1 :◆u2ReYOnfZaUs 18/07/06(金) 22:33:06 ID:xhA

南条光「深海2000m」

小関麗奈「高度8000m」
「ベテトレさんもっと! もっとだ! 早く立ってくれ!
 
 時間は刻一刻と迫ってるんだ! このままじゃ地球が麗奈に征服されてしまう!!」

南条光は、レッスンルームで声を上げた。

すでに開始から3時間。
光とトレーナーは休憩なしでトレーニングを行っていた。

「はぁーっ……はぁーっ、少し、休ませてくれ」

ベテラントレーナーは大粒の汗を流しながら、膝を床につけて肩を上下させた。
トレーナーになってそれなりの年月を積んでいるが、身体が担当アイドルについていけない。

「早くしてくれ!
 アタシは麗奈に絶対勝ちたいんだ!!」

光はこどものように叫んだ。

数ヶ月前の、行儀が良い孤独な少女はどこにもいなかった。
トレーナーは数ヶ月前の、“必死に特訓しないと負けるぞ”と言っていたどこぞの女を恨んだ。
光が全力を出すと、トレーナーはあっけなく突き放された。

だが、トレーナーは後悔していなかった。

光はさらに化けた。
目標を見つけ、瞳には強固な意志が宿っている。
表情には心底からの充実感がみなぎっており、見る者の心を魅了する。

プロデューサーが夢中になってしまうのも無理はない。

「今から、…はぁーっ、増援をふたり呼ぶから、あとはそのふたりと……やってくれ」

私と同じ苦しみを味わうがいい、と、ベテラントレーナーは妹達の電話番号を打ち込んだ。


3: 2018/07/06(金)22:35:41 ID:xhA
「勝者、小関麗奈!」


マスタートレーナーは、小関麗奈のLIVEバトルに随行していた。

「地力を上げる」という宣言の通り、麗奈はトーク以外のパフォーマンスにも熱心に取り組んでいる。
トレーナーは、自らの手で麗奈が育っていく感動に震えた。

麗奈は、名実ともに帝王になる。
トレーナーにははじめて出会った時から分かっていたことだが、周囲もそれを認めつつある。

現在49連勝。

前の麗奈も強かった。だが、今の麗奈はまさに無敵だ。
ダンスのキレも、ボーカルの伸びも、トークの構成力も他のアイドルから一歩も二歩も抜きん出ている。

このまま真の頂上に登りつめるまで見届けたい。
トレーナーはそう夢見る。

しかしいま最大の障壁が、光速で麗奈の背後から迫っている。
南条光。前人未到の連勝記録保持者。
そして、連勝記録を麗奈に断たれた少女。

トレーナーは妹の言葉を思い出す。

光は溺死しかかっていた。
だが、麗奈のおかげで蘇生した、と。

負けたというのに、妹の顔は嬉しそうだった。

南条光は小関麗奈の前に再び立ちはだかるだろう。より強大な力を身につけて。
勝負の世界に絶対はない。だがトレーナーは、麗奈を絶対に勝たせたい、と考えている。

トレーナーもひとりのファンとして、小関麗奈に魅せられているのだ。

4: 2018/07/06(金)22:38:25 ID:xhA
↑↑

「勝者、南条光!」

男は南条光のLIVEバトルを見守っていた。
もう、彼女にヒーローになってもらうという甘ったれた気持ちは捨てた。
ただひとりのプロデューサーとして、第一のファンとして彼女についていくことを誓った。

光は麗奈に敗北した。だが、再び立ち上がった。
誰のためでもない。自分自身のために。

そして再び、小関麗奈に立ち向かおうとしている。
プロデューサーの彼が光のためにできることは、あまり多くない。
それでも彼は、一秒でも長く光のそばにいたいと思った。

今度は、彼女の苦悩を一瞬でも見逃したくないと思った。

光がステージから降りてくる。
全力だった。全力のパフォーマンスで、相手を粉砕した。
相手は、清々しい顔をしている。相手も全力だった。

彼は新しいタオルで、光の顔を撫でた。
タオルの中で、光が笑う。

10代の、ワガママな少女の顔で。

5: 2018/07/06(金)22:39:35 ID:xhA
↓↓↓

女は、小関麗奈の衣装を選んでいた。

出会って初めて、「アンタに任せる」と言われた。
ひとりで大きくなって、ひとりで勝ち続けていると思っていたアイドルが、初めてプロデューサーの女を頼った。

女は困惑した。だがそれ以上に奮起した。
麗奈と出会って、女は自分の生きる道を見つけた。
麗奈と出会わなければ、優しさだけが取り柄のひととして終わっていた。

麗奈のためにできることなど、なにひとつないと思っていた。

だけど、レイナサマは私を頼ってくれた。私を、こんな私を!

今、女を無能と侮る人間はプロダクションには存在しない。
あの小関麗奈を育て上げたプロデューサーだと、皆がそう評価する。

女は真実、その評価に見合う人間になろうとしている。
女自身は気づいていないが、彼女にも特別なものが芽生えかけている。

麗奈の希望を的確に把握し、それが効率的に達成されるように計算する頭脳。
麗奈の力を、麗奈の魅力を余すところなく全世界に叩きつけてやるという決意。

プロデューサーとしては、他に望むべくもないもの。
これは、もともとは彼女が人並み以上に持ち合わせていたやさしさが開花したものだった。

南条光にもう一度、小関麗奈を分からせてやる。

女は不敵に笑った。

6: 2018/07/06(金)22:40:54 ID:xhA
↑↑↑↑

麗奈との再戦。
ライブハウスの控え室でPが言った。

「正直俺は、勝敗にはこだわってない」

アタシは言い返した。

「戦るまえからそんなこと言わないでくれ。

 勝つよ、必ず。約束する」

「勝ちたいか?」

「うん。これは誰のためでもないよ。
 申し訳ないけどPのためでもないし、ファンのためでもない。

 アタシが勝ちたいから、勝つんだ」

「それなら、いい」

Pは不安そうな顔で言った。
まだ昔のアタシが、Pの中にいるんだと思う。

臆病で、自分が孤独だと勝手に思い込んでたアタシ。
アイドルでもヒーローでも、女の子でもないアタシ。

だったら証明しなくちゃいけない。

アタシが最高だってこと。
Pがアタシをアイドルにしたのが、間違いなんかじゃなかったってこと。

そのために、勝つ。

7: 2018/07/06(金)22:42:06 ID:xhA
↓↓↓↓↓

「悪くない。いえ、最高だわ!」

衣装に袖を通しながら、アタシは第一の愚民をねぎらう。
これしかないと思う。今のアタシには。

「レイナサマ」

プロデューサーが、泣きそうな声を出す。

「抱きしめてもいいですか」

「フン、さっそくご褒美のおねだり?

 いいわ、来なさい」

アタシが両手を広げると、プロデューサーの腕がやさしく身体を包んでくる。

「どうか、無事で帰ってきて」

泣いてる。肩があったかい。
胸がいっぱいになる。

ママは、アタシをいつごろまでこうやって抱いてくれたんだっけ。

「馬鹿ねえ。命の取り合いをするワケじゃないのよ。

 帰ってくるわよ。
 必ず………勝つわ。絶対、もう一度」

9: 訂正です 2018/07/06(金)22:44:32 ID:xhA
2人の少女がステージの上に立っている。

南条光と小関麗奈。

彼女達の表情は、やわらかい。
今から対決するというよりは、気心知れた親友と対面するようであった。

「また懲りず来たわね」

「来たぜ。悪いが、今度は勝つ」

「悪いって言葉はアタシのためにあんのよ。
 
 今度使ったら使用料を取り立てるわ」

「請求はプロダクションにしといてくれ」

ふたりが笑う。

「悪いけど、勝つのはアタシよ。
 
 魔女に魔法をかけてもらったもの」

「この舞踏会にくるためにか?」

光はこのLIVEバトルのためだけに作られたヒーローコスチューム。
麗奈はまさに悪の帝王ような、黒を基調とした丈の長いドレス。

「ええ。最高の魔法を……ね」

先行後攻、ジャンケン。
麗奈が後出しをする。光はそれを読みながらも、あえて先攻を取る。

10: 2018/07/08(日)00:54:11 ID:Ouz
↑↑↑↑↑↑↑↑

音楽は4分。曲調はラップメタル。歌詞はひとりぼっちの孤独を謳う。
その苦痛を表すように、音はかつてないほどに刺々しい。

息継ぎの難しいボーカルと、テンポの不規則なダンス。

一番の後に1分の間奏があり、その間のパフォーマンスは自由。

二番はほぼシャウトで歌い上げる。潰れず、美しく、透き通るように。
以降はテンポが加速し、そのリズムに乗せてさらに歌が激しくなる。

ボーカルにおいても、ダンスにおいても、トークにおいても、最高難易度の曲。
2人の対決にふさわしい曲。

11: 2018/07/08(日)00:55:46 ID:Ouz
南条光がステージに上がる。

「みんなぁ! 行くぞ!!」

前奏。敵襲を告げるようなアラーム。

光の身体がダンスへ滑り出す。
最高の舞台。最高の観客。最高の相手。

気分が澄みわたる。景色がクリアーに晴れわたる。

始まる、孤独の歌。
だが、聴くものを寂しげな気持ちにはさせない。

心が弾む。ゆるやかに上がる。身体が動き出す。

光はパフォーマンスで「団結」を表現する。

ひとりぼっちじゃないよ。みんながいる、と。

間奏。つんざくようなギターとドラムの轟音。
それに負けないように、光はギアを上げていく。

「アタシの名前を教えてくれ!」

光! 光! 光!

「アタシの名前を呼んでくれ!!」

光!! 光!! 光!!

名前のコールが次第に大きくなる。
それは大きな音のうねりとなって、ライブハウスを包み込む。

麗奈は不敵に笑った。

やるじゃない。

「みんなの力をアタシに分けてくれ!!!」

光!!! 光!!! 光!!!

演奏をかき消してしまうほど、会場全体が歓声で埋め尽くされる。

12: 2018/07/08(日)00:56:53 ID:Ouz
二番。
その歓声すらも上回る声で、光は歌い上げる。
孤独の痛みを。孤独の恐怖を。

観客達は胸を詰まらせ、歓声がトーンダウンする。
光は、この会場の空気そのものだった。
会場と、観客と、一体化する。

二番が終わる。
加速。ギアをさらに上げる。光の身体から汗が流れ、飛ぶ。
呼吸も苦しげなものになっていく。

がんばれ! あともうちょっとだ!!

観客の誰もがそう願う。

光の息が全て使い果たされるのと同時に、音楽が止まった。

「…っ…っ」

声を詰まらせながらも、光が叫ぶ。

「最っ高だ!! みんなはどうだった!?」

一際大きな歓声が会場を包み込む。
間髪入れずに、麗奈がステージに上がってくる。

光は片手を上げた。
その手に、麗奈が乱暴にハイタッチを決める。

プロデューサーの男の手を借りて、光がステージから降りていく。

13: 2018/07/08(日)00:57:51 ID:Ouz
↓↓↓↓↓↓↓↓

前奏。反撃の狼煙が上がる。
麗奈がやってきた。
そんな警告音が観客の耳を打つ。

「アタシの名前を言ってみろぉ!」

ややハウリングを起こしながら、麗奈が叫ぶ。
序盤から、飛ばす。

麗奈! 麗奈! 麗奈!

「サマを付けろ愚民どもぉッ!!」

レイナサマ!! レイナサマ!! レイナサマ!!

一番、歌が始まる。
光は「団結」を表現した。

だが同じ曲でも、麗奈の体現する音は異なっている。

「救済」。

麗奈は孤独を知っている。
だがそれをおくびにも出さず、あくまで帝王のように振る舞う。

誰よりもふてぶてしく。
誰よりも、力強く。
そして誰よりも、やさしく。

孤独な詞を、歌い上げる。

間奏。コンマの世界で麗奈は思考する。
もっと深く。もっと深く、踏み込む。

「アンタ達! コールが足りないわ!!」

レイナサマ!! レイナサマ!! レイナサマ!!

「腹から声をだしなさいっ!!!」

レイナサマ!!! レイナサマ!!! レイナサマ!!!

「やれば出来んじゃない! アンタ達最高よ!!」

14: 2018/07/08(日)00:58:35 ID:Ouz
二番。歓声に潜り込んでいくように、麗奈の声が会場にしみわたる。

はじめは花のように弱々しく。次には、炎のように熱く、猛々しく。
孤独感が、観客と麗奈の間で溶かされていく。

光は、自分の血液が燃え上がっていくような感覚を覚えた。

麗奈! お前はアタシをどこに連れて行く気なんだ!
悪には屈しないぞ!!

二番終了。
演奏がキリキリと会場を締め付けていく。
だが、全員がそれに抗う。

爆発しそうなほどの熱気が滾り、肌を焦がす。
痛いほどの興奮。身を焦がして、焦がして、魂に火がつく。

麗奈の動きはさらに激しくなる。
疲れなど、微塵も感じさせない。弱さなど、一寸も見せない。

最後まで、麗奈は帝王として君臨した。

「……みんな、ありがとう」

15: 2018/07/08(日)00:58:54 ID:Ouz
↓↓↓↓↓↑↑↑↑↑

観客達が、2人の少女を見守っている。

かつて孤独だった少女達。
孤独を打破し、ステージに上がったアイドル達。

対立も派閥もなく。怒りも敵対心もなく。
会場は静かに、待つ。

やがてくる終わりを。

「麗奈」

「なによ」

「アイドルって楽しいな」

「馬鹿ね。今頃気づいたの?」

2人は、手をつないだ。

16: 2018/07/08(日)00:59:16 ID:Ouz
「勝者、南条光!」

司会者が告げる。
光は、すぐにそれを喜ぶことができなかった。

麗奈は膝を壊していた。
テーピングを巻いて、サポーターを添えて、かろうじて舞台に立っていた。
丈の長いドレスはそのためのものだった。

「喜びなさいよ。アンタはこのアタシに勝ったのよ?」

麗奈が手に力を込める。
対決があった。だが、そこには敗者も弱者もいなかった。

17: 2018/07/08(日)05:53:37 ID:Ouz
エピローグへつづく


 2: 2018/07/08(日)05:57:06 ID:Ouz
?



「レイナサマぁ……」

「なんでアンタが泣くのよ」

「くやしくてぇ……」

麗奈は女の頭を撫でた。

ふと、麗奈の携帯電話が鳴った。
知らない番号だった。

「出てください」

女が言った。
麗奈は、通話ボタンを押した。

スピーカーから、声がする。

3: 2018/07/08(日)05:57:37 ID:Ouz
「麗奈ちゃん」

麗奈は、身体を震わせた。

ママの声。

「な、なによ。嫌味のひとつでも……」

ひどく狼狽しながらも、麗奈は切ることができなかった。
言いたいことが、いっぱいあった。

どうやって伝えていいか、わからなかった。
彼女の頭脳を持ってしても。

だから、相手の言葉を待った。

4: 2018/07/08(日)05:57:55 ID:Ouz
「好きなときでいいから、かえってきなさい」

「パパは……」

「愚民と呼んであげなさい。きっとよろこぶわ。
 それじゃあ、また」

通話が終わる。
麗奈は、その場にぺたり、と座り込んだ。

5: 2018/07/08(日)05:58:14 ID:Ouz
「ねえ」

「なんでしょうか!」

「だきしめて」

「はい!」

プロデューサーの女が、麗奈を腕で抱く。
女の肩が、涙で濡れる。

6: 2018/07/08(日)08:25:29 ID:r37
「…………アンタを、アタシのママにはできないわ」

「なんでしょうか! 聞こえません!」

「アンタはアタシのコマで十分よ。
 
 ホラ、もっと強く抱きしめなさい!」

麗奈は女の胸に顔をうずめた。
声が、漏れないように。

7: 2018/07/08(日)08:25:57 ID:r37

「じゃあ、一週間くらい徳島に帰るんだな?」

「うん。家族を大切にしないやつはヒーローじゃないからな!」

LIVEバトルが終わり、車は女子寮の前に停まっていた。

「P、ちょっと肩を貸してくれないか」

光がプロデューサーに言った。
彼は運転席から降りて、お姫様にするように光に手を貸した。

8: 2018/07/08(日)08:26:28 ID:r37
言葉の割に、光の足取りは軽かった。
女子寮の扉が開く。その音が、ホールに響き渡る。

「それじゃあ、俺は……」

彼が去ろうとしたとき。
光が彼の背中を抱きしめた。

「P、ありがとう」

「なにがだよ」

「アタシ、いっぱいワガママ言っちゃって……やめるとか、やめないとか…色々」

「いいよ。これからたんまり稼がせてもらうからな」

男が笑う。

9: 2018/07/08(日)08:26:47 ID:r37
光が、彼の背中に顔をうずめながら、言う。

「Pは、アタシのヒーローだよ。最高の、ヒーロー……」

彼は、言葉を詰まらせた。
プロダクションの時計塔の針が、コチ、コチと音を立てて動く。

10: 2018/07/08(日)08:27:08 ID:r37
おしまい

引用元: 南条光 小関麗奈「地上0km」 



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