1: 2024/12/23(月) 00:03:05 ID:???00
短編

3: 2024/12/23(月) 00:05:54 ID:???00
 エヌ氏が自室でマニーを数えていると、ふと部屋に誰かの気配を感じた。
 振り向くと、そこには一匹の悪魔が立っていた。

夏美「どこから入ってきたんですの?」

「どこからでも入れるさ。俺は悪魔だからな」

夏美「なるほど、そうですの」

 エヌ氏は言って、じろじろと無遠慮に悪魔を眺めた。黒く毛の生えた身体、蹄のある足、バイキンのような尻尾。

 どこからどう見ても、それは立派な悪魔だった。

5: 2024/12/23(月) 00:07:51 ID:???00
「数千年ぶりに目を覚ましたんだ。腹が減って仕方がない」

夏美「それは大変。おにぎりでも作りますの」

 エヌ氏の申し出に悪魔は慌てて両手を振った。

「そんなものはいらない。俺が食うのは寿命だ」

夏美「寿命?」

「あぁ、寿命をくれたら、代わりにお前の欲しいものをなんでもくれてやろう」

6: 2024/12/23(月) 00:10:14 ID:???00
夏美「欲しいものをなんでも……」

 エヌ氏は少し考えてから、言った。

夏美「それはマニーでもいいんですの?」

悪魔「マニー? 金か、そんなものいくらでもくれてやるさ」

 言って、悪魔はジャラジャラとその両手から丸い穴の空いた歪な石を落とす。床に落ちた石が大きな音を立てた。

 エヌ氏は呆れ果てて言った。

夏美「そんなもの、今は通用しませんの。マニーと言ったらこれですの!」

7: 2024/12/23(月) 00:13:42 ID:???00
 エヌ氏が悪魔に見せたのは、一万円札だった。
 福沢諭吉の顔が書いた紙を悪魔はしげしげと眺めた。

「俺が眠っている間に、随分と変わったもんだなぁ」

夏美「それで、寿命っていうのはどうやって取るんですの?」

「俺がこうして心臓を指差し、光線を発射するんだ。その光線に当たると俺に寿命が吸い取られるわけだな」

夏美「そうか、なるほど」

 頷いて、エヌ氏は悪魔を待たせて部屋を出ていった。
 悪魔がもの珍しげに部屋を見回した。

「ははぁ、文明も進化したものだ。人間も、今は洞窟ではなくこんな木造りの家に暮らすようになったのか」

8: 2024/12/23(月) 00:15:52 ID:???00
 数分ほどでエヌ氏は悪魔の前に戻ってきた。

「どこへ行っていたんだ?」

夏美「心臓を取りに言っていたんですの」

「なに、心臓を?」

夏美「今は心臓も簡単に取り外せるようになったんですの。数千年眠っていたあなたは知らないでしょうけど」

 エヌ氏に馬鹿にされたと思った悪魔は、慌てて見栄を張った。

「なに、そのくらいのことは知っているさ」

夏美「そうですの? それはよかった」

10: 2024/12/23(月) 00:22:07 ID:???00
「さぁ、どのくらい寿命を払う?」

夏美「うーん、手始めに一年ほどお願いしますの」

 エヌ氏の言葉に、悪魔はしめしめと嬉しそうに手を擦った。
 人間というやつはいつもこうだ。最初は一年というが、対価を渡すと二年、三年と続けて払いたがる。

「それではいくぞ!」

 ピピピ、と悪魔の指先から黄色い光線が放たれた。
 それはエヌ氏の胸に届き、寿命を一年分吸い取る。

「ふぅ、どうだ? 気分は悪くないか?」

夏美「えぇ、全然平気ですの。それよりマニーをください」

12: 2024/12/23(月) 00:24:26 ID:???00
 悪魔はほんの少し不思議に思った。
 寿命を取られた人間は、少しばかり苦しそうにする筈なのだ。

 文明が変わったことで体力がついたのだろうと納得して、悪魔はその両手からバサバサと金を出す。

「さっきの金が300枚だ。どうだ?」

夏美「一年払って三百万……中々うまい商売ですの」

 エヌ氏は床に散らばった一万円札を見てニヤニヤと笑った。その姿を悪魔もニヤニヤと眺める。

「どうだ、もっと寿命を払えば更に多くの金をやるぞ」

14: 2024/12/23(月) 00:28:46 ID:???00
夏美「お願いしますの! 今度は……十年!」

「なに、十年? やめておけ、そんなに取ると身体を悪くするぞ」

夏美「構いやしませんの。早く、早く!」

 エヌ氏の言葉に押され、悪魔は渋々光線を放った。
 ピピピと黄色く光る光線が、十年分の寿命を奪う。

「ほら、金だ」

 ドサドサドサ!
 3000枚の一万円札が床に落ちる。それをエヌ氏はキラキラとした目で眺めていた。

夏美「ひゃっほー! 大金持ちですのーっ!」

「苦しくはないのか? 肺や心臓は痛くないか?」

夏美「全然平気ですの!」

 悪魔はだんだん、目の前のエヌ氏が気味の悪いものに思えてきた。十年も寿命を奪われてピンピンしているなんて、とてもまともな人間ではない。

16: 2024/12/23(月) 00:32:39 ID:???00
「もういいだろう、さぁ、俺は別のところへ行くよ」

夏美「待ってください。もう百年寿命を取ってほしいんですの」

「なに、百年!?」

 百年といえば人間の平均寿命をとっくに超えている。
 数千年過ぎたといえども、人間の寿命がそこまで大きく伸びるわけはない。

 エヌ氏の言葉に悪魔は冷や汗を流した。

「やめておけ、やめておけ! 百年も取ったら氏んでしまうぞ!」

夏美「いいから早く取るんですの!」

 強情をはるエヌ氏に、悪魔も渋々従った。ピピピと光線が夏美の胸に届く。

18: 2024/12/23(月) 00:36:58 ID:???00
夏美「……」

「な、なんともないか?」

夏美「えぇ、それよりマニーを。マニーを早く!」

 悪魔は今度こそ悲鳴をあげたくなった。しかし、寿命を奪ったからには対価を払わねば行けない。
 エヌ氏の目の前に、3万枚の一万円札がドサドサドサドサと落ちた。

夏美「おぉ……三億円ですの! 一生働かなくても暮らしていけますのー!」

「お、俺はもう帰る!」

 悪魔は叫ぶと、ドロンと姿を消した。
 そうして、人間は恐ろしい生き物になったものだと思いながら、また深い深い眠りへとついた。

19: 2024/12/23(月) 00:40:11 ID:???00
 残された三億円にエヌ氏が頬ずりをしていると、妹がバタバタと駆けてきた。

冬毬「なんなんです姉者、今の音は」

 そうして、床に散らばる一万円札を見て目を丸くした。

夏美「実はこういうことですの」

 エヌ氏は妹に、今起こった出来事を説明した。悪魔が逃げ帰ったことも、寿命を取られたことも全てだ。

冬毬「しかし、姉者はどうして生きているんですか。百年も寿命を取られたら、人間は氏んでしまうでしょう」

夏美「それがね、胸にこいつを仕込んどきましたの」

 夏美が胸ポケットからぷるりと取り出したのは、1匹のクラゲだった。

20: 2024/12/23(月) 00:42:58 ID:???00
冬毬「ははあ、寿命の長いクラゲを胸に入れて、そいつの寿命を吸い取らせたんですね」

夏美「そういうことですの」

 頷くエヌ氏に、妹もお札の海で転げまわった。
 姉妹のバンザイの声が家の中に響き、二人は有頂天になって騒ぎ続けた。

 しかし、ふと妹は調子を落とすと溜息を吐いて言った。

冬毬「駄目です、これは使えませんよ」

夏美「どうしてですの!?」

 驚くエヌ氏の目の前に、妹は二枚の一万円札を突き出して言った。

冬毬「全部番号が同じです」


終わり

22: 2024/12/23(月) 00:48:12 ID:???MM

面白かった というより懐かしかったw

引用: 夏美「悪魔」