩し横転したか何かで大破。そして……」
僧侶「失礼、質問には答えて頂けないのでしょうかね」
魔法使い「……お前も食えよ、僧侶。旨いぞ」
僧侶(……二人とも、大丈夫そう、だが…… しかし……)
少年「変な物は入れてないから大丈夫だよ」
少年「……ついでに、質問には僕が答えるよ」
剣士「君が?」
少年「お兄さん達に、また魔王が……って言ったのは僕だからね」
少年「10日程前かな。魔王が、一つの島を沈めたらしい」
剣士「!」
魔法使い「!!」
僧侶「……らしい、てのは何だ」
姉「ここは小さな村ですが、船で少し行った山の奥に……やはり小さいですが」
姉「街があります。北の街、と言う」
姉「そこは、最果ての地に一番近い街と言われています」
魔法使い「最果てに……近い!?」
少年「そう。僕たちは船で、そこまで食料の調達なんかに行くんだ」
少年「……村、とか言ってるけど、此処は僕たち一族しか住んでない」
剣士「…… ……それ、はどういう意味だ。一族?」
姉「勘違いなさらぬ様……私達は、人間ですよ」
僧侶「その……北の街とアンタら一族とやら、どう関係が……」
少年「今からちゃんと話してあげるよ。ちょっと待って」
少年「……丁度、10日程、前。さっき言った魔王が、て奴ね」
少年「ここいら一体の人…… ……ううん、あれほどの威力だ」
少年「多分、世界中の殆どの人が見ただろうね」
剣士「…… ……巨大な火の玉、か」
僧侶「剣士!」

31: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
少年「やっぱり、お兄さん達も見た?」
姉「……空を切り裂いて燃やさんばかりの火の玉は、轟音を立て」
姉「大海のどこかへと飛来し、そして落ちた……と」
姉「食料調達へでた一族の者が聞いたのです」
魔法使い「……それがどうして『島を沈めた』て話になるんだよ」
少年「北の街から南へと行商に出たって人が戻ってきてたんだ」
少年「海に大渦が出来た、てね」
剣士「大渦……」
少年「そう。だから、島が沈んだからじゃないか、て噂」
僧侶「…… ……」
魔法使い「…… ……」
剣士「…… ……」
姉「そして、あの衝撃と轟音……」
少年「『また』て考えたって、おかしく何か無いだろう?」
少年「ずっと前に、どこかの島が魔王に滅ぼされた、とか」
少年「色んな噂は知ってる筈だよ」
魔法使い「そりゃそうだ。魔王が人間を滅ぼそうとしてるってのは」
魔法使い「……知らない人間の方が少ないだろうよ」
剣士「……じゃあ、此処は、最果ての地に近い、んだな」
少年「最果ての地に一番近いと言われる、北の街に近い場所、が」
少年「正解だよ。此処は小さな島だ。北の街まで、小さな船でも時間はそんなに」
少年「かからないよ」
僧侶「……一族、てのは?」
姉「私達の祖先は、最果ての地の住民であったと言われています」
剣士「!」
魔法使い「な、に……!?」
僧侶「…… ……さっき、アンタ、自分たちは人間だと言ったな」
姉「はい」
僧侶「最果ての地とやらは、魔族の住む土地だと言われている」
僧侶「……矛盾してるぞ」
姉「ですから、私達は……『選ばれた人間』なのです」
魔法使い「…… ……は?」

32: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
姉「最果ての地、魔族のみ住まうを許された禁断の地に」
姉「唯一、居住を許された選ばれた人間達……それが、私達の祖先です」
少年「……ま、正確に言うと『そう信じてる』てのが着くけどね」
姉「少年!」
剣士「…… ……」
姉「魔族と人間の争いが激化した頃、祖先の何人かが戦火を逃れ」
姉「此処へ移り住んだ……そう、言われています」
魔法使い「……証拠はある訳?」ハァ
姉「私達は皆、『優れた加護』を持っている。それを証拠として何と言いましょうか」
剣士「優れた加護……?」
姉「そうです。優れた加護は、それ故に持つ属性の干渉を受けません」
僧侶「……アンタらは雷の加護を持っているんだよな。雷を浴びても」
僧侶「平気、と言いたいのか」
姉「勿論です。自然の物は別ですが、魔法である限りは……決して」
剣士「……それは、まあ、良い。良いんだが……何故だ?」
姉「はい?」
剣士「戦火を逃れ、て、言うのだよ。許されて住んでたのなら」
剣士「お前達……その一族、てのは」
剣士「逃げる必要等無かったんじゃ無いのか?」
少年「いくら特別であっても、人は人……魔族と、決して相容れないのさ」
少年「だから、僕たちは僕たちだけで、僕たちの王国を作る」
少年「……そういう訳、らしいよ?」
僧侶「…… ……こんな、山奥の小さな集落で、か」
姉「近親婚も多かったと聞きます。私と弟の親も、異母姉弟でした」
魔法使い「……まじかよ」
姉「他者の血を入れなくては、私達は繁栄できないのですよ」
少年「だから、生存者が居ないか、見に行ったのさ」
剣士「!」
魔法使い「!」
僧侶「……ちょ、ちょっと待てよ。外部の血を入れる為!?」
僧侶「冗談じゃネェ、俺たちは……!」
魔法使い「僧侶!」

33: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
少年「さっきも言った通り、近親婚を繰り返すとね」
少年「出生率そのものが悪くなる……産まれてきても、病弱ですぐ氏んでしまう」
僧侶「おいおいおいおい、矛盾してるだろ。お前らその……何だっけ?」
剣士「『選ばれた一族』」
僧侶「そう、それだ!それなんだろ!?」
魔法使い「そうだよ。誰でも良いなら、血が薄まるじゃネェか」
姉「普通の人間の中にも、稀に優れた加護を持つ者が産まれるのです」
姉「そういう者を探して、私達は……仲間を増やします」
剣士「…… ……」
姉「単刀直入にお伺い致します。貴方達の中で、優れた加護を持つ方は?」
剣士「俺は魔法は使えない」
少年「残念には変わりないけど、優れた加護かそうじゃ無いかは解らないからね」
少年「剣士さん、貴方は海の魔物……水属性の魔物の魔法で怪我を負う?」
剣士「当たり前だろう!」
少年「……」ハァ
魔法使い「俺も残念だな。美人なお姉さんのお相手は是非お願いしたいが……」
魔法使い「自分の魔法で火傷した事もあるんでね」
姉「……貴方は?僧侶様」
僧侶「二人に同じく、だよ」
姉「…… ……そうですか、残念です」カタン
魔法使い「……?」
姉「明日、北の街までお送り致しましょう。今日はゆっくり、お休みになってください」
姉「少年……後は頼んだわよ」
少年「はいはい……だからそう、うまくいくはず無いって言っただろ」
姉「お黙り!」

スタスタ、パタン

34: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶「…… ……言葉が出ネェな」
剣士「全くだ」ハァ
少年「全く、お姉ちゃんにも困った物だよ」
魔法使い「……もし、俺らの中で優れた加護とやらを持ってたら」
魔法使い「どうなってたんだよ」
少年「想像したら解るでしょう」
僧侶「選ぶ権利ってのがだな」
少年「ある訳ないでしょ……『選ばれた人間』に逆らうなんて頭がイカレてる」
剣士「な……!」
少年「……て、言うよ。一族の人達はね」
魔法使い「イカレてやがるのは、どっちだ……」
少年「仕方無い。所謂……普通の人間、てのは劣等種、て奴だから」
僧侶「『劣等種』?」
少年「そう。僕たちは僕たちだけが特別。僕たちだけが全て」
少年「……選ばれた自分達が、何故魔族如きに許しを得る真似をしなくちゃならない」
少年「……て、ね」
剣士「お前も、そう思っているのか?」
少年「…… ……さてね」カタン
少年「さっさと寝て、さっさと起きて、さっさと出て行きなよ」
少年「多分、お姉ちゃん……明日からはお兄さん達の事見えても居ないよ」
魔法使い「極端だな」
剣士「送って貰えるだけありがたいって言うべきだ、ここは」
少年「船は準備しておくよ。じゃあね……お休み」

パタン

僧侶「……色んな人間が居るもんだ」ハァ
魔法使い「しかし……おかしく無いか?」
剣士「何がだよ」
魔法使い「…… ……10日前」
僧侶「それは俺も思った……が……」
剣士「気を失って、それぐらい彷徨っていたんじゃないのか」
僧侶「……氏なないか、それ」

36: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
剣士「…… ……そう、か」
魔法使い「精々2、3日だぜ、納得できるのは」
僧侶「帰ろうとする気を削ぐ、為?」
剣士「まあ……考えられなくは無い、な」
僧侶「……だが、現実だ」
剣士「……」
魔法使い「だな…… 2日だろうが、一週間だろうが」
剣士「……俺たちの島は、もう……無いんだ」
魔法使い「…… ……」
僧侶「さっさと寝ちまおうぜ。明日にゃ放り出される、んだろ」
剣士「あの、少年ってガキは……」
魔法使い「あン?」
剣士「いや……姉に比べれば、まだまともそうに見えた、んだけどな」
僧侶「どっちもどっちさ…… ……お休み」
魔法使い「……ああ。お休み」
剣士「…… ……」

……
………
…………

少年「ほら、見えてきた。あれが北の街だよ」
剣士「近い、つってももう日暮れだぞ」
少年「まあ、半日……だね」
魔法使い「折角布団でゆっくり眠れると思ったのに……」ファア
僧侶「顎外れるぞお前……たたき起こされたから俺も眠いっての」
剣士「……おい、少年」
少年「何?あと半刻程で着くよ」
剣士「そうじゃない……お前達、ずっとあの村に居るのか?」
少年「さあね……人口が増えれば、どこかに移動するんじゃ無い」
魔法使い「ほっとけよ、剣士……」
剣士「……口ぶりからすれば、腕に自信はあるんだろう」
剣士「そういう一族なんだろう?それを……魔王討伐に向けようとは思わないのか?」
少年「そんな事してどうするのさ。僕たちが僕たちだけの王国を作れば」
少年「……僕たちの祖先を蔑んだ魔族も、足下にひれ伏すかもしれないのに?」
僧侶「そりゃ……嘘だな」
少年「…… ……」
魔法使い「僧侶?」

37: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶「対等な関係が結べれば、さらなる力をつける事ができる……の方が」
僧侶「正解に近いんじゃネェの」
剣士「……全滅されても困る、か」
少年「良くわかんないな、僕には」
魔法使い「……そうかよ」
剣士「…… ……」ハァ
僧侶「魔族も、魔王も利用するとか考えてるならやめておいた方が良いと思うぞ」
少年「…… ……」
魔法使い「そうそう。魔王は俺たちが……」
剣士「魔法使い」
少年「……倒す、とでも言いたいの?無理だよ」
少年「たかだか、劣等種のお兄さん達には」
僧侶「優れた人間である、自分達でも無理なのに?」
少年「……ッ 無理じゃない!何れ、一族が増えらた……!」
剣士「言い出したのが俺じゃ言いにくいが……やめとけ、僧侶」
少年「…… ……ッ ほら、さっさと降りて。着いたよ」
魔法使い「え、ちょ、入り江までつけてくれないの!?」
少年「足着くだろ。これ以上入っていくと、出る時面倒なんだよ」
剣士「……一晩の休息、恩に着るよ」
少年「……フン」
魔法使い「やれやれ……お前が期限損ねるからだぞ、僧侶」
僧侶「俺の所為!?」
少年「…… ……見てろ。僕は……そのうち王になってやるからな!」
魔法使い「捨て台詞吐いて行っちゃったなぁ」
剣士「……姉よりマシかと思ったが、同じ様なモンだったな」
僧侶「斜に構えたがるお年頃、ってね……さて」
僧侶「……北の街、とやらに着いたは良いが、どーすっかね」
剣士「あっちに船がある……あれ、借りられないか」
魔法使い「魔王倒しに行くから貸して下さい、って言うのか」

38: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶「案外、アリじゃね?」
魔法使い「え?」
僧侶「あの……火の玉は結構な人間が目撃してんだろ」
僧侶「素直に話して、あの島の出身です的な話すりゃ」
剣士「…… ……あり、かな」
魔法使い「えええええ、マジで!?」
僧侶「ついでに有り金全部置いてきゃ良いさ」
魔法使い「おいおいおいおい、戻って来た時どーすんだよ!」
魔法使い「俺ら一文無し!?」
剣士「そん時ゃ、まさしく英雄サマだ」
剣士「……どうにでもなるよ、金なんて」
魔法使い「あ……そっか……」
僧侶「生きて帰れたら、な」
剣士「氏んだらどっちにしろ、金なんていらないさ」
魔法使い「……ご尤も」
剣士「良し、僧侶、任せた」
僧侶「えええええええええええええ!?」
魔法使い「口から出任せ、一番得意だろ」
僧侶「出任せじゃねぇだろ!」
魔法使い「俺らはその間に情報収集すっかね」
剣士「だな」
僧侶「まじかよ……お前ら」
剣士「船の持ち主……あの裏の家、かな」
魔法使い「良し、行ってこい!」バン!
僧侶「いってええええええええ!!」
僧侶「……くそったれぇ」ブツブツ……スタスタ

……
………
…………

僧侶「と、言う訳でして、ね」
町長「は、はあ……そりゃ、こんな大金積まれちゃ……」
町長「しかも、魔王を倒しに行くというのでしたら、船ぐらい差し上げますが……」
僧侶「本当ですが!」
町長「はあ……コレだけあれば、もう一隻船が買えますからね」
町長「しかし……その……大丈夫なのですか、三人で、と言うのは……」

39: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶「……まあ、やるだけやってみますよ」
町長「そうですか……解りました。では、帰られるまで、お金はお預かり致します」
僧侶「え、いえいえ、差し上げますって」
町長「いえ、あの、差し出がましいのですが……」チラ
僧侶「はい?」
町長「その……そちらの、腰に差していらっしゃるの……地図、ですよね?」
僧侶「え?あ……コレですか?」ガサ
町長「は、はい!よろしければ、そちらを頂けませんか」
僧侶「へ?」
町長「私は、その……地図を集めていまして」
僧侶「いやいやいや、これ、何処にでも売ってる地図ですよ!?」
町長「古い物はあるのですが、現行の物が今、中々手に入らないのですよ」
町長「魔王の城を目指された人も何人も知っています。大体、此処に寄られるのでね」
僧侶「はあ……」
町長「帰って来た者はおりませんが、大体こうやって皆お金を積まれて」
町長「船を貸してくれ、もしくは売ってくれと言うのです」
町長「土地柄、航行は盛んですので……それは構わないのですけどね」
僧侶(人の良さそうな顔して、結構がめついなぁ、この親父……)
僧侶(帰って来ないから、お金はありがたく頂戴したって暴露してる様なモンじゃねぇか)
僧侶「まあ……どうぞ。こんなモンで良ければ」
町長「ありがとうございます!どうぞ、船はご自由にお使い下さい!」
僧侶「いえいえ……此方こそありがとうございます」
僧侶(まあ……結果オーライ、かな)

……
………
…………

剣士「……しっかしぼろい船だな」
魔法使い「文句言わない、言わない。生きて帰りゃ金も戻ってくるし」
僧侶「地図なんか集めてどーすんだかな」
剣士「コレクターって奴は、良くわかんないモンに価値を見いだしてこそ、なんじゃないのか」
僧侶「そういうモンかね……」

40: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
剣士「……あの大陸、か」
僧侶「……」
魔法使い「とうとう乗り込む……か」
剣士「……気合い、入れとけよ。多分、魔物の強さも桁外れだ」
魔法使い「だ、な」
僧侶「良し……そこだ、止めろ」
剣士「…… ……」
魔法使い「…… ……」
僧侶「…… ……」
剣士「降りろ……行くぞ」
魔法使い「おう」
僧侶「……ああ」
剣士「空が……真っ黒だな」
魔法使い「紫、だろ……黒に近いけど」
僧侶「…… ……あっちだ。屋根みたいなのが見える」スタスタ
剣士「僧侶、殿を行け……魔法使い、間に入れ」
魔法使い「あいよ……つか、妙に静か……じゃ、ね?」
僧侶「……風の音しかしないな」
剣士「! ……見ろ、街だ!」
僧侶「……ッ ……街、は街だが……」
魔法使い「気配はしないな…… ……あれ、十字架か?」
剣士「折れてる奴か……みたいだな」
僧侶「魔物達の街に、十字架? ……不似合いだな」
剣士「そろっと抜けよう……気は抜くなよ」

……
………
…………

僧侶「城門だな」
魔法使い「ああ……そうだな」
剣士「此処まで……魔物にすら会わない、てのは……どういうことだ」
僧侶「でかいなぁ……」
魔法使い「ああ、でかいな」
剣士「漫才みたいな会話してないで、聞けよ!」

41: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶「でかい声出すなよ……聞いてるよ」
魔法使い「どう考えても罠……だわな」
剣士「……どうする?」
僧侶「今更それ、聞く?」
魔法使い「答える迄もネェわな」
剣士「良し……開けるぞ!」

ギィィイイ…… ……ッ

魔法使い「……広ッ」
僧侶「へえ、結構良い趣味してんなぁ」
剣士「お前らな……」
魔法使い「……で、此処にも気配無し、と」
剣士「どこから何が飛び出してくるかわかんないぞ」
僧侶「あの階段の上の扉……から行ってみるか」コツコツ

コツコツ……コツコツ……キィ

??「ようこそ、お客人」
剣士「!」
魔法使い「ど、何処だ!?」
僧侶「……ッ」
??「何だ……私を探していたのでは無いのか」

剣士(漆黒の髪、赤い目……真っ赤な、剣……!)
魔法使い(こ……ッ この、魔力……は……ッ!!)
僧侶(何で……ッ 何も、何も感じなかった……!!しかし、こいつは……!!)
僧侶「ま……おう…… ……?」

42: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
魔王「いかにも、私が魔王だ……勇者達よ」

魔法使い「う…… ……ッ うわああああああああああああああああッ!!」
剣士「魔法使い!?」
魔法使い「ほ、炎よ……ッ」ボオゥ……ッ
魔王「……ふむ。手荒いなあ」ス…… バチン!

シュウウゥ……

剣士「!」
剣士(あ……あんなに、簡単に……ッ)
僧侶「は……じ、いた……ッ」
魔法使い「あ、 ……あ、あああ。あああああああああああああ!」ボウッ
剣士「うわあああああああああああ!!」ダダダ……ッ ブゥン!!
僧侶「ちょ、ま……ッ ……う、うわあああああ!?」
魔王「……気持ちは解らなくも無いが……何を言っても、通じない、か」ブゥン
魔王「……はぁッ」

ザシュ……ッ ガキィィン……ッ

剣士「うわああああああああああああああああ!」ドン!
魔法使い「ぎゃああああああああ!!」バン!ズルズルズル…… ドサッ
僧侶「ああああああああああ……ッ あ、アァアアア!」ブン……ッドン!
魔王「……力加減がどうにも旨く行かんな」チラ
魔王「なあ、人間よ……こんな所で、無駄に命を散らす必要は無い」
魔王「氏にたくは無いだろう……『生きたいか』」
剣士「ふ……ッ ざ、ける、な……ッ」
剣士「ま、おう……の、なさ……け、で ……ッ いき、てどうしろ……と……!」
魔法使い「お、前……を、たお ……な、きゃ……ッ し、ん……も、しにきれ ……る、か!」
僧侶「…… …… ……」
魔王「強情だな……まあ、そりゃそうだろうが」フゥ
剣士「ば……け、もの…… め……ッ!!」
魔法使い「おれ、た……ち、のせか……こわ ……し、やがっ ……て!!」ゲホッ
剣士「皆 ……を、かえせ ……!!しま、を……ッ」
剣士「親 ……を ……兄、 ……を、かえ ……ッ」ゴボゴボ……ゴフッ
魔王「……喋るな、と言っても無駄、かな」
魔王「……そこの。お前は?」
僧侶「…… …… ……」
剣士「おれ ……た、ちの ……しあわ ……う ……ッけん ……など!」
僧侶「…… …… ……」
魔法使い「ん、り ……など、おま ……に、な……!!」
魔王「『生きたいか』」

43: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶(生きる……氏ぬ……氏ぬ、のか?俺は……)
僧侶(こんな、所…… で ……氏ぬ、終わる……?)
僧侶「 ……だ」
魔王「ん?」
僧侶「い、や ……だ しに……く、な……ッ しぬ、の……は ……や、だ!!」
魔王「ふむ……ならば生きろ。強い意思を持ち、己が手を取るが良い……人の子よ」
僧侶「…… …… ……」
魔王「無理か……仕方無いな」フウ。スタスタ……ギュ
魔王「……生きろ。輝かしい、人の子よ」グッ
僧侶(……ッ 何だ?何か…… ……流れ、込んで…… ……ッ)
僧侶「うわあああああああああああああああああああああああ!!」ガタガタガタ
魔王「……ほう」
僧侶「ああ。ああああああ。 ……あああああああああああああああッ!!」ハアハア
僧侶「うわああああああああああああああ!!」ダダダ……ッ ゴオオオウ……ッ
魔王「あっはっはっはっは!元気があって何よりだな!」ドン!
僧侶「ぐ、う……ッ」ブウン……ドン!
僧侶「あ、ああ……ッ あ……」ズルズルズル……ベチャ
僧侶「あ…… ……アァ」ゲホゲホゲホッ
魔王「ふむ。落ち着いたか?」
僧侶「え…… ……お、れ……」ズキッ
僧侶「ぐ……ッ」
魔王「悪いなぁ、まだ余り力の加減が解って居なくてな」
魔王「お前、回復魔法は使えるか?城には回復できる奴なんか居ないから」
魔王「……出来ないなら、まあ、精のつく物ぐらい食わしてやるが」
僧侶「う、うぅ……う、ぅ……」パァ……
魔王「お……良かった良かった」
僧侶「良い事……ある、か……ッ」
魔王「生きたいと願ったのはお前だろう?」

44: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶「!」
僧侶(生きたい……そうだ、俺、氏にたくない……って……!!)
僧侶「剣士!魔法使い……!」
魔王「…… ……」
僧侶「……あ、ァ」ヘタヘタ
魔王「気分はどうだ」
僧侶「ふ……ッ ふざけるな!どうして俺だけ助けた!?どうして二人を……!!」
僧侶「どうして、島を……!!」
魔王「……」ハァ
魔王「話をしようとしたら、先に仕掛けて来たのはお前の仲間の方だ」
魔王「……まあ、力の加減が出来なかった事は素直に謝ろう。すまんかった」
僧侶「…… ……ッ」
魔王「島の事も謝らねばならんな……しかし、アレは私の仕業では無い」
僧侶「お前……ッ この期に及んで……ッ」
魔王「……が、前『魔王』の仕業である事には違い無い」
魔王「悪かった。アレは……非常に好戦的な輩でな」
魔王「もう少し……私があいつを頃すのが早ければ…… ……すまなかった」ス……
僧侶「……な、何の真似……だ……!」
魔王「ん?土下座、と言うのはこうやってするんじゃ無いのか」
僧侶「は!?」
魔王「人に対して、誠心誠意わびる時には、こうして土下座、とやらをするのだろう」
僧侶「な……!!」
魔王「取りあえず……二人の亡骸を弔ってやらんか。そして……」
魔王「私の話を聞いて欲しい。人の子だった者よ」
僧侶「……ちょ、ちょい待て、今……なんつった?」
魔王「『私の話を聞いて欲しい。人の子だった者よ』……もう一回言うか?」
僧侶「……もう良い。その、人の子だった者……て、何だよ」
魔王「お前は、生きたいと願ったでは無いか」
僧侶「……ッ そ、そうだ!どうして……どうして、俺だけ助けた!?」
僧侶「魔法使いは、剣士……は……!」

45: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
魔王「さっきもそれ、聞かれたな」
魔王「……で、私も提案したんだがな。まあ良い……おい、そっちの奴、持てるか?」
僧侶「は!?」
魔王「弔ってやろう……庭へ行き、浄化する」ヒョイ
魔王「着いて来い」スタスタ
僧侶「あ、ちょ……ッ」
僧侶「…… ……魔法使い……」グイ……ッスタスタ
僧侶「お、おい!待てよ!」
魔王「走れるぐらい回復したか……ふむ、成功、かな」
僧侶「え?あ……」
僧侶(そうだ、俺……氏にかけ、た筈だ)
僧侶(魔王に……命を、救われた……!?しかも、何だ……この)
僧侶(溢れんばかりの……魔力……体力……)
魔王「……此処で良いか。花を燃やすと怒られるしな」トン
僧侶「お、おい……!」
魔王「傍においてやれ」
僧侶「何するんだよ!」
魔王「弔うのだと言っているだろう。このままでは……余りにも不憫だろう?」
僧侶「……ど、どうやって……」
魔王「炎で燃やすのだ。器は土に還り、魂は空へ孵る……そして、全ての柵から解き放たれ」
魔王「……浄化される」
僧侶「浄化……」
魔王「火をつけるぞ。良いか?」
僧侶「…… ……」
魔王「…… ……」ボウ……ッ

パチ、パチ……ッ

46: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶「…… ……」ポロポロ
魔王「泣いているのか」
僧侶「…… ……何で、俺だけ助けた」
魔王「この二人は、生きたいか、との問いに」
魔王「否、と答えた。お前は応とした……だからだ」
僧侶「……」
魔王「人と言うのは解らんな。お前が強いのか弱いのか」
魔王「この二人が強いのか弱いのか……私には、解らん」
僧侶「俺は……強くなんかネェ。敵……魔王のお前に」
僧侶「助けてくれ、だなんて…… ……」
魔王「素直さは強さでは無いのか?」
僧侶「……弱いから、無様な命乞いでも平気で出来たんだろうよ」
魔王「ふむ……しかし、お前もう人では無いしなぁ」
僧侶「……は!?」
魔王「さっきも言ったが、魔族は回復魔法等と言う、器用な物は使えないのだ」
魔王「書物によれば、強くも弱くもある人である者の特権だと書かれていたがな」
僧侶「書物? ……いや、ちょっと待て」
僧侶「俺が人じゃ無いってどういうことだ!?」
魔王「お前、人の話聞いていたか?」
魔王「だから、魔族である私に、回復など出来んのだ、って」
僧侶「じゃ、じゃあ……俺は、何だって言うんだよ!」
魔王「……魔族?」
僧侶「首を傾げるな!いっこも可愛くねぇ!」
魔王「いや、それも書物にあってな」
僧侶「何だよ!人を魔に変える方法とか書いた本でも読んだってのか!」
魔王「凄いなお前。正解だ」
僧侶「……マジかよ」
僧侶「ちょ、じゃ……じゃあ、俺、魔族になったって事!?」

47: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
魔王「いやあ……こんなに旨く行くとはなぁ……」
僧侶「お、お前なあああああ!」
魔王「しかし、願いは叶っただろう?」
魔王「人としてのお前は氏んだが、魔族として生き返った」
僧侶「……ッ」
魔王「強い意思がなければ、成功しないそうだ」
魔王「……私も、やっと魔王になったという実感が持てたよ」
僧侶「! そ、そうだ!お前……ッさっきの話は何なんだ!」
僧侶「前魔王がどうとか……!」
魔王「ん?ああ……言葉の通りなのだがな」
魔王「先代……まあ、親父だな」
魔王「親父は随分と好戦的でな……島を沈めたのも、親父の仕業だ」
僧侶「そんな、そんな話……ッ」
魔王「やはり……信じられないか?」
僧侶「…… ……」
魔王「……まあ、良い。聞くだけ聞くが良い」
魔王「親父が言うには、『王』と言うのは都合が悪いそうだ」
魔王「私がまだ子供だった頃、一つ……王の居た街を滅ぼしたとも言っていた」
魔王「そうして……お前達の居た、島だ」
魔王「『親切にも宣戦布告してやったのに、あの王は態々勇者達の旅立ちを早め』」
魔王「『私に、魔王に逆らった。焼くだけにしようと思ったが、見せしめだ』」
魔王「『……島毎、沈めてやったわ』 ……とな」
僧侶「……頃した、とか言ってたな。その、前魔王を……」
魔王「ああ。代々魔王と言うのは世襲制でな」
僧侶「……だい、だい?」
魔王「そうだ。魔王の子が魔王になるのだ……そして、交代の儀式は親頃し」
僧侶「!?」
魔王「そして先ほど……見たであろう。あの魔王の剣と魔王としての力を」
魔王「受け継いでゆくのだ」
僧侶「…… ……あっさり、言うなよ」
魔王「何故そんな顔をする?」

48: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
魔王「お前達人間に取って、あの魔王は害悪以外の何物でもなかろう?」
僧侶「……俺は、もう人間じゃねぇんだろ」
魔王「ふむ……そうだったな」
僧侶「だが、お前が居るじゃないか。新たな……魔王、が」
魔王「まあ……確かにそうだ。だが……別に私は人を滅ぼそう等思わんよ」
僧侶「何……?」
魔王「……終わったな」
僧侶「あ…… ……」
魔王「安心しろ。二人は……もう、苦しまん」
僧侶「……」
魔王「で……お前、どうするんだ?」
僧侶「へ?」
魔王「いや、此処に居たければ居て良いけど」
僧侶「は!?」
魔王「…… ……」
僧侶「お、おいおいおい、放り出す気か!?」
魔王「だから、居たければ居て良いって」
僧侶「……俺、人間じゃなくなったんだろう」
僧侶「何処で、どうしろって言うんだよ……」
魔王「ふむ……私としては此処に居てくれれば助かるが」
僧侶「……?」
魔王「先代の腰巾着共は、過激な奴が多かったのでな」
魔王「ついでに殆ど頃してしまったんだ」
僧侶「…… ……は、はあ」
魔王「残しておいても、私には従わんだろうしな」
僧侶「……やっぱ、アンタ間違い無く魔王なんだな」
魔王「ん?」
僧侶「いや……何でもネェよ」
魔王「魔王の交代の儀式を知る者は少ないからな」
魔王「私が親父を頃したと言えば従うだろうが……あまり意味が無いしなぁ」
僧侶「……? 何故だ?」
魔王「私の思想は、親父とは正反対、だからだな」
僧侶「正反対……?」
魔王「まあ、良い……お前、行くところが無いのなら」
魔王「私の『側近』にならないか」
僧侶「……は!?」

49: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
僧侶「『側近』!?俺が!?魔王の!?」
魔王「ふむ……まあ、厭なら無理強いはせんが」
僧侶「な、何だよ……断ったら頃すとか言わないだろうな」
魔王「阿呆。そんな事はせんわ。好きにすると良い」
僧侶「い、いや、だから……放り出されても、ね?」
魔王「煮え切らん奴だな。どうしたいかはっきり言え」
僧侶「……帰る場所なんか、だから、ネェって!」
魔王「まあ、そうだなぁ。何百年……もっとか。見かけも変わらないだろうしな」
僧侶「……まじで」
魔王「人の地を転々とするのも、面倒だろう」
僧侶「そりゃ、まあ……つか」
僧侶「……魔王を倒すって目標も……無くなった、しな」
僧侶「行きたい所も……」
魔王「ふむ。ならば遠慮せず、此処に居れば良い」
魔王「お前の名は今から側近、だ。良いな?」
側近「へ? ……つか、新しい名前とか意味あるのかよ」
魔王「意味があるかどうかは解らんが、新しい生のスタートとしてのけじめとして」
魔王「必要な事だと思うからな……気に入らんか?」
側近「い、いや……良いよ、それで」
魔王「ふむ」
側近「……解ったよ。どうせ行くところも、行ける所もない」
側近「この城に住んで、お前の傍に居てやるよ……魔王様」
魔王「うむ」
側近「嬉しそうにニコニコすんなよ……」
魔王「しかし、お前……僧侶だったんだよな」
側近「あ?ああ……まあ」
魔王「良し。属性は……緑か。風の攻撃魔法を教えてやろう」
側近「は!?無理無理無理!」
魔王「魔法なんて言う物は、要は使い方だ。それに、お前」
魔王「さっき暴走した時に、風の魔法を使おうとしてたぞ?」
側近「ぼう……そう? ……あ!」
魔王「なんと無く覚えてるか?」

50: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
側近「そ、うだ……お前……!笑いながら俺の事吹っ飛ばしやがったな……!」
魔王「何だ、覚えてるのか……そう、あの時だな」
魔王「お前はきっと素質があるよ。私がみっちり鍛えてやろう」
側近「じょ、冗談じゃねぇ!」
魔王「私の側近として走り回って貰うのだからな、回復や補助だけじゃ」
魔王「何の役にも立たん」
側近「……まじで言ってんの」
魔王「当然だ」
側近「…… ……さよですか」ハァ
魔王「取りあえず、私の右腕達を紹介しようか」
側近「右腕?」
魔王「まあ、友人であり頼れる部下だ」
魔王「魔導将軍と、鴉部隊長」
側近「……将軍に隊長、っすか」
魔王「何を言う。お前は側近だろう、私の」
側近「……前言撤回して良いか」
魔王「残念だな。もう遅い」ハハハ

……
………
…………

側近「……ん」
勇者「側近!もう昼だ!」
側近「……俺、目見えないから、ずっと夜……」
勇者「……蹴るぞ」
側近「ご免なさい、起きます起きます……よいしょ」
勇者「さっき、倉庫に手紙置きに行ったら女剣士に会ったよ」
側近「おう……なんて?」
勇者「午後から王子と一緒に来るってさ」
側近「ん?王子も?」
勇者「ああ。誕生日なんだってさ、弟王子の」
側近「そうか……幾つになったんだ?」
勇者「俺?14歳」
側近「阿呆。弟王子だ」
勇者「ああ、なんだそっちかえっと……12歳って言ってたかな」
側近「へぇ……」

51: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
側近(夢……か。これまた、懐かしい夢みたもんだ……)
勇者「近い内に誕生パーティーするらしくてさ」
側近「ふぅん……」
側近(俺が……前魔王様に魔族にされた頃……)
勇者「それで…… ……」
側近(……ジジィの方の魔導将軍と、鴉のババァが……)
勇者「…… ……」
側近(懐かしいな……)
勇者「側近!!」ユサユサ
側近「起きてる起きてる、聞いてる聞いてる……揺らすなって」
勇者「俺たちも招待してくれるとか言ってたぞ」
側近「……えー」
勇者「えー、って」
側近「お前は良いけど……いや、良くないか……」
勇者「何でだよ」
側近「何時も言ってるだろ?お前は、魔王を倒す運命を持った……」
勇者「王様が是非にって言ってたんだって!」ユサユサ
側近「……だから、揺らすなって……」ガクガク
側近「解った解った、とにかく女剣士が来たらちゃんと聞くから、話すから」
勇者「絶対だぜ!」
側近「はいはい……とりあえず、飯にするか……」
勇者「疲れてるんだと思って待っててやったのに、それかよ……」
側近「悪かったって……ご高齢なんだから、大事にしてくれよ」
勇者「……じゃあ雑炊でも作ってやろうか、おじいちゃん」
側近「そんな歳よりじゃネェよ!」
側近(……しかし、見えないからわかんねぇけど)
側近(不自然に見えない程度に老けて行ってる、て行ってたな)
側近(……でも、まだ……生きてる)

コンコン

勇者「あ……はい!」
側近「どなたですか」
女剣士「王国騎士団、騎士団長の女剣士です」
女剣士「ご面会願えますか」
勇者「……は、はい」
側近「解ってると思うが、笑うなよ」

52: 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:whK56pAvP
勇者「大丈夫だよ……」スタスタ、カチャ
女剣士「ごきげんよう、勇者様。お変わりありませんか」
勇者「はい……大丈夫です」
女剣士「側近殿、入ってもよろしいでしょうか」
側近「ええ、どうぞ」
女剣士「騎士二人は少し離れて、待て! ……王子様、どうぞ」
王子「失礼します……勇者様、お久しぶりです」
勇者「これは王子様……態々ご足労頂き、恐縮です」
女剣士「何人も近づけるな。良いな!」
騎士「はッ」

パタン

勇者「……」
女剣士「……」
王子「……」
側近「……」

プッ……クスクスクス

側近「女剣士が一番笑えるな……」
女剣士「煩いな、側近!」
勇者「王子!久しぶりだな!」
王子「おう! ……お母様が煩いからな、中々来れないんだ」
側近「弟王子は元気か?」
王子「うん……一緒には来れなかったけどね」
側近「まだ体調悪いのか?」

56: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
おはよう!
おむかえまでー

57: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
王子「熱は下がったみたいだけどね」
王子「来たがってたけど……お母様が、駄目だって」
側近「盗賊、しっかり母親してるよなぁ……」
勇者「女剣士!さっきの話……」
女剣士「ん?ああ……話してないのか?」
側近「誕生パーティがどうとか?」
側近「……しかし、俺らが公の場に出ていくのはな」
女剣士「まあ、王様からの発表の場、だと思ってくれ」
側近「発表?」
王子「……」ニヤニヤ
勇者「あ!お前……何か知ってるな!王子!」
王子「まだ内緒だよ」
勇者「教えろよ!」
女剣士「あんまり大きい声を出すな」
側近「……仕方無いな」
勇者「行って良いの!?」
側近「お召し、とありゃ行かない訳にもいかんだろ」
女剣士「目深に被れるローブをちゃんと用意する」
側近「……」ハァ
女剣士「そう深く考えなくて良いよ、側近」
女剣士「勇者の存在は周知だ。この場所を知るのは騎士団の人間に限られるしな」
側近「まあ、そうだが……」
女剣士「まあ、伝える事は以上、だ……勇者」
勇者「ん?」
女剣士「アタシが剣を教えだして随分経つ。素振りも欠かしていないな?」
勇者「勿論! でも……週一回しか教えに来てくれないんだもんなぁ」
側近「仕方無いだろう。女剣士にだって仕事があるんだから」
王子「俺も強くなったぜ、勇者」
女剣士「そこで、だ……王子と、手合わせしてみるか?」
勇者「え!?良いの!?」
剣士「負けないぞ!」
女剣士「では二人とも、庭の方へ出ろ。騎士に見張らせておくから」
女剣士「まずは素振り200回だ!」
王子「はい!」
勇者「は、はい!」
女剣士「側近、少し待っててくれ。すぐに戻る」
側近「おう」
女剣士「各自剣を持って行け!」
王子「はい!」
勇者「はい!」

パタン

59: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
側近(発表……発表、ね)
側近(何を企んでるんだかなぁ……)

パタン

女剣士「手短に言うよ、側近」
女剣士「……待たすと煩いからな、あの二人」
側近「ああ……俺も聞きたい事がある」
女剣士「パーティーは明日だ、朝迎えに来る」
側近「随分急だな」
女剣士「日を与えると、アンタは悩むだろう?」
側近「……盗賊の奴」クック
女剣士「明日はその侭、城に泊まると良い。部屋の準備はしてある」
側近「え?」
女剣士「見張りには騎士が交代でつくし……久々に酒でも飲もう、と」
女剣士「『王様からの命令』だ」クスクス
側近「そりゃ断れないなぁ……職権乱用、て伝えとけ」クス
女剣士「……洞窟が見つかった」
側近「!」
女剣士「アタシも同行するが、勇者と王子を連れて行こうと思う」
側近「……マジかよ」
女剣士「鍛冶師が、地図を側近に返しておけと預かったんだが……」
側近「返されてもなぁ……俺にはもう必要無いしな」
女剣士「…… ……そう、か」
側近「王国預かりって事にでもしといてくれよ」
女剣士「……聞きたい事、てのは何だ?」
側近「俺は……老けた、か?」
女剣士「それは……知り合った頃から?それとも……」
側近「この国へ来てから、かな」
女剣士「……そうだな。人が見て不自然で無い程度に」
側近「そうか……お前、幾つになったっけ」
女剣士「もう、30を超えたよ」
側近「お前と比べて、どうだ?」
女剣士「……もう少し、上と言われても違和感は無いな」
側近「そうか……なら、良い。安心した」
女剣士「…… ……」

60: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
側近「話は……終わりか?」
女剣士「ああ……二人を見てこよう」
女剣士「食料などは途中の倉庫にいつも通り入れてあるからな」
側近「ああ。勇者に取りに行かせるよ」
女剣士「一緒に行くか?」
側近「え?」
女剣士「庭、だよ」
側近「俺が行っても…… ……いや」
側近「そうだな。行くよ」
女剣士「ん……ほら、手」
側近「おう」ギュ
女剣士「…… ……」
側近「照れるなよ」
女剣士「ち、違うわ、阿呆!」

ガチャ

女剣士「良し、素振りは終わったか!」
勇者「はい! ……あ、側近」
王子「199.200……! ……ッはい!」
女剣士「勇者、スピードを競えとは言っていない」
女剣士「息を合わす事も大事だ」
勇者「は、はい!」
女剣士「……騎士、側近様を頼む」
騎士「はッ ……どうぞ、お手を」
側近「ああ、ありがとう」
女剣士「では向かい合い距離を取れ」
勇者「はい!」
王子「はい!」
女剣士「手加減は無用!急所への攻撃は禁止……始め!」

61: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
側近(打ち合う音が聞こえる……勇者も、王子も大きくなったな)
側近(洞窟が見つかった、か……まあ、盗賊の事だ)
側近(明日の発表とやら、その事なんだろうが……地図、持ってきて正解だったな)
側近(…… ……そういえば、あの古い地図)
側近(もしかしたら、俺が……兄貴に貰った奴かもしれないんだな)
側近(俺にくれたのは、女剣士の親父だし……何の因果か)ハァ
騎士「側近様、ご気分でも?」
側近「ああ、いや……大丈夫だ」
騎士「なら、よろしいのですが」
側近「……今、どうなって……」

ガキィン!

騎士「あ……ッ」
女剣士「そこまで! ……勝者、王子!」
王子「よっしゃぁ!」
勇者「く、くそ……ッ」
側近「……負けちゃったか」
女剣士「……王子様、お見事です。勇者様も検討されましたよ」
王子「……ッ ありがとうございました!」
勇者「ありがとうございました……」ハァ
側近(勇者はスタミナ不足……かな)
側近(王子は城で……女剣士に鍛えられてるんだろうしなぁ)
女剣士「……では、明朝お迎えに上がります。騎士、側近様を……」
側近「大丈夫だ、勇者がいる」
勇者「……ああ」
王子「女剣士!勝ったよ、俺!」
女剣士「お見事でした……が、驕りません様、王子様」
王子「……ッ はい!」
側近「お疲れ、勇者」ギュ

62: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
勇者「くそ……」
側近「悔しいか?」
勇者「当然だ……!俺は、魔王を倒さなきゃいけないのに……!」
女剣士「では、失礼致します。行くぞ!」
騎士「はッ」
王子「勇者……様。又、明日」
勇者「……はい。お気をつけて」

スタスタ…… ……

側近「さっき、女剣士にも言われただろう?」
勇者「……?」
側近「お前は勇者だ。世界を守り、魔王を倒す光の子」
勇者「…… ……」
側近「目の前にある物を壊すだけの強さを求めて良い訳じゃない」
側近「守る物がある方が強くなれる」
勇者「守る物……」
側近「……そう。力を合わせる、とか。何かを守る、とかな」
勇者「あ……息を合わせる、て……奴、か」
側近「そう。圧倒的な力があれば、一人でも良いけど」
側近「……そうじゃ無いなら、必要だろ?」
側近「仲間を守る。世界を守る……ま、色々な」
勇者「……うん」
側近「魔王は……信じられない位強いよ」
側近「規格外だからな、アレは」
勇者「側近は……魔王を知ってるのか」
側近「…… ……世界滅ぼすとか、噂されてるだろ」
勇者「ああ……うん……」
側近「到底勝てない様な相手でも、仲間が居て、個々に守りたい大事な物があって」
側近「力を合わせれば、勝てるかもしれない」
側近「……俺は、お前にはそういう強さを身につけて欲しいよ」
勇者「……うん!」
側近「良し……で、だ」
勇者「ん?」
側近「腹減ったから、飯つくって?」
勇者「…… ……おう」

63: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
……
………
…………

魔王「…… ……ん。側近」
側近「ん!?」パチ
魔王「起きたか」
側近「うわああああああああ、近い、近い!」ドン!
魔王「お……っと…… ……お前な、主を突き飛ばす奴が居るか」
側近「寝室に忍び込むな!寝起きに野郎の顔ドアップで見せられる身になれ!」
側近「……最悪な目覚めだ。何だよ……」
魔王「ちょっと聞いてくれよ」
側近「……ん?窓の外、暗い……おい!まだ夜じゃネェか!」
魔王「……鴉が……裸で私の上に乗ってたんだよ……」
側近「……目に見えてしょんぼりしないでくれる、気持ち悪い……」
側近「良いじゃないか、良い女じゃん、アレ」
側近「……ちょっと羽生えてるけど」
魔王「私の趣味じゃ無い……」
側近「何、据え膳食っちゃった訳?」
魔王「下品だね、お前は……やってないわ」
側近「んじゃ別にいいじゃねぇか」
魔王「吃驚して突き飛ばして逃げてきてしまったんだ」
魔王「……だから、ここで寝かしてくれ」
側近「はぁ!?」
魔王「……怖くて戻れん」モゾモゾ
側近「ちょ、潜り込んでくんな!おい、魔王様!聞いてんのか!」
魔王「おやすみー」
側近「こらあああああああああああ!」

……
………
…………

鴉「おや、おはよう側近……なんだ、アンタ眠れなかったのかい?」
側近「あ?」
鴉「目の下にクマ……台無しだよ」
側近「いい男が、って定型文が抜けてるぜ」
鴉「必要だったかい?」
側近「…… ……つか、誰の所為だと……」ブツブツ

64: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
スタスタスタ

魔導将軍「鴉、こんな所にいたのか」
鴉「ああ、魔導将軍……どうした?」
魔導将軍「例の大陸の狼共だがな……」
鴉「ああ……あれか。じゃあね、側近」
魔導将軍「側近、この間はお疲れだったな」
鴉「え?」
側近「ああ……アレね」ゲンナリ
側近「思い出したくもない……」
魔導将軍「魔王様に連れられて、生き残りの部隊を殲滅に行ったのだろう」
鴉「ああ!あれアンタだったのかい!」
側近「魔王様は俺の後ろで笑ってただけだがな!」
魔導将軍「あの程度、訓練に丁度良いと思ったんだろう」
魔導将軍「……大活躍だったそうじゃないか?」
側近「……だから、魔王様がなんもしてくんねーから……」
鴉「良いじゃないか、風の魔法使いこなせる様になったんなら」
鴉「魔王様もご安心だろうて」クスクス
側近「スパルタも良いところだぜ……魔物の群れの中に放りこまれたんだからな」
魔導将軍「側近たるもの、魔王様を守れるぐらいじゃないとな」
側近「……あいつは人間と魔族の共存を望んでるんじゃないのか?」
鴉「……そうだねぇ」
魔導将軍「……」
側近「……なんだよ」
鴉「いや……アタシらはね、魔王様の部下だからね」
魔導将軍「魔王様がお決めになられた事ならば、勿論、従うつもりだ」
側近「腹ん中は違う、って顔してやがんぜ、二人とも」
鴉「アンタはどうなんだい、側近」
側近「俺? なんで、俺……」
魔導将軍「お前、元人間だろう。率直に……どう思うのだ?」
側近「…… ……正直に言えば、どうでも良い」
鴉「……」
側近「魔王様の決めた事なら、ってのはアンタ達に同意。だがな……」
魔導将軍「だが?」

65: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
側近「平穏無事、が一番だとは思うぜ。いくら俺が今……魔族だからって」
側近「人間を意味も無くぶち頃してやろうなんて思わネェもん」
魔導将軍「ふむ」
側近「共存して、うまくやってけるならそれが一番だろうが」
側近「……そう、旨くはいかんだろ。簡単には、な」
鴉「…… ……そうだねぇ」
側近「魔王様は、俺にその橋渡し役になって欲しい、みたいな事言ってたけどな」
魔導将軍「それは……」
側近「あ、いっとくけど断ったからな」
鴉「え!?」
側近「時至れば、命令ならば聞いてやる……が、今はそんな時期じゃネェだろ」
側近「……先代の爪痕は深い」
魔導将軍「そう……だな」
魔導将軍「お世継ぎの件も考えねばならんしなぁ」
側近「……魔王の子は魔王、ね」
鴉「そんな、カエルみたいにお言いでないよ……」
側近「つか、アンタら何か用事あったんじゃねぇの」
側近「こんなところで油売ってて良いのかよ」
鴉「ああ、そうだった……行こうか、魔導将軍」
魔導将軍「側近、お前、それとなく魔王様に聞いておいてくれ」
側近「あん?」
魔導将軍「お世継ぎの件だ」
側近「えええええええええええええええええ」
鴉「そうそう。さっさと決めないと、アタシが襲っちまうよ、てね?」クスクス
側近(今更……)
鴉「……何だい、その顔」
側近「何でもねぇよ!じゃあな!」スタスタ
側近(アブねえアブねえ……逃げるが勝ち!)
側近(……ん?)
側近(庭に、誰か…… ……魔王様か)
側近(ん、あっちは…… ……見た事、ネェな)

66: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
魔王「ん……側近!」
側近「おう…… ……えーと、こんにちは?」
??「こんにちは」ニコ
側近(美少女!黒髪に青い瞳……清楚……良いねぇ)
魔王「これは后と言う……丁度良かった、側近」
側近「何だよ」
魔王「私はこれから、鴉と魔導将軍と会議でな」
魔王「后に城の中を案内してやってくれないか」
側近「あ、ああ……別に構わないけど」
后「側近、て言うのね。宜しくお願いします」
側近(……鴉も、見た目だけは綺麗だけど、どっちかって言うと)
側近(肉食動物系……鴉なのに)
側近(癒されるなぁ……)
魔王「では、頼むな、側近」スタスタ
側近「ええ、と……后さん。じゃあ、まず……」
后「あ、側近、見て!蝶々!」
側近「え? ……ああ、本当だ」
后「……取ってくれる?」
側近「ん?ああ、良いよ……」タタタ
后「…… ……」ニッ
側近「よ……、と……ッ」グラッ
側近「!? うわあああああ!?」バタン!
后「あはははは!引っかかった!」クスクス
側近「……へ?」
側近(……あ、草……結んで……)
側近(……ッ 前言撤回!)

67: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
……
………
…………

側近「…… ……」ムクリ
勇者(すうすう)
側近「……夢見悪いなぁ」ガックリ
側近(勇者は、まだ寝てる、か……今、何時だ?)スタスタ
側近(にい、さん……窓は、ここか)シャッ
側近(……小鳥の声が聞こえる。早朝、かな)
側近(目、覚めちまったな……)
勇者「……ん、側近?」
側近「悪い、起こしたか……まだ早いだろう」
勇者「カーテン開けたら眩しいって……良いよ、起きる」
側近「興奮して眠れなかったのか? ……ガキだな」ハハ
勇者「そんなんじゃ無い……女剣士は、朝来るんだろう?」
側近「流石にまだ来ないだろうけどな」
勇者「……あー……飯作るわ。ちょっと早いけど、良いだろう」
側近「おう、悪いな…… ……勇者」
勇者「ん?」
側近「光の剣、持って行けよ」
勇者「え!?」
側近「……城に泊まるつもりだからな。置きっぱなしは不用心」
勇者「あ、ああ……そういう事か……お泊まりか、そっか」
側近「嬉しそうだな」
勇者「そりゃね。このベッドよりふかふかだろうしさ」
側近「……コレも王様が揃えてくれた奴だぜ」
勇者「気分だよ気分!」
側近「……お前、14だって言ってたな」
勇者「ん?ああ……そうだよ」
側近「大きくなったなぁ……」
勇者「やめろよ……なんか恥ずかしい」
勇者「改まって何だ」
側近「……いや」
勇者「ほら、飯食えよ!」

68: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
側近(照れてやんの)プ
勇者「……何笑ってんだよ」
側近「いやいや……」
勇者「弟王子に会うのも久しぶりだな」
側近「そうだなぁ……ああ、そうだ」
側近「女剣士がローブ持ってくるって言ってたから」
側近「ちゃんと被っておけよ。脱ぐなよ」
勇者「大丈夫だって」
側近「……そっか。もう14歳か」
勇者「さっきから何なんだよ」
側近「……勇者」
勇者「だから……」
側近「お前、16になったらこの街を出ろ」
勇者「……え?」
側近「昨日もちらっと話しただろう。自分で仲間を見つけ」
側近「守りたい物を見つけ……そして」
側近「……魔王を、倒せ」
勇者「…… ……」
側近「ずっと話してきたはずだ。お前は……」
勇者「『光に導かれし運命の子』」
側近「……そうだ」
勇者「わかってる……勇者は、魔王を倒す」
側近「…… ……」
勇者「大丈夫だ、側近。俺は、魔王を倒す。この美しい世界を守る為に」
勇者「産まれた……勇者だ」
側近「……拒否権の無い選択をさせてすまん」
勇者「小さい頃からすり込んできたくせに、何言ってんだよ、今更」
側近「魔王……は、強い。だが……」
勇者「……心配するな。俺は勇者だ」
側近「心強い台詞だ……だが、驕るなよ」
勇者「……うん」

コンコン

69: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
側近「来た……かな。はい」
女剣士「勇者様、側近様、失礼致します」カチャ
女剣士「……お迎えに上がりました。どうぞ、このローブを……」
勇者「……ありがとう」
側近「勇者、ちゃんと持ったな?」
勇者「ああ」
女剣士「では、行きましょう。王様方がお待ちです」

……
………
…………

ザワザワ……

勇者「凄い人だな……」
側近「ちゃんとフード被っとけよ」
勇者「大丈夫だ……女剣士は何処に行ったんだ?」
側近「し……ッ ここは大広間、だったな?」
勇者「うん」
側近「……人はどれぐらいいるんだ」
勇者「わかんないよ、一杯……王様は何処から……」

カチャ

盗賊「静まれ! ……待たせたな、皆の者!」

シーン……

勇者「王様だ……!階段の上だ!」
側近「小さい声で!」
盗賊「今日は我が弟王子の為に集まって貰って恐縮致す」
盗賊「生まれつき身体の弱い弟王子も、今日で晴れて12の誕生日を迎える事となった」
盗賊「始まりの街、始まりの大陸に住む全ての者が」
盗賊「今日という日を、街中で祝ってくれると言うのは、母として本当にありがたい」
盗賊「今から丸二日、飲むも食うも自由!無礼講にて楽しんで貰いたい!」

ワアアアアアアアアアアアア!

盗賊「……の、前に。話しておきたい事がある……悪いが、少し時間をくれ」
盗賊「……入れ」

スタスタ……

勇者「あ……鍛冶師様、女剣士……王子と、弟王子が出て来た」

70: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
盗賊「まず、一つ目!」
盗賊「……弟王子も無事、この日まで育った」
盗賊「これをもって、我が国の時期王の座につく者を、弟王子と定める事とする!」
側近「何!?」
勇者「側近、シッ……!」
盗賊「これは王子のたっての願いでもある。同時に、王子を正式に」
盗賊「我が王国騎士団の一員と認める!」
鍛冶師「これだけは心にとめて置いて欲しい」
鍛冶師「王子といえど、騎士団の一騎士に変わりは無い」
鍛冶師「規律通り、目上の者への態度、言葉遣い、全て従うのが道理」
鍛冶師「一騎士として以上も以下の扱いもしない様、お願いするよ」
鍛冶師「王子、良いな?」
王子「はい!宜しくお願い致します!」
勇者「あいつ……ッ内緒、て……これか……!」
盗賊「二つ目!」
盗賊「……勇者様、こちらへ」
勇者「!」

ザワザワ……
ユウシャサマ?ユウシャサマ、キテルノ?

鍛冶師「側近様もご一緒に、どうぞ?」
側近「……勇者、ローブを取れ。それから……手を」
勇者「あ、ああ……」ギュ

キンノカミ……キンノヒトミ……アノコダ……
ユウシャ……ユウシャサマダ……!!
ユウシャサマ、ユウシャサマ!!

側近「盗賊……お前……」
盗賊「悪い様にはしねぇよ?」ニッ
勇者「王様……あの……」
盗賊「久しぶりだな、勇者。光の剣は持ってるか?」
勇者「あ、ああ……」
盗賊「良し……高く掲げて。繰り返して……」

71: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
勇者「……えッ!?そんな事言うの!?」
鍛冶師「大丈夫大丈夫」
女剣士「静まれ!」

シーン……

勇者「え、えっと……『私は、光に導かれし運命の子、勇者だ!』」
勇者「『勇者は、必ず魔王を倒す! ……この、光の剣に誓って!』」

ワアアアアアアアアアアアアア!

盗賊「……上出来」ニッ
盗賊「静かに…… しかし、見たとおり、この光の剣は」
盗賊「ボロボロだ……魔王との戦いの凄まじさを物語るが如く!」
側近(……出任せを……いや、出任せでもないか……うーん……)
勇者「き、き、き……ッ きんちょ、した……ッ」
女剣士「深呼吸しな、お疲れさん」
側近「静かにしなさい君達……」ハァ
盗賊「騎士団は南の島に、稀少な鉱石とやらが眠る洞窟を発見した」
盗賊「が、岩礁に囲まれた小さな島の洞窟には、恐ろしい三つ頭の化け物が」
盗賊「居ると言う……そこで」
盗賊「近々、勇者様と我が騎士団で、この洞窟へと向かう事にした!」
鍛冶師「僕の元で鍛冶を学んでいる者も、忙しくなるだろうから」
鍛冶師「そのつもりでね」
側近「……お前、そんな事やってたの」
鍛冶師「魔法剣に触れるチャンス、僕が手放すと思った?」
側近「…… ……」
女剣士「騎士の中で我こそはと思う者!志願する者は三日以内に」
女剣士「志願書を出す様に!中から精鋭を選んで10人、連れて行く!」
女剣士「……王子、お前も行きたければ、私に勝てるぐらいに、強くなれ!」
王子「…… ……はい!」
盗賊「三つ目!最後だ」
盗賊「これに伴い、騎士では無い者、この島の者で無い者に向けて」
盗賊「冒険者登録書を作る事にした。身元の明らかな者であれば」
盗賊「誰でも利用できる様するつもりだ」

ワアアアアアアアアアアアアアア!

鍛冶師「……さて、と。長くなったけれど」

72: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
鍛冶師「今日は楽しんで、飲んで食べて。騒いで」
鍛冶師「良い日を過ごしてくれ。あ、でも……もめ事は勘弁ね?」

ワアアアアアアアアアアア!
ユウシャサマ!ユウシャサマ!
オトウトオウジサマ!オメデトウゴザイマス!
ユウシャサマ、バンザイ!
ジキコクオウ、バンザーイ!

……
………
…………

側近「……もう、食えない」グタ
盗賊「小食だなぁ、側近は……」
鍛冶師「盗賊は二人産んでから、よく食べる様になったよね」
鍛冶師「……僕ももう、満腹」
盗賊「女剣士と、子供達は?」
鍛冶師「寝かしてくるって出て行ったキリだね」
側近「……しかしまぁ、とんでもない企みしてやがったな、お前は」
盗賊「この国に来た時に言ってただろ」
盗賊「……どんどん利用しろ、ってな」
側近「お前もだよ、鍛冶師……」
鍛冶師「さっき言った通り、さ」
側近「チャンスは手放さない、か……」
盗賊「……久しぶりだな。こうやって……話すの」
側近「そう、だな……最後、かもなぁ」
鍛冶師「何言ってんの」
側近「……16になったら、勇者は旅に出させる」
盗賊「伝えたのか」
側近「ああ、今朝な」
盗賊「…… ……そうか」
鍛冶師「君はどうするんだ、側近」
鍛冶師「この城で良ければ、部屋は用意するよ」
盗賊「そうだな。その目じゃ勇者がいなきゃ辛いだろう」

73: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
側近「いや……俺は、魔王様の城へ戻る」
盗賊「……」
鍛冶師「……そう、か」
盗賊「なら、船の手配をさせるよ」
側近「いや……ああ、そう……か」
側近「……転移で戻ろうかと思ったんだがな」
盗賊「お前、それは……!」
側近「流石に、もう無理かもな」
鍛冶師「…… ……」
側近「必要そうならば、頼むよ。そういえば……船長は元気にしてる、のかな?」
盗賊「一回だけ来たな……まだ、勇者が小さい頃だ」
鍛冶師「とびきり上等な布を仕入れた帰りだとか言ってたかな」
側近「使用人ちゃんか……」
盗賊「たまには顔出せよ、とは言っておいたんだがな」
側近「……女ちゃんが居るからなぁ」
鍛冶師「…… ……あそこは、相変わらず綺麗だよ」
側近「そっか……」
側近「……いや、しかし吃驚したぞ」
盗賊「ん? ……ああ」
鍛冶師「土下座されたからなぁ……」
側近「土下座!」
盗賊「ああ……王位は弟王子に譲る。だから僕を騎士団に入れてくれ、ってな」
盗賊「憧れなんだそうだ。女剣士が、さ」
側近「へぇ……まあ、望んだ事するのが、一番良いんだろうけどな」
鍛冶師「なあ、側近」
側近「ん?」
鍛冶師「旅立たせる、ってさ……どうするんだよ」
側近「ああ……丁度良いから、登録所とやらを利用させるかなぁ」
盗賊「まあ、それも勇者の望むとおりに、だ」
側近「…… ……そうだな」

カチャ

女剣士「やっと寝た!」

74: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
盗賊「おう、お疲れ」
女剣士「あの二人、興奮しちまって寝ねぇんだよな」
側近「まあ、仕方無いさ。まだまだ子供だ」
鍛冶師「……その子供を、旅立たせようってんだから、ねぇ」
側近「俺が前魔王様んとこに行ったのもそんなもんだったかな」
盗賊「……随分、時間が経ったんだな」
鍛冶師「そうだよ……もう、側近達がこの街に来て……10年以上だ」
側近「色々あったな。色々……変わったし」
女剣士「…… ……」
盗賊「良し。アタシもそろそろ休むかな。弟王子、放っておけないし」
鍛冶師「そうだね、僕も……女剣士、後宜しくね」
側近「……なぁんか態とらしいねぇ」
盗賊「気のせいだよ。じゃあな」
鍛冶師「おやすみなさい」

カチャ、パタン

女剣士「…… ……」
側近「緊張してんのか?」
女剣士「流石に……そんな事ないさ」
女剣士「アンタが……色々、とか、さ。何か……寂しい事言うから」
側近「さっき、盗賊達には言ったんだけどな」
女剣士「16になったら旅に出す、か? ……勇者に聞いた」
側近「そうか……」
女剣士「良いと思うよ。アタシ達のお膳立て無しで」
女剣士「自分達の手で、道を切り開いて行かなきゃいけないんだ、あの子は」
側近「……ありがとう」
女剣士「側近は……魔王の城に戻るんだろう?」
側近「え?」
女剣士「……そんな気が、して」
側近「ああ……そのつもりだ」
女剣士「そうか…… ……」
側近「……お前、結婚しないの?」
側近「モテるらしいじゃないか。強くて、怖くて美しい女剣士様、てな」
女剣士「お前以外に言われてもなぁ」ハハ
側近「…… ……悪かったな」
女剣士「お前が……悪い訳じゃ無いさ」
女剣士「……こればっかりは仕方無い」
側近「…… ……ああ」
女剣士「傍で、お前と勇者を守れた。アタシはそれで幸せだ」
側近「洞窟には、何時発つんだ」
女剣士「もう暫く先だな。人員の選出もしないといけないしな」
側近「……俺も、行く」
女剣士「え!?」
側近「勘違いすんな、俺は流石にもう戦えないし……手を出すつもりはない」
側近「ま、回復要員だな」
女剣士「……そうか。助かる」

75: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
側近「勇者の回復魔法も、まあ役に立つっちゃ立つけど」
側近「あいつはスタミナと魔力がなぁ」
女剣士「……もう少し、こっちに通わす事は可能か?」
側近「ん?」
女剣士「ああして、街の人達に顔も見せた事だしな」
女剣士「アタシが通って行くにも限界はある。王子と一緒なら」
女剣士「お互いにライバル視してるし、伸びるんじゃないかと思ってな」
側近「ああ、成る程な……そうだな、良いんじゃないか?」
側近「明日にでも、俺から話しておくよ」
女剣士「ああ、頼む…… ……」
側近「…… ……女剣士?」
女剣士「……これで。良かった……んだよな」
側近「…… ……」
女剣士「……部屋まで、送る。もう、休んで、側近」ギュ
側近「……ああ」

……
………
…………

王子「……行った?」
勇者「行った、な」
王子「寝れないよな」
勇者「ああ……良し」ガバ
王子「なあ、もう一回見せてくれよ」
勇者「ん?ああ……何回目だよ」
王子「……綺麗、だな」

76: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
おひるごはーん

78: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
勇者「……光の剣、か」
王子「でもこれ……刃が欠けてるんだよな」
勇者「何でだかは俺も知らないんだ」
勇者「……俺の剣だって、側近はずっと言ってたけど」
勇者「魔法剣だって言うけど、これじゃ……何も出来ない」
王子「だよな……洞窟、行けると良いな……いや」
王子「絶対、行くからな!」
勇者「おう!」
王子「明日から、特訓だ……ッ」
勇者「良いよな、お前は。毎日女剣士に鍛えて貰えて」
王子「勇者もお願いしてみれば良いじゃないか」
勇者「側近が駄目って言うよ、多分……」
王子「俺も一緒に頼んでやるよ!」
勇者「……うん!」
王子「でさ、一緒に洞窟行って……」
王子「絶対、お前の剣、治そうぜ」
王子「お父様は腕の良い鍛冶師だ。大丈夫だ!」
勇者「そう、だな。そうだよな!」
勇者「それで……俺は、絶対に魔王を倒す」
勇者「この国も、全部……守ってやるから」
王子「俺は、騎士団に入っちゃったからついて行けないけど」
王子「お前が魔王を倒しに行ってる間は、この国、俺が守るからさ」
勇者「ああ。約束な!」ガシ
王子「約束だ!」ガシ

……
………
…………

側近「あれ……魔導将軍?」
魔導将軍「……ああ、側近か」フラフラ
側近「どうしたんだよ、お前……フラフラじゃないか」
側近「大丈夫か!?」
魔導将軍「……そっくりその侭返す。何でお前はずぶ濡れなんだ」

79: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
側近「……扉開けたらバケツが振ってきたんだよ」
魔導将軍「そうか……私は、鴉の酒に付き合わされただけだ」
側近「后様、妊娠したって喜んでたからなぁ……」
魔導将軍「悪戯も収まれば良いがな……」
側近「で、魔王様は?」
魔導将軍「寝ていらっしゃるだろう、もう」
側近「もう!?」
魔導将軍「后様の傍から離れないからな」
側近「……何時悪戯仕掛ける暇があるんだ、あの女は……ッ」
魔導将軍「大人しそうな顔して、いやはや……」
側近「しかし、なぁ……鴉のやけ酒も連日だな、ここんとこ」
魔導将軍「案外純情な女だぞ、あれは」
側近「……あれが?」
魔導将軍「……まあ」
側近「裸で、魔王様の上に乗る様な、女が?」
魔導将軍「…… ……忘れてやれって」
側近「無理だ!その所為で俺、魔王様と寝る羽目になったんだぞ!?」
魔導将軍「…… ……お世継ぎが産まれれば、落ち着いてくれると思いたいがな」
側近「本当に、それ、願うよまじで……」
魔導将軍「……」
側近「……」
魔導将軍「……湯でも浴びて、休むとする」スタスタ
側近「おう。俺も……」スタスタ
側近(本気……ねぇ?愛……アイ、ね)
側近(魔王様もあの女の何が良いんだかなぁ……まあ、そりゃ見た目は可愛いけど)ツルッ
側近「……おわッ ……ぶ、ねええええ!」
側近「……なんだ、これ……うわ、酒くさッ」キョロキョロ
側近「あ……ッ 鴉!コラ!」
鴉「あー?」
側近「…… ……目、座ってるし」ハァ

80: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
鴉「コレが、飲まず、にぃ……やってられるかあああああああ!」
側近「ウルセェ……ちょ、酒瓶振り回すな!」
側近「ああ、もう……水と拭くもの持って来るから!そこ動くなよ!」タタタ
鴉「…… ……」ヒック
鴉「魔王さまぁ……」グビ
鴉「…… ……」

タタタ

側近「よ、いしょ……っと」フキフキ
側近「ほら……ああああ、もう。瓶を煽るなって……ほら、飲め、水」
鴉「いらなぁい……」
側近「明日二日酔いで氏ねるぞ、お前……」
鴉「……なーんで、さぁ、后様なのかねぇ」
側近「俺が聞きたいよ……」
鴉「でもさ、アタシ、さぁ……后様、好きなんだよねぇ……困った事に……」
側近「……」
鴉「お世継ぎ、かぁ……おめでたい、けど、サァ……」
側近「好きならさぁ、酒振りまきながら飲むのやめろって」
側近「后様が滑って転んだら、どーすんだ?」
鴉「…… ……御免」
側近「ん」
鴉「……狼将軍、知ってるぅ?」
側近「あの大男か……ああ」
鴉「今日もまた、怒鳴り込んで来てさぁ?」
側近「まだ諦めてないのか……」
鴉「娘を娶れ!側室で良いから!だってー」
鴉「側室だったら、アタシが居るっての!」
側近「おいおいおいおい……」
鴉「……でも、さ。后様しか目にない魔王様だから、アタシ……」
鴉「前より、魔王様が好きなんだよねぇ……」

81: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
側近「さっっっっっぱりわかんねぇ」
鴉「……ねぇ。アタシも……わかんない……」スゥ
側近「おい、鴉? ……寝やがった」
側近「……」ハァ
側近(愛だの、恋だの……ああ、面倒臭い)ズルズルズル
鴉「……うぅん」ゴン
側近「あ…… ……」
鴉「…… ……」
側近「……しゃあねぇな」ダキ
側近「ええっと……鴉の部屋は……」スタスタ

……
………
…………

使用人「ふぅ……出来た」
使い魔「使用人様、何を作ってるんですか?」
使用人「前の魔王様のマントは、勇者様に渡してしまったので」
使用人「……あんまり、上手に出来ませんでしたけど」
使い魔「充分だと思いますよ……余り、どうします?」
使用人「どこかへしまって置いて下さい。また、何かに使います」

コンコン

使用人「はい?」
使い魔「使用人様、沖の方に船が見えます」
使用人「船長さんですね……今回は早かったですね」
使い魔「馬車の用意を致しましょうか?」
使用人「ええ、お願いします。後、ローブを持ってきて下さい」
使い魔「はい」

82: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
使用人(随分……大きくなったんだろうな、娘ちゃん)
使用人(本当なら、城へお招きしたいけれど……)
使用人(…… ……贅沢は、言えない)
使い魔「使用人様、準備が出来ました」
使用人「……ローブを此方へ」
使い魔「はい」
使用人「では……行きましょうか。お願い致しますね」

……
………
…………

船長「よう、久しぶりだな」
使用人「何時もすみません、船長さん」
船長「ほらよ、上等な布……何回目だ?」
使用人「10回目、ですかね……もう、10年です」
船長「まだ作ってんのか、カーテン……」
使用人「この前のは魔王様のマントを作りましたよ」
使用人「城中のカーテン、作っちゃいましたからね」
船長「……他に何か、やる事ないのか」
使用人「庭もお花で一杯になってしまいましたからね……」
船長「魔王は……どうだ?」
使用人「何も……ずっと、眠られて居ますよ」
船長「そうか……」
使用人「娘ちゃん、大きくなったでしょうね」
船長「ああ……もうすぐ、15になる」
使用人「そうですか……魔法使いさんは?」
船長「あいつも元気にしてるよ」
使用人「やはり、まだ船に……?」
船長「ああ……氏んだら、女海賊と同じように、水葬にしてくれ、ってな」
船長「……最近はそんな事ばっかいってら」
船長「だからジジィ呼ばわりされんだよ。俺より若いのにな」

83: 2013/07/05(金) NY:AN:NY.AN ID:iGy6aiyXP
使用人「船長さんも……白髪、増えましたね」
船長「一年に一回ぐらいだからなぁ、此処に来るのも……」
使用人「勇者様は……」
船長「それも、変わりないさ。一度……お前さんが、一番最初に」
船長「布を頼んだ時に始まりの城に寄ったきりだ。会ってネェ」
使用人「そうですか……」
船長「だが、そろそろ……娘も15歳だ。勇者も同じぐらいだろう」
船長「噂話は耳に入ってくるしな……一度、寄ろうと思ってる」
使用人「そうですか……」
船長「……悪いな。無理言って」
使用人「何が、です?」
船長「顔、隠してくれ、なんてさ」
使用人「……いいえ。娘ちゃんの事とか、考えれば当然です」
船長「しかしまぁ、お前さんはやっぱり……変わらない、んだな」
船長「声も……その侭だ」
使用人「……立たせっぱなし、も気が引けます」
使用人「手短に、お聞かせ願えますか、その……噂話」
船長「ああ……そうだな。あんまり船も待たせられネェ」

96: 2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:ERCA2EzSP
船長「……やっぱり、魔石の流通はもう頭打ちだな」
使用人「以前から仰っていたとおり、ですか」
船長「ああ。ここ5.6年……制作すらしてないんじゃないかな」
使用人「そうですか……」
船長「港街が出来た当初はな……良い収入源になったんだろうが」
船長「未だに需要があるのは、魔除けの石ぐらいのもんみたいだな」
船長「とは言っても……もう、神父さんも亡くなって随分立つ」
船長「あの教会にはまだ女神官が居るし、頑張って作ってるみたいだが……」
使用人「そちらも以前言っていましたね。とんでもない高額になっていると」
船長「ああ……質はな。正直……神父さんの足下に及ばネェ。どれもこれも」
船長「数こそ出来てはいるが……」
使用人「……他で、充分に生活が賄えるのならば、仕方無いでしょう」
船長「まあ、な……復活の見込みはネェな」
使用人「……些か、寂しい気はします、が」
船長「後、どこの街へ行っても勇者の話題で持ちきりだ」
使用人「え?」
船長「丁度一年ぐらい前か……俺が此処へ来た後すぐぐらいだったと思うが」
船長「盗賊が、街に冒険者なんとかって、施設?を作ったらしい」
使用人「施設?」
船長「ああ。そこで冒険者として登録して置けば、勇者の目にもとまるかも、ってな」
船長「……ま、目で見た訳じゃ無い。詳しくはわからんが」
船長「後……お前は、知ってたよな。あの……南の島、だ」
使用人「側近様が貰った古い地図に載っていたあれですね」
使用人「魔法の鉱石がどうとか……」
船長「ああ……あの島に、騎士団を派遣したらしいぜ」
使用人「騎士団……女剣士さんが騎士団長に就任された、と言う……あれですか」
使用人「では、国から……ですか?」
船長「噂では、な……俺も詳しくは解らん。だが」
船長「……確認も兼ねて、これから始まりの街へ行ってこようと思う」
使用人「そうですか……」
船長「また、一年後ぐらいになっちまうがな」
使用人「構いませんよ。私は……時間に縛られる身では無いですし」
船長「……勇者の剣、だろうな」
使用人「それしか考えられないでしょう。鍛冶師さんもいらっしゃいますし、ね」
船長「あいつは……その話題になると目の色が変わるからな」
使用人「頼もしい限りですよ」
使用人「……私は、命があると言うだけで何もできません」
船長「……そんな事はないさ」

97: 2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:ERCA2EzSP
使用人「もし……勇者の剣の修理が叶っていれば」
使用人「それこそ、世界は……その話で持ちきりなのでしょうね」
船長「箝口令が敷かれていなければ、だが……そうだろうな」
船長「インキュバスの野郎が流した、魔王の進攻の話にプラスして」
船長「勇者の存在が明らかになったんだ」
船長「……旅立ちを心待ちにしていると言う奴も多い」
使用人「旅立ち……ですか」
船長「ああ……『中身』が『器』を頃す、だったか?」
使用人「…… ……」
船長「今のところそんなもんだな。今度戻って来れる時には」
船長「もう少しマシな話をしてやれると思うぜ」
使用人「……ありがとうございます」
船長「また何かあれば、鳥を寄越せよ」
使用人「ええ、遠慮無く……それでは、お気をつけて」
船長「おう……元気で、な」スタスタ
使用人「…… ……」クル……スタスタ
使い魔「戻られますか?」
使用人「ええ。戻ったら……全員を連れて庭に避難してください」
使い魔「やはり……試されるのですか」
使用人「私の力で何処まで出来るか解りませんが……」
使用人「折角、船長さんに布を届けて頂いたのです」
使い魔「…… ……出します」

カラカラ……

使用人(書庫にあった本……古い、魔導書)
使用人(防護の術等……私に出来るか解らない。だけど……)
使用人(私にも……何か、出来る事があるはず……!!)

98: 2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:ERCA2EzSP
使用人(一年に一回の定期便。10年も掛かってしまった)
使用人(……否、まだ10年と言うべきだろうか)
使用人(部屋中に、極上の絹で織られた布を広げ)
使用人(風の壁を張るイメージで……)ブツブツ
使い魔「…… ……使用人様?」
使用人(何度も、イメージトレーニングした。大丈夫な筈……)
使い魔「…… ……」フゥ
使用人(風の防壁……側近様が、居れば。否……全盛の頃のお力であられれば)
使用人(力を借りられただろう……だけど)
使用人(まだ城に居たとしたら、これすら、必要無かっただろう)
使用人「……魔王様は、私が、守ります」
使用人「例え……それが勇者様と、敵対する事であっても……!」
使用人(否……敵対、しなければならない)
使用人(確実に、『器』を倒す為……!)
使用人「……魔王様の、望みは……全て、私の望みです」
使用人「……ッ 魔王様……!!」
使用人(……これが『寂しい』と言う感情なんだろうか)
使用人(一年に一度。昔の知人と話す……これ、が)
使用人(寂寥感……)
使い魔「使用人様、到着しますよ」
使用人「……ありがとうございます。馬車を止めたら、その侭皆を連れて避難してください」
使い魔「し、しかし……本当に大丈夫なのですか」
使用人「……大丈夫です。私は、魔王様を残して氏ねませんから」スタスタ
使用人「…… ……」スタスタ…… ……カチャ
使用人(玉座の間……中心は、此処)ブツブツ
使用人「……『風よ。広がりて防壁と為せ。美しき織物に宿り、生より生み出されたそれに絡まりて』」
使用人「『守れ! ……風よ!』」

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

使用人「……ッ グッ」
使用人(立って、いられない……ッ ……し、っぱい……し……!?)

シュゥウン……

使用人「…… ……」
使用人(……収まった……成功した?)

99: 2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:ERCA2EzSP
使用人「…… ……」
使用人(変化が解らない……けれど)
使用人「…… ……」サワサワ
使用人(カーテン、はカーテン、か……)
使用人「……魔力を消費しただけ、で無ければ良いですが」ハァ
使用人「…… ……」
使用人(……魔王様にも、変わりない……ですよね)ホッ
使い魔「あ、あの……使用人様……」タタタ
使用人「あ……! 庭に出なさいと言ったでしょう……!」
使い魔「……大丈夫です。皆、使用人様を心配していましたし……」
使い魔「成功、された……ん、ですよね?」
使用人「だと……良いんですけど」
使い魔「そうですか…… 良かったです」
使用人「何かあったらどうするんですか……もう……」
使い魔「僕たちでも、使用人様の盾ぐらいにはなれますから」
使用人「そんな……!」
使い魔「ご無事で、良かったです」
使い魔「……魔王様を大事に思われる使用人様の事、皆……大好きですから」
使用人「あ……ありがとう、ございます……」
使い魔「……ご無事で良かったです。では、食事の準備をして参りますね」スタスタ
使用人「……」
使用人(……寂しいとか、思ってご免なさい)

……
………
…………

盗賊「船長! ……お前、又太ったな!」
船長「……開口一番それかよ、王様よ」ハァ
鍛冶師「まあ、立派なお腹に違いは無いよね」

100: 2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:ERCA2EzSP
船長「お前もナァ……」
盗賊「何だよ!10年以上顔も見せないでよく言うよ!」
船長「……老けたな、お互い」
盗賊「そりゃな……」
鍛冶師「……何か、あった?」
船長「そりゃこっちの台詞だ」
船長「……あの南の島に船を出したそうじゃネェか?」
盗賊「耳が早いな」
船長「鉱石とやらが手に入ったとなれば、お前が黙ってる筈もネェだろ、鍛冶師?」
鍛冶師「……否定したら怒られるよねぇ」
盗賊「わざわざそれを聞きに来たのか?」
船長「……仕事の一環さ」
鍛冶師「仕事?」
船長「情報料を頂いてる、んでね……使用人から」
盗賊「!」
鍛冶師「会ったのか!?」
船長「大体一年に一度の定期便、だな……半年程前に向こうを出たのさ」
船長「……用事があったら小鳥を飛ばしてくるんだ」
船長「で、まあ……行ける時に向かう感じ、だな」
盗賊「そうか……元気にしてる、んだよな?」
船長「……何時会っても、何も変わらないな、あいつは」
鍛冶師「ま……そりゃそうだよね」
盗賊「娘と……魔法使いは?」
船長「船に居るよ。流石にここに海賊船、って侭に来る訳にいかねぇからな」
船長「商船装って着港したんだよ……ぞろぞろ、海賊が城に向かうのもおかしいだろ」
鍛冶師「……なんか、気を遣わせて悪いね」
船長「そりゃ気にする所じゃネェって……で、だ」
船長「早速で悪いんだが、話を聞かせてくれないか?」
鍛冶師「盗賊?」

101: 2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:ERCA2EzSP
盗賊「船長が来た、ってんで人払いは済ませてある」
盗賊「……解った、少し長くなるぞ」
船長「ああ、それは大丈夫だ」
鍛冶師「王子も弟王子も、今はこの城には居ないしな」
船長「弟王子?二人目出来てたのか!」
盗賊「……ああ、そうか。それも知らない、わな」
盗賊「まあ、良い……先に話そう」
船長「……ああ。使用人に、説明してやらないといけないから」
船長「しっかり頼むぜ?」

……
………
…………

女剣士「良し、準備が出来た者から順番に乗り込め!」
王子「はい!」
騎士「はッ!」

ザワザワ……

側近「準備は良いな、勇者」
勇者「それ何回目だよ……てかさ」
勇者「繋いでる手、汗でびしょびしょだし」
勇者「何か小刻みに震えてるけど……大丈夫?」
側近「……船は得意じゃ無いんだ」
勇者「何だよ……それで良く着いてくる気になったな」ハァ
勇者「俺と女剣士と、王子もいるし……騎士達も居るんだ」
勇者「無理しなくても良いんだぜ?」

102: 2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:ERCA2EzSP
盗賊「勇者様、ご気分は如何ですか……て言う、社交辞令はまあ」
盗賊「置いておいて、だ」
側近「……盗賊か」
勇者「あ、王様……」
盗賊「真っ青だな、側近」ハァ
鍛冶師「大丈夫?」
側近「大丈夫だ。回復役は多い方が良いだろ」

女剣士「乗り込んだら所定の位置につけ!」
女剣士「海の魔物は雷に弱い!得意とする者は……」

鍛冶師「……張り切ってるねぇ」
盗賊「結局、女剣士任せにしちまったな」
側近「実力考えたら、な」
勇者「……王子、選ばれて良かったな」
鍛冶師「勇者を守る、って張り切ってたからね」
盗賊「……無理はするなよ。女剣士にも言ってあるが」
盗賊「駄目だと思ったらすぐに引け。命があれば何度でも挑戦出来る」
側近「…… ……」
盗賊「氏んだらどうにもならない。こんな所で……お前を失う訳にはいかないんだ」
盗賊「……良いな、勇者」
勇者「はい!」
女剣士「勇者と側近も、そろそろ乗ってくれ……こちらは揃った」
勇者「うん……行こう、側近」ギュ
側近「あ、ああ……」
女剣士「……大丈夫か、側近。顔色が……」
側近「お前は、知ってるだろ……」
女剣士「……ああ。酔うんだったな」
盗賊「……」プッ
鍛冶師「こら、盗賊」
側近「……良いよ、笑ってくれても!」

105: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
おはよう!
今日ものんびりー

106: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
勇者「情けないなぁ……」
側近「悪かったね!」
側近(……苦手なんだよ。あの……火の玉を見てから、な)フゥ
女剣士「……では、王様、鍛冶師様。言って参ります」
盗賊「ああ……頼んだ」
鍛冶師「気をつけて……くれぐれも無茶しない様に。無茶、させない様に」
女剣士「心得ております……では、出発!!」
盗賊「検討を祈る!」
鍛冶師「命第一だぞ!」

ワアアアアアアアアアアアア!
ザザ…… ……ザザァ……!

勇者「……早いな。王様達が、あんなに遠く……」
女剣士「海の魔物に警戒しろ!各自持ち場で待機!」
女剣士「……勇者様と側近様は、船室の方へ」
勇者「え、でも……」
側近「居たいのなら甲板に居させて貰え……邪魔はするなよ」
勇者「側近……」
側近「皆も必氏だ。仕事ってのもあるが、お前はどうしても」
側近「『守られる立場』になっちまう」
側近「それを踏まえた上で……女剣士に指示を仰げ」
勇者「……」チラ
女剣士「勇者様が居られれば士気は上がりましょう……が」
女剣士「緊張を覚える事も事実」
勇者「……ああ」
女剣士「私の傍を離れられません様。後、勝手な行動は慎まれます様」
女剣士「……守れますか」
勇者「勿論だ!」
女剣士「……側近様?」
側近「任せますよ……女剣士殿」
女剣士「はい……では、ああ、そこのお前!側近様を船室にお連れしろ!」
騎士「はッ」
側近「すまんね」スタスタ
勇者「……」

107: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
女剣士「側近様が居ないと……不安ですか」
勇者「だ、大丈夫だ……です!」
女剣士「小さな声で……『勇者様』は我らの希望だ」
勇者「……」
女剣士「お前を守る為なら、皆喜んで身を、命を投げ出すだろう」
勇者「……!」
女剣士「側近に限った事じゃ無い。私も、他の騎士達も……王子も」
勇者「……ッ」
女剣士「……勿論、作戦は成功させたい。全面的な指揮を任せられている以上」
女剣士「責任という重責もある。鉱石を手に入れ、光の剣を修理する」
女剣士「世界を守る為、勇者様の為、だ。だが、それ以上に」
女剣士「お前だけじゃ無い。誰の命も失いたくないと言う思いが一番だ」
勇者「……うん」
女剣士「王様も言っていただろう。必ず生きて帰れ、と」
女剣士「……だから、お前はまず、自分を大事にする事が……今日、一番重要な『任務』だ」
勇者「解ってる……!」
女剣士「それが解って居れば、良い。勇者様が居る、と言うだけで」
女剣士「さっきも言ったが士気が上がる。やる気になるんだ、皆」
勇者「側近は……大丈夫なの?」
女剣士「ん?」
勇者「本当に……顔色、悪かったからさ」
女剣士「船に弱いのは本当だよ。昔……まだ、アタシも彼も若い頃」
女剣士「一緒に船に乗った事あるけど……おえおえ言ってたからね」
勇者「……そうなのか」
女剣士「側近にも大事な役目がある。傷付いた人を癒す、役目」
勇者「そうだよな……俺、回復魔法は教えて貰ったけど」
勇者「魔力自体があんまり無いからなぁ」
女剣士「……仕方ないさ。まだまだ……子供なんだから」
勇者「……ちぇ」
女剣士(……勇者が魔王であれば、魔力の量もその素質も)
女剣士(膨大であっておかしく無い筈なんだけどな)
女剣士(『人』と『魔』って言うのは……そんなに違うもの、なのか)

108: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
女剣士「……先は、長い。見張りを交代に立てて、陽が落ちれば休むから」
女剣士「陽が完全に落ちる前に、勇者は側近の部屋へ戻るんだよ」
勇者「うん……女剣士は?」
女剣士「アタシもきちんと休むよ。先に休む訳には行かないけどね」
女剣士「後、もし何かあったら、すぐに起こしに来てくれ。これは、勇者の役目」
勇者「解った……!」
女剣士「良し。では一緒に船を一回りしよう……異常がなければ、休憩だ」
女剣士「良いですね、勇者様?」
勇者「はい!」

……
………
…………

勇者「……きん、側近!」ユサユサ
側近「んぁ?」
勇者「起きて……そろそろ着くってさ」

ユラユラ……グラグラ……

側近「……随分揺れてるな」ウプ
勇者「早いな! ……そんな急に気分悪くなるもんなの」
側近「お前が揺するからだろ……!」
勇者「……ひ弱い」
側近「こればっかりは……うぇ」
勇者「女剣士達も休憩すんだらしいんだ。進むスピードも遅くなってきたし」
勇者「もうそろそろの筈だ」
側近「…… ……着いたら、起こして」ゴロン
勇者「側近…… ……」ハァ
側近「まじで、コレだけは、駄目なんだって……!」
勇者「……解ったよ、まあ、側近役目も無いしな」
側近「その言い方は酷くない!?」
勇者「事実!」
側近「……ハイ」
勇者「じゃあ、俺は女剣士の所にいるからな」
側近「はぁーいぃ………ぅえぇ」

109: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
側近(……)ハァ
側近(三つ頭の化け物……か。船長達が行った、のは)
側近(娘ちゃんが多分、女海賊のお腹に居た頃……って事は)
側近(……勇者が今14だから、ほぼ15年前)
側近(魔には……大した時間じゃない。まだ居る可能性は高い……ってか)
側近(確実に居るだろうな)ムクッ ……オェ
側近「どうにかなんねぇかな、コレ」ハァ
側近(南……南、か)
側近(……姫様が居たって言う、エルフの森も遙か南……って、言われてるだけ、か)
側近(でも……エルフの森は、もう閉じられた)
側近(姫様は……眠ってる)
側近(……美しい世界、か…… ……!?)

グラグラ、ガクガク……ッ

側近「な、何だ……?」

バタバタ……ッガチャ!

騎士「側近様、敵襲です!」
側近「!」
騎士「……海の魔物が、大挙して……!」
側近「戦況は?」
騎士「騎士長殿が指揮を……ッ」
側近「……彼女は船上での戦いには慣れてる。大丈夫だろうが……」
側近「怪我人は出るだろう。俺も回復の手伝いをした方が良いな」
側近「行こう……手を、頼む」
騎士「はッ」

110: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
……
………
…………

女剣士「……ッ 良し、粗方片付いたな……怪我人は速やかに手当を受けろ!」
側近「女剣士」
女剣士「……ああ、側近か……大丈夫か?」
側近「それを聞かれるべきはお前らだっての」
女剣士「数は多かったが、まあ……大丈夫だ」
側近「手当を手伝おう……もう、着くのか?」
女剣士「着いた、だな……まだ島まで少しあるが、ここから先は」
女剣士「船では入れない。歩いて行くしか無いな」
側近「小さめの船で来て正解、だな」
女剣士「船長から話を聞いてたからな……多分、子供でも足が着くぐらいの水位だろう……が」
女剣士「……アンタは、どうする」
側近「邪魔で無いならついて行きたい、がな」
側近「……どうするんだ。件の三つ頭」
女剣士「先発、後発に別れて行くつもりだ」
側近「後発は僧侶達か……俺はそっちだな」
女剣士「そうだな……良し、では回復が終わり次第降りる!」
女剣士「打ち合わせ通り、前衛の2/3と魔法を使える者の2/3は私に続け!」
女剣士「……勇者様、一緒に来て頂けますか」
勇者「はい!」
女剣士「残りの者は僧侶達と側近様を守りつつ、後の出発に備えておけ!」
女剣士「先発隊は先に治療を受けているな……良し、行くぞ!」

オオオオオオー!

側近「勇者?」
勇者「ここだ、側近」ギュ
側近「無理はするな……ま、散々女剣士に言われてるだろうけど」
勇者「ああ……大丈夫だ、心配するな、側近」
側近「……そっくりだな、声」ボソッ
勇者「え?」
側近「いや、何でもない」
勇者「?」
女剣士「行くぞ!」
側近「行け……気をつけろよ」
勇者「あ、ああ!」

111: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
側近(声……か、しゃべり方、か……魔王様にそっくりだ)
側近(改めて、そう感じるのもおかしな話だよな)
側近(魔王様、なんだ……勇者は)
側近「…… ……」
騎士「側近様、すみません、こっちの奴の手当を……」
側近「ああ……すまん。すぐに行く」スタスタ
騎士「あ、そっちは柱……ッ」
側近「へ? ……ッ」ゴン!
騎士「も、申し訳ありません……!」
側近「…… ……とんでも御座いません」
側近(痛い……)

……
………
…………

女剣士「……ッ 止まれ……ッ!」
騎士「ひ……ッ」
勇者「あれが……三つ頭の……ッ」
王子「……騎士長様?」
女剣士「雷の魔法は余り聞かない、火を吐く、との情報がある」
女剣士「……私が引きつける。魔法を使える者は援護を」
女剣士「王子と騎士達は私に続け!」
勇者「お、俺、は……!」
女剣士「もし誰かが怪我をしたら回復を」
勇者「…… ……ああ」
女剣士「行くぞ!」

グルルルルル……ッ

女剣士「後発隊が来るまで、深くは踏み込むなよ!」

ワアアアアアアアアアアアアア!

勇者「…… ……ッ」
勇者(解ってる、解ってる……だけど……!)
勇者(王子だって、参加してる。この半年、女剣士の元に)
勇者(毎日、通って……ッ 剣の稽古も受けた!)
勇者(なのに……『勇者』ってだけで、俺は……守られるだけ……)
勇者(仕方無い、だけど……!!)

112: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
女剣士「魔法攻撃を絶やすな!隙を見て首を落とすぞ!」
勇者(王子は……居た……ッあ、あいつ、馬鹿……!近い……!)

ガアアアアアアアアアアアア!

女剣士「……ッ 火、が……ッ !! 王子……!!」
勇者「王子……!!」ダダダッ
王子「!!」
王子(近い、避けられ……ッ !!)
勇者「うわあああああああああああああ!!」パァア……ッ
女剣士「!?」
王子「うわあああああああああああああ!!」
勇者「あああああああああああああああああああああああああ!!」

……
………
…………

騎士「側近様、大丈夫で…… ……! 何だ、あれ……ッ!」
側近「ああ…… ? どうし……ッ うゥッ」ドクン!
騎士「側近様!?」

ウワアアアアア!
アアアアアア!

側近(ゆ…… …勇者の声……ッ な、ん……ッ)
騎士「側近様!!だいじょ…… ッ」

パアアアアアアアッ
ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

側近「!!」
騎士「……なんだ、あの、光……ッ」
側近「おい、お前……走れるか」
騎士「は?は、はい……、し、しかし……ッ」
側近「大丈夫だ!先に行く……ッ 悪いが、連れて行ってくれ」
騎士「…… ッ はッ!」

タタタ……!

女剣士「…… ……」
王子「…… あ、あ……あ ……」ヘタヘタ
勇者「…… ……」

113: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
騎士「……ッ 居ました、側近様……!! ……あ、あ!?」
側近「どうした!?」
女剣士「側近!! ……勇者の、身体、が……!」
王子「ひ、光って…… る……ッ」
側近「!?」
女剣士「……勇者?」ソロソロ……ス……
女剣士「……ッ うっ」キィン!
王子(女剣士の指を弾いた……!?)
側近「……おい、どうなってるんだ……勇者!」
勇者「…… ……」フラ……
女剣士「勇者!」ガシ!
王子「女剣士!」
側近「……誰か説明してくれ。どうなってる」
王子「勇者!勇者……!」タタタ……
女剣士「……気を失ってるだけだ」ホゥ
側近「……光は?」
騎士「こ……この、血は……?」
女剣士「……側近、とにかく勇者を見てくれ」
側近「あ、ああ……」ソ……
側近(……あの、痛みは何だったんだ……)パァ
女剣士「その血は……三つ頭の物だ」
王子「俺が……踏み込みすぎたんだ。三つ頭が炎を吐いて……」
王子「避けれる距離じゃ、無くて……それで……」
女剣士「……勇者……様、が王子に駆け寄ったんだ」
女剣士「そしたら……光。気がついたら、三つ頭は……気がついたら、コレだ」
王子「光で……焼かれたのかな……」
女剣士「かもな。どういう……の、か解らないが」
女剣士「……血を吐いて、氏んでる」
側近「…… ……勇者は、力を使いすぎて気を失っているみたいだな」
側近「咄嗟で……魔力の全てを出してしまった、んだろう」
側近「……王子を助ける為に、かな」
王子「…… ……」
女剣士「そんな顔をしなくて良い、王子」

114: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
側近「あ、すまん……」
女剣士「……回復だけを、と勇者にお願いしたのはアタシだ」
女剣士「もう少し……王子と勇者を信用しても良かった」
女剣士「踏み込ませすぎたのも、目が行き届いてなかったからだ」
女剣士「……悪かった」
王子「ううん……俺も、つい……良いとこ見せなきゃ、って……」
側近「…… ……」フウ
側近「まあ、各々反省は後にしよう」
側近「勇者も、疲れて寝たみたいなモンだ」
側近「……俺がここで見てるから、洞窟の中の事、頼むよ」
女剣士「……悪い」
王子「御免、側近……」
側近「勇者は大丈夫だから。な?」ポンポン
騎士「側近様、それは……私の肩です」
側近「あら」
女剣士「……良し、お前はそのまま此処で後続を待て」
女剣士「合図があれば、中へと進ませろ」
騎士「はッ」
女剣士「もし他に負傷者が居れば、見てやってくれ、側近」
側近「あいよ」
王子「…… ……」
女剣士「王子、お互い反省は後にしよう……もう一度、後悔する様な事を」
女剣士「今度こそその手で、起こすのはいやだろう」
王子「! ……はい!」
女剣士「良し。では内部へと突入する!隊列を立て直し、着いて来い!」
女剣士「王子、共に来い!」スタスタ
王子「はい!」スタスタ
側近「……」
騎士「……大丈夫、なのでしょうか。王子様……」
側近「様、はいらないんだろ?お前より新米なんだから」
騎士「あ……は、はい」

115: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
側近「女剣士の目の届くところ、って事で彼女自身も救われてるんだろ」
騎士「あ……!」
側近「……特別、なんだ、勇者は。確かに……だが」
側近「…… ……故に、な。足枷にもなる」
側近(……信用したら、か。まあ……な。だが、守られているばかりじゃ……)
側近(見た訳じゃ無いし、そうできる訳でも無いが……)
側近(王子の危機に、力を出しすぎたってところがまあ、正しいんだろうな)
側近(……光に焼かれ、血を吐いて絶命した、か)
側近(魔族は、光には弱い……んだろうか。まあ、この魔物がたまたま、かもしれんが)
側近(……何にせよ、『光の勇者』の敵では無かった、て事か)
側近(……皮肉だなぁ。魔族の誰かが、人間に渡さない様にと)
側近(三つ頭に此処を守護させたのだとしたら)
側近(…… ……ま、そんな事、考えてもわからんね)ハァ
騎士「側近様?」
側近「ん?」
騎士「あの……ご気分は?」
側近「へ?」
騎士「いえ、あの……お顔の色も、優れませんし……その、先ほど……」
側近「…… ……ああ」
側近「顔色が悪いのは、そりゃ心配したからね。後……船酔いしてたし」
騎士「それだけ……ですか?先ほど……」
側近「……大丈夫。心配すんな……ありがとよ」
側近(顔色……か。さっきの、胸の痛みは……)
側近(……光の魔法に、目覚めた……時、か?)
側近(……怠い、な。俺も久しぶりに……ちょっと魔力使い過ぎた、かな)

116: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
側近(それとも…… ……)
騎士「あ!」
側近「ん?」
騎士「……騎士長様達が、出て来ました!」
側近「え?早く無い?」
騎士「ええ、でも……」
女剣士「側近!」
側近「どうした、何か……」
女剣士「……鉱石、とやらがびっちりだよ。壁一面」
側近「まじで!?」
女剣士「だが……堅くて、どうにもならない」
側近「……ほう」
女剣士「採取出来るところだけ……持ち帰る事にする」
側近「どれぐらい取れそうだ?」
女剣士「解らないな……足りれば、良いが」
側近「……そうか」
女剣士「後は、王国で管理する様……と……国王様に進言してみる」
女剣士「……他国には、余り知られない方が良いだろう」
側近「だな……」
側近(港街や鍛冶師の街はともかく……魔導の街の奴らに此処を知られるのは)
側近(避けたいところ……だが)
側近(……足止めになる魔物は、勇者の光に焼かれてしまった、か)
側近(…… ……複雑だな)

……
………
…………

船長「で……結局どれぐらい持ち帰ったんだ?」
鍛冶師「正直大した量じゃ無い。まあ、剣一本修理するには多すぎる位だけど」
鍛冶師「……堅い、と言っても、魔法の力を込めだすと」
鍛冶師「ぼろぼろと欠けるんだ」

117: 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:tYXmZkliP
船長「欠ける?魔法に強い……んじゃ無いのか?」
鍛冶師「できあがってしまえば、強い……筈だ」
船長「……筈」
鍛冶師「ああ。鍛えるために魔法の力を注ぐと、ぼろぼろと欠けていく」
鍛冶師「扱いが難しい……のは、解ってたつもりだったんだけどね」ハァ
船長「じゃあ……まだ出来て無いのか」
鍛冶師「……いや、完成はしてる」
船長「完成……は?」
鍛冶師「辛うじて『剣の刀身と言う体裁を保っている』に過ぎないけど……ね」
鍛冶師「元々が元々……の代物だ。満足しないと行けないのかもしれないんだけど」ハァ
船長「そうか……」
盗賊「実際、島から帰って、勇者も一週間ほど寝込んでたんだ」
盗賊「疲れもあったんだろうが、な……」
船長「まあ……力を使い過ぎた、緊張した、色々……あったんだろう」
船長「王子は?」
盗賊「随分マシにはなったが、随分へこんでたよ」
盗賊「自分の所為で……てな」
盗賊「あれ以来、稽古に必氏だ、毎日毎日……」ハァ
船長「それで居ない、のか……」
鍛冶師「まあ、騎士団の一員だしね」

119: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
船長「騎士団の一員……世継ぎだろうに。修行か?」
盗賊「否……アタシの後を継ぐのは弟王子の方だ」
船長「……ま、色々あるんだな」
鍛冶師「そういう事。本人は部屋で本でも読んでるんじゃないかな」
船長「そうか……」
盗賊「勇者も今、丁度女剣士と王子と、稽古中の筈だ……呼ぼうか?」
船長「遠慮しとくさ……賓客じゃネェんだ」
鍛冶師「寂しい事言うなよ」
船長「俺はどこまで行ったって海賊さ」
盗賊「……これから、すぐ使用人の所へ行くのか?」
船長「…… ……墓参りしてから、だな」
鍛冶師「……そうか」
船長「港街と魔導の街を経由して……になるだろうな」
船長「そっちの様子も知らせて欲しいそうだ」
盗賊「気になるのかね、やっぱり」
船長「……『私には知る義務があるのです』だそうだぜ」
鍛冶師「義務?」
船長「ああ……良くわかんねぇけど、さ」
盗賊「じゃあ、ついでに伝えておいてくれ」
船長「側近の様子か?」
盗賊「それもあるが……16の誕生日を迎えたら、勇者はこの街を旅立つ」
船長「!」
盗賊「……世界中に、魔王の噂も勇者の噂も流れているんだろう」
盗賊「やっと、だ。やっと……」
船長「……そうか」
鍛冶師「僕たちも叶う限りは協力する……と言っても」
鍛冶師「たかだか、人間の力は知れているんだろうが」
船長「気持ちってのはでかいんだよ」
船長「……祈ってるよ。皆の……願いが、叶う様に」

120: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
……
………
…………

側近「落ち着け」
勇者「……落ち着けると思ってるのか」
側近「やれば出来る子だと信じてますけど」
勇者「あのなぁ……」
側近「まあ、目で見えないから何ともね」
側近「でもさ。右に左に行ったり来たり」
側近「……足音で解る訳だ」
勇者「このマント、踏みそう何だけど」
側近「我慢しなさい」
勇者「剣が重い!」
側近「光の剣置いていく訳に行かないでしょうが!」
側近「折角鍛冶師が治してくれたんだろ」
勇者「……これ、何時も使ってた奴より重いんだって」
側近「この国の紋章入りの鋼の剣か」
勇者「そうだよ。剣に剣の模様ってどうなの……」
側近「見えないからなー、俺」
勇者「いや、恰好良いんだよ。恰好良いんだけどな……」
側近「王子の剣にだけズルイとか」
側近「……言ったの誰だよ」
勇者「まさか……取り替えてくれると思わなかったんだよ!」
側近「てか、別に王子だけじゃないだろ。この国の騎士が使う剣には全部」
側近「入ってんだろうに、それ」
勇者「そうだけど……」
側近「で、お前が元々使ってた奴は?」
勇者「王子が持って行ったよ」
側近「仲良しだねぇ……」

121: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
勇者「……女剣士は、いつ来るんだ!?」
側近「お前ね、さっきのその質問から10分も経ってないんだけど」
勇者「…… ……」
側近「……一人で行ける?ついて行ってやろうか?」
勇者「も、もう子供じゃネェよ!」

コンコン

勇者「は、はいぃ!」
側近「……落ち着けって」
女剣士「勇者様、側近様……騎士団長の女剣士です」
女剣士「お迎えに上がりました」
側近「ほら、勇者」
勇者「……うん」スタスタ……カチャ
女剣士「……ご気分、如何ですか、勇者様」
側近「緊張でがっちがちですってよ」
勇者「側近!」
女剣士「……無理も無い」フフ
側近「一人、か?」
女剣士「ああ。騎士団の連中も増えたからな」
女剣士「……あの洞窟から帰って以降、私だけが此処に来れる事になったんだと」
女剣士「伝えただろう?」
側近「そうだったな……否、今日は……特別かと思ってな」
女剣士「今日だからこそ、だ」
女剣士「……盗賊達の出したお触れのおかげで、街はすっかりお祭りムードだ」
側近「そうか……」
勇者「うぅ……」
女剣士「大丈夫だ。また……何時もの茶番だと思えば良い」
勇者「それが一番こっぱずかしいんだよ!」

122: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
側近「さっさと行って、さっさと旅立て。茶番も……魔王を倒す頃には」
側近「良い思い出になっているさ」
勇者「……人ごとだと思って……!」
側近「人生、茶番の連続だぜ?」
勇者「…… ……」
女剣士「側近は……行かないのか?」
側近「旅立ちのめでたい日まで、保護者同伴なんて呆れちゃうだろ」
側近「……俺は、此処で良い。今生の別れでもあるまいし」
女剣士「…… ……では、行こうか、勇者」
勇者「……ああ」
勇者「側近」
側近「ん?」
勇者「待ってろよ。必ず……魔王を倒して、俺は」
勇者「……美しい世界を、守ってみせる!」
側近「ああ……お前にしか、出来ない事だ」
女剣士「…… ……」
側近「……世界の運命を背負うお前の荷は……決して軽くない」
側近「だが、一番大事なのは……命だ」
側近「お前の、命…… ……捨ててくれるな」
勇者「……ああ!」
側近「『約束』だ。それは、守る為にあるものだ」
側近「……『勇者は必ず、魔王を倒す』」
側近「『願えば、叶う』……な?」
勇者「ああ!必ず!」
女剣士「……良い、か?」
勇者「……はい。側近、いってきます……!」
側近「ん」

スタスタ……パタン

側近「……頼むよ、勇者」
側近「さ、て……と」

123: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
側近(……勇者が、光の魔法を初めて、使った時)
側近(感じたあの痛みが……引きずられた物で無ければありがたいんだがな)
側近(願えば叶う……か……)
側近(魔王様。多分、これで……俺は……)
側近「…… ……頼むぜ、持ってくれよ」
側近「俺は……『魔王様の側近』何だからな……!」

シュゥウン……!!

……
………
…………

盗賊「良く来た、勇者よ……そうかしこまる必要は無い、面を上げよ」
勇者「は……」
盗賊「魔王の人を滅ぼすとの噂が立って久しい。そしてお前は……16になった。今日は……『約束』の日だ」
勇者「はい」
盗賊「……光の剣は、持ったな」
勇者「はい、此処に……必ずや、魔王を倒してごらんに入れます。この、光の剣にかけて、必ず……!」
盗賊「ああ……頼んだぞ、選ばれし者、光に導かれし運命の子、勇者!」
鍛冶師「その光の剣は……『刀身として体裁を整えただけ』の者に過ぎない」
鍛冶師「……君は、君の手で。君の力で……『欠片』を集めるんだ」
勇者「欠片……?」
盗賊「『大切なモノ』だ。仲間、絆……力。そういう、な」
勇者「……はい」
盗賊「側近は……?」
勇者「家に居ます……今日からは一人なのだから、と」
勇者「仲間は、自分で探し求める物だから……って」
王子「……勇者」
勇者「?」
王子「お前が留守の間、俺と騎士長様と二人で、この国は守るから」
王子「……前に、約束しただろう」
勇者「ああ。任せる……待ってろよ!」
王子「ああ……!ちゃんと、帰って来いよ!」
勇者「解ってる……!」
盗賊「勇者」
勇者「は、はい」
盗賊「『また、後で』……良し、行ってこい!!」
勇者「はい!」

……
………
…………

124: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
使用人「……良し、と」フゥ
使用人「随分、広くしてしまったな……おかげで」
使用人(水やりが大変…… ……?)

シュウ、シュウ……

使用人「!?」
使用人「花が……ッ」ガバッ
使用人(どんどん、枯れて……!?)
使用人「……!! ……ッ魔王様……ッ」

シュゥン!

使用人「!」
側近「…… ……ぅえぇ……」フラ……ッ
使用人「そ……ッ」
側近「い、いまま、でで……一番、きもち、わ、る……ッ」
使用人「側近様!?」
側近「あ……れ、その、声……使用人ちゃん…… ……ああ、成功、し……」バタン!
使用人「側近様!?」タタタ……ッ
使用人(顔が……真っ青……!!それに……!!)
使用人「側近様!!」
側近「お、おーけー……だいじょうぶ……」
使用人「ど、何処がですか、真っ青です!」
使用人「すぐに……!!」

ガシッ

使用人「!」
側近「平気、だから……酔っただけ」
側近「……それより、魔王様、は」
使用人「……わかりません」
側近「は!?」
使用人「今、庭の花に水をやり終えた所だったんです」
使用人「……それが、急に枯れ出しました」
側近「……俺の転移の所為、て可能性は?」

125: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
使用人「わかりません……今から、確かめてきます」
側近「……俺も、行く」
使用人「だ……ッ駄目です、そんなフラフラで……!」
側近「何の為に帰って来たと思ってる……」
使用人「で、ですが……」
側近「良いから……花、まだ枯れてる?」
使用人「……」キョロ
使用人「……いえ。全体の……3……いえ、1/4程で止まったみたいです」
側近「……一応、念のため、行くか」
使用人「止めても、無駄ですか」
側近「当然だ……俺は……」
使用人「魔王様の『側近』ですものね」
側近「……ホント、頭が良くて助かるよ」
使用人「立てますか……手を」
側近「ああ。ありがと……よっと」
側近「……庭、だよな」
使用人「はい」
側近「て、事は……こっちか」スタスタ
側近「…… ……寂しかった?」
使用人「…… ……はい」スタスタ
側近「あら、素直」
使用人「使い魔が居るのに、寂しいと思うのは違うかも知れません」
使用人「……と、ちょっとへこんだりしちゃう程度に」
使用人「寂しかったです。ですが……」
側近「ですが?」
使用人「…… ……何ででしょうね。今の方が寂しいです」
側近「…… ……」
使用人「側近様が帰っていらっしゃった、と言う事は……」
側近「……ああ。勇者は、旅立ったんだ。さっき」
使用人「…… ……」

126: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
側近「……全然、外の様子わかんないだろ?」
使用人「一年に一度ぐらいは、船長さんが」
側近「ああ……そうか。どこまで聞いた?」
使用人「南の島へ出発した、ところまでです」
側近「そうか……じゃあ、後で……お茶でも飲みながら、話そっか」
使用人「はい……ケーキ、ありますよ」
側近「フランボワーズ?」
使用人「良く解りましたね」
側近「……そりゃ、ね」
使用人「…… ……魔王様のお部屋の前です。側近様は、ここで」
側近「行くってば」
使用人「…… ……」カチャ
側近「…… ……?」
使用人「どう、されました」
側近「……気分が、楽になった。少しだけだけど」
使用人「あ……もしかしたら……」
側近「ん?」
使用人「あ……いえ。それも後でお話しします」
使用人「とにかく、魔王様を……」タタ……
使用人「…… ……」
側近「どうだ」
使用人「何も…… 変わりない、様です」ホッ
側近「今、こいつどうなってる?」
使用人「ベッドに横になって……寝てる、みたいですよ」
側近「そっか…… ……サンキュ」
使用人「いいえ……」
側近「行こう……長居は無用、だな」スタスタ

パタン

魔王「…… ……ゥ」
魔王「…… ……」

127: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
……
………
…………

オギャア、オギャア!

側近「産まれた!」
魔導将軍「産まれたか!」

バタン!

鴉「産まれたよ!魔王様にそっくりの、男の子だ!」
側近「そ、そっかぁ……そっくり、かぁ……」
魔導将軍「うむ……美形の男の子になるだろう!」
側近「鴉も、ご苦労さん」
鴉「何言ってるんだい……当然だ」
鴉「……ん?」
魔王「男か!そうか……男の子か!」
魔王「黒い髪は后譲りだな!」
魔王「早く目、開けないかな……なぁ、后!」
側近「早速親馬鹿ッぷり発揮しちゃってるよあの人は」
魔導将軍「めでたいんだ、良いじゃないか……見て、良いのか、鴉」
鴉「ああ。ただし静かにね」
側近「魔王様、后様……おめでとうございます」
后「ありがとう、側近……」
魔導将軍「ああ、后様起き上がらないでよろしい。お疲れでしょう」
后「それがね、凄く元気なのよ。嬉しくて……!」
鴉「疲れちゃって気分が高揚しているんだろう。無茶は駄目だよ?后様」
魔王「ほら、見ろよ側近!可愛いだろう、可愛いだろう!?」
側近「お、おう……解ったから! ……お。目が…… ……え!?」
后「え?」
魔王「…… ……紫?」
鴉「え?」
魔導将軍「紫……?」

128: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
后「……あら、本当」
后「貴方と、私の瞳の色を足した色をしてるわね」
魔王「……あ、ああ。言われてみればそうだな」
側近「いやいやいや! ……紫、って……!?」
側近「そういう問題!?」
魔導将軍「ふむ……何の加護をお持ちなのでしょうな」
鴉「紫か……聞いた事無いねぇ」
后「良いのよ……何でも」
魔王「え?」
后「私達の可愛い赤ちゃんよ。可愛い、可愛い……若君なのよ」ツン
后「ふふ、ほっぺ、ぷにぷに……」ツンツン……ボロ……
后「……え?」
魔王「后……どうし……!?」
后「……指、が……」ボロボロ……
鴉「!!」
魔導将軍「后様!」
側近「の、退け!」パァ
后「……」ポロポロ……ボロボロ……
側近「糞、効かない!?」
魔王「后!」
后「……崩れて、く…… ……なん、で……」

ふえぇぇ、ふええええ!

鴉「あ……!」

129: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
后「あ……あらあら。大変……」ボロ……
后「貴方、若君を抱っこしてくださいな。こっちへ……おっOい、あげなきゃ」
魔王「あ、ああ……」
鴉「……ッ ほ、ほら、アタシらは出るよ!アンタら、見ちゃ駄目!」
側近「お、わ!」
魔導将軍「あ、ああ……!」

バタン!

鴉「…… ……」
側近「…… ……」
魔導将軍「…… ……」
鴉「……側近、アンタは、回復の方法を」
鴉「魔導将軍は、紫の加護について調べるんだ」
鴉「……アタシは、若についてないと」
側近「…… ……解った」
魔導将軍「すぐに取りかかる」
鴉「……ッ 何でだ!魔王様が産まれた時、こんな事は……!!」

……
………
…………

コンコン

女剣士「……やはり、居なかった」
盗賊「そうか……」
鍛冶師「水くさい奴だな!顔ぐらい……見せていけば良いのに……!」
女剣士「…… ……魔王の城に、帰ったんだろう」
盗賊「……女剣士」
女剣士「……なんだ?」

130: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
盗賊「いや……その……」
女剣士「アタシは大丈夫だ。騎士団を放り出したりしないさ」
鍛冶師「そんな事心配してるんじゃ無い!」
女剣士「御免……解ってるよ。大丈夫だよ」
女剣士「……大丈夫だ」
盗賊「……」
女剣士「側近、あの南の島から帰ってきてから、髪……真っ白になってたな」
鍛冶師「……勇者の光、に触れたから……とか言ってたな」
盗賊「転移で戻ったんだろうな……あいつ、無茶しやがって……!」
女剣士「……仕方が無い。あいつは……側近は」
女剣士「『魔王の側近だから』と……言ってた。そんな気はしてたんだ」
盗賊「…… ……」
鍛冶師「…… ……良いのか」
女剣士「仕方無い。良いのさ……これで」
盗賊「…… ……だって、もう……!」
鍛冶師「盗賊!」
女剣士「もう、会えないだろうな。解ってる」
鍛冶師「女剣士……」
女剣士「…… ……」

バタン!

騎士「失礼致します、王様、女剣士様は……」
女剣士「どうした?」
騎士「魔導の街の使者が……」
女剣士「! ……勇者様が出て行かれたばかりだ。接触させるな」
女剣士「……すぐに行く。では、王様、鍛冶師様……失礼致します」

スタスタ……パタン

131: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
盗賊「…… ……」
鍛冶師「…… ……」
盗賊「言葉が……見つからないな」
鍛冶師「……ああ」

……
………
…………

勇者「登録所に行け、って言われたけれど」

ユウシャサマー!
ユウシャサマ!ワタシヲツレテイッテクダサイ!
オレダーワタシダー
ギャアギャア

勇者「……入る事もできませんけど」ハァ
勇者(よく考えたら……この、始まりの街でさえも)
勇者(一人で、歩くの初めて……なんだ、よな)
騎士「勇者様!」タタタ
勇者「ん?あれ……城の……」
騎士「……」キョロキョロ
勇者「どうした?」
騎士「いえ……」ホッ
騎士「こら、お前達道を空けろ!」
騎士「勇者様、登録所へ行かれるのですよね?」
勇者「あ、ああ……そう、なんだ」ホッ
勇者(助かった……)
騎士「退きなさい! ……さ、どうぞ」
勇者「ご、御免……ありがとう」スタスタ

キィ……パタン

132: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
事務員「まあ、勇者様……!」
勇者「え、あ、あの……?」
事務員「金の髪に金の瞳!まさしく……光の子……」
勇者「…… ……」
勇者(凄いな……何度か、城に出入りしていたとは言え)
勇者(俺、じゃ無くて……色で……解る、ってさ)
事務員「失礼しました。流石噂に違わぬ、神々しいお姿に吃驚して……」
勇者「……いえ。王様から、此処で仲間を探す様に言われたんですが」
事務員「ええ。その為の登録所ですから」
勇者(皆が……俺の。『勇者』の為に……為、だけに)ギュッ
事務員「どうぞ、ご希望は御座いますか」
勇者「希望?」
事務員「はい。そうですね……勇者様を合わせて、三人か四人ぐらいが」
事務員「よろしいかと思います」
勇者「あ、ああ……仲間の人数ね。えっと……」
勇者「御免、俺……どんな人を連れて行ったら良いか……」
事務員「そうですね、回復に長けている方がいらっしゃれば安心でしょう」
事務員「勇者様は剣をお使いになりますし、もう一人前衛の方と」
事務員「それから、攻撃魔法を得意とされる方など、如何でしょうか?」

ジィィ……

勇者(すっげぇ背中に視線が刺さってる……)ハァ
勇者「…… ……」クルッ

ユウシャサマー、ワタシー……
オレダ、オレ
アタシデショ!

勇者「……」キョロキョロ
勇者(……あっちのガタイの良い奴は、戦士……か)
勇者(緑の瞳……王子に、似てる)

133: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
勇者(赤い髪、に赤い瞳……盗賊さんみたいだな)
勇者(…… ……青い、瞳。優しそうな人だ)
勇者(ぱっと目についた三人……)
勇者「えっと……貴方、と……」
戦士「俺?まじ!?」
勇者「貴女……」
魔法使い「見る目あるじゃない、勇者様!」
勇者「……で、貴女」
僧侶「私ですか? ……ありがとうございます」ニコ

エエエエエエエエー!
ユウシャサマ!ボクモココニイマス!
ユウシャサマー!

勇者(も、もう良いって!正直誰がどうとかわかんねぇし!)
勇者「な、名前を教えてくれ!」
戦士「俺は戦士だ。緑の加護を持ってる」
魔法使い「魔法使いよ……しかしまぁ、勇者様美形ねー!あ、加護は見ての通り炎よ」
僧侶「僧侶と申します。宜しく……水の加護を受けています」
勇者「……ああ、宜しく」
勇者(……間違えて無い、よな?大丈夫だよな?)
戦士「お前、派手だなぁ……魔法使い」
魔法使い「何がよ」
戦士「見た目だよ、見た目!真っ赤っかじゃネェか」
魔法使い「情熱的、って言って頂戴? ……アンタは茶色に緑で地味ね」
魔法使い「……おでこ、広いし」
戦士「お、お、お前……ッ人が気にしてる事を……!酷い!」
勇者(……大丈夫、かな)チラ
僧侶「どうかしましたか?勇者様」
勇者(この子は優しそうで……良かった……)
勇者「い、いや……大丈夫、何でも無いよ」
僧侶「そこの喧しい方々は放って置いて、行きましょうか」ニコ
勇者(……前言撤回!)
魔法使い「誰が喧しいのよ!」
戦士「お前だろ、どう考えても」
魔法使い「アンタ人の事言えないでしょ!?」

134: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
勇者「ちょ、黙れって!」
勇者「……視線も痛いし、行くぞ!」スタスタ
魔法使い「はーい、質問!どこ行くの?」
勇者「……え?」
戦士「俺もしつもーん。どこいくのー?」
僧侶「私も」
勇者「…… ……ひとまず、腹ごしらえでもする?」

……
………
…………

使用人「……では、一応剣、としては使えそうなのですね」ホッ
側近「ああ……だが、実戦ではどうだかな」
側近「いくら稀少な鉱石だとは言え……鍛冶師の腕も疑う訳じゃ無いが」
側近「あれで、魔王様に敵うとは……思えない」
使用人「……しかし、勇者様は光の力に目覚められた、のでしょう」
側近「言葉のアヤ、て奴だ……あれ以来、勇者は……」
使用人「…… ……」
側近「自在に光を操れる様になった訳でもなけりゃ、意図して使えた試しも無い」
使用人「そう、ですか……」
側近「なるようにしか……ならん」
使用人「…… ……」
側近「しかし、腕あげたね、使用人ちゃん」
使用人「……え?」
側近「すげぇ上手い。このフランボワーズ」
使用人「でも……魔王様のお味とは違うんです」
側近「充分だと思うけどね」
使用人「お体、大丈夫ですか」
側近「……何回聞くんだよ、それ」
使用人「すみません。でも……」
側近「『頭が真っ白だし』ってか? ……勇者の光に触れて」
側近「すぐにこうなったんだって。今更、ね」
使用人「…… ……」
側近「……生き汚いよな、俺」
使用人「え?」

135: 2013/07/08(月) NY:AN:NY.AN ID:U0KFO9vfP
側近「前魔王様倒しに行って、魔王様……産まれるの、見て」
側近「……勇者をまた、育ててさ」
側近「いくら生きたいと願ったからって。なぁ……」
使用人「側近様……」
側近「前も言ったが、とっくに寿命が尽きててもおかしく無いんだ」
側近「ジジィの方の魔導将軍も。鴉も……前魔王様も、后様も氏んだ、のにさ」
側近「魔王様だって……」
使用人「…… ……」
側近「……俺だけが、生きてる」
使用人「見届ける義務があるんですよ。貴方には」
側近「俺に?」
使用人「はい。多分……私が、受け継ぐ……様に。義務が」
側近「…… ……」
使用人「……今、多分」
側近「?」
使用人「船長さんが、この城に向かっていると思います」
側近「え? ……ああ、そうか。定期便……」
使用人「はい。港街と、魔導の街の様子も知らせて欲しいと」
使用人「我が儘を言ってしまいました、から」
側近「……そっか」
使用人「勇者様が旅立たれたのでしたら、近づかないで置いて貰う方が」
使用人「良いんでしょうか……」
側近「大丈夫だろ。勇者だって、旅立ったばかりだ」
側近「それに、何か頼んだんだろう?」
使用人「ええ……大した物じゃないんですけど……」
側近「…… ……何か、聞こえないか」
使用人「え?」

バタバタバタ……!!
バタン!

使い魔「使用人様……あ、え!?側近様!?」
使用人「何です……用件を先に」
側近「よーう、見えてないけど」
使い魔「……ま、魔王様の、様子が……!」
側近「!?」
使用人「!!」ガタン!

143: 2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN ID:fbHWPVOjP
おはよう!
おうち帰ったら続き!

>>142
ありがとうー!
放置プレイしたらご機嫌直してた!
ありがとおおぉぉ!

144: 2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN ID:fbHWPVOjP
使用人「先に行きます……! 使い魔、側近様をお連れして下さい!」

パタパタパタ……

使い魔「は、はい!」
側近「……様子が、どうなんだ」
使い魔「……ああ、とか、ううとか……その」
使い魔「唸っていらっしゃって……」
側近「何か言ってる、のか」
側近(……微かに胸が上下してるから、生きてる事は解る、と言ってたな)
側近(勇者が旅立ったから? ……『器』として……目覚め始めてる、と)
側近(……言うのか)スタスタ
使い魔「あ、側近様、手を……」
側近「城の中は大丈夫だと思うが……」
使い魔「変わってます、多少は……多分」
使い魔「歩きやすい様に、と使用人様がかたづけていましたし、それに……」
側近「それに?」
使い魔「……船長さんから布を買ってました」
使い魔「書庫で見つけられたそうなのです。極上の布に、緑の魔法で」
使い魔「保護の魔法、だとか……何か」
側近「保護? ……ああ」
側近(それで随分……居心地が良かった、のか)
側近(魔の住む土地だから、なのか……と思ったけど)
側近(同じ加護の魔法の保護があるからか……やっぱ、優秀だね)
使い魔「……すみません、私は此処で。魔王様の部屋の前です」
側近「ああ。ありがとう」カチャ
側近「使用人ちゃん……魔王様?」

魔王「……ゥ ……ァ」

使用人「側近様……」
側近「……成る程、唸ってる、ね」
使用人「身体は……そのまま、眠ってるみたいなんですけど……」

145: 2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN ID:fbHWPVOjP
側近「使用人ちゃん、何か……保護の魔法かけたんだって?」
使用人「あ、はい……」
側近「……言いたくは無いけど、引き金になったか」
使用人「……!」
側近「可能性の一つだぜ」
使用人「魔法に、引きずられた……?」
側近「無いとは言い切れない……が」
使用人「でも、成功したのかどうか……」
側近「随分居心地は良いんだけどな。まあ、この土地自体が」
側近「魔力の渦の下にあるみたいなもんだから、かもしれないが」
側近「……このまま、魔王様の魔力が暴走しそうになったら」
側近「どうにか……勇者がたどり着くまで、押さえ込まないと……」
使用人「…… ……船長さんに、魔除けの石を頼むのは効果無いでしょうか」
側近「無い、とは言い切れない、だろうが」
側近「結構な数が居るぜ」
使用人「取りあえず、集められるだけ集めて貰ってみます……まだ」
使用人「間に合うかもしれないし……!!」パタパタ
側近「…… ……」
側近「魔王様……」ソ……
側近(暖かい、んだな。器とは言え……確かに、生きてる)
魔王「……ゥウ」
側近「おう。久しぶりだな」
魔王「…… ……ァ」
側近(魔除けの石、か……姫様の時に、あの透明に近い石が)
側近(紫に染まった……多少は、吸収してくれる、と良いが……)
側近(…… ……使い魔連れて、書庫行くか)ハァ

……
………
…………

鴉「ここに居たのかい、側近」キィ
側近「おう……入ったら埃まみれになるぜ」
鴉「使い魔にでも言って、ちょっと掃除させなよ」
鴉「痛むよ、本」

146: 2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN ID:fbHWPVOjP
側近「まあ……そうだな」
側近「魔王様が入り浸ってる間は、使い魔共」
側近「怖がって近づかなかったからなぁ……」
鴉「若も産まれたんだ。もう大丈夫だろうよ」
側近「植え付けられた恐怖ってのは消えないだろ、中々」
側近「ましてや、先代は島沈めちまう程好戦的だったんだろ?」
鴉「……アタシもそん時は、こんなに傍で仕えてた訳じゃないからね」
鴉「あんまり良くわかんないけど……」
側近「んで、お前何か用事あったんじゃネェの」
鴉「ああ、そうそう……狼将軍が、さ」
側近「何、また来たの!?」
鴉「……誰から聞いたんだかねぇ。后様がご病気ならば、って」
鴉「娘を後妻に、ってな」
側近「……后様、生きてるだろうが!」
鴉「元気だからって追い返そうとしたんだけどねぇ」
鴉「……とにかく、魔王様に会わせろって」
側近「まだ……城に居るのか」
鴉「魔導将軍が追い返したよ。無理矢理ね」
鴉「ただ……まあ、魔王様の耳には入れておいた方が良いと思ってさ」
側近「……解ったよ。一応伝えておく」
鴉「もう……耳、聞こえないんだろう?」
側近「多分、な」
側近「……随分、崩れ落ちちまったからな」
鴉「…… ……で、アンタはこの間から、書庫に篭もって」
鴉「一体、何をしてるんだい」
側近「原因究明?」
鴉「…… ……収穫は?」
側近「これといって……な」

147: 2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN ID:fbHWPVOjP
鴉「……魔導将軍も、解らないって言ってたね」
側近「紫色の瞳、か……見た事も無いんだろう?」
鴉「ああ……魔王様は赤い瞳をしてる。先代は、茶色だったな」
側近「…… ……后様の言い分が正しかったりしてな」
鴉「え?」
側近「水の青と、炎の赤を足して、紫」
鴉「……絵の具じゃないんだから」
側近「……先代の奥さんはどうだったんだ?」
鴉「ん?」
側近「魔王様の母上だよ」
鴉「ああ……そういえば、聞いた事ないね」
鴉「……アタシも、魔導将軍も……今の地位に据えられた時は、もう」
鴉「先代一人だったよ。そういえば」
側近「…… ……そう、か」
鴉「……無理があるのかもしれないね」
側近「え?」
鴉「魔王の子種、魔王の血……を身体に入れて」
鴉「次代の魔王をその身を育むんだ」
鴉「……強大な魔力を内包すれば、器なんてぼろぼろになって当たり前なのかも」
鴉「しれないよ」
側近「…… ……理不尽だなぁ」
鴉「まあ、ね」
側近「魔王様は、后様の部屋か?」
鴉「ああ……最近は、出てこられないからね、あまり」
側近「……伝えてくるよ」フゥ。スタスタ
鴉「頼むよ……そろそろ若に、飯食わさないとね」

カチャ、パタン。スタスタ……

側近「……あれ、魔王様?」
魔王「ああ、側近か……どうした」

148: 2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN ID:fbHWPVOjP
側近「いや、鴉がね……狼将軍が……」
魔王「……娘を娶れと来た、のか」
側近「まあ……魔導将軍が追い返したらしいけど」
魔王「そうか……」
側近「魔王様に会わせろって、煩かったらしいよ」
魔王「……魔導将軍は?」
側近「さぁ……城の中にはいるだろうけど」
魔王「解った。ありがとう」
側近「ついててやらなくて良いのか」
魔王「眠った様だ……今なら、良いだろう」
側近「……なあ、あれまだ続けてるの」
魔王「ん?」
側近「后様だって、女性なんだぜ?」
魔王「……前も言っただろう?愛する人に口づけをして」
魔王「何が悪いんだ」
側近「……いや、まあ。そりゃ……」
魔王「どんな姿になっても、后は后だ……私の、愛する女性だ」
側近「…… ……聞いてるこっちが恥ずかしいわ」
魔王「狼将軍には私から話そう……もし、后がこの世から消えても」
魔王「私の妻は彼女だけだ」
側近「……気をつけろよ」
魔王「ん?」
側近「若……あんまり、目を離さない様にしなきゃな」
側近「まあ、鴉がついてるから大丈夫だとは思うが」
魔王「ああ……あれは瞳の件もあるからな」
魔王「余り、人前に出すつもりは無い」
側近「…… ……」
魔王「ただでさえ、私と后の大事な一人息子だ」
魔王「……誰にも、奪わせはせん。息子も……后も」
側近「ああ……」

149: 2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN ID:fbHWPVOjP
……
………
…………

勇者「えーっと……」ブツブツ
戦士「大丈夫なのかよ、勇者様よ」
魔法使い「そんな言い方しないの、戦士……一生懸命地図見てくれてるじゃないの」
魔法使い「あ、それ一個頂戴、僧侶」
僧侶「ええ、どうぞ……勇者様、決まりました?」
勇者「取りあえず、この大陸出ない事にはどうしようも無いよなぁ」
勇者「……船、って何時来たっけな」
僧侶「たしか今日の夕方の便があったはずですよ」
勇者「……じゃあ、それで取りあえず港街に行こう」
魔法使い「そうね、あそこからだったら、北の方に行く船も出てた筈ね」
戦士「おいおい、直行して大丈夫なのかよ。俺らレベル低い所の話じゃネェって」
勇者「魔物を倒しながら行けば良い。この街の港までは」
勇者「歩いてもそれ程掛からない」
魔法使い「そうね。川沿いを行けば……半日、かしら」
戦士「んで、港街から北の方に一気に行くのか?」
僧侶「一度魔導の街へ行ってみても良いのでは?」
魔法使い「あ、それ賛成!一回行ってみたかったのよ!」
勇者「魔導の街?」
僧侶「ええ。魔法の道を志す者には、得る物の多い街だと聞いた事がありますよ」
僧侶「最近、大きな図書館も出来たとか」
魔法使い「……本、か。アンタ読書とか好きそうよねぇ」
僧侶「貴女は苦手そうですね」
魔法使い「……にっこり笑って、アッサリそんな事よく言えるわね」
戦士「まあ……俺らには関係無いけど、良いんじゃないか?」
僧侶「勇者様も魔法を使われるのですし、良いんじゃないでしょうか?」
魔法使い「関係無いのはアンタだけよ、戦士」
戦士「仲間はずれにしないでくれる!」

150: 2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN ID:fbHWPVOjP
勇者「んじゃ、まあ……取りあえず、港街に行って」
勇者「それから、一応魔導の街、とやらに寄ってみるか」
僧侶「ええ、そうしましょうか」
魔法使い「後は、それから考えましょ」
戦士「レベルと相談、だな」
僧侶「では……お話もまとまった所ですし、行きましょうか」

……
………
…………

魔法使い「良い気持ちー!川沿いって気持ち良いわね!」
僧侶「余り端っこ歩くと落ちますよ」
戦士「この川をまっすぐ行ったら、森を抜けるのか?」
勇者「そうだと思う。と……王様から貰った地図によると、だが」
戦士「おい、マジでもうちょいちゃんと道歩けって!魔法使い!」
戦士「水辺には魔物も多いんだぞ!」
魔法使い「大丈夫よー。僧侶もおいでよ、気持ち良いわよ」
僧侶「泳げないので遠慮しておきます……濡れて、風邪引くのもいやですし」
魔法使い「かっわいっくな…… ……ん?」グイ
魔法使い「きゃああああああああああああああああああ!!」バッシャン!
僧侶「……言わんこっちゃない」ハァ
僧侶「魔法使いさん、大丈…… ぶ、  きゃあ!」グイッ バシャン!
戦士「何遊んでるんだかな、あの二人は……」
勇者「……ッ 魔物だ!」タタタ
戦士「え!? ……あ、ちょ、勇者様……!」タタ

ギャア、ギャア!

魔法使い「ぷ、は……ッ 糞、今が暖かい季節で助かったわ」
魔法使い「これは、お礼よ……炎よ!!」ボゥッ
僧侶「あ、足、 ……ッが……ッ」
勇者「僧侶!」タタ……ッ ガシ、グイ!
僧侶「ゲホ、ゴホッ」
戦士「トドメ、だあああああああああああ!」ザシュ!

ギャアアアアアアアアアアアアアアア!
ドボォオオン…… ……

戦士「……大丈夫か、水も滴る良い女」グイ
魔法使い「嫌味?」
戦士「半分な……だからちゃんと歩けって言ったでしょ」
魔法使い「……フン …… ……ありがと」
戦士「おう」
勇者「大丈夫か、僧侶」
僧侶「すみません…… 大丈夫です」
僧侶「魔法使いさん……」

151: 2013/07/09(火) NY:AN:NY.AN ID:fbHWPVOjP
魔法使い「ん?アタシは大丈夫よ……」
僧侶「いえ……貴女に引っ張られたのかと思って。ちょっと怨みました」
僧侶「ごめんなさい」
魔法使い「……ッ アンタ、本当に良い性格してるわね……!」
僧侶「褒めても何も出ませんよ」
魔法使い「褒めてないわよ!」
戦士「おいおい……」
勇者「……ま、まあ。大した事無くて何より、だ」
勇者「先を急ごう。日が暮れる迄には港に着かないと」
魔法使い「ああ、そうね……あら?二手に分かれてる……わよ、道」
勇者「そっちの登り道は丘に出る……墓があるそうだよ」
戦士「墓?」
勇者「ああ。俺は覚えて無いけど……昔、側近……えっと」
勇者「親代わりみたいな人に連れて行って貰った事があるそうだ」
僧侶「勇者様が宣言された時に、一緒に居られた方ですね。ご年配の……」
魔法使い「ああ。あの緑の瞳の人ね」
勇者「…… ……見てたのか」
戦士「そりゃそうだ。あの街に住んでりゃ、なぁ」
勇者「……聞くの忘れてたな。皆始まりの街の出身、なのか?」
魔法使い「私は、母の遠い親戚が魔導の街に居るって言ってたわ」
僧侶「え?そうなの?」
魔法使い「随分仲が悪いらしいけどね。あんまり詳しく話してはくれた事が無い」
戦士「俺の父はあの街の騎士だよ。下っ端だけどな」
僧侶「私は暫く宿に泊まってました」
勇者「え?じゃあ……住人じゃないのか」
僧侶「両親は名も無い小さな集落に住んでいます。ここまで送って貰ったんですが」
僧侶「もう、帰ってしまいました」
勇者「何故、と聞いても良い……のかな」
僧侶「勇者様の旅について行きたかった、では駄目ですか?」
勇者「え。いや……駄目、じゃ無いけど」
僧侶「私と歳も変わらないだろう、光の子……と言われる勇者様に」
僧侶「どうしても、会いたかったんです」
魔法使い「……情熱的ぃ」
戦士「茶化してやるなよ」
魔法使い「これこそ褒めてんのよ!」

158: 2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:L7TbiZE5P
勇者「おい、煩い……でも、さ。俺が……僧侶を選ぶ可能性は」
勇者「100%じゃなかっただろ?」
僧侶「勿論、そうですけど。でも……選ばれないかも、と」
僧侶「始まりの街へ残らない選択肢は、無かったんです」
僧侶「やってみて駄目なら、仕方無いですけど……でも、ね?」
魔法使い「追っかけて行きそうよね、アンタなら」
僧侶「駄目だったら、ですか? ……そうだね」
戦士「おいおい……」
勇者「……そんなに、良いモンか?勇者、て」
魔法使い「何言ってんの、貴方……」
勇者「あ、いや…… まあ、ほら、物心ついた時から、さ」
勇者「……ずっと、俺は魔王を倒すんだ、て言われてきたから、さ」
僧侶「不安、ですか?」
勇者「…… ……否、とは言い切れないかな」
戦士「まあ……しゃあない、んじゃね?俺たちもそうだけど」
戦士「勇者様だって、レベル自体は低い訳だし」
勇者「うん……なにげに、さっきの初実戦だったしな」
戦士「……俺も」
魔法使い「その割にはあっさりだったじゃないの……ま、まあ、私もだけど」
僧侶「皆で高めていけば良い……んじゃないかな、仲間なんだし」
勇者「そうだな。助けなきゃ、て思ったら……勝手に、身体が動いた」
戦士「……だよな」
魔法使い「あっさりしたデビュー戦だったわね」
戦士「これからは、そう簡単にも行かないさ」
戦士「……最終目標は、魔王だ。気合い、入れないとな」
僧侶「そうだね……あ!港見えてきましたよ!」

159: 2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:L7TbiZE5P
魔法使い「あ……ッ 待って、待って……のりまーす!!」タタタ
戦士「あ、コラ!先に行くなよ!」タタタ……
勇者「……どうにか間に合った、か」フゥ
僧侶「この大陸の魔物はそれ程強く無い、って聞いてます」
勇者「そう……らしいな。俺も、この島から出た事無いからわかんないけど」
僧侶「大丈夫。その為の私達です。仲間……です」
僧侶「折角、こうして願いが叶ったんだもの。頑張りましょう、勇者様」
勇者「……うん」
魔法使い「ほら、勇者様、早く早く!」
戦士「置いてっちまうぞ!」
勇者「楽しそうだなぁ、あの二人……」
僧侶「行きましょうか」
勇者「ん……船か。船も初めてだなぁ」

フネガデルゾー!
ザ、ザ…… ……ザザァン……

魔法使い「んー!良い風!」
戦士「すっげぇ!どんどん遠くなっていく!」
勇者「子供か」クスクス
僧侶「でも、本当に気持ち良い」
勇者「港街まではそんなに時間も掛からないって言ってたな」
戦士「甲板も良いけど、折角船室が着いてるんだ。ゆっくり休んどこうぜ」スタスタ
魔法使い「そうね。すぐって言ったって数時間かかるんだし……ほら、行こう僧侶」
僧侶「ええ……勇者様は?」
勇者「先、行ってて。すぐに行く」
勇者(……光の勇者、か。始まりの街で、城に呼ばれた時や)
勇者(女剣士に剣を習うために、出向いた時……)
勇者(街でも、何処でも……金の瞳の奴なんて、見た事無い)
勇者(…… ……)
女「あ、あのう……」
勇者「うん?」
女「その、瞳の……色。貴方、勇者様、ですよね?」
勇者(……俺が知らないのに、皆は俺を……否、『勇者』を知ってる)
勇者「……はい。何か?」

160: 2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:L7TbiZE5P
女「私は少し離れた村から乗って来たのですが……勇者様が」
女「始まりの街から、旅立たれた、と噂を聞いていて……それで……」
勇者(そんなに、緊張しなくて良いのに。俺は……そんな特別な物じゃ無いのに)
女「まさか、会えると思わなくて……!あの!」
女「頑張って下さい!頑張って……魔王を、倒して下さい!」
勇者「……うん。ありがとう」
勇者「大丈夫、『勇者は、必ず魔王を倒す』から」
女「は、はい……!」ペコ。タタタ……
勇者「……俺は、そう、言い続けられて来た、から」ボソ
勇者(皆、『勇者』に期待してる。俺は、勇者だけど……)
勇者(……俺じゃ無いみたいだ)スタスタ

カチャ、パタン

魔法使い「あ、来た来た。ねえ、勇者様!」
勇者「ん?」
戦士「あのさ、光の剣、って奴、見せて貰えないか?」
勇者「あ、ああ……良いよ」シャキン
僧侶「見た感じ……普通の剣とあんまり変わらない、ね」
魔法使い「うっすら光ってる、かしら?」
勇者「南の島にあった稀少な鉱石、って奴で」
勇者「鍛冶師……様、が鍛え直してくれたんだ」
勇者「それまではぼろぼろで、剣の形なんかしてなかったんだよ」
戦士「騎士団が派遣されて持ち帰った、て奴だな」
魔法使い「ああ、そうか……アンタのお父さん、騎士団の人なのよね」
戦士「親父はあの派遣に参加はしてないけどな」
戦士「ありゃ、本当に少数精鋭で行ったんだろ?」
僧侶「勇者様も参加されたんですか?」
勇者「ああ……まあ、一応」
勇者(……王子が危険にさらされた時に、俺が……無意識で光の魔法を使ったんだろうと)
勇者(後から聞いた。三つ頭を倒し……あ、そうか)
勇者(初実戦、あれか……覚えて無いけど)

161: 2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:L7TbiZE5P
戦士「親父も騎士団の仲間に聞いても、あんまり教えてくれなかったって」
戦士「過酷な戦いだったんだろ?」
魔法使い「何楽しそうな顔してんのよ……」
勇者「みたい、だな。俺は本当に参加しただけで、何もしてないよ」
勇者「『勇者』に怪我させたりする訳には行かなかったんだろ」フゥ
僧侶「…… ……」
魔法使い「もっと神々しいのかと思ってたわ」
戦士「おい、そんな言い方……」
勇者「いや、正解だ。鍛冶師、様にも言われてる」
勇者「剣として使用できる体裁を整えただけ、だとか何だとかな」
魔法使い「え?」
勇者「魔法剣ってのは……まあ、難しいそうだ、色々と」
勇者「俺も良くわかんないけどさ」
魔法使い「んー、剣としては使えるけど、真価は発揮される状態じゃない、て事?」
勇者「多分、な。光の剣は勇者の剣。だから……」
勇者「『勇者が持てば、真価を発揮する筈だ』って言われてるけど」
僧侶「……どう、なんです?」
勇者「実際戦闘で使うのは、こっちだからなぁ」シャキン
戦士「お……王国の剣か。紋章が入ってる」
魔法使い「あら、本当……でも、これって」
魔法使い「騎士団の人用、じゃ無いの?」
勇者「……旅立つ前に、王子と交換したんだ」
魔法使い「王子様!」
僧侶「上の王子様は、騎士団に入団されたんですよね」
戦士「交換、って……」
勇者「まあ、友人だ、しな」
魔法使い「流石勇者様ねー!」
僧侶「…… ……」
勇者「…… ……」
戦士「親父も持ってたなぁ。そういえば」

162: 2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:L7TbiZE5P
僧侶「あの。お話ぶった切るんですけど」
魔法使い「ん?」
僧侶「敬語、やめて良いですか?」
戦士「何だよ急に」
魔法使い「別に……良いんじゃないの?歳もそんなに変わらないだろうし、ねぇ?」
勇者「……どうした?」
僧侶「仲間、だから良いかなって」
勇者「そりゃ、別に……」
僧侶「うん。じゃあ……勇者、って呼んで良いかな」
勇者「……え?」
僧侶「何か、よそよそしい。『仲間』なのに」
僧侶「そりゃ、『勇者』は特別。特別だけど……」
僧侶「『貴方』は『貴方』でしょう」
勇者「……ややこしい」クス
魔法使い「まあ……確かに。勇者さ……勇者も、さっき言ってたしね」
魔法使い「『勇者ってそんなに特別か』」
勇者「あ……うん、まあ」
僧侶「『光に選ばれし、運命の子、勇者』でしたっけ」
戦士「王様が言ってたな。そんな事」
魔法使い「否定はしないわ。確かに貴方は特別な子」
魔法使い「魔王を倒す為に産まれた光の子」
魔法使い「……でも、勇者は勇者よね?」
勇者「……俺は、魔王を倒す為に産まれた。狭い世界しか知らないけど」
勇者「金の瞳の奴なんて、見た事無い。皆、『勇者』ってだけで」
勇者「俺を知ってるんだ。否……『俺』じゃないな。『勇者』を知ってる」
戦士「……気にしてた、のか?」
勇者「そういう訳じゃないけど……でも。うん……上手く言えない、けど」
僧侶「気になったの。『勇者』って言われる度に、顔が曇っていくから」
勇者「俺?」
僧侶「そう……さっき、変な事いってごめんなさい」

165: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
勇者「いや……良いんだ」
勇者「……解ってる、つもりなんだよ。『勇者』である自分も、自分だって」
勇者「それが無いと、俺じゃないからさ」
勇者「ただ……期待、ってやっぱり重いよな」
戦士「倒さないといけない、か」
勇者「ああ。『勇者は必ず魔王を倒す』とか、言い切っちゃったからな」
僧侶「自分に言い聞かす事も大切。それで自信がついて」
僧侶「気分が楽になるなら、良いんじゃないかな」
魔法使い「そうよ。本当に倒しちゃったら、それは真実ですもの」
魔法使い「気にすること無いわ」
戦士「早いに越したことは無いだろうが、ゆっくりでも問題無いだろ?」
勇者「え?」
戦士「充分にレベルあげて、万全の状態で魔王に挑もうぜ」
戦士「期限がある訳じゃないんだ」
僧侶「無い訳でも無いけどね」
戦士「……そ、そうだけど」
勇者「うん……まあ、遊んでるつもりはないけど」
魔法使い「少しずつやっていけば良いのよ」
魔法使い「その……側近?て人だって」
魔法使い「実戦経験積んで、色々……さ」
魔法使い「そういう、準備期間を持つことも含めて」
魔法使い「貴方を、私達を旅に出させたんでしょ」
勇者「……そっか」
僧侶「そうだね。そうじゃ無きゃ、騎士長様とか、その側近、て言う人とかと」
僧侶「勇者が旅に出れば良かった、なんて事にもなるよ」
勇者「……うん」
戦士「側近、て盲目じゃネェの?」
魔法使い「そうなの?」
勇者「あ、ああ……よく知ってるな」
戦士「親父が言ってたけど」
僧侶「噂、って怖いわね」

166: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
魔法使い「魔王や勇者の事だって、そうでしょ。怖い物よ」
魔法使い「畏怖や期待を込めて……話は色々加速していく」
魔法使い「これから、私達だって気をつけないといけないわよ」
魔法使い「噂、に惑わされない様に」
勇者「そうだな……ちゃんと、真実を見極めないとな」
僧侶「そうして、貴方は本当の勇者になって行くのよ」
僧侶「今はまだ、自信が無くても……大丈夫」
戦士「おう。俺たちも居るんだ。まだ……弱いけどな」
僧侶「私達は信じてる。貴方が勇者で、必ず、魔王を倒すと言う事」
勇者「……『願えば叶う』か」
魔法使い「え?」
勇者「側近……否、だけじゃない」
勇者「王様も、鍛冶師様も、女剣士……騎士長も」
勇者「皆、揃って……良く、口にしてた」
僧侶「良い言葉だね。『願えば叶う』」
魔法使い「叶えるのは私達よ」
戦士「そうだな。『勇者は必ず魔王を倒す』」
勇者「……ありがとう」
僧侶「どういたしまして」
魔法使い「そろそろ、着くんじゃ無いかしら」
戦士「だな……甲板の方が騒がしい」
僧侶「今日は宿を取らないと行けませんね」
魔法使い「明日、情報収集をして、魔導の街に向かいましょう」
戦士「良いモン食おうぜ、折角なんだし」
勇者「旅行じゃネェんだぞ、戦士」
僧侶「鋭気を養うことも大事よ」
勇者「良し……行くか!」

……
………
…………

167: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
コンコン

使用人「側近様、居ます?」
側近「おう」

カチャ

使用人「……使い魔、声ガラガラでしたけど」
使用人「せめて交代させてあげて下さいね」
側近「いや、つい……悪かったな」
使用人「私が読みましょうか」
側近「読みたかった物は大体読んで貰ったよ」
使用人「何を……調べていらしゃったんです」
側近「まあ、手当たり次第、と言うか……昔に読んだだろう奴もさ」
側近「もう忘れちゃってたりもするしね」
使用人「『魔の生態』『加護と性質』『薬草について』『魔力の源』……本当に手当たり次第ですね」
側近「……どうにか、魔王様の暴走を押さえられる方法は無いもんか、とね」
使用人「船長さんには手紙、書きましたよ」
側近「一方通行ってのが痛いよな……まあ、そもそも俺には出来ないから」
側近「使用人ちゃんは凄いと思うけど」
使用人「私に出来るんですから、側近様には容易いと思いますけど」
側近「若い頃なら、ねぇ……」
使用人「……何を仰るのです」
側近「事実だよ……なあ」
使用人「はい?」
側近「以前、昔話、って称して……話した事、覚えてるか?」
使用人「勿論です」
側近「……あの時も、書庫の本片っ端から漁って」
側近「ジジィの方の魔導将軍と、調べたんだけどな」
側近「……后様の、あの奇病の正体は分からなかった」
使用人「先代様の奥様……前魔王様のお母様、が」
使用人「どうだったか、は……もう、解らなかったんですよね」
側近「そうだ。もし同じであったなら」
側近「……そういうモンだ、と納得……て、言うのもおかしいが」
側近「……できた、んだけどな」
使用人「『魔王』と言う強大な魔力を持つ者を孕む代償、ですか」
側近「似てね?」
使用人「え?」

168: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
側近「その代償、ってのが真実とあるとして、って前提になるが」
側近「……姫様の話とだよ」
使用人「エルフの長を産む者は……ですか」
使用人「似てます……と、言うか、一緒ですね」
側近「だよな……でも、確かめる術が無かった」
側近「前魔王様は、先代の頃の参謀達を片っ端からぶっ頃したからな」
使用人「…… ……推測になってしまいますね」
側近「ああ……」
使用人「で……その話と、何か関係があるんですか?」
側近「いや……まあ」
側近「産む者、に……同程度の力があればどうだったのかな、と思って」
使用人「?」
側近「まあ、もし……だけど。そうであれば、あんな風に」
側近「崩れ落ちて氏んでしまったり、しなかったのかな、と」
使用人「力があれば……受け入れる許容も大きいでしょうし」
使用人「相殺、されたかもしれませんね」
側近「……そう、それ」
使用人「え?」
側近「相殺、だ。多分……魔王様の暴走を押さえようとしたらそれしかない」
使用人「…… ……」
側近「俺が暴走した時は、前魔王様に……まあ、ぶっ飛ばされて」
側近「止まった。使用人ちゃんはどうだった?」
使用人「……抱きしめて下さいました」
側近「…… ……理不尽」
使用人「ほっぺた膨らまさないで下さい。可愛くないです」
側近「酷い! ……ま、まあ、良い。それってさ、結局……相殺だろ?」
側近「俺の場合は、力をぶつけ合った。使用人ちゃんの場合は押さえ込んだ」
使用人「……まあ、相殺と表現してもおかしくは無いかと思いますけど」
側近「だから……俺が、魔王様の力を魔力で押さえ込めば……」
使用人「それは無茶です。そもそもの魔力量が違いすぎます!」
側近「何時までも持つとは思わネェよ」
側近「だが、今なら……まだ、ああやって身体も不自由な侭」
側近「唸ってる位だったら……」
使用人「……有効でしょうが、やはり限度があります」
使用人「それに……!」

169: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
側近「俺の身が持たん、か」
使用人「…… ……」
側近「……だが、方法はそれしかない」
側近「あれはただの『器』だ。『中身』は勇者が……持って行った」
使用人「ですが、勇者様は人の子です。魔としては……器であれど」
使用人「その、魔力は……!」
側近「健在、だろうな、勿論。多少のパワーダウンは……まあ、してくれてれば」
側近「ありがたいけどな」
使用人「…… ……これは、推測に過ぎません。けど……」
側近「ん?」
使用人「目を……側近様に与えた時点で、それは……パワーダウン、でしょう」
側近「……まあ、そうだな。身を削ってる、訳だから」
使用人「矛盾しません?」
側近「え?」
使用人「后様のお話を聞いて、思っていた……んですけど」
使用人「『魔王』と言う者を孕み、生み出す代償として、身を崩して消えてしまう程」
使用人「強大な魔力、なのに」
使用人「側近様は、そうじゃ無かった」
側近「…… ……」
使用人「孕んで、産むって過程を差と捕らえれば、一緒には出来ないかも知れないですが」
使用人「内包するのは同じです。まあ……一部、と全てでも、勿論差はあると思うんですけど」
使用人「でも、その違いって何でしょう?」
側近「違い……性別?」
使用人「……ま、まあそれも勿論違いますけど、それじゃ無くて」
側近「…… ……んん?」
使用人「私達、一度……魔王様のお力を与えられていますよね」
側近「……魔族化」
使用人「て、事は?」
側近「??」
使用人「元、人間、です」
側近「!」
使用人「……しかも、側近様は、魔王様が勇者様として生まれ変わられた時に」
使用人「光を、奪われている。急激に老けはしましたけど……」
使用人「『与えられ』て『奪われ』た」
使用人「『受胎』して『出産』した」
側近「…… ……同じと考えられる、と言うのか」
使用人「些か乱暴かもしれませんけど」
使用人「脆いはずの人間は耐えられて、どうして……純粋な魔族には耐えられないのでしょう」

170: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
側近「そ、れは…… ……」
使用人「……答えは、わかりませんけど」
使用人「そういう物だ、って言われてしまえば、それまでです」
使用人「……誰も、言ってくれません、けど」
側近「俺が……元人間だからまだ、生きていられる、か」
使用人「…… ……」
側近「『欠片』 ……てのは、ひょっとしたら俺の事か?」
使用人「え?」
側近「……いや、違うな。あの時、確かに……どこかへ飛んで行った、んだな」
使用人「はい。側近様から光が発せられました」
使用人「『魔王様の目』が……奪われていった、んだと思いますよ」
使用人「ついでに……貴方の光、も奪っていった」
側近「だよな。そんで、残照……の、おかげで、俺は生きてる」
使用人「……長く、貴方の中にありましたから。同化してる部分はあっても」
使用人「おかしくは無いのでしょう」
側近「……それをぶつけて、相頃したら。確かに……俺は氏ぬ、な」クス
使用人「……笑い事じゃありませんよ」
側近「じゃあ、他に方法は?」
使用人「……私も、手伝います」
側近「延命措置? ……ありがたいけど」
使用人「そんな言い方しないで下さい。私の魔の部分の根っこには……」
側近「そうだな。確かにそれも『魔王様の欠片』……魔王様の魔力、だ」
使用人「…… ……」
側近「俺だけで駄目そうなら、頼むよ。それまでに勇者がたどり着くだろう事を」
側近「祈ってる、けどね」
使用人「…… ……でも、確かに」
使用人「私達も、魔王様の欠片、ですね」
側近「……あの光は、何処に行ったんだろうな」
使用人「解りません。ですが……全て集めないと『魔王』は倒せない」
使用人「勇者様が……拾ってきて下さるのです。きっと」
使用人「『願えば、叶う』んです」
側近「……他人任せっぽくて、厭だなぁ」

171: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
使用人「そんな事言ってしまえば、全て勇者様任せ、じゃ無いですか」
側近「そりゃ、そうだけど……」
使用人「……時間が無い、とは思いたく無いですけど」
側近「それもあって、早めにあの街を放り出したんだ」
使用人「……側近様」
側近「ん?」
使用人「始まりの街から、此処までの転移で、魔力を使われているでしょう」
使用人「休息で……戻る程度の物では無い筈です。ですから……」
側近「……解ってるよ。しかしな、船で此処まで戻って来ようと思うと……」
使用人「それこそ『時間が無い』」
側近「ああ……ほんと、ギリギリ、だな……色々と」
使用人「まだ間に合います。後は……船長さんが……」
側近「魔除けの石、か……どれほどの効果があるかわかんネェけどな」
使用人「たかだか人、と侮れないのかもしれませんよ」
使用人「魔に変じたり……人にしか出来ない事もあるんです」
側近「回復魔法もそうだよな。姫様も言ってたが……」
使用人「『強くて弱い、人間だけの特権』?」
側近「だったかね」
使用人「不思議ですね……」
側近「だから、『勇者』は『人間』なのかもな」
使用人「……本当に、規格外ですよ。魔が、人に転生するなんて」
側近「魔王様か? ……分裂、って言った方が良いのかもな」
使用人「…… ……なんかいやですね、その言い方……よ、いしょ」ドサ
側近「? ……何してんだ」
使用人「貴方が手当たり次第に散らかすから、かたづけるんです!」
側近「…… ……すみません」
使用人「埃が立ちますよ……一人で歩けます?」
側近「出てけって事かい」
使用人「まあ、そうです。片付きませんから」
使用人「……貴方のお部屋、その侭にしてあったでしょう?」
使用人「のんびり、寛いできてください」
側近「はいはい……んじゃ、お任せしますよ」スタスタ
側近「……ありがとな」

カチャ、パタン

使用人「…… ……」

172: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
使用人「……」ハァ
使用人「さて、片づけて……ッ きゃ……ッ」グラ……バサバサバサ!
使用人「……ああ、もう!」
使用人「仕方無いけど、本当にもう……折角整理したのに……ん?」
使用人(本棚の後ろに、一冊…… ……手、届…… ……い、た!)
使用人「……わ、埃が」ケホッ
使用人(汚れてるけど……落丁はしてなさそう)パンパン
使用人(随分……立派な紫の表紙。見た事無いな……見落としてた?)ペラペラ
使用人(…… ……夜にでも読んでみよう、かな)

……
………
…………

勇者「おい、戦士。お前いい加減にしろよ!」
戦士「良いじゃネェかちょっと位……わ、わ……ちょ、ひっぱんな……!」ズルズル
勇者「通る度に引っかかるな!」
戦士「顔真っ赤にしちゃってぇ……可愛いなぁ」ニヤニヤ
勇者「……ぶん殴るぞ、お前……!」
勇者「娼館になんか、用事無いだろ!」
戦士「別に入らないって。挨拶ぐらい……」
勇者「駄目!」
戦士「……なんだよ、立派な仕事だろうが」
勇者「そういう意味じゃ無い!そんな事は思ってない!」
戦士「はっはぁん……」ニヤ
勇者「……なんだよ」
戦士「まあ、ね。アレだね。娼館のお姉ちゃんと話してるとこ」
戦士「僧侶に見られたら困るもんな、うん」
勇者「何でそこで僧侶が出て来るんだよ」

173: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
戦士「んー?熱烈な告白されてたじゃネェか、ん?」
勇者「……そ、そういう意味じゃネェだろ、あれは!」
勇者「『勇者』について行きたい、って……彼女は……」
戦士「船での話じゃネェけど、『勇者』は勇者、だろ?」
戦士「この港街の情報収集だって、本当は僧侶と行きたかったんじゃネェの」
勇者「……お前……ッ」
戦士「顔真っ赤にして凄んだって、怖くないねぇ」ニヤニヤ
勇者「そんなんじゃネェって……!」
僧侶「何がそんなんじゃないの?」
勇者「うわ!」
戦士「おう、お帰り……あれ、魔法使いは?」
僧侶「丘の上に教会を見つけたの。お祈りしにいこうって言ったら」
僧侶「勇者と戦士を呼んでこいって先に行っちゃった」
戦士「……何怒ってんの、お前」
僧侶「私だって、早く行きたいのに……」
戦士「あー……成る程……」
僧侶「?」
戦士「んじゃ、俺も先に行くわ。僧侶、勇者連れて来てくれよ」スタスタ
僧侶「え? ……一緒に行けば良いじゃない。ねぇ?」
勇者「あ、ああ……うん。そうだよな」
勇者(くそ、戦士の奴……!!)
勇者「……追いかけよう、僧侶。早く行きたいんだろ?」
僧侶「うん……戦士、足早いんだから」
僧侶「……大丈夫?勇者」
勇者「え?」
僧侶「顔、赤いよ」ピト
僧侶「……熱くは無いね、おでこ」
勇者「……ッ へ、平気、だから」フイッ
勇者(ひ、額同士くっつける奴があるか!手で良いだろうに……)
勇者(……糞、変な事言うから、妙に意識しちまうじゃネェか……!)

174: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
……
………
…………

魔法使い「あら、戦士一人?」
戦士「おう……押しつけてきた。そういうつもりで言ったんじゃネェの、お前」
魔法使い「ふふ、鈍そうに見えるからちょっと心配してたけど」
戦士「一番鈍いのは勇者じゃネェの」
魔法使い「……僧侶でしょ。天然っぽいわよ」
戦士「そうかぁ?あんな告白さらっとしちまうのに?」
魔法使い「前言撤回、アンタもやっぱ鈍いわ」
魔法使い「さらっとしちゃう天然ちゃんだから、でしょ」
戦士「……あ、成る程ね」
魔法使い「まあ、まさか勇者様に一目惚れ!」
魔法使い「……なんて、訳じゃ無いでしょうけど」
戦士「どうだかなぁ。勇者はまんざらでもなさそうだったぜ……て、ああ。来た来た」
魔法使い「勇者、僧侶!こっちこっち!」
僧侶「もう、魔法使いも戦士もズルイ!」
魔法使い「ちゃんと勇者呼んできてくれたのね」
僧侶「もう、仲入った?」
魔法使い「まだよ……ほら、二人でいってらっしゃい」
僧侶「え?でも……」
魔法使い「私、先に裏に回ってみたいの。ほら、戦士、行くわよ!」グイ
戦士「……え、俺も?」ズルズル
勇者「…… ……あいつら……」
僧侶「勇者も、向こうに行きたい?」
勇者「え……ああ、いや。中も見たいよ……行こうか」
僧侶「うん」スタスタ

カチャ

僧侶「すみませーん」

175: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
女神官「はい? ……ああ、ようこ……そ…… まあ……!」
勇者「…… ……」
女神官「金の髪、金の瞳……貴方が、勇者様、ですか……!」
勇者「……はい」
僧侶「あ、あの……入ってもよろしいでしょうか?」
女神官「ええ、勿論ですとも……ああ、神よ、感謝致します……!」
勇者「…… ……」
僧侶「……勇者」
勇者「うん……解ってる」
女神官「噂で、聞いておりました。始まりの街から、勇者様が旅立ったと」
女神官「……盗賊さんや鍛冶師さんは、お元気ですか」
勇者「え!? ……知って、いるんですか?」
女神官「今はもう、王様、とお呼びしなければいけませんね」
女神官「……勿論、知っていますよ。あの方達は……」チラ
女神官「……あちらの方々は、お友達、ですか?」
勇者「え? ……あ、窓……そうです」
僧侶「……お墓、ですか?」
女神官「ええ……この、教会を作られた偉大な神父様のお墓、です」
女神官「……失礼、話を逸らせてしまいましたね」
女神官「盗賊さんと鍛冶師さんは……この教会で結婚式を挙げられたのですよ」
僧侶「そうだったんですか……」
女神官「ああ、気がつかれましたね……」オイデオイデ
女神官「まさか……勇者様達が此処に立ち寄って下さるとは思いませんでした」
女神官「折角ですから、お茶にしませんか。あのお二人のお話、聞かせて頂けませんか」
勇者「あ……俺も、聞きたいです」

カチャ

魔法使い「失礼します……」
戦士「おう……」
女神官「さあ、お二人ともどうぞ……お茶をお入れしますね」

……
………
…………

176: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
僧侶「……王様と鍛冶師様、凄い方だったんですね」
魔法使い「港街作ったのって……あの二人だったんだ……」
女神官「ええ。人が増えられたと言う事で、始まりの街の方へ引っ越されたのですよ」
女神官「今でも、とても立派な王様と聞いています。あの国も随分栄えたのでしょう」
女神官「お子様にも恵まれた様で、何よりです」
女神官「……もう、二人のお母様、だなんて。私も歳を取る訳です」クス
魔法使い「さっき、私達が見たお墓が、この……教会を作った神父様って仰ってましたけど」
魔法使い「貴女の……お父様、ですか?」
女神官「え?いいえ……聖職者の鑑の様な方でしたから」
女神官「生涯、婚姻はされませんでしたよ」
戦士「うわぁ……」
魔法使い「コラ」
僧侶「聖職者、様って……その、駄目なのですか、結婚、とか……」
女神官「いいえ、そういう訳では……ですが」
女神官「敬虔であられました、から。神に仕えると誓った以上」
女神官「俗世での交わりは、とね」
勇者「……あの、さっきから気になってたんですが」
勇者「その、像は……」
女神官「ああ……これ、ですか」
僧侶「私も、気になってたんです。腕が……」
魔法使い「折れちゃった、んですか?」
女神官「いいえ……この像のモデルとなった方は」
女神官「……事情がありましてね。隻腕の祈り女だったのです。それはもう……」
女神官「神父様にも劣らぬ程の、敬虔な方だったと聞いています」
戦士「事情、って……」
女神官「…… ……とある魔族にもぎ取られたのだと」
勇者「!」
僧侶「え!?」
女神官「私も詳しくはお聞きしていないのですが」
女神官「……神父様は、実の娘の様に可愛がっていらしたそうですよ」
魔法使い「酷い……!」

177: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
戦士「その……人は、今はこの教会には居ないのか」
女神官「……神父様より、随分前にお亡くなりになりました」
勇者「…… ……」
女神官「始まりの大陸の小さな、丘はご存じですか?」
勇者「あ……はい。覚えて無いんですが、小さい頃に」
勇者「連れて行って貰った事があるらしいんです」
魔法使い「誰かのお墓があるって言ってたわね」
勇者「ああ」
女神官「盗賊さんの、古いお知り合いの方と、この……方」
僧侶「隻腕の祈り女……?」
女神官「ええ。女様、と仰る方だったんですけれど」
女神官「この方の、お墓です」
戦士「……どうして、この裏の墓地じゃ無いんだ?」
戦士「神父様は、そこに……葬られたんだろう?」
女神官「そこまでは……ただ、あの島は祝福された島だと聞いた事があります」
女神官「ですから……敬意を払って、と言う事では無いのでしょうか」
勇者「祝福された島?」
戦士「初耳だな」
女神官「もし、機会があれば」
女神官「あの、丘へ登ってみられると良いですよ」
女神官「花は枯れる事無く咲き乱れ……心地よい風が吹く」
女神官「私も、何時か行ってみたい物です」
魔法使い「……ステキね」
女神官「神父様も、本当は……あの地でお眠りになられたかったかも知れませんが」
女神官「……この教会に仕えていた者達の要望で、あそこに」
僧侶「葬儀、は……残された者達の為、ですものね」
僧侶「寂しさを分かち合い、忘れない迄も、それを乗り越えていく為に」
女神官「…… ……その、他の神官達も、今はもう全て」
女神官「他の土地へと旅立って行きました。私も……もう、若くはありません」
女神官「この教会を。神父様の墓を……守っていって下さる方が、いらっしゃれば」
女神官「……見つかれば、良いのですけれど」

178: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
魔法使い「……見つからなければ?」
戦士「おい」
女神官「建物は朽ち、裏の庭に……一つ、墓が増えるだけです」
魔法使い「あら、駄目よ。貴女が亡くなったら、誰が貴女を墓に眠らすの」
勇者「魔法使い!」
魔法使い「だから、誰かが必要でしょ」
女神官「そう……ですね」
魔法使い「『願えば叶う』んですって。勇者が言ってたわ」
女神官「……まあ」
勇者「え?」
女神官「神父様も、良く同じ事を言っていらっしゃいましたわ」
女神官「……そうですね。神官募集の立て看板でも、出そうかしら」クス
戦士「良いな、それ。ついでに道標も掲げた方が良い」
女神官「以前は……これほど、街が発達する前は」
女神官「この丘へ上がってくる道も、今程解りにくくは無かったのです」
女神官「建物が増え、道が増え……だんだん、ね」
女神官「私の足腰も随分弱りましたから。必要以上に街へ降りていくのも」
女神官「辛いのですよ……」
僧侶「でも、人々の心の中から、神……信仰が消えた訳では無いでしょう」
僧侶「必要とされている限り、無にはならないですから」
女神官「ええ……そうですね」
戦士「難しくて良くわかんネェけど……まあ、何だ」
魔法使い「わかんないなら無理に言葉にしない方が良いわよ」
魔法使い「阿呆がばれるわよ」
戦士「う、煩ェよ!」
女神官「……これを、お持ち下さい」ス
僧侶「これは……魔除けの石!」
魔法使い「魔除けの石……」
戦士「何だそれ」
女神官「魔から身を守る、と言われている、神聖な石、です」
女神官「徳を積んだ聖職者の力が込められた……ただ、それは」
女神官「私が作った物ですから……どれほどの力があるか、解りませんが……」
勇者「でも……頂いて良いんですか」

179: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP
女神官「ええ、どうぞ……神父様の作られた物ほどの効果は期待できませんが」
女神官「これを取り扱う店で買おうと思うと、結構な値になってしまっています、から……」
僧侶「そうね。随分高価で取引されてるのを見かけた事がある」
勇者「貴女は……作られないのですか?」
女神官「…… ……以前は、作っていたのですけれど」
女神官「此処へ直接買いに来られる方も、減ったのですよ」
女神官「今では、魔導の街で生成される物が主流な様ですね」
魔法使い「魔導の街、ね……」ハァ
戦士「何だよ。お前行ってみたかったんじゃないのか」
魔法使い「そりゃ、ね」
僧侶「もう、やめてしまったのですか?」
女神官「……価格だけが一人歩きしてしまってますから」
女神官「神父様の……懸念されていたことでもあるんです。だから……」
戦士「もったいねぇなぁ……旅人には重宝されるだろうに」
戦士「……まあ、聖職者たるもの、なんて言い出すと、わからんでも無いけど」
魔法使い「でも、数が減れば又、高価になっていく……悪循環ね」
女神官「ええ……それに、体力も、ね。だから……一つだけが理由では無いのですよ」
女神官「……精神力も、体力も、魔力も、消費しますから」
女神官「此処を守っていこうと思えば、あまり……寿命を消費したくないな、って」
女神官「それも、あるんです」
僧侶「……良い方がいらっしゃると、良いですね」
女神官「ありがとうございます……此処を出たら、魔導の街へ行かれるのですか?」
勇者「え、ええ……そのつもりです」
勇者「僧侶と魔法使いと……魔法使う人が二人いますしね」
魔法使い「勇者もでしょ」
勇者「まあ……そうだけど」
女神官「以前、ここに居た者も……魔導の街へと行きました」
女神官「私の名を出せば、何か話をしてくれるかもしれません」
戦士「お前、親戚居るんだろ?」
魔法使い「そうだけど……顔も名前も知らないのよ?」
戦士「そうなの!?」

180: 2013/07/11(木) NY:AN:NY.AN ID:NCm0I9awP

引用: 勇者「俺に魔王になれ……と言うのか!」