146: 2013/08/05(月) NY:AN:NY.AN ID:V6mnJzn7P

147: 2013/08/05(月) NY:AN:NY.AN ID:V6mnJzn7P
王子「……『勇者』は、世界に一人しか存在しないのか?」
女剣士「え?」
王子「『光に選ばれし者』……『特別』なのだろう? ……で、あれば……」
王子「……あの、紫の瞳の男が『金の髪の勇者』な筈は無い」
王子「だが、もし……何らかの原因で、『勇者』で無くなったのなら」
王子「魔王を倒した時の力の使いすぎとかで、その力を失ってしまったのなら……!」
女剣士「……『金の髪の勇者』は生きてる、と……?」
王子「……都合の良い仮説なのは解ってるんだ。だけど」
王子「必ず帰ると約束した。だから…… 覚えて無くても良い。力を失い、戻れない、と」
王子「……俺達に、会いたく無いと思ってるのかもしれない」
王子「でも……生きていてくれるなら……!」
女剣士「…… ……」
葬送のフリーレン(1) (少年サンデーコミックス)

148: 2013/08/05(月) NY:AN:NY.AN ID:V6mnJzn7P
女剣士「だが……その男がもし『金の髪の勇者』であるのなら」
女剣士「なぜ……魔導の街に……」
王子「……そ、うだよな……記憶無くして、とかは……流石に、無い、よな……」
女剣士「……真偽はわからん、が。何にせよ」
女剣士「『紫の瞳』の男が、あの街に居るだろう事は間違い無いだろう」
女剣士「どんな事情があるにせよ……『少年』の件がある」
女剣士「……あの領主が簡単に、その男を手放すとは思えないな」
王子「……再三要求してきた移住や、直接の船の行き来の要求も」
王子「ぴたりと止んだ侭だ……妙な事に巻き込まれて無ければ良いが……」
女剣士「…… ……」

149: 2013/08/05(月) NY:AN:NY.AN ID:V6mnJzn7P
女剣士(『少年』はもう居ない。その男が……『金の髪の勇者』で無くても)
女剣士(……彼は、人で無い可能性が高い)
女剣士(しかし……国王や王子に、どこ迄、どう説明する?)
女剣士(盗賊も、鍛治師も……何も話さずに逝ってしまった)
女剣士(今更私が……口にして良いものか……)
王子「ごめん……誰かに言いたかっただけなんだ」
女剣士「国王には?」
王子「まだ何も。俺も混乱してるんだ」
王子「それに……あんな事の後だし、今も……あいつ、必氏だからさ」
王子「せめて……もう少し確証が無いとな」

150: 2013/08/05(月) NY:AN:NY.AN ID:V6mnJzn7P
女剣士「そうだな。私やお前が魔導の街へ行く訳にもいかん……し」
王子「……」
女剣士「その男を、この国で保護する……と言えるだけの理由も無い」
王子「ああ……悪かった。俺が吐きだして、すっきりしたいだけだったんだ」
王子「……前に進まないとな。『金の髪の勇者』も祈り女も…… ……もう」
女剣士「…… ……」
王子「それに、俺には戦士が居る。あいつには……今はまだ、俺しか居ない」
王子「…… ……」
女剣士「…… ……」

国王「では改めて!第二回闘技大会を開始します!」

ワアアアアアアアアアアア!

151: 2013/08/05(月) NY:AN:NY.AN ID:V6mnJzn7P
……
………
…………

キィ

司書「ああ、剣士様……おはようございます」
剣士「……お前だけか?」
司書「? はい」
剣士「何時もはあの犬みたいな顔のバァさんが俺を睨みつけてるのに」
司書「ああ……あの方は暫く始まりの街に行かれていますよ」
司書「お子さんが、闘技大会に出場されるとかで」
剣士「……あれか」ハァ
司書「ええ……どうぞ、本日もごゆっくり」
剣士「……ここにある本全てを読もうと思ったら」
司書「え?」
剣士「どれぐらいかかる?」
司書「え……そ、そうですね、開館から閉館迄居たとしても」
司書「……どうでしょうね。想像もつきません」
剣士「……そうか。悪かった」スタスタ
司書「あ……」
剣士(……必要の無いだろう物が大半。だろうが……)
剣士(知り得る事は全て知りたい……時間だけはある)

152: 2013/08/05(月) NY:AN:NY.AN ID:V6mnJzn7P
剣士(……最近、母親達も見なくなったな)
剣士(興味は無いが……あの、魔法使いと呼ばれた娘)
剣士(……大人の顔色を伺う様に……怯えていた)
剣士(不憫だとは思うが…… ……)
剣士(……闘技大会終了迄後一日、だったか)
剣士(連れられて行っているのかも知れんな)

……
………
…………

魔王(……また、アンタか)
勇者?「…… ……」
魔王(聞こえない、てば……あれ?俺……目が見えなくなった筈なのに)
勇者?「…… ……」
魔王(……金の髪に、紫の瞳)
魔王(俺も……いつかアンタみたいに……否)
魔王(アンタは、俺なのか?)
勇者?「……『選択を誤るな』」
魔王(またそれかよ……残念ながら、もう俺は伝えられないんだよ)
勇者?「まだ間に合う」
魔王(え?)
勇者?「まだ、運命は『輪』の中に」
勇者?「『選択を謝るな』」スゥ
魔王(あ……ちょっと待てよ!)
魔王(糞……ッ 身体、動け!)

153: 2013/08/05(月) NY:AN:NY.AN ID:V6mnJzn7P
……
………
…………

魔王「ウ…… ゥ……」
使用人「!? 魔王様……ッ」
魔王「…… ……」
使用人「…… ……」
使用人(紫の瞳の魔王様の時と同じ……)
使用人(勇者が旅立つ迄……まだ……!)
使用人(いくらなんでも……早すぎる……!)
魔王「…… ……」
使用人「……側近様と魔導将軍様にお知らせしなきゃ……」パタパタ…

パタン

魔王「ウ……ゥ」

156: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
バタバタバタ……バタン!

側近「魔王!?」
魔導将軍「魔王!」
魔王「…… ……」
使用人「…… ……」
側近「……変わらない、な」
魔導将軍「唸ってた、のよね?」
使用人「ええ。少しだけ、ですが……」
側近「……魔王?」ツン
魔王「…… ……」
使用人「落ち着いて居て下さるのなら良いのですが……」
側近「何か感じるか?」
使用人「いえ……これと言って特に、魔力の増大などは」
使用人「それに……あれは、はっきりと解ります。もう、魔となられた」
使用人「お二方にも……勿論」
魔導将軍「だったら……今の所まだ、大丈夫そう、よね?」
使用人「…… ……はい、と言いきって良い物か」
側近「まあ……取りあえず、俺と使用人がいれば大丈夫だろう」
側近「お前は予定通り、行ってこい、魔導将軍」
魔導将軍「そうね……あっちも、放ってはおけないし」
使用人「そう……ですね」
側近「船長に頼むよりかは早い、んだろ?」
魔導将軍「やってみない事にはわかんないけどね。まさか」
魔導将軍「休憩無しで行く訳にも、昼間に堂々と飛んでく訳にも、ねぇ」
使用人「……狙撃されない様にしてくださいね?」
魔導将軍「街の近くは避けて行くから、どうしても時間は掛かるでしょうけど」

157: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
側近「……北の街は避けて行けよ、特に」
側近「それで無くても、お前が飛んでると蝙蝠共が寄ってくるんだから」
魔導将軍「何よ。モテモテな私にヤキモチ?」
側近「阿呆か!」
魔導将軍「……まあ、大丈夫そうなら行くわ」
使用人「はい。お願い致します」
側近「后に宜しくな」
魔導将軍「会えたら……ね」

スタスタ、パタン

使用人「大丈夫……で、しょうか」
側近「あいつなら大丈夫だろ」
使用人「だと良いんですけど……」チラ
側近「……何だ?」
使用人「いえ。最初……偵察を申し出た時」
使用人「てっきり反対されると思ってましたから」
側近「俺か? ……しねぇよ。仲間だもん」
側近「信じてるからな」
使用人「……そうですね」
側近「俺、もうちょっと魔王見てるわ」
使用人「わかりました……では、失礼致します」
側近「うん。暫く二人だし」
側近「……まあ、のんびりしようぜ」

……
………
…………

158: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
パタン

領主「戻ったか……どうだった」
母親「今回も勇者の姿は無かったわ」
父親「本当なのか?あのお触れ……」
領主「もう世界中の噂になっておる……よもや嘘ではあるまい」
領主「……しかし、な」フゥ
父親「まあ……以前もそうだっただろう。旅立ちの少し前まで」
父親「人前には、姿を現さなかった」
母親「まあ……丁度良いわよ。歳も近いだろうし」
領主「ん?」
母親「三年に一度、開催するんでしょう、闘技大会」
母親「お触れを出した前回が三年前、今回、次……次の次、か」
父親「……13.4歳だな」
領主「何の話だ?」
母親「その次でも間に合うわ」
父親「そうだな……勇者のはっきりとした歳が解らんが」
父親「その頃には……」
領主「おい、説明せんか」
母親「魔法使いよ。闘技大会に出させるの」
領主「……ほう」
母親「優勝すれば、勇者の目にも留まりやすくなるでしょ?」
父親「どうせまた、あの登録所で旅の共を探させるのだろう」
母親「そうで無くても、良いわ。覚えがあれば」
領主「旅に同行させることができる、か」
母親「……剣士の方はどうなの」

159: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
領主「三年前と何にも変わらん。毎日図書館に篭もっておる」
領主「……ああ、そういえば身元を保証する書類を書いて欲しいとか」
領主「言っていたが……」
父親「書類?」
領主「……登録所に行きたいのだそうだ」
母親「ああ……『身元』ね。 ……出すの、この街から」
領主「新たな勇者が現れた今、下手な動きは出来んと言っただろう」
父親「魔王軍に着くんじゃなかったのか?」
領主「……剣士が登録所に行く目的は仕事だけだと思うか?」
母親「え……?」
領主「あいつは……『魔王を倒さねば』と言っておった、と言っただろう?」
父親「……『金の髪の勇者』が、何らかの理由で」
父親「魔王を倒した際に、光を奪われあんな姿になったのでは」
父親「って、言ってたな、お父様」
領主「ああ。そして新たな勇者が産まれ、魔王は復活した」
母親「だから、それだったら……あいつは、ただの人、じゃないの!」
母親「……そう、ただの人、よ。魔族でも何でも無い。まだ彼の正体が」
母親「『少年』であった方が利があるわ」
領主「三年前、そう言ってお前は、剣士に近づかなくなっただろう」
領主「だがな? ……あれが本当に少年であっても」
領主「『金の髪の勇者』のなれの果てであっても、構わんのだ」
領主「あいつは、登録所に名を連ね、勇者の旅に同行すると言うのだ」
父親「あれほど……人前に出るのを嫌っているのに、か!」
領主「あれが『なれの果て』であるのなら、魔王に固執する気持ちも解る」
領主「記憶を失ってはいても、無意識下で覚えているのだろう」
母親「……魔法使いと、彼が勇者に同行すれば……」
領主「そうだ。手の内の者が二人、勇者に同行することになる」

160: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
父親「魔法使いはともかく、剣士は言う事を聞く様なタマか?」
領主「『礼はする』と言うていたぞ。何……旅の途中、理由をつけて」
領主「この街に立ち寄らせるだけでも良い。魔法使いも居るだろう」
母親「そう上手くいくかしらね……それに、さっきお兄様も言ったけど」
母親「魔王軍に着く、のはどうしたのよ」
領主「利のある方を見定めてからでも遅くないと言って居るのだ」
母親「ふらふらと蝙蝠みたいに……」ハァ
父親「まあ、固執しすぎて利を見失うのも阿呆らしいけど、な」

163: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
領主「そもそも……少年が魔族であった保証も無い」
父親「高々三年じゃ、見た目の変化もわからんな」
母親「出ていくなら出て行くで良いわ。魔法使いが興味を持って困っていたし」
領主「ほう?」
母親「加護の勉強をさせているとね」
父親「相手にされなくて拗ねてるだけたろ、お前は」ニヤ
父親「『金の髪の勇者』にも、逃げられたしな」
母親「お兄様だって、あの共の女に見事に振られたじゃないの!」
領主「やめないか、見苦しい!」
領主「……肝心の魔法使いはどうなんだ」
父親「今のところ可もなく不可もなく、かな」
父親「母親がスパルタだからな」
母親「あれぐらいで良いのよ。我が家の娘よ。強い力を持っていて当然だわ」
領主「……まあ、良い。そろそろ試さねばなるまい」
父親「ああ。誰か炎使いを用意しておいてくれ」
領主「わかった……今何処にいるんだ?」

164: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
母親「メイドと図書館に行ってるわ」
母親「読ます本は伝えてあるけど」
父親「ああ、あの茶髪のか?あいつ炎の加護持って無かったか」
母親「ああ、そうね……丁度良いじゃない」
領主「では呼び戻させよう……おい、誰か!」

カチャ

剣士「領主、頼んだ物は…… ……ああ」
魔法使い「……た、ただいま戻りました」
父親「これは剣士様……どうしました」
剣士「図書館であったからな。メイドとやらはお茶の準備だと言うから」
剣士「連れて来た」
母親「ああ……申し訳ありません」
領主「丁度良い。面白い物をお見せしましょう、剣士様」
剣士「……?」
母親「魔法使い」
魔法使い「! は、はい!」ビク

165: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
母親「今から、優れた加護の試験をします」
魔法使い「え!?」
剣士「……試験?」
父親「ええ。我が家の者は代々、優れた加護を持って産まれますから」
父親「ま、ただの確認です」
母親「この子は魔力の発現も早かったし、大丈夫でしょう」
剣士「……方法は?」
領主「同じ加護の魔法をぶつけるだけですよ……さ、庭に出なさい」
魔法使い「い、いや……ッ」
母親「心配しなくても大丈夫よ。怖くないわ」
魔法使い(……ッ ばれたら、どうなるんだろう……ッ)
魔法使い(前に……私は、自分の魔法で、手を火傷した……)
魔法使い(私……優れた加護なんて、持ってない……ッ)カタカタ
剣士「……震えてるぞ」
父親「まあ、怖い気持ちは解らなくも無い。だが……大丈夫だ」
父親「お前も大きくなった。この年ではもう」
父親「加護の護りも完成してても可笑しくは無いんだ」
魔法使い「!」ビク

166: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
働いてくる!

168: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
剣士「…… ……」
魔法使い「……ッ」
魔法使い(断ったら、怪しまれる…… でも……ッ)
剣士「もしその優れた加護とやらが無ければどうなる?」
母親「うちの娘がそんな訳ないわ」ムッ
領主「母親…… 無ければ、ですか。まあ、加護が炎なので、火傷はするでしょうな」
母親「あり得ないわ!」
父親「母親」
母親「だって……!」
剣士「そうじゃ無い。扱いが変わるのかと聞いてるんだ」
母親「貴方には関係無いでしょう、剣士様!」キッ
領主「やめなさい……まあ、相応の扱いをいたしますよ。教育と言う意味ですがな」
魔法使い「教育……?」
父親「お前は黙りなさい、魔法使い」
父親「無いなら無いで、他に出来る事を探してやる、と言う意味ですよ」
父親「……他意等ありません」
剣士「…… ……」
魔法使い(助けて……誰か……)チラ
剣士「…… ……」
魔法使い(ああ……ッ)

カチャ

メイド「失礼します。お茶の準備が……」

169: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
領主「ああ……おい。お前は炎の加護を受けているな?」
メイド「私ですか?はい」
領主「よし。庭に出なさい。魔法使いの試験をする」
メイド「私で宜しければ」スタスタ
魔法使い「……ッ」
父親「さ、魔法使いも行くんだ」スタスタ
魔法使い(もう……駄目……私は……)
魔法使い(私は……ッ)
母親「行くわよ」スタスタ
領主「どうぞ、剣士様も」スタスタ
魔法使い「…… ……」ギュ
魔法使い(捨てられる……ッ)
剣士「……心配するな」ボソ
魔法使い「え……?」
剣士「……準備が出来たら動くな」
魔法使い「あ、あの……ッ」
剣士「心配するな……信じろ」スタスタ
魔法使い(……ッ どの道、私は、もう……)
母親「早くしなさい!」
父親「不安な気持ちはわかってやれ」
魔法使い(……ッ)スタスタ

170: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
メイド「宜しいですか、魔法使い様」
魔法使い「……ええ」
魔法使い(信じろ……か。今は、それしか……ッ)
魔法使い(……不思議な紫の瞳)
魔法使い(あの人は無表情だし、殆ど知らないけど……)
魔法使い(お父様やお母様みたいに……私を、蔑んだ目で、見ない)
魔法使い(……駄目で元々だわ)
魔法使い(私には……信じるしか、無い……!)
剣士「…… ……」
領主「遠慮はいらん。魔法使いなら大丈夫だ」
メイド「はい……炎よ!」ボウ……ッ
魔法使い(炎が、こっちに……ッ)ギュ!
魔法使い(怖くて、見れない……!)
剣士「…… ……」

バシュウ……ッ!

魔法使い(熱い! 私は、やはり……ッ)
魔法使い(……あれ?)ソロ……
魔法使い(……服も、肌も……焼けて、ない)
魔法使い(痛くも……無い)
父親「おお……ッ」

172: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
母親「……だから、言ったでしょう」ホッ
剣士(……娘に魔法が届く瞬間に)
剣士(魔法で相頃したが……上手くいったか)
メイド「流石で御座います、お嬢様」ニコ
メイド「……これからは誠心誠意、尽くさせて頂きます」
領主「うむ、流石儂の孫じゃ!いやいや、疑って等おらんかったがな」
父親「大丈夫か、魔法使い。怖かっただろう?しかしな、怖がる必要等無いと言っただろう」
母親「そうよ。流石私達の子ね!」
母親「……厳しくしてごめんなさいね。でも、全て貴女の為」
母親「これからも怠っては駄目だけど……」
領主「うむ。今日はもう良いだろう。久しぶりに儂の部屋で本を読ませてやろう」
魔法使い(……あれ程、優しくして欲しかった筈なのに)
魔法使い(あれ程、笑って欲しいと思っていたのに)ポロポロ
母親「まあ……」
父親「緊張したんだろう。仕方ないとは言え……」ギュ。ナデナデ
魔法使い(あんなに、抱きしめて欲しいと思っていたのに……!)
魔法使い(……叶ったのに、どうして、私は嬉しくないの……!?)

173: 2013/08/06(火) NY:AN:NY.AN ID:8jOJdJs8P
剣士(…… ……)
母親「貴女は、その自信のなさを克服しなくちゃいけないわね」フゥ
父親「そうだな。お前は、私達の子。確かに優れた加護も持っているんだ」
父親「もっと、自信を持ちなさい」
剣士「……俺は戻る」
魔法使い「あ……」ポロポロ
剣士「…… ……」スタスタ
メイド「先にお茶に致しましょうか」
魔法使い「……き、緊張して食欲が無いから、私……お爺様の部屋に行くわ」タタタ
父親「ま……良いだろう」
母親「すぐ克服するわ……これで自信も少しはついたでしょ」

……
………
…………

187: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
魔法使い「待って!」ハアハア
剣士「……何だ?」
魔法使い「どうして……助けてくれたの」
剣士「…… ……」
魔法使い「……いえ。どうして……わかったの」
剣士「あれだけ怯えていればな」
魔法使い「……」
剣士「……ばれていればどうなった?」
魔法使い「……解らないわ。解らないから……怖かった」
魔法使い「だけど……」
剣士「…… ……」
魔法使い「あれだけ望んだのに、嬉しくなかった。掌を返したみたいに、優しく……されても……」
剣士「母親は露骨に安堵を顔に出してたな」
魔法使い「私が無事で喜んだんじゃないわ」
魔法使い「自分達の子が『出来損ない』でなかった事に……喜んだのよ」

188: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
剣士「…… ……」
魔法使い「……ありがとう。私、まだ生きていられる」
剣士「……大袈裟だな」
魔法使い「もし私が『出来損ない』だとばれたら……」
剣士「…… ……」
魔法使い「『無かった事』にされるわ、きっと」
剣士「何……?」
魔法使い「『あの人達の娘』なんて……文字通りよ」
剣士「…… ……本当に『助けた』のか?」
魔法使い「生きてる、から……これから、ばれなければ」
剣士「…… ……」
魔法使い「お父様もお母様も……おじいさまも、喜んでる」
魔法使い「この街を出るなら、多分今のうち。あの人達の機嫌の良い内に」
剣士「…… ……」
魔法使い「ありがとう、お兄さん」スタスタ
剣士(随分、諦めた目をする子供だと思っていたが)
剣士(……あの親では……仕方無いのかもしれん)
剣士(後は……自分の力で、道を切り開いて行くしか無いんだろう)
剣士(……『親』とは、ああでは無い筈だ)
剣士「…… ……」
剣士(『どうして助けた』か…… ……気まぐれ、と言う他無いが)
剣士(……あの娘は、これからも苦労するのだろう)
剣士(だが……関わるべきでは無いな)
剣士(これで、始まりの街の登録所に行ける)
剣士(暫くは転々と居を変え……勇者の旅立ちに合わせ、戻れば良い)スタスタ

……
………
…………

189: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
王子「今帰ったぞーぅ!」バタン!
戦士「…… ……何時だと思ってるんだよ」ムス
王子「んー、夜中?」
戦士「……ッ 酒臭い……ッ」
戦士「また飲んできたのか……最近、多くないか」
王子「仕方無いだろー、闘技大会の夜だぜー?」ヒック
戦士「…… ……女剣士様は、お元気だったか?」
王子「お前は本当にあの人好きだねー」
王子「お前のおばあちゃんでもおかしくない歳だよー?」
戦士「変な良い方するな……親父だって、尊敬してるんだろう」
戦士「……師では無いのか」
王子「そうだけどねー…… 俺は、あの人、みたいには……」
王子「なれなかった、なぁ……戦士、水……ぅ」ズルズル
戦士「お、おい!歩け!玄関で寝るな!」
王子「……水、ちょーだい……」ケホッ
戦士「全く……」スタスタ、カチャカチャ
戦士「……何時からそんなに、酒が好きになったんだ」
戦士「弱い癖に……ほら」
王子「女剣士は、俺と……金の髪の勇者に……剣を教えてくれたんだ」
戦士「何度も聞いたよ」
王子「お前、幾つになったっけぇ?」
戦士「…… ……もうすぐ10歳」ハァ
戦士「話に脈絡が無いぞ」
王子「ああ、そうか。10歳かぁ……それぐらいの時だっけなぁ」
王子「……あー……何の話、だっけ……」
戦士「もう寝ろ!」ハァ
王子「……」グゥ
戦士「…… ……」ハァ。ズルズル
王子「……」スゥスゥ

190: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
戦士「…… ……重い」
戦士(布団だけ掛けておくか)バサッ
戦士(……母さんが氏んで……6年、か)
戦士(前回の闘技大会の頃は、こんな事無かったのに)
戦士(……父さん、どうしたんだよ)
戦士(もう、母さんの事……忘れたのか?)

コンコン

戦士「!」ビクッ
戦士(だ、誰だよ、こんな時間に……)
戦士「……どなたですか?」
女剣士「その声は戦士か? ……王子は?」
戦士「え……お、女剣士様!?」タタタ、カチャ
女剣士「まだ起きていたのか」
騎士「私達は外で待っています」
女剣士「うん。無理を言って悪いね」ヒョコ
戦士「ど、どうされたのですか!?」
女剣士「随分飲んでいたからね……ああ、やっぱり潰れたか」ハァ
戦士「あ……ど、どうぞ!座って下さい!」
女剣士「すぐに帰るけれど……ありがとう」
戦士「あの……足、は……」
女剣士「歳だからね……こればっかりは仕方無い。遠慮無く」ストン
女剣士「……今日、どうやらね。こっそりと……勇者と母親が」
女剣士「街に降りてきていた様なんだ」
戦士「今お茶を……え!?」
女剣士「ああ、良い良い。すぐに帰るよ」
戦士「……勇者、様達が」
女剣士「お前は聞いた事あるかな。昔……私が金の髪の勇者と」
女剣士「王子に、剣を教えた、と言う話」
戦士「はい。さっきも何かそんな事言いかけてました、けど」
女剣士「寝てしまった?」クス
戦士「……はい」

191: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
女剣士「王子も多分、同じ事をしてやりたかったんだろう」
女剣士「……酒の席で荒れるとね……何時も」
女剣士「『約束したのに』とかね。『あいつの分も俺が』とかね」
戦士「……金の髪の勇者様は……帰って来られなかった、から」
女剣士「うん。勇者の母には、やんわりと断られたそうだ」
戦士「……しかし、そんな事では……いざ、旅立つ時に……」
女剣士「指南は自分がすると言われたらしい。深入りすべきで無いとは」
女剣士「王子も解って居るのだろうが……」
戦士「…… ……」
女剣士「あの母が何を考えて居るのかは私も解らんがね。だけど……」
女剣士「王子は、寂しいんだろう。勝手だというのも、解って居るのだと」
女剣士「……思うよ。それに、祈り女が居なくなって……」
戦士「……もう、6年です」
女剣士「鍛冶師も……お前の祖父もほぼ同時に亡くしているしね」
戦士「はい……」
女剣士「大目に見てやれとは言わない。お前にとっては迷惑なだけだろうしね」
戦士「勇者様と……お母様は、どうして、街に?」
女剣士「ああ……そうそう。そうだった」
女剣士「まあ、こっそり楽しみに来た、んだろうけれど」
女剣士「……王子は、危機感が無いって怒っていたな」
戦士「…… ……」
女剣士「王子は、私に取っても子供の様なモンだ」
女剣士「……お前も、孫みたいなモンなんだ」
女剣士「心配はしてる……それだけ、伝えて欲しい」
戦士「それで、態々……?」
女剣士「孫の顔をついでに、見に来たのさ」
女剣士「こんな時じゃ無いと、理由をつける事もできないからね」
女剣士「……腕を無くしただけに飽き足らず、足まで言う事を聞かなくなってきた」

192: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
女剣士「お前は、勇者様と一緒に旅立ちたい、んだろう?」
戦士「……選んで貰えたら、ですけど」
女剣士「驕ってはいけない。だけど……多少の自信は必要だよ」
女剣士「それを……見送るまでは、私も生きていたいね」
戦士「何時までも……元気で居て下さい、女剣士様」
女剣士「そうありたい、けれどね」
女剣士「何時お迎えが来ても良いと……長年、思い続けてきた」
女剣士「中々、思い通りにはならないものだよ。世の中……ってのは」
戦士「…… ……」
女剣士「今回の闘技大会も、明日には終わる」
女剣士「……まだ、予定だけどね。次回の大会は、見においで」
戦士「次……三年後、ですか?」
女剣士「ああ……国王は、勇者のお披露目をする予定の様だよ」
戦士「!」
女剣士「まだ予定……だけどね」
戦士「俺達は……出れない、んですよね」
女剣士「身内だからな」
戦士「……でも、俺は騎士団に入ってません」
戦士「父さんが……駄目だ、って言うから」
女剣士「…… ……入団していなくても、公平性の為だ」
女剣士「お前を入れない理由は……聞いたか?」
戦士「……家の事をして欲しいから、もう少し大きくなったら、と」
戦士「そればっかりで……」
女剣士「ちゃんと……真剣に聞いてみな」
女剣士「幾つになった?」
戦士「……10歳です」
女剣士「そうか……王子も、もうそろそろ話して良い頃だと思うけどね」
戦士(父さんも、さっき何歳だと、俺に……)
女剣士「聞いてみれば良いよ……私からも伝えておく」

193: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
女剣士「さて……こんな時間に邪魔したね」
戦士「あ、いえ……態々、ありがとうございました」
女剣士「否……ああ、そうそう」
女剣士「明日にでも発表があるだろうが……」
戦士「?」
女剣士「やっとね……赤ちゃん、出来たんだよ」
戦士「! ……国王様にですか!?」
女剣士「ああ。それも、伝えておいてやって……よいしょ」カタン
女剣士「じゃあね、戦士……鍛錬、怠らない様に」
戦士「はい! ……お休みなさい、女剣士様」
女剣士「ああ、おやすみ」

パタン

騎士「……大丈夫ですか、女剣士様」ガシ
女剣士「ああ……流石に、夜風は応えるね」フラ
騎士「無茶なさるから……」
女剣士「……孫に会いに来ただけさ」
女剣士「子供のおいたも、偶には……しかってやらないと、ね」

……
………
…………

僧侶「……女神官様、お加減……如何です?」
女神官「ああ……僧侶、ですか……」
女神官「ええ。今日は随分、気分が良いですよ……貴女の薬湯のおかげかしら」
僧侶「お庭と、神父様のお墓のお掃除、済みました」
僧侶「……外に出られますか?お天気、良いですよ」

194: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
女神官「ええ……そう、しようかしら」
僧侶「どうぞ、手を……よ、いしょ」
僧侶(……目を患われて、もう……10年近い)
僧侶(何時からか、女神官様の目の辺りに黒い影が見え始めて……)
僧侶(薬草で湿布とかしたけど……結局、視力を失われた)
僧侶(その分、此処に居られる時間は増えたけれど……)
女神官「……何年経っても、貴女の手は柔らかくて、すべすべね」
僧侶「……そ、うですか?」ドキ
女神官「羨ましい」クス
僧侶(ここは、殆ど人が来ない。教会として良いのか悪いのか……解らない、けれど)
僧侶(でも……もう少し、此処に居たい。当初は諦めていたけれど)
僧侶(……出かける時は目深にフード被っているし、髪も隠してる)
僧侶(声も、発しない……だから)
僧侶(だから、せめて……!)
女神官「……僧侶?」ス…
僧侶「は、はい……ッ ……?」
女神官「…… ……」ナデナデ
僧侶「あ、の。女神官様?」
女神官「頬も、弾力があって……歳を取っていないみたいね」クスクス
僧侶「そ……そんな事ありませんよ。私だって……」
僧侶(指先、冷たい……それに、力が無い)
僧侶(女神官様……神父様と同じ。もうすぐ、命の火が……ッ)
僧侶(泣いちゃ駄目よ、僧侶。今泣いたら……涙が、当たる)
女神官「今日の風は、気持ち良い?」スッ
僧侶「……ええ。とても。さあ、行きましょう」ホッ
僧侶(こうして、雨の日以外は……女神官様と外で)
僧侶(色々な、お話を……させて貰ってる)
僧侶(……それも、もうすぐ……終わってしまう)

195: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
僧侶「立てますか……さ、行きましょう」スタ、スタ
女神官「ええ……」スタ、スタ
僧侶(……こんな風に、人の氏期まで解ってしまう様な)
僧侶(こんな、能力……無ければ良いのに)
僧侶(……でも、そうで無ければ、勇者様の誕生も解らなかった)
僧侶(そうで無ければ、私……此処には、きっと居なかった)
僧侶(だけど……!)

カチャ

ザアアアア……

女神官「ああ……本当に、良い風ね」
僧侶「神父様のお墓の廻りに、小さな花が咲き始めました」
僧侶「また……次の季節が来ますね」
女神官「そういえば……もうすぐ、また闘技大会が始まるのね」
女神官「この間……街でそんな話を聞いたと言っていたわね」
僧侶「ええ……でも、初代騎士団長さんの具合が悪くて」
僧侶「延期になるかも、とか……も、聞きましたよ」
女神官「……女剣士さん、ね」
僧侶「ご存じなのですか?」
女神官「ええ……そうね。私とそれ程年齢が変わらない筈ですもの」
女神官「そういえば……昔、貴女が話してくれた」
女神官「『神父様』のお話ね?」
僧侶「え?はい……」
女神官「貴女が赤ちゃんの頃、その方に拾われたと言っていたわよね」
僧侶「……と、聞いています」
女神官「時間が合わないから、別人なんでしょうけど……」
女神官「ここを作られた神父様と、同じお名前で驚いたわ」

196: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
僧侶「ああ……女神官様もお話し下さいましたね」
僧侶「ここの神父様の名を貰い、他の街へ行かれた『神父様』」
女神官「ええ……あの子は、私より少しだけ、若かったから」
女神官「……いえ、でも……生きていたとしても、もうおじいちゃんね」クス
僧侶「女剣士様、お元気なられると良いですけど……」
女神官「そうね……前々回は、鍛冶師さんと、王子様の奥様が亡くなられ」
女神官「……仕方無いと解って居ても」
女神官「神の御許へと行くのだと、怖がらなくて良いと知っていても」
女神官「悲しいわ……」
僧侶「…… ……はい」
僧侶(解るだけ……私に、それを止める術は……無い……!)
僧侶「まだまだ、お元気で居てください、女神官様」
僧侶「……この教会、守っていかなくてはいけませんもの」
女神官「貴女がいますもの……心配はしていないわ」
女神官「結局……貴女は、此処にいてくれたんですもの、ね」
女神官「でもね……無理はしないで。行きたい所があれば、遠慮せずに」
女神官「行って良いのですよ?」
僧侶「……大丈夫です。ここに居ますよ、女神官様…… ……女神官様!?」
僧侶(……ッ ……炎が、急速に消えていく……ッ)
僧侶(そんな! ……さっきまで、まだ……!)
女神官「……ありがとう、僧侶。安心…… ……しま、した……」
僧侶「あ……ッ ……あ、ァ……ッ」
女神官「…… ……」
僧侶「…… ……」
僧侶(『人』は…… ……本当に、脆い)ポロポロ
僧侶(神父様が父ならば、貴女が……母でした。女神官様)
僧侶(……騙していて、黙っていて……利用してしまって、ご免なさい)
僧侶(……神父様。私……また、一人になってしまいました)ゴシゴシ
僧侶(何れは、離れます。神父様の仰った通り)
僧侶(何れは、旅立ちます。女神官様の、仰った……通り)

197: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
僧侶(けれど……けれど、もう少しだけ……!)
僧侶(……今度又、誰かとお会いして……)
僧侶(又、誰かと離れなければいけない……その、気持ちの覚悟の)
僧侶(準備を……させて下さい)

……
………
…………

魔導将軍「たっだいまー!」バタン
側近「おわああ!吃驚した!」
魔導将軍「あらま。見ちゃイケナイやらしい事でもしてた?」
側近「まっ昼間からんな事しねぇよ! ……お帰り、魔導将軍」ギュ
魔導将軍「じゃあ何でそんな驚くのよ」ギュ
側近「ちょっと考え事してただけだよ……で、どうだった?」
魔導将軍「…… ……女剣士様が、亡くなったそうよ」
側近「……そう、か」
魔導将軍「国王様は闘技大会の予定通りの開催を宣言した」
魔導将軍「……お子さん、もう三歳ですって」
側近「早いな……」
魔導将軍「……最後まで、一人だったのね」
側近「ん?」
魔導将軍「女剣士様よ…… ……ずっと、紫の瞳の魔王の側近さんを」
魔導将軍「想って……いたのかしら」
側近「……さあ、な」
魔導将軍「結局今回も、后には会えずよ」
側近「ふむ……居なかった、のか?」
魔導将軍「いいえ。始まりの街に近寄った時に、声が『飛んできた』」
側近「……ん?」
魔導将軍「『まだ来ちゃ駄目!』 ……ですって」
側近「えーっと、それは……紫の瞳の魔王と、その側近がやってた、っていう……」
魔導将軍「『心話』てのに近いのかもね」
魔導将軍「こっちからは返せないじゃない?一方通行」
魔導将軍「相変わらず、乱暴なんだから、あの子」フゥ
側近「……母ってのはすげぇな」
魔導将軍「『魔法なんて使い様』でしょ……無理だっての」

198: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
側近「いや……お前も充分凄いと思うけどな」
側近「羽しまったり、だしたり……」
魔導将軍「……そっか」
側近「使用人に話してやって来いよ。また……落ち込むだろうけど」
魔導将軍「そうね……鍛冶師さん亡くなった時も……随分落ち込んでたもんね」
側近「偵察も慣れたなぁ」
魔導将軍「……後は赤ちゃんだけなんだけどな」
側近「出来ネェよな、俺ら……頑張ってんのにな」
魔導将軍「ね…… ま、こればっかりは、ね」
魔導将軍「……さて、行ってくるわ。後でね、側近」
側近「おう……魔王の様子見て、そっち行くよ」
魔導将軍「ん。久しぶりにお茶しましょ」
魔導将軍「後で肩揉んでねぇ?」
側近「はいよーぅ」

スタスタ

側近「……赤ちゃん、か」ハァ
側近(何でかわかんねぇけど……出来ない気がしてた、んだよな)
側近(何で、かねぇ…… ……)
側近(あいつじゃなきゃ駄目だと、思った時と同じだ)
側近(……そういう、『運命』だったんかね)
側近「…… ……」ブンブン
側近(やめた。ガラでもねぇ……)

……
………
…………

魔王(俺、は…… ……)
勇者?「…… ……」
魔王(……ああ、また、夢か。あの……)ハァ
魔王「お前……誰なんだ…… ……!?」
魔王(声が……出る!?)

199: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
勇者?「『お前は私』『私はお前』」
魔王「……漸く会話出来ると思ったら、それかよ」ハァ
勇者?「『勇者と魔王』『光と闇』……『表裏一体』」
魔王「はいはい。紫の瞳の魔王に聞いた奴な」
魔王「…… ……何なんだよ、もう」ハァ
勇者?「知りたいか?」
魔王「……うんうん、知り……え!?」
勇者?「『選択を誤るな』」
魔王「…… ……」
魔王(……気のせいか?否……しかし……)
魔王「『知る事を拒否するな』って、言ったのお前だろ……あれ」
魔王「紫の瞳の魔王だっけ……?」
勇者?「『お前は私』『私はお前』 ……『途切れる事無く回り続ける運命の輪』」
魔王「……今日は、良く喋るじゃねぇか」
勇者?「……『知り、見、感じる事ができる』」
魔王「…… ……?」
勇者?「『欠片』を探し出せ」
魔王「……俺にはもう、無理だ。俺は……もう」
勇者?「……『探し出せ』!」チカッ
魔王(! 何だ、光……ッ)

『願えば叶う。願え!』

魔王(眩しい……ッ 何だよ、これ……ッ ひ、きこまれ……ッ)
魔王(ま……りょく、魔力……ッ だ、これ……俺の……ち、がう!)
魔王(……ッ やめろ!俺は、まだ……ッ)

『願え! 『光と闇の獣!』 汝の名は……!』

魔王(これは……あいつの、声か!?さっきまで、そこに居たのに……!)
魔王(……汝の名!?『あいつは、俺』『俺は、あいつ』……)

『光と闇の獣! ……汝の名は……!』

魔王「やめろ!俺は……ッ 俺は……ッ」

200: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
魔王「俺は……ッ」

チカチカチカ……ッ

魔王(何だ……さっきの、光……!?)
『何だ、光の剣、が……ッ』
魔王(……誰の、声…… ……ッ うわッ)

パアアアアアアアアアアアアアアアアア!

『な……ひ、か………りッ』

パキイイイイイインッ

魔王(……ッ)ズキン!
魔王(胸が、痛い……!)

『ああ、剣が……ッ』
『……亀裂が……』
『………フン、所詮がらくた……か』

魔王(……光が、引いていく……ん、二人……居る)
魔王(誰だ……あの姿は……始まりの街の騎士!?)

チカチカチカ……ッ

魔王(また、あの光……ッ小さい……)
魔王(手を伸ばせば、届きそ……う ……ッ)グッ……チカッ
魔王(う……ッ)ズキンッ

201: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
魔王(さっきから……なんだ、これ……ッ)

『おとーさーん!』『おとーさん!』

魔王『あ、ああ……お帰り、娘、息子……お母さんと会わなかったか?』
魔王(え!? ……勇者!? ……否、違う!)
魔王(それに、俺には娘なんて……)
娘『いなかったよー?』
息子『お腹すいちゃった!』
魔王『ああ、ほら、手洗って家の中入ってなさい』
魔王(……勝手に、言葉が出て来る……)
魔王『俺が見てくるよ』
娘『あのねー手、痛いー』
息子『僕もー』
魔王『なんだ、怪我したのか……見せてみなさ……!』
魔王(おいおいおいおい、何だよこれ、どうなってるんだ!?)
魔王((なんだ、これ……うっすらと、だけど……剣の様な……痣?))
魔王(声が、流れ込んでくる……!俺の声……違う!俺のじゃ無い!)
魔王((……まさか……うぅッ))ズキン!ガクッ
魔王(……剣の、痣……勇者の印? 何で、この子達の手に……!?)
娘『お父さん?』
息子『お父さん!』
女性『……やっぱりすれ違ってたのね……ッ 青年!?』
魔王(……胸が、痛い……ッ ……青年?)
魔王(違う、俺の名前は…… ……!!)
魔王『……ぐ、ゥ……目、が……ッ』
魔王(目が、痛い……胸が………ッ)
魔王(何だ、これ……ッ 悲しみ、痛み、喜び……ッ)
魔王(……あ、ぁ ……ッ)

バタン!

女性『青年!』
娘『お父さん、お父さん!』
息子『お父さん!』

魔王(目の前が……真っ暗、だ……)
魔王(どう言う事だ……あれは、俺の子供?)
魔王(否……あの女性は、后じゃ無い……)
魔王(ん…… ……また、声が……する……)パチッ

202: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
娘『いやだああああ、はなしてえええええ! おかーさ……ッ おかーさーん!』
息子『お父さん、お父さん! いやああああああああああああ!』

魔王『………ぅ、う……ッ』
魔王(眩しい……ッ)
魔王(この声は……さっきの、子供達……?)
騎士『……先に行け! ……勇者は私が始末する』
魔王『な、んだ……お前達……ッ ぅう……ッ』ズキン、ズキン……ッ
魔王(勇者!? ……俺は、もう勇者じゃ無い……!)
騎士『残念だ、英雄殿……子供達と、光の剣は我らが戴く』
魔王『な……ん、だと……!?』
魔王(英雄!? ……俺は、魔王だぞ……!?)
騎士『……この世界が平和になるのは結構。だが……』
騎士『我ら、優れた民である魔導の民がこの世界を導くのに……』
騎士『貴方は少々、邪魔になる』
魔王『お前達……魔導の街の……!?』ズキンッ
魔王(こいつは……何を言ってる、んだ!?)
魔王(平和?魔導の街?導く……!?)
騎士『……ほう、勇者と言うのは光の加護を受けると聞いていたが』
騎士『貴方は確かに、もう勇者では無いようだ……貴方の瞳は、闇の様な色をしている』
魔王『……何……?』
魔王((闇色……の、瞳?俺が……?))
魔王(……今の声……思い、は……俺じゃ無い)
魔王(青年、って呼ばれてた……あいつ、か?)
騎士『勇者はもう産まれない……魔王が居なくなった今、貴方はもうこの世に必要ないのだな』
魔王『……』
魔王(魔王が……居なくなった?)
騎士『これからこの美しい世界は、我らの物だ、元勇者殿』
魔王(元……勇者?)
騎士『……何も知らぬ侭、ゆっくりと……眠るが良い』チャキ
騎士『そこの……愛しい女と一緒にな!』ブゥン!
魔王(身体が、動かない……!う、うわあああああ!)
魔王『………魔法使い……ッ』ザシュ!
魔王(魔法使い? ……! さっきの……俺を、青年と呼んだ、あの……!)
魔王『……ぐ、ぅ……ッ』 フラ……ボタボタボタ……パリン…ッ
魔王((血……俺の、血…… あ、ァ……ペンダント、が……))
魔王(痛ってぇ……! ……ペンダント……!? え!?)
魔王(あれは、俺が……后にやった奴だ!紫の瞳の魔王が持ってた……!)
魔王((娘、と…… 息子…… は……  あ、ぁ……))バタン…ッ
騎士『……フン、不甲斐ない……これが、勇者、か……所詮過去……か』

203: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
魔王(……急速に、力が失われて……い、く)
魔王(何だ……? 俺は……氏ぬのか?)

『………フン、所詮がらくた……か』

魔王(……否、生きてる)
魔王(あの声は……さっきの、だ)
魔王(……光の剣が、割れた)
魔王(それで……ええと……?)
魔王(……違う!)ハッ パチ!
魔王「あれは俺じゃ無い!あれは……!」
勇者?「…… ……」
魔王「……あれは、お前……だ」
勇者?「…… ……」
魔王「金の髪に、金の瞳の……勇者」
魔王「お前は……『青年』って呼ばれてた男だな。娘と息子の……父親」
青年「よく見ろ。俺の瞳は金じゃ無い」
魔王「……初めて俺の夢に出て来た時は、金の瞳だっただろうが」
青年「『勇者』は受け継がれた」
魔王「え?」
青年「『魔王』と共にな」ス……
魔王「……! ……あ、れは!?」
青年「俺が、魔導の街の人間に殺され、奪われていった双子だ」
青年「……息子。娘……」ポロポロポロ
魔王「…… ……」

204: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
娘『ここ、どこ!?息子は!お父さん!お母さん!』

息子『離せ!離せよ! ……娘!お父さん!おかーさーん!』

ウワアアアアアアン!

魔王「…… ……」
青年「二人は、魔導の街に連れて行かれ……」
青年「引き離された……接触を断たれ、大きくなったら」
青年「……あの二人に、子供を産ませるつもりだったんだ」
魔王「な……ッ」

パアアアアアアアアアアアア!

魔王「……うわッ」
青年「手が痛い、と言った二人の手の平に……うっすらと」
青年「剣の文様の様な痣があった……お前も見たな?」
青年「……魔王」
魔王「…… ……」
青年「泣き叫ぶ二人は、色んな感情を身に宿しただろう」
青年「『怒り』『悲しみ』『恐怖』『驚き』『苦しみ』……」
青年「一緒なんだよ」
魔王「?」
青年「使用人に聞かなかったか?」
青年「紫の瞳の魔王が『力を押さえられなくなった、切欠』」
魔王「……あ……ッ」
青年「女に対する仕打ちへの怒り」
青年「ジジィや、鴉の氏への悲しみ」
青年「……似てる、よな」
魔王「…… ……じゃあ、あの二人は……」

205: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
青年「……俺が魔王を倒した時」
青年「『魔王』は言った」
青年「『魔王の闇は、光に包まれ飲み込まれた』」
青年「『勇者は、その光を解放しろ』と」
魔王「……光の、解放?」
青年「そうだ……『願えば叶う』と」
魔王「…… ……」
青年「光で満ちた世界は、平和になったんだ」
青年「……解放したからなのか何なのか……」
青年「俺の手の勇者の印は、真っ黒になってた」
魔王「最初に……俺の夢に出て来た時に、見せてくれたな」
魔王「……今、俺の手のひらにあるのと、同じ」
青年「……始まりの街の当時の王は魔王の消滅と魔物の消滅に伴い」
青年「『魔法の廃止』を宣言した」
魔王「!」
青年「それに反発した魔導の街は、街そのものを閉鎖した」
青年「……そして、王は暗殺された」
魔王「そんな……!」
青年「後は見たとおりだ。双子は……それぞれ光と闇に別れてしまった」
魔王「光と、闇?」
青年「そして交わり……産んだものは何だろうな?」
魔王「…… ……まさか……魔王?」
青年「よく考えろ。『俺はお前』『お前は俺』」
青年「『光と闇』『勇者と魔王』」
魔王「……『表裏一体』……!」
青年「そうだ」
青年「『魔王は勇者の光を奪い去り』」
魔王「『勇者は魔王の闇を手に入れる』……で、でも!」
魔王「だったら、一向に終わりなんか見えないじゃ無いか!」
魔王「……ずっと、ずっと……永遠に繰り返し続ける……!」
青年「……そうだ『途切れる事無く回り続ける、運命の輪』」

206: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
青年「多分、こうやって話す会話も、何度も何度も……繰り返しているんだろうな」
魔王「…… ……」
青年「お前も聞いただろう」
青年「『腐った世界の腐った不条理を断ち切れ』と」
魔王「……で、でも……」
青年「……紫の瞳の魔王が言っていただろう」
青年「好戦的な魔王に沈められた街……あの街の『王』は失われ」
青年「盗賊と鍛冶師が復活させた始まりの街の『王』も」
青年「俺の時代に暗殺された、あの『王』も」
魔王「…… ……」
青年「……あの後、魔導の街にも『王』が居た」
青年「だが……結局は、あの双子が滅ぼしてしまっているんだ」
青年「……『王』が居なくなった世界は、どうなったと思う?」
魔王「あ……!!」
青年「『欠片を探し出せ』……繋がったか?」
魔王「……お前達は……探し出せなかった、のか」
青年「解らない。覚えている限り、揃っていた筈なんだ」
青年「だが……『まだ終わっていない』」
青年「言った筈だ」
魔王「『選択を誤るな』」
青年「…… ……」
魔王「しかし……どうしろって言うんだ!?」
魔王「俺は……もう、歩けない。目も見えない」
魔王「勇者に……倒されるしかないんだぞ!?」

207: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
青年「……まだ、終わっていないのさ。文字通り」
魔王「……?」
青年「『選択を誤るな』」
魔王「おい……!」
青年「……お前の瞳も、何れ紫に染まる」
青年「その時に…… ……ま…… ……だ ……」
魔王(おい!青年……!! ……ッ声、が、出ない……ッ)
魔王(視界、が…… 歪 ……ん、で ……ッ)

……
………
…………

魔王「ゥ、ウ……アァァ……ッ」
側近「魔王!?」ビリビリビリッ
側近「糞……ッ おい、魔導将軍!誰か!」グッ
側近(……これ、か……ッ これ、が……ッ)
側近(確かに、これじゃ……ッ すぐ解る、わな……ッ)

バタバタバタ……ッバタン!

使用人「魔王様!側近様!?」
側近「……ッ 使用人、か……」
使用人「……ッ」ビリビリビリッ
使用人(……やはり、早い……ッ)
魔王「…… ……ゥ」
側近「……だ、いじょうぶだ」
側近「騒いで、すまんかった……ッ」
使用人「……ッ い、いえ……でも……」
側近「……魔導将軍、は?」
使用人「……今、偵察に……」
側近「あ、ああ……そうか。どっちみち俺一人か……」
使用人「い、いえ、私も……」

208: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
側近「お前さんにはお前さんの役割があるだろ?」
側近「……これは、俺の役目」フゥ
側近「少し落ち着いたさ」
魔王「…… ……」
側近「まあ、ただ……魔導将軍が戻ったら、言っておいて」
側近「……ちゅーしにきて、ってな」
使用人「……本当にそのまま伝えますからね」
側近「おう」
使用人「…… ……」
側近「大丈夫だよ……御免な」
使用人「いいえ……」
側近「もうすぐだっけ。勇者……16になるの」
使用人「はい」
側近「……ま、何とかがんばれるかな」
使用人「無理は……」
側近「大丈夫大丈夫『願えば叶う』さ」
使用人「…… ……」
側近「ほれ、行きな……アンタは『知を受け継ぐ』んだ」
側近「こんな所で寿命縮めちゃ元も子も無い」
側近「……欠片、失っちゃ、それこそ魔王にぶち殺されるよ」
使用人「何かあったら、すぐに呼んでくださいよ!?」
側近「おう ……心配すんな」

209: 2013/08/07(水) NY:AN:NY.AN ID:5ntgzLldP
……
………
…………

母親「では、気をつけて行ってらっしゃい、魔法使い」
父親「頑張ってこい」
魔法使い「ええ……行ってきます」

スタスタ

魔法使い(長い一週間だった……まだあちこち痣だらけ)
魔法使い(……でも、見つからなくて良かった)
魔法使い(火傷……こんなの、見られたら……ッ)
魔法使い(『あの時、あの人に助けて貰った事が、無駄になる』)
魔法使い(『……あの人、不思議な色の瞳をしてた』)
魔法使い(『顔までは覚えて居ないけど……』)
魔法使い(……目的が目的で無ければ)
魔法使い(悠々自適、一人旅………喜ばしい筈なのに、ね)
魔法使い(………ああ、行きたくない)
魔法使い(でも、行かなくちゃ。勝たなくちゃ)

224: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
魔法使い(一人で、この街を出るなんて……不思議な感じ)
魔法使い(……父と母と……おじいさまと離れられて。ほっとしてる)
魔法使い(勝って帰らないといけない。不安……なのに)
魔法使い(……船は、あれ、よね?)スタスタ

船長「…… ……」
海賊「船長?」
船長「……あ、ああ……なんだ?」
海賊「何だ、じゃ無いでしょ……どうしたんです」
海賊「船、出しますよ?客も乗ったし」
船長「……ああ。随分人が多いなと思ってな」
海賊「今回こそは!って人が多いんでしょ」
海賊「前回の闘技大会の時は……勇者のお披露目、結局ありませんでしたからねぇ」
船長「……客は一人だけだろ」
海賊「魔導の街の領主の直々の依頼っすからね」
海賊「コネを作っとくのも悪くないんでしょ」
船長「たかだか小娘一人を港街に送るのに、か」
海賊「『客』は一人ですけど、メイドが三人いるんだから」
海賊「合計四人ですよ」
船長「……足し算ぐらい出来るわ、阿呆!」
海賊「そういう話じゃ無いですって……」
船長「……来たな、ほら。普通に振る舞え」
船長「依頼には『海賊ってバレるな』ってのも含まれてるんだからな」
海賊「わかってますよ……だからこんな恰好、してるんでしょうが」
船長「……タキシードね。支給してくれたのはありがたいが」
船長「似合わねぇなぁ、お前……」
海賊「……放って置いて下さい……あれですね。あの赤茶の髪の娘」
魔法使い「……あの。港街に行く船って、これですか」
船長「はい。チケットを拝見しても? ……魔法使い様、ですね。どうぞ」
海賊「船室へご案内いたします」
魔法使い「あ、はい……」
魔法使い(……綺麗な人。お母様と同じぐらい……ううん、もう少し、若い?)
船長「……良い船旅を」ニコ

226: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
船長(領主の孫娘、だったか)
船長(……金持ちの考える事はわからん)ハァ
船長(そりゃ、心配なんだろうが、な)
船長(……だったら最初から、闘技大会への出場なんて)
船長(止めりゃ良いのに……)
海賊「船長……ご準備を」
魔法使い「……船長、貴女が!?」
船長「え、ええ……何か?」
魔法使い「い、いえ……随分、その……お若いな、と」
魔法使い「……『船長』って、髭面のおじさんの……イメージだった、ので」
船長「ご安心下さい。きちんと港街まで、お連れ致しますから」
魔法使い「あ、ごめんなさい!そういう意味じゃ……」
船長「……出港します。さあ、どうぞお部屋の方へ」
海賊「此方です……どうぞ」スタスタ
魔法使い「港街で乗り換え……なんですよね?」
船長「ええ。時期が時期ですので、専用の船が出ているそうです」
船長「……どうぞ、ごゆっくり」
魔法使い「……ありがとうございます」スタスタ
船長(初めての船旅か。外の景色でも堪能したいのだろう、が)
船長(……これも仕事だ。悪いな、娘さん)
メイド「お嬢様は乗船されましたね」
船長「ああ……アンタら、大丈夫なのか?」
船長「のこのこ顔出して」
メイド「私達は普段、お嬢様に接触することはありませんから」
船長「あ、そ……」
メイド「では、宜しくお願い致します」
メイド「……無事にお嬢様を下ろしましたら、又、魔導の街まで」
メイド「お世話になります」
船長「……あんた達お目付役なんだろ?始まりの街まではついて行かないのか」
メイド「…… ……失礼致します」

227: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
スタスタ

船長(余計な詮索は身を滅ぼす、ってか)ハァ
船長(……剣士、あの時……立ち寄ったのかな。この街)
船長(ひょっとしたら会えるか、何て……甘かったな、流石に)
船長(元気でやっていれば、それでいい……それで、良いんだ)
船長「……よし、出港!」

……
………
…………

僧侶「わ……あ!」
僧侶(綺麗な、丘……!それに、なんて心地良いの……!)
おばあさん「アンタ、闘技大会に出る人かい?」
僧侶「え!?あ ……いえ、私は……違います」
おばあさん「そうかい。背に弓なんて……」
僧侶「……私は、癒やしの魔法しか使えないので……」
おばあさん「ああ、そうなんだね……いや、顔を見ないからね」
僧侶「……大会、見に行こうとは思ってるんですけどね」
僧侶「余りにも、心地良いので……」
おばあさん「旅の僧侶さんか。物騒な世の中になってきたからねぇ」
おばあさん「そりゃ、そうさ……この丘は浄化されているんだよ」
僧侶「……浄化?」
おばあさん「ああ。始まりの街を作られた国王がね」
おばあさん「ここには、エルフが眠っているのだと言っていたらしいよ」
僧侶「…… ……エルフ!?」
おばあさん「ああ。その慈悲の心が宿る、清らかな土地だから、と」
僧侶(ああ……だから……こんなにも、気持ちが良いんでしょうか)
僧侶(……でも、それ程……その力は感じない)
僧侶(古い……昔の話、なのかな)
おばあさん「だからきっと、代々この土地には勇者様が降臨なさる」
僧侶「…… ……代、々」
おばあさん「ああ……最初に旅立たれた勇者様は戻られなかったけれど」
おばあさん「こうしてまた、『希望の光』がお生まれになり」
おばあさん「育まれたのさ」

228: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
おばあさん「今回は、お披露目あると良いねぇ」
僧侶「勇者様の、ですか?」
おばあさん「前回の闘技大会の時に、って噂はあったらしいんだけどね」
おばあさん「丁度……初代の騎士団長様がお亡くなりになられてね」
僧侶(確か……女剣士さん)
おばあさん「……だが、確か……来年にはもう、勇者様も16歳になられるはずだ」
おばあさん「皆……希望に、飢えているのさ」
おばあさん「魔王が復活して、魔物の数が増えて……」
僧侶「…… ……」
おばあさん「輝かしい光は、見るだけでも心に希望を差し込ませる」
おばあさん「私も若ければね……見に行ったんだけど」
僧侶「お姿、拝見出来ると、良いんですけど」
おばあさん「アンタ旅の人だと言ったね」
僧侶「え、ええ……」
おばあさん「もうあっちの街に行くのかい?」
僧侶「あ、いえ……港街で、始まりの国に小さな新しい街が出来たと聞いて」
僧侶「……ここ、ですよね?今日はここで宿を取ろうかと」
おばあさん「ああ、それが良い。明日からは船がどんどんやってくる」
おばあさん「誰か腕の立つ人でも見つけて、着いていけば良いよ」
おばあさん「ここの魔物は強く無いとは言うが、その方が安心だしね」
僧侶「ええ……そうですね」
おばあさん「さてと……悪かったね、急に話しかけて」
おばあさん「私はもう戻るけど……アンタは?」
僧侶「……もう少し、ここで景色を見ています」
おばあさん「ああ……じゃあね」スタスタ
僧侶(北の空……随分と、暗い)
僧侶(……空に境界線は無い。なのに……)
僧侶(あの、紫を見ているだけで、とても……不安になる)
僧侶(真上を見上げれば、こんなに美しい蒼をしているのに)

231: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
僧侶(エルフの力……か)
僧侶(エルフ、と言うのは……そんなに、特別なもの?)
僧侶(確かに……此処は美しい。空気も空も澄んで)
僧侶(花も……咲いて)
僧侶(『特別』……でも、特別なんて)
僧侶(そんなに、良い物なんでしょうか)
僧侶(……勇者様。勇者様も……苦労を、なさっているのでしょうか……)

……
………
…………

国王「……船は無事に着いたか、ご苦労様でした」
騎士「ハッ失礼致します!」スタスタ、パタン
王子「勇者の方はどうするんだ?」
国王「……一応、明日の朝伺うって書いて置いたんだけどね」
王子「俺が……か」
国王「騎士団長しか行けないでしょ、あそこは」
王子「……苦手なんだよな、あの母親」ハァ
国王「会ったのは……随分前だよね」
王子「ああ。結局……剣の指南の話も、向こうからは言ってこなかったし」
国王「……仕方無い、こればっかりは」
国王「『聞いてくれるな』って条件、飲んじゃったからね」
王子「入れてくれるかは解らないけど、まあ明日の朝行ってみる」
国王「……兄さん」
王子「ん?」
国王「戦士も言ってたよ。考えて見ても……良いんじゃないか?」
王子「何をだよ……」
国王「……まだ、若いんだから、さ」
王子「……もう、闇雲に母親を欲する歳でも無いさ」
王子「では、失礼致します」スタスタ

カチャ、パタン

233: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
>>230
今気がついた!すげぇ!
ありがとう!

235: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
ってなところで出勤!
電車でかけたらー

236: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
国王「……」フゥ
国王(まだ……否。ずっと、祈り女さんを愛していらっしゃるのでしょうが……)
国王(……こればかりは、難しい)
国王(明日……勇者は……顔を見せてくれる、のだろうか)
国王(……希望の光。彼の小さな背に……この世界を背負わせてしまう)
国王(勇者、であると言うだけで)
国王(……だが、息子が大きくなった時)
国王(世界は……彼が治めるこの国が)
国王(平和であって欲しいと思う)
国王(……人は、勝手です)
国王(金の髪の勇者様……貴方は)
国王(どんな気持ちで……旅立たれたのです?)

237: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
……
………
…………

戦士(……もうこんな時間か)
戦士(親父は……帰ってないな)
戦士(全く……あいつは……) フゥ
戦士(……母が氏んで……『何年経った』?)
戦士(『騎士団長であり、国王様の実兄』と言う身分で、食うには困らんとは言っても)
戦士(男で一つで厳しかったろうとは思う……感謝はしている、が)
戦士(……亡き母に操を立て続けろと言う気も無いが)
戦士(『見境無しに口説いてまわり、自分は知らんぷり』)
戦士(『とばっちりを受ける方の身に、少しはなって欲しい』)ハァ

バタン!ガタガタガタ!ドン!

戦士「!? …なん……ッ」
王子「かえったーぞー!おぉ、起きてたのか、息子ー!」
戦士「親父……」ハァ
王子「みずー…みず、く……」スゥスゥ
戦士「…… ……」
戦士「……風邪は引かんだろう、この季節……放っておくか」 ハァ
戦士(……全く)

238: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
……
………
…………

チチ……ピピピ……

戦士(……ん、ん)
戦士(朝……か)ムク
戦士(……親父は……)

スタスタ、カチャ

王子「おう、早いな戦士」
戦士「……起きてたのか」
王子「あー……昨日は悪かったな」
戦士「その台詞を聞かんで良い日を作って欲しいもんだ」
王子「ほんとお前、冷たいな」
戦士「冷たくされなかったら身の程を弁えろ」
王子「『……返す言葉も無いな』」
戦士「『しおらしくするのなら、少しは自重しろ』……行ってくる」
王子「『待て……お前、今日は用事があるのか?』」
戦士「『? ……何時もの鍛錬だか』」
王子「『あー……父さんとデートしない?』」
戦士「…… ……」ハァ

パタン

王子「……何言ってんだ、俺は」 ハァ
王子(自分の息子に……デートは無いだろ、デートは……)
王子(祈り女…… ……俺、間違ってんのかな)
王子「仕方ないな、一人で行くか……」

239: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
……
………
…………

勇者(なんか……落ち着かない)ウロウロ
勇者(そりゃそうだ……母さん以外の人と会うなんて……)
勇者(良く考えれば……産まれて初めて、だぞ……俺)
后「勇者、落ち着かないのはわかるけど……」
勇者「あ、ごめん、母さん……」
后「ううん、仕方ないって分かってるんだけど」
后「折角裏庭で摘んだお花、はげちゃうわよ……全部」クスクス
勇者「あ……ご、ごめん!」

コンコン

勇者「!」
母「はぁい?」

242: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
王子「勇者様、母君様。城から参りました……『騎士団長の王子です』」
后「どうぞ。開いてます」
勇者(……き、緊張する)
王子「失礼します」

カチャ

勇者(……人、だ)
勇者(当たり前、だけど……)

王子「些か不用心ですね、開けたままと言うのは……『お久しぶりです、母君様』」
王子「『そして……初めまして、勇者様』」ジィ
勇者「は、初めまして……」
勇者(何だ?ジロジロ見て……)
王子(そっくりだ! 記憶は遠いとは言え……)
王子(『金の髪の勇者』に……!)
后「ええ、『お久しぶりです、王子様』……いらっしゃるのが『騎士団長様』ですから」
后「何かあっても守って下さる、でしょう?」
王子「それは勿論……しかし、びっくりしました」
王子「『貴女は15年前と……変わっていらっしゃらない』」
王子「『それに、勇者様は……』」
勇者「……?」

243: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
后「…… ……」
王子「……いえ、失礼しました」
王子「母君様が、まだ少女の様でいらっしゃるので」
王子「……勇者様と同じ年頃と言われても、違和感がなさそうだな、とね」
后「ふふ、ご冗談を……お口が達者でいらっしゃるのね」
王子「まずは……王よりのお言葉を」
王子「旅立ちの日、すなわち勇者様がめでたく16歳におなりになられる日」
王子「王の間へとお立ち寄り下さい」
王子「僅かですが、旅の役に立つようにと金銭をご用意するそうです」
王子「『まだ少し先ですけどね』」
后「まぁ」
勇者「は、はい……」
王子「『そして……こちらは、お願いなのですが』」
王子「『闘技大会へ……ご参加頂けませんか、勇者様』」
勇者「『え……参加!?』」
王子「『試合に出ろと言う訳ではありません。街の皆へ、顔を見せて頂けないか、と』」
王子「『もし宜しければ、改めて王からお話させて頂きます』」
勇者「………母さん?」
后「自分で決めなさい、勇者。『貴方の人生は貴方の物よ』」

249: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
勇者「ええ、と……」
王子「お返事は今日で無くともよろしいですよ」
王子「『闘技大会は、何日間か御座いますから』」
勇者「いえ……あの……『俺で良ければ、行きます』」
后「…… ……」
王子「……『ありがとうございます』」
勇者「でも……どうして、俺が?」
王子「貴方は……『勇者』です」
王子「金の瞳を持つ者は、貴方と……もう一人しか、知りません。俺は」
后「……『金の髪に金の瞳』の勇者様、ですね」
王子「はい。不思議な事に……面差しも似ていらっしゃる」
勇者「え……?」
王子「印象が似る、だけかもしれませんけどね」
王子「……『勇者』は特別です。否応なしに」
勇者「……特別」
王子「ええ。私達の未来の光。それは……『希望』に違いありませんから」
王子「『魔王』を倒し、『世界』を救う」
王子「……光に導かれし運命の子」
勇者「…… ……」
王子「その、小さな肩に世界の命運を背負わせてしまう」
王子「……俺達の身勝手を、お許し下さい」
勇者「……俺は、『勇者』です」
勇者「だから……『勇者は魔王を倒す』んです」
王子(……『金の髪の勇者』も、同じ事を言った)
王子(『勇者は魔王を倒すのだ』と……)
勇者「でも……あの、何をすれば良いんです?」
王子「それは、改めて王からお話頂くと致しましょう」
王子「……ああ、そうだ」シャキン
后「……?」

250: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
勇者「……あ、の?」
王子「以前、この街から『金の髪の勇者』が旅立たれたのはご存じですか?」
后「……ええ、お話だけは」
后「勇者も、知ってるわよね」
勇者「うん。母さんが教えてくれたね」
王子「……これは、その旅立ちの少し前に、俺と金の髪の勇者が……交換した剣です」
勇者「え……」
王子「彼は何故か、俺の持っていた……王国の紋章入りの剣を欲しがりました」
王子「……ですから、これは……」
后「金の髪の勇者様の……お使いになっていたもの、ですか」
王子「そうです。母君様に言われ、以前にお持ちした物より古いです」
王子「……俺は立場上、これを使う訳にもいかなかった」
后「……騎士団長様、ですものね」
王子「ですが、手入れは怠っておりません」
王子「……どうぞ。宜しければ、これをお持ち下さい」
勇者「良い、んですか?」
王子「勿論です」
王子「……私事になりますが」
勇者「?」
王子「俺にも、息子が……居るんです」
王子「『自分も騎士団に入りたいのだと何度も言われましたが……俺は、許さなかった』」
勇者「『何で……です、か?』」
王子「『それが『世界』になるからです……俺の、様に』」
后「…… ……」
王子「あいつは、何の為に強くなりたいか、何を守りたいのか」
王子「まだ、何も解って居ない」
王子「強くなるためならって、何でも吸収しようと言うその意欲は」
王子「同じ、剣を握るものとして、同じ男として……父として」
王子「単純に、褒めてやりたくなります」
王子「ついでに、与えてやれるものなら、与えてやりたい……と」
勇者「でも……騎士団長さんの息子さん、でしょう?」
勇者「それ……『騎士団に入団する事』は」
勇者「……違う、んですか?」

251: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
王子「もっと大きな世界を見て欲しいんです」
王子「…… ……恥ずかしい話、ですけど」
后「?」
王子「早くに、連れ合いを亡くしてますから」
勇者「…… ……」
王子「あんまり、接し方が解らないんです」
王子「言う通り、騎士団に入れてしまうと」
王子「……勿論、実力は必要ですけど」
王子「俺の……轍を踏む可能性が高いでしょう?」
勇者(ああ……そうか。彼は、騎士団長だ)
勇者(……母さんに聞いた。初代騎士団長……女剣士、と言う人)
勇者(前の闘技大会の時に、亡くなったと)
勇者(……この人と、先代の勇者に、剣を教えたという人)
王子「……毎晩酒を飲み、酔った振りをして……」
王子「帰るなり、潰れた振りをしました。本当に潰れた日もありますけど」
王子「……素直に、言ってやれば良かったのかもしれません、けどね」
勇者(俺には、父がいないから分からないけど)
勇者(父親ってのは……母親とはまた違った意味で)
勇者(暖かい、のかな……この人も、息子を愛してる……んだろうな)
王子「もし、あいつが……勇者様について行きたいと言うのなら」
王子「その……道はあいつの……『未来』を邪魔します」
后「そう……言い切れないのでは?」
王子「かも……しれません。ですが」
王子「……俺は、そうだった」
勇者「貴方は……その、先代の勇者と、旅に出たかった、んですか」
王子「…… ……と、思います」
勇者「え?」
王子「その頃には……俺にはここで、この街で」
王子「守りたい物、が出来てしまっていたのです」

252: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:uf1qLR+AP
王子「後悔はしていません。もし息子が……それで良いと言うのなら」
王子「良いんです。でもさっきも言ったとおり……」
后「『何の為に強くなりたいか、何を守りたいのか』……ですか」
王子「……はい」
王子「邪推の域を出ませんけどね」
后「……息子さんを愛していらっしゃるんですね」
王子「ええ、勿論」
王子「……早くに母親を亡くしてるので、体当たりの子育てですが」
王子「愛情はたっぷりですよ」
后「……素敵だと思います」
王子「可愛い奴なんですよ」
王子「鍛錬を欠かすなと言えば、朝夜版」
王子「肉は筋肉に良いと言えば、肉を食い、睡眠が重要だと言えばきっちり休んで」
王子「機械みたいな生活、してやがりますよ」
王子「今度は柔軟性が必要だと教えてやろうかと思うんですが」
王子「そしたら体操しだしそうな……ま。筋肉馬鹿なんですけどね」
勇者(俺の親父……生きてたら、この人みたいだったのかな)
勇者(この人の息子が……ちょっと羨ましい)
王子「何時だったか、脳を働かすには糖分が必要だって言って」
王子「パフェ食わせたら、すっかり甘党になっちゃってね」
王子「嘘じゃ無いし、必要ない訳じゃ勿論無いんですが」
王子「一緒に飯食う度に、ジャンボパフェ食うんですよ」
王子「いっかつい身体して、パフェですよ……」クス
王子「似合わないにも程があるんですが……」

256: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
勇者(『世界』……か。俺の……世界)
勇者(……これから、見ていくんだ。ここから、広がって行く)
王子「……随分関係無いお話をしてしまいました。お許し下さい」
勇者「あ……いえ!あの……!」
勇者「……ありがとうございます。て言うか……」
勇者「その。宜しく……お願い致します」
后「……勇者。丁度良いから渡して置くわ。ちょっと待ってて」

スタスタ。パタン

勇者「母さん?」
王子「……勇者様」
勇者「は、はい?」
王子「明日、お迎えに上がります。同じ時間に」
勇者「……は、はい!」
王子「緊張する事はありませんよ……ただの、茶番ですから」
勇者「茶番?」
王子「はい……『人生は茶番の連続』だそうです」
王子「……俺の、母の言葉です」

カチャ

后「これよ」
王子「!?」
勇者「え……?また、剣?しかも……ボロボロじゃないか」
王子(あれは……光の剣!?)
王子(……お父様が修理して、完璧な……否)
王子(『剣の体裁を保つ程度』に完璧に、した筈だ!)
王子「…… ……」
后「これは、光の剣」
后「……貴方の、お父様の『形見』」

257: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
王子(何故、この母が……!? ……否!)
王子(『聞いてくれるな』か)
王子(……この勇者が、金の髪の勇者の息子であるのなら)
王子(何もかも、合点がいく……!)
勇者「…… ……父さん、の」
后「…… ……」
王子「…… ……」
后「……騎士団長様。勇者のお披露目は何時でしょう」
王子「そちらのご都合が宜しければ……闘技大会は明日から始まります」
王子「ですから……」
后「では、明日……今日と同じ時間に迎えに来て下さいますか」
王子「……解りました」
后「勇者を、宜しくお願い致します」
王子「はい……では、失礼致します」
王子(聞きたい事は山程ある……しかし……!)
后「勇者、その剣、しまっていらっしゃい」
勇者「あ……うん!」タタタ
后「……今日、これから勇者に、父の話をしようと思います」
王子「貴女は……何をご存じなのです」
后「私が知る事なんて、ほんの少しですよ」
后「少しだけ……世界の裏側を、見てしまっただけです」

……
………
…………

258: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
戦士(……45.46……)
戦士(毎晩浴びるように酒を飲み……)
戦士(毎朝、何でも無かったような顔で、俺よりも早く起きる)
戦士(……健全な肉体には健全な精神?)
戦士(どこがだ。酒浸りで何時も目の下に隈を作っているような男だ)
戦士(………68.69)
戦士(加齢と共に衰えたとは言え……)
戦士(『騎士団長』としての勤めも、必要な体力も筋肉も残して)
戦士(……)
戦士(99……100ッ)ブンッ
戦士「……言われた侭に、日々の鍛錬を欠かさないのは」
戦士「俺が……『父の様に強くなりたいと思っているから』か」
戦士(『父の様に……か』)

スタスタ

王子「お、いたいた、戦士!」
戦士「! …なんだ、仕事はどうした。ついに首になったか」
王子「戦士、それは酷い」
戦士「……すまん」
王子「今日は直行直帰。お前も誘おうかと思ったんだがな……まあ、振られたからね」
戦士「? ……ああ。デートとかふざけた事を言っていたな」
王子「勇者様と母君に会ってきたんだ」
戦士「……親父が?」
王子「……『騎士団長』ですから」
戦士「『それも仕事か』」

259: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
王子「……『俺の様に……強くなりたい、か。戦士』」
戦士「な……ッ 聞いてたのか」
王子「『独り言はもう少し小さな声で言うべきだな』」クス
王子「……家に入れ、戦士。少し……話したい事がある」
戦士「……?」

261: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
スタスタ、パタン

王子「……なあ、戦士」
戦士「なんだ」
王子「お前、勇者様を守りたいと思うか?」
戦士「……は?」
王子「『勇者様と旅に出たいと……小さい頃に言って居ただろう』」
戦士「……選ばれたとしたら光栄な事だからな」
王子「そうじゃ無い。名誉だとか、そういうのはどうでも良い」
王子「守りたいか?守れるか? ……世界を、救いたいか?」
戦士「!」
父「……そういう事」
戦士「俺……は」
戦士(俺は、強くなりたい。誰よりも……親父よりも)
戦士(何のためだ。世界を守るため?誰かを守るため……)

262: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
戦士(俺は……どうして強くなりたいんだ?)
王子「『世界を守ると言う事は、この国にだけいちゃいけないんだ』」
王子「『……ここだけをお前の『世界』にしちゃいけない』」
戦士「俺の……世界、に?」
王子「お前は強くなりたいんだろ? ……身体だけ鍛えたって、意味はない」
王子「まぁ……蒸し返して悪いけどさ」
王子「お前のさっきの独り言だ……『俺の様に強くなりたい』」
戦士「…… ……」
王子「確かに、まだ幼いお前がお父さんみたいに強くなりたい!って」
父「目、きらきらさせてた時には嬉しかったよ」
戦士「……」
王子「だから、とりあえず身体鍛えなさいって言った訳だ」
王子「俺はまだ、お前より強いよ、戦士」
王子「守らなくちゃいけないものがあったからな」
戦士「……」
王子「病気で氏んだけど……母さんも、お前も」

263: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
王子「この国の人達も。今では、勇者様と母君も、だ」
王子「『手っ取り早く鍛錬したいなら、お前の望む通り、騎士団に入れてやれた』」
王子「『だが……そうすると、やはり』」
戦士「『勇者様について行きたいと思う……俺の世界が狭くなる?』」
王子「『……考え過ぎかもしれんがな。騎士だからって、選ばれない道理も無い』」
王子「今はまだわからなくても良い。だが……守りたいものが出来た時」
王子「『確かにお前はもっと強くなるだろう。だが……』」
王子「『俺の様に、お前はここを離れられなくなる』」

264: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
働いてくるー!

268: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
戦士「それが……俺の入団を拒み続けてきた答、か」フゥ
王子「まあ……そうだな」
戦士(……不器用な男だ。俺は……親父に似たんだな)
王子「もっと素直に、早くに伝えてやれば良かったのかも知れんが……」
王子「……悪かったな、戦士」
戦士「……否」
王子「明日から、闘技大会が始まる」
王子「俺は明日の朝、勇者様を迎えに行くんだ」
戦士「!」
王子「前回は……女剣士の訃報があって、バタバタしてて」
王子「お前を連れて行ってやれなかったからな」
戦士「……では、明日……勇者様が……」
王子「ああ……国王が、皆の前へ出すだろう」
戦士「……約束したんだ」
王子「ん?」
戦士「大会を見に行く、と」
戦士「……だが、あの人が亡くなられて」
戦士「俺は……泣いて、泣いて……家から出られなかった」
王子「…… ……」
戦士「だから……今度こそ、約束を果たす」
王子「……うん」

269: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
戦士「……で」
王子「ん?」
戦士「デート、てのは何だったんだ」
王子「一緒に行こうかなと思ったんだよ」
戦士「……勇者様の所に、か!?」
王子「やめておいて正解だ」
戦士「……?」
王子「一瞬、な。顔をあわせて置けば……なんて考えちまったんだよ」
王子「だがそれは……親心なんかじゃないよな。ただのエゴだ」
王子「もし、勇者様とお前に、縁があれば……導かれるだろう」
王子「……下らないお膳立て等、無くてもな」
戦士(国中の誰からも好かれる立派な騎士様、か)
戦士(……成る程、な)クス
王子「……お前にこれをやる」カチャ
戦士「これは……『騎士団の剣?』」
王子「『本当は駄目なんだけどな……』」
王子「俺が『騎士団に入った頃から』使い込んでるから、お前の手にもなじむよ」
王子(勇者様に……金の髪の勇者と交換したやつは、渡してしまったからな)
王子(俺のあの……紋章入りの剣は、どこにいったんだろうな)
戦士「……ありがとう、親父」
王子「……でかくなったなぁ、お前……」
戦士「何だよ急に……」
王子「何となく」クス
戦士「……アンタに育てて貰ったからな」
王子(俺……間違えて無かったかな)
王子(……祈り女。でかくなったよ。俺たちの、息子)

270: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
……
………
…………

勇者「ねぇ、母さん」
后「ん?」
勇者「親父って……どんな人だったの?」
后「そうねぇ……」
后「素敵な人だったよ。勇者は……覚えてないだろうけど」
勇者「うん……」
后「まっすぐで、一生懸命でね」
后「ちょっと……抜けてる所もあったけど」
后「私の事も、勇者の事も、すごく愛してくれてたよ」
勇者「そっか……やっぱり、今日の『騎士団長』さんみたいに」
勇者「……いや、いいや」
勇者「『母さんの……話を聞くよ』」
后「……貴方のお父さんはね。もう……大体察しはついてるかな」
勇者「……金の髪の勇者、だね」
后「……うん」
勇者「魔王を倒そうとして……果たせなかった?」
后「うーん、ちょっと違うかな」
后「……負けちゃってたら、一時期とは言え」
后「魔物、弱くなったりしないでしょ」
勇者「……そうか」
后「それに、貴方も生まれない」
勇者「でも……前に、こっそり母さんに街に連れて行って貰った時に……」
勇者「……みんな、言ってた」
勇者「魔王が復活したから、新たな勇者が……て」
后「…… ……」

271: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
勇者「……父さんは。金の髪の勇者は……生きてる、のか?」
后「……勇者。貴方はこれから『世界』を見る」
勇者「……?」
后「貴方達は、世界を見、知り、感じる事ができる」
后「私達……以上に」
勇者「母さん……?」
后「父さんが……生きているのか、どうなったのか」
后「貴方が、これからどうなって行くのか」
后「全て貴方が決める事」
后「……『選択を誤らないで』、勇者」
勇者「…… ……」
后「そして『腐った世界の腐った不条理を断ち切って』」
后「……それは、父さんが、はたせなかった夢、だよ」
勇者「……必ず、魔王を倒せって、言いたい、んだ……よね?」
后「……『魔王がいる限り、勇者は生まれる』の」
后「そして『勇者』は世界に一人しか存在出来ないの」
勇者「え!?」
勇者(どう言う事だ……?)
勇者(母さんは……俺に自分で確かめろと言った、のに)
勇者(……この話が真実なら『勇者』は……)
勇者(『金の髪の勇者』は、存在しない事になる!)

277: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
勇者(……でも)
勇者「…… ……」
后「勇者?」
勇者「俺が魔王を倒せば……『終わる』んだよな」
后「…… ……」
勇者「何があったかわかんないけど。聞いても、母さんは俺に」
勇者「自分の目で確かめろ、って言うよな?」
后「……そうだね。貴方には自分の力で」
后「『欠片』を……集めて欲しいから」
勇者「……父さんの時には、終わらなかった『何か』を」
勇者「俺は、必ず……終わらすよ」
后「…… ……」
勇者「俺のために。母さんと、父さんの為に……世界、の為に」
后「……頼もしい、息子だなぁ」クス。ギュ
勇者「か、母さん……!?」
后「覚えて置いて、勇者」
后「私も、お父さんも、貴方を愛してた。ずっと愛してる」
后「私達の愛しい息子……それは、貴方が『世界に一人しか存在しない勇者』だからじゃない」
后「……貴方だから、だよ」
勇者「…… ……うん」ギュ
勇者(……勇者って、そんなに貴重なのか『と、思ってたけど』)
勇者(否……小さい頃から母さんに『それ自体は』聞かされてきた)

278: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
勇者(魔王は、勇者にしか倒せない。そして、勇者は、世界に一人しか存在できない)
勇者(『何度も、何度も聞いた話だったのに』)
勇者(だから、『勇者』は……俺は)
勇者(こうして、危険が無いように、街の外れに居を構え)
勇者(必要無い限り、街にも降りられず、ひっそりと……16の誕生日を待つ)
勇者(……王国保護の箱庭の隅に監禁されてる)
勇者(『解って居た、筈なのに……どうして、こんなに寂しいんだろう』)
勇者(裏庭を駆け回って、遊ぶ事ができた)
勇者(たまに、こっそり……母さんと街にも遊びにいった)
勇者(母さんが居たから、寂しくはなかった。けど……)
勇者(『これからは、母さんは……』)
勇者(『……俺が居ない分、ずっと……寂しい、んだよな』)
勇者「……俺、大丈夫……だよな?」
后「ん?」
勇者「魔王……倒せる、よね?」
后「自信を持ちなさい。大丈夫」
后「貴方は、私と父さんの子だよ。大丈夫だよ」
后「……『勇者は必ず、魔王を倒すの』」
勇者「うん……」
后「重荷には感じないで。無理かもしれないけど……」
后「でも、信じることは、大事」
后「大丈夫。貴方は、自慢の、大事な大事な……恰好良い息子、だよ」
勇者「…… ……うん」

279: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
勇者「ねぇ、母さん」
后「ん?」
勇者「母さんは……寂しくない?」
后「……何が?」
勇者「……街にも出なくてさ。父さんも……居なくて」
后「……勇者は、私と二人で……寂しかった?」
勇者「俺? ……いや。母さんがいたから」
后「……私もよ。私も、勇者が居たから寂しくなかったよ?それに……」
后「父さんと約束したもの。立派な勇者にする、ってね」
勇者「……でも」
勇者(『父さんには多分、もう……会えない、んだろうな』)
勇者(『それに、俺は……旅立ってしまう』)
后「んー……愛してるから。『貴方も、父さんの事も、ずっと』」ニコ
勇者「さっきから……俺がハズカシイよ」
后「嘘じゃ無いもん」
勇者「……ん」
后「そういえば何時だっけね。勇者つれて、こっそり街に行ったよね」
勇者「覚えてるよ。『いつかの闘技大会の時』」
后「……うん、そうだね。あれが『最初で最後』だったかな」
勇者「アイス買って貰ったな。賑やかで楽しかった」
勇者(そうだ……あの後も、何回か連れて行けって……駄々捏ねたな)
勇者(でも……母さんは、寂しそうに、困った様に笑って)
勇者(ごめんね、って……言うだけだった)
勇者(……泣きそうな顔、してた)
勇者(いけない事なんだ、って……何となく気がついて)
勇者(言わなくなったんだ……)

280: 2013/08/09(金) NY:AN:NY.AN ID:hQg6OZbIP
后「本当は……もっと見せてあげたかったけどね」
勇者「うん……解ってる。俺は『勇者』だから……」
后「…… ……」
后「今まで、連れて行ってあげれなかった分」
后「『運命に選ばれるだろう、仲間と』……一杯街を、世界を見ていらっしゃい」
后「人に触れて、色々な経験して……強くなって」
后「『腐った世界の、腐った不条理を』」
后「『今度こそ』 ……断ち切って、勇者……!」

……
………
…………

284: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:8lJSGP3sP
魔法使い(……ここが、始まりの街、か)
魔法使い(凄い……港町に引けを取らないぐらい賑やか……)
魔法使い(港街からの船に乗って、気がついたけど)
魔法使い(……あの、女の船長さんの船の部屋……)
魔法使い(やたら良い部屋だと思ったら……特別室だって)
魔法使い(豪華なベッドに、豪華な食事)
魔法使い(美味しい料理の筈なのに……一人で食べても、美味しくなかった)
魔法使い(不思議と、食べ慣れた味だった。だから余計に……かな)
魔法使い(我が家の娘に相応しく……か)
魔法使い(……やっと、解放された。でも結局は……)
魔法使い(優勝って言う結果を持って、戻らないといけない)ハァ
魔法使い(闘技会、か……)
魔法使い(……いやだなぁ)
魔法使い(足が……重い)
魔法使い(港街でのんびりする暇も無かった。ちょっと残念だったな)

スタスタ

騎士「出場者の方ですか?」
魔法使い「え!あ、ハイ!」
騎士「では、コチラにお並び下さい」
魔法使い(………並ばされてしまった)
魔法使い(長蛇の列……これ、全員……出場者!?)
魔法使い(うわ、あの人凄い筋肉……てか、剣でかッ)
魔法使い(あんなの振り回すの!?)
魔法使い(あっちは……双剣かな)
魔法使い(……いや、無理無理無理!)
戦士「おい」
魔法使い(殺されちゃうって!)
戦士「おい!」グイ
魔法使い「はいいぃ!?」
戦士「出場者か?」
魔法使い「え、あ……はい」
魔法使い(厳つい鎧……この人も、出場者?

285: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:8lJSGP3sP
戦士「出場者ならば、きちんと手当を受けろ」
魔法使い「え? ……あ」
魔法使い(腕の火傷か……見えてたのね)
魔法使い「これは別に……痛くないから」
戦士「そうか……では好きにしろ」クル
魔法使い「あ、待って!貴方も……出場者?」
戦士「違う……俺は出られない」
魔法使い「え、でも……鎧着てるじゃない」
戦士「……父が騎士として勤めているからな」
魔法使い「騎士?」
戦士「騎士の身内は出れないルールだ。審判を勤めるのも騎士だからな」
戦士「公平を期すためだ」
魔法使い「ああ、そうなんだ……えっと、残念ね」
魔法使い「『でも……じゃあ、なんで鎧なんて着ているの?』」
戦士「『…… ……』」
魔法使い「『……あ、ごめんなさい。気になっただけ』」
戦士「『…… ……』」

スタスタ

魔法使い(『な、何よ……感じ悪い!』)
魔法使い(あんな不機嫌そうな顔しなくたって良いじゃ無いの……!)

286: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:8lJSGP3sP
魔法使い(この国には騎士団があるのよね)
魔法使い(それは……お母様達から聞いてた)
魔法使い(……出たかった、のかな)
魔法使い(鎧まで着て、さ……)
魔法使い(……無神経だったのかな、私)
魔法使い(出たい人が出れなくて……)
魔法使い(否、ルールだから仕方ないんだろうけど……)
魔法使い(私みたいな、出たくないのが……出場するのよね)
魔法使い(…… ……)
騎士「次の方、どうぞ…」
魔法使い「『……はい』」
騎士「『お名前頂戴して宜しいですか』」
魔法使い「魔法使い……です」
魔法使い(今まで、怒られるのが怖くて。褒めて欲しくて……それだけの為に頑張ってきた)
魔法使い(実力を知る良い機会だわ……ッ)

287: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:8lJSGP3sP
魔法使い(……勝てば、自信になる)
魔法使い(お母様に言われた以上に)
魔法使い(負けたら……良いわ。それはその時考えよう)
魔法使い(折角あの人達から離れられたんだもの……ッ)
魔法使い(目の無いところで、試したい!)
騎士「では、こちらの奥へお進みください」
騎士「詳しい説明は中でさせて頂きます」
騎士「ご武運を」
魔法使い「はい……!」

……
………
…………

288: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:8lJSGP3sP
戦士(『何故鎧を着ているの』か……)
戦士(……見て欲しかった。女剣士様に)
戦士(少し遅くなったけれど……)
戦士(……約束、だからな)
戦士(それに……今日はとうとう、勇者様の顔を見る事が出来る)
戦士(親父は朝早く、勇者様を迎えに行くと出て行った)
戦士(……気が引き締まる。再確認できる)
戦士(勇者様について行きたいと……思う、気持ちの、再確認)
戦士(さっきの娘に……話す必要は無いと思った、が)
戦士(……余りに、無愛想だったか)ハァ
戦士(しかし……親父の奴、すぐに帰るとか言ってたが)
戦士(……まあ、仕方ないな。騎士団長ともなれば忙しい、か)
戦士(俺も……会場に入ろう)

スタスタ

289: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:8lJSGP3sP
……
………
…………

僧侶「ありがとうございました。助かりました!」
傭兵「いやいやこちらこそ。回復して貰えて助かったよ」
傭兵「ほら、もう良いから早く行きなよ」
傭兵「試合始まるぜ?」
僧侶「あ……! ありがとうございます!」タタタ

293: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:8lJSGP3sP
僧侶(会場……あっちか……)タタタ……
僧侶(うわ、人いっぱい……)
僧侶「あ、あの……すみません」ムギュ
僧侶(痛たた……うう、前が、見えない……)

ウワアアアアアアア!

僧侶(え、何!?)
僧侶(……あ、テラスの上……王様、かな?……!)
僧侶(……ッ 隣の、黒い髪の……あれは……)

王子「静かに!……国王様」
国王「うん……これより、闘技大会を始めます。優勝者には、ささやかですが」
国王「賞金も用意してあります!」
国王「……ルールを守って、素晴らしい戦いを見せて頂ける事を期待してます」
国王「その前に……勇者、前に」
勇者「……は、はい!」

294: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:8lJSGP3sP
ワアアアアアアア!

国王「皆もご存知の通り」
国王「魔物は減り、その力は弱まっていました」
国王「以前この街を旅立たれた金の髪の勇者は……ついには戻らず」
国王「魔物は……また、力をつけ始めた」
国王「魔王の復活が囁かれ……私達には絶望しか残されて居ないと……」
国王「そう、感じ始めてもおかしくありませんでした」
国王「だけど……神は、私達を見捨てられてはいません!」
国王「……勇者はこの街に戻ってきてくれた!」

ワアアアアアアア!

国王「その手に『光輝く勇者の印を持ち』」
国王「光に選ばれし、金の瞳をした」
国王「運命の子、勇者は……!」
国王「今、ここに!」

ワアアアアアアア!

勇者(……凄い声だ)

295: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:8lJSGP3sP
王子「……さあ、勇者様」
王子「大丈夫です。落ちついて下さい」
勇者「は……はい」
勇者(この声も視線も……皆……俺に向けられてるんだ)
勇者(……『希望』を求めてる)
勇者(応え……なくちゃいけないんだ)
勇者(俺は……勇者だから)
勇者(大丈夫だ……ッ俺は『勇者』だ)
勇者(『金の髪の勇者』の、子供だ……ッ)
勇者「お、れは……ッ」
勇者「必ず、魔王を倒します!」
勇者「こ、この!」バッ
勇者「この、『勇者の印』に誓って!」

ワアアアアアアアアアアア!

296: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:8lJSGP3sP
戦士(あれが……勇者)
戦士(……俺と歳も然程変わらんだろう少年が……勇者)
戦士(世界を守り、魔王を倒さんとする)
戦士(……『世界の希望』)

魔法使い(彼が……勇者……)
魔法使い(誰かに……似てる気がする)
魔法使い(でも……私は勇者になんてあった事無いわ)
魔法使い(あんなに細い身体で……その肩に『世界の命運』を乗せている……)

僧侶(……確かに光を感じる)
僧侶(あの時生まれた、あの輝かしい命……確かに、あれは彼だ……!)
僧侶(勇者の印……か)
僧侶(……見てみたい。彼と共に、この世界を……!)

297: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:8lJSGP3sP
戦士(何だ……?この気持ちは……ッ)ドクンッ
戦士(喉が苦しい……!?)

魔法使い(何なの……これ)ドクンッ
魔法使い(何でこんなに、胸が苦しいの……ッ)

僧侶(……ああ。胸が熱い)ドクンッ
僧侶(彼に、光に……何故、こんなにも惹かれるの……ッ)

戦士(あの小さな背を……守ってやりたい)

魔法使い(……世界を守る、彼の力になりたい)

僧侶(彼と共に歩み、知りたい。世界を……私を……)

戦士(彼に、ついて行きたい!)
魔法使い(彼に、ついて行きたい!)
僧侶(彼に、ついて行きたい!)

298: 2013/08/10(土) NY:AN:NY.AN ID:8lJSGP3sP
……
………
…………

后「久しぶりだね、魔導将軍」
魔導将軍「本当に乱暴よね、アンタは……」ハァ
魔導将軍「心話だっけ? ……吃驚するんだからね、こっちは」
后「そんな良い物じゃないよ」
后「ある程度近く無いと届かないし」
后「どっちかって言うと、使用人の小鳥ちゃんに近いかな?」
魔導将軍「小鳥を声に変えただけ、て言いたいの?」
后「まあ、そんな感じ」
魔導将軍「……驚く事に変わりは無いんだけどな」
后「貴女の魔力を感じたからね」
后「会えるの、このタイミングしか無いだろうしさ」
魔導将軍「勇者……居ないのね」
后「うん。闘技大会で城に呼ばれてるのよ」
后「ご挨拶、だって」
魔導将軍「……要件、その一方的な投げかけでも良かったでしょうに」
后「会いたかったんだよ」
后「……魔王、どう?」
魔導将軍「……ぎりぎりじゃないかな」
后「そう……間に合えば、良いけど」


304: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
魔導将軍「……あと一年、か」
后「そうだね……早かった、かな?」
魔導将軍「変わらないからね、私達は……で『お願い』って……何よ?」
后「ああ、そうそう……あのね」
后「……羽、仕舞える様になったんだよね」
魔導将軍「え?ええ…… ……何させるつもりよ」
后「登録所の様子、見てきて欲しいな、って思って」
魔導将軍「様子……?」
后「知ってる気配に集中するとね、ある程度見えるのよ」
魔導将軍「……な、何が?」
后「遠見……って言うのかな?」
魔導将軍「……本当に何でもありになってきたわね、アンタ」
后「口も手も出すつもりは無いんだけどね」
魔導将軍「……観察はしたい訳ね」
后「虫じゃ無いんだから……でも、まあ、そう」
后「勇者達が旅立ってしまえば、まさか貴女に偵察に出て貰う訳にも行かないでしょ」
魔導将軍「そりゃね……その頃には、多分私も動けないわ」
后「……『私も』って、事は……」
魔導将軍「側近は、もう魔王の傍から動けないかな」
魔導将軍「たぁんまに、唸ったりね。この間から、少しずつ魔力が高まってる」
后「だから……ぎりぎり、か」
魔導将軍「まだ一年ある……だから、一度戻って二人に相談してみるわ」
后「うん……御免ね」
魔導将軍「でも……見るだけで良いのね?」
后「えーっとね。気配探って、覚えてきて欲しいの」
后「で、それを教えて欲しいな」
魔導将軍「…… ……はい?」
后「ちゃんと教える。大丈夫よ、様は……」
魔導将軍「『魔法なんて使い様』ね」ハァ
魔導将軍「……さらっと無茶言うわね」

305: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
后「ごめんね。でも大丈夫よ……」
后「『願えば叶う』」
魔導将軍「『願えば叶う』」
后「……揃ったわね」クス
魔導将軍「長い付き合いなのよ。解るわよ……もう」ハァ
魔導将軍「じゃあ、一度戻るわ」
魔導将軍「誰かに感付かれるのもまずいでしょ」
后「ここは防護の魔法かけてあるから、大丈夫だと思うけどね」
魔導将軍「……貴女、『紫の瞳の魔王』みたい」
魔導将軍「本当に『規格外』よ」ハァ
后「……魔族、ってさ」
魔導将軍「ん?」
后「本来、こういう物なんじゃ無いかなって思うのよ」
魔導将軍「……?」
后「純粋にさ『強い力』に拘ったりしちゃって、忘れがちなだけで」
后「何でも出来ちゃうんじゃないかなって」
后「……紫の瞳の魔王は、きっと好奇心旺盛だったのね」
魔導将軍「そりゃ、ね。魔王の体液を吸収して」
魔導将軍「育み、産んで……しまうぐらいなんだもの」
后「何か、やらしいなぁ……」
魔導将軍「直接的な表現避けたでしょうが!」
魔導将軍「……もう。で!」
魔導将軍「……『人間の部分』を捨てて、純粋な魔に近づいた」
后「…… ……」
魔導将軍「今の貴女見てると、使用人の推測、多分間違えて無いんだろうなと思うわ」
后「そうかな。魔導将軍にも、側近にも出来ると思うんだけどな」
魔導将軍「プラス『母』だからってのもあるよね、きっと」
后「……ああ」
魔導将軍「人も魔も、動物だって」
魔導将軍「『母』って生き物は、本当に『強い』のよ」

306: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
后「……かも、ね」
魔導将軍「じゃあ……行くわね」バサッ
后「うん。遠いし、気をつけて」
魔導将軍「……帰ってくるんでしょう?」
后「勇者が旅立ったら? ……勿論」
后「早く会いたいよ……魔王に」
魔導将軍「……伝えとくわ。じゃあね」

バサバサバサバサ……

后「何でもあり、か。貴女もだと思うんだけどな……」フゥ
后(……世界を守る為、か)
后「…… ……勇者、御免ね」

……
………
…………

308: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
剣士(やっと……やっと見つけた)
剣士(あれが、勇者……ッ)
剣士(まだ、ほんの少年だ)
剣士(……フードが邪魔だし、遠くてはっきり見えないが……)
剣士(……身が、引き裂かれそうな、これは……何だ?)ドクンッ
剣士(……ッ 頭が……割れそうだった)ハァ
剣士(街の外れ……か)キョロ
剣士(……兎に角会場から離れたかった)
剣士(少し……ましになった、か)
剣士(勇者の旅立ち迄……後、一年)
剣士(以前、魔導の街の領主に書いてもらった書類で、登録は済ませてある)
剣士(……怪しまれない為には、この街を離れた方が良いのか)
剣士(しかし……)

ガサガサ……

剣士(! ……騎士の見回りか)
剣士(仕方あるまい……)スタスタ

309: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
海賊「残念でしたねぇ、あの娘」
船長「仕方ねぇだろ、あれが実力さ」
海賊「どうします?」
船長「……とりあえず船に戻るのが先だろうが」ハァ
海賊「見られたらまずい、て変な道入ったの船長でしょ」
船長「魔導の街の人間に見つかる訳に行かないからな……」
船長「どうせ別便で見張りに着てるんだろうし」ハァ
船長「暫くあの街に近づくな、てのも契約の一部だ」
船長「……たんまり金も貰った事だし」
船長「当分のんびりしようぜ……ああ、港はあっちだな」
海賊「こんな小さな街で迷子とか情けないっすねぇ……」
船長「迷子じゃねぇっつってんだろ!」

スタスタ

剣士(……船長。来てた、のか)
剣士(随分……歳をとったな)

310: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
剣士(……変わらないのは俺だけだ)
剣士(やはり……俺は……)
剣士(しかし、俺が魔族なら、何故)
剣士(『魔王を倒す』必要がある……)
剣士(…… ……答は、勇者が握っている、のだろうか)
剣士「…… ……」
剣士(船長達は、離れたな)
剣士(俺も……宿に戻ろう。一先ず休まねば)
剣士(後、一年……!)

311: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
……
………
…………

魔法使い(……負け、ちゃった)ハァ
魔法使い(決勝戦は……あの双剣の男と、誰だっけな……ああ、もう良いか)
魔法使い(……帰ったら、怒られる、かなぁ……)
魔法使い(優勝して、名を売って……勇者様に、か……)
魔法使い(後、一年……帰ったら、また……今迄以上に厳しく……)
魔法使い(…… ……)
魔法使い(もし、このまま帰らなかったら……心配するかしら)
魔法使い(『否、私は……優勝出来なかった……帰ったって蔑まれるだけ』)
魔法使い(だったら、実力で……勇者様の仲間になってから……!)
魔法使い(『そうしたら、お母様達も、認めてくれる……!』)

312: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
魔法使い(路銀は……まだあるわね)
魔法使い(今日は、宿をとって、まず食事をしよう)
魔法使い(それから……!『勇者様の仲間になって、街へ帰ろう!』)
魔法使い(後、一年……!)

……
………
…………

僧侶(すぐに城に……戻ってしまわれたけれど)
僧侶(まだ……胸が、ドキドキする)
僧侶(……知りたい。勇者様の事。『光に導かれし運命の子』を)
僧侶(彼と共にいれば、世界を見れる)
僧侶(私を……知れるかもしれない)
僧侶(母や、エルフを……!)
僧侶(……お力になりたい。今度こそ魔王を倒し)
僧侶(美しい世界を、見たい……!)
僧侶(母が……見れなかったであろう、美しい世界……)
僧侶(後、一年……!)

……
………
…………

313: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
カチャ

戦士「親父?」
戦士(……は、まだ帰ってない、か)
戦士(あの双剣の男、見事だった)
戦士(……早さも技も……申し分無い)
戦士(あの男も、勇者と共に……と、願うのだろうか)
戦士(俺では……遥かに及ばない……!)
戦士(……俺も親父の様に、強くなれるか?)
戦士(勇者を守りたい。今は……『はっきりとそう思う』)
戦士(しかし……)
戦士(…… ……)
戦士(鍛えて、おくか)
戦士(『親父から貰った剣』……手になじまさんとな)
戦士(勇者と旅立てた時には、この剣を振るう)
戦士(……騎士で無い俺が、普段使う事は許されない)
戦士(親父の願いでもあったのだろう……共に、する事は……)
戦士(あいつ、はっきりとは口にしなかったが……)
戦士(ならば、俺が……ブンッ)
戦士(後、一年……!)

314: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
……
………
…………

勇者「ただいま、母さん……」カチャ
后「おかえりなさい、勇者……ありがとうございました、騎士団長様」
王子「いいえ……お礼を言うのはこちらですよ」
王子「……世界に、希望をありがとうございました」
勇者「ご、ごめん……俺、もう、寝る……」フラフラ……パタン
后「あらあら」
王子「……何もかもが始めての経験でしょうからね」
王子「では……俺も、これで」
后「宜しいのですか」
王子「何が……です?」
后「…… ……」
王子「お尋ねしようと、さっきまでは思っていました。ですが……」
王子「……貴女は『世界の裏側を少しだけ』知っていると仰っていた」
后「…… ……」

315: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
王子「俺には……知らないでいる権利もあるのだと」
王子「……思います」
后「知りたいとは、思わない……のですか」
王子「勇者様がいらっしゃると言う事は」
王子「金の髪の勇者は、生きていると言う事になる」
王子「……生きていた、かも知れませんが」
后「…… ……」
王子「それが解っただけで……十分です」
王子「……では、失礼します」
后「騎士団長様」
王子「はい?」
后「……旅立つ迄の間、短いですが」
王子「……?」
后「勇者に、剣を教えてやって貰えませんか?」
王子「宜しいのですか?」
后「……限界がありますから。私では」
王子「……俺で良ければ、喜んで」
后「ありがとう……」
王子「時間のお約束は出来ませんが、宜しいですか」
后「ええ」
王子「出来る限り、時間を見つけて……参ります」
后「……お待ちしております」

316: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
パタン

后「とうとう……『後一年』、か」
后「勇者、私を怨むかな? ……魔王を、怨むかな」
后「どんな決断をするんだろう」
后「どんな人を……仲間に、するんだろう」
后「勇者……これだけは、忘れないでね」
后「私も、魔王も……心から、貴方の事を愛しているんだよ」
后「この腐った世の中の、腐った不条理……」
后「貴方は……断ち切れるかしら。勇者……」

……
………
…………

317: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
事務員「さて、書類はこれと、これ……」トントン
事務員「勇者様のお誕生日も近いし……忙しくなるわねぇ」
魔導将軍「精が出るわね、お嬢さん?」
事務員「……? ごめんなさい、今日の登録は終わってしまったんです」
事務員「また明日来て貰えます?」
魔導将軍「大丈夫、それには及ばないわ」
事務員「え?」
魔導将軍「忙しいでしょう? ……手伝ってあげる」
事務員「え……きゃッ……」クラクラ
魔導将軍「暫く、お眠りなさい……と、危ない危ない」ダキ
魔導将軍「旅立ちの日まで二週間……さて」
魔導将軍「久しぶりねぇ、人間ごっこ」
魔導将軍(『本当に無茶ばかり言うわよね、后……』)ハァ
魔導将軍(『驚いてたわよ、側近も、使用人も……』)

……
………
…………

324: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
使用人「……それは、登録者を監視しろ、と言う事ですか?」
魔導将軍「どうなんだかなぁ……心配になる気持ちは解るんだけどさ」
魔導将軍「多分、勇者の旅について行く、人達の気配を覚えて置いて」
魔導将軍「後で教えて頂戴、って事だと思うわよ」
使用人「そんな無茶な!」
魔導将軍「……『魔法なんて使い様』」
使用人「だからって…… ……」
魔導将軍「まあ、ね。そりゃ無茶よ。だから……」
魔導将軍「……ま、何とかするわ」
使用人「何とかって……なんです」
魔導将軍「……私、さぁ?」
使用人「?」
魔導将軍「結局、側近との子供、出来なかったじゃない?」
使用人「え……」
魔導将軍「ずっと離れてるけど、魔王と后の子って思えば、子供みたいなモンじゃない」
使用人「……まあ、気持ちは解らなくもない、ですけど」
魔導将軍「見守ってやりたいってのは、良く解る訳よ」
使用人「…… ……」
魔導将軍「遠見だとか、何か良くわかんないけどね」
魔導将軍「……旅立ち、見守れば良い、訳だ?」
使用人「……何、なさるおつもりですか」
魔導将軍「取りあえず、書庫で探してきてくれないかな」
魔導将軍「気配を感じ取る方法とか、こっちの気配……魔力、か」
魔導将軍「隠す方法、とか、の本」
使用人「自分で探して下さい!」
魔導将軍「えー……苦手だから頼んでるのにぃ……」

……
………
…………

325: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
魔導将軍(側近は驚いているだろう、が正解か)
魔導将軍(……会ってない、もんな)
魔導将軍(寂しいなぁ。もっといちゃいちゃ、したかったのになー……)
魔導将軍「と……いけないいけない。この子放置じゃ駄目ね」
魔導将軍「んー、翼隠したら服着れるわね……よっと…ごめんね」ゴソゴソ
魔導将軍「あらん、セクシーな下着……よいしょっと、ちょっと胸がきついなぁ」
魔導将軍「ん、おっけー……御免ねぇ、事務員ちゃん。二週間のロングバケーション、楽しんでね」
魔導将軍「……夢の中、だけど」フフ
魔導将軍(いくら使用人に本を探して貰って)
魔導将軍(読んで、教えて貰って……とは、言え)
魔導将軍「これじゃ、后の事……言えないわよねぇ……」
魔導将軍(私まで、規格外みたいじゃ無いの……)ハァ
魔導将軍(『魔族は本来、こんなもの』か)
魔導将軍(……元人間の、私達に言われたんじゃ、世話無いわね)

……
………
…………

国王「兄さん」
王子「……国王? ……どうした」
国王「今から、勇者の所へ?」
王子「ああ。時間が空いたからな」
国王「勇者は……どうだい?」
王子「剣を教えだして、もう一年近くなる」
王子「……基礎が出来ていたことに驚いた、と前も言っただろう?」
国王「うん……僕はその辺については門外漢だから、解らないけど」
王子「後は……実戦しかあるまい。こればかりは……」
国王「そうか……」
国王「……もうすぐ、旅立ちの日だ」
王子「ああ……」
国王「戦士、は?」
王子「……あいつの好きにさせるよ。選ばれたのなら……そうだな」
王子「名誉、な事だ」
国王「そんなのはどうでも良い! ……良いの、ですか?」
王子「…… ……」
国王「…… ……」

326: 2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:58wjuHtLP
王子「……金の髪の勇者も、その仲間も……」
王子「帰って来なかった、からか」
国王「…… ……」
王子「……戦士の人生は、戦士の物だ」
王子「自分で決めた事ならば、俺は何も言わない」
王子「……言えないよ」
国王「兄さん……」
王子「……祈り女が居なければ」
王子「騎士団に入っていなければ。騎士団長に選ばれなければ」
王子「……戦士が、居なければ」
国王「…… ……」
王子「そんな『もしも』の話をしたって、仕方が無いだろう?」
国王「それは……そうですけれど」
王子「登録所、満員らしいな」
国王「……ええ。毎日、登録を願う人でごった返しているそうです」
王子「人、足りてるのか?」
国王「足りなければ雇えと言ってありますよ」
国王「……」

329: 2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:rK/6FGmjP
国王「早かった……ですね」
王子「そうか?」
国王「……僕は、ですけど」
王子「俺は……長かったかな」
王子「祈り女の氏も……」
王子「自分が、金の髪の勇者に着いて行きたかったんだと認める事も」
王子「戦士に……無意識にそれを託そうとしてたんだってのも、さ」
国王「……」
王子「認めるのに、随分時間が掛かったよ」
国王「……金の髪の勇者は……」
王子「今の生氏はわからん。けど、勇者があいつの子供だって事が解っただけでも」
王子「……否。それで充分さ」

330: 2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:rK/6FGmjP
国王「あの母親は……何を知っているんでしょう」
王子「『世界の裏側を少しだけ』か」
国王「『聞いてくれるな』と言われた以上……問いただすべきでは無いのかもしれませんけど」
王子「今度こそ、勇者が魔王を倒し、戻った時に」
王子「聞けば良いさ」
王子「……今は、母親の話より、勇者を無事に旅立たせる事だ」
国王「そう……ですね」
王子「じゃあ、行ってくる」
国王「はい。お気をつけて」

スタスタ…パタン

王子(勇者が、あいつの……)
王子(金の髪の勇者の子供だと思えば)
王子(もう一人、息子が増えたみたいだ)

331: 2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:rK/6FGmjP
王子(俺とあいつみたいに)
王子(勇者と戦士が会っていたら、良いライバルになってただろうな)
王子(女剣士、こんな気分だったのかな……)
王子(だが……そのもしも、が本当になってたら)
王子(戦士は……旅立ちを許されなかったかも知れん。俺の様に)
王子(否。関係無かったか?)
王子(……こればかりはわからんな)
王子(考えても仕方ない)
王子(人生に……『もし』等、あり得ないんだ)

332: 2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:rK/6FGmjP
……
………
…………

魔導将軍「……はい、次の人ー」
魔導将軍(久しぶりに人間の仕事なんかすると疲れるなぁ)
魔導将軍(ああ、側近にマッサージしてほしい)
魔導将軍(あれから10日ほど……)
魔導将軍(最初はぱらぱらだったけど…)
魔導将軍(正式に王様から勇者の旅立ちについてのお触れが出てから)
魔導将軍(来るわ来るわ……) ハァ
魔導将軍(この中から三人ほど、か……)

コンコン、カチャ

僧侶「あの、すみません……登録って、ここで良いんでしょうか…?」
魔導将軍「はい、こんにちは……どうぞ?」ニコ
魔導将軍(また一人……あら、この子……?)

335: 2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:rK/6FGmjP
僧侶「あ……良かった。えっと、お願いします」
魔導将軍「じゃあ、この書類に記入して貰えるかしら?」
僧侶「あ、はい……」
魔導将軍(名前は……僧侶、か。それにしても綺麗な子ね)
僧侶「これで……よろしいですか」
魔導将軍「ええ、結構です……では、登録させていただきます」
魔導将軍「勇者様に選ばれるとよろしいですわね?」ス……
僧侶「あ……はい!」ギュ
魔導将軍(『繋いだ手から……流れ込んでくるこれは……』)
魔導将軍(この子……人間じゃないわね……)
魔導将軍(蒼い瞳の通り……加護は、水ね。癒やしの魔法……え?でも……)
魔導将軍(『人と何か、のハーフか……!』)
僧侶「勇者様は……」
魔導将軍「うん?」
僧侶「どんな方をお連れになるのでしょう……」
魔導将軍「……さぁ。でも、回復要因は重要だと思うけれど?」
僧侶「私は……『世界を知りたいんです』」
魔導将軍「『世界?』」
僧侶「はい……勇者様の目的が、魔王の討伐と言う事は存じておりますが」
僧侶「お供することで、少しでも……触れられるなら」
魔導将軍(『世界そのものを知りたい、と……言う事かしら?』)
僧侶「不純な……動機ですよね」
魔導将軍「厳しい言葉かもしれませんが」
魔導将軍「運命に選ばれるものですから……勇者様ご自身も」
魔導将軍「これからの…行く末も」
僧侶「…… ……」
魔導将軍「貴女の手が必要であるならば」
魔導将軍「勇者様が……否、運命が」
魔導将軍「貴女を選ぶかも知れませんよ」
僧侶「『運命……』」
僧侶「『……運命であれば良いのに』」
魔導将軍「『……?』」
僧侶「闘技大会で勇者様をお見かけしてから、自分でも不思議な程に」
僧侶「勇者様に……あの、光に惹かれます」
僧侶「……この気持ちは何なんでしょうね」
魔導将軍「……恋、しちゃった、とか?」
僧侶「え!?」
魔導将軍(あらまあ、顔真っ赤にして……)

336: 2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:rK/6FGmjP
僧侶「い、いえ、そんな恐れ多い!でも…… ……」
僧侶「確かに、憧れです。あんなにも……あ、えっと。外見、とかでは無く」
僧侶「その……美しい人を、見た事がありません」
魔導将軍(自覚も悪気も無いんだろうけど、この子が言うと皮肉だわね……)

……
………
…………

魔導将軍「はい、では書類をお預かりします」
戦士「ああ」
魔導将軍(良い筋肉してるわねー……昔の側近みたい。あら、この子……)
魔導将軍「『おう……いえ、騎士団長様の息子、さん?』」
戦士「『……そうだ。だが、俺は騎士団員では無い……問題は無いだろう?』」
魔導将軍「『ええ、それは大丈夫ですけど』」
魔導将軍(『王子様の息子……!そりゃそうか、勇者があれだけ大きくなったんだものね……』)
戦士「……もう相当数の登録があるんだろう?」
魔導将軍「そうですね……不安、ですか?」
戦士「……そうで無いと言えば嘘になる」
戦士「『騎士団長の息子だとは言え』、実戦経験等無い」
戦士「魔王を倒すのであれば…… ……否。弱気ではいかんな」
魔導将軍(ふむ……『重責を感じるのは……無理は無いわね。父親が彼では……』)
戦士「俺なんかが……と言う気持ちが無くは無い」
戦士「だが、そういうのはにじみ出るものだろう」
戦士「……自信を持って、勇者様とご対面したいと、思ってはいる」
魔導将軍「立派な心がけだと、思いますよ……」ス……
戦士「……ああ」ギュ
魔導将軍(緑の加護……やっぱり側近みたい)フフ
魔導将軍(優しい子、みたいね、ぶっきらぼうだけど)
魔導将軍(暖かい気配が流れ込んでくる……)
戦士「俺は、まだ……なんの為に強くなりたいのか、わからん」
魔導将軍「?」
戦士「だが……『彼を見た時に感じたんだ。守ってやりたいと』」
戦士「『……それを何としてでも叶えなくては、とも』」
魔導将軍(さっきの子も似た様な事言ってたわね……『強い意思』か)
魔導将軍「『運命』ですか……」
戦士「……そんな良い方をしないでくれ」ムス
魔導将軍(照れた……のか?)

337: 2013/08/12(月) NY:AN:NY.AN ID:rK/6FGmjP
……
………
…………

魔法使い「ここで良いのよね、登録って」
魔導将軍「はい、結構ですよ。では……この書類に記入を」
魔法使い「……結構詳しく書かされるのね」
魔導将軍「皆様、勇者様の御為に……といらっしゃいますから」
魔導将軍「あまり、身元や得体の知れない方は……申し訳ありませんが」
魔導将軍「こちらで跳ねさせて戴くのですよ」
魔導将軍(勇者様、がそんなことに負けるとは思わないけどね……)
魔導将軍(実際にそうであっても、私がやる訳じゃ無いし……)
魔法使い「ふぅん……まあ、良いわ。はい」
魔導将軍「お預かりします」
魔導将軍(『ん? ……この子……!』)
魔導将軍(『魔導の街の……しかも、領主の血縁!?』)
魔法使い「『……何か、あった?』」
魔導将軍「『ああ、いえ……結構です」ス……
魔法使い「『……そう』」ホッ。ギュ
魔導将軍(『炎の加護……だけど、この子……優れた加護を持ってない』)
魔導将軍(『『劣等種』なんて言葉は存在しなくなった……』)
魔導将軍(でも……苦労、したんでしょうね)
魔法使い「……何?じっと見て……」
魔導将軍「ああ、失礼しました……『同じ炎の加護なんだなと思って』」
魔法使い「『……ああ、そうね』」フイ
魔導将軍(『この子……もしかしたら、私と血が繋がってるかもしれないのね』)
魔法使い「……珍しい属性の人は居た?」
魔導将軍「……個人情報は漏らせませんわ、ごめんなさいね」
魔法使い「あ、そうよね……ごめんなさい」
魔法使い「でも……」
魔導将軍「不安になる気持ちは様々、されどそれ自体は皆様……同じですよ」
魔導将軍「本当に自信の無い方は、登録すらされないでしょうけどね」
魔法使い「……そう、よね」
魔法使い「『私、どうしても勇者様と一緒に旅に出たいの』」
魔法使い「『頑張るって言っても……どう今更、頑張って良いのかわかんないけど』」
魔法使い「『……着いて、行かなきゃ行けないの……ッ』」
魔導将軍(この子も、強い意思を持って……此処に来たのね)
魔導将軍(……ちょっと、必氏すぎる様な気がしないでもないけど)

341: 2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:so1je3SSP
……
………
…………

魔王(……ん?)パチ
魔王(ああ……また、夢……か)
魔王「声は……」
魔王(……出る)キョロ
魔王(誰も居ない、か……)ハァ

チカッ

魔王「……ん?」
魔王(光……あ、こっちに……来る……)パァッ
魔王(眩しい……ッ)

娘『……貴方 …… ……れ?』
息子『僕は …… ……君、 ……と』

魔王(何、聞こえな……ッ 声が、出ない!?)パクパク

娘『同じ顔をしてる』
息子『瞳が違う』
娘『惹かれるわ……その、光の様な金』
息子『そう?怖いよ……その、闇の様な紫』
娘『何を作るの』
息子『世界だと言う』
娘『世界』チュ
息子『そう。世界』チュ

魔王(……二人とも、表情らしい表情が無い)
魔王(て、おいおいおい……)
魔王(……あの、青年って男が言ってたのは……これか)ハァ

342: 2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:so1je3SSP
魔王(近親婚……否、近親姦)
魔王(……魔導の街の奴らは、何を企んでたんだ?)

娘『貴方と私の子どもが『世界』?』
息子『そう。大人の言葉を借りるなら『我らの為の世界』』
娘『『世界』は何をするの』
息子『解らない。だけど、作れと言う』
娘『支配するための世界ね』
息子『支配されるための世界だよ』

魔王(……同じ顔した男と女……自分見てる様で厭だな)
魔王(否……これも、『俺』か)

パァア……

魔王(……ん?)
青年「彼らは『光と闇』だ」
魔王「……青年…… ……ん、声が出る」
青年「『勇者と魔王』の『光と闇』」
魔王「…… ……」
青年「もうすぐ、黒髪の勇者の旅立ちだ」
青年「『選択を誤るな』……魔王」
魔王「お前はそればっかりだな。だから、俺に出来る事なんて……」
青年「『勇者に倒されるだけ』だろう……『まだ間に合う』」
魔王「……他に言う事無いのかよ」ハァ
青年「『光を目指せ』」
魔王「……?」
青年「光、だ。魔王」
魔王「……さっぱりわかんねぇよ」

343: 2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:so1je3SSP
青年「…… ……」
魔王(……ッ 青年の髪が、黒く……否)
魔王(紫に、染まってく……!?)
青年?「…… ……」
魔王「お、おい……?」ドクンッ
魔王(うぅ……ッ)
青年?「……どこで『間違えた』んだろうな」
魔王「……青、年?」
青年?「……私は……否。確かに、『彼も私』だ」
魔王「……!? お前、は……ッ」
青年?「…… ……久しぶりだな、『勇者』」
魔王「……俺はもう『勇者』じゃない」
魔王「俺は……『魔王』だ」
青年?「……そうだった」
魔王「青年は何処に行った?」
青年?「……『私は彼』だ」
魔王「……紫の瞳の、魔王」
紫魔「……『知る事を怖がるな』」
魔王「知れば、全てが『終わる』のか?」
紫魔「…… ……」スッ
魔王(手のひらの『剣の文様』……)
紫魔「『欠片を探し出せ』」
魔王「……?」
紫魔「『勇者と魔王』『光と闇』『表裏一体』」
紫魔「『お前は私』『私はお前』」
魔王「…… ……」
紫魔「勇者がたどり着く前に。『欠片』を探し出すんだ」
魔王「……俺が!?」

344: 2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:so1je3SSP
紫魔「……お前は、何だ?」
魔王「え…… ……ッ」
紫魔「…… が、 ……な ……」
魔王(聞こえない……ッ 目が、回る……ッ)

……
………
…………

コンコン

勇者「はい、開いてます」
王子「……不用心ですよ、勇者様」
勇者「信用、してますから」
王子「……全く」ハァ
王子「……今日まで、良く……頑張られましたね」
勇者「ありがとうございました、騎士団長さん」
王子「……いいえ。お力になれたのでしたら」
王子「これ以上……嬉しい事はありませんよ」
勇者「…… ……」
王子「後で……世界地図を差し上げます」
王子「時間が許せば、色々な街にお立ち寄りになられると良い」
勇者「……はい」
王子「……では、参りましょうか」
后「待って、勇者……これを持って言って」チャリ
勇者「……これは?」
后「私の宝物……貴方のお父様がくれた、ペンダントよ」
王子「…… ……」
勇者「え……でも……」
后「貸すだけ。帰ってきたら……返してね?」
后「大事なものだから。でも……きっと貴方を守ってくれる」
勇者「……そんなに、寂しそうな顔をしないで」
勇者「俺にはこの……『勇者の印』がある」
勇者「この……光の剣。父さん……金の髪の勇者の形見の剣もある」
勇者「必ず……魔王を倒して……必ず、生きて戻るから」

345: 2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:so1je3SSP
勇者「……わかった。じゃあ暫く借りるね」
勇者「ちゃんと……無くさない様にして、返す。約束する」
后「…… ……」
后「……もう、行きなさい」
勇者「ああ……行ってきます!」
后「お願い致します。騎士団長様」
王子「はい……では、行きましょう、勇者様」

カチャ、パタン

后「……魔王。とうとう……勇者、旅立ったよ」
后「勇者……今度会う時は…… ……」
后「ごめんね……勇者……」
后「『……さて、最後の一仕事……頑張らなくちゃ、私も』」

シュゥン……

……
………
…………

350: 2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:so1je3SSP
后「久しぶり……だなぁ」
后(16年、か。長い……長かった、よね ……ッ)ピリピリ
后「……魔王」スタスタ
后(ここ、かな?)

コンコン

側近「使用人か?どうした」
后「久しぶりだね、側近」
側近「…… ……ッ 后!?」ガタガタガタ!
后「……大丈夫?」
側近「お、おう……いやいやいや!何で、お前……!」
后「私が此処に居るって事は、でしょ」
側近「…… ……そうか。旅立った、か」
后「入っても良い?」
側近「……否、つっても聞かないだろう、お前さんはさ」
后「…… ……」

カチャ

魔王「…… ……」
后「ああ…… 魔王……ッ」
側近「悪いな。俺は動けないんだ」
后「……うん。肌に感じる。随分…… ……」
后「これ……間に合う、のかな」
側近「……さあ、な」
側近「魔導将軍は?」
后「まだ登録所じゃ無いかな」
后「……もう少し、かかっちゃうね」

351: 2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:so1je3SSP
側近「……そう、か」
后「御免ね……」
側近「何でお前が謝るんだよ」
后「……まだ、出来ない」
側近「良いんだよ、それで……お前は、最後だ」
側近「魔導将軍が帰ってきたら教えてくれよ」
后「私が教えなくても、多分真っ先に会いに来るでしょ」
側近「……愛されてるからね」
后「使用人は?」
側近「さあな……書庫か、まあ……城の中には居るだろうよ」
后「……ん」
側近「……お帰り、后」
后「ただいま。 ……魔王も」チュ
側近「俺、見てるんだけどね……」
后「貴方達だって、ちゅっちゅちゅっちゅ、してたじゃないの」
側近「…… ……そうだっけな」
后「使用人に会ってくる。久しぶりに彼女のフランボワーズ、食べたいわ」
側近「ああ。喜ぶだろうよ」
后「又後で、ね……側近」
側近「ああ。また……後で」

パタン

側近(……又後で、か)ハァ
魔王「…… ……」
側近(……嬉しいか?魔王……そりゃそうだよな)
側近(奥さん、だもんな)
側近(俺も…… ……魔導書軍に会いたいなぁ……)

……
………
…………

353: 2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:so1je3SSP
国王「良く来てくださいました、勇者……そうかしこまる必要はありません」
国王「……顔を、上げて下さい」
勇者「はい……」
国王「魔王が蘇って……随分経ちました」
国王「前魔王が前勇者によって倒されてから……も同じです」
勇者「……はい」
国王「今日、ここへ来て頂いた理由は……解って居る、と思っています」
勇者「……必ず、今度こそ……魔王を倒します!」
勇者「この、勇者の印に誓って」
勇者「……父の形見の、光の剣に誓って、必ず!」
国王「はい……お願い致します」
国王「光に選ばれし、運命の子……勇者……!」

355: 2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:so1je3SSP
……
………
…………

王子「とうとう……行っちゃった、な」
国王「先ほどの話……本当なのですか?」
王子「……『勇者』本人が言うんだから、間違い無いんじゃ無いか?」
国王「勇者は、世界に一人しか存在でき無い……」
王子「……此処までの道すがら、話してくれただけ、だが」
王子「疑う理由も無いだろう」
国王「……ですが、それが真実なら……」
王子「……金の髪の勇者は……もう……」
国王「…… ……」
王子「俺達には別の任務があるさ。勇者が旅立った後の街の治安維持とか」
王子「……もう一度、あの南の島に軍を派遣するんだろう」
国王「ええ。なにやら……魔導の街に不穏な動きがありますからね」
王子「……あんな鉱石、手に入れたところで……」
国王「孫娘、が出場してたそうですしね」
王子「報告書は読んだ。『魔法使い』と言う娘だろう」
王子「……登録所にも名前があったと聞いてる」
国王「ええ。こればかりは……勇者の采配ですけど」
王子「世界の平和が聞いて呆れるな。政治が絡んでくるとは……」
国王「まだ……彼ら、魔導の街の領主達が何を企んでいるか」
国王「はっきりとは解りませんから……何とも言えません、けど」
王子「……騎士の餞別は済んでる」
国王「はい。準備が整い次第、出兵して下さい」
国王「あの島から……手を引いたのは間違いだったのかもしれません」

356: 2013/08/13(火) NY:AN:NY.AN ID:so1je3SSP
王子「済んだことを悔やんでも仕方無い」
王子「……出来る事、すべき事をするだけだ」
国王「なるべくなら……穏便に済ませたいのですけど」ハァ
王子「お母様からある程度は聞いているんだろう?」
国王「『劣等種の解放』の話ですよね? ……ええ」
王子「……あの街の。港街の勇者……『少年』だったか」
国王「……『紫の瞳の男』ですね」
王子「ああ。俺は……随分前の闘技大会の時に見た」
王子「……金の髪の勇者によく似た面差しの、紫の瞳の男」
国王「そして、魔導の街の領主と共に居るのも……ですね」
王子「年齢があわない……が、噂通り、その『少年』が魔族であるなら」
王子「……辻褄は、あってしまう」
国王「ですが……彼は、魔導の街から……お母様達を救った、のでしょう?」
国王「今更、魔導の街と手を取り合う事は……」
王子「確かに考えにくい。だが……」
王子「…… ……記憶を失っているらしい、と言うのが、本当ならば」
国王「…… ……」フゥ
王子「とにかく、出兵を急がせる。あの鉱石をどうするのか」
王子「……目的だけでも、突き止めないとな」

……
………
…………

勇者「…… ……」

ユウシャサマダ、ユウシャサマダ!
タビニツイテイクノハ、オレダ!
チガウワ、ワタシヨ!

ワイワイ、ガヤガヤ……

勇者(……凄い、人数)
勇者(これ、全部……希望者!?)

357: 2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:so1je3SSP
勇者「……ええ、と」
魔導将軍「勇者様」
勇者「は、はい!」ビク!
勇者「……え、ええと。貴女、は……?」
魔導将軍「私は此処の……『事務員』です」
勇者「あ、はぁ……」ホッ
魔導将軍「……まずは、16歳のお誕生日、おめでとうございます」
勇者「あ……ありがとうございます」
魔導将軍「皆様の……逸る気持ちは理解してあげて下さい」
魔導将軍「貴方の……『勇者』の」
魔導将軍「力になりたい。守りたい……思いは様々ですが」
魔導将軍「……世界の平和を願わない者は、誰一人として、居ないと思います」

シーン…… ……

魔法使い(世界の、平和……)
魔法使い(……勿論、一番はそれだわ)
魔法使い(でも……不純な動機だったかもしれない)
魔法使い(勇者様と一緒に旅に出れば、今度こそ……)
魔法使い(『お父様とお母様に認められるだろう』なんて……!)

僧侶(世界の……平和)
僧侶(あんな、悲しくて、苦くて、切ない……)
僧侶(命の誕生と喪失を、もう二度と感じるのは厭……!)
僧侶(……でも。それ以上に知りたい。世界を。私を……!)
僧侶(不純な動機でも良い……光に惹かれる気持ちを、止められない……!)

戦士(……世界の平和、か)
戦士(力不足なのは解って居る。だが、俺は……)
戦士(父が果たせなかった夢を、果たしてやりたい)
戦士(……勿論、この小さな背も、守ってやりたい)
戦士(『何の為に強くなりたい?』 ……世界の、為だ!)

358: 2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:1zjUTVyIP
剣士(……間近で見れば見る程、似ている)
剣士(他人の空似、にも程がある……!)
剣士(……しかし、俺は……)
剣士(何としても、勇者に着いていかねばならない)
剣士(『魔王を倒す』と言う……思いは、消え去らない……!)

勇者(……)キョロ、キョロ
魔導将軍「期待は……重いですか?」
勇者「…… ……いえ、俺は勇者ですから」
魔導将軍「……世に一人しか存在を許されぬ、選ばれし印をその拳に握る者」ボソ
勇者「!」
魔導将軍「汝の名は……勇者」
勇者「…… ……」ジィ
魔導将軍「……直感で選べば良いのです」
勇者「……え?」
魔導将軍「時として、それは……きっと、一番『真実に近い』」
勇者「…… ……」
魔導将軍「光に選ばれし、運命の子……勇者は貴方です」
勇者「…… ……」キョロ

359: 2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:1zjUTVyIP
勇者(蒼い髪に蒼い瞳……流れる水の様に美しい……あの、子)
僧侶(……間近で見ると、吸い込まれそうな、金)
勇者(強靱そうな肉体に、しなやかな筋肉……そして、慈しむ様な緑の瞳)
戦士(……細いな。だが……意思の強そうな、真っ直ぐな金の瞳)
勇者(紅い瞳……情熱的、だな。真っ直ぐにこっちを見るその目の奥に、何があるんだろう)
魔法使い(お願い……私を選んで、勇者様……!)
勇者(…… ……)チラ
剣士「…… ……」
勇者(俺に……驚く程、似てる。それに、どこか……懐かしい様な、紫の瞳)
勇者(…… ……珍しい、よな。紫……加護は、何なんだろう)
魔導将軍(……気がつかなかった、けど。あんな人、居たっけ?)
魔導将軍(全部の書類チェックした訳じゃ無いけど……)
魔導将軍(……そっくりじゃないの。黒い髪の勇者にも、金の髪の勇者……魔王にも)
魔導将軍(否、あの色彩は…… ……まんま、紫の瞳の魔王、だわ……!)

勇者「では……貴方と、貴女と……貴女に。お願いできますか」

360: 2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:1zjUTVyIP
戦士「……ああ」
魔法使い「いい目、してますね勇者様」
僧侶「わ、わわわわ、私、ですか……!?」
勇者「はい。お名前を伺っても?」
戦士「……戦士だ」
勇者「うん……宜しく」スッ
戦士「ああ」 ギュ
勇者(寡黙そうだが……近くで見るとやはり良い身体だな。握手も力強かった。面構えも良い)
魔法使い「魔法使いよ……宜しく」ホッ
勇者「こちらこそ」スッ
魔法使い「……ありがとう、勇者様」ギュッ
勇者(……意外だな。自信家……に、見えた、が。ほっとした……よな?)
僧侶「あ、あの……私なんかでよろしいのでしょうか……?僧侶、と申します……あ、あの……」
勇者「そんなに緊張しないで……」スッ
僧侶「あ、はい……あの、すみませ……あ、じゃなくて。お願いします!」ギュ
勇者(何だろう……随分、癒される……手を繋いだだけなのに。落ち着く……な)
勇者「改めて、勇者です。宜しく」

361: 2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:1zjUTVyIP
勇者「では、お世話になりました」
魔導将軍「貴方達の行く道に光あらんことを」

スタスタ……パタン

魔導将軍(まだ小さな光……小さな背。でも……あの子達ならきっと)
魔導将軍(古の腐った縁を……腐ったこの世界の不条理を……)
魔導将軍(光で、照らしてくれる)
魔導将軍(…… ……)チラ
剣士「…… ……」
剣士(俺が……選ばれなかった、だと!?)
剣士(……独りよがり、だったのいうのか)
剣士(否、では……この)
剣士(『魔王を倒す』のだ、と言う……身の底の底から、沸き上がってくる思いは、何だ!?)
剣士(『倒さねばならない』と……頭を、心を締め付ける思いは、何だ!?)
魔導将軍(…… ……こっちの情報、探られかねないから、はっきりとは解らないけど)
魔導将軍(この男…… ……人間じゃ無い!)
魔導将軍(……そんな奴が……どうして、此処に……!?)
剣士「…… ……」

スタスタ、パタン

362: 2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:1zjUTVyIP
魔導将軍(……もしかして……彼が『特異点』!?)
魔導将軍(……でも、彼は、選ばれなかった)
魔導将軍(勇者に……『運命』に)
魔導将軍(勇者が……選択肢を間違えた、とは……思いたく無い)
魔導将軍(…… ……でも)

ザワザワ……
アーァ……ユウシャサマ、イッチャッタ……
カ工口ウカ……
ハァ……

魔導将軍「…… ……」
魔導将軍「私も行きますか……ああ、いけないその前に、あの子起こさなきゃ……」
魔導将軍(……少し、居ってみようか、あの……紫の瞳の……)
魔導将軍(……紫の瞳の魔王に、勇者にそっくりな、男)バサッ

バッサバッサバッサバッサ ……

事務員「う……うん……」
事務員「あ、あれ、私さっきまで仕事してた……は、ず……」
事務員「きゃあああああ、な、なんで裸なの!?」

……
………
…………

363: 2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:1zjUTVyIP
后「で……見失った訳ね」
魔導将軍「間違い無く気配を追ったはず……なんだけどね」
側近「此処にたどり着いた?」
魔導将軍「……いいえ。魔導の街に続いてたから、諦めて帰って来たのよ」
后「…… ……立ち入りが禁止されてる、んだっけ?」
魔導将軍「それもあるけど。街にはね……流石に近づけないわ」
側近「きな臭ェなぁ……」
魔導将軍「でも、もう……私も、此処を離れられないわ」
后「仕方無いわ。勇者は……もう、すぐそこにいる」
魔導将軍「……今度こそ、『腐った世界の腐った不条理を断ち切る為』?」
后「それは……わからない」
側近「居たんだろう……『特異点』」
魔導将軍「候補が二人、もね」
后「……エルフの血を引くだろう娘、と……紫の瞳の男」
側近「……魔王に、勇者にそっくりな男、か」ハァ
魔王「…… ……」
后「見つけてくれる。きっと」
后「……『勇者』ですもの」
側近「『欠片』?」
魔導将軍「…… ……揃うのかしら」
后「解らないわ。でも……彼は、勇者」
后「『勇者』は、きっと……」
后「古は、古へ。未来は未来へ……新しい物語を、あの子達は」
后「きっと……紡いでくれる」
魔導将軍「願うなら、私達が悠久の空の彼方に還った時」
側近「世界へ孵った時」
后「そう。だから私達は、喜ばなくてはいけない」

后「……ここから先、新しい……誰もしらない誰かの物語が、語られる事を」

364: 2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:1zjUTVyIP
勇者「俺に魔王になれ……と言うのか!」

おしまい

勇者「拒否権の無い選択などあるものか!」

へ、続きます

369: 2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:cvObv/q00
乙!

222: 2013/08/08(木) NY:AN:NY.AN ID:dcZeWs3wi

引用: 勇者「俺に魔王になれ……と言うのか!」【2】