196: 2014/09/22(月) 00:35:32.99 ID:XjYJPlKwo
  
  季節は八月中旬、盛夏。
 うだるような気温と、風景がゆがむほどの湿度で不快指数は跳ね上がっている。
 そんな気候の中、林を駈けずりまわされる自分を客観的に見ると、
 ひどい間抜けのように思えてくる。

 (もう、提督はどこにいるのよ……)

  秘書艦を務めている大淀さんが、何らかの用事なのか、提督を探している際に、
 手持無沙汰にしている姿を見られ、提督の捜索を手伝うように頼まれたのだ。
 
  残念ながら建物内には発見できなかったそうで、外の敷地を探すことになったが、
 他の艦娘たちの目撃情報を集めている内に裏山にまできてしまった。
 
  大淀さんには途中で切り上げてもいいとは言われていたが、そこまでにかけた労力に、
 もう意地になってしまって、勢いのまま裏山にはいってしまったのだ。
 しかし、道は途中で途切れており、気がついたときには五里霧中である。

 (やっぱりバカみたいだわ……もう!)

  まったく見つからない上に、道にまで迷わせた提督と今の状況に心の中で悪態をつく。
 あのとき断っていれば、冷房の効いた建物の中でぐうたらできたのに。
 それでなくとも、林の中の道なき道を歩かされると服が汚れていく気もする。
 そもそもあの人は、普段から―――

  思考が現状に対する不満から、日常の勤務態度に関するものに移った頃、
 歩いていた林を抜け、ひらけた場所にでる。提督がいた。

  その場所は木の間から鎮守府が一望できるようで、近くに小川があるのだろうか、水の流れる音もした。
 大きな木に身をもたれた提督は、指にとまった青いトンボを身じろぎもせずに見ている。
 ここまで苦労させておいて、そんなことに没頭する姿に、怒りを抑えることはできなかった。

 「提督! ずいぶん暇なようだけど!」

  大きな声に驚いたのか、とんぼは提督の手を離れていく。こちらに気が付いた提督は、

 「飛鷹か……結構苦労したんだぞー、捕まえるの」

  と、未練がましい声で言った。

 「そんなに暇ならエレベーターの油圧の具合を見てよ。調子悪いったら!」

 「あんまり俺は艦装には詳しくないんだよなあ」

  それで、どうしたんだと、提督が変わらない調子で聞いてくる。

 「大淀さんが、探してたのを手伝ってたのよ……誰かのせいで、手こずらされたけど!」

 「あー、そりゃあすまなかったな、こんなところまで、……よくこれたな」

   のらくらとする提督の様子に、根こそぎ気力を奪われ、もはや怒ることもできなくなった。
  もういい、さっさと戻って冷房の効いた部屋で寛いでいよう。
  そう思って、踵を返す私に、提督は―――
 
 「あ、ここのこと、誰にも言うんじゃないぞー。一応俺の憩いの場、つーか、秘密基地だからなー」

 「言われても誰も来やしないわよ、こんな場所!」


劇場版 艦これ
197: 2014/09/22(月) 00:37:07.35 ID:XjYJPlKwo


  つむじ風が吹いて、落ち葉が舞い上がった。
 夏の間に日光を遮ってくれていた緑の屋根はその役目を終えて、すっかり紅葉し落ち始めている。
 ひらけたこの場所にも既に一面絨毯のように落ち葉が広がっていた。

 やっぱり、夏の間にベンチを持ってきておいてよかった。
 あのクソ暑い中ここまでもってくるのにはひどく難儀したが、それに見合う価値はあったのではないだろうか。
 さすがに、今の乾いているのかわからない落ち葉の上に腰をおろす勇気はない。
 それでなくとも、以前地面が湿っているとき、意図せずに制服が汚れて、洗濯係の飛鷹にひどく叱られたのだ。

  そういえば、こちらを呼びにここまでくるのはいつもあいつだ。
 流石に火急の用事のときには携帯を使うが、(前は忘れて大淀さんに怒られた) 普段は歩いて呼びに来る。
 他人に任せると無責任だと思ったのか、律儀にあの言葉を守っているのかはわからないが、
 案外あいつもこの場所を気に入っているのかもしれない。

  と、噂をすれば影である。落ち葉を踏む音が近づいてきた。

 「提督、倉庫から旧式の艦装が見つかったから、あとでくるように―――」

  ……歩いてくる様子をまじまじと見て、端正な容貌を確認する。可愛いというよりも綺麗な感じだろう。
 少なくとも艶やかな黒髪と白色三種衣風の服は、この風景に鎮守府で一番合っているように思える。

 「……ちょっと提督、聞いているの?」

  怪訝そうな顔でこちらを窺う飛鷹に、ふと思い浮かんだことを頼む。

 「飛鷹。ある程度の速さで、そこで回ってくんないか」

 「……はあ?」

  意図がまるっきり掴めないという様子の飛鷹を有無を言わさず見つめると、
 やがてため息をつきながら、わかったわよ、と小さく了承してくれた。
 こういうところ、こいつは律儀な性格をしているな、と思う。

  飛鷹が横に動きながら、ゆっくりとくるりと回った。
 その長い黒髪と、スカートが風に乗って少し浮き、紅葉した葉が近くを舞い落ちる。
 
  それをぼんやりと見て、期待したよりも良かったなあ、としみじみしているところに、
 これに何の意味があったのかと、飛鷹がこちらを振り返った。

  ちょっと考えてから、やっぱりお前が一番秋の色が映えるなあ、と呟く。

  飛鷹は、しばらく茫然としたあと、小さくふきだした。
 いきなり笑い始めた姿に驚いて、どうかしたのか、と、聞いてみると、

 「提督、それで、口説いてるつもり?」

  しばらく硬直して、はたから見たらそう取られるだろうということに、ようやく思い至った。
 飛鷹はクスクスと笑ったあと、どうにかして誤魔化そうとしているこちらに、
 
 「そんな文句考えるんだったら、また、エレベーターの調子を見なさいよね」

  と言い出すのだった。

198: 2014/09/22(月) 00:39:05.67 ID:XjYJPlKwo


  季節は移り替わり、気温が下がって、年が明ける。
 昨日のどんちゃん騒ぎのせいか、痛む頭に耐えながら、いつものところで提督を観察する。
 
  提督はせわしなく動きまわって、枯れた枝や新聞紙を集めていた。
 たき火でもするつもりだろうか。それはないだろうと思いながら聞いてみる。

 「おー、よくわかったな。いや、初日の入りが見たいんだが、やっぱり寒いしなあ」

 「あのねえ……延焼したらどうするのよ。そもそも、煙で山火事だと思われるんじゃないの?」

 「それぐらいちゃんと考えてるぞ。ほら、結構道具も買い集めて準備したんだ」

  届け出も出したしなー、と言いながら動き続ける提督を見つめた。
 かじかむ手に耐えながら道具に火をつけようとする姿は、なんだか健気なようにも見える。
 私はカイロを提督に渡して、すっかり葉の落ちた周囲を眺めていることにした。
 
 「よーし、火が付いたぞ」

  そうして、焚き木の前で、ベンチの端と端に間をあけて座った。
 最近この人とこうやって過ごしていると、ふとした瞬間に幸せを感じる気がする。
 照れくさいから、あんまり認めたくはないけれど。そんなことを考えて提督の顔を見つめる。

 「あー寒いなあ、誰か隣にきてくんないかなー」

  視線に気がついた提督はからかうような表情でそんなことを言い始める。
 この前の意趣返しだろうか。そう考えると、どうにかしてやり込めてやりたくなった。

 「そう、じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかなー」

  言いながら隣に座ってみる。拒否されると思っていた提督は目に見えてうろたえた。
 それを見ると、なんだかもう少し近づきたくなったので、肩が触れるくらいに寄り添う。
 
 「あー、悪かったよ。……俺の負けだ」

  立ち上がって譲ろうとするのを引き留める。私は提督から離れたくなくなった自分にやっと気がついた。
 こうやって提督に寄り添っていると心の中が暖かくなること。その理由をようやく理解したのだ。

 「あったかいなあ……」

199: 2014/09/22(月) 00:40:33.01 ID:XjYJPlKwo


  長い冬もあけて、春が訪れる。鎮守府中で桜が咲いていた。
 いつもの場所にも桜の木はあって、そこで飛鷹と二人、酒を飲んだ。

 「ねえ……」

  ひらひら落ちる花びらのなか、月明かりに照らされた飛鷹が、こちらを見つめて話し始める。

 「ここって、ほんとにいい場所ね。四季がずっと楽しめるんですもの」

 「誰も来やしない、とか言ってなかったか?」

  からかうように答える。彼女の反応はそれこそ四季のようであると、思う。
 どれぐらい一緒にいても、飽きやしないだろうと思うくらいには。

 「あれから、何か月も経ったのよ。……私だって、色々変わるわよ」

  そうだなあ、と、頷く。桜吹雪というには弱いぐらいの花弁が、さっきから舞っては落ちている。
 ふと、思い立って、飛鷹に近づき、髪の毛についている花びらを払ってやる。
 飛鷹はこちらの行動を、何も言わずに受け入れていた。

 「これからも、ここに来て、こうやって、提督と一緒にいても、いい……?」

  じっと見つめてそんなことを言う飛鷹に、ばーか、と返す。
 とりあえずは――彼女がここにいるおかげで、一人のときよりもずっと、ここの景色は色づいただろう。
 
  瞳をぱちくりしている飛鷹に、言葉を返す。

 「これからは、お前と一緒にくるさ」

  自分でもひどく、恥ずかしいことを言っている気がする。だが、それよりも、
 そんな言葉で、その白い肌を桜色にする彼女の姿を見れたことのほうが嬉しかった。

 「それじゃあ、私はあなたの、……あなただけの、出雲丸ね」

  予想していなかった言葉に、一瞬言葉に詰まる。
 けれども、気を取り直して、……出雲丸、と、彼女をよぶと、
 飛鷹はひどく恥ずかしがって、その色を、八重桜に変えるのだった。
  

200: 2014/09/22(月) 00:42:00.89 ID:XjYJPlKwo
投下終了です

引用: 艦これSS投稿スレ3隻目