1: 2012/05/16(水) 20:35:15.13 ID:1rgOThAPo
キーンコーンカーンコーン……


「それでは、今日の授業はここまでです。」

チャイムの音と共に、教師が退屈な授業の終了を告げる。
ようやく、待ちに待った放課後だ。

俺はいそいそとランドセルに荷物を詰め込み、帰宅の準備を始めた。

「こら、垣根君!貴方は今日、掃除当番でしょ!」


帰ろうとする俺に、クラスの女子が怒鳴りつけてくる。

「おおっと、こええこええ。」
だが、そんなことで怯む俺ではなかったのだ!

「悪いな!掃除当番は掃除をすることとか、そんな常識、俺には通用しねえんだ!」

「あっ、コラ、待ちなさーーーい!!!」

クラスの女子の言葉を背に受け、俺はランドセルを背負うと一目散に教室を飛び出した。

とある魔術の禁書目録 31巻 (デジタル版ガンガンコミックス)

2: 2012/05/16(水) 20:39:48.92 ID:1rgOThAPo
「ふう、ここまで来れば大丈夫だろう。」

遠巻きに校門を見つめつつ、俺は勝ち誇った顔で汗を拭った。
もっともこれで、明日の朝の会の議題は決定しただろうが。


朝の会、帰りの会とは恐ろしいイベントだ。

クラスに一人はいるチクリ魔が、一度誰かの「悪行」をその場で告発すれば、
それがどんなに些細なことでも、たちまちそいつを裁く魔女裁判が開廷しちまう。


そこには弁護人はいねえ。
いるのは告げ口と断罪が趣味みたいな検事(チクリ魔)と、
明日は我が身と知らずに吊し上げを望む傍聴人 (クラスメイト)と、
検事の言葉を鵜呑みにするだけの無能な裁判長(担任)だけだ。
考えるだけでウンザリしてきやがる。


まあいい。

別に有罪になったところで火刑になるわけじゃあない。
食らってもせいぜいが担任のお小言だろうし、その程度で掃除をサボれるなら軽いもんだ。
そう思い直すと俺は、早速遊びに出かけるため、家路を急いだ。

3: 2012/05/16(水) 20:41:46.26 ID:1rgOThAPo
俺は自宅に荷物を置き、早速公園にやってきていた。

さて、今日は何をして遊ぶか。
一人で遊ぶか、友人でも呼ぶか。
そんなことを考えていたら、


「ん、ありゃあ……」


公園の隅に、気になるものを見つけた。

4: 2012/05/16(水) 20:47:08.54 ID:1rgOThAPo
数人の少年達が、誰かを取り囲んでいた。
時折そいつに罵声を浴びせたり、蹴りを入れたりしていた。

喧嘩か……?いや、あれはいじめだろう。
少年達が取り囲んでいるのは一人しかいない上、そいつはまるで無抵抗だ。

普段の俺ならくだらねえ連中だと捨て置いていたところだが、
明日俺に待ち受けているであろう魔女裁判のことを思い出すと、
いじめられている奴が何だか他人に思えず、いじめている奴らに無性にムカついてきた。


俺は奴らにこっそり近づき、

「オラァ!!!」

「ぐはぁっ!!!」
いじめっ子の一人の頭を、思い切り殴りつけた。
俺に殴られたいじめっ子が、無様に地面に顔をぶつけた。

5: 2012/05/16(水) 20:51:14.36 ID:1rgOThAPo
「な、なんだぁ、テメェは?」

突然の事態に、不意打ちを食らったいじめっ子が、起き上がって俺を睨み付けてきた。


「悪を許さない正義のヒーロー……でどうだ?」

俺はニヒルな笑みを浮かべつつ返答した。


「ふざけるな!不意打ちとかきたねえ真似しといて、何が正義だ!」


「俺にそんな常識は通用しねえ。最も効率のいい方法をとっただけだ。
 大体集団で弱いものいじめをするテメエらみてえなクズ共に、
 きたねえだの何だのと言われる筋合いはねえな。」
いじめっ子の主張を俺は軽く聞き流す。
俺は常識が通用しないが、常識はずれではない。

「なめやがってこの野郎……この人数に勝てると思っていやがるのか……!?」

「謝るなら今のうちだぜ……!!!」


別のいじめっ子達が、敵意を露にして俺を睨んできた。
相手は3人か。まあ、何とかなるか……な?
しかし、何てひねりの無い台詞だ。三下の悪党そのものだな。

6: 2012/05/16(水) 20:53:08.54 ID:1rgOThAPo
「俺に意見を聞く前に、自分自身で考えてみたらどうだ?
 大体勝てる確信があるなら、四の五の言わずにかかってくりゃあいいだろ。
 それとも何か?テメエら揃いも揃って、
 『ごめんなさい勝てないです許して』
 なんて、戦う相手からの勝利のお墨付きが欲しいのか?
 だとしたらとんだチキン共だな。道理でいじめなんてくだらねえことをするわけだ。」

「「「野郎、なめやがってぇぇぇ!!!」」」

俺の安い挑発に、いじめっ子共は仲良く乗ってきた。
しかも仲良くひねりの無い買い言葉でハモりやがった。

「ハッハァ!!!ムカついたんならとっととかかって来いよ!!!
 あいにくこっちはそれ以上にムカついてんだからよぉ!!!」

さあ、楽しい楽しい戦いの始まりだ!

7: 2012/05/16(水) 20:55:49.04 ID:1rgOThAPo
と思っていたら、あっという間に終わってしまった。
つーかこいつら弱すぎ。


「「「ご、ごめんなさい勝てないです許して……」」」

3人はべそをかきながら地べたに這い蹲って俺に降参と謝罪の言葉を向けてきた。
それすらもさっきの俺の台詞の使いまわしときているのだから、実に哀れな奴らだ。
主に頭が。


「もういじめなんてくだらねえことはしねえか?」

「「「しませんしません!!!」」」

「その言葉忘れんなよ。もしまた俺の前でやってみろ。
 その時はみっちりと『再教育』してやるからよぉ……!!!」

「「「ヒイイイ!!!」」」


俺が精一杯の脅しをかけると、3人は豚のような悲鳴を上げながら逃げていった。

8: 2012/05/16(水) 20:58:39.33 ID:1rgOThAPo
「ふん、カス共が。おい、お前、立てるか?」

俺は先ほどまでいじめられていた奴に話しかけ、手を差し出した。


「ひっく、ひっく……え?」

すると、それまで蹲って泣きじゃくっていたそいつが、顔を上げた。

9: 2012/05/16(水) 21:01:39.64 ID:1rgOThAPo
意外なことに、そいつは女だった。

歳は俺よりも大分下だろう。5歳前後ってとこか?
背も小さく、大人しそうな顔立ちの、見るからにか弱い少女だった。

あいつら、こんな小さなガキを集団でいじめていたのか。
つくづくムカつく連中だった。もう一発位殴ってやればよかった。


「あ、あの人達は……?」

少女が真っ赤な目を擦りながら聞いてきた。さっきのいじめっ子達のことだろう。


「ああ、あの馬鹿共は俺が退治した。だから安心しろ。」

俺は少女の顔の汚れを拭きつつ、努めて優しく言ってやった。

「あ、ありがとうございます……」


すると少女は、照れくさそうにお礼を言ってきた。

10: 2012/05/16(水) 21:02:57.79 ID:1rgOThAPo
「気にすんな。俺がムカついたからそうしただけだ。
 それに嬢ちゃんみたいな可愛い娘に、泣き顔は似合わないぜ。
 女の一番の化粧は、笑顔なんだからよ。」
俺は少女の頭を撫でながら、さらりとそう言って見せた。
決まったなこれは。


「あ、あはは、お兄さん、意外と面白い人ですね。
 そんなクサイ台詞を真顔で言うなんて、恥ずかしくないんですか?」

少女は先ほどまでの泣き顔から一転して、ケラケラと笑い出した。


「……心配すんな、自覚はある。」

とはいえ、ちょっと傷ついたぞ。意外とはっきりものを言うガキだな。
ま、笑顔になったんなら、別に構わないか。

11: 2012/05/16(水) 21:05:19.72 ID:1rgOThAPo
「ところで嬢ちゃんは、何であいつらにいじめられていたんだ?
 見たところ知り合いってわけでもなさそうだったが。」

俺はとりあえず、疑問に思ったことを口にしてみた。


「あ、聞いてくださいよ!あれはあの人達が悪いんですよ!」

少女は先ほどとは変わって、頬を膨らませて主張を始めた。


「あの人達、突然公園に来て砂場に入り込んで、
 『ここは俺達のもんだ!!』とか言って、遊んでいた子供達を追い出したんですよ!
 それで私が、
 『公園の施設は皆のものですよ。誰かが独り占めしていいものではありません。』
 って、抗議したら……」

「『ガキが生意気言ってんじゃねえ』とでも返されて、袋にされたって訳か……」


「うっ……」

少女が黙りこむ。どうやら図星だったらしい。
大人しそうな顔をしているくせに、意外と無鉄砲な奴だった。

12: 2012/05/16(水) 21:06:58.38 ID:1rgOThAPo
「で、でも、私は間違っていませんよね!?
 それに、言うじゃないですか。『正義無き力は暴力』って。
 私は、そんなものを振るう悪を見過ごせなかったんです!」

「『力無き正義は無能』という言葉もあるだろうが。
大体お前、俺が止めなかったらどうするつもりだったんだ?
 正義を振りかざす力もねえくせに、無茶すんじゃねえよ。」
少女の弁に、俺は呆れたように論した。

「うっ……そ、それでも!」

少女は俺の言葉にまたしても黙りこみそうになったが、



「それでも私は、正義でありたいですから。
 たとえ私に力が無くても、悪を見過ごす理由にはなりませんから。」



そう、はっきりと、力強い笑みで答えた。

13: 2012/05/16(水) 21:09:22.56 ID:1rgOThAPo
「…………!!!!!」

不覚にも、俺は少女の笑顔に一瞬ドキリとさせられた。
ちっ、俺はこんな年下のガキ相手に何を考えているんだ!?


「(でもこいつ、よく見ると可愛いな……)」

だ、か、ら、俺は何を考えているんだ!!!



「?どうしたんですか、お兄さん?」

唐突に頭を掻き毟り始めた俺に、少女が怪訝な視線を向けた。

14: 2012/05/16(水) 21:13:08.83 ID:1rgOThAPo
「と、ところで嬢ちゃん、名前は?」

俺は何とか思考を切り替えようと、違う話題を振った。
何かこのガキには微妙に振り回されている気がする。


「私ですか?『かざり』です。『ういはる かざり』。」

そんな俺の気も知らない少女は、笑顔で自分の名前を告げた。


「『かざり』か。漢字はどう書くんだ?」

「え、えっとですね……」

少女は手近な木の枝を拾い、地面に漢字を書き始めた。
……が、まだきちんと書けないらしく、地面には漢字とはかけ離れた謎の記号が描かれた。


「……貸してみろ。……えーと、こうか?」

見かねた俺は、少女から枝を受け取り、読みと記号から推察して地面に字を書いた。



『初春 飾利』

15: 2012/05/16(水) 21:15:05.93 ID:1rgOThAPo
「あ、そうです!それで合ってます!」

少女…飾利は、それそれと連呼した。
本当に正解だろうな?と内心思ったが、考えても正解が出るわけではない以上、
本人の言葉を信じることにした。


「じゃあ、お兄さんの名前は何ていうんですか?」

「俺か?『垣根 帝督』だ。漢字ではこう書く。」

飾利の問いに答えつつ、俺は自分の名前を地面に書いた。


「……変な名前。」

「自覚はあるが、面と向かって言われると堪えるものがあるな……」


くそ、こんな名前を付けた両親に無性にムカついてきた。

16: 2012/05/16(水) 21:16:54.01 ID:1rgOThAPo
「じゃあ、垣根さん……」

「帝督でいい。名字で呼ばれるのはあまり好かねえ。いいだろ、『飾利』。」

俺はあえて少女を名前で呼んだ。お互い様だという意思表示だ。


「そうですか、じゃあ帝督、私はもう帰ります。早く帰らないとお母さんが心配しますし。」

「いきなり呼び捨てかよ、別にいいけど……しかしまあ、確かにガキは帰る時間だな。」

気がつけば日が沈みかけ、辺りは暗くなり始めていた。
結局今日は、馬鹿どものお仕置きと、ガキの相手で潰しちまった。


「おう、なら俺も帰るわ。悪い男に引っかかるなよ。」

俺も飾利に背を向け、帰路につくことにした。

「はーーーい。」



……あいつ、意味分かって頷いてんのか?

27: 2012/05/17(木) 21:34:34.18 ID:zFxr7JLpo
翌日の朝。

俺は、昨日会った少女のことをぼんやりと考えていた。


初春飾利。


昨日俺がいじめっ子から助けてやった少女。
小さくて弱っちい身体に、強い正義感を秘めた少女。
大人しそうな顔に似合わず、意外とはっきりものを言う少女。


昨日出会ったばかりで、大して深い仲でもない。
俺が気にかける義理も無い相手ではあった。

それでも、一度縁を持ってしまえば、程度の差はあれ気にかけてしまうのが人間だ。

28: 2012/05/17(木) 21:35:30.45 ID:zFxr7JLpo
「あいつ、また無茶をしていじめられちゃいねえだろうな……?」

ふと、そんなことを考えた。
そうなると、もうそれが気にかかって仕方がなかった。


「今日の放課後、またあの公園に行ってみるか……」

もっとも、行ったところで今日も会えるとは限らない。
それでも、何もしないでじっとしているよりは、少しは落ち着くというものだ。
こんなことを考えるとは、まったく、らしくもない。

29: 2012/05/17(木) 21:40:13.34 ID:zFxr7JLpo
「皆さん、席に着いてください。」

そんなことを考えているうちに、担任が教室に入ってきた。
それまで騒がしかった教室が、すぐに静かになる。


「きりーつ、れーい、ちゃくせーき。それでは朝の会を始めます。」

学級委員長のやる気のない号令に、皆黙々と従う。


「はい、それでは始めましょう。何か変わったことはありませんでしたか?」

「はい。」

「はい、チクリ魔(仮名)さん。」

「昨日垣根君が掃除をサボって帰ってましたー。」


「うげっ。」

クラスの連中に一斉に睨まれ、俺は思わず間抜けな声を出した。
すっかり忘れてた。


「本当ですか、垣根君。詳しく話を聞かせてもらいますよ。」

担任もこちらを向いてくる。
完全に非難の目だ。
あーあ、やっぱこうなっちまうのかよ。

30: 2012/05/17(木) 21:41:50.64 ID:zFxr7JLpo
空が夕焼け色に染まり始めたころ、俺は一人で下校していた。


あの後、俺は朝の会でそのまま魔女裁判にかけられた。
俺はなすすべも無く有罪を言い渡され、教室の掃除を一人でやらされることになった。
俺が悪いのだから仕方ないとはいえ、意外に重い罰には少々ムカついた。


ちくしょう、あのブス、今度下駄箱に青大将でも入れてやる。

俺は毒づきながら昨日行った公園に向かった。

31: 2012/05/17(木) 21:42:44.73 ID:zFxr7JLpo
程なくして、俺は昨日の公園に着いた。

公園を見渡すと、遊んでいる子供の姿は見えなかった。
皆既に帰ってしまったのだろう。
気付けば時刻は、午後5時を過ぎようとしていた。
考えてみれば無理もない、こんな時間まで遊ぶガキはいないだろうしな。

「チッ、無駄足だったな。」

俺は踵を返し、再び帰ろうとした時、


「あいつ……」

公園のベンチに、飾利を見つけた。

32: 2012/05/17(木) 21:45:37.61 ID:zFxr7JLpo
飾利は俺の姿には気付いていないのか、一人で夕焼け空を呆然と眺めていた。
俺は無言で飾利の側に歩み寄る。
やがて向こうも気付いたらしく、こちらに向かって手を振り始めた。


「もう、帝督ったら遅いですよ。私、待ちくたびれました。」

非難がましい言葉とは裏腹に、飾利は笑顔だった。
声も、どこか弾んでいた。


「待ち合わせをした覚えはねえ。つーかお前いつからそこにいた?」
俺は飾利の横に座り、そっけなく答えた。


「えーと、幼稚園から帰ってすぐでしたから、2時頃ですね。」

「そんな時間から俺を待ってたってのか、お前は……」

「はい。」


淀みなく答える飾利に、俺は呆れてしまった。

33: 2012/05/17(木) 21:51:11.54 ID:zFxr7JLpo
「全く、来るかどうかも分からねえ相手をこんな遅くまで待ちやがって……
 俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」

まさか来るまで待っているつもりじゃなかっただろうな。
こんな時間にわざわざ来ちまう俺も俺だが。


「でも、帝督は来てくれたじゃないですか。」

飾利は俺の質問にキョトンとして、そんなことを言いだした。


「そりゃたまたまだ。それに俺は俺が来なかったときの話を聞いているんだ。」

「来なかった時のお話なんて意味が無いですよ。
 私は帝督を待っていて、帝督は来てくれた。大事なのはそこですよ。」

俺はもう苦笑する他無かった。
可能性の話は関係なく、今起こっていることが大事か。
ガキらしいといえばらしいのかも知れねえが……。


「お前って、俺以上に常識が通用しねえ奴なのかもな……」


「あ、それはないです。
 私は帝督と違って、あんなクサい台詞、真顔で吐けませんから。」

「独り言を耳聡く聞いてんじゃねえよ。」

34: 2012/05/17(木) 22:01:27.76 ID:zFxr7JLpo
「それで帝督、今日は何をして遊びますか?」

「アホ。今何時だと思ってる。ガキはおうちに帰る時間だ。」


「ええ~。」

飾利は心底残念そうな顔をした。
こいつ、本気でこれから俺と遊ぶつもりだったのか?


「ええ~じゃねえだろ、当たり前だ。じゃあ、俺も帰るからな。」

「うう……」

飾利はまだ不満そうであった。
これでは今日は大人しく帰っても、また同じ様に待ち続けられかねなかった。

仕方が無いので俺は、


「……あー、分かった。じゃあこれからは待ち合わせをするか。」


妥協案を提示することにした。

35: 2012/05/17(木) 22:04:04.00 ID:zFxr7JLpo
「え、ホントですか!?」

先程までの不満げな面から一転、飾利は嬉しそうな顔をした。
どうやらこれなら納得してくれそうだ。


「ああ、それならお互い無駄に待つ必要も無くなるだろう。」

「そ、それじゃあ、明日はいつ頃待ち合わせをします!?」

いきなり明日かよ……別にいいけど。


「そうだな、なら、3時頃にここに集合でどうだ?」

「そうですね、じゃあそれでいいです。」


やれやれ、これでやっと帰れるな。
しかしまあ、妙に懐かれちまったもんだ。

36: 2012/05/17(木) 22:05:03.58 ID:zFxr7JLpo
「じゃあ、私はもう帰ります。また明日会いましょう!」

飾利がベンチから立ち上がり、出口に向かって歩こうとした。


「あ、ちょっと待て!」

「どうしました?」
俺の制止に、飾利は立ち止まってこちらを振り向いた。

「あー、もうこんな時間だろ。家はどこだ?送っていってやるよ。」


俺の提案に、飾利は一瞬驚いたようだったが、

「そうですか、じゃあ、お願いします。」


屈託の無い笑顔で、そう答えた。

41: 2012/05/20(日) 20:56:48.05 ID:agNjdrWPo
あの日以来、俺と飾利は、頻繁に会っては遊ぶようになった。

始めは妙な奴に懐かれてどうしたものかと思っていたが、
こいつとの付き合いも、次第に悪くは無いと思うようになっていた。


飾利は、面白い少女だった。

歳相応の無邪気さやあどけなさを見せるかと思えば、
正義感が強く、時に熱血漢とも無鉄砲とも取れるところも見せる。
能天気なようで意外と頭も回り、時折ちらりと黒さも覗かせる。


一緒にいてなかなかに退屈しない。

もっとも、一緒にいる理由はそれだけではなかったが。

42: 2012/05/20(日) 20:58:41.84 ID:agNjdrWPo
「あっ、帝督。今日は約束より早かったですね。」

今日も俺達は、いつもの公園で待ち合わせをしていた。
俺の姿に気付いた飾利が、こちらに駆け寄ってきた。


「おう、今日は掃除をサボって一目散にここに来たからな。」

俺はニヤリと笑い、飾利の頭を撫でてやった。


「もう、早く来てくれたのは嬉しいですけど、当番はきちんとしなきゃ駄目ですよ。」

飾利は嬉しそうにしながらも、俺に小言を言ってきた。


「ふっ、俺は常識の通用しねえ男。掃除当番なんて型にはまった制度で、俺を縛ることはできねえんだよ。」

「正直、何を言っているのか全然分かりません。とにかく、今度からはサボっちゃ駄目ですよ。」

俺のボケを、歯に衣着せない突っ込みで一蹴する飾利。



おおむね、いつもの俺達であった。

43: 2012/05/20(日) 20:59:55.98 ID:agNjdrWPo
「それで帝督、今日は何をして遊びますか?」

「ああ、実はこの前『いいところ』を見つけた。今日はそこに行くぞ。」

「いいところですか?一体どんなところですか?」

「そいつは行ってのお楽しみだ。ほら、ぐずぐずするな。」

そう言うと俺は、飾利の手を握り、歩を進めた。


「わっとっと。分かりましたから、待ってくださ~い。」

飾利はバランスを崩しそうになりながら、俺に手をひかれて後をついてきた。

44: 2012/05/20(日) 21:01:48.18 ID:agNjdrWPo
「着いたぞ。ここだ。」

公園からしばらく歩き、俺達は目的の場所に着いた。


「うわあ……」

その景色を見た飾利が、感嘆の声を上げた。


そこは、色とりどりの花が咲き乱れる、小さな花畑だった。


「す、凄いです……こんな場所いつの間に見つけたんですか?」

「この前散歩しているときに、偶然な。どうだ、いい場所だったろう?」

「はい!とっても!」


飾利は心底嬉しそうに答えた。

これだけ喜んでくれると、わざわざ教えてやった甲斐があるな。

45: 2012/05/20(日) 21:03:18.40 ID:agNjdrWPo
「うふふー、きれーい、いいかおりーーー」

飾利は無邪気にはしゃいでいる。
俺はというとその横で、いくらかの花を摘んで、あるものを作っていた。


「何を作っているんですか?」

飾利が俺の手元を覗きこんできた。

「ん、ちょっと待ってろ。もうすぐできるからよ……」

ここをこうして……と、よし、できた。


「ほら、ちょっと屈め。」

「?はい……」

俺は怪訝な表情で屈んだ飾利の頭に、


摘んだ花で編んだ冠を被らせてやった。

46: 2012/05/20(日) 21:05:10.35 ID:agNjdrWPo
「ふわあ……帝督、こういうものも作れたんですか。
 普通男の子って、こういうのは出来ないと思っていましたが。」

俺が作った冠は、マーガレットの花で編んだオーソドックスなものだ。
冠が解けてくる様子はない。なかなかうまくできたようだ。
飾利は目を丸くして、頭の冠に手をやっていた。


「俺にそんな常識は通用しねえ。この位、俺には造作もねえんだよ。」

口ではそう言ったが、本当は女の子の気を引くためにこっそり練習していた。
まさか初めて披露するのがこいつとは、夢にも思わなかったがな。

「へえ~、帝督のことですから、てっきり女の子の気を引くために練習していたのかと思いましたけど。」

あ、あれ、見透かされている?


「えへへ、でも嬉しいです。ありがとうございます。」

飾利は少し照れたように笑い、俺に礼を言ってきた。


「おう……」

俺は素っ気なく返事をしたが、内心は図星を突かれたこともあり、少し焦っていた。
こいつ、わざとやってねえだろうな?

47: 2012/05/20(日) 21:06:37.44 ID:agNjdrWPo
「ねえ帝督、私にもこれの作り方、教えてください。」

よほど冠が気に入ったのか、そんなことを言ってきた。


「ああ、いいぜ。まずは……」

俺は手元のクローバーを摘み、実際にやって見せた。


「えっと、ここを…こうして……」

飾利も同じようにクローバーを摘み、俺の手を見つつ挑戦を始めた。


「………………」

「……!…………!!!」


手元のクローバーを編むのに集中している飾利と、それを見つめる俺。

しばし、沈黙が訪れた。

48: 2012/05/20(日) 21:08:20.73 ID:agNjdrWPo
「なあ、飾利……」

やがて俺が、口を開いた。

「何ですか?」

飾利は手を止めずに俺の言葉に反応した。


「お前は将来、なりたいものはあるのか?」

特に深く考えず、そんなことを口にした。


「……そうですね、特に、考えたことはないです。」

飾利は相変わらず手元に集中しつつ、そう答えた。

「そうなのか?俺のダチ共は割とそういうのを口にするぞ。
 男ならプロスポーツ選手や医者、女なら花屋やケーキ屋ってな感じだな。
 どいつもこいつも荒唐無稽な夢だが。」

「帝督、私以外に友達がいたんですか?」

「泣かすぞ、クソガキ。」

さらりと毒を吐きやがって。

49: 2012/05/20(日) 21:11:50.61 ID:agNjdrWPo
「……んー、でも、やっぱり今はまだ分からないですね。
 それに、私が大人になるのは、まだ先の話ですから。
 なら、そんな先の話より、私は今を精いっぱい生きたいですし。」

飾利は、そんな答えになっていない答えを返してきた。


「今が良ければそれでいいってか。随分刹那的な考えをするんだな、お前は。」

俺は呆れたように溜息をついた。


「そういう意味じゃないんですよ。
 将来のことを考えるのはとても大事なことだと思います。
 でも、今の私はまだその材料が足りてないと思うんです。
 自分の興味があるものは何なのか、自分は何が得意なのか……
 そういったことも知らずに、ただ今見えるものだけで将来のことを考えても、あまり意味がないと思うんですよ。」

そう話す間も、飾利は手を止めない。


「それに、子供の今しか出来ないことも沢山あると思うんです。
 それこそ、それを経験せずに大人になったらきっと後悔するようなことも。
 だから今は、先走って将来に不毛な思いを巡らせるよりも、
 将来に繋がるものを沢山経験するために、今この時を精いっぱい生きたいんです。
 ……と、できました。」


そう言い終えると、飾利はクローバーの冠を掲げた。

50: 2012/05/20(日) 21:13:46.72 ID:agNjdrWPo
「へえ、初めてにしては悪かねえな。」

少々不格好ではあったが、一応体裁は保たれているといった感じだった。

それにしても、こいつも能天気なようで、意外としっかり考えているんだな。


「……あ、そういえば、一つだけあったかもしれません。なりたいもの。」
ふと思いついたように、飾利が声をあげた。

「何だ?言ってみろ。」

「え、ええとですね……夢と言いますか……何と言いますか……その、ひどく抽象的でしかないんですけど……」
飾利はしまったと言わんばかりの顔で、しどろもどろになりながら言葉を紡いだ。


「何でもいいから言ってみろよ。別に笑わねえから。」

「う……その……s…きn…y……ん。」

「聞こえねえよ、もっとでけえ声で言え。」


飾利は顔を真っ赤にしながら、


「その、『素敵なお嫁さん』。」


そんな、予想もしなかったことを言いやがった。

51: 2012/05/20(日) 21:15:29.04 ID:agNjdrWPo
「『お嫁さん』ときたか。なるほど。こりゃあ確かに抽象的だ。」

「わ、悪いですか?女の子なら誰でも一度は、素敵なお嫁さんに憧れるものですよ。」

飾利は顔を赤くしたまま、拗ねた様に言ってきた。
どうやら俺に馬鹿にされていると思っているようだ。


「別に悪かねえよ。ただ、お前はたまに女の子らしいことを言うなって思っただけだ。」

「うう、やっぱりなんだか馬鹿にされている気がします……」

やれやれ。気難しいお嬢さんだ。


しかしこいつがお嫁さんねえ。
このじゃじゃ馬の手綱を取れる男なんているのか?
もしいるなら見てみたいもんだが…………

………………

………………………………

52: 2012/05/20(日) 21:17:07.94 ID:agNjdrWPo
「なあ、飾利……」

「どうしました、帝督?」


「………………いや、何でもねえよ。」

「?????」



そうだ、何でもない。

それに、飾利の言う通り、俺達が大人になるのはまだ先だ。
それならこいつの言う通り、もう少し今この時を満喫することにするか。


その時はそう思っていた。

ずっととは言わずとも、もう少し続くと思ってはいた。


だが俺の、

俺達の、

この心地いい時間は、


思ったよりも早く、終焉を迎えた。

55: 2012/05/21(月) 21:27:14.63 ID:vLaUGEUOo
それは、ある日のこと。

学校で友達と、いつものように馬鹿な会話に興じていたら、突然担任に呼ばれた。

俺は今日はどんなことで怒られるのかとうんざりしながら職員室に向かった。


職員室に入ると、担任が神妙な顔をしていた。

今までに見たことのない顔だった。

少々気にはなったが、さっさとすませて遊びたかった俺は担任に話しを促した。


「で、話って何すか?」

担任は俺の億劫そうな発言をよそに、神妙な顔のまま、予想もしなかったことを告げた。

「垣根君、落ち着いて聞くんだ……」




「君のご両親がつい先ほど、亡くなったそうだ。」

56: 2012/05/21(月) 21:29:18.10 ID:vLaUGEUOo
俺はその日は早退し、駆けつけた親戚と、遺体が安置されている病院に向かった。


病院に着き、霊安室に向かう。
そこには、かつて俺の親父とお袋『だったもの』が安置されていた。

何でも親父とお袋は、今朝方車で出かけた後、
無茶なスピードで追い越しをしていた対向車線からの車と正面衝突し、
そのまま帰らぬ人となったらしい。

事故は相当悲惨なものだったのだろう。
それらは、全身が拉げた、できの悪いマネキンのようになっていた。

57: 2012/05/21(月) 21:29:43.39 ID:vLaUGEUOo
別に、何の感慨も無かった。

悲しいとも、寂しいとも感じなかった。


俺は両親とはあまり仲は良くなかった。
そもそも二人とも仕事であまり家にいなかったので、関わりも薄かった。
最近は顔もろくに合わせていなかった。


そんな奴らが氏んだところで、「ああ、そう。」としか思わなかった。


俺にとって重要な問題は、別のところにあった。

58: 2012/05/21(月) 21:31:36.16 ID:vLaUGEUOo
親父とお袋が氏んだということで、俺の家には親戚が多数集まっていた。

中には、「こんな奴いたか?」というような自称親戚も多数いた。


そいつらは皆、可哀想にだの、辛かっただろうと、俺に同情的な言葉を向けてきた。
だが、そのいずれも、本心からの言葉とは思えなかった。

大体俺は、両親が氏んで、辛いだの、悲しいだのと言った覚えは無い。
態度に出したことも無い。
事実そうは思っていなかったから。

そんなことにも気付かず、上辺だけの同情の言葉を並べること自体、
俺のことなどどうでもいいという本心の表れだと思った。


事実、葬式が済み、それでも尚連中は、連日俺の家にやってきた。
そして、連日同じ議題で、感情的な討論を続けていた。
それは、遺産の分配がどうだの、俺の身柄は誰が引き取るだの、俗物的な議題だった。

そしてその話し合いに、俺は全く呼ばれなかった。
俺が何の話だと聞いても、子供には難しい、関係ない話だと取り合わない。



なるほど、どうあっても俺に意見を挟ませたくはないらしい。

59: 2012/05/21(月) 21:32:29.69 ID:vLaUGEUOo
それもそうか。

親父達がいくら溜め込んでいたかは知らねえが、俺が介入すれば遺産の分配は荒れる。
いくら俺がガキといっても、実子である以上その意見が民事で全く受け入れられない訳はねえ。
なら、最初から俺の存在を抜きにして、『公平』な話し合いをしたほうがいいだろう。

それに、俺という穀潰しを誰が引き取るかも議題として白熱しているようだ。

ただのババ抜きでも、リスクがでかいとああも白熱できるんだな。

60: 2012/05/21(月) 21:33:53.39 ID:vLaUGEUOo
別に親父達の遺産になど興味はない。
相続争いでも何でも勝手にやっていればいい。


だが、この状況では、俺の辿れる道は限られてくるのは問題だ。


どこかの親戚の家に引き取られて煙たがられながら生きるか、

どこかの孤児院にでもぶち込まれて厄介払いされるか、

まあ、そんなところだろう。


いずれにしてもろくなものじゃねえし、どれも御免だ。


だから俺は、一つの抜け道を自分で作った。
自分の道は自分で選ぶ。
そっちへ進むための策も用意した。


後は頃合いを見て、それを実行するだけだ。

61: 2012/05/21(月) 21:36:54.95 ID:vLaUGEUOo
ある日の深夜。

「おじさん、夜分遅くにすみませんが、少しよろしいでしょうか。」

俺は2枚の切り札を携え、家に(勝手に)宿泊している、親戚の男の部屋を訪ねた。
親戚どもの討論の際にリーダーシップを発揮していた男だ。


「……帝督君か。入りたまえ。」

ややあって、部屋の中から声が聞こえた。


「何の用だい?私は昼間大事な話をして、少し疲れているんだ。手短に頼むよ。」

ほう、俺を家から追い出し、親父達の遺産をふんだくる為の算段が大事な話ときたか。
よく言うぜ。


「すみません。しかし、僕の今後についてのご相談がありまして。勿論、手ぶらで伺ったわけではありません。」

俺は男への侮蔑を隠し、手に持っていたものを見せた。


「おや、それは……」

男は俺の手にあるものを見て、顔を綻ばせた。
それは、以前俺が親父の書斎からくすねた、ビンテージものの高級酒だった。


「これは、僕が父の書斎を整理していた際に見つけたものです。
 おじさんはお酒が好きと伺いましたので、僕の話を聞いていただく代わりに、こちらを差し上げようかと。
 ご覧の通り、父はこれを一口も飲まぬまま、あの世に行ってしまいましたので。」

「う、うむ、座りたまえ。話はそちらをいただきながらゆっくり聞こう。」


よし、何とか交渉の席に着けた。

62: 2012/05/21(月) 21:38:23.68 ID:vLaUGEUOo
「……ふぅーーー、うまい。それで、どこまで話したかな?」

男はグラスに注がれた酒を一気に呷り、赤らんだ顔でこちらを向いた。


「はい、僕の今後の住居、転校先についての話ですが……」

「おお、そうだったそうらった。ところで君もどうだい?」

「いえ、僕はまだ子供ですので、お酒は結構です。」

「そうらったな、残念残念。はぁっはっはっはっ!!」

俺の話をどこまで聞いているやら、男は下品に笑った。


俺が持ってきた酒は、相場価格ウン十万はする値打ちものだった。
しかもこれのアルコール度数は50度を上回る。

それを酒屋で投売りされている安酒のごとく、味わうことなく飲み続けていた。
既に瓶の中身は、半分ほどに減っていたし、男の呂律も所々回らなくなっている。

この男は、品も無く、ものの価値も推し量れず、挙句酒に飲まれる愚者であった。


まあ、その方が今の俺には好都合なんだが。

63: 2012/05/21(月) 21:39:43.23 ID:vLaUGEUOo
さて、そろそろ頃合いだ。

「話を戻します。その件について、是非僕のほうからおじさんにお願いしたいことがあるのですが。」

そう言って俺は、机の上に一冊の資料を提示した。


「それは何だい?」


「はい。これは、『学園都市の生徒募集要項』です。」

64: 2012/05/21(月) 21:41:26.82 ID:vLaUGEUOo
「学園都市……確か超能力者を量産しているとかいう噂の……」

男は酒の回った頭で、おぼろげな記憶を拾っているようだ。


「はい。僕は、この学園都市内部の学校に編入したいと思っています。
 僕はまだ子供です。両親を亡くした今は、誰かに頼って生きていくしかありません。
 しかし、その為に親戚の方々にご迷惑をおかけしたくありません。
 また、我儘は承知ですが、教育環境が期待できない孤児院にも行きたくはありません。
 ですので、その点を考慮すると、僕が学園都市に行くことが最良と考えました。
 お願いします、どうか僕が学園都市にいくことをお許しください。」

俺は深々と頭を下げた。

これは半分本当、半分嘘。
親戚に関しては、単にこんな連中に煙たがられて生きるのが御免なだけだ。

65: 2012/05/21(月) 21:43:42.10 ID:vLaUGEUOo
「むう、しかし、結局入学金や、内部での生活費等は我々の誰かが出すんだろう?
 我々に迷惑をかけたくないという発言と矛盾していないかい?」

男が渋い顔で聞いてくる。金の話には敏感な奴め。


「入学金に関しては確かに仰るとおりです。
 しかし、そこに入学する学生は、学園都市内の学生寮に入寮して生活し、
 更に生活費は、奨学金と、授業の一環として行われる超能力の開発、
 及びそれを用いての研究協力の報酬によって賄われるそうです。
 ですので、おじさんには入学金の捻出と、後見人として名義の貸与のみをお願いただきたいのです。
 その代わり、入学後の僕の扶養義務は、一切を放棄していただいて構いません。
 また、両親の遺産相続、及びこの家の管理等の一切は、親戚の方々に決めていただければと思っております。」

長々と説明したが、要するに俺の要求はこうだ。


「入学金を互いの手切れ金として、俺を学園都市に捨てろ」

66: 2012/05/21(月) 21:44:49.62 ID:vLaUGEUOo
男は、これを快諾した。

酩酊状態であったこともあるだろうが、入学金程度のはした金で、
目の上のたんこぶだった俺を排除できるという案が魅力的に映ったのだろう。
俺の提示する書類を熟読することなく、次々にサイン、捺印をしていった。

俺の方もせいせいする。

学園都市に行けば幸福になれるとも限らねえが、少なくともあのまま流されるままになるよりはましだろうし、納得もいく。



……ただ、一つだけ、心残りはあった。

67: 2012/05/21(月) 21:46:05.32 ID:vLaUGEUOo
何が心残りかって?

決まっている、飾利のことだ。


人間、生きていれば、出会いもあるし、別れもある。

誰もが同じ思想、同じ能力を持っているわけではない。

それらは歳を経るごとに顕著になっていくし、それ故に皆いつかは各々の信じる道へ進み、違う道を歩んでいく。


俺達の場合は、それがほんの少し、他より早かったというだけだ。


元々どうしようもなかった。

両親が勝手に氏んだあの日から、俺がここを去るのは決定された様なものだ。

だから、自ら学園都市に行くと決めたことに後悔などなかった。

だが、そんな理屈では割り切れない、一つの思いがあった。


いや、回りくどい言い方はなしだ。自分の言葉で正直に言ってやる。

自分に言い聞かせるため。

68: 2012/05/21(月) 21:47:40.74 ID:vLaUGEUOo





「俺は、垣根帝督は、初春飾利という一人の少女のそばに、ずっと居たかった。」

69: 2012/05/21(月) 21:48:38.65 ID:vLaUGEUOo
それは、独りよがりな告白。

それを言うべき相手はおろか、俺以外の誰も聞いていない独白。

だが、今この場においては、それでも十分だった。


こうして言葉にして出すことで、その気持ちをより強く実感し、確信を持つことができた。

言霊というやつだろうか。



だが、こうして自分の気持ちに確信が持てた以上、迷うことはない。

俺は、俺の信じる道をただ邁進するだけだ。

恥ずかしい?クサい?そんなこと、知ったことじゃねえ。



何せ俺は、常識の通用しない男だからな。

70: 2012/05/21(月) 21:49:52.36 ID:vLaUGEUOo
数日後。

男との交渉を終え、学園都市に編入する準備を始めた俺は、
その合間を見て飾利と会う約束をしていた。


「よう、待たせたな。」

いつもの公園で、ベンチに座っていた飾利に、俺は声をかけた。


「……遅いですよ、帝督。」

飾利は俺の顔を見上げ、沈んだ顔でぼそりと呟いた。
頭には、自分で編んだものか、花で作った冠が乗っている。

以前に作っていたときに比べ、また上達したようだった。

71: 2012/05/21(月) 21:50:53.13 ID:vLaUGEUOo
「そう言うな。こっちは引越しの準備もあって今忙しいんだ。」

「!!!」

引越しという言葉を聞くと、飾利は一層暗い顔になった。


「……どうしても、行っちゃうんですか?」

「ああ。」

「引き止めても、無駄ですか?」

「無駄だな。もう手続きは済んだし。」


「そうですか……」

それきり飾利は、また暗い顔で黙り込んだ。
風が頭の花を揺らし、目に溜まっていた涙の雫を数滴飛ばした。

別れを惜しんでいるのは何も俺だけではないと思うと、
それが非常に嬉しく、またそれ故に一層この別れを辛いものにした。

72: 2012/05/21(月) 21:52:34.84 ID:vLaUGEUOo
「泣くなよ。何もこれで会えなくなると決まったわけじゃねえんだし。」

俺は努めて明るく振舞い、飾利の頭を撫でた。
そうしないと、俺まで泣いてしまいそうだった。

「はい……ぐすっ……うううう」

そう言ったそばから泣きやがる。やれやれだ。
俺は飾利が落ち着くまで、優しく頭を撫で続けた。


「なあ飾利、俺がどこに行くか、覚えているか?」

「はい、学園都市……ですよね?」

少し落ち着いたのだろう。目元を擦りつつ飾利は答えた。


「そうだ、学園都市だ。
 聞いた話じゃあの街の科学技術は、こっちの世界よりもずっと先を行くんだそうだ。
 それこそお前がいつか言っていた『将来に繋がる体験』って奴が沢山できるだろう。」

俺の言葉を、飾利は黙って聞いていた。


「俺はそこで、できる限りのことを学んでやる。勉強だけじゃねえ、様々なことをだ。」

これは俺の独り言に近い。だが、同時に誓いでもある。


「そしていつか、お前のところに必ず戻ってくる。だからその時は……」

73: 2012/05/21(月) 21:53:04.92 ID:vLaUGEUOo




「俺の嫁に来い。」




74: 2012/05/21(月) 21:53:31.74 ID:vLaUGEUOo
「………………」

俺の告白に、飾利は一瞬呆気にとられていたが、やがて、



「…………っぷぷっ、あはははははっ!!!!!」


……盛大に、笑い飛ばしやがった。

75: 2012/05/21(月) 21:54:37.27 ID:vLaUGEUOo
「あ、テメェ何笑っていやがる!!!こっちは本気だってのによ!!!」

このガキ、さっきまで泣いてやがったくせに、俺の告白に笑いやがったな!!!


「ご、ごめんなさい……こんな時まで帝督はクサい台詞を吐くなあって思ったら、おかしくって……」

「なんて奴だ……俺がどんな気持ちで今のセリフを言ったと……」

ああ、こうして笑われると、何だか無性に恥ずかしい。


「だ、だから、謝っているじゃないですかぁ。それに……」

「それに、何だ?」



「これでも私、とっても嬉しいんですよ。」

76: 2012/05/21(月) 21:55:29.25 ID:vLaUGEUOo
「何だと?なら、返事はイエスか!?」

俺は飾利の両肩を掴んで、興奮気味に答えを迫った。


「いいえ、返事は『ノー』です。お断りします。」

「何だそりゃ!?」

嬉しいと言っておきながら結局ノーかよ!意味が分かんねえよ!

77: 2012/05/21(月) 21:56:44.45 ID:vLaUGEUOo
「お、落ち着いてください。話は最後まで聞くものですよ。」

「ほう、言ってみろ。」


「はい。えーと、おほん。」

俺の言葉に、飾利は咳払いをして、答え始めた。

「あのですね、そう言ってくれるってことは、帝督は私のことが好きってことですよね?
 私も帝督のことが大好きですから、それはとっても嬉しいです。」

 飾利は少し顔を赤くして、しかしはっきりした口調で言葉を紡ぐ。


「でも、この前も言ったように、私はまだ子供です。
 まだまだ経験も、知識も足りません。
 だから、帝督のお嫁さんになるとかならないとか、そういう大事なお話は、
 今の私にはまだ答えを出すだけの能力が無いと思うんです。
 だから、今の時点では、答えは『ノー』なんです。」

78: 2012/05/21(月) 21:58:10.47 ID:vLaUGEUOo
「だが、それなら答えは『保留』じゃないのか?何であえて明確に『ノー』なんだ?」

実際はどちらも似たようなものかも知れないが、それでも聞かずにはいられなかった。


「それはですね、こっちのほうがむしろ大きな理由なんですが……」

飾利は舌を出して悪戯っぽく笑い、


「私、そんなに長く待てません。
 大人になるまで帝督に会えないなんて、そんなの嫌です。
 ですから……





 私も、いつか学園都市に行きます。」


そんなことを、言いやがった。

79: 2012/05/21(月) 21:59:28.81 ID:vLaUGEUOo
「お前……」

「勿論、今すぐには無理だと思います。
 まだ私は小学校にも入っていませんし、両親にも相談しないといけません。
 でも、いずれ必ず行きます。そして、帝督に会いに行きます。
 だから、今日のお話の続きは、その時にしましょう。」

全く、かなわねえ。


「分かったよ、お前がそういうなら仕方ねえ。だが、その時には必ず、お前に『イエス』と言わせてやるからな。」

「ふふ、期待しないで待っていますよ。」


「それじゃあ帝督……はい。」

飾利が、右手の小指を立てて差し出してきた。

「指切りかよ、こういうところは子供なんだよな……」

俺は苦笑しつつも、同じように手を差し出し、


「約束だ。また会おうぜ。」

「はい、約束です。」


指切りを交わした。



それが、俺が飾利と交わした、最後の言葉だった。

86: 2012/05/23(水) 23:26:54.27 ID:Wi3a/Y4uo
俺が学園都市に来て、幾許かの時が過ぎた。


この街に来て間もなく、俺も他の学生達と同様、能力開発を行った。

学園都市の能力者といっても、その能力は様々だ。

念動力、発電能力、瞬間移動、透視能力、etc……

超能力と聞いて想像する能力は、どれも魅力的に映る。


一体俺にはどんな能力が宿ったのか。
身体検査の前日は、柄にもなく高翌揚していた。


そして、俺に宿った能力は……

「な、何だこりゃ?」

何だか訳の分からない物質を、作りだす能力であった。

87: 2012/05/23(水) 23:29:32.91 ID:Wi3a/Y4uo
俺の作りだす物質は、何とも不可思議であった。

決まった形を持たない。
固くも柔らかくもない。
温かくも冷たくもない。


この世界の物質とは思えなかった。

少なくとも、俺自身こんなものは見たことも、聞いたこともなかった。


この物質、及び俺の能力名は、正体が不明ということから、

観測不可能な物質の総称である『暗黒物質(ダークマター)』の名をそのまま付けられた。

88: 2012/05/23(水) 23:31:24.79 ID:Wi3a/Y4uo
研究価値は高そうということで、俺は特例として大能力者の評価を与えられた。

だが、別にこの物質を使って、俺は何をやれるというわけでもない。

物質そのものの応用価値も未知数だ。

日常生活では異能力者程度の電撃使いの方が余程利便性が高いだろう。


大能力者待遇という恵まれた措置を受けはしたが、発電能力だの、瞬間移動だの、
もっと超能力らしい派手なものを期待していただけに、少しがっかりではあった。

89: 2012/05/23(水) 23:32:56.78 ID:Wi3a/Y4uo
「やれやれ、今日の授業はこれで終わりか。」

ある日の昼食の後、俺はそんなことを呟いた。


「いいよな、垣根。俺達はこれからが長いってのに。」

横で一緒に飯を食っていた友人は、ため息をつきながらそう返した。


身体検査の後、俺は学園都市の指定した学校に正式に編入した。
ただ、他の学生と違い、俺は能力開発の授業は無かった。

俺の作る暗黒物質は、未だその正体が不明だった。
そんなものを作る俺の能力の開発方法など、誰にも分からなかった。

だからある程度解析が進み、開発の方針が立つまでは、
俺にとって開発のコマは、研究者に暗黒物質を提供して帰るだけの時間だった。


そんなわけで、午後一杯が開発の授業であるこの日は、俺にとっては半ドン同然だった。

90: 2012/05/23(水) 23:33:43.21 ID:Wi3a/Y4uo
「んなこと言ってもよ、開発の方針が立つのなんていつになるんだって話だろ。
 それまで能力開発ができずに作ったものを提供するだけなんて、暇でしょうがねえ。
 これじゃあ外の学校にいたときと変わらねえだろう。」

「いいじゃないか。心に暇がある生き物。なんと素晴らしい!」

「お前、それ言いたかっただけだろ。」

91: 2012/05/23(水) 23:36:01.42 ID:Wi3a/Y4uo
「まあ冗談はさておき、そんな自分を持て余しているお前にいい案があるぞ。」

「何だいシンイチ?」

「誰がシンイチだ。まあ暇つぶしというわけにはいかないだろうけど……





 お前、『風紀委員』でもやってみたらどうだ?」

92: 2012/05/23(水) 23:38:19.21 ID:Wi3a/Y4uo
「風紀委員ねえ……」

俺は複雑な顔をして、友人のほうを見た。


「どうよ?お前って体力も腕力も結構あるし、意外と向いているんじゃないか?」

友人はニヤニヤしながら俺に勧めてくる。


「つってもありゃ、要するにボランティアの雑用係だろ。
 そのくせ任命されるにはいくつもの適正試験と長え研修をパスしなけりゃならねえ。
 仕事の上でも不良生徒達には逆恨みされる。
 労力の割にあわねえし、そんなもん暇つぶしには向かねえだろう……」





『それでも私は、正義でありたいですから。
 たとえ私に力が無くても、悪を見過ごす理由にはなりませんから。』

93: 2012/05/23(水) 23:39:11.00 ID:Wi3a/Y4uo
「……!!!」


「どうした、垣根?」


「いや、何でもねえ。」

俺は一呼吸置き、もう一度考える。


「悪くねえな、その案。」

そう言って、友人にニヤリと笑い返した。

94: 2012/05/23(水) 23:41:00.05 ID:Wi3a/Y4uo
「お。意外だな。てっきり『他にいい案はねえのか』とでも言うと思ったが。」

「最初はそう思ったがな。……それも一興と思い直したんだ。」

「そうか。なら確か近々募集があるみたいだったから、情報を集めて置いたらどうだ?」

「おう、そうしてみるぜ……」


キーンコーンカーンコーン……


そうしているうちに、予鈴が響いた。


「おっと、そろそろ午後の授業だな。じゃあ、俺はもう帰るわ。」

「ああ。また明日。」



そう言って、俺は友人と別れた。

さてと、帰る前に校内の掲示板でも確認してみるか。

95: 2012/05/23(水) 23:42:29.35 ID:Wi3a/Y4uo
その後、俺は風紀委員の募集に応募し、適正試験と研修をパスして、正式に任命された。


風紀委員は治安維持組織だが、やることはそれほど大したものではない。

学校周辺における探し物の依頼、諍いの仲裁、放課後に徘徊する生徒の取り締まり。


時折万引き犯のような軽犯罪者の取締りなどもやることはあるが、基本的にはまさに雑用係であった。



だが、これがなかなか充実していやがる。

96: 2012/05/23(水) 23:44:11.82 ID:Wi3a/Y4uo
確かに地味な活動ばかりだし、労力の割には報われないところが多かった。
それでも、時折仕事の上で感謝を向けられると、
自分が大なり小なり誰かの役に立っているという実感ができて、嬉しく思った。


「やれやれ、俺がこんなことを考えるとは、飾利に毒されたのかね。」

あいつがここにいたら、俺と同じように風紀委員に入っただろうか。


……無理かな。

あいつ身体能力は低かったし、適正試験の体力テストで落とされるのがオチだろう。

97: 2012/05/23(水) 23:44:58.76 ID:Wi3a/Y4uo
ぼんやりと考えていたら、完全下校時刻を伝える放送が響く。

風紀委員の任務も、今日はこれにて終了だ。

「っと。俺もそろそろ帰るとするか。」


今日も疲れた。帰って一杯引っかけるか。



……酒じゃねえぞ。俺は未成年だし、風紀委員だし。

102: 2012/05/24(木) 21:05:03.28 ID:+VJVaTs+o
「ん?あれは……」

すっかり暗くなった帰り道を歩いていると、道路の向こうに人影を見つけた。


俺と同い年くらいの、一人の少女だった。
長めの茶髪が特徴的で、顔立ちは遠目に見ても端正であることが分かった。

だが、何やら様子がおかしかった。

もう完全下校時刻はとうに過ぎたというのに、少女は寮のある地域とは反対方向に歩いていた。
急いでいる様子でもなかったので、忘れ物を取りに行ったというわけでもなさそうだ。


さては夜遊びか。

全く、可愛い顔して悪い奴だな。
だが、俺に見つかったのが運の尽きだ。きっちり注意して、寮に送ってやる。


そう思い俺は、サービス残業のために少女の後を追うことにした。

103: 2012/05/24(木) 21:06:40.79 ID:+VJVaTs+o
「えーと、確かこっちに行ったな。」

俺は少女の後を追い、路地裏に入り込んだ。
てっきり繁華街に遊びに行くものかと思いきや、少女は人目に付かない場所に入り込んでいった。

やがて少女は、郊外にある廃ビルの中に入っていった。


一体何が目的なんだ。
逢引にしては随分ムードの無い場所だが……

ここにいても分かるわけではない。俺もビルに入ることにした。

104: 2012/05/24(木) 21:08:37.10 ID:+VJVaTs+o
中に入ってしばらくして、廊下の向こうから声が聞こえるのに気付いた。


声は少女のものと思われる女の声と、複数人の男の声。
何やら争っているようにも聞こえる。

おいおい、もしかしてあの少女、かなりピンチなんじゃねえの。


今ならまだ、ここから逃げ出すことも可能だろう。
だが、あの少女がこの後ここで悲惨な目に遭っても寝覚めが悪い。

何より一度こういう現場に出くわしておきながら、放っておくことはできなかった。


「頼むから無事でいてくれよ……」


俺はそう祈りつつ、声のする方向に近づいていった。

105: 2012/05/24(木) 21:09:53.04 ID:+VJVaTs+o
「風紀委員だ!テメェら大人しくしろ!!!」

俺は彼らの声が聞こえた部屋に押し入り、腕章を見せ付けた。


「あん?誰だお前?」

部屋の中に立っていた人物がこちらを向く。先程の少女だった。


だが、先程とは違う点があった。





少女の全身は、真っ赤な液体で汚れていた。

106: 2012/05/24(木) 21:13:10.64 ID:+VJVaTs+o
それだけではない。

この部屋全体が、真っ赤な液体で覆われていた。
辺りに漂う臭いから、それが血であることがすぐに分かった。


「あーあ、どうすんだよこれ、一般人に見つかっちまってよ。
 しかもよりによって風紀委員かよ、めんどくせえ。
 ったく、お前らクズはクズらしく、とっととぶち殺されてりゃいいってのに、
 無駄に抵抗してくるからこうなるんじゃねえか。」

少女は俺の姿を見て、さも面倒そうにぼやいていた。


床には、いくつもの物体が転がっていた。

それは、人間の氏体だった。

あちこちのパーツが欠損してはいたが、断面からはみ出る臓物はまだ新しく、
それらの氏体が先程まで生きていたことをうかがわせた。


「おいおい、一体どうなっていやがる……!!!」

俺は声と表情こそ冷静を装ったが、
実際は凄惨極まりない光景と咽返る様な氏臭に、今にも嘔吐しそうであった。

107: 2012/05/24(木) 21:15:36.06 ID:+VJVaTs+o
「う、うあ……」

床に転がっていた男が呻き声をあげる。
その男も、身体のあちこちが欠損していたが、まだ息があったようだ。

「何だ、まだ生きているのがいたのか。」

少女は声を聞くと、息も絶え絶えの男の元に歩み寄った。


「ぐげっ!!!」

「あのなあ、一般人を消すってのは、テメェらみてえに頃して氏体片付けてはいおしまいとはいかねえんだよ!!!
 証拠の隠滅やら警備員共を誤魔化すのやらにどれだけの手間と金がかかるか分かってんのか!!!???
 しかもそれを誰がやると思ってやがるんだ!!!
最期の最期まで手間掛けさせやがってこのウジ虫どもがよおおお!!!!!」

少女が男の頭を踏みつけ、恐ろしい声で恫喝した。


「ヒィ!た、頼む……助k」

「豚が人間の言葉を喋るな。消えろ。」


男が命乞いの言葉を言い終わらぬうちに、少女はビームの様な攻撃で男の頭を消し飛ばした。


首の断面から、真っ赤な血が噴き出し、少女の身体を更に赤く染めた。

108: 2012/05/24(木) 21:17:29.01 ID:+VJVaTs+o
「さてと、後はお前か……」

男を頃し終えた少女が、こちらを向いた。

端正な顔に恐ろしく残虐な笑みを浮かべて。


「ぐ……」

「悪く思うなよ、こっちも仕事なんだ。恨むならこんなところにノコノコ入ってきたテメェを恨めよ。」


少女がゆっくりと、こちらに向かって歩み寄ってきた。

109: 2012/05/24(木) 21:19:23.15 ID:+VJVaTs+o
俺は、目の前の少女が何者だとか、
少女は何故男達を頃していたのだろうとか、
今ここで風紀委員として俺はどうするべきなのかとか、

そんなことは一切分からなかったし、考える余裕などありはしなかった。


だが一つだけ、分かったことがある。


目の前の少女は、恐ろしい怪物だ。

話して分かる相手ではない。
戦って勝てる相手ではない。
今すぐこの場を去らないと、間違いなく殺される。



「ちっ、くしょおおおおおおおお!!!!!!」



俺は、恥も見栄も外聞もなく、その場から、一目散に逃げ出した。

110: 2012/05/24(木) 21:20:48.26 ID:+VJVaTs+o
「おいおい、さっき部屋に踏み込んできた時の威勢はどうした!!!???
 無様にケツまくって逃げてんじゃねえぞタマナシヘナチン野郎があああ!!!!」

少女は後ろから罵声を投げつけ、あの恐ろしいビームを撃ちながら追いかけてきた。


「うおっっっ!!!」

ビームが紙一重のところで俺の真横を掠めて行った。
通り道にあったコンクリートの壁は、綺麗に消し飛んでいた。
あんなものを食らえば、俺も先程の男達の二の舞だ。


「冗談じゃねえ……こんなところで氏んでたまるかよ……!!!」

[ピーーー]ない、氏ぬわけにはいかない。
俺は迫りくる恐怖を生への執着で必氏に塗りつぶし、竦みそうな足を進めていた。

111: 2012/05/24(木) 21:21:45.02 ID:+VJVaTs+o
「よし、ここを抜ければ……」

少女の追跡を必氏で掻い潜り、俺は階段付近にまでやってきた。
ここを出たらすぐ、警備員に連絡しねえと。
あの少女をこのままにはしてはおけねえし、そもそも俺の命も危ない。


だが、次の角を曲がったところで、


「!!!マジ、かよ……!!!」


階段が、瓦礫で塞がれていた。

112: 2012/05/24(木) 21:23:52.67 ID:+VJVaTs+o
先ほどからの少女のビームで、ビルが崩れたのだろうか。
これでは、この階段を使うことは出来そうもなかった。


この廃ビルでエレベーターなど作動しているわけがない。
窓から飛び降りるにはあまりに高すぎる。
もう一か所の階段があるだろう方向からは、少女が追いかけてくる。


「オラオラオラァァァ!!!無様に隠れてんじゃねえぞこの皮被りが!!!
 出てきて少しは抵抗してみせろってんだよ!!!
 ただ吹き飛ばすだけじゃつまらねえんだからよおおお!!!」


少女の声が近付くとともに、破壊音が響いてくる。
どうやら周囲の部屋を確認次第片っ端から消し飛ばしているようだった。


完全に袋小路だった。



「クソッタレ、腹を括るしかねえな……!!!」

113: 2012/05/24(木) 21:25:16.87 ID:+VJVaTs+o
俺はすぐ近くの部屋に逃げ込み、身を潜めていた。


ここまで逃げてくる間に、気付いたことがあった。

あの少女の放ってくるビームは、威力は恐ろしいが、弾幕状には放ってこない。
おそらく一発ごとの照準調整を精密にやらないといけないのだろう。

なら、そこに付け入る隙があるかもしれない。



俺は息を頃し、少女がこの部屋に入ってくるのを待った。

114: 2012/05/24(木) 21:26:52.15 ID:+VJVaTs+o
「さあーて、残るはこの部屋だけか。一体どこに隠れているのかにゃーん?」


静かな部屋に、無機質な靴音と、少女の恐ろしい声が響く。
少女はゆっくり歩き、俺の姿を探していた。
やがて俺が隠れている瓦礫の陰に近づいてきた。


「(今だ!!!)」

俺は少女に暗黒物質を投げつけた。
これで攻撃できるわけではない。隙を作るだけのただのハッタリだ。


「!!!」

俺は少女が暗黒物質を避けようとする、その一瞬の隙をついて、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「チッ、しまった!!!!!」

少女に殴りかかった。



が、



「なーんてな、見え見えなんだよダボが。」

俺の拳は、いとも簡単に少女に受け止められてしまった。

115: 2012/05/24(木) 21:29:16.97 ID:+VJVaTs+o
「ふん!!!」

少女は俺の腕を掴み、そのまま片手で俺を壁際に投げつけた。


「ぐふっ!!!」

一瞬息ができなくなり、俺は咳きこんだ。
体勢を立て直す暇もなく、俺は少女に片手で胸倉を掴まれ、そのまま吊り上げられた。


「ぐっ……」

「私に『原子崩し』を撃たせなけりゃ勝機があるとでも思ったか?
 肉弾戦に持ち込めば何とかなるとでも思ったか?
 当てが外れて残念だったな。
 別に能力なんぞ使わなくても、テメェごときこの身一つで十分なんだよ!!!」

少女が俺を壁に叩きつけ、拳を俺の腹に突き刺した。

「が、っ……!!!」

それは、少女の可憐な風貌からは想像もできないほど重い拳だった。


「ゲフッ!がはっ!ごほっ!」

少女の拳が、膝が、俺の全身に降り注ぐ。
そのたびに俺は、くぐもった声をあげた。


「ひゃははははは!!!散々手間取らせてくれたんだ!!!
 楽には頃してやらねえぞ!!!!!」


月明かりに照らされた薄暗い廃ビルの一室に、少女の狂った高笑いがしばし響き渡った。

116: 2012/05/24(木) 21:31:31.88 ID:+VJVaTs+o
「ふん、適当に汗もかいたし、そろそろ片付けて帰るか。」

少女はぽつりと呟き、俺を床に投げ捨てた。

「……ぐ…………」

全身ズタボロの俺は、受け身も取れず、そのまま叩きつけられた。


「じゃあな。」

少女が俺に、例のビームを撃ちこもうとしている。
ああ、あれを食らえば、俺は跡形もなく消し飛ぶだろうな。


俺はどこかぼんやりと、目前に迫る『氏』を眺めていた。


「(すまねえな、飾利……どうやら俺はここで氏んじまうらしい……)」

「(最期にもう一度、お前に会いたかったな……)」


俺はゆっくりと目を閉じた。
直後、少女の手元からビームが撃ちだされた。


そのまま、俺の意識は闇に落ちて行った。

117: 2012/05/24(木) 21:33:29.97 ID:+VJVaTs+o
……???なんだ、こりゃあ?

俺は気が付けば、何もない真っ暗な空間にいた。
光も、音もない。
俺の意識だけがそこにあるような状態だった。


俺はどうなったんだ?

あのまま氏んで、氏後の世界ってやつに来ちまったのか?
だとすれば、あの世ってのは随分退屈なところなんだな。


そんなことを考えていたら、目の前の空間に人影が出現した。
自分の姿すら確認できないこの空間の中で、何故だかそいつの姿だけがはっきり認識できた。

俺は、その人影に見覚えがあった。


「(飾利……)」


目の前のそいつは、確かに飾利の姿をしていた。

いつか見た時と同じく、天使の様な微笑みを浮かべて。

118: 2012/05/24(木) 21:34:43.62 ID:+VJVaTs+o
勿論目の前のこいつが飾利のわけはない。大方、幻の類だろう。

本人は今も学園都市の外で暮らしているのだから。

だが、わざわざ飾利の姿を取って俺の前に出現するとは、幻のくせにサービスが行き届いてやがる。


「(どうせだったら、その姿のまま俺に愛の言葉でも囁いてくれれば、もっと有難いんだがな……)」

この期に及んでまだそんなことを考える自分に自嘲しつつ、目の前の『飾利』に目を向けた。



やがて『飾利』は口を開き、言葉を紡ぎだした。

119: 2012/05/24(木) 21:39:00.17 ID:+VJVaTs+o



『…………fhbdosfhvn .xghhloaifhdhnvg;asroltjs;,c/zsdrpt6i435fnva:/ou4hrnw;ngwo;o5ujhtwnfg;se5uj;tfnsgr8g5h48g48h4sh4d9w
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logroesdr124j5nfhdtdfbfdhgdyygbdhw3ggt…………』



120: 2012/05/24(木) 21:39:57.18 ID:+VJVaTs+o
な、何だ?こいつは何を言ってやがる???

目の前の『飾利』が発した言葉は、何らの法則性も見出せない、理解不能な言語だった。
全く意味が分からねえ。そもそも意味なんかあるのか?


俺の困惑と呆れをよそに、『飾利』はなおも意味不明の言葉を紡ぎ続けた。


すると、『飾利』の背中から何かが広がった。





それは、天使の様な6枚の白い翼だった。

122: 2012/05/24(木) 21:42:17.68 ID:+VJVaTs+o
その翼を見た瞬間、俺の中の何かが覚醒した。


さっきまで意味が分からなかった『飾利』の言葉が、手に取るように理解できた。
俺は『飾利』の発する異界の言語を、頭の中でこの世界の言語に翻訳していく。


翻訳した言語は、式の様なもので書き表すことができた。

普段の俺であれば見ただけで頭痛を起こしたであろうほどの膨大かつ難解な方程式。
だが、今の俺はそれらを、自分でも驚くほどの速度で解析していった。


やがて全ての式を解析し、解に辿りついた。


その瞬間、再び俺の意識は闇に落ちて行った。

123: 2012/05/24(木) 21:43:17.65 ID:+VJVaTs+o
「テ、テメェ何なんだそれは……?」

少女の声が聞こえる。
先ほどまでとは違う、驚愕と、狼狽の混じった声色だった。


「(……俺は、まだ生きているのか?)」

さっきの幻は、実際の時間にしてみればほぼ一瞬だったようだ。

全身の痛みに意識が覚醒させられる。
相変わらず全身ガタガタで、ろくに動けそうもない。

124: 2012/05/24(木) 21:45:10.79 ID:+VJVaTs+o
あの瞬間、『飾利』が俺に伝えたもの。
それは、教科書に書いてあることを悉く否定する、奇天烈な物理法則と、それらを加不足なく解き明かす方程式だった。

「(あの一瞬、確かに俺は、それら全てを理解した……)」

今この瞬間もそれらを覚えているし、理解できている。


だが、そいつが一体何だって言うんだ?
そもそも何故俺は生きている。
目の前の少女が、俺を[ピーーー]ことを中断するとは思えない。

そう思い、俺はゆっくりと目を開き、少女の声がした方を向いた。


そこに映ったのは、


「何なんだよテメェのその翼はよおおおおお!!!!!!」


信じられないものを見たとばかりに絶叫する少女と、


俺を包み込むようにして防御していた、自分の背中から生えた、天使の様な白い翼だった。

125: 2012/05/24(木) 21:49:44.10 ID:+VJVaTs+o
俺の背中に生えていた翼は、さっき見た『飾利』に生えていたそれと、瓜二つであった。


おいおい、確かに何なんだこいつは?

俺はあれか?実は氏んでて天使にでもなってたのか?
だが全身の痛みが、そんな馬鹿な考えを吹き飛ばす。
それでもこの翼は、紛れもなく俺のものだった。
その証拠に、俺の頭には翼越しに膨大な量の情報が流れ込んできていた。

そこから得られる情報は、五感から得られるそれを遥かに超えた量と質だった。
この世界の有様が手に取るように分かる。
この翼は、この翼を構成する『モノ』は、まるで超越者の『眼』だった。
俺は翼から取り入れた情報を元に演算を行い、翼を『振るった』。


「うおっ!!!」


ただそれだけで、少女の身体は木の葉のように宙を舞った。
少女はそのまま、地面に叩きつけられた。

126: 2012/05/24(木) 21:50:45.48 ID:+VJVaTs+o
「な、なめてんじゃねえぞこのメルヘン野郎が!!!」

少女が起き上がり、ビームを放ってくる。

だがそれも、俺の翼には傷一つつけることはできなかった。


「どうなってやがる!!!???
 私の『原子崩し』で貫けないものだと!?
 そんなもの、見たことも、聞いたこともねえよ!!!!!」

少女が悔しげにわめき散らす。


俺は今この瞬間、全てを理解していた。


『飾利』の告げた奇天烈な物理法則の意味を。


俺の能力の本質を。

127: 2012/05/24(木) 21:51:45.73 ID:+VJVaTs+o
形勢は完全に逆転した。
もはやこの少女は、満身創痍の今の俺にすら、脅威とはなりえない。


「ちきしょおおお!!!!!
 こうなりゃこのビルをぶっ壊して、テメェを生き埋めにしてやんよおおお!!!!」

少女は怒りで完全に我を失い、所構わずビームを撃ちまくった。


「(まずいな……早々にケリをつけねえと本当に生き埋めだ……)」

俺は倒れたまま更に演算を組み、少女を攻撃する準備を立てた。


その時、

「そこまでにしておきたまえ、麦野嬢。そのままでは君も、私達も生き埋めになる。」

部屋に入ってきた何者かの声が、俺達の手を止めた。


入ってきたのは、白衣を纏った、いかにも学者然とした風貌の、白髪の小男だった。
男の後ろには、さっき少女が虐頃していた男達と同じくらいに武装した連中が、数人控えていた。

128: 2012/05/24(木) 21:52:48.21 ID:+VJVaTs+o
「『メンバー』……統括理事長の狗が、横からしゃしゃり出てきて何の用だ?」

少女が忌々しげに男を睨み付ける。


「何、つい先程その統括理事長から緊急命令が下されてね。
 そこに倒れている少年を『回収』に来たのだよ。」

白髪の男は少女の視線を受け流し、淡々と回答していく。


「ふむ……」

白髪の男は部屋を見渡し、床に落ちていたものを手袋越しに拾い上げた。

それは、先程俺の翼から抜け落ちたものだろうか、白い羽根のようなものだった。

129: 2012/05/24(木) 21:54:05.77 ID:+VJVaTs+o
「なるほど、実に興味深い。こうして観察するだけでも退屈しない。
 先の報告書に目を通した時には、浪漫を感じたと同時に懐疑も生じたが、
 これならば『この世界に存在しない物質』と言われても納得がいく。
 これが『暗黒物質』か。いや、既にその言葉本来の意味合いからは離れている。
 同じ『ダークマター』でも、こちらはむしろ『未元物質』と言ったところか。」

白髪の男は、一人納得したように頷いていた。


「博士、そろそろ……」

「うむ、そうだな。垣根少年を『回収』したまえ。」


白髪の男の命令を聞き、武装集団が俺を担架のようなものに乗せ始めた。

130: 2012/05/24(木) 21:55:27.81 ID:+VJVaTs+o
「おいテメェら、何私を無視して話を進めてやがる?
 そいつは私がこの手で引き裂いてぶち頃してやるって決めてんだ。
 邪魔するようならテメェらから消し炭にしてやってもいいんだぞ?」

少女が男達に殺意の篭もった視線を投げつけた。

それだけで武装集団達は短く悲鳴を上げたが、白髪の男はまるで動じた様子が無かった。


「そう急くことは無いよ、麦野嬢。今の君では彼に勝てない。
 それに私達にも彼を害しようという意向は無い。
 ここで私達と事を荒立て、アレイスターに目を付けられても、得はあるまい。」


「チッ……!!!」

少女は一瞬忌々しげに顔を歪めたが、それ以上は食いつかなかった。

131: 2012/05/24(木) 21:57:04.82 ID:+VJVaTs+o
「おい。お前、垣根とか言ったな。」

少女が白髪の男から視線を外し、俺のほうを向く。


「今日のところはこの辺にしておいてやる。
 だがな、覚えておけ。
 お前はいつかこの私が、麦野沈利がこの手で直々にぶち頃しに来てやる。」

少女は一方的にそう言うと、この場を去っていった。


「さて、では我々も引き上げるとするか。」

白髪の男達も、俺を担架で運び出し、この場を後にした。



俺の長い夜は、もう少し続きそうであった。

135: 2012/05/25(金) 22:03:03.56 ID:YaJKQ5lmo
あの後俺は、こいつらに運ばれて、どこかの建物に連れて行かれた。
察するに、こいつらの隠れ家といったところだろう。
そこで俺は、医務室の様なところに通され、応急処置を受けた。


「傷の方はどうだね、垣根少年。」

先程の白髪の男…博士が医務室にやってきた。


「ああ、まだあちこち痛むが、大分ましにはなった。」

「そうか。それなら何よりだ。」

136: 2012/05/25(金) 22:08:54.78 ID:YaJKQ5lmo
「で、何で俺をここに連れてきた?
 お前らどう見ても俺を助けに来たようには見えねえぞ。
 統括理事長の命令だのと言っていたが、正直キナ臭えとしか思えねえ。」


「それだけ口が利けるなら十分だろう。では、これを預けておこう。」

そう言うと博士は、通信機のようなものを取り出し、手近な机に置いた。


「そいつはアレイスター…統括理事長に直接繋がるようになっている。
 私はすぐに退室するから、君一人で会話するといい。」

博士はそう言いつつ、出口に向かい、言葉通りすぐに退室した。


「…………」

俺は通信機のスイッチを入れ、向こうと繋がるのを待った。


通信機はすぐに、相手と繋がった。

137: 2012/05/25(金) 22:13:57.20 ID:YaJKQ5lmo
『はじめまして、垣根帝督。通信機越しで失礼だが、自己紹介しておこう。
 学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーだ。』

通信機から相手の声が聞こえる。人物像が全く想起出来ない、得体の知れない声だった。

この男(それとも女か?性別すら見当がつかねえ)が統括理事長か。


しかし、アレイスター=クロウリーときたか。

科学の総本山たるこの学園都市の親玉のくせに、
20世紀最高の黒魔術師なんてオカルト野郎と同姓同名を名乗るとは、なかなかふざけた野郎だ。

138: 2012/05/25(金) 22:20:54.36 ID:YaJKQ5lmo
「垣根帝督だ。まどろっこしいことは好きじゃねえから、単刀直入に聞く。俺に何の用だ?」

『焦ることは無い。物事には順序というものがある。』

アレイスターは、幼子を諭すように語り掛けてきた。

「御託はいい。とっとと答えろ。」

俺は苛立ち紛れに吐き捨てた。
俺としては、こんな得体の知れない野郎との会話など、速やかに切り上げたかった。


『ふむ。まあいいだろう。ではまず君の作り出す物質についてだが、あれについて分かったことがある。』

「何だ?」

『あれは、「本来この世界に存在しない物質」だ。
それゆえこの世界の物理法則には従わないし、
既存の物質も干渉を受けると、同様に異界の物理法則に従って振舞う。
博士は「未元物質」と表現していたが、なかなか云い得て妙だ。
君の能力は、「未元物質を作り出し、操作する」ものといっていい。』

「そいつはまた、常識の通用しねえ能力だな。」

本能では理解できていても、実際に言葉にされると、なんとも信じがたい話だ。

しかし、そんな科学ともオカルトともつかない代物まで「科学」として取り扱っちまうとは、
学園都市の科学力は、本当に恐ろしい。

139: 2012/05/25(金) 22:25:49.19 ID:YaJKQ5lmo
『それと、先程の君と原子崩しとの戦闘データを元に、勝手ながら簡易的に君の身体検査を行ってみたよ。
結果、強度は「5」と評価された。』

いつの間にそんなことしてやがった。


『しかも君のデータは実に素晴らしいものだったよ。
 同じ超能力者でも、第三位以下とは一線を画すほどのものだった。
 これなら「第二候補(スペアプラン)」としても十分及第点に到達している。
 おそらく君以上の能力者は、この学園都市において
「第一候補(メインプラン)」…第一位を除いて他にはいない。』


「待て、『第一候補(メインプラン)』に『第二候補(スペアプラン)』だと?その『プラン』ってのは、一体どういうものだ?」

『今の君は、知らなくていいことだ。』

「ふざけるな。さっきの『博士』とか呼ばれていた奴みてえなキナ臭え連中を駒に使っていた奴のことだ。
その『プラン』はおそらく、いや、間違いなくろくでもねえものに決まっているだろう。」

140: 2012/05/25(金) 22:27:15.23 ID:YaJKQ5lmo
『否定はしないよ。』

「なら尚更ふざけるなだ。
 そんな得体の知れねえ、しかも絶対にろくでもねえ『プラン』とやらに、
 たとえ『第二候補』という形でも、俺が協力するとでも思ったか?
 いや、その前に、風紀委員である俺が見過ごすとでも思ったか?」


俺が超能力者の第二位と評価されたこととか、

俺が『第一候補』である第一位の保険の人材に過ぎないとか、

そんな瑣末な話はどうでも良かった。



学園都市の親玉が、そんなふざけたことを考えている野郎だという事実が、一番の問題だ。

141: 2012/05/25(金) 22:29:09.89 ID:YaJKQ5lmo
『ふう。君から進んで協力を申し出てくれれば一番良かったのだが、やはりそううまくはいかないものだな。』

「いい加減にしろ。俺はもう帰るぞ。
 もちろんその後、テメェがろくでもねえことを考えているキチOイ野郎だってことも、
 風紀委員や警備員達に報告してやる。そうすりゃ、テメェも終わりだ。」

これ以上この異常者と話すことなんざねえ。

俺はまだ痛む身体を起こし、通信機のスイッチを切ろうとした。


『仕方ないな。それならば、交渉人の力を借りざるを得ない。』


そんな俺に、アレイスターはそんなことを言いやがった。

142: 2012/05/25(金) 22:31:09.55 ID:YaJKQ5lmo
「交渉人だと?無駄だ。誰に説得されようが、俺はテメェに協力する気はねえ。」

『ふむ、交渉人というのはいささか大げさな物言いだったな。
 ただ君の親しい人達を、交渉の場に召喚するだけなのだから。
 だがそうすれば、君とてもう少し私の話を聞く気になるだろう?』


「!!!このクソ外道が……!!!!!」

その言葉の意味を理解し、俺は奥歯を強く噛み締めた。

何が交渉人だ。どこまでもふざけやがって。



そいつはつまり、人質ってことじゃねえか。

143: 2012/05/25(金) 22:33:51.28 ID:YaJKQ5lmo
『そのように評されたのは初めてではないから分かっているよ。
 だが、私は私の信じる幻想のために、歩みを止めるわけにはいかないのだよ。』

「ほざけ!!!そこまでして進める『プラン』に、何の意味がある!!!
 そんなどこまでもふざけくさった幻想、ぶち壊したほうがましだ!!!」

『君の言う通りだとも思う。しかしそれでも、私には必要なものなのだよ。』

俺の罵倒にも、アレイスターは何の感情も窺えない口調で答えた。


『少し頭を冷やしたまえ、垣根帝督。
 それとも、誰か交渉人をこれから連れてきた方が、頭は冷えるかい?
 例えば、外の世界に置いてきた、君の友達などどうだ?
 そう、名前は確か、初春飾利……だったかな?』


「テメェ、どこまで本気で言ってやがる……!!!!!」


飾利の名前を聞いて、俺の頭は冷えるどころか、我を忘れるほどに沸騰した。

144: 2012/05/25(金) 22:35:36.84 ID:YaJKQ5lmo
『全て本気だよ。外の世界にも我々の協力者は多数いる。
 彼らの力を借りれば、外の世界の少女の一人、拉致するのは容易い。
 もっとも彼女は学園都市への入学を希望しているようだから、
 今すぐ召喚する必要は無いかもしれないな。
 勿論その際は、統括理事長として彼女の入学を歓迎するさ。』


「この野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
 飾利に手を出してみろ!!!!!
 テメェら全員、愉快な氏体にするくらいじゃすまさねえぞ!!!!!!!」

俺は傷に響くのにも構わず、腹の底から吼えた。


憎悪だけで人が殺せるのなら、通信機の向こうにいるクソ野郎は、一体何度殺せるだろうか。

145: 2012/05/25(金) 22:38:46.96 ID:YaJKQ5lmo
『いくら吼えても詮無きことだよ、垣根帝督。
 そもそも君に選択の余地など無い。
 君も、君の大事な友達の運命も、私のさじ加減でどうとでもできるのだから。』

「……なら、そうして俺を脅して、お前は俺に何をさせようってんだ?」

俺は出来る限り冷静に言葉を搾り出した。
もちろんそれは表面上の話で、腹の中の怒りは、収まるどころか膨張を続けていた。


『君には、博士の率いる「メンバー」に所属してもらう。
 そこで君は、私の指示の元に、学園都市の治安維持に従事してもらう。
 そこで活動を続ければ、君の能力も一層鍛えられるだろうしね。
 そうそう、先程君と交戦した原子崩しも、同様の組織を率いているのだよ。』

それで合点がいった。
あの少女が行っていたのは、虐殺という名の治安維持活動だったのだ。

そして通信機の向こうの相手、アレイスターも、俺に同様の活動を要求している。


まさか風紀委員として活動していた俺が、そんな汚れ仕事を強要されるとはな。
だが、かといって選択の余地も無かった。

ならば、毒を食らわば皿までだ。


「……アレイスター。俺からも要求がある。」

『何だい?』

「俺をそちら側に引き込むのなら、新しく組織を作らせろ。」

『ほう?』

146: 2012/05/25(金) 22:40:36.42 ID:YaJKQ5lmo
「その組織は、有事の際や、俺でなけりゃならねえ任務であればお前からの指示に従う。
 だが、そうでない任務に関しては、ある程度選り好みさせてもらう。
 それと、組織の構成員の候補生達の資料も寄越せ。無ければ作って寄越せ。
 構成員も俺が自分で選んでスカウトする。」

『ふむ、私としては君がこちらの思惑通りに働いてくれれば、
 君の要求を飲むことは問題ないが、どういうつもりだ?』

アレイスターは疑問を投げかけてきた。

分からないからというよりは、分かっていてあえて俺の口に出させたいという様子だった。


「ハッ、決まっているだろう。」





「いつかテメェの寝首を掻くためだ。」

147: 2012/05/25(金) 22:42:00.30 ID:YaJKQ5lmo
『それは興味深いな。そうでなくては私も面白くない。』

アレイスターは、少しだけ感情を覗かせる声で話した。

その感情は、『愉悦』だった。


『いいだろう。君の要求通りに手配しよう。辞令は後日君の元に通達する。今日はゆっくり休みたまえ。』


アレイスターとの通信は、そこで途切れた。

148: 2012/05/25(金) 22:43:41.93 ID:YaJKQ5lmo
「通信は終わったようだね。」

通信が切れると同時に、博士が部屋に入ってきた。


「少し残念だよ。私としては君の能力は大変興味深かったから、是非私の元で働いてほしかったのだが。」

「盗み聞きかよ、趣味が悪いな。」

「最後の方だけだよ。頃合かと思って訪ねた際に、偶然聞いただけだ。」

俺の嫌味に、博士は薄く笑った。


「そろそろ夜が明ける。アレイスターが君に用意した新しい住居まで部下に送らせよう。
 今日はそこでゆっくり休むといい。
 君とは近いうちにまた会うだろう。では、ごきげんよう、垣根少年。」

そう一方的に言い、博士はまた部屋を出て行った。





俺はこの日、学園都市第二位という称号を得た代わりに、日の当たる世界での生存権を失った。

152: 2012/05/26(土) 19:24:57.02 ID:xPzeoFsio
あれから、何年かの時が過ぎたある日。

「ぎゃあ!」
薄暗い路地裏で、俺は数人の男達を追い詰めていた。


男達は、学園都市の機密事項を秘密裏に入手し、それを外の世界に売り飛ばそうとしていた。

そこを例によって迎電部隊あたりに掴まれ、俺達に抹殺命令が下されたというわけだ。


「ケッ、雑魚が。もう終わりかよ。歯応えのねえ。」

俺はいとも簡単に男達を始末し、最後の一人を追い詰めた。

「ま、待ってくれ!まだ情報は流してねえ!もうこんなことはしねえ!だk」

男の言葉を待たず、俺は翼で男の心臓を貫いた。



「うっし、今日のお仕事、完了。」

153: 2012/05/26(土) 19:26:06.26 ID:xPzeoFsio
あの後、俺の元にアレイスターから辞令が通達された。


内容は、組織の立ち上げの命令、及びそれへの所属命令だ。

組織の活動内容は、既存のものでも様々ではある。
治安維持、情報統制、不穏分子の監視と粛清、アレイスターの小間使い。

ただ、どの組織も血生臭い荒事によりそれを行うものが大半であった。

そうした汚れ仕事を請け負う組織を、上層部はまとめて「暗部組織」と呼んでいた。


俺は奴から送られてきた候補生のリストを元に、
俺以外の主要構成員3名と、裏方の連中をスカウトし、新しい暗部組織を立ち上げた。



組織名は「スクール」。

まともな学生生活を送れなくなった俺には、皮肉な組織名だった。

154: 2012/05/26(土) 19:27:07.06 ID:xPzeoFsio
「おっ…と。」

仕事を終えたところで、タイミング良く俺の携帯が鳴る。


「俺だ。ちょうど今仕事が終わったところだ。」

『お疲れ様。私達の方もさっき済んだわ。
 これから第三学区のアジトに向かうから、そこでミーティングをしましょう。』


「おう。じゃあ、今すぐ行くぜ。」

俺は翼を広げ、目的の場所に文字通り飛んで行った。

155: 2012/05/26(土) 19:28:33.79 ID:xPzeoFsio
「よう、全員揃っているようだな。」

俺がアジトに着くと、俺以外の主要構成員達は既にくつろいでいた。


「おかえりなさい。ふふ、あなたが一番遅かったわね。」

ソファに腰かけていた派手なドレスの少女…心理定規が、こちらにウインクしてきた。

「お疲れ様です、垣根さん。」

冷蔵庫を漁っていたゴーグルの男も、手を止めずにこちらを向く。

「……では、そろそろ始めるのか。」

銃の手入れを行っていた男…砂皿緻密は、こちらを見ずに呟いた。



「じゃあ、今日のミーティングだ。……といっても、作戦の最終確認くらいだがな。」

156: 2012/05/26(土) 19:30:18.44 ID:xPzeoFsio
俺はスクールを立ち上げ、構成員を募った時、重要視した点がある。


1つ目は、無闇に堅気の連中に手を出さないように配慮できること。

汚れ仕事とはいえ、俺達は学園都市を支える裏方スタッフの様なこともやっている。
邪魔をする奴なら別だが、基本的に一般人には手を出さないことを不文律としていた。


2つ目は、リーダーである俺を信じ、指示に忠実に従えること。

組織の中で意見が分裂すると、全体の統制に支障が出てくる。


そして3つ目。これが一番重要なことだが、





俺と共に、アレイスターと戦う覚悟があることだ。

157: 2012/05/26(土) 19:32:30.18 ID:xPzeoFsio
そうして集まったのが、こいつらというわけだ。

砂皿だけは緊急補助の人材なのでその限りではないが、
腕っ節と依頼者への忠実性は信頼できる男だと俺が判断したため、今ここにいる。


俺が為すべきことは1つ。アレイスターとの直接交渉権を得て、その席で奴をぶっ倒すことだ。
だが、それは手段であって目的ではない。

全ては、暗部に落ちたあの日、俺が俺自身に課したたった一つの、だが絶対の誓いのために。



あいつを、飾利を守るために。

158: 2012/05/26(土) 19:34:21.47 ID:xPzeoFsio
飾利が本当にこの街に来たのかは知らない。

少なくとも暗部においてはその名は聞こえてこない。
ただ出来れば、この深い闇を抱える街には来ていてほしくはなかった。


だが、あいつが今どこでどうしていようとも、アレイスターの監視下にいるのは間違いない。

あいつを守りきるためには、奴を倒すことは避けられない。


そのために俺は、これまで準備をしてきた。能力を鍛えてきた。

その過程で、この手を血で真っ赤に染め上げてきた。

頃した人間の数など、とうに両の手で数え切れなくなっていた。

159: 2012/05/26(土) 19:36:09.42 ID:xPzeoFsio
今の俺を見たら、飾利は何と思うだろうか。


俺を恐れるだろうか。

俺を嫌うだろうか。

俺を非難するだろうか。


俺を、止めてくれるだろうか。



だが、もう俺は、後戻りの出来ないところまで来てしまった。

160: 2012/05/26(土) 19:39:37.47 ID:xPzeoFsio
血に染まったこの手では、二度とあいつの頭を撫でてやれないだろう。

闇に曝され続けたこの身体では、二度とあいつと共に陽の当たる世界を歩けないだろう。


それでもいい。


この手であいつの頭を撫でてやれなくても、あいつの敵を[ピーーー]ことはできる。

たとえ共に歩いていけなくても、あいつが陽だまりの元で笑っていられるならば、俺はそれだけで救われる。


恐れられても構わない。

嫌われても構わない。

非難されても構わない。

まして、止めてくれることなど願わない。


あいつが、飾利が幸せなら。ずっと笑っていられるなら。



俺は地獄に落ちても構わない。

161: 2012/05/26(土) 19:42:38.54 ID:xPzeoFsio
計画実行を間近に控えたある日、俺は、一人で街中を歩いていた。

現場の今一度の下見と、高翌揚しがちな気分を落ち着けるためだ。


街中には、多くの学生が溢れていた。

誰もが今この時を、精一杯楽しんでいるのだろう。
彼らの多くは、この街の深い闇など知らずに生きているのだろう。
そして、それが幸せであることに気付いていないのだろう。


「それでですね、その時白井さんったら御坂さんに―」

「あはは、白井さんったら相変わらずなんだから―」

俺の前を、2人の少女が歩いていた。
少女達もまた、楽しそうに談笑していた。


俺はすれ違う際、彼女らにつられて少しだけ微笑んだ。

162: 2012/05/26(土) 19:44:47.66 ID:xPzeoFsio
「……ひゃー、今の人、凄いかっこよかったねー。学園都市にも、あんなイケメンがいたんだー。」

「……」

「あれ、どうしたのさ初春?ボーっとしちゃって?」


「……あっ、ごめんなさい佐天さん。今の人が友達に似ていたものでしたから。」

「え?初春って男の、しかもあんなイケメンの友達なんていたの?」

「はい、小さい頃、外の世界にいた頃の友達ですけどね。
 私より随分前に彼は学園都市に行っちゃって、それきり会っていませんけど。
 キザで、かっこつけで、ちょっと意地悪で……でも大好きな男の子でした。
 別れ際には、その…告白までされちゃいました。
 『いつかお前のところに戻って来る。その時には嫁に来い』なんて。」

163: 2012/05/26(土) 19:46:28.38 ID:xPzeoFsio
「へえ、いつか迎えに来るとか、なかなかロマンチックな人だね。
 でも今も学園都市にいるなら、そのうち運命の再会とかしちゃったりして?
 いやいや、初春もなかなか隅におけないねーこのこのーーー。」

「ちょ、ちょっとー、からかわないでくださいよ佐天さーーーん。」



すれ違った少女達が後ろで何やら話していたが、俺にはもう聞こえなかった。

164: 2012/05/26(土) 19:49:25.93 ID:xPzeoFsio
10月9日 学園都市第七学区 窓の無いビル


「ふむ、とうとう彼が動き始めたか……」

男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』、
アレイスター=クロウリーは、そんなことを呟いた。


「エイワス。」

「何だい、アレイスター。」

アレイスターが虚空に呼びかけると、そこに人間のような存在が出現した。


「大した用事ではないよ。ただ、少し話し相手が欲しくてね。多少時間をいただくが、いいだろうか。」

「元より私に時間の概念はない。君の気が済むまで付き合おう。」

「そうか。」


淡々と答えるエイワスに、アレイスターも短く返事をした。

165: 2012/05/26(土) 19:51:18.33 ID:xPzeoFsio
「どうやら、『スクール』が動き始めたようだ。
 あの日私の寝首を掻くと息巻いていた彼だが、とうとう準備が出来たようだな。
 彼らはピンセットを強奪し、それを用いて滞空回線から私の情報を入手し、
 それを元にその後私の元にやってくる手はずのようだ。
 つい先程、いくつかの暗部組織を『スクール』討伐に向かわせたよ。」

自身の統治する街でクーデターを起こされたというのに、アレイスターには微塵も狼狽する様子は無い。

まるで、自分の観た映画の話でもしているかのようであった。


「随分と悠長に構えているが、いいのかい?
 彼はこの街の第二位であり、『プラン』の第二候補だろう。
 彼の行動を、そう簡単に鎮圧できるとは思えないが。」

「『メンバー』……博士では無理だろうね。『アイテム』の原子崩しでも無理だろう。
 むしろ彼らに止められる様では、第二候補として落第だ。
 彼を止められるとしたら、おそらく一方通行くらいのものだろう。」



エイワスの問いに、アレイスターは、さも当然と言った風に答えた。

166: 2012/05/26(土) 19:53:29.78 ID:xPzeoFsio
「『グループ』に今回の案件を通達した以上、彼と一方通行が対峙する可能性は高い。
 そうなれば、敗者はおそらく氏ぬことになるだろう。
 だが、その勝者がどちらであっても、絶対能力者とはいわずとも次のレベルに進める。
 そうなれば、『プラン』は更に短縮できる。」

「第一候補と第二候補による血塗られた切磋琢磨か。随分と贅沢な選定方法だな。
 だが、もし勝者が垣根帝督であった場合、彼は間違いなく君を頃しに来るだろう。
 そうなれば、『プラン』の短縮どころか、最悪破綻すらありえるのではないかい?」


「仔細無い。滞空回線からの情報を元に彼らの実力を分析してみたが、
 現段階で垣根帝督が勝利する可能性は極めて低い。
 現在の一方通行の状態を差し引いても、彼らの間には尚絶対的と言っていい程の壁がある。
 それに、万が一彼が勝利して、私を頃しに来たとしても、私自身が相手をすれば鎮圧は容易い。
 むしろ彼が第二候補の域を超えて、第一候補に相応しい力を身につけたかを見極めるいい機会になる。
 もし私がそのまま殺されたとしたら……それはそれで一興だ。」


どこからどこまで本気で言っているのか。

それはアレイスター本人にしか分からないことだった。

167: 2012/05/26(土) 19:56:10.29 ID:xPzeoFsio
「一方通行に殺されるか、私に殺されるか、それとも私を頃し、更なる闇の底に沈むか。
 いずれにせよ、垣根帝督に待っているのは絶望の未来だけだ。
 ……いや、もし『彼女』が介入すれば、全く違う結末もありうるかもしれない。
 その可能性は、まさしく那由他の彼方だが。」

「彼女?……ああ、『彼女』か。」

アレイスターの言葉の意味に気付き、エイワスもそれに同意した。


「そう、彼女だよ。
 彼とは対照的に、学園都市を表の世界から守る者。
 自身のホームグラウンドでは、超能力者にも比肩し得る、学園都市の守護神。
 一方通行以外に未元物質を止めることが出来るであろう唯一の存在。」



「さて、ここから事態はどう動くか……」

177: 2012/05/28(月) 20:12:01.85 ID:tcgTymYso
同日 スクールのアジト


計画は順調だった。

アレイスターの情報網を掴むために必要だった『ピンセット』も奪取した。
俺達を粛清に来た『メンバー』や『アイテム』の連中も返り討ちにしてやった。
『ピンセット』で掴み取った滞空回線からはある程度の情報も入手できた。
こちらも無傷とはいかなかったが、許容範囲だ。


だが、それでもあの野郎に近づくには足りなかった。


やはり野郎に近づくには、あの男を避けては通れない。


学園都市第一位、一方通行。

アレイスターの『プラン』の中核に座る『第一候補』。



あの男を頃し、俺が第一候補の座に就く。

178: 2012/05/28(月) 20:19:01.16 ID:tcgTymYso
だが、奴との戦いに時間をかけすぎると、アレイスターが俺の鎮圧に飾利を持ち出しかねない。

今は俺を泳がせているんだろうが、そうなってしまえばその時点で俺の負けだ。


なら、野郎が重い腰を上げる前に一方通行を頃す。

第一候補に俺が座っちまえば、野郎は俺を易々と殺せねえし、蔑ろにもできねえ。
必然、俺も奴に近づくチャンスができる。
そして野郎が交渉に飾利を引き合いに出す前に、直接野郎と謁見し、野郎を頃す。


別に奴と戦って負ける気はしねえが、正面から戦うと面倒かもしれねえ。
だったら、一方通行をより速やかに、確実に頃すために、奴のアキレス腱を狙えばいい。

既に調べは付いている。なら後は行動に移すのみだ。


俺はゆっくりと立ち上がり、標的の元に向かった。

179: 2012/05/28(月) 20:20:25.72 ID:tcgTymYso
俺は標的―最終信号を探して、とあるオープンカフェに来ていた。

その中で、馬鹿でかいパフェを貪っていた少女を見つけた。
間違いない。最終信号と一緒にいた風紀委員の少女だ。


だが、近くに最終信号の姿はない。


まあいい。それならあの少女に直接場所を聞く。

素直に教えればそれでよし。

そうでなければ……容赦はしない。

180: 2012/05/28(月) 20:23:01.44 ID:tcgTymYso
「失礼、お嬢さん。」

俺は少女に近づき、出来る限り怪しまれないように営業スマイルを浮かべ、声をかけた。


「はぁ。どちら様ですか?」

俺の言葉に少女も気づき、パフェを食べる手を止め、こちらを向いた。


少女は、セーラー服を着てはいたが、幼さの全く抜けきっていない顔は、まだランドセルの方が似合いそうだった。

「(このガキ、飾利と同い年くらいか……)」

そのあどけない顔に、ふと俺は、あいつの姿を重ねた。


きっと目の前の少女は、この街の闇など知りもしないで生活しているのだろう。

目の前にいる男が、学園都市第二位という外道だということにも、気づいていないのだろう。

俺の問いに対する答え如何で、自分の命運が決まることにも気づいていないのだろう。


今から自分がこの少女にしようとしていることを考え、少しだけ気が引けた。

それでも止めようと考えないあたり、やはり俺は外道なのだろう。

181: 2012/05/28(月) 20:24:19.94 ID:tcgTymYso
「垣根帝督。人を捜しているんだけど。」

俺は営業スマイルを絶やさず、少女に最終信号の写真を見せた。


少女は最初、酷く驚いた様子だったが、俺の顔を見つめると、少し悲しそうな顔をした。

だがすぐにその表情は消え、写真を凝視し始めた。


やがて俺と写真を交互に見比べ、首を横に振って、


「いいえ、残念ですけど、見ていないですね。」


言ってはならない答えを口にした。

182: 2012/05/28(月) 20:25:53.07 ID:tcgTymYso
ああ、残念だ。

こいつは今、嘘をつきやがった。

だったら仕方ねえ、お前は俺の敵だ。
容赦はしねえ。


「そうか。だったらもう少し自分で捜してみるよ。ありがとう。」

俺は少女に笑いかけた後、そのまま踵を返した。


「はい……あ、あの、あなt」

「あ、その前に一ついいかな?」

少女が何かを言いかけたが、俺はそれを聞かず、振り向きざまに、


「テメェが最終信号と一緒にいた事は分かってるんだよ、クソボケ」


少女の身体を、思い切り蹴りつけた。

183: 2012/05/28(月) 20:27:30.87 ID:tcgTymYso
少女の小柄な身体が、地面に投げ出された。

少女は何が起きたかをすぐには把握できなかったらしく、目を白黒させていた。
それでも本能的に起き上がろうとする少女の右肩を、俺は力任せに踏みつけた。


「うぎっ、ああああああああああああ!!!!!!」

少女が激痛に顔を歪め、凄まじい悲鳴を上げた。
何とか逃れようと身をよじるが、俺の足から逃れるほどの力は出せないようだった。


「テメェが嘘をついてることに気付いていないとでも思ったか?甘ぇんだよ。
 俺はこれでも一般人には手を出さない主義なんだが、自分の意思で俺の邪魔をするなら話は別だ。
 さあ、最終信号の居場所を教えろ。そうすればすぐに解放してやる。」

「うああああああああああああああ!!!!!!」


そう言葉を続ける間も、俺は足に力をこめ続ける。

少女の肩からゴキリと音が鳴ると、少女は更に苦痛の声を上げた。

184: 2012/05/28(月) 20:29:58.41 ID:tcgTymYso
どうだ、痛いだろう、辛いだろう、苦しいだろう、悔しいだろう。

だから、早く喋っちまえ。


俺は脅迫と甘言を足にこめて、更に少女を蹂躙する。


良心というものが痛まないわけではなかった。

たった一人の少女を守ると誓いながら、そのためにそいつと同じくらいの歳の少女を蹂躙する自分を蔑みもした。


それでも、俺は立ち止まるわけにはいかなかった。


たとえ何をしてでも、俺の一番大事なものを守るために。

185: 2012/05/28(月) 20:31:18.93 ID:tcgTymYso
「どうだ、そろそろ喋る気になったか?」

俺は少女に、再び言葉での交渉を行う。
これは最後通牒だと、言外に強い脅しを込めて。

だが、それでも少女は、俺に屈することは無かった。


「…………」

「……、なに……?」

俺は、少女の言葉に眉を顰め、不快感を露わに睨みつける。


「聞こえ、なかったんですか……」

少女は、苦痛に顔を歪め、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでもなお俺を真っ向から睨みつけて、


「あの子は、あなたが絶対に見つけられない場所にいる、って言ったんですよ。」


もう一度、俺への協力を拒む言葉を口にした。

186: 2012/05/28(月) 20:33:59.55 ID:tcgTymYso
大した度胸だ。

自分が殺されるかもしれないと分かっていながら、なおもこうして俺の前に立ちはだかろうとする。

だが俺には理解できない。誇りと生氏を秤にかけるなど、愚かとしか言いようがない。


「何でだ。何でお前はそこまでして俺の邪魔をする。
 あのガキはお前には何の関係も無い筈だろう。
 お前が身を挺してまで守る義理も無いだろう。
 答えろ。頃す前に聞いておいてやる。」


「……あなたは、悪党ですよね?あの子をさらおうとするのも、悪事の為ですよね?」

俺の問いに、少女はなおも気丈な態度を崩さず、逆に俺に問いかけた。


「そうだ。」

俺は躊躇いなく答えた。そんな厳然たる事実、否定する術も理由もなかった。

187: 2012/05/28(月) 20:37:19.15 ID:tcgTymYso
「なら、それだけで理由は十分です。
 私は、風紀委員ですから。今のあなたに、協力することなんてできません。
 『己の信念に従い、正しいと感じた行動を取るべし』
 これは、風紀委員の心得の一つです。この言葉通り、私は、私の信念に従っただけです。」


その言葉は、嫌というほど聞いている。かつて俺も、風紀委員だったから。

まさか、こんなところで再び聞くとは、思いもしなかった。

188: 2012/05/28(月) 20:41:32.02 ID:tcgTymYso
「ほう、この期に及んでそれだけ言えるとは大した奴だ。
 だが、『力なき正義は無能』という言葉を知らなかったようだな。
 正義を行使する力もねえ奴が、俺みてえな力のある悪党に楯突いたのが間違いだったんだよ。」


もう話すことはねえ。こいつとはここでお別れだ。

俺は少女の肩から足を放し、頭を踏み砕くために振り上げた。


その瞬間。


「そうですね。確かに、そうだったかも知れません。それでも、」


「それでも私は、正義でありたいですから。
 たとえ私に力がなくても、悪を見過ごす理由にはなりませんから。
 あなたはこの街に来て、変わってしまったのかもしれませんが、
 私の信念は、今も昔も変わっていませんよ、『帝督』。」



目の前の少女の姿と、俺の記憶にある『少女』の姿が、完全に重なった。

189: 2012/05/28(月) 20:44:46.03 ID:tcgTymYso
俺は少女の言葉に、姿に動揺し、足元が狂ってしまった。

少女の頭を踏み砕くはずだった足は、その数cm横の地面を踏みしめた。


なぜこの少女があいつと重なる。
なぜこの少女があいつの言葉を知っている。
そもそもこの少女は、今俺を何と呼んだ。


馬鹿な、まさか、こいつは、この少女は。


俺は狼狽しながら少女を見下ろした。


ふと見ると、少女のスカートのポケットから何かが転げ落ちていた。

それは、少女の生徒手帳だった。
それには、少女の顔写真と、学校と、名前が記載されていた。

190: 2012/05/28(月) 20:46:39.82 ID:tcgTymYso





『第七学区立柵川中学校 1年○組 初春飾利』





191: 2012/05/28(月) 20:50:54.73 ID:tcgTymYso
「え……、あ……、か、飾利…………???」

その名前を見て、俺は信じられない思いで、その名を呼んだ。。


「帝督…やっぱりあなたは、帝督だったんですね。」

俺の呼びかけに、飾利はボロボロの身体のまま、俺に笑いかけた。
その笑顔は、遠い昔に見た、俺の記憶の中の飾利そのままだった。


俺は、何をしていた?何をしようとしていた?

俺の目の前にいる少女は、俺が殺そうとしていた少女は。


だが、錯乱状態にあった俺に、


「……ったく、シケた遊びでハシャいでンじゃねェよ。三下」


更なる追い打ちが、振りかかった。


「もっと面白いことして盛り上がろォぜ。悪党の立ち振る舞いってのを教えてやるからよォ。」

追い打ちを仕掛けてきたのは、一人の少年だった。

その少年は、雪の様に白い肌と髪に、鮮血の様に紅い瞳を持った、


学園都市最強の怪物だった。

192: 2012/05/28(月) 20:54:15.55 ID:tcgTymYso
ずっと邪魔になっていたはずの相手だった。

誘き出そうとしていたはずの相手だった。

頃してやろうと思っていたはずの相手だった。


それなのに、そのはずなのに、俺は、一方通行を前にして、呆然としていた。

完全な錯乱状態にあった今の俺には、奴のことなど考えることなどできなかった。

193: 2012/05/28(月) 20:56:25.09 ID:tcgTymYso
俺は何故、目の前の少女を殺そうとした。

最終信号の誘拐を邪魔立てしたからだ。


俺は何故、最終信号を誘拐しようとした。

一方通行の野郎を効率良く頃すためだ。


俺は何故、一方通行を殺そうとしていた。

アレイスターの『プラン』の第一候補に座るためだ。


俺は何故、第一候補に座ろうと思った。

アレイスターとの直接交渉権を得るチャンスを掴むためだ。


俺は何故、アレイスターとの直接交渉権を欲した。

野郎の懐に入り込み、寝首を掻くためだ。


俺は何故、アレイスターを殺そうと思った。

野郎の手から、飾利を守るためだ。



ならば、何故俺は、守ろうと誓った少女を、自らの手で殺そうとした。

194: 2012/05/28(月) 20:58:03.73 ID:tcgTymYso
幾度も自問自答を行い、その度に不毛な堂々巡りを繰り返す。

何をするべきか、せざるべきか、もはやそれすらも分からなかった。


「どォした。黙ってねェでかかって来いよ。それとも、俺を前にして怖気づいたか、チンピラ。」

一方通行が挑発してくるが、俺の耳には入らない。


「う、あ、あ、……」

錯乱の末に、俺は翼を広げ、


「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

目の前にいた一方通行に、訳も分からず襲い掛かった。

195: 2012/05/28(月) 20:59:24.30 ID:tcgTymYso
俺は本能のままに、未元物質の力を一方通行に全力でぶつけた。
並みの能力者はおろか、超能力者ですら防げないであろう圧倒的な一撃。

だが、その攻撃は、一方通行に傷一つ付けることは出来なかった。


一方通行に向けたはずの攻撃は反射され、逆に俺に対して牙を向いた。

激痛が、嘔吐感が、目眩が、容赦なく俺の身体を襲う。


「あああああああああああああああああ!!!!!」


それでも俺は立ち上がり、一方通行に攻撃を再開した。

196: 2012/05/28(月) 21:01:13.87 ID:tcgTymYso
一方通行はベクトル操作の能力により、自身に有害物を除去する反射の膜を施している。

反射の膜は、俺の繰り出す攻撃を全て受け流し、俺に向けて反射していった。

「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


普段の俺であれば、未元物質を介して反射の膜を解析しようとしただろう。
そうすれば、反射をすり抜ける法則を見つけられたかも知れないし、そこに活路を見出せたかもしれない。

だが、錯乱状態の俺は、何も考えず、ただ自分の力を闇雲に一方通行にぶつけ続け、
その度に自ら傷ついていくだけだった。


それは、戦いとすら呼べない行為だった。
事実、俺は一方通行を敵とは認識していなかった。
それどころか、俺は自分が何をしているのかすら分かっていなかった。


それは、幼子が駄々をこねるのにも等しい行為だった。


「…………何やってンだ、オマエ?」


一方通行は、そんな俺を見据えたまま、蔑むような視線を向けていた。

197: 2012/05/28(月) 21:02:40.40 ID:tcgTymYso
「……が、は…………」

気が付けば俺は、地面に倒れ伏していた。


全身ボロボロで、指の一本すら動かせなかった。
意識も酩酊状態のように朦朧としており、とても能力を使えそうもなかった。
ぼんやりとした視界には、一方通行が歩を進めてくる様子が映っている。
おそらくあの一歩一歩が、俺の余命のカウントダウンなのだろう。


やがて足音が止まり、一方通行が俺の目の前に立った。

198: 2012/05/28(月) 21:05:12.46 ID:tcgTymYso
「……………………」

一方通行が懐から拳銃を取り出し、俺の頭に銃口を向けた。

銃口は俺の頭部からわずか数十cm程度。外しようがない距離だった。

おそらく一発だけで、俺の生命活動は停止するだろう。


「……解せねェな。」

そして、銃口を向けたまま、一方通行はポツリともらした。


「悪党には悪党なりの信念や美学があるはずだ。
 俺にすらあるンだ。オマエみてェなクズ野郎にも、何かしらその類のモンはあるはずだ。
 そォでもなけりゃ、学園都市に反旗を翻そォなンて考えるはずもねェ。
 実際、クソガキを拉致ろォとしたり、アイツを庇った関係ねェガキも殺そォとしたり、
 いかにも三下の悪党らしい、目的のためには手段を選らばねェ下衆な信念を見せてたじゃねェか。」

俺は、地面に無様に伏したまま、一方通行の言葉を聞いていた。


「だが、さっきのオマエの戦い、ありゃ何だ?
 俺への殺意も敵意も、オマエ自身の信念も美学も、何一つ感じられなかった。
 まるで癇癪を起こしたガキを見てるよォだった。
 俺には、オマエが何をしたかったのか、一切理解できねェよ。」

一方通行は、吐き捨てるように言った。

199: 2012/05/28(月) 21:07:18.86 ID:tcgTymYso
一方通行の言う通りだった。

俺は一体、何をやっていたんだ。


飾利を守ると誓い、そのためにアレイスターへの反逆を企て、ここまでやってきた。

だが、結局俺はアレイスターを頃すどころか、野郎との謁見すら果たせなかった。

あまつさえ、この手で飾利を殺そうとすらしてしまった。


無様だ。喜劇だ。滑稽だ。自分で自分に嗤えてくる。

200: 2012/05/28(月) 21:08:54.94 ID:tcgTymYso
「まァいい、俺にはどォでもいいことだ。
 こいつでオマエの頭をハジけば、俺の仕事は終わりだ。
 じゃァな、俺もいずれ地獄(そっち)に行くだろォから、先に行って待ってろよ。」

氏を実感するのは、これが二度目だった。

そして今度こそ、もうどうにもならないだろう。


たった一つの大事なものを守ろうと誓っておきながら、
それを自らの手で壊そうとした道化には、お似合いの末路だ。


だが、一方通行が引き金を引き、俺の頭を撃ち抜く前に、


「待ってください!!!」


誰かが、俺と一方通行の間に割って入ってきた。

201: 2012/05/28(月) 21:10:50.84 ID:tcgTymYso
一人の少女だった。

頭に花飾りをあしらい、セーラー服を纏った、小柄な少女だった。
膝はガクガクと震え、立っているだけでやっとという様子だった。
だらりと垂れ下がった右腕が、酷く痛々しかった。


俺がずっと想いを寄せていた少女。
俺が何に変えても守りたかった少女。
結局は守り切れず、あまつさえ殺意すら向けてしまった少女。


「か、飾……利…………?」


初春飾利が、俺と一方通行の間に立ちはだかるように、そこに立っていた。

202: 2012/05/28(月) 21:13:12.89 ID:tcgTymYso

引用: 垣根「言ってるだろう、俺に常識は通用しねえって」