566: 2014/12/12(金) 22:07:19.29 ID:8NibFnH9o
投下します 最近の嘘食い見てたら思い浮かんだ話
 
「艦これ」運営鎮守府 公式カレンダー二○二五

567: 2014/12/12(金) 22:08:13.70 ID:8NibFnH9o
  
  丸められた画用紙が波打ち際を漂っていた。
 近くの岩礁の上で上着を脱いだ軍服の男が、体を膨らませて寝転んでいる様子を、
 茶髪の長い髪の少女が鬼気迫る様子でスケッチしている。

  サンサン輝く南の島の太陽を受けながら、満ちてきた潮も気にせず描き続けている少女は、
 不意に顔を歪めると、描いていた紙をそれまでにかけた労力も気にせずぐしゃぐしゃにした。

  すこし焼き焦げた服と艦装を身に纏っている。務めて明るい声を出して、
 
  「提督! ちょっと離れるから!」

  と言うと、顔を俯かせて足早に二三積んであるドラム缶の方に離れていく。
 声をかけられた男はまったく身動きもせずに、口と鼻から液体を漏らしていた。


568: 2014/12/12(金) 22:08:53.80 ID:8NibFnH9o


  秋雲の朝は、今は洞穴のテントの中から始まる。
 十分もあれば一周できそうな南の海の無人島に、幸運にも流れ着いていた物資の入った缶の中から、
 朝食の材料と補給物質を取り出して、顔を洗って、身繕いをし、その一日をはじめるのだ。

  鼻歌を歌いながら、近くから食べられる野草を集めてきて、何とか料理の体裁を整える。

  (前に提督が教えてくれたんだよね)

  そのときのお礼だ、秋雲さんの手料理を味わえるんだから感謝してよね、具は缶詰だけど。
 そんなことを考えながら作り、自分の分はさっさと食べて、提督の分を持っていく。

  提督は海に近い岩礁の上で、身じろぎもせずに生活している。
 秋雲は岩で転ばないようにえOちらほっちら食事を運び、提督の背を岩にもたれさせた。

  「もー、またぐうたらしてんじゃん」

  前は良い体してたのに、そんな生活してるから太ったんだよ。喋りながら、
 提督の顔に流れ出ていた体液を綺麗にふいた後、足元に料理を置いた。

  「秋雲さんの手料理だよー♪」

  そう言って動かない様子の提督の近くに座って、提督をぼんやりみつめる。
 顔も腹もぱんぱんに膨れた姿を見ながら、カモメの声を聴きながら午前中を過ごした後、
 不意に言いようもない感情に襲われて秋雲は、頭を抱えた。少しうずくまって。

  「秋雲がいたら、食べにくいか~」
  
  砂浜のところにまで離れていき、そこに座って、顔から表情を消し去って、
 また、絵をかき始めた。提督は、まったく動かなかった。

569: 2014/12/12(金) 22:10:03.56 ID:8NibFnH9o

  描いた絵は構図や何もかもがブレブレで、とても見れたものではない。
 またぐしゃぐしゃに丸めて、今度は広げたあと、びりびりにやぶいてしまう。
 
  ふと、空を見ると、太陽は傾いて、すっかり橙色に染まっていた。
 そろそろ、提督の食器を片付けなくちゃ。秋雲はになった潮が満ちたせいで、
 濡れたパンツを気にもせず、また、提督の方に動き始める。
 
  全く手をつけられていない食事にため息を吐きながら、
 岩に背を持たれている提督の顔を見ると、口元に、白いものが無数についていた。

  「食事もしないで、そんなものばっかり食べてるから太るんだよー」

  うごめくそれをふき取ってやろうとして、提督のそばに近よると、
 肉が腐ったようなにおいを秋雲は感じ取る。

  「……もー、水浴びもしないで……」
 
  そうして、なかなか取れない白い汚れを優しく拭ってやろうとして、
 ふと、視線の端に、蠅とも虻ともつかない大きさの虫が飛来し、提督の頬に止まる様子を見た。

  秋雲は、すぐに払おうとして、しかし、その虫は、頬の中に潜り込んでいってしまう。
 ひどく丁寧な手つきで取り除こうとするも、埒が明かなくなった秋雲は、

  「ごめん、ちょっと痛いかもしんない」

  ぶよぶよになった皮膚に指を差し込むと、うごめく虫を引きづりだした。

  「ああ、ごめん! 提督、ごめんね」

  けれども少し乱暴になってしまったからか、提督のひどく脆くなった頬は、
 中ごろから裂けて、下側の真っ白い骨を覗かせている。

  「ごめんね、提督、提督……しかってよう」

  辺りに酷く広がった腐敗臭が移ることも気にせず、秋雲は傍らで泣きじゃくっていた。

570: 2014/12/12(金) 22:10:52.11 ID:8NibFnH9o



  テントの中から頭を出して外の星空を秋雲は眺めた。
 前にはなかったことだが、この島に来てから余計なことを考えるようになったと思う。
 星空と、空に浮かぶ月を見ていると、自分も提督もひどく儚い存在のように見えるのだ。

  秋雲は気分を変えようと満天の星空を、星座に沿って指で、なぞり始めた。
 なぞっていくうちに、提督が、様々な逸話を教えてくれたことを思い出す。

  神様が実はとんでもない奴だとわかって、後で本のネタにすると提督に話したこと。
 もちろん提督を女好きの神様にすると言って、冗談交じりにしかられた。
 あのときは、提督にからかい交じりのバカみたいなことばかり言って――

  そこまで考えて、秋雲には急に外の波の音が耳障りに感じられた。
 秋雲は両手で耳をふさいで、両目をきつく閉じると、毛布のなかに深く潜り込んだ。
 もう、なにも、感じたくなかった。

571: 2014/12/12(金) 22:11:30.57 ID:8NibFnH9o


  南の島の天気は変わりやすい。ここの所、ずっと晴天が続いていたので、
 秋雲はそのことをすっかり失念していた。……もしかしたら、気がつきたくなかったのかもしれないが。

  その日の朝、外の激しい雨風と波の音にたたき起こされ、
 この島の近くにスコールが来ている事に秋雲は気がついた。

  秋雲は飛び起きると、着の身着のままで体がぬれることも気にせず外に駆け出した。
 途中何度か転びながらも、岩礁にたどり着いて、ずり落ちそうになっている提督を発見する。

  海水の水位はそこまでは届きそうになかったが、雨と風で海面に落下するかもしれない位置である。
 秋雲は悲鳴をあげると、すぐに提督を、無事なところにまで引っ張ろうとした。
 腐ってグズグズになっていたその肌は、激しい雨で、ながれ落ちていくように見えた。

  「いやあ! 提督、いかないで、いかないで!」
  
  秋雲にはそれが、まるで海に連れ去られるように感じられた。
 提督に覆いかぶさるように、しがみついて、雨と風から守ろうとする。
 
 秋雲は、スコールが去るまで、ずっと泣きながら提督を守り続けた。

572: 2014/12/12(金) 22:12:19.48 ID:8NibFnH9o

  太陽は夕暮れに差し掛かって、遠くからカモメの声が、耳障りに聞こえてきた。

  秋雲は飽きもせず、下半身を濡らす海水の感触に見向きもせず、ずっと絵を描き続けていた。
 もう残り少ないその画用紙を、ひたすらひたすら、書いては線を重ねて書いた。
 まったく描きたいものを描けるとは思えなかったけれど、ここで止めると、
 自分に残ったものが消えてしまうようにもかんじていた。それは、紙が無くなっても同じことであるとも。

  秋雲は被写体に再び目を移した。片腕が、腐ってちぎり取れているところが見えた。
 涙が止まらなくなった。落ちた涙があと二枚しかない画用紙に落ちた。秋雲は、
 何度も何度もそれを拭って、描き直そうと……して。

  「……うあああああああああああ」
  
  秋雲はどこからその声が聞こえてきたのか、最初はわからなかった。
 常に飄々としている自分が、そんな声をだすはずはなかったし、提督は、提督は……

  「ああああああああああああ! ……うあああああああああああ!」

  秋雲は、自分がどこにいるかもわからなくなった。
 体の重さは、まるで自分が暗闇の海の底にいるように感じられた。
 泣き叫んで、泣き叫んで、泣き叫ん、で。
 不意に、どんどん暗くなっていく地平線の先が見えた。

  「……連れてって」
   
  叫びすぎてガラガラになった声を、秋雲は絞り出すように出した。
 その暗闇の向こうに、雨で流れだしていた提督が、いるような気がしていた。

  「私もそっちに連れてって!」

  秋雲はそのまま、海の向こうに進みだすと、艦装を動かすことも忘れて、溺れながら進み続けた。
 何度も何度も水を飲みながら、めちゃくちゃに体をうごかして、意識を失うまで進み続けた。

573: 2014/12/12(金) 22:13:00.70 ID:8NibFnH9o



  ……秋雲は、いつもと同じ砂浜で、目を覚ました。
 溺れた時に、こちらを呼ぶ提督の声と、何とか戻そうとする提督の声を聴いた気がした。

  そうして、いつもの岩礁まで歩いていくと、提督は氏んでいた。グズグズに腐って氏んでいた。
 秋雲は、また一筋、涙を落とした。


574: 2014/12/12(金) 22:14:34.07 ID:8NibFnH9o



  提督、秋雲、ずーっと狂いたかったんだあ。提督が生きているって妄想の中に、
 ずっと、逃げ込んでいたかった。でも、どうしても、だめだった。
 提督の氏に顔はずっと目に焼き付いて、いくら提督を遠ざけておいても、ずっとはなれなかった。

  だから、提督の生きている姿を、イラストにして、ずっとそのなかに、いたかったけれど、
 ……ごめんね、氏んじゃったんだもんね。だから全然、全然描けなかったよ。


  ……もう、会えないね。氏んだあとも、心配かけて、本当に、ごめんなさい。
 
 

575: 2014/12/12(金) 22:15:38.09 ID:8NibFnH9o


  近くを通りかかった艦隊に、秋雲が救助されて、遺体も収容されたあと、
 その島の上、岩礁の近くで、一枚の紙が空高く舞い上がった。
 
  眠るように氏んでいる男と、その近くに寄り添って眠る少女が書かれたその絵は、
 海水面上に落ちて、いつまでも、いつまでも、浮かんでいた。
 
 

576: 2014/12/12(金) 22:16:23.47 ID:8NibFnH9o
投下終了です 

引用: 艦これSS投稿スレ3隻目