1: 2013/10/06(日) 18:59:09.60 ID:X5N6GyBHO

男「八百年ぶりに復活したけど色々とちがいすぎて困るなあ」

女僧侶「どうした、勇者?」

男「そう、まずキミだよ」

僧侶「なにが言いたいんだ?」

男「一週間前に初めて顔合わせしたときはいかにも僧侶って感じの服装だったじゃん?
  なんで今は格闘家みたいになってるの?」

僧侶「逆になにがおかしいのか私にはわからんのだが。
   私たちは密使としてこれから魔王の帝国へ向かう。
   教会の尼僧服なんて来ていたら我が国の人間だってバレる可能性があるだろ」





2: 2013/10/06(日) 19:04:36.04 ID:X5N6GyBHO

男「いや、まあ服装についてはそうかもしれないよ?
  でも僧侶なのになんで杖とか持ってないの?」

僧侶「杖……錫杖のことか?」

男「いやいや杖は杖だよ、だいたい杖がなかったら呪文唱えられないじゃん」

僧侶「杖が呪文と関係あるのか? だいたい私は呪文や魔法の類はほとんど使えないぞ」

男「ええっ!?」

169: 2013/10/18(金) 22:31:35.74 ID:Jv0rTRshO

このSSと関わりがある関連SSを挙げておきますのでよろしかったから見てください
なお見なくても全然このSSの内容がわからないなんてことはありません

神父「また氏んだんですか勇者様」

魔王「姫様さらってきたけど二人っきりで気まずい」
3: 2013/10/06(日) 19:32:13.13 ID:X5N6GyBHO

僧侶「なにを驚くことがある、私たちのような尼僧は心身を鍛える厳しい修行から肉体派になることがほとんどだ。
  この前も西の森でワイバーンとやりあったがもちろんこの拳一つで下したぞ」

男「本当にキミは僧侶なのか? 
  オレの時代の僧侶は杖持って髪のご加護うんぬん言って傷をよく癒してもらってたのになあ」

僧侶「そういえば聞いたことがあるな、当時の僧侶は癒し手だったらしいな。
   まあお前の知っている時代の僧侶と今の時代の僧侶は別物なのだろう」

男「どうやらそうみたいだな。
  オレの旅のお供だった僧侶とは明らかにべつものと」

僧侶「そうだ」

男「ていうかもう一つ聞いていい?」

僧侶「なんだ?」

4: 2013/10/06(日) 19:53:16.51 ID:X5N6GyBHO


男「口調だよ、口調。オレと最初に会ったときはもっとそれっぽい口調だったじゃん。
  なんか語尾に『まし』とかついてたし」

僧侶「普段はな、だが今は私は僧侶というよりも陛下から密使の仕事を授かった遣いだ。
   そしてお前は私の同伴者というわけだ」

男「はあ……」

僧侶「まあもともと私の性格上あのような話し方は向いていないのだ、気にするな」

男「まあ個人によってそりゃあ色々とちがうのか」

僧侶「いちおう私は今回、お前の護衛の任務も任されている。わからんことはなんでも聞いてくれ」

男「わかった。
  じゃあ次は……キミだな」

戦士「ん? もしかしてボクのことかい?」

5: 2013/10/06(日) 20:07:07.92 ID:X5N6GyBHO


男「やはり見た目からのツッコミになるんだけどキミは戦士なんだよな?」

戦士「なにが言いたいんだい? ボクほど男らしくかつ色男な戦士はいないよ?」

男「いやあなんて言うかオレの時代の戦士とはかなりちがうからさあ。
  たしかオレの時代の戦士はもっとこう鎧とか甲冑とかゴリゴリに装備してたからさ」

戦士「そうなのかい?」

男「だからキミみたいにそんな高級そうなローブを身にまとって、なんか色々とよくわからない装飾品をつけてると戦士に見えないんだよ。
  どちらかというと魔法使い、みたいな感じかな」

戦士「ハハハハ、そんなボクは国のお抱え騎士じゃないんだから。
   それにそんなごっつい格好してたら疲れちゃうし女の子にもモテないじゃん」

6: 2013/10/06(日) 20:12:12.17 ID:X5N6GyBHO

男「いやあ、オレの知ってる戦士っていうのは戦い大好きな熱血漢だったからなあ」

戦士「まあ別にそういう時代錯誤な戦士はいくらでも世の中にいるよ?
   でもそんな暑苦しい格好して剣を振り回すなんてナンセンスさ」

男「いや、でもなあやっぱり戦士っていうのは……」

戦士「あのさあ、勇者くん。キミみたいな生きた化石の常識はもはや時代がちがいすぎるんだからいちいち気にしてたら負けだよ?」

男「い、生きた化石……」

7: 2013/10/06(日) 20:27:44.34 ID:X5N6GyBHO

僧侶「この人はこの若さでいくつもの公的ギルドの経営を任されている。
   名門貴族出身ですでに官僚にまで上り詰めているからな」

男「そんなすごい人なのか、キミ?」

戦士「まあ、武功を立てるだけが立身出世の方法じゃないってことさ。
   もちろん剣の腕もたしかなボクだけど、頭もいいからさ。官僚試験も一発合格なわけ。
   おかげで今は人事や監督とかも任されてるよ」

男「今の時代の戦士はキミみたいなのが主流なのか」

戦士「いやいや全然! ボクなんかはむしろ異端だよ。
   でもボク、頭悪い暑苦しいのはキライだからさあ。剣を振るうことだけが戦士のできることじゃないだろ?
   ボクは魔法もかなり使えるしね、おっとごめんよ。さっきから自慢話ばかりになってるね」

男「なんて言うかすげーな」

8: 2013/10/06(日) 20:35:54.97 ID:X5N6GyBHO

戦士「まあ仲良くやろうよ。本来なら僧侶ちゃんとかはボクの部下にあたるんだけど今は苦楽を共にするパーティー。
   特別にタメ口を許してあげるよ、対等な仲間としてね」

僧侶「まあ私のほうが年上だからな、お前がそう言うなら私は敬語を使うつもりはないしそのような接し方もしない」

戦士「いいよいいよ、キミみたいな美人なら口を聞けるだけでハッピーだからね」

男(大丈夫なのか、このパーティ)

男「あー、で最後の一人なんだけど」

魔法使い「…………」

9: 2013/10/06(日) 20:47:19.30 ID:X5N6GyBHO


魔法使い「私は魔法使い、よろしく」

男「あ、ああ……」

魔法使い「…………」

男「…………」

魔法使い「なにか言いたいことでも?」

男「ああ、キミは魔法使いなんだよな? 身につけている黒いローブとかトンガリ帽子を見るかぎり」

魔法使い「その通り」


10: 2013/10/06(日) 20:57:11.68 ID:X5N6GyBHO
戦士「どちらかと言うと魔法使いと言うよりは魔女みたいだけどね」

男「魔法使いはオレの時代と変わらないのか?」


魔法使い「あなたの時代を知らないからなんとも言えないけれど私は魔法を使うから魔法使い。
     ギルドにも魔法使いとして登録している」

男「ってことはオレの知ってる魔法使いと変わりがないってことか、なんか安心した」

僧侶「安心した? なぜ?」

男「八百年経っても変わらず残ってるものがあるんだなあと思ってさ」

11: 2013/10/06(日) 21:22:56.28 ID:X5N6GyBHO

戦士「ところで勇者くん、キミはほとんど記憶がないんだってね」

男「ああ、実はさっきから八百年前とのちがいを振り返ってたんだけど記憶がほとんどないからな。
  さっきみたいな一般知識はあるんだけど、冒険していたときの記憶なんかはほとんどない」

僧侶「記憶がないのにあんなことを言っていたのか」

男「だから、八百年前の一般知識ぐらいの記憶はあるんだよ」

戦士「記憶がない勇者くんが本当に戦力になるのかなあ?」

男「それはオレも疑問に思う」

男(そもそもなぜオレが八百年間の封印から目覚めさせられ、現在このよくわからないパーティで船着場まで向かっているのかと言うと……)


12: 2013/10/06(日) 21:27:04.00 ID:X5N6GyBHO
一週間前、突如オレは復活した。
いや、国の上級魔法使い――賢者たちにより八百年の封印を解かれた。

今回封印されて八百年もの間眠っていたオレを復活させるよう命令した王は、オレを見つけるなりまくし立てて来た。

今回オレを復活させた理由は魔王が君臨する帝国への視察をオレに頼むためだった。
かつて勇者として魔王を滅ぼしたオレだったら視察し得た情報を確実に国に持ち帰ることができるから、という理由らしい。

現在人間と魔物の対立や戦争はほとんど沈静化されて今のところは目立った争いはないそうだ。
しかし、今度は人類同士での争いが絶えないらしい。

この国も隣国との小競り合いが絶えないらしい。
そこで魔王の帝国、通称魔界へ行き魔界の技術がどれほどのものなのか見て、
場合によっては魔王と交渉してあちらの技術者を『お雇い外国人』として雇い国の発展に利用したいらしい。

いやいや、魔物を雇うって……。

ていうか世界を救うのが勇者の役目のはずなのに王とは言え、これでは単なる使いっ走りじゃないか?

ちなみに記憶喪失のことを王に伝えても王はオレへの仕事の依頼を下げようとはしなかった。

なぜオレは八百年前魔王を倒したあと自らを封印したのか、それについてはオレ自身も覚えていないし国の史料や記録にも残っていない。
つまり、オレは自分のことがまるでわからないのだ。


そして現在に至る。

13: 2013/10/06(日) 21:43:06.02 ID:X5N6GyBHO

男(誰かがオレのことを勇者として見てくれないかぎりオレは自身が勇者であるかどうかすらわからないわけだ)

男「ところで気になってたんだけどこのパーティはどういう理由で選ばれてるんだ?」

僧侶「たしかに。私たちの立場は言ってみれば勅使だ。適当な寄せ集めのメンツというわけではないだろうな。
   しかし私のような凡愚がなぜ選ばれたのかわからん」

戦士「それについてはボクから説明するよ。
   まあ、と言ってもやっぱり半分は寄せ集めのメンツさ。
   なにせボクらの国は今はどこもかしこも人手不足だからね」

僧侶「むっ……」

男(僧侶が少し残念そうな顔したな)
   

14: 2013/10/06(日) 22:00:14.62 ID:X5N6GyBHO

戦士「しかも人手不足な上に勇者くんが復活した一週間前、賢者たちが謎の爆発事故に遭遇していてね。
   護衛兵士たちもそのときにかなり負傷してしまった」

男「なんか大変なんだな」

戦士「そんなわけで選べる少人数の中からボクが選りすぐったのがキミらなわけさ」

僧侶「お前が?」

戦士「そう、陛下に頼まれたからねー。
   魔界好きと言われるほどに魔界に詳しい僧侶ちゃん。
   魔物を扱った魔法のエキスパートの魔法使いちゃん。
   そして言うまでもなくこのボク、完璧とはいかなくてもそこそこに優れたメンツさ」

男「なるほど……って、魔物だ!」

15: 2013/10/06(日) 22:08:01.38 ID:X5N6GyBHO

戦士「魔物って……あれはスライムだろ?」

男「いや、だからスライムだから魔物だろ!?」

魔法使い「昔はたしかにオーソドックスな魔物だった。雑草のようにどこにでも現れる存在だった」

男「今は違うっていうのか?」

魔法使い「今は時代の変化とともに天然のスライムは駆除され、食用に改良されたスライムがこの国のスライムの九割を占めている」

男「しょ、食用!? スライムって食べられるの!?」

16: 2013/10/06(日) 22:16:17.95 ID:X5N6GyBHO

僧侶「知らないのか? スライムと言えば回復系アイテムのグミやドリンクの定番じゃないか」

男「え、ええっ!?」

僧侶「さすがに刻んで焼いて食べるというわけにはいかないがな」

男「こ、これも時代の変化というヤツなのか……?
  しかも普通に襲ってこないな」

魔法使い「今の魔物たちはスライムのように品種改良とある程度のしつけを受けて人を襲わないようにしてある。
     もう少し街を離れればスライム以外の魔物も出てくる。そいつらは一定の周期ごとに人を襲わないように魔術でおとなしくしてある」

男「いや、そうなのか。それはある意味いい時代になったな」

戦士「そんなに驚くことなのかい、ボクたちからしたらどれも普通のことなんだけどなあ」

17: 2013/10/06(日) 22:24:29.56 ID:X5N6GyBHO


僧侶「そもそもそうやって魔物をおとなしくさせていなかったら人なんて簡単に襲われるぞ。
   行商なんかもできなくなってしまうし、街から街への移動もかなり大変になるだろうな」

男「オレたちのころは魔物は襲ってきてなんぼだったからなあ」

戦士「もちろん人の手が及ばない山奥とか砂漠に行けばいくらでも魔物は襲ってくれるよ」

僧侶「試しに私が持ってるスライムを調理したものを食べてみるか?」

男「グミかなにかか?」

僧侶「いや、刻んでお手頃なサイズにして幾つかの薬草とヴィネガーとニンニクに二日つけたスライム饅頭だ」

男「遠慮しておく」

僧侶「なぜか皆、お前のようにこれについては遠慮するな。美味しいのに」

男(怖くて食えるか! 
  ……しかし、記憶がほとんどないのにジェネレーションギャップを味わうことになるとは)

18: 2013/10/06(日) 22:31:22.39 ID:X5N6GyBHO

男「魔物が襲ってこないせいで簡単に港までたどり着いたな」

戦士「船乗るためだけに魔物に襲われてたらたまったもんじゃないけどね」

男「ところで船はどこだ?」

僧侶「なにを言っている? 目の前にあるじゃないか?」

男「え? ……こ、これええぇ!?」

戦士「キミのリアクション無駄に大きいけどわざとじゃないんだよね?」

男「いやいや、なんとなくデカイ建物みたいなのが海に浮いてるなと思ったけど……これが船なのか」

戦士「なるほどね、勇者くんの時代には汽船なんかなくてちっちゃな帆船ぐらいしかなかったのか」

19: 2013/10/06(日) 22:41:43.74 ID:X5N6GyBHO


男「すまないが、いったいなぜこの船はこんなにデカイんだ?
  あとそのなんだ『キセン』っていうのはこの巨大な船のことか?」

戦士「そうだよ、まあキミが知っている時代の船とはまったくの別物だと思った方がいい」

男「しかも一つじゃない、十隻はあるか?」

魔法使い「そろそろ出港の時間。乗りましょ」

戦士「船についてはまた乗ってから説明してあげるからとりあえず行こうか」

僧侶「お前、驚きすぎて今日で氏ぬんじゃないのか?」

男「たしかに今の時点で驚きだけで疲労困憊って感じだからな」

20: 2013/10/06(日) 22:59:05.86 ID:X5N6GyBHO

船内にて


男「は,はやい!なんてスピードでこの船は走ってるんだ!?
  中もすごい、普通に揺れていなかったらなにかの建物の中だと勘違いしてしまいそうだ。
  うちの国の技術はすでにここまでの発展を遂げていたのか?
  いや、これよりすごいものが魔界にはあるというのか?」

僧侶「そんなにはしゃがなくても……」

戦士「どうだかねえ、この船がすごいこと自体は確かだけどこれは他国から買い取ったものだからねー」

男「買い取ったってことはこの船はべつにこの国が作ったわけじゃないのか。まあだとしてもすごいけど」

戦士「でもボクの推測が正しければこの船みたいなのを買い取り続けたりすれば待っているのは国としての破綻だと思うけどね」

男「破綻? どうして」

21: 2013/10/06(日) 23:15:03.32 ID:X5N6GyBHO


戦士「キミは気づかなかったかい? あの港にあった船の大半が老朽化してることに」

男「すまん、興奮しすぎてあまり見てなかった」

戦士「まあ、そうだろうね。あの港にあった船の大半は朽ち果てかけている。
   なぜかと言えばうちの国には技術者が致命的に足りてないんだ。船こそ買い取ったがメンテナンスをやる技術者も船員もいない。
   もともとあの船は前の王が買い取ったものなんだけど、まともなメンテナンスもしないせいで老朽船と化してしまった」

僧侶「たしかそのせいで我が国の汽船会社の経営も悪化の一途をたどってるらしいな」

戦士「そりゃあそうでしょ。船は大きいだけでボロくて旅客船でありながら船員の接客態度は最低、出港時国もまともに守れない。

   ボク、女の子をデートで誘っときここの船使ったけどホントに最悪だったよ。
   しかも船が足りないから客も満足に捌けない、悪化しないほうがどうかしてるよ。
   今は技術者を外国から雇ったりしてるけど、その技術を自分のものにしなければ結局破綻しかしないよ」

男「…………?」
   
戦士「さらに言えば海軍のほうの船も汽船が主流になってるけどこれもやっぱり船員や技術者が追いつけていない。
   船が壊れるたびに新しいものを買ってたんだよ、前の王様までは」

22: 2013/10/06(日) 23:27:14.38 ID:X5N6GyBHO

男「金、ヤバくないか?」

戦士「前の王様とか豪遊しまくりだったからねえ、宮廷の奢侈とかもすごかったらしいよ。
   ていうかうちの国って外債とかにも手を染めてるし、いずれは借金で身動きがとれなくなるかもね、ははは」

男「笑って言っていられることなのか?」

戦士「笑えないね。だが、だからと言って今のボクらにできることはないからね。
   ボクらは今やれることを全力でやるしかないんじゃない?」

僧侶「必要な技術の横流しではなく、それをきちんと咀嚼し嚥下して自分の国のものにする。私たちはそのために魔界へ行くんだ」

男「…………」

戦士「そういうことだよ。あと二時間もすれば魔界の遣いと落ち合う場所につくだろうから、ボクはそれまで寝させてもらうよ」

23: 2013/10/06(日) 23:35:43.80 ID:X5N6GyBHO

男「あの距離をこれだけの時間で来られるとは本当にすごいな。
  で、ここはいったいどこなんだ?」

僧侶「――という街みたいだが」

戦士「ここは魔物たちの経営する会社がいくつかあってね」

男「ま、魔物が会社!?」

僧侶「いや、そこは驚くところじゃないだろ。なぜ我が国にヤツらの会社が……」

戦士「そんなに驚くことでもないでしょ? だいたいそういうのがなかったら今回の魔界の視察という企画も提案されなかったでしょ」

男「ここで魔物と落ち合うんだよな?」

戦士「一応、時間ではもうすぐのはずだよ」


24: 2013/10/06(日) 23:36:38.14 ID:X5N6GyBHO


男「いったいどんな魔物が来るんだろうな」

僧侶「おそらく人型だとは思うが……」


?「あなた方が我が魔界への遣いの方々でしょうか?」


男「うおぉ!? 急に背後から……っ!?」

魔法使い「驚きすぎ……ローブで姿は隠しているみたいだけど。ゴブリン?」

ゴブリン「そのとおりでございます。さすがは魔法使い様」

戦士「キミが今回ボクらの魔界への案内役でいいのかい?」

ゴブリン「そのとおりでございます。私は陛下の勅命を受け、あなた方を迎えにきた次第です。
     本来ならもう少しきちんとした挨拶をしたいところですが私の姿を見られるのは困りますゆえ、先に目的地へのご案内をさせていただきたいと思います」

男(魔物が普通にしゃべってる……けどみんなが驚かないってことは今はこれが普通なのか)


28: 2013/10/07(月) 21:40:34.41 ID:uFVtoX+DO
再 開

29: 2013/10/07(月) 21:46:33.47 ID:uFVtoX+DO

ホテルにて


男「小さな宿泊施設みたいだがこれもお前たちの会社なのか?」

ゴブリン「左様でございます。もっともこちらはダミー会社でありますゆえ客人が入られることはありませんが」

男「ダミー会社?」

僧侶「ようはここはコイツら魔物どものアジトとしての役割しか果たしてないということだ」

戦士「さすがに魔物たちが大っぴらに商売できる会社はほとんどないよ。
   そのごく一部さえほとんど知ってる人間はいないだろうけどね」

男「いやはやすごい時代だ……ていうかちょっと待て」

戦士「どうしたんだい、勇者くん?」

30: 2013/10/07(月) 21:55:08.38 ID:uFVtoX+DO


男「お前……さっきら喋ってるよな?」

ゴブリン「それがなにか?」

男「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤいやイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ。
  魔物がしゃべってんぞ! 魔物がオレに敬語で話しかけてんぞっ!? やべえよっ!」

魔法使い「……なるほど」

僧侶「どういうことだ、魔物が口を聞くのがそんなに珍しいのか?」

魔法使い「彼の生きていた時代、つまり八百年前には言語を扱う魔物はいなかった」

男「たぶん……記憶は曖昧だけどそれでも魔物とおしゃべりした記憶は……ないはず」

31: 2013/10/07(月) 22:02:21.20 ID:uFVtoX+DO

戦士「じゃあ魔王との最終決戦の時は? ラスボス戦の時はどうだったんだい?
   魔王との対決前にはやっぱり会話はあってしかるべきだと思うんだけど」

男「いや……オレの記憶では、たしか『ウバアアアア』とかしか言ってなかった気が……」

魔法使い「そう、魔物たちが言語を介したコミュニケーションをし出したのは確認できる範囲では少なくともあなたが氏んで以降」

男「うわあ~なんかちょっと感動を覚えているオレがいるわ」

戦士「まあ魔物がみんな話せるわけじゃないけどね」

男「しかもオレたちと同じ言語を使ってるけど勉強したのか?」


32: 2013/10/07(月) 22:24:01.74 ID:uFVtoX+DO

ゴブリン「いえ、我々の帝国とそちらの国の言語は同じもの使用しております」

戦士「世界には色々な言語があるけどボクらの国の言葉とキミらの国の言葉が同じというのはなかなかびっくりだよね」

男「なんかよくわかんないけど感慨深いなあ」

僧侶「勇者、お前は記憶がない上に時代のギャップに対応するのは大変だろうがとりあえず一旦そういうのはあとにしないか?
   話が一向に進まなくて困る」

男「悪い、たしかにそうだな。これからオレたちはどうするんだ?」

ゴブリン「これから移動魔法であなたがたを我が帝都へと案内いたします」

男「移動魔法……?」

33: 2013/10/07(月) 22:33:34.79 ID:uFVtoX+DO


ゴブリン「少々離れていてくださいませ……」

男「これは魔法陣か?」

魔法使い「魔術によって開かれたワープ空間。しかもこの規模なら、人間なら一度に百近く程度運べるようになっている」

ゴブリン「皆様にはこの空間に飛び込んていただければあとは一瞬で我が国まで飛ぶことができます」

戦士「ちょっと待ってもらっていいかな?」

ゴブリン「なんでございましょうか?」

34: 2013/10/07(月) 22:41:18.44 ID:uFVtoX+DO

戦士「一応ボクにこの魔法陣の確認をさせてほしいんだよ。 もちろんキミたちのことは信用してるけどね」

僧侶(……)

戦士「なあに、ボクは石橋を常に叩きながら渡るタイプだからね……ふむふむ、いやあ素晴らしい魔法空間だ。
   これほどの高次元な魔法空間となると作成にも相当時間がかかったんじゃないかい?」

ゴブリン「誠に申し訳ございませんがこの魔法陣については私のような下々には答える権利はありません」

戦士「いやいや、気にしないでくれよ。さあ、みんなさっさと魔界へと向かおうじゃないか」

男「緊張するな」

35: 2013/10/07(月) 22:50:26.42 ID:uFVtoX+DO

戦士(頼んだよ……魔法使い)

魔法使い(…………)

ゴブリン「一瞬で長距離を移動する魔法空間ですのでもしかしたら酔ったりするかもしれませんがご容赦ください」

戦士「まあボクらがやろうとしてるのはチート行為、多少の厄介ごとは受け入れるさ」

ゴブリン「それではどうぞ、あなた方の幸運を祈っております」

男「よし、行くぞ」

――
――――
――――――

  

36: 2013/10/07(月) 22:58:22.85 ID:uFVtoX+DO

男(魔法空間……オレはこんなのに入ったことあるのか……あ、あれ?

  景色がゆがんでいく、いや、そうか。移動魔法なんだからな。
   うわあ、みんなもゆがんでいく……き、気持ち悪いかも。

  んっ……あのゴブリンも魔法空間の中に入ってないか? 目の錯覚か?)

僧侶「――な、に……おか、 ない―――― か?」

戦士「え―― な、 ん……て ―――― 」

男(なにかがおかしい? やばい、景色がゆがむどころか極彩色の光が……亜,ぁ亜ぁ頭数甘与ア当頭が……っ!?)


男「う、  うわぁ ―― 、、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ」 

37: 2013/10/07(月) 23:04:53.17 ID:uFVtoX+DO
――――――
――――
――

男「――っ!? ぷはぁっ!?」

男(なにが起きたかわからない、だがあの空間の中でなにか爆発のようなものが起きた気がしたが……)

僧侶「……っ!
   ハァハァ……ま、魔界にはつ、ついたのか?」

魔法使い「……ついた」

男「なにかあの空間にいるときおかしくなかったか? くそっ、頭が痛いし視界がボヤけて……」

戦士「ボヤくのはあとにしたほうがいいよ、勇者くん」

男「…………って、なんだよこれ!?」


38: 2013/10/07(月) 23:09:05.46 ID:uFVtoX+DO
















僧侶「……オークとゴブリンが十体ずつ、か」

男「まったく状況はわからんがなんでオレたちは魔物の群れに囲まれている?」

戦士「本来なら魔界帝都にある建物に飛ばされるはずだったんだけど、ここは普通に海辺だねー」

男「で、この状況どうするんだよ?」

戦士「そうだねえ。なんらかの手違いがあったみたいだしまずはボクらの自己紹介をして誤解を……」

魔法使い「……残念ながらそれは無理みたい。この魔物たちは酷く興奮しているみたい。既に臨戦体勢」

男「戦うしかないってことか……」

46: 2013/10/09(水) 22:56:46.36 ID:nz/DmJaUO

ゴブリン「ぐおぉ……」

ゴブリンがもっていた棍棒をいきなり勇者たちに投げつける。
勇者は自分にめがけて飛んできた巨大な棍棒をとっさに横っ飛びによける。

男「こっちは争うつもりはないがそっちがその気なら仕方ない、応戦するぞっ!」

戦士「どっちかって言うと今のは最後の通告っていう風にも思えたけどね……ていうか勇者くんは闘い方を覚えてるのかい?」

男「えっ……?」

そういえばそうだ。自分は八百年前いったいどうやって魔物たちと相対していたのだろう。
その疑問に固まってしまった勇者目がけてゴブリンたちが一斉に棍棒を投げつけた。

僧侶「勇者っ!」

ヤバイ、と思った瞬間鈍い音と共に重い衝撃が地面に走る。
勇者の目の前の砂が衝撃に津波のようにせりあがり投擲された棍棒をすべて弾いた。



47: 2013/10/09(水) 23:04:11.02 ID:nz/DmJaUO

男「な、なにが起こった?」

僧侶「あとで説明する! 全員口を閉じてろ!」

勇者の背後で僧侶が地面に向かって拳を振り落とす。
再び衝撃。
先ほどよりも遥かに膨大な砂の波が生じる。遅れて屈強なゴブリンとオークを飲み込む。

僧侶「とにかく一旦逃げるぞ」

砂の波に飲み込まれた魔物たちを無視して勇者たちを逃げ出すことに成功した。

48: 2013/10/09(水) 23:18:05.01 ID:nz/DmJaUO

僧侶「どうやら逃げ切ることはできたみたいだな」

魔法使い「先ほどの魔物の気配はかなり離れたみたい」

男「ふぅー、なんとか助かったな。
  しかし僧侶のあの砂の衝撃波の術はすごかったな」

戦士「たしかにあれのおかげでずいぶんあっさりと逃げれちゃったからね。
   それに比べて勇者くんはねえ……」

男「……むう、たしかに我ながら情けなかったが。だが次こそはこのオレが……」

戦士「まあ勇者くんの番外編は楽しみにしておくとして……これからどうしようね?
   当初の予定とはだいぶかけ離れてしまったしねえ」

男「オレたちは帝都の建物につくはずだったんだよな?
  ならどうして海辺についたんだ?」

49: 2013/10/09(水) 23:30:20.04 ID:nz/DmJaUO


魔法使い「原因は不明、ただあの魔法空間は明らかにおかしかった」

男「やっぱりそうなのか? なんか入った瞬間から気持ち悪いし光が明滅して視界がメチャクチャになったりしてヤバイなとは思ってたけど」

僧侶「あの魔界からの遣いのゴブリン……アイツがなにかした可能性は?」

戦士「その可能性はあるかも、しれないけど。
   どうしてわざわざそんなことをしたのかねえ、座標変えてボクらにオークをけしかける理由もわからないし」

僧侶「たしかにそんなことをするぐらいならあの魔法空間の中で[ピーーー]ほうが容易いか……」

男「考えてもわからないことはわからないし、とりあえずこの森を抜けよう」

戦士「そうだね、実はここが魔界でもなんでもなくて敵外諸国のどこかなんて可能性もあるしね。
   情報収集のために街へ向かおう、この森を抜ければ案外すぐそこに街があるかもしれない」

50: 2013/10/09(水) 23:41:19.58 ID:nz/DmJaUO

二時間後


男「なにが森を過ぎればすぐ街があるかも、だ。メチャクチャ長い距離歩いたぞ」

戦士「仕方ないじゃん。魔界なんて始めてくるんだから」

僧侶「……しかし、すごい綺麗で壮観な街だ。我が国よりも下手したら素晴らしいかもな。
   人もたくさんいるが、祭典であるのか」

男「ていうかこれだけ人がいる時点でここは魔界じゃないんじゃないのか?」

戦士「どうだろうねえ、とりあえずどこかで情報収集しないと自分たちの状況もわからないしこれからどう動くかにも困るからね」

少女「おやおやお兄さんたち、お困りかなあ?」

戦士「……おや、キミは? 誰だい?」

少女「ええっ!? 私を知らないの!?」

51: 2013/10/09(水) 23:51:59.97 ID:nz/DmJaUO

戦士「ゴメンね、ボクは毎日厳しい修行に身を置いてるから下界のことはよくわからないんだよ。普段は山にこもってるし。
   お嬢ちゃんはいったい誰なのかなあ?」

少女「あたしは魔界の「ミレット地区」の「ブドウの風」の看板娘だよ? 知らないのー?」

戦士「うーん、ゴメンね知らないやー」

僧侶「と言うか知らなくて当然じゃないか、ブドウの風というカフェの看板娘だろ。わかるわけがない」

少女「あれれ? バレちゃった?」

男「ていうか「ミレット」ってなんだ?」

少女「ええ!? 私のことは知らなくてもそっちは知っていようよ。
   ミレット地区は別名が「人間地区」。私たち人間の巨大な自治体だよ……ってなんでそんなこと知らないの?」

男「っていうか、待て! 魔界なのか、ここは……?」

少女「そうだよ、なにを言ってるの?」

52: 2013/10/10(木) 00:01:55.74 ID:BvMycZPrO



僧侶「見渡す限り、人であふれてるように見えるが……」

男「いや、奴隷ってことじゃないのか? 魔物たちの奴隷としてここで働かされてるってことじゃあ……」

戦士「なにをキミたちは言ってるんだ、今お嬢ちゃんははっきり自治体って言ったろ?
   少なくとも奴隷ではないし、そうじゃなくても奴隷はこんな顔してないよ」

僧侶「たしかに、な」

少女「なあにかな美人なお姉さん? 私が可愛すぎて見とれちゃってんのかなあ?」

53: 2013/10/10(木) 00:16:42.10 ID:BvMycZPrO

戦士「とりあえず彼女の店に入らないかい? ボク、歩きすぎて疲れちゃったよ」

男「一旦腰を落ち着ける、か。じゃあ四人がけできる席に案内してくれる?」

少女「毎度ありだねー、変なパーティさんたちー。
   じゃあとりあえずブドウの風にようこそ、入って入ってー」

僧侶「……無駄にさわがしいな」

男「元気があってオレは好きだな、あの娘」

戦士「おや、もしかして勇者くんは口リコンかい?」

男「オレの年齢でいったらたいていのヤツ好きになった時点で口リコン扱いされちまうけど……ってそういう意味じゃないからな!」

戦士「年齢だけでいったら仙人だからねえ」

54: 2013/10/10(木) 00:22:29.27 ID:BvMycZPrO
カフェ店内



戦士「じゃあ状況を少し整理しよう。
   ボクらは魔法空間を通って魔界には来れたみたい、ただし当初の予定とはちがうポイントに、だけどね」

男「オレが気になったのはオレたちがあの海辺についた時点で既に囲まれていたということだな。
   まるであらかじめオレたちがあそこに現れることをわかってたみたいだ」

僧侶「あのゴブリンとオークも変だったな。あれは戦闘型の魔物だが、言葉が話せない。
   本来なら指示を出すリーダー的存在がいなければならないし、あの統率の取れた動きにしても奇妙だ」

魔法使い「……」

男「ていうかここは本当に魔界なのか? とてもそんな風に見えない」

戦士「魔界についての資料は我が国にはほとんど存在しないからなあ」

戦士(まあ、存在しない、というよりは意図的にボクらが調べたりできないようになってたり、資料の存在そのものを消している……そんなとこかな)

僧侶「ここは人間の自治区らしいが……」

男「とりあえず飲むもん飲んだしここから出ようぜ。お会計たのむー」

55: 2013/10/10(木) 00:23:22.24 ID:BvMycZPrO


少女「はい、じゃあ……だね」

男「……ちょっと待った、魔界の金なんてもってない!」

戦士「あ、そーだ! あのゴブリンから本当ならこっちについてから換金してもらうはずだったんだ」

男「じゃあ金がないってこと……?」

魔法使い「…………」

僧侶「……」

戦士「……」

少女「おやおや、もしかしてもしかして、まさかのお金が払えないとか?」


62: 2013/10/10(木) 21:51:44.30 ID:BvMycZPrO

男「いやあ、そんなわけはないんだけどなあ。あははは……」

少女「やっすいドリンクかもしんないけど、そんなのがこの店の利益になって最終的には私の懐に入ってくるわけだからねえ。
   払ってもらわないと困っちゃうなあ」

男「いやいや、オレたちはべつに払う意思がないわけじゃない! ただ、その事情があって……」

少女「ふーん、ほんとに?」

男「本当だ、この真実を語る者特有の真摯な眼差しを見てくれよ」

少女「どれどれ…………まあ、お兄さんたち実際のところ悪い人には見えないんだけどねえ」

戦士「そうだなあ、もしよかったらボクらになにかお手伝いをさせてくれないかい?
   お金は払えないけどボクらの時間を代価にできないかな?」

僧侶「そんなことをしている場合ではない……と言いたいところだが完全に私たちに非があるからな」

63: 2013/10/10(木) 21:54:22.06 ID:BvMycZPrO


少女「まあ本来なら出るとこに出てもらっちゃおうかなっと思ったけどちょうどいいや。
   じゃあお言葉に甘えて、って言うのも変だけどお兄さんたちには働いてもらおうかな」

勇者「ああ、まかせてくれ。奴隷のようにはたらいてやるよ!」

戦士「キミの奉仕の精神は素晴らしいけど、できれば払えていないお金の分だけの労働しかしたくないよ」

僧侶「と言うより私たちにはやることがあるからな」

勇者「あーそうだったな。じゃあ、やっぱりそんなに長くは働かないぞ!」

少女「本当なら逮捕されてるところなんだから多少長く働かされてもお兄さんたちは文句を言えない立場なんだけどなあ。
   まあ安心してよ、そんな疲れるようなことはしないし。とりあえずあがりの時間まであと一時間だからそれまで待ってて」

男「りょうかい」

64: 2013/10/10(木) 22:06:25.52 ID:BvMycZPrO

一時間後


少女「おまたせー、さあさあ金なしの皆さんにはこれから精一杯働いていただきまーす」

戦士「てっきりボクは店内の仕事を任されるかと思ったけど森の中に来たってことはちがうみたいだね。
   残念だなあ、客の中に一人すごくボク好みのレディーがいたんだけどなあ」

僧侶「で、私たちになにをさせるんだ?」

少女「…………」

男「どうした?」

少女「見知らぬ土地でたまたま入った店をきっかけに起きるイベントに期待したのかなあ、お兄さんたちは?」

男「なにを言ってんだ?」

僧侶「それより今、「見知らぬ土地」って言ったな?」

少女「うん、言ったよ。だって間違ってないでしょ?
   キミたちは外の世界から来たんでしょ、知ってるよ」

65: 2013/10/10(木) 22:12:08.38 ID:BvMycZPrO

男「な、なんでわかったんだ……ってそうか! そう言うことか!」

少女「声大きいなあ、勇者のお兄さん」

戦士「いったいなにがわかったんだい勇者くん?」

男「コイツ、さてはオレたちの会話を盗み聞きしてやがったな! じゃなきゃオレたちが外から来たことがわかるわけがないっ!」

戦士「残念ながらそれはないんだよねえ、勇者くん」

男「なんでだ!?」

戦士「彼女の魔法の施しをボクらは受けているからね」

魔法使い「私たちの会話は周囲の人間の耳を素通りするようになってる」

男「いつの間にそんな魔法をかけられてたんだ!? まったく気づかなかったぞ!」

少女「そう言われてみると意識を傾けていないときはキミらの声は聞こえなかったなあ」

僧侶「いったいなにをお前は知っている?」


66: 2013/10/10(木) 22:25:50.14 ID:BvMycZPrO


少女「やだなあ、お姉さん怖いよお。美人の怒り顔ほど人を怖気つかせるものはないんだよ?」

僧侶「いいから話せ、お前の回答次第では……」

少女「警戒したくなる気持ちはわかるけど私はお姉さんが思ってるような人間じゃないよ?
   ただちょ~っとだけ街のうわさとか情報とかに敏感なだけのカワイイ女の子なの」

男「結局誰なんだよ」

少女「ふふふっ、教えてあげよう。私は情報屋を営んでいるんだよ」

男「情報屋? なんだよ情報屋って?」

少女「そのまま名前の通り。人が求める情報を右から左へ流す職業だよ。
   情報商売は普通にバイトをするよりもはるかに設けられるからね」

67: 2013/10/10(木) 22:27:54.89 ID:BvMycZPrO


少女「やだなあ、お姉さん怖いよお。美人の怒り顔ほど人を怖気つかせるものはないんだよ?」

僧侶「いいから話せ、お前の回答次第では……」

少女「警戒したくなる気持ちはわかるけど私はお姉さんが思ってるような人間じゃないよ?
   ただちょ~っとだけ街のうわさとか情報とかに敏感なだけのカワイイ女の子なの」

男「結局誰なんだよ」

少女「ふふふっ、教えてあげよう。私は情報屋を営んでいるんだよ」

男「情報屋? なんだよ情報屋って?」

少女「そのまま名前の通り。人が求める情報を右から左へ流す職業だよ。
   情報商売は普通にバイトをするよりもはるかに設けられるからね」

68: 2013/10/10(木) 22:38:16.25 ID:BvMycZPrO


戦士「情報屋ねえ、ボクらの国にもいないことはないけれど実際に会うのははじめてかな」

少女「そんな胡散臭そうな顔で見ないで欲しいなあ。じゃあそーだね、お兄さんたちがこの国に来て最初に襲われたモンスターを教えてあげようか?」

男「オレたちがゴブリンたちに襲われたのを知ってるのか!?」

少女「もーこれから答えを言おうと思ったのに先に言わないでよ!」

僧侶「……で? 私たちが外部から来たことを知ってるお前はいったい私たちをどうするつもりだ?」

少女「逆に聞くけどどうするつもりだと思う?」

魔法使い「……」

戦士「あまり想像がつかないなあ。それにこっちも状況的に危険になるようだったらボクらも氏に物狂いで何とかしようとするよ?」

少女「私がなんの対策も考えないでこんな森にお兄さんたちを呼んだと思う?」

69: 2013/10/10(木) 22:49:45.56 ID:BvMycZPrO

僧侶(見たところ、十五、六ぐらいの小娘だがなにかできるというのか。いや、この娘の顔…どこかで見たことあるような…)

少女「……と、まあこんなセリフを言っておいてなんだけど安心してよね。
   私は情報屋だけどこの情報を回すつもりはないし、むしろお兄さんたちにとっても悪くない話がある」

男「どういう話だよ?」

少女「お兄さんたちが用があるのはズバリ魔王様でしょ、正解?」

男「す、すごい! なんでもわかるっていうのかお前!?」

戦士「おおかた、ボクらが魔方陣から出現したのを見たんじゃない?
   魔方陣の数はかなり少ないし、ボクらは魔王の遣いを通してここに辿りついた。
   おそらくあの魔方陣がどこの誰が使ってるかわかれば簡単に理由はわかるんじゃない?」

少女「まあ想像にそこらへんはまかせるよ」

70: 2013/10/10(木) 23:02:08.52 ID:BvMycZPrO


戦士「悪くない話ってのは?」

少女「私がお兄さんたちに隠れ家を提供する。その代わりにお兄さんたちには今から一週間後にある依頼をしたい」

僧侶「お前の依頼を受ければ隠れ家を提供してくれるのか? 理由がよくわからないが」

少女「だから言ってるでしょ、依頼を受けてもらうって」

僧侶「依頼の内容は?」

少女「ひみつ。さあどうする? 私としてはお兄さんたちにはこの依頼を受けて欲しいなあ。
   決して悪い内容じゃないし」

魔法使い「……」

僧侶「どうする?」

戦士「どうする、勇者くん? ボクらのリーダーはキミだからキミにまかせるよ」

男「その依頼うけるよ!」

少女「えらくあっさり決めてくれるね、まあキミらがいいならそれでいいよ」


71: 2013/10/10(木) 23:03:49.73 ID:BvMycZPrO

僧侶「なにを根拠にこの女の話に乗った?」

男「いや、なんて言うか直感」

戦士「……まあ、いいんじゃない? このままじゃボクら野宿してしまう可能性もあったからね」

男「そうそう。と言うわけでよろしく頼む」

少女「こちらこそね」

73: 2013/10/11(金) 04:49:56.19 ID:XnQB+4rKO


男「隠れ家の地図を頼りになんとかそれっぽい場所にたどり着いたけど、本当にここであってんのか?」

僧侶「地図の通りだったらな。
   しかしずいぶんと不親切だな、あの女の子。私たちがこの街の土地に明るくないことはわかりきってたはずなのに」

男「たしかにな。

  『私はこの後もちょっと用事が色々あって案内できないけど地図渡すから自力でたどり着いてねー』って言われて来たけど」

戦士「おかげでこの街の土地に少しだけ詳しくなったけどね」

男「見たところごく普通の家みたいだな、とりあえず入るか」


キイィ……


戦士「……へえ、想像していたよりいい場所を提起してくれたようだね。
   猫の額みたいなサイズを我慢すれば調度品もしっかりしてるし全然いけるね」

僧侶「猫の額だと? 十分すぎる広さの家だ」

戦士「ゴメンごめん、ボクってば名門貴族の出身だから家も無駄に広いんだよね」

74: 2013/10/11(金) 05:16:06.77 ID:XnQB+4rKO

男「まあ無事についてなによりだ。とりあえず今日は休憩しよう」

僧侶「勇者がこの程度で疲れたのか?」

男「実を言うとかなりな」

戦士「仕方がないよ、なにせ八百歳のおじいちゃんなんだから。
   普通だったら腰は曲がって肉も皮もない骸骨の頭頂部に毛だけ生えたゾンビみたいになってるはずだしね」

男「普通だったら生きてないだろ」

僧侶「休憩するなら私は情報収集に行ってくる」

戦士「ボクも情報収集兼ねたナンパでもしてこようかな、うちの国とちがってお上品な女の子が多そうだったからね。キミはどうするんだい?」

魔法使い「私もてきとうにブラブラする」

男「みんななにかしらするのか、じゃあみんなで行動しないか? そのほうがなにかと都合よさそうだし」

75: 2013/10/11(金) 05:17:57.94 ID:XnQB+4rKO

戦士「ボクは悪いけど一人で行動させてもらうよ」

僧侶「私も少しだけ一人になりたい」

男「え? でも……」

戦士「情報収集なら手分けしてやったほうが効率がいいでしょ?」
   
僧侶「そういうことだ。私は荷物を置いたらすぐ行く」

戦士「ボクもね、善は急げと言うし」

男「……お前は?」

魔法使い「……付き合って」

男「はい?」

魔法使い「私は酒屋に行く、付き合って」

77: 2013/10/11(金) 08:12:40.86 ID:XnQB+4rKO
また夜に更新します

81: 2013/10/11(金) 23:45:09.99 ID:XnQB+4rKO

魔法使い「ここ」

男「ここか? なんか妙に暗いし静かだけど本当にやってるのか?」

魔法使い「バーだから当然」

男「バー? バーってなんだよ……って勝手に入るなよ」

魔法使い「すいている、先に注文。会計は私がする」

男「酒なんてほとんど飲んだことないからな」

魔法使い「ならビールにするといい。麦芽の粉末をアルコール発酵させて醸造したものだから酒に耐性がない人でも飲める」

男「ふーん、じゃあこれでお願いします」

魔法使い「私はブラックニッカ」


82: 2013/10/11(金) 23:54:18.60 ID:XnQB+4rKO

男「えーっとこういう時はカンパイってやるんだっけ?」

魔法使い「作法としてはグラスとグラスを合わせて音を立てるのは下品。軽くかかげるだけでいい」

男「おう、カンパイ……うげぇ、なんだこの味? こんなのがビールなのか?」

魔法使い「……」

男「……」


男(なんて言うかコイツが一番無口でなに考えてるかわからないんだよなあ。
  帽子も目深にかぶってて顔も見えないし。だいたいあの女の子から預かった金はほとんどないのにこんなとこで使っていいのか?
  そもそも情報収集ならこんなとこじゃなくてもっと賑やかなとこでやったほうがいいんじゃないのか?
  ていうかすげえ勢いで酒飲んで……席立ったと思ったらまた注文してやがる! ていうか二つグラスもってきたぞ!)

魔法使い「……」

男「すごい飲むんだな」


83: 2013/10/12(土) 00:13:33.23 ID:O3CQw78HO

魔法使い「……」

男「なあ、情報収集ならもっと活気のある酒屋とかのほうが良かったんじゃないか?」

魔法使い「……」

男「……聞いてるか? なんかもう三つ目のグラスの中身も飲み干しそうなんだけど」

魔法使い「………」

男「もしかして少しだけ顔も赤くなってないか? 大丈夫か?」

魔法使い顔「…………ヒッ」

男「ど、どうした?」

魔法使い「……あー、だいぶいい感じにアルコールが回ってきたかな。
     あー少しだけカラダが熱いし頭もポーッとするなあ、いやでもいい感じ、あーいい感じ」

男「ま、魔法使い?」

84: 2013/10/12(土) 00:24:18.64 ID:O3CQw78HO


魔法使い「ごめんごめん……あぁ、カラダがポカポカするなあ……ふふっ、ごめんね、私ってばお酒が入らないと言葉が出てこなくて」

男「え? え? いやいや、いったいどういうことだ?」

魔法使い「……そうだね、改めて挨拶させてもらおうかな。勇者くん、よろしく」

男「……!」

男(帽子初めてとったから顔見れたけど予想してたのと全然ちがう! てかカワイイ!)

魔法使い「急になにが起きているのかわからないだろうけど、ようは今の私は普段の私とはちがって酒の力を借りておしゃべりになってるわけ」

男「そ、そうなのか」

魔法使い「魔法使いっていうのは魔女狩り以降数も減っちゃったしわりと嫌われていたりするからさあ、沈黙は金ってわけじゃないけど。
     魔術の秘密を守るためにあまりおしゃべりは推奨されてないの」


85: 2013/10/12(土) 00:37:37.17 ID:O3CQw78HO
魔法使い「そういうわけで魔法使いは無口な人間が多い。私も例外に漏れず……けれど無口な人間がおしゃべり嫌いかと言えばそんなことはない。
     私は本来はおしゃべり好きなの……ふふっ、けれど脳みそと肝臓をアルコールで満たさないと言葉が出てこないんだけど」

男「……」

魔法使い「驚いている、驚いているよね……ふふっ、仕方ないね。ごめんね、本当は普段から明るく行きたいんだけどね。
     普段から色んな言葉が思考の海を狭めてるんだけど全部沈殿してるんだよ。アルコールで脳みそを熱してやってようやくクラゲみたいに必要な言葉がそこに浮いてくる……ふふふふ」

男「まあなんとなくわかったけどなんでこんなとこに来たんだ?」

魔法使い「決まってる。あなたと話したかったの。そしてきちんと話すにはアルコールが必要でそういうわけでここに来たわけ」

男「じゃあ情報収集は?」

魔法使い「ふふっ、知らない。そんなのはあの二人に任せればいい。
     今の私の興味はあなたにしかない。あなたと話がしたかったのよ」

男「オレと話したいこと?」

86: 2013/10/12(土) 00:49:40.71 ID:O3CQw78HO

魔法使い「はるか昔勇者だった存在、記憶喪失の勇者、そんな素敵な対象に興味を持たないわけがない……私はあなたのことを色々と知りたい」

男「記憶喪失のオレのことを知るって……オレが知りたいよ」

魔法使い「あなたからしたら確かにそうかも。なにせ自身の記憶を喪失してしまってるんだからこればかりは仕方ない。
     でもあなたの記憶喪失も奇妙よね?」

男「奇妙、なにが?」

魔法使い「ずいぶんとよくできた記憶喪失だなあって」

男「言ってる意味がわからないぞ、なにが言いたい?」

魔法使い「あなたの記憶は大半を失っている、しかし昔の常識などは覚えている、生きる上での知識はある。そうよね?」

男「そうだと思うが……」

魔法使い「でも記憶喪失って下手すると口がきけなかったり歩けなくなったり……結構悲惨な記憶喪失ってたくさん事例があるのよ?」

87: 2013/10/12(土) 01:07:29.08 ID:O3CQw78HO

魔法使い「そう思うとなかなかあなたの記憶喪失は都合がいいわよね」

男「たしかにまあ、そう言われてみるとラッキーかもな」

魔法使い「勇者的ラッキーよね……ううぅっ」

男「ど、どうした!?」

魔法使い「あなたと一刻も早く会話したくて……ふふっ、勢いよく酒を飲みすぎたわね。少しだけ気持ち悪い」

男「おいおい大丈夫か? なにか呪文を自分にかけられないのか?」

魔法使い「ああぁ……そうね、あなたは知らないのね。今は人体に影響を及ぼす魔法はほとんど禁止されてるのよ」

男「人体に影響を及ぼす呪文が禁止!?」

魔法使い「ええ、はるか昔のある事件がきっかけで私たち魔法使いは魔女狩りにあったわ」

男「魔女狩りって……魔法使いが裁かれたのか?」


88: 2013/10/12(土) 01:09:13.39 ID:O3CQw78HO

魔法使い「ふふっ……あぁ……うん、異端審問局によってね、たくさんの、魔法使い、殺されちゃったの」

男「異端審問が絡む上に魔法使いが殺されるって……なんで?」

魔法使い「今から五百年前、いえ、それより五十年ぐらい前かな。
     歴史はあまりわからないけど、とにかくその時代から『マジック?エデュケーション?プログラム』とかいうのが発足されたらしい」

男「それが魔女狩りと関係があるのか?」

魔法使い「はあ……ああ、ちょっと待って」

男「大丈夫かよ、ほんとに」

魔法使い「そしてその年から二十年ぐらいあとに人々の記憶が次々消失するという怪事件が相次いで起きた。
     人体に影響を与える魔術とそのエデュケーションプログラムを関連づけて、私たち魔法使いを次々と異端審問局の連中は裁いていったわ」

男「その際に魔術に制限ができたってことか」

魔法使い「ついでに言えば人体に影響を与えるという理由で魔法使い以外にも僧侶たちも多くの魔術を禁止されたわ。
     ここらへんから僧侶はギルドなどにおいてはその役目を変えて来たわ」

男「じゃあ僧侶が昔と全然やってることがちがうのも……」

魔法使い「そういうこと、時代の流れにより使える術のほとんどがダメになったから」


90: 2013/10/12(土) 01:27:42.75 ID:O3CQw78HO

男「なるほどな、なんて言うか色々としっくり来たよ」

魔法使い「……ぷはぁっ、うまい……」

男「飲み過ぎじゃないか? いつの間にまた酒を追加したんだいったい」

魔法使い「飲めば飲んだ分だけ舌が回り会話が弾むからいいの。
     まあそもそもそんなことになったのもすべては変わり者の女王のせいなんだけれどね」

男「変わり者の女王って言うのは?」

魔法使い「かつての魔王に誘拐されて結局当時の勇者に助けられたのだけど、城に戻って以降は魔物研究に没頭した人」

男「変わり者のなのか、それ?」

魔法使い「即位して以降はそのプログラムをはじめ色々な政策をしたと言われてるけど私もそこまで興味ないしよく知らない。
     ただ色々と黒いウワサの絶えない女王だったのは確かみたい」

男「今の時代は王族ですら汚職に手を染めるとは聞いたが本当なんだな」

魔法使い「汚職、とはちがうかもしれない。結局彼女は国の混乱期に氏んだわ」



96: 2013/10/12(土) 23:09:05.45 ID:O3CQw78HO

魔法使い「少しだけ休憩させて。ふぅ……まあとにかくそういうわけで私たちの能力はあなたの知っている時代の魔法使いとはだいぶちがうわ」

男「状態異常の魔法が使えない上に回復魔法までダメだなんてな……でもなんで回復魔法までダメなんだ?」

魔法使い「これについては諸説がいくつかある。回復魔法の使用者への負担を考慮してというの」

男「上級魔法だとかなり術者への反動もヤバイっぽいもんな」

魔法使い「でもそれ以上に術をかけられる側の負担を考えてのことみたい、ふふっ……これはなかなか面白い説なんだけどね。
     あの手の回復魔法って実際には術者の力量よりもかけられる側の方が重要みたいなの」

男「んー、どういうことだ?」

魔法使い「回復魔法はかけた人間の自己回復力を無理やり促進しているだけって説があるの……ふふっ、意味がわかる?」

男「えーと、うーん、なんとなくわかるような……」

97: 2013/10/12(土) 23:19:49.79 ID:O3CQw78HO


魔法使い「人間のカラダは薬草や回復魔法がなくても勝手に傷や病を治す力があるでしょ?」

男「あるな」

魔法使い「その自然治癒力を無理やり促進して回復させるのが、回復魔法の本来の力なのかもしれないっていう説が最近の研究でわかってきた。
     つまり、無理やりカラダの回復力をあげてるわけだから後々響いてくるって可能性があるの。勇者たち一行の寿命が勇者を含めて短いっていうことも資料からわかってね」

男「回復魔法が……」

魔法使い「でも考えてみれば当たり前なのかも。昔の賢者は指一本から人間のカラダすべてを作り直したとさえ言われてるわ」

男「なんて言うか月日の流れとともに色んなことがわかってきてるんだな。ていうか、お前は色々と詳しいんだな」

魔法使い「私は将来的には生物学者になるつもりだから、これぐらいは当たり前」

男「学者? なんか魔法に長けた魔法使いが学者っていうのに違和感あるんだけど」

98: 2013/10/12(土) 23:25:08.03 ID:O3CQw78HO

魔法使い「あなたの感覚からそうなのかな? でも私たちからしたら今の魔法使いはほとんどがそういう道へと進むものなのよ。
     ふふっ……たしかに私たち魔法使いが物事を論理的に考えて紐解いていく学者っていうのは、少しだけ面白いわね」

男「べつに面白くはないけど」

魔法使い「私たち魔法使いは今は人体になんらかの形で関わる職業に就くことが多いわ」

男「魔法使いは職業ではないのか?」

魔法使い「昔は魔法使いは職業扱いされたかもしれないけど、魔女狩り以降はそういう扱いはされないわ」

男「なんでだ? お前はギルドに魔法使いとして登録してあるだろ?」

魔法使い「それはそうよ。でもそれはそれで今の話とはちがうわ。
     今の私たちみたいな魔法使いっていうのは生き様や国籍みたいなものなのよ」

男「生き様……」

魔法使い「そう、あるいは人間や魔物やエルフと言った種族ね。魔法使いは職業じゃない、こんなこと覚える必要なんてないけれどね。
     だから今は学者だったり医者だったりその手の仕事に就く魔法使いがほとんどなの」

男「医者になっても魔法で身体の傷を治したりはできないんだよな?」

99: 2013/10/12(土) 23:48:20.12 ID:O3CQw78HO

魔法使い「ええ、それじゃあ意味がないから。あくまで医者は医者で魔法使いは魔法使い。
     魔法使いってだけでけっこう疎まれたりするしね、現代だと」

男「疎まれる? 魔法使いが?」

魔法使い「そうね、こういうことよ」

男「グラスを浮かせることがつまり、どういうことなんだ?」

魔法使い「私たちは普通の人間よりもはるかに手間をかけずになんでもできる。
     だから、魔法使いは人によっては職業泥棒とか畑荒らしなんて言われてね。
     筋骨隆々な屈強な男より私みたいな可憐でほっそりとした魔法使いである私のほうが、重いものを持てるっていうのはその人からしたら面白くないわよね」

男「……自分で可愛らしいとか言うなよ」

魔法使い「女にとって一番可愛いと思える生き物は自分よ。あの女傑さんだってね」


100: 2013/10/12(土) 23:49:11.07 ID:O3CQw78HO

男「女傑……僧侶のことか?」

魔法使い「そう、彼女のようなタイプの女でさえ自分が一番可愛いのよ。だって女だもの」

男「女、か……って話がズレてるぞ」

魔法使い「そうね、なんの話だったかしら? ああ、魔法使いとお仕事の話ね。
     そう、結局魔法はチートってことよ。私たちはこの力で普通の人間より楽して生きられる。普通の人からしたら面白くないし社会的にもよくないわよね」

男「土木作業とかだったら魔法を使えばかなりの早さで終わりそうだな」

魔法使い「そういうこと、社会の秩序をかつて乱した魔法使いは現代で再び秩序を乱そうとしている。疎まれるのは当然よね」

男「……」

魔法使い「ふふっ、そんな顔をしないで。私たちを嫌う人間の気持ちもわかるもの」

101: 2013/10/12(土) 23:51:22.42 ID:O3CQw78HO

魔法使い「あぁ……ちょっとまずいかも……き、きもちわるい……」

男「急にどうしたんだよ」

魔法使い「飲みすぎた、みたい……吐きそう……」

男「は、吐く!? ど、どうすりゃいいんだ!?」

魔法使い「ちょっとお手洗い……」

男「お、おう」

五分後

102: 2013/10/13(日) 00:02:42.18 ID:aF8GfrHYO

魔法使い「お待たせ」

男「おう、もう大丈夫なのか?」

魔法使い「……うん」

男「……」

魔法使い「……」

男「もしかしてもうお酒の効果が抜けたのか?」

魔法使い「……帰ろう」

男「おう」

男(酒のありとなしじゃあギャップありすぎだろ!)


103: 2013/10/13(日) 00:18:54.28 ID:aF8GfrHYO


隠れ家前


男「情報収集に行ってたあいつらは戻ってきてるかな?」

魔法使い「……」

男「オレたちは雑談しただけだけどな、なんか申し訳ないな」

魔法使い「……」

男「……あー、今日は色々ありがとうな、色々知らないことを知ることができた。オレはなにも知らないからさ……」

魔法使い「ひとつ、質問いい?」

男「なんだよ?」

魔法使い「……あなたは誰?」

男「は?」

魔法使い「……今の質問、忘れて」

104: 2013/10/13(日) 00:24:11.34 ID:aF8GfrHYO


戦士「やあおかえりー、勇者くんたち。二人でいったい仲睦まじくなにをしてたのかな?」

男「お前こそなにしてたんだよ?」

魔法使い「……私は寝る」

戦士「また明日ねー、おやすみ」

男「……おやすみ」

魔法使い「おやすみ」

男「で、お前はなにをしてたんだよ?」

105: 2013/10/13(日) 00:31:45.72 ID:aF8GfrHYO


戦士「言ってたじゃん、情報収集に行くって」

男「なんかわかったことはあるのか?」

戦士「聞いてくれよ! この街の女の子ってすごくカワイイ娘が多いんだよ、いやあ酒屋のお姉ちゃんなんておしゃべり上手だしなかなか楽しめたよ」

男「いや、そういうことじゃなくて……」

戦士「カワイイ娘はうちの国でもけっこういるんだけどいささか上品って言うかね。
   よく言えばおしとやかだけどさ、楽しく話せる女性の魅力って言うのは美しさに勝ると思うね」

男「……そうじゃなくて。なんかもっとあるだろ?」

戦士「カワイイ女性が多い、これ以上に有益な情報はあるのかい?」

男「お前なあ」

戦士「ただ……」

男「なんだよ?」

106: 2013/10/13(日) 00:46:00.88 ID:aF8GfrHYO

戦士「どうも魔王軍の警備が強化されているみたいだね、お姉ちゃんたちに聞いたよ」

男「魔王軍の警備が強化?」

戦士「空をよーく見てみるとわかるんだけど何体かのワイバーンがいるみたいなんだ、なんのためかはわからないけどね」

男「もしかしてオレたちがここに来たことと関係あるのか?」

戦士「現時点ではなんとも言えないけど、魔王の宿敵である勇者とその同行の使者が来るんだから警戒は正しいことではあるけどね」

男「オレたちそういえば、オークたちに襲われたけどそっちと関係がある可能性があるよな」

戦士「どれも考えてもキリがないよ、現時点ではボクたちはこの国のことをよくわかっていないし判断材料があまりに少なすぎる」

107: 2013/10/13(日) 01:00:26.37 ID:aF8GfrHYO



男「あとあの女の子のことも気になるよな。ここには来てないんだろ?」

戦士「うん、そうみたいだね」

男「あの女の子は何者なんだろうな。ただものではないみたいだけど、味方かどうかもわからないからな」

戦士「ボクのシックスセンスが正しければ彼女は敵であり味方だよ」

男「どっちだよ!?」

戦士「さあ? 言ってるだろ、判断材料が足りなさすぎるんだよ。今の時点で考えたところでなにもわかりゃしないよ。
   ああでもね、街をうろちょろして思ったことなんだけどね」

男「なんだよ、また女の子がカワイイとかそういうのはいいぞ」

戦士「まあそれもあるしそれが一番ボクには重要だけど。この街の人間はみんななかなか幸せそうだよ。
   それになによりボクが驚いたのは……」


108: 2013/10/13(日) 01:01:33.41 ID:aF8GfrHYO


戦士「魔物と人間がごく普通に一緒に飲んでたことだよ」

男「魔物と人間が仲良く酒を飲んでったて……マジか。街の酒場で飲んでたのか?」

戦士「うん、びっくりだよね。ていうかボクも様子見がてらそばの席に寄ったらゴブリンのおじさんと飲み比べするハメになっちゃったよ」

男「なにやってんだよ、目立ったんじゃないのかそれ?」

戦士「ちょっとしたイカサマをして勝っちゃったからねえ、拍手喝采を浴びちゃったよ」

男「おいおい」

戦士「さあ勇者くん、ここでボクからの質問なんだけどさあ」

男「なんかさっきも魔法使いからも質問されたんだけどな、なんだよ?」

戦士「キミは勇者でありかつては魔王を滅ぼした。
   いや、勇者でありながら記憶喪失のキミにこんな質問をするのはおかしいかもしれないんだけどさ」

男「まわりくどいぞ、なんだ?」

戦士「ははは、ごめんね、時折回りくどくなるのはボクの悪いくせだ。話を戻そう、そしてボクはこの街をなかなかいい街だと評している。
   さて、そんなステキな街を、人間と魔物を共存させる夢のような街を創り上げた魔王をキミは倒すのかい? 勇者として、勇者の使命に則って」

109: 2013/10/13(日) 01:08:49.18 ID:aF8GfrHYO

男「え? いや……」

戦士「冗談だ、今のキミにはこの質問への解答を求めちゃいない。だいたい記憶喪失のキミが勇者なのかっと言ったらちょっとビミョーじゃないかい?」

男「オレは……」

戦士「まあまた明日時間があったら話そうよ。さすがに今日は飲みすぎた、それに疲れた」

男「……僧侶のやつは? あいつもお前と同じで情報収集へ行ったんだろ?」

戦士「彼女なら一番乗りで帰って来たよ。それにもう寝てる、僧侶だから朝が早い代わりに夜も早く寝るのだろうね」

男「そうか」

戦士「ボクも明日に備えて寝るよ、おやすみ」

男「おやすみ……」

110: 2013/10/13(日) 01:18:35.56 ID:aF8GfrHYO


勇者の部屋にて


男(参ったな……目が冴えちまってベッドについてから二時間以上たってんのにまだ眠れない)

男(魔法使いと戦士に言われたことが引っかかってんのかな、よくわかんないけどモヤモヤする)


魔法使い『あなたは誰?』

戦士『魔王を倒すのかい? 勇者として、勇者の使命に則って』


男(そもそもオレは何者なんだ? お前は勇者だと王に言われて他の連中もそういう扱いをしてきたがオレの記憶はあまりにあやふやだ)

男(いや、まったくないわけじゃない。だがそれらの記憶に自信と実感を持てない。まるで他人から見聞きしただけのような、あるいは物語を読んだような不確実な感覚)

男(仮にオレが勇者としてオレはどうすればいい? 王の言うとおりにしていればいいのか? 魔王はどうすればいい?)

男(オレはなんなんだ?)

111: 2013/10/13(日) 01:29:05.27 ID:aF8GfrHYO


次の日、早朝


男「結局ほとんど眠れなかったな……なんか空も明るくなってきたし軽く外の空気でも吸うかな」


………………


男「お前、もう起きてたのか?」

僧侶「勇者か、お前こそずいぶんと早いな。昨日は眠れたのか……って聞くまでもないな、その顔を見れば」

男「ちょっとな。この国に来て感情が高ぶってんのかなあ? なかなか寝れなくてな、そんでもう寝るのはやめたわけだ。
  お前はこんな朝早くからなにやってんだよ?」

僧侶「食事の準備をすまして祈祷を終えたところだ、私も一応は神に仕える人間だしなにより習慣で朝は早い段階で目が覚めてしまう」

男「そういやお前、僧侶なんだよな」

僧侶「なにを今さら」

男「昨日の戦闘を見てすっかり忘れてたよ」

112: 2013/10/13(日) 01:35:52.41 ID:aF8GfrHYO

僧侶「どういう意味だ?」

男「深い意味はないよ、ただ昨日はお前のおかげで助かったからさ。そういえば礼をまだ言ってなかったな」

僧侶「気にしなくていい、お前はまだ戦闘の記憶を取り戻してないんだろ?」

男「まあ、そんなところなんだろうな。
  あ、じゃあこういうのはどうだ? オレとお前で手合わせをすればオレもお前も鍛えられて一石二鳥じゃないか?」

僧侶「程よくなら付き合わないこともないが」

男「ありがとな、助かる。いやあ、お前の昨日の拳を地面に叩きつける技すごかったな、アレ教えてくれよ」

僧侶「べつにいいけど……」

男「サンキュー、オレもみんなの足を引っ張るわけにはいかないからな、がんばるぜ。お前に稽古つけてもらえればすぐに強くなれそうだ」

113: 2013/10/13(日) 01:47:34.13 ID:aF8GfrHYO


僧侶「むやみやたらに持ち上げるのはやめてくれ。私はそういうのが苦手なんだ」

男「なんでだよ? 素直にオレはすごいと思ってるんだ。
  厳しい修行を積んで精神的にも肉体的にも強くなって昨日みたいな闘いができるんだろ? やっぱり学校で鍛えるのか?」

僧侶「……私は尼僧学校には通ってないんだ」

男「じゃあどうやって僧侶になったんだ?」

僧侶「…………今より五、六年ぐらい前に父に教会に入れられて僧侶見習いになったんだ」

男「そんなこともあるのか。でもそれって珍しいのか?」

僧侶「わからないが珍しいことでもないんじゃないか? 実際孤児なんかは教会に預けられてそのまま僧侶になってる者もいるし」

男「ふーん、色々とパターンがあるな。でもなんで僧侶になったんだ? 学校にも行ってなかったならお前の実力ならギルドとかでも余裕でやっていけそうなのに」


114: 2013/10/13(日) 01:54:08.90 ID:aF8GfrHYO




僧侶「……当時の私は優柔不断を極めたような人間だったからな。昔の私が今の私を見たら驚愕するかもな」

男「なんか意外だなあ。お前のことはよく知らないけど堅物そうだし根っからの僧侶気質かと思ってた」

僧侶「もし最初から私が僧侶の道を志していたならここまでの戦闘力はもたなかっただろうな」

男「それってどういうこと?」

僧侶「……」

男「なんで黙るんだよ、教えてくれよ」

僧侶「あぁ神よ、なぜこのような恥を晒すような真似を……」

男「急に僧侶っぽいこと言うなよ」

僧侶「うるさい」

115: 2013/10/13(日) 01:55:48.44 ID:aF8GfrHYO

僧侶「昔の私は勇者のような、強い存在になりたかったんだ。いや、と言うより単純に勇者になりたかった」

男「本気で言ってるのか?」

僧侶「私は冗談は苦手だ。だいたい尼僧学校でだってここまでの戦闘スタイルを築き上げるような修行はしない、もちろん教会でもだ」

男「ていうか教会で見習いやってたって言うならなおさら肉体に関してはなにもしてないよな?」

僧侶「そういうことだ、だから今の戦闘能力は教会に入る以前に身につけたものだ」

男「勇者にあこがれてか? でもなんでまた勇者に?」

僧侶「あるおとぎ話の本が昔から家にあって、それを読んでハマったんだ」

男「へえ、どんな話なんだ?」

僧侶「簡単に言うと、この世界は実は勇者と魔王のためだけに存在しているっていうおとぎ話だ」

123: 2013/10/13(日) 19:36:37.38 ID:p641bfYaO

男「この世界が勇者と魔王のために存在しているってそんなわけないだろ」

僧侶「もちろんおとぎ話の中の話にすぎない。ただ今みたいに国争い……人類どうしの戦争とかなんてものがなかった昔は魔王というのは人類共通の敵であったからな」

男「今だって魔王は人間にとっての敵だろ?」

僧侶「もちろんそうだが、今の時代は我が国でも国家間の争いや関係のほうにばかり傾注しているからな」

男「人間の敵は人間ってわけか……話が逸れたな、勇者に憧れてそれでなんだったけ?」

僧侶「逸れたのではなく逸らしたんだけどな……。
   まあ見ての通り結局私はこうして僧侶をやっている」

男「諦めたってことか?」

僧侶「そんな大仰な言い方をするまでもない。挫折したとかじゃなくてなんとなくやめただけ」


124: 2013/10/13(日) 19:47:56.02 ID:p641bfYaO

男「なんとなくってなんだよ」

僧侶「なんとなくはなんとなくだ。気づいたらそういう夢をもたなくなった。
   そういえば勇者一行の誰かが書いた自叙伝かな、そういうのを読んでそれでやめようと思ったのかもしれない」

男「自叙伝? 冒険の書とかそういうのか?」

僧侶「おそらく。あまりに想像とかけ離れていたからな。
   私はもっと和気藹々としたものを想像していた。パーティを組んで時々衝突とかもするけど仲良く、そして苦難の道ではあるが最後は魔王を倒して誰一人氏なずに円満に終わる。
   そんな風におとぎ話のような旅を想像していたがやはり現実はそんなに甘くないみたいだ」

男「まあ、おそらくそうなんだろうな」

僧侶「いつか記憶をお前が取り戻したならその冒険譚も聞いて見たいけど……いや、やっぱりいいか」

男「……パーティ組んで冒険とか今はしないんだよな?」

僧侶「今そんなことをやっても無意味だからな。いくら選りすぐりのパーティでも数人しかいないんじゃ、ものの数で強引に押し切られるだろうな」

男「そもそも今は魔物が国の中にいるんだから、まず国内へ侵入するっていう課題があるんだもんなあ」

僧侶「昔は意外と魔王の城の付近に街があったりしたらしい。なぜか魔物側からもなにもされなかったらしいけどな」

125: 2013/10/13(日) 19:51:08.90 ID:p641bfYaO


男「なんて言うかお互いにアホだな」

僧侶「まあ少なくとも人間側にはなにか事情があったのだろう」

男「どうだかな。ていうか結局勇者とか諦めたのはなんとなくなのかよ」

僧侶「そうだ、なんとなくだ。それに今だからこそ思うけど私は団体行動には性格的に向いていないからな。少なくともパーティを組んで冒険なんて無理だ」

男「団体行動が無理って、教会の僧侶ってたしかかなり団体行動をしいられている気がするんだが」

僧侶「そのとおりだ。朝は起きれば朝食や礼拝やら会議やらで常に誰かといるからな。部屋は狭い上に四人で共有して使う。
   女だらけの教会は意外と人間関係も面倒だしな。毎日が共同生活だから人間関係は濃いし、なにより気を遣わなければならない」

男「なんか聞いてるだけで疲れるな」

僧侶「二年前に使徒職の関係でその教会から出て、今は人里離れた山の教会に仕えているからだいぶマシになったけどな」

男「へえ、そう言えば山にも教会って稀にあるもんな。でも山なんかでなにやってんだよ?」

126: 2013/10/13(日) 20:04:05.86 ID:p641bfYaO

僧侶「基本的には信徒に勉強を教えたりとか掃除とかだが、場所が場所だけに来る人間の数も少ない。
   私みたいなゴリゴリの戦闘タイプは森で人の管理が行き届いていない魔物の退治とか、時々相談事でやってくる信徒の案内なんかをしている」

男「なんか絵が想像できるな」

僧侶「ここ数年は勇者が現れなくなったことにより教会の権威はさらに落ちていて、うちみたいな辺境の教会に来る人間も減ってるからな。
   それで使徒職の一環としてギルドに登録して働くことしたんだ。おかげでけっこう金は入って最近は欲しい本を手に入れられる割合が増えた」

男「そういやお前って魔界好きらしいけど、そういうのも本で調べたりしてるのか?」

僧侶「魔界好き? ああ、あの軽薄そうな男が言っていたことか。べつに私は魔界好きなんかじゃない」

男「あれ、でも……」

僧侶「たしかに一時期魔界に関する書物を読み漁っていたが、それは魔物の起源を知ってより効率よく魔物を倒すためという目的が一つ。
   それと書物によってあまりに魔界に関する記述がちがいすぎてどれが正しいのか妙に気になったのも一理由の一つ。
   あとは……まあ色々あるが魔界好きというより魔物好きのほうがまだしっくりくるな」

男「なんかお前、いろいろ変わってるな」

僧侶「そうか? まあたしかにそんなことは時々言われるから否定はできないな」

127: 2013/10/13(日) 20:16:46.33 ID:p641bfYaO



男「て言うか意外とお前っておしゃべりなんだな。てっきり相手してもらえないかと思った」

僧侶「いや、意外と話すのは嫌いじゃない。信徒への説法とか同僚と仕事で話したりするのは好きじゃないが。
   こういう雑談は好きだ、普段と違って素の口調で話せるしな」

男「なるほどな」

僧侶「それに短い期間とは言え、私たちはパーティだ。こういう余った時間を交流に充てることはわるくない」

男「そうだな、オレたちはパーティだ。よろしく頼む」

僧侶「ああ、こちらこそ……ってなんだその手は?」

男「なに言ってんだよ、握手に決まってるだろ」

僧侶「そうだな……えっとよろしく頼む」

男「おう」

128: 2013/10/13(日) 20:34:06.93 ID:p641bfYaO

僧侶「……」

男「……なんだよ、オレの顔変か?」

僧侶「いや、そう言えば目の前の男はかつては勇者なんだな、と思ってな」

男「まあ今はただの記憶喪失野郎だけどな」

僧侶「……国で魔界に関する資料や文献を漁っていたという話、さっきしたな」

男「うん? ああ、したけど」

僧侶「私は昨日は結局この街の図書館に行って幾つかの資料を読んだ。うちの国の書物とは書いてあることが全然ちがった。
   うちのはおそらく十中八九嘘の内容が意図的に書かれている」

男「……それで?」

僧侶「私はこの国の人間が不幸だとは思えない。そこでだ、勇者。私からの一つ気になることがあるがいいか?」

男「質問、ってことか。最近よくされるなあ……なんだよ?」

僧侶「お前は記憶を失っているとは言え勇者だ。その勇者の使命は昔だったら魔王を倒すことだったろ。
   今のお前は勇者としてなにをどうしたらいいと思う?」

129: 2013/10/13(日) 20:36:05.07 ID:p641bfYaO

男「……」

男(オレの使命……それはなんなんだろ? そういえば戦士のヤツにも似たような質問されたな。いや、そもそも……)

男「なんでオレは復活させられたんだ?」

僧侶「なんだ、藪から棒に」

男「ああ、悪い。ふと気になったんだよ。
  どうして過去に自分を封印したオレを復活させる必要があったのかなって」

僧侶「それは次の勇者が現れないから……」

男「じゃあどうして次の勇者は現れないんだ?
  これは王から聞いた話だけど、魔王はかれこれ四百年以上もの間生きているんだろ。うん、あれ? 
  魔王を倒したから勇者なのか? 勇者だから魔王を倒すのか……どっちかわかんないぞ」

僧侶「それについては説がいくつかあるがだいたいは、はじめから世界に生まれた時点で勇者は決まってるという説だな。
   神から予言されてる、みたいな話は聞いたことがある」

男「神からの予言? なんだそりゃ」

僧侶「私にも詳しいことはわからない、と言うよりこれはどちらかと言うと宗教学的な話で理解できない」

男「お前僧侶じゃん!」

130: 2013/10/13(日) 20:43:03.00 ID:p641bfYaO


僧侶「その手の学問は色々と難しいんだ。まあ勇者の生態系的なものは、魔法使いや賢者の学者たちも研究しているからひょっとしたら彼女はなにか知ってるかも」

男「魔法使いか……そう言えばあいつはなにか知ってそうな口ぶりだったな」

僧侶「ただ、これは個人的な私の意見だが勇者はやはり世界、あるいは運命によって生まれながらにして決められているんだと思う」

男「なにか根拠はあるのか?」

僧侶「ある著名な歴史家の勇者と魔王の年代記を読んだことがあるんだ。その記録には勇者と魔王の争いの記録が記されている。
   その記録が正しければ勇者と魔王は両者が存在する限り間違いなく争っている」

男「なるほど。でもそれってある意味当たり前じゃないか。自分たちにとっての脅威がいるんだから闘いには行くだろ、たとえ勇者じゃなくても」

僧侶「いや、もう一つ興味深い記録がある。
   ほとんどの闘いにおいて人類は勝利している、勇者は魔王に勝っているということだ。だが、その一方で魔王を倒したあとの勇者はほとんど例外なく十数年の間に亡くなっている」

男「……」

僧侶「そしてたとえ勇者が氏んでこの世からいなくなったとしても、魔王が復活することでまた新たな勇者が国を出てパーティを組んで魔王を倒しに行っている」

131: 2013/10/13(日) 20:52:13.18 ID:p641bfYaO


男「つまり、やっぱり勇者ははじめから世界だか運命だか知らないが、とにかく決まってるってことか」

僧侶「おそらく」

男「じゃあやっぱり次の勇者が現れないのはおかしいよな?」

僧侶「……そうなるな。だがこれで一つはっきりしたことがある。
   新たな勇者が誕生しないゆえに氏なずに封印されていたお前が復活させられた」

男「まあ、そういうことだよな。で、なんで新しい勇者は出てこないんだ?」

僧侶「私に聞かれてもわかるわけがないだろ。むしろ勇者であるお前が知ってることじゃないのかそれは」

男「残念ながらオレは記憶喪失だ。記憶があってもわからないような気がするけど」

僧侶「まあこれ以上は考えても仕方ないんじゃないか」

男「それもそーだな。よしっ!
  そうとわかりゃ組み手やろうぜ、勝負だ!」

僧侶「こんな早朝からか?」

132: 2013/10/13(日) 20:58:16.07 ID:p641bfYaO


男「身体を動かすのは気持ちがいい朝に限ると思うんだけどな」

僧侶「……まっ、軽く手合わせならしてやる」

男「んじゃ、簡単な準備運動をしたら始めようぜ」

僧侶「望むところだ」


………………………………………………………………


僧侶「……大丈夫か?」

男「あ、イテテテ……あうぅ、普通に完敗だったな。我ながらあまりに情けない」

僧侶「仕方がないんじゃないか? 記憶がないんじゃ闘いの仕方だって忘れてるってことだろ?」

男「そうなんだけどさ」

僧侶「それにお前は私に合わせて拳で闘ったからな。得物があればまたちがったかもしれない」

戦士「やあやあ、朝から暑苦しくなにかしていると思ったらなんだい、手合わせかい?」


133: 2013/10/13(日) 21:08:23.71 ID:p641bfYaO


男「……お前か、おはよう」

戦士「派手な物音がするから目が覚めちゃったよ。朝から元気がいいね、二人とも」

男「少しでも訓練とかしておかないと、と思ってさ。このままじゃオレはみんなの足を引っ張ることしかできないからな」

戦士「へえ、なかなか気丈だね。そうだね、今のままだと足手まといにしかならなそーだからね。なんならボクが手取り足取り教えてあげようか」

男「そういやお前が闘ってるところはまだ見てないな」

戦士「そうだっけ? まあどーでもいいや、いいよ、魔法使いちゃんが起きるまでの間稽古付けてあげよう」

男「ずいぶんと上から目線だな、いいぞ。望むところだ」

戦士「本気で来ていいよ、ボクは強いからね」

…………………………………………………………………


134: 2013/10/13(日) 21:20:17.08 ID:p641bfYaO

男「ハァハァ……本当に、つよ、いんだな……」

戦士「おやおや、ずいぶんと奇妙なことを言うねえ。ボクはこれでもこの若さで幾つかのギルドを任されてるんだよ。
   弱肉強食の世界なんだから強く、そして賢く戦わなきゃ上にはのし上がれないんだ」

男「くそっ……」

僧侶(この男……軽薄そうな外見とは裏腹に実に堅実な闘い方をしている。
   基本的には素早く出せる低下力の魔法で攻撃しつつ、相手に近づかれたら剣術で素早く相手をいなして距離をとる。
   基本的なヒットアンドアウェイ戦法だが、ここまで洗練されているのは初めて見る)

戦士「まあキミも頑張ったんじゃない? 勇者くん、でもまだまだダメだよ、それじゃあまるでダメだ」

男「……くそっ」

戦士「また機会があったら相手してあげるよ」

男「……次は見てろ、次は勝てなくてもいい勝負ぐらいはしてやる」

戦士「期待しているよ、せいぜいガンバってね」

135: 2013/10/13(日) 21:28:04.31 ID:p641bfYaO


…………………………………………………………


男「打ち所が悪かったせいか歩くだけで足が痛いな」

僧侶「薬草軟膏を塗ったから多少はよくなるだろうが……ひどくなるようだったら言ってくれ」

戦士「うーん、情けないねー勇者くんは。そんなんで大丈夫なのかい?」

男「うるさい」


男(魔法使いが起きたあと僧侶が作った朝食を食べて、休憩を挟んだあと、オレたち四人は街へ繰り出した。
  目的は今回の隠れ家を貸してくれた女の子を探すためと、魔王と連絡をとるための手段を模索するため。提案者は戦士だ)


戦士「さてさて彼女が働いている喫茶店にでも行けばおそらくバイトしてるんじゃないかなあ、と思うんだけど……って、勇者くんはちょっとキョロキョロしすぎじゃない?」

男「いや、だって本当に魔物が普通に街を歩いてんだもん」

魔法使い「ここではそれが普通。慣れて」

男「うん、まあわかっちゃいるんだけどな、とっ、案外早くついたな」

136: 2013/10/13(日) 21:35:32.93 ID:p641bfYaO


少女「いらっしゃいませーってお兄さんたちじゃん? なに、どうしたの?
   まさかまたここのコーヒー飲みにきたのかな、まあ安いしそこそこコクがあってうまいから評判いいからね」

戦士「たしかになかなかその水だしコーヒーはうまかったけど今回はキミ自身に用があってね」

少女「私? えー今バイト中だから手がはなせないんだよねー」

僧侶「どれぐらいで仕事は終わるんだ?」

少女「あと三時間ぐらいかな、あっ、おじさんいらっしゃーい」

 「おう、今日もいつもの頼む……ん?」

戦士「あっ……昨日のゴブリンの……」

ゴブリン「おい、お前!」

男「なんだ、お前の知り合いなのか?」

137: 2013/10/13(日) 21:44:06.59 ID:p641bfYaO

戦士「いや、知り合いというのとはちょっとちがうかな」

ゴブリン「そうだな、オレたちゃソウルメイトだからな! なあ!?」

戦士「えーっと、あれ? ソウルメイト、あーうん、そーだったけなあ」

僧侶「なんだソウルメイトって?」

ゴブリン「おいおい、この俺に飲み勝負で勝つツワモノのくせに、もっと堂々としろよ! あぁ!?」

戦士「イタイイタイっ、背中叩くのやめてくれよ~」

男「……なんか仲よさそうだな」

ゴブリン「おい、若いの。コイツらはお前の連れかなんかか?」

戦士「まあそんなところかな。しかしなんでこんなとこにおじさんはいるんだい?」

ゴブリン「ここのブラックを朝は絶対飲むようにしてんだよ、俺は朝が苦手だからな。
     それにモーニングだとトースト三枚とスクランブルエッグとデザートがタダで食えるからな」

少女「おっちゃんはうちの店の常連だからのサービスであって、キミたちの場合はトーストは一枚しかついてこないよー?」

138: 2013/10/13(日) 21:53:44.94 ID:p641bfYaO


僧侶「そんなことはどうでもいい。だいたい私たちはここで朝食をとるつもりはない」

戦士「目的はキミ自身だからね」

少女「えーなんか、目的はキミ自身ってエOチな響きー」

僧侶「おい」

少女「やだーお姉さんってばだから顔が怖いってー。お兄さんたちの言いたいことはだいたいわかるからー
   とりあえずこの街のどこかで時間潰しておいてよ」

男「そうだな、じゃあまた時間になったらここに戻ってくるか」

ゴブリン「おい、若いの。また今日時間があるなら酒屋に顔出しな。もう一度勝負だ、勝負!」

戦士「え? あー、うん気が向いてなおかつ時間があったらね?」

ゴブリン「待ってからな、這ってでもこい!」

戦士「あ、あははははは……」

男「えらく絡まれてんな」

戦士「勘弁して欲しいよ……」

139: 2013/10/13(日) 22:04:01.93 ID:p641bfYaO


………………

僧侶「そういうわけで時間を潰すハメになったが、しかし、どうする? 情報収集とかも今の状態で下手なことはできないしな」

戦士「迂闊なことを言うと一発でボクらが外部の人間だってわかるからね」

男「……ほえー」

僧侶「どうした、さっきからキョロキョロとしてばかりで口も開きっぱなしだし」

男「いやあ色んな魔物が街を歩いてるんだなあと、思ってさ」

僧侶「あれはオーガだな、どうもこの人間地区、ミレットには屈強な魔物が多くいるんだな」

戦士「と言うよりここにいる魔物はそういう系統が多いみたいだね」

男「でもここって人間の管理する街っていうか、自治区なんだろ? なんで魔物たちがいるんだろ?」

戦士「ささいな問題じゃないのかい?」

僧侶「昨日、私がこちらの文献で調べて得た情報によるとこの街は間違いなく人間地区と呼ばれる人間の自治区だ」

140: 2013/10/13(日) 22:12:38.66 ID:p641bfYaO



男「じゃあなんで魔物が?」

僧侶「人間が管理しているから人間地区なんて呼ばれてるだけで、この街の創設にはゴブリンやオーク、他にもデーモンなんかの魔物が関わったらしい」

男「たしかに力作業は人間より魔物がやったほうが効率いいもんな」

僧侶「そういう歴史があるからこちらの人間は自治区であったとしても魔物たちを受け入れるみたいだ。
   そういう文化や風習がもはや完璧にできているんだろうな、完璧とまではいかないがなかなかいい関係を築けているみたいだ」

男「なんかなあ」

戦士「勇者くん、キミの思うことはだいたいわかるけどなんでもかんでも自分の物差しで考えるのはよくないんじゃない?」

男「そうだな、そのとおりなんだけどそれでもなんだかモヤモヤした感じは残っちまうな。
  あ、でもこっちの人間地区の方に魔物がいるなら、逆に帝都の方には人間いるのか?」

僧侶「それについてだが、いるみたいだな」

141: 2013/10/13(日) 22:23:23.12 ID:p641bfYaO

僧侶「ただこちらの人間地区とは違ってあちらに行ける人間は限られているようだ」

男「どんなヤツがあっちに行けるんだ?」

僧侶「制度の名前は忘れてしまったんだが、魔界には人材補給制度及び人材育成制度がきちんと整えられているみたいだな」

男「どういうことだ?」

戦士「勇者くんバカだからわかりやすく説明してあげて」

男「……おう、頼む」

僧侶「簡単に言えばこちらの人間地区で暮らせない人間を自分たちの奴隷、というか遣いというか、とにかく幾つかの基準に則って帝都の貴族たちが人間の子どもを引き取るらしい。
   そうして選ばれた子どもは奴隷として主人に仕えるそうだ」

男「なんだよ、それ! 人間側には選択権はないのかよ?」

僧侶「私が調べた範囲では任意で、なんてことはないみたいだ」

男「それって子どもと親は引き裂かれて、しかも下手したら一生会えないかもしれない上に奴隷にされてしまうってことだろ?
  そんなのいいわけないよな!?」

戦士「うーん、どーだろうね」

142: 2013/10/13(日) 22:30:05.18 ID:p641bfYaO


男「なにがどーだろうね、だよ!? 許せるのかよ、そんな理不尽なこと」

戦士「落ち着いてほしいな、勇者くん。たしかにキミの意見はごもっともだよ、でもこれは考えようによっては素晴らしい制度とも言えるんじゃないかな?」

男「……どういうことだよ」

僧侶「つまり人間地区にすら住めない人間っていうのはそれだけ貧しいってことだ。この国に住む以上は国民のすべてが人頭税を払わなければならない」

男「だからなんだよ」

僧侶「それすらも払えない貧しい家庭の子どもはさぞひもじい思いをしているんだろうな。
   だがこの制度によって少なくとも選ばれた子どもは、奴隷という立場ではあっても貴族の遣いだ、今までと比較にならない良い生活が約束されるだろうな」

男「……」

僧侶「それにこの制度にはまだ続きがある。選ばれた子どもは基調な人材として大事に育てられる。
   やがてはその奴隷たちから軍を束ねる地位になれる可能性や騎士として勇猛果敢に戦うチャンスが生まれる」

戦士「一見勝手に奴隷にされちゃう上に家族とも引き裂かれてしまうヒドイ制度かもね。でもね……」

僧侶「見方を変えればその魔物貴族の奴隷になる代わりに立身出世のチャンスをつかむことのできる制度なわけだ。
   実際この国には魔物の軍を束ねる人間も多くはないけど存在しているみたいだ」

143: 2013/10/13(日) 22:41:04.26 ID:p641bfYaO



男「…………そうか」

僧侶「こういうことを言われるのはイヤかもしれない。でもお前の気持ちは私にも多少はわかる。一番始めに知った時は私とお前と同じような憤りを感じた」

戦士「でも物事は一つの面から見るのでなく、色んな方面から見るものだ。そしてそうすることで新しいことが見えてくる、今回みたいにね」

男「……その、さ」

戦士「なんだい、勇者くん?」

男「オレみたいな頭の悪いヤツにもわかるように教えてくれてありがとな……あっ、言っておくけど嫌味とかじゃないからな」

戦士「知ってるよ、キミがそんな嫌味なんてものを思いつく脳みそを持ってるわけがないからね」

男「なんだとぉ!?」

魔法使い「待って、あれは……」

男「ん? どうしたんだ魔法使い?」

144: 2013/10/13(日) 22:50:31.41 ID:p641bfYaO

戦士「あの建物の影に隠れるんだ!」

男「お、おうっ!」


…………………………


僧侶「少人数とは言えなぜこんなところに騎士の部隊が……しかも、あの先頭で先導している騎士は……」

戦士「これは驚いたね、人間が指揮しているのもそうだけどその人が乗っているのはペガサスだね」

男「ペガサス……初めて見るタイプの魔物だ」

戦士「ここ数十年の間で見かけられるようになった魔物だからね、キミが知らないのは当然だ」

僧侶「あとは人型サイズの魔物と一番後ろにいるのはトロールか」

男「て言うかわざわざ隠れる必要はなかったんじゃないか?」

戦士「いや、こんなとこにおこらくは帝都から来たであろう騎士が率いる隊がいるんだ。もしかしたらボクらを探しているのかもしれない」

145: 2013/10/13(日) 22:57:19.91 ID:p641bfYaO

僧侶「どうする……?」

戦士「このまま抜けられるなら路地裏から抜けようかと思ったけど無理みたいだしね」

男「魔法使い、お前近距離系の空間転移魔法とか使えないか?」

魔法使い「……」

男「魔法使い?」

魔法使い「空」

男「そら? 空っていったい……ってワイバーン?」

戦士「建物の間にいるせいでそんなには見えないけどそれでも今、ボクらの上を三体はワイバーンが過ぎてったね」

僧侶「まさか本当に私たちを探して?」

男「おいおい、どうすりゃいいんだ」

少女「お兄さんたちー」

男「ぬおあ!? お前っ、どうしてここに!? ていうかどうやって壁しかない背後から現れた!?」

146: 2013/10/13(日) 23:06:05.54 ID:p641bfYaO


少女「あーんもうっ! 質問多すぎるよ! とりあえずこっちこっち」

戦士「なるほどね、この店の勝手口から出て来たんだね」

僧侶「それっていいのか?」

少女「はいはい、細かいことはあとにしてとりあえずこの場は退散するよ」


………………………………


店内


戦士「とりあえずはキミのおかげで助かったよ」

少女「ホントに感謝してよねー。バイト抜けて来ちゃったし、まあ実際にはキミらが思ってるよりも全然深刻な状況じゃなかったけどね」

男「そうなのか?」

少女「今、騎士さんたちやワイバーンが空を徘徊しているのにはべつの理由があるんだよ」

男「なにか起こってるのか?」

147: 2013/10/13(日) 23:07:03.70 ID:p641bfYaO


少女「かなり深刻なことがね、起きてるんだよ」

男「もったいぶらずに教えろよ」

少女「私の手に入れた情報が正しければね、失踪したんだよ」

僧侶「まさか……」

少女「魔王様が失踪して今、上はてんやわんやなんだよ」

男「魔王が失踪って……それって本当なのか?」

戦士「昨日、酒屋のお姉ちゃんが街の警備が強くなったって言ってたけど、あれはボクらを探すためじゃなくて魔王を探すためだったってことか……」

少女「さらにもう一つね、ここに来て国にとって困るかもしれないことが起きているみたい」

男「……なんだよ?」

少女「五日前に来たんだって。


   勇者たち一同と思われるパーティがね」

153: 2013/10/18(金) 21:16:24.36 ID:Jv0rTRshO

男「……ちょ、ちょっと待ってくれ。今なんて言った?」

少女「だから、勇者パーティがこの街に訪れているって……」

男「ちがう。五日前って言わなかったか?」

少女「うん、私の情報が正しければ五日前のはずだよ」

男「……五日前」

戦士「お嬢ちゃん、なにか他に情報はないかい?」

154: 2013/10/18(金) 21:17:08.83 ID:Jv0rTRshO

少女「うーん、現時点ではあとは侵入地点が判明しているけどやっぱり魔方陣をくぐってきたみたい」

僧侶「私たちが来るより先に勇者一行は来ていた、か」

少女「それがなにか問題あるの? あ! もしかしてその勇者パーティがお仲間とか?」

男「……仲間、なのか?」

少女「あ、じゃあ知り合いとかかな?」

戦士「……よく、わからない。少なくともボクはボクたち以外がここへ来ることになっているなんていう話は聞いていないからね」

少女「なんかどうかしたの、様子がおかしいけれど」

男「んー、あのさ。ひとつ気になったんだけど。勇者が来たって言っただろ? なにを根拠にこの魔界への侵入者が勇者たちだってわかった?」

少女「それについては私も実は気になってたんだよね。まだまだ情報があやふやだからね。ただ、侵入者がいることは間違いないよ」

155: 2013/10/18(金) 21:17:45.76 ID:Jv0rTRshO


男「うーん、じゃあもしかしたらそいつらは勇者じゃない可能性もあるんじゃないか?」

少女「勇者を騙るニセモノってこと?」

男「そうそう」

少女「どうだろうねえ。魔王様がわざわざ姿を隠しているという事実があるからねえ」

僧侶「現時点では何とも言えない……そういうことか?」

少女「まあそんなかんじかなあ」

男「うーん、難しいなあ」

少女「…………」

戦士「黙り込んで、どうしたのお嬢ちゃん? 熱心に勇者くんの顔を見てるけど」

156: 2013/10/18(金) 21:18:24.73 ID:Jv0rTRshO


少女「んー、ていうかさ。戦士のお兄さんってばこの男の人のことを『勇者くん』って呼ぶけどなんで?」

戦士「え? えーっとだね、うーん……」

僧侶(このバカ……迂闊すぎる)

魔法使い「彼は勇者に憧れて、昔から一心不乱に強くなるためだけに修行を積んで来た。
     それで勇者くん、と戦士は呼ぶ」

男「お、おう……そうだぞ?」

男(なんていうか微妙すぎるフォローだがナイスだ、魔法使い!)

少女「なにそれ、変なのー。いやあお兄さん、面白いなあ」

男「おう、当たり前だろ」

少女「うん、本当に面白いよ。見ていて退屈しないっていうかさ。
   リアクションとかもいちいち大きいし、ちょっとのことですぐ驚くもんねー」


157: 2013/10/18(金) 21:19:26.28 ID:Jv0rTRshO


男「……なんかバカにされてないか、オレ?」

少女「そんなことないよ。ただ見てて愉快だなあってだけだよ。だって魔物がしゃべっただけで、急に叫び出したりするし」

戦士「たしかにねえ、勇者くんはクールさにいちいち欠けてるよね。少しはボクを見習ってほしいよ」

僧侶(……ん? なにかおかしくないか?)

男「ていうか、これからどうする? オレはオレたち以外の侵入者っていうのが気になるんだけど」

戦士「そうだね、ボクも個人的に気になる。とりあえずどこか落ち着く場所で今後の行動方針を考えたい。
   そしてできれば、キミにも来て欲しいんだよねー」

少女「私? どうして?」

158: 2013/10/18(金) 21:20:14.27 ID:Jv0rTRshO



戦士「魔界の情報通からいくつか聞きたいことがあってね、どうだい? ついてきてくれたらランチぐらい奢るよ?」

少女「お兄さんのもってるお金、私があげたのだけどね」

戦「「それを言われてしまうと、なにも言い返せないんだけどそこをなんとかさあ? ね?」

少女「うーん、ちょっと待ってね…………いや、まあ大丈夫かな。いいよ、今回特別にキミたちに協力してあげるね!」

男「助かるよ! ありがとう!」

少女「ただし、ひとつだけ言うことを聞いて欲しいんだ」

戦士「なんだい、なんでも聞いちゃうよ」

僧侶「なんでも、とか言うな。こちらが許容できる範囲の頼みだ」

少女「べつに条件って言っても大したことじゃないよ。ただ、私が指定する場所に行こうってだけだよ」

僧侶「指定する場所? いったいどんな場所だ?」

少女「とってもイイところだよ」

159: 2013/10/18(金) 21:21:07.68 ID:Jv0rTRshO

……………………………………………………


戦士「ずいぶんと森の中を歩かされてるけど、いったいどこへ行ってるんだい?」

少女「もうそこまで来てるよ、目的地に。ほら、あれあれ」

僧侶「けっこう大きい建物だな、あそこになにかあるのか?」

少女「ふふっ、なんだと思う? 着くまでに考えてみてね」

戦士「もう着いちゃうじゃん」

少女「はーい、時間ぎれー! 着いちゃいましたー!」


160: 2013/10/18(金) 21:22:13.88 ID:Jv0rTRshO

少女「おじいーちゃーん! 入るよー?」

僧侶(見たところ普通の民家……か。念のため警戒しておいたほうがいいか?)

少女「さあ、みんな入って入って!」

…………………………………………………………


魔法使い「子供がいっぱい……」

戦士「まるで学校みたいだね。机とイスがあって……今はランチタイムかな?」


 「おやおや、またお友達をつれてきたのですか?」


少女「おじさん、急にごめんねー。みんなもげんきー?」

「わあ! お姉ちゃんまた来てくれたんだー」 「今はご飯の時間なんだよー」 「ねえねえ聞いてさっきねー」

僧侶「人間の子供と……ドワーフ、だと?」

ドワーフ「ふうむ、あなた方はいったい?」

161: 2013/10/18(金) 21:23:24.01 ID:Jv0rTRshO

少女「紹介するよ、おじさん。この人たちは街でバイト中に偶然出会って、うちの店で支払いを踏みた襲うとした人たちだよ」

男「おい! 事実と言えば事実だが、もうちょっと印象のよくなる紹介しろよ!」

ドワーフ「はあ……それはまた破天荒な方々なようで……」

少女「第一印象を悪くしておくと、あとからなにか人がよく見えるような行いをした時に、高評価をもらえるよ?」

戦士「第一印象が悪いのはダメだし、そんないやらしい考えは捨てなよ、お嬢ちゃん。それで? どうしてボクたちを……」


「お兄さんたちだれー!?」 「お姉ちゃんのおともだちー?」 「うわあ本物の剣だあ!」


戦士「ちょ、ちょっとボクがナイスガイで迫りたくなるのはわかるけどキミらみたいなちっちゃい子供が剣に触るのはダメだよ」

少女「ふふっ、久々の新しい来訪者にみんな興味しんしんなんだねー。そうだ、せっかくだからみんなご飯を食べてもらったあとで遊んでもらいなよ?」

「ほんとお!?」 「お兄ちゃんたちあそんでくれるのー?」 「あそぼおっ!」

戦士「えぇ!? ちょ、ちょっとボクらにはやるべきことがあるんだよ!」

162: 2013/10/18(金) 21:24:18.19 ID:Jv0rTRshO

少女「いいじゃーん。ちょっとぐらいこの子たちの相手をしたってバチは当たらないでしょ?
   それに、その分のお礼はきちんとさせてもらうからさ」

僧侶「……まあ、少しぐらいならいいんじゃないか?」

少女「おっ! お姉さん、話が早くて助かるよ」

戦士「まさかキミがそんなことを言うなんてね……ちょっとだけなら相手するよ」

男「よくわかんねーけど遊べばいいんだろ? よしっ! お前らなにしたい!?」

…………………………………………………………


163: 2013/10/18(金) 21:39:18.26 ID:Jv0rTRshO

男「どうしたどうした!? 捕まえてみろー!?」

男(なぜかこうしてガキんちょたちと遊んでるわけだが……。
  オレはカラダをはって鬼ごっこ。そんで魔法使いが……)

魔法使い「……」

「わーすごーい」 「こんなに多い数でできる人はじめてー」 

男(お手頃なサイズに切った木でジャグリングとか言うのをしている。最初の三本からどんどん数を増やして今は六本の木でジャグリングしている。
  たぶん、魔法を使ってるな。で、次に僧侶はと言うと……)

僧侶「この世界は魔王と勇者から始まりました。魔王と勇者は常にたたかっていました。やがて二人がたたかうための海が広がり島が浮かび上がりました。
   大地はどんどん広がり魔王と勇者はたたかいのあいだに自分たちの家族を作り、そして……」

「それで、それで?」 「早く続き読んでー!」

男( 僧侶は子供たちにおとぎ話の音読をしていだ。なんか意外なように思えるけど、オレたちと話しているときは全然声のトーンがちがう。
  心地のイイ声なのと読むのがうまいせいなのか、子供たちもすごい熱心に聞いている。そんで、最後に戦士のヤツは……)

164: 2013/10/18(金) 21:51:28.33 ID:Jv0rTRshO


戦士「ま、まだ……つ、続けなきゃダメなのかい……ぐぐっ……!」

「えーもうげんかいー?」 「もっとできるだろー」 「がんばれがんばれー」

男(戦士はなぜか逆立ちを子供たちからしいられている。すごいツラそうだ……なんでアイツ逆立ちしてんだろ、うわあ)

「まてー」 「おとなげないぞー」 「はやいよー」

男「たとえ鬼ごっこだろうとオレは全力だ!」


……………………………………………………………


戦士「も、もう……と、とと当分のあいだ、逆立ちは……ハァハァ、いいや……」

男「ずっと逆立ちさせられていたな」

少女「お兄さんたちおつかれー。子供たち、すごく楽しそうだったよ、ホントにありがと」

165: 2013/10/18(金) 22:07:49.66 ID:Jv0rTRshO


ドワーフ「私からもお礼を言います。子供たちがとても生き生きしていてよかったです」

僧侶「それはいいんだが、どうして魔物であるあなたが人間の子供たちの面倒を見ているんだ?」

ドワーフ「現役を退き手持ち無沙汰になりましてね。ただ老いるのを待つよりは、こうして新しい風となる子供たちと触れ合おうと思いまして」

僧侶「いや、私が言いたいのはどうして人間の子供の面倒を見ているか、ということだ」

ドワーフ「べつに、大それた理由などはございませぬ。ただ流れに乗っかってたら人間の子供たちの面倒を見ることになっていた……それだけです」

少女「おじさんは子供たちに簡単な勉強を教えているんだ、字の読み書きができるだけでもできない人と比較すれば、すごい差だからね」

男「……魔物が人間に勉強を教える、か」

ドワーフ「あなたはそのことをおかしいと思いますか?」

男「え?」

166: 2013/10/18(金) 22:20:26.96 ID:Jv0rTRshO


ドワーフ「魔物である私が人間の子供たちに勉学を教える、なるほど、たしかにありふれた光景ではないでしょうな。
     しかし、私たち魔物もあなたがた人間にも共通しているものがあります。なにかはわかりますな?」

男「……こころ、かな?」

ドワーフ「そうです。我々は姿形こそちがえど同じこころを持つ存在です。そして、私が子供たちに施しをする理由はそれだけで十分なのです」

男「……」

戦士「なかなかどうして含蓄のある言葉だね。あなたみたいな方ばかりだったら、世界は今よりずっと平和だったろうね」

ドワーフ「私のような考えをもつ者は少なくはないはずです。事実、私のように人間地区で生活している魔物は意外といるのですよ」

少女「そうだよ、そうじゃなきゃ、私とおじいちゃんが知り合うことなんてまずなかったんだから」

ドワーフ「そうですな」

167: 2013/10/18(金) 22:22:30.38 ID:Jv0rTRshO

男(世界にはたしかに人と魔物が手を取り合って生きていける場所がある……少なくともこの魔界には)

戦士「まっ、なかなか興味深い話なんだけど、それよりもボクたちは今、どうしてもやらなければ行けないことがある」

少女「そうだったね。子供たちのお守をしてもらったんだ。なにかお礼をしようと思っていたところだよ」

戦士「じゃあ単刀直入に聞こうか。魔界の帝都に行きたい。行く手段は?」

少女「帝都に、ねえ。いったいなんの用があってかな?」

男「それは……」

少女「いや、その前にキミたちは何者なのかな? 来訪者さんたち?」


168: 2013/10/18(金) 22:23:19.35 ID:Jv0rTRshO

ドワーフ「来訪者? まさかこの方たちは……」

少女「そう、そのとおりだよ、おじーちゃん。この人たちは魔界の外から来たんだ」

ドワーフ「なるほど。そうなると、残念ながら子供たちの相手をしてもらっているとは言え、無条件にあなたがたの要求を聞くわけにはいきませんな」

少女「まずキミたちの正体を教えてもらおうか。話はそこからだよ」

戦士「…………」

戦士(これは誤魔化せそうにない、雰囲気だね。さて、なんて答えるかな、勇者くん?)

男「オレたちは……」




引用: 勇者「パーティ組んで冒険とか今はしないのかあ」