281: 2013/11/27(水) 02:01:35.69 ID:8qLwLxIX0

282: 2013/11/27(水) 09:34:59.56 ID:zQnIbALwP
秘書「し、しかし……」
王「僕は新しい『王』として、この国を守っていく義務がある」
王「ですから……人払いには応じられません」
秘書「信じて……下さらない、のですか?」
王「鵜呑みには出来ません」
秘書「…… ……」
王「でもそれはイコール、『信じない』では無いんです」
王「……貴女と、僕は初対面。さっき貴女は、僕に『初めまして』と」
王「挨拶して下さいましたね? 『少女』さん」
秘書「はい」
王「…… ……」
王「……逆の立場であれば、貴女は解りました、とすぐに応じますか?」
王「『書の街』の『代表者』として」
秘書「…… ……ご尤も、です」
王「我らは貴方達の『支配者』では無い。折角新しく生まれ変わろうとする」
王「『書の街』を……貴女を含める『街人』達を、守り」
王「『指導』していく立場にあるに過ぎませんから」
王「困ったことがありましたら、できる限りお力になります」
王「ですので、ご安心を?」ニコリ
秘書「…… ……」
秘書(此処では……食い下がらない方が賢明か)
王「……助けを求めて、と言うのは、どう言う事でしょう」
王「ご説明願っても宜しいでしょうか?」
秘書「……『旧貴族達』がなにやら良からぬ事を企んでいる様なのです」
王「良からぬ事、とは?」
葬送のフリーレン(1) (少年サンデーコミックス)
283: 2013/11/27(水) 09:43:43.38 ID:zQnIbALwP
秘書「……新王様が先ほど、仰られたとおり」
秘書「我がく……我が街の前身は……ああであったので……」
王「『少女』さんから頂いた書簡には、『旧貴族達』の中から」
王「手助けして貰える人物を選んだ、とありましたが」
王「その人達、と認識して宜しいですか」
秘書「……恐れながら、新王様!」
王「はい?」
秘書「やはり、お人払いには応じて頂けないのでしょうか?」
王「……先ほどご説明申し上げたばかりだと思いますが」
秘書「確かに、『国』から『街』に変わったとは言え」
秘書「他国の機密に当たる事を、一介の騎士……様、の前で……」
秘書「話される、と言うのは……!」
王「ご安心下さい。信頼の置ける者です」
王「……どうしても話せない、と言うのであれば」
王「どうぞ、今はお下がり下さい。部屋は用意させましょう」
秘書「!」
王「貴女は保護を求めてこられた。ですよね?」
秘書「はい」
王「……身の危険を感じられた?」
秘書「そうです! あの侭、あの国に居れば……」
王「勿論、その申し出には応じさせて頂きます。ですが」
王「お話しするのを躊躇われると言うのであれば」
王「明日の朝には、騎士団長が戻ります」
秘書「……!」
王「騎士団長とは既知でありましょう? 内情もよく知っている」
王「それから、三人でゆっくりと話を聞くこととしましょう」
秘書「……騎士団長様は、何処に行かれているのですか」
王「忙しい身ですからね」
秘書「…… ……」

286: 2013/11/27(水) 10:10:31.12 ID:zQnIbALwP
王「……どうされます?」
秘書(騎士団長……私は会ったことが無い)
秘書(少女から話は聞いているが……否……)
秘書(私と奴は同じ顔をしているんだ……堂々としていれば)
秘書(……それに、騎士団長は魔法には疎いと聞いている)
秘書「……わかりました」
王「結構です……ああ、もう一つ」
秘書「はい?」
王「戴冠式まで、その侭滞在されるおつもり、で宜しいのでしょうか?」
秘書「……許されるのであれば」
王「……そうですか」
王(やはり、この女性は…… ……)フゥ
王「わかりました。騎士」
騎士「はッ」
王「……『以前の客人』が使っていた部屋は?」
騎士「清掃は済んでいますが……」
王「結構。では、あの部屋にご案内してください」
騎士「宜しい、のですか?」
王「ええ、勿論……『特別』なお客様ですから」
秘書「…… ……」
秘書(特別、か……客人、と言ったな)
秘書(……悪く無い、と思って良い……んだろうな)
王「今からご案内するお部屋は、この玉座の間をでてすぐの角の部屋です」
王「護衛も兼ねての見張りはつけさせて頂きますが、宜しいですね?」
秘書「はい……結構です」
秘書(随分と警戒……否、『王』であれば。話を聞く限り)
秘書(用心深い人物の様だ……慎重な性格は父親譲り、か?)
秘書(……大人達からの話を聞きかじった程度の情報しか無いが)
秘書(取りあえず、明日……騎士団長との話までは)
秘書(大人しくしておくのが賢明だな)

287: 2013/11/27(水) 10:24:52.94 ID:zQnIbALwP
王「では、宜しくお願いしますね」
騎士「は! ……では、どうぞ此方へ」
王「…… ……」
秘書「失礼致します」

パタン

王「…… ……」
王(……姉か、妹か……血族、には間違い無いんだろうが……)
王(調べて……否……どうやって?)
王(…… ……)ハァ
王(僕は……まだまだ無力、だ)
王(……お父様。僕は…… ……)

……
………
…………

癒し手「お帰りなさい、側近さん」
側近「ああ……体調はどうだ?」
癒し手「大丈夫ですよ。ちょっと……集中力がありませんけど」
側近「まあ、それは仕方な…… ……」コン
側近「?」
癒し手「あ……ご免なさい」
側近「魔石か……ほら」ヒョイ
癒し手「えっと……ご免なさい、その辺に転がして置いてあげて下さい」
側近「?」
癒し手「気分が、楽になるので」
側近「ああ……」キョロ
側近(部屋の四隅に……成る程)
側近「気分がマシになるのは解る……が」
側近「量産して……大丈夫なのか?」

288: 2013/11/27(水) 10:30:55.52 ID:zQnIbALwP
癒し手「毎日少しずつ、無理のないようにって思ってたんですけど」
癒し手「……もう、作らないから大丈夫です」
側近「作れない、では無いんだな」
癒し手「違いますよ。何れは私の身体に……戻しますし」
側近「…… ……」
癒し手「ゴロゴロ作っても仕方無いですからね」
癒し手「……綺麗に、なったでしょう?」
側近「ん? ……ああ、掃除した、んだな」
癒し手「はい……折角、住むのを許して貰ったので」
側近「足りないモノは無いか?」
癒し手「産まれる迄は二人分、あれば充分ですよ」
癒し手「赤ちゃん、産まれてからも……当分はおっOいしか飲みませんしね」
側近「……まあ」
癒し手「……それより、あの」
側近「ああ。大丈夫だ。明日、天気が良ければ行こう」
癒し手「ああ、良かった!」ホッ
側近「明日の朝、親父が書の街から戻るらしい」
側近「そうすれば、俺の役目も一端終わる」
癒し手「騎士団長様が留守の間の代役……でしたもんね」
側近「……確かに、今の俺ならば、何が起きようと」
側近「王も、街の人達も……守ってやれるだろうから、な」
癒し手「…… ……」
側近「女様の像、忘れるなよ」
癒し手「勿論です …… ……どう、なってしまっている、のでしょうね」
側近「ん?」
癒し手「教会です。私達が立ち寄った時には既に、もう」
癒し手「ぼろぼろに……」
側近「…… ……」
癒し手「せめて、港街の神父様と、女神官様のお墓……だけでも」
癒し手「綺麗に、して差し上げられたら、良いんですけど」

289: 2013/11/27(水) 10:38:44.18 ID:zQnIbALwP
側近「……今日、聞かれたよ」
癒し手「?」
側近「結婚式は何時だ、とな」
癒し手「??」
側近「……俺達の、だ」
癒し手「あ……」
側近「……したい、か?」
癒し手「…… ……」
側近「…… ……」
癒し手「したくない、と言えば……嘘になります、けど」
側近「…… ……」
癒し手「でも、無理には、良い……んです」
癒し手「子供も、居ますしね」
側近「…… ……それは、別に……まあ」
癒し手「……側近さんもお疲れでしょう、もう休みましょう」
癒し手「明日、騎士団長さんをお迎えしたら出発、するんですか?」
側近「あ、ああ……書の街から戻った船で、港街へ送ってくれるらしい」
癒し手「そうですか……楽しみです」
側近「……癒し手」
癒し手「はい?」
側近「否…… ……休もう」
癒し手「はい」
側近(結婚式……な)ハァ
側近(……こっぱずかしい)

……
………
…………

王子「少女!?」
衛生師「お疲れ様です、騎士団長様」
少女「騎士団長様!」
王子「どうしたんだ、こんな場所で!?」
衛生師「んー、まあ、ちょっと色々ありまして」

290: 2013/11/27(水) 10:46:05.33 ID:zQnIbALwP
王子「……色々?」
少女「あ、あの……!」
衛生師「ご説明します。此方へ……少女さんは、ちょっと待ってて下さいね?」
少女「え……」
衛生師「大丈夫、この部屋には居るから」

スタスタ

少女「…… ……」
少女(騎士団長は……信じてくれる、だろうか)
少女(否! ……大丈夫……!)
少女(……彼は、私の瞳の色を……覚えてくれている……筈!)

スタスタ

衛生師「少女さん」
少女「は、はい!」
衛生師「……僕は、これで失礼するよ」
少女「え……あ、あの!」
衛生師「後は騎士団長様に任せておくから」
少女「…… ……」
衛生師「僕は、この街に残らないと行けないから」
少女「?」
衛生師「……戴冠式で会いましょう、ね?」
少女「え? あ、あの……!」

スタスタ。パタン

王子「……俺は、明日の朝一の便で」
少女「あ……」
王子「始まりの国に戻る」
少女「……あ、あの、騎士団長様」
王子「君も一緒だ、少女」
少女「!」
王子「……船に乗っていった、のが『秘書』?」
少女「はい。私の……双子の、姉です」
王子「うん。話は聞いた……大丈夫」

291: 2013/11/27(水) 10:49:57.20 ID:zQnIbALwP
少女「大丈夫…… ……?」
王子「ああ……王は馬鹿じゃ無いよ」
少女「で、でも……! 新王様とは会ったことがありません!」
少女「貴方は、私の顔を。瞳の色を覚えて居て下さった」
少女「……の、ですよね?」
王子「ああ、まあ……」
少女「ですが、私と姉は同じ顔をしています! それに……」
少女「あ……勿論、騎士団長様が説明して下されば」
少女「新王様も、信用して下さるとは、思います! でも……!」
少女「姉と、新王様がもう、接触してしまっていたら……!」
王子「……信じなさい」ポン
少女「…… ……」
王子「さっきも言ったけど、王は馬鹿じゃ無いよ」
王子「弟王子……前の国王に似て、聡明な子……人だ」
王子「大丈夫……安心して良い」
少女「……で、でも……」

314: 2013/11/30(土) 22:25:22.11 ID:hxspbOVUP
后「…… ……」
使用人「…… ……」
使用人「ッ ……失礼します!」

バタン!

后(すぅすぅ)
使用人「后さ……ッ …… ……あ」
使用人(寝てる……のか)ホッ
使用人(そういえば、少し前から身体がだるいと仰って居たけれど)
使用人(……ああ、そう言えば、もうすぐ……ツキノモノ、だとか)
使用人(人であれ、魔であれ……『命の営み』は)
使用人(何も変わらないのか…… …… ……あれ?)
使用人(……そう言えば、私…… ……)
后「ん…… ……んぅ」
使用人「……后様?」
后(すぅすぅ)
使用人(…… ……)フゥ
使用人(お茶にしようと思ったけれど、出直す、か……)カタン
后「…… ……」パチ
后「……使用人?」
使用人「あ……申し訳ありません。どうぞ、お休みになって下さい」
使用人「お返事が無いので心配で入ってきてしまいました。申し訳ありません」
后「ああ……そんなの、良いの……起きるわ…… ……魔王は?」
使用人「体調が優れないのでは? ……用事があった訳ではありませんし」
使用人「……書庫に服は投げ込んでおきましたので、ご安心を」
后「ん、良いのよ……寝てばっかりじゃ腐っちゃう」
后「全く、あの馬鹿は……」ハァ
使用人「大丈夫、ですか?」
后「なる前はやたら眠いのよね……それだけだから大丈夫」

315: 2013/11/30(土) 22:46:30.10 ID:hxspbOVUP
后「用事は無いって……言ってたけど」
使用人「ああ、ええ……庭いじりも一段落しましたし」
使用人「お茶でも如何かな、と」
后「ああ、良いわね……着替えて、目を覚ましていくわ」
使用人「わかりました…… ……あ」
后「え?」

ザァアアアアア……

使用人「雨……」
后「珍しい、わよね?」
使用人「そうですね。空の色だけ見てると」
使用人「毎日毎日、振らない方が可笑しいような色ですけどね」
后「そうね……」
使用人「では、お待ちしております。くれぐれも無理はなさいません様に?」
后「ええ。すぐ行くわ」

スタスタ、パタン

使用人(……ツキノモノ、か)
使用人(『人間だった時』は確かにあった……)
使用人(ああ、そうだ。それに)
使用人(前后様も、同じような話をされていた。魔導将軍様も)
使用人(……気にもしなかった、けれど)
使用人(どうして……私は、止まってしまった、んだろう……)
使用人(……子を作る相手も居ないけど)フゥ

316: 2013/11/30(土) 22:53:50.28 ID:hxspbOVUP
使用人(だからといって……不必要だからって)
使用人(来なくなる、なんて……そんな、無茶苦茶な)
使用人(……まあ、良いか。来て良いことも別に無い)
使用人(知を受け継ぎ、この城を、魔王様を……見守っていくのが)
使用人(私の役目であるのなら……不必要な物だ)

スタスタ

使用人(紫の魔王の側近様から、名以外の全てを受け継いだ)
使用人(……私も、何れ。誰かに……譲り渡す日が、来る……ん、だろうか)

スタスタ……

……
………
…………

王子「……もう少しの我慢だから。良いね」
少女「……は、はい」
騎士「お帰りなさいませ!騎士団長様……新王様がお待ちです」
騎士「? ……あの、そちらの方は?」
王子「知り合いの娘さんだ。訳あって身柄を保護している」
騎士「は、はあ……」
王子「王にそう報告してくれ……あと、『客』が来ているだろう?」
騎士「ああ、書の街の少女さんですね」
少女「…… ……」
少女(やはり……お姉様は、此処に)
少女(……目深にローブを被れというのは理解出来る、が)
少女(これでは、騎士の表情が見えない)
少女(……訝しまれているのでは……)

317: 2013/11/30(土) 23:00:03.62 ID:hxspbOVUP
王子「今、何処に?」
騎士「新王様の命で、剣士が使っていた部屋に……」
王子「……へえ」ニヤ
騎士「騎士団長様?」
王子「いや、良い。それで?」
騎士「見張りは二名つけています。部屋を出てはいません。大人しくしていますよ」
王子「そうか。解った……この娘は『赤』だ」
少女「!?」
騎士「は?」
王子「新王様にそう伝えれば解る。待ってるから、許可が出れば呼んでくれよ」
騎士「は、はあ……では、少しお待ちを」

スタスタ

少女「あの、騎士団長様……?」
王子「心配する事は無いと言っただろう?」ニッ
少女(『赤』……私の瞳の事か? そうか!)
少女(『少女は、紅い瞳の女』と王に話が伝わっているとすれば……!)
少女(……否。会ったこともない相手だ。騎士団長は新王の伯父……)
少女(亡き国王の息子であると、聞いては居るが、だが……)
少女(紅い瞳の女等、掃いて捨てる居るんだ。何故……?)
王子「一つだけ、聞くよ」
少女「え?」
王子「君は、俺を信じてくれている?」
少女「……今、頼れるのは貴方しか居ません」
王子「答えの様なそうで無い様な、だな……まあ良い」
王子「じゃあ、質問を変える」
王子「……自分の事を信じれるか?」
少女「…… ……?」
王子「そうだな。自分の信じてきた物を信じられるか、かな」
少女「……そ、れは。色々な意味に取れるのですが」

318: 2013/11/30(土) 23:08:44.63 ID:hxspbOVUP
少女(いくら、彼と新王が血縁関係であれ)
少女(否……それは無条件で信じられる物かと問いたいのか?)
王子「自分の想像の範囲を超える事が起こると、さ」
少女「…… ……」
王子「実際に、目で見た物を否定するのは、不可能に近い程に」
王子「難しい物、なのに……どこかで、拒否したくなるんだよな」
王子「……無意識、で」
少女(何が言いたい? ……血。我らの事を言っている、のか)
少女(……違うな。だが……話の意図が分からん)
少女(お姉様の行動の事? …… ……)
王子「……信じて欲しい。新王の事を」
少女「……唐突ですね」
王子「すがるモノが俺しかないのならば、それが王に置き換わっても不思議じゃ無い」
少女「…… ……」
王子「大丈夫だ」
少女「……は、い」
少女(何をどうもって、大丈夫だと言い切るんだ。だが……)
少女(新王には、自分が『少女』だと、信じて貰うしかない……!)
少女(……自分の保身ばかり、か。姉を責められやしない……)
少女(目で見た物を否定するのは難しい……初対面であった新王に)
少女(何を、どうやって……私が本当の『少女』だと、信じて貰う……!)

カチャ、パタン

騎士「騎士団長様、どうぞ……」
騎士「……あの」ヒソ
王子「ん?」
騎士「……お人払いを、と申されているのですが」
王子「俺が居るから大丈夫さ」
騎士「…… ……扉の外側で、待機しています」
王子「うん。頼んだよ」

319: 2013/11/30(土) 23:14:15.95 ID:hxspbOVUP
カチャ、パタン

少女「…… ……」
少女(フードが邪魔……ッ 新王の顔が、これでは……)
王子「新王様、ただいま帰還致しました」
王「楽にして下さい、伯父上……彼女、が」
王子「……ああ」
王「そうですか……!」
少女(? ……聞いた事のある声……でも、何処で……)
王「どうぞ、貴女もローブを脱いで楽にして下さい」
王「……『少女』さん」
少女「!」
王子「……だから、大丈夫だと言っただろう?」クス
少女「…… ……」バサッ
少女「! ……ッ あ……!」
王子「……あの時、お前を連れて行っていたのがこんな所で役に立つとは、な」
王「初めまして、ではありませんからね?」
少女「貴方は…… ……ッ ……否、貴方が、新王、さ……ま!?」
王「あの時は申し訳ありませんでした」
王「身分を謀ったのは、謝ります」ペコ
少女「! か、顔を、上げて下さい!」
王子「……秘書、だったかな。彼女は剣士の部屋か」
王「ええ……人払いをせずば話さない風だったので」
王「騎士団長が戻ったら、それに応じると言って、ね」
王子「そうか……良く解ったな、と言うのは愚問だな?」
王「当然です」
少女「お……恐れながら、新王様」
王「はい」
少女「……何故、解った……のですか」
王「それも愚問ですね……初対面じゃ無いでしょう?」

320: 2013/11/30(土) 23:21:47.06 ID:hxspbOVUP
王「勿論、『王』や『次期国王』、『国王の息子』として会った訳じゃ無いですけど」
少女「……し、しかし……」
王子「君が言った事だろう。『少女の瞳の色は?』」
少女「……魔法や加護に疎ければ……気がつかない可能性だってあります」
少女「覚えて居る保証も……!」
王「確かに、同じ顔をしていましたね。姉妹……なんですね?」
少女「……双子です。姉は……あの、秘書は……」
王「見張らせては居ますが、手荒なことは勿論していませんよ」
王「……先の保証は、出来かねますが」
少女「! ……いえ。当然、です」
王「不安だったでしょう。此処まで」
少女「……否定はしません。でも……」
王「忘れませんよ。少女さん」
少女「……?」
王「確かに同じ顔をしているが、表情が違う」
王「瞳の色だけで、与える印象も勿論違います。でも……」
王「……僕は、貴女を忘れたり、しません」ニコ
少女「?? ……はぁ…… ッ あ、いえ、あの……!」
少女「……良かったです。信じて頂けて」
王子「…… ……」ゴホン
王子「本題に入るぞ、新王」
王「あ、そ、そうですね……すみません」
王「……如何しましょうか、少女さん」
王「貴女も、この国の保護を願い出て参られましたか?」
少女「……そうして貰いたいと言う気持ちはあります」
少女「王様、書簡はお読みになられましたか」
王「ええ。快くお誘いを受けて頂けたようで、嬉しく思いました」
少女「……戴冠式まで、此処に居れば、私の身は安全でしょう」
少女「ですが……私は、暫定であれ仮であれ」
少女「書の街の代表者、ですから」
少女「……逃げ込むと言うのは、その」

322: 2013/11/30(土) 23:29:19.22 ID:hxspbOVUP
王「後ろめたい?」
少女「……正直、申しますと、そうです」
王子「しかしなぁ……こうなってしまった以上、君をあの街に帰す訳にも」
王「そうですね。関係的にも、旧貴族達の思惑の片隅をかするのは御免です」
少女「…… ……」
王「折角の友好条約を先に反故にしようとしたのは書の街……否」
王「旧貴族達、ですからね……でも」
王「何故です? 代表者は貴女でしょう」
少女「力不足は……認めます。年長者として祭り上げられたのは事実です」
王「それならば秘書さんだって」
少女「……衛生師さんには話しましたが……」
王子「『出来損ないと話す言葉等持ち合わせていない』か」
王「……成る程。貴女を傀儡として祭り上げ、実権は……ですか」
少女「……申し訳ありません」
王「確かに、旧貴族達を傍仕えさせたのは貴女の失策だろうけれども」
少女「…… ……」
王子「……お前な、もう少し優しい言葉を選べるだろう」
王「事実です、伯父上……ですが、これで」
王「此方も反撃に出られます」
王「秘書さんから聞いた話やあの人の行動……勿論、これから」
王「少女さんの言い分も聞きますし、事実確認もします、けど」
王「行き当たりばったりにしても程がありますよ」
王子「……まあ、それはな」
王「目の前の状況を切り抜ける為の辻褄を後で無理矢理あわせようとしても」
王「これほど綻びが多ければ、不可能です」
王「……それだけ、『新王』としての僕の力量も」
王「足りていない、と言う事だ」
王子「…… ……」
少女(この人……は)

323: 2013/11/30(土) 23:37:33.40 ID:hxspbOVUP
王「……不甲斐ないのは僕もです、少女さん」
王「正式に就任しては居ないとは言え、僕は『王』だ」
王「国、人……そういう物を、守っていかなければならないんです」
少女(……随分と、攻撃的にも見える。あの時、書の街で会った時と)
少女(印象が……違う)
少女(……だけど。そうか。同じなんだな)
少女(しっかりしなければ、頑張らなければ、と……)
少女(……私だけでは、無いんだ)
少女(国や街を作り、纏め、守っていくというのは……)
少女(……押しつけられ、すげ替えの聞く頭なだけ、では……)
王「……安心しました」
少女「え?」
王「正直に、仰ってくれた、のでしょう」
少女「……?」
王「自分の身は勿論、可愛いでしょう。でも」
王「……代表者としての自覚が、秘書さんには、見えませんでしたから」
少女「あ…… ……」
王「不甲斐ないと解って居ても。気持ちだけでも、持つことは大事なんだと」
王「思います。 ……偉そうな事、言えるほど」
王「僕だって立派じゃない。まだまだ……何も知りません」
王「だから、気持ちだけでも、持ってたいんです」
少女「…… ……はい」
王「……まだまだ、伯父上に頼りっぱなしになっていますし、ね」
王子「……俺はお前の盾であり剣だ」
王子「今はまだ、な」
王「…… ……」
王子「以上でも以下でも無い」
王「……そう、ですね」
少女「…… ……」

324: 2013/11/30(土) 23:42:45.31 ID:hxspbOVUP
王子「……そんな、しょげた顔する名二人とも」
王子「これからの未来を作るのはお前達なんだ。それだけの事だ」
王「……はい」
少女「未来……」
王子「……で、どうするんだ、新王」
王「戴冠式まで、それほど日はありません」
王「ちょっと強引ですけど、少女さんにはちゃんと」
王「書の街の代表者、として、滞在して頂きましょう」
少女「宜しいのですか?」
王「帰りたいですか?」
少女「…… ……い、いえ」
王「はい。なら、どうぞ。遠慮無く過ごして下さい」ニコ
王「元よりそのつもりでしたしね」
少女「あ、あの……姉の処遇は……」
王子「それを今から話し合う……んだ」
王子「……俺は、どうする、王」
王「同席してくれないのですか?」
王子「どちらでも良い。そもそも、俺はただの『騎士団長』だ」
王子「……弟王子の時は、補佐だと良いながらこうして」
王子「良く色々話し合った。だが」
王子「お前が、必ずしもそれを倣う必要は無い」
王「伯父上……」
王子「……戦士達と話した時の事は、気にする事は無い」
王子「『王』はお前だ」
王「……僕が、決めて良い、んですか」
王子「……もう一回、言った方が良いか?」
王「……いえ。『王』は、僕ですから」
王「…… ……」
少女(……この人達は、強い)
少女(騎士団長は…… ……優しい、人なんだな)

325: 2013/11/30(土) 23:50:26.24 ID:hxspbOVUP
王「……僕が正式に就任するまでの間、今までと変わらず」
王「補佐をお願いします、伯父上」
王「それから、先は……」
王子「了解した。後は、その時考えれば良い」
王「……はい」
少女「…… ……」
王「では、まず……秘書さんの事ですが」
少女「……はい」
王「あ、ごめんなさい。先に……聞きたい事があります」
少女「え?」
王「貴女は、母親さんに会いたいですか?」
少女「!」
王子「……街の代表者だと、初めて会った時に言っていただろう」
少女「……何とも、言えません。ですが」
少女「姉は、それを要求するかもしれません」
王「でしょうね」
少女「私は……正直、解りません」
少女「……不便だ、不自由だと思っていました。でも」
少女「私は、雷の加護を持たない私は、所詮……」
王子「…… ……」
少女「彼ら……姉も含めて、旧貴族達の中では『劣等』なのです」
王「…… ……」
少女「確かに失策です。傷をなめあっていても、何も産まれない」
王「……僕の考えは」
王「秘書さんは、立派な反逆者、です……書の街を支配している訳では」
王「無いとは、いえ……」
少女「…… ……」
王子「後で俺とお前と、少女と対面させるんだろう」
王「……少女さんは同席して貰わない方が良いと思います」
王子「ん?」
王「会わせてしまうと何するか解りませんし」
王「伯父上に同席して頂くとは言え危険は回避したいですし」
王子「……そうか。そうだな」

326: 2013/11/30(土) 23:56:20.16 ID:hxspbOVUP
王「処遇についてはその時の態度次第……ですが」
王「……母親に会いたいと言うのならば、会わせて差し上げるつもりですよ」
王子「え!?」
王「牢屋の壁越し、ですけどね」
少女「…… ……」
王「……で、ついでに旧貴族達の扱いですが……」
王「伯父上。この間のお話しを、ついでに進めても宜しいですか」
王子「この間の話?」
王「はい。騎士団の解体です」
少女「え!?」
王「世の中は平和になっていこうとしています」
王「……すぐに、『力』は捨てられません。残念ながら」
王「役割は正直、変わらないかも知れません。ですが」
王「『騎士団』と言う組織は、解体する予定なんです」
王「……最初は、名前が変わるだけ、になってしまうでしょうけど」
少女「そ、んな!」
王子「……以外だな。どうした?」
少女「……か、勝手な話になってしまいます、が」
少女「今、書の街は騎士団の人達によって、秩序が保たれて居ると言っても」
少女「過言じゃありません! なのに……!」
王「見捨てはしません」
少女「新王様……」
王「……伯父上から、引退の相談もされてます、から」
少女「騎士団長様が引退!?」
王子「歳を考えてくれよ」
王子「……もうすぐ、孫も産まれるんだぜ」
少女「!? ……騎士団長様の息子、さん……は……!」
王「その話は後にしましょう。伯父上……混乱させないで下さい」
王子「……スマン」

327: 2013/12/01(日) 00:02:44.70 ID:hxspbOVUP
王「『軍隊』と言う物が必要のない世界になれば良い、と思ってます」
王「……確かに、戦争に事実上、勝利しました」
王「裏を返せば、負けた国が、負けた人達が居るんです。だから」
王「勝ってしまった我々が、形だけでも『武』を放棄する」
王「……簡単に、ぽいっと投げられる訳じゃ無い。だけど」
王「それを指し示す事が『美しい世界』への第一歩だと思うんです」
少女「美しい、世界」
王「はい。平和な……世界、です」
王「……魔王は、倒された。でも、魔物は居なくならない」
王子「…… ……」
王「魔王は、また……以前の様に復活するかも知れない」
王「でも、だからこそ。同じ種同士、人間同士……」
王「争うのは、馬鹿らしいでしょう?」
少女「あ……」
王「だから、ね……」
少女「…… ……」
王「就任式の前に、この事は発表するつもりです」
王「……まだ、僕と伯父上しか知りません」
少女「私に……話して良かった、のですか」
王「……何れは知る事です」
王子「最初から話すつもりだっただろう、お前」
王「伯父上?」
王子「何か話したい事があると言っていたし」
王子「言いにくそうにしていたからな……合点がいったさ」ハァ
王(……そう、じゃ無いんだけど)
王(まあ……良い。良い風に勘違いしてくれた、方が)
王(……まだ。話せない。話さない……)

328: 2013/12/01(日) 00:08:15.96 ID:VGprxsz3P
少女「……他言は、しないとお約束します」
王「ありがとうございます」ニコ
王子「……とにかく、秘書の出方次第、だな」
王「そうですね……ええ、と。どうしましょうか」
少女「あ……私は、居ない方が良い、んですね?」
王子「聞いていたいのならば、その扉の奥に身を隠しておけば良い」
王子「……厭なら、部屋を準備させるよ」
王「聞かない方が良いと思います……けど」
王子「少女が決める事だ」
少女「…… ……聞かせて下さい」
王「やりにくいなぁ……」ボソ
少女「え?」
王「あ、ああ……いえ……」
少女「?」
王子「……では、こっちへ」
王「ああ、僕が……伯父上、騎士に指示を」
王子「ああ」

スタスタ

王「……少女さん」
少女「は、はい?」
王「後で、庭をお散歩しましょう?」
少女「え? ……ああ、書簡にありました、ね」
少女「……わかりました」
少女(こんな時に……暢気な……でも、まあ)
少女(気をつかってくれている、んだろうな)
王「では……此処に。声は出さない様にね」
少女「はい」

キィ……

王「……幻滅、しないで下さい」
少女「え? ……あ、あの」

パタン

331: 2013/12/01(日) 00:16:32.98 ID:VGprxsz3P
少女(幻滅……?)
少女(……確かに、新王の選ぶ言葉は……きつい、と言えばそうだが)
少女(内容に不備は感じない……同じ、なのだろう。私と)
少女(気張らねばと……必要以上、に。気にして……いるんだろうか?)
少女(……変な人。まあ、解らなくはないが)
少女(! ……扉の音……お姉様、か)
少女(……声が、遠い……な)ピト

王「お待たせ致しました」
秘書「騎士団長様、お久しぶりでございます」
王子「…… ……」
王「単刀直入にお聞きします」
秘書「……? あの、私の話を聞いて頂ける、のでは……」
王「母親に会いたいですか?」
秘書「! 会わせて頂けるのですか!?」
王子「『少女』と初めて会った時、会いたいと言っていただろう」
秘書「あ ……そ、そうです!そうでした!」
秘書「是非に! お願い致します!」
王「立ち会いはさせて頂きますよ?」
秘書「……そ、れは、はい」
王子「不満か?」
秘書「い、いえ……仕方ありません」
王「『剣士に会わせろ』と……それしか話しません」
秘書「剣士様、ですか……あの、お会いになられていないのですか」
王「……会わせられるとお思いですか?」
秘書「…… ……」
王「まあ、良いでしょう。では、今から行きましょうか」
王子「……新王、様?」
王「私と伯父上が着いていれば大丈夫でしょう」
王「ただし、話すのは壁越しです。宜しいですね?」
秘書「……勿論、です」

少女(母親様と接触させる……!? ……ああ、違う!)
少女(王は、そのまま、姉を……牢に放り混むつもり、か!)

332: 2013/12/01(日) 00:22:50.13 ID:VGprxsz3P
少女(声が遠くなっていく……!)
少女(態度次第……否、確かに……お姉様……!)
少女(……仕方無い、んだろう。だろう、が……!)
少女(私は、どうしたら良い……!?)
少女(後を追っても……ローブの所為で道など解らない……!)
少女(……仕方が無いのか!? 否、確かに、反乱と言われればそれまで、だが)

パタン……

少女(扉の音!)
少女(…… ……何も、聞こえない)
少女(幻滅、とは……この事……? でも……!)

キィ……

少女「!」
騎士「……少女、さんですね?」
少女「あ……さっきの……」
騎士「騎士団長様が。来たいと望むなら叶えてやれと」
少女「あ、あの……」
騎士「……事情が飲み込めていないから、良く解らないけれど」
騎士「君が、本物、何だろう」
少女「……貴方は、どうして従うのですか」
騎士「え?」
少女「王、であれば……長であれば」
少女「言われた侭は、理解が及ばなくても真実なのですか?」
騎士「……そうじゃない」
少女「では、何故……」
騎士「そっくりそのまま返そうか?」
少女「え?」
騎士「今君が言った言葉は、君達の街の人達にも勿論」
騎士「当てはまると思う、んだけどな」
少女「!」

333: 2013/12/01(日) 00:29:43.64 ID:VGprxsz3P
騎士「『知る義務も知らない権利もある』……選べるんだよ」
少女「…… ……」
騎士「御免。答えになってないな」
騎士「……言えるとすれば、これは仕事だから」
少女「仕事……」
騎士「『騎士』である以上、『従う』のは仕事だ」
少女「…… ……」
騎士「……国王様……新王様のお父様は、凄い人だったよ」
騎士「俺は知らないけど、盗賊様も」
少女「…… ……」
騎士「『王』を守りたいと言っていた両親の背を見て育ったから」
騎士「俺もそうありたいと思った」
騎士「だから、命令には従う。内容が分からなくても」
少女「…… ……」
騎士「知りたいって好奇心はあるけど……」
少女「…… ……」
騎士「君には無いの?」
少女「……連れて行って、下さい」
騎士「……了解しました」

スタスタ

騎士「…… ……」
少女「…… ……」
騎士「……新王様は、多分」
少女「?」
騎士「お父様に負けじと必氏なんだ」
少女「…… ……」
騎士「吉と出るか凶と出るかは、俺にも……誰にもわからん」
少女「…… ……」
騎士「……けど、守る。守らないと行けない」
少女「守りたい……から?」
騎士「……仕事だから。今はね」
騎士「……この階段を下りて突き当たり。そっとね」

334: 2013/12/01(日) 00:37:26.14 ID:VGprxsz3P
少女「一緒、には……」
騎士「……この先は許可が無いと入れないんだ」
騎士「君一人で、って聞いてる」
少女「…… ……」
騎士「少女さん」
少女「は、はい」
騎士「俺は、『魔導国』は嫌いだ」
少女「!」
騎士「船団同士の戦いで、魔法兵として出兵してた弟が氏んだんだ」
少女「…… ……」
騎士「……『書の街』になったからって、消えないんだ」
少女「…… ……」
騎士「戦争、だった。船に乗るのを志願したのも弟自身だ」
騎士「『世界』に『もし』は無い」
騎士「……でも、君が頑張って変えてくれるなら」
騎士「……好きにはなれないけど」
少女「…… ……はい」
騎士「御免。何が言いたいのか解らない」
少女「いえ……」
騎士「一つの感情だけじゃ無いんだよね。人って」
騎士「裏表があって、当然なんだよな」
少女「…… ……?」
騎士「御免。忘れて……気をつけて降りて下さい」
少女「……は、はい。ありがとうございました」

コツン、コ…… ……

少女(足音、響く……そっと……)
少女(……彼は、何が言いたかったんだろう)
少女(仕事だから。知りたいから、知りたくないから……)
少女(……どれも、真理で。どれも、勝手だ……)

……ッ 
ダマシタ……ッ ユルサ……ッ

少女(! お姉様の声……!)

335: 2013/12/01(日) 00:43:59.57 ID:VGprxsz3P
秘書「出せ! 何故私がこんな場所に……!」

ガシャン!ガン!

王「……重傷ですね。当然でしょう」ハァ
王「『王』を謀り、自分の街の代表者である少女さんを謀り」
王「ましてや、反乱まで企てて居たんです」
王「……のこのこと乗り込んで来て、あからさまな誘いに乗って」
王「随分と、舐められたモノです」
秘書「この……ッ 私をどうするつもりだ!」
秘書「私は、少女だぞ!?」
王子「残念ながら、少女の瞳は赤だ。君じゃ無い」
秘書「!」
王「……旧貴族達にも、制裁を加えます」
秘書「な……ッ お前達は支配者では無いと言ったでは無いか!」
秘書「良くも……ッ」

母親「……剣士?」

秘書「! 母親様!?」
王「僕は約束は守りましたよ? 『どうぞ、壁越しにお話しを』と言ったでしょう」
秘書「隣に、母親様が……!? 母親様! 母親様!」
王子「おい、本当に隣の牢なのか!?」
王「……大丈夫、ですよ」
王子「え……?」
母親「剣士、剣士……どこ?」
母親「目が見えないの!此処は真っ暗よ!早く助けなさい!」
母親「お父様、お兄様……どこ!?」
秘書「!? 母親様!?」
母親「大丈夫、すぐにこんな所、出て行くわ! すぐに剣士が来るわよ!」
母親「私達は魔の血を引く、優れた血の一族なのよ!」
母親「剣士と私で、雷の加護を持つ娘と息子を作るわ!」
母親「そうすれば、魔導国は蘇るのよ!」

アーハッハッハッハッハ!

秘書「は……は、おや様…… ……?」

336: 2013/12/01(日) 00:46:52.83 ID:VGprxsz3P
王子「! おい、これは……!」
王「……僕が初めて、此処に降りてきた時にはこんな感じでしたよ」
王子「知ってたのか!?」
王「……はい」
王子「……俺、が……最初に此処で見た時、は……」
王「少しずつ狂っていった、のか。例の魔石の影響かわかりませんけど」
王「……嘘では無いです。食事を持ってきても、それが男でも女でも」
王「『剣士、助けに来てくれたのね』と……ね」
秘書「そ……んな! ……これで、は……!!」
王「救い出して魔導国を再建する夢も潰えましたね」
秘書「!」
王「おや、図星でした?」
王子「…… ……」
王「……貴女達が考えそうな事ぐらい、解ります」

347: 2013/12/02(月) 22:28:59.03 ID:GhctEEdIP
王子「……何時から」
王「先ほども申し上げたとおり、です」
王「……戦士兄様や、伯父上は忙しくしていらして」
王「此処に、足を向ける事も無かったでしょう」
秘書「戦士!? ……では、魔王は……!」
王「…… ……」
秘書「勇者は戻ってきたのか!? 世界は……!」
王「……世界が、平和にならない方が貴女達にとっては良かったのでしょうね」
王子「…… ……」
王「母親はぶつぶつと、ずっと独り言を呟いていた」
王「……貴方からは知り得ないだろう話も、聞きましたよ、伯父上」
王子「!?」
王「真偽の程は解りません。何せ……狂人の戯言ですから」
秘書「お前……ッ 出来損ないの分際で……ッ」
王子「! 黙れ!」
王「出来損ない、と言うのは優れた加護を持たない人の事を指す、んでしたね?」
王「……ならば残念です。僕は、その優れた加護、とやらを有していますから」
秘書「! な……に……ッ!?」
王「お疑いならお見せしましょうか? 残念ながら僕は、風の攻撃魔法は」
王「使えませんから。人を呼ぶことになりますが」
王子「新王!」
秘書「…… ……ッ」
王「……冗談です。そんな怖い顔をしないで下さい」
王「ああ、でも僕に優れた加護があるのは確かですよ」
王子「…… ……」
王「悔しいでしょう? どうにか懐柔しようと企んでいらっしゃったのでしょうしね」
王「庇護を受ける『始まりの国』の、ましてや『新たなる王』」
王「優れた加護……貴女達の言う『選ばれた』者に必要な最低限の能力」
王「……御しやすそうに見えましたか。秘書さん?」
秘書「……ッ」

348: 2013/12/02(月) 22:34:10.27 ID:GhctEEdIP
王子「……新王」
王「…… ……そこに、居るのでしょう、少女さん」

少女「!」

王「伯父上も人が悪い。未来を作るのは僕たちだと言っておきながら」
王子「……い、いや……」
王「構いません。出て来て下さい」
少女「…… ……」
王「此処は、思う以上に音が響くんですよ」
少女(……この、人……は……!)
少女「…… ……」

スタスタ

秘書「! お、前……ッ」
少女「…… ……」
王「何をどう、見間違うと思ったのです?」
王「確かに貴女達は同じ顔をしている」
王「だが、表情一つ、何を取っても違いすぎる」
王子「…… ……すまん、少女」
少女「……貴方の所為ではありません。騎士団長様」
王「見られない方が、やりやすいとは思いました。ですが」
王「……良いです。これも、僕です……から」
秘書「逃げ出してきたのか! お前は、それでも代表者か!」
少女「どの口がそういうのです、お姉様!」
少女「貴女は私を、新王様を……書の街すらも裏切って!」
秘書「ほざけ!何が書の街だ!」
秘書「雷の加護を受けもしない、出来損ない共を纏め上げたとて」
秘書「誰が喜ぶ! 何が良くなる!?」

349: 2013/12/02(月) 22:40:07.95 ID:GhctEEdIP
秘書「我らは選ばれた……ッ」

ガシャン!ガシャガシャ……ッ!

少女「思い上がりも甚だしい! 何が選ばれた民です!」
少女「領主様達が『私達の支配する世界』……」
少女「『私達に支配される為の世界』等と望まなければ、そもそもこんな事には」
少女「ならなかった! 魔の血だの、どうの……それこそが恥ずかしいと思わないのか!」
少女「命の重さに差違など無いのだ! 人は……ッ」
秘書「黙れ! この『世界』は……ッ」

母親「……剣士、剣士! そこにいるんでしょう!?」
母親「さっさとこの部屋から私を出して!」
母親「……ねえ、魔である貴方と、優れた私と」
母親「良いのよ!良いの……お兄様など、魔法使いなど!」
母親「その紫の瞳は、私のモノよ! 勇者になんて渡さない!」
母親「魔法使いになんか、渡さないわ!」

少女「…… ……」
王子「…… ……」

母親「……ねえ、早く抱きしめて……此処は、寒い……ッ」

少女「……これが、末路。禁忌に手を出した、愚かな人間の末路だ」
少女「だから、お姉様……」

秘書「煩い! 黙れ! ……ッ この期に及んで、まだ……ッ」
秘書「まだ、お前だけ、自分だけ、甘い汁を吸うつもりなのか!」
秘書「出せ!出すんだ! ……私は、雷の優れた……!」
王「……話の通じない人と話すのは疲れますね」フゥ

350: 2013/12/02(月) 22:46:07.87 ID:GhctEEdIP
少女「……新王様?」
王「先ほどの約束通り、庭を散歩致しましょう。花が見頃ですよ」
王「もう、此処に用事は無い……伯父上」
王子「え……な、なんだ」
王「衛生師に連絡を。旧貴族達を捕らえ、反乱の罪で投獄して下さい」
王子「!」
王「……許可を頂けますね、少女さん?」
少女「!?」
王「どんな形であれ……それが、秘書さんの口からであれ」
王「『少女』と名乗る『書の街の代表者』が」
王「『身の危機を感じる』と、我が国に、僕に」
王「……保護を求めたのです」
少女「……ッ」
王「その原因が『旧貴族』達であるのならば」
王「『貴女を守る為』に最善を尽くす……それが」
王「『新王』たる僕の勤めです」
王子「お、おい!」
王「……そうすれば、書の街は……今よりも、確実に」
王「僕たち、新しい世代が描いていく……行かなければならない」
王「『美しい世界』に近づきます」
少女「…… ……」
王「ご決断を。少女さん」
少女「…… ……ッ」
少女(幻滅しないで欲しい、と言うのは……これか!?)
少女(……発端が、私では無く、姉であるとは言え)
少女(『書の街の代表者』が口にした言葉)
少女「……私には、責任を取る『義務』がある、と仰る、のですね」
王「…… ……はい」
王子「…… ……」
少女「手荒な、事……は……」
王「『理不尽に、力に訴える事』等はしないと約束いたします」

351: 2013/12/02(月) 22:50:45.71 ID:GhctEEdIP
王子「…… ……」
少女「…… ……」
秘書「やめろ! やめさせろ、少女!」
秘書「何の権限があって……!」
王「……貴女は。貴女が、代表者でしょう、少女さん」
少女「……お願い、致します」
秘書「少女ぉおおおお!!」

ガシャン、ガシャ!

母親「あははは、アハハハハハ!」

少女「!」ビクッ
王子「…… ……新王」
王「承知致しました……『騎士団長』、衛生師に指示を」
王子「!」
王「貴方は、このままこの街に居て下さい。僕の就任式もあります」
王「現場の指示は、衛生師に任せましょう」
王子「……おい……ッ」
王「補佐を、引き受けて下さるんでしょう」
王「戦士兄様も、僧侶さんの身体の事もある」
王「……二人は今日、港街に向かっているはずです」
王子「…… ……」
王「お戻りになられたら、彼らにもお願いしたいことがある」
王「僕一人では、身体が足りません。勿論……少女さんの事もあります、しね」
王子「…… ……」
王「騎士団長」
王子「…… ……了解、しました」
王「ありがとうございます…… ……では、少女さん」
少女「え……」
王「……行きましょうか。余り時間は無いと思いますけど」
王「僕は、ずっと貴女と、ゆっくりと話したいと思っていたんです」

360: 2013/12/04(水) 09:57:15.07 ID:uOuD80j9P
……
………
…………

癒し手「ボロボロ、ですね」
側近「……人の住まない場所は、な」
癒し手「…… ……」

キィ…… ガタン!

癒し手「キャッ」
側近「癒し手!」
癒し手「……だ、大丈夫です。ドアが……」
側近「蝶番が外れているな……怪我は無いか?」
癒し手「はい。驚いただけ……ですから」
側近「……手を離せ……ん」

ギギギ……キィ

癒し手「……床も、腐ってます、ね」
側近「ああ……入らない方が良さそうだ、が」
癒し手「……あの、小屋」
側近「ん?」
癒し手「いえ……放置されていた期間は比べものにはならないのでしょうけど」
癒し手「私達が住ませて貰って居る、あの小屋は……」
癒し手「きちんと、管理されていた、んですね。弟王子様か、騎士団長様か……」
側近「……掃除をしに、入るだけでも違うんだな」
癒し手「家を、建物を作る木にも、土にも……命がありますから」
癒し手「手をかけられている、と言うだけで……喜ぶのかもしれません」
癒し手「あそこには、確かに『愛』もあった」
側近「黒い髪の魔王の母君様の……か」
癒し手「でも……ここは。これ、では」
側近「…… ……」

361: 2013/12/04(水) 10:02:35.02 ID:uOuD80j9P
癒し手「…… ……」
癒し手(祭壇も、ぼろぼろ……前に、旅の途中に来た時は)
癒し手(……これほど、では無かったのに)
側近「……癒し手。女様の像を置いて、戻ろう」
癒し手「……そう、ですね」
側近「貸せ……お前は入るなよ。足を取られたら困る」
癒し手「……はい」スッ
側近「…… ……」

スタスタ

側近「何処に?」
癒し手「その、祭壇の上……置けます?」
側近「……落ちない、とは思うが」
癒し手「何れ……此処と同じくして」
癒し手「……朽ちて、行くのでしょうか」
側近「…… ……」コトン
癒し手「もう一度……裏庭の、お墓に手を合わせて、帰りましょうか」
側近「あっちも……荒れ放題、だったな」
癒し手「出来るなら……少しでも、綺麗にして差し上げたい、けれど……」
側近「……お前がやれというのならば」
癒し手「わからないんです」
側近「え?」
癒し手「……弔いは残された者の自己満足……とも思います」
癒し手「このまま、自然の摂理に任せ」
癒し手「……土に、空に、世界に……還って行かれるに任せる方が」
癒し手「良いのか……と、か」
側近「…… ……」
癒し手「……お待たせ致しました、女様」
癒し手「港街の神父様も。女神官様も……」
側近「…… ……」

362: 2013/12/04(水) 10:09:37.08 ID:uOuD80j9P
癒し手「……ここで、結婚式……なんて」
癒し手「夢の又夢、でしたね」
側近「癒し手……」
癒し手「…… ……行きましょう、側近さん」
側近「…… ……」スッ
癒し手「側近さん? どうしたんです……」
側近「あそこ……」
癒し手「? 天井?」スッ
側近「……屋根が落ちて、光が差し込んでるから」
癒し手「ああ……」
側近「女様の像に当たって、綺麗だな、と思って」
癒し手「……はい。きっと、戻れて……お喜びに、なってると……」
側近「…… ……ああ」
側近(女様は……紫の魔王の傍に、行きたかった、んではないのだろうか)
側近(……癒し手の想いに、水を差すような事は言いたく無い……が)
側近(…… ……否。これも、それも……生者の自己満足だ)
側近(癒し手も……多分、解って居るのだろう)
癒し手「……行きましょう。今日は久しぶりに、宿を取るのでしたよね?」
側近「ああ。明日の船に拾って貰う予定だ」
側近「……街を見て回って、食事をして……のんびり、眠ろうか」
癒し手「…… ……はい」

……
………
…………

スタスタ

少女「……新王様」
王「はい? ああ、ご免なさい。歩くの早いですか?」
少女「あ、いえ……あの、その。手、を……」
王「……厭ですか?」
少女「…… ……」
王「お待たせしました。ここ、です」
少女「え……ま、あ……ッ」

363: 2013/12/04(水) 10:14:37.18 ID:uOuD80j9P
王「……お祖母様、が。作らせていたそうです」
王「本人は花には疎いと言って居られたようですが」
王「……父も、良く僕と母を連れて、此処に散歩に来ていました」
少女「綺麗……!」
王「貴女は、存じているかどうか解りませんが」
少女「?」
王「伯父上の前の……初代の騎士団長です」
少女「……女剣士さん、ですね」
王「ああ、ご存じでしたか」
少女「名前、はですけど」
王「……そうですね。僕も……それに近い程度の間柄、ですが」
王「女剣士様も、花を愛でるのがお好きだったそうです」
王「お祖母様と同じく、詳しくは無いけれど、と」
少女「……どうして、これを私に見せたいと?」
王「うーん……短絡的で申し訳無いのですけど」
王「女性は、皆こういう物が好きなのかな、と」
少女「…… ……」
王「母も、今でこそ部屋から出ては来ませんけど」
王「幼い頃は良く、此処で父と……ああ、さっき言いましたね」
少女「…… ……仲の良い、ご家族だった、のですね」
王「そ……うですね。否定はしません」
少女「え……」
王「お父様はお忙しい方でしたからね」
王「……戦争が、始まってからは特に」
少女「…… ……」
王「……幻滅、しましたか?」
少女「……何処から、計算していらっしゃったのです?」
王「…… ……」
少女「嫌味……とか。その。責めるつもりは……ご免なさい」

364: 2013/12/04(水) 10:28:03.89 ID:uOuD80j9P
王「……色々、想定はしましたよ。結果的に言うと」
王「随分と、都合良く動いてくれたなぁ、とは思いました」
少女「…… ……」
王「確かに、計画……計算は狂いました。ですが、僕に取っては悪く無い物でした」
王「……あえて言葉は選びません。秘書がああして」
王「短絡的に、感情的に動いてくれたおかげで」
王「……旧貴族達を反乱の罪に問うことも出来た」
少女「…… ……」
王「彼女自身も含めて、ね」
少女「……それは……仕方ありません」
王「……貴女は、あの時……初めて会った時に比べて」
少女「?」
王「変わりましたね」
少女「え……?」
王「勿論、僕は……今も。貴女の為人を殆ど知りませんけど」
王「……でも、僕は代表者が貴女で良かったと思っています」
少女「それは……お姉様や、旧貴族達に……少なからず、私が」
少女「劣等感を抱いているから?」
王「…… ……」
少女「貴方の言葉を借りるなら。『御しやすそう』だから、ですか」
王「……近い思考をしている方が、政策としてはやりやすいでしょうね」
王「確かに。でも……そんな事じゃありません」
王「秘書は、『代表者』だ『少女』だと偽りながら」
王「ご自分の欲を唯一と、考えて要らした」
王「母親の事だってそうです。崇め奉り、盾として剣として」
王「自分達を……自分を、己の思う都合の良い環境に置いてくれるだろう」
王「道具の様にしか、思っていない様に……思えました」

365: 2013/12/04(水) 10:34:43.23 ID:uOuD80j9P
少女「…… ……」
王「保護を願うのかと問うた時、秘書は己の身だけを案じ」
王「欲が満たされるだけを願って、肯定した」
少女「……変わりません、私だって」
少女「あの街に戻れば、私は旧貴族達に何をされるか……解りませんから」
王「でも、貴女は少しかも知れないけれど。街の代表者としての」
王「自覚を垣間見せられた……勿論。それが、演技か否か……なんて」
少女「!」
王「僕にはわかりませんけどね。でも……その思案の余地があると言う事は」
王「貴女は、秘書の様に馬鹿では無いと言う証拠でもある」
少女「……本当に、言葉を選ばない方ですね」
王「素直な気持ちを聞きたいから。僕も、隠し事や飾った言葉は使いません」
少女「…… ……」
王「……貴女が、あの書簡にあったとおり。僕の戴冠式に来てくれて」
王「こうして、お話しする事ができた時に」
王「貴女が望むのであれば、僕は母親に会わせて差し上げようと思っていました」
少女「!」
王「貴女も望んで居られたでしょう?」
少女「……ですが。私が、姉と同じように、母親様をどうにか救い出して……と」
少女「案じていたとは……貴方は、お考えにならない筈が無い」
少女「なのに……ですか?」
王「はい。貴女に、代表者としての自覚が無く……秘書と、同じであるのなら」
王「……ここから先の話をするのは、諦めようと思っていたのです」
少女「……?」
王「ですが、貴女は……先も言いましたが」
王「……貴女が、代表者で良かった、と。僕に安堵をくれた」
王「ますます、貴女が好きになりました」
少女「!?」

366: 2013/12/04(水) 10:41:01.27 ID:uOuD80j9P
王「有り体に言えば一目惚れ、です」
王「……年も変わらないだろう、今まで、苦労もしてこなかっただろう」
王「小さな少女が…… ……まあ、お話を聞く限り」
王「その、紅い瞳でご苦労も、あったのでしょう。が」
少女「…… ……」
王「一生懸命、緊張と不安を抑え、しっかりしよう、しなければと」
王「憂いた瞳で頑張っていらっしゃるのを見て」
王「可愛いな、と思いました」
少女「あ、あの……新王様!?」
王「……この先は、誰にも話していないんです。伯父上にも」
少女「新王様!」
王「『始まりの国の新王』と『書の街の代表者』としての」
王「政の上でも、貴女とならばどうにか、美しい世界へと導いていけそうな」
王「その為に、頑張って行けそうな気もします。でも……」
少女「…… ……」
王「それだけでは、無く。人生のパートナーとして」
王「僕と、結婚して下さいませんか、少女さん」
少女「え!?」
王「……勿論、すぐに、なんて言いません」
王「考える時間も必要でしょうし、それ以上に」
王「僕の事を知って貰いたい気持ちも、貴女を知りたい気持ちもあります」
王「その時間も、必要です」
少女「…… ……貴方の、その願いが叶えば」
王「……はい?」
少女「この国と、書の街の未来も盤石……と、仰りたいのですか」
王「……否定は、しません。出来ませんね」
王「でも、僕が貴女を愛おしく思う気持ちは嘘じゃ無い」
王「……旧貴族達は反発するでしょうね。否。書の街の人の中にも」
王「少なくは……無いでしょう。支配だなんだと、不安を煽りもするでしょう」

367: 2013/12/04(水) 10:47:51.03 ID:uOuD80j9P
王「伯父上や騎士達……この国の人々も。口さがなく……」
少女「それが解って居ながら、どうして!?」
王「……言い方は悪いですが、未来の為でもありますから」
少女「…… ……」
王「で、でも、勿論それだけじゃありませんよ!?」
少女「……私を、好いて下さって居る、と」
王「……はい。貴女が、好きです。少女さん」
少女「…… ……」
王「僕も……人間ですから。欲だけでとは……思いたくありませんが」
王「……そういう部分があるのは勿論、否定はしません」
王「僕は、貴女が良い」
少女「……あ、あの」
王「父と母は、政略結婚……では無いですが」
王「恋愛を経て結ばれた関係ではありません」
少女「え……」
王「愛し合っていたと思います。父は母を大事にしていたし」
王「母も、大人しい女ですが、父の身を何時も案じていた」
王「一緒に居た時の二人は、本当に幸せそうでした」
王「世継ぎの問題、等もあったんでしょうけど」
少女「…… ……」
王「僕も、それで良いと思ってました。貴女に会うまでは」
王「……でも、『王』は僕だ。伯父上にも言われた」
王「何もかもを、お父様に倣う必要は無い」
少女(この人……は)
少女(……どうして、こんなに辛そうな顔で……話す、んだ)
少女(反発……なのだろうか。先の、騎士団長との会話を聞いても……)
少女(……似ている、のか。否……私とは、違う。だが……)
王「……他意は無い。純粋に貴女を想っているのだと言っても」
王「こんな会話の中では、信じられないでしょうね」
少女「……い、え……」
王「信じて下さる、のですか?」
少女「……御免なさい。良く解りません」

391: 2013/12/07(土) 23:37:41.07 ID:9XYSl3uAP
王「……当然、ですね。何を……期待しているのでしょうか、僕は……」ハハッ
少女「……貴方は、何故」
王「…… ……え?」
少女「姉に、貴方が優れた加護を持っている……と……」
王「…… ……父も、伯父上も」
少女「……?」
王「戦士兄様も。 ……この、国を作ったお祖母様、お爺様も」
少女「…… ……」
王「誰も、優れた加護など持っていなかった」
少女「…… ……」
王「貴女達の言う『血』 ……本当に関係無いのですね」
王「……僕が気がついたのは偶然です。初めて貴方に会った時」
王「船の上での、魔物との戦いの中で。騎士達は必氏に僕を守ってくれた」
王「勿論、伯父上もね……今、言われている通り」
王「魔物達の力は弱っている。放たれた風の魔法が僕の頬を掠めたときに」
王「怪我も、痛みも無かったのは、その所為だと思いました。最初は」
少女「…… ……」
王「ああ、ご免なさい……何故告げたのか、ですね」
王「……許せない、と思ったんです。腹が立ちました」
少女「え?」
王「下らない血だ、何だと。理不尽に貴女を蔑み、虐げてきたであろう」
王「あの女に絶対的な屈辱を与えてやりたかっただけです」
少女「……新王、様」
王「甘い汁を吸えるだろうと目論んでいた矢先、案内された先は牢屋の暗くて」
王「狭い、檻の中。これからその秘書の言う、甘い汁を吸えるだろう選択肢を」
王「与えられるであろう、少女さんの目の前で」
王「……絶対的な恥辱を味会わせてやりたかったんです」
少女「!」

392: 2013/12/07(土) 23:45:12.75 ID:9XYSl3uAP
王「……伯父上ならば、貴女を呼ぶだろうと思いましたから」
王「呼ばなくても構わなかった、んですけどね」
王「悶々と絶望と屈辱を抱えた侭、あそこに居れば」
王「何れ、母親と同じ道を辿るでしょうから」
少女「……ッ」
王「でも貴女は、来た……僕に優れた加護があることが」
王「貴女の自尊心を満たすことは無いのかも知れませんけど」
少女「……お返事は、ほ、保留にして頂けるのでしょう」
王「勿論ですよ。でも……可能性が0で無い限り」
王「貴女の口と、心と体で全力で僕への拒否を示さない限り」
少女「!?」
王「……ああ、ご免なさい。無理に何かをしようなんて思っていませんよ」
王「えーと。 ……まあ、叶わないのだと、僕が思い知らない限り」
王「諦めません、と言いたかっただけです」
少女(こ、の人…… ……は……ッ)
王「『願えば叶う』 ……お父様が良く、口にしていらした」
王「お祖母様の口癖だったと聞いています」
王「……少女さん」スッ ……ギュッ
少女「あ……ッ は、離して……ッ」グイッ
王「……どうぞ。本気で厭なのならば、突き放して下さい」ギュウ
少女「…… ……ッ」
少女(痛い……ッ こんな、細い腕で、どうして、こんなに……ッ)
少女(抱きしめる力が、強い……!!)
王「……でも。出来れば拒否はされたくない」
王「僕の……傍に居て下さい。何でも叶えます。貴女が願うなら」
少女「そ……ッ それが、『魔導国の再建』だと、言ってもですか!?」
王「『本心から貴女が望んで居る』のであれば」
少女「な……ッ !?」
王「……即答できないのですか」
少女「あ、貴方は『始まりの国の王』だろう!?」
王「……それが、答えと受け取ります」グイッ
少女「あ……ッ !?」
王「…… ……」チュ
少女「!!」

393: 2013/12/07(土) 23:48:39.98 ID:9XYSl3uAP
王「貴女は、僕の今の言葉に食らいついては来ない」チュ、チュ
少女「し、ん……ッ お……ッ ……ッ ンッ」
王「それが貴女の答えだ」チュ……ッ
少女(! 舌、が……ッ)
王「花でも、ドレスでも。何だって」チュ、チュ……ッ
少女(……あ、ぁ)ハァ……ッ
王「……だから。僕を、愛して下さい」グッ
少女「きゃ、ァ……ッ !?」 グラ……ッ ドサッ
少女(痛ッ ……ッ)
王「少女さん……ッ」チュ…… チュ
少女「い、や……ッ や、め……ッ ……ンッ」
王「……お願い。拒否しないで。僕だけを……ッ」スッ
少女「ぁ、アッ いや、ィ……ッ」
王「少女さん……ッ」
少女「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」

……
………
…………

421: 2013/12/10(火) 13:24:26.23 ID:CwSetPtvP
衛生師「……成る程ね、了解」
新米騎士「書簡もお渡ししましたし、私はこれで」
衛生師「何言ってるの、君も行くんだよ?」
新米騎士「え?」
衛生師「貴族共を捕らえる……秘書は檻の中だし」
衛生師「少女は新王様の庇護の元……僕は」
衛生師「戴冠式までには戻らないと行けないし」
衛生師「時間が無いよ」
新米騎士「わ、私も宜しいんですか!」
衛生師「……まあ、少々手荒な事になるだろうしねぇ」
衛生師「数は多いに越したことが無い」
新米騎士「え……でも」
衛生師「……不必要に暴力には訴えないよ?」
衛生師「ただ、向こうから手を出してきた場合は別」
新米騎士「……ま、まあ……それは、そうですけど」
衛生師「……僕たちは『事実』を伝えに行くんだよ」
衛生師「秘書の所行と、今の状況をね」
新米騎士「で、ですが……そんな、刺激したら……!」
衛生師「うん。多分激昂するね。何するか解らないね?」
新米騎士「!」
衛生師「先に手を出しちゃ駄目だよ。魔法部隊に編成急がせて」
衛生師「指揮は僕が執る」

スタスタ

新米騎士「…… ……」
新米騎士(戦争は、終わった。終わった……んだよな?)
新米騎士(……貴族達、反乱分子を捕らえてしまえば)
新米騎士(本当に……平和になるのか?)

……
………
…………

王「どうしたんです、伯父上。こんな朝早くに」
王子「おはよう、王」
王「……おはようございます」
王子「今日の昼過ぎには、戦士達が戻って来る」
王「はい。お聞きしていますよ」

422: 2013/12/10(火) 13:31:47.85 ID:CwSetPtvP
王「それにあわせて、少女さんを紹介するつもりです」
王子「……騎士団の解散の発表も、だろう」
王「はい」
王子「……それについては文句など無い……だが、昨日」
王子「あの後……何してたんだ?」
王子「その話を詰めようと思っていたんだが」
王「…… ……」
王子「お前と少女は、揃って姿を消してしまった、から」
王「少女さんと、ずっと話し合っていました。今後について」
王子「…… ……」
王「衛生師が上手くやってくれていると思います」
王子「……まあ、あいつなら大丈夫、だろうけど」
王「はい……伯父上も、次期騎士団長を彼に、と」
王「そのつもりだと、仰って居たでは無いですか」
王子「そうだな。適任だとは……今でも思っている」
王子「あいつは実践向きじゃ無いが、頭は切れると思うし」
王子「……『騎士団』で無くなると言うのであれば、尚更だ」
王「はい……それと」
王子「ん?」
王「戦士兄様と、僧侶さんにも、結婚式を挙げて頂きたいと思っているんです」
王子「え?」
王「港街の教会……随分、思い入れもある様でしたし」
王「あそこで、良いのではないのでしょうか?」
王子「……あの場所は、随分放りっぱなしだ」
王子「それに、墓もあると聞いているぞ」
王「僧侶さんの願いならば、国をあげて叶えてあげることも出来ます」
王子「……どうした?」
王「え?」
王子「……お世辞にも、お前が……戦士を、慕っているとは……」
王「……まあ。実際、殆ど一緒に居ることなんかありませんでしたからね」

423: 2013/12/10(火) 13:38:27.00 ID:CwSetPtvP
王「でも、折角……ですから」
王子「…… ……」
王「これから、平和になっていこうかと言う時に、希望は多い方が良い」
王子「……『勇者と旅立ち、戻った者』だし、と?」
王「否定はしません。出来ないでしょう?」
王子「…… ……」
王「……母には、もう伝えました」
王子「……?」
王「まだ、返事は貰っていませんが」
王「僕は、少女さんにプロポーズしました」
王子「…… ……え!?」
王「書の街で、一目会ったときから、好きでした」
王「……だから」
王子「少女、は…… ……な、何と?」
王「正式なお返事はまだです、と言いましたよ」
王「……でも、昨日は一緒に、過ごしましたから」
王子「!」
王「なので……」
王子「…… ……」
王「…… ……まさか」
王子「え?」
王「反対はしませんよね? 伯父上?」
王子「し、しかし……ッ」
王「『世界』の為です」
王子「?」
王「これから、僕たちが築いていく美しい世界」
王「始まりの国と、書の街が手を取り合って行けるのならば」
王「……反対される理由が、僕にはわかりません」
王子「…… ……愛し合っている、と言うのであれば、止める理由、等……」
王子「し、しかし……」
王「……僕の両親だって、最初は愛から始まった訳じゃ無い」ボソ
王子「え?」
王「いえ……とにかく、伯父上は戦士兄様と僧侶さんに、伝えて下さい」
王「援助は惜しみません……と」

424: 2013/12/10(火) 13:42:45.54 ID:CwSetPtvP
スッ

王子「お、おい?」
王「少女さんが待っていますから。失礼します」
王「……戦士兄様達が戻られたら、呼んでください」
王子「王! ……ッ おい!?」

スタスタ、パタン

王子「…… ……」

……
………
…………

癒し手「…… ……」
戦士「……どうしたんだ、あいつ」
王子「俺が聞きたいよ……」ハァ
戦士「少し、様子がおかしい……と思いはしたが」
戦士「……否。それほどあいつを知っている訳では無いな」
王子「正直、それは俺も同じだ」
癒し手「騎士団長様も?」
王子「……俺は国にずっと居た訳じゃ無いし」
王子「弟王子にしてもそうだな。政からは遠ざけていた節はあったが」
王子「……新王は、いつもあいつの母と本を読んだり、して過ごしていた」
王子「って言う……イメージがある」
癒し手「あの……新王様の、お母様……は?」
王子「良くも悪くも大人しい女なんだ。身体が弱い、とかでは無いが」
王子「……弟王子は、中々子供が出来なかったからな」
王子「プレッシャーもあったのだろうが……」
王子「殆ど、部屋からは出てこない」

433: 2013/12/11(水) 14:41:23.45 ID:DqOkCxzvP
癒し手「ご自分の……ならば解るのですけれど」
癒し手「……否。あの教会を又、と言うのも……」
癒し手「嬉しくは……あるのですが」
王子「解らなくは無い。未来の為に……とな」
王子「……そこは、良いんだ。必要か否かと問われれば」
王子「無論、皆喜ぶだろう」
側近「……唯一帰還した勇者の仲間、か」
王子「だが …… ……」
側近「そこから先を告げる必要などは無い……新王にも……」
癒し手「…… ……」
王子「…… ……」
側近「だが、整備すると言っても、どうするんだ」
側近「……あそこには、墓もある」
王子「癒し手」
癒し手「は、はい」
王子「……港街の新婦と、女神官……だったか」
王子「彼らの墓を、小さな村のあの丘の……場所に移しては駄目だろうか」
癒し手「え!?」
王子「勿論、丁重に取り扱う。身体が大丈夫なのであれば」
王子「戦士と共に立ち会ってくれても良い」
側近「……俺は労働要員だろう」
王子「……まあ」
癒し手「…… ……」
王子「……こんな事、言って良いのかどうか解らんが」
王子「例え、あそこを修繕し、結婚式を行ったとして」
王子「その後……の、保証は無い」
癒し手「……まあ、それはそうでしょうね」
癒し手「側近さんと二人で見てきましたが、教会を管理する人も」
癒し手「居ないのでしょうし……」

434: 2013/12/11(水) 15:21:34.74 ID:DqOkCxzvP
王子「……手入れ云々で言えば、あの丘の上にしたって」
王子「誰が手をかける訳でも無いが……」
癒し手「……あそこには、女様も眠っていらっしゃいます、から」
癒し手「港街の神父様も、お喜びにはなると思いますが」
側近「……しかし、勝手に決めて良いのか?」
王子「勿論、新王に相談はするさ」
王子「……建物は、何れ朽ちても……あの丘の上ならば」
王子「姫の為に力を、使用人が移したとは言え」
王子「……多少の、加護とやらは残っているだろう」
癒し手「許可が下りるのならば、私は構いません」
癒し手「……いえ、そもそも、私に決定権がある訳でも……」
側近「ちょっと待て。その結婚式とやらは、決定なのか?」
王子「……提案してきた本人に聞いて見ろ。そろそろくるだろう」

コンコン、カチャ

王「すみません、お待たせしました」
王子「……少女は?」
王「少し、体調を崩して眠っています」
癒し手「まあ……私で良ければ、見ましょうか?」
王「いえ、大丈夫です。僕も回復魔法は使えますし」
王「僧侶さんは、ご自分の身体を第一に……どうか」
側近「新王、港街の……」
王「はい。結婚式の話ですね」

435: 2013/12/11(水) 15:31:13.12 ID:DqOkCxzvP
側近「……い……僧侶が望むのならば、俺は構わないんだが」
側近「無駄な投資で無いとは決して言えないぞ」
王「……ですが、この国でするのも、少し違いませんか?」
王子「!?」
癒し手「……確かに、私達はずっと此処に住ませて貰うつもりではありません」
癒し手「騎士団長様にも伝えてありますが、子供が産まれればまた、旅に出るつもりです」
癒し手「……式に固執するつもりは無いのです。ですから……」
王「ですが、『戻って来た勇者の仲間』が結婚し」
王「その子孫……ましてや、戦士兄様は、伯父上の子供です」
王「だから……」
王子「おい、ちょっと待て……さっきの『この国でするのは違う』と言うのは何だ?」
王「……人々は、きっと期待します。『騎士団長の息子』が『この国で挙式する』事に」
側近「……騎士団は廃止するのだろう?」
王「ええ……ああ、言葉が悪かったのは謝ります」
側近「…… ……」
王「僧侶さんにとって、思い入れもある場所なのでしょう?」
王「丁度、良いかとも思ったんですが……女性は、そう言うのが好きな物でしょう?」
癒し手「…… ……」
王子「確かに、『勇者の仲間』が戻り、未来を担う『子供』を産むというのは」
王子「目出度いことだ。平和の象徴にもなる」
王「はい」
王子「それはお前も認めていたな。ならば、別にそこに制約など……」
王子「……なんて、言うか。危惧しすぎる必要は……」
王「『未来』は僕たちが作って行く物なのでしょう、伯父上」
癒し手「……私は、式は特に必要ありません」
王「……僧侶さん?」
癒し手「憧れはありますけれど、もう子供も居ますし」
癒し手「ただ、確かに……あのまま朽ちていくのは悲しいです」
王「…… ……ええ、ですから」
癒し手「でもそれは、建物に執着がある訳じゃ無いんです」
癒し手「……勿論、新王様の『人々に未来の希望を』と言うお考えも解ります」

436: 2013/12/11(水) 16:04:13.61 ID:DqOkCxzvP
側近「僧侶?」
癒し手「……騎士団長様、先ほどのお話、私からお願いしても宜しいですか?」
王子「え? ……あ、ああ……まあ」
王「?」
癒し手「新王様、あの教会の裏手にはお墓があります」
王「ええ、聞いています……港街の神父と、もう一人」
王「あの教会に住んでいた方……ですね」
癒し手「はい。あの方達のお墓を、この国の近くの」
癒し手「小さな村の丘の上に、移動させて頂けないでしょうか」
王「……それは、意味はあるのですか?」
癒し手「…… ……」
王子「新王!」
癒し手「あの丘の上も、私に取っては特別な場所です」
癒し手「……そこで、戦士さんとの結婚の、誓いを立てさせて下さい」
王「…… ……」
癒し手「式、と呼べるかは解りませんけど。同じ大陸であるとは言え」
癒し手「国内ではありませんし……港街ほど遠くも無い」
王「……宜しいのですか、戦士兄様?」
側近「俺は何でも構わん。僧侶の望むのならば」
癒し手「……国として、負担には変わりないでしょうが」
王「わかりました」
癒し手「……ありがとうございます」
王「あの教会は、どうします?」
癒し手「許されるのであれば、朽ちていく侭に」
王「…… ……はい」
王「伯父上」
王子「な、何だ」
王「戦士兄様と僧侶さんの祝言の話と、騎士団の解体の話」
王「この後に、ふれを出そうと思っています」
王子「!? 団員達にはまだ何の説明も……!」
王「僕が説明します。解体とは言え、すぐには無理ですし」
王「腕の立つ者は、近衛兵として、残します」
王子「何……!?」
王「選定はお任せしますよ、取りあえず」
王「……衛生師にも、通達の書簡を託してあります」
王「就任式終了後、彼を近衛兵長として取り立てます」
王子「お、おい!」

437: 2013/12/11(水) 16:12:32.69 ID:DqOkCxzvP
王「……引退の件、これにて承諾させて頂きます」
王子「お前、この間俺にはまだ補佐を、と……!」
王「ええ……お願い致します。『伯父』として」
王子「!」
癒し手「…… ……」
側近「…… ……」
王「僕も忙しくなります。就任式の日に、お会い致しましょう」
王「どうぞ、ご自愛下さい……僧侶さん。戦士兄様も」

スタスタ

側近「待て」
癒し手「…… ……」
王「何でしょう」
側近「……少女、を紹介して貰える、んでは無かったのか」
王「……就任式の日には、必ず」
側近「…… ……」

スタスタ、パタン

王子「……ッ あいつ、何を考えて居るんだ!?」
癒し手「……酷く、不安定ですね」
側近「あんな性格してたか……?」
王子「……反発、しているんだろう事はわかる、んだが」
王子「否……俺……出しゃばりすぎ、なのか」

438: 2013/12/11(水) 16:21:34.44 ID:DqOkCxzvP
癒し手「……悪く、言ってしまう様な、感じになりますけど」
癒し手「利用できる者は、利用したいのでしょうね」
癒し手「『勇者の仲間』として戻って来た私達の結婚式は確かに」
癒し手「未来への希望の光の一端になるんでしょうけれど」
側近「……俺は、『騎士団長の息子』だからな」
側近「そちらに期待をかけられるのは、怖い……か」
王子「……騎士団は解体されるんだ。それすらもあいつの案ではある」
王子「新王の言う様に、平和への道を歩いて行くのだという主張は」
王子「良い物だろうと思うが、近衛兵等としてしまえば」
王子「何が変わるというのだ!?」
側近「……書の街の出方を考えれば、まあ……必要無いとは言えん、が」
側近「反乱者を捕らえた、んだろう?」
王子「……衛生師という男に指揮を任せる様に通達した、迄は聞いている」
王子「確かに、俺は引退を告げた……が」
癒し手「……身を引いて良いのか、とお考えですか?」
王子「……年も年だ。引退しようと思ったことを、言った事を」
王子「後悔している訳じゃ無い。だが……」
王子「……否。お前達も、新王も……何時までも子供じゃ無いんだ」
王子「何時までも、面倒を見てやる必要も無い……んだが……」
王子「……次の魔王、の。黒髪の魔王の復活を考えると、な……」
癒し手「…… ……全て。お話しすべきだったと思います、か?」
王子「…… ……」
側近「新王は……あいつは、確かに、自分だけ仲間はずれの様だと」
側近「感じて……拗ねている様にも見受けられた、が」
側近「……どうも、それだけじゃ無い、っぽい、な」
王子「俺には、あいつが何考えてるんだかさっぱり解らん」
癒し手「……負けじと、意地を張っていらっしゃる様にも」
癒し手「見えなくは無い、んですけど……」
癒し手「……不安ですね。主に話に聞いただけ、ですが」
王子「……俺達と……自分達は違う、と必要以上に差別化をしたい様、だな」
側近「……『過去』と『未来』か」

439: 2013/12/11(水) 16:36:59.57 ID:DqOkCxzvP
癒し手「それだけであれば、良いです」
側近「ん?」
癒し手「確かに、次代の勇者が……生きるのは、新王様達の時代」
癒し手「だけど……少女さんの為人も解りませんし」
癒し手「……お節介ですね。悪い影響が無ければ良いな、何て」
癒し手「ちょっとだけ……思っちゃいます」
側近「…… ……」
王子「……就任式、か」
側近「もう、すぐだな」
王子「俺も……行く。多分、騎士達は混乱しているだろう」
側近「……親父、気をつけろよ?」
癒し手「…… ……」
王子「……サンキュ」

パタン

癒し手「…… ……」
側近「どう、思う」
癒し手「わかりません……でも」
癒し手「焦って、居られるのでしょうね、新王様」
側近「……ああ」
癒し手「模索中、であられるだけなら…… ……ッ」グッ
側近「……癒し手!?」
癒し手「う……ッ」
側近「あ、き、気分が悪いのか!? 大丈夫か!?」
癒し手「……だ、大丈夫、です……悪阻、ですかね……これ……」
側近「……この間から思ってた、が」
側近「少し、腹が目立って来たな」
癒し手「……そ、うですか? 自分じゃ解りませんけど……」
側近「……少し、此処で休んで小屋に戻ろう」

440: 2013/12/11(水) 16:56:58.03 ID:DqOkCxzvP
……
………
…………

后「…… ……」スゥ
魔王「……良く、寝てるな」ボソ
使用人「最近……本当に、よく眠られますね」ボソ
魔王「剣士は?」ボソ

スタスタ

使用人「……書庫に」ボソ

パタン

魔王「普通に喋っても、起きないとは思うけどな」
使用人「……まあ、一応、です」
使用人「でも……后様……心配ですね」
魔王「あれ……の、前なんだろ?」
魔王「今までも、寝ても寝ても眠い、とか言ってたぞ。機嫌も悪いし」
使用人「気のせいであれば良い、んですけどね」
魔王「……ん?」

コツン、コツン……

使用人「蒼い小鳥……癒し手様ですね」
使用人「ちょっと待ってね……」

カチャ…… ……ピィッ

441: 2013/12/11(水) 16:59:43.66 ID:DqOkCxzvP
魔王「痛い、いてぇって……ッ」
魔王「何でこいつは何時も俺を突っつくかな……」

ピーィ……

使用人「魔王様、お手紙です」スッ
魔王「え、もう読んだの?」
使用人「……私は、後でしょう。先に小鳥に水とクッキーを……」

ピィ!

使用人「はいはい。お腹すいたね」クス
魔王「……順番とか、気にする事じゃないだろ?」
使用人「気分の問題です……すぐに戻ります」

スタスタ

魔王「……律儀、ってか、何て言うか」カサ
魔王「…… ……」

スタスタ

剣士「おい」
魔王「あれ、お前書庫に居たんじゃ無いのか」
剣士「ああ…… ……なんだ、それは」
魔王「癒し手からの手紙……定期便だな」
剣士「……ああ」

442: 2013/12/11(水) 17:09:37.67 ID:DqOkCxzvP
魔王「……就任式もつつがなく終了。墓の移動も終わり」
魔王「側近と……あの丘の上で夫婦の誓いを立てた、んだそうだ」
剣士「……港街の教会は、手を着けない侭、か」
魔王「……結局、少女には会えずじまい、だとさ」スッ
剣士「読んで良いのか」
魔王「気にする必要無いって毎回言ってるだろ」
剣士「…… ……」カサ
剣士「后は?」
魔王「まだ寝てるよ……天気も悪いし」
魔王「別に、用事も無いさ、これと言った、な」
剣士「まあ……そうだが。癒し手はあの街で子供を産む、んだな?」
魔王「そうだろうな……おい、続きを読んでくれ」
剣士「途中で寄越したのか……?」カサ
剣士「……書の街の旧貴族達は始まりの国の地下牢に捕らわれた」
剣士「騎士団は解散し、騎士団長は引退。王の親衛部隊と言う名目で」
剣士「側用人に『衛生師』と言う男を取り立てた……だ、そうだ」
魔王「……前の手紙で、随分と癒し手が心配していたな」
剣士「……新王、か」
魔王「ああ……」
剣士「優れた加護を持っている、んだったな」
魔王「……お前、一度様子を見に行くとか言ってたが……」
剣士「……否。何度かの癒し手からの手紙の内容からして」
剣士「俺は、暫く……傍に寄らん方が良いだろう」
剣士「……定期的に手紙は寄越してくれるんだ。必要も無いだろう」
魔王「まあ、情報は得られるからな。少し……遅くはなるが」
魔王「……あれ、もしかしてもうすぐ産まれる、のか?」
剣士「どれぐらいタイムラグがあるのかは解らんが」
剣士「……流石に、早すぎないか」
魔王「そ、そうか…… ……解らん、しなぁ、こればっかりは」
魔王「后か使用人に聞いてみるか」
剣士「……それ以前に、あいつはエルフの血を引いているんだろう」
魔王「……そうだった」

443: 2013/12/11(水) 17:14:16.50 ID:DqOkCxzvP
スタスタ

ピィィィー!
バタバタバタ……バシッ

魔王「ん?」
使用人「あ……ッ」

ピィ…… ……ッ

剣士「……嫌われたモンだ」
使用人「飛んで行ってしまいました、ね……」
魔王「元が癒し手、と思えば……仕方無いだろう」
使用人「私も、后様も魔族なんですけどね……魔王様に至っては魔王、だし」
剣士「船長の所に来た緑の小鳥には妙になつかれたんだがな」
使用人「……すみません」
魔王「謝る事じゃ無いだろ……って言うか」
魔王「思いっきり壁に激突したけど、大丈夫だったのか、あいつ……」
使用人「すぐに霧散……するでしょう。風を伝って癒し手様に戻ります」
魔王「……解ってても、不思議な感じだ」
使用人「如何でしたか、お手紙?」
魔王「まあ、何時もの定期連絡、だよ」
魔王「……そろそろ産まれんのかな?」
使用人「いくら何でも早すぎませんか?」
魔王「あ……やっぱそうか」
剣士「ほら見ろ」
魔王「わからねぇんだってば……」
使用人「……まあ、癒し手様、ですから。確かに未知数ですけど」
使用人「…… ……」
魔王「使用人?」
使用人「……何か、聞こえませんか?」
剣士「? ……否……」

ゥウ……

魔王「! 后の声!?」

444: 2013/12/11(水) 17:30:17.19 ID:DqOkCxzvP
ダダダ……バタン!

魔王「后!?」
后「……うぅ、気持ち悪い……御免、使用人……ッ」ゥゥ
使用人「后様!?」
后「……あんまり、食べてない、から……吐く物、無い……ん、だけ ……ッ」
剣士「おい、魔王」
魔王「后!大丈夫か!? 水、水だな!?」
剣士「おい、って」
使用人「ああ、起き上がらないで……后様、まだ気持ち悪いですか?」
后「寝てたら、急に…… ……」
剣士「……子供、出来たんじゃ無いのか?」
后「え?」
魔王「え?」
使用人「え?」
剣士「…… ……何でお前達全員、それに思い当たらないんだ」
剣士「身に覚えが無い訳でも無いんだろう」
后「え、え!? でも……!」
使用人「……后様、あの……」
后「…… ……そ、そう言えば……来て、ない…… ……ッ」

ウェ……ッ

魔王「わー!?」
剣士「…… ……邪魔、だな。俺は」
魔王「后、后!!」
后「煩い、魔王! ……ッ ぅ……ッ」
使用人「き、着替えお持ちします!」

バタバタ……

剣士「…… ……」ハァ

スタスタ、パタン

剣士(……とうとう、か。否。もう……か)
剣士(産まれる迄、一年程…… ……)
剣士(……それから、15年程度)

445: 2013/12/11(水) 17:32:31.72 ID:DqOkCxzvP
剣士(否……必ず、選ばれると言う保証は無い。だが)
剣士(……俺は、魔王を、倒すんだ)
剣士「必ず……ッ」

ウエェェエ……ッ
チョ、キサキ、ハナシテ、ダキツイテハカナイデ!
マオウサマ、モウソノローブデフイチャッテクダサイ!
エエエエエエエエエエエ!?
ドウセセンタクスルンデスカラ!
イヤアアア、キモチワルイー!

剣士「…… ……」
剣士(書庫に戻るか……続きを読もう)

スタスタ

463: 2013/12/15(日) 01:27:35.08 ID:BOAWzyRKP
……
………
…………

癒し手「お疲れ様でした……大丈夫ですか」
王「……すみません」
癒し手「お気になさらず」
王「……本当に、港街の教会で無くて、良いのですか」
癒し手「……場所、が重要な訳では、無いのですよ。王様」
王「…… ……」
癒し手「確かに思い入れのある場所です。でも、ね」
癒し手「それよりも、あの建物だけを改修し、墓そのもの……」
癒し手「……貴方の、お祖母様。お爺様……共に、同じ時代を生きられた」
癒し手「港街の神父様や…… ……女神官様」
癒し手「彼らの魂を、蔑ろにされる可能性のある方が、私は……悲しいです」
王「…… ……」
癒し手「あ、ご、ごめんなさい! あの……!」
王「……いえ。解ってます。他意、も悪意も、無いのは」
癒し手「…… ……御免なさい」
王「情けないですね」クス
癒し手「え?」
王「あんなに、何度も練習した、言葉なんて出てこなかった」
王「……折角の、戴冠式、だったのに……」
癒し手「……いいえ。用意された台詞より、貴方の心のこもった『本心』の方が」
癒し手「聞き手は、何倍も……心に、刻めます」
王「…… ……」
癒し手「これから、もっと大変になるでしょう」
癒し手「……側近さんの妻だと、言っても。私達には、貴方の手助けは……」
癒し手「これといって、して……差しあげられない。だから」
癒し手「『未来』は、貴方達が、紡いでいく物語です。王様」
王「…… ……」
癒し手「本音を言えば、少女さんには……お会いしたかった、な」
王「……すみません。体調不良、だと……」
癒し手「ああ、ご免なさい。嫌味とかでは無いんですよ」

465: 2013/12/15(日) 01:36:13.18 ID:BOAWzyRKP
王「解ってます。貴女は……嘘を、つけないのでしょう」
癒し手「…… ……ッ」ドキッ
王「……素直な、方だと思います。戦士兄様は、良い伴侶に恵まれたのですね」
癒し手「…… ……」
王「……すぐに、墓を……彼らの亡骸を、あの……丘の上へと移す」
王「手配を致します。そうしたら…… ……」
癒し手「……はい」
王「あの。ものすごく、不躾なことを……聞いても、宜しいでしょうか」
癒し手「……なん、でしょう?」
王「貴女と、戦士兄様の、子供。赤ちゃんは……」
王「後、どれぐらいで産まれて来る、のでしょう?」
癒し手「…… ……」
王「伯父上は、少しお腹が目立って来た、等といってらっしゃいました、が」
王「……幾分、僕にはその辺の知識も、経験もありません」
王「……ご免なさい。単なる、好奇心に過ぎません。不快でしたら……謝ります」
癒し手「……いいえ。正直、ね、私にも解らないのです。でも」
癒し手「今日、明日……なんて事は、流石に無いと思いますよ」クス
王「そりゃそうでしょうけど……」
癒し手「定期的に、医者に掛かっている訳では無いので……私にも、解らないのですけど」
癒し手「もう少し、私と……母子、水入らずかな、って。思います」
王「一般的に、十月十日、と言いますね」
癒し手「……そうですね。最後のツキノモノがあってから数える、ので……」
癒し手「ややこしいですよね。その辺」
王「……貴女に、似れば良いのに」
癒し手「え?」
王「きっと、美しい子になるでしょうね」
癒し手「……ありがとう、ございます……」
王「……僕は、もう大丈夫です」
王「戦士兄様、きっと心配してます……戻ってあげて下さい」
癒し手「ええ……お疲れ様でした、王様」
王「…… ……」

466: 2013/12/15(日) 01:40:31.84 ID:BOAWzyRKP
癒し手「では、失礼致します、ね?」
王「…… ……」
癒し手「王様……?」
王「…… ……」
癒し手(ああ……寝てしまった、のか。無理もないですよね)
癒し手(……お疲れ、様でした)

ソロ……パタ、ン

王「…… ……」
王「……少女?」

…… シィン……

王「…… ……」

キィ、パタン

少女「……癒し手様、は?」
王「戻ったよ……こっちへ」
少女「…… ……」
王「少女」
少女「…… ……」

スタスタ

王「……とうとう、僕が。王だ!」グイ、ギュウ!
少女「! …… ……」
王「君には、何不自由させない。もう、あの街へも返さない」
王「ずっと、ずっと……! 君は、僕の傍に居るんだ!」
王「……僕の傍で……ッ 僕と、『未来』を作るんだ!」ギュッ
少女「……ッ」

467: 2013/12/15(日) 02:04:03.70 ID:BOAWzyRKP
少女(……私は、どうして彼を拒めない!?)
少女(こうして無理矢理抱き寄せられ……否!)
少女(あの時、あの庭で……ッ 強引に犯されて、事実軟禁と行ってもおかしく無い)
少女(こんな、こんな……ッ 状況に、身を置かれ……ッ)
少女(……なのに、何故…… ……)
少女(今、この腕に抱かれ、感じる『安堵』は何だ!?)
少女(……所詮、似たもの同士、と言う事か)
王「……少女?」
少女(秘書の……姉の言葉を否定できない)
少女(『慰み者』か…… ……何が、違う)
少女(愛など無い。此処に。そんなもの、存在しない!)
少女(……しょうも無い。傷の……舐め合い、だ)
王「…… ……」ギュ。チュ……
少女(私を抱きしめるこの背に、腕を回す事はできない)
少女(私の唇に、触れる彼のそれに応える事はできない)
王「少女。少女……!」チュ、ちゅ……
少女「……ん、ウ」
少女(……なのに。拒む事は出来ない!)
少女(何故!? ……彼を、哀れと思うからか。どこか……共感できるところがあるからか!)
少女(否! …… ……私は)
王「……しょう、じょ」ギュウ……ッ
少女(私は、欲されたい、だけなんだ。誰かに。誰でも良い)
少女(『お前が良い』と…… ……それ、だけを……ッ)
王「少女……ッ !」
少女(…… ……アァ)

……
………
…………

507: 2013/12/25(水) 14:45:59.13 ID:JnAgM2eFP
衛生師「騎士団ちょ……いえ、王子様」
王子「ああ、衛生師か……どうした」
衛生師「どうした、じゃ無いでしょ、おじいちゃん」

ウロウロ、ウロウロ

衛生師「……落ち着いたらどうです」ハァ
王子「無茶言うな!」
衛生師「大丈夫でしょう、元衛生部隊が着いてるし」

マダイキンジャダメデスヨ!
ソウリョサン!
ウゥウー!
ダイジョウブカ!ガンバレ!

衛生師「……ああ、戦士君も居るんですね」
王子「…… ……」

センシサン、ウルサイデス!
…… ……スマン

衛生師「……」クスクス
王子「……お前、こんな所にいて良いのか」
衛生師「王様も落ち着かないみたいでしたけど」
衛生師「『伯父上の方が心配だ』って仰ってましたからね」
王子「……少女は?」
衛生師「…… ……さぁ」
王子「…… ……」

508: 2013/12/25(水) 14:55:16.47 ID:JnAgM2eFP
衛生師「……随分な早産、なんですってね?」
衛生師「僕、詳しくないですけど」
王子「……ああ。しかし、明確な妊娠時期が解らないから」
衛生師「診察した医師に寄れば、問題なさそうだと言ってました、けど」
衛生師「……可笑しいですよね。妊娠に気がついた時期とか」
衛生師「色々、考えると?」
王子「……俺も、詳しくないから解らんよ」
衛生師「でも、早い、って……僧侶さん自身が言ってたんでしょ?」
王子「…… ……」
衛生師「七ヶ月から八ヶ月? 位だとか」
王子「……ずっと、ちゃんとした医者に診て貰ってた訳じゃ無いからな」
王子「現に、陣痛が始まったんだろう?」
衛生師「……これが正期産であれば、本当に問題無いんだろうけど」
王子(エルフの血……未知数だから、か?)
王子(……確かに、早い。早すぎる。だが……)
王子「僧侶が、大丈夫だと言うのだから。大丈夫なんじゃない、か」
衛生師「……そんな、簡単に言っちゃって良いんですか」
王子「信じるしかないだろう……頑張るのは、母親と……赤ん坊だ」
衛生師「……まあ、そうですけどね」
衛生師「彼女、優れた加護……持ってるんだそうで」
王子「ん? ……ああ」
衛生師「……影響しなきゃ良いですけど」
王子「え?」
衛生師「確かな話じゃ無い。だけど…… ……王様と、少女さんにも」
衛生師「まだ、出来てませんから」
王子「……戴冠式から、半年も経ってないんだぞ?」
衛生師「…… ……ま、そうですけど」
王子「俺は……騎士団の解体以来、王にべったりって訳じゃ無いから」
王子「解らん、が……少女は、元気にはしている、んだろう」
衛生師「ええ。そうみたいですよ。僕ですら……書の街で会って以来」
衛生師「顔、見てませんから」
王子「……正式な祝言を進言したらどうだ」

543: 2014/01/01(水) 10:09:26.87 ID:ftQlWh4/P
衛生師「……僕が?」
王子「お前以外に誰に出来るというんだ」
衛生師「……書の街から、ね」
王子「?」
衛生師「『少女様を帰せ』って……書簡は愚か」
衛生師「そんな声もね。聞こえてこない、んですよ」
王子「……聞いたよ。お前からな」
衛生師「そうでしたっけ」
王子「お前が俺に報告してくるんじゃないか」
衛生師「貴方は必要無いと仰います、が。一応ね」
王子「…… ……俺は」
衛生師「解ってます。『未来はお前達が作る物』って言いたいんでしょ」
衛生師「それこそ、ご報告する度に聞いてます」
王子「…… ……」
衛生師「戴冠式に前後して、旧貴族達を全員捕まえて」
衛生師「最初はね……少女の身を案じる人も居たんですけど」
王子「……戴冠式への招待は知っていたんだろう」
衛生師「ええ。勿論、無事に返すとお約束もしたんですけど」
王子「…… ……」
衛生師「彼女……少女自身も、所詮」
衛生師「あの街の人達からすれば『支配者の中の一人』に過ぎない」
王子「……少女は、街の為に尽力して……」
衛生師「勿論、それは街の人達も解ってるでしょ。でも」
衛生師「目の上のたんこぶが一掃されて」
衛生師「新王の命で、僕たちも大方引き上げた。本当に最低限の人数しか」
衛生師「残してこなかった……そして、新王は正式に『始まりの国の国王』に」
衛生師「なった…… ……騎士団も、解体した」
王子「…… ……」

544: 2014/01/01(水) 10:30:41.89 ID:ftQlWh4/P
衛生師「…… ……」
王子「お前、何が言いたいんだ」
衛生師「……僕たちは、喜ばないといけないんだろうなぁ、って」
王子「?」
衛生師「思うんですけどね」
王子「だから……」
衛生師「このまま、で良いのかなぁって思うんですよ」
王子「……?」
衛生師「戦士君と僧侶さんの子供、産まれて、お祝いムードになって」
衛生師「『魔導の街』と共に、旧貴族達や少女さんの事が」
衛生師「人々の記憶から、薄れていって」
王子「…… ……」
衛生師「何となーく、世界も、始まりの国も安泰、って……ね」
王子「そんな上手く……行かないさ」
衛生師「……魔王、復活するんですか。本当に」
王子「する……んだろうな」
衛生師「僧侶さんがそう仰った?」
王子「……ああ」
衛生師「嘘は言わないって言ってましたね。まあ、元勇者の仲間ですから」
衛生師「信じちゃうのは、解りますけど」
王子「……衛生師?」
衛生師「……だからね、僕、思うんですって」
衛生師「『このままで良いのかな』って」
王子「…… ……」
衛生師「王と少女さんに、早く子供が出来れば良いと思ってます」
衛生師「……そうすれば、さっき王子様が言った『進言』って奴も」
衛生師「やりやすくなる、んだけど……ね」

545: 2014/01/01(水) 10:42:53.98 ID:ftQlWh4/P
王子「……今の状態じゃ、聞く耳持たないって事、か」ハァ
衛生師「一日の大半を少女さんと過ごされてますからね」
王子「……本当に、会ってないのか」
衛生師「王は……優れた癒やしの魔法を使いますから」
衛生師「体調についてなんて言及できません。それに」
衛生師「執務はきちんとこなしてくれてますよ」
王子「……やる事はやってるんだから、放っておけ、ってか……」
衛生師「騎士団の解体と同時に、引退を余儀なくされたでしょう」
王子「それは……そもそも俺が望んだ事だ」
王子「……歳も歳だ。もう、おじいちゃんだよ」
衛生師「…… ……」
王子「…… ……だから、さ。お前……」
衛生師「何が言いたいのか、ですか ……取り留めの無い、愚痴です」
衛生師「……すみません。こんな時に」
王子「……こんな時、だから言いにきたんだろ」
衛生師「王が、王子様と戦士君を案じていたのは本当ですよ」
衛生師「勿論、一番大変なのは僧侶さん、ですが」
王子「……解ってる。ありがとうと伝えておいてくれ」
衛生師「……はい。もう少し、ここに居ても?」
王子「ん? そりゃ構わんが……お前、仕事は……」
衛生師「…… ……」

オギャア、オギャ ……ァ……ッ

王子「! 産まれた!?」

バタン!

側近「親父! 産まれた!」
王子「戦士!」
側近「……男の子だ! 五体満足、だよ……ッ」
王子「い…… ……母親、僧侶は?」
側近「……ッ 無事、だ……ッ!!」
王子「! ……そ、うか……」ホッ

567: 2014/01/08(水) 06:00:08.49 ID:JvyJe+XLP
衛生師「おめでとうございます」ポン
側近「……衛生師?」
衛生師「王が心配されてたのでね」
側近「そうか……ありがとう」
衛生師「母子共に……無事、なのですね?」
側近「……ああ」
王子「会える、のか?」
側近「後で呼ぶから、と言われたが……」
衛生師「では、僕はこれで」スッ
王子「え?」
衛生師「こういう時は家族水入らず、でしょ」

スタスタ

側近「……王に、ありがとうと伝えて置いてくれ」
衛生師「勿論です。喜ばれますよ」
王子「…… ……」ジッ
衛生師「…… ……」
側近「?」
衛生師「後ほど、改めてお祝いに伺います……では」

パタン

側近「……何かあったのか」
王子「否……お前は気にしなくて良いさ」
王子「それより……」
側近「……癒し手にそっくりだ。綺麗な……男の子だ」

568: 2014/01/08(水) 06:07:25.99 ID:JvyJe+XLP
王子「……無事なら良い。二人とも元気なら」グスッ
側近「親父……」
王子「歳を取ると……涙もろくなるもんなんだな」
王子「おめでとう、お前も……父親、か」ゴシ
側近「……ありがとう」
王子「お前の泣き顔なんて、何年ぶりだかに見たな」ハハ
側近「な、泣いてなんかッ」
王子「真っ赤な目して何言ってやがる」クス
側近「親父もな」フッ

カチャ、パタン

産婆「お待たせしました、戦士様、王子様……入って良いですよ」
側近「あ、ああ」
王子「俺も?」
産婆「当然でしょ。見てあげて下さい、おじいちゃん」
王子「お、おう」
産婆「では、私はこれで。次の間に控えてますから、何かあれば呼んでください」
産婆「改めて……おめでとうございます。お父さん。おじいちゃん」

スタスタ、パタン

側近「……癒し手?」
癒し手「側近さん……」ニコ
王子「おめでとう……お疲れさん。身体は、平気か?」
癒し手「はい。大丈夫です」
王子「……金の髪に、緑の瞳……か…… うわ、ちっちゃいなぁ」ツン
側近「抱いてやってくれ」
王子「お前が先だろ、お父さん」
側近「…… ……」
癒し手「側近さん?」
側近「……壊しそうだ」
癒し手「大丈夫ですよ」クスクス。スッ
側近「わ……ッ …… ……ん、以外と、重い」

569: 2014/01/08(水) 06:14:07.30 ID:JvyJe+XLP
癒し手「……ほっと、しました」
王子「え?」
癒し手「……随分小さいのでは無いかと、お医者様に言われたんです」
王子「…… ……」
癒し手「人の子の……命の理、を考えると、確かに早かった、から」
側近「……よ、し。よし」
王子「お前自身も、そう言ってたな」
癒し手「はい……大丈夫だろうと思ってました。信じてました」
王子「……願えば叶う、んだろう。叶ったんだ」
癒し手「そう、ですね……私も、自分に凄く……言い聞かせてたのかもしれません」
癒し手「……正確には分かりませんけど、でも」
癒し手「無事に……産まれてくれて、本当に良かった……!」
側近「お前は……大丈夫なのか、癒し手」
側近「……姫様、は……」
癒し手「お母様がどんな風に私を産んで、どんな風に」
癒し手「……息絶えられた、のか。何時、そうなったのか」
癒し手「知る術はありませんから、何とも言えないですけど」
王子「…… ……」
側近「親父」
王子「え? ……わッ」
王子「……ふ、ふ。ちっちゃい、な」
癒し手「…… ……」クス
側近「元気そうに、見える。顔色も悪くない」
癒し手「ええ……流石に、疲れましたけど。でも」
癒し手「……大丈夫です。もう少し……いえ、まだまだ」
癒し手「側近さんと、この子の傍に……いられます」
王子「寝顔見てると……戦士にも似てるな」
側近「そうか?」
王子「お前が産まれた時よりも重いかもな」
側近「覚えてるのか」
王子「……こういうのは、忘れないもんさ」

571: 2014/01/08(水) 06:26:32.74 ID:JvyJe+XLP
癒し手「王子様」
王子「……ん?」
癒し手「……少し、落ち着けば」
王子「この国を出る、んだろう?」
癒し手「…… ……はい」
王子「ある程度の話は……戦士からも聞いてる」
王子「……出産もそうだが、この子は……この子の成長は……」
癒し手「推測に過ぎません、が……でも、多分」
癒し手「私と同じで、この子の成長はきっと、人寄りも早いと思います」
側近「…… ……」
癒し手「私のお腹に居る期間も、純粋な人間に比べると、随分早かった様ですし」
癒し手「神父様からお聞きした話では、私も……」
王子「……エルフの血を、引いているからな」
癒し手「……はい」
側近「癒し手」
癒し手「はい?」
側近「取りあえずは、お前と息子の体調管理が最優先だ」
側近「……まだ、期間は決めなくても良いだろう」
癒し手「……はい」
王子「それで、一つ相談なんだが」
癒し手「?」
側近「何だ?」
王子「今の話の憂いはあるだろうが、何かしら支障が出るまで」
王子「……此処で過ごしては貰えないだろうか?」
癒し手「城で、ですか?」
王子「ああ。お前も初めての出産で、不安もあるだろうし」
王子「……此処が厭なら、俺の家でも構わん」
癒し手「……そうですね。小屋では……何かあったときに、確かに不安、ですが」
王子「戻るな、と言っている訳じゃ無い。だけど……」
側近「俺も、親父の話に賛成だ。もし不都合が生じれば、都度考えれば良い」
癒し手「はい……では、お言葉に甘えます」
王子「ありがとう」ホッ

ふえぇ……フエェェ……

王子「う、わ!?」

572: 2014/01/08(水) 06:31:42.58 ID:JvyJe+XLP
癒し手「ああ……お腹、すいたんでしょうか」
王子「は、はいッ」スッ
側近「…… ……」クス
癒し手「良し良し、おっOいね」
王子「ちょ、ちょっと待て!俺は出て行くからッ」クルッ

スタスタ

王子「……あ。すまん、これだけ……」
側近「ん?」
王子「名、は?」
癒し手「側近さん」
側近「……ああ。青年、だ」
王子「……ん。ありがとう」

カチャ、パタン

側近「…… ……器用に飲むもんだな」
癒し手「おっOい、でなかったらどうしようかなって思いましたけど」
側近「美味い、か? ……青年」
癒し手「飲んでみますか?」クス
側近「…… ……遠慮しとく」
癒し手「ふふ……」
側近「……俺に、似てるか?」
癒し手「似てますよ? ……目元は、貴方そっくりです」
側近「癒し手にうり二つに見えるがな」
癒し手「……瞳の色が、貴方と同じですからね」
側近「この金の髪は誰譲りなんだかな」
癒し手「これも側近さんじゃ無いんでしょうか?私は蒼ですし」
側近「……まあ、茶色系統と言えばそうかもしれんが」
癒し手「でも……」
側近「どうした」
癒し手「いえ、あの。文句とかそういう意味じゃ無くて」
癒し手「あっさりと、名前決められたなぁ、と思いまして」

573: 2014/01/08(水) 06:38:03.03 ID:JvyJe+XLP
側近「ああ……なんだろうな。自分でも不思議なんだが」
側近「……青年、しかありえないと思った、んだ」
癒し手「私も……なんだろう。しっくりきた、んです」
側近「でも、正直な」
癒し手「?」
側近「お前にそっくりな女の子……なら、と思って、他も考えたんだが」
癒し手「息子、な気がしてたんでしょう?」
側近「……ああ」
癒し手「私もです」
側近「……不思議だな」
癒し手「無事であるなら……少しでも。この子の成長を見守れるなら」
癒し手「……これ以上の幸福はありません、側近さん」
側近「…… ……」ギュッ
癒し手「……ッ 側近、さん?」
側近「不安が無かったと言えば、嘘になる、癒し手。だが……ッ」
側近「良かった。本当に……ッ 二人とも、無事で……ッ」
癒し手「…… ……はい」
癒し手「あ……寝ちゃった? ……うとうとしてる」フフ
癒し手「こんなに小さいのに、一人前ですね」
側近「……加護は、緑、か」
癒し手「そうですね……ん? ……でも」
癒し手「……光の加減? 見ように寄っては……蒼、にも見えます、けど」
側近「ん? ……ああ。そう言われてみれば …… ……あ。寝た、か」
青年(スゥ)
癒し手「王子様は緑、と仰ってましたね」
側近「……まあ、どっちでも良い、さ」
側近「健康に、まっすぐ……素直に、元気に育ってくれれば」
癒し手「そう、ですね」クス

574: 2014/01/08(水) 06:58:03.33 ID:JvyJe+XLP
側近「……お前も、休め。疲れただろう」
癒し手「はい……青年と、一緒に……眠ります」
側近「ああ」
癒し手「側近さんは?」
側近「一応、王にも報告に行かないとな」
癒し手「ああ……そうですね。お願い致します」
側近「城内にはいるし……すぐに戻る、から」
癒し手「はい」
側近「大丈夫だ。すぐ傍に産婆達もいるだろうし」
癒し手「……不安は、無いんです。不思議と」
側近「母は……強いと言うから」
癒し手「……未来を、繋げられた」
側近「え?」
癒し手「何となく……そう、思うと。安心しました」
側近「…… ……」ポンポン
癒し手「ふふ」
側近「これから、育てて行かなくてはいけないんだ」
側近「休めるときに……休んでおけ」
癒し手「……はい」
側近「何かあったら、すぐ誰かを呼べよ」

スタスタ、パタン

癒し手「……青年」ナデ
青年(スゥスゥ)
癒し手「貴方が見る未来は……どんなもの、になるのかな」
癒し手「……明るく、あれば良い」
癒し手(だけど…… ……きっと、過酷な運命を背負わせて……しまう)

580: 2014/01/11(土) 12:03:14.44 ID:idJps7pnP
癒し手(……神父様。どうか……この子を。また産まれて来るだろう光の子を)
癒し手(『世界』を……お救い下さい……!)

……
………
…………

少女(……う、ぅ)ゴソ
少女「!」パチ!
少女「…… ……」ムク、キョロキョロ
少女(王は……居ない?)
少女「……だ ……ッ」
少女「…… ……」
少女(誰か、と呼んで……来た試しなんか、無い)
少女(……ああ、そう言えば)
少女(彼が達して、私がまどろんでいる間、誰かの声が聞こえてた)
少女(聞き覚えがある様な気がする……が、誰だったんだろう)
少女(ええと……ああ、そうか)
少女(戦士……王の従兄弟?か。子供が産まれるだとか言っていたか)
少女(……ならば、あの声は騎士団長……否。王子、だったのだろうか)
少女(王子、様は)スッ ……スタスタ
少女(就任式以後……引退。騎士団の解体以後)
少女(王の傍には近づいて来ない)

カチャ……ガチャガチャ!

少女(扉は開かない、か)フゥ
少女(……彼から近づいてこないのか。王が近づけないのか、わからないが)
少女(…… ……姉は、どうなったのだろうか。母親様は?)
少女(貴族達も捕まったと聞いた。就任式には、衛生師も帰ってくると)
少女(王は……言っていた筈、だ)

スタスタ。コロン

581: 2014/01/11(土) 12:14:43.36 ID:idJps7pnP
少女(……柔らかいシーツに、ふかふかの枕)
少女(『始まりの国』の居城、王の寝室。そのベッドの上で)
少女(私は……自国、否……街、の民達を放ったまま)
少女(朝も夜も無く、王に抱かれ……何をしているんだ?)
少女(結局、就任式に出席することも許されなかった)
少女(王は……子供の様だ)
少女(乱暴に私を抱いたかと思えば、子供が母親にするように)
少女(私の身体を掻き抱く……否、すがりついてくる)
少女(酒など召した後であれば、涙ぐむ事さえあった)
少女(……事細か、とは言わずとも。大概のことは教えてくれる)
少女(聞いても居ないのに。聞けば、さらにを告げてくれるのだろうか)
少女(……あんなに厭だ厭だと思っていたのに、慣れてきたのかなじんできたのか)
少女(諦めてしまえば……楽な物だ)
少女(……慰み者、か)ハァ
少女(こんな物に焦がれたのか、姉は)
少女(これは、贅沢か?甘い汁か?)
少女(……彼の。王の……これは。愛、なのか?)
少女(喋る相手も、共に眠る相手も……王しか居ない)
少女(強引に婚姻を結ばされるのかと思えば、そうでも無い)
少女(……書の街は、どうなったのだろう)
少女(もう……私は、いらないのか。否……)
少女(そうであるなら、それで良い。街の人達にとって)
少女(……いくら、私が……己なりに尽力した、とて)
少女(所詮私は、私達は『旧貴族』)
少女(……街人達にとれば、『目の上のたんこぶ』に過ぎんかったのだろう、か)
少女(…… ……考えれば考える程、億劫になっていくな)ハァ
少女(案外、この辺が狙いなのかもな)フッ
少女(……用済みの人間を囲うた所で。何の特も無いだろうに)

コンコン

少女「…… ……」
少女(戻って来た、のか)フゥ

コンコン…… ……カチャ、カチャ……キィ

少女「…… ……!?」

584: 2014/01/11(土) 14:02:37.65 ID:idJps7pnP
衛生師「失礼しま……ッ おっと」
少女「…… ……」ポカーン
衛生師「…… ……」
少女「…… ……」
衛生師「……ええ、と。服、着て貰えると、助か……」
少女「きゃああああああああああ!?」
衛生師「……まあ、うん。そうだよね」

スタスタ

衛生師「見てないから……えっと。これで良いか」バサッ
衛生師「……取りあえず、シーツ巻いて」
少女「……ッ」グイッ ……シュル
衛生師「……良い?」
少女「…… ……」
衛生師「……王は、戦士君と僧侶さんの所に行ったよ」
少女「…… ……」
衛生師「で、伝言を頼まれた」
少女「伝言……貴方、が。私に?」
衛生師「うん。 ……後で、一緒に赤ちゃんを見に行こう、だそうだ」
少女「!?」
衛生師「で、少女に着替えとか、まあ準備をして待っててと」
衛生師「着替えが済んだら食事を運ばせるから」
少女「……衛生師、さん」
衛生師「良く覚えてたね」
少女「……さっき、も来た……わ、よね?」
衛生師「数時間前ね。君は疲れて寝てる、と聞いたよ」
少女「!」カァッ
衛生師「……随分、信用されたモンだよね、僕も」フゥ
少女「……え?」

585: 2014/01/11(土) 14:09:53.82 ID:idJps7pnP
衛生師「君がここに来て軟禁……ああ、失礼」
少女「…… ……」
衛生師「王と生活を共にするようになって、誰かにあったかい?」
少女「……軟禁、なんでしょう」
衛生師「食事の取り次ぎも、全て王様がしていたんだよね」
衛生師「……話には聞いてた、けど」
少女「…… ……」
衛生師「王子様達が不思議がっていたから。少女が姿を現さない、とね」
少女「戴冠式の事ですね」
衛生師「……体調は、悪く無いの」
少女「王……様は、優れた回復魔法の使い手なんでしょう?」
衛生師「それすらも管理されているって事か」
少女「……別に、食べるのも眠るのも……何も、不自由はさせてもらっていません」
衛生師「随分痩せたな……まあ、勿論裸を見た事がある訳じゃ無いけど」
少女「……ッ」
衛生師「ああ、御免。変な意味じゃ無くて。書の街であった時の君はもう少し」
衛生師「子供然、としていた気がするから」
少女「……?」
衛生師「背伸びをしてる、って事じゃ無い……無理矢理、女にされたと言えば」
少女「!?」
衛生師「……言葉は、露骨だけれど。まあ、あれだよ」
衛生師「月並みに言えば、『綺麗になったね』?」
少女「……嬉しくなど無いッ」
衛生師「解ってるよ…… ……それが、素か」
少女「…… ……」
衛生師「取りあえず先に着替えたら。王様が戻る迄に食事を済ませよう」
衛生師「……待ってはくれないよ。彼はね」
少女「……ッ」
衛生師「僕は向こう向いてるから」クルッ
少女「……出ては行かないのか」
衛生師「そんな命令は受けてないから」
少女「……ッ」

ガサゴソ

衛生師「……良いのか、君は」
少女「……何が」

586: 2014/01/11(土) 14:18:30.88 ID:idJps7pnP
衛生師「これで」
少女「……私に拒否する権利がある様に見えるのか、貴方には」
衛生師「……権利はあるだろう。それが叶えられるとは限らないだけで」
少女「面倒は御免だ、と思ってしまうのは、毒されている証拠……なんだろうな」ハァ
少女「……もう、良い。ありがとう」
衛生師「……それも、王様の趣味?」
少女「彼は……私を人形か何かと勘違いしているんじゃないだろうか」
衛生師「文句を言わず……否、言う事を厭うて」
衛生師「黙って抱かれているだけの人形か」
少女「…… ……」
衛生師「……戦士君と僧侶さんに、子供が産まれたよ」
衛生師「金の髪に、緑の瞳の綺麗な男の子だ」
少女「……見に行こう、と言っていたな」
衛生師「ああ……そうだったね」
少女「…… ……」
衛生師「王子様にもお会いした。正式に王様と君の祝言を進言したらどうだと」
衛生師「言われた」
少女「……王は、私と本当に結婚する気なのか?」
衛生師「…… ……」
少女「既成事実でもなんでも、やってしまった者勝ちじゃ無いのか」
少女「こうして、私を軟禁しておく意味が分からない」
少女「……母親様は狂ってしまわれた」
少女「姉も……秘書も、遠からず同じ運命を辿るのだろう」
衛生師「……否定は出来ないねぇ」
少女「……旧貴族達も、全て捕らえたと聞いている」
衛生師「王様から?」
少女「他に誰が居る? ……私に接する者は彼だけだ」
衛生師「……だった、ね」
少女「……一つだけ。聞いても良いか」
衛生師「答えられる事だったら答えてあげるよ」
少女「書の街は……」
衛生師「……必要最低限の者だけ残して、引き上げたよ」
衛生師「近々、図書館を建て替えるのそうだ」
少女「え……」
衛生師「人出も金も、始まりの国が援助する」
衛生師「もっと、人に見て貰えるように。以前のイメージを払拭する為に」
衛生師「……新しい街長からね。申し出があったんだ」
少女「新し、い」
衛生師「…… ……」

587: 2014/01/11(土) 14:29:08.58 ID:idJps7pnP
少女「……そうか」フフ
衛生師「……何故?」
少女「え?」
衛生師「何故君は……笑う」
少女「…… ……」
衛生師「少女?」
少女「……肩の荷が下りた、のかもしれない」
衛生師「…… ……」
少女「必要とされてないのなら、必要にされないだけの理由があると言う事だ」
少女「……それで街が幸せであるのなら、それで良い」
衛生師「君、って人は」ハァ
少女「?」
衛生師「……否」
少女「これで……良かったのだろう」
衛生師「……駒が駒の役割を果たさなくなった事が、か」
少女「利用価値が無くなった、と言いたいのか?」
衛生師「書の街にとって、じゃ無くって、ね」
少女「解って居るさ。私が……王にとって、だろう」
衛生師「……解って、言ってたのか?」
少女「……驕りでは無く」
少女「王は確かに、私を愛しているのだろう」
衛生師「…… ……」
少女「些か、狂気も感じるがな」
衛生師「…… ……」
少女「驚かないのか?」
衛生師「逆に聞くけど。歪んでいないと思うのかい」
少女「……主、だろう。王は。貴方の」
衛生師「……まあ、ね」
衛生師「ある意味、王の器には相応しいのかもしれないよ」
少女「…… ……」
衛生師「弟王子様の様に、聡明ではある。確かに」
衛生師「だが、激情に捕らわれると制御が聞かなくなる」
衛生師「……残酷な面も、持ってると思う。優しいだけでは、王には……」
衛生師「『覇者』にはなれない。だから」
少女「……子供の様な人だ」
衛生師「同意するよ」
少女「愛されて……育ってきたのだろう?」
衛生師「王様かい? ……と、思うけどね」
衛生師「……弟王子様は、勇者や……魔王の事で」
衛生師「出来るだけ、王様をその事実から遠ざけてきたから」

588: 2014/01/11(土) 14:37:48.65 ID:idJps7pnP
少女「……僕だけを見てくれと、私にすがりつく」
衛生師「え?」
少女「事に及んだ後、だ」
衛生師「……真顔で、君は」
少女「良く解らない。酷く乱暴な時があれば、壊れそうな花を愛でるが如く」
少女「私を抱くときもある」
衛生師「…… ……」
少女「確かに、貴方が言うように」
少女「……結婚の必要など、無いのかもな」
衛生師「確かに愛されている、と君がさっき自分で言い切ったんだろうに」
少女「…… ……」
衛生師「少女?」
少女「貴方ならば、人形と結婚したいか?」
衛生師「…… ……」
少女「そこに血は通わない。否……心、かな」
少女「心の底から、彼は……誰かに。多分、私に」
少女「愛されたいのだろう。弟王子様とお母様は」
少女「……仲睦まじかったと聞いた」
少女「だが、誠の愛だったのか?」
衛生師「…… ……」
少女「確かに、愛ではあっただろう。愛し合っておられた……と」
少女「聞いた気も、する。だけど……」
少女「王の、私に求める愛は。彼が与えられたい愛は」
少女「多分、それでは無い。形だけの婚姻でも、無い」
衛生師「……食事にしようか。他に質問は?」
少女「答えられる物ならば、なのだろう……あ」
衛生師「ん?」
少女「……姉に、会うことは」
衛生師「たかだか僕に会うだけで、これだけの時間を要したんだ」
衛生師「……解るだろう。君ならば」
少女「……では、一つだけお願いがある」
衛生師「直接王に言えば良いんじゃないの」
少女「……氏んだら、教えてくれ」
衛生師「……覚えておく」
少女「あんまり、お腹はすいていない、んだけど」
衛生師「軽い物を用意してる……でも、ちゃんと食べないと駄目だよ」

589: 2014/01/11(土) 14:45:19.26 ID:idJps7pnP
衛生師「スレンダーな女性は好きだけど。君はもう少し肉をつける必要がある」
少女「…… ……」
衛生師「……セクシーだけど、ね」
少女「……ありがとう、と言うべきか」
衛生師「お好きに……ああ、汚さない様にね?」
少女「子供じゃ無い」
衛生師「……真っ白だからさ」
少女「王は、私に白以外を着せたがらない」
衛生師「…… ……」
少女「白いドレスに紅い瞳。出来損ないの人形だな、本当に」
衛生師「……卑下するな。綺麗だよ」
少女「…… ……お、お世辞は、結構」
衛生師「すぐ戻る。少し待ってて」

パタン

少女(……随分、気分が高揚している)
少女(無理も無い。王以外と言葉を交わしたのなんて……何時ぶりだ?)
少女(……衛生師は、王に信頼されている、のだろうな)
少女(私に……易々と異性を近づける事等、無いと思っていた)
少女(……衛生師)
少女(食えない男、だが。彼との会話は……楽しい)
少女(……赤ん坊を見に行くのだとか言っていた、が)
少女(彼も……衛生師も、一緒、なのだろうか)

……
………
…………

王「おめでとう、戦士兄様」
側近「ありがとう、王様」
王「衛生師と伯父上から聞いています。男の子だったんですよね」
側近「ああ。青年と名付けた」
王「僕も……後で会いに言っても?」
側近「勿論だ」
王「……でも、本当にほっとしました」
王「随分早いと聞いていたから」
側近「……そうだな」

590: 2014/01/11(土) 15:15:22.93 ID:idJps7pnP
王「……少女を、連れて行きます」
側近「え?」
王「駄目ですか?」
側近「ああ……否。そういう訳じゃない」
王「良かった」ホッ
側近「体調は……良いのか」
王「え?ええ……大丈夫ですよ」
側近「なら、良いが……」
王「今、衛生師に様子を見に行かせています」
側近「……近衛兵、だったか」
王「彼は実戦向きではありませんから。主に僕の補佐や代行を任せています」
側近「…… ……」
王「それに……もう、争いは……」
王「書の街の図書館の建て代わりが終われば、もっと……きっと」
側近「……何れ、勇者は……この国に戻るぞ」
王「……僧侶さんの話を、信じていない訳じゃありませんよ」
王「その時の為に、あの小屋を残しておけと、伯父上からも言われています」
側近「…… ……」
王「それだけは……引いて下さらなかった」
側近「俺からも、頼む」
王「……貴方は、『帰還者』ですから、戦士兄様」
王「僧侶さんも含めて……この『国の英雄』の申し出を」
王「無下には出来ません」
側近「…… ……」
王「心地よく『勇者』を迎える為にも」
王「……『未来』を紡いでいく為にも。尽力すべき所だと心得ています」
側近「……頼む」
王「戦士兄様達は、この国で青年を育てて行くのでしょう?」
側近「……否」
王「え?」
側近「俺達は……勿論、すぐに、は無理だが」
側近「何れ……国を出る」
王「……そうですか」
側近「…… ……」

591: 2014/01/11(土) 15:21:07.34 ID:idJps7pnP
王「それまでは、あの小屋で?」
側近「……暫くは、城の中に、と親父は言うんだがな」
王「その辺は、僧侶さんと良く相談して下さい。お好きなように」
王「子供が、一番ですから」
側近「ああ……甘えるよ」
王「では、一度少女の様子を見に戻ります」
側近「……待っている。では、失礼する」

スタスタ

側近(反論も、何も無い……か。まあ、当然だろうな)
側近(……疎まれているとは思わない、が)
側近(歓迎される立場でも無い。引き留められたら……とは杞憂だったな)

カチャ……パタン

王「衛生師」

キィ……カチャ

衛生師「気付いてましたか」
王「少女は?」
衛生師「食事も済ませたし、何時でも行けますよ」
王「……うん。じゃあ連れてきて。ああ。ローブはかぶせて」
衛生師「……王様、僕で良かったんですか」
王「え?」
衛生師「誰も近づけてなかった、んでしょ」
王「君なら信用出来るよ」
衛生師「……後衛です」
王「少女は何か言ってた?」
衛生師「ご自分では聞かないんですか」
王「……何もかも、僕に話すとは思えないからね」
王「君になら話す事もあるだろう」

592: 2014/01/11(土) 15:29:18.87 ID:idJps7pnP
衛生師「……秘書に会えるのかと」
王「……精神衛生上、良くないと思うけどな」
衛生師「察してくれと言ったら」
王「?」
衛生師「……氏んだら教えてくれ、と」
王「……ふふ」
衛生師「王様?」
王「流石、僕が惚れた人だ」
衛生師「…… ……」
王「彼女は強い」
衛生師「…… ……」
王「……勿論だ。良いだろう……ありがとう、衛生師」
衛生師「……い、え」
王「これからも少女を頼む。僕には言わない話を」
王「僕には見せない少女を、君が代わりに見て、教えて」
衛生師「……はい」
王「じゃあ、少女を呼んできてくれる? 青年を見に行こう」
衛生師「青年……ああ、戦士君の子供、ですか」
王「ああ。叔父として、顔ぐらいは見ておかないとね」

……
………
…………

チビ「父さん!」

バタバタバタ……ッ

男「おー!チビ! ……背、伸びたな!」ギュッ
チビ「え、ちょ、苦しい、苦しい……ッ」
男「爺は?」
チビ「家の裏で彫刻洗ってる」
男「……は?」
チビ「苔でね……」
男「……ああ、そう。まあ、元気なら何よりだ」
男「放っとけ、と言ってやりたい、が」
チビ「え? ……うん……あ、の父さん」
男「…… ……」
チビ「母さん……は……」
男「……呼んできてくれネェか」
チビ「じいちゃん? うん、そりゃ良いけど……?」

593: 2014/01/11(土) 15:35:17.01 ID:idJps7pnP
男「…… ……」
チビ「……ちょ、ちょっと待っててね」

パタパタ

海賊「……良いんですかい」
男「何がだ」
海賊「いや……その……」
男「……笑っちまうよな」
海賊「え?」
男「涙、堪えるのに必氏だなんてよ」
海賊「…… ……」
男「悪いが、家族だけにしてくれねぇか」
海賊「あ……すみません、気が利きませんで」
海賊「……修理、続けてます」
男「ああ……俺も戻ったら、手伝うから」

スタスタ

爺「おー息子よ! ……相変わらずむさ苦しいのう、お前は」
男「間違い無くお前の息子だからな……口の減らネェ爺だな、全く」
爺「……船が入港するって聞いたから、お前さん達だと思ったがな」
チビ「……久しぶりだな、あの船見るの」
男「何だ、恋しくなったか?」
チビ「そ、そんなんじゃないよ!」
爺「跳ねっ返りのは?」
男「船長の事か」
チビ「……俺に、会いたくないのか? 母さん……」
男「…… ……チビ」
チビ「は、はい」
男「母さんな…… ……氏んだ、んだ」

594: 2014/01/11(土) 16:00:29.31 ID:idJps7pnP
チビ「……え?」
爺「何!?」
男「…… ……会わせて、やれん。すまん」
爺「……質の悪い病気か何かか。否、だとすれば、お前達も……」
男「おやっさんと一緒さ」
チビ「おじい、ちゃん?」
男「……ああ。前船長」
爺「…… ……食われたのか」
チビ「!?」
男「話した事、あっただろう。おやっさんは…… ……人魚に、食われちまった」
チビ「…… ……ッ」
男「……北の街付近で、人魚の群れに襲われた。あいつら、魔詩で……」
爺「進路を狂わせ、幻覚を見せて……海に引きずり込む、んだったか」
男「だと、思ってたんだがな」
チビ「え……」
男「後で間近で船、見てみろ。ぼろぼろだ」
チビ「!?」
男「……随分と攻撃的になってた。船長は……耳栓をして、操舵部分に取り憑いた」
男「人魚を倒しに出た……んだが」
チビ「……かあさ、ん……ッ」
男「……耳栓、意味無かったみたいだ」
爺「…… ……」
チビ「そ、んな……ッ」
男「剣を落としたと思えば……人魚に抱きついていった」
チビ「……ッ」
爺「……男! もう……良い……ッ」
男「チビ」
チビ「!」ビクッ
男「聞きたいのなら聞かせてやる」
チビ「…… ……」
男「聞きたくなければ、それで良い。お前が選べ」
チビ「…… ……ッ」
男「……今で無くて良い。爺」
爺「……なんじゃい」

595: 2014/01/11(土) 16:05:16.15 ID:idJps7pnP
男「悪いが、当分滞在させてくれ。船の修理をしにゃならん」
爺「そりゃ構わんが……海賊共はどうすんだ」
男「幸い、金はある……宿なり、船の中の無事な部分になり」
男「……ま、男ばっかだ。どうにかなる」
チビ「…… ……」
男「……チビ」
チビ「は、はい」
男「……俺は、船を下りる」
チビ「え!?」
男「情けない父ちゃんだよな…… ……怖いんだよ。海が、な」
チビ「……!」
男「……お前さえ、爺さえ良ければ、この村で父さんと暮らそう」
爺「…… ……」
男「三ヶ月もありゃ、修理は終わるだろう」
男「……ま、考えといてくれ」
爺「お前一人ぐらい、済む部屋はあるがな …… ……良いのか」
男「……駄目なんだよ、もう。水面見てると、吐き気がしてくんだ」
チビ「父さん……」
爺「……ま、好きにしろ」クルッ

スタスタ

チビ「じいちゃん!?」
爺「苔がな。まだ落ちてないんだ」
チビ「……じいちゃん」
男「爺は爺なりにな。母さんの事……娘みたいに、さ」
男「可愛がってた、んだって」

597: 2014/01/11(土) 16:42:06.72 ID:idJps7pnP
チビ「…… ……」
男「……我慢、しなくていいんだぜ」
チビ「え?」
男「…… ……いや。何でもねぇよ」
チビ「…… ……」
チビ(ああ、そうか。父さん、目が真っ赤だ)
チビ(……当たり前、だよな。母さん……氏んだ、んだ)
チビ(居なくなっちゃった。もう会えない)
チビ(……俺、薄情なのかな? 涙……出ない)
チビ(……実感なんて、沸かない。なんだろう)
チビ(母さん……)
男「……船、戻るわ」
チビ「え?」
男「修理、手伝わないとな」
チビ「……大丈夫なの」
男「悲しんでるのは、皆一緒さ」
男「…… ……何かしてる方が、気が紛れるのさ」
チビ「俺も……行って良い?」
男「え?」
チビ「……久しぶりに、見てみたい。船」
男「好きにしろ……邪魔になるなら放り出すぞ」
チビ「手伝うよ」
男「……気をつけろよ」
チビ「…… ……うん」

スタスタ

男「なあ、チビ」
チビ「……何」
男「……否」
チビ「母さん……何の幻、見たのかな」
男「…… ……」

598: 2014/01/11(土) 16:48:22.23 ID:idJps7pnP
……
………
…………

衛生師「…… ……」

コツン、コツン
キィ……

見張り「近衛兵長様!」
衛生師「……名前で呼んでって、何時も行ってるだろ、物々しい」ハァ
見張り「あ、すみません……衛生師様」
衛生師「……様子は、どう?」
見張り「相変わらずですよ」
衛生師「……随分、頑張るよね」フゥ

秘書「衛生師! ……ッ 何をしに来た」
衛生師「君に会いに?」

ガシャン!

秘書「否……ッそんな事はどうでも良い! 早く……早くここから出せ!」
衛生師「喚かなくなって随分経つ、と思ってたけど……どうしたの、今日は」
秘書「昨夜から、母親様の声が聞こえない!」
秘書「私を出さなくても良い!母親様は……ッ」
衛生師「…… ……」
秘書「衛生師! 聞いているのか!」
衛生師「……氏んでるよ」
秘書「…… ……な、に ……!?」
衛生師「少女が言ってたんだっけな。哀れな人間の末路」
衛生師「……狂人の最後は、憤氏か」ハァ
秘書「嘘を言うな! 母親様は最後の希望だ!我々の……ッ」
秘書「魔導の国の!」
衛生師「……君は正気を保ったまま、最近は随分大人しくしてると思ってたけど」
衛生師「やっぱり狂っているのか? ……全く」
秘書「黙れ! 母親様が生きてさえ、居れば……!!」

コツン、コツン……

衛生師「! 誰」
王「僕です、衛生師」

599: 2014/01/11(土) 16:54:56.83 ID:idJps7pnP
衛生師「王様!?」
秘書「王! ……ッ 嘘を吐くな!母親様を何処にやった!?」
王「……会いたいなら会わせてあげます。顔を見れば安心しますか」チャリ
王「牢の鍵は此処にありますから」
衛生師「王!」
王「ああ、少女ならご心配なく。君が出て行った後、僧侶さんと楽しそうに」
王「話していましたから、部屋に残してきました」
衛生師「……目、離して良いんですか」
王「見張りは立たせています。青年に何かあったら大変ですから」
王「……僕も、少し用事があったので。君は入れ違いで、戻って下さい」
衛生師「……何をなさるつもりで?」
王「昔話、です。聞きたければどうぞ。戦士兄様も居るし、もう少しぐらい大丈夫でしょう」
秘書「王!出せ!早く、早く母親様を……!」
王「……前に言いましたよね。母親の口から、色々……」
王「知り得ないだろう話も、聞いた、と」
秘書「ご託は良い!早く……ッ」
王「僕とのおしゃべりに付き合ってくれるのだったら」
秘書「え……」
王「……その後で良ければ、母親を牢から出しましょう」
衛生師「王!」
王「どうです?秘書さん」
秘書「……ッ い、良いだろう……ッ」
衛生師「おい!」
王「『始まりの姉弟』の話です」
秘書「!」
王「母親は、魔の血が混じってると信じていたようですが」
王「強ち、間違いでも無いかも知れませんよ」
秘書「!?」
王「近親婚を繰り返した所為で、随分と人口は減った様ですが」
王「それでも、ああして……一つの街を支配する迄になった」
衛生師「…… ……」
王「永い年月は必要だったんでしょうけど」
衛生師「……僕は、失礼しますよ。王様」
王「……興味、ありませんか?」

600: 2014/01/11(土) 17:01:03.75 ID:idJps7pnP
衛生師「『知らない権利』もあるって所で」
王「……貴方らしいですね」
衛生師「過ぎた好奇心は身を滅ぼしますし……では、少女を見て参ります」
衛生師「……随分久しぶりに、貴方以外と沢山会話をしてるんだ」
衛生師「……そっちを知りたいでしょう、王様?」
王「……頼みます」

コツン、コツン……キィ…… ……

秘書「……ッ 始まりの姉弟が、どうした!」
王「最果ての地に住む事を許された人間。そして、優れた雷の加護を持つ……」
秘書「そうだ! それこそが我ら、選ばれた血の……ッ」
王「下らないですよね」
秘書「……何!?」
王「色々、ね。まあ……聞いたんですけど。狂人の話は支離滅裂で」
王「……一つの結論に繋げる迄、結構大変だったんです」
秘書「…… ……」
王「知識として。話としてとても面白かったですよ」
王「僕も、色々と読んだり、調べたりした」
王「……多くを貴女に語る必要はありませんけど。一つの結論に至ったんです」
秘書「な、何だと言うんだ」
王「……魔王が、復活し。次こそ。次の勇者こそ」
王「魔王を……完全に滅ぼした、のならば」
王「僕は、魔法の『放棄』を提案します。全世界に向けて」
秘書「!?」
王「我が国は騎士団を解体し、『武』を放棄した。あれは……その第一歩です」
秘書「ふ……ッ ふざけるな! 世迷い事だ、そんなもの……ッ」
王「勿論、簡単には行きません。何十年も何百年もかかるでしょう。ですが」
王「魔法なんて、存在しない世界……それこそが」
王「僕の考える『真に美しい世界』です」

601: 2014/01/11(土) 17:06:32.23 ID:idJps7pnP
秘書「お、まえ…… ……ッ」
王「魔導国も無くなった…… ……まあ、ちょっと心配なのは鍛冶師の村ですけど」
王「『武』も『魔法』も、無くなれば、武器を手にする必要も無くなる」
王「鍛冶なんて物も、何れ廃れていくのです」
王「……お爺様が目指しておられた、魔法剣だなんて言う物も」
秘書「黙れ! 黙れ、だまれだまれだまれええええええええええッ!」
王「ああ、内緒ですよ? まだ……誰にも、ね?」
王「貴女と僕の秘密です。少女も知らない二人だけの、ね」
王「……嬉しいですか?」クス
秘書「……ッ 狂っているのはお前の方だ、王!」
王「大丈夫ですよ。見張りも下がらせていますし。此処には僕と貴女しか居ません」
秘書「大嘘つきが! 母親様も、捕らえられた他の貴族達も……ッ」
王「ああ、そうでしたね。母親に会わせる、のでした」
王「ちょっとだけ、待ってて下さい」

スタスタ、カチャ、チャリン……ギギィ

秘書「…… ……母親様!母親様、ご無事ですか!?」

ズルズル……ズル……

秘書(!? 何の音、だ…… ……ッ!?)
秘書「ひ、ィ……ッ」
王「……どうぞ、感動のご対面、でしょう?」
秘書「は、はおや…… ……さま …… ……!?」
王「貴女の牢を開ける訳には行きませんけど……」

ドサッ

秘書「!」
王「何を怯えるのです。貴女の大好きな母親、ですよ」
王「……氏んでます、けどね」
秘書「う、そだ……ッ うそだ、うそだあああああああああああああああ!!」

602: 2014/01/11(土) 17:11:37.12 ID:idJps7pnP
王「ああ……それから、他の貴族達、ですが……」
秘書「母親様! 母親さまああああああああああああ!」
王「……勿論、他の牢の中に居ますから。どうぞ」
王「僕が出て行った後、ゆっくりとご対面を」
秘書「母親様、母親様!」

ガシャン、ガシャン!

王「……聞こえてない、かな」
王「鍵、此処におきます。手が届いたら、牢屋開けられますよ」
王「貴女の細い腕なら、通るでしょうしね……」

チャリン、コツン、コツン…… ……

秘書「!? おい、王……ッ 王!?」

ギィィィ……バタン!

見張り「王様……!」
王「手筈通り、鎖と厳重な鍵で施錠を」
見張り「は、はい!」
王「衛生師は?」
見張り「戦士様達の所へ戻ると……」
王「……伯父上は?」
見張り「自分は姿を見てません、けど」
王「そうか。施錠が済んだら……この廊下に続く扉にも封を」
王「……壁を塗り込めて、誰も入れない様に」
見張り「し、しかし……母親は、あの……氏んだ、と……その……」
王「大丈夫です…… ……中に、生存者は誰も居ません」
見張り「は!?」
王「……良いんです。皆、氏んだんです」
王「……さ、さっさとやっちゃって下さい。僕は向こうの扉の準備をします」
見張り「じ、自分がやりますよ!?」
王「こっちを先に……施錠はしたので、後は鎖だけお願いします」

603: 2014/01/11(土) 17:14:46.84 ID:idJps7pnP
見張り「は、はい!」

ガチャガチャ、カチャカチャ……
スタスタ

王「…… ……」

カチャリ

見張り「出来ました、王!」

タタタ……
ガチャ……ガン!

見張り「!?」
王「……ここから先、誰も居ないんです」

ガチャガチャ、ガチャン!ジャラ…… ……

見張り「ご、ご冗談を、王様!」

ドンドン!ガンガン!

王「……身寄りの無い、年老いた貴方が居て下さって助かりました」
王「ありがとうございます。礼を言います」
見張り「王様! おうさ……ッ」

ガン!

王「…… ……」

スタスタ

604: 2014/01/11(土) 17:19:23.57 ID:idJps7pnP
見張り「王様ああああああああああああああああああ!!」

……
………
…………

秘書「……ッ も、う……ッ ちょ、っと……ッ」ググッ チャリッ
秘書(鍵を置いて言った……どう言う事だ!? 否!)
秘書(……今は、考えても仕方が無い……ッ もう、少し……ッ)チャラン……ッ
秘書「!」
秘書「つ、つかめた! これで……ッ」ガチャガチャ

キィ……ッ

秘書「母親様!母親さまあああああ!」
タッ ……ギュ!
秘書「……う、そ……だろ、う……ッ 母親様!」ガシ!ギュ!
秘書「…… ……ッ」
秘書(他の貴族達……! 他の牢に居るのか!)

タタ……ッ
ガシャン!

秘書「おい!無事……ッ ひ、 ……ッ」

タタ……ガシャン!
ガシャン!ガシャン! ……タタッ

秘書「こ、っちも……ッ」
秘書(……あっち、も。彼……も…… ……皆、氏んでいる……!?)
秘書(そういえば……衛生師が連れて来た、時から)
秘書(……知った声など、聞かなかった。まさか、皆……既に殺されて……!?)
秘書「な……ッ に、が、手荒なまねはしない、だ、王ぉおおおおお!!」
秘書「……ッ」

605: 2014/01/11(土) 17:26:39.73 ID:idJps7pnP
秘書「扉……!」

バタバタバタ……ガチャン!ガン!

秘書「……閉じ込められた、か」ペタン
秘書(食事も……期待など出来ん)
秘書(……このまま、此処で……氏体に囲まれて……ッ)ゾッ
秘書(飢え、氏を待つだけ……なのか!?)
秘書(誰も居らず、空腹と寒さと……真の闇の内で!?)
秘書(厭だ……ッ いやだ、いやだ……ッ)
秘書「ぅ、う ……ッ うわあああああああああああああああああああ!!」
秘書(いっそ……ッ いっそ、狂って仕舞えれば……ッ)
秘書「……ぅ、う」ぽろぽろぽろ

コツン、コツン…… ……

秘書「母親、様……ッ」ギュッ
秘書(……どうして、どうして私だけが! こんな目に……ッ)
秘書「許さん……許さんぞ、少女おぉぉおおおおおおおおおおおお!」
秘書(魔法の無い世界だと!? 真に美しい世界だと!?)
秘書「愚か者め……ッ 争いの無い世界など、ただの世迷い事だ!」
秘書「他があれば絶対の同一などあり得ない!」
秘書「お前の思うとおりに等行く物か!王!」

ギュッ

秘書「……母親、様」
秘書「お助けできず、申し訳ありませんでした……ッ」
秘書「……領主様の、血筋が……ッ」
秘書「…… ……血」
秘書(血……領主の、血。ああ、そうか……ッ)グッ
秘書「母親様、そうです。領主様の血……を……残せば良いのです」
秘書「貴女が氏んでも、私が……生きています……ッ」グググ……ッ バキッ

606: 2014/01/11(土) 17:34:39.89 ID:idJps7pnP
秘書「……母親様の、腕」ガブッ …… ……ピチャ
秘書「貴女を喰らい、身に宿せば、血は繋がります」ピチャ、ピチャ
秘書「私は、生きてみせる!」
秘書「……少女!お前を呪ってやる!」
秘書「この身に宿る、選ばれし民の血と、母親様の血に、誓って!」
秘書「最果ての、魔物の血に願って!」
秘書「……ッ 何時か、必ず……ッ 我らは蘇るのだ!」ガブッ ……ブチブチィッ
秘書「少女! 行っただろう、お前にだけ、甘い汁は吸わせんと……ッ」
秘書「己が運命を嘆け! 必ずだ!必ず、呪ってやる……ッ」
秘書「我が選ばれし民の血は、何時か……ッ 何時か、必ず……ッ」ゲホッ

ゲホゴホッ ……ッ ウ、ェ……ッ

秘書(……何処だ。何処で間違えた)
秘書(どうして、こんな事になってしまったんだ!?)
秘書(……ああ、母親様。領主様。遠い、始まりの姉弟よ!)
秘書(狂い違った選択肢を、どこかで選び直す事ができるのならば……ッ)
秘書「……ふ、フ……ふふふ……ッ」
秘書「血は、滅びん……ッ 必ず、必ず……ッ」
秘書「お前を不幸にしてやる、少女!」
秘書「『世界』を呪ってやる! 絶望に嘆く世界を……ッ」
秘書「虚空の『真に美しい世界』を望むが良い……ッ」
秘書「……ああ、紅い。暖かい……母親様……ッ」ピチャ、コリコリコリ……
秘書「ああ……世界は、美しい……ッ」

……
………
…………

607: 2014/01/11(土) 17:50:18.00 ID:idJps7pnP
癒し手「……側近さん?どうしました」
側近「あ……否」
癒し手「……随分、緊張していらっしゃる様ですね」
側近「仕方無いだろう……戻るんだ」
癒し手「まだ、先ですよ……南へ行くんでしょう」
側近「……そう、だな。だが」
側近「何れ、行き当たる。何れ……帰るんだ。俺達は……」
癒し手「……はい」
側近「蒼い小鳥が、戻った時のあの手紙……」
癒し手「后様のご懐妊の知らせ、ですね」トントン
側近「……重いだろう。俺が抱こう」
癒し手「すみません……」
側近「赤ん坊の成長、てのはこんなモン、なのか?」
癒し手「どうなんでしょう。男の子ですし、良くおっOいも飲みますしね」
側近「……まあ、毎日見ている俺達が疑問に思い出してからでは……遅い、な」
癒し手「はい」
側近「親父が、手配してくれると言っていた船……はもうすぐだな」
癒し手「良いんでしょうか。こんなに……我が儘聞いて頂いて」
側近「……まあ、そこは甘えよう」
側近「俺は……いくら何でも剣士の真似事は出来ん……それに」
側近「……お前の身体の事を考えると、どちらにしても不可能だ」
癒し手「転移……ですか……」
側近「……! シッ」
癒し手「え……あ、王様!?」

タタタ……

王「ああ、良かった間に合いました」ホッ
側近「少女は良いのか?」
王「衛生師と話していたので、今のうちに」
王「伯父上は?」

608: 2014/01/11(土) 17:55:52.15 ID:idJps7pnP
側近「船を見に行く、と」
王「そうですか……」
癒し手「随分、疲れた顔をされていらっしゃいますが……大丈夫ですか?」
王「え、ええ……大丈夫です。ちょっと、夢に魘されまして」
側近「寝てないのか?」
王「大丈夫ですよ、戦士兄様……疲れが溜まっているんでしょう」
王「書の街の様子を見に行って、帰ったばかりですから」
王「……兄様達も、寄られる、んでしょう?」
癒し手「ええ。丘の上の墓に手を合わせて、船に乗ってから」
側近「書の街と、港街と……それから」
王「南へ、ですか」
側近「まあ、のんびりと、な」
王「……帰って、来られる、んでしょう」
癒し手「宜しいのですか?」
側近「癒し手」
癒し手「あ、いえ……あの」
王「……当然です。偶には、青年の顔も見せて下さい」
癒し手「……はい。すみません」
王「そういえば、青年は緑の瞳……でしたよね?」
側近「ん?」
王「いえ……少女が、蒼に見えると言っていたので」
癒し手「曖昧な色をしていますからね。もう少し大きくなったら」
癒し手「ハッキリ解るのかもしれません」
王「ああ、そうですね」
側近「それがどうかしたか?」
王「いえ。特に……話が食い違ったので、覚えて居ただけです」

スタスタ

王子「戦士、僧侶!」
側近「ああ、親父……」
王子「もうすぐ港に着くようだ……丘の上へ寄るんだろう」
王子「青年も居る事だし……て、ああ。寝ちゃったのか」

609: 2014/01/11(土) 18:04:32.58 ID:idJps7pnP
側近「……まあ、ゆっくり出るか」
癒し手「そうですね」
王「では、戻りましょうか、伯父上」
王子「ああ、俺も港までついて行くよ」
側近「良いのか?」
王子「家に居てもやる事ないからな。偶に……引退した団員が酒飲みに来るぐらいで」
側近「……弱いんだから、ほどほどにしておけよ」
王子「わ、解ってるって! ……偶には、身体動かさないとな」
王「では……僕は戻ります」
王「……旅の無事を、祈っています。戦士兄様、僧侶さん」
王「青年も、ね」ナデ
青年(スゥスゥ)
王子「良し……行くか」
癒し手「……色々と、ありがとうございました、王様」
王「いいえ……では。失礼します」ペコ

スタスタ

王子「……予定より、早かったんじゃ無いのか」
側近「さっき癒し手とも話してたんだが。俺達が気がついてからじゃ、遅いだろう」
王子「まあ……そう、だな」
癒し手「…… ……」
側近「どうした、癒し手?」
癒し手「……王子様」
王子「ん?」
癒し手「王様……気をつけて、上げて下さい」
王子「え?」
癒し手「……随分、お顔の色が悪かったです」
王子「ああ……何でも最近、夢見が悪いとか言ってな」
癒し手「何か……随分と、黒い物が……」
側近「黒い物?」

610: 2014/01/11(土) 18:13:27.43 ID:idJps7pnP
癒し手「……あ、いえ。イメージ、何ですけど」
癒し手「何て言うか……気を、着けてあげて下さい、としか」
王子「ん……わ、解った。しかし、どう……」
側近「……王は、まだ結婚しない、のか?」
王子「衛生師にも、進言してみろとは何度か……言った、んだがな」
王子「……子供が出来たら、と。聞かないらしい、んだ」
癒し手「…… ……」
側近「……?」チラ
王子「……様子を、さ。見てきてくれないか」
癒し手「え?」
側近「書の街の、か」
王子「ああ……寄るんだろう?」
側近「の、つもりだ。図書館を見たいと癒し手も言うしな」
王子「少女の事について、な」
癒し手「解りました……小鳥で、お知らせします」
王子「……うん。助かる」
側近「親父……」
王子「……過保護、なのは解ってるんだよ。首を突っ込むつもりは無いんだけどな」
癒し手「あ……こっちの道、でしたっけ」
王子「ああ……戦士、大丈夫か?青年……」
側近「平気さ……行こう」
癒し手「誓いを立てた以来、ですね」
癒し手「……港街から、お墓を移して頂いて……嬉しかった、です」
癒し手「エゴと言われれば、それまでですけど」
側近「……出来れば、鍛冶師の村の神父様も此方へ、と思っているんだろう」
癒し手「流石にそれは無理だって……解ってます」
癒し手「……もう、最後でしょうから。此処に……来られるのも」
王子「魔法使い……后、か。懐妊した、んだったな」
側近「……ああ。次は、俺達の代わりに、『時期勇者』が戻る」
王子「……俺、生きてるかな」
側近「何言ってる」

611: 2014/01/11(土) 18:17:46.62 ID:idJps7pnP
王子「……大きくなった青年にも、会いたいけどな」
癒し手「我が儘で……すみません」
王子「謝る事じゃ無い……どう頑張っても、お前の方が」
王子「……俺より、遙かに後に逝くんだ」
側近「親父……」
王子「……親より先に氏ぬ事ほど、親不孝なことは無いんだ、戦士」
王子「年功序列なんだ。だから……それだけでも」
王子「俺は、幸せだ」
側近「……すまん」
側近「俺は……魔王の城に戻れば、もう……」
王子「……言うな!」
青年「……ッ」フエ……ッ
王子「あ、ああ……す、すまんッ」
癒し手「大丈夫です。側近さん、青年をこっちへ……」
側近「あ……ああ」スッ
癒し手「よしよし……」
王子「……解ってる。知ってる……だから、言わないでくれ」
側近「……すまん」
王子「癒し手」
癒し手「は、はい」
王子「……戦士を、息子を、頼む」
癒し手「…… ……は、い。はい、お義父様」
王子「お義理……!? ……あ、そ。そうか!そうだよな!」ハハッ
側近「……何照れてんだ」
王子「……本当に、ありがとう。二人とも」

612: 2014/01/11(土) 18:19:37.06 ID:idJps7pnP

引用: 魔王「真に美しい世界を望む為だ」