486: 2017/01/20(金) 09:57:52.92 ID:tVuQi5pxO
・三日月『月光』

・大鳳『思い出』

・陸奥『姉妹』

以上3本でお送りします


前回はこちら


495: 2017/01/24(火) 00:18:30.68 ID:51ik/EpU0
>>168>>217
の続きです

後半+三日月は後日投下します

496: 2017/01/24(火) 00:18:57.65 ID:51ik/EpU0
「そらそら、左手を封じたぐらいでこの戦艦武蔵を無力化出来たと思うなよ」

「……っ」

 最近は加賀同様平和を謳歌している武蔵ではあるが、長月や磯風、清霜達の稽古の相手を務める彼女が弱くなっていようはずもない。
 艦娘の力を封じられようが、その鍛え方は常人のそれを遥かに凌駕していた。

「まともにやりあうな、動きを封じるだけでいい」

「封じるだけ、か。舐められたものだ――な!」

「何!?」

 鎖で封じられた左手を強引に振り回し、前方の二人を薙ぎ払う。
 後方の二人が即座に反応するが、既に勝敗は決していた。

「私を止めたければ、私より強い奴を連れてこい!」




『吹雪、そっちはどうだ?』

『全員眠ってもらいました』

『こっちも片付いた』

『電は?』

『――――』

『電? どうした電、応答しろ!』

『何だ木曾、騒がしい』

『電から応答がない、アイツもその辺の奴にやられるほど柔じゃないはずなんだが……』

『とにかく、引き続き私達は鎮守府内に侵入した賊を無力化しましょう。電ならきっと大丈夫です』

『……そうだな、じゃあもう一仕事やるとするか! そこに隠れてるのは見え見えなんだよ!』

『それじゃ私も行ってきます』

『あぁ、気を付けてな』

(……あまり気は進まんが、そうも言ってられんか)

「――おい、少しこの戦艦武蔵と話をしようじゃないか。別に無理にとは言わんが……今の私は少々気が立っているぞ?」
艦隊これくしょん ‐艦これ‐ 艦娘型録
497: 2017/01/24(火) 00:20:12.52 ID:51ik/EpU0
「はぁ……はぁ……」

 壁に背を預け、肩で息をする艦娘。見るからにその身体はボロボロで、かなり疲弊している。
 それは通信に応じなかった電であり、彼女は現在も戦闘の真っ只中にあった。

(あの二人、物凄く艦娘と戦い慣れているのです……)

 元々、艦娘が戦うべき相手は深海棲艦達であり、艦娘同士が戦うのは大抵水上での演習がほとんどだ。
 しかし、明らかに今電が相手をしている二人組は陸上で艦娘と戦うことに長けていた。

「隠れても無駄だぜ、出てきな」

「油断しないで、あの子も相当戦い慣れてる」

(油断してくれると助かるのです。大ピンチ、なのです……)

 二対一、相手の強さは同レベル。圧倒的不利な現状をどうやって逆転するか、電は必氏に考える。
 しかし、既にほとんどの手は試しており、半ばお手上げ状況だった。

(後はとにかく時間を稼いで他の皆と合流を――)

「おっと、逃がさねぇぜ」

「っ!?」

 絶体絶命、夜の闇の中、電を見守っていたのは月だけだった。
 今宵は三日月。その光は、優しく仲間を守るために天より舞い降りる。




「あまりこの鎮守府で勝手なことはしないで下さい」

498: 2017/01/24(火) 00:20:39.93 ID:51ik/EpU0
「うわっ!? 刃物は危ないって!」

「逃がしません」

「青葉、逃げ足には自信がってひゃあッ!?」

 川内と青葉の行く手を阻んだのは隻眼の艦娘。それは皮肉にも川内型二番艦、神通だった。
 手に持っている小刀は本能的に危ないと二人共が察知しており、回避に専念せざるを得なくなっていた。

「青葉、ちょっとアレどうにかしてよ!?」

「妹なんですから川内がどうにかして下さいよ!」

「うちの神通と同じくらいおっかないから無理!」

 自身の妹への酷い評価を口にしながら、川内は今相対している神通の行動を観察する。
 動きは明らかに対人・艦娘用。姉である川内に対しても一切動揺や迷いなく攻撃を仕掛けており、気絶させるのは至難の技だ。

(分かっちゃいたけど、神通から殺気を向けられるって結構くるね)

「……川内」

「大丈夫、ここで腑抜けてたら帰った後が怖いし」

「前門の神通、後門の神通、なかなかスリリングですね」

「後で神通に言っていい?」

「全力で遠慮します」

「敵を前にお喋りとは、余裕ですね」

「――じゃあそろそろ」

「――反撃です!」

 今三人が居るのは、神通が現れた曲がり角より少し後退した廊下のど真ん中。
 左右に分かれ、二人は全速力で距離を詰める。

(どちらかが脇をすり抜け、片方が足止めをする気でしょうが、そうはさせません)

 彼女の持つ小刀には秘密があり、掠りさえすれば動きを封じる力を持っていた。
 どちらか一方に一撃を与えるだけで優位に立てるこの状況で接近してくれるのは、むしろ神通には好都合でさえある。
 獲物を狩る獣のように、ジッと構えてその瞬間を待つ。

(――ここです)

 狙われたのは青葉。その首筋目掛けて小刀が振るわれる――はずだった。

「やらせないよっ!」

「っ!?」

 甲高い金属音が響き、神通の手元が僅かに狂う。髪の毛が数本宙を舞うが、青葉の身体にその刃は届かぬまま空を切った。

(まだです、まだ!)

 身を屈めて避けた分、青葉は一度止まらざるをえず、その身体目掛けて再び神通は狙いを定める。
 しかし、彼女の目に飛び込んできたのはイタズラを仕掛ける子供の様な青葉の笑みだった。

「必殺青葉フラーッシュ!」

499: 2017/01/24(火) 00:21:05.38 ID:51ik/EpU0
「な、何だお前!?」

「何かの仮装……?」

「別にこの格好に意味はありません。たまたまです」

 全身を白い衣装で覆い、額には大きな三日月のマーク。それはどこからどう見ても、月光仮面のコスプレだった。

「あの、みか――」

「違います。今の私は通りすがりの月光仮面です」

(み、三日月がおかしくなっちゃったのです……)

「月光仮面だか何だか知らないが、邪魔をするならお前も容赦しねぇ!」

「嵐、ちょっと待って。その子から変な感じが……」

「その変なマスクを剥いでどんな面か見せてもらうぜ!」

「三日月、危な――」

 この鎮守府において、三日月は目立った功績があるわけでもなく、睦月型の中では速力に秀でていたという程度だった。
 少し生真面目で、ぐうたらな望月を叱りつつも仲良く遊んでいる姿がよく見かけられる艦娘。
 それが彼女のこの鎮守府での正しい姿であり、今の彼女は三日月ではなく――。




「元大本営特務零番隊旗艦、コードネーム月光、いきます」

500: 2017/01/24(火) 00:21:32.10 ID:51ik/EpU0
「手裏剣とか初めて見ました」

「必殺青葉フラッシュも初めて見た」

「あ、アレはちょっとしたノリですから忘れて下さいよー」

「やーだねー」

「それにしても、あのまま放置してきて良かったんですか?」

「別にあの子に恨みはないし、用事が済むまで寝ててもらえばいいだけだから」

「……そーいうことにしときます」

「さてさて、それじゃあ」

「いざ――」




――――囚われのお姫様とご対面ー。

501: 2017/01/24(火) 00:22:02.72 ID:51ik/EpU0
 組み伏せられたまま、提督はただただ待っていた。
 自分が自由になる瞬間ではなく、鳥籠の中の鳥が自由になる瞬間をひたすらに待っていた。
 彼とて聖人ではない。首に爆弾をつけられ、自身の大切な艦娘を危険に晒されれば怒りもする。
 しかし、それでも彼はこういう形で彼女と向き合うことを選んだ。
 何故なら彼にとっては――。

「なぁ、香取」

「何でしょう、今更怖じ気づきましたか?」

「長い間、俺のせいで辛い思いをさせてすまなかった。ようやく俺は、あの時の礼をあの人にすることが出来そうだ」

「え……? 一体、貴方は何を言って……」




「――“鹿島姉ちゃん”は、俺が絶対に助ける」

 ようやく訪れた、償いの場なのだから。

502: 2017/01/30(月) 02:50:20.65 ID:R+F0buTm0
 大本営は一枚岩では無い。それは、“大本営”という深海棲艦へと対抗する軍が作られた時から今に至るまで変わっていない。
 元帥の様に艦娘と人間の共存を強く推し進めていく者。艦娘を危険視し、利用するだけの道具としてしか見なかった者。艦娘を次代の戦争の手段として考えた者。
 その中で、特務部隊は道具を制御・監視、そして廃棄する為に作られた部隊だった。紆余曲折あり少しその存在理由が変わったものの、汚れ役であることに変わりはない。
 人も、艦娘も、全ての者が同じ方を向いて生きていける訳がない。だから大淀はそれに疲れ大本営を去り、香取はこの鎮守府へと送り込まれた。
 中にはただ誰かに従い考えることを放棄した者も居る。しかし、それもまた生きるためには致し方の無いことだ。
 深海棲艦という脅威が去ったところで、元々ありとあらゆる者が手に手を取り合っていた世界ではない。
 誰もが信じる正義などなく、誰かの正義が無数に存在するのがこの世界であり、特務部隊もその誰かの正義の一つに過ぎない。
 ――であれば、“正義の味方”とはどういう存在を指すのだろうか。

503: 2017/01/30(月) 02:51:14.55 ID:R+F0buTm0
「な……何なんだ! 何なんだよお前は!?」

「月光仮面です」

「防がれたの……? だって、これを普通の艦娘が防げる訳が……」

 電が苦戦した最大の理由は、彼女達の持っている武器にある。それは艤装ではなく、人間にも扱える武器だった。

「――特務兵装・輪廻。見た目や威力は普通の拳銃だけど、艦娘や艤装に対して特別な効力を持つ武器。だから、知らないと回避ではなく防御してしまう」

 丁寧にその武器を解説する月光仮面の腕には、似つかわしくない鉄爪がいつの間にかはめられていた。
 先程放たれた二人の弾丸は、その爪によって弾かれたのだ。

「みかづ――」

「月光仮面です」

「……月光仮面は、あの二人をどうするつもりなのですか?」

「……こんな時でも優しいのね、電は」

 鉄爪へと手を触れながら、電は問う。その武器は、相手の命を奪う為のモノではないのか、と。
 だが、三日月は優しくもう片方の手を上から重ね、優しく首を横に振る。

「大丈夫、私は――“正義の味方”です」

 話している間だから攻撃しない。そんなお約束は現実に存在せず、三日月と電へと放たれた銃弾を彼女は再び弾く。

「チッ……アレ、どう考えてもコレと同じじゃねぇか!」

「落ち着いて、向こうは庇いながらしか動けない」

「三日月!」

「うんうん、後輩はちゃんと育ってるみたいで安心しました。――でも、まだまだ甘いわね」

 特務を遂行する為には手段を選んではならない。迷ってはならない。情けをかけてはならない。
 そうしなければ、守れないものがある。
 そうでなければ、貫けないものがある。

「そんな余裕ぶっこいてっと痛い目――はぎっ!」

「えっ?」

 だが、“正義の味方”は更にその先を歩いていた。




『狙撃の腕は落ちてないみたいね』

『銃だけ狙うとかマジめんどくせ……』

504: 2017/01/30(月) 02:51:45.33 ID:R+F0buTm0
「何故、貴方が鹿島のことを……」

 初めて、香取の表情から貼り付けたような笑みが消える。
 そして、次の瞬間には彼女の感情が剥き出しとなって提督に襲いかかった。

「答えなさい、何故貴方の口からあの子の名前が出てくるの!」

「っ……調べたからに、決まってるだろ」

「そうじゃないわ。どうして……どうしてあの子を“お姉ちゃん”と呼んだんですか!」

「あの人が本当にそうなら、姉であるお前には言うまでもないんじゃないか?」

「まさか、貴方が……“少年A”……?」

 予想外の事が多すぎたのか、香取は頭の中で情報が処理しきれず、周囲への警戒も散漫になっていた。
 それを、彼女達は見逃さなかった。

「その話、私達も聞かせてもらっていいかしら」

「っ!?」

「それ以上はやめておいた方がいいですよ。色々な意味で今の彼女は機嫌が悪いですから」

(油断、しましたね……)

 爆弾の起爆装置を取り出そうとした体勢のまま、香取は身動きを封じられる。
 本来ならば全てが終わるまで待機と命令されていたのだが、現状と会話の内容が加賀達を以前提督を悩ませた秘密の抜け穴からの突入へと踏み切らせた。

「お前等、待機って言っといただろ」

「提督、そんなことはどうでもいいので話の続きをお願いします」

「……とりあえず、全員揃えてからな」

 加賀達がここへ来たということは、作戦が全て終了したということだ。
 しかし、色々なことが鎮守府のあちこちで起こっており、それら全部をバラバラに処理するよりも一度に処理しようと提督は考えた。

「それでいいよな、香取」

「……えぇ」

 二人の乱入によって逆に少し冷静さを取り戻したのか、香取は素直に降伏を受け入れる。
 そして、少し慌ただしかった鎮守府の夜は、静かに明けていった。




「よくありません。今すぐ話して下さい」

「お前人の話聞いてたか?」

「先に聞いておいて秘匿すべき情報かどうか判断します」

「大淀、お前までそっち側に回ると収拾がつかんからやめてくれ……」

505: 2017/01/30(月) 02:52:11.02 ID:R+F0buTm0
 海岸沿いの小さな街に、一人の少年が住んでいた。
 あまり活発な方ではなく、浜辺で波の音を聞きながら本を読むのが好きな子だった。
 ある日、少年は一人の綺麗なお姉さんと出会った。彼女はどうやら近くに仕事で来ているらしく、ここに居るのも仕事の一環とのことだった。
 少年はその女性が何をしているのかは分からなかったが、なんとなく気になって毎日彼女に会いに浜辺へと足を伸ばした。
 毎日会える訳ではなかったが、会えた日は必ずおしゃべりをした。
 少年が話をした次の時にはお姉さんが話をする。お姉さんが話をした次の時には少年が話をする。
 そのやり取りが数ヶ月程続いたある日のこと、少年はいつものように浜辺へと出掛けた。
 そこにお姉さんの姿はなく、少し残念な気持ちを抱えながら少年は本を開く。
 聞こえてくるのは波の音、鳥の囀り。そして、狂ったように鳴り響く警報の音。
 本から顔を上げた少年の目に飛び込んできたのは、会いたかったお姉さんの姿。
 きっとお姉さんなら何が起こっているのか分かるはず、そんな風に思い彼女に駆け寄ろうとした少年の耳に飛び込んできたのは、逃げてと叫ぶ彼女の声と――それを呑み込む、砲火の轟音だった。

506: 2017/01/30(月) 02:52:38.74 ID:R+F0buTm0
 ――夢。長い長い夢。

 ――繰り返される同じ記憶。

 ――私は、守れたのでしょうか。

 ――私は、役目を果たせたのでしょうか。

 ――世界は、どうなったのでしょうか。

 ――香取姉ぇは、無事でしょうか。

 ――叶うなら、またあの何気ない静かな語らいをもう一度だけ。




「――とりゃあ!」

「はうっ!? えっ!? 何、何なの?」

「はいはーい、寝起き突撃取材班の青葉です。一言お願いします!」

「一言? えーっと……」




 ――シOタこそ正義です。

507: 2017/01/30(月) 02:55:05.57 ID:R+F0buTm0
「来なーい……来なーい……」

「ふあぁ~……暇じゃのぅ」

「浦風に抱き着きたい……浦風が足りない……」

「アンタらなぁ……まぁ、アレを見る限りこりゃこのまま何事もなく帰投することになりそうやね」

 鎮守府近海で何事もなく一夜を過ごすこととなってしまった四人。その任務の終わりを報せる二つの影が見えたことで、ようやく彼女達は警戒を解くことが出来た。
 だが、別の意味で彼女達には再び警戒しなければならない脅威が発生していたことに気付いていないのだ、今は、まだ。

508: 2017/01/30(月) 02:55:32.36 ID:R+F0buTm0
「――大和」

「長門・陸奥・足柄・那智の四名を迎撃、拘束致しました」

「武蔵」

「人間三名と艦娘一名の混合小隊が八。無論、全員丁重にもてなしてやったぞ?」

「電」

「敵主力級二隻と交戦。その……色々あって拘束したのです」

「あぁ、ちゃんと聞いてるから問題ない。次、川内」

「向こうで神通と交戦、帰りに若干追われたけどトリモチ弾で撒いてきたよ」

「そうか。全員、ご苦労だったな」

「……キミ、うちらのこと忘れてへん?」

「冗談だ。お前達もずっと夜通し警戒任務で疲れただろ、ゆっくり休め。さて――」

 形式的な報告を済ませ、話は本題へと移っていく。
 まず、視線が集まったのは両腕を拘束された香取である。それを受けて、彼女はゆっくりと口を開いた。

「私はこの鎮守府を監視する為に来ました。貴方達が深海棲艦を匿っているという情報を、大本営に報告したのは私です。そして、今回彼等を鎮守府に手引きしたのも私です。提督に爆弾をつけ、傀儡にしようとしたのも私です」

 淡々と、全ては私が招いたことだと香取は説明する。そこに、嘘偽りはない。

「それはもう終わった話だ、そうじゃなくて理由を聞かせてくれるか?」

 呆れた視線が多数提督に突き刺さるが、無視して彼は香取に他に話すことがあるだろうと促す。

「……貴方達は良い意味でも悪い意味でも有名です。それをうまく使えば、あらゆる面で大本営はこの国においてより強大な立場を得られます。いずれは、政治にも関与出来るほどに」

「政治ときたか……まぁそれも置いといて、だ。香取、お前はどうして“そこ”に居る? それは、お前の本当にやりたいことか?」

 誰かの傍迷惑な戯言にも興味はなく、提督が聞きたいのは香取の願い。例えそれが間者であったとしても、彼の鎮守府におけるルールに例外はない。

「私、は……私はただ、あの子を守りたいだけ。私が従順で居る限り、あの子は解体されない……あの子の為なら、私は何だってします」

「そうか。じゃあもうこの話は終わりだな、後は好きにするといい」

 提督の言葉が途切れると同時に、彼等が集まっていた部屋の扉が開かれる。
 そこから姿を現したのは、連れてきた艦娘に肩を貸す青葉と――。

「あっ……あぁ……嘘……そんな」




「――久し振り、香取姉ぇ」

 まだ足取りの覚束ない、香取の大切な妹だった。

509: 2017/01/30(月) 02:56:00.39 ID:R+F0buTm0
「なぁクソジジイ、用件は分かってるよな?」

『声に感情が出過ぎとる。冷静さを欠いとる奴とする話なんぞ無いわ』

「……やっぱり、全部知っててわざと止めなかったんだな。それに、“あの人”についてもはなから知ってやがったんだろ」

『儂が言って止めたところで解決する話でも無いのは、お前も分かっとるはずだ。……後者については儂を買い被り過ぎとる。知っておったら、今の多少は成長したお前に黙っとる訳なかろう』

「……悪い、頭に血が昇ってた」

『構わん。確かに今回の一件、儂達側に落ち度があったのは事実じゃ。それについてはきっちりとカタをつけておく』

「あぁ、頼む」

『暴走した上の命令で動いた子達については、こちらで引き取りに伺います。後の処理は任せて下さい』

「そうしてもらえると非常に助かる」

『無論、今回の件について儂が交渉材料としてそっちにちょーっと押し付けるかもしれんが、構わんよな? じゃまたの、クソガキ』

「はぁ!? おいちょっと待てジジ――切りやがった……」

(押し付けるだと……? もう嫌な予感しかしねぇぞ……)

510: 2017/01/30(月) 02:56:28.55 ID:R+F0buTm0
「うふふ、練習巡洋艦鹿島、着任しました」

「改めまして、練習巡洋艦香取、よろしくお願いしますね?」

「……陽炎型十六番艦、嵐」

「陽炎型十七番艦、萩風。現時刻をもって、この鎮守府の監視任務を開始します」

「もう、好きにしてくれ……」



――――鹿島、嵐、萩風が着任しました。

511: 2017/01/30(月) 02:58:34.46 ID:R+F0buTm0
艦娘が増えたよ、練度も最初からMAXだよ、やったね提督

数日中には三日月投下します

514: 2017/02/04(土) 21:30:19.45 ID:GmEBN2Y50
・三日月『月光』 、投下します

月の光にも影は出来る

515: 2017/02/04(土) 21:30:46.13 ID:GmEBN2Y50
 三日月です。今日は一日もっちーとデートの日、面倒だとは言いつつ付き合ってくれるからもっちーは大好きです。
 横で“昔の得物で脅すとかマジあり得ねーし……”とか言ってるけど、ただの照れ隠しです。
 甘いものを食べたり、もっちーに普段着ないような服を着せてみたり、姉妹へのお土産を買ったり、とても充実した一日を過ごせました。




 三日月です。今日は嵐という新規着任艦に誰かと間違われてあらぬ疑いをかけられました。
 私が過去に艦娘も人も闇に葬ってきた特務艦だったなんて、勘違いにも程があります。
 葬ってきた数は百を越えるって言ってましたけど、正確には八十四人ですし、そういう情報はちゃんと事実確認をしっかりとして欲しいです。
 横でもっちーが“腹パンは酷くね?”って言ってるけど、皆の前で月光月光言われたら私だって少し不快にもなります。




 三日月です。今日は司令官と二人で――。

516: 2017/02/04(土) 21:31:12.30 ID:GmEBN2Y50
「司令官」

「んー?」

「書類、片付けないんですか?」

「今日やるやつは終わった」

「そうですか……」

「なぁ、三日月」

「はい?」

「ツインテールとサイドテール、どっちがいい?」

「……サイドテールで」

「分かった。それとな三日月」

「何です?」

「――“葬爪”、封印してたよな?」

「ア、アレハゲッコウカメンガヤッタコトデス」

「みーかーづーきー?」

「……すいません。でも、緊急事態だったんです」

「それは電から聞いて知ってる。だが、提督として罰は与えないとな」

「……はい」

「よし。じゃあ後輩の面倒を二人でしっかりと見るように。鎮守府内でも浮いちまっててどうしたもんかと困ってるんだよ。まるで、ここへ来たばかりの頃のお前みたいだ」

「……はい! 三日月、精一杯頑張ります!」

「アイツには何も言ってないが、まぁ問題ないだろ」

「もっちーなら大丈夫です。私がちゃんと引きずっていきます」

「ははは、お前等本当に仲良いよな」

「今も昔も二人は仲良しですよ?」




 ――ちょっと一回、本気で頃し合っただけで。

517: 2017/02/04(土) 21:31:57.23 ID:GmEBN2Y50
――――もっちー。

 ――――だからもっちーはやめてくんね?

――――……もっち、か。

 ――――(うふふ、長月と三日月が望月を巡っての三角関係、なーんちゃって)

521: 2017/02/06(月) 18:30:33.87 ID:zzJNRhop0
「ねぇ、エラー。次は誰に話を聞こうか」

「あの、鎮守府最強って言われてる空母がいいかな?」

「それとも、最初の艦娘かな」

「おっきな闇を心に抱えたままの戦艦かな」

「迷子の道しるべになりたかった重巡かな」

「身体の疼きを抑えきれなくなりそうな軽巡かな」

「ねぇ、エラー」




――――誰の心を揺さぶるのがいいと思う?

522: 2017/02/09(木) 15:09:00.15 ID:zSu08x+h0
・大鳳『思い出』 、投下します

スポブラ

523: 2017/02/09(木) 15:09:30.11 ID:zSu08x+h0
 ――今、私はすることがない。
 仕方無く、暫くぼんやりと膝の上で寝ている彼の顔を見下ろした。
 こうしていると、落ち着くと同時に色々なことを思い出す。

(出会った時も、こうして寝てたわねこの人)

 頬をつついてみると、眉をひそめてうなった。きっと、加賀も一度はしたに違いない。
 そういえば終戦と同時に普通の生活サイクルに戻っていたけど、今もずっと私達のことしか考えてないし過保護だし戻れたのが不思議だ。

(まぁ確かに命の危険は減ったし、常に張り詰めてるような雰囲気は無くなったかしら)

 頬を引っ張る。あまり伸びないけど、変な顔が面白いし良い暇潰しを発見した。
 ただ、ちょっと無精髭がチクチクするし起きたらちゃんと剃らせよう。

(最近は結構適当だし、だらしなく見える時もあるし、凄く弱いけど)

 片手を頬に添えて、目を閉じて、上半身をゆっくり傾けていく。
 これは報酬。これは褒美。そういうことにしておこう。

(……ホント、どうしてこんな人に惚れちゃったんだか)

 それもこれも全部加賀が悪い。あんな状況で託されて、放っておける訳がない。

(それにしても起きないわね……)

 規則正しい寝息。ここの何人かはこんな状況だとこのまま襲いかねない。
 そういえば、最近は浦風と提督と三人で過ごすことが多くて、夜戦はご無沙汰だ。
 でも、私は乗るより乗られ――ってそうじゃない。

(……夕飯、とろろご飯とか良さそうね。他意は無いけど、うん)

 そういう系の食事が出ると一瞬表情が引きつるようになったらしいけど、偶々それが食べたい気分になったんだからしょうがない。
 明日から一週間は龍驤に遊技場の監視は頼んで、浦風の膝の上で映画でも見て過ごそう。

(ちょっと悔しいけど、膝に乗るとちょうど頭が柔らかいクッションに包まれて気持ち良いのよね……)

 最近苦しくなったから新しいのが欲しいと言われて、成長を喜ぶと同時に何とも言えない虚しさが胸に込み上げたものだ。
 十センチ差って、何よ。そういえば――。




――――私、今日誘えるような下着だったかしら……。

527: 2017/02/11(土) 01:08:31.15 ID:G1DUymHB0
・陸奥『姉妹』 、投下します

ポンコツでも姉は姉

528: 2017/02/11(土) 01:09:27.22 ID:G1DUymHB0
 金剛は妹を毎日何だかんだと構ってる。
 扶桑は山城を優しく見守ってる。
 伊勢は少し鬱陶しがられながらでも日向を構い続けてる。
 大和は武蔵の姉である為に、いつ挑戦されても絶対に逃げない。
 ビスマルクはドイツ組の面倒を常に見てる。
 ――じゃあ、私は長門に妹としてどう扱われているんだろう。

529: 2017/02/11(土) 01:10:01.25 ID:G1DUymHB0
「長門、今日は何処かへ出掛けるの?」

「文月に動物園に連れていって欲しいと頼まれている」

「そう、なの……」

 また、胸の奥に小さな棘が刺さる。戦艦としての装甲がどれだけ厚くても、心の装甲はこんなにも脆い。
 長門は私に優しいし、買い物に誘えばついてきてくれる。でも、それは特別なことじゃない。
 長門の中での優先順位の上位に、私は居ないように思えてしまう。

「帰りは夕方になる予定だ」

「えぇ、分かったわ。行ってらっしゃい、長門」

「あぁ、行ってくる」

 笑顔で見送る。大丈夫、ちゃんと造れている。私には、ここで行かないでなんて言えない。
 素直な文月が、羨ましい。

(……私だって、甘えたい時もあるのよ?)

 こっそりと鳳翔さんに作ってもらった長門の縫いぐるみを取り出して、抱き締める。
 鳳翔さんには“やっぱり姉妹ね”って言われたけれど、お互いがお互いの縫いぐるみを持っている訳じゃない。
 今だけは、この成長しきった身体が恨めしく感じる。

「でも、小さくなっても長門は特に何も言ってくれなかったのよね……」

 いつも通りに出迎えられて、普段通りに過ごして、抱き締められたり膝に乗せてもらったりもない。
 こんなことを思っているのは私だけなのかもしれないと思うと、誰に話すことも出来ない。

(……長門のバカ)

 キツく、キツく縫いぐるみを抱き締める。
 夕方までには、いつもの私に戻らないといけない。今の私を長門に見せるのが、どうしようもなく、怖い。




「陸奥」

 ――なのにどうして、貴女はここに居るの?

530: 2017/02/11(土) 01:10:26.34 ID:G1DUymHB0
「長門、文月、動物園……」

 単語しか出てこない。思考が現実を受け入れるのを拒否したがっている。
 蛇に睨まれた蛙のように、身体はベッドで長門ぐるみを抱き締めたまま固まっている。
 いっそ、このまま石化したい。

「行こうとはしたんだが、文月に追い返されてしまった」

 追い返された。また何かしたのだろうか。

「上の空で返事をしたら脳天を割られそうになってな、そんなに心配なら何で来たのと説教されたよ」

 心配、誰が、誰を。

「――陸奥、何か悩みがあるなら私で良ければ聞くぞ? これでも、私はお前の姉だからな」

「あ……」

 ポン、と頭に置かれた手。それが無性に嬉しくて、目の前が滲んでいく。
 私も、ちゃんと長門の目には映っていた。

「陸奥? どうした? 何故泣いているんだ? そ、そうだ! 私の駆逐艦ぐるみコレクションも抱き締めると安心するぞ! だ、誰がいい?」

 やっぱり、少し抜けているけれど、私の大切な姉は、この長門しかいない。

「――本物、貰うわね?」

 今だけは、私だけの姉で居て欲しい。
 きっと明日からはいつもの私に戻れるから、今だけ、妹のわがままを許して――姉さん。

531: 2017/02/11(土) 01:10:52.75 ID:G1DUymHB0
「隠れシスコンだよな、アイツ」

「鳳翔さんに陸奥さんの縫いぐるみ作って貰ってたわよ?」

「小さくなった陸奥に色々しようとしたけど嫌われたくなくて身体に爪たてて堪えたせいで、太股から血が出たって入渠申請持ってきやがったからな」

「せめて陸奥さんの前では良い姉で居ようとしてるらしいけど、絶対無駄な努力になってるわね」

「まぁ長門なりに考えてのことだからそう言ってやるなよ。それに、取り合う相手は少ない方が良いだろ?」

「……司令官がそれ言う?」

「……もう増えないはずだ、多分」

539: 2017/02/19(日) 13:00:23.07 ID:R0YL4ZmB0
 それは、彼のとても大切な思い出。
 それは、彼の“これまで”と“今”と“これから”の全てを決めた思い出。
 救われた命、救われている世界、腕が千切れそうな程手を伸ばさねば掴めない自分にも出来る何か。
 身体は病弱ではないが運動は出来ない部類、頭は知識の偏りが顕著。
 持っていたものは、人並みの青春も普通の生活も全てなげうってでもそこへたどり着くという決意。
 何度も倒れ、血ヘドを吐き、最低と最高の評価を受けてようやく掴んだ地獄への片道切符を、彼は笑顔で改札に通した。
 いつかのあの素敵な笑顔に、報いる為に。

540: 2017/02/19(日) 13:01:01.07 ID:R0YL4ZmB0
「――提督? どうかされました?」

「……いや、何でもない」

 変わらない、変わっていない。
 昔のままの姿で、昔聞いた声で、今ここに彼女は居る。
 それだけで、提督には十分だった。

(変に気負わせたくないし、知っている奴等には口止めもしておいた。あれからもう二十年近く経ってるし、鹿島姉ちゃんだって俺が誰かは分からんだろ)

 正体を明かすことはせず、ただの提督と艦娘という関係を彼は望んだ。
 思い出は思い出のまま、それが一番だから、と。

「それにしても、随分と私が眠っちゃってる間に色々あったんですね」

「深海棲艦との戦いは終わって、鎮守府は未知の存在への防衛機構として存続。経費削減の影響でうちみたいに一般人相手に商売してるようなところも少なくない。まぁ暫くは困惑するだろうが、香取も居るし分からないことは教えてもらえ」

「はい、そうします」

 物珍しそうに色々と執務室の物を手に取り眺める鹿島。何にでも興味津々なその姿も昔を思い出させ、提督は自然と笑みを溢す。

「提督は、どうして提督に?」

 とある艦娘の手土産である木彫りの熊を見つめながら、鹿島は問う。


「不意に誰かが目の前から居なくなる様な世界を作った奴に喧嘩を売るためだ」

 ぼかしてはいるが、そこに一片の嘘もない。
 ちゃんとした別れの形でなければ、彼はこの鎮守府から誰か一人居なくなるだけで壊れてしまいかねない。

「寂しがり屋なのですね」

「はは、そうかもしれん」

「ふふ、可愛い人」

「可愛いはやめてくれ、背筋に悪寒が走った」

「可愛いですよ、提督は」

「だから――はぁ……」

 どうしてかは分からないが、提督は自分に視線を合わせて再び可愛いと言った彼女に否定の言葉を返すことが出来なかった。
 それは、無意識の肯定だったのかもしれない。




――――提督は可愛いですよ、今も、昔も。

541: 2017/02/19(日) 13:04:04.96 ID:R0YL4ZmB0
練習巡洋艦鹿島

バーサーカー

“始まりの艦娘”の一人

546: 2017/02/21(火) 00:43:55.77 ID:s38/kXgs0
「――うーちゃんローリングうさうさアターック!!」

「え? うわあっ!?」

「ふっふーん、弥生も遂にうーちゃんの奇襲に……アレ?」

「痛たた……急にぶつかってくるなんて、水無月に恨みでもあるの?」

「ごめんだぴょん、艦娘間違いだぴょん。っていうか水無月はいつからここの子になったんだぴょん?」

「おっかない卯月にここに行けって言われたんだけど……司令官、どこに居るか分かる?」

「うーちゃんに任せるぴょん! 着任艦娘の案内任務開始しまーっす、ビシッ!」

「ありがと――ってえぇっ!?」

「よっ、はっ、ぴょん。水無月も早く昇ってくるぴょん」

「……壁じゃなくて普通に階段上るから、ちょっと待ってて」

547: 2017/02/21(火) 00:44:23.96 ID:s38/kXgs0
「とうちゃーっく! ここが司令官の執務室でぇーっす」

「案内ありがと卯月。これからよろしく」

「うーちゃんでいいぴょん。どうせ部屋も一緒になるだろうし、ここで待ってるぴょん」

「うん、分かった」

 恐い卯月とハイテンション卯月に導かれ、たどり着いたは天国か地獄か、扉の先に待ち受けるは――。

「失礼します。今日からここでお世話になる水無月――」

「これはー困ったわーねー」

「見てないで止めろ山雲ー!」

「ずっと、ずっとお慕いしておりました。どうか瑞穂の気持ちをお受け取り下さい」

「気持ちだけで結構! というか気持ちもいらんから帰れ! 不法侵入で大本営に突き出すぞ!」

「あら、これは挨拶もせずに大変失礼を。――水上機母艦瑞穂、推参致しました。どうぞよろしくお願いします」

「なん……だと?」

「……ねぇ、異動願いって今すぐ出せる?」




――――水無月とストーカーが着任しました。

550: 2017/02/23(木) 23:25:03.91 ID:CLojLmSf0
(ここから、長波姉さまの匂いがするかも……です)

(あの潮、深海棲艦とかいう奴等よりよっぽど危なそうだな……さて、ここに来ればそのうち姉貴達が来るらしいけど、どんな司令官が居るのやら)

 一人はフラフラと誰かを探すように、一人は今から会う人物への期待を胸に、鎮守府の前へとたどり着く。
 そして、そこからこの鎮守府の現状を目の当たりにする。

「提督、どうして瑞穂のことを避けるのですか?」

「悪い、艦娘にこんなことを言うのは信条に反するから言いたくないが言わせてもらう。お前マジで恐い!」

「はっはっは、あの男にあそこまで言わせるとは、アレはアレで貴重な仲間になりそうだ」

「これで色々自粛してくれると嬉しいのだけど……」

「無理だろう。我等が提督様がこの程度で変わるならこんな鎮守府が存在するはずもあるまい」

「武蔵! 加賀! お前等見てる暇があったら助けろ」

「だ、そうだが?」

「周囲の警戒は万全です。何も問題はありません」

「この裏切り者がー!!」




「……長波姉さま、ちょっと心配かも……です」

「おいおい何だこの鎮守府は……面白そうじゃないか!」

――――かも波が長波の匂いに吸い寄せられました。

――――松風が着任しました。

562: 2017/03/09(木) 22:49:32.49 ID:2+rT+78n0
・嵐『夜を越えて』、投下します

563: 2017/03/09(木) 22:50:54.30 ID:2+rT+78n0




 ――――夜の先に待つ光を、追い求めていた。




564: 2017/03/09(木) 22:51:42.47 ID:2+rT+78n0
 彼女はその任務の性質上、活動の主は夜だった。それは、過去の記憶を想起させる。
 しかし、そこ以外に居場所は最初から与えられていなかった。
 “外”から守る術は多くあれど、“内”から守る術は少ない。その身勝手とも言える理由の為に、多少の不満や葛藤はあれど、生きる為に萩風と嵐は任務をこなしてきた。
 ただ、それは存外悪い生活ではなく、彼女等は彼女等なりの正義を持って組織をまとめていた。
 ――だからこそ、彼女はこの鎮守府を認められずにいる。




(夜、か……最初はあんなに嫌だったんだけどな)

 時刻は、時計の短針が右から右下を指す頃。毎夜の様に、彼女はこうして空を見上げている。
 萩風は徐々にここでの生活に馴染み始めているが、嵐はどうしてもその気にはなれなかったからだ。
 実際に生活してみて、ここに居る艦娘がただ静かに平和に暮らすことだけを願っているのは、彼女も肌で感じ取っている。しかし、それはいつどう転ぶか分からない不確定要素の上に成り立っているのも、また事実だった。

(一寸先は闇。簡単に道なんて踏み外すし、何度もそれをこの目で見てきた。だから、俺は――)

「夜はいいよねぇ」

「っ!?」

 突如木ノ上から声をかけられ、嵐は身構える。降りてきた顔を見て警戒は解けたものの、彼女の顔は青ざめた。

「せ、川内さん……」

「人の顔見るなりその顔はヒドいなー」

「すいません……」

 隻眼の呪刃使い神通、葬送歌しか歌わない那珂という異色な二人を見てきた為、過去の記憶も相まって川内にも多少の苦手意識を嵐は持っていた。
 それを感じ取ったのか、川内はなるべく優しく微笑みかける。

「怖がらなくても別にとって食べたりしないって、熊じゃないんだし」

「……川内さんは、どうしてここに居るんですか?」

「んー……妹の為、だった」

「だった?」

「今は私の意思で、私の為に、皆の為にここに居る。ここの裏山から鎮守府を見下ろすのが、一番落ち着くんだよね」

565: 2017/03/09(木) 22:52:11.60 ID:2+rT+78n0
 とても穏やかな目。平和を、今のこの日常を心から大切にしているのが、誰の目にも明らかだ。
 それが分からないほど、嵐も馬鹿ではない。

「じゃあ……何で、深海棲艦なんか匿ったりしてるんですか」

「可愛いじゃん、あの子達」

「そういう問題じゃ――」

「あの子達はこの鎮守府の仲間として受け入れられた。だから守る。傷付けるなら、誰であれ容赦しないよ」

 穏やかな雰囲気を崩すことのないまま、川内はそう言い放った。それは、ここで暮らす上で侵してはならないタブーの様なものなのだと、嵐は認識する。

「嵐もさ、もっと気楽にのびのびしたらいいと思うよ。別に今までの自分を捨てろとまでは言わないけど、そんな顔してたらお節介が次から次へと現れて落ち着かないよ? 私みたいに、ね」

「……」

 ウィンクする川内、ポーズ付き。数秒の静寂の後、無言の嵐にジッと見つめられていることに耐えきれず、川内は大きく咳払いをする。

「え、えっと、那珂のステージでたまにやるからつい癖でやっちゃっただけで――」

「……くっ」

「?」

「はは、あはははっ!」

「ちょっ、笑わなくてもいいじゃん!」

「すんません、何か色々小難しく考えてたのが馬鹿らしくなっちゃって」

「……また、何かあればここにおいでよ。いつでも話ぐらい付き合うから」

「はい、ありがとうございます」

 少し、スッキリした表情を浮かべる嵐。それに満足したのか、川内はまた何処かへと姿を消していった。

(……俺は、俺の正義を信じたまま、ここに居ればいいってことだよな)

 ずっと闇の中に居たせいで、光に当たるのを気付かぬうちに恐れていた少女。
 しかし、同時に光を求めてもいた少女は、白み始めた空を綺麗だと感じていた。




――――川内お姉ちゃん、恥ずかしがっちゃダメなんだよ―?

 ――――し、仕方ないじゃん!

――――(カメラで撮りたかったです……)

567: 2017/03/13(月) 19:17:12.51 ID:wpKno47K0
・飛鷹『大体餅のせい』 、投下します

実は提督のケッコンカッコカリお断り回数上位

568: 2017/03/13(月) 19:19:00.35 ID:wpKno47K0
 常に対等でありたい、飛鷹はそう思っている。
 言いたいことは言うし、遠慮は一切しない。それを提督も受け入れており、秘書艦日に一回は口喧嘩をするのが彼等の恒例行事のようになっていた。
 この日も、それは不意に発生した。

「――今日はあべかわ餅の気分だったのよ」

「砂糖醤油も分けて作れば良かった話だろ」

「別にいいじゃない、美味しいし」

「美味いけど俺は砂糖醤油の気分だったんだよ」

「うるさいわね……そんなに食べたいなら間宮さんにお餅貰ってきて自分で作れば?」

「……あべかわでいい」

「だったら最初から文句言わないで」

「文句なんて言ってないだろ」

「文句以外の何物でもなかったと思うけど?」

「……茶」

「自分で淹れなさいよ」

「……」

「――最近、あんまり外出てないんじゃない?」

「新規着任艦娘が多すぎる。手続きと事後処理やらでそんな暇ない」

「加賀と吹雪に少しは任せたら?」

「なるべく“こっち”は俺で済ませたい。アイツ等には鎮守府の運営に専念してもらいたいしな――ん、ほうじ茶」

「ありがと」

「……まさか、それでか?」

「何の話?」

「年寄り扱いするな、多少塩分取りすぎたところで氏なんわ」

「健康診断、血圧で引っ掛かってた癖に」

「アレは別の理由だ」

「へー、どんな?」

「……寝不足」

「ふーん、バカなの?」

「タイミングが悪かったんだから仕方無いだろ」

「……今日はこれ食べたら仕事禁止ね」

「断る」

「加賀と吹雪にはもう言ってあるから」

「お前、何勝手むぐっ!?」

「今日は私に付き合いなさい。まさか艦娘のお願いを断ったりしないわよね、提督?」

「……何が望みだ?」

「服、春物が足りないの」

「ひょっとしてお前、また――」

「その先言ったら海に沈めるわよ……」

「はぁ……全く、相変わらず強引な奴だ」

「誰かさんがもう少ししっかりして逞しくなったら、しおらしい私が見れるかもね」

「そんな気持ち悪いもん飯の時にいてっ!?」

「つい手が滑ったわ、ごめんあそばせ」

「お前なぁ……食ったら行くぞ」

「えぇ」

569: 2017/03/13(月) 19:19:27.97 ID:wpKno47K0
――――どっちがいい?

 ――――餅色。

――――白って言いなさいよ。

577: 2017/03/17(金) 00:26:33.20 ID:DfURZwVC0
・秋月『妹のしつけ』 、投下します

E:缶詰

578: 2017/03/17(金) 00:26:59.83 ID:DfURZwVC0
「照月、また電気付けっぱなしにしてたでしょ!」

「ごめんなさい……」

「キヒヒ、怒ラレテル怒ラレテル」

「ルキはお菓子こぼさない!」

「後デ掃除スレバイイジャン」

「じゃあ明日からルキはおやつ無しね」

「……ゴメンナサイ」

「ルキも怒られてるじゃん」

「ウルサイバーカ」

「何ですってー!?」

「……二人とも、全く反省してないでしょ」

 来た頃は一人だけで静かだった秋月の部屋も、今は毎日のように怒声が聞こえるようになっていた。
 質素倹約の精神で生活している彼女と比べると、照月はとにかく元気で細かいことは気にしないタイプだ。
 ルキも照月と同じ様なもので、彼女が現れてからは秋月の怒鳴る回数も単純に二倍に増えている。
 今日もまた、廊下に彼女の怒鳴り声は響き渡るのだった。

579: 2017/03/17(金) 00:27:27.21 ID:DfURZwVC0
「毎日毎日気が休まりません……」

「元気で姉に退屈させない良い妹じゃないか」

「提督、秘書艦日は二人セットでどうですか?」

「遠慮する」

「この調子だと、他の妹達が来たらもっと大変そう……」

「大変か。じゃあ秋月型の新規着任は断りを入れた方が良さそうだな」

「……」

「痛い。無言で長十センチ砲ちゃんで人をつつくのはやめろ」

「提督は、たまに意地悪です」

「真面目な奴を見るとついからかいたくって痛い!」

「長十センチ砲ちゃんも怒ってます」

「そいつ単純に俺のこと嫌いなだけだろ……で、どうする?」

「はい?」

「新規着任」

「誰の、ですか?」

「お前の妹」

「……本当?」

「照月に負けず劣らず元気な奴らしい。うちで引き取って欲しいそうだ」

「是非、お願いします」

「もっと賑やかで落ち着かなくなるが?」

「――妹をしつけるのは、姉の務めですから」

580: 2017/03/17(金) 00:27:54.25 ID:DfURZwVC0
「秋月型の四番艦、初月だ。お前が提督か? そっちは姉さんだな、よろしく」

「よろしくな、初月。で……何で缶詰食ってんだ?」

「期限が近かったんだ。姉さんも食べる?」

「初月、ちょっとこっち来て」

「ん? どうかした?」

「いいから、こっち来て」

(照月とは違った意味で、これはまた賑やかにしてくれそうだな)




――――どうして鯖缶食べながら着任の挨拶に来たの!?

 ――――さっきも言ったよ、期限が近かったんだ。

――――ちゃんと食べようとする気持ちは偉いと思う。でも、後で良かったでしょ?

 ――――だって、お腹空いたから。

584: 2017/04/02(日) 21:24:21.56 ID:W5EAzmGa0
 平凡な日常、平凡な生活、普通の女の子に憧れた。時折目にする、鞄を手に学校に向かう女の子達が羨ましかった。
 少女漫画の主役じゃなくて、その背後を通り過ぎるだけの名も無い女の子になりたかった。
 特別なんていらない。山も谷もない緩やかな生を送りたい。
 その願いだけは、結局叶えてもらえなかった。




「磯波、オ前処Oナノカ?」

「・・・・・・カモミールティーでも飲もうかな」

「オイ、無視スンナ」

「ヒャアァァァァ!? 首、舐めるのやめてって言ってるのに……」

「早ク抱イテ貰エヨ、ソノ為ニ下着買ッタンダロ?」

「あ、あれは叢雲がたまにはこういうのも買いなさいって無理矢理……」

「折角サイズモデカクナッタンダ、モット大キクシテモラッテコイヨ」

「レキ、誰からそういう話聞いてくるの?」

「漣」

「漣ちゃんか……じゃあやっぱり私はいいかな」

(今サラット失礼ナ事考エタナコイツ)

「私はただ普通に司令官とお話して、たまにお出かけして、時々一緒に寝られたら満足だし」

「ソウイウ事言ッテルト、アットイウ間ニアイツ爺サンダゼ?」

「……うん、そうだろうね」

「ケッ、ツマンネー。ジャアイッソ俺ガコノ尻尾デ磯波ノ――プギュ!?」

「レキ? そういう冗談私好きじゃないから、やめてね?」

(普段オドオドシテル癖ニ、コウイウ時ハ怖インダヨナ、コイツ……)

「――でも、いつかは司令官とそういうことするのも、普通と言えば普通なのかな」

「プハッ! ソリャソウダロ。年中盛ッテル奴モ居ルグライダ」

「アレは普通じゃないと思う」

「愛サレタイッテノハ普通ジャネ?」

「……レキって、意外とお節介なんだね」

「ソーカ? 磯波ハ悪戯ノシ甲斐ガアルカラ、カラカウネタガ増エタラ良イナッテ思ッタダケダゼ」

「うん、そういうことにしとく」

「……アーン」

「ヒャアァァァァ!?」




 私の新しい友達は、ちょっと色白で尻尾にもう一つ口がある手乗りサイズの女の子。
 口は悪いし、人の身体を舐めたり噛んだりするのが好きないたずらっ子だけど、優しい子。
 普通からはまた遠ざかってしまったけど、今はこの生活が、私の大切な日常。

585: 2017/04/02(日) 21:27:27.26 ID:W5EAzmGa0
・萩風『雑誌』、投下します

信じて送り出した萩風から左手の薬指に光るモノをつけた写真が送られてきた

586: 2017/04/02(日) 21:27:52.95 ID:W5EAzmGa0
「……」

「……」

 カリカリと書類にペンが走る音だけが、執務室に響く。この日の秘書艦は、着任してまだ日も浅い萩風だ。
 経緯が経緯であり、嵐程ではないものの彼女も提督や鎮守府自体に不信感を持っていた。
 それを重々承知している為、提督もこの機会を活かそうと事前にリサーチをして、とある萩風に関する情報を彼は入手していた。

「――萩風」

「何でしょうか」

「今日の昼、少し付き合え」

「……そういうことは他の子に言って下さい」

「パンケーキ食べ放題の店なんだが」

「そ、そんなもので釣られると――」

「今だけの限定メニューがあるらしいぞ」

「行きます!」

「お、おぉ」

 舞風と野分から雑誌に折り目が付いていて赤ペンで店に丸がしてあったと聞いており、それなりの反応は期待していた提督だが、予想以上の食い付きの良さに逆に不安にさせられていた。

(意外と簡単に騙されるんじゃないか、コイツ……)

 提督に対しては一度も見せたことのない上機嫌な顔で、萩風は着替えてきますと自室へ戻る。
 これが世間一般に言うデートになるという認識は、すっかり彼女の頭の中からパンケーキに弾き飛ばされていたのだった。

587: 2017/04/02(日) 21:28:18.18 ID:W5EAzmGa0
 目的の店は鎮守府から一時間以上かかる距離にあり、それなりの時間を要する。
 その間、終始無言というのも苦痛でしかなく、道中で鼻歌でも歌いそうな彼女の機嫌の良さに乗じて、提督は少しずつ会話を振っていく。

「あっちに居た頃は、嵐とずっと一緒だったのか?」

「そうですね、ずっと嵐と一緒でした」

「他に居た奴等とも仲は良かったのか? 長門とか足柄とかそれなりの数が居た様だが」

「昔はあまりそういう風でも無かったそうですけど、私達が所属した頃には制限はあれどかなり自由な雰囲気で、隊の仲間も全員良い人達でした」

「そうか……」

 提督が三日月から昔聞いた話と比べていくと、かなり特務部隊の内情が変わったことが窺い知れる。
 そのこと自体は既に分かっていた部分も多かったものの、実際に当人から聞くのとではまた違った印象を彼は受けた。

(うーん……一応検閲ってことであっちから来た手紙とか確認してたが、どう見ても萩風に好意持ってる奴のとかあったし、流石にやめてやった方が良さそうだな)

 ラブレター一歩手前の内容を検閲するのが苦痛でしか無かったという理由では断じて無いと心の中で呟きながら、提督は自由にあちらとのやり取りを許可する方向で加賀や霧島達に話を通そうと考える。
 そんなことを彼が考えているとは露知らず、萩風は今まで自由に出歩いたことが無かったのもあって、色々な店を興味深そうに眺めていた。

(あっ、あの喫茶店この前雑誌に載ってたところ。あっちの女の子キャラクターのポスターが一杯貼ってある店は何のお店なんだろ?)

 視線が一定の位置に定まることはなく、次から次へと何かを探して彼女は辺りを見回す。
 そして、気付かぬ内に今までならば絶対にやらなかったであろう行動を彼女は無意識に行なった。

「――ねぇ、あのお店に少し寄ってもいい?」

「ん?」

「あっ……い、いえ、その、あの、ごめんなさい。いつも隣に嵐が居たから、つい……」

「あそこか? いいぞ、パンケーキ食って帰るだけじゃ味気無いしな」

「えっ? あの、ありがとう、ございます……」

 つい引っ張った腕の感触に、今まで意識していなかった隣を歩くのが男性であるということを認識した萩風は、急な緊張感に襲われるのだった。

588: 2017/04/02(日) 21:28:44.75 ID:W5EAzmGa0
「……」

「……」

「……?」

「っ……」

 既にあちこち付き合わされて慣れきってしまっているが、提督のようなパッと見金を持っているとは思えない男性が居るのは違和感のある、ちょっとお高めなアンティークショップに彼等は居た。
 しかし、行きたいと口にした当の萩風の方が落ち着きがなく、商品よりも提督の方を気にしている。
 それに気付かないほど彼も馬鹿ではなく、何かあるのかと彼女を見ると、明らかに不自然に手近な商品を見るフリをして視線を避けた。

(さっきまでは普通に話が出来てたってのに、一体何だってんだ?)

(冷静に考えたら、こ、これってデート……? でも相手は司令だし、私と嵐は彼等を監視するのが任務で、だから――)

 目をグルグルさせながら、萩風は落ち着こうと必氏になる。
 特務部隊時代にも男性の隊員と会話をすることはあっても、そこには必ず嵐や他の仲間が居た。こうして男性と二人きりという場面は今までに無かったのだ。
 それを言うなら執務室でも二人きりだったのだが、常に執務室が誰かによって監視されているのは彼女も知っており、鎮守府の外に居る今とは違うと認識していた。

「――萩風」

「ひゃいっ!?」

「おいっ!?」

 いつもの彼女ならばそんな醜態は見せないだろうが、手に持っていたティーカップを宙に舞わせた。
 それをキャッチしようと提督は手を伸ばすが、彼の反射神経では指一本届かず、店内にカップが割れる音が響く。

「お客様、どうされました?」

「あっ、あの、私――」

「お騒がせしてすいません、手を滑らせてしまって。割れてしまったこれと、こちらのセットを頂けますか?」

「あらあら、お二人ともお怪我はございませんか? すぐに片付けますので、あちらで少々お待ちください」

 店員に片付けを任せて、二人は客用のソファーに移動する。何かを言いたそうにしている萩風に先んじて、提督は口を開いた。

「気にするな。急に声をかけたのは俺だ、お前のせいじゃない」

「司令……」

「それより、本当に怪我とかないか?」

「はい、大丈夫です」

「そうか、じゃあ会計が終わったらそろそろパンケーキ食いに行くとするか」

「……はい」

589: 2017/04/02(日) 21:29:11.19 ID:W5EAzmGa0
「萩風! アイツと出掛けたってホントか!?」

「……うん」

「大丈夫か、何かされたりしなかったか!?」

「……うん」

「……そのティーカップとポット、何だ?」

「……ねぇ、嵐」

「?」

「私、ずっとここに居ようかな」

「・・・・・・はぁ!?」




――――提督、この買い物は何ですか?

 ――――……必要だったんだ。

――――そうですか。では今度私にもプレゼントして下さいね?

 ――――(大淀の持ってるのがゼクシィに見えるのは気のせいだと思いたい……思わせてくれ!)

591: 2017/04/06(木) 22:02:18.21 ID:f1+kFZdsO
更新おつおつです



引用: 【艦これ】大鳳「衣食住に娯楽の揃った鎮守府」浦風「深海棲艦も居るんじゃ」