1: 2014/03/27(木) 16:55:21.21 ID:ZA/ILpCp0




2: 2014/03/27(木) 16:57:01.84 ID:ZA/ILpCp0
剣士「それじゃ鍛錬にならん」
青年「厳しいことで……」
勇者「……魔導師は?」キョロ
青年「あっちの方でブツブツ言ってたよ。剣士の鋼一本、握りしめて」
勇者「じゃあ、今の間に休憩!」ハァ
青年「10分ね。魔導師が戻る迄に回復魔法の練習だ」
勇者「えええええ……」
青年「痛みを取っただけで、完全には治してないから」
青年「打たれたの腕なんだから。自分で治せるでしょ」
剣士「お前も人の事は言えないだろう」
青年「……書の街で船買って、ここに来てからもう何年だよ」
青年「勇者様、幾つになった?」
勇者「……10歳、かな」
青年「充分だよ」

タタタ……

青年「残念。戻って来たね」
勇者「……回復してよ、青年」
青年「だーめ。ほら、やってみな」
勇者「……うぅ」パァ
青年「そうそう……もう一回」
魔導師「遅くなりました……青年さん、この薬草なんですけど」
青年「うん? ……ああ……って何に使うのこれ」
勇者「……ん。やっと赤み引いた」
魔導師「いえ、この薬草と…… ……」
青年「だったら、こっちを…… ……」
剣士「大丈夫か」
勇者「……心配するなら手加減してよ」
剣士「鍛錬にならん、と言っただろうが」
勇者「…… ……ここ、ってさ」
剣士「?」
葬送のフリーレン(1) (少年サンデーコミックス)
3: 2014/03/27(木) 17:11:00.87 ID:ZA/ILpCp0
勇者「癒し手様が、育ったところ、何だよね」
剣士「……ああ」
勇者「綺麗だよね」
剣士「…… ……」
青年「勇者様、出来た?」
勇者「うん……ほら、紅くなくなったよ」
青年「魔導師、大丈夫かい?」
魔導師「ああ、ちょっとだけ待って下さい……剣士さんにお話しが」
青年「オーケィ……じゃあ、最初は僕とやろうか、勇者様」
勇者「ええええええ……青年、なんだかんだ言って」
勇者「剣士以上に容赦無いんだもん……」
青年「『勇者は』何?」
勇者「……ッ 解ってるよ!勇者は魔王を倒すの!」
勇者「あのね、簡単に言うけどさ……『魔王』だよ!?」
青年「そうだよ……君の、お父さんだ」
勇者「…… ……ッ」
青年「君は魔王になりたいのか?」
勇者「絶対に厭だ!」
青年「……なら、頑張るんだね。今の君じゃとてもじゃ無いけど勝てない」
勇者「わ……解ってるよ! 炎よッ」ボゥッ
青年「遅い! ……風よ!」ゴゥ……ッ
勇者「……!」ゴロン……ッ

魔導師「家焼かないで下さいね」
剣士「……暢気だなお前は」
魔導師「まあ、すぐ消火しますけど……暢気じゃないですよ」
魔導師「逞しくなったんです。僕ももう子供じゃありませんから」
剣士「確かにな……俺や、青年と見た目もそう変わらない」
魔導師「……剣、お返しします」チャキ
剣士「相変わらず見事、だな」
魔導師「……手入れしただけですよ。剣士さんが、鍛冶師様の道具を」
魔導師「持ってきてくれたから出来るだけ、です」
剣士「書の街で買い足したんだろう、色々と」
魔導師「まあ、港街や書の街でも武器を買おうと思えば変えますからね」
魔導師「旅人用に、手入れの道具が売ってるって事に気がついて良かったです」
剣士「お前が……船を売りたがっている奴を見つけてくれて助かった」
魔導師「鍛冶師の村までの定期便なんて、待ってたって埒があかないでしょう」
魔導師「……偶然です。それにいくら勇者様の仲間だから、と」
魔導師「貴方と青年さんと居ると、厭でも目立つんです!」
剣士「……流石に今、一番目立つのは勇者だろう」
魔導師「そりゃそうですけどね。それでも」
魔導師「……あの街で、こんな事できないでしょ」スッ

青年「……ッ 熱ッ」
勇者「今だ……ッ 炎よ!」
青年「甘いよ! 風……ッ」ゴォゥ……ッ
勇者「! 風の、壁…… ……!?」

魔導師「……ああ、もう」ハァ

4: 2014/03/27(木) 17:29:43.42 ID:ZA/ILpCp0
魔導師「青年さん、ストップ! ……氷よ!」ピキ……ッ
青年「! ……ッ と」
勇者「……うわ、炎が氷った」
剣士「…… ……」ハァ
魔導師「そっちに跳ね返したら本気で火事です!」
青年「……悪い」
勇者「何度見ても凄いなぁ……」コン
魔導師「勇者様も!家の傍に逃げない!」
勇者「……ハァイ」
魔導師「ゆっくりで良いですから。その氷、炎で溶かして下さい」
魔導師「それが終わったら青年さんに回復して貰って、僕とのお勉強です」
勇者「……一番怖いよね、魔導師。炎……ぉ」ハァ。ポウ……
剣士「…… ……」クス
魔導師「何回目ですか、もう……」ハァ
青年「悪かったって……勇者様は剣より魔法の方が筋が良さそうだから」
青年「こっちも本気になっちゃうんだよ」
魔導師「まあ、何よりなんですけどね」
魔導師「……家、無くなったら困るでしょ」
青年「……ご尤も」
剣士「……しかし、大きくなったな」
青年「書の街から、直接此処に来て良かったのか?」
魔導師「噂なんてすぐに何処へでも広まります」
魔導師「……それに。結局、書の街の図書館でも、何も解らなかったでしょう?」
剣士「そうだな。船も手に入った……勇者の手も離れた」
剣士「……正念場、はこれからだ」
青年「また……此処に戻る事になるとは思わなかった」
魔導師「……僕も、ですよ。此処で生活するには、鍛冶師の村を無視できない」
魔導師「息子さんも、シスターも……兄さんも」

6: 2014/03/27(木) 17:36:46.04 ID:ZA/ILpCp0
魔導師「元気だと、知れて良かった」
青年「……鍛冶師の村に行くのはお前の役目にしちゃったもんな」
魔導師「仕方ありません。解って居るとは言っても、貴方達を連れてはいけませんから」
魔導師「荷物運びなんかは、勇者様も手伝ってくれてますからね」
魔導師「……順調すぎて、ちょっと怖い位ですよ」
剣士「……これからはそうもいっていられないさ」
青年「そうだな……そろそろ、良いんじゃないか?」
魔導師「……殆ど、理解してくれています、しね」
剣士「鉱石の洞窟はどうする」
魔導師「決めるのは勇者様です……後で、僕から話しますよ」
勇者「やっと解けた! ……ちょっと、皆で何の話してんのよ」
青年「ん? ……ヤラシイ話」
魔導師「青年さん!?」
剣士「…… ……」ハァ
勇者「……さいてー、青年」
魔導師「阿呆な事言ってないで、ちゃんと勇者様を回復してあげて下さい!」
青年「はいはい……」ポゥ
青年「……んじゃま、僕は狩りにでも行ってくる」
剣士「俺も少し鍛錬しよう……切り口も確かめたい」
魔導師「じゃあ、勇者様は僕と……」
勇者「……剣と魔法の稽古の後は、勉強か」ハァ
魔導師「……今日は鍛冶師の村の飯屋に連れて行ってあげますよ」ニコ
勇者「! 本当に!?」
魔導師「あの二人は一緒には無理ですけどね」
青年「……ちょ、僕達の夕飯は?」
魔導師「狩りに行くんでしょ、青年さん」

8: 2014/03/27(木) 17:42:55.74 ID:ZA/ILpCp0
青年「……絶対一番シビアなの、お前だよ」ハァ
剣士「異議無し……まあ、仕方無い」
魔導師「お酒買ってきてあげます」
青年「……仕方無いな。手を打とう」
剣士「ではな」

スタスタ

勇者「何食べようかなあ……楽しみ!」
魔導師「……青年さんの料理、美味しいでしょ?」
勇者「そりゃね。でも……それとこれとは別!」
魔導師「まあ。そうでしょうけど……さて、じゃあ」
魔導師「この間の続きから、です」
勇者「……何回も聞いてるのになぁ」
魔導師「完璧に理解しろ、とも。解明しろとも言いませんけどね」
魔導師「……頭に入れて置いて貰う必要はあるんです」
勇者「…… ……うん。それは、解ってる」
魔導師「后様と離れての五年、よく頑張ってくれたと思います」
魔導師「……まだ、小さな子供だったのに。寂しいとも言わずに、ね」
勇者「…… ……」
魔導師「後何年、と区切るつもりは僕らにはありませんが」
魔導師「……そろそろ、此処を発っても良いかな、とは思います」
勇者「え……」
魔導師「偶然とは言え、船も手に入れたんですから」
魔導師「……貴女は、世界を見て回るべきです。それは何度も……」
勇者「解ってる…… ……解ってる、よ」
魔導師「……はい」
勇者「あ、でも……明日、とか言わないよね!?」
魔導師「流石にそんな事は言いません」クス
魔導師「全部……見て、回ろうと思えば」
魔導師「それこそ、まだ何年もかかりますしね」

9: 2014/03/27(木) 17:50:25.85 ID:ZA/ILpCp0
勇者「……最終地点は?」
魔導師「聞く事じゃないでしょう」
勇者「魔王の城…… ……か」ハァ
魔導師「…… ……」
勇者「あ……御免。そんな顔しないで」
勇者「解ってる……私は、勇者だから」
魔導師「……はい」
勇者「魔王を倒さないと、私は……『勇者』が『魔王』になる」
勇者「お父さんを……」
魔導師「…… ……」
勇者「私が魔王になったら、大変なんでしょう?」
魔導師「……まあ、そうです。貴女は……最強の魔王になるでしょうから」
勇者「……女だから」
魔導師「座りましょう。今日は天気も良いですし」
魔導師「部屋の中より、気分も良いです」
勇者「うん……よっと」

10: 2014/03/27(木) 17:51:21.95 ID:ZA/ILpCp0
おふろとごはん!

14: 2014/03/28(金) 18:20:59.56 ID:b6TbGE7V0
魔導師「こんな事を勇者様に言って良い物か、解りませんけど」
勇者「ん?」
魔導師「僕達が……謎を、解明する事ができるかどうか、解りません」
勇者「…… ……え?」
魔導師「と言うか……その必要があるのか、ですかね」
勇者「必要……? え、でも」
魔導師「今まで、色んな謎解きを色んな人と試みました」
勇者「うん……お母さん、とか……使用人さん、とかだよね」
魔導師「そうです。解けた謎もある、のかもしれませんけど」
魔導師「正直、殆ど闇の中、です」
魔導師「立てた仮説が間違えて居る可能性だって高い。でもね」
勇者「……魔導師は、知りたいんだよね」
魔導師「……はい」
勇者「確かに、さ。私が魔王を……お父さんを、倒して」
勇者「魔王にならなかったら、終わるんだろうね。でも…… ……」
魔導師「……勇者様?」
勇者「青年も剣士も、私はまだまだ弱いっていう。それはね、私も解ってる」
勇者「そんなんじゃ魔王を……お父さんを、倒せない、って」
魔導師「…… ……」
勇者「もし倒せないなら、私は魔王の手を取るしかないんでしょう?」
勇者「お父さんや、おじいちゃんがしてきたように……魔王になるしかない」
魔導師「……勇者様は、厭なんですよね」
勇者「うん。厭だ…… ……でも、それで世界が助かるのならって」
勇者「考えた事もあるんだ。でもね」
勇者「……それじゃ、何時までたっても終わらない。どころか……」
魔導師「貴女は、間違い無く最強の魔王になる」
勇者「……うん。次の勇者が……私を倒せなかったら」
勇者「今度こそ、世界は…… ……終わっちゃう」
魔導師「…… ……」

15: 2014/03/28(金) 18:30:14.52 ID:b6TbGE7V0
勇者「……でも。ああ、さっきからでも、ばっかりだけど」
勇者「もし、私が魔王になっちゃったら、魔導師には時間が出来る」
魔導師「!」
勇者「知る必要があるなら、その時にならないとわかんないのかもね、って」
勇者「……ちょっとだけ、思っちゃったんだ」
魔導師「勇者様……」
勇者「そりゃ、やだよ。魔王になんてなりたくないよ」
勇者「……お母さんも、同じ気持ちだったんだろうし」
勇者「出来るなら、私で……終わって欲しいよ」
魔導師「……はい。そうですね」
勇者「ねえ、魔導師」
魔導師「はい?」
勇者「青年も剣士も、まだまだだって言うけど……私、強くなった?」
勇者「このまま頑張ったら、倒せるかな……」
魔導師「…… ……」フゥ。ニコ
魔導師「大丈夫です。僕も……変な事言ってすみませんでした」ナデ
魔導師「『勇者は必ず魔王を倒す』んです……青年さんも何時も言ってるでしょう?」
勇者「うん。青年は嘘は吐けない」
魔導師「はい…… ……勇者様」
勇者「ん?」
魔導師「明日、て事は無い、ってさっきも言いましたけど」
魔導師「近い内に、此処を発ちます」
勇者「……ん!」
魔導師「では、これを」カサ
勇者「地図?」
魔導師「はい。此処は……鍛冶師の村のすぐ傍です。此処ですね」トン
勇者「うん」
魔導師「僕達が、行こうとしている場所は……まず、此処」
勇者「……始まりの国だね。滅びてしまったけれど」
魔導師「はい。今は……もう何もありません。廃墟になっています」
魔導師「……と、思います、ですね。僕達も長く行っていませんから」
勇者「本当なら、この国から……王様の元から、私は旅立つ筈だった」
魔導師「そうです……『向こう』では、僕達はこの国の登録所で」
魔導師「勇者様に選ばれています」

16: 2014/03/28(金) 18:37:04.54 ID:b6TbGE7V0
魔導師「それから、こっち」トン
勇者「……ん?指どけて……島?」
魔導師「……鍛冶師様が光の剣の修理に使った魔法に強い鉱石のある洞窟、です」
魔導師「それから、北の塔」スス……トン
勇者「場所的には一番近いね」
魔導師「そうですね。この辺の魔物が一人で余裕で倒せる様になってれば、すぐにでも」
魔導師「行けます、が……」
勇者「…… ……」
魔導師「人魚の件もありますしね……僕的には、最後が良いかなって思ってます」
勇者「お母さん達、調べてくれてるのかなぁ……」
魔導師「便りが無いのは良い知らせ、って言葉もありますよ」
魔導師(剣士さんが……后様との心話が出来なくなったのは)
魔導師(后様から勇者様をお預かりしてすぐだったはず)
魔導師(気にはなるけど…… ……后様達は見ている筈、だし)
勇者「うん……」
魔導師「後はまあ、行きたい所に自由に、って感じですかね」
勇者「船の補給とか、敵の強さとか色々考えたら」
勇者「南に向かっていくのが賢いんだよね?」
魔導師「で、すね……まあ、僕達が居るので、大丈夫だとは思いますけど」
魔導師「……実戦も経験しておかないとね」
勇者「うん……見せてね」カサ
魔導師(出来れば……北の塔には最後に行きたい)
魔導師(もし……もし、剣士さんが、欠ける様な事があれば)
勇者「ええと……こっちに行って……」ブツブツ
魔導師(……最果てには、近い方が良い、筈だ。それに)
魔導師(后様…… ……何も、無ければ良いんですが)
勇者「……良し!」

43: 2014/04/03(木) 15:24:25.82 ID:RvFI64Sw0
魔導師「はい?」
勇者「取りあえず、南の……鉱石の洞窟に向かおう」
魔導師「……良いんですね?」
勇者「う……」
魔導師「……え?」
勇者「あ、いや……うん。良い」
勇者「迷ってたって仕方無い、し……あ、でもね」
勇者「此処から直行、って訳に行かない、よね?」
魔導師「まあ……そうですね。どこかで補給する必要はあります」
勇者「うん……ええと。一番近いのは……」
魔導師「……航路的に言うと、ぐるっと……南の島を回って」ススス
勇者「姫様の……像のある、あの小さな島ね」
魔導師「はい……小さな船ですから、大海の大渦の傍は通れませんし」
魔導師「……始まりの国がない以上、港街ですね。そこから、鉱石の洞窟に」
勇者「で……」トン
勇者「帰りは、また港街?」
魔導師「ふむ……そこはおいおい考えても良いですかね」
勇者「……解った。じゃあ、取りあえず鉱石の洞窟に向かおう」
勇者「これ……」シャキン
魔導師「…… ……」
勇者「……治す方法、見つけないと」
勇者「剣士を、犠牲にしたくない」
魔導師「……それは、僕らも同じです」
勇者「彼が紫の魔王の『欠片』であったとしても」
勇者「……私達は、否定して行く!」グゥ
魔導師「…… ……」
勇者「…… ……ッ」
魔導師「格好つけた所、申し訳ありませんが」クス
勇者「ち、違う! 今のは……!」
魔導師「お腹すきました、ね。頑張りましたしね」クスクス
勇者「…… ……」カァ

45: 2014/04/03(木) 15:47:54.40 ID:RvFI64Sw0
……
………
…………

兄「え、魔導師と勇者様が?」
シスター「ええ。さっきご飯屋さんに来てたわよ」
兄「シスターさん、会ったんですか?」
シスター「見かけただけ、よ」
兄「……元気そう、でした?」
シスター「大袈裟ね。魔導師は……この村にも良く顔を出すのに」クス
兄「そう、ですけど」
シスター「…… ……」
兄「……この村を飛び出して行って、寂しく無かったと言えば嘘になります」
兄「大丈夫かな、って心配も勿論あったんです。だから」
シスター「あの子が、勇者様を連れてこの村に戻った時には……吃驚したわよね」
兄「ええ。元気な顔が見れたのは嬉しかった、んですけど……」
シスター「けど?」
兄「……本当に、遠いところにいってしまったんだな、って」
兄「あいつは……魔導師は『勇者様御一行』だから」
シスター「……でも、息子さんは」
シスター「あの時、剣士にあの本を渡して良かったって言ってたわ」
兄「…… ……」
シスター「所詮私達は、『勇者様が魔王を倒して、世界を平和にしてくれる』事を」
シスター「願って、待っているしかない。他力本願しか……出来ない」
兄「……はい」
シスター「酷い話よね。彼女は……勇者様は、この村を離れたときの魔導師と」
シスター「変わらない年をしているのに。まだ、子供なのに」
シスター「あの小さな肩に、飛んでもなく重くて、大きな使命……責任を背負ってる」

46: 2014/04/03(木) 16:04:10.70 ID:RvFI64Sw0
兄「…… ……」
シスター「魔導師は……選ばれた、んでしょうね」
兄「え、でも……村を出たとき、勇者様は……」
シスター「彼女に、じゃないわ……運命に、かな」
兄「運命?」
シスター「……私達は、所詮『名も無き村人』よ。お話しで言う所のね」
シスター「最初から、選ばれていた、んでしょう……魔導師は」
シスター「私達とは違って、『魔導師』と言うちゃんと名を与えられた」
シスター「『重要な登場人物』にね」
兄「シスターさん……」
シスター「だったら、止めたって無駄…… ……そうでも思わないと、やっていられないわ」ハァ
兄「…… ……」
兄(シスターさんは、争いは嫌いだとずっと言ってた)
兄(息子さんと結婚して、子供が。守る者が出来て……さらに、強くそう思う様になった、って)
シスター「無事に、戻って来る事だけを願っているわ、今はね」
兄「……はい」
シスター「勇者様の母親は魔法使いよ」
兄「あ……」
シスター「戦士も、僧侶も……『帰還者』よ」
シスター「名誉だの、名声だの。そんなのはどうでも良いわ」
兄「……はい。僕もです」
シスター「行ってきなさいよ」
兄「え?」
シスター「……地図を広げて、なにやら話し込んでたから」
シスター「まだ居るんじゃない」
兄「い、いえ……良いですよ。また、今度で……」
シスター「…… ……」ハァ
兄「?」
シスター「地図、よ地図……彼らは、船も持ってるんでしょう」
兄「!」
シスター「……ちゃんと、送り出してあげなさい。弟なんだから」

47: 2014/04/03(木) 16:23:13.80 ID:RvFI64Sw0
シスター「で、ちゃんと…… ……」
兄「? シスターさ……」
シスター「帰って来なさい、って」
兄「あ……」
シスター「流石に、もう反抗期でもないだろうけどね」クス
兄「……はい!」

タタタ……

シスター「…… ……」フゥ

カチャ

シスター「?」
息子「反抗期じゃないんですから。シスターさんも……言ってあげたら良かったのに」
シスター「息子さん…… ……いやね、立ち聞き?」
息子「……すみません」クス
息子「孤児院で、皆と寝てます、うちの子も」
シスター「……そう。ありがとう」フゥ
息子「大丈夫ですよ……無理しないで。夏頃には、もう一人増えるんですし」
シスター「……一緒にお昼寝、してこようかな」
息子「ええ。行ってらっしゃい……魔導師達は、すぐに発つんですか」
シスター「……聞いてたんでしょ」
息子「『名も無き村人』辺りからね」
シスター「解らないわ。話した訳じゃないから」
息子「……今夜、少し遅くなりますから」
息子「兄を連れて、孤児院の方に泊まってきてくれても良いですよ」
シスター「え……?」
息子「剣士さんと会いました。森の中で」
シスター「!」
息子「……以前、気にしていた、村に残る伝説の話を」
息子「もう一度、聞かせて欲しいと言われたので」
シスター「…… ……」
息子「夜に、バーで待ち合わせしました。だから……」
シスター「解ったわ……」
息子「……厭、ですか?」
シスター「いえ…… ……」

48: 2014/04/03(木) 16:29:56.35 ID:RvFI64Sw0
息子「……大丈夫です。剣士さんは、強い」
シスター「…… ……」
息子「あの青年と言う男も……魔導師だって、将来を期待された子です」
息子「そこに、勇者様も居るんです。きっと、今度こそ」
シスター「……そう、ね」
息子「兄君と一緒に、行かなくて良いんですか?」
シスター「私は…… ……」
息子「……いえ、無理にとは言いません、けど」
シスター「剣士に、伝えて置いて」
息子「……?」
シスター「……あの時、助けてくれたから」
シスター「私はこうして……二人も子供を産んで、幸せになる事ができたんだわ、と」
息子「素直にありがとう、って言えば良いのに」クス
シスター「……良いのよ」フイッ
息子「解りました……」クス
息子「じゃあ、孤児院まで送ります。俺ももう少し仕事が残ってますから」ナデ
シスター「…… ……」ギュ
息子「……シスターさん?」
シスター「終わるわよね。今度こそ……平和に、なるわよね」
息子「……はい。そうですね……祈っておきましょう。ね?」
息子「俺達には、それしか……できませんよ」

……
………
…………

魔導師「……よく食べますね。いや、良いんですけど」
魔導師「後でお腹痛くなりませんか……」

49: 2014/04/03(木) 16:46:23.97 ID:RvFI64Sw0
勇者「……ら、らって」モグ
勇者「せいれんのごあんはおいちいけろ、それとこれをあべちゅ!」モグモグ
魔導師「『青年のご飯は美味しいけど、それとこれとは別』」
勇者「めっらにたえらえないしえ!」モグモグ
魔導師「『滅多に食べられないしね』……ですね。解りました、けど」
魔導師「……飲み込んでから喋りましょうね。お行儀悪い」ハァ
勇者「……良く解ったね。魔導師、お茶取って」
魔導師「まあ、短い付き合いではないんで……取りあえずの打ち合わせも終わりましたし」
魔導師「それ食べたら帰りましょうね……」ハァ
勇者「え。魔導師もう良いの?」
魔導師「見てたらお腹いっぱいです……し、ちゃんと頂きましたよ」
魔導師「あ、すみませんお会計……と、ああそうだ」
魔導師「果実酒一本、お土産で頂けます?」
女将「はいよー。勇者様、お腹いっぱい食べました?」
勇者「うん! ……やっぱ女将さんのご飯、美味しいや」ハァ
女将「そりゃ良かった…… ん?」

カラン、コロン

兄「……! 魔導師! 良かった、まだ居た……!」ハァハァ
魔導師「兄さん!?」
勇者「あ……」
兄「こんばんは、勇者様」
勇者「こんばんは! ……えっと」

50: 2014/04/03(木) 16:59:20.92 ID:RvFI64Sw0
魔導師「どうしたんですか、そんな……息切らして」
兄「……いや、まあ……なんだ」
勇者「私、先に帰ってるよ」
魔導師「何言ってるんですか、危険ですよ」
勇者「大丈夫だよ……あ、女将さん、そのお酒貰うね」
女将「あ、ああ……」
魔導師「駄目ですって……一人じゃまだ……」
兄「そ、そうですよ。勇者様! ……顔、見に来ただけなんで……」
勇者「大丈夫だって! 私だって強くなったし」
勇者「小屋まで、そんなに遠く無いじゃん」
勇者「今日だって、私一人でやっつけたでしょ。魔導師、後ろで見てただけじゃん」
魔導師「しかし……」
勇者「……何時までも守られてるばっかりじゃないよ!私だって、勇者なんだから!」
女将「入口まで、アタシが送るよ」
魔導師「女将さん!」
女将「……話して、なるべく引き留めておくから」ヒソ
魔導師「…… ……」
勇者「無理だったら引き返してくるから」
魔導師「……無茶しないって約束できます?」
勇者「うん!」
女将「んじゃ行こうか……大丈夫だよ。任せておきな」

スタスタ、パタン

兄「……なんか、悪かったな」
魔導師「いえ……でも、どうしたんです」
兄「……いや、その、な……シスターさんが」
魔導師「女将さんに聞きました……もうすぐ、二人目が産まれる、んですよね」
兄「……うん」
魔導師「? ……兄さん?」
兄「いや、あのさ……僕達、あの。何も出来ないけど」
兄「……いや、あの」
魔導師「…… ……?」
兄「お前の部屋、さ」
魔導師「? はい」
兄「その侭にしてあるし。その……」
魔導師「…… ……」
兄「……ッ 全部終わったら、ちゃんと帰って来いよ!?」
魔導師「!」
兄「待ってるからな! 僕は……僕達、は本当に、何も出来ないけど」
魔導師「……はい。さっき聞きましたよ」
兄「願ってる、からさ」
兄「……お前達が。勇者様が、無事に魔王倒して帰ってくるの」
兄「信じてる、から!」
魔導師「……態々、それを言いに来た、んですか?」クス
兄「わ、笑わなくて良いだろう!?」

51: 2014/04/03(木) 17:11:24.15 ID:RvFI64Sw0
魔導師(『帰って来い』か……)クス
魔導師(……そうですね。無事に倒したら)
魔導師「……解ってます。僕の家は……此処、ですからね」
兄「あ、ああ」ホッ
兄「……あの時。今の勇者様より、まだ小さかったお前が」
兄「剣士さんと、青年さん……だっけ。あの二人と、村を飛び出したときは」
兄「びっくり……したけど、さ」
魔導師「……はい」
兄「でも……こうやって、帰って来てくれて、嬉しかったんだからな」
魔導師「……ご免なさい」
兄「い、いや……謝る事じゃ……」
魔導師「でも、解って下さい……僕達は、喜ばなくてはいけないんですよ、兄さん」
兄「え?」
魔導師「こうして、無事に……勇者様をお守りして、旅立てる事」
魔導師「……きっと、今度こそ。勇者様が、魔王……を、倒してくれるだろう事」
兄「…… ……ああ」
魔導師「強くなりました。彼女は」
兄「……あ! 大丈夫なのか、一人で……!」
魔導師「女将さんが引き留めて置いてくれています……まあ、長居はできませんけど」
魔導師「……彼女も、守られるばかりでは厭なんでしょうね」
魔導師「強くなって、皆を守りたい。私は、自分は勇者だから」
魔導師「『勇者は魔王を倒すのだから』と……良く、言ってますから」
兄「……そうか」
魔導師「まあ、でも心配には違い無いんで」ガタン
兄「ああ……行く、か?」
魔導師「……はい」
兄「悪かったな……急に」
魔導師「いえ……でも。何故、今更なんです?」クス
魔導師「話す機会は幾らでもあったでしょうに」

52: 2014/04/03(木) 17:29:56.93 ID:RvFI64Sw0
兄「ああ……いや、さっき言いかけた事なんだけど」
兄「……シスターがな。此処で、お前と勇者様が地図を広げていたと」
兄「言って……た、から」
魔導師「ああ……それで、ですか」
魔導師「まさか、今日明日、って訳じゃないんですから」
兄「……でも、今度また、村へ降りて来るとは限らないだろう?」
魔導師「……まあ、そうですけど」

スタスタ

兄「だから、さ」
魔導師「そう、ですね……でも、大丈夫です」
魔導師「『勇者は必ず魔王を倒します』……必ず」
兄「……うん」
魔導師「兄さん」
兄「ん?」
魔導師「…… ……」
魔導師(帰って……来れるんだろうか。もし、魔王様を倒せば)
魔導師(……僕達が、勇者様と旅立てば。今度こそ……最後、かもしれない)
魔導師(もし、勇者様で終わらなければ……)ジィ
兄「魔導師……どうした?」
魔導師「……いえ。あの……ありがとう」
兄「……うん。大事な……弟だからな」
魔導師「ごめんなさい」
兄「え?」

53: 2014/04/03(木) 17:41:09.04 ID:RvFI64Sw0
魔導師「……勝手に、出て行って。勝手に戻って来て」
兄「さっきも言っただろう……お前の部屋、そのままにしてある」
兄「シスターさんも、息子さんも……なんだかんだ言ったって、さ」
兄「お前や……勇者様の事、心配してるんだから」
魔導師「……はい」
兄「行ってこい、魔導師……勇者様を、守って……」
魔導師「…… ……」
兄「世界を、平和に……してくれ。今度こそ」
魔導師「……はい」

カラン、コロン……

……
………
…………

勇者「果実酒、って美味しいの?」
女将「勇者様にはまだまだ早いよ……お土産だろ?」
勇者「うん、剣士とせいね…… ……ッ」ハッ
女将「……偶にはね。気にせずに、ご飯食べにおいで、って言ってやりなよ」
勇者「…… ……」
女将「全く……勇者様とは言え、こんな子供に気を遣わせてねぇ」ナデナデ
勇者「……ッ」
女将「……金の髪の、あの綺麗な顔をしたお兄ちゃんの事はね」
女将「あんまり、知らないけど……剣士さんの方はね」
女将「この村の、勇者でもあるんだから」
勇者「……村の、勇者?」
女将「まあ……子供に話して、ね。理解出来るかどうかは……」
勇者(子供……私の事、か)
女将「……始まりの国の騎士様達が居たとは言え。実質、あの男が」
女将「救ってくれたみたいなモンだ。だからね……」
勇者(ええ、と……あれか。魔寄せの石……インキュバスだっけ、な?)
勇者(確か……あの石を壊したのが剣士、なんだよね)
女将「ま……とにかく、ね」ナデ
勇者「……ん。伝えとく」
勇者「女将さんも、お店戻ってよ! お客さん待ってるよ!」

タタッ

女将「あ、勇者様、ちょ……ッ」
勇者「大丈夫だよ! 私、強くなったからー!」
勇者「魔導師に、ごゆっくりっていっておいてー!」
女将「……あ、ああ、いや……」
女将(小さい、とは言え……あの子は特別だ)ハァ
女将「まあ……大丈夫、かな」

クル……スタスタ

54: 2014/04/03(木) 17:59:29.64 ID:RvFI64Sw0
魔導師「! 女将さん」
女将「あ、ああ……魔導師、御免よ」
魔導師「勇者様は……」
女将「たった今だよ……走っていっちまって」
魔導師「ああ……大丈夫です。すみませんでした……そんな顔しないで下さい」
魔導師「すぐ、追います……じゃあ、兄さん」
兄「あ。ああ……悪かった、引き留めて」
魔導師「……行ってきます」
兄「……ああ!」

タタタ……

女将「立派になったもんだねぇ」
兄「え?」
女将「……いっつも、アンタの後ろにくっついて」
女将「追い回してた、あの小さかった魔導師が……」
兄「……勇者様の仲間、だもんね」
女将「勇者様が選んだんだ……凄い子だよ」
女将「……この村じゃ、魔導師の右に出る子は居ないんだろうけどさ」
兄「小さい頃から、期待されてたからね、魔導師は」
女将「アタシ達は祈ってるしかないんだよね」
兄「……勇者様、大丈夫だったかな」
女将「本当にすぐだったんだよ……大丈夫だろう。小さいとは言え」
女将「『特別』なんだからさ」

55: 2014/04/03(木) 18:06:40.47 ID:RvFI64Sw0
……
………
…………

スタスタ、スタスタ

勇者(えっと、この小道を…… ……あれ?)
勇者「右と左……あ、あれ? 別れてた……っけ……?」
勇者(……いつも、魔導師にくっついてくるだけだったから……)
勇者「…… ……」キョロ
勇者(小屋の方向、ってあっち、だよね……て、事は)クル
勇者「……右、で良い筈……」

スタスタ

勇者(子供……子供、か)
勇者(そりゃそう、だよね……私、まだ……)
勇者(魔導師も、剣士も、青年も……)
勇者(色んな話を聞かせてくれた。誰にも言っちゃ駄目だよ、って)
勇者(『勇者』の事『魔王』の事……『世界』の事)
勇者(お父さん、お母さん……紫の魔王、とか、姫様、とか)
勇者(…… ……私は、勇者。魔王を……お父さんを倒さないと)
勇者「……絶対に、厭だ!」ブンブン
勇者(私は、魔王になんてなりたくない! ……お父さんだって)
勇者(好きで、望んで、魔王になんかなった訳じゃ無い……!)
勇者(世界を救う為に。次に……未来に、希望を見いだす為に……!)
勇者(……負けない! ……その為には、もっともっと、強くならなくちゃ……!)

56: 2014/04/03(木) 18:19:54.85 ID:RvFI64Sw0
ガサガサ……

勇者「? あ、まどう…… ……!?」

グルルルル……ッ

勇者「! ……ッ」
勇者(魔物……ッ 大きい、な……)
勇者(村に行くときに、倒した奴より……大きい……狼)
勇者「……ッ」キッ
勇者(大丈夫だ。炎に弱い……私は、炎の魔法が使える……!)

グルル……グル……ッ

勇者(……これ以上踏み込んだら、危ない……)
勇者「……ほの、お ……よ…… ……ッ」ボゥ ……ゥッ

グルル……ウゥウ……ッ
ウゥウウウウウウ……ッ

勇者「!」
勇者(……勢い、足りなかった……!)

グル……ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!

勇者「きゃ……ッ!」
勇者(……しまった……!)

シュン、シュン!!
ギャアアアアアアアアアア!

勇者「!」
青年「この馬鹿! 一人で何やってるんだ!」
勇者「……せいね……ッ」
青年「さっさとこっちに来い……魔導師は!?」
勇者「……ッ ちが、私が……あの、勝手、に……!」
青年「……」ハァ

グルルルルル……ッ

青年「……仕留め損ねたか」チッ
勇者「…… ……」カタカタ
青年「動くなよ…… ……風よ!」ビュウ……

ザクザク……ッ
ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!

勇者(……す、ごい……!)

57: 2014/04/03(木) 18:33:44.75 ID:RvFI64Sw0
青年「…… ……」スタッ
勇者「……あ、あの……ッ」

パァン!

勇者(……痛ッ)
青年「お前が未熟だって事、身に沁みたか?」
勇者「…… ……ッ」
青年「……僕が居なきゃ、氏んでたよ、勇者様」
勇者「だ、だって、ここの、狼た、ち……は……ッ」ポロポロ
青年「炎の魔法に弱いから? ……見てたけど、あの詠唱は何だよ」ハァ
青年「魔法の効果に、勢いも何も無かっただろう。あんなもの、避けられて当然だ」
勇者「で、でも、何時もは……!」
青年「……魔導師が後ろに居るからだろう?」
青年「もししくじっても助けて貰えるから、自信が持てるだけだろう」
勇者「…… ……」
青年「…… ……」ハァ
勇者「だ、だって……!」
青年「何で一人かってのは取りあえず後にするとして」
青年「……強くならなきゃ。強くなった筈だから、ってのは、ね。解るけど」
勇者「…… ……」
青年「僕達が何の為に君と一緒に旅をするのか。もう一度、考えて見て?」
勇者「え……」
青年「勿論、僕達は君を守る為に一緒に居る……だけど、それだけだと思うか?」
勇者「…… ……」
青年「……とりあえず、小屋に戻ろう。剣士も戻ってるし」
勇者「で、でも……魔導師、多分……わ、わたし、をさがして……ッ」ヒック
青年「一緒に村に行ってた、んだろう?」
勇者「……」コクン
青年「あいつは一人でも大丈夫だから……とにかく、泣きやんで」
青年「ほら、行くよ」ギュ
勇者「……うん」
勇者(青年の、手……暖かいな)
勇者(……私、何時も……守られて……ばっかり)

58: 2014/04/03(木) 18:39:14.46 ID:RvFI64Sw0
勇者(守られてばかりじゃ……私、勇者なのに……!)
勇者(……魔王を倒せるのは、私しか居ないのに……!)グスッグスッ
青年「……何考えてるんだかは、大体解るけどね」ハァ
青年「魔導師と、何処に行くか……打ち合わせして飯食いに行ってたんだろう」
勇者「……うん」
青年「で? どうして勇者様が一人になる羽目になった訳」
勇者「! ま、魔導師が悪いんじゃないんだよ!」
勇者「……魔導師のお兄さんが来て、何か話があるみたいだったから」
勇者「この……お酒も、届けないと駄目だし、その」
勇者「……一人でも、先に帰れると思って……」
青年「……二人で話させてあげたい、ってんなら」
青年「村の入口ででも待ってれば良かったでしょ」
青年「長い時間じゃないんだし、時間を潰そうと思えば」
青年「村の中で何だってできるだろう……何で、君が一人で」
青年「道もハッキリ解らない癖に、戻れるだなんて驕れるの」
勇者「……何回も、行ってる、し」
青年「『魔導師と一緒に』だろ……事実」
青年「分かれ道で、ええと……あっちからだと右か」
勇者「え?」
青年「……間違えただろ。じゃ無きゃ、こっちに来るはず無い」
勇者(……道、間違えた、のか……)
青年「まあ、正しい道選んでても、魔物に出会ってれば……同じ事態に」
青年「なってただろうけどね」ハァ
勇者「……ごめん、なさい」シュン

71: 2014/04/05(土) 16:00:52.56 ID:mFmWX05l0
青年「……まあ、無事で良かったよ」
勇者「…… ……」

スタスタ

魔導師「! 勇者様……!」

タタ……ッ

勇者「あ……」
青年「……さて、あいつにもお説教だな」フゥ
勇者「青年!」
青年「……君が悪いよ、確かに。でもね」
青年「目を離したのは、魔導師だ」
魔導師「良かった……無事だったんですね!」ホッ
勇者「……うん。ご免なさい」
魔導師「申し訳ありませんでした……勇者様、青年さん」
青年「全くだ」
勇者「……青年!」
青年「さっきも言っただろう」
魔導師「目を離したのは僕です。だから……ね」
勇者「…… ……」
青年「剣士は?」
魔導師「あっちに居ます。探しにいってくれようとしていた様で……」
青年「そうか……これは貰って良いんだね、勇者様?」ヒョイ
勇者「あ……」
魔導師「結構ですよ。貴方達へのお土産ですから」
青年「僕のお説教は済んでるから。中でゆっくり剣士と飲んでるよ」

スタスタ

勇者「……青年、凄い怒ってた」
魔導師「……まあ、そうでしょうね」

72: 2014/04/05(土) 16:11:29.64 ID:mFmWX05l0
勇者「あ、あのね! ……でも、ちゃんと、その」
勇者「私が悪いんだよ、て……ちゃんと……」
魔導師「それもさっき言いましたよ。目を離したのは僕ですから……」
魔導師「……何か、あったんですか」
勇者「…… ……」
魔導師「僕達も中に入りましょうか」
勇者「……ううん。此処で良い」
魔導師「こってり絞られた、んですね……」クス
勇者「魔導師は、怒ってないの?」
魔導師「まあ、無事でした、ので……でも」
魔導師「話の内容に寄っては、怒るかも知れません」
勇者「……うぅ」
魔導師「あっち、川沿い行きましょう。お散歩……ね?」
勇者「うん…… ……うん」
魔導師「そんな泣きそうな顔しないで下さい……さ、行きましょう」

……
………
…………

剣士「……成る程」
青年「甘やかして来たつもりはないんだけどな」
剣士「良い薬、になっただろう……怪我もなかったし」
剣士「……『決して驕るな』か」カタン
青年「女剣士様の言葉だな。もう少し……おい、もう飲まないのか」
剣士「約束がある」
青年「約束? ……女か?」
剣士「阿呆。息子とだ……何がもう少し、だ?」
青年「何だつまんないな……いや」
青年「……もう少し、ちゃんと話してやるべきだったかな、って」
剣士「隠し立ても何もしていないだろう」
剣士「……寧ろ、あんな小さな身で良く理解して居る方だと思うが」

73: 2014/04/05(土) 16:55:11.86 ID:mFmWX05l0
青年「そうじゃ無くて……何て言うかな」
青年「確かに勇者は『特別』だ」
青年「……僕達は、彼女を守らなくてはいけない。でも」
青年「それを押しつけるだけ、の子供扱いも……」
剣士「……良い教訓になったと思って、今からそうしていけば良い、だろう」
剣士「近い内に、出発するんだ」
剣士「……例に倣わない、早い旅立ち、だ」
青年「…… ……」
剣士「これを機に、と言うのは悪く無いと思うが?」

スタスタ、パタン

青年(……なんて言った、か)
青年(ああ、そうだ……『何故僕達が君と旅をするのか』か)
青年(考えて見ろ……偉そうにそんな事を言ったが)
青年(勇者様は……どんな答えを出すんだろうな)

カチャ

青年「何だよ、忘れ物か…… ……ああ、魔導師か」
勇者「…… ……」
魔導師「あれ、剣士さんは?」
青年「息子と約束があるとか言って出かけたけど……勇者様はどうしたの」
勇者「…… ……」
青年「『私落ち込んでます』って……身体全体で表現してるけど」
魔導師「……いえ、まあ……ちょっと、お説教、ですかね」チラ
勇者「……御免、寝る……」

スタスタ、パタン

74: 2014/04/05(土) 17:22:29.79 ID:mFmWX05l0
青年「お前が……? 珍し……くは、まあ無いか」
魔導師「魔物に襲われて……青年さんが助けてくれた、と言うのは聞きましたけど」
青年「…… ……で?」
魔導師「『何故僕達が勇者様と一緒に旅をしているか』ですよ」
青年「勇者様は、何て答えたの」
魔導師「……自分は『特別』だから、と」
青年「…… ……」
魔導師「確かに勇者様は特別です。でも、ね……」
青年「守られっぱなしは厭だ、と?」
魔導師「守ってあげられる位になりたい、ともね」
青年「まあ、聞いてるだろうけど。僕も似たような事を言ったよ」
青年「でも、それだけであんなに勇者様が落ち込むほど」
青年「魔導師が、怒るとは思えないんだけど?」
魔導師「……『私が魔王になれば』」
青年「?」
魔導師「皆を守れる力が手に入るのか、と」
青年「…… ……ああ」ハァ
青年(成る程ね)
魔導師「売り言葉に買い言葉、は解ってるんですけど」
魔導師「……否、僕も随分、頭に血が上ってしまったんですが」ハァ
青年「……そうならない様に、断ち切れるように」
青年「動いているつもり、なんだけどなって……なる君の気持ちは解るけどな」
魔導師「全部、勇者様には……正直、詰め込みすぎですけど」
魔導師「それでも、全部。知りうる限りの全ては、話したつもりでした」
青年「…… ……」
魔導師「いえ……まだ、小さな子に。解って貰おうとする方が」
魔導師「間違いなのかもしれませんね……」ハァ
青年「……飲むか?」ドン
魔導師「え?」
青年「美味いよ、これ」
魔導師「…… ……」
青年「剣士も出かけたし、偶には良いだろ」
青年「……ゆっくり君と、二人で話せる機会ってのも」
青年「なんだかんだ無かったしな」
魔導師「……いただきます」グイッ
青年「まあ、話してみろよ……剣士も言ってた」
青年「良い機会だろう、ってな」
魔導師「……ッ」ゲホゴホゲホッ
青年「……勢いよく飲み過ぎだ」プッ

75: 2014/04/05(土) 17:43:52.82 ID:mFmWX05l0
……
………
…………

魔導師「『何故僕達が勇者様と一緒に旅をしているのかを考えろ』……ですか」
勇者「……うん。私を……守る為、だよね」
魔導師「…… ……」
勇者「皆が言う様に、私は……弱い。でも!」
勇者「私は、勇者……勇者は、絶対に魔王を倒さないと行けない」
勇者「……私にしか、出来ない『特別』な事なんでしょ?」
魔導師「……まあ、勇者以外の者が魔王を倒した、って前例がありませんから」
魔導師「違う、とは言い切れませんけど」
勇者「……私が、特別だから。だから……皆、一緒に居てくれるんでしょう」
魔導師「それは、違いますよ、勇者様」
魔導師「あの青年さんが、そんな事を貴女に言わせたい為に」
魔導師「そんな質問をしたと思いますか?」
勇者「…… ……」
魔導師「確かに、貴女が魔王を……貴女のお父様を倒さなければ」
魔導師「倒せない、のなら。貴女は魔王様の手を取るか」
魔導師「……この世界を滅ぼすか、の選択しかできません」
勇者「…… ……ッ」
魔導師「最後は、一人です。どれを選んでも。でもね?」
魔導師「力をぶつけ合って、魔王と言う強大な存在を消してしまおうと思えば」
魔導師「……確かに、今の貴女では歯なんて立たないでしょう」
勇者「…… ……」
魔導師「足りない所を補う為に。力を合わせる為に。僕達が居るんでしょう?」
勇者「……解ってる。解ってるんだけど……!」
勇者「でも、それでも! 私が、弱いことに代わりはない!」
魔導師「勇者様……」
勇者「そりゃ、私はまだ子供だから……これからも頑張って、大きくなったら」
勇者「強くなるかもしれないよ。でもね……!」
勇者「こ、こんな、まだまだ、の私が、皆を守ってあげる、なんて」
勇者「そんなの、無理なのは解ってるんだけど……!」

76: 2014/04/05(土) 17:53:15.86 ID:mFmWX05l0
勇者様「……でも、さ」グスッ
魔導師「気持ちは解ります、し……嬉しいですよ」
魔導師「焦る必要はありませんよ。少しずつ、確実に」
魔導師「貴女は、強くなって言っています。だから……」
勇者「倒せると思ったんだ! あれぐらい……!でも……!」
勇者「怖いと思ったら、力は出せなかった……!」
勇者「青年が言うように……ッ 何時も、皆が居てくれたから、だから」
勇者「だから、安心して……ッ」
魔導師「……それで良いんですよ?」
勇者「え?」
魔導師「それが、仲間……でしょ? 一緒だから、強くなれる」
勇者「…… ……」
魔導師「何もかも一人で出来るなら、要らないじゃ無いですか」
魔導師「……全て、教えて……解った上で、勇者様に選んで貰うつもりで」
魔導師「今日だって、行く場所を勇者様に決めて貰ったんです」
魔導師「僕達だって何時までも、勇者様を背に隠して盾になっているばかりで」
魔導師「居るつもりなんてありませんよ」
勇者「盾…… ……私が、いっそ」
魔導師「え?」
勇者「……魔王になっちゃったら、皆を守れるのに……」グス
魔導師「!」
勇者「そしたら、剣士も……」
魔導師「……勇者様」
勇者「え?」
魔導師「僕達、魔王になった貴女に守って貰おうなんて思った事はありませんよ」
勇者「……ッ」
魔導師「剣士さんも確かに、そんな貴女であれば命を捨て」
勇者「!?」
魔導師「……光の剣を完璧な状態に戻そう等とは思わないでしょうね」ハァ
勇者「あ、え……ま、魔導師……?」
魔導師「魔王は確かに、世界を滅ぼさない。結果的には」
魔導師「『世界』を僕達を、全てを守っていると言えるかも知れません」
魔導師「……でも、勇者様」
魔導師「貴女がその侭で、魔王になると言う選択肢しかなかったら」
魔導師「……次代の勇者が可哀想です」
勇者「!」
魔導師「……戻りましょう。少し、頭を冷やす必要がありそうです」

クル、スタスタ

勇者「あ……ま、魔導師!」
勇者(……魔導師、怒ってる……!)
勇者「で、でも……ッ」
勇者「…… ……!」

タタタ……ッ

……
………
…………

77: 2014/04/05(土) 18:05:22.98 ID:mFmWX05l0
勇者(……魔導師、怒ってた、な)
勇者(酷いこと、言っちゃった、のかな……そうだよね)

ゲホゲホゲホッ

勇者(……? 魔導師の声?)
勇者(青年と話しているのかな……)
勇者(私が……守るのは、『世界』)
勇者(『勇者』が『魔王』を倒さなければ)
勇者(『世界』は失われてしまう……)
勇者(でも、私が、強くなって……!)
勇者(……魔王を、お父さんを……)
勇者(倒せ無かったら。私は……魔王になるしかない)
勇者(魔導師、何て言ってたっけ……)
勇者(……次代の勇者が、可哀想、だっけ)ハァ
勇者(次代の勇者…… ……えっと)
勇者(私の、子供…… ……ッ)ハッ
勇者(……お母さん)
勇者(離れるとき、寂しかった)
勇者(……魔王を倒しにいった、勇者の仲間、で)
勇者(元勇者のお父さん……と、結婚、して)
勇者(……私を、産んでくれた)
勇者(『勇者』になるって解って……!)ガバッ

78: 2014/04/05(土) 18:13:06.30 ID:mFmWX05l0
勇者(…… ……どんな気持ちで、私が産まれてくるの待ってたんだろう)
勇者(私が……『勇者』が『魔王』、お父さんを)
勇者(頃してしまう事を、本当に望んで居るの……!?)
勇者(でも、そうしないと……世界は……!)
勇者(……『次代の勇者が可哀想』)ハァ
勇者(お母さん……会いたいよ)コロン。ゴロゴロ
勇者(……どうして、一緒に旅をするのか、か)
勇者(青年は……癒し手様の、意思を継いで)
勇者(……『向こう』では……『器』は間に合った、って言ってたっけ)
勇者(でも、癒し手様は……風になってしまった、って言ってた)
勇者(剣士は……魔王の欠片)
勇者(……光の剣)チャキ
勇者(ぼろぼろだ。これを……修理する為には)
勇者(剣士が…… ……ッ)
勇者(それに…… ……魔導師)
勇者(『向こう』の知識を夢で受け継いだ。それで……それで)
勇者(……怒ってた。あんな怖い顔、初めて見た)
勇者(普段から厳しいけど、優しいのに……あんな……ッ)ブンブンッ
勇者(……あやまらないと。魔導師に……嫌われるの、厭だ!)ガバッ
勇者(でも…… ……)ゴロン
勇者「いやだよぅ……魔導師ぃ…… ……」ゴロゴロ

……
………
…………

剣士「悪かったな、呼び出して」
息子「いえ、それは別に…… ……でも良かったんですか」
剣士「……このままの格好で失礼させて貰う」
息子「はい……前、見えますか?」
剣士「バーでこんな……フードを被ったままで居れば」
剣士「……怪しいだろうが、な」クス
剣士「俺の瞳を晒すよりはマシだろう」
息子「……すみません」

79: 2014/04/05(土) 18:19:18.72 ID:mFmWX05l0
剣士「何故お前が謝る……こういう事態を招いたのは」
剣士「他でもない。俺達だ」
息子「……魔導師が元気そうで、安心しました」
息子「今はもう、それだけですよ」
剣士「…… ……」
息子「当時は吃驚しました。貴方達が攫っていった訳でも無い。でも」
剣士「……蟠りはあって当然だ。お前は、前にも」
剣士「そうやって謝った」
息子「……貴方が本を取りにいらした時、ですね」
剣士「……あれも、役に立った。本当に……魔導師は」
息子「あの子は、この村では一番の魔法の使い手になるだろうと言われていましたからね」
息子「……村人達が、貴方や青年さんに、風当たりが強いのは」
息子「俺の力不足です。もう少し……うまく、俺が……」
剣士「…… ……」
息子「でも、ね……いえ、ただの言い訳ですけど」
息子「あの……魔寄せの石の件を覚えて居る人間は……」
剣士「……始まりの国も、魔導の街ももう無いんだ」
息子「それでも、貴方もこの村の英雄です。勇者ですよ」
剣士「『勇者』は一人で良い。それに」
剣士「……俺には、一番似つかわしくない言葉だ」
息子「剣士さん……」
剣士「あいつは……勇者は、間違い無く『世界の勇者』になる」
剣士「勇者は必ず魔王を倒す……今度こそ」グッ
息子「…… ……そう、願っています。俺達も」
剣士「……ああ」
息子「この村に伝わる、伝説……でしたね」
息子「ですが、あの時にお話しした以上の事は……」
剣士「構わん。もう一度ハッキリと聞いておこうと思っただけだ」

80: 2014/04/05(土) 18:32:16.19 ID:mFmWX05l0
息子「昔、居たであろうと言う、鍛冶を生業にする若者が鍛えた」
息子「氷の剣が……炎を操る魔王の心臓を貫き、倒したんだと言う」
息子「……御伽噺、ですよ?」
剣士「ああ。話の大筋をもう一度聞きたいんだ」
息子「……その若者は、優れた魔法の腕も持っていて」
息子「魔王を倒そうと集った者に、その剣を残したのだと」
剣士「…… ……」
息子「そして彼は、とても博識だった、とも言われています」
息子「魔王の炎に阻まれて魔法が届かなくても」
息子「決して解けないその氷の剣があったから、魔王を倒す事ができたのだと」
剣士「その男は勇者では無い、のか?」
息子「さあ……その辺はどうなんでしょうね。でも」
息子「……光に選ばれた勇者、なんて……正直」
息子「大昔から居たのであれば……その。もっと、色々話が残って居そうなものなのに」
剣士「…… ……」
息子「ここは、鍛冶師の集う村です……でした」
息子「鍛冶場ももう無い……この話も」
息子「昔は、此処で魔法剣何て言う物が作られていたから、御伽噺、子守歌として」
息子「受け継がれて来ただけの事です。何れ……消えていってしまうのかもしれませんね」
剣士(……氷。魔法、鍛冶……炎の、魔王……)
剣士(否。考えすぎ……違う。こじつけにも程がある)
剣士(それが……魔導師であるとは……!)
息子「剣士さん?」
剣士「!」ハッ
剣士「……否。ありがとう。思い出せた」
息子「貴方に伝える事で、少しでも……誰か、一人だけでも」
息子「覚えて居て貰えるなら……正直、嬉しいですよ」
剣士「……伝えていかないのか」
息子「で、すね……臭い物に蓋、じゃないですが」
息子「やっぱり……もう、無くなってしまって良い、知識」
息子「無くなってしまう方が良い……物なんだと思います」
息子「魔法剣も、その知識や技術も……全部」
剣士「…… ……」
息子「……勇者様は、今度こそ、魔王を倒すんでしょう」
息子「世界が平和になれば…… ……もう、いりませんよ」
剣士「…… ……」
息子「近い内に、発つんですよね?」
剣士「あ、ああ」
息子「……どうぞ、お気をつけて」
息子「願い祈るしかできませんが……待っています、から」

91: 2014/04/08(火) 17:09:50.02 ID:UpnwMzdK0
やっとノートPCが届いたよ!
これで取り合いせずにすむ……!
とりあえずセットアップして、時間があったら!
今日から夜時間とれるわ!やったー!

92: 2014/04/08(火) 17:55:02.93 ID:UpnwMzdK0
剣士「……魔王を倒す、のを……か」
息子「え? ええ……」
剣士(当然、か……息子は……否。俺達以外、は)
剣士(それしか、できん)カタン
剣士「……こんな時間に呼び出して悪かった」
息子「いえ……ああ、ここは俺が」
剣士「……では、遠慮なく」
息子「お休みなさい、剣士さん……気をつけて、というのもあれ、ですけど」
息子「……お気をつけて」
剣士「…… ……」

スタスタ、カチャ……パタン

……
………
…………

青年「……勇者様?」
勇者「あ、おはよう、青年!」
青年「まだ外も薄暗いのに、君は……何やってんの、こんなところで」
勇者「ん……気持ちの整理? かな?」

93: 2014/04/08(火) 18:05:17.28 ID:UpnwMzdK0
青年「は?」
勇者「ちょっと、夢中になってみたかっただけだよ」
青年「……よっぽど堪えたんだな」
勇者「…… ……」
青年「言い過ぎた、とは言わない。確かに、僕たちはまだ子供の君に、とは思うけれど」
青年「……でも、君は『勇者』だから」
勇者「……うん」
青年「魔導師は、落ち込んでたけどね」
勇者「え? ……ま、魔導師が、何で!?」
青年「腹が立ったとは言え、言い過ぎたかなって」
勇者「……優しいよね、魔導師」ハァ
青年「苛立たしいんだろ」
勇者「…… ……」
青年「あ、ごめん……勇者様に、じゃなくてね」
勇者「え?」
青年「勇者様が魔王になれば……時間ができる」
青年「でも、断ち切らなくてはいけないとも思う」
勇者「あ……」
青年「何より、君がずっと言ってきたことだろう」
勇者「『魔王になんてなりたくない』」
青年「『魔王になんてなりたくない』 ……揃ったね」クス

94: 2014/04/08(火) 18:10:31.37 ID:UpnwMzdK0
勇者「……うん」
青年「苛立たしいって言うか……もどかしいのかな」
青年「焦って、先ばかり見ても仕方ないってわかってはいるんだろうけど」
青年「……ま、流石にもう、魔導師を子供扱いはできないけど」
勇者「焦って…… ……うん」
青年「気にしないでも大丈夫。あいつは……別に、怒っちゃないよ」
勇者「……うん」
青年「あんまり寝てないんだろう、目の下クマができてる」
青年「……可愛い顔が台無しだよ?」
勇者「青年はすぐに、そういうことを言う……」
青年「僕が嘘をつけないのはよく知ってるでしょ」
勇者「…… ……」
青年「まあ、こんな時に素振りなんてやってたら止めてたけど」
青年「土いじりじゃ咎める理由もないな……とりあえず、顔についた土ぐらいは落としなね」グイッ
勇者「……んん」ゴシ
勇者「何で、鍛錬だったら止めるのさ」
青年「……負の感情持ったままやったって、余計いらいらするだけだから、かな」
青年「まあ、僕はそんな馬鹿なことやらないから。推測だけどね」
勇者「……もう」フゥ

101: 2014/04/09(水) 10:20:57.34 ID:XEqd/MMG0
青年「……綺麗な花だ。母さんも喜ぶよ」
勇者「あ! ……あの、遠くまでは行ってないよ!?」
勇者「あっちの、ほら!魔導師とか青年がよく薬草取りに行くあたりまでしか……!」
青年「え? ……ああ」クス
青年「そうだね。昨日の今日で一人でふらふらしてたら、怒るを通り越してあきれるだろうな」
勇者「え……だ、大丈夫だよね!? 魔導師怒らないよね!?」
青年「…… ……」

102: 2014/04/09(水) 10:29:32.95 ID:XEqd/MMG0
勇者「……だ、だってさ。もう……出発するんでしょ? だから」
勇者「癒やし手様の神父様……少しぐらい、綺麗にしておいてあげたかったから……!」
青年「……勇者様、てさ。魔導師の事好きなのかい?」
勇者「な、ん……え!?」
青年「…… ……」
勇者「え、ちょ、ち、ちが……! 違うよ! そんなんじゃないよ!?」カァッ
青年「…… ……」ニヤ
勇者「ね、ねえ、青年! 聞いてる!?」

カチャ

魔導師「朝から何の騒ぎです……? お二人とも、煩いです」ハァ
勇者「!」ドキッ
青年「……ああ、悪かったね、魔導師。おはよう」
勇者「お、おおおお、おはよう!」
魔導師「……おはようございます …… ……?」

104: 2014/04/09(水) 11:38:37.29 ID:XEqd/MMG0
勇者「…… ……あ、あの、魔導師……えと、ごめん……」
青年「起こしちゃったか」
魔導師「いえ……まあ、良いんですけど ……ッ」
勇者(あれ? ……顔色、悪い)
勇者「魔導師、あの……」
魔導師「剣士さんももう起きてますから、朝ご飯にしましょうか」
勇者「あ、あの……魔導師……ッ」
青年「僕も手伝ってくるよ」

スタスタ、パタン

勇者「あ…… ……」
魔導師「勇者様、何してらしたんです……可愛い顔が、台無しです」クス
勇者「!」ドキッ
勇者(せ、青年が変な事言うから、なんか……意識しちゃうじゃん!)
魔導師「……ああ、神父様のお墓……ですか」
勇者「……う、うん。ほら、もうすぐ……ここ、出ちゃうし、さ」
勇者「癒し手様も……その。ほら!」
勇者「……ここには、いない、けど」
魔導師「……お喜びになります。きっと」
勇者(ど、どどど、どうしよう!? なんか……なんか、しゃべらなきゃ!)
魔導師「……昨日は、すみませんでした」
勇者「え?」
魔導師「勇者様の気持ちも考えずに……ひどい事、言いました」
勇者「……ううん」

105: 2014/04/09(水) 11:47:37.22 ID:XEqd/MMG0
魔導師「…… ……」
勇者「…… ……」
魔導師「ご飯、食べたら鍛錬、始めましょうか」クルッ
勇者「あ、あの!」ギュ
魔導師「!」フラッ
勇者「わ、ああ。ごめん!」
魔導師「いえ……どうしたんです?」
勇者「……ご飯、食べたらみ、皆に! 話したい事があるんだ!」
魔導師「? ……はい」
勇者「いや、違くて!」
魔導師「??」
勇者「……魔導師、なんか顔色悪いよ」
魔導師「あ、ああ……すみません。昨日ちょっと飲み過ぎました」
勇者「…… ……魔導師が!?」
魔導師「剣士さんが出かけてらしたので、青年さんとちょっと……」
魔導師「二日酔い、ってやつなんですかね、これ」
勇者「…… ……」ポゥ
魔導師(……回復魔法?)
勇者「そ、そういうのに効くか、わかんないけど……」
魔導師(暖かい……)クス
魔導師「……ありがとうございます。その気持ちだけでも、楽になったきがします」ニコ
勇者(……ッ)ドキ
魔導師「お話したい事、とは?」
勇者「……昨日、あの。あんな話した後、さ。あんまり眠れなくて」

106: 2014/04/09(水) 11:50:02.05 ID:XEqd/MMG0
勇者「いろいろ考えた、んだけど」
勇者「一番最初に、始まりの国に行きたいんだ」
魔導師「……何故、か聞いても?」
勇者「あの島は、あまり強い魔物がいないんでしょう?」
勇者「鉱石の洞窟に行っても、もちろん、魔導師も青年も剣士もいるから」
勇者「問題はないんだろうけど。えっと。なんて言うか」
勇者「……守られてばっかはいやだけど、私の強さじゃ無理はできないから」
魔導師「そうですね」
勇者「だから、そこから始めたい」
魔導師「…… ……」
勇者「魔導師達から聞いた話は理解してる」
勇者「『向こう側』を否定する……でも」
魔導師「いえ……良いんです。勇者様が決められた事だったら」
魔導師「青年さんも、剣士さんも……もちろん、僕もですけど」
魔導師「誰も、反対なんかしません」

108: 2014/04/09(水) 15:02:13.13 ID:XEqd/MMG0
勇者「……うん」
魔導師「……とりあえず、ご飯にしましょう?」
魔導師「青年さんが言うには、食べた方が気分がましになると言うので……」
勇者「……大丈夫?」
魔導師「はい……」

……
………
…………

剣士「勇者の決めた事ならば、反対する理由は無い」
青年「僕も」
勇者「ありがとう」ホッ
青年「……魔導師は?」
剣士「そっとしておいてやれ」
青年「食べたら余計気持ち悪くなったか」ハハッ
勇者「……嘘教えたの!?」
青年「僕は嘘はつけないってば……」
剣士「あんなもの人による……それより」
勇者「それより、って……」
剣士「どうしようも無いだろう。水分を取って寝ているしかないんだ」
剣士「……ここから始まりの国までは結構かかるぞ」
勇者「海での戦闘は……任せて良いんでしょう」
青年「回復だね、勇者様は」
勇者「ん……わかった」

109: 2014/04/09(水) 15:06:07.74 ID:XEqd/MMG0
剣士「素直だな。懲りたか」
勇者「…… ……仕方ないよ。仲間でしょ?」
勇者「余計なことして、足手まといになる方が」
勇者「……いや、だもん」
青年「…… ……」ナデナデ
勇者「な、何!?」
青年「いや……別に。仲間って、そういうもんだから」
勇者「……うん。信じてるよ」
剣士「このまま南下して、南の島を回ろう」
青年「そうだな。小さい船だ……補給なしじゃきつい」
勇者「南の島、って……あの、姫様の像のあるところ?」
剣士「……気が乗らないのなら、上陸しなければ良い」
剣士「補給だけならばすぐにすむ」
勇者「……うん」

カチャ

魔導師「……す、すみません、でした」フラ
勇者「寝てなよ……」
魔導師「いえ……大丈夫、です。少しましになりました」
剣士「……いつ、発つ?」
青年「まあ……少なくとも今日は無理だろう。魔導師がこれじゃ、ね」
勇者「青年!」
青年「事実だろ」

110: 2014/04/09(水) 15:13:16.70 ID:XEqd/MMG0
魔導師「……自業自得ですから、大丈夫ですよ勇者様」
魔導師「日程とかはお任せします……すみません、ちょっと……寝てます」フラ

フラフラ……パタン

勇者「だ、大丈夫、かな」
剣士「病では無いんだ……準備などもある。三日後でどうだ」
青年「僕は別に明日でも良いけど……ああ、でも食料の準備とかもいるな」
勇者「……二人とも、良いの?」
青年「ん?」
勇者「剣士も青年も、村にはほとんど行っていないし……」
剣士「……俺は昨日、息子と話してきた。お前は?」
青年「一番用事が無いだろう、僕は」
勇者「……でも、この小屋……」
青年「……母さんが氏んで、もうどれだけ経ったと思っているんだい、勇者様」
青年「戻ってこれると思わなかった。十分だよ」
勇者「青年……」
青年「もう、とっくに朽ちているだろうけどさ」
青年「……さっき、勇者様が神父様のお墓も綺麗にしてくれたしね」
勇者「そっか……」
剣士「一番時間が必要なのは魔導師だろう?」
勇者「……うん」

111: 2014/04/09(水) 15:24:59.77 ID:XEqd/MMG0
青年「ま、とにかく魔導師があれじゃ今日はどうしようもないね」カタン
勇者「……どこ行くの?」
青年「食料無くっちゃ困るだろ? ……保存食でも準備しておく」

スタスタ、パタン

剣士「魔導師が起きてきたら、伝えておいてくれ」
勇者「え……剣士もどこか行くの!?」
剣士「ここでじっとしていても仕方ないだろう」
勇者「……じゃあ、剣の稽古、お願いしても良い?」
剣士「…… ……わかった」
勇者「うん!」

……
………
…………

魔導師(……はぁ、二日酔いって、こんなにしんどいものなのか)ハァ
魔導師(吐く程じゃ無くなったけど、体がだるい)
魔導師(……眠れれば、楽になるんだろうけど)
魔導師「……『氷の剣』か」
魔導師(剣士さんの話、じゃ…… ……その『魔法に優れた若者』と言うのが)
魔導師(まるで、僕だと言いたいみたいだった)

112: 2014/04/09(水) 15:30:00.04 ID:XEqd/MMG0
魔導師(……『回り続ける運命の輪』)
魔導師(もし、世界が繰り返されている、のだとするのなら)
魔導師(……否、あり得ない。僕は……『僕』の知識を夢で受け継いで)
魔導師(今、こうして知を有しているに過ぎない)
魔導師(…… ……これすらも、繰り返しだったら?)
魔導師「…… ……ッ」ゾッ
魔導師(あり得ない! ……そんな事を言ってしまえば)
魔導師(『断ち切る』事なんて、できない……!)
魔導師(……上手く思考が回らないな)フゥ
魔導師(……一度、眠ろう…… ……か)ウトウト

……
………
…………

后「…… ……」
側近「后? どうした?」
后「いえ……剣士の聞いた、あの氷の剣の話、だけど……」

113: 2014/04/09(水) 15:38:41.18 ID:XEqd/MMG0
后「……あの小説の中に、確かにその部分が出てくるの」
側近「だった、か」
后「ああ、そうか。アンタも読んだのね」
側近「……時間だけは腐る程あったからな」
側近「小難しくて、はっきり覚えてはいないが」
后「……使用人が言ってた事、覚えてる?」
側近「『運命の輪』から外れた誰かが書いた、だったか」
后「信じている……訳では無いんだけど」
側近「……それより、やはりだめなのか?」
后「え?」
側近「剣士と心話ができなくなった、んだろう」
后「……今更ね。こうして見られるんだから、問題は無いでしょう?」
側近「……まあ」
后「それこそ使用人が言っていたじゃないの」
后「……こうして、あの子達の行動を見るのに、魔王の魔力を借りているから」
后「阻む要因として、考えられるのはそれぐらいじゃ無いか、って」
側近「…… ……」
后「余程の事があれば、私が出向けば良いんだわ。でも」
側近「……したくない、んだろう?」
后「『否定』するためにはね」
側近「…… ……よく、わからなくなってきた。否……今更だが」
后「何度も言ったはずよ。見守るしか無い、のよ。私たちは」

114: 2014/04/09(水) 15:42:09.28 ID:XEqd/MMG0
側近「……使用人も、寄りつかなくなったな」
后「食事やお茶は運んでくれるじゃないの」
側近「……そうだが。少し前までは、ここで三人で話していたじゃないか」
后「…… ……」
側近「后?」
后「こっちから、見に行くわけに行かないから……何ともいえない、んだけど」
后「……元気がなさそうに見える、のよね」
側近「……仕方ないと思う、がな」
側近「あいつは……こんな繰り返しをどれだけ見ている?」
后「…… ……」
側近「『あっち』と『こっち』で違うとは言え」
側近「……勇者が、もし魔王になれば」
側近「あいつは『寿命』だと言って……此の城を辞した、んだろう」
后「でも、それは寿命でしょう? ……向こうの使用人は」
后「『1000年の時を生きた使用人』だもの」
側近「……それさえも倣う、とでも言いたいのか?」
后「……いくら魔になったからって、寿命はある。不氏じゃない……し」
后「個人差があるとはいえ、老いもする……」
側近「…… ……」

115: 2014/04/09(水) 15:45:55.73 ID:XEqd/MMG0
后「……でも、ね。そうじゃなくて」ハァ
側近「?」
后「もし、あの子で……勇者で終われば」
后「……私たちももちろん、だけど。使用人だって……」
側近「…… ……そ、うか。魔の王、が滅びれば……」
后「でも、それは誰もの願いのはずよ。否……『私たちの願い』」
后「こんな、不毛な繰り返し……断ち切らなきゃ! ……って」
側近「それに、紫の魔王の願いは、使用人の願い、なんだろう」
后「……そう、ね」
側近「紫の魔王は『魔王は勇者に倒される者』なのかもしれないと言ったんだろう」
側近「……今更、使用人が厭うとは思えないが」
后「…… ……ええ」
側近「あいつは『知を受け継ぐ者』だ」
側近「……相手は、おそらく魔導師だろう」

116: 2014/04/09(水) 15:49:54.47 ID:XEqd/MMG0
后「……そう、でしょうね。夢の中で、向こうの使用人は」
后「魔導師に、知を授けてる。残るのは……」
側近「……こっちの、使用人と、魔導師」
后「でもそれだと! ……終わらない、と言っているような、物だわ」ハァ
側近「もう、やめようと言っただろうに」ハァ
后「……ごめんなさい」
側近「謝る事では無い。だが……もう。なるようにしかならん」
側近「……時間だけだ。俺たちにあるのは」
后「…… ……」
側近「どんな会話でも、つきあう。だが……答えなど、出ない」
后「ええ……」
側近「それこそ、お前がさっき言ったように」
側近「……見守るしか、できない」
后「……始まりの国に行く、のね」
側近「船が出たのか……どれぐらいかかる?」
后「詳しくはわからないわ……でも、そうね」
后「一年はかからないんじゃない」
側近「……小さな船で世界を回って」
側近「結局、ここにたどり着くのは…… ……16歳頃、か」
后「……もしそうなれば、皮肉だわね」
側近「『否定』か」

117: 2014/04/09(水) 15:55:35.73 ID:XEqd/MMG0
后「……とらわれすぎ、何でしょうけど」
側近「見ていれば良い…… ……それしか、できん」
后「…… ……ええ」

……
………
…………

魔王「…… ……ッ」
癒し手「魔王様……?」
魔王「……だめだな。上手く……癒し手の力を受け止められない」ハァ
癒し手「……偶然、だったんでしょうか」フゥ
魔王「どうだろうな……あ、ごめん。癒し手も疲れただろう。少し休もう」
癒し手「いえ、私は…… ……でも」クス
魔王「ん?」
癒し手「いえ……氏んでしまった後も、疲れって感じるのかな、って思って」
魔王「…… ……」
癒し手「魔王様……?」
魔王「こんな……言い方して良いのかわかんないけど」
魔王「……癒し手は、本当に……氏んでしまった、んだよな」
癒し手「あ…… ……ご、ごめんなさい! 魔王様は、まだ……!」
魔王「あ、いや! 俺は良いんだよ、俺は!」
魔王「……疲れてるとか、しんどいとか、あんまりよくわかんないけどさ」

シュゥン……

金魔「まだやってんのか、お前ら」
魔王「父さん……」
金魔「……この間のだって、上手く干渉できたかどうかわからないんだろ?」

118: 2014/04/09(水) 16:05:10.81 ID:XEqd/MMG0
癒し手「でも、私の魔力を上手く受け止められない……と言うのは」
癒し手「何でしょう、ね……」
魔王「……そうだよな。この間の時は、確かに癒し手の魔力の後押しを感じたのに」

シュゥン……

金髪紫瞳の男「外的要因だろうな」
魔王「……かな、やっぱり」
金魔「外的要因?」
癒し手「側近さんか后様か……どちらか、でしょうが」
癒し手「魔王様の『器』に……何かされている、んでしょうか」
魔王「…… ……『器』」
金魔「どうした?」
魔王「……否」
魔王「まあ、そうだとしたら……仕方ない、な。何やってるかわからんけど」
魔王「俺が、ここでまだこうしていられる、ってのは……まあ」
魔王「大事にゃ至ってない、って事だと思って……良い、のかなぁ?」
癒し手「……もどかしいです。本当に」
癒し手(足下をのぞき込めば、『世界』が壊れて再生されるまでを何度も見ることができる)
癒し手(なのに……それしか、できない)
魔王「…… ……ッ」ドクンッ ……ガクッ
癒し手「…… ……? !? 魔王様!?」
魔王「だ、い……じょ…… ……ッ」
金魔「魔王?」
魔王(なんだ、これ…… ……ッ !?)

119: 2014/04/09(水) 16:19:55.40 ID:XEqd/MMG0
金髪紫瞳の男「どうした?」
魔王(……視界、が…… ……歪む…… ……ッ!?)
癒し手「ま …… ……さま!?」
魔王(……癒し手…… ……ッ 糞、目が回る……!!)

……
………
…………

青年「勇者様、離岸するから中入ってなよ。甲板揺れるよ」
勇者「…… ……」
青年「勇者様? 聞いてる?」
勇者「あ ……うん! ……良い、ここにいる。捕まってるから」
青年「気をつけてよ ……剣士! オーケーだ!」

グラグラ……ッ

勇者「……ッ と……」
青年「だから言っただろ」ガシ
勇者「……魔導師、よかったのかなぁ」
青年「ん?」
勇者「……小屋、経つときさ……お兄さんとかと、話さなくて」
青年「本人が良いって言うから、良いんじゃ無い……それより」
青年「勇者様こそよかったの。そりゃ、覚えてないかもしれないけど」
勇者「……南の島、降りなくて、って?」
青年「うん」

120: 2014/04/09(水) 16:23:09.22 ID:XEqd/MMG0
勇者「……そりゃ、お母さんと住んでた場所だけど……」
勇者「焦る訳じゃ無いんだけど。早く……始まりの国に行きたいんだ」
青年「…… ……」
勇者「私が島で降りちゃったら、やっぱり……時間かかるじゃない」
勇者「……勇者様、勇者様……って、さ」
青年「……まあ、ね」
勇者「元気だった?」
青年「ん?」
勇者「村長さんとか……」

カチャ

魔導師「青年さん! 剣士さんが呼んでます!」
青年「ああ、すぐ行く……ごめん、後で、勇者様」

スタスタ、パタン

勇者「……あ」

121: 2014/04/09(水) 16:27:59.70 ID:XEqd/MMG0
魔導師「中、入らないんですか勇者様?」
勇者「……うん。外の方が気持ちいいよ」
魔導師「北には向かわないので大丈夫だと思いますけど……」
勇者「ん?」
魔導師「……魔物が出たら、すぐに下がってくださいね」
勇者「ああ……うん」
魔導師「剣士さんに舵任すしかないですからね……」
勇者「……ねえ、魔導師」
魔導師「はい?」
勇者「魔導師と青年が降りた、んだよね。南の島で」
魔導師「……ええ。勇者様を一人にするわけに行きませんし」
魔導師(男さん、の事もありますし……)
勇者「さっき青年に聞こうとしたんだけどさ。村長さんとか、元気だった?」
魔導師「……亡くなられた、そうですよ」
勇者「え!?」
魔導師「お元気そうに見えていましたけれど。結構なご高齢だったそうで」
勇者「……そ、か…… ……」
魔導師「……もし、船長さんにあったら」
勇者「?」
魔導師「伝えてほしい、って。男さん……覚えてますか、ね?」
勇者「あ……うん。何となく、だけど……村長のおじいちゃんの息子さんだよね」
魔導師「はい。彼が…… ……伝えておいてほしい、って」
勇者「……そっか。海賊船の船長って、男さんの息子……」
勇者「おじいちゃんの、孫、だよね」
魔導師「……はい」

123: 2014/04/09(水) 16:57:06.37 ID:XEqd/MMG0
勇者「……で、お母さんが、剣士と……」
魔導師「……そうやって考えると、すごいですよね」
勇者「え?」
魔導師「本当に……魔族、と言う物は……ですかね」
勇者「……剣士は、魔族、なの?」
魔導師「彼は、魔王の欠片、ですから」
勇者「…… ……」
魔導師「……大丈夫です。必ず、方法を……」
勇者「……うん」
魔導師「とりあえず……」
勇者「ここから、始まりの国までどれぐらい、だっけ」
魔導師「小さい船なので、大回りして行くので……まあ、半年……か一年、ですかね」
勇者「それまで、甲板の上で鍛錬、だよね」
魔導師「……燃やさないでくださいね」
勇者「き、気をつけるよ、流石に!」
魔導師「後は、実戦ですね。海の魔物は結構強いので」
魔導師「くれぐれも、無茶しないでくださいね」
勇者「わかってる。あ……ねえ、魔導師」
魔導師「はい?」
勇者「おさらい、って事でさ……少し、始まりの国の話をしてよ」
魔導師「それはかまいませんけど……ここでですか?」
勇者「良いなら……うん。景色、見てたい」
魔導師「……わかりました」

136: 2014/04/11(金) 16:06:19.81 ID:tbdVnJj+0
勇者「……最初は国なんて無かったんだよね」
魔導師「『知る限り』の最初は、ですね……紫の魔王様が紫の魔王の側近様に」
魔導師「調べさせたところ、昔滅ぼされた国があったらしい……と」
勇者「……昔々、いつかの魔王が滅ぼしちゃった、んだっけ?」
魔導師「そうだろう、って言うだけですけどね……」
勇者「滅びて長い、から……魔物もあんまりいない、んだっけ?」
魔導師「最果ての町から離れていますからね……魔気の影響がほとんど無いから」
魔導師「って言う、仮説があった気がします」
勇者「ああ、そっか……それに小さい島国、なんだよね」
魔導師「そうです。滅びた国の、城と街跡しか無くて、港も小さくて……」
魔導師「でも、何も無い小さな島だからこそ、盗賊様がエルフの知人の亡骸を」
魔導師「ひっそりと……埋葬したんでしょう」
勇者「……エルフの姫様、あ、違う。姫様のお母様が氏んだから」
勇者「エルフの森を出た、んだっけ……」
魔導師「癒し手様や姫様に似ていたんでしょうから……美しい方だったんでしょうね」
勇者「……そっか。魔導師は癒し手様には会った事あるんだね」
勇者(ん? ……なんか、もやもやする。なんだこれ)
魔導師「青年さんはよく似ていると思いますよ。エルフ、というのは」
魔導師「男女の別無く、美しい者なのかもしれませんね……それに」
魔導師「勇者様も、南の島であの像を見ているでしょう」
勇者「……よく、覚えてない」ムゥ
魔導師「……勇者様、ご気分でも?」

140: 2014/04/12(土) 11:33:00.76 ID:Z72Dajn20
勇者「え」ドキ
勇者「……ううん。あ、えっと……で、で……あ!使用人さんが」
魔導師「? ……はい。魔へと変じる際に、紫の魔王様がご用意されたペンダント」
魔導師「今、勇者様が持ってるそれですね」
勇者「うん……」チャリ、ギュ
魔導師「それに、エルフの加護を移された」
勇者「……凄い人だよね、使用人さんって」
魔導師「そう、ですね……仮説、に過ぎませんが。『素質』のお話は覚えていらっしゃいますか?」
勇者「うん」
魔導師「緑……大地の加護を受けているとは言え、異種族の力を大地から引き出し」
魔導師「自分の身を媒介にして、物に移した……勿論」
魔導師「紫の魔王様の強い魔力によって、魔に変じたから命は助かった、のでしょうけど」
勇者「……うん」
魔導師「強い気持ち……願う力が、必要だとはいえ……凄い事だと、凄い人だと思います」
勇者「『願えば叶う』……とは、言え、だよね」
魔導師「はい……紫の魔王の側近さんにしてもそうです」
魔導師「紫の魔王様自身が、とんでもない魔力をお持ちだった、とは言え。否」
魔導師「……故に、ですね。自分の身の一部を与えるなんて」
魔導師「力の弱い者であれば……器が持たなければ、それこそ」
勇者「……氏んじゃってもおかしくない、か」
魔導師「ごめんなさい、話がそれましたね……ええと」
勇者「『劣等種』が解放されて、港街だけじゃ手狭になったから」
勇者「廃墟で、誰も住んでなかった始まりの国に街と、城を作ったんだね」

141: 2014/04/12(土) 11:41:14.84 ID:Z72Dajn20
魔導師「そうです……使用人さんと紫の魔王の側近さんは」
魔導師「『魔王と勇者』が『器と中身』に別れた時に告げられた言葉のうちの一つ」
勇者「『王』 ……『欠片を探し出せ』か」
魔導師「勿論、簡単な事じゃ無かったでしょうけれど……結果的に」
魔導師「本当に国を作り、盗賊様は王になった」
勇者「……私は、知らないけど……良い国、だったんだよね?」
魔導師「そう、でしょうね。僕も人から聞いた話、后様から聞いた話、でしか無いですけれど」
魔導師「……良い時代、でもあったんでしょう」
勇者「え?」
魔導師「勿論、魔導の街とのいざこざもあったでしょうけど」
魔導師「騎士団が出来、女剣士様と言うすばらしい人材もいて」
魔導師「……男の船長さん。今のあの船長さんのおじいさまですね」
勇者「ああ、お腹の大きい人?」
魔導師「そうです」クス
魔導師「……事情を詳しく知って、協力してくださる人が一杯いました」
勇者「『勇者』を……あの国から旅立たせようとしたのも、その時代の人たち……だよね」
魔導師「そうですね……でも」
勇者「ん?」
魔導師「……勿論、『勇者』の為に違いは無いんでしょうけど」
勇者「『紫の魔王』の為、だよね」
魔導師「…… ……」
勇者「でもそれって、世界の為……でしょ?」
魔導師「……はい」
勇者「私の……えっと、おじいちゃんだよね」
魔導師「『金の髪の勇者様』ですか? そうですね」
勇者「……『紫の魔王』もでしょ?」
魔導師「あ……」
勇者「『器と中身』……『表裏一体』なんだ、よね」フゥ
魔導師「……そう、ですね」

142: 2014/04/12(土) 11:51:27.01 ID:Z72Dajn20
勇者「改めて聞いてみれば、盗賊様達の時代って平和だったのかなぁ……」
青年「平和に近づけた、が正解だろ」

スタスタ

魔導師「青年さん」
青年「……『劣等種』を解放するまでの苦労を忘れてる、勇者様」
勇者「あ……そ、そっか……」
青年「『勇者と魔王』には直接関係無い様に思うかもしれない、けど」
青年「……男の魔導将軍や、インキュバス、狼将軍への怒り」
魔導師「…… ……」
青年「ジジィ、鴉って仲間……それに、女を失った悲しみ」
勇者「…… ……」
青年「そういう感情が、紫の魔王の魔力の暴走を招いた切欠の一つになってる事は」
青年「……間違い無いんだと、思うけど」
魔導師「そうですね。現に……王子様を頃した……見捨てた、と知ったときの」
魔導師「……剣士さんの、怒りや、力の増幅は……」
勇者「……うん」
青年「勇者様は覚えていないだろうし、魔導師は人間だから感じなかったかもしれないが」
青年「僕ははっきり覚えてる……『欠片』だって、わかっていた、あいつは人じゃ無いって」
青年「理解はしてたけど……あれは、正直背筋が冷えたよ」
勇者「……でも、あの呪い……黒い触手、だっけ?」
勇者「あれの所為、もあったんでしょ」
青年「まあね……だが、あの触手が『剣士の怒り』に反応していたのは間違い無いんだ」
魔導師「……息が苦しい、と言っていました、よね」
青年「后様の炎で焼いたんだ……浄化した、はずだった。だが」
青年「あの触手は、衛生師の身を操り……どこかに消えた」
勇者「……それ以後はわからない、って言ってたよね」
青年「らしい、ね……まあ『衛生師』自身は……どうがんばったって生きていないだろうな」
魔導師「触手に憑依されたと考えれば妥当ですね」
魔導師「……人の身では、持ちません」
勇者「…… ……使用人と一緒、て事?」
魔導師「まあ、そうですね……呪い、の正体がよくわかりません、けど」
魔導師「……否、想い、と言うのは怖い物、です」
青年「前に話しただろう、覚えているかい、勇者様?」
勇者「え?」

143: 2014/04/12(土) 12:00:03.12 ID:Z72Dajn20
青年「『始まりの姉弟』に続く、あの魔導の街の領主の血筋」
青年「……彼らに、本当に魔の血が混じっているのなら。もしくは」
魔導師「魔に変じた人達の末裔であるのなら、ですか」
勇者「う、うん」
青年「……薄まったとは言え、消えてはしまわない古の血に、『願えば叶う』」
魔導師「イコール『想い』……イコール?」
勇者「『呪い』……」
青年「強引過ぎるかもしれないけどね。それを身の内に……それに憑依された、と」
勇者「そう考えれば、衛生師は……多分、耐えられない。でもさ」
勇者「……氏んでしまっていれば、あの……その。害は……」
青年「無い、と思う?」
魔導師「…… ……」
勇者「え?」
青年「ここからは僕の推測……前提として」
青年「ひいおばあさまとひいおじいさま……盗賊と鍛冶師、ね」
勇者「う、うん」
青年「後、女剣士様も、だけど……王子様と弟王子様には、何も伝えずに氏んだ」
勇者「……あれ、そうだっけ?」
青年「困ったら読め、て手記の様な物を残してる。王子様と弟王子様が、知ったのはそれで、だ」
青年「……だけど、剣士や、父さん達から聞いた部分もでかいだろう?」
勇者「あ、そっか……」
青年「……盗賊様も、本当は残すつもりじゃ無かったんだろうなとは思うけど」
青年「年の為の保険をかけておいた、んだろうね」
魔導師「……未知の出来事ですからね……本物の『勇者』と『魔王』の」
魔導師「『世界の命運を賭けた戦い』…… ……なんて」
勇者「……そっか。その時点では、まだ……『金の髪の勇者』が」
勇者「新たな魔王になる、なんて……事もわかってない、んだよね」

150: 2014/04/13(日) 11:46:21.96 ID:pHTGcNTV0
青年「盗賊様達が国を作り、王子様達が国を守り……」
勇者「……?」
青年「……新王が、国を滅ぼした」
勇者「う、うん……? でも、さ」
青年「うん?」
勇者「新王様? が滅ぼした、って言っても……一番の原因はその『呪い』でしょ?」
青年「そう。で……『呪い』って、何だっけ?」
勇者「え?」
魔導師「秘書の『想い』……国を作る事になった切欠は?」
勇者「え、ええと……魔導の街から『劣等種』を解放して……」
青年「うん。まあ、詳細は良いとして……で、王子様達は何から国を守った?」
勇者「……魔導の国」
魔導師「そうですね。戦争を仕掛けてきたのは、向こうです」
青年「そう……全部、あの国が絡んでる」
青年「……秘書の呪い。それも……『魔導の国』を復活させる為、だろ?」
勇者「? ……そ、そうだけど……」
青年「要するに『魔導の国』の『呪い』さ」
勇者「……それが、青年の『推測』?」
青年「否、そう言うわけじゃ無い……ごめん、変な言い方したな」
青年「『願えば叶う』って……良い方にばっかり働く訳じゃ無い、って事だ」
勇者「あ……」
青年「しかも、あの『呪い』 ……すさまじい悪意、は」
青年「『黒い靄』……触手、と言う形まで与えられてしまった。后様は」
青年「炎で浄化してくれた、けれど……ここから先は、剣士には話したけど」
青年「……大地にしみこんでしまったそれは、多分……まだ、失われてはいない」

151: 2014/04/13(日) 11:57:35.68 ID:pHTGcNTV0
勇者「え!?」
青年「城は焼けたよ。街もね……だけど」
青年「『世界』は生きている……大地は水を吸い上げ、花を咲かす」
青年「花の実は動物たちの飢えを癒やす。風も……種を運ぶ」
青年「そうやって、命ってのはつながっているだろう?」
魔導師「……染みこんでしまった『呪い』は、完全には消えていないと?」
青年「さっきも言ったように推測だよ。でも……」
青年「……長い年月を要するだろう。だけど、あの知人のエルフの加護も」
青年「そうやって……あの土地に染みこんでいただろう?」
勇者「じゃ、じゃあ……なおさら守ってくれてるんじゃないの」
青年「……そのペンダントに、移したはずだよ。使用人がね」
勇者「あ!」
青年「そりゃ、根こそぎとは言わない。たかだか人間の小娘一人の力だ」
青年「いくら『素質』を持っていたと仮定しても、すべてを引き上げるなんて」
青年「出来るはずが無い」
勇者「そ、そっか……」
魔導師「……その触手も、じわじわとあの大地をむしばんでいく、と?」
青年「可能性が無いとは言い切れないはずだ、って事」
青年「……秘書だってたかだか『人間の小娘』だよ。使用人と一緒でね」
青年「だけど……『想い』の力は侮れないだろう?」
勇者「……魔物が弱いから、私でも大丈夫だろうと思って」
勇者「始まりの国に、最初に行くべきかなって思った、んだけど……」シュン
青年「別にそれで良いよ……君が決めた事だ」
青年「だけど、今から行くところはそういうところだ、と……頭には入れておいてほしい」
魔導師「……すべて、魔導の国が絡んでいる、んですよね」ハァ
青年「だが、呪いなんて成就しない……領主も、母親も父親も」
青年「秘書も……皆氏んでしまったんだ、もう…… ……」
青年(おそらく……少女も、もう)フゥ
勇者「……青年?」
青年「…… ……何でも無い」
勇者「…… ……?」
青年「さっき……勇者様は、新王が滅ぼした、んじゃなくて、呪いだ、と言ったね」
勇者「え? うん」

152: 2014/04/13(日) 12:02:45.44 ID:pHTGcNTV0
青年「少女に惚れただの、王子様や父さんを毛嫌いしてただの……」
青年「……そんな事を否定する気も無いけど。でも」
青年「彼が選んできた選択肢の一つ一つが、あの結果を招いた一端である事には」
勇者「……そう、だね。間違い無いよね」
魔導師「そんな事言ってしまえば、王子様や弟王子様の選択も、って事になりますよ?」
青年「別に彼らは間違えて無いなんて言うつもりは無いよ、勿論」
青年「だが、あのときこうしていたら、ああしたいたら、なんて」
青年「……意味が無い。世界や人生に『もし』……は無いのさ」
魔導師「おっしゃる意味はわかります……でも」
勇者「……『こっち側』と『向こう側』?」
青年「…… まあ、ね」ハァ
魔導師「何か違う選択をしているのかどうかはわかりませんが」
魔導師「『向こう側』と言う指針が……良いのか悪いのか、ありませんからね」
青年「だ、な……だから、僕たちは『否定しよう』と決めたんだ」
青年「……荒唐無稽な話、だよな」
勇者「向こうでは……私は、魔王になったんだろうか」
魔導師「そこまではわかりません……でも」

153: 2014/04/13(日) 12:04:15.45 ID:pHTGcNTV0
おひるごはん~

154: 2014/04/13(日) 16:45:43.81 ID:pHTGcNTV0
魔導師「……貴女は、『勇者』は『世界』を救う」
勇者「……うん」
青年「剣士のところに戻る……君たちも適当に船室に戻りなよ」
青年「始まりの国までは長い……話す時間はゆっくりあるさ」

スタスタ

魔導師「…… ……」
勇者「ねえ、魔導師」
魔導師「はい?」
勇者「……魔導師も、やっぱり、さ。お父さんの言ってた、『三』って関係あると思う?」
魔導師「わかりません……『向こう側』が過去だとするのなら」
魔導師「それこそ、三回の『繰り返し』では終わっていませんよ」
勇者「……あ、そっか」
魔導師「どうかしましたか?」
勇者「……『盗賊様達の時代』『王子様達の時代』『新王様の時代』で」
魔導師「『三』ですか」
勇者「うん……紫の魔王も知らない時代に滅びた、始まりの国ってのは」
勇者「わかんない……多分、誰も知らないんだろうけど」
勇者「何か、意味があるのかなぁ。って……」
魔導師「……乱暴な意見、ですけど」
勇者「ん?」
魔導師「僕たちが、貴女が……終わらせてしまえば、関係無くなりますよ」
勇者「まあ……そうだけど」
魔導師「……始まりの国に着いたら、青年さんはきっと『感じる』でしょう」
勇者「え? ……ああ。呪い、か」
魔導師「ええ……もし、まだ残っているのならば」
魔導師「……貴女が、清めれば良い」
勇者「わ、私が!?」
魔導師「出来ますよ、貴女なら」
勇者「……う、ん」
勇者(お母さんでも……出来なかったのに。私に出来るの?)
勇者(私が、勇者だから? でも……)
魔導師「……慣れます。慣れてください、勇者様」
勇者「?」

155: 2014/04/13(日) 16:50:12.97 ID:pHTGcNTV0
魔導師「鍛冶師の村でもそうだったけれど……もっと」
魔導師「これから、もっと貴女は世界を知る……どれだけ」
魔導師「人々に取って、貴女が、『勇者』が特別か、を……です」
勇者「……うん。そうだね」
魔導師「さあ、僕たちも一度中に戻りましょう」
魔導師「剣士さんが舵を離せない以上、安全とはいえませんからね」
勇者「……う、ん」

スタスタ

勇者(『特別』……か。そうだよね)
勇者(……勇者が、魔王を倒せば確かに世界は平和になる)
勇者(皆が話してくれた話は……理解してるつもり。魔王を、お父さんを倒して)
勇者(……魔王、が氏ねば、魔物もいなくなるんだろう)
魔導師「勇者様?」
勇者「……魔導師。本当に……」
魔導師「はい?」
勇者(……違う。良いんだ。使用人も、魔に変じたお母さんも、お父さんも)
勇者(青年のお父さんも……皆)
勇者(……『終わる』事を、望んでる、んだ)
魔導師「勇者様?」
勇者「……ううん。行こう」

スタスタ

勇者(……何より、やっぱり……私は、魔王になんてなりたくない……!)

156: 2014/04/13(日) 16:55:21.94 ID:pHTGcNTV0
……
………
…………

少年「だめだ!」
老婆「……あのね、仕事だって何回言ったらわかるんだい」
少年「だめだったら、だめだよ! 少女は……!」
少女「……あ、あの、少年。大丈夫だよ……だから……」オロ
老婆「何も少女に体を売れなんて言っていないだろう……」ハァ
老婆「確かにね、幼い子をって望む客もいるよ? でもね」
老婆「うちはね、まっとうな商売してんだよ!」
少女「そ、そうだよ……お茶、出すだけだから……」
少年「だったら、僕もついて行ってもいいだろう!?」
老婆「……あのね、少年」ハァ
少年「絶対に少女を一人でなんかいかせないからな!」
老婆「…… ……」ハァ
少年「母さんが……『魔法使い』が氏んだからって、好きにはさせないぞ!」

カチャ

館長「まぁだやってんのかい」
老婆「ああ……悪いね」

157: 2014/04/13(日) 17:00:35.48 ID:pHTGcNTV0
少年「…… ……ッ」
館長「あのね、少年。何度も説明してやっただろう」
館長「……まだまだ幼いお前達が、全部理解できるとは思わないけどね」
少女「あ、あの……」
館長「……もう、『魔法使い』……お前達の母親が氏んで一年だよ?」
館長「それでもお前達を、あの子のよしみでここにおいて食わしてやってるんだ」
館長「それに金がかかってるって事ぐらいは、理解できてるはずだけどね」
少年「……だからって、なんで少女にだけ働かすんだよ!」
少年「アンタ達の理屈でいきゃ、目をつけさせて、少女が大きくなれば」
少年「そのときに、客が取りやすいから、とかなんだろ!?」
老婆「……全く、誰に何の話を聞いたんだか」
少年「ここの姉さん達は皆言ってるよ!」
少女「しょ、少年、あの……!」
少年「少女は黙って!」
少女「!」ビクッ

158: 2014/04/13(日) 17:08:45.28 ID:pHTGcNTV0
館長「それの何が悪い……さっきも言っただろう」
館長「誰のおかげで飢えず、暖かい部屋で柔らかい布団で眠れると思ってんだ」
少年「ッ だ、だけど……ッ」
館長「でもも糞も無いんだよ、こういうのはね……何も」
館長「今すぐに客を取らせようなんて言っていないだろう……ああ、もう良い」
館長「老婆、今回は誰かに茶を持って行かせな……ちょっと、真剣に話をしようかね、少年」
老婆「はいはい……」

スタスタ、パタン

少年「な、何だよ!」
少女「…… ……」ビクビク
館長「お前がそれで良いというなら、二人で行けば良い」
少年「! 本当か!?」
館長「……少女が止めたってのも知らずにね」ハァ
少年「え……」
少女「か、館長さん!」
館長「少女、お前との約束は確かに『自分が茶を運ぶから少年は勘弁してやってくれ』だったね?」
館長「ちゃんと覚えているよ……でもね? 知らなかったとは言え、『契約』を反故にしたのは」
館長「少年だろう」
少年「……ど、どういうことだ?」
館長「最初はね、アタシぁあんた達二人で、って言ってたんだよ」
少女「…… ……ッ」フィ
少年「少女!?」
館長「だが、自分ががんばるから、とね……頭下げるからさ」
少年「……少女、なんで……!!」
館長「よくお聞き……うちはね、違法な商売やってんじゃないんだ」
館長「始まりの国が無くなる前からね、建国者の盗賊様のね」
館長「『あまりに低年齢の者は働かさない』とかね『無理矢理に仕事をさせない』とかね」
館長「そういう約束事を守って、きっちりやってきたわけだ」
少年「…… ……」
館長「色事ってのはどこの世界にも必要なんだ」

159: 2014/04/13(日) 17:14:46.53 ID:pHTGcNTV0
館長「……始まりの国は無くなった。本来ならそんあ盗賊の決めたルールなんざ」
館長「とっぱっらっちまったって、誰も咎めないんだよ」
少年「な……ッ」
館長「でもそれをシナイのは、ここで働く女達をあたしだって、これでも」
館長「……大事に思ってる、からさ。大事な商品、だからね」
少女「…… ……」
館長「『魔法使い』だって、納得して働いていたんだ。わかってるだろう」
館長「……そりゃ、ここを出て、小さいあんた達をつれて」
館長「普通に働こうと思えば何だって出来たはずだ。だが」
館長「……もっともっと、苦労はつきまとう」
少年「で、でも、母さんは……!」
館長「……あたしや老婆が、汚い手を使ってつけ込んだ、丸め込んだ……」
館長「どう思ったって良いよ。あの子は器量もよかった」
館長「どうせ売るなら程度の良いモンが良い。どうやって説得するか……」
少女「…… ……」
館長「それだってあたしの大事な仕事だ」
少年「…… ……」
館長「出て行きたければ出て行って良い、とあたしはいつでも、皆に言ってる」
館長「……だけど、あの教会跡に、もう一つ建物を作らないと追いつかないぐらい」
館長「働き手が増えた……なぜだか、ってのは言わなくてもわかるだろう」
少年「…… ……」
館長「良いよ。アンタが言うとおり、次からは二人で茶を持って行けば良い」
館長「少女も少年も、『魔法使い』ににて綺麗な顔をしてるんだ」
館長「……少女」
少女「は、はい!?」
館長「あんた達、いくつになった?」
少女「……もうすぐ、7歳……です……」
館長「……あと十年もしないうちに、身の振り方を考える時がくる」
少年「!」

160: 2014/04/13(日) 17:18:54.21 ID:pHTGcNTV0
館長「なんて顔するんだい二人とも……10年近く『も』あるんだよ?」
館長「それまでに出来る仕事が見つけれたら、ここをでれるだろう」
館長「それまでせいぜい、ここで顔を売れば良い。あんた達の為にもなる」
少年(嘘つけ……! 娼館での顔なんて売れば、余計にどこにも行けなくなる……!)
少年(俺以上に、少女は……特に……!)
館長「……まあ、ね。世の中には男が良いって男もいるんだ」ニヤ
少女(だから、だから、少年は……やめてほしいって言ったのに……!)
少女(黙っていないで、少年に説明するべきだった……!)
館長「決定だ。良いね?」
少年「……ッ」
館長「アンタが望んだ事だよ、少年……さて」
館長「今日はもう最後の客だ。アンタ達も飯食って寝な」
館長「……明日からはこうは行かないよ。一時間早く起きる事……良いね」

スタスタ、パタン

少女「…… ……」
少年「少女!」
少女「……ッ」ビクッ

161: 2014/04/13(日) 17:44:47.01 ID:pHTGcNTV0
少年「何で、なんで……黙ってたんだよ!」
少女「……ッ だ、だって……! 少年が、もし……ッ」
少年「客に目をつけられたら!? ……そんなの、少女も一緒だろ!?」
少女「だ、だって! ……私は、その……お、おんな、だもの!」
少女「……ここに、買いに来るのは男なんだよ、だから……!」
少年「! ……ッ でも……!」
少女「……だめ、だよ……少年は、男の子だけど、綺麗な顔、してるんだから……!」
少年「少女だって同じ顔だろ!?」
少女「…… ……で、でも……!」
少年「老婆がよく言ってる。少女は……『魔法使い』にそっくりになってきた、って……」
少女「……だから、少年も同じ顔、してるんだって……」
少年「…… ……」ギュッ
少女「……しょうね、ん?」
少年「…… ……」ギュウ……
少女「……ごめん、ね」ギュ
少年「ううん……俺はこれでよかったよ。一人で、危険な目に遭う可能性は減ったし」
少女「なんだかんだ言って、老婆さんも館長さんも優しいよ……大丈夫だよ?」

162: 2014/04/13(日) 17:55:46.60 ID:pHTGcNTV0
少年「……もう、良いよ。一緒……一緒、だし」
少女「…… ……うん」
少年「確かに、母さんが氏んで……今、放り出されたら、俺たち、困るし」
少女「…… ……」
少年「おいてもらえて、お茶……だしに行くだけで食わせてもらえるなら」
少年「……良い……否、それしか、出来ないから」
少女「うん……」
少年「……もうちょっと、大きくなったら、一緒にここを出よう?」
少女「え?」
少年「こんなところに何時までもいちゃだめだ。俺もだけど……少女は特に」
少女「で。でも……」
少年「染まってしまう前に、一緒にどこかに行こう、少女」
少年「大丈夫だよ。俺、がんばって働くから!」
少年「……どうして、母さんがこんな場所にいたのか、父さん……はいないのか、とか」
少女「……うん。母さん、何も教えてくれなかったもんね」
少年「始まりの国の火事で……住むところも、お金も……失った、としか、ね」
少女「あの火事で父さん、氏んじゃったのかな」
少年「……それも、答えてくれなかったな」
少女「最後の方はもう、しゃべれなかったよ」
少年「……うん。一日、寝てた」
少女「でも多分、この茶色い目の色って、父さんかな?」
少年「かな……母さん、赤かったしね」
少女「私も少年も、赤い髪なのは母さん似だよね」
少年「うん。俺、この赤い髪好きだよ」
少女「私も……好きよ」ニコ
少年「…… ……」
少女「……しょうね …… ……ッ」
少年「…… ……」チュッ

163: 2014/04/13(日) 18:04:16.94 ID:pHTGcNTV0
少女「!?」カァッ
少年「……は、恥ずかしがる必要ないよ」
少年「僕たち、姉弟だろ?」
少女「……そ、そう、だけど……ッ」
少年「しょ……ッ 少女が、いやならしないけど、もう……ッ」
少女「…… ……」
少年「……いや、だった?」
少女「う、うん……ううん。私も、少年の事、好きだから大丈夫」
少女「……血がつながってる家族は、少年しか……いないモン」
少女「お姉さん達が言ってた。本当に好きな人とするキスは気持ちいいって」
少年「……気持ちよかった?」
少女「? 勿論。少年の事好きだもの」
少年「……うん。僕も。少女の事好きだ。姉弟だもんね」
少女「……うん」

……
………
…………

167: 2014/04/14(月) 10:37:30.24 ID:R126vG1j0
カチャ

青年「ああ、悪いな魔導師」
魔導師「いえ……勇者様がまだ甲板に」
青年「別に良いよ……彼女にとっては、初めて見る世界、に等しいからな」
青年「じゃあ、後は頼む」
剣士「……魔物が出たら呼べよ」
青年「ああ」

スタスタ、パタン

魔導師「……顔が険しかったですね」
剣士「…… ……」
魔導師「何か、感じますか?」
剣士「まだ少し距離がある……それに、それだけでは無いんだろう」
魔導師「です……ね」
剣士「故郷と言ってもおかしく無いんだ」
魔導師「…… ……そう、ですね」
剣士「港に船を着ける……降りるか?」
魔導師「僕ですか?」
剣士「……ああ。俺は残っている」
魔導師「あ……ええっと」
剣士「青年は勇者様を連れて行くだろうが……ここの魔物あたりは」
剣士「大丈夫だろう」
魔導師「……そうですね。僕は行ってきます」
剣士「ああ」

……
………
…………

勇者「あ、青年」
青年「寒く無いかい」
勇者「うん。大丈夫」
青年「…… ……あれだよ、あの小さな島」
青年「あれが……始まりの大陸、だ」

168: 2014/04/14(月) 10:47:36.05 ID:R126vG1j0
勇者「……港があって、小道を進めば小さい村と、丘があって」
勇者「川沿いの道を進むと……始まりの街と、城がある、んだよね」
青年「…… ……」
勇者「…… ……」チラ
勇者(ずいぶん、怖い顔してる……つらいのかな、青年)
勇者「……あの、青ね……」
青年「何か聞こえない?」
勇者「え?」

ザアアァ…… ……ザァ……

勇者「……風の音、と波の音?」
青年「……そう、か」
青年(気のせい……か……?)
勇者「ねえ」
青年「ああ、ごめん。何か言いかけてたな」
勇者「あ……うん。えっと……つらい、のかなって」
青年「え?」
勇者「なんて、か……怖い顔、って言うか、さ」
青年「……ああ。否、気分はそれほど悪くは無いよ」

178: 2014/04/16(水) 10:19:42.39 ID:Agqputn90
青年「……后様と君に会いに来たときは、もうこのあたりまでくれば」
青年「息が出来なくなりそうだった……そんな感じは、しない」
勇者「そう……なら良いけど」
青年「……感傷的になるな、って方が無理だろ?」
勇者「え?」
青年「君のお父さんやおじいちゃんが旅立った場所でもあるけれど」
勇者「……うん」
勇者(青年の故郷、だもんね……側近様も、王子様も)
勇者(ここで、生まれて、育って……)
青年「勇者様、捕まって……着岸するよ」ギュ
勇者「あ、うん」ギュ

スタスタ

魔導師「準備はよろしいですか?」
勇者「あ、魔導師……ッ」パッ
青年「…… ……」
魔導師「僕も行ってもよろしいですか?」
勇者「うん、剣士もすぐ来るでしょ」
魔導師「剣士さんは船で待ってる、って言ってましたけど……」
勇者「え!?」
青年「勇者様が一緒に行こうっていったらくるでしょ」
勇者「……呼んでくる!」

タタタ……

魔導師「あ、走ると危ないですよ!?」

179: 2014/04/16(水) 10:29:26.50 ID:Agqputn90
青年「君は過保護だな」ハァ
魔導師「……赤ちゃんの時から知ってるんです」
魔導師「仕方ないですよ……」
青年「ふぅん……」
青年(僕の腕ふりほどいて、顔真っ赤にしてまぁ……)
青年(……気がついて無い、ッぽいけどな、こっちは)ハァ

スタスタ

勇者「お待たせ!」
剣士「別に俺がいなくても大丈夫だろうに」
青年「勇者様の望みじゃ、聞かない訳にもいかないだろう、剣士」クス
勇者「そうだよ! 四人揃ってないと意味が無いでしょ!」
剣士「…… ……」ハァ
勇者「行きたくないの?」
剣士「そういう訳では無いが……まあ、良い」
魔導師「皆、勇者様には弱いですからね」クス
勇者「え……」ドキ
魔導師「まあ、船は大丈夫だと思いますよ。誰もいないでしょうし」
魔導師「では、行きましょう。勇者様、手を」
勇者「あ、うん!」ドキドキ
魔導師「気をつけて……こけないでくださいね」
勇者「だ、大丈夫だよ!」
青年「…… ……」チラ
剣士「? 何だ?」
青年「あれ、どう思う?」コソ
剣士「アレ?」
青年「勇者様と魔導師だよ……見なよあの顔。真っ赤」
剣士「…… ……どうでも良い」ハァ
青年「別に茶化すつもりじゃ無いって」
剣士「良いんじゃ無いのか、別に……魔導師は優しい、んだろうしな」
青年「一番厳しいと思うけど」
剣士「厳しくするのも優しさだろう?」
青年「……まあ、子供だからねぇ、まだ」
剣士「良いのか?」
青年「何が」
剣士「……終わらなければ。魔導師は……お前と、と言っていただろう?」
青年「あれは冗談でしょ」
剣士「年を取らないお前も俺も……年齢の壁は魔導師よりも」
剣士「クリアしやすい問題だろうに」
青年「……そう言うのはお互いの気持ちの問題だろう」
剣士「ならお前にも、魔導師の事を言う資格は無いだろう」クス
剣士「あいつは気がついてもいないだろう?」
青年「……魔導師はそういうところ鈍そうだからね」

180: 2014/04/16(水) 10:40:07.62 ID:Agqputn90
青年「そもそも終わってしまえば……それこそ、だ」
青年「……僕なんかより、魔導師の方が良いだろう」
剣士「?」
青年「『人間同士』なんだ」
剣士「…… ……」
青年「……全部終われば」
剣士「?」
青年「僕は……エルフの里を探しに行く」
剣士「森は……閉じられた、のだろう?」
青年「僕はエルフの長の血を……否、順当に行けば僕が『長』になるんだ」
青年「……母さんの夢でもあった。だから」
剣士「…… ……」
青年「まあ、今こんな事言ったって仕方ないけどね」

勇者「青年!剣士! ……早く!」

剣士「……行くぞ」
青年「…… ……」

スタスタ

魔導師「さて、まずどこに行きます? 勇者様」
勇者「此の道を進めば、丘の上に行けるんだよね?」
青年「ああ。村のすぐそばに上っていく道がある」
勇者「じゃあ、先にそっちに。 ……それから、城の跡を見に行こう」

スタスタ

剣士「……何か感じるか?」
青年「否……だけど」
勇者「ん?」
青年「あの触手の気味の悪い感じは、確かに無い。だけど……」
青年「……昔感じた、心地よさも残っていない、な」
魔導師「エルフの加護、ですか?」
剣士「……古い物な上に、使用人がペンダントに移したんだ」
剣士「いずれ、消えて言ってしまってもおかしくは無いはずだ」
青年「……都合よく、相殺された、ってなら……良いけどね」
青年「大地の奥深く、染みこんで言ってしまった、と言うのならば」
青年「流石に、感じようが無いかもしれない……僕は」
青年「母さん程には……」
勇者「……あ、村って……あれ?」
勇者「思ってたほど……酷く無いね。もっと……ぼろぼろかと思った」
剣士「…… ……」
青年「ここは焼けてはいないからね……それが心配の種でもあるんだけど」フゥ
魔導師「でも、徐々に浸食されて言っていると仮定するのなら」
魔導師「青年さんならば、何か感じるのでは?」
剣士「俺にはわからんな」

181: 2014/04/16(水) 10:46:06.51 ID:Agqputn90
勇者(……確かに、焼けた痕跡とかは無いけど)
勇者(人が住んでいないってだけで……こんなにも、寂しい……感じがするんだ)
青年「勇者様……火を放てない?」
勇者「え!?」
剣士「ここも焼くと言うのか?」
青年「不安の芽は摘んでおいた方が良いだろう?」
魔導師「……あんまり得策じゃありませんよ、青年さん」
魔導師「勇者様ご一行が、滅びた始まりの国に火を放った、なんて」
魔導師「……噂が広がるのは厄介です」
青年「しかし……」
剣士「俺も魔導師に賛成だな……今のところ、害が無い様に見えるが」
青年「……根絶やしにしてしまったと言う保証は無いぞ?」
勇者「全部……見てからでも遅くは無いでしょ?青年」
青年「え?」
勇者「城の方を見に行ってから。どうせ帰りもここを通るんだし」
青年「…… ……」
勇者「それから……それでも、青年が私にやってくれ、って言うのなら」
青年「…… ……わかった」
剣士「先に丘の方へ行こう……こっちだったな」

スタスタ

魔導師「あ、はい」
勇者「……青年がそんなに心配になるぐらい、酷かったの?」
青年「念には念を入れて、だよ……勇者様」
青年「さっきも言ったけど不安要素はない方が良いだろう?」

314: 2014/05/15(木) 09:38:02.59 ID:tCE1A7r40
剣士「…… ……」ピタ
魔導師「? 剣士さん? ……どうかなさいましたか」
剣士「……否」キョロ
青年「…… ……」
勇者「剣士? ……あれ、青年までどうしたの」
剣士「何でも無い……すまん」

スタスタ

勇者「??」
青年「……魔導師、勇者様を頼むよ」

タタタ……

魔導師「え? はい……」
勇者「……そんな、急がなくても一本道なんでしょ?」
魔導師「ええ、まあ……もう、見えてますしね。あそこです」スッ
勇者「あ。ほんとだ」

青年「剣士」
剣士「? ……何だ」
青年「……君も、何か聞こえたのか?」
剣士「? ……いや、そうじゃない」
青年「…… ……そうか」
剣士「魔物がいない」
青年「え?」

315: 2014/05/15(木) 09:43:03.47 ID:tCE1A7r40
剣士「確かに、この大陸に住む魔物は数も多くない……し、力も強くない」
剣士「……だが、あの港からここに来るまでに一度も……」
青年「……ああ、そういえば」
剣士「触手の力が染みこんでいるのだとすれば、数が増していてもおかしく無いと」
剣士「……思ってた、んだが」
青年「……なのに君は船に残るつもりだったのか? 否……故に、か」
剣士「ああ」
青年「逆も考えられるだろう。あの力に淘汰されたのだと」
剣士「……お前の危惧が現実になるがな」
青年「……勇者様がいるんだ。さっき言っただろう。最悪、帰りに火を放てば良い」
剣士「醜聞は?」
青年「炎で清めたと素直に話せば良いんじゃ無いのか」
剣士「『光に選ばれた子』なのにか」
青年「……なんだよ。反対なのか?」ムッ
剣士「もう少し考えて結論を出すべきだ、と言いたいだけだ……それより」
青年「?」
剣士「……お前には何が聞こえているんだ、青年」
青年「…… ……」
魔導師「剣士さん、青年さん! 待ってくださいって!」タタ……
勇者「ふ、二人とも足早いよ……」ゼェゼェ

316: 2014/05/15(木) 09:49:42.57 ID:tCE1A7r40
剣士「……ゆっくり来ても迷うような場所では無いだろう」
青年「二人っきりで嬉しい癖に」
勇者「ちょ、せ、青年!?」カァッ
魔導師「何の話です?」
青年「なんでも……」
勇者「な、何でもない! ……あ、えっと!」タタッ
魔導師「あ、勇者様!?」
勇者(青年の阿呆ー!)
勇者「い、いっちばんのりー! …… ……わ、あ!?」

ザァアアアアア……

勇者「……す、ごい」
勇者(風が気持ちいい……し、何これ、すっごい……綺麗!)
魔導師「……小さい子みたいですよ、勇者様」クス……スタスタ
剣士「…… ……」スタスタ
青年「…… ……」スタスタ……ハァ
勇者「? どうしたの、青年……ため息ついて」
青年「……花が、咲いてない …… ……ッ」ズキッ
魔導師「あ……」
剣士「? 青年?」
青年(何だ…… ……何か、頭の中に、流れ込んでくる……?)
勇者「え? 花……?」
剣士「……おい。大丈夫か」
青年「あ、ああ……」フラッ
剣士「!」ガシッ
魔導師「青年さん?」
青年「……大丈夫だ。何でも……」

317: 2014/05/15(木) 09:59:12.39 ID:tCE1A7r40
青年(……誰だ……なんだ? ……これは、魔力? ……違う)
青年「……ッ」
勇者「!? 青年!?」
青年(触手……違う! ……エルフの加護? ……否……糞ッ)
青年(な、んなんだよ……ッ)
勇者「か、顔が青いよ!?」
魔導師「青年さん……ッ まさか、あの呪いの……!?」チラ
剣士「……否、そうじゃない……そんな気配は……」
勇者「だ、大丈夫!?」ポゥ
青年「あ、ああ…… ありがとう、勇…… ……痛ッ」
剣士「……城跡から離れた場所だ。麓の村でさえ……」
魔導師「ですが…… ……で、も …… ……の、か……ご……」
青年(……ッ 意識、が……!? 剣士達の声が…… ……遠い……ッ)
勇者「せい…… ……ッ 剣、 ……青年が……ッ  !!」
青年(……なんだ、なんて言って……ッ)

??『……り、 ……な  ……い』

青年(誰、だ……!?)

??『う…… ……おか ……い、 ……長』

青年(……? ……違う、僕は…… ……)

??『お…… り……な……い、長……  ……そ……て ……『王』』

青年(!? ……僕は、そんな……ッ)フラッ
勇者「!? 青年!青年……ッ しっかり……!」
剣士「揺らすな、勇者! ……魔導師、とにかく……」
魔導師「は、はい! ……勇者様、そっちに青年さん寝かしますから」
勇者「あ…… う、うん……ッ」

……
………
…………

367: 2014/05/28(水) 09:58:25.49 ID:fC33KRI/0
魔王「…… ……ッ」ハッ
魔王(…… ……)キョロ
魔王「……癒し手、父さん!?」
魔王(誰もいない……景色は変わらない……な)
魔王(……まあ、いつもの事、か)ハァ
魔王「…… ……」
魔王(ここは、何なんだろうな、本当に……)

魔王「……ん?」
魔王(何だ、あれ……光ってる?)

スタスタ

魔王(誰かいる…… ……女性? あ……)
魔王「癒し手、居たのか」
癒し手?「…… ……」
魔王「……癒し…… ……ッ」
魔王(違う!? ……癒し手の髪は、もっと蒼い……この人、は……)

368: 2014/05/28(水) 10:09:52.83 ID:fC33KRI/0
癒し手?「お帰りなさい、長……そして『王』」
魔王(……長。王?)

スタスタ

癒し手?「…… ……」クルッ
魔王「!」
魔王(こっちを……見てる?)
癒し手?「貴方が、紫の魔王の『欠片』ね」
魔王「……!」
癒し手?「…… ……」
魔王「貴女は……姫、様?」
姫「…… ……そっくりね、紫の魔王に」クス
魔王「ど、う……して」
姫「『王』が戻ったわ……長も」
魔王「え……?」
姫「…… ……」スッ
魔王(下……? あ……ッ)
姫「……気がついたらここに居たの。ここが何なのか、どこなのかわからないけど」
魔王「…… ……俺も、です」
姫「真っ暗で何も見えなかったわ。紫の魔王も、紫の魔王の側近も居ない」
姫「……一人だった。寂しいとは思ったけど、でも……怖くは無かったわ」
魔王「…… ……」
姫「生まれた娘はどうなったのか……『世界』は、紫の魔王はどうなったのか……」
魔王「でも……さっき、貴女は俺を『紫の魔王の欠片』って……」

369: 2014/05/28(水) 10:18:52.28 ID:fC33KRI/0
姫「だって、同じ顔をしているもの」
姫「……瞳の色は、違うけど」クス
魔王「……俺の瞳は、まだ金色なのか」
姫「気配も似てる……同じでは無いけど」
魔王「……同じじゃ無い?」
姫「少し違う……」
魔王(……母さんの血が入ってるから、て事か? それとも……)
魔王(俺が、元人間、で勇者だったから、か?)
姫「……あれ、始まりの国でしょう?」
魔王「貴女にも見えている、んですね」
姫「あれは誰?」
魔王「……一人は、剣士」
姫「……彼も違う。見た目もそっくりなのに、紫の魔王じゃ無いわ」
魔王「魔導師、は……えっと、鍛冶師の村の……子供、で」
魔王「あの女の子は勇者だ……俺の、娘」
姫「…… ……」
魔王「それから、青年」
姫「……おかしいわ」
魔王「え?」
姫「私が産んだのは、女の子だったはずよ」
魔王「……彼は、癒し手……えっと、貴女の娘の、子供ですよ」
姫「! ……癒し手、と言うの?」
魔王「あ、えっと……どこから話せば良いのかな……その」
魔王「……元は僧侶と呼ばれていました。彼女を拾って育ててくれた神父様が」
姫「名をつけてくれた、のね……では、癒し手と言うのは?」
魔王「……俺たちが魔王を倒して……」
姫「ッ ……紫の魔王を倒す勇者……! 現れたのね!? ……あ、でも」
姫「……貴方は、人間じゃ無いわ」
魔王「俺は……元勇者です。父は……えっと。紫の魔王の……半身?」
姫「半身?」
魔王「……別れてしまった、のだそうです。紫の魔王の、えっと……?」
魔王「あー。器と、中身……?」
姫「……もう少しわかりやすく話してよ」ハァ

370: 2014/05/28(水) 10:27:33.04 ID:fC33KRI/0
魔王「……す、すみません」
姫「…… ……でも」
魔王「え?」
姫「いえ……そうか、だから……彼が、長なのね」
魔王「彼?」
姫「聞こうと思えば長くなりそうだから、先に話すわ」
姫「……彼。青年と言うのね?」
魔王「あ、はい」
姫「私の子、の……子供。孫、ね」クス
姫「……私はエルフの長になる者。そして、僧侶……癒し手といった方が良いのかしら」
魔王「…… ……」
姫「次の長は、彼女。そして……青年ね」
姫「……青年が居る、と言う事は癒し手は、もう……」
魔王「……確かに、癒し手はもう……その、氏…… ……」
姫「…… ……人の血が入って居ても、変わらなかったのね」
魔王「あ、でも! ……あの二人は、しばらく一緒に暮らしていたんです」
姫「!」
魔王「……それが、癒し手が貴女と人間のハーフだからかどうか」
魔王「俺にはわからないけど……」
姫「……何故、青年は『王』なの」
魔王「え?」
魔王(……この人の話し方の方が、俺にはわからない……)ハァ
姫「何?」
魔王「……何でも無いです」
魔王(俺の頭が悪いだけか?)
姫「教えてちょうだい」
魔王「……青年の父も人間です」
姫「え!?」
魔王「……いや、元人間の魔族、と言うべきかな?」
姫「! ……紫の魔王の側近や、使用人と同じ、って事!?」
魔王「あ……そうか、知ってますよね」

371: 2014/05/28(水) 10:34:10.60 ID:fC33KRI/0
姫「……魔に変じた人間と、ハーフエルフの、子……」
姫「でも、どうしてそれが『王』になるの」
魔王「……その、王、ってのは……えっと……?」
姫「……わからない。でも、あの丘……」スッ
魔王「…… ……」
姫「あそこから声が聞こえるの。お帰りなさい、王。お帰りなさい、長……って」
魔王「丘……から?」
姫「……懐かしい声だわ。知らないけれど、知っている」
魔王(やっぱりさっぱりわからない)ハァ
姫「花の声、風の声……かと思ったけれど」
姫「私にそんな力はないし……声は、本当に弱々しい。今にも消えてしまいそう」
魔王(……純粋なエルフってのは、不思議ちゃんなのか?)
姫「でも……ずっとそうやってあの子……青年に語りかけているのよ」
姫「その声が聞こえるの」
魔王(……長、てのはエルフの、て事……だろうな)
魔王(青年は確かに、この人の血を引いているし……ッ)
魔王「あ!」
姫「な、なによ……急に大きな声出さないでちょうだい」ビクッ
魔王「……あ、すみません。でも……そうか、あそこは始まりの国の……!」
姫「? ……それはわかってるわ。でもどうして青年が……」
魔王「彼の父は……戦士、と言う男です。えっと……」
魔王「で、戦士の父親が、王子様で、あの……」
姫「?」
魔王「盗賊様の子供なんですよ!王子様が!」
姫「……貴方、頭が悪いのね」ハァ
魔王「は!?」
姫「盗賊の孫って言えば良いでしょう」
魔王「……いや、まあそうなんですけどッ」
魔王(癒し手とえらい違いだな、この人……!)

372: 2014/05/28(水) 10:41:29.35 ID:fC33KRI/0
姫「……盗賊の血……彼女が王になったから、その血筋だから、って事ね」
姫「でも、何故『おかえりなさい』なのかしら」
魔王(やっぱり全部俺が説明すんのか……?)ハァ

シュゥウン……

魔王「!?」
姫「きゃっ……」
青年「勇者様、魔導師……剣…… ……ッ」
青年「! ……かあ、さん!?」
魔王「青年!?」
青年「!? ……金、の瞳…… ……!?」
姫「……私は貴女のお母さんじゃ無いわよ」
魔王「…… ……」
青年「え……!? ……いや、なん……こ、ここはどこだ!?」
青年「な、なんでアンタが居るんだ、アンタ……!」
青年「魔王、様……だ、ろう……? 勇者様と同じ、顔……」
青年「……かあ、さ……否……!?」
青年(髪の色が違う……でも、この人は……エルフ……?)
魔王「……一気にややこしくなった」ハァ
青年「盛大にため息つくな! ……僕は、さっきまで……!?」
青年(眼下に……景色!? ……なんだよ。これ……しかも……)
青年「あそこに倒れているのは……僕、か?」
姫「ねえ、何故貴方が『王』なの、青年」
青年「は!?」
魔王「……あの、ちょっと」
青年「僕が、王?」
姫「長、には間違い無いけど……盗賊の孫……じゃないわ、ひ孫ね」
姫「だからなの?」
青年「……順序立てて話してくれないか」チラ
魔王「……俺?」
姫「ああ、そうね。要領良く話してね、わかりやすく、よ?」
魔王「いや、先に貴女の話をするって、さっき……」
姫「状況は変わったじゃ無いの。時間なら気にしなくても良さそうだし」

373: 2014/05/28(水) 10:46:09.22 ID:fC33KRI/0
青年「ちょっと待て! 時間を食うのは困る……僕は、戻らないと……!」
青年「……アンタの仕業、なのか、魔王様……?」
魔王「いや、あのね……」
姫「あの声は……」
青年「アンタもちょっと待てって! ……どうして僕がこんなところに……!」
魔王「あああああああああああ、もう、ちょっと黙れ二人とも!」
魔王「俺だって混乱してるんだから!」
姫「……煩い」
青年「急に大きな声出さないでくれよ」
魔王(……癒し手、助けてくれ)ハァ

385: 2014/05/31(土) 09:15:45.17 ID:L3P4eddZ0
……
………
…………

勇者『青年! 青年……!』パァ……
魔導師『勇者様、落ち着いて! ……そんなに連続で魔法を使い続けたら貴女が……』
勇者『でも! 青年、動かないよ!! 魔導師!!』
剣士『……大丈夫だ。息はしているんだ。勇者』
勇者『…… ……』グスッ
魔導師『……幸い、魔物の気配もありませんから。ここに少し寝かしておきましょう』
魔導師『ほら、勇者様も息を整えて……随分魔力も消費されたでしょう』
勇者『…… ……う、ん』ゴシッ ストン
勇者『青年……』
魔導師『僕たちも立っていても仕方ないです、剣士さん』ストン
剣士『…… ……』
勇者『剣士?』
魔導師『どうしたんです、空見上げて…… ……あ!』
剣士『后、側近……見ている、か? 聞こえるか?』

側近「……どうだ、后?」
后「多分、心話で話しかけてくれてるんだろうけど……駄目ね」
側近「そうか……」
后「こちらからの声も、届いていないみたい」

386: 2014/05/31(土) 09:24:49.15 ID:L3P4eddZ0
側近「…… ……」
后「前と今、で変わったとすれば、私が魔王の力を借りている、って事よね」
側近「おそらくそれが関係しているとみて良いだろう、と」
側近「使用人もそう言っていたな」
后「それぐらいしか違うところが無いってだけだけどね……」
側近「……しかし、青年はどうしたんだろうな」
后「何かが聞こえる……そう言ってたわよね」
側近「……無事だと良いが」
后「苦しそうな表情……には見えないけれど」
側近「…… ……そっくりだ」
后「え?」
側近「寝顔、と言っていいかわからんが……こうして見ると、本当に」
后「……癒し手に、ね」

コンコン

后「はい?」
使用人「失礼いたします」カチャ
側近「もう飯の時間、か?」
使用人「老人の様なぼけはやめてください」
側近「お前な……」
后「私がさっき来てくれる様に頼んだのよ」
使用人「どうしたんです?」
后「青年がね、さっき、この丘に来た時に……」
使用人「勇者様……また大きくなりましたね」

387: 2014/05/31(土) 09:36:08.85 ID:L3P4eddZ0
側近「見ているだろう、たまには」
使用人「そうなんですけど。何時もすぐにこの部屋を出てしまいますから」
使用人「じっくりこうしてお顔を見るのは……久しぶりです」
后「別に、一緒に居れば良いのに……」
使用人「……何かあったら、邪魔になるだけだと思うと。つい」
側近「誰よりも慣れているだろう、お前は……こういう言い方するのも、何だが」
使用人「お気遣いは無用です……良いんです。私には私の役目があるんです」
使用人「……紫の魔王様にも。紫の魔王の側近様からも」
使用人「そう、仰せつかっています。だから……」
側近「…… ……」
后「…… ……」
使用人「……申し訳ありません。話の腰を折ってしまいましたね」
使用人「青年様がどうか…… ……!?」
側近「ああ……倒れた、らしい」
使用人「お体の具合……でも?」
后「……この丘に着いたときに、何か聞こえる、と言って急に、ね」フゥ
使用人「ここは……始まりの国、ですね。あのエルフの知人様の……でも……」
后「ええ。あの墓から、加護をペンダントに移したのは貴女でしょう……でも?」
使用人「……風景でわかりました、けど。花が…… ……」
側近「……違和感を感じるのは、それか!」
后「え!? ……アンタ、本当に……」ハァ
側近「…… ……悪かったな」
使用人「あの、黒い触手の影響……なんでしょうか」
后「まあ、それしか考えられない、んでしょうけど」

388: 2014/05/31(土) 09:52:11.82 ID:L3P4eddZ0
后「……声、って何だと思う」
使用人「青年様は、癒し手様の……エルフの血を引いていらっしゃいますから」
使用人「『感じる力』なのでしょうけれど……」
側近「……だが、癒し手ですら花や風の声を聞いたりは出来なかった」
側近「人の命の炎、だったか。そう言う物や、気配には敏感だったが……」
后「そう。側近とも話していたのだけど、青年は側近の血も入って居る訳だし……」
后「……姫様は、どうだった?」
使用人「力の強弱、は勿論あったんだと思いますけど……でも」
使用人「癒し手様と、それほど変わるとは思いません」
使用人「……あの丘に、と言うか始まりの国に行かれたときも」
使用人「特に、何もおっしゃっていなかったと思いますけれど……」
后「……そう」フゥ
側近「しかし……ならば、青年の言う声、と言うのは……なんだ?」
使用人「何が聞こえた、のですか?」
后「いえ、そこまでは……急に苦しそうにして、気を失ってしまった、のよ」
側近「……目が覚めるまで、見守るしか無い……か」
使用人「……すみません、お役に立てず」
后「何を言うの……良いのよ。こっちこそ急にごめんなさいね。それに」
后「……何かを理解できたからと言って。こちらから伝えてあげる術も無いのよ」
后「どうせ……ね」
側近「……最近は、魔王も嘘の様に大人しい」
側近「お前も、今日は少しここに居たらどうだ?」
使用人「私、ですか」
后「そうね。久しぶりに三人でお茶しましょうよ」
后「……これと言って、話し合う事も無いけど。たまには……良いじゃ無い」
使用人「かしこまりました……では、準備して戻って参ります」

スタスタ、パタン

使用人(……声が、聞こえる?)
使用人(あの国は無くなってしまったから?呪いをかけられたから……)
使用人(否……そんな事では無い、気がする。わからないけど)
使用人(……姫様も、癒し手様も、風や花……動物等の声が、聞こえたわけじゃ無い)
使用人(その声を理解できた訳じゃ無い。なのに青年様だけ……何故?)
使用人(何が聞こえたかもわからない……)フゥ
使用人(本当に、私たちは待っているしかない。『向こう側』の私は)
使用人(こんな事を……1000年もの間。何度も何度も……経験した、のか)
使用人(……仕える主。物言わぬ『魔王』が、『勇者』に倒されるのを)
使用人(ただ、ひたすらに待つ……それしか、出来る事が無い)
使用人(それが……私の、役割なんだ)ハァ

389: 2014/05/31(土) 10:02:44.66 ID:L3P4eddZ0
……
………
…………

魔王「……てな感じで、よろしいでしょうか」ハァ
姫「そう……もう、そんなに時間が経っていた、の」
青年「…… ……」
魔王「おい、抜けてるところは補足してくれっていっただろう」
魔王「何で黙ってるんだよ、青年」
青年「……別に、その必要が無いから黙ってるんだろ」
魔王「…… ……」
魔王(癒し手の子なのに、どうしてこんなに違うかなぁ……)ハァ
魔王(確かに側近も口数多い方じゃ無いし、ぶっきら棒だけど……)チラ
姫「? 何よ。私の顔に何かついてる?」
魔王「……いえ、そういう訳じゃ」
青年「それに、アンタが現実で目を覚まさなくなってから、てのは」
青年「僕が知るよしも無い世界の話だろう?」
魔王「……まあ、ね」
青年「…… ……母さんが、そこに居るんなら、安心だ」
魔王(! ……あ、そうか……!)
青年「その『干渉』てのは興味深いけど……おばあちゃん、質問はもう良いの?」
姫「ちょっと! 『姫』で良いっていってるでしょ……やめてちょうだい、おばあちゃんなんて!」
青年「さっき自分で僕は『私の孫』って言ってたじゃないか」
姫「事実は認めるわよ。でも気分は違うでしょう?」
姫「私は癒し手にすら会えていないのよ。全く、魔王だけずるいわ」
魔王「え、いやいや……別に俺だけじゃ無いって」
姫「『金の髪の魔王』も『金髪紫瞳の男』もここには居ないんだもの」
姫「貴方にしかいえないじゃないの」
魔王「……いや、まあ、そりゃそうですけど」
青年「それぐらいの八つ当たり、甘んじて受けなよ。僕だって会えるなら」
青年「母さんに会いたいんだ」
魔王(……要するに、拗ねてる、んだな。青年は)
魔王(姫様も拗ねてる……んだろうけど。性格の差、てよりは……)
魔王(……経験の差、かな。青年の方が、姫様より見た目は上に見える、けど)
魔王(男は、いつまで経っても……な)クス

姫「何笑ってるのよ!」
青年「何笑ってんだよ!」

魔王「……仲良しだな」ハァ
魔王(この二人見てると、思うわ……よく似てるよ、ほんと)
魔王(癒し手が、特殊だったんだな……それこそ育った環境、か)

390: 2014/05/31(土) 10:23:45.57 ID:L3P4eddZ0
姫「……話がスムーズに行くように聞いただけで」
姫「『過去』を聞いたところで、私には意味が無いもの」
青年「…… ……」
姫「わかっていた事よ。私は、子供を……癒し手を産んだら」
姫「そのまま、氏んでしまう……あの子が一人で、どうなってしまうのか」
姫「勿論、心配だったわ。でも……紫の魔王のおかげで」
姫「あの神父、と言う人に託す事が出来た」
魔王「…… ……」
姫「心から安心したわ。これでこの子は大丈夫。だから、私は安心して」
姫「私を終わらせる事が出来たのよ」
青年「…… ……」
姫「……贅沢を言うのなら。もう一度……紫の魔王に会いたかった、けれど」
青年「魔王様の話だったら」
魔王「ん?」
青年「紫の魔王は……紫の魔王の側近に会えた、んだろう?」
魔王「……ああ。父さんに聞いただけだけど」
姫「……紫の魔王の側近だけずるい」
青年「紫の魔王の側近も、女剣士様に会えた」
姫「……どうして、私は一人でここに居たのかしら」ハァ
魔王「あれは夢みたいなもんだ、って言ってたけど……」
青年「夢?」
魔王「……ああ。女剣士様が、焦がれて止まなかった相手、だろう」
姫「『願えば叶う』……たかだか人間の小娘一人が、叶えたと言うのね……」ハァ
青年「……こうしてここに、このメンツが揃ってる事すら」
青年「『夢の様な出来事』さ」
魔王「…… ……」
青年「使用人だってそうだろ? ……紫の魔王のそばに居たいって」
青年「願いを叶えたんだ……彼女の場合は命を賭して、かもしれないが」
姫「……人は強いのよ。強くて弱いの。そして弱くて強い」
姫「ちらっとしか見ていないけど……でも、彼女……女剣士、は」
姫「生涯をかけて、夢を叶えたのね……凄いわ」
魔王「……貴女だって。願えば叶うかもしれませんよ」
姫「紫の魔王に会いたいって? ……無理ね」
青年「…… ……」
魔王「え、でも……」
青年「『どこからも失われた』んだろう?」
魔王「!」
姫「『向こう側』とか『こちら側』とか、よくわからないわ」
姫「その『向こう側』とやらに、私が居たのかどうかの保証も無いんでしょう?」
魔王「……そうなのか?」
青年「保証は無いね、確かに。夢の中で『知』受け継いだ魔導師の話でも」
青年「おば…… ……姫様の話は出てこなかった。紫の魔王達の話もね」
魔王「……そうか」
姫「でも……なんと無くわかったわ」
魔王「え?」

391: 2014/05/31(土) 10:32:51.88 ID:L3P4eddZ0
姫「……私がここに今、居る理由」
姫「あの声が誰の物か、も」
魔王「!」
青年「あれはアンタじゃないのか、姫様」
青年「『おかえりなさい長。そして王』 ……アンタは、魔王様にそう言ったんだろう」
姫「聞こえた言葉を反芻しただけよ……あれは」
姫「多分……『知人』の声」
魔王「……盗賊様の、知人のエルフ?」
青年「馬鹿な! ……どれだけ前の話だと思っているんだ!?」
姫「『エルフは嘘をつけない』のよ」
青年「!」
姫「……勿論推測の域を出ないけど、でも……多分」
姫「いくら私が『エルフの長』で『長を生む者』で」
姫「……少しばかり、他のエルフより強い力を……『感じる力』を持っているからって」
姫「花や風の声は聞けないの。でも、私には確かに聞こえた。貴方にも、でしょう」
姫「……青年」
青年「…… ……」
姫「確かに気が遠くなる程の長い時間でしょうね。亡くなったのがいつか、はっきりしらないけど」
姫「でも、盗賊が若い頃の話なんでしょう?」
姫「肉体は朽ちて、血肉は大地の養分となり花を咲かせて」
姫「……あの大陸はとても心地がよかった。紫の魔王が息苦しいって言うほどに」
魔王「でも、エルフの加護は使用人が……」
姫「そう。今は、あの女の子……貴方の娘の勇者が持つペンダントにすら無い」
姫「私が、北の塔の部屋の中に放ってしまった」
青年「…… ……」
姫「さっきの呪いの話と一緒よ。完全に奪い去って消し去ってしまわない限り」
姫「……微量でも、じわじわと大地に染みこんで、一体化する」
姫「知人は、もう……とっくにあの『始まりの大陸』の一部なのよ」
魔王「…… ……」

392: 2014/05/31(土) 10:46:30.20 ID:L3P4eddZ0
姫「盗賊はあの国を作り、子を作り……王子、だっけ?」
魔王「え、ええ」
姫「王子を生んだ。王子は戦士……ああ、側近ね」
姫「側近を生み、側近は癒し手と出会い、貴方を生んだ……青年」
青年「…… ……」
姫「青年は癒し手と側近の子。癒し手は私の娘……私は、知人の思い人……」
姫「私のお母様の子……そして、エルフ」
魔王「……盗賊様は、昔、知人が好きだった、んですよね」
姫「父性を感じていたのは間違いないんじゃないかしら。あこがれのお兄さん」
姫「……だから、お帰りなさい『長』」
青年「おかえりなさい、『王』…… ……か」ハァ
魔王「……魔導師にも言われたんだろう?」
青年「まあ、ね……そりゃ、僕には父さんの……盗賊様と鍛冶師様の血が流れているから」
姫「エルフの血、もでしょ」
青年「……わかった。確かに姫様の話は納得できる」
青年「あれが、大地と一体化した……純粋なエルフの声だと言われたら」
青年「別に……疑いもしないよ。でも!」
姫「……紫の魔王の言葉なんでしょう?『王を絶やすな』」
魔王「盗賊様の、ですね。紫の魔王様は……『欠片を見つけ出せ』と」
姫「……ああ、そうだったわね。その一つが『王』なんだっけ」
青年「王を絶やすなと言われても、もう、あの国は無いんだ」
青年「……血、がどうとか。それこそ魔導の国の人達と一緒になるだろ」
姫「別に一緒でも良いじゃ無いの。何が悪いの」
青年「は!?」
姫「やってる事が全然違うんだから。変な子ね」
青年「……そ、そりゃそうだけど」
魔王「…… ……」クックック
青年「何笑ってんだよ……」チッ
魔王「いやいや……すまん」
姫「……青年の為に、私はここに居たのかしらね」
魔王「え?」
姫「これが事実だとしたら……伝えられるのは私しか居ないでしょう?」
青年「……母さんが居るじゃないか」
姫「癒し手はハーフエルフよ。知人と同じ純粋なエルフは」
姫「私しか居ないじゃ無い……本当にマザコンなのね、貴方」
青年「マ……ッ あのなぁ!」
魔王「ま、まあまあ……ッ」プッ
青年「……ぶん殴られたいの、魔王様」
魔王「遠慮しとく……」クス
姫「それに、癒し手は魔王のそばに居るんでしょう?」
魔王「……まあ、あれだってどこなのか何なのか。よくわからないんですけどね」

393: 2014/05/31(土) 10:55:21.21 ID:L3P4eddZ0
姫「いくつかわかっている事があるじゃない」
魔王「え?」
姫「『紫の魔王』は『この世界のどこにも存在しない』」
姫「でも『半身』である『金の髪の魔王』はまだ……一緒に居るんでしょう?」
魔王「え、ええ……」
姫「彼が消えない限り、紫の魔王の『完全な氏』は覆される可能性はある」
青年「……それはそうだな。彼らは『表裏一体』だ」
魔王「……それは、うん。わかってる」
姫「で……『金髪紫瞳の男』」
青年「…… ……」
姫「『女魔王』と『青年』の子供なんでしょう……彼がそこに居るのなら」
姫「『女勇者』は『女魔王』になり、青年との子供を産むって決まってるって」
姫「……事じゃ無いの?」
青年「そうとは言い切れない。いろいろと違ってきているんだ」
青年「魔王様がさっきも言ってた『干渉』……多分、僕たちが今」
青年「こうして話している事もそうだ。それに……母さんの氏も」
姫「……風になってしまった、と言うけれど」
姫「『完全な氏』では無いわよ」
青年「…… ……まあ、そうだけど」
姫「表面的な変化だけで、本質は変わらないわよ」
魔王「ま、待ってまって……でも、確かに『干渉』した事なんて無かったんだ」
魔王「それは事実なんです、姫様」
姫「……気付いてないの?」
魔王「え?」
姫「そこで貴方と癒し手が『違う』と叫ばず、干渉していなければ」
姫「……青年は居ないわ。女勇者もね」
青年「!」
魔王「あ……」
姫「確かに『向こう側』とは違う出来事だけど、結局は」
姫「『向こう側』と同じ道へ修正してしまった、ともいえるんじゃないかしら」

394: 2014/05/31(土) 10:59:12.30 ID:L3P4eddZ0
魔王「……俺と癒し手が……結ばれる事になっていれば」
青年「…… ……」
姫「それでも……結局は同じ道に帰結したのかもしれないけど」
青年「え?」
姫「魔王と癒し手の子が勇者になったとしたら」
姫「『金髪紫目の男』と同じじゃないの? ……エルフの血が入って居る勇者」
青年「…… ……」
姫「……まあ、もしも、の話なんて、意味ないんでしょうけれど」
姫「それにしても……貴方頭悪いわよね、大丈夫?」
魔王「え。俺!?」
姫「他に誰が居るのよ」
青年「……僕が、勇者様との子供を作らなければ……どちらにせよ、未来は変わる」
魔王「……青年?」
青年(どっちにしたって……勇者様が好きなのは魔導師じゃないか)
青年(……僕じゃ無い)チクッ
青年(……? ……なんだよ。胸が……痛い?)
姫「青年?」

396: 2014/05/31(土) 14:00:05.30 ID:L3P4eddZ0
青年「…… ……」
魔王「?」
姫「……貴方は『向こう側』を知っているんでしょう?」
青年「僕?」
姫「そうよ。『金髪紫目の男』の話を聞いても、驚いて居なかったじゃ無いの」
青年「……そもそも、魔導師から話、として聞いただけだ」
青年「あいつみたいに追体験したわけじゃ無い、し……魔導師だって」
青年「『1000年を生きた使用人』から受け継いだのは、その時点までの『知』に過ぎない」
姫「……でも『向こう側の魔導師』は魔に変じたんでしょう?」
青年「推測でしか無いが。まあ……だから、その……勇者様、と僕の子……」
青年「『金髪紫目の男』ってのが居たからって、驚く程じゃ……まあ、無い」
姫「……なるほどね」
青年「要するに……今の勇者様、で終わらせる事が出来る可能性、ってのが」
青年「……ほぼ無いんだ、って事は……わかったよ」ハァ
姫「そうとは言い切れないでしょ」
青年「アンタ、さっきから言ってることが無茶苦茶だ」
姫「……ネガティブよね、青年は」
青年「……何?」
魔王「ちょ、ちょっと、姫様……」
姫「私も人の事いえない様な気はするけど……」ハァ
姫「エルフと言うのはね……『諦めた種族』なのよ」
魔王「え……?」
姫「凄く保守的なの……当然よ。気が遠くなるほどの時間、森の中でだけ過ごしてきたの」
姫「……外からの干渉も、外へ出て行く事も嫌う」
青年「戦う術を知らないからだろう?」
姫「勿論それもある。けれど……そうじゃなくてね」
姫「本当に怖いのは『変わってしまう事』なのよ」
青年「!」
姫「でもそれに対して『畏怖を覚えている』んだなんて気がつかない」
魔王「気がつかない?」
姫「凡例通りにしてしまえば、怖がる必要なんて無いでしょう?」
姫「だってそれは『当然』なのよ……何かを変える事を凄く嫌がるの」
青年「…… ……」

397: 2014/05/31(土) 14:16:52.80 ID:L3P4eddZ0
姫「私に、無茶苦茶だって言うけど」
姫「……やってみなければわからないんでしょう? 何事も」
姫「紫の魔王は……何時も、そう言っていたわ」
魔王「…… ……」
青年「……アンタは、怖くなかったのか?」
姫「紫の魔王を信じていたもの」
青年「…… ……」
姫「私は何も考えずにいられた。ついて行けばよかった」
姫「……青年は違うわ。自分で……仲間と一緒に、考えて進んでいかなければ」
姫「いけないから…… ……勿論、私ほど簡単に……安易に、結果なんか出せないんでしょうけど」
魔王「姫様……」
姫「過去の事はわからないし、未来の事も……私には見る事が出来ないでしょうけど」
姫「……私は、紫の魔王の事は信じているわ」
姫「彼の望みは私の望みよ」
青年「……何で」
姫「夫婦だからよ」
青年「嘘をついた代償、だろう? 真実になってしまう、と言うのは……」
姫「そうよ……わかっていて、彼と夫婦かと問われて、そうだと言ったのよ」
青年「……利があったから、だろう?」
姫「否定はしないわよ。私は、一人では生きていけないもの」
青年「利用しただけじゃないか!」
姫「……していないの。勇者様を。魔導師を……剣士を?」
青年「!」
魔王(……口、挟めない……)
姫「まあ、どうでも良いけれどね……でも」
姫「……それは、何故なのかもう一度考えて、青年」
青年「え……」
姫「…… ……」スッ
魔王「姫様?」
姫「なんだか、眠くなってきたわ」
魔王「え?」
姫「……青年に、知人の言葉は伝えたもの」
姫「私の『役目』って言うのは、終わったんじゃ無いかしら」
魔王「姫様?」
姫「そういうのがあれば、だけれど……」スタスタ
青年「ま、待て!」タタ……ギュッ
姫「痛……ッ 乱暴者は嫌われるわよ、青年」
青年「……ッ エルフの森は、どうなったんだ」
姫「……森は閉じられたのよ。永遠に」
青年「永遠……?」
姫「森は長を失ったの。二度と干渉されないように」
姫「二度と干渉しないように」
魔王「…… ……」
姫「……滅びの道を選んだの。長が居なければ、誰かに……何かに守られて」
姫「毎日毎日、同じ事だけを繰り返す事を平穏だと言い続けていた人達が」
姫「『長』…… ……指針を失えば、後は滅びるだけでしょう?」
青年「で、でも……!」
姫「森の意思よ、青年」
魔王「…… ……」
姫「エルフは、滅びの道を選んだのよ」

398: 2014/05/31(土) 14:23:23.30 ID:L3P4eddZ0
青年「アンタが選ばせたんだろう!」
姫「!」
青年「……時期長。長を生む者。そのアンタの意思に」
青年「『無事に逃がしてほしい』って言う、アンタの思いに従ったんだろう」
姫「…… ……それは無いわ。長は絶対なのよ」
青年「だから……!」
姫「よく考えて……私があの森を逃げ出したとき」
姫「……まだ、長が居たのよ?」
青年「え……」
姫「……『魔王』の様に継承の儀式があるわけじゃ無いけど」
姫「私の父が居たわ。彼はまだ長だったわ」
青年「…… ……」
魔王「ま、待ってくれ。もし、その……言うように」
魔王「儀式的な物が無いんなら、その……どうやって?」
姫「……別に……宣言するだけだ、って聞いてた、けど」
青年「宣言?」
姫「『今日から私が長よ』ってね……それだけよ」
青年「……だったら、尚更だ」
姫「貴方、私の話聞いてた?」ムッ
青年「だから、だよ! ……長は長として、他のエルフよりも強い力を持って」
青年「生まれてくるんだろう? ……この世界に生まれ落ちたその時には」
青年「すでに『長』じゃないか!」
魔王「…… ……」
姫「え……」
青年「……成長して、自分の足で立って歩いて」
青年「自分の頭で考えられる様になるまで、『長』の『椅子』を守る守人と変わらない」
姫「飛躍しすぎよ!」
青年「完全に否定も出来ないだろう?」
魔王「…… ……まあ」
姫「そんな…… ……私が、森を……閉ざした?」
姫「……私が…… ……エルフ達を……」
魔王「……おい、青年」
青年「別に、アンタを攻める気なんてない、姫様」
青年「……その決断をしてくれなかったら、母さんも、僕も居ない……あ、いや」
青年「母さんは生まれてるか……」
姫「…… ……」
魔王「姫様……」
姫「……あの子が。癒し手が無事だった保証は無いけどね」
姫「あの森で生んだとしたって、その後、どうなっていたか……」

399: 2014/05/31(土) 14:29:27.72 ID:L3P4eddZ0
青年「森の中なら……」
魔王「青年!」
青年「!」
姫「……私は氏んでしまうのよ。勿論、堕胎でも……次の子、なんて」
姫「不可能だっただろうけれど、ね……ふふ」
青年「……何笑っているんだ」
姫「そうね。青年の言うとおりだわ」
魔王「姫様?」
姫「私があの子を孕んだ時点で、未来は無かったのよ」
青年「…… ……」
姫「エルフは生涯一人しか産む事は出来ない。エルフの長を生む者は」
姫「必ず、氏んでしまう……そうね」
姫「……あの人間が森に迷い込んだ時点で、エルフの生き先に光は見えなかったんだわ」
青年「…… ……」
姫「どうして貴方がそんな顔をするの、青年」
青年「……否……その」
姫「言ったのは貴方よ」
魔王「…… ……」
姫「……エルフの寿命は、魔族には及ばないけれど」
姫「人よりは遙かに長いの」
姫「……最後の一人になるまで、あの美しい森の中で」
姫「ひっそりと……変わらない事だけを夢見て、暮らすのよ。それで良いの」
姫「……皆、受け入れるわ」
青年「『何もかも諦めて』か」
姫「…… ……」
魔王「…… ……」
姫「疲れちゃった。もう行くわ……おもしろい話、聞かせてくれてありがとう」

401: 2014/05/31(土) 19:02:38.52 ID:L3P4eddZ0
スタスタ、スタスタ

魔王「…… ……」
青年「…… ……」
魔王「追わなくて良いのか?」
青年「何で僕に聞くんだよ」
魔王「…… ……」
青年「何処に行くんだ? 姫様は」
魔王「え?」
青年「母さんは……アンタの傍に居るんだろう、魔王様」
魔王「あ、ああ……」
青年「それでも、氏んでしまったことに変わりは無い」
青年「……姫様も、同じだ」
青年「ここを……真っ直ぐに、あっち」スッ
魔王「…… ……」
青年「姫様が歩いて行った先……に、何かがあるのか?」
青年「彼女は……解ってあっちに行ったのか?」
魔王「……さあな」
青年「無理だと悟れば、戻って来るだろう……それに」
青年「あれが正しい方向なら。僕だって感に任せて歩いていくさ」
青年「……皆が、待ってる」
魔王「…… ……そうしないのは何故だ?」
青年「次にアンタと会える保証なんてないだろう?」
青年「……否。次に会うのは、勇者様が、アンタを…… ……」
魔王「そう、だな……勇者が、俺を倒しに来る時、だ」
青年「まだ、聞きたい事もある」
魔王「…… ……」
青年「済めば戻る……意地でもな」
魔王「……見えなくなった」
青年「え?」
魔王「姫様だよ」
青年「…… ……」
魔王「で、聞きたい事って何だよ」

403: 2014/05/31(土) 22:49:41.94 ID:L3P4eddZ0
青年「僕は……そんなに酷い顔をしていたか?」
魔王「え?」
青年「…… ……」
魔王「ああ、さっきの話か……気にしてるのか?」
青年「…… ……」
魔王「…… ……」ハァ
魔王「気にするなら、言わなきゃ良いのに」
青年「!」
魔王「……て、言うのは簡単だぜ。そりゃな」
青年「…… ……」
魔王「姫様が癒し手を孕まなければ。姫様がその人間と恋に落ちなければ」
魔王「……彼が、エルフの森へ迷い込まなければ……って、さ」
魔王「御伽噺の中の『魔王と勇者』じゃ無い様に、さ。俺たちは……」
青年「……僕たちには、『もし』は無い?」
魔王「それもあるけど。父さんや、紫の魔王も……勿論姫様もそうだけど」
魔王「誰かが『完全な悪い人』か? ……違うだろう」
青年「…… ……」
魔王「『魔王』は人間に取れば、畏怖する存在であり、害をもたらす悪者かもしれない」
魔王「でも……違う側面を見ればそうじゃない」
青年「…… ……」
魔王「さっきの姫様の話でもそうだろ? ……エルフ達から見れば」
魔王「『あの人間が迷い込んでさえ、こなければ』 ……だ」
青年「……自分とこの姫様が勝手に、恋に落ちてやる事やった結果、だってのにか」
魔王「お前な…… ……まあ、そうだけどさ」ハァ
青年「僕には……理解できない。何かを……否、何もかも他者の所為にしてしまえばそりゃ」
青年「楽だろう。自分は悪くない。すべて……お前が悪い、とな」
魔王「そうしないと生きてこれなかった、んだろう」
青年「エルフ達か?」
魔王「……そうして生きてくれば、それが当たり前だと錯覚するのさ」
魔王「魔導の国の人達が良い例だ」
青年「…… ……」

404: 2014/05/31(土) 22:56:31.97 ID:L3P4eddZ0
魔王「俺だってそうだよ……勇者も、だな」
青年「え?」
魔王「『勇者は魔王を倒すんだ』……そう言われ続けて」
魔王「それが当たり前だ、って生きてきたんだ」
青年「……勇者様は、全部知ってるよ」
魔王「ああ……后から聞いてるよ。私は、知る限りのすべてを」
魔王「時間の許す限り、勇者に与えるつもりだ、ってね」
魔王「……本当に大きくなったよな。俺そっくりなのは、残念だけど……あ」
魔王「……紫の魔王に、か」クス
青年「后様に似てほしかったのか?」
魔王「そりゃ。惚れた女ですから」
青年「……最初は母さんに惹かれたくせに」
魔王「…… ……」
青年「勇者様は……魔導国の領主の血筋も受け継いでいるんだな」
魔王「何言ってるんだ。お前だってそうだろうよ」
青年「え?」
魔王「盗賊様は魔導国の出身だろ?」
青年「……そうだけど。曾祖母様は、劣等種……だったんだろう?」
魔王「『始まりの姉弟』は……魔に変じた人間では無いかと言ってたっけな」
青年「卵が先か……の話だけどね」
魔王「……ああ、そうか。あの血筋の元を正せば、か」
青年「関係無いよ」
魔王「え?」
青年「……過去を見ても仕方ないんだ」
魔王(姫様に言われたのが堪えてるな……)

405: 2014/05/31(土) 23:06:21.59 ID:L3P4eddZ0
青年「……僕が聞きたいのは一つだけだ」
魔王「? 何だよ急に」
青年「母さんは……間に合うのか」
魔王「……俺にはわからないよ」
青年「……だよな」
魔王「素直に言えよ……もう一度、癒し手に会いたいって」
青年「! ……ッ そ、そんなんじゃ……ッ」カァッ
魔王「会わせてやりてぇよ、そりゃ……俺だって」
青年「…… ……」
魔王「お前にも……側近にもさ」
青年「……父さん」
魔王「……これから、どこに行くんだ?」
青年「え?」
魔王「否定して行くんだろう……だけどな、青年」
青年「?」
魔王「過去や……『二の轍を踏む』事にとらわれるなよ」
魔王「『否定しなくちゃいけない』とも、だな」
青年「…… ……」
魔王「さっき、姫様に言われるまで、気がつかなかった……否」
魔王「『向こう側』なんて知らなかったんだから、当たり前だけどさ」
青年「……ああ。干渉した結果……同じになった、てやつか」
魔王「ああ……やってみないと、どうなるかわからないからな」

406: 2014/05/31(土) 23:12:01.44 ID:L3P4eddZ0
青年「……理解は、してるよ」
魔王「…… ……ああ」グニャ
青年「……?」
青年(魔王様が歪んで見える……!? ……あ、待て、まだ……!)
魔王「…… ……だ ……ら。  …… ……あ …… い、年?」
青年(まだ、聞きたい事が…… ……言いたい、事、 も……!!)
青年(魔王様……! 母さん、に…… ……ッ 糞……ッ)

シュゥン……ッ

魔王「おい、青ね…… ……ッ」
魔王(消えた…… ……)
姫「タイムリミット、ってやつね」
魔王「うわああああああああああああああああ!?」
姫「! 煩い!」
魔王「び、びびび、びっくりした……!」
魔王「あ、貴女、帰るって、さっき……!?」
姫「……歩いても歩いても、どこにもたどり着かないんだもの」
魔王「い、いつからそこに!?」
姫「……わかんないわよ。でも…… ……二人とも、私の事見えてなかったみたいだったし」
魔王(……確かに、今まで気がつかなかった、けど……)
姫「私の役目は終わったと思ったのに……」
魔王「……そんなに。消えたかった、のですか」
姫「え? ……そうじゃないわ。でも」
姫「ここに居る理由が見いだせないのよ」
魔王「…… ……」
姫「さっきまで見えていた……あの眼下の景色も消えてしまったし」
魔王「え? ……あ」
姫「……貴方も見えないのね」
魔王(いつの間に……)
姫「青年は、無事に戻ったのかしら」

408: 2014/05/31(土) 23:15:40.44 ID:L3P4eddZ0

引用: 魔王「真に美しい世界を望む為だ」【3】