362: 2013/10/27(日) 21:51:05.22 ID:90QWgpq/O
363: 2013/10/27(日) 21:53:21.23 ID:90QWgpq/O
………………………………………………
男(ここは……オレは氏んだのか?)
なにもない真っ白な空間。そこに自分は羽のようにぼんやりと浮いていた。
どうにかして敵を倒したのは覚えている。いや、本当に倒せたかどうかは自身がない。
男(これは……)
真っ白な景色にうっすらとなにか浮かんで来る。様々な景色が波紋が広がるように浮かび上がる。
男(オレの記憶なのか……いや、ちがうか)
色々な景色や出来事。空間を埋め尽くす様々な光景は、しかし、自分の記憶ではない。
それだけはなぜか本能的に理解できた。
ふと様々な記憶の中で、一つの光景だけが大きくなっていく。
男「あっ……」
その光景に一人の少女が映る。勇者はなぜかその人が姫だとわかった。
364: 2013/10/27(日) 22:02:56.53 ID:90QWgpq/O
姫の背後には……魔王がいた。姫の対面にいるのは剣を構えた男。
男(こいつは……勇者だ。なんで勇者と姫が対立してるんだ?)
姫は両手を広げてなにか、その勇者である男に言っている。必氏でなにかをうったえようとしている。
一方で男もなにかを必氏にうったえている。
よく見れば姫の背後の魔王はかなりの傷を負っていた。
男(なんで姫が魔王を庇うんだ……?)
さらに先を見ようと身を乗りだす。
だが、またべつの光景が現れる。
男(なんだ……)
凄惨な光景が広がっていた。人々が逃げ惑う街は魔物が暴れ、建物を破壊していた。
勇者と思わしき男が魔物と戦っている。他にも兵士たちが戦っている。だが、明らかに魔物が多すぎた。
男がなにか叫んでいる。
男の視線の先には姫の面影を残した女性がいた。そしてその女性は、魔物に襲われようしていた。
一つ目の巨大な身体を持つ魔物が、腕を振り上げる。男が手を伸ばす。
それ以上は勇者が先を見ることはできなかった。
ふっ、とその景色が消えてしまう。
365: 2013/10/27(日) 22:05:18.57 ID:90QWgpq/O
淡い光。空間が光で満たされてその光景が淡くなっていく。
不意に勇者は目が覚めた。
……………………………………………………
男「……っあ」
竜「おや……お目覚めですか?」
男「お前は……たしかあの女の子の……」
竜「ええ。四日前、あなたを例の牢獄へ案内しようとして……」
男「そういや、あの赤いローブのやつから逃げるために魔法陣使ったんだよな……。
あのあとお前はどうしたんだ? 逃げたのか?」
竜「はい。身の危険を感じたものですから。あと、手記についてはなんとか回収しましたよ」
男「ああ、ありがと。で、あの赤いヤツはどうなったんだ?」
竜「わかりません。私は逃げましたし、特に情報は入ってきていません」
男「そうか……って、さっき四日前って言わなかったか!?」
竜「ええ、言いましたけど」
366: 2013/10/27(日) 22:11:41.77 ID:90QWgpq/O
竜「あなたは三日間、ずっと眠っていたのですよ。一瞬だけ意識を取り戻したりもしていたみたいですが……」
男(……三日間も寝ていたのか、オレは。あのときあの赤いローブの一人を倒すためにオレと戦士は……)
男「そうだ! みんなは!?」
竜「戦士様と僧侶様は、ある公爵家に向かわれましたよ。
目的は私は聞いていませんが、もしあなたが目覚めたらそのときはそう伝えるようにと言われていました」
男「公爵……?」
男(そういえば本来はオレたちは、最初の魔法陣で直接帝都に行って、魔王に会う予定だったんだよな。
そうだとすると、その公爵のとこが本来最初に向かうところだったのかな)
竜「魔法使い様は少し席を外しているだけなので、次期に戻られると思います」
男「……そうか」
367: 2013/10/27(日) 22:23:53.23 ID:90QWgpq/O
男「ていうか、ここはどこだ?」
竜「エルフ様の屋敷です……もう身体を起こして大丈夫なんですか?」
男「んー、そういえば身体には異常はないみたいだな」
竜「それはなによりです」
男 「なんかまだ記憶がぼんやりとしてるが……そうだ! オレたち、本当なら捕まってたんだよな? みんな大丈夫なんだよな?」
竜「先に言ったとおりです」
魔法使い「私たちは無事」
男「魔法使い! よかった、無事だったんだな!」
魔法使い「……」
368: 2013/10/27(日) 22:27:01.77 ID:90QWgpq/O
魔法使い「……あなたは大丈夫? 人間地区の方から町医者を呼び出して、診てもらった。大丈夫みたい、だけど……」
男「ああ、特になんともない。好調みたいだ」
魔法使い「そう……」
男「……」
魔法使い「……」
男「ああー、あのさ……」
魔法使い「少し、待ってて。部屋からものをとってくる」
男「お、おう。なにをとってくるんだ?」
魔法使い「……お酒」
369: 2013/10/27(日) 22:37:56.31 ID:90QWgpq/O
…………………………………………………………
魔法使い「ふふっ……あぁ……うん、少し飲み過ぎだかしらね」
男「なんでわざわざ酒を飲む必要があるんだよ?」
魔法使い「このほうが、色々と話しやすいのよ。素面だと、これからあなたに話そうとすることをうまく伝えられるか自信ないし」
男「そうか……まあたしかに、色々と疑問が残ってるしな」
魔法使い「ところで記憶はしっかりしてる? あなたは酔った勢いでサキュバスを襲って、返り討ちにされて今に至るのよ?」
男「堂々とうそをつくな。オレは氏に物狂いで、あの赤いローブのヤツを倒そうとして、今の状態になってんだよ」
魔法使い「ふふっ、安心したわ。これ以上記憶をなくされても困るからね」
男「ひどいこと言うなあ……」
魔法使い「……ごめんなさい。なんとか明るい雰囲気を作ろうとしたのだけど」
男「あー、いや、気をつかってくれたのか……」
370: 2013/10/27(日) 22:47:29.78 ID:90QWgpq/O
男「単刀直入に聞く。オレはいったいなんなんだ?」
魔法使い「……」
男「悪いけど、覚えているよ。オレは勇者なんかじゃないんだろ? 本当はオレは何者なんだ? いや、なんなんだ?」
魔法使い「……意外と冷静なのね。私、実はマントの下に杖を隠しているのよ」
男「なんでだよ?」
魔法使い「目覚めた瞬間に暴走……なんて可能性を考えていたからよ」
男「なるほど……自分で言うのもなんだけど今のところは冷静だよ。
なんでだろうな……なんて言うか、こういうときはやっぱり取り乱したりするもんなのか?」
魔法使い「……」
魔法使い(記憶を蓄積して人格を形成していく普通の人間とは、やはりずれているのかしら……?)
371: 2013/10/27(日) 22:50:33.42 ID:90QWgpq/O
魔法使い「どうかしら、ね。あなたって意外と冷めてるのかも」
男「冷めてる、か」
魔法使い「あなたは勇者じゃない。まして、普通の人間ですらない」
男「……そうなんだろうな。まあ普通の人間は腕からツタ出したり、翼生やしたりはしないんだろうな。
でも、だったらなんなんだ? どうしてそんな異常なことがオレの身体には起こる?」
魔法使い「いつか話した『マジックエデュケーションプログラム』については覚えてる?」
男「ああ、話してたな」
魔法使い「そしてそのプログラムの発足から起きた記憶喪失事件は……覚えてる?」
男「ああ、なんかあった気がする……」
372: 2013/10/27(日) 22:56:00.60 ID:90QWgpq/O
魔法使い「覚えてなくてもいいわ。
このプログラム……災厄をもたらした女王による人工勇者を作るために発足されたプログラムなのよ」
男「ああ、知ってる」
魔法使い「知ってる? どういうこと……? 説明した覚えはないけど」
男(オレは例の情報屋の女の子から、聞いたことを魔法使いに伝えた。
魔法使いは不思議そうだったが、とりあえずは話を続けるために少女には触れなかった)
魔法使い「このプログラム……一つはそういう方面に特化するであろう魔法使いを選定することだった。
そしてもう一つは、人の記憶に干渉することができる魔法使いの選定」
男「人の記憶に干渉なんて、魔法でそんなことまでできるのか?」
魔法使い「できるわ、ただし肉体だけに影響を与える魔法よりも遥かに高度だから、本当にごく少数だけどね」
男「まさか、オレの記憶は……」
魔法使い「……そうよ」
373: 2013/10/27(日) 23:04:50.18 ID:90QWgpq/O
魔法使い「あなたの記憶は失われてなんかいなかったのよ。人の手で作られたあなたには、そもそも肉体だけがあった。
けど記憶や感情、それらによって形成されていく人格がない。そう、あなたには、はじめから記憶なんてなかった……だから無理やり作ったのよ」
男「ちょ、ちょっと待ってくれ。えーと、うまく整理できない。先にプログラムの説明の続きをしてくれ」
魔法使い「……プログラムは表向きは魔法教育の強化が目的だった。実際にはある方面に特化した魔法使いを育てることだけどね。
そして、その魔法使い……その中でもとびっきり魔法使い、ようは賢者ね。
その人たちによって人工的に作った勇者にさらに記憶干渉できる賢者が記憶を与えたのよ」
男「つまり、そのプログラムは人工勇者を作るためだったってことだった。でも結果的に災いが起きたんだよな?」
魔法使い「ええ、人の記憶の干渉はかなり高度な上に危険そのものだったわ。
しかも記憶を引っ張り出す実験体に一般市民を用いたのよ」
男「まさかそれが例の魔女狩りにつながった記憶消失事件なのか……?」
魔法使い「あら、よく覚えていたわね」
男「わりと最近に情報屋の子から聞いたからな」
374: 2013/10/27(日) 23:05:58.03 ID:90QWgpq/O
魔法使い「そう、魔法使いたちは最後は情報漏洩を恐れた政府によって大勢殺されたわ。
異端審問局を利用した大量抹殺……まあでもまったくの嘘でもないのよね」
男「……」
魔法使い「魔法使いたちが記憶を一般市民から奪っていたのは本当だし、彼らがいなくなったあとは記憶の消失事件はなくなったわけだしね」
男「でも、そんなのって……」
魔法使い「あんまりだと思うけど、でも過去の話よ。それに、本当に重要なのは、人工勇者を作るために行われた前段階の実験による被害」
男「前段階の実験って……他にもなにかしてたのか?」
魔法使い「人の記憶を他のものに定着させる。これがとどんな結果を生むかわからなかった、だから実験機関では、盗った記憶を魔物に定着させたのよ」
男「……」
魔法使い「さらに、魔王と勇者、両方の血をもつ存在を作るための前段階として魔物の混合もやったわ。
そうしてこの実験はエスカレートしていって、最終的には魔物の暴走」
男「それで国は魔物たちによってめちゃくちゃになったんだな」
375: 2013/10/27(日) 23:15:52.52 ID:90QWgpq/O
魔法使い「そしてその混乱期に女王は氏んだ……魔物手にかかってね。自業自得よね、どうして人口の勇者を作ろうとしたのか……。
まして、魔王の血を合わせもつ勇者なんて……」
男(あの子はたしかそのことも言ってたような……いや、今はそのことはいいか)
男「そのプログラムのことについてはわかった。で、次はオレだ。オレのこの半端な記憶はどこから引っ張ってきた?」
魔法使い「ごめんなさい、私も正確な情報はわからないわ」
男「そもそもオレは八百年前に生まれた勇者なんかじゃないんだよな?」
魔法使い「ええ、ごく最近生まれた勇者とはちがう人工の誰か。それが、あなた」
男「でも、オレには八百年前のうっすらとした記憶がある……それって八百年前の勇者の記憶を流用したってことなんじゃないか?」
魔法使い「そうね、その可能性はないこともないわ。ただ、それだと……」
男「……なんだよ?」
魔法使い「八百年前の勇者の記憶はどうやって引っ張ってきたのかしら? 肉体については細胞を利用したりどーとでもなるわ。でも記憶は……」
376: 2013/10/27(日) 23:26:56.82 ID:90QWgpq/O
魔法使い「記憶は脳にあると言われているわ……でも現時点では氏んだ脳から記憶を持ってくるのは不可能なのよ」
男「だんだんわからなくなってきたな。オレの身体ってでも明らかに勇者の身体だけがもとにはなってないよな?」
魔法使い「……おそらく」
男「たとえば魔王とかの肉体がもとになっていたりしないか?」
魔法使い「どうしてそう思ったの?」
男「わからん。ただ、なんとなく魔王だと思わしき記憶が時々よぎるんだよ」
魔法使い「興味深い話ね」
男「しかし、なんで魔王の身体をオレに使う必要があったんだ? 勇者の身体だけをベースにしちゃダメだったのか?」
魔法使い「……わからないわ」
377: 2013/10/27(日) 23:29:01.94 ID:90QWgpq/O
男「ていうか、なんでお前はオレの身体について知ってるんだ? 戦士も知ってるみたいだったけど」
魔法使い「それは簡単よ。私もあなたを作り出した実験機関に所属しているからよ。
と、言っても中途半端な位置にいる私は、あなたに関してはなにも携わっていないのだけど」
男「ったく、わけわかんねーよ。ややこしくて頭に入らない……イライラするな」
魔法使い「……」
魔法使い(自分の中のもどかしさをどう解消していいのかもわからない……か)
魔法使い「あとのことは……彼に聞いたほうがいいわね。ねえ?」
男「よお……」
戦士「やあ、勇者くん。気分はどうだい?
色々な疑問が残るだろうけど、それについてはボクがお答えするよ」
386: 2013/10/30(水) 22:00:23.48 ID:ZKkx/TLUO
男「……」
戦士「どうしたんだい? なんだか元気がない気がするんだけど?」
男「いや……ていうか、みんな無事だったんだなって思ってさ」
戦士「キミのおかげでね。真面目な話、助かったよ。ありがとう」
男「……」
戦士「さっきから沈黙が多いけど、本当に大丈夫なのかい?」
男「いや、べつに……それより気になってることが色々ありすぎる。
あの赤ローブのヤツらとかのこととかな」
戦士「彼らについての詳細はボクも知らない。一応彼らについては、陛下から直接聞いてはいたけどね。
彼の本来の役割はボクらのバックアップだったんだ」
男「バックアップ? あいつら、オレたちを襲ったじゃないか!?」
387: 2013/10/30(水) 22:02:09.95 ID:ZKkx/TLUO
戦士「それどころか、魔法使いちゃんと僧侶ちゃんは殺されそうになったしね。まあ、ケルベロスを仕掛けた彼は自害したけどね。
バックアップって言うのは万が一、キミが暴走したときのためのね」
男「お前と魔法使いはオレが……作られた勇者だって知ってたんだよな?」
戦士「黙っていたことは謝る。すまなかった」
魔法使い「……ごめんなさい」
男「口止めされてたのか、王様から」
戦士「うん。キミのことは黙っているように承ってはいたよ。だけどまあ、そういうこととは関係なく、黙っていたのは事実だ」
男「……まあ、今はまだ正直なところさ、よくわかってねーんだよ。自分が実は作られてました、とか言われてもさ。
だから、そんなことよりその赤ローブのヤツらについての話、続けてくれ」
戦士「さっきも言った通り、詳しいことは不明。陛下もなぜか彼らについての情報は開示しなかった。
ボクが伝えられたのは、ボクらよりあとで来るということと……」
男「なんでそこで止めるんだよ?」
戦士「……キミが暴走したときは、キミの始末をしろって言われたんだよ」
388: 2013/10/30(水) 22:05:35.78 ID:ZKkx/TLUO
男「……王様はオレがああなることをわかってたのか」
戦士「いや、あくまで可能性の一つとして、だよ。そして、キミが暴走したらボクでもどうにもならない可能性があった。
だから保険としての彼らってわけさ」
男「でも、あの連中はオレたちより先に来てたじゃないか」
戦士「これはボクの予想なんだけどね。彼らはもしかしたら、とある宗教の一味なんじゃないかって」
男「ある宗教?」
戦士「魔物を敵視し、根絶やしにして人間だけの楽園を築くことを目的にしてるという過激な新興宗教団体。
例の赤ローブの連中がその一味なんじゃないかってね」
男「そんなヤツらがいるのか……」
戦士「まあ、可能性だ。それに異端審問局とかも捜査にはあたってるけど、未だに実態はわかっていない」
389: 2013/10/30(水) 22:07:21.55 ID:ZKkx/TLUO
戦士「そういうわけで、彼らは陛下の命のとおりに動かなかった。そして、さらにボクらを追い込みにきたわけだ」
男「……」
戦士「だが、あのとき。ボクがキミを殺そうとしたのは本気だった。
ヤツらと組んでキミを始末しようと思った」
男「……みんなを危険な目に合わせる可能性もあったもんな。お前を頃しかけたし……。
でも、じゃあなんでお前はオレを頃すのをやめたんだ?」
戦士「キミの暴走はギリギリのところで止まった。だからだよ」
男「……そう、か」
戦士「キミを殺そうとしたことも謝る……と言いたいところだけど、さすがに殺人未遂を謝罪の一言で終わらすのはさすがに図々しいね」
390: 2013/10/30(水) 22:11:48.05 ID:ZKkx/TLUO
男「いや、オレは……」
男(…………)
戦士「そういえば、例の人については話したかい?」
魔法使い「まだ」
戦士「なら、キミにも話しておこう。さっきまでボクと僧侶ちゃんは、ボクらの協力者にして魔王のもとへの案内人でもある、公爵の屋敷にいたんだ」
男「本来最初に行くはずだったところだろ?」
戦士「そう。公爵様のとこに行ってそのまま魔王様のもとへ行く……っていうのが本来の予定だった。
ところがどっこい。魔王がいない今、どうするかって話なんだよ」
男「その公爵の屋敷に行って来たんだろ? なにかしら話しあったのか?」
391: 2013/10/30(水) 22:17:24.72 ID:ZKkx/TLUO
戦士「とりあえずは、彼らの施設を見て回ることになったよ。
これはもともとの予定としてあったけど、本来は魔王に謁見したあとの予定だったんだよね」
魔法使い「この視察については私と彼とで行うわ。あなたはまだしばらくは、養生するといいわ」
戦士「そうだね。ああ、そうだ。
しばらくしたら、僧侶ちゃんが帰ってくるしなんなら二人でどっか見て回れば?」
男「んー、そうだな……」
戦士「なんだい、なんか言いたそうに見える気がするけど」
男「…………いや、なんにもだ」
戦士「そうかい? 魔法使い、あとはキミから伝えておくことはある?」
魔法使い「なにか言おうと思ってたけど、いいわ。忘れちゃったし。そういうあなたはもうなにか言うことはないの?」
戦士「……べつに。とりあえずはこれですべてさ」
男「……」
392: 2013/10/30(水) 22:20:40.67 ID:ZKkx/TLUO
…………………………………………………………
戦士「さて、勇者くんのことは僧侶ちゃんに任せたし、ボクらは公爵閣下――ハルピュイア殿が来るまで休憩していよう」
魔法使い「ずいぶんと彼に対して、説明を省いたわね」
戦士「あれ? いつもだったらとっくに回復魔法使って酔い覚まししてるのに、今日はしないのかい?」
魔法使い「少し酔っていたい気分なのよ」
戦士「珍しいね。キミは酔いが顔には出ないから、そんなにちがいがわからないけど。
……で? 説明を省いたって、ボクがなにか説明し忘れたことなんてあったかな?」
魔法使い「わざとらしいわね。自分のことで頭がいっぱいになってるから、彼は気づいてなかったみたいだけど。
たとえば、リザードマンの殺害。あれを通報したのはあなただけど、それについての説明は?」
戦士「それを言ったら、どうしてキミがあの牢獄に魔物の研究機関があったことを知っていたのか、とかもだろ?
それについては話したのかい?」
魔法使い「……いいえ。てっきりあなたから説明があるかと思ったから」
393: 2013/10/30(水) 22:25:06.23 ID:ZKkx/TLUO
戦士「まあたしかにね。でもさ、そもそもあの研究機関で魔物開発のデータについて、陛下から頼まれていたのはキミのはずだ」
魔法使い「ええ。一応、彼が気絶したあと多少はあの機関については調べたけど。あなたのやり方が強引すぎたのよ。
まさかリザードマンが殺害されたのを利用して、進んで牢獄に入って機関に潜り込む……そんなやり方をするなんて予想外だったわ」
戦士「今回、ある意味一番難しい課題だったからね。仮に彼が殺害されてなかったら、機関に入り込むことはできなかったかもしれない」
魔法使い「結局、リザードマンが殺されたのは……」
戦士「ああ。ボクらのバックアップである、あの赤ローブの連中で十中八九間違いない」
魔法使い「私たちが牢獄にいるとき、同時進行で城にあの連中の一人が侵入してる。おそらく、混乱を起こすため」
戦士「そして、ボクらと同じように研究機関のデータを盗もうとしていた」
魔法使い「あなたはあの連中が侵入したのに気づいて、わざと私たちとはぐれて、機関に侵入した」
戦士「あの機関を調べるのに一番適していたのは、キミだったんだろうけどね。
しかし、そうも言っていられない。なにせ、赤ローブのヤツらが先に侵入していた可能性があった。
さらに戦闘になる可能性があった。ならば、ボクが行くべきだった」
394: 2013/10/30(水) 22:29:41.89 ID:ZKkx/TLUO
魔法使い「思い返してみると、奇妙なことはまだあるわよね?」
戦士「陛下のことだね」
魔法使い「ええ」
戦士「あの赤ローブの連中が、例の新興宗教の一味だという情報はボクでも知っていた」
魔法使い「あなたが知っていることを陛下が知らないわけがない。そして、そんな嫌疑を密使のバックアップに選ぶわけがない。
あなたの独断で、あの魔法陣を破壊したものの先手を打たれていた」
戦士「あの赤ローブのヤツらの仕業で、たぶん間違いない。魔法陣の座標を変えられたせいで、ボクらは予定外の場所に来ちゃったわけだ……」
魔法使い「そして、まだ三人のうちの二人は捕まっていない……」
戦士「まったく……課題は増えていくばかりだ」
戦士(そして、賢者が大怪我を負った爆発事故。あれは勇者くんが作られ、生まれた時期とほぼ一致している……)
395: 2013/10/30(水) 22:32:05.48 ID:ZKkx/TLUO
魔法使い「ずっと聞こうと思ってたんだけど、あなたは彼らを利用しつつ、あの時点では勇者くんをどうするつもりだったの?」
戦士「……そもそも、あのときは色々と際どかったんだよ。
キミらが機関に入ってきたのにボクはすぐ気づいた。彼の背中から翼が生えていたのも確認した。
だけど、勇者くんは正気を保ってた。だから、あの赤ローブのヤツにキミらが気づかれないように必氏だったよ」
魔法使い「場合によっては、彼を利用しつつ勇者くんを頃すつもりだった?」
戦士「うん……まあ、ギリギリまで迷った結果が戦って確かめるってことだったけど」
魔法使い「私たち、よく生き残ったと思うの。まさかあの連中だけじゃなく、ケルベロスが出てきたときは氏を覚悟したわ」
戦士「ボクがキミに持たせたものもほとんど役に立たなかったみたいだね」
魔法使い「例の対勇者くん用の魔力封じのヤツだけね、まともに使えたのは」
396: 2013/10/30(水) 22:33:25.48 ID:ZKkx/TLUO
魔法使い「結局あなたは彼を殺さなかった。いいえ、本当のところ、あなたは彼を頃す気なんてなかったんでしょ?」
戦士「さあ、どうだかね」
魔法使い「ふふっ……はぐらかさなくてもわかるわよ」
戦士「キミこそ、わざわざアルコールを接種して勇者くんと話をしようとしたのはなぜなんだい?」
魔法使い「……べつに。説明するならお酒モードのほうが都合よかっただけ」
戦士「そうかい? 状況を説明するだけならそんなことをしなくても、素面のままでよかったと思うけどね。
わざわざ饒舌になるようにアルコールをとったりしたのには、なにか意味があったと思ったんだけどなあ」
魔法使い「……そういうあなたも、なにか言葉を探しあぐねてたように見えたけどね、私には」
戦士「……女の子への口説き文句はすぐ浮かぶのにね。
まあ、とりあえずはキミの魔術と例のクスリで彼の潜在能力は封じた」
魔法使い「彼女は勇者くんに対して不安はないのかしらね?」
戦士「今回、ボクらとちがってほとんど事情を知らないからね、僧侶ちゃんは。
まあ彼女にも一応持たせるものは持してある。大丈夫さ」
397: 2013/10/30(水) 22:35:52.72 ID:ZKkx/TLUO
遣い「失礼します。ハルピュイア公爵の遣いの者が参られました」
戦士「おや、ずいぶんと早いね。仕方ない、行こうか」
魔法使い「……ええ。気を引き締めて行きましょ」
戦士「うん、敵陣に突入だ」
398: 2013/10/30(水) 22:44:52.18 ID:ZKkx/TLUO
………………………………………………………………
僧侶「……」
男「……」
僧侶「……お腹、空かないか? どこかへ入らないか?」
男「んー、そうだな……てきとーなとこに入るか」
僧侶 「あ、でもここは魔物圏の場所だからな……まあ、この貴族の遣いであることを示すブレスレットがあれば、大丈夫みたいだが」
男「そーだな」
僧侶「……まあ、入るか」
………………………………………………………………
399: 2013/10/30(水) 23:02:38.71 ID:ZKkx/TLUO
僧侶「戦士と魔法使いから、どこまで話は聞いてる?」
男「……」
僧侶「……私の話、聞いてる……?」
男「……ん? ああ……ごめん。なんだって?」
僧侶「どこまであの二人から聞いてるのかって、聞いてるんだ」
男「ああ、そういうことか。オレ自身のこと。あと、なんか近況報告も聞いたな。
そういえば、お前らオレが気絶したあと、すぐ牢獄を脱出したのか?」
僧侶「いや、あのあと無理やり回復させたお前をつれて、脱出を試みたが結局憲兵に捕まったんだ」
男「でも、今はこうして自由の身になってるよな?」
400: 2013/10/30(水) 23:06:38.14 ID:ZKkx/TLUO
僧侶「それなんだが、不思議なことに二日で私たちは釈放された」
男「なにか理由があるのか?」
僧侶「しいて挙げられるとするなら、あの赤いローブの男がリザードマンを頃していた……その証拠が見つかった。
いや、だが、やはりおかしいと思う。私たちをそんな簡単に釈放するなんて……」
男「でも、助かったんだしよかったんじゃないか?」
僧侶「それはそうだが……」
男「気になるのか?」
僧侶「ああ、やっぱり不安要素は少ないほうがいい。なにより、私はあの二人からきちんとした話は聞いていなかった」
男「……」
401: 2013/10/30(水) 23:14:43.75 ID:ZKkx/TLUO
僧侶「お前はどう思った?」
男「なにが?」
僧侶「私たちを騙していた、というわけではないが、それでもあの二人については、私は釈然としない」
男「……」
僧侶「いや、仕方ないのはわかる。わかってる……」
男「あのさ」
僧侶「なんだ?」
男「お前はオレのことを知ったんだよな? オレがニセモノだって」
僧侶「……ああ」
402: 2013/10/30(水) 23:21:18.19 ID:ZKkx/TLUO
僧侶「正直なことを言わせてもらうが、よくわからない。お前は作られた勇者であり、魔王の血すら取り込んでいるかもしれない……」
男「そうだ、オレはめちゃくちゃな存在だ」
僧侶「たしかに私はお前が異形の存在になる瞬間を見た。だが……」
サキュバス「 はーい、すみませーん。メニューお持ちいましたー。
ていうか人間が来るとか久々だね。なに、二人は学生かなにか……ってそんな感じじゃないね」
僧侶「……」
サキュバス「なに? なんかアタシの顔になんかついてる? あ、もしかしてこんな定食屋で働いてるサキュバスが珍しい、みたいな?」
僧侶「いや……」
サキュバス「いやあ、アタシだってそういう方面の職業につこうかな、とか思ったけどね。
みんながみんな似たような職業つくのも面白くないじゃん? まあそういうわけで、こんなビミョーなメシ屋で働いてんの」
403: 2013/10/30(水) 23:23:45.74 ID:ZKkx/TLUO
サキュバス「まあ、これでもアタシもサキュバスのはしくれだし、けっこう男客なら連れてこれんのよね」
僧侶「……それだけ胸元が開いた制服なら、男はそれにつられるんだろうな」
サキュバス「あはは、わかる? アタシけっこう胸大きいからさー。あれ? お姉さんったら、ちょっとムッとしてない? もしかして、ひん……」
僧侶「さっさと仕事にもどれ……!」
サキュバス「うわー、こわーい。ねえねえ、あなたのお連れの方、すごくコワイよー?」
男「え? オレに言ってるの?」
サキュバス「やっだー! お兄さん以外に誰がいるの? なにか悩みでもあるの? 悩みがあるなら聞いてあげようか?」
男「……人間の客は珍しいって言ったけど、キミは人間についてはどう思ってるんだ?」
サキュバス「なになに、どーゆう質問これ? えー、べつに人間ってだけで特に思うことはないなあ」
男「……じゃあオレのことはどう思った?」
僧侶「……?」
404: 2013/10/30(水) 23:33:54.42 ID:ZKkx/TLUO
僧侶(なにを考えてるんだ、勇者のやつ)
サキュバス「オレのことはどう思ったって……もしかして新手のナンパ? やだなあ、人間にナンパされたのはじめてー」
男「いや、そういうわけじゃないんだけど」
サキュバス「お兄さんの印象ねえー、うーん。なんかフツー」
男「なんだよ、普通って」
サキュバス「あ、でもなんかやさしそー」
男「……そうか」
サキュバス「まあ、印象良くみせたいならもっと、シャキッとすることだねー。あ、注文入っちゃったから、またねー」
405: 2013/10/30(水) 23:58:22.03 ID:ZKkx/TLUO
僧侶「魔物にあんなことを聞いて、いったいどういうもりだ?」
男「……なんとなく、魔物から自分を見るとどう思われるかを知りたかった、それだけだ。
そういえば、なにか言いかけてお前、やめたよな?
」
僧侶「……お前は自分をめちゃくちゃな存在だと言ったな?」
男「まあ、言ったな」
僧侶「じゃあ聞くが、そんな自分をどうするべきだと思う?」
男「どうするべきって……そんなことを言われてもな。そんなもんわかんねーよ」
僧侶「……少しだけ、私の身の上話を聞いてくれないか?」
男「身の上話? べつにいいけど」
僧侶「ありがとう。まあ、とは言っても大した話なんかじゃない」
406: 2013/10/31(木) 00:06:09.89 ID:ffwxGlwQO
僧侶「私がなあなあに生きてきて、父に言われるまま教会に入れられた話はしたよな?」
男「うん。たしか、オレが意外だなってそれに対して言ったんだよな」
僧侶「一時期、教会の生活に嫌気がさして家に帰ったことがあった」
男「なんか本当に想像つかないな」
僧侶「私の家はそこそこ裕福な家だったんだ。だから、多少は甘やかされて育てられた。
なのに、途中から急に教育方針が変わって、厳しくなったものだから、当時の私は理不尽な怒りのようなものを感じた」
男「教会に入れられたのも、そういうのが原因なのか?」
僧侶「そうだ。学校を卒業して意味なく武術を鍛える日々を送っていた私は、父によって教会に入ったが、その厳しさに耐えられなかったんだ」
男「そんで家に帰ったら、なんて言われたんだ?」
僧侶「色々口論したが、最終的になぜかどっかの家に嫁入りしろって話になってな」
407: 2013/10/31(木) 00:11:16.15 ID:ffwxGlwQO
男「嫁入り……?」
僧侶「私も最初は驚いた。しかし、同時に結婚すれば少なくとも教会の暮らしから逃れられると考えると、当時の馬鹿だった私にはそこそこ魅力に思えたんだ」
男「でも、こうしてるってことは……」
僧侶「ああ、もちろんその話は最終的には断った。結局、私は教会に謝って戻させてもらった」
男「そう、なのか……」
僧侶「人生は選択肢だらけだ。いつでも取るか取らないかを迫られる。
そして、同時にそんな選択肢を放棄することもできる」
男「……」
僧侶「私はずっと、選択することから逃げて生きてきたけど。嫁ぐか、教会に戻るか。その選択肢からは逃げなかった。
それだけは絶対に選択肢を考えないって選択はなかった」
男「後悔はしてないのか?」
408: 2013/10/31(木) 00:23:59.04 ID:ffwxGlwQO
僧侶「したさ。たくさん、未だにすることはある。でも、この選択の結果が生まれたものはかけがえのないものだって、私はそう思ってる」
男「かけがえのないもの……」
僧侶「初めての決心だったとも言える。でも、その選択肢から逃げないことを決めた瞬間の私の選択は、私自身の新たな可能性にもなった」
男「オレは……」
僧侶「お前だって、選択を迫られる瞬間は簡単に訪れる。いや、今がそのときかもしれない。お前はこれからどうする?」
男「わかんねーよ。どうしたらいいんだよ……ニセモノにして化物のオレは……」
僧侶「お前が化物だろうが、ニセモノだろうが選ばなければならないときはくる」
男「わかってるよ。でも……」
409: 2013/10/31(木) 00:31:30.38 ID:ffwxGlwQO
僧侶「ケルベロスと戦ったとき、私はお前を庇った。お前がニセモノだろうと本物だろうと、少なくとも私は、お前を庇おうと思ったから。
そして、私が氏にかけたとき、魔法使いとともに助けてくれたのはお前だ」
男「……そうだな」
僧侶「お前が私を助けようとした気持ち、それはうそか?」
男「……ちがう」
僧侶「たとえ、お前がニセモノだとしても。私を助けてくれたお前の気持ちまでが、ニセモノだとは思たくない」
男「……」
僧侶「その意思は本物だと思うし、お前がその選択肢をとってくれなかったら私は氏んでいた。この事実に本物もニセモノもない」
男「……」
410: 2013/10/31(木) 00:32:56.18 ID:ffwxGlwQO
僧侶「どうするかを決めるのは、すべて自分だ……私がえらそうなことを言える立場なんかじゃないけど」
男「……僧侶」
僧侶「ああ」
男「オレも、考えてみるよ。自分なりの選択肢を。僧侶」
僧侶「……なんだ?」
男「ありがとう」
417: 2013/11/02(土) 00:31:15.98 ID:t2WHmY1vO
……………………………………………………
サキュバス「また来てね、お兄さんとお兄さん」
男「わざわざ見送ってくれるんだな」
サキュバス「今はお客さんが、あんまり入らない時間だからね。あと、人間にナンパされたのは初めてだし」
僧侶「……また来るかどうかは知らないが、食事はうまかった」
サキュバス「あはは、それはよかった。お姉さん、いっぱい食べないとおっOい大き……」
僧侶「……」
サキュバス「いや、そんなに睨まないでよ。冗談だから、じょーだん。
……それにしてもお兄さん、さっきと雰囲気少し変わった?」
男「オレ?」
418: 2013/11/02(土) 00:33:40.77 ID:t2WHmY1vO
サキュバス「なんか心なしか、さっきよりも男前に見えるよ? 少しだけ憑き物が取れたみたいな?」
男「よくわかんないな」
サキュバス「ねえ、お姉さんもそう思うよね?」
僧侶「……いや、私にもわからない」
サキュバス「それにしても最近、常連のお客さんがことごとく来ないから困ってるのよね」
男「客が来ないのはたしかに困るな」
サキュバス「ここのところ色々と街がざわついてるのよね。至るところに警備の連中とかもいるし」
僧侶(魔王がいなくなったからな……とは言えはしないな、さすがに)
サキュバス「ただ、ここんとこの二日間はさらに警備が強化されてるみたいなんだよね」
419: 2013/11/02(土) 00:38:10.73 ID:t2WHmY1vO
男「オレが眠ってる間になにかあったか、僧侶?」
僧侶「いや……私が知るかぎり、警備強化をしなければならないようなことは、なかったと思う」
僧侶(私たちやあの赤いローブの連中のことと関係あるのか?)
サキュバス「あ、でも一つ気づいたんだけどさ。ここ二日間ぐらいね、街の警備にあたってた連中なんだけど。
ミレットの警備にあたってるみたいだね、なぜかは知らないけど」
男「ミレットって人間地区のことだよな? だけどそれがなんだって言うんだ?」
サキュバス「ミレットは帝都の入口でもあるんだよね」
僧侶「街の入口の警備を急に固める、それって……」
サキュバス「そう。まるで今誰かに侵入されたら困っちゃうみたいな、ね」
420: 2013/11/02(土) 00:40:58.20 ID:t2WHmY1vO
…………………………………………………………
僧侶「今、屋敷に戻っても手持ち無沙汰になるな。どうする、他にどこか行くか?
いや、あまり動かない方がいいか。憲兵も少ないとは言え、いるにはいるからな」
男「そうだな……あ」
僧侶「どうした?」
男「いや、あのサキュバスを見ててなにか違和感のようなものが胸につっかえてたんだけどさ。今、なんとなくわかった。それの正体が」
僧侶「違和感? なんだ?」
男「オレの中にある記憶……その中のサキュバスの記憶っていうか、イメージなのかな?
それと一致しなかったんだよ、全然」
僧侶「それはつまり、昔の勇者の記録、それと一致しないってことか?」
男「ああ。オレが知ってるサキュバスは、あんな人間と寸分変わらない姿をしていなかった」
僧侶「より魔物として、わかりやすいような姿だったってことか? 彼女も翼はあったが……」
男「でも、オレの知ってるサキュバスはもっと翼も大きかった」
421: 2013/11/02(土) 00:46:55.22 ID:t2WHmY1vO
僧侶「でも、だからってなんなんだ? 時代の変化とともに魔物の姿が変わったってことか?
だいたい、魔物だって生き物だ。個体差がある。
さっきのサキュバスのように人間よりのものがいる一方で、お前の記憶の中のように魔物としての色を濃くするサキュバスもいる」
男「……」
僧侶「そういうことじゃないのか?」
男「……すまん。やっぱりオレの勘違いなのかもしれない」
僧侶(勘違い、その可能性は十分あるが、あの魔物を作る研究機関……あんな施設があることを考えれば、勘違いで済ますのは……)
男(オレの記憶違いなのかな? なにか調べる方法はないのか?)
僧侶「そうだ、帰ってきたら魔法使いに聞くのはどうだ? 魔法使いなら、魔物についてはかなり明るいからな」
男「なるほど、そうだな。だが、それまでに自分でもなにか調べておきたいな」
422: 2013/11/02(土) 00:50:07.90 ID:t2WHmY1vO
男(そういえば、まだあの姫様の手記をきちんと読んでいなかったか。あれ、読みたいな……)
僧侶「私は少し、街の様子を見て回る。ついでに図書館にも寄っておきたい。お前は?」
男「屋敷に戻る。少し気になることがあるんだ」
僧侶「……」
男「な、なんだよ。そんなじーっと見られても……」
僧侶「帰ったら体調の確認を兼ねた手合わせをしよう」
男「ん、ああ、それはありがたい」
僧侶「じゃあまたあとで」
男「おう」
423: 2013/11/02(土) 00:57:33.41 ID:t2WHmY1vO
…………………………………………………………
男「ってなわけで、屋敷に戻ってきたわけだけど……」
男(少し、気分も落ち着いたのか? よくわからないけど、僧侶の話を聞いたらなんだか胸のモヤモヤが消えた気がする……)
竜「おやおや、ずいぶんと早く戻られましたね。お連れの方は一緒ではないのですか?」
男「あいつはまだ街にいるよ。オレは例の手記の続きが読みたくて戻ってきたんだ」
竜「左様で」
男「……いま思い出したんだが、お前のご主人はどうしたんだ? バイトか?」
竜「主は……まあ、そんなところです」
男「あやふやな言い方だな。あの子のおかげでオレは助かったからさ、礼を言いたかったんだよな」
竜「また会ったときにでも。会えたなら、ですが……」
男「……?」
424: 2013/11/02(土) 01:10:48.47 ID:t2WHmY1vO
竜「それでは私はこれで」
男「ああ、またな。さて……」
男(なぜかは、わからない。なぜこの手記に惹かれるのかはわからないが、オレはこの中身を見なければならない気がする)
…………………………………………………
ある日のこと。私は気になることがあって、ひたすら本を読み漁っていた。
片付けるのは面倒だったので、そのまま本は出しっ放しにしておいた。普段は誰かがてきとうに片付けてくるので、私には片付けの習慣はなかった。
ちょうど、そのとき彼が部屋に入ってきた。彼は部屋に入ってきたとたん、顔をしためた。私はすぐ本に視線を戻す。
『いくらなんでも散らかしすぎじゃないか……?』
『べつに。あなたが来なくて暇だったから。ねえ、魔王様?』
『……』
『やっぱり、勇者様と魔王は世界に存在し続ける……これは太陽が登って沈むぐらい自然なことなのね』
『今さらそれがどうした? オレでもそんな当たり前のことはわかるぞ』
『そうね、そのことはたいして重要ではないわ。問題は、存在し続ける勇者様と魔王の関係……そうね、なんて言ったらいいのかしら』
私が言葉を探して黙ったりしているときに、彼の表情を盗み見るのは、密かな楽しみになっていた。
まるで忠犬が餌を待ってるような、そんな佇まいなのだ。きっと彼自身が聞いたら怒ってしまうだろうから、それについては私は特に言わない。
その代わり、私だけの小さな楽しみということにしておいた。
ようやく言葉がまとまる。私がしゃべろうとすると、彼が身を乗り出す。これも私が知った彼の癖のひとつだ。
425: 2013/11/02(土) 01:13:55.98 ID:t2WHmY1vO
『魔王対勇者……この対立構造ってある意味、もっとも犠牲の出ない形なの。
軍隊は街を守る。そういう名目で動かない。そして、勇者たち一行だけが、魔王たちを倒しに行く』
『まるで魔王への貢物のようだな。それだけを聞いていると』
『ある意味そうなのかもね。それに色々と奇妙よね……』
『どういう意味だ?』
『だって、少人数でパーティを組ませているのは、本来勇者一行の存在を魔物たちに知られないためよね?』
『……そーなんだろうな』
どうやら私の思考はまだまとまってはいなかったみたい。
考えが次々に沸き起こって、意味があるのかないのか、あやふやな言葉に変わっていく。
『でも国民は勇者という存在がなければ、不満が出る……絶対に存在する回復魔法を使える者の存在……確実にそろう勇者パーティ……』
近年、回復魔法について疑問の声があがっている。魔法による回復の人体への影響。
勇者様と魔王の戦いはまるで誰かに仕組まれているようだ。
しかも、なるべく犠牲を出さない形をとっている。私はふと、自分が目を通して積み上げた本たちを見た。
426: 2013/11/02(土) 01:19:23.88 ID:t2WHmY1vO
『よく、これだけ、きちんと勇者様たちの記録が残ってるわよね』
『ん、そうだな。誰が記録を残しているんだろうな』
戦い続ける勇者様と魔王。
犠牲を出さない最小限の戦争。
半永久的な争い。
誰かによって記され続ける記録。
『そう、まるで誰かが勇者様と魔王の争いを仕組んでるみたい』
積み上げられた記録たちを、私は見た。なにかが、おかしい。
だが、よくよく考えれば、私と彼の関係もひどく奇妙なものか。
私は答えを見つけられない。魔王の顔を見る。彼の瞳に映る私の顔は、不安に揺れていた。
……………………………………………………
男(なんか、 たまたま開いたページだったけど、あやふやだし、本人もなにが言いたいのかわからないって感じの内容だな……)
男「んー、もうちょっと読もうかな……あ、これは……」
男(勇者パーティについてか)
…………………………………………………………
427: 2013/11/02(土) 01:25:02.07 ID:t2WHmY1vO
男「ふむふむ……なるほど」
エルフ「少しよろしいですか?」
男「ああ、はい……って、うおわあ!?」
エルフ「あの方が言っていた通り、反応が大仰ですわね」
男「それは急に話しかけられたから……」
エルフ「部屋に入る際にもノックはしましたがね。あなたが帰ってきてることは、伝え聞いていたものですから」
男「ああ……それは、申し訳ない」
エルフ「いえいえ。私も、もう少し配慮すればよかったですね。
それにしても、ずいぶんと熱心に手記を読んでますね。本の内容はどうですか?」
男「えっと……そう言えばこの手記ってあんた……あ、あなた……のものなんだよな?」
エルフ「まあ、一応そういうことになっていますわ」
428: 2013/11/02(土) 01:31:51.81 ID:t2WHmY1vO
男「あやふやな言い方だな」
エルフ「物事に対して断言できない。私の悪い癖ですわ……あら? そんなに凝視されると照れますわね、なにか私に言いたいことでも?」
男「あのさ、えっと、あなたたち……魔物は……」
男(なんか、このヒトの前だと妙に緊張するな……なんか、すごい変わった雰囲気というか……)
エルフ「ストップ。私たちは自分たちのことを魔物なんて言いません。魔族と言います」
男「あ、はい……魔族……」
エルフ「ええ。魔物って言い方を私たち魔族は好みません。あしからず」
男「はあ……」
429: 2013/11/02(土) 01:44:56.82 ID:t2WHmY1vO
エルフ「それで、私になにを聞こうと思ったのですか?」
男「魔物……じゃなくて、魔族であるアンタたちは、人間についてどう思うんだ?」
エルフ「ずいぶんと抽象的な質問ですね。もう少し具体性が欲しいですわ」
男「だから、たとえば……人間に対して憎しみを抱いたり、とか嫌悪感を覚えたりしないのか?」
エルフ「人それぞれですよ、そんなもの」
男「えらいあっさりと言ってくれるな。そりゃあ、人それぞれだろうけど……アンタはどうなんだ?」
エルフ「少なくとも人間だから、という理由で嫌悪感を他人に抱いたことはありませんわ。
と言うより、私が人間だから、という理由他人に嫌悪を感じたりはしませんわ」
男「えらくはっきりと言うな」
430: 2013/11/02(土) 01:53:11.43 ID:t2WHmY1vO
エルフ「ええ。間違いなく、人間だからという理由で嫌悪を感じることは私にはありませんわ。
逆に質問しますけど、人間相手にあなたは腹を立てないと言い切れますか?」
男「それは……そりゃあ、人間相手に腹立つことなんて、いくらでもあるだろ」
エルフ「そう、結局そういうことでしょう?」
男「……あ」
エルフ「湧き上がる感情が、魔族だから……人間だから。そんな理由で変わるなんて愚かなことこの上ないですわ」
男「たしかに……」
エルフ「この街を見てあなたはわかったはずです。人間だろうが魔族だろうが、変わらないってことが」
男「……」
エルフ「たとえ、あなたが何者でもない誰かだとしても、その胸に抱いた感情は本物でしょう?」
431: 2013/11/02(土) 02:00:21.32 ID:t2WHmY1vO
男「抱いた感情は本物、か」
エルフ「だから、もしなにか胸の内になにかを溜め込んでるなら、吐き出すべきですわ」
男「……魔界の魔族はみんな、アンタみたいな考え方なのか?」
エルフ「ほとんどは。ただ、やっぱりいさかいが全くないわけじゃないですわ」
男「まあ、仕方ないことなんだよな。それもアンタの言う通りなら」
エルフ「いさかいや争いは同じ種族でも起きる。当然、と言えば当然です。
でも、歩み寄ることは心の持ちようで、いくらでもできますわ」
男「……心の持ちよう、か」
エルフ「ええ、大事なのは心ですわ」
432: 2013/11/02(土) 02:01:28.41 ID:t2WHmY1vO
…………………………………………………………
戦士「……で、勇者くん。はるばる視察から帰ってきたボクらに、いったいなんの用だい?」
男「オレのリハビリ会だ。眠ってたせいで、カラダが訛っちゃったからな」
僧侶「……なにを考えてる?」
男「なあに、本を読んでたら心と心を交わすのには拳が一番、って書いてあったんだよ」
魔法使い「……」
魔法使い(自分なりのアプローチをする、か。やはり勇者くんは常に変化し続けてる)
戦士「なにに影響を受けたのかは知らないけど、いいだろう。実力の差を見せてあげよう」
男「本気でこい。オレも本気でいく」
438: 2013/11/04(月) 22:06:41.43 ID:5ucDYNgqO
僧侶「私とは手合わせしよう、と言っていたが、なぜ戦士となんだ?」
男「……この前の決着がついてないから」
戦士「決着って、いったいなんの話をしているんだい?」
男「あの牢獄で、オレとお前は闘ったろ。忘れたのかよ」
戦士「あれのことか。あれはボクの完敗だったよ、あと少しで殺されかけた。今さらなにを蒸し返そうっていうんだい?」
男「あれはオレじゃない。オレの中のなにかがお前を頃しかけた。でも、『オレ自身』は完敗だった。
だからこそ、リベンジしたいんだよ。オレのままでオレはお前に勝つ」
戦士「……なるほど。魔法使いちゃんや僧侶ちゃんもせっかくだ、見ててくれよ」
魔法使い(戦いによって闘争本能が刺激され、またあの力が暴走する可能性がある。
だからこそ、私や彼女もこの場にいたほうがいい、か)
僧侶(なにか考えてるのか……勇者は)
439: 2013/11/04(月) 22:10:10.22 ID:5ucDYNgqO
男「さっきも言ったが、本気でこい」
戦士「闘いの状況次第では本気を出してあげるよ」
男「……いくぞ!」
男(たぶん、勝負の時間が長くなればなるほどオレの勝算は減ってく……ならっ!)
魔法使い(これは……)
僧侶「なにを考えてるんだ……?」
戦士「……っ!?」
戦士が思わず声をあげてしまったのは、勇者が手にしていた剣に極端すぎるほどの魔力を込めていたからだ。
ほとんど身に宿したすべての魔力を注いでいると言ってもいい。刀身は、その膨大な魔力によって輪郭を朧げなものにしていた。
440: 2013/11/04(月) 22:14:58.93 ID:5ucDYNgqO
くらえばおそらくそれ相応のダメージを負う、いや、そんな生易しいものではない。
大怪我ですら、生ぬるい。間違いなくやられる。
戦士は素早く魔力を剣に先端に手繰り寄せ、火を操る。狙いは……
男「うおおおおおおおおおっ!!」
勇者の咆哮。屋敷の庭全体に広がる叫び声が、雲すらも震わせる。
勇者が地面を蹴る。体勢を低くして、いっきに駆けてくる。以前よりもスピードが速い。戦士は魔法を放つ目測を一瞬でつけ――火の粉を放った。
戦士と勇者の距離はそこまでない。距離をとらなければ、あの剣の餌食にされるかもしれない。
後退しようとして、戦士は気づいた。剣をいつの間にか片手持ちにしているのだ。
刀身どころか、持ち主の手までも魔力が包みこんでいた。投げの構え、あの膨大た魔力の塊をあろことか、この男は投げるつもりなのだ。
戦士「ほ、本気なのか!?」
焦るあまり、声をあげていた。魔力をいっきに高める。剣の投げよりは先に魔法を放たなければならない。
間に合うか間に合わないかの限界を見切り、青い炎を放った。
441: 2013/11/04(月) 22:18:44.81 ID:5ucDYNgqO
しかし、火の球の狙いはあくまで勇者の足もと。そして、彼の手もとをギリギリ掠めるぐらいの位置。
牽制こそがこの魔法の狙い。
男「悪いけど、予想通りだ……全部なっ!」
戦士「……!?」
勇者の口もとのはしが釣り上がる。獲物が網にかかったことを喜ぶ狩人のようだった。ようやく戦士は自分の間違いを知った。
投げの構えをとっていたはずの勇者は、気づけば刺突の構えをしてそこまで迫っていた。
戦士(フェイク!?)
投げの構えは見せかけなだけだった。
彼の手に目がけて放った火球は、魔力の剣に当たって消滅した。足もとを狙った火を無視して、勇者は突き進んで――
戦士「くっ……!」
魔法使い「勝負あり、ね」
勇者はその剣を戦士の首に当たる直前で止めた。剣に注がれた魔力が解かれていく。
わずかな時間でありながら、勇者の額にはたまの汗が浮いて輝いている。
勇者は剣を鞘にしまうと、得意げに言った。
男「……言ったろ? 本気でいくって」
442: 2013/11/04(月) 22:20:46.30 ID:5ucDYNgqO
戦士「素直に驚いたよ、勇者くん……」
僧侶「よく、あんな思い切ったことをしたな」
男「いやあ、僧侶とわかれて一人になったあとずっと考えていたんだ」
戦士「考えていたって、ボクに勝つ方法をかい?」
男「いや、自分のことを考えてて、次にパーティのみんなのことをずっと考えてた」
僧侶「どうして?」
男「最初はさ、自分のことをほとんど知らないから、自分について考えてたんだ。でも、そうしてるうちにお前らのことも全然知らないことに気づいてさ。
だから、なにかわかることはないかって考えてた。それで、オレがわかるみんなのことは戦闘のことだ。
というか、オレ自身が戦闘のことしかわからなかった」
戦士「でも、それがどうボクのリベンジに結びつくんだい?」
男「んー、なんていうか、考えて考えて、その考えの結果って感じだな。
オレが考えた結果が正しいのか、知りたかった」
443: 2013/11/04(月) 22:22:37.45 ID:5ucDYNgqO
男「戦士とは一番手合わせしていたし、僧侶からオレが暴走したときのことも、戦士が帰ってくる前に聞いてたんだ」
僧侶「いったいなんで私に、あのときのことを聞いたのかと思ったがこういうことだったんだな」
男「うん。暴走したオレ相手でも、本気で殺そうとはしなかった……そのことを聞いたときに確信したよ。
模擬戦でも、戦士は呪文を牽制にしか使わなかった。
だから、オレがむやみやたらに突っ込んだとしても、確実に攻撃は当たらないだろうなってさ」
戦士「……ボクの性格を考えた上での、戦法だったわけか」
戦士(戦略を考える上で、敵の性格を考慮するのは基本中の基本だ。
もっとも勇者くんの場合は、仲間であるボクだからこそとれた戦略、か)
男「まあ、こんなインチキみたいなやり方で勝ったと言うのは、ちょっと卑怯だけど。でも、オレにしちゃあ上出来だろ?」
戦士「そうだね、『ボクの油断』を見事についたイイ作戦だったよ」
僧侶「そうだな。どういう形であれ、戦士は負けたわけだからな」
戦士「……まあね」
444: 2013/11/04(月) 22:23:38.08 ID:5ucDYNgqO
戦士「で? 結局、勇者くんはなんのためにこんなことをしたんだっけ?」
男「いや、なんて言うのかな? 心を通わせるには、こういう風に全力でぶつかるのが一番だって聞いたからさ」
戦士(……経験もなければ、記憶もない。そんな勇者くんなりの歩み寄り方ってわけか)
男「オレは作られた偽物だ。だから……」
僧侶「だから、なんだ?」
男「……わからない。いや、なんとなく自分がダメな存在だっていうことはわかる」
戦士「なんとなくなんだろ? 絶対にダメってわけじゃないんでしょ、キミの存在」
男「……それは、わからない」
戦士「だったらいいじゃん。なんとなく程度のダメな存在なら。絶対にダメじゃないなら、ボクがキミとこうして一緒にいる理由に十分になるさ」
僧侶「私も前にも言った。お前を助けたいと思って、お前を助けたこともあるし。
助けられたこともある。そういう意味じゃあ、私にとっての勇者はお前だ」
445: 2013/11/04(月) 22:25:16.21 ID:5ucDYNgqO
男「……そ、そうなのか」
僧侶「魔法使いはどうだ?」
魔法使い「……あなたは、危険な存在」
男「……うん」
魔法使い「内に秘めた力を、暴走させればすべてのものを、不幸にするだけの力があるかもしれない。でも……。
それだけ危険な力を暴走させながら、それを最後に制御できたのは、他でもない。あなたの強い意思」
男「魔法使い……」
魔法使い「私はそんなあなたの強い意思を、信じたい」
446: 2013/11/04(月) 22:26:52.46 ID:5ucDYNgqO
戦士「なにより、ボクたちはパーティだ。ボクはこのパーティ、まあまあいいと思うよ。
急遽集められた、言ってしまえば単なる寄せ集め集団だけどさ」
僧侶「妙に上から目線なのが気になるが。でも、同意だ。私たちはこの数日間だけで、いくつかのピンチを乗り越えることをしている」
魔法使い「……うん、悪くない」
男「……みんな」
戦士「きちんと言っておくよ。僧侶ちゃんや、魔法使いちゃん、そして……勇者くん。
ボクは任務が終わるまでは、このパーティで頑張っていきたい。そう思っている」
僧侶「そうだな。私も同じだ」
魔法使い「うん」
男「……」
僧侶「どうした?」
男「……なんか、すごく変な感じなんだ。なんだろ、この感覚。嬉しいとかそういうのに似た感じなんだけど」
447: 2013/11/04(月) 22:28:22.15 ID:5ucDYNgqO
魔法使い(植え付けられた記憶は、やはり不完全。それゆえに、幼少期から段階を踏んで経験から感情を学ぶのとはちがう。
自分の感情の発露に戸惑うことが多々ある、か)
戦士「おやおや、もしかして勇者くんは感動してるんじゃないの?」
男「感動……ってこういうことなのか? ああ、でも、なんかそういうのなのかな、この感覚は」
戦士「まあ、これからもよろしく頼むよ」
男「戦士……おう! こっちこそ、これからもよろしく頼む、みんな!」
魔法使い「……よろしく」
僧侶「うん、これからもこのパーティでがんばっていこう」
448: 2013/11/04(月) 22:29:08.82 ID:5ucDYNgqO
……………………………………………………………
三日後
男(そういえば、この三日間で結局あの子に会うことはなかったな。
情報屋だから、あそこまで国の事情や秘密に詳しかったのか……)
男「色々と気になるんだけどな、あの子の言っていたこと」
男(……目が疲れてるみたいだな。なんだか眠りも浅いし、こういうのは感情が昂ぶってたりするからなのかな)
僧侶『勇者、入っていいか?』
男「おう、入っていいよ」
僧侶「おはよう」
男「うん、おはよう」
僧侶「明かりがついてたから来たんだが、ずいぶんと早くから起きてるんだな」
男「んー、まあな。でも、僧侶はもっと早くから起きてたんだろ?」
449: 2013/11/04(月) 22:30:27.56 ID:5ucDYNgqO
僧侶「私の場合は、その分だけ先に寝ているからな。それにこの早起きは習慣だからな。
お前の場合、あまり眠れてないんじゃないか? 昨日も夜、遅かったらしいし早く起きてただろ?」
男「なんでか知らないけど、寝てもすぐ目が覚めちゃうんだよな。まあ、でも寝てはいるし大丈夫だよ」
僧侶「私が選んだ本、読んでたのか?」
男「うん。本、これを読むと色々とわかるんだな」
僧侶「まあ、そういうものだからな。本というものは」
僧侶(ちがう、勇者にとってはそんな私たちにとって当たり前のことさえも、当たり前じゃなくなるのか)
男「記憶としてはわかってるし覚えてるのにな。
不思議だな、こうやって体験することで、ようやく記憶に自信……っていうか、まあそんな感じのものを感じられる」
僧侶「そうか。だけど少し、今詰めて読みすぎな気がしないでもないけどな」
男「そうかな?」
僧侶「時間があったら剣技についての鍛錬をするか、読書をするか、それしかしてなくないか?」
450: 2013/11/04(月) 22:31:18.44 ID:5ucDYNgqO
男「たしかにな。なんか焦ってんのかな?」
僧侶「焦ってる?」
男「自分でもわからないんだ。ただ、オレは誰よりもなにも知らない。だからさ、がんばろうかなと思ってさ」
僧侶「……そうか」
男「昨日も夜に、魔法使いから魔力の効率のいい使い方を聞いてたんだ。あいつの話を聞いて、自分の知識のなさに驚いたよ」
僧侶「魔法使いは魔力や魔物に関して、並の人間より精通しているからな」
男「うん。知識は実践経験と同じぐらい大切なんだって思ったんだ」
僧侶「だから、今も本を読んでたのか?」
男「んーまあ、それもあるのかもな」
451: 2013/11/04(月) 22:31:58.92 ID:5ucDYNgqO
僧侶「せっかくだ。先に朝ごはんを食べてしまおう」
男「……先に食べちゃうのか?」
僧侶「お腹すいてるだろ? それに読書や運動、とにかくなにかをするならその前に栄養をとっておくべきだ」
男「まあ、それもそうか」
僧侶「今日は私の新作料理を食べてもらいたい」
男「へー、それは楽しみだな。いったいどんな料理なんだ?」
僧侶「名前はまだ決めていない。よかったら食べたあとにでも決めてくれ」
452: 2013/11/04(月) 22:32:46.04 ID:5ucDYNgqO
…………………………………………………………
僧侶「で、どうだった?」
男「……正直に言っていいんだよな? 朝ごはんはおいしいよ」
僧侶「朝ごはん自体はたいしたものではないし、ここの遣いの者に教えてもらったものだ」
男「そういえば、遣いの人に朝ごはんだけは、わざわざ自分で作るように言ったんだよな」
僧侶「ああ。私の教会は人数が少ないからな。ほとんど毎日、食事は私が作ってる。こっちに来てもその習慣ぐらいは続けておきたかったんだ」
男「どうして?」
僧侶「そうやって継続的になんでもやっていないと、意思の弱い私は料理をすることをやめてしまうかもしれないからだ」
男「そんなことないと思うけどな。むしろ、なんかすげー頑固って感じがするのに」
僧侶「たぶん、お前が見ている私と、私が知っている私はちがうんだ。
私は一番、私を信用していない。自分のことは自分が一番よくわかっている」
男「…………自分のことは自分が一番よくわかっている、か」
453: 2013/11/04(月) 22:33:26.96 ID:5ucDYNgqO
僧侶「……一番、付き合いが長いからな」
男「ん? どういうことだ?」
僧侶「なんでもだ」
男(……もしかして、オレに気をつかって冗談でも言ったのか?)
僧侶「話が脱線したな。新作料理の評価を私は聞きたいんだ」
男「えーっと、正直に言うぞ?」
僧侶「構わない。むしろ、こういうことは正直に言ってくれないと困る」
男「……すごく、まずい」
僧侶「……まあ、 そうだろうな」
男「え?」
454: 2013/11/04(月) 22:36:19.59 ID:5ucDYNgqO
僧侶「だが、そちらの人参料理はそこそこうまいと思うんだが、どうだった?」
男「ああ、これはなかなか食べやすいし、おいしかったと思う」
僧侶「前々から色々と試行錯誤していた料理なんだ。酢に塩や砂糖、そして細かく刻んだ人参を二日ほど漬けたものなんだ。
ただそれだけだと、どうにも物足りなくてな。色々と考えた末に、にんにくを摩り下ろして一緒に漬けておいたんだが。
これがなかなかによくてな。ぼやけてた味がパンチがきくようになった」
男(なんか料理のことを話してる僧侶は、すごい生き生きしてるように見えるな。これで、料理をしなくなるなんてことがあるのか?)
男「へー、よくわかんないけどこれはなかなかおいしかったよ。ただ……」
僧侶「こっちか?」
男「うん。なんだったんだ、このなんかよくわからない、煮込み料理は? なんか妙に赤いんだけど」
僧侶「赤いのはトマトだ。トマトは加熱した方が栄養価が上がるからな」
455: 2013/11/04(月) 22:37:07.66 ID:5ucDYNgqO
男「じゃあ、この謎の肉塊は?」
僧侶「いや、それは私にもわからない。遣いからもらったんだ。栄養価が高いらしい」
男「……なんか他にも色々と入ってるけど、この料理を僧侶は味見したのか?」
僧侶「当たり前だろう。料理をして味見をしない人間などいない。
仮にいるとするなら、そいつは間違いなく料理が下手だろうな」
男「……じゃあ、これがおいしいわけがないってことぐらい、わかるよな?」
僧侶「もちろん。だから、私はおいしいかは聞かなかっただろう。私が聞きたいのは食べられるかどうかだからな」
男「食べれると言えば食べれる。でも、食べないですむなら、食べたくない。そんな味だ」
僧侶「やっぱりそうなのか」
男「なんでこんなまずいものを食わせたんだ?」
456: 2013/11/04(月) 22:38:47.74 ID:5ucDYNgqO
僧侶「この料理はたしかに間違いなく美味しくないが、でも、確実に栄養価は高いからだ」
男「そうなのか?」
僧侶「そもそもこの料理は、うまいものを作ろうと思って作ったわけじゃないからな。
栄養がきちんと摂取できる料理、それが今回のテーマだ」
男「まあ、理由はわかったけど、もう少し味はなんとかならなかったのか?」
僧侶「……数年前に世界各地を歴訪してきた元軍人の方が教会を訪れたことがあった」
男「なんの話だ?」
僧侶「まあ聞いてくれ。そのとき、その人と話したんだが、野戦食の話になってな。彼らにとって、食糧というのはなかなか重要な課題らしい。
大量かつ保存もきき、衛生面の安全も確保する野戦食というのは、なかなかできないらしい。なにより、味は最悪そのものだそうだ」
男「うん……」
僧侶「その人から聞いた野戦食で、もっともまずい代わりに一番栄養価の高いというもの……それを参考にしたのがこの料理だ」
男「なるほど、まずいわけだ」
457: 2013/11/04(月) 22:39:53.16 ID:5ucDYNgqO
僧侶「その人が言ってたんだ、野戦食はまずいが栄養はそこそことれる。むしろ、まずいほど栄養が確保できる、と。
その彼の話を聞いてから、私の料理の持論は『栄養価が高い料理はまずい』になった」
男「なんか暴論なような気がするぞ」
僧侶「暴論と言えば暴論だが、言った人が言った人なだけに、含蓄のある言葉になんじゃないか。
その話を聞いてから、私も日持ちする料理を考えるようになった。特に野菜の類なんかだな」
男「酢に漬けたりしておくと、長持ちするのか?」
僧侶「ああ。だいぶちがうな。塩揉みとかでもいいんだが」
男「なるほどな。まあでも、そうだな……」
僧侶「なんだ?」
男「オレも料理を覚えようかなってちょっと思ったんだ。いつも僧侶に作ってもらってばかりだし」
僧侶「それは私が進んでやってることだからだ。気にしなくていい」
458: 2013/11/04(月) 22:40:45.32 ID:5ucDYNgqO
男「まあ、そうなんだけどさ。いずれは魔界を出るだろ?」
僧侶「そうだな」
男「そうしたら、ご飯のことで僧侶に頼ることはできない。自分で作らなきゃいけないだろ?
だから、自分でも作れるようになるべきかな、ってさ」
僧侶「……」
男「それにこの三日間は、メシも腹六分目までって戦士に言われてるから、この任務が終わったら、たらふくご飯くいたいしな」
僧侶「ささやかだけど、いい目標だな」
男「今までご飯作ってくれたお礼に、僧侶には真っ先にオレの作ったのをご馳走するぜ」
僧侶「ふっ……楽しみにしてるよ」
男「なんで今ちょっとだけ笑ったんだよ?」
僧侶「べつに、気にするな。楽しみがひとつ増えた、それだけのことだから」
僧侶(そうだ、私たちは帰るんだ。任務を終えたら自分たちの国へ。そして……)
459: 2013/11/04(月) 22:49:49.70 ID:5ucDYNgqO
……………………………………………………
男(さて、ご飯も食べ終わったし、とりあえず、まだ寝てるだろう魔法使いを起こしに行くかな)
男「魔法使いの部屋はどこだっけ? 本当にここの屋敷広いよなあ。迷いそうになるな……ん?」
男(なんだ、この感覚……)
魔法使い「私なら、ここ」
男「のわあっ!?」
魔法使い「相変わらず大きいリアクション」
男「そ、そりゃあリアクションも大きくなるだろ!? どうやって背後から突然現れた!?」
魔法使い「……まだ秘密」
男「ん、ていうか起きてたんだな」
魔法使い「さっき目が覚めたところ。とりあえず部屋まで、来て」
男「……なんでだよ?」
魔法使い「寝巻き、だから」
…………………………………………………
460: 2013/11/04(月) 22:50:33.48 ID:5ucDYNgqO
男(起きてすぐに、部屋を抜けたのか……いや、なんらかの魔法を使ったのか、よくわからないけど。
起きてから着替えもせずに、オレを驚かせに来たせいで、着替えてなかったらしい)
魔法使い「お待たせ」
男「えっと、入っていいのか?」
魔法使い「……うん」
男「おジャマします……カーテン、開けないのか?」
魔法使い「……開ける」
男(なんかいつにも増して、しゃべり方がゆったりしてるな。寝起きだからか……テーブルに空き瓶があるけど、これって酒だよな)
男「昨日、酒飲んでたのか?」
魔法使い「飲んでた」
461: 2013/11/04(月) 22:51:29.58 ID:5ucDYNgqO
魔法使い「飲酒は彼から禁止はされていない。自分が飲める量はきちんと把握している。アルコール分解の魔法もあるから、問題ない」
男「……そうか。それで、なんでわざわざ部屋まで連れてきたんだ?」
魔法使い「言いたいことがあった」
男「言いたいこと?」
魔法使い「……うまく言葉にできない」
男「は?」
魔法使い「……このことについては、また、今度。それよりこれを……」
男「これって魔具だっけ? 魔力が込められてるっていう道具で、たしか、ケンタウロスと戦ったときにも使ったよな?」
魔法使い「そう。これはあのとき使ったものとは、べつ。使い方は、あとで三人にも教える」
男「ありがと、助かる」
462: 2013/11/04(月) 23:13:10.79 ID:5ucDYNgqO
魔法使い「……」
男「……ん」
魔法使い「……」
男「あー、そういえばさ、魔法使いは酒を飲むのが好きなんだよな?」
魔法使い「そう、だけど」
男「どんなときに酒を飲みたくなるんだ? 前から少し気になってたんだ」
魔法使い「……飲みたい、と思ったとき」
男「いや、その飲みたいって思うきっかけをオレは知りたいんだよ」
魔法使い「……いやなことがあったとき、基本的には」
463: 2013/11/04(月) 23:15:20.68 ID:5ucDYNgqO
男「そういえば、酒は気分を高揚させてくれるんだってな。飲んだけど、オレにはよくわかんなかった」
魔法使い「他にも、ある。人と本音で話したいときとか……」
男「魔法使いの場合は、お酒飲むと別人みたいになるもんな」
魔法使い「……自分でも、変っていうのは、わかってる」
男「……そうだな、きっと変なんだよな」
魔法使い「……」
男「……あ、ごめん」
魔法使い「……事実だから、いい」
464: 2013/11/04(月) 23:20:50.38 ID:5ucDYNgqO
男「戦士に言われたけど、もっとオレはクールになったほうがいいらしいな。なんか、女にはその方がいいとか」
魔法使い「……意味、わかってる?」
男「……たぶん。一応、わかってるつもり」
魔法使い「彼の言ってることは、間違ってない。でも、今は必要のないこと」
男「そうなのか? てっきり、魔法使いとか僧侶とかも女だから、パーティについての話なのかなと思ったんだけどな」
魔法使い「……」
男「あれ? もしかして今、笑ったか?」
魔法使い「……気のせい」
男「……ホントにか?」
魔法使い「……ん」
465: 2013/11/04(月) 23:28:26.37 ID:5ucDYNgqO
魔法使い「……お酒の話」
男「え?」
魔法使い「……なんでお酒を飲むのか、って話」
男「おう」
魔法使い「みんなで酒を飲むのは、楽しい」
男「そういえば、まだ全員では酒を飲みに行ったことはないんだよな」
魔法使い「……だから、すべてのことが終わったら……」
男「そうだな」
魔法使い「飲みに行きましょう」
466: 2013/11/04(月) 23:47:36.38 ID:5ucDYNgqO
…………………………………………………………
男(さて、と。まだ戦士には会ってないな。戦士のヤツ、まだ寝てんのか?
昨日も帰ってくるの遅かったみたいだしな……って、テラスにいた)
男「……なにやってんだろ、戦士のやつ」
男(紙になんか色々と書いてるみたいだな。なんか、あーでもないこーでもないと、唸ってるようにも見えるな。
……あ、紙をぐちゃぐちゃにしちゃった。ちょっと覗いてみるか)
戦士「……ふーむ、なんだか台詞回しがおかしい気がするなあ。うーん……」
男「……」
男(なんか殴り書きしてるけど、なんだこれ……)
戦士「……勇者くん。盗み見とはずいぶんとお行儀が悪いんじゃない?」
男「気づいていたのか……べつに盗み見するつもりはあったけど……なにやってるんだ?」
戦士「息抜きに今度の脚本を書いてるのさ」
467: 2013/11/04(月) 23:48:27.56 ID:5ucDYNgqO
男「脚本? 脚本って劇の物語のシナリオとかのことだよな?」
戦士「ボクの父が買い取った小さな劇場があるんだけど、そこで月一で演劇を披露して、今はそこの劇場はボクのものになっている」
男「お前が演技したりするのか?」
戦士「ボクは監督兼脚本家だよ。仕事の合間をぬって、趣味でやってるんだ。なかなか面白いんだ」
男「よくわかんないけど、とにかくなんか劇のシナリオを書いてたってことなんだよな?」
戦士「報告書を書くのに疲れたからね。使われてる兵器や、人材、その人材の育成やらまあとにかく色々レポートがあってね」
男「すっかり忘れかけてたけど、本当はこの国の技術がどんなもんか見極めるのが、目的だったんだよな」
戦士「より正確に言えば、契約を結んで魔界の技術者たちをうちの国で雇うのが、密使であるボクらの本来与えられた任務だった」
男「そうなんだよな。色々とありすぎて本来の目的を忘れてたな」
戦士「さすがだね、勇者くん」
468: 2013/11/04(月) 23:53:59.45 ID:5ucDYNgqO
戦士(勇者くん以外のメンバーにはなにかしらの報告書を書く義務が与えらているんだけど、それを言う必要はないか)
戦士「まあ、以前の君主は酷くてね、お雇い外国人を連れてくるだけ連れてきて、技術を自国の技術者たちに習得させようとはしなかった。
そのせいで、お雇い外国人や他国の雇用者が離反したときには痛い目を見ることになった。
さすがに陛下は、そんな二の舞を演じたりすることはないだろうけど」
男「…………なるほど」
戦士(勇者くんはここのところ、人が話しているときに、その言葉を吟味するかのように考え込むことが増えたな……。
知識のなさを少しでも考えて補おうとしてる、そういうことなのかな)
男「ところで、いったいどんな話を書いてるんだ?」
戦士「残念ながらこれはオフレコなのさ。まだ世に出ていない、ボクの作品だからね」
男(気になると言えば気になるけど、まあいっか)
469: 2013/11/04(月) 23:54:55.05 ID:5ucDYNgqO
戦士「そういえば勇者くん、キミには趣味とかはないのかい?」
男「趣味か? うーん、特にはないと思うな」
戦士「だったらなにか見つけたらどうだい? 趣味とかやりたいことがないって、なかなか悲しいことだと思うよ。
ボクにとって、人生の価値っていうのは限られた時間の中でどれだけ好きなことを見つけ、それをやれるかってことだと思ってる」
男「……やりたいことを見つける」
戦士「ボクの場合はやりたいことが多すぎて、時間が足りないぐらいなんだけどね」
男「多趣味ってやつか。なんとなくだけど羨ましいな」
戦士「もっとも趣味だからって、なんでもやっていいってわけでもないしね。特にいわゆる芸術なんて種類のものはそうだ。
父にも言われたんだ、演劇などがいったいなんの役に立つのかってね」
男「はあ……」
戦士「もちろん、理屈を詰めて反論することはできたよ。
演劇における演技が実は非常に実用性があり、かつ、様々なことに活かせるということについて、語ろうと思えばいくらでも語れたさ」
470: 2013/11/05(火) 00:07:09.69 ID:PvylEJRaO
戦士「まあ、とは言っても結局は趣味の話で、究極的には自分のやりたいことをやりたいようにしているだけだからね。
好きという理由に理屈をつけて、うだうだ語るのもアホらしいと思って結局やめたのだけどね」
男「……なんの話をしてるんだ?」
戦士「ああ……ごめんよ勇者くん。ついついこの手の話には熱くなってしまうんだ、悪い癖だ」
男「なんか意外だな」
戦士「なにがだい?」
男「だって、お前はこの前もオレに向かって男はクールであるべきとか言ってたじゃん。
だから、そういうふうなことを言い出すとは思わなかったんだよ」
戦士「おやおや。ボクとしたことが……そうだね、いささか熱くなってしまったね。
でもさあ、勇者くん。たしかにボクはそんなことは言ったけど常にクールなんてヤツはたいていつまらない人間だよ」
男「そうなのか?」
戦士「普段はクールに、けれども好きなことには熱く。これこそがボクのモットーなのさ」
男「なるほどなあ」
471: 2013/11/05(火) 00:08:24.00 ID:PvylEJRaO
戦士「どうせ、人生の中で好きなことができる時間なんて、やりたくないことをやる時間より遥かに短いんだからさ。
だったら、好きなことや、やりたいと思うことはできるときにやるべきだ」
男「オレにもやりたいこと、見つかるのかな」
戦士「さあね、やりたいことや好きなことなんて、人それぞれだ。漠然と人生を終わらせてしまう人だっているだろうね」
男「……なんか、それは悲しいな」
戦士「ボクもそう思うよ。で、キミもそう思うなら探しなよ」
男「なにを探すんだよ?」
戦士「決まってるだろ? やりたいことだよ」
男「やりたいこと、か。なんなんだろうな、いったい。ていうか、そもそもオレがオレ自身のことをわかってないのにそんな、やりたいことだなんて……」
戦士「関係ないでしょ、それは」
472: 2013/11/05(火) 00:17:35.78 ID:PvylEJRaO
男「関係ないのか? オレはまず自分のことを知って、それから……」
戦士「そんな悠長なことを言っていると、あっという間に人生が終わるよ。
いいじゃん、べつに。キミがどんなヤツだろうと、好きなことを見つけるのには関係ないだろ?」
男「なんかてきとうに言ってないか?」
戦士「そんなことはないよ。まあ、そういう風に聞こえるかもしれないけどさ。
好きなこともやりたいことも見つけられない、もしくはあってもなにもできないまま、氏んでいった人をボクは色々と見てきた。
ボクなんかがどう言おうが、最終的に決めるのは勇者くんだ。」
男「……そうだな」
戦士「いいじゃん。色んなことをどんどんやっていけば。そうすればそのうち、色々と見えてくるよ。きっと」
男「……そうだな。さっさと任務終わらせて、趣味を探す旅にでも出ようかな」
戦士「自分探しの旅に似てるね。まあ、とにかくまずは目の前の課題を潰さないとね」
男「おう」
473: 2013/11/05(火) 00:21:41.00 ID:PvylEJRaO
……………………………………………………
二日後
戦士「さて、とりあえず最終調整としてはこんなものかな」
男「……っいてて、容赦無くやってくれたな、戦士」
戦士「悪いね。油断すると負けてしまうということが判明したからね。
手合わせとは言え、ボクを一度は屈服させたキミ相手に手加減や油断なんてとんでもないと思って本気でやらせてもらった次第だよ」
男「へっ、まあそういうことなら、気分は悪くないかな」
僧侶「まったく、これから敵陣に乗り込むというのに、ずいぶんと余裕だな、二人とも。
手合わせでケガでもしたらどうするつもりなんだ?」
魔法使い「彼女の言う通り」
戦士「そうだね。今後は気をつけるよ」
僧侶「戦士、魔法使い。二人はこれから……」
戦士「そう、当初の打ち合わせ通り、ボクたちは公爵閣下の屋敷を訪問しに行くよ。勇者くん、わかってるだろうけど、常に気を張って待っててよ。
あと、エルフさんにも……ってまあ、そっちの準備は大丈夫か」
男「きっちりオレと僧侶は待機してるし、あっちも準備はすでにできてるみたいだ」
戦士「じゃあ、行ってくるよ」
男「ああ、頼んだ」
474: 2013/11/05(火) 00:27:17.48 ID:PvylEJRaO
…………………………………………………………
ハルピュイア「毎度、ご足労を煩わせて申し訳ないな」
戦士「こちらこそご多忙にも関わりませず、こうして謁見を賜る機会をいただけたこと、感謝いたします」
魔法使い「……」
ハルピュイア「どうした? えらくカタイな。もう少しラクにしてくれたほうが私としては話しやすいのだが」
戦士「そうですか? それではお言葉に甘えてもう少しらくーに話させてもらいますよ」
ハルピュイア「構わん。しかし、急遽私のもとを訪ねてきたがいったい全体なんの用だ?」
戦士「こうしてわざわざ閣下のもとを訪ねてきたのにはわけがありまして。
実は気になることがありましてね、それについて聞きたくて……」
ハルピュイア「回りくどいな。さっさと話せ。私も暇ではない」
475: 2013/11/05(火) 00:32:06.12 ID:PvylEJRaO
戦士「すみませんね、回りくどい性分なもんで。公爵閣下、我々とあなたは本来であればもっと早く邂逅をすませているはずでした」
ハルピュイア「そうだな。だが、結果としてこちらの魔方陣の不備によって、そなたらは当初の予定地点とはまったく違うポイントに着くことになってしまった」
戦士「勘違いしないでくださいね、べつにそのことを今さら詰ろうなどという気は、毛頭ないですよ。
しかし、本来なら我々は閣下を介して魔王……国王との謁見を実現するはずでした」
ハルピュイア「だから、言っておるだろうが。こちらの不備によってそれは叶わなかったと」
戦士「さらに、魔界での滞在期間中は、我々は閣下の屋敷でお世話になるって聞いてたんですけどね。
エルフ殿、つまら伯爵閣下のもとでお世話になることになりました」
ハルピュイア「そなたらも知っておるだろう、国王陛下が不在であることは。それゆえ、私がそなたらの面倒を見る余裕がなかったのだ」
戦士「なるほど、わかりました。しかし、本当にそうなんですかね?」
ハルピュイア「……なにが言いたい?」
戦士「実は空いてる時間を利用して、閣下について調べているうちに、さらにあることが判明しました。
例の牢獄にある研究機関、あれの最高責任者が閣下であるということがわかったんですよ」
476: 2013/11/05(火) 00:40:48.37 ID:PvylEJRaO
戦士「さて、ここでボクらの最初の魔界にたどり着いた状況を振り返ってみ ましょうか。
街から離れた港、そしてゴブリンとオークに囲まれた状態」
ハルピュイア「その話も聞いた。だが、それがいったい私とどう関係があるというのだ?」
戦士「そろそろダラダラ語るのもめんどくさくなってきましたね。
あとは謎を解く要素だけを並べてみましょう、そうすれば自ずと答えが顔を出すはずです」
ハルピュイア「……」
戦士「到着地点を変えられた魔方陣。
そして、到着と同時に現れた魔物たち。
あの日、ボクらが魔方陣を使うことを知っていた人物は誰か……おやおや、これはいったいどういうことなんでしょうか?」
ハルピュイア「言いたいことはそれだけか?」
戦士「まだあるんですよ。魔界常備軍03小隊隊長のリザードマン。
彼の殺害の容疑がかかっている、ボクらと同じようにこの魔界へ来た例の赤いローブの一味。
その連中とボクらは何度か交戦をしているんですが、魔物を引き連れていた」
ハルピュイア「……」
戦士「しかし、いったいそれはどこから連れて来たんでしょうか? ケンタウロスや、ましてケルベロスなんて大型の魔物を引き連れていたら、間違いなく目立つでしょう?
自国から魔方陣を使って連れてこようにも、魔方陣は魔法使いが破壊してしまっている」
魔法使い「……」
477: 2013/11/05(火) 00:48:59.32 ID:PvylEJRaO
戦士「そうなると、魔物を連れてくる方法はただ一つ。こちら側で調達する、それしかない。
しかし、ゴブリンやオークも含めて、あれほど戦闘に特化した魔物だけをいったいどうやって調達するか」
ハルピュイア「ふっ、つくづく回りくどいな」
戦士「魔物の研究機関の最高責任者である閣下なら、簡単にヤツらに横流しできますよね?
あの魔物たちをヤツらによこし、勅使であるボクらを頃す……そうすることでいったいどうなるか。
なにが目的なのかはだいたい検討はつきます。わざわざ比較的平和主義である、現魔王の不在を狙ってこんなことをするあたりからもね」
ハルピュイア「で、わざわざ私の屋敷にまで出向いて、どうするつもりだ? 殺されにでも来たのか?」
戦士「答える義理はないね。
魔法使い、準備はオーケーかな?」
魔法使い「……時間稼ぎ、ありがと」
ハルピュイア「……ふっ、なにをコソコソと話しているのかは知らんが、そなたらを帰すことはできなくなった」
戦士「……なるほど、これはこれは。なかなかヤバそうな魔物だね」
魔法使い「……この、魔物はいったい……?」
ハルピュイア「泥や土といった無機物から生み出した巨人型の魔物、ゴーレムだ!」
478: 2013/11/05(火) 00:50:59.58 ID:PvylEJRaO
魔法使い「ゴーレム……」
戦士「まったく、本当に魔界っていうのは恐ろしいところだね。こんな化物を産み落とすなんてさ」
ハルピュイア「愚かだな。あんな風に長広舌をふるっている暇があるなら、さっさと私を頃しにかかるべきだったな」
戦士「たしかに、と言いたいところだけどおそらく、そうしていても、ボクにとって都合の良い展開へと運ぶことはできなかっただろうね」
ハルピュイア「なら、なおさら愚かだな。他にもやりようはあったはずなのにな」
戦士「はあ……ボクはこれでも脚本家なんだよ? 物語の展開をいかに運ぶかを考えるかが、ボクの仕事だ」
ハルピュイア「まだ、減らず口を叩くか。ならば……」
戦士「個人的にはもう少し引っ張りたかったんだけど、まあいいか。魔法使い――頼んだよ!」
魔法使い「りょうかい」
ハルピュイア「なっ……これは、魔方陣!? いつの間にこんなものを仕込んでいたんだ!?」
479: 2013/11/05(火) 00:52:31.62 ID:PvylEJRaO
いつの間にか床に仕込まれた魔方陣が光り輝く。
真っ白な光。空間を包む輝きが終わるとともに、二つの人影が浮かび上がってくる。
勇者と僧侶が、魔方陣の中心に背中合わせで現れた。
僧侶「ようやく私たちの出番……か」
戦士「いやあ、遅くなって申し訳ないね。予想外に時間を喰ってしまったよ」
男「まあ、なにはともあれ、さっさと終わらせるぞ」
魔法使い「……かまえて」
ハルピュイア「なるほど。長ったらしい語りは無駄ではなかった、ということか」
戦士「さて、ボクたち勇者パーティの実力、ここで披露させてもらおうか」
486: 2013/11/05(火) 23:46:15.56 ID:PvylEJRaO
男「これがハルピュイア、まるで鳥人間だな」
ハルピュイア「ふっ……おぬしが例の勇者か」
魔法使い(限りなく人間に近い容姿をした魔物……魔界に来るまでは、私も見たことはなかった。
ハルピュイアの亜種である、ハーピーなら確認されるようになったけど、それすらも数は多くない)
戦士「勇者くん、公爵のことは意識をしつつも、今は目の前のゴーレムだよ」
僧侶「私と勇者で前衛をやる……いくぞっ!」
男「後方支援は頼んだぞ!」
勇者は軽く息を吸った。外気を吸うと同時に自身の魔力を高めていく。剣の刀身へと魔力を滾らせる。
ゴーレムが低い唸り声をあげる。土と泥で構成される巨体は軽く見積もっても、勇者二人分の高さがある。
この広い空間でさえも、三体のゴーレムのせいで狭く思えた。
487: 2013/11/05(火) 23:50:01.23 ID:PvylEJRaO
ゴーレム三体が同時に動き出す。見た目に反して、素早い動き。
ゴーレムの一体が勇者へと振り上げた拳を振り落とす。なんとか避ける。泥の拳が地面へと叩きつけられる。
それだけで、立っていられないほどの衝撃が起きた。なんとか体勢を整え、その拳目がけて剣を振り下ろす。甲高い音。
男「……っ! カタイっ!」
刃が文字通り、歯が立たなかった。魔力を込めたにも関わらず、剣はあっさりと弾き返された。
僧侶「させるかっ!」
僧侶がゴーレムの拳をかわし、高く跳ぶ。魔力を増幅させやすい素材でできたブーツ。
それに魔力が行き渡ったのが、勇者にも確認できた。だが、その跳躍をもってしても高さが足りない。
男「僧侶……っ!」
勇者の心配は杞憂に終わった。僧侶は起用にゴーレムの顔を蹴り、背後へと回る。
華麗に地面に着地。拳を容赦なく叩き込む。あのゴーレムの巨体が背後からの衝撃でたたらを踏んだ。
だが、致命傷には程遠い。
488: 2013/11/06(水) 00:01:59.84 ID:0S0i/Wv8O
僧侶「拳では致命傷にならないか」
男「こいつらめちゃくちゃカタいぞ……」
拳や剣では到底ダメージを与えられない。自分たちの役割がだいたい見えてきた、と思ったときだった。
戦士「じゃあ、試しにボクがやってみようかな」
青い巨大な火の塊が、宙空に現れる。魔力の塊はそのままどんどん膨張し、四散した。三体のゴーレムへと直撃する。
ゴーレムの低い唸り声が、鼓膜を震わせる。だが、ダメージを食らっているようにはとうてい見えない。
僧侶「いや、これは……!」
僧侶の拳が真っ赤に燃え盛る。ゴーレムの拳をかいくぐる。再び跳躍。炎の拳を胴体に直撃させる。
素早く飛び退き、僧侶は距離をとる。
僧侶「やはり、か」
戦士「……なるほど、そういうことか」
男「なにが、やっぱりなんだ?」
489: 2013/11/06(水) 00:12:11.77 ID:0S0i/Wv8O
戦士「勇者くん、今ボクの炎と……」
僧侶「私の『ほのおのパンチ』が直撃したところを見てみろ」
男「あっ……」
勇者もそこでようやく気づいた。ゴーレムを見れば、すぐわかることだった。
二人の火に当たった部分は見事にただれたかのように、どす黒い泥が剥がれて、赤黒い肌のようなものを窺わせた。
男「こいつら、火に弱い!」
戦士「そのとおり!」
魔法使い「例のものをつかって」
男「言われなくても!」
魔法使いが次々と水弾を生成して、ゴーレムを牽制していく。地面が水で満たされてなお、攻撃を続ける。
490: 2013/11/06(水) 00:19:50.62 ID:0S0i/Wv8O
僧侶が地面へと拳を打ち込む。衝撃波とともに地面から突起が生え、足もとからゴーレムを攻撃する。
なまじ上背がありすぎる分、足もとの攻撃はそこそこに効果があるようだった。
徐々にゴーレムたちを一角に追い詰めて行く。ふと、勇者は屋敷の主に視線を移した。
ハルピュイア「……」
魔物……否、本人たちは魔族と言っていたか……はひたすらこの戦いを観戦しているだけだった。
だが、ハルピュイアからは確かな魔力を感じた。だが、いったいなにに使っているというのか?
戦士「勇者くん! とりあえず今はゴーレムに集中だっ!」
戦士も気にはしていたらしい。が、彼がそう言うなら、そうするべきだろう。
魔法使い「いま……」
不意に空間の温度が急激に下がる。足もとの水がパリパリと音を立てて、凍りついていく。
491: 2013/11/06(水) 00:31:54.13 ID:0S0i/Wv8O
戦士「僧侶ちゃん、頼んだよ!」
僧侶「任せてくれ!」
僧侶の拳から炎があがる。超高温の熱を放つ。放たれた炎はうねりのように広がりゴーレムを襲う。
戦士「勇者くん! 例のヤツおねがい!」
男「おうっ!」
戦士も魔法による炎を起こす。場所は、ゴーレム三体の中心。青い炎が渦のように湧き上がった。
急激に空間の温度が上昇。
そして、勇者は取り出した球体へと魔力を込める。すでに何度かお試しで何度か使ったことがあった。
練習時と同じように魔力を込め、全身全霊で投げる。
僧侶と戦士に続き、勇者も全速力で距離をとった。
魔法使い「――発動」
足もとの氷が勢いよくせり上がる。分厚い氷の壁だ。しかも、一つじゃない。
次々と氷の壁が作られていく。作りすぎなのでは……と、思ったが魔法使いの行動が正解だと、勇者が知ったのはその直後だった。
492: 2013/11/06(水) 00:40:39.81 ID:0S0i/Wv8O
強烈な爆発が起きた。予想していたよりも遥かに強い衝撃が建物を揺らした。空間そのものが軋むかのようだった。
魔法使いが片っ端から氷壁作るが紙細工でも破るように瓦解して行く。
鼓膜を貫かれるのでは、と思えるほどの轟音に焦ったが、それは自分だけではなかった。戦士も僧侶もさすがに驚いたらしい。
僧侶「……なるほど。魔法使いが氷を作ったのはこのためか」
戦士「……そういうことか。急激な温度変化を利用したわけね」
魔法使い「そう」
男「えーと、どういうことだよ?」
戦士「まあ、それはまた暇なときに教えてあげるよ。
それよりは今は、目の前の敵がどうなったかでしょ?」
魔法使いが作った氷は、爆発の衝撃で跡形もなく消え失せている。
煙が立ち込めているせいで、なにが起きているかわからなかった。
魔力の流れを感じて、勇者が目を細める。魔力の正体は風だった。煙を振り払うように現れた風の拳。
直感で勇者はその風が、ハルピュイアのものであると確信した。
493: 2013/11/06(水) 00:46:41.39 ID:0S0i/Wv8O
視界を遮っていた煙から見えたのは、粉々に砕け散ったゴーレムだった。
戦士「……さすがにあの爆発で氏なないわけはない、か」
ハルピュイア「ふっ……見事だな、人間」
ハルピュイアは片翼こそ、もがれていたがそれ以外はところどころ煤を浴びて黒ずんでいるだけで無事だった。
男「よくあの爆発で無事だったな……」
ハルピュイア「無事……? 無事なものか。魔術で無理やり治癒して、ようやくここまでだ」
戦士「あのさ、ボクらも鬼じゃないからさ。ここらで投降してくんないかな?」
ハルピュイア「人間相手に降伏か……私がこんなとこで終わるのか?
国王がいない今こそ、私は氏ぬわけにはいかないのに……本懐を遂げずして終われ、だと?」
男「アンタのしもべはやられた、残るのはアンタだけだ」
戦士「ついでに忠告すると、あなたの部下の大半はあなたを守りにはこないだろうね」
ハルピュイア「伯爵か……そなたらのことは監視はしていたが、しかしきっちり手回ししてくるとはな……」
戦士(伯爵がどのようにして部下を懐柔したかは、正確には知らないけど。まあ予想はつく)
494: 2013/11/06(水) 00:58:25.51 ID:0S0i/Wv8O
男「そう。あのエルフさんの協力によってアンタの逃げ道はもうない」
僧侶「潔く諦めるんだな」
ハルピュイア「笑止。我らより遥かに生物として劣る人間に降伏? それなら最後まで見苦しく足掻く方が、数段マシというもの……」
戦士「魔族としての矜恃ってやつかい? まったく、命を捨ててまで守るものなのかなあ、そういうのって」
ハルピュイア「どうだかな。だが、私はまだ氏なない。そしてこいつもまだ氏んでいない」
魔法使い「……まずい」
最初に異常に気づいたのは魔法使いだった。
魔法陣に仕込んでいた転移用の術式とはべつの、もう一つの魔法陣の能力を発動させる。
魔法使い「雷を……」
言われてようやく僧侶も、原型をまるで成していないゴーレムだった土塊たちに、魔力が集まっていくのに気づく。
魔力を操っているのは無論、あの魔物だ。
僧侶は一瞬で魔力を電撃へと変換し、グローブを介して増幅させた。
魔法使いは魔法陣を展開する一方で、魔法による水弾を繰り出す。普通の魔法使いにはできない芸当だった。
狙いは術者であろうハルピュイア。
ハルピュイアは片翼をはためかせ、水を弾き返す。
495: 2013/11/06(水) 01:05:58.00 ID:0S0i/Wv8O
僧侶「魔法陣に入れっ!」
パーティ全員で魔法陣へと飛び込む。地面を満たす水が集約する。一筋の川がハルピュイアに向かって伸びる。
それに向かって僧侶は雷の拳を放つ。魔法陣の光と雷の奔流が視界を空間を真っ白に染め上げた。
僧侶(術者本人を狙うなら、火よりも速い電撃。だが……)
手応えを感じなかった。光が淡いものになっていく。
男「つ、土の壁……?」
電流を魔法のように現れた、巨大な土の壁が遮断していた。
ただ、でかいだけではない。極端に分厚いのだ。だが、いったいどこからこんなものを出したというのか。
ハルピュイア「攻撃のバリエーションが意外と多くて焦ったよ。つくづく、こいつを開発しておいてよかった、そう思うよ」
言葉とは裏腹に口調にはまるで焦りなどなかった。
タクトでも降るかのように魔物は、手を掲げた。
土の塊が崩壊していく……ように見えたが、ちがった。土塊だったものはその姿を変えて、先ほどよりもさらに巨大なゴーレムへと変貌する。
496: 2013/11/06(水) 01:11:26.09 ID:0S0i/Wv8O
男「あの壁はゴーレムだったのか……」
戦士「……たくっ、これはまたずいぶんと大きくなったものだね」
すでに戦士は魔法で巨大な青火を出現させている。ゴーレムに炎が直撃。
ハルピュイア「ふっ……なかなか手が早いな。ただ、す同じことを繰り返すことほど愚かなことはない。
これは戦いに限った話ではないが……」
ゴーレムの腕に火炎球は直撃したものの、腕はあっという間に原型を取り戻している。
明らかに先ほどのゴーレム三体より強い。
男「だったらもう一度、さっきと同じように……」
ハルピュイア「やるというのか?」
僧侶「攻略の術をすでに知ってるからな」
ハルピュイア「……ならば、その攻略手段をさせる気すら起こさせないようにしてくれよう」
497: 2013/11/06(水) 01:16:57.55 ID:0S0i/Wv8O
魔法使い(魔力が流れている……足もと……いや、天井……ちがう、これは……この空間のすべて…………)
魔力の激しい流れがどこから起きているのか、それを知った瞬間、魔法使いの無表情が凍りつく。
男「な、なんだこれは!?」
ゴーレムの足はいつの間にか、地面と一体化している。
まるで植物が根から栄養を吸収するかのように、足もとから魔力を吸い上げていく。
ゴーレムの巨体は馬鹿みたいに高い天井に、頭がつくほどまでに大きくなっていた。
魔法使い(あの爆発でもこの空間は、無事だった。それは、この空間一帯に、魔力が仕組まれていたから。
今の魔力の流れで魔法陣もかき消された……)
戦士が連続で炎を放つが、まるで効いていない。
戦士「でかくなっただけでなく、カタさも見事なものみたいだね」
男「反則だろ、こんなの……」
僧侶「ゴーレムを狙うな、勇者。こうなったらゴーレムを操っているハルピュイアをやるしかない」
男「ああ……」
498: 2013/11/06(水) 01:26:23.38 ID:0S0i/Wv8O
そうは言ったものの、ハルピュイアに攻撃が通ることはなかった。
それどころかゴーレムに傷を負わせることすら、満足にできない。しかもゴーレムの動きは、その巨体からは想像もつかないほど速い。
逃げるので手一杯だった。魔法使いがなんとか転移の魔法陣を展開しようとするも、守るので手一杯でその隙すら与えられない。
ハルピュイア「いずれはそなたらを頃すつもりだった。が、こうも早くに始末することになるとはな。もう少しそなたらの国の情報が欲しかったが……」
淡々とした口調でハルピュイアはそう言った。このままでは、あと十分もしないうちに本当に始末されてしまう。
男「……戦士、これってけっこうヤバイんじゃないか?」
戦士「今さら気づいたのかい?」
男「さっきまで、こんな強いヤツ出せるなら最初から出せよ、とか思ってたけど出されなくてよかったな」
戦士「同感だよ。あんな巨大ゴーレムが最初から出てきたら、やる気出なくなっちゃって、即氏していたかもしれないよ」
499: 2013/11/06(水) 01:40:33.88 ID:0S0i/Wv8O
僧侶「なに馬鹿なこと言ってるんだ。どうにかしないと……」
男「一つ、オレに案がある。この前、魔法使いに教えてもらった魔力の使い方なんだけど」
戦士「残念ながら説明を悠長に聞いてる暇はないよ、勇者くん」
男「なら……っと!?」
僧侶「言ってるそばから攻撃がくるな……」
戦士「攻略手段があるなら、実行してくれよ! できるかぎり手伝うからっ!」
男「頼む……!」
男(おそらく、やれるのは一回限り……一撃に集中するっ……)
500: 2013/11/06(水) 01:49:54.20 ID:0S0i/Wv8O
状況は極めて悪かったが、絶望的だとは思えなかった。少なくとも勇者にとっては。
いや、戦士にしろ僧侶にしろ、魔法使いにしろ、彼らの闘志は消えていない。
男(こいつはデカい上に速い……けど、だんだん動きが目で追えるようになってきた)
横薙ぎの拳を、地面を滑るように避ける。間一髪、やはり余裕はない。
勇者と戦士、そして僧侶の三人がかりで土の魔物を攻撃する。魔法使いは魔法で後方支援。
勇者は攻撃をひたすらかわしつつ、ゴーレムの堂々たる巨躯を精一杯観察する。
だが、魔力だけでなく体力にも限界がある。さすがに動きすぎて、肺が酷使に悲鳴をあげそうになっていた。
時間がない。魔力も体力も尽きれば、なにもかもが終わる。
もはや決断するしかない……勇者は叫んだ。
男「三人とも! みぞおちだ! そこに攻撃……とおっ!?」
ゴーレムの拳が再び迫ってきて、勇者はなんとかこれをやり過ごす。
戦士「オーケー! みんないくよっ!」
三人の技が発動する。
501: 2013/11/06(水) 01:58:31.49 ID:0S0i/Wv8O
ハルピュイア「やはり愚かだな、人間」
ハルピュイアは小さく独りごちた。なぜ、わざわざ攻撃をする箇所を叫ぶ必要があったのか。
それではこちらに、そこを防御してくれと言っているようなものだ。もはやそこまで気が回らないのかもしれない。
ゴーレムのその巨体すべてに魔力を回すことは、いくら魔族と言えども不可能。
だからこそ、最初にこの状態のゴーレムを出そうとはしなかった。しかし、この弱点は技量で埋められないものではない。
どうするか。常にゴーレムの身体に流れる魔力を移動させればいい。
敵の攻撃が来るタイミングに合わせて、自分が魔力をコントロールし集中させたり、四散させたりする。
勇者一行は宣言通り、ゴーレムのみぞおちを集中して攻撃してきた。
ならばそこに魔力を移動させる。ただ、それだけで簡単に攻撃をやり過ごすことができた。
ハルピュイア(ふっ……この程度か。そろそろ終わらせるか)
だが、そこで気づく。まだ今の攻撃で肝心の勇者が攻撃をしていないことに。
男「やっぱりな……」
自分と勇者の距離はかなりあるはずなのに、なぜかそのつぶやきは聞こえた。唇のはしが、なにかを確信したのかつり上がっていた。
刺突の構えとともに地面を蹴り、勇者はゴーレムの股関節部分へと跳んでいた。
502: 2013/11/06(水) 02:10:54.24 ID:0S0i/Wv8O
男「やっぱりな……」
ここ何日間かの訓練でわかったことが、勇者にはあった。
自分は魔力の流れに鋭敏である、ということだ。
そして、戦っている最中に気づいたことがある。魔力がゴーレムの体内で絶えず移動しているということだ。
ならば、魔力の流れが薄い場所を狙えば……勇者は駆ける、賭ける。
魔力を集中させる。体力も限界が近い。この一撃にすべてを込める。
魔力を剣に注ぐ。刀身、否、剣の先端。本当に剣のわずかな部分だけに自身のすべての魔力を注ぎ込む。
なぜか、ゴーレムの魔力の流れが勇者には手に取るようにわかった。
三人の攻撃によりゴーレムの中の魔力の大半が、みぞおちに集まっていた。
男「そこだあああああああああっ!」
地面を蹴る。股関節部分、そこに目がけて剣を突き立てる。
男「……っ!!」
今まで一度も刺さらなかった剣が、たしかにゴーレムの肉体に刺さっていた。
503: 2013/11/06(水) 02:20:41.42 ID:0S0i/Wv8O
剣先にのみ収斂していた魔力。それを勇者は解き放つイメージをする。
ほんのわずかだけ逡巡したが、勇者は最初に決めていたイメージを脳裏に描く。
突き抜けるイメージ。魔力を一筋の流れに変えて、剣のように放つ。
一秒あるかないかの時間の中で、勇者はその脳内の映像を現実へと変える。
男「っおおおおおおおおおっ!!」
なにかが裂ける音が聞こえた、と思った。魔力は確かな質量をもって見えない剣となり、ゴーレムを突き抜けた。
ハルピュイア「なっ……馬鹿なっ!?」
ゴーレムの股関節部分を突き抜け、剣の先端から放出された魔力が、魔族の身体へと吸い込まれる。
超高速の刃は、ハルピュイアの大腿部を肉体を切り裂いていた。
ハルピュイア「ぐっ……!!」
ハルピュイアの顔が苦痛にゆがむ。ゴーレムの動きが止まった。
504: 2013/11/06(水) 02:28:55.79 ID:0S0i/Wv8O
ハルピュイア「な、なんだこの魔力は……!?」
単純な傷だけでなく、これを負わせた魔力がハルピュイアの体内の魔力をかき乱していく。
ゴーレムの制御ができない。これだけの巨大な質量をもち、かつ特別な魔物は、魔力がなければ制御できない。
ゴーレムが膝からくずおれる。腕や手、胴体など次々と身体のパーツが崩れ落ちた。
ゴーレムのすべてのパーツが煙をあげ泥と土へと還っていく。
男「や、やった……のか?」
戦士「お見事。でもまだ、終わってはいないよ」
魔法使い「ハルピュイアは、生きてる」
ハルピュイア「お、おのれ……人間の分際で……」
ハルピュイアが地面に手をつく。この広間を構成する魔力を吸い上げているのだ。
僧侶「まだやる気か」
ハルピュイア「私の野望を成し遂げる。そのためには、ここでやられるわけにはいかんのだ!」
505: 2013/11/06(水) 02:29:51.12 ID:0S0i/Wv8O
「ごめんなさい、ハルピュイア。貴方のすべてはここで終わりよ」
506: 2013/11/06(水) 02:39:08.07 ID:0S0i/Wv8O
凛とした声だった。決して声量があるわけではなかった。
しかし、この広すぎる空間に、その声は透き通る鐘の音のように響いた。
最初に気づいたのは戦士だった。ハルピュイアの背後の壁が突如、壊れた。
けぶの中から巨大な手が現れた。皮膚が剥がれ落ちたかのような、真っ赤なグロテスクな巨大な手。
人間一人より遥かに大きなその手がハルピュイアを握ったのだ。
ハルピュイア「かっ……!?」
「私のいない間になにをしようとしたのかしら? いいえ、すでに伯爵によって調査は終わっている」
ハルピュイア「……ぐああぁっ……へ、へい、か……!?」
巨大な手が魔物を地面へと押しつける。断末魔の悲鳴。肉が潰れる悲鳴。
ハルピュイアという魔族は一瞬にして血と肉塊に成り果てた。
507: 2013/11/06(水) 02:46:56.72 ID:0S0i/Wv8O
勇者パーティは突然起きたその現象に、ただ驚くことしかできなかった。
今しがたハルピュイアを圧砕した手は、勇者が瞬きをしたときには消えていた。
男「な、なんなんだ今のは……?」
エルフ「駆けつけるのが遅くなって申し訳ございません。少々他のゴーレムに手こずりましたわ」
突き破った壁から現れたのはエルフだった。
一瞬あの手がエルフのものだったのか、という考えがよぎった。
だが、勇者は本能的にその思考がちがうことに気づいていた。
僧侶「今のはいったいなんなんだ?」
「私の『手』だよ」
僧侶の声に答えたのは、もう一つの声だった。そして、その声は先ほどハルピュイアへ氏の宣告をした声だった。
エルフの背後に小柄な影が一つあった。
少女「やあ、お兄さんとお姉さん。久しぶりだね、って言うほど久しぶりでもないかな。
いや、でもでも。元気そうでなによりだよ」
男「お前……」
情報屋の少女だった。だが、なぜ彼女がここに?
509: 2013/11/06(水) 02:56:03.96 ID:0S0i/Wv8O
少女「おやおや? まるで私がここにいることが不思議みたいだね」
少女は無邪気に笑った。僧侶の顔が、なにかを思い出したように驚愕の表情を作る。
しかし、そのことについて聞こうとした勇者は、胸の内側でなにかが脈打つのを感じて口を閉じた。
この感覚は……この少女から感じる『なにか』にどこか、覚えがあった。
まるで鏡の中の自分に話しかけられたような、未知の感覚。
自分の中の一部か、あるいは全部が少女によって騒ついているようだった。
男(なんだ、この感覚は……いや、そうじゃない……)
男「お前は……何者なんだ……?」
無意識にそんな言葉が口をついた。少女は勇者へと向き直ると「私?」とにっこりと笑った。
少女は言った。
少女「私が魔王だよ」
510: 2013/11/06(水) 02:57:25.82 ID:0S0i/Wv8O
511: 2013/11/06(水) 02:58:22.92 ID:A9UEElBKo
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