571: 2009/06/16(火) 05:05:49 ID:apbTgAaL

縁側で楽しそうに笑うエイラ・イルマタル・ユーティライネン、宮藤芳佳。
二人の姿をダークグリーンの瞳が柱の陰からジッと見つめている。
「エイラばっかり・・・芳佳ちゃんと楽しそうにして・・・」
朗らかな笑い声を立てる二人の様子をサーニャ・V・リトヴャクは少しむくれながら眺め
ていた。本当はすぐにでも二人のそばへ歩み寄りたかったが、楽しげな二人の会話を邪魔
してしまうかもしれないと思うと、尻ごみしてしまっていた。その時、
「楽しそうですね」
と、突然、頭上から聞こえたため息まじりの声にサーニャはビクッとする。そして、視線
を上へと移したが、黒い髪が見えるばかりで、その顔は判然としなかった。サーニャは、
恐る恐る、
「あの・・・どなたですか?」
と声をかけると、
「あっ! ごめんなさい。私、山川美千子と言います」
そう言って、黒髪の持ち主は、頭を下げる。サーニャもそれに合わせて、ペコリと頭を下
げた。

572: 2009/06/16(火) 05:06:34 ID:apbTgAaL

カラン
みっちゃんの用意した麦茶の入ったコップの中の氷が解け、涼しげな音を奏でる。机を
挟んで差し向いに正座をするサーニャとみっちゃんだったが、その二人の間には沈黙とい
うやっかいな存在も腰を下ろしていた。ほんの数分前に
「お名前って、まだ聞いていませんでしたよね?」
「あの・・・サーニャ・V・リトヴャクっていいます。芳佳ちゃんとは、同じ部隊で一緒
 に戦っていました・・・」
「さっきも言いましたけど、私は山川美千子っていいます。芳佳ちゃんとは親戚同士で、
幼馴染なんですよ」
「そうなんですか・・・」
「はい」
ここで会話は途切れてしまっていた。芳佳にみっちゃんという幼馴染がいることは、本人
の口から聞いていた。ただ、いざ本人を前にしてみても、もともと人見知りがちなサーニ
ャにとって、いくら芳佳の幼馴染といっても、すぐに気さくに話しが出来るほど器用では
なかったし、みっちゃんの方も、もじもじとしているばかりのサーニャに何を話したらい
いのかと考えあぐねていた。
(どうしよう・・・)
サーニャは何か話さないといけないと思うものの、焦りが生れるばかりでその可愛らしい
口からは、なかなか次の言葉が発せられなかった。頼りにできる相手も今はそばにいない。
ただ、それでもサーニャの頭の中では、扶桑に来る道すがらにエイラから聞かされたこと
が再生されていた。

「そうだ、サーニャ。扶桑では、何か恥ずかしいことがあったり、間が持たない時がある
と、畳のへりをむしるんだってさ」
「畳のへりって?」
「・・・さぁ?」

「あの・・・」
「はい」
「畳のへりってどれですか?」
「畳のへり? えっと・・・これですけど」
「ありがとうございます」
「いえ・・・」
サーニャは、視線をみっちゃんが指し示した畳のへりへと移し、むしろうとしてみた。
ただ、それと同時にある考えが脳裏をかすめた。
人の家の畳のへりを勝手にむしっていいのか?
そもそも、これが何になるんだろうかと。

573: 2009/06/16(火) 05:07:35 ID:apbTgAaL

「あの・・・」
みっちゃんは、畳のへりをじっと見つめるサーニャの頭上へと話しかける。
「あっ、はい」
サーニャはその呼びかけに慌てて顔を上げた。
「なんですか?」
「芳佳ちゃんは、ブリタニアではどんな感じでしたか?」
「え・・・、その・・・いつも一生懸命でした。訓練の時でも、戦いの時も。それに、毎
日みんなのために食事を用意してくれて。いつも・・・頑張ってて。たまに・・・失敗
もしてたけど・・・。でも、それでもすごいなって」
「ふふ・・・変わってないな」
みっちゃんの顔からは思わず笑みがこぼれる。
「そうなんですか」
「ただ、こっちではうまくいくことより、失敗する方が多かったんですけど」
その言葉にサーニャは少しだけ口元を上げた。
「あっ!」
「え?」
「やっと笑ってくれた」
そう言って、満面の笑みを浮かべるみっちゃんにサーニャは一瞬キョトンとしたが、すぐ
に笑みを返した。
「そうね」
「でも、ウィッチの方ってやっぱりみんな綺麗なんですね。さっき、チラっとだけ見たエ
イラさんもすごい可愛かったし」
「そうかな?」
常に一緒にいるためか、どうもその言葉がサーニャにはピンとこなかった。
「それにサーニャさんだって、すごい可愛いですし」
「えっ? えっ、そ、そんな・・・」
サーニャの頬が思わず赤くなる。
「わ、わたしなんて・・・その・・・全然・・・可愛いなんて」
「そんなことありますよ。肌なんかもすごい白くて綺麗で」
「え、えっと・・・」
サーニャの視線は行き場を求めて辺りを彷徨う。
そんな時、困惑するサーニャの脳裏には、再びエイラの声が響いてきた。

「あと、扶桑では恥ずかしいことがある時には、天井のシミを数えるんだって」

(天井のシミ?)
サーニャは不安げな眼差しで天井を見つめた。

574: 2009/06/16(火) 05:11:19 ID:apbTgAaL

(何してるんだろう?)
みっちゃんは、突然天井を見上げたまま口を閉ざしたサーニャの行動を不思議に思ってい
た。
(何かオラーシャの風習かな?・・・そうかぁ、色んな国の人たちが集まっていると、文
化の違いもでてくるよね。たぶん、そこから色んなすれ違いも生まれる。扶桑を出たこ
とが無かった芳佳ちゃんもやっぱり苦労したのかな。でも、そんな中でも頑張れ続けた
なんて、やっぱり芳佳ちゃんはすごいな・・・)
と、サーニャに行動を受けて、みっちゃんの芳佳に対する尊敬の念はより強まっていった。
本当は異国の文化どころか扶桑の文化(?)なのだが。
ただ、こうしてサーニャが天井を見上げる姿を見ていてもどうかなと思ったとき、ふと
カバンの中にあるある物を思い出した。
「あの・・・」
「え?」
「芳佳ちゃんからの手紙に書いてあったんですけど、サーニャさんって歌もピアノもすご
い上手なんですよね?」
「芳佳ちゃんが?そんな・・・上手だなんて・・・」
天井を見つめて、何となく落ち着いたサーニャの白い頬が再び赤みを帯びる。
「それで、音楽について少し教えてほしいことがあるんですけど」
「え?」
「あの、よかったらでいいんですけど」
そう言ってみっちゃんはカバンから一枚の楽譜を取り出し、サーニャの前に差し出した。
楽譜には、『アムール河の波』と書かれている。サーニャの故郷、オラーシャの歌だ。
「これは?」
「あの、私、学校ではコーラス部に入ってて、今度この歌で独唱パートを歌うんですけど、
この部分があんまり上手に歌えなくて」
そう言って譜面を指差す。
「ああ、ここは」
何度も耳にしたことのある曲だ、サーニャはその部分をなんなく口ずさむ。
「こんな感じかな」
「えっと・・・こうですか」
みっちゃんも、サーニャのを手本に口ずさんでみる。
「そうね・・・もう少し」
そのまま、二人っきりのレッスンがしばらく行われた。そして、どうやらみっちゃんは無
事に合格点をもらえたようだ。レッスンが一段落すると、
「ご指導頂き、ありがとうございます」
そう言ってみっちゃんは頭を下げた。
「あの、別にそんな大したことじゃ・・・」
突然のかしこまった扶桑撫子の挨拶に、サーニャはオロオロとする。
「良かったら、今度学校の方にも来てみませんか?」
頭を上げたみっちゃんは、サーニャにそう提案した。
「えっ、学校?」
「はい。良かったらコーラス部の練習に参加してほしいなって。その、無理にというわけ
じゃないですけど」
「え・・・と」
サーニャとしては複雑な心境だった。同世代の女の子たちと一緒に過ごせる良い機会だっ
たが、うまくしゃべれるかどうかが不安だった。
引き受けるべきか、断るべきかを思い悩みながら、畳のへりをむしってみた方がいいのか
なと、サーニャは視線を下へ下へと落としていくばかりだった。

 ―完-

引用: ストライクウィッチーズpart26