803: 2009/07/14(火) 07:35:35 ID:LpM9anD8
―――
それはふとした気まぐれで、私は彼女に請うて自らの手と彼女の手を重ね合わせたのだった。彼女は
一瞬怪訝な顔をしたけれども、それでもすぐにふわ、と笑んで私の突発的な行動を許容する。
そしてその二つの重なった手に頬を寄せて、優しく優しく私を諭すのだ。
*
「エイラ、手」
要望はたった二言で終わった。うつらうつらしていた私の傍らでお気に入りの水晶玉を磨いていた
エイラは、いびつに歪んだ自分の姿が映るその球をからすぐに顔を上げて私を見てくれる。
「ン?」
スオムス特有の、少し変わったイントネーション。指摘すると頬を膨らますのに違いないから私は
あえて口にしない。ましてはそんなところも素敵だなんて、恥ずかしくてとても言えない。
「て?」
「手。」
片手を上げて開いたり閉じたりするエイラに、頷きながら私も右手を上げた。すかさず身を倒して
彼女の手と私の手を重ねて、温もりを共有しあう。寝起きで体温の高い私のそれと違って、エイラの
手は少しだけひんやりしている。
「ドウシター?さーにゃー」
少しだけ不思議そうな顔をして、エイラは私のその手を受け止めてくれる。きゅ、と力が込められて、
彼女の手に軽く包み込まれた。私より一回り大きなその手は、不思議な力強さに溢れている。私自身
ピアノを志していた一人だからその手が小さいとは思わないけれど、けれどもやっぱりエイラの手は
私のものよりもずっと大きいような気がするのだ。
さーにゃ。付け足される私の名前に、言葉でも包まれているような気持ちになる。だってエイラの声
ときたらいつもは感情の機微をほとんど感じられないほど平坦な癖に、私の名前を呼ぶときだけは
どうしてかひどく柔らかくて、温かみと深さに溢れている。もしかしたらそれは単なるうぬぼれなの
かもしれないけれど、それでもいいと思えるほどその響きは私の胸に幸福をもたらすのだ。
私は何も答えない。だって、それは本当にただの気まぐれだったのだもの。夢うつつから覚めたその
ときに、不意に舞い降りたなんて事のない妙案。私の手と彼女の手の大きさを、重ねてその差を確か
めるというだけの行為。もちろんそんなの確かめるべくもなくエイラのほうが大きな手をしていて、
それはすっかり私を包み込めるほどだと私は知っていたのだけれど、それでも無性に確かめたく
なってたまらなかった。
「さーにゃー?」
もう一度私の名前を呼ぶ頃には、すっかり彼女は私の行動なんて許容してしまっているのだった。
しかたないなあ、と肩をすくめて、きょうだけだかんな、なんて口許を緩ませて、彼女は私のすべて
をいとも容易く受け入れてしまう。
エイラ越しに見た外の景色は曇天で、今にも雨が降り出しそうな気配。だからこそ私たちは外に出ず、
エイラの部屋で休日の午後のひと時をぼんやりと過ごしているのだ。
それはふとした気まぐれで、私は彼女に請うて自らの手と彼女の手を重ね合わせたのだった。彼女は
一瞬怪訝な顔をしたけれども、それでもすぐにふわ、と笑んで私の突発的な行動を許容する。
そしてその二つの重なった手に頬を寄せて、優しく優しく私を諭すのだ。
*
「エイラ、手」
要望はたった二言で終わった。うつらうつらしていた私の傍らでお気に入りの水晶玉を磨いていた
エイラは、いびつに歪んだ自分の姿が映るその球をからすぐに顔を上げて私を見てくれる。
「ン?」
スオムス特有の、少し変わったイントネーション。指摘すると頬を膨らますのに違いないから私は
あえて口にしない。ましてはそんなところも素敵だなんて、恥ずかしくてとても言えない。
「て?」
「手。」
片手を上げて開いたり閉じたりするエイラに、頷きながら私も右手を上げた。すかさず身を倒して
彼女の手と私の手を重ねて、温もりを共有しあう。寝起きで体温の高い私のそれと違って、エイラの
手は少しだけひんやりしている。
「ドウシター?さーにゃー」
少しだけ不思議そうな顔をして、エイラは私のその手を受け止めてくれる。きゅ、と力が込められて、
彼女の手に軽く包み込まれた。私より一回り大きなその手は、不思議な力強さに溢れている。私自身
ピアノを志していた一人だからその手が小さいとは思わないけれど、けれどもやっぱりエイラの手は
私のものよりもずっと大きいような気がするのだ。
さーにゃ。付け足される私の名前に、言葉でも包まれているような気持ちになる。だってエイラの声
ときたらいつもは感情の機微をほとんど感じられないほど平坦な癖に、私の名前を呼ぶときだけは
どうしてかひどく柔らかくて、温かみと深さに溢れている。もしかしたらそれは単なるうぬぼれなの
かもしれないけれど、それでもいいと思えるほどその響きは私の胸に幸福をもたらすのだ。
私は何も答えない。だって、それは本当にただの気まぐれだったのだもの。夢うつつから覚めたその
ときに、不意に舞い降りたなんて事のない妙案。私の手と彼女の手の大きさを、重ねてその差を確か
めるというだけの行為。もちろんそんなの確かめるべくもなくエイラのほうが大きな手をしていて、
それはすっかり私を包み込めるほどだと私は知っていたのだけれど、それでも無性に確かめたく
なってたまらなかった。
「さーにゃー?」
もう一度私の名前を呼ぶ頃には、すっかり彼女は私の行動なんて許容してしまっているのだった。
しかたないなあ、と肩をすくめて、きょうだけだかんな、なんて口許を緩ませて、彼女は私のすべて
をいとも容易く受け入れてしまう。
エイラ越しに見た外の景色は曇天で、今にも雨が降り出しそうな気配。だからこそ私たちは外に出ず、
エイラの部屋で休日の午後のひと時をぼんやりと過ごしているのだ。
804: 2009/07/14(火) 07:37:35 ID:LpM9anD8
空に立ち込める灰色には一部の空も見当たらないけれど、けれども私はすぐそこに、広くて遠くて
つかみ所のない、人の形をした空を見る。光の加減で金色にも銀色にもきらめく不思議な色をした
髪は太陽の用でも月のようでもあって、彼女はまさしく空であると私はたまに息を飲むほどの気持ち
になるのだった。
私の手に宿っていた熱が、エイラのほうへと移って。そしてもともと別の体温を持っていた二つの
手が一つに解け合ってゆく。繋がって行く感覚がこそばゆくも心地よくて目を細めたら、自分の体を
支えるために床につけていた手が、別の温もりに包み込まれた。今度は私が驚いてそちらをみると、
同じように床についた大きな手が私の片方の手も上から包み込んでいた。顔を上げて彼女を見れば、
照れくさそうににしし、と笑う。けれど茶化したようなその顔もすぐに掻き消えて、ふっと彼女が
真剣な顔になった。
「かなしいゆめでもミタ?」
片方の手には頬を寄せて、もう片方の手はきゅっと握り締めて。諭すように彼女は言う。優しい響き
で、諭すように紡ぐ。どうしたの、怖い夢でも見たの、だからそばに誰かがいることをたしかめたく
なったの?一身に私を心配するその音は、あきれ返るほどに自分を勘定に含めていない。どんな理由
であれ、私が求めたのはエイラ・イルマタル・ユーティライネンその人であるというのに、まるで
私が誰に対しても寂しさを覆い隠さないような人間であるといわんばかりの物言いをするのだ。
違うわ、エイラ。私が欲しかったのはあなたよ、あなただけよ。そう言い返したくなってやっと、
私は自分の本心に気がつく。人恋しかった。温もりを求めていた。エイラに触りたかった。だから、
私はいまこうして彼女と手を重ねているのだ、と。
…気が付けばいつもそうだ。知らず知らずのうちに本心を見透かされて、それでも相手はそのことに
気が付いていなくて。私ばかりが気恥ずかしくなって、頬を熱くしている。
そう、だから、私はいつも。
「…なんでもない」
ただ、あなたと手を大きさ比べをしたかっただけよ。
そんな実際は建前に過ぎなかった当初の目的さえ告げることさえ悔しくて、彼女に対する言葉すべて
をつぐんでしまうことにするのだ。だってつぐんでしまってもエイラはいつも私の本音を容易く拾い
上げてしまうのだもの。私が気付いていなくたって、すぐに掬い上げてしまう。
重ねあった手はそのままに体を倒して、彼女の膝に顔をうずめた。「さ、さーにゃ!?」いつもどおり、
エイラが慌てた声を上げる。私は何も言わない。そのまま目を閉じて、眠ったふりを決め込む。それ
でもエイラの衣服や肌からエイラの香りがして、私はすぐに眠りにいざなわれてしまうのだ。
「さーにゃぁー……うっわ、もう寝てるジャン…しかたないなーモー……きょうだけだかんなあー?」
両手の不自由を奪われてもなお、そうして私を許しきってしまうエイラが愛しくて嬉しくて、私は
ぎゅうと、その手を強く握り締めるのだった。
ねえだいすきだよ。だいすきだよ。言いたくても恥ずかしくて言えるはずのないその言葉を、掬い
上げてくださいと願いながら。
おわり
つかみ所のない、人の形をした空を見る。光の加減で金色にも銀色にもきらめく不思議な色をした
髪は太陽の用でも月のようでもあって、彼女はまさしく空であると私はたまに息を飲むほどの気持ち
になるのだった。
私の手に宿っていた熱が、エイラのほうへと移って。そしてもともと別の体温を持っていた二つの
手が一つに解け合ってゆく。繋がって行く感覚がこそばゆくも心地よくて目を細めたら、自分の体を
支えるために床につけていた手が、別の温もりに包み込まれた。今度は私が驚いてそちらをみると、
同じように床についた大きな手が私の片方の手も上から包み込んでいた。顔を上げて彼女を見れば、
照れくさそうににしし、と笑う。けれど茶化したようなその顔もすぐに掻き消えて、ふっと彼女が
真剣な顔になった。
「かなしいゆめでもミタ?」
片方の手には頬を寄せて、もう片方の手はきゅっと握り締めて。諭すように彼女は言う。優しい響き
で、諭すように紡ぐ。どうしたの、怖い夢でも見たの、だからそばに誰かがいることをたしかめたく
なったの?一身に私を心配するその音は、あきれ返るほどに自分を勘定に含めていない。どんな理由
であれ、私が求めたのはエイラ・イルマタル・ユーティライネンその人であるというのに、まるで
私が誰に対しても寂しさを覆い隠さないような人間であるといわんばかりの物言いをするのだ。
違うわ、エイラ。私が欲しかったのはあなたよ、あなただけよ。そう言い返したくなってやっと、
私は自分の本心に気がつく。人恋しかった。温もりを求めていた。エイラに触りたかった。だから、
私はいまこうして彼女と手を重ねているのだ、と。
…気が付けばいつもそうだ。知らず知らずのうちに本心を見透かされて、それでも相手はそのことに
気が付いていなくて。私ばかりが気恥ずかしくなって、頬を熱くしている。
そう、だから、私はいつも。
「…なんでもない」
ただ、あなたと手を大きさ比べをしたかっただけよ。
そんな実際は建前に過ぎなかった当初の目的さえ告げることさえ悔しくて、彼女に対する言葉すべて
をつぐんでしまうことにするのだ。だってつぐんでしまってもエイラはいつも私の本音を容易く拾い
上げてしまうのだもの。私が気付いていなくたって、すぐに掬い上げてしまう。
重ねあった手はそのままに体を倒して、彼女の膝に顔をうずめた。「さ、さーにゃ!?」いつもどおり、
エイラが慌てた声を上げる。私は何も言わない。そのまま目を閉じて、眠ったふりを決め込む。それ
でもエイラの衣服や肌からエイラの香りがして、私はすぐに眠りにいざなわれてしまうのだ。
「さーにゃぁー……うっわ、もう寝てるジャン…しかたないなーモー……きょうだけだかんなあー?」
両手の不自由を奪われてもなお、そうして私を許しきってしまうエイラが愛しくて嬉しくて、私は
ぎゅうと、その手を強く握り締めるのだった。
ねえだいすきだよ。だいすきだよ。言いたくても恥ずかしくて言えるはずのないその言葉を、掬い
上げてくださいと願いながら。
おわり
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