603: 2010/11/28(日) 22:34:51.00 ID:O3yqJbc0

佐天涙子は上機嫌であった。
気合を入れて望んだ学校のテストは中々の出来であり、ベスト10内も射程距離だ。
超電磁砲のBRDも買ってしまうというものだ。自分へのご褒美乙wwww

「早く超電磁砲帰ってみなきゃ~早くも売り上げ三万枚余裕で突破っていうしさぁ~ホント見ないと駄目だよね」

独り言が宣伝臭いのもご愛嬌だ。スキップでもしそうな調子で佐天は裏道を通る。近道であるが、どうにもこうにも物騒極まりない。
そもそもこの都市は治安がすこぶる悪い。拳銃も怖いが、軍隊相手に無双出来る中坊がいる都市などホラーだ。
能力開発で芽が無いのだからさっさと故郷へ帰れば良いものをというツッコミは決してしてはいけない。
そんな都市で裏道を無能力者の美少女が一人で歩く。フラグだ。フラグが立った。

「ようようお姉ちゃんよぉ」
「くぁわいいじゃねぇかよ」
「ちょっと付き合えよ」

ホラやっぱりと大半の人がそう思っているだろうし、他のSSでも腐るほど目にしてきた展開なので今更真面目ぶって書くことは非常に馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいのであるがそれでも書かなければならないが文章の辛いところだ。だから嫌々書く事にする。
モヒカン(世紀末ww仕様)が三人現れた。
股間は臨戦態勢バッチリである。しかし、悲しいかなハンドガンレベルなので遠目にはわからない。
モヒカンは佐天さんに近づくと、臭い息を吐きながら荒々しい声で言い寄る。

「ちょ、まじ、まじパネェ。ッパネェ。ッネェって」
「うほ、いい女。しかも手に持ってるのは超電磁砲じゃねぇかよ」
「はぁ!?マジで。発売以来ランキング1位独走のあの超電磁砲かよ!?」
「うひょー、見なきゃ損だよな!」


舐るように佐天さんとその手に持たれたBRDを眺めるモヒカン達。

(こ、怖い…ッ)

佐天さんは貞操とBRDに危機を抱く。そして彼女の直感は正しかった。

「へ、姉ちゃんよ。怖いことされたくなかったら俺達に着いて来いよ」
「痛いどころか気持ちいいことしてやんよ」
「アレ、でも最初は痛いんじゃネェ?あれってそうだろ」
「ああ、そうか。でもマジで痛いのか?膜破くんだから痛いのか」
「まぁ、経験ねぇからわからないけど、とにかく姉ちゃんよ、俺らといいことしようぜ、あとそのBRDも見ようぜ」

「や、やめて下さい……初回特典も付いているBRDをどうするつもりですか!あと私のこともどうするつもりなんですか!?」

佐天涙子の背筋に寒気が走る。脳裏に浮かぶのはとらの○なで販売されている数々の彼女そっくりの少女が出てくる薄くて高い本。
複数の男達にもみくちゃにされる姿は最早食傷気味のネタに過ぎないが、今の佐天にはこの上なくリアルな展開に思える。
まさかアレと同じ目に遭わされるのではないだろうか?遭わされそうだ。クスリ漬けにされるのだ。
しかし、それは薄くて高い本であればの話。二次創作のSSにおいて、彼女は十割の確率で救いの手を差し伸べられるように世の中は出来ている。

604: 2010/11/28(日) 22:36:18.37 ID:O3yqJbc0
「オイオイオイ。人がせっかくの休みの日によォ、優雅にコーヒーでも飲んで過ごそうかなァって思ってる時にだ。なァにわかりやすいことしてんだァお前等ァ」

白髪、赤目、華奢、悪人面のイケメン、杖付いてる。
あらゆるパーツを貪欲に取り込んだチートキャラが其処には立っていた。

「ああ?」「なんだテメェは?」「すっこんでろ」「ボコられてぇのか?」「痛い目見る前にさっさと帰んな」「モヤシやろうが」「wwwwwwww」「wwwwwwww」「wwwwwwww」

既にオチが見えている人ばかりなので、もう改行せずに台詞を書く事にした。レスの節約ってとっても大切だし。
実にわかりやすい挑発であり嘲笑であり中傷に佐天は「うわぁ」と内心引いてしまったが、彼らは知らなかった。自分達が今相対している男は学園都市最高の頭脳と学園都市最低の沸点の持ち主であることを。
男はおもむろにチョーカーのスイッチを入れる。カチリと渇いた音が路地裏に響くと共に、白髪頭の男の瞳に険悪な光が増した。
白い前髪を縫うように覗く赤い瞳に、佐天は心を打ち抜かれた。
普段、日常という温かい舞台に立つ彼女が目にしたこのない、そこいらのチンピラでは決して持ち得ない鋭く、同時に強靭さを秘めた瞳。
正直、こんなチンピラ相手に大人気ないことこの上ないのだが、佐天はそんなこと気にしない。
DQNでブサメンに人権が憲法で設定されていないのは何処の国でも同じなのだ。
カパリと三日月のように開いた赤い口。白いモヤシな少年が、学園都市最強の怪物へと切り替わった瞬間であった。

「ひでぶ!」「あべし!!」「たわば!!!」

虐殺は一方的だった。そもそも虐殺とは一方的なものであるが、そんな虐殺の中でも特に一方的すぎんじゃね?っていうくらい虐殺だった。
半頃しではなく九分の八頃しという感じだ。あとワンパンで氏ぬ。そういう感じの理解で大体合ってる。
そんな光景を佐天は半ば放心したまま見つめていた。呆然とした彼女の脳裏にある日の会話が甦る。だから此処から先は回想シーンだ。


一部の噂では花飾りはパイルダーであり、其処が本体となって指示を出していると噂の初春飾利との会話でのことだった。
『佐天さん、佐天さん、学園都市最強のレベル5ってどういう人なのか知ってます?』
『え、知らない知らない。都市伝説では冷蔵庫に似た人って…』
『それは第二位ですよ~第一位です第一位。掲示板に書かれていたんですけど、目撃者の話だと白髪で、赤目で、もやしで、黒翼で悪人面で顔芸でイケメンでCV岡本信彦だっていう噂なんです』
『ちょww白髪ww赤目wwってww黒翼wwwwww』
『黒翼wwwwww』
『そんなラノベみたいなww』
『中二乙wwwwですよねwwwwww』
『だよねwwwwwwいるわけないしねwwwwww』



「いたよ…」
「あ゛ぁ?」
モヒカンA、B、Cを血祭りに上げた一方通行を見ながら佐天は呟く。
ラピュタは本当にあったんだ。そう呟いたルフィの中の人の気持ちが今ならよくわかる。無能力者の自分にとっては、第一位という存在はラピュタに等しい。
じゃあ龍の巣は何だよとか、そういう細かいことは言ってはいけない。こういうのはフィーリングで理解するものだ。
「ったく、見たところ無能力者のガキのよォだが、こんなとこでうろついてんじゃねェよ。輪姦されたって不思議じゃねェンだからよ」
「あ、あ、あの…その…」
自分の迂闊さに今更ながらに気付き、佐天は俯く。羞恥で頬が赤く染まる。『輪姦される』という言葉への恐怖心よりも、目の前の少年に無知な子供だとはっきり思われていることが恥ずかしいのだ。
少年は小さく舌打ちをすると踵を返す。
「あ…」
「コレに懲りたら変なとこうろつくんじゃねェぞ」
こつこつと杖を突く音が遠ざかっていく。
徐々に小さくなっていく後姿を佐天は逸らすことなく見つめ続けていた。


605: 2010/11/28(日) 22:40:30.01 ID:O3yqJbc0
一方通行が佐天涙子を助けてから一週間後。


「インデックスが最近可愛くて生きているのが辛いんだけどどう思うあー君?」
「[ピーーー]ばいいんじゃねェかァ?大体よォかみやン、最近可愛いってお前それ何度目だかわかってるゥ?」

『昼飯一緒に食べようぜ』という上条からの電話から30分後、一方通行は早くも帰りたい衝動に駆られていた。
いつも不況のせいでボーナス八割カットされたお父さんのような不景気な顔をしているツンツン頭の少年が上機嫌な顔であった時点で嫌な予感はしていた。
そして一方通行の予想通りファミレスに着くなり始まったのはウチの嫁自慢だった。第三次世界大戦を切欠として友情を加速的に深め、親友同士となった彼は、どうやら同時に居候シスターとの間にあった見えない『壁』を乗り越えたようだ。それ自体は構わない。そもそも付き合っていないと聞いて驚いたくらいだから、あるべき関係にようやく収まったと捉えるべきであろう。問題は、定期的にこうしてのろけてくるところにある。正直しんどい。同じ言葉がループするのだ。ボキャ貧の惚気ほど性質の悪いものはない。なお、二人の交際を知っている者は一方通行と此処にはいない浜面くらいだ。

「確か『最近料理の手伝いしてくれて、なんだか新婚みたいだ』って言ってたなァ。で、その前が『後片付けしてくれるなんて優しいにも程がある』でその前が『帰ったら風呂の支度がしてあって、押し倒しそうになった』だっけか?」
「流石学園都市最高の頭脳。よく覚えてらっしゃる」
「何度も聞いてりゃ覚えちまうんだよォ」
「何度言っても言い足りないってことだよな!!」
「皮肉も通じネェときたもンだ…」
とりあえず注文したハンバーグステーキが来てから、それが冷めないうちに話を切り上げて欲しい。切実な願いだ。
「昨日インデックスがさ、初めて料理を作ってくれたんだ。カレーライスな」
「王道だなァ…」
それでこの上機嫌か。よほど美味かったのだろうか。ハンバーグステーキ早く来ないかなァとお冷を口にする。
「でさ、まぁ味自体は美味くなかったんだよ。不味くもないけどルーは溶け残ってるし、具はちぐはぐのサイズでご飯は水が多かったから柔らか過ぎだし。けどなんていうか、そういう不慣れなところがまた可愛いっていうか、頑張ったんだな俺の為にって思えてさ。娘が始めて手料理作ってくれた時ってこんな気分なのかって感動しちまって」
三杯も食べちまった、と照れくさそうに言う上条を冷めた目で一方通行は見る。何となくこの話の着地点が見えてきた。
「で、感動した上条クンはデザートにシスターをいただきました、なんて言うつもりかァ?」
「嫌だわあーくん、とっても下品」
「違ったかァ?」
「いえ、頂いたんですけどね」
テメェ、さっきまで娘が云々とか言っておいて結局ヤッたんかい、と氷を噛み砕きながら内心毒づく。

「ご注文のハンバーグステーキセットになります。此方はレバニラ定食です」

ナイス、ウェイトレスのお姉サン!!喝采を心の中であげる一方通行。ここからピンク全開の工口トークをされたら敵わない。
流石の上条も最低限のTPOを弁えているのか、会話を中断させる。レバニラ定食というやたら精の付くものを頼んでいるのが何となく嫌だ。安いから頼んだに過ぎないと信じたいところである。
「お前さぁ、外食の時必ずハンバーグかステーキ頼むよな」
「うるせェ…外食でくらい肉食わせろ」
溜息を零しながらナイフで丁寧に切り分けていく。溢れる肉汁が食欲をそそる。
「例の『通い妻』は健在ってことか」
「通い妻じゃねェし…ありゃァ単なる嫌がらせだァ」
下品な笑い声の憎いあんちくしょうの顔が浮かび、ナイフを握る手に力が篭る。

「アイツ昨日もよォ…」

606: 2010/11/28(日) 22:43:14.05 ID:O3yqJbc0
『やっほー頃しに来たよ、第一位』
『帰れ』
『げひゃひゃひゃ、バッカじゃねぇ?ミサカがアンタの言う事聞くわけないじゃん。台所借りるよ。勿論勝手に使っちゃうから』
『オイ、コラ』


『けけけけ、番外個体様特性野菜尽し料理、モヤシは共食いでもしてろよ。キャハッ』
『テメェ…性懲りも無く野菜ばかりじゃねぇか!!肉はどうした!!』
『ミサカの生きがいはアナタに嫌がらせの限りを尽くすこと。15種類の野菜なんてアナタには拷問でしょ?しかも塩分控えめの薄味で物足りなさを味わいな』
『チッ…しかも量多過ぎんだろォ…』(後でファミチキでも買いに行くつもりだったのによォ)
『これだけ多ければ後でファミチキでも買おうかなんて気も起こらないでしょ?』
『そこまで考えてやがったかァ!』
『ミサカがアナタの喜ぶことするわきゃねぇだろ~げひゃぐひゃひゃひゃッ』


『オイ、何勝手にベッドに入ってきやがる!?』
『この距離ならチョーカーに手を伸ばすよりもミサカがアナタを[ピーーー]方が早いよ?つまりアナタの命はミサカの手の中ってわけ。寝首かかれる恐怖に怯えて、眠れない夜を過ごしな』
(く…そこまでしやがるか…そこまでしてオレを殺そうっていうつもりなのかよォ…いや、オレはそうされても文句が言えないだけのことをコイツらに……)
『けけけけ、こうすればアナタは逃げられないね~』
(コイツ……オレの背中に腕を回してきやがった!?そうかコレはつまりいつでもオレの背骨を圧し折ってやれるってェ意思表示かッ)



「へッ………わかってたハズなんだがなァ…オレ、オレみてェな極悪人が許されるはずがねェってことくらいよ」
「番外個体いい奥さんになるよ…」





(通い妻?奥さん?)
佐天涙子は凍り付いていた。二人の座る席とついたてを挟んだ斜め後ろに位置取っていた彼女は、二人の会話を盗み聞きしていた。



668: 2010/11/29(月) 21:29:40.94 ID:uFzXNyA0
詳細は聞き取れなかったが、どうやら彼の少年には所謂ステディな関係のおなごがいるらしい。
向かいには「メシウマwwwwww」状態の初春。佐天は一方通行に助けられたその日のうちに初春の下を尋ねた。時刻は日付が変わった頃。
空気読まないにも程がある時間である。一人暮らしの大学生でもいきなり来られるとムッとなる時間帯であったが、夜の住人、ナイトウォーカーの肩書きを持つ初春にとっては放課後に遊びにこられるのと大差は無い時間帯である。禁書スレを超電磁砲スレで乗っ取るという日課をこなしているときに突如尋ねてきた佐天を快く迎え入れた。
初春には佐天涙子という親友のことがよくわかっていた。一見常識知らずなようでその実もっとも常識を弁えている少女。
そんな少女が血相を変えてやって来たのだ、何かがあったと思うのが当然であろう。

『う、ういはるぅ~~私、白い王子様見つけちゃったよぉ~!』
『白い?白馬の王子様じゃなくてですか?』
『うん、白いの。この前初春が言ってた学園都市第一位の……』
『一方通行…ですか?』
『うん!!そう、そのあくせられーたが王子様で、白くて私を助けてくれて、モヒカンが超電磁砲で』
『佐天さん落ち着いて下さい。文章がおかしいです。大体何があったのかわかりますけど』
『ど、どうしよう。お礼も言えなかったし』
『ああ…一目惚れしちゃったんだ…赤い実弾けちゃったんですね、佐天さん』
『ひとッ!?ひ、ひとめ惚れ……そうなのかなぁ…よくわからない』
『で、その報告をする為にこんな時間に来ちゃったんですか?あ、紅茶飲みます?』
『ううん、そういうわけじゃなくてね……紅茶よりコーヒーが欲しいかな?』
『?じゃあどういうつもりで?コーヒーなんてそんなに飲みましたけ』
『あの人の居場所ってわからないかなぁって。連絡先でも住所でもいいんだけど、そういうの街頭カメラとかでわからない?いや、お礼言いたいだけなんだけどね?ホントだよ』

その発想はストーカーです、とは言えなかった。あの能天気な佐天涙子が御坂美琴の如きリアクションを示したのだ、野暮なツッコミなど出来ようハズもない。
第一純愛とストーカーなんて紙一重なのだ、これくらい可愛いものだと初春は親友の為に一肌脱ぐことを決意した。
何よりも面白そうな予感がしたのだ。食いつかない黒春ではない。

「そんな……ようやく見つけたのに、そんな相手がいるなんて」

佐天はうなだれる。具体的にどうやって見つけたのかといえば一方通行と上条の電話を傍受したのだ。初春さんマジパネェ。

「イケメンには既にお手付きなものですよ~」
「他人事だと思って初春~」
「いや、他人事ですし。それで、お目当ての王子様にはお相手がいるようですけどどうするんですか?」
「どうするって……」
「高校生で一人暮らししてて通い妻がいる。佐天さんはようやく中二に上がったばかりの子供。相手にしてもらえるのか怪しいですよね~相手が口リコンなら違うかもしれませんけど」
「うううぅ…わかってるよ、ガキって言われたもん」
意地の悪い事を言っているなぁと自覚しながら初春は渾身の微笑を浮かべる。
悶々として思い悩む佐天をいじる機会など滅多に無いのだ。いじらないはずが無い。
頭を抱えながら佐天は目の前のクリームソーダを睨む。溶けたアイスがソーダの海にゆっくりと沈んでいく。
やがて話が終わったのか、一方通行達が席を立つ。ぴくりと佐天の肩が震える。流石に見るに見かねたのか初春はそっと背を押してやることにする。


669: 2010/11/29(月) 21:33:40.23 ID:uFzXNyA0
「でも佐天さん。お礼を言うんだったら相手がいようといまいと関係ないと思うんですけど?」
「え?」
「お礼を口実にしてアプローチをしろなんて言いませんけど、ただ向こうが一途に慕ってくれる女の子に心変わりしちゃう可能性はゼロではないと思うんですよ」
「そ、そんな。泥棒猫みたいな真似……」
「盗むのは良くないですけど、勝手に心変わりしちゃうのは不可抗力ですよね?」

邪笑。この初春、実に汚い。実に狡い。実に悪い。だがしかし真理だ。少なくとも今の佐天にとって、それは自己を正当化するに足る程の真理を秘めている。
決意の炎が親友の瞳に点るのを満足げに見つめる初春。一つ頷くと、佐天は席を立つ。向かう先は白い少年だろう。
佐天を見送ってから初春はノートパソコンを開く。カタカタとキーを弾くと幾つものウインドウが開く。横断歩道、テラス、駅前、雑貨屋など、様々な映像が浮かぶ中から、一つを選び拡大する。
イヤホンを付け、耳に当てると、道行く人々の会話が雑音交じりながらもはっきりと聞こえる。
映像に映っているのは件の白い少年。相方のツンツン頭の少年とは別れたらしい。にたりと初春、否、黒春が笑う。やがて映像の端に今しがた店を後にしたばかりの親友の姿が映った。



佐天は走る。目の前には華奢な少年の背中。細くて白い、モヤシとか言うな、そんな背中である。
かったるそうに杖を突きながらよたよたと歩く後姿に、学園都市最強とは思えぬその後姿に向かって。
「待ってください、待って…まってください」
聞こえていないのか、一方通行が止まる気配はない。呼びかけていくうちに止まれよコンチクショウ目という気持ちがムクムクと佐天の中に湧き上がる。そして ―――

「待ってって言ってるだろうがごらぁぁ!!!」
「ぐふゥッ!?」

足下からすくい上げるような見事な、いや、美事な佐天の低空タックルが一方通行を捉えた。反射を切った一方通行は平均以下の貧弱少年に過ぎない。十分な加速と体重が乗ったタックルに耐えることも、ましてや巧みにそれを捌く技術も無い。
結果、佐天涙子は学園都市最強の怪物からノゲOラばりのテイクダウンと取ることに成功する。

「てンめェェ……何処の組織の差し金だァ?余程挽き肉にされてェみてェだなァァ」
顔面スライディングをかました一方通行は、すりむいた鼻を押さえながら若干涙目になりながらうなり声を上げる。刺激に対して弱いことに掛けては定評があるのだ。クール(ぶっている)な自分に顔面スライディングを決めさせた愚か者を血祭りに上げるべくチョーカーのスイッチを入れたところで、足下にしがみついているのがセーラー服を着た何処にでもいるようなただの中学生だと気づく。

「あァん?てめェは確か…」
「あ、あの、私、この前貴方に助けてもらったんです。それで、お礼まだ言ってなくて、ずっと言いたくて、たまたま貴方を見つけて」
動揺しつつもさりげなくストーカー行為を偶然に置き換えながら佐天は耳まで真っ赤な顔を一方通行の胸にぐりぐりと押しつける。
「最近の中学生ってなァ礼代わりにタックルかますもんなのかァ?」
「違います。これは誤解で、ただ、ただ私」
貴方とお話してみたかったんです。その言葉が何故か出てこなかった。
助けてくれた恩人への感謝の気持ち。学園都市最強という自分にとってはラピュタのごとき幻想の存在への憧憬。
そして、一目見た瞬間から生まれてしまった言語化困難な感情。会ってまだ一週間しか経っていない相手に対してストーカーまがいの真似までして居場所を突き止めた自分を動かすこの感情を正確に把握するには佐天はまだ若すぎた。どれだけワガママボディを誇っていようとも、所詮は13歳なのだ。一年ちょっと前にはまだ赤いランドセルを背負っていたのだ。だがそんなことを順序立てて説明できるはずもないし、動揺が口から言葉を奪っていく。

結果。

「ひっく…わ、わたし、私、ただ、ひっく…グス…」

佐天は彼女の名前の如く、大粒の涙を流し始めた。

670: 2010/11/29(月) 21:36:34.21 ID:uFzXNyA0

情緒不安定にもほどがある。こんなにも涙脆かったのだろうか自分は、というよりも、どうしてこんな訳の分からない、無茶苦茶な行動に出ているのだ自分は。見てみろ彼を、困惑を通り越して呆然としている。それもそうだ、自分の中でこそこの一週間様々な葛藤があり、思わず「白い王子様」などと言ってしまったりもしたが、一方通行にしてみれば一週間前に助けた女子中学生にいきなりタックルされたと思えば、目の前で突然泣き出されたのだ。なんて迷惑な女だろうか。女というか子供だ。恥ずかしい、穴があったら入りたい、というかシャベルを誰かくれ、今すぐ人一人分が入れる穴を掘って埋まってやる。

佐天がそんな思いで泣き出したのを見ながら、一方通行、彼は彼で静かにテンパっていた。
(えェェッ!?ちょ、え?ちょ、オレなンもしてねェだろうがよォォォォォーーー!!!アレか、オレのツラが怖ェからかァ?だから泣いたのかァ?寧ろオレが泣きてェくらいなんだがよォ)

『おい、見ろよアレ…あれって痴話喧嘩だよな』『如何にも女の子を弄んでそうな顔してるわよね』『あんな可愛くて発育の良い中学生を泣かしてるぜ』『あんなに必氏に彼氏に縋りついちゃって…きっと別れ話切り出されたのね』『女子中学生をポイ捨てとか、リア充爆発しろ』『もしかして堕ろせとか言われたんじゃ…』『セ口リたんの腋汗ペロペロしたいお』

(おいィィィィィィィィィィィィーーーー!!!光の速さでオレの社会的な生命が潰えようとしてませんかァァァ!?)
周囲から突き刺さる白い視線が実に痛い。社会的な名誉とは程遠い、悪名の方が高い彼であるが、悪名にもピンからキリまである。一方通行は暗部で戦いながら二つのテーマを己に課してきた。
光の世界の人間には手を出さないこと、そして口リコン疑惑を晴らすこと。最初に言っておくが、彼は打ち止めの事を大切に思っているが、それはあくまでも妹か娘に対する感情、つまりは純粋な「家族愛」である。
しかし、彼の不器用な打ち止めへの思いやり、家族愛はツンデレという彼にとっては忌むべき俗称と共に恋愛感情へと勝手に区分けされてしまった。オイオイ、しまうフォルダ違うんですけどォと言いたくとも、人の噂はベクトル操作できない。そして付いた呼び名は『学園都市最強の口リコン、アクセ口リータ』。この屈辱的な汚名を濯ぐ為に、彼は血反吐を吐きながら学園都市の裏側で戦ってきた。
ある時は巨Oアラサー美女を学園都市の闇から助け、またある時は横断歩道で立ち往生しているお婆ちゃんを学園都市の闇から救い、またある時は一方通行って実はババァ好きなんだってよと掲示板に書き込んだりもした。
意識的に結標淡希と行動を共にしておっOい好きのイメージを付けようという試みも怠らない。幸いだったのは、彼女が快く協力をしてくれたこと。

『頼む、(イメージを変えるために)オレの側にいてくれ。(巨O好きと思われる為には)お前が必要なんだ。(不測の事態に対処出来る能力を持った)お前じゃねェとダメなんだ!!!』
『!?………ふ、不束者ですが…』

徐々に顔を真っ赤にして俯く彼女を見ながら一方通行は誠意を持って接すれば人は応えてくれるのだという至極まっとうな、人としての理を学んだ。素直であることが如何に大切か、それをもって接すれば自分のような救い難い社会のクズであろうとも、人はこうして手を差し伸べてくれるのだ。

それだというのに、この状況はどうしたことか。
このままでは努力が全て水の泡になってしまう。嫌々ながらも自分につき合ってくれた、結標にも顔向けが出来ないではないか。

671: 2010/11/29(月) 21:40:07.53 ID:uFzXNyA0


「オイ、泣くんじゃねェよ」
「泣いてません!!泣いてませんよぉ…これはただ目から水が出てるだけで」
「それを泣くってンだろうがァ!!」
「グスッ…」
「ああァッ」

明らかに困りきった顔がいけなかった。
佐天は、折角会えた一方通行を困らせてしまっている自分に情けなくなり、今にも消えてしまいたいと、更に涙を流す。
焦る一方通行、泣く佐天。正直ドツボとはこういう状況を言う。

「中学生はなァ…ババァなんだよ」疑惑が解けつつあるというのに、新たに「中学生はなァ…食べごろなんだよォ」疑惑が生じる。学園都市最高の頭脳をフル回転させた一方通行は、そこで一つの答えに辿り着く。


「キャッ!」

能力を解放すると佐天の背中と膝の裏に腕を回す。
思わず一方通行の首に腕を回す佐天。いわゆる「お姫様抱っこ」である。


「舌噛むんじゃねェぞ…」
「ふえッ!?」

言うやいなや、全力全開の能力によって一方通行は飛び上がった。
竜巻を周囲に生み出し、推進剤のように空を飛ぶ。それはさながらアトム。
人相のすこぶる悪い鉄腕アトムである。

「何処に行くんですかッ?」

新幹線の外側のように目まぐるしく流れていく景色を背に、佐天は一方通行の顔を見る。

「オレの部屋だァ!!」

一方通行の導き出した答えは至ってシンプルなものであった。
人目につかないところ、すなわち、自分の部屋にこの腕の中のこまったちゃんを連れていくことであった。一方通行としては、そこでじっくりこの少女の話を聞き、対処法を検討する算段であるのだが、佐天涙子は違っていた。

首に抱きついたまま、息も触れる距離にある端正な顔に胸の鼓動が高まる。
本来ならば目も開けていられない速度のはずなのに、こうして普通に会話が出来るのは、彼がさりげなく佐天の周りの風のベクトルだけを逸らしてくれているからだろう。それだけの状況を把握出来るほどに、彼女は落ち着きを取り戻していた。


(お、お持ち帰りされちゃったよぉ~ど、ど、どうしよう…まだ心の準備が…下着もっと可愛いのにすれば良かったよ~!!)


そして、落ち着いて彼女は錯乱していた。


672: 2010/11/29(月) 21:47:16.12 ID:uFzXNyA0

「さぁって、ここでアイツの嫌いなチンゲン菜を入れてやることで対一方通行嫌がらせ野菜スープが出来上がる。ウケケケケケ、アイツの嫌がる顔を想像するとミサカは笑いを堪えきれないなぁ」
「チンゲン菜は風邪の予防に良いのですね。ビタミンAが風邪の予防には最適だとミサカは耳寄りな情報を口にしつつ番外個体の健気さに若干拍手します」
「ハァ?何でミサカが健気なのさぁ。ミサカはねぇ、アイツの嫌がることをするのが存在意義にして趣味だったりするんだよね。それだけの話」

トントンと小気味良いリズムを立ててチンゲン菜を手ごろなサイズに切り分けると、煮立つ鍋に落とす。
吹き零れないように火を調節するとスープを小皿にとり一舐め。

「うん、ちょっと物足りないくらいの味付けが丁度いいんだよね」
「ああ、あのモヤシは濃い味付けが好みですからね。塩分の取りすぎには注意してあげないと」
「ち、ちちち、ちっげぇーーし。アイツが『オイ、これ味がしねェぞ!!』て怒る姿を見たいだけなんだーての」
「しかし、白菜といい、今は野菜が高いのに、よくもここまで野菜尽くしにしましたねと、ミサカは番外個体の徹底ぶりと料理のレパートリーに女としてのレベルで遅れを取っている現状に危機感を覚えます」

御坂妹ことミサカ10032は憂鬱な溜息を吐く。
偶々スーパーで買い物中の番外個体に出会い、そのまま一方通行の部屋にまで足を運ぶこととなった。意外にも番外個体はシスターズと良好な関係を築いており、一方通行の部屋の合鍵を(勝手に)持っている番外個体に誘われて一方通行の部屋がミサカの溜まり場となることは珍しいことではない。御坂妹はいつエプロン装備の番外個体に呆れた眼差しを向ける。
打ち止めを拾った頃の彼の部屋とは比べ物にならないほどに綺麗にあれた部屋は、掃除の手が隅々まで行き届いているのがひと目でわかる。


「ギャはハハハ、馬鹿言ってやがるこの出来損ないてば。一方通行への負の感情を率先してキャッチしてるミサカくらいになるとね、安易にアイツを馬鹿にしたり罵ったり挑発したりするなんて浅はかな嫌がらせなんてしないんだよ。アイツはシスターにそうやって罵倒されればされるほど罰を受けてる自分に酔って満足するマゾ野郎なわけ。だから、ミサカは逆転の発想でアイツを攻めてるんだよ。アイツはきっとミサカが高い野菜買って自分なんかに食事を作ってることに自己嫌悪するんだよ。しかも部屋の掃除までされちゃあ、きっと『ああァ…俺みたいな野郎の世話をアイツらにさせるなんてよォ…クソったれがァ…』なんつって一人でこっそり落ち込むんだぜ。バッカみてェ~マジ受けるんですけど~」

口角を釣り上げ、下品な笑い声を上げる番外個体。
しかし、御坂妹は彼女の視線が決して鍋から離れていないのに気付いている。
野菜が嫌いだから野菜を食わせると言っては、レシピを研究して栄養バランスの良い野菜料理を作り。
自分の部屋のものを勝手に触られることに気味の悪さを覚えれば良いと言っては部屋の掃除を毎週欠かさない。
独りの快適な空間を邪魔してやれと言っては帰りを出迎える。
そして、寝首を搔かれる恐怖に怯えろと言っては寝床に潜り込む。

673: 2010/11/29(月) 21:48:48.15 ID:uFzXNyA0
「アナタのような人を押しかけ女房と言うのですねと、セ口リ派を圧倒的に引き離す番外個体の積極性は見習うべき点が大いにあるとミサカは上条当麻攻略の糸口を探ります」

「に゛ゃっっ!?バッカじゃねぇ?マジ中坊の頭の沸きっぷりにドン引きしちゃうんだけど。大体あのモヤシの押しかけ女房とかあり得ないし。あんな白くてひょろくて中二病のクソセ口リ ―――― あ!!」

突然何事か、番外個体がドアへと走っていく。確かめるまでもなく、彼女は一方通行が帰ってきたことにいち早く気付いたのだろう。

「言動が一致しないにも程があるとミサカは番外個体のツンデレっぷりに溜息を禁じえま ――――

『あああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!』

――― って何事でしょうか」

慌ててドアへと駆けつけると、番外個体がこれ以上ないくらいに目を見開き、固まっていた。
彼女の視線の先を辿ると、其処には。

「Oh……セ口リは小学生から中学生に鞍替えしたのでしょうか、とミサカは女子中学生をお姫様抱っこする一方通行を指さしながら半笑いで問い掛けます」


「なンでいンだよこんな時に限ってよォォォォ」

佐天涙子をお姫様抱っこした一方通行は顔を引きつらせながら番外個体と御坂妹に問い掛ける。

「随分とお早いお帰りで。今からお楽しみの予定でしたか?とミサカは中学生である自分にもモヤシの毒牙が伸びるのではないかと今更に危機感を抱きます」
「会うなりイキナリいい度胸だなァ人形ォォォ……あん?どうしたンだァお前」

いつもなら真っ先に憎まれ口を叩いてくるはずの番外個体が黙っていることに気付く。
俯いている彼女の表情は一方通行からはわからない。

「う…ッく…」
「オイ…どうした番外個体?」
「ひっく…グス……」
「え、ちょ、番外…個体さン?」

顔を上げた番外個体は目に溢れんばかりの涙を浮かべていた。

「うわぁぁぁぁーーーーん一方通行のバカヤローーーーーーーーー!!!」
「またかよチクショォォォォーーーーーーーーーー!!!!!!!
「ビヤァァァーーーーーーー!!!」

ガン泣きである。



780: 2010/12/01(水) 20:43:54.05 ID:aibL2Rw0


「それでさぁ、一方通行さんたらさぁ。まァ悪かねェな紅茶もよォとか言っちゃってるくせにさ」
「はいはい」
「顔がほわぁって柔らかくなってるのに気づいてなくてね」
「ほうほう」
「その顔が無邪気っていうのかな、いつもみたいに眉間に皺寄せたり、二カァって笑ってる時と全然違ってて凄く可愛いの」
「へぇぇ~」

風気委員の雑務をこなしながら初春飾利は気のない返事ここに極まる。
正直仕事の邪魔、ぶっちゃけうざい。その言葉は親友であるが故にグッと噛み堪えながら親友ののろけじみたテロにも匹敵する言葉の五月雨に耐える。

若干頭の本体さんも元気が無い。
しょぼんと花は萎れ「飾利よ、涙子嬢のコレは一体いつまで続くんだ?」と初春にい問いかけているかのようだ。
初春の精神をガリガリと削り取っている佐天涙子の表情には僅かたりとも罪の意識など垣間見えない。

無自覚の罪って一番罪深いよね何時の時代も。

「最初は頼りになる人かなって思ってたんだけどさ、最初っていうのは助けてもらった時ね。実際に付き合ってみるとむしろその逆っていうか、危なっかしい人なんだよね」
「へぇ~付き合ってるんですか」
「やだなぁ初春。付き合うっていうのはそういう意味じゃないってば。ま、まぁ、私としてはそういう意味になるのも全然オッケーつーか、むしろバッチ来いなんだけどさ。あははははは」


(はっぱでもやってるのかなぁ佐天さん…)

思わずとてつもなく失礼なことを思い浮かべてしまうは、いい加減にして欲しいという初春の限界の顕れ。
手にした「美味しい珈琲への道」をぺらぺらとめくりながら、普段であれば快活さと華やかさの中に凛々しさを秘めたその表情はだらしなく緩んでいる。
どうしてこうなった、と尋ねれば自分のせいであるのだが。最初は面白がって佐天の後押しをしたのは確かであるが、精々適当にはぐらかされて終わりだろうとたかを括っていた。
勿論、佐天が弄ばれるという意味ではなく、子供扱いされて追い出されるものだろうと踏んでいたのだ。彼は自分に表の世界の人間、すなわち自分や佐天のような人間が関わることをよしとしない。
故に、佐天を遠ざけると思っていたのだ。だからこそ楽観的に見ていた。佐天が様々なアプローチを掛けていくのをこっそりカメラにハッキングして覗き見て、普段からかわれている復讐の材料に使うのも良い。
危なくなったら白井と共に助けに駆けつければいい。
初春にとっても命の恩人にあたる一方通行は調べれば調べるほどある単語に集約されていく。
それは『義賊』。御坂美琴がお熱を上げている上条当麻をヒーローとすれば彼は偽悪的もしくは悩むヒーロー。上条当麻がウルトラマンならば一方通行は仮面ライダーであろう。
初春は佐天が深入りなどせずにさっさと切り上げざるを得なくなると予想していた。

しかし実際には異なった。佐天の淹れた珈琲にすっかり気に入ってしまった彼は佐天が訪ねてくることを許容するようになってしまった。


782: 2010/12/01(水) 20:50:51.82 ID:aibL2Rw0

「でも良かったですよね、一週間珈琲淹れる特訓した甲斐がありましたよ」
「ホント、ありがとう~~。初春には感謝してもしたりないよ~~」
「お礼なら寧ろ私達風紀委員の方が言わないといけませんってば。佐天さんの珈琲が徹夜作業の唯一の慰めだっていう人多いんですから」

それから珈琲を淹れてくれる佐天さんの笑顔も、という言葉は言わない。彼女の輝かんばかりの笑顔にこの一週間どれほどの風紀委員が使い物にならなくなったことか。
佐天が来ていないと途端にテンションだだ下がりの牙を抜かれた犬共の存在など露ほども知らずに、佐天は時計を見る。先ほどからちらちらと見ているが、今日もそろそろというわけであろうか。

「おや、もうこんな時間だ。あんまり長居すると迷惑になっちゃうから私は帰るね初春。また来週学校で」

長居しすぎて迷惑だなどと言ったことも無いくせに、最近はすっかり夕方には引き上げていく佐天。彼女の向かう先などわかっている。タイムセールがあるのだろう。
そして向かう先は恩人の部屋。やれやれだなぁと気晴らしに雑務を放り投げPSPのスイッチを入れる。この後帰ってきた白井に大目玉を食らうのは15分後の話である。



「で、結局その佐天さんっていう子が入り浸ってるわけか…あ、欲しい素材あるんだけどさ……まぁ心配する必要もなかったな」
「何だよ、何か言いたげじゃねェか…まだ持ってなかったのかァ?」
午前中で補習を終え、おそらく学園都市最強のコンビであろう二人はいつものごとく、ダラダラと過ごしている。補習を終えた上条が仕事を終えて暇を持て余している一方通行にメールを入れてファミレスで合流するというパターンだ。

「ガンスってムズいだろそれ」
「慣れるまではなァ。コツを掴ンじまえば大したことァねェよ。俺が中学生のガキに何かするとでも思ってたのかァ?」
「いや、そうじゃなくてさ。お前のことだから変な事に巻き込みたく無いって言ってはねのけるんじゃないかって思ってた。俺が心配してたのは、それが手荒じゃなかったのかっていう点だよ」

この不器用さが服を着て歩いているような男は、下手をすれば能力を使って脅しかねない。悪役をやることには慣れきっているのだと、自分で自分を納得させてしまう。
それでは寂しいではないかと、常々上条は思っていた。

「最初はそうするつもりで部屋に呼ンだンだがなァ」

ジョウズニヤケマシタ~♪

「そうしなかったと。何かあったのか?ま、まさかひとめぼれ…流石はアクセロ」
「はり倒すぞォ三下ァァ…」
「すんません」

口リコン疑惑が再燃し始めているだけに、一方通行は非常に敏感になっている。特にラ行の発音なんかにはピリピリしている。昨日ネットサーフィンをしていたインデックスが発見した書き込みは凄まじい反響であった。確か内容は

【セ口リこと一方通行が「中学生はなァ…ババァなンだよ」ではなく
「中学生はなァ…食べごろなンだよ」だった件についてお前等どう思う?
とミ○カはフラグ体質を発現し始めたセ口リについて悪意と何故か苛立ちをもって書き込んでみる。】

こういう内容だっただろうか。レスが凄まじい速度で増えていき、中には携帯やデジカメから取った画像や動画をアップする者まであった。


「しかし、お姫様抱っこで空を飛ぶって……ラブコメ系のラノベのキャラでせうか」
「うン、スッゲー今イラッときたンだがァ…チッ、まァ実際みっともネェ真似しちまったのは確かだァ」
「お礼っていうと、やはり上条さん的には色々なピンク色な感じの工口コメイベントを想像するのですが?」
「お前さ、ほンとあのシスターとそういう風になってから頭の湧きっぷりに拍車が掛かったよなァ…そもそもお前が聞きたいのかァそんなことをよォ?日常茶飯事だろうが」
「わかってない、わかってないなあーくん。上条さんのお礼イベントはあくまでも言葉の通り。俺は自覚してるんですよ、そういうイベントは後ろにただしイケメンに限るって付くことを。
故に、無駄な期待はしない。もしかしたら自分に限ってはオイシイラブコメが待っているんじゃ…なんて期待はとうに捨て去りましたともさ」


783: 2010/12/01(水) 20:53:27.53 ID:aibL2Rw0
ちっちっちと指を左右に振る気取った仕草にイラッとする。
その指をへし折るぞと言いたいが、本気でそう思っているようなので、一方通行は黙る。
この男の鈍感さ加減、無自覚なフラグメイカーぶりは伊達じゃない。

「まぁいい…あのガキの話だったな。俺はよ、とりあえず話を聞くだけ聞いてから、部屋からつまみ出そうと思ってたんだ。俺みたいなのにあンなガキが近づいていいはずがねェからなァ。最悪能力使って脅してやってもよかった」

「やっぱり使おうとしたんか…で?」

「珈琲でも飲むかって缶コーヒー出そうとしたら、俺ン家のドリッパー目敏く見つけやがってよ。で、当然淹れて飲まないのかっていう話しになったわけだァ」
「そりゃあ、そうだろう」
袋いっぱいに缶コーヒーを買う男がコーヒー好きじゃないはずがない。
部屋にドリッパーや豆など本格的なものがあれば尚更だ。
それなのに缶コーヒーを奨めるというのは不思議に思うだろう。上条は冷めかけたポテトをかじる。

「正直気が進まねェ。前に淹れてみたら飲めたもんじゃなかった。ンで、この前も淹れてみたら見事に泥水が出来上がったわけだ」
「わお。珍しい。お前料理とかできるのにな。滅多にしないだけで」
「ああ、レシピさえわかってりゃあ大体できる。能力でどうにでもなるしなぁ。けどよ、どうにもああいう技術云々よかコツがいるモンは出来ねェ」


『うめェ…』

思わず口からこぼれた賞賛の言葉。ツンデレキングこと一方通行が素直な賞賛を口にすることなど、青ピーのナンパが成功することに匹敵するほどのレアさである。
番外個体であろうとも、結標淡希であろうとも、彼に手料理を振る舞って素直に美味しいと言われたことなどない。せいぜいが悪くねェ止まりだ。

「好き→嫌いじゃねェ」「なかなか美味しい→食えなくもない」と変換されてしまうのだ。


『ホントですか?良かった~――― 特訓しておいて…』
『何だって?』
『あ、いえいえ、何でもないです。でも一方通行さんて器用な感じがしたんですけど、結構不器用さん?』
『うるせェ。悪いかよォ…』
『ああ、気を悪くしないで下さいよ。でも、珈琲好きなのに、豆があっても美味しく飲めないって結構生頃しじゃないんですか?』
『わ、わかるか?』

密かに己の抱えるジレンマに共感されたことが、一方通行の心をくすぐる。

『お仕事から帰って熱い珈琲を飲みたいなって思ってもコンビニで缶コーヒー買うわけになっちゃうんですよね?』
『お前…わかってンじゃねェかッ。ケッ…ガキのクセになかなか話せる奴だなお前』

友達いない歴が年齢の9割近くを占める一方通行は自分の気持ちに対して理解されることに極端に弱い。ある意味においてメンタルが弱いのだ。

784: 2010/12/01(水) 20:56:52.66 ID:aibL2Rw0
打たれ弱いのではなく、ガードが甘い。悪意に対しての打たれ強さ、ガードは鉄壁であるというのに、そんな長期政権を保有する王者が、好意的な感情を前にすると、とたんにグリーンボーイになってしまう。
悪意はベクトルで操作出来ても、イマイチ好意は操作出来ない一方通行だ。悪意以外自分に向けられる感情など無いとばかりにオート反射スキルは伊達じゃない。
だから上手く反射できない好意は一方通行にとっては「魔法」のようなものなのだった。

『だったら、私が教えてあげましょうか?美味しい珈琲の淹れ方』
『それが礼ってやつかァ?』
『駄目ですか?缶コーヒーの味に飽き飽きしてる一方通行さんの日常に、ひとときの安らぎを!!』
『安らぎ…?』
『そうです。想像してみて下さい。仕事から帰ってきた、今日は大変だった、身も心も疲れている…お仕事ツライでしょう?』
『ああ…仕事はしンどいンだわ、確かに』
『そんな時、熱々の湯を用意する。ゆっくりと湯を注いでいく。ドリッパーから滴り落ちる滴の音、部屋に広がる香ばしい珈琲の香り』
『ああ……』
『一口飲むと口に広がるほろ苦く、深みのある豊かな珈琲の味わい…』
『ごくり…』
『そんな珈琲を淹れられるようになりたくはありませんか?』
『な、なりてェ…』
『教えて欲しくはありませんか?』
『欲しいぜェ…』
『私が教えちゃいます!!』
『た、頼ンじまってもいいのか…?」
『全然オッケーです。だからメアド教えて下さい!!』
『ああ、わかったぜ』
『これで一方通行さんに安らぎの日々をあげられます』
『安らぎ…安らぎかァ…く、くれンのかよォ…?』
『あげいでか。あげますよ。っていうかむしろ私をあげます!!』
『くれンのかァ!?(安らぎを)』
『あげますとも!!(佐天涙子を)』
『マジでかァ…お前…俺みてェな外道にそこまで…』
『お礼ですから』
『お礼ってだけで…くッ…眩しいなァ…これが光の世界の住人って奴か…』
『気にしないで下さい』
『そういう訳にはいかねェよ…でっけェ借りを作っちまったみてェだ』
『だったら、交換条件で通ってもいいですか?』
『ああ、教えてもらうンだからなァ』
『ほ、本当ですか?だ、だったら、合い鍵とか…ほら、入れない時とか困りますし、先に来ちゃって』
『わかったぜ、ホラ、こンなモンでよけりゃァ』
『えっへへへ~~~ありがとうございます!!』




「と、まァそういうやりとりがあってだな。あンなに親切なガキを突っぱねるなンざ俺にはァ出来なかったンだよ。ヘッ、いいぜ?情けないヤロウだって蔑んでくれてもよォ」
「上条さんは今までお前がキャッチセールスに引っかからなかったこと寧ろ感謝したいですよ、ホントに…」

やばい、コイツ思っていた以上にピュアな人だと、上条はドン引きしながらこのいろいろな意味で白い子の今後が心配になった。


840: 2010/12/02(木) 21:49:58.92 ID:hB.6Glk0
土御門元春の目の前には、ソファに腰掛ける結標淡希と、彼女の隣りには学園都市最強の憎いアンチクショウこと一方通行。口リっ子好きの同士だと思っていたら、ボインちゃん好きの噂流しに奔走するという度し難い裏切りをかましてくれた男である。
一方通行は不機嫌そうに口元に箸を運んでは荒っぽく咀嚼する。
じっと一方通行を見つめる結標の視線は真剣そのものであり、一方通行といえば白い顔色をさらに白くさせている。手の中にある弁当箱の中身を空にすると、心の底から疲弊しきっているかのような溜息を吐く。ちらりと、土御門は視線を斜め向かいに向ける。
海原(偽)ことエツァリは、いつものごとく感情の読めない胡散臭い爽やかな笑みを浮かべる。若干、そこに苦笑めいたものが浮かんでいるのは、土御門の気のせいではない。

「ン…まァ、悪くはねェンじゃねェの」
一方通行はかろうじてそれだけ言う。
「本当?この前よりも美味しい」
「調子に乗ってるンじゃねェよ。誰も美味いなンて言ってねェだろうがよォ」
箸を置くと、一方通行はソファから立ち上がる。
おそらく帰るのだろう。今日の依頼は予想外に早く終了している。

「そう…」
一方通行の置いた箸と弁当箱を片づけながら、結標の声はどこか暗い。意気消沈しかけた結標に、一方通行の表情に焦りが浮かび上がったのを土御門は見逃さなかった。

「……まァ、この前よかはマシなンじゃねェかァ?言っておくが、マシになっただけだ、マシになァ。勘違いしてンじゃねェぞ!」

舌打ちと共に大変素直ではない言葉がでる。しかし、一方通行とそれなりのつき合いである土御門にはどれほどデレているのかがわかる。正直、かつての一方通行に比べればデレ期に完全に突入しているとしか思えない。

「まぁ、俺としちゃァ、もう少し薄味でも良いンじゃねェかと思うがなァ」
「そうなんだ…」
一瞬結標は無垢な、年相応の表情を浮かべるがそれを打ち消すように唇を尖らせる。
「って、そっちこそ何勘違いしてるのよ!どうせ自炊しないだろうアンタに同情したから残飯やってるだけなんだから。味に注文付けるなんて片腹痛いわよ」
「ああァそうかい。そいつァ悪かったなァ。ったく、人がせっかくアドバイスしてやってンのによォ…」
「よ、余計なお世話よ!!」

ふんと、鼻を鳴らすと、一方通行は結標の相手はおしまいだとばかりにきびすを返す。

841: 2010/12/02(木) 21:52:44.31 ID:hB.6Glk0
「何よ…何だかんだ言ってきっちり食べてるじゃないの素直じゃない奴!!」
「それをお前が言うなっていう話しだにゃー
「ですね」
「な、何よ!!」
ムッとした顔で睨みつけてくる結標に土御門と海原はやれやれと肩をすくめる。

「鏡見たほうが良いんだぜい。耳まで真っ赤だにゃー」
「あと失礼ですが、顔が緩んでますよ」
「一方通行が鈍い奴で良かったにゃ。いや、悪かったのか?」
ニヤニヤと土御門がからかうと、結標は更に顔を林檎のように染める。
服装こそ露出多めの痴女ッ子丸だしのクセに、随分と初な反応だ。
土御門のいじめっ子属性がくすぐられる。

「それにしても盛大な残り物だにゃー。学園都市御用達の保温性の高い弁当箱に入れてるのを差し引いても出来立てみたいだったにゃー」
「ええ、今の季節だと湯気が立ち上っているのがよくわかりますね」
海原ものっかる。
「な、ななななによ…レンジで昨日の夕飯の残りをチンしたのよ、そうよ、それだけよ!!」
「ほほう。ところで結標よ知っているかにゃ?お前の頬にソースが付いてるぜ?まるで調理してた時に付いたみたいだにゃー」

「!?」

とっさに頬に手を当てるが、結標の手には何も付かない。

「何もないじゃない!!」
「そうだにゃーでも、ドジっ娘は見つかったようだな」

暗部モードの有無を言わせぬ口調に結標の顔が凍り付く。
にやりとした土御門の笑みが、いやらしく深みを増す。

「健気だにゃー。そうは思わないか海原よ」
「ええロシアから彼が帰ってきてからですよね、やたら一生懸命に苦手な自分の座標移動を克服したと思ったら。わざわざ帰って作って来るんですから」
「きっと味付けも明日は薄目にするんだぜい」

くすくす、にやにや、ひそひそ。
土御門と海原はちらちらと結標を横目に見ながらわざとらしく声を潜めて頷きあう。

842: 2010/12/02(木) 21:54:52.09 ID:hB.6Glk0
こめかみをひきつらせながら、林檎のように顔中を真っ赤にさせた結標は、しかし土御門達の追求に二の句がつげられない。何故なら全てが図星だから。

「アンタ等…今すぐに衣服だけ残して飛ばしてあげてもいいのよ?海原は常盤台にまっぱで飛ばしてあげようかしら?超電磁砲に軽蔑の眼差しでも向けられることね」

剣呑な視線を向けながら、結標はわなわなと震える手に軍用ライトを取る。半ば本気だ。
しかし、土御門はもちろん、海原にも動揺は見られない。
土御門は結標は本気でやれはしないだろうとわかっていたし、海原にとってはやるやらないなどそもそも問題ではないからだ。

「御坂さんに裸を見られて、ゲジゲジを見るような目で見られる?
ふふふ、寧ろ望むところですよ!!!」
「望むの!?」

アステカの魔術師にとって、御坂美琴の蔑む視線などご褒美らしい。
アステカ、さすがはアステカといえよう。
ロマンと神秘に彩られた未知の世界には我々の常識にはない概念と価値観が山と存在するようだ。
ストーキング行為を純愛とし、軽蔑の眼差し、罵倒をご褒美とする。
結標淡希は初めてアステカという世界に戦慄を抱いた。



「それで、相変わらずじゃん?番外個体は」
「うん、今は10032号が中でお話してるけど、MNWを切ってるから状況がわからないって、ミサカはミサカは一人仲間外れな状況への不満を大人の余裕で耐えてつつヨミカワに報告してみる」
初めて出会った頃よりも背が伸び、アホ毛も凛々しくなったミニサイズの御坂美琴こと打ち止めがドアの前でジャージ姿の美女に心配そうな顔を向ける。
家主である黄泉川は視線をわずかにドアに向けると、髪をかきあげる。

「まったく……泣きながら帰ってきたと思ったら引きこもって一週間じゃん?いい加減顔くらいきちんと見せてくれないと安心出来ないじゃんよ」

打ち止めは、MNWが切れていることを確認すると、黄泉川をリビングへ手招きする。
万が一にも部屋の中にいる番外個体と御坂妹には聞かれたくない内容だと察すると、黄泉川はうなずく。
リビングのテーブルに向かい合い腰掛けると、打ち止めはミルクを一杯注いで飲む。

843: 2010/12/02(木) 21:56:46.00 ID:hB.6Glk0
「番外個体はああ見えて一番幼いの。ああいうキャラだし、悪意を集めやすいっていう設定だからメンタルが強そうに見えるけど、それはミサカ達の悪意に慣れてるっていうだけ。
それって幼い自我だった番外個体にとっては自分の感情と変わらないんだよって、ミサカはミサカは今後の新巻の内容によってはデタラメにしかならないだろう番外個体の新事実を打ち明けてみる」

「う~ん…要は他人の悪意と違って、自分の心の恨み言が鮮明に聞き取れてるだけっていうことじゃん?」

「当たらずとも遠からずだよ。ミサカ達は自我の何割かをみんなで共有してる。だから個々の自我が邪魔をしないで『ミサカ』という『群体』としてあの人をサポート出来てる。だから、未熟なミサカだったり、心が弱っているミサカによっては、他のミサカ達の感情に巻き込まれちゃって自分の感情と区別が出来ないの」
「そうなると、アイツの一方通行への態度は何なんじゃん?」
「番外個体は知識でしか知らなかったあの人とロシアで出会ってから、急速に自我が成長したの。心は入れ物、器である身体に引っ張られて成長していくものだから、それは他のミサカ達よりも早いものだった。
番外個体は悪意以外の感情を芽生えさせていった。だから、幼いながらも自我がはっきりと彼女の中で育っていったんだよってミサカはミサカは黄泉川と芳川の保護者スキルにGJをしてみる」
「照れるじゃん。それで、それで?」
「うん。けど番外個体がミサカ達のあの人への悪意を受けていることは変わらないの。もちろんMNWでそれを修正するようにゲコ太のお医者さんと協力体制で取り組んでるんだけど、すぐには上手くいかないの。
悪意とは言え、いきなり感情を刺激するものがなくなれば番外個体の精神は不安定になってしまうから。だから今、番外個体の中で二つの感情がぶつかり合ってるの」

黄泉川はぱちんと得心が行ったように指を鳴らす。

「そっか、つまり自分の感情だと思いこんでるアイツへの悪意と、番外個体自身のアイツへの感情が喧嘩してるってことじゃん?」
「うん、だからチグハグな態度に出ちゃうのってミサカはミサカはよく出来ましたって優しい先生のように黄泉川を絶賛してみる!わーパチパチパチ」

小さな手を叩いて喜ぶ打ち止めがちょっぴり小憎らしかったので、黄泉川はおでこにでこピンをする。
はうっとのけぞると、打ち止めは涙目で唸る。

「それで、アンタはいいじゃん?」
「何がなの?」
「御坂妹の話しじゃ、アイツが女の子連れ込んだって話しじゃん?昔みたいにミサカはミサカはアナタの浮気を疑ってみる~~!!って行かないじゃん?」

打ち止めの手からコップを取ると、ミルクを注いで一息に飲む。メーカーは当然巨Oの見方ムサシノだ。

「そもそもアンタって最近アイツにそっけないじゃん。アイツ寂しそうにしてたじゃん、この前」
「本当は甘えたいけど、あえて我慢するの」
「子供が我慢するのはよくないじゃん。親や兄弟に甘えたい気持ちなら尚更」
「そうなの、兄弟が問題なのってミサカはミサカはヨミカワの口にしたワードに触れてみる」
「何がダメじゃん?アイツ相当素直になったから多分甘えさせてくれるじゃん。問題ないじゃん」
「ミサカは今まであの人とべったり一緒にいたがってた。けど、そうするとあの寂しんぼウサギはすぐに家族愛で一括りにしたがるのってミサカはミサカはロシアで見たあの人の無邪気な笑顔にときめきと不満を覚えてみる」
「ええっと……つまりアレじゃん。あんまりくっつきすぎて家族としか見られなくなるのは困るってことじゃん?」
「そう!!素っ気なく振る舞ってあの人に、ミサカもお年頃の女の子であることを意識させる。それから徐々に成長して光輝いていくであろうミサカを見せつけるの。
今誰とつきあっていようが、最終的にミサカがあの人の隣に立てばいいわけであって、それまでは大目に見るつもりだよってミサカはミサカは大人の余裕を見せつけながらミサカ五カ年計画の概要を打ち明けてみる」

ふんす、と鼻息荒く力説する打ち止め。自分が11歳の時はこんなにもガッツいていただろうか。黄泉川は1十何年前の記憶を辿る。

「ああ……それで、番外個体は結局どうするじゃん?」
「あの子は意固地だから、多分素直に説得されないと思う。だから最終的には自分で答えを見つけるしかないとミサカはミサカは甘いだけの姉とは違うのだよと言ってみる」
「つまり放置ってことじゃん…御坂妹…頼りにしてるじゃん…」

保護者としてのふがいなさを噛みしめながら黄泉川は番外個体と御坂妹がいる部屋へと視線を向けた。


851: 2010/12/02(木) 23:32:19.31 ID:0wz0LCc0

「へー、あくせられーたーって案外おバカさんなんだね」
「まぁ、馬鹿っていうかアイツの場合人と接することに慣れてないからさ、疑ってかかるか、逆に素直に言葉を受け止めちゃうしかないんだよ」
上条がアイロンをかけた洗濯物をインデックスが畳んでいく。
家事スキルを順当にマスターしていく彼女を指してインなんとかさんwwと呼ぶものはいない。シスター服を着る必要がなくなり、白いブラウスにブラウンのスカートを履く姿はどこにでもいる可愛らしい少女でしかなく、えげつねぇ処置をされていたり、その気になったらチートキャラすぎて蚊帳の外に置いておかれたりする姿はどこにもない。

「あくせられーたは人を無意識に善人か悪人で分けちゃうところがあるんだよ。だから極端に言葉の裏を読みとったり、純粋に信じちゃったり二分されちゃうのかも」

人生経験はともかく、コミュニケーションの経験値が絶対的に足りてないかも、と膝の上でリズムよく畳むのは上条のパンツ。ふと、隣のインデックスが畳むマイパンツに目をやると、そのままインデックスの膝に目がいく。スカートからのびる膝と、黒と緑のストライプのニーソの絶対領域が不可抗力的に上条の網膜を突き抜け、青い衝動に火を点ける。

上条REASON:90/100

ニーソか網タイツかガーターか。
この譲れぬ主張を巡り、上条当麻、浜面仕上、そして一方通行の三人の学園都市の英雄が血で血を洗う戦いを行ったことは、記憶にまだ新しい。人はこれを「千日っぽい戦争(ニューサウザンドウォー)」と呼んだ。
上条の説教が風を切り、浜面の巧妙かつえげつねぇ罠が炸裂し、一方通行のプラズマが周囲を焼き尽くした。
上条の腕が吹き飛び、うっかり中からドラゴンさんがこんにちはしたり、浜面が召還魔法むぎのんによって自らの首を絞め、一方通行の黒翼が唸りを上げた。
上条さんがドラゴンっぽいのと合体して「俺は魔王サタンだったりする」と言えば、一方通行がエンジェル化して、エイワスを倒した時に手に入れた力で「じゃあ俺はルシフェルだコラァ!!!」と中二病を悪化させたりもした。

戦いは、結局インデックスが網タイツを履き、番外個体と結標淡希がニーソを履き、滝壺がガーターを履いたことにより互いを尊重することの大切さを学んだ三人の自主的停戦によって終結した。


852: 2010/12/02(木) 23:38:38.71 ID:0wz0LCc0
上条はその時の網タイツに包まれたインデックスの白くしなやかな脚を思い出す。
まるで幼い人魚姫のような、すらりとした、穢れ一つ無い脚。正直ムラムラすると上条はごきゅりと生唾を飲み下す。

「うふふ、とーまったらいやらしいんだよ目が」
「いや、何を言ってるのでせうかインデックスさん。上条さんは別に…」
「嘘ばっかり。とーまは隠し事をするときは頬をかく癖があるんだよ」
「んなことねぇよ」
「でも安心かも。一時はとーまってば本気でアレが使い物にならないんじゃないのかなって、幻想頃しの影響で、とーまのきかん棒にあるはずの思春期が打ち消されてるかもって思ってたんだけどね」
顔を背け頬をかこうとした指をインデックスがつかむ。可愛い顔して、可愛い声で、そうとうキワドイことを口走るほとんど幼女に、上条は…正直ムラムラした。
インなんとかさんネタを乗り越えたインデックスは様々なスキルを操るようになっていた。今の彼女はさながらインモラルさん。そして、夜では上条さん相手にインファイトさん(意味深)になる。まったく10万3001冊マジぱねぇ。
「ほら。言ってるそばから~とーま?」
自然とインデックスが下から上条を見上げる形になり、ブラウスの胸元が上条の視界に留まる。

(な、何だと!!)
なんと、そこには白い肌。胸元が普段よりも開いたブラウスから地肌がのぞいている。つまりは…

(付けていない!!)

上条REASON:75/100

上条の視線に気づいたのか、インデックスが胸元をわざとらしく押さえる。にんまりと笑った顔はイタズラを企む童女のそれだ。

「とーまが帰ってくる前にお風呂に入ってたんだよ。乾かしてる最中だったから付けてないの。っていうかとーまのせいだもん」
「なぬッ!?」
インデックスは口元に妖艶さを貼り付け微笑する。
「だって、とーまのせいでお風呂入れなかったもん。そのまましようって朝まで」

「Oh…Miss Index?」

このシスターは何をいきなり言い出すのだ、といきり立とうとするものの、上条はそこで己のわんぱく棒ずがいきり立とうとしている事実に気づく。

853: 2010/12/02(木) 23:41:08.37 ID:0wz0LCc0
「あッ…とーま?もう、ほんとにとーまはとーまなんだね。でもね、そんなとーまの為にインデックスはしっかり準備しておいたんだよ?」
「じゅ、じゅんび…ですと…」
「うん、とーまの好きな桃のボディーソープ。ほら、桃の匂いがするでしょ?」
インデックスが身体をすり寄せる。
その際、ふにゃんと柔らかいものが当たる感触に上条は唸り声を上げる。

「Shit!Shit!Very shit!!」

上条REASON:45/100

しかし、上条はそれを鋼の精神で押さえ込む。
紳士たれ。紳士であれ上条当麻。ボーイズ・ビー・ジェントル麺だ上条当麻。
昨日さんざんイタしたというのに、お前はちょっとスリスリされたらもうこのザマか?
大切にするんだろ?守り抜くんだろう?泣き顔なんて見たくもないのだろう?
だったらこれくらいの(誘惑の)プロローグで挫折してるんじゃない。
誰だって紳士になりたいんだ。

…まぁ、最も泣き顔なら散々拝んでるんだがなぁ(上条…改め悪条、邪笑)


しかし、このけしからんニンフェットは、更に上条の防壁をつき崩しにかかる。


「ほら、ほら、とーまってば。黙ってないでなんとか言うんだよ。ほら、ほら」

すりすりすり、ふにゅふにゅふにゅ。
いけないシスターは上条の幻想頃しを無効化していく。
耳にかかる吐息は竜王の吐息ならぬ妖精の吐息。

(効果は抜群だ!!)

上条REASON:20/100

854: 2010/12/02(木) 23:49:31.42 ID:0wz0LCc0
「ねぇ、とーま。とーまったら。……いんだよ?」
「なに…?」
「我慢しなくてもいいんだよ?」
もじもじと、一転して恥ずかしがるインデックスはちらちらと赤い顔で見上げながら上条の裾を摘む。
「は、恥ずかしいけどね、とーまが我慢するくらいなら…いいんだよ?それに、とーま明日は補習もないし、お休みなんでしょ?」
「おう…」
「だから、とーまの好きな桃のやつで洗ったり…私も実は期待してたかも…」
恥ずかしいにもほどがあるとばかりに顔を伏せるインデックス。
彼女は気づいていなかった。
その仕草はヨハネのペンモード、通称「ペンデックスさん」時のクールビューティーっぷりを上回る色気を放っていることを。いわば「淫デックスさん」であるということを。

「い、い、いいいい、インデックス。か、かみ、上条さんのライフポイントという名の理性はもうやばいのですが…」
「うん、私はシスターだから。もう元がつくけどシスターだから。とーまの思春期がパンパンに詰まった暴れん棒だって受け入れる所存なんだよ?」

淫デックスさん全開である。
そして、上条さんの脳は、その9割を普段眠らせ、埃がかぶり、錆び付かせている脳は淫デックスさんの会話の節々にMIBでさえ解読できない暗号、秘められた彼女の本音、上条の獣欲の捌け口たらんとする決意を高速回転ではじき出す。

(い、インデックスから桃の香りが⇒インデックスの桃尻?⇒インデックスが食べてくれと言って桃尻を上条さんに差し出す?⇒インデックスの桃尻?否、断じて否。あれは丸ごと上条さんの桃じゃあありませんか
⇒インデックスがわざわざ磨き上げてくれた上条さん専用桃尻?⇒寧ろインデックスが上条さんにとっての果汁たっぷりの桃?⇒インデックスが美味しく頂かれる為に自らを上条さん専用の桃に…?)

上条REASON:0/100

「ウガァオオオオオオオオオオオオオオーーーーーー!!!!!!」

上条当麻のわんぱく棒ず、もとい暴れん棒は、すでに『棒君』へとワープ進化を果たしていた。

「オレ、インデックス、二、スグ、イン、スル。ナイテモ、オレ、ケッシテ、ヤメナイ。オレ、インデックス、イタダキマンモス!!」

四つん這いになった上条は、すでに神浄すら超えている。
それを鎮めることの出来る最後の希望は、ゆっくりと両手を広げた。

「delicious545…」

それはインデックスの新たなる魔法名。
『献身的な子羊は獣に美味しくいただかれます』を意味する。
その夜、制限時間三時間の三本勝負が始まった。
開始から四時間経過し、無制限デスマッチに試合形式が変わったことを、佐天涙子直伝の珈琲術の研究に余念が無い一方通行は知らなかった。
そして知る必要もなかった。だって、どうせファミレスで聞かされるんだもの。


※The Beast…上条の理性が崩壊し、幻想頃しの制御機能が働かなくなた際に使用される裏コード。人でありながら獣になったその姿を止めることが出来るものは学園都市でも片手で数えるほどしかいない。

910: 2010/12/03(金) 18:25:58.36 ID:JlNGW020
「おかえりなさ~い」
「……お前…また来てやがったのかァ…」


セーラー服にエプロンという上級コンボを繰り出す少女に、かける言葉の諦観の色が滲んでいる。
既に恒例と化しているやりとりに、受け手の少女佐天涙子はまともに取り合うつもりも無いのか視線を鍋に向けたままだ。

一方通行はコンビニ袋から缶コーヒーを取り出すと順繰りに冷蔵庫に放り込んでいく。

「お前…なに勝手に」

見慣れぬものがいくつか冷蔵庫に見受けられる。
プリンであったり紅茶のケーキであったり、どう見ても自分が食べるものではない。
甘いものが苦手な一方通行でなければ犯人は佐天だろう。

「いいじゃないですか。一方通行さんの分もありますよ」
「俺は甘いものは嫌いなんだよォ…っていうかお前いいのか?」
「何がですか?」
「だからよ…お前らの年だと友達ってのと遊んだりすンだろうが。馬鹿みてェに意味も無く集まっちゃァダベったりすンだろうが」

がしがしと頭をかく。わかっている。
どうにも自分らしくないことを言っている。
その自覚は十分にあるのだ。

「ちゃんと遊んでますよ。心配させちゃってすみません」
「ハッ、馬鹿言ってンじゃねェよクソガキが」
「ちょっとぉ、私には佐天涙子っていう名前があるんですから、ちゃんと呼んで下さいってば」
「わかったわかった、わかったってクソガキ」
「もう!!学園都市第一位ってもっと大人な感じの人だと思ってたのに。こんなに意地悪だなんて」

ぶつぶつ言いながら佐天はできた料理を次々と並べていく。
肉じゃが、インゲンの和え物、サツマイモの味噌汁、鶏のささみとキュウリのサラダ。

「いろいろ文句は言いたいですけど、まずはご飯にしましょう」
「番外個体といい、俺ん家は花嫁修業の場所かァ?楽だからいいけどよォ」

しっかり自分の分まで作っている辺り良い根性をしている。
不思議とその図太さというか、抜け目なさが鼻に付かない。

911: 2010/12/03(金) 18:32:31.61 ID:JlNGW020
「番外個体さんって、あの御坂さんのお姉さんの?」
「……まァな」
クローンであることは伏せ、御坂美琴の姉ということにしておいた。こんな普通に表の世界で生きている少女が知るようなことではない。
「あれから来ねェからなァ、正直お前がこうして飯作ってくれてるのはありがてェ」
結標淡希や番外個体が聞いたらいろいろな意味で卒倒しそうな言葉。彼にしては大盤振る舞いのほめ言葉だ。
「何だか悪いことしちゃいましたね」
「いいンだよ。どうせ暇つぶしに来てたんだろうが。飽きて来なくなるってンならそれに越したこたァねェ」
「…あの人が嫌いなんですか?」
「……いや、そうじゃねェ」

言葉を濁して、一方通行は味噌汁をすする。サツマイモの甘さが心地よい。
番外個体との関係をうまく佐天に伝えられる自信はなかった。
そしてそれ以上に伝える気は起こらなかった。

「まぁ、あんまり俺の存在は教育に良くわねェからなァ」
「あっははは、何ですかそれ。お父さんみたいな台詞ですよそれ」
「みてぇなもンだ。つーか、結局コーヒー淹れてるよかこうして飯食ってる時間の方が長ェな」
「安らぎを与えますって約束したじゃないですか~安らぎません?母の味肉じゃがですよ。
女の子に男の子が惚れる定番料理ですよ」

「馬鹿言ってンじゃねェよ、クソガキ」


安らぎ。確かにそうかもしれない。
こうして温かい食事をしながら穏やかに誰かと言葉を交わすのは久しぶりだ。
結標淡希や番外個体との憎まれ口の叩き合いも存外嫌いではないが、佐天とこうしている時間はまったう別ものだ。学園都市最凶の悪魔と、一方通行ともあろう者が随分と腑抜けたものだ。

「あ…」

佐天の声に我に返る。物思いに浸ってしまっていたようだ。
つくづくどうかしている。佐天は目を丸くして一方通行を見ている。

「なんだァ?」
「い、いえ、なんでもないです、ええ、ほんと、なんでもないですよ!!」
「そ、そうかァ」
佐天は誤魔化すようにご飯をかき込む。
頬を赤くしているのは気のせいであろうか。

「笑ってた…」

ぽそりと、佐天が呟いた声は彼女以外の誰にも届かずに溶けて行く。

912: 2010/12/03(金) 18:39:54.61 ID:JlNGW020
すっかり街は夜の空気を漂わせ、街灯やコンビニの灯りが街の輪郭を浮かび上がらせている。

「すいません。わざわざ送ってもらっちゃって」
「今更だなァ。そう言うならもっと早く帰ろうって思わねェのか?いつもいつも飯食って行きやがって」
「えへへへへ~」
ぺろりと舌を出す佐天に、一方通行は何も言わずに溜め息を吐く。二人は肩を並べて歩く。杖を付く一方通行の歩調に佐天が併せる。月を見上げながら佐天はぽつりとつぶやいた。

「ねぇ、一方通行さん。第一位って…どんな気持ちですか?」

一方通行は僅かに驚く。向けられた質問にではない。
その質問自体はいつか向けられると思っていた。
彼女は無能力者であるのだから。
いつもの佐天の声とは思えないほどに悲痛な声に驚いた。
知り合ってまだ二週間にもならないが、いつも笑い、驚き、明るい彼女は、一方通行からすればひまわりのような少女だ。

「……さァな。俺ァ超電磁砲とは違う。最初から一位だった。だから達成感だとか、努力の秘訣だとか聞かれてもわかンねェ」

佐天はゆっくりと首を振る。

「御坂さんは能力なんて関係ないって言ってました。友達もみんなそう言ってます」

御坂美琴ならそう言うだろう。そういう少女だ。

「今日、能力測定があったんですよ。結果は相変わらずです。わかってたんですよ。それくらい」
けど、やっぱり悔しい。消え入りそうな声でつぶやく。

一方通行は言葉を見つけあぐねる。何となくだが、この少女の胸につかえていることの根本が見えた気がした。
御坂美琴ではその根本を理解しきることができないということもわかった。

「着いたぞ」
「あ…何時の間に」

佐天の部屋のドアが目の前にある。思わず答えを委ねるように一方通行を振り返る。
背を向けた一方通行の裾を握ったのは反射的なものだった。


913: 2010/12/03(金) 18:49:10.57 ID:JlNGW020
「不意打ちが上手ェなァ…お前は」
「待ってください。待って…」
裾を握り締める手が震えていることに、気付かぬフリをする。溜息がひとつ零れた。

「俺に話してどォすんだ。どォして欲しいンだ?」
「………」
佐天がぎゅうっと裾を握る力を強める。
鬱陶しい、そう思っているのは本当なのに。けれども一方通行はその手を不思議と振りほどこうとは思わなかった。

「俺にはわからねェって言っただろう。無能力者の気持ちなんざァよ」
沈黙が、針のように降り注ぐ。頬が、首が、肌という肌が痛い。耳鳴りがする。まるでこの沈黙を拒否しようと呻いているようだ。その不思議な痛みが、大切に思っている人を、心ならずも傷つけようとすることから来る『罪悪感』であると、一方通行にはわからない。

「けどなァ…」
何が彼女にとって最適な言葉であるのかなどわからない。
自分はあの真っ直ぐな電撃姫でもなければ、目を覚ますような痛烈な言葉をぶつける幻想頃しの少年でもないのだ。ただの語るに及ばぬ悪党。
だから、この少女の目の前に広がる霧の存在を察知することは出来ても、晴らしてやることなどできようか。
そう、少なくとも一方通行は思っている。思い込んでいる。
だから、これは、単なる気まぐれだ。優しさなんかじゃ決して無い。
愚図る幼児を、下手に泣かれたら面倒くさいからあやすようなものだ。それ以外であろうはずもない。

「え…?」

不意に頭を撫でられた。白く細長い指が絹のような髪を梳くように、優しく、柔らかに撫でる。とくんと胸の奥が悦びに痛む。

「お前にもきっとわかンねェよ。俺がどんだけ           かをなァ」
     
聞き取れぬほどに小さく絞られた言葉に、佐天は何かを擽られたように過敏に反応した。
呟いた彼の唇が余りにも優しい曲線を描いていたせいなのかもしれない。
俯けていた顔を上げようとすると、乱暴に撫でられる。佐天の行動を見越していた一方通行の方が上手だった。くしゃくしゃと、乱暴に、そして優しさを多分に含んだ撫で方が、彼が打ち止めにしてやるのに似ていた。もっとも、それを佐天が知ろうはずもない。

「じゃあな。くだらねェ話はしまいだ。ガキは夜更かししねェでさっさと寝ろよ」

かかか、と意地悪く笑うと、一方通行は今度こそ踵を返し、階段を降りていく。
佐天は裾を掴んでいた手を、そっと一方通行の撫でてくれた場所にあてる。まだ温もりが残っているように感じた。

愚痴ぐらい言わせてくれてもいいのに。相談にくらい乗ってくれてもいいのに。
アドバイスの一つくらいくれたらいいのに。年上らしさを見せてくれてもいいのに。
言ってやりたい不平不満は山ほどある。山ほどあったのだ。
それなのに佐天に出来ることは彼の放った言葉を反芻することだけだった。

「何なの……もう…わかんないよぅ」

手をあてると、信じられないくらい頬が熱くなっていた。

914: 2010/12/03(金) 18:52:00.05 ID:JlNGW020
相変わらず迷走中です。
本当は変O一方通行と痴女っ子佐天の明るい工口ギャグを書こうと思ったのが切欠だったのに。
どこで間違ってしまったのでしょうね。
アウレオさんは何気に保育士になってたりしたら嬉しい。

915: 2010/12/03(金) 18:55:10.30 ID:JlNGW020
書き忘れましたが、投下は以上です。

引用: ▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-17冊目-【超電磁砲】