1: 2007/12/01(土) 07:17:56.57 ID:t8zHhOc40



言葉「誠くん……もう離れない……」



その決意から早2ヶ月

私は、まだ生きていた


2: 2007/12/01(土) 07:23:46.42 ID:t8zHhOc40
一緒に空へと還ろうと思っていたのだけど、心と体は乖離する

氏にたいと思う気持ちと、氏にたくないと願う体のせめぎ合い

結局、私は緩慢に氏を待つことにした

残された食事が尽きたら氏のう

それだけを取り決め、誠くんを抱きしめたり、眺めたりするだけで過ぎ行く日々


幸せでした

3: 2007/12/01(土) 07:33:15.15 ID:t8zHhOc40

眠る前に誠くんを抱きしめると、少しだけ鼻につく臭いがした。

「…一緒に、お風呂に入ろうか?」と彼に問いかけても返事は無い。

答えを聞く前に私は衣服を脱ぎ、彼を抱えて船に備え付けられていたバスルームへ向かう。
やはり気心の知れた中でも自分の裸体を見られるのは恥ずかしい。…誠くんは、そういう乙女心を分かってくれるのだろうか?
彼が何度も求めてくれたこの体は、彼にしか見せない。

「…今日も、一日が終わりますね。…誠くんは、良い一日でしたか?」

彼からの返事は無い。
ただ、静かに目を瞑って安らかな顔を見せてくれる。

「…私は、良い一日でした。貴方と一緒にいるだけで、私の一日は凄く幸せなんですよ」

返事は無い。
心なしか私に向けて笑ってくれたような気がした。いや、笑ってくれた。確かに笑ってくれたのだ。
その事に気付き、私は目じりを少し下げ、彼をゆっくり抱きしめた。
後ろに周ってくる手はない。だけど、彼の温もりを感じる。


「…愛してます。誠くん」


返事は無い。
返事は無い。


返事は、無い。

4: 2007/12/01(土) 07:38:12.92 ID:t8zHhOc40

シャワーを浴びると、誠くんの毛髪がズルリと向けた。
よく見てみると毛根から根こそぎ抜けていて、頭皮まで付着していた。

「あらあら。ちょっぴり抜けちゃいましたね。でもまた生えてくるでしょうから、あんまり気にしないでくださいね」

髪なんか無くても、誠くんは誠くんだ。
いつまでも愛しい、私の大切な人だ。

7: 2007/12/01(土) 07:46:56.22 ID:t8zHhOc40
シャワーを浴び終え、ふと窓を開けると
冷たい夜風が潮の香りを運んできた。

心地よくも、どこか懐かしい空気を纏う風を
私と誠くんは二人で感じている。


この時間が永遠に続きますように。


そう願っていた。
ずっと、ずっと願っていた。


「…愛してます。…愛してます、誠くん」

そう言って私は、「誠くん」の面影を失い始めた誠くんを優しくギュッと抱きしめた。

こわばった無機質のモノを触っている錯覚に陥るが、そこに在るのは確かに伊藤誠そのもの。
そんな事などあるハズも無いのだ。

そうに決まっている。

9: 2007/12/01(土) 07:53:22.76 ID:t8zHhOc40

最近、誠くんが崩れ始めた。

抱きしめる度に顔が変形し始め、白いて透明だった綺麗な肌も青紫色へと変色している。

かまうものか、彼は彼だ。
外見が変わっても、私の大切な誠くんだ。

私が微笑むと、彼はいつも笑いかけてくれる。
喋りかけてくれないのは辛いけど、彼がいるならずっと大丈夫だ。
いつか空へと還るその瞬間まで、私はずっと幸せだ。

12: 2007/12/01(土) 08:03:28.64 ID:t8zHhOc40

最近、昔のユメを見る。

それは決まって、誠くんと一緒に過ごしてきたときのユメ。

手を繋いで一緒に歩いたり、笑いあったり、体を重ねたり……。

ユメの中の私は彼と一緒に微笑んでいて、誠くんは時折困った顔を見せながらもはにかんだ笑顔を向けてくれる。


とても楽しくて、凄く幸せで、きっと、永遠に続くと思っていて……



目が覚めると枕が濡れている。
頬に手をやると、そこに感じるのは血のような温かい液体。


ユメを反芻すると、止めどなく零れ落ちるあの頃の思い出。

私は知らずに泣く事が多くなった。


…泣き顔、誠くんに笑われるかな?

13: 2007/12/01(土) 08:11:16.13 ID:t8zHhOc40

昔の事を思い出すと、決まってあるモノを眺めている自分に気付いた。

赤黒く変色した錆び付きし鋸。全てに終わりを告げたあの日の遺物。

それを手に取ると何故か落ち着くのだ。

軽く錆びた部分の匂いを嗅ぐと、誠くんの香りがする。
…ただ、その誠くんの香りにもう一人、女の子の臭いも混じっていた。

15: 2007/12/01(土) 08:18:34.89 ID:t8zHhOc40

もう随分と時が経ったような、「あの日」から動いていないような。
私の時間は完全に狂っていて、朝焼けと日没以外では時間の感覚が判断出来ない体へと変貌していた。



誠くんはもう原型を留めようとしていなかった。
淋しいけれど、食料を保存してある冷凍庫へと彼を移して
コワレないよう大切に慈しむ事に。

起きた後、夕食前、眠る前に彼を抱きしめるのが私の習慣となる。
決めた回数じゃないと誠くんに会えない。
だって、そうじゃないと誠くんは壊れちゃうから。

淋しい。
淋しい。
淋しいです、誠くん。

17: 2007/12/01(土) 08:26:50.08 ID:t8zHhOc40


ある晩。
眠る前に誠くんを抱きしめると、右の眼球が床へと腐り落ちた。

「大丈夫ですか、誠くん。ホラ、ちゃんと治さなきゃ駄目ですよ」

そう言って右目を拾い上げ、彼の欠損した部分へと嵌め込む。
また誠くんが笑ってくれたような気がした。いや、私へ向けて笑いかけてくれたのだ。

「ふふっ…。お礼なんか、要りませんよ。 私には貴方がいてくれるだけで嬉しいんですから」

また笑ってくれた。微笑みかけてくれた。
釣られて私も目じりが垂れる。この胸のドキドキは、いつになっても治まりそうに無い。

彼の頬にキスをする。触れるだけの、優しいキスを。


誠くん。
誠くん。
誠くん。
好きです。
今も好きです。
ずっと好きなんです。
貴方が愛しいです。

だから、また気が向いたら声を聞かせてください。


誠くん。

19: 2007/12/01(土) 08:33:10.54 ID:t8zHhOc40

時が経つごとに誠くんは変わり行く。
頭皮は全て抜け落ち、頬はこけてしまった。
何故だろう、彼の姿は私に骸骨を連想されるのだ。誠くんは誠くんなのに。

もう昔の面影はほとんど残っていない。

物言わぬモノへと変わっていく愛しい人。

それでも、私はずっと彼の事を想い続けよう。


優しかった、楽しかった、傍に居てくれるだけで温かかった。

誠くんの魂は、ずっと私と共に在る。ずっとずっと、離れない。


この『世界』になんか、奪われてたまるものか。

24: 2007/12/01(土) 08:43:15.12 ID:t8zHhOc40

船に最初から積まれていた食料が、底を見せ始めた。


これで、本当に誠くんと一緒になれる日が近づいてきたんだ。

「…もうすぐだよ、誠くん」


そう言って向ける目線の先には、いつも食事を取るテーブル。

そこには一つの頭蓋骨が置かれていた。

変わり果てた姿になってしまったが、私の眼に映るのは紛れも無い唯一無二の愛しい人。


「誠くん…これで、また一緒にお風呂に入れるね…」

32: 2007/12/01(土) 08:56:34.47 ID:t8zHhOc40

夢を見た。

その夢の中で私は、どこかで見たことのある女の子と一緒に薄暗い学校を歩いている。
並んで歩いているのだが、何故だか距離が凄く離れていて姿もハッキリと分からない。

「…………んは……誠………き………の……?」

ブツブツと針の飛んだレコードのような音声が女の子から発せられる。

「あ、あの。き、聞こえにくいんですが…」

おずおずと彼女に近づいてみると、徐々にハッキリと声が聞こえてきた。
どこかで見たようなシルエット。だけど、顔だけが漆黒で塗り固められている。

「……から………さんは………誠の……………きなの?」

ノイズ混じりで聞こえ始めたその言葉。
影法師のような姿は、近づいてみると同じ学校の制服と分かった。

何故だろう。夢の中で私はこの女の子に憎悪に近いドス黒い『何か』を抱いていたのだ。

34: 2007/12/01(土) 09:07:28.06 ID:t8zHhOc40

「貴方…誰ですか?」

私の問いに答える様子は無い。
ずっと私に向けて同じ質問ばかりを問いかけるばかりだ。

「…………んは……誠………き………なの……?」
「だから!貴方は誰なんですか!?」
「…………んは……誠………き………なの……?」


答えてくれないのなら、質問の意図をこちらから汲み取れば良いだけだ。
思い切って肩と肩が触れ合うくらいの距離まで歩み寄り、もう一度だけ問う。

「貴方は…誰?」

聞こえてきたのは、私の問いに対する答えではなく、向こう側からの問いかけ。

「ダカラ、桂さんはマコトのコとが好キナノ?カツラさンは誠のコトがスキなノ? コタ工口。 桂 さ ん は 誠 の 事 が 好 き な の?」

そして見えるのは、とてもよく知った顔の女の子。  私が殺めた、忌むべき女。

「西園寺……さん……」

顔は漆黒ではなく、変色した真っ赤な液体で染まっていた。…ああ、きっと頚動脈が切れたからだろう。自業自得だ。
その顔は嫌らしい笑顔で歪んでいて、吐き気を感じるほどの醜悪さが彼女の顔面にこびり付いていた。

36: 2007/12/01(土) 09:19:11.16 ID:t8zHhOc40

ふと気付くとお腹に熱い衝撃を感じた。遅れて襲ってくるのは激しい痛み。
下を見てみると、私の腹部には包丁が刺さっていた。

「…嘘」

そこで私の意識は徐々にフェードアウトされていく。
動けないまま意識だけは保たれ、なされるがままの私。
馬乗りにされて、西園寺さんは楽しそうに私を「解体」していく。
包丁一つで体の至る部分に穴を作られ、何度も心臓を穿たれた。

さんざん蹂躙させたあと、最後に西園寺さんは私の腹部へと手を伸ばし…風穴を開けた。



「カツラサン。『ナカニダレモイマセンヨ』。フフフフフフ。フフフフフウウウフフウフフフフフフフフ。」



絶叫で目を覚まし、飛び起きたときの反動で夢のショックを思い出して不覚にも嘔吐してしまった。

37: 2007/12/01(土) 09:20:26.77 ID:t8zHhOc40

…人を頃した罪は重い。重すぎる。一人では抱えきれない。

誰か一緒に寄り添ってくれないと、辛すぎて狂ってしまいそうだ。


誠くん、助けて。
私は誠くんを*した女を頃した。
誠くん。
それだけ。
誠くん。
全部、誠くんの為。
誠くん。
愛しています。ずっと、ずっと愛しています。

誠くん…。

39: 2007/12/01(土) 09:25:43.34 ID:t8zHhOc40

最後の食料は尽きた。

私の手足はやせ細ってしまったけど、誠くんを想う気持ちだけは強固な芯のように固く、堅く在り続けている。

…私は、貴方の思い描く理想の『桂言葉』で在り続けることが出来たのかな?
…答えは、貴方の口から聞きたいな。

向こうで、またゆっくり話そうね。…誠くん。


私はゆっくりと誠くんを抱きしめ、ベッドで眠りに就く。

多分これが、最後の眠り。誠くんと一緒に眠れる、現世での最後の眠り。

43: 2007/12/01(土) 09:39:23.51 ID:t8zHhOc40



この船は、地獄へ流されていく。

純粋なる想い故に業を背負った一人の女の子と、ただ一つの屍骸を添えて。


ベッドに横たわるのは、つい先ほどまで温かかった美しい肉片。
大切な者を愛しそうに抱いて、眠るように息絶えている。
その胸に包まれしは一つの頭蓋骨。
愛しい、愛しいと最期の最後まで愛されていた、全ての始まりであった少年の頭蓋骨。



少女の遺体はその少年の名残を

まるで赤ん坊を守る母のように

大切に、大切に抱き込んでいた。





二つの「氏」を内に流れる一隻のボートによく似たヨット。

現地点はカリブ海。

地獄の淵まで、もう少し…。

44: 2007/12/01(土) 09:42:15.19 ID:t8zHhOc40



その女の子が同じ電車だと気付いたのは、2学期の初めだった。

知っている事は、隣のクラスだという事。

本が好きらしく、いつも行き帰りの電車で読んでいる。

単に毎日同じ電車に乗っているだけの、ほんの小さな発見だったはずなんだけど、

ただ彼女・桂言葉を遠くから眺めていられるだけで、

その日がちょっとは、マシになるような気がしてたんだ。




no title
                     -完ー

72: 2007/12/01(土) 12:35:28.17 ID:/PSXDcr1O
お前の文才、ネタスレってクオリティじゃなかったぞ

Nice boat.

引用: Nice boat・オブ・カリビアン