298: 2014/02/22(土) 01:18:15 ID:yXbM2XqE


勇者「勇者の本当の敵は魔王じゃなかったのかもしれない」【1】
勇者「勇者の本当の敵は魔王じゃなかったのかもしれない」【2】





僧侶「勇者と戦士が、つ、捕まった!?」

魔法使い「……薬師の殺人未遂の容疑で」

僧侶「どういうことだ!?」



僧侶(魔法使いのとつとつとした語りをまとめると――)

僧侶「資料の窃盗の容疑までかけられてしまい……」

僧侶「挙句の果てに、病院は襲撃されて薬師は何者かに連れ去られた」

魔法使い「病院の件も下手したら、あのふたりのせいに……」

僧侶「あのふたりが殺人なんてするわけがない」

魔法使い「……」

僧侶「そもそも証拠はあるのか?」
葬送のフリーレン(1) (少年サンデーコミックス)
299: 2014/02/22(土) 01:19:52 ID:yXbM2XqE


魔法使い「……職員以外で、第三番館に入ったのは、あのふたりのみだった」

僧侶「それだけ?」

魔法使い「図書館から出たのち、一度あのふたりは『逃亡』したらしい」

僧侶「一度逃亡した……?」

魔法使い「逃亡したと思われた。しかし、のちに戻ってきた」

僧侶「メチャクチャだ。意味がわからない」

魔法使い「それから、赤いローブの目撃証言がある」

僧侶「赤いローブ?」

魔法使い「うん」

僧侶「勇者と戦士は敵にハメられたってことか?」

魔法使い「ありえる」

300: 2014/02/22(土) 01:21:32 ID:yXbM2XqE


僧侶「たしかに言われてみれば奇妙だ」

僧侶「そもそも、第三番館にあのふたりはどうやって入ったんだ?」

魔法使い「……図書館職員をひとり、同行させた」

僧侶「いくら非常事態だったからって、それだけであそこに入れたのか?」

魔法使い「げんに入って捕まっている」

僧侶「だったらその同行者が証言すれば、無実を証明できるんじゃないか?」

魔法使い「同行者は、殺害された。
     あのふたりが街を出ている間に、その同行者は消えた、らしい」

僧侶「……。
   勇者と戦士は赤ローブを発見して追ったのかも」

魔法使い「おそらく、そう」

301: 2014/02/22(土) 01:22:30 ID:yXbM2XqE


僧侶「こうは考えられないか?」

僧侶「赤ローブは単なる陽動で、ふたりを誰にも目撃されない状況を作った」

魔法使い「……そして、唯一、無実証明ができる、職員の口を封じた」

僧侶「陛下ならこの状況をどうにかできないか?」

魔法使い「……陛下は公務で、ここをはなれている。それに」

魔法使い「陛下が敵でない、という保障はない」



僧侶(私は思わずベッドの上に座りこんでしまった)



魔法使い「……大丈夫?」

僧侶「ごめん……腰がぬけた」

302: 2014/02/22(土) 01:23:31 ID:yXbM2XqE


僧侶「考えが甘かったのかもしれない」

魔法使い「……」

僧侶「少しずつでも敵を追い詰めている気がしていた」

魔法使い「怖いの?」

僧侶「少し。いや、少しじゃないか」

魔法使い「……私も、ちょっと、怖い」

僧侶「だけど、私たち以外では、あのふたりを助けられないかもしれない」

魔法使い「これから、どうする?」

僧侶「私たちはすでに腹の中で、敵を飼っていた可能性がある」

魔法使い「うん」

僧侶「……こんな状況で、いったいどうしろっていうんだ?」

303: 2014/02/22(土) 01:24:33 ID:yXbM2XqE







勇者「味方側に敵がいる?」

戦士『ほぼまちがいなくね』

勇者「どうしてそう言い切れるんだよ?」

戦士『今思うと、ボクらはあっさりと第三番館に入れた』

勇者「そういや、あの警備兵のおっさんが通してくれたんだよな」

戦士『それに、薬師ちゃんが病院から連れ去られたことも、だ。
   敵は初めから薬師ちゃんを頃すつもりではなかった』

勇者「だったらなんで……」

戦士『こうしてボクらを捕まえるためかな。あの陽動も含めてね』

勇者「……全然オレには状況が理解できねえよ」

戦士『不本意ながら、今回はボクも同じだ』

304: 2014/02/22(土) 01:25:35 ID:yXbM2XqE


戦士『ホント、最近はなにやっても上手くいかなくて困るよ』

勇者「戦士?」

戦士『演劇と一緒だ。演者や演出家だけが相手かと思ってたら。
   実際には相手にするものが多すぎてね』

勇者「なんの話だよ?」

戦士『気づくと自分の理想や描いてきたものとは、まるでちがうものになっている』

勇者「……」

戦士『まあ、うまくいかないのは珍しいことではないけどね』

勇者「……」

戦士『ごめん、単なる愚痴だ』

勇者「……まだだったな」

戦士『え?』

305: 2014/02/22(土) 01:26:35 ID:yXbM2XqE


勇者「約束しただろ?  お前の脚本作りにいつか協力するって」

戦士『そうじゃん。まだ勇者くん、ボクとの約束を守ってないじゃん』

勇者「おう」

戦士『ボクひとりじゃあ、勇者くん主役の物語を書くのは難しいからね』

勇者「やっぱりオレのすごさを再現するのは難しいかあ」

戦士『……勇者くんは動物の気持ちがわかるかい?』

勇者「なんだ薮から棒に。わかるわけないだろ」

戦士『ボクも勇者くんの思考回路がわからないんだよ』

勇者「……お前、オレを動物並みにバカだって言ってんのか?」

戦士『さすがにそれは失礼だったね。動物に』

勇者「おいっ!」

306: 2014/02/22(土) 01:27:43 ID:yXbM2XqE


勇者「ていうか僧侶や魔法使いとの約束も、結局果たせてないな」

戦士『魔界から帰ってきて、すぐに真勇者捕獲任務についたからね』

勇者「オレも戦士も、なんでこんなとこにいるんだろうな」

戦士『おや、さすがの勇者くんもちょっと弱気かい?』

勇者「……お前もさっき愚痴ってただろ」

戦士『まあね』

勇者「ここをなんとかして出なきゃいけないんだ。薬師も助けないと……」

戦士『そのとおりだ。だけど、どうするかなあ』

勇者「ここにも魔術プロテクトとかいうのが、かかってるんだよな?」

戦士『もちろん。ボクらは今犯罪者だしね』

307: 2014/02/22(土) 01:28:45 ID:yXbM2XqE


――キイイィ



勇者「またアンタか。なんか用かよ?」

警備兵2「出ろ」

戦士『ボクは出してくれないのかい?』

警備兵2「残念ながらな」

戦士『資料は本当に盗まれたのかい?』

警備兵「……嘘を言ってどうする?」

戦士『あそこから資料を盗むのはまず無理だ』

警備兵2「……」

戦士『出入り口がひとつしかない、という極めてシンプルな構造
   しかも出入り口にはキミらがいたし、どうやって盗むんだい?』

警備兵2「自分に聞くんだな」

戦士『そっちの罪も被らなきゃいけないのかい?』

警備兵2「さあな。行くぞ」

308: 2014/02/22(土) 01:31:57 ID:HI5/eXOA

――キイイィ


勇者「またアンタか。なんか用かよ?」

警備兵2「出ろ」

戦士『ボクは出してくれないのかい?』

警備兵2「残念ながらな」

戦士『資料は本当に盗まれたのかい?』

警備兵「……嘘を言ってどうする?」

戦士『あそこから資料を盗むのはまず無理だ』

警備兵2「……」

戦士『出入り口がひとつしかない、という極めてシンプルな構造
   しかも出入り口にはキミらがいたし、どうやって盗むんだい?』

警備兵2「自分に聞くんだな」

戦士『そっちの罪も被らなきゃいけないのかい?』

警備兵2「さあな。行くぞ」

309: 2014/02/22(土) 01:33:30 ID:HI5/eXOA




勇者「ここは……」

勇者(牢屋を出て、階段を上がってきて連れてこられた場所は、なにかの実験室だった)

警備兵2「連れてまいりました」

??「ご苦労様です。あなたは持ち場へ戻ってください」

警備兵2「はっ!」

勇者「こんな場所で申し開きするのか?」

??「こんな場所で申し開きすると思いますか?」

勇者「しないよなあ。ていうか、なんで赤ローブがいるんだよ」

勇者(戦士が言っていたことは、当たってたってことか)

??「どうしてでしょうね?」

勇者「……この手枷、外してくれたりしないよな?」

??「あなたはすぐ暴れそうなんで、ダメです」

310: 2014/02/22(土) 01:37:02 ID:HI5/eXOA


勇者「アンタ、真勇者と一緒にいたヤツだよな?」

??「覚えてくれていましたか」

勇者「薬師をどうした?」

??「知りませんねえ。誰ですかその人は?」

勇者「とぼけんな。どうせアンタらが薬師を誘拐したんだろ」

??「仮に……我々が彼女を誘拐したとしたらどうします?」

勇者「取り返すに決まってるだろうが」

??「どうやって?」


勇者(手枷をされている上に、武器もない)


??「今、あなたは私をどうやって無効化しようか考えている。そうですね?」

勇者「そうだよ」

311: 2014/02/22(土) 01:43:28 ID:HI5/eXOA


??「できれば穏便にすませたいんですよ」

勇者「だったらオレを解放しろ。そうしたら見逃してやる」

??「あなたを捕まえるために、手間暇かけたんですよ。逃すわけないでしょう」


勇者(オレが目的?)


??「ではこうしましょう。
   私の言うとおりにしてくだされば、彼女を開放してあげましょう」

勇者「なにをさせる気だ?」

??「べつに。その椅子に座るだけでいいですよ」

勇者「……アンタはオレのことをなにか知ってるのか?」

??「あなたよりは知っている、かもしれませんね」


勇者(敵の言うとおりにして、オレはどうなる?  だけど……)


??「さっさと座ってもらえますか?  彼女を早く助けたいでしょ」

勇者「……わかった」

312: 2014/02/22(土) 03:55:19 ID:yXbM2XqE

??「座りましたね」

勇者「なっ……なんだ!?」


勇者(椅子に座った瞬間、触手のようなものがオレのからだに巻き付いた)


??「さて、そろそろ解放させてもらいましょうか」

勇者「……っ!」

??「あなたの中に眠るものを呼び覚ましてあげましょう」



勇者「――――っ!!」

313: 2014/02/22(土) 03:56:17 ID:yXbM2XqE






勇者『……ハァハァ、勝負ありだ魔王。ボクの、勝ちだ……!』


魔王『なぜだっ……なぜっ…………なぜ格下の勇者ごときにこの私が……?
   ……ヤツの剣がなぜわ、ワタしの、ムネを突き、ツキサしてイる……?』


魔王『あああぁ……み、ず……ああぁぁ…………』


勇者『か、勝ったのか……?』


神父『おめでとうございます、勇者様。あなたの勝ちです』


勇者『信じられない、ボクがあの魔王を倒したなんて……』


神父『信じられないかもしれませんが、これは夢でもなんでもありません。
   事実です、あなたのおかげで世界は救われたのです』

314: 2014/02/22(土) 03:57:40 ID:yXbM2XqE



魔法使い『あ、あれは……!?』

兵士『魔物だ!  おそらく相当に強い魔物だ、全隊員、魔法を打ち込め!』

魔法使い『あたしも応援する! いくよっ!』

戦士『こんなときに勇者はなにやってやがんだ!』

僧侶『今はあの魔物を倒すのが先決です、わたくしたちも続きましょう』

尼僧『神父様逃げてください!』

勇者『みんな、なにを言ってるんだ?
   魔王ならボクが倒したし、それにそこに倒れてるじゃないか……!』

315: 2014/02/22(土) 03:58:11 ID:yXbM2XqE

勇者(なんだ今の記憶は……)

勇者(今まで見てきた記憶とちがう)

勇者(だけど、覚えがある……)

勇者(支離滅裂すぎて意味がわからない!)

勇者(また記憶が……)

勇者(今度は……)

316: 2014/02/22(土) 04:00:22 ID:yXbM2XqE



勇者『この剣が、俺が勇者として認められた証、か』

戦士『それが勇者の証の剣なのか?』

勇者『よくわからんが、俺にしか扱えないらしい』

魔法使い『見た目は普通の剣なのにね』

僧侶『これといった力も感じませんね』

戦士『これで偽物だったら、ブチギレるからな』

魔法使い『さすがにそれは勘弁だよ。あんなに苦労したんだよ』

僧侶『また教会に送りこまれるかと思いました』

勇者『勇者の剣、か』

魔法使い『言い伝えでは形状にとらわれない、伝説の秘宝とか言われてたけど』

戦士『バリバリ剣の形じゃねーかよ』

勇者『たしかに』

317: 2014/02/22(土) 04:01:18 ID:yXbM2XqE




勇者『なぜこれほどの数の魔物が……!』


少女『陛下! しっかりして!
  勇者、なんとか……なんとかならないの!?』


勇者『今治癒しているがダメだ……!
   毒が酷すぎる!  解毒しようとしているが間に合わない……!』


少女『誰か……誰かいないの!?  回復魔法を使える者は……!?』


勇者『無理だ。大半の魔法使いが異端審問局に捕まってる。
   そうじゃない連中もあちこちに駆り出されている……くそっ!』


少女『……私が彼女を助ける』

318: 2014/02/22(土) 04:02:19 ID:yXbM2XqE



勇者(頭が割れそうだ……!)

勇者(なんなんだこの記憶は!?)

勇者(オレの記憶じゃない)

勇者(でも、同時に自分の記憶じゃないのに懐かしくも感じる)

勇者(――まただ。また記憶が……!)

319: 2014/02/22(土) 04:03:20 ID:yXbM2XqE



勇者『なんのつもりだ、姫』

姫『勇者様、話を聞いてくださいませんか?』

勇者『話ならあとで聞く。今は魔王の討伐が先だ』

魔王『姫……人間、そこをどけ。この魔王と勇者の戦いは、まだ終わっていない』

姫『あなたは黙って!』

勇者『……なぜ魔王を庇う?  あと少しで倒せるんだぞ』

姫『それではダメなんです!  私たちは踊らされているだけなんです!』

勇者『なにを言っている……?』

魔王『姫、そのことは黙っていろと……オレが殺されてからでも……』

姫『うるさいっ!  あなたは黙ってて……!』

勇者『もう一度言う、姫。そこをどいてくれ』

姫『イヤです。勇者様が話を聞いて下さるまで、私はここから一歩も動きません!』

320: 2014/02/22(土) 04:04:26 ID:yXbM2XqE



勇者「――っはぁはぁ……なんだ…………い、今のは……?」

??「おかしいですね。あなたの力を無理やり覚醒させようとしたのに……」

勇者「お前はオレのなにを知っている!?」

??「そんなことを知ってどうするんですか?」

勇者「……オレは、オレが何者かがわからない」

??「くだらない」

勇者「くだらない?」

??「ええ。なぜ自分にアイデンティティを求めるのですか?」

勇者「……」

??「不確実で流動的な存在である人間が、自分に価値を見出す必要がありますか?」

勇者「なにが言いたい?」

??「私も自分が何者かわからない」

321: 2014/02/22(土) 04:05:28 ID:yXbM2XqE

??「たとえば……これを見てどう思いますか?」

勇者「……!」



勇者(赤いローブのヤツが腕をむき出しにしたとたん、肩の部分が盛り上がった)

勇者(そして、もうひとつの腕がそこから生えてきた)

勇者(オークのように巨大な腕だ)

322: 2014/02/22(土) 04:06:24 ID:yXbM2XqE

勇者「なんだよその腕……」

??「私のからだは実験に使われたんですよ。
   どうです、私の見方が少し変わったでしょ?」

勇者「……だから、なんだって言うんだ」

??「人間は思考や感情というものを持っているがゆえに、不確かで不完全なんです」

??「常に流れ、流されて変化していく」

??「そんな不確かな生き物である人間には、正体や存在意義などないんですよ」

323: 2014/02/22(土) 04:07:30 ID:yXbM2XqE

勇者「アンタの言ってることが、これっぽっちも理解できない」

??「まあ、あなたと私では相容れないでしょうね」

勇者「ちがう。オレ、バカだからさ」

??「へえ……それで?」

勇者「アンタの言ってることは難しすぎて、全然わからないって言ってんだよ」

??「……あなた、自分の正体が知りたくて私に質問したんでしょう?」

勇者「質問に答えるなら、もっと噛み砕いて教えろ」

??「お断りします。もう会話は終わりにしましょう」

勇者「……たぶんだけど、アンタとは仲良くなれないと思う」

??「私も勇者という存在には、嫌悪感しか覚えないのでけっこうです」

324: 2014/02/22(土) 04:08:31 ID:yXbM2XqE

??「できれば穏便にすませたかったのですがね」


勇者(赤いローブの男が、オレに注射器のようなものを突き刺した)


勇者「……っ!」

??「あなたの力をすべていただきますよ」

勇者「あ、あぁ…………」


勇者(やばい……全身の血が沸騰してるみたいだ…………魔力が……)

勇者(オレの中のなにかたちが暴走する……っ!)


??「どこまで耐えられますかね」

勇者「ぐっ……うぐっ……ああああぁぁっ…………!」

勇者(からだの中の魔力が、膨れ上がって……おさえつけられない……!)

325: 2014/02/22(土) 04:09:26 ID:yXbM2XqE

??「さあ、あなたの本当の姿を見せてください」


勇者(落ち着け……!  膨れ上がった魔力を……放出、するっ!)


勇者「ぅううおおあああああああああああっ!」


??「な、に……?」


勇者(魔術プロテクトとやらが、かかっていても……これなら……!)

勇者(全身から溢れそうになる魔力を、全部解き放つ……!)

326: 2014/02/22(土) 04:10:32 ID:yXbM2XqE

 全身に張り付いていた触手が、膨大な魔力を流しこまれて膨れ上がる。
 ミチミチと音を立てて、触手がちぎれる。



勇者「はぁはぁ……危うく爆発するところだったぞ」

??「なかなか器用に魔力を使いますね」

勇者「オレさ。魔術が使えないんだよ」

??「歴代の勇者とはえらいちがいですね」

勇者「ああ。だから、その代わりに魔力を使う練習をひたすらしたんだよ」

327: 2014/02/22(土) 04:11:29 ID:yXbM2XqE

勇者「今回ばかりは魔術が使えなくて、よかったと思ったよ」

??「で、抵抗するつもりですか?」

勇者「アンタを倒して、薬師を助け出す」

??「そんなフラフラな状態で、よくそんな口が叩けますね」

勇者「あと、ついでに戦士も助けなきゃな」


勇者(とは言っても、魔力をいっきに放出したせいでフラフラする)

勇者(武器もないし、さっさと決着つけないと――)


??「あなた、私に勝てると思ってるんですか?」

勇者(はやっ……!)


 気づいたときには赤いローブが目の前にいた。
 魔力を放出していたのが、かえって功を奏したらしい。
 足もとがふらついて、地面に尻餅をつく。敵の横薙ぎの短剣を避けることができた。

328: 2014/02/22(土) 04:12:36 ID:yXbM2XqE

勇者(この狭い空間の中じゃあ、逃げることもできない)


 飛び起きる。ふらつく足を叱咤して、敵にとびかかる。
 相手の顔面に向けて拳をはなつ。


??「むだ、ですよ」


 赤ローブの顔をとらえたと思った。実際にとらえられたのは、自分の手首だった。
 人間離れした膂力で、投げ飛ばされる。背中から地面に叩きつけられる。


勇者「かはっ……!」

??「無駄ですよ。そんな状態で勝てるわけないでしょう?」

329: 2014/02/22(土) 04:13:33 ID:yXbM2XqE


 背中を走る激痛と強烈なしびれを無視して、無理やりからだを起こす。
 からだが熱い。なにかがおかしい。


勇者(もしかしてまた魔力が……)


??「あきらめてはくれませんかね?」

勇者「……そっちこそ、見逃してくれないか?」

??「話になりませんね」

330: 2014/02/22(土) 04:14:34 ID:yXbM2XqE

 出口は敵の背後にある。赤ローブの男にスキらしいスキは見当たらない。


??「……ほう、魔力がじょじょに戻りつつありますね」

勇者「わかるんだな」

??「あなたの魔力は極めて特殊ですからね」


勇者(だけど、魔力が戻ってきてもここじゃあ武器に流しこむぐらいしか……)


 赤ローブがナイフを投擲する。慌てて飛び退く。
 地面を蹴る。敵の拳をかいくぐって懐に飛びこむ。


勇者「もらった!」

331: 2014/02/22(土) 04:15:40 ID:yXbM2XqE

 勇者が低い体勢から蹴りを繰り出す。だが、致命傷にはほど遠い。


??「魔術が使えないというのは厄介ですね」


 オークの腕を思わす敵のそれが、勇者へと振り下ろされる。
 なんとか避けたが、足もとからの衝撃でバランスを崩す。

 脇腹を鉄球でもぶつけられたような衝撃が襲う。からだが吹っ飛ぶ。


??「これで終わりですね」


 敵の巨大な腕に殴られたと気づいたときには、勇者は地面を転がっていた。

332: 2014/02/22(土) 04:16:36 ID:yXbM2XqE

勇者「アンタのからだ……なんか覚えがあると思ったら……」

??「……」

勇者「オレのからだにそっくりだな」

??「それが遺言ですか?」


勇者(氏ぬ、のか……オレ?)

勇者(だけどここで氏んだら誰が、薬師を助けるんだ?)

勇者(オレが助けなきゃ……オレが助けるんだ!)

333: 2014/02/22(土) 04:17:38 ID:yXbM2XqE

 脳裏に薬師の血だらけで横たわる姿が浮かぶ。

 それがヒントになった。


勇者「まだ、終わってない……」

??「……っ!?」


 勇者の手のひらに魔力が集約する。
 そしてそれを地面へと叩きつけた。

334: 2014/02/22(土) 04:18:39 ID:yXbM2XqE

勇者(あの図書館よりは魔力を捻り出しやすい)

勇者(だから、この床に魔力を注いでやれば……)


 床につけた手から全魔力を放出する。地面に亀裂が走る。


??「なにをしようとしているかは知りませんが、やらせませんっ!」


勇者(ここだっ!)


 振り下ろされた拳を、勇者はからだを思いっきり旋回して紙一重でかわす。
 拳が地面に叩きつけられた。
 強烈な衝撃に続いて、床が崩落する。

335: 2014/02/22(土) 04:19:41 ID:yXbM2XqE

??「しまっ……」


 赤ローブがバランスを崩して、わずかにスキが生まれた。
 素早く跳ね起きる。
 同時にローブをつかんで引き寄せ、敵のみぞおちに蹴りを食らわす。


??「……っ!」

勇者「今のうちに穴から退散っ!」

勇者(カッコ悪いけどしかたない。今はとにかく逃げる!)

336: 2014/02/22(土) 04:20:48 ID:yXbM2XqE






竜人「あなた方の話の内容はだいたい理解できました。
   薬師殿を助けるために、私を選んだ理由も」

僧侶「本当にすまない」

竜人「いや、まあ、気にしないでください」

魔法使い「……目撃証言が正しければ、ここらへんのはず」



僧侶(私と魔法使い、そして竜人は薬師救出のために動き出していた)

337: 2014/02/22(土) 04:21:44 ID:yXbM2XqE

僧侶『こんな状況で、いったいどうしろって言うんだ?』

魔法使い『……言い忘れていたことがあった』

僧侶『なんだ?』

魔法使い『……いい報せでは、ない』

僧侶『この上、まだ悪い報せがあるのか』

魔法使い『あなたが、私の家に置いていった小説』

僧侶『それがどうした?』

魔法使い『……勇者に渡した』

僧侶『それ、今は関係なくないか。
   ……あれ?  その小説って……』

魔法使い『恋愛小説』

僧侶『は?』

338: 2014/02/22(土) 04:22:51 ID:yXbM2XqE

僧侶『な、なななななんで勇者にアレを渡したんだ?』

魔法使い『彼が一番、あなたに会う頻度が高いと思ったから』

僧侶『い、いつ渡した!?』

魔法使い『二日前』

僧侶『二日も前!?』

魔法使い『うん』

僧侶『あ、あぁ……』

魔法使い『……もしかしたら、今ごろ勇者は、戦士に話しているかも』

僧侶『わ、私があんなものを読んでいたことを知られる、だと……』

339: 2014/02/22(土) 04:23:48 ID:yXbM2XqE

僧侶『誤解を解かなきゃ……』

魔法使い『誤解?』

僧侶『そ、そうだ。私がああいうものを好んで読んでいると思われてしまう……!』

魔法使い『ちがうの?』

僧侶『ちがう!  あれはなんていうか……』

魔法使い『誤解を解くなら、あのふたりを助けないといけない』

僧侶『わ、わかっていますわ!』

魔法使い『……動揺している?』

僧侶『していないですわ!』

魔法使い『……もうひとつ、報せがある』

僧侶『まだあるのかです!?』

魔法使い『……言葉がおかしくなってる』

340: 2014/02/22(土) 04:24:55 ID:yXbM2XqE

魔法使い『何名かが追跡して、薬師の途中までの足取りはつかめている』

僧侶『途中までの足取り、か』

魔法使い『罠の可能性も、ある』

僧侶『その話は誰から聞いた?』

魔法使い『人づて。だから正確には不明』

僧侶『混乱している今の状況だ。侵入している敵の罠、という可能性もあるな』

魔法使い『……でも、敵の罠があるなら、それが足がかりになる』

僧侶『そうだな。問題は私たちだけで、敵を追うのかってことだ』

魔法使い『ひとり、協力者として適した人材が、いる』

僧侶『この状況で信用できる協力者がいるのか?』

魔法使い『……竜人』

341: 2014/02/22(土) 04:25:56 ID:yXbM2XqE

僧侶(魔界から来た竜人なら、敵の仲間やその類でない可能性は高い)



僧侶「どうして私たちに協力してくれるんだ?」

竜人「えっと、まあ……困っている人は見捨てられない性分なもので」

僧侶「それだけ?」

魔法使い「僧侶」

僧侶「なんだ?」

魔法使い「彼は、寛容寛大な人だから、気にしなくていい」

竜人「え、ええ。そうなんですよ……」

僧侶「そうか。とにかく、協力に感謝する」

342: 2014/02/22(土) 04:26:51 ID:yXbM2XqE

竜人「ここよりさらに行くと、渓谷があるんですか?」

僧侶「そうだ。なかなかの景色が堪能できる」

竜人「魔法陣がなかったら、移動には相当時間がかかったでしょうね」

僧侶「そうだな」

魔法使い「ふたりとも、止まって」

僧侶「……どうした?」

魔法使い「魔物が近くにいる」

竜人「この国の魔物は、人を襲わないから大丈夫なのでは?」

僧侶「いや、さすがにここまで来ると管理が及んでいない魔物もいる」

魔法使い「……グリズリー。しかも、一体じゃない」

僧侶「これは……囲まれてる?」

343: 2014/02/22(土) 04:27:58 ID:yXbM2XqE

グリズリー「……」

僧侶「おかしい」

竜人「なにか奇妙なことでも?」

僧侶「グリズリーはそのナリとは裏腹にとても臆病な魔物なんだ」

魔法使い「……人目につくことを、極端に嫌う魔物」

竜人「それが我々を囲っているということは……」

僧侶「罠にはハマった。だが、同時に正解でもあったわけだ」

魔法使い「構えて。来る」


 魔物たちが構える。
 夜空がひび割れそうなほどの咆哮が、木々を震わす。

344: 2014/02/22(土) 04:28:59 ID:yXbM2XqE

魔法使い「……僧侶」

僧侶「久々にアレをやってみるか」

竜人「なにもしないほうがいいみたいですね」

僧侶「ああ。ここは私と魔法使いにまかせてくれ」


 魔法使いが懐から杖を取り出す。それが合図となったらしい。
 熊に酷似した魔物が飛びかかってくる。


僧侶「来た」

魔法使い「わかっている」

345: 2014/02/22(土) 04:30:01 ID:yXbM2XqE

 土の地面から次々と巨大な水柱があがり、魔物たちの進行を阻んだ。


魔法使い「発動」


 僧侶たちの足もとが光る。一瞬で巨大な魔法陣が展開される。


魔法使い「準備はできた」


 湧き上がった水が、魔法陣を中心に円を描くように渦巻いて、魔物たちを飲みこんだ。


僧侶「終わりだ」


 僧侶は雷をまとった拳を水流に突っ込む。
 電気の奔流が水を伝い、魔物たちを感電させた。

346: 2014/02/22(土) 04:31:02 ID:yXbM2XqE

竜人「お見事」

僧侶「これをやったのも魔界以来か」

魔法使い「久々」

竜人「この魔物たちは無事なのですか?」

魔法使い「彼らは気絶しているだけ」

竜人「そうですか」

僧侶「とりあえず先へす……」


僧侶(……そうだ。アイツはなぜ知っていた?)


?「やはり、コイツらではダメだったねえ」

僧侶「……ずいぶんあっさりと出てきたな」

?「そっちこそ簡単に誘いにのってきたじゃないか」

347: 2014/02/22(土) 04:32:26 ID:yXbM2XqE

竜人「例の宗教の一味ですか?」

僧侶「そうだ。そして私たちは案の定、罠にかかったらしい」

竜人「しかし、この者ひとりなら我々で……」

魔法使い「ひとり、じゃない」

?「そのとおり。きちんと準備は整えてある」


 地の底から響くような唸り声が、どこからか聞こえてくる。


僧侶「下だ!」

 僧侶が叫んだのと、地面が勢いよく隆起したのはほとんど同時だった。
 間一髪、なんとか飛び退いてかわす。

348: 2014/02/22(土) 04:33:23 ID:yXbM2XqE

 低い唸り声は実際に地面から響いたものだった。


僧侶「これは……」


 地面から生えた突起が次々と形を変化させていく。
 瞬く間にそれは土の魔物へと姿を変えた。


魔法使い「……ゴーレム」


 おびただしい数のゴーレムが、三人に向かってくる。


??「ここでお前たちには氏んでもらうよ」

349: 2014/02/22(土) 04:34:29 ID:yXbM2XqE






 獣じみた叫びとともにゴーレムがのけぞった。
 さらに胴体に炎の拳を叩きこむ。魔物は胴体から瓦解して、土へと還っていく。
 だが倒したそばから新たなゴーレムが、地面から生まれてくる。


僧侶「キリがない……!」

?「しぶといねえ。あと、どれだけもつかなあ?」


 間一髪で赤ローブが放った光弾をかわす。

 敵はゴーレムだけではない。すでに僧侶の体力は限界に近づいていた。


竜人「このままではまずいですな」


 竜人がゴーレムの首を、自身の爪で切り落とす。実に鮮やかな動作だった。
 だがどんなに倒しても、魔物の数は減らない。

350: 2014/02/22(土) 04:35:26 ID:yXbM2XqE

魔法使い「……本体を叩かないと、ダメ」


 そんなことはわかりきっていた。
 だが、大量のゴーレムに行く手を阻まれて、赤ローブに攻撃できない。


魔法使い「――――」


 魔法使いが小さくつぶやく。空気が冷えていくのを感じた。

 突如、大量の氷の突起が地面から現れる。
 吹っ飛ばされたゴーレムたちが宙を舞う。

351: 2014/02/22(土) 04:36:33 ID:yXbM2XqE

?「これはすごい。素直に驚いた」

魔法使い「今」

僧侶「ああ!」

竜人「了解!」


 僧侶と竜人がいっせいに赤ローブへ飛びかかる。


?「惜しかったねえ」

僧侶「なっ!?」

352: 2014/02/22(土) 04:37:41 ID:yXbM2XqE
 巨大な土のかたまりが空から降ってくる。
 ギリギリで踏みとどまっていなければ、僧侶はその土塊に押しつぶされていただろう。

 巨大な土くれは、やはりゴーレムへと姿を変えた。


僧侶(まずいっ……!)


 すでに体力が底をついていたのだろう。
 足がもつれる。迫り来るゴーレムの拳。
 僧侶は反射的に目を閉じていた。


 だが、覚悟していた衝撃は襲ってこなかった。

353: 2014/02/22(土) 04:38:48 ID:yXbM2XqE

 かわりに熱風が、肌を突き刺した。


僧侶「え?」


 まぶたを持ち上げると、土の魔物が炎上していた。
 魔法使いの魔術かと思ったが、彼女は火の魔術は不得手だったはず。



王「やっぱり保険はかけておいて正解だったな」



魔法使い「……!」

僧侶「な、なんで……」

竜人「なぜあなたがここに?」


王「驚くんじゃなくて喜べよ。直々に助けに来てやったんだからよ――この俺が」

354: 2014/02/22(土) 04:39:45 ID:yXbM2XqE




勇者(あれ?)

勇者(これもしかして道に迷ったんじゃないか?)

勇者(普通に階段をのぼってきたから、降りれば牢屋に戻れると思ったのに)

勇者(ていうか、よく考えたらあの階段はずいぶんと複雑だったような……)

勇者(とりあえず逃げるために、テキトーにうろちょろしてたけど)

勇者(これじゃあ戦士を助けにいけない……!)

勇者「ど、どうしよ……」


戦士『あーもうホント勇者くんってバカ。アホでマヌケでニワトリ頭だねえ』


勇者(アイツが馬鹿にする顔が浮かぶようだ)

勇者「……落ち着けオレ。クールだ、クール!」

355: 2014/02/22(土) 04:40:50 ID:yXbM2XqE

勇者(なんかケモノ臭いと思ったら、ケージの中に魔物がいる)

勇者(ここって牢獄じゃないのか?)


魔物「ウウゥゥゥ……」


勇者(しかも魔物は、みんな凶暴性をなくしてるって聞いてたけどコイツら……)

勇者(今にも襲いかかってきそうだ)

勇者(足音が近づいてくる! まずい、まだ本調子じゃないし武器もない)

勇者(まずい。赤ローブが近づいてくる)

勇者(しかも行き止まりだ。どうすれば……いや、こうなったら……)

勇者(もう一回この壁を、魔力を流しこんで破壊する)

356: 2014/02/22(土) 04:41:51 ID:yXbM2XqE



戦士「で、何回か壁やら地面やらを破壊してここまで戻ってきた、と」

勇者「そういうことだ」

戦士「あのねえ、勇者くん」

勇者「礼ならあとにしろよ。それより……」

戦士「いや、たしかに助け出してくれたお礼を素直に言いたかったよ」

勇者「ん?」

戦士「でも施設をぶっ壊しまくって、助けられるとちょっとねえ」

勇者「なんも考えずにここまで来たんだけど、まずかったかな?」

戦士「……」

勇者「剣以外にも魔力を流しこめるとわかって、調子に乗ってやりまくってたんだけど」

戦士「キミは新しいオモチャを与えられた子どもか!」

357: 2014/02/22(土) 04:42:48 ID:yXbM2XqE

戦士「これでまた新しい罪を背負うハメになるかも……はあ」

勇者「と、とりあえず脱出するぞ!」

戦士「そうだけど、どうやって逃げようね」

勇者「普通に敵から逃げればいいんじゃないのか」

戦士「勇者くんが壁をぶち破ったおかげで、居場所がバレやすくなってるんだよ」

勇者「あ……」

戦士「言ってみれば、犬の派手なマーキングのようなもんだからね」

勇者「オレとしたことが……」

戦士「いっそ開き直って、壁をひたすらぶち破って、無理やり脱出するかなあ」

勇者「もうオレ魔力からっぽだぞ」

戦士「やっぱり勇者くんバカだ!」

358: 2014/02/22(土) 04:43:49 ID:yXbM2XqE

勇者「でも、まだ相手の気配は遠いな」

戦士「わかるのかい?」

勇者「……なぜかわかるんだよな」

戦士「仕方ない。とりあえず逃げよう」

勇者「追いつかれたときは、戦うしかないか」

戦士「ここまで行き当たりばったりなのは初めてだよ」

勇者「オレもだ」

戦士「わかりやすいウソはつかなくていいよ」

359: 2014/02/22(土) 04:44:50 ID:yXbM2XqE







戦士「その赤ローブはまあまあ強いうえに、非常に奇妙なからだをしてるわけだね」

勇者「ああ」

戦士「それにしても、ここはただの監獄じゃないみたいだね」

勇者「ああ。でもこの雰囲気には、なんか覚えがあるんだよなあ」

戦士「魔界でボクらが捕まった場所のことを言っているのかい?」

勇者「ああ、それだっ」

戦士「あそこは監獄と研究機関が統一されてたけど、ここも同じっぽいね」

勇者「戦士は知らなかったのか、ここのこと」

戦士「うん。研究機関ならきちんとほかにあるし」

勇者「ふうん。ちなみに、この先に魔物たちがいる」

360: 2014/02/22(土) 04:45:52 ID:yXbM2XqE

戦士「これは、どうもただの魔物じゃないね」

勇者「やっぱりなんか変だよな」

戦士「ボクも専門家ではないから断言はできないけどね」

勇者「じゃあ、魔法使いとかじゃないとわからないか」

戦士「……勇者くん」

勇者「なんだ?」

戦士「……ひょっとすると、陛下はボクらの敵かもしれない」

勇者「急になんだよ?」

戦士「この施設を陛下が知らなかったとは、ボクには思えない」

勇者「ここは隠されてたのか?」

戦士「おそらく。ボクでもこんな場所があるなんて知らなかった」

361: 2014/02/22(土) 04:46:58 ID:yXbM2XqE

戦士「それに、勇者くんは例の手記のことを覚えてる?」

勇者「おう」

戦士「あの手記の存在を知った陛下は、すぐにそれを見たがった」

勇者「捜査のためだから、じゃなくて?
   それに王様は五百年前の勇者のことを知りたがってただろ」

戦士「その手記の中に、敵が知りたい情報があったとしたら?」

勇者「じゃあ、オレたちに話した理由はウソってことか?」

戦士「うん。それに、魔界の使者を迎えに行くことも、敵にバレていた可能性がある」

勇者「そういえば、そうだな」

戦士「それに、ボクらに監視をつけたのも陛下だ」

勇者「うーん……」

戦士「なにか気づいたことがあるなら言ってよ、勇者くん」

362: 2014/02/22(土) 04:47:55 ID:yXbM2XqE

勇者「ここの魔物さ。凶暴そうだけど弱ってないか?」

戦士「弱ってる?」

勇者「なんか栄養失調ぎみに見えるんだよ、オレだけ?」

戦士「言われてみると……」

勇者「それだけじゃない。すごいほこりっぽいし」

戦士「……そういえば鼻がムズムズするね」

勇者「あと、ところどころカラになってるケージも気になるな」

戦士「それはただの空きなんじゃないの?」

勇者「でもなんか、入ってた形跡があるし、ほら……」

戦士「ネームプレート、ウルフって書いてある」

363: 2014/02/22(土) 04:48:56 ID:yXbM2XqE

勇者「こっちのでっかいのは、ふれいむ、どらごん?」

戦士「……!」

勇者「どうした戦士?」

戦士「もう少し調べよう、ここを」

勇者「いいのかよ、逃げなくて」

戦士「たしかに逃げたいところだけど、それ以上に好奇心がうずいてね。
   おっとこれは……サイクロプス。なるほどね」


??「あんまり荒らされると困りますねえ」


勇者「……きたぞ」

戦士「見つかるのは、わかりきっていたよ」

364: 2014/02/22(土) 04:50:03 ID:yXbM2XqE

??「使えるコマとして、魔物たちには最低限のエサを与えていましたが。
   やはり処分しておいたほうが、よかったかもしれません」

勇者「どうする……」


 戦士、という言葉を勇者が口にするときには、戦士は視界から消えていた。
 一瞬で赤ローブのまん前に現れると、戦士は足払いをかけた。


戦士「……!」


 だが、敵の動作は戦士以上に早かった。
 跳躍して、赤ローブは戦士の攻撃を危なげもなくかわす。


??「おしいですね。イイ線行ってましたよ」

戦士「くっ……」

365: 2014/02/22(土) 04:51:05 ID:yXbM2XqE

 突然、戦士が吹っ飛ぶ。
 とっさに勇者が戦士を受け止めていなければ、壁に衝突していただろう。


勇者「だ、大丈夫か?」

戦士「なんとか、ね。助かったよ勇者くん」

366: 2014/02/22(土) 04:52:02 ID:yXbM2XqE

戦士「とりあえず武器は確保したよ、はい」

勇者「これって、アイツの短剣だろ? 」

戦士「とっさに奪ったんだよ」

??「やはりあなたは、そこそこデキるみたいですね」

戦士「ボクのことを知っているのかな」

367: 2014/02/22(土) 04:53:03 ID:yXbM2XqE

戦士『勇者くん』

勇者『なんだ?』

戦士『ぶっちゃけ余裕がない。逃げたほうがいい』

勇者『……逃げるって、無理だろ』

戦士『無理やりでも魔力を捻りだせないかい?』


 戦士が、一瞬だけ視線を天井にやった。


勇者『……たぶん、あと一回ぐらいならいけるかも』

368: 2014/02/22(土) 04:54:04 ID:yXbM2XqE

戦士「タイミングが命だ。キミに託すよ」

勇者「まかせておけっ!」


 再び戦士が赤ローブの眼前に躍り出る。
 勇者は手のひらに、残った魔力を集中する。


勇者(って、アレ? 全然魔力に余裕があるぞ)

戦士「行ったよ、勇者くん!」


 いったいどうやったのか。戦士は敵を見事に投げ飛ばしていた。
 慌てて天井目がけて跳躍する。手のひらを天井へと押しつける。

369: 2014/02/22(土) 04:55:06 ID:yXbM2XqE

勇者「いっけええええぇ!」



 魔力を流しこむと同時に、拳で天井を貫く。
 自分でも驚くほどの魔力が、手のひらから噴出して天井を崩壊させる。


??「ぐっっ……」


 敵に天井の瓦礫が覆いかぶさる。


戦士「なかなかやるじゃん。よし、さっさとずらかるよ!」

勇者「おう!」

370: 2014/02/22(土) 04:56:07 ID:yXbM2XqE




??「……っふぅ、どうやら魔術プロテクトがかえってアダになってるようですね」

??「せっかくなので、この子たちの始末もまかせてしまいますか」



魔物「ぐるるうううぅぅ……」



??「さあ、いきなさい」

371: 2014/02/22(土) 04:57:08 ID:yXbM2XqE



勇者「なあ戦士」

戦士「なに?」

勇者「あのまま、赤ローブを捕まえてもよかったんじゃないか?」

戦士「一瞬やりあっただけでわかった。アレは危険だよ」

勇者「……まあ、それもそうか」

戦士「とにかくここから脱出すれば、魔術が使えるんだ」

勇者「そうだな。さっさと脱出したほうがいいな」

372: 2014/02/22(土) 04:58:08 ID:yXbM2XqE

勇者(ん?  なんか音が……)

戦士「気づいたかい?」

勇者「ああ、なにかがオレたちを追っかけてきてる」

戦士「この通路に入れば、牢獄に戻るはず」

勇者「見張りとかはどうするんだよ?」

戦士「看守とかは、中にはいないかも」

勇者「どういうことだ?」

戦士「話はあと!  とにかくここを脱出する!」

373: 2014/02/22(土) 04:59:14 ID:yXbM2XqE

勇者(そうしてオレたちは、なんとか牢獄から脱出した)


戦士「よし、これで魔術プロテクトが消えた……勇者くん?」

勇者「あ、あぁぁ……」


勇者(なんだこの感覚……いや、これはさっきアイツに捕まったときにも……)


戦士「どうしたの?  どこかおか……」


勇者(全身が沸騰する……魔力が……自分の中で暴発するような……)

374: 2014/02/22(土) 05:00:15 ID:yXbM2XqE



??「本来なら彼の潜在能力を少しずつ覚醒させてくつもりでしたが……」


??「これ以上手間をかけるのも面倒です」


??「魔術プロテクトのない空間で、暴発させてしまいましょう」


??「彼が暴走したところで私が……」


??「……! この感覚は――」


??「まさか、彼が来ている?」


??「……予定変更か。今日のところはひくとしましょう」

375: 2014/02/22(土) 05:01:16 ID:yXbM2XqE



勇者「はぁはぁ……あ、つぃ……」

戦士「魔物が追いかけてきた!  勇者くん!」

勇者「……お前、だけでもいい……逃げろ…………」

戦士「さすがにそこまでバカな発言されると、ボクも困るよ」

勇者「う、るせ……」


勇者(なんて、数の……魔物だ……コイツら全部研究所の…………)


 すべての音が遠ざかっていく。戦士がなにかを叫んでいる。
 いつか魔界でケルベロスに殺されそうになったときの感覚が蘇る。
 あの得体の知れない力に全身を支配される恐怖。


勇者(や、めろ――)


 首筋に違和感を覚えたのと、誰かの声が鼓膜を叩いたのはほとんど同時だった。

376: 2014/02/22(土) 05:02:13 ID:yXbM2XqE

勇者「ぁ……」


 不意に視界が鮮明になって、全身の血が沸騰するような感覚が消え失せる。


   「大丈夫ですか……勇者様」


勇者「や、くし……?」


 たしかに彼女の声がした。いや、彼女の声だけではない。


勇者(僧侶?  それに、魔法使いも…………)


 視界がどういうわけか、傾いていく。
 目の前に石畳の地面が迫ってくる。なにかが地面に投げ出される音が聞こえた。


勇者(みんな……)


 やがて勇者の意識は闇に溶けていった。

377: 2014/02/22(土) 05:03:13 ID:yXbM2XqE




勇者『魔王を倒したそのあとのこと?』

戦士『そう。お前、なんかプランあんのか?』

勇者『ない』

戦士『即答かよ。将来の展望とかねえの?』

勇者『今のところはない。それより生きて帰れるのかって話だ』

戦士『お前、つまんねえなあ』

勇者『魔王を倒すこと以外、考えられないのかもしれない』

戦士『なんだお前。プレッシャー感じてんのかよ』

勇者『お前はなにも思わないのか?  もし俺たちが魔王を倒せなかったら……』

戦士『わぁってるっつーの!』

378: 2014/02/22(土) 05:04:14 ID:yXbM2XqE

戦士『でもよ。俺ら四人の肩に、世界の命運がかかってるとか言われてもなあ』

勇者『旅をしてずいぶん経ってるのに、まだそんなことを言ってるのか』

戦士『つーか、軍とかも協力してくれてもよくね?』

勇者『軍は戦争、魔物の討伐、街の警備で手一杯だって説明されただろ』

戦士『わかってて言ってんだよ』

勇者『俺たちは言ってみれば暗殺者だ。大人数で行動する必要はない』

戦士『俺らが旅に出るときにはパレードもできてたのに、暗殺者ねえ』

勇者『それがどうした?』

戦士『矛盾してね?  それに、姫が誘拐されてからの一連の流れが、早すぎる気がするぜ』

勇者『それだけ迅速な行動が、求められる事態だったんだ』

379: 2014/02/22(土) 05:05:16 ID:yXbM2XqE

戦士『俺たちゃ魔王を倒すための兵器じゃねえ。普通の人間だ』

勇者『普通の人間、か』

戦士『ちげーのかよ?』

勇者『いや……そのとおりかもしれない』

戦士『教会送りにされて思ったわ。やっぱり氏ぬのはイヤだ』

勇者『そうだな』

戦士『……俺、旅を終えたら店を出してえなって思ってんだ』

勇者『店? なんの店だ?』

戦士『そういう細かいプランはまだない。
   けど、将来的にはカワイイ嫁さんもらって、子どもは……何人がいいかね?』

勇者『知らん。
   ……将来、か』

380: 2014/02/22(土) 05:06:17 ID:yXbM2XqE



勇者「……ぅっ」


勇者(またあの夢だ)


竜人「目が覚めましたか?」

勇者「……竜人?  ここはどこだ?」

竜人「個人経営の病院です」

勇者「病院……って、なんでオレが病院にいるんだ!?」

竜人「落ち着いてください。覚えてないんですか?」


勇者(オレは竜人からこれまでの経緯を簡単に説明してもらった)


勇者「オレが意識を失ったあと、みんなが駆けつけてくれたってことか」

竜人「それで、念のために国が関与していない病院へ搬送されたわけです」

381: 2014/02/22(土) 05:07:18 ID:yXbM2XqE

竜人「丸二日ほど勇者殿は眠っていたんですよ」

勇者「二日も!?」

竜人「ええ」

勇者「みんなは……そうだ、薬師は!?」

竜人「彼女なら昨日、退院しましたよ」

勇者「退院?  じゃあ、薬師は助け出されたのか!?」

竜人「ええ。実は……」

382: 2014/02/22(土) 05:08:25 ID:yXbM2XqE






魔法使い『ゴーレムが、消えた』

?『くっ……』

王『魔力切れか?  おサムいねえ』

?『なぜキサマがここにいる……!』

王『お前こそなんで泥遊びしてんだ?  俺相手にこんなチンケなもんが通じるとでも?』

僧侶『なぜ陛下がここにいるのですか?』

王『いくらでも話してやるよ。コイツを牢獄にぶちこんだあとでな』

?『……私を牢獄にぶちこむ、か。これを見てもそんなことが言えるかなあ?』

竜人『あれは……』

僧侶『薬師!』

薬師『……』

383: 2014/02/22(土) 05:09:27 ID:yXbM2XqE

?『指ひとつでも動かしてみろ。この女を頃すぞ』

王『うわあ、人質かよ。ますますおサムいねえ』

?『……動くなと言っているのがわからないのかっ!  この女を……』

僧侶『へ、陛下!?』

王『うるせえなあ。俺は動いたぞ? 殺せよ』

?『……なん、だと?』

王『お前がその女を頃す。そして俺がお前を頃す。わかりやすくていいじゃねえか』

?『ぐっ……』

王『こういう状況で本当に助かりたいなら、普通に逃げたほうがいいんだよ』


 王が唇のはしを釣り上げた、と思ったときには、すでに『それ』は起きていた。


王『つまり、お前は助からない』

384: 2014/02/22(土) 05:10:28 ID:yXbM2XqE

?『かはっ……!?』


 赤ローブのひざが崩れ落ちる。
 王がなにかをした、ということだけは僧侶にもわかった。


王『ほれ、終わったぞ』

竜人『え……』


 すでに王の腕の中には薬師がいた。


僧侶『い、いったいなにを……!?』

王『驚きすぎだろ。あのローブの馬鹿の腹に、空気の塊をぶつけてやっただけだ』

僧侶『ではどうやって薬師を……』

王『べつに。今のでスキができたんで、普通に取ってきたぞ』

僧侶『取ってきたって……』

385: 2014/02/22(土) 05:11:34 ID:yXbM2XqE

王『それより薬師はどうなっている?』

僧侶『そうだった……魔法使い、わかるか?』

魔法使い『…………』


僧侶『(魔法使いが薬師を調べた結果、傷口が塞がれたあとがあったらしい)』


魔法使い『……傷口自体は、自力でどうにかしたのかもしれない。
     それから、治癒の魔術の類を、浴びている可能性がある』

王『回復系の魔術か?  今どきそんなのが使える人間がいるんだな』

魔法使い『いないことも、ない』

僧侶『とにかく病院へ運ぼう。それと、陛下……』

王『まあお前らがなにを考えているかは、だいたいわかる』

僧侶『いえ、わたくしは混乱していて。なにがなんだか……』

王『お前らに監視をつけてただろ。ソイツから聞いてここに駆けつけたんだ』

386: 2014/02/22(土) 05:12:35 ID:yXbM2XqE

僧侶『では、公務の最中である陛下が……』

王『どうやってお前らを助けに来たのかって?』

僧侶『……そうです』

王『俺の代わりに影武者が働いているさ』

魔法使い『……影武者』

僧侶『無礼を承知で質問を……』

薬師『う、ぅん……』

魔法使い『……!』

僧侶『薬師!』

薬師『……ぁ、みなさん?  えっと……』

僧侶『(私たちは意識を取り戻した薬師に、簡単な状況説明をした)』

387: 2014/02/22(土) 05:13:36 ID:yXbM2XqE

薬師『本当にみなさん、ありがとうございました』

僧侶『礼はいい。それより、からだは大丈夫なのか?』

薬師『……そう、ですね。少し目まいと痛みがありますが、大丈夫です』

王『……まずいな』

竜人『どうしました?』

王『断言はできないが、勇者の身になにか起きているかもしれない』

魔法使い『……暴走?』

王『わからん。とりあえず質問はあとにしろ。
  お前らここまではどうやって来た?」

僧侶『歩きと魔法陣です』

王『じゃあその魔法陣のところまで案内しろ。急げ』

388: 2014/02/22(土) 05:14:33 ID:yXbM2XqE



竜人「で、ちょうどあの場に駆けつけたわけです」

勇者「そうだったのか。でもよかった、みんな無事で」

竜人「みなさん、もうバリバリ働いていますよ」

勇者「そうなのか?」

竜人「戦士殿は調査に駆り出されています。薬師殿も退院して取り調べを受けています」

勇者「大丈夫なのか、薬師は」

竜人「詳しくは知りませんが、大丈夫だと思います。
   今は手が空いている者が、私しかいない状態なんです」

勇者「オレもいつまでも、こうしちゃいられないな」


 コンコン


竜人「……誰か来たみたいですね」

389: 2014/02/22(土) 05:15:39 ID:yXbM2XqE

老人「失礼するぞ」

竜人「……すみませんが、どなたですか?  勇者殿の知り合いですか?」

勇者「ううん、知らない」

老人「まあとりあえず、入らせてもらうよ」

竜人「ご老人、勝手に入られては……」

老人「ていうか、わかれよ。オレだ、オレ」


勇者(次の瞬間。急にそのジイさんの姿が変わった)


勇者「お、王様!?」

王「老人にはちがいないが、他人から言われるのはムカつくぜ」

竜人「な、なぜあなたがここに。それに今のはいったい……」

王「言ってないっけ?  メタモルフォーゼの能力について」

390: 2014/02/22(土) 05:16:36 ID:yXbM2XqE

王「まあ、そんなことはどうでもいい。竜人、悪いが部屋の外で見張りを頼む」

竜人「はあ……わかりました」

王「悪いな。……で、勇者よ。体調のほうはどうだ?」

勇者「うーん、たぶん大丈夫だと思うけど」

王「そいつはよかった。これ、見舞いのフルーツだ」

勇者「あ、どうも。ていうかなんで王様がこんなとこに?」

王「だから見舞いだって言ってんだろうが」

勇者「そうじゃなくて。仕事とかは大丈夫なんですか?」

王「優秀な部下がいるからな。あと、お前と話しておきたいこともある」

391: 2014/02/22(土) 05:17:43 ID:yXbM2XqE

王「話は戦士から大まかにだが、聞いた。だがお前の話も聞いておきたい」

勇者「なにを?」

王「赤いローブの男に捕まったときに、なにをされたのか」

勇者「正直よくわからなかった。けど……」


勇者(オレはあのときのことを、そのまま話した)


王「……お前の力を引き出そうとしていた、か」

勇者「オレの力の覚醒がどうとか、よくわからないことを言っていた」

王「敵がなにを考えているのか、完全にはわからんな」

勇者「でも、アイツはオレのことを知っている。たぶん、オレ以上に」

王「そうだな。そして、ひとつはっきりしたことがある」

王「今回の一連の騒動の狙い。それはお前だったんだ」

392: 2014/02/22(土) 05:18:44 ID:yXbM2XqE

勇者「オレ?」

王「敵はお前の中に眠る力を、奪取しようとしている」

勇者「オレの中に眠る力……」


勇者(魔界で何回か、急に強くなったりしたことがあったな)


王「以前、教会でサイクロプスとやりあっただろ?」

勇者「はい」

王「あのときも赤ローブから、変なことされたろ?」

勇者「そういえば、あの牢獄のときと同じようなことをされた」

王「今回の事件で、敵の目的のひとつにお前が入っていることが確定した」



王「で、ここからが本題だ」

393: 2014/02/22(土) 05:19:40 ID:yXbM2XqE

王「お前。この国を出てどっかに逃亡しろと、俺が言ったらどうする?」

勇者「は?」

王「お前が消えれば、少なくとも敵の目的のひとつは、潰せるだろうからな」

勇者「そんなの絶対ダメだ!」

王「なんでだ?  今よりずっと安全になるのに」

勇者「それってみんなを見捨てるってことだろ?」

王「べつに逃げたって、誰もお前を責めたりしないと思うけどな」

勇者「イヤなんだ」

王「逃げるって行為がか?」

勇者「ちがう。オレはバカだし、みんなより今回のことも理解できていない。
   でも、そんなオレでも少しわかった。人が氏ぬってどういうことか」

394: 2014/02/22(土) 05:20:42 ID:yXbM2XqE

勇者「薬師が血だらけでたおれてるのを見て、本気で怖いって思った。
   心臓を鷲掴みにされたみたいな気持ちになった」

王「……それで?」

勇者「仲間があんなふうになるのはイヤだ。あんな思いは二度としたくない」

王「次はお前があの女みたいになるかもしれないぞ」

勇者「そうだとしても、オレは戦う」

王「……じゃあ好きにすればいい。だがな」

勇者「?」

王「お前が味わった思いを、お前の仲間も味わうかもしれない。わかってるか?」

勇者「……!」

王「好きにしろ。だが、自分の行動がどんな結果をもたらすのか、しっかり考えるんだな」

勇者(……)

395: 2014/02/22(土) 05:21:48 ID:yXbM2XqE




竜人「お話はもうよろしいのですか?」

王「ああ。ありがとな」

竜人「いえ。……ひとつ、私から質問させてもらってもいいですか?」

王「ひとつだけな」

竜人「ありがとうございます。
   私が聞きたいのは、陛下と我が国の元皇帝の関係についてです」

王「関係?」

竜人「ええ」

王「逆にお前はどこまで知っている?  俺とあの女の関係を」

竜人「ほとんどなにも」

王「そうか。まあ俺とあの女は深い関係ではない」

竜人「そうなのですか?」

396: 2014/02/22(土) 05:22:43 ID:yXbM2XqE

王「ああ。ただ、俺もあの女も運良く実験に成功して生き延びた」

王「たしか、あの女の方が四、五年早く生まれていたはずだ」

王「だから、あの女には色々と教育を受けた」

王「とにかく真面目な女だった。俺とは正反対だったよ」

王「『災厄の女王』の役に立ちたかったのか、なんなのか知らんがな」

王「俺はな、あの災厄が起こったあと逃げ出したんだ」

王「本能的にあの場所から逃げりゃあ、自由を手に入れられると思った」

王「阿鼻叫喚の街を抜け出して、あとはずっと放浪の旅をしていた」

王「そして今さらになって戻ってきた」

王「魔王として生きたあの女とは、えらいちがいだろ?」

397: 2014/02/22(土) 05:23:50 ID:yXbM2XqE

竜人「真逆、ですね」

王「だからそんな関わりがあるわけでもない。
  あの女が魔界に行ってから、何回か手伝いじみたことはしたけどな」

竜人「なぜあなたは今になって、国王になったのですか?」

王「それについては……勘弁してくれ。話すつもりはない」

竜人「わかりました」

王「ただ、自分で言って悲しくなるが、みすぼらしい生活をずっと送っていたんだ」

竜人「なぜですか?」

王「機関に見つからないようにたえず移動してたからな。常に金に困ってた。
  金のためにドブさらいだとか、監獄の掃除とか、そんなのばかりやってたぜ」

竜人「苦労してるんですね」

王「単なる自業自得だ」

398: 2014/02/22(土) 05:24:59 ID:yXbM2XqE

王「しかし旅のおかげで、様々な人脈もできた。こんなとこでいいか?」

竜人「はい。貴重な話を聞かせていただき、ありがとうございました」

王「謎だらけの魔王の正体、気になるわな」

竜人「……謎多き人でした。最初は皇帝だと教えられても納得できませんでした」

王「今でもできてないんだろ?」

竜人「そう、かもしれませんね」

王「だが、お前らの皇帝は女傑と呼ぶにふさわしい存在だった。俺とちがってな」

竜人「ええ。我らが偉大なる魔王様です」

王「……っと、そろそろ行かないとな。悪いが、あの馬鹿の面倒を頼んだ」

竜人「了解しました」

399: 2014/02/22(土) 05:26:05 ID:yXbM2XqE




竜人「なにをやってるんですか、勇者殿?」

勇者「見りゃわかるだろ。着替えてんだよ」

竜人「まだ入院中ですよ」

勇者「退院する」

竜人「退院するって、まだ診察もなにも受けていないのに」

勇者「わかってる。でも、オレは強くならなきゃいけない。寝てる場合じゃない」

竜人「訓練でもしに行くんですか?」

勇者「そうだ」

竜人「一朝一夕で強くなれるとでも?」

勇者「そんなこともわかってる……っ!  けど、なにもしないよりはいいだろ!?」

400: 2014/02/22(土) 05:27:01 ID:yXbM2XqE

竜人「落ち着いて考えてください」

勇者「オレなりに考えてる!」

竜人「本当ですか?」

勇者「……」

竜人「訓練よりも先にやるべきことがあるでしょう?」

勇者「だけど……みんな頑張ってるのに……」

竜人「焦る気持ちはわかります。ですが、冷静になってください」

勇者「……冷静に、か」

竜人「今とるべき最善の行動がなにか、勇者殿ならわかるでしょう?」


王『自分の行動がどんな結果をもたらすのか、しっかり考えるんだな』


勇者「……そうだな」

401: 2014/02/22(土) 05:28:02 ID:yXbM2XqE

勇者「まずはきちんと診察を受けて、万全の状態にしなきゃな」

竜人「ええ」

勇者「じゃあさっそくお医者さんのとこに行ってくる!」

竜人「いやいや。私が呼んできますので寝ていてください」

勇者「そうか? 悪いな」

竜人「構いません。あの方に頼まれていますしね」

勇者「あの方?」

竜人「なんにもです。では、行ってきます」

勇者「竜人」

竜人「なんですか?」

勇者「その……ありがと」

竜人「ふっ、どういたしまして」

402: 2014/02/22(土) 05:29:03 ID:yXbM2XqE






戦士「……っ!  ね、寝てた!?」

僧侶「目を覚ましたか?」

戦士「えっと……どれぐらい寝ていた?」

僧侶「ざっと一時間ぐらいだな」

戦士「ごめん。で、例のものは見つかったかい?」

僧侶「それが……すまないが、どこに片付けたかわからないんだ」

戦士「まあこの部屋から、ものを探すのは大変だろうね」

僧侶「……暇ができたら片付けておく。あと、冒険の書も探しておく」

戦士「急に押しかけたうえに、寝させてもらって悪かったね」

僧侶「それは構わないが、お前が居眠りなんて珍しいな」

403: 2014/02/22(土) 05:30:10 ID:yXbM2XqE

戦士「この二日間はほとんど寝てないからね」

僧侶「取り調べを受けて調査もして……大丈夫なのか?」

戦士「気になることが多くてね。落ち着いて眠ることもできない」

僧侶「寝てたぞ、さっき」

戦士「まあね」

僧侶「……薬師の件、それと第三番館の資料についてはどうなった?」

戦士「彼女もボクと同じで、ずっと取り調べを受けているよ」

僧侶「そうか」

戦士「でも、わからないんだ」

僧侶「敵の資料を盗んだ手段のことか?」

戦士「うん」

404: 2014/02/22(土) 05:31:29 ID:yXbM2XqE

戦士「盗んだタイミングも、資料を外に持ち出した手段も、密室のトリックも。
   なにひとつわかっていない」

僧侶「薬師はなにか知っていないのか?」

戦士「そっちにはまだ聞けてないんだよ」

僧侶「あと、犯人の候補としてあげられるのは職員だけか」

戦士「そうなるね」

僧侶「だが、密室は単純に鍵がかけられていた、とかじゃないのか?」

戦士「南京錠は外に落ちていた。
   それに、その南京錠は室内ではかけられない魔術細工が施されてるらしい」

僧侶「でも南京錠を通すための鍵穴はあるんだろ?  代わりのものを通せば……」

戦士「それらしきものは見つかってないんだ」

僧侶「そっちは手詰まりってことか」

405: 2014/02/22(土) 05:32:30 ID:yXbM2XqE

戦士「ただ、今回の件で敵も手痛い損失を出している」

僧侶「捕まった赤ローブのことか?」

戦士「そう。尋問で、例の宗教団体が調べていた教会をほぼ洗い出せた」

僧侶「……普通の尋問ではないんだろうな」

戦士「まあ色々と特殊な尋問だよ」

僧侶「とにかく敵の狙いの教会が、絞りやすくなったってことか」

戦士「うん。ボクは教会について知ることが、謎の解明の一番の近道だと思ってる」

僧侶「どういうことだ?」

戦士「ほら、以前に勇者と魔王の争いの仕組まれたワケについて話したでしょ」

僧侶「ああ」

戦士「そして勇者一行は、必ず教会送りになっているという共通点を見つけた」

406: 2014/02/22(土) 05:33:37 ID:yXbM2XqE

戦士「このことから、ボクはずっと教会について調べていたんだ」

僧侶「あれから、なにかわかったのか?」

戦士「魔王から受け取った資料を調べていてね。五百年前の災厄のことなんだけど」

戦士「あれが仕組まれたものである、という確信を得た」

僧侶「やはりあの災厄は、実験失敗による事故ではなかったってことか」

戦士「うん。そもそも少し考えればわかることだよね」

戦士「国が混乱する数の魔物がいっせいに暴れだすなんて、作為的なものに決まってる」

戦士「そして、これがボクの推測を裏付ける資料だ」

僧侶「……魔物開発プロジェクトの記録か」

戦士「実は災厄が起きる直前に、一度かなりの数の魔物が暴走したという記録がある」

僧侶「……その魔物が、処理されたという記録がないな」

407: 2014/02/22(土) 05:34:56 ID:yXbM2XqE

戦士「しかも国が作り出した魔物なら、なおさら処分しなきゃまずいのにね」

僧侶「だが、この災厄と教会の関係が私にはわからないんだが」

戦士「あの災厄以降、大量の魔法使いが異端審問局によって処刑された」

戦士「さらに人体に直接影響を与える魔術の禁止」

戦士「災厄とこれらのことによって、教会の権威は著しく落ちた」

僧侶「たしかに……」

戦士「そしてあの災厄以降、新しい勇者は生まれていない」

僧侶「つまりお前は、あの災厄と勇者と教会に関連性があると考えているわけか」

戦士「そういうこと」

408: 2014/02/22(土) 05:35:53 ID:yXbM2XqE

僧侶「今のところ私は自宅待機だから、できる範囲で教会について調べておく」

戦士「それはありがたいんだけど……」

僧侶「なんだ?」

戦士「まずは部屋の片付けをきっちりして、冒険の書を見つけてほしいなあ」

僧侶「……言われなくてもわかっている」

戦士「あっ、ちなみに勇者くんには黙っておいてあげるよ」

僧侶「……う、うるさい。さっさと仕事へ行け」

戦士「ははは、それじゃあオジャマしましたー」

409: 2014/02/22(土) 05:36:54 ID:yXbM2XqE




勇者「つまり、えっと……」


コンコン


勇者「はい! 入ってどーぞ!」

魔法使い「……元気?」

勇者「魔法使い」

魔法使い「お見舞いに来た。これ、見舞いの品」

勇者「おっ、サンキュー」

魔法使い「……なに、してるの?」

勇者「今まであったことを紙に書いてまとめてたんだ」

魔法使い「どうして?」

勇者「自分のやるべきことがなんなのか、わかるかなって思ってさ」

魔法使い「そう」

410: 2014/02/22(土) 05:37:55 ID:yXbM2XqE

勇者「やっぱり盗まれた資料について調べるのが、一番の優先事項かな。
   そうだよ、あの捕まえた赤ローブから話を聞けないのか?」

魔法使い「……無理」

勇者「なんで?  アイツならなにか知ってるだろ?」

魔法使い「尋問では、その部分は答えない」

勇者「あの図書館の関係者を調べたりするしか、解決手段はないってことか」

魔法使い「うん」

勇者「……でも。敵のスパイがいるかもしれないんだろ?  それを見つけ出せば……」

魔法使い「……あなたたちを捕まえた、警備兵をはじめとする監獄の看守は。
     ほぼ全員殺された」

勇者「そんな……」

魔法使い「おそらく、看守の中にも、敵の間諜がいたのは、間違いない」

411: 2014/02/22(土) 05:39:01 ID:yXbM2XqE

勇者「全員スパイだったのか?」

魔法使い「……ちがう。スパイを特定されないための、措置だと思われる」

勇者「じゃあ、オレと戦士が牢獄から脱出したとき、誰にも会わなかったのは……」

魔法使い「その時点で、すでに殺されていた」

勇者「……」

魔法使い「敵は、徹底している」

勇者「そうだな。それに、資料を盗まれた方法の特定は、難しそうだ」

魔法使い「うん」

勇者「じゃあ王様に頼んで、あの第三番館を調べさせてもらうのはどうだ?」

魔法使い「……不可能」

412: 2014/02/22(土) 05:40:02 ID:yXbM2XqE

魔法使い「第三番館は、陛下の一存で、どうにかなる場所じゃない」

勇者「王様でもどうにもできないなんて、すごいところなんだな」

魔法使い「元老院の許可が、降りないかぎり、入れない」

勇者「ゲンロウイン?」

魔法使い「そういう組織」

勇者「ふうん。いっそのこと侵入できないかな?」

魔法使い「……勇者は容疑者候補。危険」

勇者「そういえばオレ、一回捕まってるんだよな」

魔法使い「そうじゃなくても、今は、警備が大幅に強化されている」

勇者「これも現実的じゃないか」

413: 2014/02/22(土) 05:41:03 ID:yXbM2XqE

勇者「ほかにできそうなことは……」

魔法使い「その前に、これ」

勇者「なんだそのノート?」

魔法使い「……薬師がつけた勇者の、旅の記録帳」

勇者「そういえば、話してたな」

魔法使い「念の為に記録があっているか、確認してほしい」

勇者「どれどれ……」

414: 2014/02/22(土) 05:41:58 ID:yXbM2XqE

勇者「うーんと、最初の一週間は特記事項なし」


勇者「その後は……結構な量の文章だな」


勇者「二週間目あたりから、魔力が暴走することがあった。回復力が凄まじい」


勇者「……そういえばそうだったかな」


勇者「で、それ以降から若干情緒不安定。情緒不安定、オレが?」


勇者「言われてみると旅の途中では、なんか変だったかもな」


勇者「しかし二ヶ月目以降は、その傾向も見られなくなる」


勇者「以降は、魔力の暴走などもなくなる」


勇者「その代わり、傷の治癒が以前より遅くなったりしている」

415: 2014/02/22(土) 05:42:59 ID:yXbM2XqE

魔法使い「内容は合っている?」

勇者「たぶん。薬師がつけた記録だし間違いはないと思う」

魔法使い「……これは、戦士に渡しておく」

勇者「ああ、頼んだ」


コンコン


勇者「またお見舞いかな。はーいどうぞー」


薬師「……どうも」


勇者「薬師……!」

薬師「意識を取り戻されたんですね、勇者様。本当によかった」

勇者「……」

薬師「どうしました、私の顔になにかついてますか?」

416: 2014/02/22(土) 05:44:00 ID:yXbM2XqE

勇者「いや、その……本当に薬師は無事だったんだな、って」

薬師「本当に申し訳ございませんでした、勇者様」

勇者「な、なんで頭下げるんだよ?」

薬師「私のせいで勇者様と戦士様には、大変な迷惑をかけてしまいました」

勇者「なに言ってんだよ、それは敵のせいだろ?」

薬師「いいえ。私がもっとしっかりしていれば、こんなことにはなりませんでした」

勇者「……」

薬師「資料が盗まれることも……」

勇者「…………。
   お前がたおれてるのを見たとき、本当に息ができなくなったと思った」

417: 2014/02/22(土) 05:45:01 ID:yXbM2XqE

勇者「……もしかしたら、今回のことにで薬師を責める人も、いるかもしれない」

勇者「でもオレは、薬師が生きているってわかって本当に安心したし、嬉しかった」

薬師「勇者様……」

勇者「責任がどうとかよりも、とにかくオレは薬師が生きてたからいいかなあ、って」

薬師「でも……」

勇者「オレも戦士も無事だったし。結果オーライだろ?」

魔法使い「うん、結果オーライ」

薬師「……ありがとうございます、ふたりとも」

勇者「それに今度はオレが薬師を守ってみせる、絶対に」

魔法使い「……また守られる、可能性もあるけど」

勇者「それは否定できないな」

418: 2014/02/22(土) 05:46:07 ID:yXbM2XqE

薬師「……ふふっ、ありがとうございます。少し、元気をもらいました」

勇者「みんなで協力して、真勇者も、薬師をあんな目にあわせたヤツも必ず捕まえよう!」

薬師「はい……!」

魔法使い「気合が、空回りしないように」

勇者「わかってるよ」

魔法使い「……本当に?」

勇者「……たぶん」

薬師「クールな勇者様っていうのも、想像つきませんけどね」

魔法使い「たしかに」

勇者「クール……」

419: 2014/02/22(土) 05:47:03 ID:yXbM2XqE

魔法使い「……取り調べは?」

薬師「ちょうど一段落したところです」

勇者「やっぱりしばらくは、ずっと取り調べは続くのか?」

薬師「はい。あの難攻不落の第三番館から資料がなくなるなんて前代未聞ですから」

魔法使い「……勇者も退院すれば、おそらく延々と、取り調べを受けるハメになる」

勇者「うげえ、やっぱそうなるのか」

薬師「戦士様も私と同様に、ずっと取り調べを受けています」

勇者「これもあの赤ローブのヤツらのせいだよな……ん?」

薬師「どうしました?」

勇者「……スパイがいたんだよな?」

魔法使い「そう」

420: 2014/02/22(土) 05:48:05 ID:yXbM2XqE

勇者「だったら敵のスパイって、教会にも侵入してる可能性はないか?」

薬師「……どういうことですか?」

勇者「敵はずっと教会を調べてるだろ?  だったら、この街の教会も調べるだろ?」

薬師「なるほど」

魔法使い「……敵が調べた教会は尋問のおかげで、判明しているはず」

勇者「この街の教会を調べたかどうかもわかってるのか?」

魔法使い「おそらく、まだ。……戦士にいちおう、伝えておく」

勇者「おう」


竜人「勇者殿」


勇者「おっ、竜人。どこ行ってたんだよ?」

421: 2014/02/22(土) 05:49:12 ID:yXbM2XqE

竜人「少々街へ息抜きへ行ってました。
   ……ああ、薬師殿と」

薬師「……どうも」

魔法使い「……」

竜人「魔法使い殿……」


勇者(やっぱり竜人は、魔法使いに怯えてるように見えるんだよなあ)


竜人「勇者殿、これを市警から回収してきました」

422: 2014/02/22(土) 05:50:12 ID:yXbM2XqE

勇者「オレの剣だ。そういや捕まったときに取られたんだよな。ありがとな」

竜人「礼には及びません」

魔法使い「……竜人」

竜人「な、なんでしょうか魔法使い殿?」

魔法使い「勇者。薬師。私と竜人は、お暇する」



勇者(魔法使いは病室を出る直前、唇の動きだけで「お楽しみに」とオレに言ってきた)

勇者(なにが『お楽しみに』なんだ?)

423: 2014/02/22(土) 05:51:14 ID:yXbM2XqE

勇者「急に帰っちゃったな、あのふたり」

薬師「なにか用事があったのかもしれませんね」

勇者「……髪、すごい短くなったな」

薬師「ええ、切られちゃいましたから。おかげで、らくになりましたけどね」

勇者「……そっか。それにしてもやっぱり、お医者さんは忙しいみたいだな」

薬師「街に魔物が現れたせいで、怪我人も出ましたから……魔物はやはり恐ろしいです」

勇者「でもあの魔物たちは普通じゃないんだろ?
   今の魔物は人を襲わないんだし」

薬師「はたしてどちらがおかしいんでしょうか?」

勇者「……え?」

薬師「本来の魔物は人の脅威になる存在のはずです。今の状態はむしろ異常です」

勇者「たしかに昔はそうだったけど……」

薬師「魔物は危険な存在です。今の人たちは、そのことを忘れています」

424: 2014/02/22(土) 05:52:20 ID:yXbM2XqE

薬師「街の市警だって対応が遅すぎます。
   もっと早く対応できていれば、被害はもっと小さくできたはずなんです。

勇者「それはそうかもしれないけど」


薬師「今の魔物の姿というのは、あるべき姿から外れているんです」

薬師「昔とは真逆になっていると思いませんか?」

薬師「魔物が危険なものと教えられた昔と今では、人々の認識に差があると思います」


勇者「たしかに魔物は危険な存在かもしれない」

勇者「でも、魔物だって生きてるし」

勇者「魔界にいた魔物たちは、オレたちと大きなちがいはないように思えたよ」


薬師「……すみません。私、少し疲れているのかもしれません」

勇者「薬師……」

425: 2014/02/22(土) 05:53:22 ID:yXbM2XqE

薬師「実は陛下から、今回の任務から降りてもいいと言われたんです」

勇者「薬師もだったのか」

薬師「勇者様も同じことを言われたのですか?」

勇者「結局断ったけどな」

薬師「勇者様は、例の赤ローブのグループと戦う、ということですね?」

勇者「もちろん。逃げるつもりはない」

薬師「……もし、ですよ」

勇者「ん?」

薬師「私が勇者様に、どこかへ逃げてほしいって言ったらどうしますか?」

勇者「……どうするかな」

426: 2014/02/22(土) 05:54:18 ID:yXbM2XqE
薬師「勇者様が逃げないという選択肢をとる、ということはわかってます」

薬師「でも、誰かに命を狙われたから逃げるというのは、普通のことだと思います」

勇者「逃げる、か」

薬師「はい。逃げてくれませんか?」

勇者「……王様には、みんなを守るために戦うって言ったんだ」

勇者「でも今になってわかったんだ。それだけじゃないって」

薬師「ほかになにか目的があるんですか?」

勇者「もしかしたら、オレ自信の秘密を知ることができるかもしれない」

勇者「赤ローブのひとりに、オレの秘密を知っているヤツがいる」

薬師「その人を捕まえたい。そういうことですね?」

427: 2014/02/22(土) 05:55:19 ID:yXbM2XqE

勇者「うん。自分勝手な理由だとは思う。
   でも、できるならオレは自分のことを知りたいんだ」

薬師「……なにを言っても、引く気はないってことですね」

勇者「うん。オレは戦うよ」

薬師「わかりました。……私も戦います」

勇者「おう!」

薬師「でもその前に」

勇者「なんだよ?」

薬師「まずはきちんと検査を受けて、退院してくださいね」

428: 2014/02/22(土) 05:56:25 ID:yXbM2XqE






???「まだ生きていましたか」

?「……お前か」

???「無様ですね。敵に捕まり、むざむざと情報を垂れ流しにするなんて」

?「キサマのせいでもあるんだぞ」

???「私はあなたの策に協力しただけです」

?「……だが、まだこちらが手をつけた教会についてしか、口を割っていない」

???「薬と魔術による尋問とはいえ、それぐらい耐え抜いてもらわないと困ります」

?「いちいちうるさい女だなあ」

???「…………」

?「それより、ここから出してくれないか?  そのために来たんだろ?」

429: 2014/02/22(土) 05:57:21 ID:yXbM2XqE

???「……」

?「おいおい、まさか私にイヤミを言うためだけに、看守頃してここに来たのか?」

???「私がそんな酔狂な人間だと思いますか?」

?「……だったら早く出してくれ」

???「ええ。わかりました」

?「まったく。だいたいなぜ私がこんな目に……ぅっ!?」

???「…………」

?「かはっ……きっ、きさ、ま……な、なにをした……?」

???「ここから出たいのでしょう?」

?「な、なにを……なにを、言っている…………!?」

???「肉体を捨て、魂となればここから出られるでしょう」

430: 2014/02/22(土) 05:58:21 ID:yXbM2XqE

?「……な、なぜ……なぜだっ!?」

???「敵に情報を垂れ流すあなたを生かしておく意味が、ありませんから」

?「…………キサ、マ……薬師ぃ……!」

???「あとは私にまかせてください」



薬師「さようなら」

431: 2014/02/22(土) 05:59:23 ID:yXbM2XqE




戦士「こんな朝早くから陛下との謁見か……」


戦士(しかし、例の新興宗教団体の目的は一向にわからないまま)


戦士(赤いローブがトレードマーク)


戦士(『新興』となっているけど、いつ創立されたかは判明してない)


戦士(その理念は、魔物を滅ぼし人間だけの楽園を築くこと)


戦士(そして真勇者は、彼らとつながりを持っている)


戦士(とにかく尋問調書を見せてもらわないと)


戦士(ん?  なにか様子がおかしいな……)

432: 2014/02/22(土) 06:00:24 ID:yXbM2XqE




戦士(やっぱり宮廷内の様子がおかしいな)

側近「……君か」

戦士「おはようございます、先生。なにかあったのですか?」

側近「……おおっぴらには言えないが。かなりまずいことが起こった」

戦士「いったいなにが?」

側近「捕らえた例の赤ローブが、何者かに殺害された」

戦士「!」

側近「今朝冷たくなっているのを発見されたんだ」

戦士「……殺害手段は?」

側近「目立った外傷はなかったらしい。これから司法解剖が行われる」

433: 2014/02/22(土) 06:01:26 ID:yXbM2XqE

戦士「今朝になって見つかったんですか?」

側近「看守も全員殺害されていた。そっちも同様に目立った外傷はなかった」

戦士「……そうですか」

側近「このことは他言無用で頼むよ」

戦士「ええ。それと、頼まれていたものです」

側近「これが君のギルドの構成員の名簿だね」

戦士「はい」

側近「わかった。預かっておく」

戦士「先生」

側近「なにかな?」

434: 2014/02/22(土) 06:02:28 ID:yXbM2XqE

戦士「敵はやはり、味方側に潜んでいると考えるべきですよね」

側近「なにを今さら」

戦士「たとえば、陛下の側近である先生とか」

側近「……ふむ。君は僕を疑っているのか」

戦士「たとえ話ですよ」

側近「まあ僕が君の立場だったら、同じように考えるかもね。それで?」

戦士「いえ。とりあえず、カマをかけてみただけです」

側近「疑心暗鬼と警戒は似て非なるものだ。
   真実を知りたいなら、本当に疑わなければいけなものがなにか、見極めることだ」

戦士「……忠告、痛み入ります」

側近「本当に思っているんだか」

戦士「いちおう」

435: 2014/02/22(土) 06:03:29 ID:yXbM2XqE

側近「陛下ならすでに王の間にいらっしゃる」

戦士「先生は?」

側近「僕は僕でやることがある。この状況でやることがない人間などいないがね
   君もがんばりたまえ」

戦士「はい。では、失礼します」



戦士(……先生が裏で手を引いている可能性はある)

戦士(本当に疑うべきものか)

436: 2014/02/22(土) 06:04:29 ID:yXbM2XqE






王「つまり、話は側近から聞いているわけだな」

戦士「ええ」

王「それと、バカ勇者が風穴開けて見つけた研究機関についてだが」

王「お前の読みは当たっていた」

王「ウルフをはじめとする暴走した魔物の多くが、あそこに存在したものだ」

戦士「では、サイクロプスも?」

王「ああ。俺ですら存在を知らなかった場所だ」

戦士「あの研究機関、今は使われてないのでしょうか?」

王「あそこにあった薬品から推測して、使われなくなって半年前後だそうだ」

戦士「半年……」

437: 2014/02/22(土) 06:05:30 ID:yXbM2XqE

王「それと、これだけは許可がおりたから見せてやる」

戦士「このスティックのような、カプセルのようなものはなんですか?」

王「第三番館に入ったとき、見なかったか?」

戦士「では、これが第三番館にある資料の形なんですね」

王「ああ。人差し指サイズだから、隠し持つのは不可能ではないな」

戦士「……第三番館に入るのは、やはり不可能ですか?」

王「元老院のジジイどもの首を縦に振らせるのは、おそらく無理だ」


戦士(自分のほうがジジイじゃん)


王「今失礼なことを考えなかったか?」

戦士「気のせいでしょう」

王「……まあいい」

438: 2014/02/22(土) 06:06:37 ID:yXbM2XqE



僧侶「やはり、古い教会記録をさかのぼっても大した記録はなかったか」

勇者「ちっちゃい教会だったし、仕方ないんじゃないか」


僧侶(無事退院した勇者を引き連れて、私は自分の勤め先の教会に訪れた)

僧侶(今はその帰りだ)


勇者「なんで街の教会を調べなかったんだ?」

僧侶「今は一部関係者しか入れなくなってるんだ」

勇者「まあ、あんなことがあったばかりだもんな」

僧侶「私から誘っておいてなんだが、勇者は取り調べとかはないのか?」

勇者「朝から取り調べがあるはずだったけど、夜に変わった。理由は知らない」

僧侶「そうか」

439: 2014/02/22(土) 06:07:33 ID:yXbM2XqE

勇者「なあ、武器を変えるってどう思う?」

僧侶「剣から得物を変える気か?」

勇者「いや。参考までにさ」

僧侶「私はオススメしないな。付け焼刃の技術はすぐにボロがでる」

勇者「あー、じゃあなんか便利そうな道具は?」

僧侶「急にどうしたんだ?  武器に興味を持ったのか?」


勇者「病院にいる間、自分にできることを考えたんだ」

勇者「で、色々考えたけど最終的には強くなるしかないって結論になった」

勇者「でも急には強くなれないだろ。だから、なにかを変えようと思って」


僧侶「なるほど」

440: 2014/02/22(土) 06:08:35 ID:yXbM2XqE

勇者「僧侶は男顔負けの腕っぷしだけど、なんかすごい鍛え方してるのか?」

僧侶「……。私は腕力が特別秀でているわけじゃない」

勇者「あれ?」

僧侶「魔界でも説明したと思うが。私は魔力をグローブで増幅させているんだ」

勇者「それであの威力になってるのか」

僧侶「ああ。その代わり、燃費はかなり悪いけどな」

勇者「うーん。やっぱり習得は難しいよな?」

僧侶「私の場合はグローブを三、四十個ぐらい破壊したな」

勇者「そんなに!?」

僧侶「一時期、周りからグローブマニアだと思われていた」

勇者「……オレには無理そうだ」

441: 2014/02/22(土) 06:09:42 ID:yXbM2XqE

勇者「武器と言えば、『勇者の剣』って知ってるか?」

僧侶「おとぎ話の中の架空の剣のことだな」

勇者「実在しないのか?」

僧侶「その手の話ではよく出てくる。けど、実在するという話は聞いたことがない」

勇者「……そのさ、変なこと言っていいか?」

僧侶「へ、変なこと?」


僧侶(勇者の顔には迷いが色濃く出ていた)

僧侶(その顔は魔界でも、一度見た覚えがある)


僧侶「とりあえず話してみてくれないか?」

勇者「うん。……ときどき変な夢を見るんだ」

442: 2014/02/22(土) 06:10:37 ID:yXbM2XqE

勇者「夢なんだけど、誰かの記憶みたいなんだ」

僧侶「誰の記憶かはわからないのか?」

勇者「よくわからない。その誰かはひとりじゃない……と、思う」

勇者「その誰かの記憶の中で、出てきたんだ。勇者の剣の話」

僧侶「……そうか」

勇者「まあそんな気にしないでくれよ。とにかく勇者の剣の夢を見たんだよ」


僧侶(正直、なんて勇者に返したらいいのかわからなかった)


僧侶「……勇者の剣は、剣であると同時に実体をもたないなんて話も聞いたことがある」

勇者「どういうことだ?」

僧侶「決められた形がないってことだ。持ち主によって形状が変化するとか」

443: 2014/02/22(土) 06:11:43 ID:yXbM2XqE

勇者「でもやっぱりすごい剣なんだろうな」

僧侶「本当にあれば、だがな。それに……」


僧侶(使えるのは『勇者』のみと言われている)


勇者「それに?」

僧侶「いや……それより勇者」

勇者「どうした?」

僧侶「お腹空かないか?」

勇者「実は今日、朝からまだなに食べてないんだ」

僧侶「本当か。だったら……」


女の子「あー!  シスター!」


僧侶(なぜこのタイミングで……)

444: 2014/02/22(土) 06:12:44 ID:yXbM2XqE

勇者「あっ。ませてるヤツだ」

女の子「シスター、またこの変なお兄ちゃんと一緒にいるの?」

僧侶「えっと……お仕事です」

勇者「まあ仕事といえば、仕事か」

僧侶「それよりどうしてこんな山道をひとりで?」

女の子「たまにはひとりでシスターに会いに行こうと思って」

僧侶「そうだったのですか」

女の子「でも、ここで会えたし教会に行く必要はなくなっちゃった」



僧侶(そういえば、この子は図書館の前で変な男がいると言っていたな)

僧侶(もっと警戒しておくべきだったのかもしれない)

445: 2014/02/22(土) 06:13:41 ID:yXbM2XqE

女の子「シスターとお兄ちゃんは、仕事仲間なんだよね?」

勇者「仕事仲間、なのか?」

僧侶「簡潔に言うと、そうなのかもしれませんね」

女の子「ふーん」

僧侶「どうかしましたか?」

女の子「単なる仕事仲間相手なのに、シスターはなんだか楽しそうだなあって思って」

僧侶「……そうですか」



僧侶(たしかに。ませてるな……)

446: 2014/02/22(土) 06:14:48 ID:yXbM2XqE



竜人「この資料でよろしいですか?」

魔法使い「……ありがとう」


竜人(なぜ魔族であり使者である私が、こき使われているのだろうか)

竜人(しかもこの女性は口数が少ないから、なにを考えているのか読めない)


魔法使い「やっぱり」

竜人「なにかわかったのですか?」

魔法使い「……この国は災厄以降、様々な海外諸国の介入を、受けている」

竜人「しかし、現在は完全に独立しているんですよね?」

魔法使い「うん。でも、これを見て」

竜人「……国の復興関係資料ですか」

魔法使い「……私たちの国が、指揮をとっている」

447: 2014/02/22(土) 06:15:44 ID:yXbM2XqE

竜人「ああ、なるほど。復興指揮をとっているのは、この国ってことですね」

魔法使い「そう」

竜人「他国の人間はあくまで労働資源としてしか、使われてない」

竜人「そして現在この国は完全に独立し、魔術大国として復活している」

魔法使い「……ほかにも、気になることはある」

竜人「ふむ……って、んっ!?」


竜人(不意に足もとが光ったと思ったら、魔法陣が展開された)


竜人「なんですかこの紙は?」

魔法使い「例のサイクロプスの、解剖結果」

竜人「この手の魔術というのは便利ですね」

448: 2014/02/22(土) 06:16:45 ID:yXbM2XqE

魔法使い「……私たちは日陰者だから、人目につくのは好まない」

竜人(魔女狩り、か)

魔法使い「だから、ときどき退屈で、氏にそうになる」

竜人「はあ」

魔法使い「だから、またあとで……」

竜人「ま、またですか!?」

魔法使い「おねがい」

449: 2014/02/22(土) 06:17:47 ID:yXbM2XqE

竜人「え?  いや、そのできれば……」

魔法使い「あとで、いいから。
     これは…………そっちの資料をとって」

竜人「これですか?  なにかわかったんですか?」

魔法使い「……このサイクロプス、似ている」

竜人「似ている?」

魔法使い「勇者に」

450: 2014/02/22(土) 06:18:48 ID:yXbM2XqE



??「あなたの正体を隠し通すのは、そろそろ無理でしょうね」

薬師「そうかもしれません」

??「そしてあの偽勇者によって、あの機関もバレてしまいました。
   私の正体に気づくのも秒読みでしょうね」

薬師「では、あの勇者を今度こそ捕らえる必要がある、ということですね?」

??「ええ。そしてそれが確実にできるのはあなただけです」

薬師「……私だけ、ですか」

??「勇者パーティとしてのあなたの役割は終わりです」

薬師「……」

??「なにか言いたげですね」

薬師「いいえ、なにも」

??「なら、いいんですけどね」

451: 2014/02/22(土) 06:19:49 ID:yXbM2XqE

??「例のものを手に入れれば、我々の目的は果たせるんです」

薬師「わかっています。ただ、ひとつおねがいしたいことがあります」

??「なんですか?」

薬師「『勇者様』とお話をさせていただきたいのですが」

??「なんのために?」

薬師「……」

??「まあいいでしょう。ついてきなさい」

薬師「ありがとうございます」

452: 2014/02/22(土) 06:20:51 ID:yXbM2XqE






??「お客様ですよ、勇者様」


 真勇者は培養槽の中で眠っていた。
 ゴボリと培養槽の中の液体が泡立つと、真勇者はゆっくりと目を開いた。


真勇者『……』

薬師「あなたとお話したいことがあります」

真勇者『……ここを開けろ』

??「かしこまりました」

453: 2014/02/22(土) 06:21:52 ID:yXbM2XqE



真勇者「俺になんの用だ?」

薬師「……あなたの過去のことを知りたいと思って」

真勇者「それを知ってどうなる?」

薬師「わかりません。でも、聞いておきたいんです」

真勇者「逆に聞こう。あの偽物についてどう思う?」

薬師「…………必氏、でしょうか」

真勇者「必氏?」

薬師「彼は幼稚です。そしてそれを自覚しています。ゆえに常に必氏なんだと思います」

真勇者「必氏か」

薬師「あなたはどうなんですか?」

真勇者「ヤツの有り様には興味がない。ただ、ヤツの力は俺にとって必要だ」

454: 2014/02/22(土) 06:22:52 ID:yXbM2XqE

真勇者「だが、あの偽物は俺にアイツのことを想起させる」

薬師「あいつ?」

真勇者「馬鹿で猪突猛進。腕は悪くない。だが頭の悪いヤツだった」

薬師「あなたのパーティーのひとりだった方ですか?」



真勇者「ああ。アイツは馬鹿だったが、俺より物事をしっかり考えていた」


真勇者「魔法使いは、なんでも知りたがるヤツだった。
    将来は自分の魔法を人々の役に立てたいと言っていた」


真勇者「僧侶はいつも一歩引いたヤツだった。アイツが一番よくわからなかったな。
    だが、誰よりも気遣いのできる女で、優しいヤツだった」


薬師「素敵な人たちだったんですね」

真勇者「素敵か。そうだな、今思えばとても大切な仲間だった」

455: 2014/02/22(土) 06:23:59 ID:yXbM2XqE

真勇者「だが全員俺より先に逝った」


真勇者「誰かが仕組んだ過ちによって、みんな氏んだんだ」


真勇者「魔法使いは魔女狩りの犠牲になった」


真勇者「戦士は、災厄で出現した魔物と戦って」


真勇者「僧侶は魔物に襲われそうになった子どもを庇って」


真勇者「みんな氏んだ。俺だけが、今なおこうして生きている」


真勇者「言ってみれば俺は亡霊だ」

456: 2014/02/22(土) 06:25:01 ID:yXbM2XqE

真勇者「お前は知っているか。勇者と魔王のおとぎ話を」

薬師「世界は勇者と魔王のためにあり、それ以外は舞台装置だっていう話ですか?」

真勇者「そうだ。この話、どう思う?」

薬師「勇者と魔王という存在が、世界にとってそれだけ強大な存在だった。
   ……ということでしょうか?」


真勇者「どういう経緯で、そんな話ができたかは知らない」

真勇者「……なにがこの世界は勇者と魔王のためにある、だ」

真勇者「かつて勇者だった俺は、自分の仲間さえ助けられなかった」

真勇者「俺は無力だ。だが、それでも真実を暴き、世界を是正する」


薬師「……あなたにとってこの組織と私たちは、なんなんですか?」

真勇者「お前らとは目的が一緒なだけだ」

457: 2014/02/22(土) 06:26:02 ID:yXbM2XqE

真勇者「お前たちは仲間でもなんでもない」

薬師「そうですか」

真勇者「俺の仲間はアイツらだけだ」

薬師「では……あなたはずっと独りなんですね」

真勇者「そうだな。だが、それはお前もじゃないのか?」

薬師「……」

真勇者「話はすんだか?  終わったのなら俺は戻る」

薬師「待ってください」

真勇者「まだなにかあるのか?」

薬師「……もうひとつだけ。話しておきたいことがあります」

458: 2014/02/22(土) 06:27:04 ID:yXbM2XqE



勇者「今日は訓練に付き合ってくれてありがとう、ふたりとも」

僧侶「ずいぶんとすっきりした顔をしてるな」

竜人「そうですね」

勇者「いやあ、昨日はほとんど一日、取り調べで拘束されてたからなあ」

僧侶「お前も大変だな」

勇者「僧侶はなにもないのか?」

僧侶「私は昨日、洗礼式の準備があったぐらいだ。
   相変わらずゴタゴタしているせいで、色々と行事も延期になっている」

勇者「そうか。あ、そういえば薬師には会ってないか?」

僧侶「ここのところは会っていないが、どうかしたか?」

勇者「いや、オレもこの四日間ぐらい見てないからさ。気になったんだ」

459: 2014/02/22(土) 06:28:00 ID:yXbM2XqE

竜人「私も見てないですね」

勇者「……アイツ、なにか悩んでるのかもしれない」

僧侶「薬師が?」

勇者「いや、直接言われたわけじゃないけど、少し様子が変な気がする。
   僧侶、会ったら元気づけてやってくれないか?」

僧侶「私が?」

勇者「やっぱり女のことは女かなと思って」

竜人「勇者殿は女性の心の機微に、よく通じているはずでは?」

僧侶「勇者が?  心の機微だと……?」

勇者「あ、いやそれは……まあとにかく!  頼むよ僧侶」

僧侶「……わかったよ」

460: 2014/02/22(土) 06:29:06 ID:yXbM2XqE






魔法使い「少しやつれた?」

戦士「……そう見えるかい?」

魔法使い「わりと」

戦士「久々に仕事に追われるっていう感覚を味わっているよ」

魔法使い「なにしてたの?」

戦士「報告書のまとめ時期でね。さっきようやく提出し終えたところだよ」

魔法使い「そう」

僧侶「魔法使いに戦士」

戦士「おや、僧侶ちゃんじゃないか」

僧侶「ふたりとも仕事か?」

戦士「いや、仕事をちょうど終わらせたところだよ」

461: 2014/02/22(土) 06:30:08 ID:yXbM2XqE

戦士「僧侶ちゃんは?」

僧侶「さっきまで勇者と竜人と、訓練をしていた」

戦士「勇者くんはどうしたんだい?」

僧侶「昨日から一睡もしていなかったみたいで、これから寝るそうだ」

戦士「まっ、勇者くんもなんだかんだ忙しいからね」

魔法使い「……みんな、時間に追われている」

戦士「ちょうどいいや。これから時間あるかい?」

魔法使い「……飲みに行く?」

戦士「すごいソワソワしてるところ申し訳ないけど、今飲むのはまずい」

僧侶「戦士は今にもたおれそうだな」

魔法使い「……じゃあ、私だけ飲む」

462: 2014/02/22(土) 06:31:10 ID:yXbM2XqE






戦士「魔法使い」

魔法使い「なに?」

戦士「グラスに口つける前に、頼んでた資料を頼むよ」

魔法使い「…………はい」

戦士「ありがと」

僧侶「それは?」

戦士「ひとつが災厄後の国の復興関係資料。
   こっちが、勇者くんが壁をぶち破って見つけた正体不明の研究機関の資料。
   あとはギルドやその他諸々の資料だね」

僧侶「ある意味で勇者はお手柄だったってわけか」

戦士「勇者くんのおかげで、陛下すら知らなかった機関を発掘できたわけだからね」

463: 2014/02/22(土) 06:32:05 ID:yXbM2XqE

僧侶「こっちは?」

戦士「ボクが任されてるギルドとは、べつのところの名簿と記録だよ」

魔法使い「……私が、戦士の代わりに受け取っておいた」

僧侶「名簿を見てみたが知っている人は……あっ」

戦士「どうしたんだい?」

僧侶「いや、薬師は私たちとはちがうギルドに所属しているんだなと思って」

戦士「ボクのギルドにいたなら、第三番館に勤めるエリートだからね。知らないわけがないよ」

僧侶「それもそうか。薬師は半年前からギルドに加入しているんだな」

魔法使い「……飲んでいい?」

戦士「もうちょっとだけ待ってよ」

魔法使い「……むっ」

464: 2014/02/22(土) 06:33:07 ID:yXbM2XqE

戦士「あとはなにか伝えておくことはない?」

僧侶「私は特にないな」

魔法使い「……私は、ある。勇者が言っていた」

戦士「なんて?」

魔法使い「赤ローブが、この街の教会を調べたのかどうか」

戦士「この街の教会は、たしか調べられてないはずだ」

僧侶「なんで勇者はそんなことを言ったんだ?」

魔法使い「敵のスパイがいたなら、この街の教会も、調べられているはず」

戦士「……って、言ってたわけね。でも尋問では口にしてないんだよね」

僧侶「つまり、敵はまだ調べていないってわけか」

戦士「……いや」

465: 2014/02/22(土) 06:34:09 ID:yXbM2XqE

僧侶「どうした?  それは研究機関の資料だろ?」

戦士「ちょっと待って。……僧侶ちゃん」

僧侶「なんだ?」

戦士「さっき薬師ちゃんがギルドに加入したのは、いつって言った?」

僧侶「……半年前だ。ここにそう書いてある」

戦士「殺された側近の推薦で勇者くんの監視と護衛を任された、か」

魔法使い「……なにか、わかったの?」

戦士「……例の研究機関が、使われなくなったのもおよそ半年前」

僧侶「戦士?」

戦士「そして例の側近が殺されたのも、半年前」

466: 2014/02/22(土) 06:35:11 ID:yXbM2XqE

戦士「……教会はずっと前に……そして、彼女は……第三番館では…………」

僧侶「ど、どうしたんだ?」



戦士「……そういうことかっ!!」



僧侶(戦士が突然、テーブルに思いっきり両手の拳を打ちつけた)

戦士「こんなチャチな手に引っかかったなんて……ボクは大バカだっ!」

僧侶「お、落ち着け。いったいどうした?」

戦士「わかったんだよっ!  どうやってあの第三番館から資料を盗んだのか!」

僧侶「……ほんとか?  いったいどうやって?」

戦士「移動しながら説明する」

467: 2014/02/22(土) 06:36:11 ID:yXbM2XqE

僧侶「移動しながらって……」

戦士「魔法使い、お酒はまた今度だ!」

魔法使い「え……」

戦士「ふたりとも、ついてきて」

僧侶「どこへ行く気だ?」

戦士「もちろん、犯人のところにだよ」

468: 2014/02/22(土) 06:37:17 ID:yXbM2XqE






コンコン


勇者「ぅん……」


勇者(真っ暗だな。今何時なんだろ?)



コンコン



勇者「はーい、ちょっと待ってくださーい。今開けます」

薬師『……勇者様、私です』

勇者(薬師?)

469: 2014/02/22(土) 06:38:14 ID:yXbM2XqE

勇者「よっ、薬師」

薬師「夜分にすみません、勇者様」

勇者「最近、ずっと会ってなかったな。元気だったか?」

薬師「はい。突然ですが、勇者様にどうしても話しておきたいことがあります」

勇者「オレと?」

薬師「はい。ついてきてくれませんか?」

勇者「べつにいいんだけど、ここじゃあダメなのか?」

薬師「ええ。できればべつの場所がいいんです」

勇者「わかった」

薬師「ありがとうございます」



 薬師がきびすを返す。
 ふわりと長い髪が月の光を浴びて大きく膨らんだ。

470: 2014/02/22(土) 06:39:20 ID:yXbM2XqE






僧侶「それで、いったいどうやって敵は資料を盗んだんだ?」

戦士「……あの第三番館でなにがあったのか、ほぼ予想はついている」

戦士「犯人はもちろんわかっている」

戦士「あそこから資料を持ち出した方法も、密室のトリックも」

僧侶「……回りくどいのは、今回はなしだ」

戦士「まんまとボクらは引っかかったんだ」

僧侶「引っかかった?」

戦士「えーっとだね、非常に言いづらいんだけど……」

僧侶「だから早く言え」

戦士「あの資料を持ち出したのはほかでもない――ボクだ」

471: 2014/02/22(土) 06:40:16 ID:yXbM2XqE

僧侶「持ち出したって……お前また裏切ったのか!?」

戦士「ちょっとやめてよ、そういう言い方!  ボクが裏切りキャラみたいになるじゃん!」

僧侶「実際に魔界で一度裏切っただろうが!」

戦士「あ、あれは……」

魔法使い「話が進まない。続きを、話して」

戦士「ゴホンッ……ようはボクは敵の手にまんまと引っかかったんだよ」

僧侶「敵というのは、例の赤ローブのことか?」

戦士「そう。そしてその赤ローブのひとりが、ボクをハメたヤツだ」



戦士「――薬師。彼女だ」

472: 2014/02/22(土) 06:41:23 ID:yXbM2XqE

僧侶「薬師が……!?」

戦士「彼女が敵のスパイだとしたら、すべてに説明がつく」

僧侶「……本気で言っているのか?」

戦士「ボクは冗談が得意じゃない」

僧侶「どうしてそう思った?」

戦士「彼女が第三番館勤務だからだよ」

魔法使い「……どういうこと?」


戦士「あそこの資料は、職員すら中身そのものは見ることはできない」

戦士「だから初めて入った人間では、目的の資料を盗み出すのは不可能だ」


僧侶「だが、それだけで薬師が犯人と決めつけるのは早計じゃないか?」

戦士「それだけじゃない」

473: 2014/02/22(土) 06:42:24 ID:yXbM2XqE

戦士「ここでもうひとつ注目したいのが、『半年前』というキーワードだ」

僧侶「半年前?」




戦士「勇者くんが見つけ出した、謎の研究機関の話は覚えてる?」

戦士「あれは調査の結果、半年前から使われてないことが判明した」

戦士「そして、半年前と言えば真勇者が陛下の側近を頃したときと一致している」

474: 2014/02/22(土) 06:43:25 ID:yXbM2XqE

戦士「さらに勇者くんが言っていた、『この街の教会は調べられたのか』」

戦士「捕らえた赤ローブの口からは、この街の教会の名前は出てない」

戦士「しかし、これっておかしくないかい?」

戦士「赤ローブの連中は、とにかく教会を探し回っている」

戦士「陛下のお膝元の教会ではあるけど、スパイがいたことを考えれば」

戦士「それが理由で調べていないというのは、ちょっと考えられない」

475: 2014/02/22(土) 06:44:26 ID:yXbM2XqE

戦士「だったらこう考えるのが、自然じゃないかな」

戦士「もうとっくにこの街の教会は調べられていた」

戦士「そして、もうひとつ思い出してほしいことがある」

戦士「例の側近が殺された状態。氏体は判別不可能なまでに、切り刻まれていた」

戦士「唯一残っていた遺留品から、かろうじて側近その人だとわかった」

戦士「……氏体の状況から考えると、それが残ってるのって少し不自然じゃない?」

戦士「でもこれは、殺されたと思わせるのが目的だったとしたら?」


僧侶「じゃあ、まだその側近は生きている……?」

戦士「うん。十中八九ね」

僧侶「だが、なんのために?」

戦士「理由はいくらでも挙げられる。殺されたことにすれば、自由になれるしね」

476: 2014/02/22(土) 06:45:23 ID:yXbM2XqE

僧侶「だが、少し話が飛躍しすぎている気が……」


戦士「これだけだったらね。ここで、薬師ちゃんについて考えてみよう」


戦士「彼女はこの側近の、推薦で勇者くんの監視役に選ばれた……半年前に」


戦士「氏んだ側近と入れ替わるように、ね」


戦士「彼女が敵のスパイだとすると、色々としっくり来ることがある」


戦士「まず、思い出してほしいのが女王の手記」


戦士「五体バラバラにされた氏体が保管されていたっていう教会に行ったよね?」


戦士「あの教会の調査のあと、なぜか陛下に手記のことがバレた」


戦士「てっきりボクらについていた監視が、陛下にリークしたのかと思った」

477: 2014/02/22(土) 06:46:24 ID:yXbM2XqE

戦士「だけどいるよね、ひとりだけ。あの手記の存在を知らなかった人間が」

僧侶「……薬師か」

戦士「まあこれは、陛下に聞けばわかることだ」

僧侶「だが、どうして彼女は陛下に手記のことを教えたんだ?」

戦士「わかってたんだよ。陛下に伝えれば、自分がその手記を複写するってことが」

僧侶「じゃあその手記は……」

戦士「余分に複写したはずだ。そして、敵組織は手にしたはず」

僧侶「……ほかにもまだ薬師が敵だっていう根拠はあるのか?」

戦士「ある。僧侶ちゃんたちが、魔界使者を迎えに行ったときのことだ」

478: 2014/02/22(土) 06:47:31 ID:yXbM2XqE

戦士「極秘に行われたこの任務」

戦士「しかし、勇者くんいわく敵にバレていた可能性がある」

戦士「仮に勇者くんの言ったことが本当だと仮定する」

戦士「薬師ちゃんも、魔界の使者を迎えに行くことは知っていた」


僧侶「薬師が敵にリークしたっていうのか?」

戦士「そう考えれば、納得がいくんだよ」

僧侶「だが……いや、ひとつ私も奇妙だと思うことはあった」

戦士「なにかな?」

僧侶「さっき話に出た教会を調べたとき、赤ローブのヤツが現れたのを覚えてるか?」

戦士「うん、ゴーレムを引き連れてたよね」

479: 2014/02/22(土) 06:48:27 ID:yXbM2XqE

僧侶「そしてそのゴーレムを倒したとき、私は『ほのおのパンチ』を使った」

僧侶「だが、そのとき薬師はその場に居合わせていなかった」

僧侶「なのに薬師はこう言ったんだ」

僧侶「『僧侶様の炎の攻撃はすごかったですよ』って」

僧侶「てっきり私は魔法使いか、誰かに聞いたのかと思っていた。だが……」


魔法使い「……私ではない」

戦士「住民の避難や手当で、話す暇は誰ひとりなかったはずだよ」

僧侶「……だが、第三番館で薬師が氏にかけたことはどう説明する?」

戦士「なに、ここからが本題だ」

480: 2014/02/22(土) 06:49:33 ID:yXbM2XqE

戦士「ボクらが引っかかった資料を盗んだ方法は、極めて単純だ」

戦士「なにせ薬師ちゃん自身のからだに、資料を隠しただけだからね」

僧侶「そんなことをしても、ボディチェックでバレる……いや、そういうことか」

戦士「そう。彼女は受けてないんだよ。重傷を負っていたからね」

僧侶「そのうえ、見張りの兵のひとりは敵の息がかかっていたものだった……」


戦士「うん。出入りできる場所がひとつしかない第三番館で、資料を持ち出すには」

戦士「この手段しかなかったんだ」

戦士「血だらけで発見されたけど、ボクらは傷の確認なんか一切していない」

戦士「しかも第三番館から病院へ搬送されて、敵に誘拐されるという一連の流れ」

戦士「できすぎてる。前もってそうなるとわかってたんだ」

481: 2014/02/22(土) 06:50:34 ID:yXbM2XqE

僧侶「一度頃しかけた人間を誘拐するというのも、考えれば変な話だな」

戦士「しかも病院を襲撃するなんて、面倒この上ないことをしている」

僧侶「陛下の側近と薬師。両方から考えれば、戦士の推測は正解と考えていいのか」

戦士「おそらくね。……まったく、先生の言うとおりだった」

僧侶「それで、結局密室のトリックはどうなったんだ?」

戦士「ああ、トリック?  これだよ」

僧侶「これって……」

482: 2014/02/22(土) 06:51:35 ID:yXbM2XqE



側近「ここにいましたか、陛下」

王「戦士が言っていたことが気になってな」

側近「と、言いますと?」

王「ヤツは勇者と魔王の争いが仕組まれたものと考えた」

王「そしてその理由は、勇者という人間兵器を育て上げること」

王「お前の愛弟子の推理、見事なものだ」

側近「いちおう自慢の弟子ですからね」

王「そのようだな。それに雰囲気が少し似ている」

側近「私と彼が、ですか?」

王「ああ。どことなくだがな」

側近「うーむ、それは喜んでいいのでしょうか」

483: 2014/02/22(土) 06:52:31 ID:yXbM2XqE

王「知らん。だが優秀な弟子を持てるのは、師匠として嬉しいだろ」

側近「そうですね。なにより彼は、教えがいのある子でしたからね」

王「優秀だからか?」


側近「いいえ。努力を惜しまない子だからです」

側近「極めて難しい課題だろうが、諦めずに最後までやりきる」

側近「本人は天才肌を気取ってますが、人一倍努力家なんですよ」


王「……なんだか嬉しそうだな」

側近「そうかもしれませんね」

王「しかし。お前の弟子の推理には問題点がひとつある」

側近「……彼の推測を裏付けるには、勇者を特定する手段が必要、ということですね」

王「そうだ。その手段がないかぎり、戦士の推測は正解とは言えない」

484: 2014/02/22(土) 06:53:31 ID:yXbM2XqE

側近「おっしゃるとおりです」

王「歴代の勇者の記録を漁ってるんだが、共通点らしい共通点はほとんどない」

側近「ひとつもないのですか?」

王「しいて挙げるなら、幼少の頃から訓練を受けているってぐらいか」

側近「しかしそれは……」


王「ああ。魔物から身を守るために、当時の人間のほとんどが訓練を受けている」

王「争いが仕組まれていた期間は、おそらくそこまで長くないはずだ」

王「……ダメだ、わからんな」


側近「この五百年の間、勇者が現れていないことと関係があるんでしょうか?」

王「わからん」

485: 2014/02/22(土) 06:54:33 ID:yXbM2XqE

王(あの女は『本物の勇者は今も生きている』と言っていたらしいが)

王(俺にはそうは思えない)

王(魔王と勇者はあの災厄までは、ほとんど同時に存在していたと言っていい)

王(魔王は植物状態とはいえ、生きていてた)

王(勇者も存在はしていた。ただし、勇者は封印されていた)

王(封印状態も生きているのと同じだから、新たな勇者は誕生しないのか?)

王(しかし、あの女は魔王を封印しなかった)

王(それは封印したら、新しい魔王が生まれると考えたからではないか?)

王(……わからんな)

王(せめてヤツが生きていれば……)

486: 2014/02/22(土) 06:55:34 ID:yXbM2XqE




勇者「薬師。いったいどこへ向かってるんだ?」

薬師「…………」

勇者「おーい、聞いてるか?」

薬師「……勇者様、手を出してもらえますか?」

勇者「手?」

薬師「はい」

勇者「これでいいか」

薬師「少し、失礼します」


勇者(薬師は俺の手を握ると、なにかをつぶやいた)


勇者「薬師?」

薬師「ありがとうございます。それでは行きましょう」

487: 2014/02/22(土) 06:56:35 ID:yXbM2XqE

勇者「ちょっと待ってくれ」

薬師「……なぜですか?」

勇者「なぜって……だってさっきから行き先も言ってないし」

薬師「今は黙ってついてきてくれませんか?」

勇者「どうしたんだよ、薬師」

薬師「なにがですか?」

勇者「なんか様子がおかしいぞ。薬師らしくないっていうか……」

薬師「べつに。私は普段通りですよ」

勇者「……なにか、悩みでもあるのか?」

薬師「……」

勇者「ちょっ……だから待てよ。どこへ行くんだ?」

488: 2014/02/22(土) 06:57:42 ID:yXbM2XqE

勇者(結局オレは黙って、薬師について行くことしかできなかった)


薬師「着きましたよ」

勇者「着いた?  さっきから森を歩いているだけで、なにもないぞ」

薬師「ここから移動するんですよ」

勇者「!?」


 勇者の脇腹を鋭い痛みが走った。遅れて血が地面に飛び散る。
 なにが起きたか理解できなかった。


勇者「ぐっ……!」

薬師「抵抗しなければ、これ以上なにもするつもりはありません」

勇者「……薬師っ!?」

薬師「なにが起きているか、理解できないって顔をしてますね」

489: 2014/02/22(土) 06:58:48 ID:yXbM2XqE

勇者「薬師、オレになにをし……っ!」


 勇者が口を開こうとしたときだった。再び鋭い痛みが走る。
 今度は足だった。だが、武器と思わしきものを彼女はもっていない。


薬師「あなた方が言うところの新興宗教グループ」

勇者「なにを……」

薬師「私はその一員なんです」

勇者「なにを……なにを言っているんだ?」

薬師「まだわかりませんか?」




薬師「――私はあなたの敵、ということです」

490: 2014/02/22(土) 06:59:49 ID:yXbM2XqE





僧侶「これって……」

戦士「そう。現場に散乱していたもの」

僧侶「……髪の毛じゃないか。どうやってこんなもので……」

魔法使い「簡単。束にした髪を、南京錠の代わりにとおす。それだけ」

戦士「うん、密室トリックなんて言ったけど、こんな簡単なことだったんだよ」

僧侶「だが髪の毛で扉の固定ができるのか?」

戦士「髪っていうのは意外と強度がある」

魔法使い「……さらに、彼女は髪に、魔力を流しこめる」

戦士「密室はボクらを混乱させるためだったんだろうね」

僧侶「だが、髪を使ったのならそれに気づくんじゃないのか?」

491: 2014/02/22(土) 07:00:45 ID:yXbM2XqE

戦士「いや、気づけないよ」

僧侶「どうして?  扉を破壊したとしても、束にした髪なら床に残るはずだ」

戦士「言ったでしょ?  現場には髪の毛が散乱してるって」

僧侶「……そういうことか」

戦士「うん。現場に散らばっていた髪は、カモフラージュだったんだよ」

魔法使い「極めて単純なトリック。でも、引っかかった」

戦士「悔しいけどね、まんまと敵の術中にハマったってわけだ」

僧侶「薬師はなぜあんな組織に……」

戦士「それは、彼女を捕まえればわかることだ」

494: 2014/02/22(土) 15:34:53 ID:PciXAMC.

戦士「おっと、ここが彼女がいる宿舎だね。部屋は……ここだね」

魔法使い「……勇者には、伝えるの?」

戦士「……。いや、やめておこう」


僧侶(だが、ここの宿舎には勇者もいる)


戦士「とにかく今は彼女を捕まえるのが先だ」

魔法使い「うん」

戦士「……ボクの推理が単なる勘違いだったら、それでもいい」

僧侶「……」


コンコン


戦士「薬師ちゃん、いるかい?」

魔法使い「気配がしない」

僧侶「どこかへ出かけているのかもしれない」

495: 2014/02/22(土) 15:41:21 ID:PciXAMC.


魔法使い「……気配は、しない」

戦士「魔法使い。軽い魔術で扉に穴を開けて」

僧侶「いくらなんでも、そこまでしなくても……」

戦士「なにかイヤな予感がする。急いだほうがいい」


僧侶(魔法使いは扉に拳サイズの穴を開けると、その穴から手を通して鍵を開けた)


魔法使い「開いた」

戦士「オジャマします……って、これは……」

僧侶「モノがなにもない」

魔法使い「もぬけの殻」

496: 2014/02/22(土) 15:46:24 ID:PciXAMC.


僧侶「ここは本当に薬師の部屋なのか?」

戦士「記録では間違いなくここだよ」

魔法使い「……逃げられた?」

戦士「彼女も気づかれるのは、時間の問題だってわかってたんだろうね」

僧侶「じゃあ薬師は本当に……」

魔法使い「どうする?」

戦士「やはり、勇者くんの部屋に行こう」

497: 2014/02/22(土) 15:52:31 ID:PciXAMC.





僧侶「勇者! 勇者、いないのかっ!?」

戦士「……まずいかもしれない」

魔法使い「やはり部屋に、気配がない」

僧侶「どこかへ出かけたのか……まさか……」

戦士「すでに敵の手にかかった可能性がある。勇者くんは狙われているからね」

魔法使い「追わないと、まずい」

戦士「ああ。だけど彼らはどこへ……」


   「教えてあげよっか?」


僧侶「どうしてあなたがここに……」

498: 2014/02/22(土) 15:59:29 ID:PciXAMC.





薬師『挨拶が遅れて申し訳ございません、薬師って言います』

勇者『キミも真勇者の捕獲任務に参加するのか?』

薬師『ええ。……どうかしましたか?』

勇者『いや、こんな女の子が任務に参加するなんて、と思って』

薬師『あの、もしかして誤解していませんか?』

勇者『誤解?』

薬師『勇者様については、すでに書類で存じ上げております』

勇者『それがどうしたんだ?』

薬師『そして勇者様が私より年下であることも』

勇者『は? キミがオレより年下!?』

499: 2014/02/22(土) 16:01:43 ID:PciXAMC.


薬師『そうです。これでもきちんと、ギルドにも所属しています』

勇者『全然そんなふうに見えないな』

薬師『よく言われます。でも、ある方の推薦を受けてこの役になったんですからね』

勇者『……そっか』

薬師『あ、今少し目が泳ぎましたよね?』

勇者『そ、そんなことないよ?』

薬師『まあ私の実力は、そのうち披露できると思います』
    それともうひとつ。勇者様の監視兼護衛役、及び健康管理も任されていますから』

勇者『よくわからないけど、よろしく頼む』

薬師『はい。勇者様は私が必ずお守りします』

500: 2014/02/22(土) 16:04:19 ID:PciXAMC.




薬師『どうして、あんな無茶な庇い方をしたのですか?』

勇者『ごめん』

薬師『あの程度なら、私でも十分対応できました』

勇者『……』

薬師『勇者様はやはり、私のことを信用していませんよね』

勇者『……そういうわけじゃない』

薬師『なら、どうしてさっきは私を守ったりしたんですか?』

勇者『守られっぱなしはイヤだから』

薬師『なにを言ってるんですか? 私は勇者様の護衛ですよ』

勇者『それはわかってる。でも、オレたちは仲間でもあるだろ?』

501: 2014/02/22(土) 16:10:54 ID:PciXAMC.


勇者『オレたちは真勇者を追う仲間だ。仲間が仲間を庇うのは当たり前だろ?』

薬師『言いたいことはわかりました。でも』

勇者『でも?』

薬師『勇者様はやっぱり、私のことを信用してませんね。
   仲間だって言うなら、信頼して任せてもよかったはずです』

勇者『そうだな……ごめん、それは謝る』

薬師『いいですよ。いつか勇者様の信頼を勝ち取ってみせますから』

勇者『頼もしいな』

薬師『言っておきますけど、私もまだ勇者様を信頼してませんからね』

勇者『そう言われるとツライな。……信頼し合える関係か』

薬師『なれるといいですね』

勇者『なれるよ、きっと』

502: 2014/02/22(土) 16:13:44 ID:PciXAMC.




 なにか鋭い針のようなものが、頬を横切った。
 勇者はとっさに体勢を低くしたが、そのときにはすでに頬の肉は裂けていた。


勇者「……くっ!」

薬師「逃げてもムダです。私からは逃れられません」

勇者「……どうして」

薬師「はい?」

勇者「どうしてあんなヤツらの仲間なんかに……」

薬師「勘違いしていませんか?
    もとから私はスパイとして、ギルドに潜りこんだんですよ」

勇者「じゃあ……今までのは全部ウソだって言うのか……?」

503: 2014/02/22(土) 16:19:28 ID:PciXAMC.


勇者「なにもかも偽りだったっていうのか……?」

薬師「ええ。情報の横流しとあなたたちの監視。それが私の役目でしたから――」
 

 ほとんど本能的に勇者は動いていた。正体不明の凶器が夜闇を裂く。
 地面に飛び込むように片手前転する。

 薬師の真ん前に回り込み、彼女の腕をつかもうとしたときだった。


勇者「……なっ、なんで……」

薬師「言いましたよね。ムダだって」


 あと少しというところで、勇者の動きが完全に止まる。

504: 2014/02/22(土) 16:22:31 ID:PciXAMC.


 いつの間にか、腕と足になにかが絡みついていた。


 勇者(なにがどうなってる……!?)

 薬師「……」


 首筋にチクリとした痛みを感じた。
 からだに絡みついていたなにかが、ほどける。


勇者「……え?」


 どういうわけか、勇者の視界がかたむいていく。
 気づいたときには地面に倒れ伏していた。

505: 2014/02/22(土) 16:31:39 ID:PciXAMC.


勇者「な、にをした……?」


 舌がもつれて言葉がうまく話せない。舌だけではない。
 得体の知れない痺れが、全身に広がっていく。


勇者(そもそも薬師はどうやって攻撃を……いや、たしか……)


 以前、サイクロプスと戦ったときも同じようなことが起きた。
 時間が止まったかのように、硬直したサイクロプス。


薬師「驚きました。まだ動けるんですね」


 勇者はなんとか首を動かして、薬師を見上げる。強い違和感が頭をもたげる。
 だが、その正体はあっさりとわかった。
 
 同時にすべてを理解した。


勇者「髪の毛…………か……?」

506: 2014/02/22(土) 16:33:50 ID:PciXAMC.


薬師「気づきましたか」

勇者「……切られたはずの……髪の毛、なんであるんだよ……?」

薬師「これ、ウィッグなんですよね」 

勇者「攻撃、手段は……その、髪か……」  

勇者「どうしてだ……なにが、目的なんだ……?」

薬師「魔物を滅ぼすためですよ」

勇者「……そん、なことして………どうなる?」

薬師「……」

507: 2014/02/22(土) 16:35:47 ID:PciXAMC.


薬師「私が前へ進むためには、必要なことです」

勇者「前へ、進む……?」

薬師「あなたにはわかりません。過去をもたないあなたに、私のことなんて……」

勇者「オレ、は…………」



薬師『知りたくないことや、経験したくないこと。
   もっとわかりやすく言えば、記憶から消し去りたいこと』

薬師『忘れられるなら、忘れたいってことありませんか?』



勇者(くそっ……意識が、もう…………)

508: 2014/02/22(土) 16:46:40 ID:PciXAMC.

引用: 勇者「勇者の本当の敵は魔王じゃなかったのかもしれない」