1:◆SjqShkaeNQ 2014/04/11(金) 23:27:24 ID:KUzgVuvE

十一月の晩秋を告げる木枯らしが今年の冬も例外なく寒くなることを一足早く伝えてきた。

都立H高校の校庭では額にたくさんの汗を流し体中を土まみれにして、白い息を吐きながら白球を追いかける球児たちが声を張り上げて活動している。

どこからか吹奏楽の耳を撫でるような心地よい演奏が聞こえてくると、今度はそれを遮る様に軽音楽の激しく楽器を掻き鳴らす電気音が耳を劈く。

体育館では掛け声を上げて忙しなく駆け回っている少年少女たちの喧騒が響いている。

この学校の表舞台は、活気があり華やかな学生生活を送っている数多くの生徒達の笑顔で溢れていた。






誰も皆、その裏にある闇に気づかぬ振りをして。
葬送のフリーレン(13) (少年サンデーコミックス)

2: 2014/04/11(金) 23:30:23 ID:KUzgVuvE

▼放課後/学校/グラウンド

――カキーン!

「センター! レフトー! 行ったぞー!」

「ショートは中継に入れ!」

「急げ! ランナーがセカンド回るぞ!」

「サードだ! サードに投げろ!」

ワー! ワー!


▼同時刻/校舎裏

――バキッ!

男「ぐあっ!」ドサッ

D太「おい。顔は痕が目立つからやめろって何度も言ってるだろ」

Q也「悪い悪い。つい手ぇ出ちまった」ケラケラ

N雄「気持ちはわかる、って。コイツの顔見てると殴りたくなってくるんだ、って」ケラケラ

4: 2014/04/11(金) 23:37:38 ID:KUzgVuvE

D太「ちっとも言う事聞かねえよな、お前らは」

Q也「そんな怒んなよ。もうやらねえからさ」

N雄「まぁまぁD太。そんなに心配しないでも先公ですら見て見ぬ振りしてんだから大丈夫だ、って」

D太「全く……。大丈夫か男、ほら顔見せてみろよ」グイッ

男「うぅ……」

――ガスッ!

男「うぐっ!」ドサッ

D太「あっ、ホントだ。なんか殴りたくなっちまったわ」

Q也「ぶはははっ! 結局自分だって殴ってんじゃんか!」ケラケラ

男「うぅ……」

5: 2014/04/11(金) 23:44:42 ID:KUzgVuvE

D太「あぁーなんか、つまんねぇな。弱い者イジメってホントつまんねぇよ」

Q也「ぶははっ! お前が言うなっての!」

N雄「なら駅前のゲーセンにでも遊びに行こ、って!」

D太「ゲーセンか。それでもいいけど最近金欠なんだよな」

Q也「あっ。そういや俺の彼女がいい金ヅル拾ったって言ってたぞ」

D太「お前の彼女ってたしか6組にいるギャル女だよな? あのアホっぽい奴」

Q也「あぁ!?」

D太「冗談だよ冗談。……で、金ヅルってどんなのよ?」

Q也「彼女と同じクラスにいる奴で、いっつもボッチの暗そうな女らしい」

D太「何だ、リーマンのおっさんとかじゃねぇのか。何でまたそんなヤツを金ヅルにしてんだよ」

6: 2014/04/11(金) 23:49:31 ID:KUzgVuvE

Q也「この前彼女がトイレでタバコ吸ってたらボッチ女が注意してきて、それがウザかったからストレス発散に虐めたり金持ってきてもらってるんだってさ」

D太「ふ~ん。便利だなそりゃ。あー、こいつもそういう面で役立ってくれりゃいいんだけどなー」

N雄「コイツは無理だ、って。コイツんち超貧乏って話だ、って」ケラケラ

Q也「そうそう! こいつ普段から昼飯もろくに食えてねぇもんな!」ケラケラ

男「…………」

D太「そうなんだよなー。あー、ホント使えねぇ奴だよお前は!」

――ガスッ!

男「うっ!」

Q也「ぶはははっ! お前マジ鬼畜だな!」

7: 2014/04/11(金) 23:50:19 ID:KUzgVuvE

Q也「この前彼女がトイレでタバコ吸ってたらボッチ女が注意してきて、それがウザかったからストレス発散に虐めたり金持ってきてもらってるんだってさ」

D太「ふ~ん。便利だなそりゃ。あー、こいつもそういう面で役立ってくれりゃいいんだけどなー」

N雄「コイツは無理だ、って。コイツんち超貧乏って話だ、って」ケラケラ

Q也「そうそう! こいつ普段から昼飯もろくに食えてねぇもんな!」ケラケラ

男「…………」

D太「そうなんだよなー。あー、ホント使えねぇ奴だよお前は!」

――ガスッ!

男「うっ!」

Q也「ぶはははっ! お前マジ鬼畜だな!」

8: 2014/04/11(金) 23:52:14 ID:KUzgVuvE

D太「じゃあそろそろ俺らもQ也の彼女のおこぼれを頂戴しに行くか」

N雄「それがいい、って!」

Q也「とりあえずメールしとくわ。俺らの分の金も取っとけって」

D太「頼んだ。じゃ、また明日もよろしくなー、男ー」

D太・Q也・N雄 ケラケラケラケラ




男「……ゲホッ」

9: 2014/04/11(金) 23:55:04 ID:KUzgVuvE

▼夕方/廃ビル/1階

男 スタスタ

男「……マオウ! マオウ!」

――シーン。

男「…………」

――スタスタスタ。

黒猫「…………」スタスタ

男「よかった。いないのかと思ったよ」ホッ


廃ビルの中から、少し小柄だが艶やかな黒い肢体に満月のような輝かしい金色の瞳を持つ黒猫が男の足元まで寄ってくると、不敵な笑みを浮かべてその口を開いた。


黒猫「やぁ、男。遅かったではないか」

10: 2014/04/11(金) 23:56:55 ID:KUzgVuvE

威風堂々としたその黒猫とはある日の偶然に出会った。

その当時から不思議な魅力を持つ猫だった。

彼はここではない全く別の世界で、人間軍と対立していた魔族軍の長――つまり魔王として君臨していたのだと言う。

その決戦の果てに討ち破れて氏したものの、気がつけばこの世界に猫として転生していたらしい。

傍から聞けば眉唾ものの与太話に聞こえるだろう。

でも僕はそれを疑うことは無かった。

何故なら彼は、僕の唯一の友達だから。

12: 2014/04/12(土) 00:05:32 ID:.8.0Odoo

黒猫「昨日よりケガが増えてるようだが」

男「……まぁね」

黒猫「しかしまた今回はずいぶんと手酷くやられたものだ」

男「授業中に漫画読んでたら教師に没収されて、その憂さ晴らしだってさ」

黒猫「なんとくだらない理由だ。自業自得ではないか」

男「うん。マオウの言う通りだよ」

黒猫「しかしだな、毎度毎度良い様にされてキミは嫌にならないのか?」

男「そりゃ嫌だけど……」

黒猫「毎日のように的にされて悔しくないのか?」

男「悔しいけど……」

黒猫「ならばキミもやり返せばいい」

男「簡単に言わないでよ……。それが出来れば苦労しないよ」

黒猫「なぜ出来ないのだ?」

13: 2014/04/12(土) 00:07:03 ID:.8.0Odoo

男「…………」

黒猫「どうした?」

男「……僕だって本当はやり返したいよ。でも相手は何人もいるし、僕じゃどうせ敵わないから」

黒猫「…………」

男「変に反抗してその分さらに酷くされるなら、最初から受け入れてた方がまだ軽く済むからさ」

黒猫「……いや、違うな。それだけじゃないだろう?」

男「え?」

黒猫「キミの目には敵意はあっても殺意は感じない。相手を傷つけようとする意思が見受けられない」

黒猫「つまり、キミはそんな奴らが相手であっても傷つけてしまうことを恐れているんだろう?」

男「…………」

14: 2014/04/12(土) 00:08:55 ID:.8.0Odoo

黒猫「男よ、キミはとても穏やかで優しい人間だ。しかし、その悪童どもはキミの身なぞこれっぽっちも案じてはいないぞ」

黒猫「怪我をしようが氏のうが構わない未必の殺意が込められている。つまりキミは今にも殺害されそうになっているのだ」

黒猫「なのに大した抵抗もせず亀のように縮こまっているのは愚の骨頂だぞ?」

男「うん……わかってるけど……」

黒猫「ふむ。男には気骨が足りないな」

男「キコツ?」

黒猫「そう。何事にも挫けず、我が信念を貫き通す心得、そして反骨の精神だ」

黒猫「このままではキミは一生やられてばかりになってしまうぞ」

男「…………」

黒猫「……っと、ずいぶん説教地味てしまったな。すまない」

男「ううん、いいよ。マオウの言うことはもっともだから」

15: 2014/04/12(土) 00:13:10 ID:.8.0Odoo

黒猫「しかし私にかつての魔力があったならばその悪童どもを懲らしめられたのに……。あぁ口惜しい……」

男「魔力? マオウは魔法とかも使えたの?」

黒猫「もちろんだ」

男「本当に?」

黒猫「本当だよ。魔力は我が強さの源だ。肉体はより強靭になり、空中より炎や雷を起こし、また様々な魔物を召喚することができたりしたものだ」

黒猫「キミに私の魔力を分け与えることができたなら、きっとこの世のどの人間よりも強くなれただろうぞ」

男「胡散臭いなぁ」

黒猫「なんだと!?」

男「えっ!?」ビクッ

16: 2014/04/12(土) 00:14:52 ID:.8.0Odoo

黒猫「私の魔力が……胡散臭いだと……!?」ワナワナ

男(やばい! 何かすっごい怒ってる!)アセアセ

黒猫「魔界を総べ、世を震撼させたこの私の魔力が……胡散臭いだと……!?」ワナワナ

男「ご、ごめん! 冗談だよ! そんな怒らないでよ!」アセアセ

黒猫「何百年を生き、何千もの軍勢を従え、何万もの人間を蹴散らした魔王の、この私の魔力が……胡散臭いだと……!?」ワナワナ

男(やばいやばい! すっごい毛が逆立ってる!)アセアセ

17: 2014/04/12(土) 00:17:34 ID:.8.0Odoo

男「えーっと、あの……あー、いやぁ悔しいな! 確かにマオウの魔力を分けてもらえたら、きっと僕もすごい強くなれただろうなぁ!」アセアセ

黒猫「…………」ワナワナ

男「僕もマオウみたいに強くなれたんだと思うと……、あーもう、すっごい悔しいよ!」アセアセ

黒猫「…………」ワナワナ

男「やっぱりそれだけ強大な魔力持ってた魔王だっただけあって、マオウって威厳があるよね!」アセアセ

魔王「…………」

男「いつも堂々としてて、気品があって、すごいカッコいいよ! うん!」アセアセ

黒猫「……そうか?」

男「そうだよ! 最高にカッコいいよ! 僕もそういう風になりたいなー!」アセアセ

黒猫「そうか……、最高か……、なりたいか……」

18: 2014/04/12(土) 00:19:04 ID:.8.0Odoo

黒猫「…………」

男「…………」ドキドキ

黒猫「…………」

男「…………」ドキドキドキ

黒猫「……フフン。キミもようやく私の凄さが理解できたようだな。先程の無礼は不問にしてあげよう」ニヤリ

男「あ、ありがとう……」ホッ

19: 2014/04/12(土) 00:20:43 ID:.8.0Odoo

黒猫「だが次また私の魔力を馬鹿にしたら……噛みついてやるぞ!」シャーッ!

男「わかったよ、ごめんって」

黒猫「ふんっ」

男「……でもさ、本当になれるかな」

黒猫「何がだ?」

男「僕でも本当に強くなれるかな」

黒猫「なんだ早速噛みついて欲しいのか」シャーッ!

男「ちっ、違うよ! そういうつもりじゃなくて!」アセアセ

20: 2014/04/12(土) 00:22:53 ID:.8.0Odoo

黒猫「ならば何だというのだ」

男「僕、運動苦手だし、体力も無くて、ケンカだって出来ないし……」

男「こんな僕が強くなれるなんてありえないんじゃないかと……、あはは」ポリポリ

黒猫「そんなことないぞ。キミの体には、本当は強き魂が込められている」

男「そうかな……」

黒猫「そうだとも。鍛えれば魔王にだってなれる素質を持っている。私にはわかるぞ」

男「本当に?」

黒猫「あぁ。だからキミはもっと自分に自信と誇りを持て」

男「……うん、わかった!」

21: 2014/04/12(土) 00:26:16 ID:.8.0Odoo

黒猫「ただ、しかしだなぁ……」

男「?」

黒猫「男のその貧弱で軟弱で虚弱な身体が、我が強大で尊大で荘厳な魔力をもらい受けても耐えられたどうかはわからんがな」ニヤリ

男「あっ、言ったな!?」

黒猫「事実だろう?」ニヤニヤ

男「あーあ、せっかく今日は奮発して猫缶持ってきてあげたのに、そんなこと言うならあげるのやめよっかなー」

黒猫「むむっ!?」

22: 2014/04/12(土) 00:29:10 ID:.8.0Odoo

男「勿体ないけどこれは捨てるしかないなー」

黒猫「たっ……確かに私も少々言い過ぎだったかもしれんな!うん!」アセアセ

男「……」ジーッ

黒猫「でもそれは冗談の範疇と言うか、キッ……キミだって体を鍛えぬのが悪いのだぞ!」アセアセ

男「……」ジトーッ

黒猫「……言い過ぎてすまなんだ。許してほしい。猫缶ください」ペコリ

男「ふふっ。わかった、無礼は不問にしてあげるよ」

黒猫「まったく。意地悪な所は既に魔王クラスだな……」

男「にひひ」ニコッ

23: 2014/04/12(土) 00:30:20 ID:.8.0Odoo

――カパッ

男「意地悪してゴメンね。ほら、どうぞ」スッ

黒猫「あっ、ありがたい!」ガツガツ

男「これ新発売のやつなんだけど……どう、おいしい?」

黒猫「※▼○+#;、*◇"#&+!!」モグモグ

男「……ごめん。何言ってるのか全然わかんない。食べ終わってから聞くよ」

黒猫 ガツガツ

24: 2014/04/12(土) 00:33:37 ID:.8.0Odoo

男「……ねぇマオウ」

黒猫 ピタッ

男「あっ、いや、ご飯食べたままでいいから聞いてて」

黒猫 ガツガツ

男「あのさ……、僕ね、生きるのってやっぱりつまらないよ」

男「学校ではこんな目に遭って、家に帰ればお母さんがアレだし……」

黒猫「…………」モグモグ

25: 2014/04/12(土) 00:36:27 ID:.8.0Odoo

男「でもマオウとここにいる時だけは特別。ここでマオウと会って話すのが僕の人生で一番楽しい時間だよ」

男「だからね、僕のつまらない話聞いてくれたり、マオウの面白い話してくれたり、僕の為に怒ってくれたり、心配してくれたり……」

男「いつも僕のこと気にしてくれて、ありがとう。すごく嬉しいよ」

黒猫「…………」

男「唐突だけど、それを伝えたくなっちゃった」

黒猫「キミは存外、キザなのだな。なんとクサいことを……」

男「本心だから言えるんだよ。あっ、もしかして照れた?」

黒猫「わわっ、私が照れるなどあるはず無かろう! 私は元魔王だぞ!」

男「あははは! 照れてる照れてる!」

黒猫「ふんっ!」プイ

男「ふふっ」クスッ

26: 2014/04/12(土) 00:39:07 ID:.8.0Odoo

男「……あっ。マオウ、もう食べ終わっちゃったの?」

黒猫「うむ。馳走であった」

男「もう、食べるの早すぎ。ちゃんと噛んで食べないと太るよ?」

黒猫「魔王は太りはせん」

男「何だよそれ……」

黒猫「そんなことより、さて今日は何の話をするか」

男「んン~……、じゃあマオウがまだ魔王だった時に普段どんなこと考えてたのか、ってどう?」

27: 2014/04/12(土) 00:46:33 ID:.8.0Odoo

黒猫「うむ、いいだろう。とっておきの話があるぞ」

男「とっておきの話!? 何なに!?」ワクワク

黒猫「昔に私が考えたオリジナル拷問全五十種の話をしてやろう」

男「……何それ。怖そうだしいいよ」

黒猫「そんなに嫌そうな顔をするな。何事でも知識があって損はせんぞ」

男「そんな知識必要無いよ」

魔王「まぁいいから聞け」

男「魔王が話したいだけじゃん……」

魔王「いいか男、拷問というのはだな――」


僕の不満気な顔も嫌味も無視してマオウは教えを説くように喋り始めた。

それからマオウの考えた「オリジナル拷問全五十種」の話は3時間半も続いた。

マオウは「どうやって生かしながら苦しめるかを考え抜いた」と、少年のように目を輝かせながらずっと力説していた。

内容はとても残酷で時には耳を塞ぎたくなるようなものだったけど、マオウの嬉々とした顔を見ながら生き生きとした声を聴いているのがとても心地よくて、この時間が延々と続いていればいいのにと思っていた。

28: 2014/04/12(土) 00:47:56 ID:.8.0Odoo

▼夜/男宅/リビング

――ガチャッ

男「……ただいま」

母「……最近ずいぶんと帰りが遅いじゃない」

男「うん……。ゴメンなさい……」

母「しかも制服汚れ過ぎ。洗うかクリーニングに出しなさいよ、まったく、みすぼらしいわね。みっともないったらありゃしない」

男「…………」

母「返事は?」

男「……うん」

29: 2014/04/12(土) 00:52:38 ID:.8.0Odoo

母「もう、アンタって本当に愚図よね。そういう所誰に似たのか本当にわからないわ」

男「…………」

母「何突っ立ってんのよ」

男「あの……制服をクリーニング出すから、お金……」

母「はぁ!? 何真に受けてんの!? そんなものぐらい自分で洗いなさいよ! お金が勿体ないじゃない!」

男「…………」

母「だから返事は!?」

男「……わかった」

母「ったく。忙しいのに。あーもう!」

男「…………」

30: 2014/04/12(土) 00:58:08 ID:.8.0Odoo

母「私、これから職場の人と食事会があって帰るの遅くなるから」

母「ご飯は米でも炊いて、冷蔵庫の中にあるもので適当に食べてなさい」

男「え? でも母さん、あの――」

母「何よ? 米の炊き方ぐらい、高校生なんだからもうわかるでしょ?」

男「そりゃわかるけど……」

母「なら大丈夫じゃない、イチイチ呼び止めないでよ! 忙しいって言ってるでしょ!」

男「そうじゃなくてさ、あの――」

母「ったく……」スタスタ


――キィ、バタン。

31: 2014/04/12(土) 01:05:34 ID:.8.0Odoo

男「…………」

男 スタスタ


――ガチャッ


冷蔵庫を開けると、中には牛乳とマーガリン、そして缶ビールが数本あるだけだった。

それを僕は知っていたが、母は見て見ぬ振りなのか、はたまた本当に気がついていないのかはわからない。

台所の収納の中に米びつがあるが、残りの米はわずか半合弱にも満たない程度だ。

食パンやインスタント食品すらも置いていない。

かろうじて醤油や料理酒、みりん等の調味料があるが、僕自身もそうだが母が使っている所もまったく見たことがなかった。


男「……これで何を食べろっていうんだよ」


――そして結局、翌朝になっても母が帰ってくることは無かった。

32: 2014/04/12(土) 01:07:15 ID:.8.0Odoo

▼後日/放課後/校舎裏

Q也「必殺! 飛び両ヒザ蹴りぃー!」

――ドスッ!

男「うぅっ!」ドサッ

Q也「う~し! 華麗に決まったぜ!」

N雄「こいつはクリティカルヒットだ、って! 痛い、って!」

D太「いくら顔じゃないからってやり過ぎんなよ。大事になったら面倒だぞ」

Q也「悪い悪い。新技考えたもんだからつい力んじまってさ」ケラケラ

N雄「仕方ない、って。新しく覚えた必殺技は試したくなるものだ、って。うんうん」

D太「まったく本当にお前らは……」

33: 2014/04/12(土) 01:09:30 ID:.8.0Odoo

Q也「やり過ぎっていやぁ、この前の女子たちの方がエグかったよな」

D太「あぁアレな。金を持って来させるだけじゃなくて、そこらのクソジジイ相手にその場で生下着売らせたり、さすがの俺でも引いたわ」

N雄「女子ってのは恐ろしいものだ、って……。俺、もう女子を信じられん、って……」

D太「でも体を売らせてないだけまだマシだな」

Q也「そこまでいったらもう俺、気軽に女子に話しかけられねぇわ……」

N雄「恐ろしや……恐ろしや……」

34: 2014/04/12(土) 01:10:59 ID:.8.0Odoo

Q也「でもあの女もよく生きてられんな。俺だったらとっくに自頃してるわ」

D太「そんなこと言ってるけど主犯はお前の彼女じゃん」

Q也「あっ、そういやそうだ」ケラケラ

N雄「でもあの生下着売り! マジで興奮したじゃん、って!」

Q也「興奮しすぎてお前、あの女のブラ買ってたもんな。この変Oめ!」ケラケラ

N雄「バッ、バカ! それは言わない約束じゃん、って!」

Q也「何恥ずかしがってんだよ」ケラケラ

35: 2014/04/12(土) 01:12:59 ID:.8.0Odoo

男「…………」ジーッ

D太「あ? 何見てんだテメェ」

男「…………」プイッ

D太「…………」スタスタ

N也「どうした?」

D太「…………」ガシッ

男「痛っ!」

N也「おいおい。そんな力強く握ったら、髪抜けてハゲちゃうぞ」

D太「何だよ。何か言いてぇことあんなら言ってみろよ、おい」

男「別に……無い……」

36: 2014/04/12(土) 01:17:18 ID:.8.0Odoo

D太「……いいか、俺はな、お前みたいに人生悟ってる風なヤツが大嫌いなんだよ」グググッ

男「痛っ!」

D太「なんならもっと氏にたくなるほど追い込んでやろっか? あぁ!?」

D太「悔しいだろ!? 悔しかったらやり返してみろよグズが!」

男「…………」

D太「何か答えやがれテメェ! 頃すぞ!」ググッ

男「うっ!」

N雄「D太! 首絞めるのはマズイ、って! 落ち着け、って!」アセアセ

Q也「バカ! 早く止めろよ!」

37: 2014/04/12(土) 01:20:01 ID:.8.0Odoo

D太「どうしたよ!? 何か言ってみろよ!?」

男「ぐっ……う……」

Q也「D太! やめろって! マジで氏んじまうぞ!」ガシッ

男「げほっ! げほげほっ! げほっげほ!」

D太「……チッ、離せよ」

Q也「どうしたんだよ、そんなムキになって」

D太「つまんねぇんだよコイツ! 顔色一つ変えやしねぇからよ!」

N雄「だからって首絞めることない、って!」

38: 2014/04/12(土) 01:22:14 ID:.8.0Odoo

D太「俺はもっと面白いことやりたいんだ、よっ!」ドスッ

男「うぐっ!」

D太「最近のお前は特に、つまんねぇんだよっ!」ドスッ ドスッ

男「ぐうっ!」

D太「お前のその顔と態度が、最悪にむかつくんだよぉ!」ドスッ ドスッ

男「ごぁっ! うぅ……」ドサッ

Q也「だからやり過ぎだって! 自分でやり過ぎるなっていってたじゃんかよ!」

D太「大丈夫だろこのくらい。人間そう簡単に氏なねぇようにできてっからよ」

男「う……うぅ……」

39: 2014/04/12(土) 01:25:04 ID:.8.0Odoo

D太「おい男、いつかお前が氏にたくなるぐらい最悪な目に合わせてやるよ。そん時は最高に楽しいだろうからな」

男「…………」

D太「いいか、お前に一つ大事なこと教えてやる」

D太「人ってのはな、生きてる内に食う側と食われる側に分かれる。わかるか? 俺とお前のことだ」

D太「食われる側ってのはこうなる運命なんだよ。恨むんなら自分のくだらない人生を恨むんだな」

男「……げほっ、げほっ」

40: 2014/04/12(土) 01:26:55 ID:.8.0Odoo

D太「なんか冷めちまったな。今日はもういいや。さぁ、行こうぜ」スタスタスタ

Q也「ちょ、ちょっと待てよ!」タッタッタッ

N雄「…………」

男「げほっ……げほっ……」

N雄「こんだけやられてツマランって言われて、ずいぶんと悲惨な人生送ってるよねぇキミ、って」

男「…………」

N雄「俺からも一つ大切なこと教えてあげる、って」

N雄「キミがさっきの首絞めで氏んでたとしてもヤツらも俺も全然悲しまないし悪いとも思わない」

N雄「もちろんその場では反省した振りするけど、何年かもすれば簡単に忘れて日々楽しく過ごしてるよ、って。そんなものなんだよ世の中、って」

男「…………」

N雄「そんだけ。ほんじゃサヨナラだ、って」タッタッタッ

男「…………」

41: 2014/04/12(土) 01:28:03 ID:.8.0Odoo

男「…………」

男「……ぐっ」フラッ

男(いててて……)

男(今日はちょっとヤバい、な……。体中痛くて……意識、飛びそうだ)

男(でもマオウに……ご飯……あげな……くちゃ……)

男(マオ……待……って………)


――ドサッ


男「…………」

42: 2014/04/12(土) 01:31:23 ID:.8.0Odoo

▼夜/学校/校舎裏

男「…………」

男「…………」

男「…………」

男「…………」

男「……んン」パチッ

男「あれ……僕、あの後……、――って!?」ガバッ

男「空、真っ暗……夜!? うっ、嘘でしょ! 誰も気づかないなんてありえないよ!」アセアセ

男「大変だ、マオウの所行かなきゃ!」ダッ

――タッタッタッタッ

43: 2014/04/12(土) 01:34:10 ID:.8.0Odoo

▼廃ビル

男「ハァ……ハァ……」ゼェ、ゼェ

男「マ……マオウ! マオウ!」

――シーン。

男(……いないや。寝床に行っちゃったか)

男(そりゃそうだよな。もうこんな遅いし)

男(マオウ……お腹空かせてただろうな……。ごめんね……)

男(ご飯だけここに置いて、今日はもう帰ろう)ガサゴソ

男(……明日はすぐ来よう)

男「じゃあねマオウ、おやすみ」

男 トボトボ

44: 2014/04/12(土) 01:36:36 ID:.8.0Odoo

▼深夜/男宅/リビング

――ガチャッ

男「……ただいま」

TV『ガヤガヤ ガヤガヤ』

母「…………」

男「…………」

母「……ずいぶんと遅いお帰りね。こんな時間まで何してたのアンタ?」

男「いや、何してたって訳じゃないけど……」

母「まだ高校生のくせにこんな夜中までどこぞをほっぽり歩いて、いい御身分じゃないの」

男「……ごめん」

45: 2014/04/12(土) 01:39:42 ID:.8.0Odoo

母「…………」

母 スタスタ

――バシッ!

男「痛っ!」

母「アンタ、自分の立場わかってんの!? 誰がアンタを育ててやってると思ってるのよ!」

母「アンタが学校行く金も! 食べるもの買う金も! 誰が払ってると思ってるの!?」

母「そんなのも知らずにアンタは好き放題やって……ホントいい身分よね!」

男「…………」

母「何か言いなさいよ愚図! のろま!」バシッ!バシッ!

男「つっ!」

46: 2014/04/12(土) 01:42:29 ID:.8.0Odoo

男(何が「育ててる」だよ……、ろくにご飯も作らなければ全然買いやしないクセに……)

男(好き放題だって? こっちは何も食べない日だってあるんだぞ……!)ギリッ

母「何その目? 何か言いたいことあるの?」

男「……別に、何も無い」

母「あーもう何でこんなの産んじゃったんだろ! こんな気の利かない子に育って、おまけに生意気だし!」

母「養育費もらえるからってアンタなんか引き取るんじゃなかった! ホント失敗したわ!」

男「…………」

47: 2014/04/12(土) 01:45:02 ID:.8.0Odoo

母「ホント最悪。こんなデカい連れ子がいるから新しい男も出来ないし……」ハァ

母「ねぇ、いっそ氏んでくれない?」

男「…………」

母「どうせ友達なんかできずにイジメられてるんでしょ? 最近やけに服ボロボロで痣だらけだし」

男「…………」

母「あれ、もしかして図星だった!? そうでしょ!? やばっ、笑えるわ!」ケラケラ

母「氏にたくなったら言ってね。保険金とか上手くかけられる方法探しとくから」

男「…………」

母「ったく、ホントかわいげの無いヤツ。私、出かけてくるから何か食べたかったら自分で探してちょうだいね」スタスタ


――ギイッ、バタン


男「…………」

48: 2014/04/12(土) 01:49:13 ID:.8.0Odoo


母の言う通りだ。僕はなぜ生まれて来たのだろうか。

母にも、学友にも、自分自身にさえも愛されないこの人生で、僕は何の為に、何を成す為に、何を得るため
に生きねばならないのだろうか。

僕は生きたいから生きるのではなく、氏ぬことができないから生きている。

望みも願いも無く惰性で歩んでいけば感覚は鈍化して苦痛を感じ取ることは無くなるが、やがては身も心も枯渇して屍のような出で立ちで生きてくことになるだろう。

でも、そうなることで僕は今の悲惨な現状もこれから延々と続いていく絶望的な未来も全て受け入れられることができるような気がしていた。


けれど、この渇きを潤せる何かがあれば、きっと今の生き方も、この人生も、考え方も、何もかも変われるに違いない。



それが例え、腐敗した汚泥の水だろうと。

49: 2014/04/12(土) 01:53:23 ID:.8.0Odoo




今回はここまで。
続きは本日の20時~21時頃に再開します。
【完全版】の意味は、一通り書き終えたら説明します。
それでは。

50: 2014/04/12(土) 20:13:40 ID:.8.0Odoo

▼数日後/朝/男宅/リビング

男 ボーッ

TV『昨晩、都内のマンションの一室で高校生の少女が自頃する痛ましい事件が起きました』

TV『東京都内H市にあるマンションで、午後11時頃、少女の母親が仕事を終え帰宅すると、少女が自室で自分の首と左手首をカッターナイフで自ら深く切りつけて自殺を図り、血を流して倒れている所を発見しました』

TV『発見当時に既に大量の出血があり、現場に駆けつけた救急隊員によりその場で出血多量による氏亡が確認されたようです』

TV『警察の調べによると少女の部屋の机に遺書のようなものが残されており、このように記されてありました』

TV『「私が何をしたというのか。誰にも必要とされない私は何のために生まれてきたのか。苦しみ続けて、すべてを憎んで生き永らえるよりはいっそ、短絡的な氏に安らぎを望む。それでも、このような私の傍にいて励ましてくれた彼だけに特別な感謝を。」』

TV『警察は少女が何らかの事件に巻き込まれていた可能性も視野に入れて調査するとともに、この遺書に書かれている男性らしき人物を捜索している模様です』

TV『なぜこのような悲しい事件が起きてしまったのでしょうか。 詳しくは後ほどお知らせ致します』

男(……自殺か。朝から痛ましいニュースだな)

男(この辺り知ってる、けっこう近くだな。高校生って言ってたけど、ウチの学校の子ってことはないよな……)

男「……まさかね」


51: 2014/04/12(土) 20:16:11 ID:.8.0Odoo

▼学校/校門前

ガヤガヤ…… ガヤガヤ……

女性「現在、私は自頃した少女が通っていた学校の前に来ております。この閑静な住宅街の中に建てられた校舎の中で、少女は一体どのような学校生活を送っていたのでしょうか」

女性「これから、登校中の同じ学校の生徒の方々にお伺いしてみようと思います。……すいませーん! 今ちょっとよろしいですか!?」スタスタ

ガヤガヤ…… ガヤガヤ……


男「…………」

男(本当にウチの学校の生徒だったんだ……)

男(あんな遺書残してたんだから何があったかなんてわかるだろ。でも、僕以外に同じ目に遭ってた人なんていたっけ……)

男(……氏ねる勇気があっただけうらやましいよ)


52: 2014/04/12(土) 20:17:50 ID:.8.0Odoo

▼学校/教室

ガヤガヤ…… ガヤガヤ……

「ねぇねぇ今朝のニュース見た!? あれヤバくない!?」

「ヤバイよねー。私さっきリポーターの人に色々聞かれちゃったし」

「じゃあテレビに映ったの!? いいなぁー!」

「全然良くないよー。もっとオシャレしてくれば良かった」

「でも氏んだのって6組の人でしょ!?」

「そうそう、『女』って子。いつかやりかねないと思ってたけどね~、なんかイジメっぽいのされてたしさ」

「うっわぁ~、悲惨だわ~」

ガヤガヤ…… ガヤガヤ……


男「…………」



53: 2014/04/12(土) 20:20:28 ID:.8.0Odoo

▼数日後/夕方/廃墟ビル

男「マオウ、お待たせ」

黒猫「やぁ男。今日もまた手酷くやられたのか」

男「いつも通りだよ。それよりほら、今日のご飯だよ」

黒猫「む……」

男「どうしたの? お腹空いてない?」

黒猫「いや、そうではない。腹は常に空いておる。いつでもご飯が欲しい」

男「じゃあ何?」

黒猫「実は今朝からずっとイヤな予感がしてて……な」

男「イヤな予感?」


54: 2014/04/12(土) 20:23:11 ID:.8.0Odoo

黒猫「少しずつ近づいてきている……」

男「何の話?」

黒猫「……いや、何でもない。気にするな」

男「変なマオウ」

黒猫「むむっ!? 変とは何だ! 変とは!」


(?)「見つけたぞ、マオウ!」


男「!?」

黒猫「……やはり貴様だったか」


55: 2014/04/12(土) 20:30:20 ID:.8.0Odoo

声がした方へ振り返ると、熟れた林檎のように真っ赤な目をした白猫がいた。

白猫は総毛を逆立てて、マオウを睨みながらゆっくりと歩み寄ってくる。


白猫「まさかお前もこの星で生きながらえているとは思いもしなかったぞ……」スタスタ

男「……マオウのお友達?」

黒猫「腐れ縁のようなものだよ。しかし久しぶりだな、まさかお前もこの世界に転生するとはな」

白猫「慣れ慣れしく話しかけるな!」

男「……で、結局誰なの?」

黒猫「こいつはだな――」

白猫「俺の名はユウシャ! 魔王を倒すべく人間軍から選ばれた勇者だ!」

男「勇者!?」

黒猫「……まぁそういうことだ」


56: 2014/04/12(土) 20:31:40 ID:.8.0Odoo

白猫「この魔力は間違いないとは思っていたが……案の定、お前だったか」

黒猫「私もずっと貴様の魔力を感じていたよ。まぁ私に比べれば貧弱な魔力だがな。クククッ……」クスクス

白猫「何だと!? ナメやがって!……キミ! 早くソイツから離れろ!」

男「えっ、僕!?」

白猫「何をしてるんだ! 早くこの場から逃げるんだ!」

男「えっ、えっ、何で!?」

白猫「何でだと!? まさか……キミもマオウの一味なのか!? まさか魔族の生き残りか!?」

黒猫「何をバカなことを言っている……。彼の名は『男』、この世界の人間で私の友人だ」

白猫「友人だと!?」

黒猫「そうだ」

57: 2014/04/12(土) 20:35:34 ID:.8.0Odoo

白猫「マオウ! お前、この世界の無垢な少年を魔法で操りやがるとは……相変わらず卑劣な野郎だ!」

黒猫「はぁ?」

白猫「何を企んでやがる! 今すぐ彼を解放しろ!」

黒猫「解放も何も、そんな魔術をできる力なぞ今はもう持っておらんよ」

白猫「騙されるものか! 少年! まだ自分の意思があるなら早くそいつから離れるんだ!」

男「そんなこと急に言われても……ねぇ?」

黒猫「うむ」

白猫「くそっ! もう手遅れか!」

男「えぇ、何が!?」

58: 2014/04/12(土) 20:39:27 ID:.8.0Odoo

白猫「こうなってはもうマオウを倒すしかない……。 マオウ、覚悟しろ!」

黒猫「いいだろう。望むところだ」

男「ちょっとちょっと! さっきからどうしたの!? 全然話しが読めないんだけど……」

黒猫「説明は後でする。すまないが男、少しだけ時間をもらうぞ」

男「ちょっと、マオウ!」

白猫「今度こそお前を完全に滅ぼす!」スタスタ

黒猫「威勢だけは一人前だな。しかし、ここにはもう頼みの仲間もいないのだぞ? 貴様一人で私をやれるのか?」スタスタ ピタッ
 
白猫「やれるかどうかじゃない。例え一人だろうと、猫の身だろうと、お前だけは絶対に滅ぼす! それが俺の宿命だ!」スタスタ ピタッ

黒猫「よかろう。ならばかかって来るが良い、ユウシャよ!」

白猫「いくぞ、マオウ!」バッ


黒猫「フギャー!フギャー!」ジタバタ カミツキ
白猫「フギャギャギャギャ!」ジタバタ カミツキ


59: 2014/04/12(土) 20:41:11 ID:.8.0Odoo

男「ちょっと待って! ストップ!」

黒猫「フギャフギャ!」ジタバタ カミツキ
白猫「フギャーーオ!」ジタバタ カミツキ

男「ストップ! ストップだって! ほら、やめなよ!」ガシッ


男はマオウとユウシャそれぞれの首根っこを掴み、お互いを引き離した。


黒猫「フニャ~オ!」

白猫「シャーッ!」

男「やめなって二人とも!それ以上やるなら怒るよ!?」

黒猫「…………」

白猫「……シャーッ!」

男「『シャーッ』じゃない!」

白猫「!?」ビクッ


60: 2014/04/12(土) 20:44:43 ID:.8.0Odoo

男「まったく……。マオウ、ちょっとそこから動かないでね」

黒猫「……うむ」

男 スタスタ

白猫「くそっ! おろせ! 俺をどこに連れて行くつもりだ!」ジタバタ

男「出口だよ。……って暴れないでよ! 落ちるって!」

白猫「ええい! 離せ! 離せー!」ジタバタ

男「ちょっと危ないよ! ジッとしてて――あっ!」パッ

白猫 バッ スタッ

白猫「フッ、甘いな少年! 行くぞマオウ、第二回戦だ――」

男「コラッ!!」

白猫「!?」ビクッ

61: 2014/04/12(土) 20:46:26 ID:.8.0Odoo

男「また暴れるなら本当の本当に怒るよ?」

白猫「しかしだな、俺には宿命が――あっ」グゥ~ッ

男「…………」

黒猫「…………」

白猫「…………」ググゥ~ッ

男「…………」

黒猫「…………」

白猫「そっ、そんな目で見るな! 腹が減ってて悪いか!」

62: 2014/04/12(土) 20:50:29 ID:.8.0Odoo


男「ハァ……。ねぇ、ユウシャだっけ? お腹空いてるならこれあげるから今日はもう帰ってよ」


男が制服の上着のポケットからポリ袋を取り出すと中には煮干しが大量に入っていた。

おもむろに煮干しを拳ひとつ分だけ握って拾い上げ、男は白猫の前に差し出した。


男「はい、どうぞ」スッ

白猫「むむっ……このそそる臭いは……」クンクン

男「煮干しだよ。お腹空いてるならこれ食べな」

白猫「むむむっ……。だがしかし……」チラッ

男「大丈夫。毒も何も入ってないから食べなって」

白猫「むむむむっ!」ガツガツ

63: 2014/04/12(土) 20:52:11 ID:.8.0Odoo

男「…………」

黒猫「…………」

白猫 ガツガツ

白猫「……なぁ」

男「何?」

白猫「これ、おかわりはできるか?」

男「あ……、あぁ。まだ一杯あるよ、ほら」スッ

白猫「むむむーっ!」ガツガツ

64: 2014/04/12(土) 20:52:56 ID:.8.0Odoo

白猫 ガツガツ

男「…………」

黒猫「…………」

白猫 ガツガツ

男「…………」

黒猫「…………」

白猫「ふぅ。ごちそうさま」

男「…………」

黒猫「…………」

白猫「……ゲフッ」

65: 2014/04/12(土) 20:53:59 ID:.8.0Odoo

男「…………」

黒猫「…………」

白猫「……マッ、マオウ!」

黒猫「何だ?」

白猫「今日の所はこの少年に免じて仕方なく引いてやる! 仕方なくだ!」

黒猫「……そりゃどうも」

白猫「しかし忘れるな! お前は俺が必ず倒す!」

白猫「男とやらも忘れるな! そいつは所詮、魔王だ! いつ毒牙を向けるかわからんぞ!」

男「……はい」

白猫「そいつを生かしている事をいつか後悔する日が来るぞ! 肝に銘じておけー! わかったなー!」ダッ

白猫 タッタッタッタッ

黒猫「…………」

男「…………」

66: 2014/04/12(土) 20:55:55 ID:.8.0Odoo

黒猫「……ちゃっかりとおかわりまでして何しに来たんだ、あやつは」

男「あはは……。ねぇ、今のは結局誰だったの?」

黒猫「アイツの言う通り、元勇者だ」

男「元勇者だ、なんて言われてもよくわからないよ……」

黒猫「そうだな……。まだ私が魔王だった時、人間と争っていた話はしただろう?」

男「うん。魔王軍と人間軍で大規模な戦争をしてたってやつでしょ?」

黒猫「そう。その人間軍が私に対抗すべく武術や魔術を極めた者達を選抜した少数精鋭の部隊があってな、その部隊を統率していたのがあやつだ」

男「そうなんだ。そんなに凄いようには見えないけどな……」

黒猫「やや直情的だが、意外と頭も切れるし実力もあるぞ。事実、相討ちとはいえ魔王の私を倒した程だ」

男「へぇ~」

67: 2014/04/12(土) 21:05:14 ID:.8.0Odoo

黒猫「それがまさか同じ星の下に転生するとは思いもしなかったよ」

男「そういうことだったんだ。その割にはマオウ、全然驚いてなかったね」

黒猫「微かだが、ずっと魔力を感じていたからな。もしやくらいには思っていたさ」

黒猫「……ただ、あやつも猫になってるとはそれこそ予想もしてなかったがな」

男「でもマオウはもう魔王じゃないんだし、猫になってもまだ戦おうとするなんて無茶苦茶だよ」

黒猫「あやつは私を倒すためだけにに生きていたようなものだったらしいから、それも仕方なかろう」

黒猫「……だがな、悪い奴ではないというのはわかってはおるよ」

男「え? でも敵だったんでしょ?」

黒猫「当時はそうだが、今ではもう敵だとは思っておらん。争う気ももう起きんよ」

男「じゃあ喧嘩しないでよね。ケガしたら大変なんだし」

黒猫「すまぬ。あやつに挑発されてつい血が騒いでしまった……」

男「まったくもう」

68: 2014/04/12(土) 21:07:55 ID:.8.0Odoo

男「マオウの分のご飯はここに置くね」

黒猫「かたじけない」

男「マオウ、悪いんだけど今日はちょっと早めに帰らなくちゃいけないんだ」

黒猫「そうか……今日はオリジナル拷問パート2を話そうと思ったのだが……」

男「ごめんね。僕も本当はもっといたいんだけど……」

黒猫「仕方ない、今宵の内にパート5ぐらいまで考えて次回に一辺に話してやろう」

男「あははは、楽しみにしてるよ。それじゃまたね」

黒猫「うむ、さらばだ。また会おう」

69: 2014/04/12(土) 21:08:34 ID:.8.0Odoo

▼街中/帰り道

男「…………」スタスタ

男「…………」スタスタ

男(……『私の友人』、か)

男「……ふふっ」ニコッ

男 スタスタ

70: 2014/04/12(土) 21:22:43 ID:.8.0Odoo

▼数日後/夕方/廃ビル/1F

男「マオウ。ご飯持ってきたよー」

――シーン。

男「あれ、マオウ? どこにいるの?」

――シーン。

男「いない……」

白猫「アイツなら留守のようだぞ」

男「うぇっ!?」ビクッ

白猫「何をそんなに驚いてんだ」

男「いっ、いきなり話しかけられたら誰だって驚くよ!」

白猫「ふん」

71: 2014/04/12(土) 21:23:45 ID:.8.0Odoo

男「マオウはどこに行ったの?」

白猫「さぁな。俺もわからん」

男「そっか。散歩でもしに行ってるのかな」

白猫「やれやれ。今日こそ決着をつけてやろうと思ったんだが……」

男「もう。またケンカしに来たの?」

白猫「ケンカ!? ケンカだと!?」

男「えっ、何、どうしたの?」

白猫「おい、お前! いいか、よく聞けよ! 俺と魔王はかつてだなぁ!」

男「うん?」

白猫「――、だぁー! もういい!」

男「何をそんなに怒ってるんだよ……」

72: 2014/04/12(土) 21:28:58 ID:.8.0Odoo

白猫「もう好きにしてくれ……」

男「変なの。……とりあえず、マオウが戻るまで待ってるしかないか」

白猫「…………」

男「キミも待つの?」

白猫「ふんっ。魔王の仲間なんぞには何も答えん」プイッ

男「……いじわる」

白猫「…………」

73: 2014/04/12(土) 21:30:36 ID:.8.0Odoo

▼数時間後

男「…………」

白猫「…………」

男「……んー、戻ってくる気配なさそうだし、今日はご飯だけ置いて帰ろっかな」

白猫「…………」

男「どうしたの?……あっ、ユウシャも欲しいんでしょ。でもマオウとケンカするからなぁ~、どうしよっかなぁ~」

白猫「…………」

男「嘘ウソ、冗談だよ。いっぱいあるからユウシャにもあげるよ」

白猫「…………」

男「でもそのかわり、ケンカはもうダメだからね」

白猫「……お前って変なヤツだな」

男「そう?」

74: 2014/04/12(土) 21:32:15 ID:.8.0Odoo

白猫「アイツもいないことだ。この際にお前に聞きたいことがある」

男「何?」

白猫「お前はアイツを何だと思ってるんだ?」

男「アイツって、マオウのこと?」

白猫「それ以外に何がある。何を考えてあんなのと一緒にいようとするんだってことだよ」

男「ん~……何でって言われてもなぁ」

白猫「アイツは魔王なんだぞ!?」

男「元、でしょ? 知ってるよ」

75: 2014/04/12(土) 21:34:56 ID:.8.0Odoo

白猫「アイツが俺たち人間にどれだけ残虐なことしてきたのか知ってるか!?」

男「うん。前に聞いたことある。オリジナル拷問五十種とか」

白猫「……何だそれは」

男「僕だって知らないよ。マオウが魔王だった時考えたんだって」

白猫「……ま、まぁいい。知っているなら尚更、何でお前はあんな奴を慕ってるんだ!?」

男「僕もマオウを友達だと思ってるから、かな」

白猫「……友達だと?」

男「うん。マオウだけなんだ、僕の友達」

白猫「……だから何だっていうんだ」

男「……僕ね、学校で虐められてるんだ」

白猫「!?」

76: 2014/04/12(土) 21:38:37 ID:.8.0Odoo

男「いつもって訳じゃないんだけど、校舎の裏に呼び出されて殴られて、蹴られて、唾吐かれて、また殴られて……そんな日ばっかり」

男「家は家で、そりゃもう最悪でさ。父親は僕が小さい頃に浮気して出て行って、母親は僕に向けて暴力と暴言の繰り返し」

男「安らげる場所なんてどこにも無くて、ずっと苦痛だった」

男「それで……あれは夏服に変わったばかりだから、6月の最初の方だったかな」

男「ここでマオウと出会ったんだ」

77: 2014/04/12(土) 21:39:42 ID:.8.0Odoo

男「その日も僕は虐められててさ、生きた芋虫を無理矢理食べさせられたよ」

男「知ってる? あの柔らかい身を噛み千切ると黄色くてドロっとした体液が出てくるんだけど、苦くて臭くて呑み込めたもんじゃないんだ。……まぁ実際は、呑み込ませられたんだけど」

男「さすがに僕も耐えきれなくなってさ、氏のうと思ったんだ。どんな方法でもいいから氏にたかった。本気で氏のうと思ったんだ」

男「帰り際に人気の無いこのビルを見つけて、やるならここしかないって思った」

男「誰にも見つからないように慎重に入って……駆け足で屋上まで上がったんだ!」

男「それで柵に手をかけて、よじ登って越えて、あと一歩! あと一歩踏み出れば僕は氏ねる所まで来た!」

男「……でもね、僕は氏ねなかった……氏ぬのが怖かったんだ、……情けないでしょ?」

白猫「…………」

78: 2014/04/12(土) 21:42:24 ID:.8.0Odoo

男「うちの学校にさ、『氏ぬ勇気より生きぬく勇気を持て』って自殺防止のポスターがあるんだけど、それっておかしいよね」

男「生きてくのに必要なのは勇気なんかじゃない、ただの根気なんだから」

白猫「…………」

男「話は戻るけど、僕は足がすくんで動けなくなっちゃった。僕には氏のうとする勇気すらなかったんだ」

男「でもね、だからわかったんだよ。僕は……ううん、僕だけじゃない。今まで自分で自分の命を絶った人皆がそう、氏にたいんじゃない、生きたいんだよ」

男「氏ぬのは誰だって怖い、行きていたい。でも上手く生きれない。綺麗に生きれない。楽しく生きれない。そして生かさせてもらえない。……だから氏ぬんだ」

79: 2014/04/12(土) 21:46:47 ID:.8.0Odoo

男「僕は自分の惨めさに絶望したよ。友達なんて一人もできない、母親には愛なんか無い、父親はとっくにいない」

男「普通にも生きれないし生かさせてもらえない、かといって氏ぬこともできない」

男「こんな人間の人生なんて何の意味も価値も無いんだろうなって悟ったよ」

男「結局何もできなくて、とりあえずあの家に帰ることにしたんだ」

男「きっと相当虚ろな目をしてビルの階段を下りてたんだと思う。その時、マオウに話しかけられたんだ」

男「今でも覚えてるけど、おかしいんだ、それがまた。猫がいるなーって思ったらいきなり話しかけられて、『どうした、人の子よ』だよ?」クスクスッ

男「おかしいでしょ。猫が喋れるのもおかしいのに、しかも『人の子よ』って、何その言い方」ケラケラ

男「……でも僕は不思議と驚きはしなかった。むしろこの猫と話せて当然だと思ってたんだ」

80: 2014/04/12(土) 21:54:10 ID:.8.0Odoo

男「その日はずっとここでマオウに僕のことを話したんだ」

男「クラスの奴らに虐められてること」

男「教師も他の生徒たちもそれを見て見ぬ振りしてること」

男「父親は浮気した女性と逃げて行ったこと」

男「母親は僕を見捨ててること」

男「……氏のうと思ってここに来たこと」

男「嫌なことから絶望まで何もかも全部マオウにぶちまけて話したんだ」

男「全て思いの丈を吐き出した時にマオウが言ってくれんだ。『辛かったのだな』、って」

男「誰もわかってくれなかった……でも初めて会ったばかりのマオウだけが理解してくれた」

男「その一言でなんか僕、わんわん泣いちゃってさ、何時間もずっと泣いてたんだ」

男「マオウはね、僕の傍にずっとくっついてくれてた。あれがぬくもりってやつなのかな。……すごい暖かった」

81: 2014/04/12(土) 21:58:06 ID:.8.0Odoo

男「マオウもね、僕に色々といっぱい話してくれたよ。昔、ここじゃない世界で魔王だったこととか、人間とどんな戦いをしてたかとか、戦いに敗れてこの世界で猫になってたってことも」

男「それから僕たちは友達になったんだ。それが僕とマオウの出会い」

白猫「…………」

男「ごめんね。すごく長くなっちゃった」

白猫「……信じられないな、マオウが……人間に心を寄せるなんて……」

男「全部事実だよ」

白猫「だがマオウだぞ!? あの魔族の王だぞ!? 何でそんな奴を信用できる!?」

男「そんなこと言われても……」

82: 2014/04/12(土) 22:02:02 ID:.8.0Odoo

白猫「いいか、教えてやる! アイツがいるせいで大勢の人が家族や友人を失った!」

白猫「俺のいた村だって魔族に襲われてなくなった! 俺の親は、俺の目の前で魔物に食われて氏んだんだよ!」

白猫「魔族ってのはそういう野蛮で醜悪な奴らだ! アイツもそういう奴なんだぞ!」

男「マオウはもうそんなことしないよ」

白猫「お前はアイツに騙されてるんだよ!」

男「騙されてるって何がだよ!」ムカッ

白猫「アイツはキミを取り入って何かを企ててるに違いない!」

83: 2014/04/12(土) 22:05:26 ID:.8.0Odoo

男「マオウが何を企んでるって言うんだよ!」

白猫「今はわからん! だがそうに違いない!」

男「そんな憶測でマオウを悪く言うな!」

白猫「憶測なんかじゃない! アイツはな、魔族ってのはそういうヤツらなんだよ!」

男「違う! たしかにキミがいた世界ではマオウは酷かったのかもしれないよ! でも、マオウはもうそんなことはしない!」

白猫「それこそそんな保証はどこにある!」

男「無いよ! でもマオウだけが僕の話しを聞いてくれて、悩んでたら励ましてくれて、一緒に笑ってくれる、僕の唯一友達なんだ!」

男「マオウだけが僕の味方になってくれた! 僕はそれに救われたんだ!」

男「マオウがいてくれるからまだ生きたいと思うんだ!」

白猫「そうやって弱みにつけこんで取り入るのは魔族のいつものやり口だ! 魔族なんぞ何も信用するな! お前は騙されてるんだよ!」

男「じゃあキミなら僕に何ができるっていうんだよ!」

白猫「!?」

84: 2014/04/12(土) 22:10:38 ID:.8.0Odoo

男「キミは勇者だったんだよね? 魔王を倒して世界の人たちを救った勇者なんだよね!?」

男「なら僕のことも救ってみろよ! できるだろ!」

男「マオウみたいに、キミが僕を虐めや絶望から救ってみろ! そしたらキミの言うことを信じてあげるよ!」

白猫「…………」

男「どうしたよ! やってみてくれよ! 今すぐ、さぁ!」

白猫「…………」

男「ほら……何も言えないじゃないか……。何が騙してるだよ……何が勇者だよ!」

男「何も知らないクセに、何もできないクセに、マオウのことを悪く言うな!」

男「それ以上僕の友達を悪く言うなら絶対に許さない!」

白猫「…………」

85: 2014/04/12(土) 22:14:28 ID:.8.0Odoo

男「…………」ハァ ハァ

白猫「……すまない」

男「!?」

白猫「確かに俺は……何もできない」

男「あっ、いや、……ううん、僕の方こそ言い過ぎたよ……ゴメン……」

白猫「いや、悪いのは俺だ。昔からそうなんだ、すぐ突っ走っちまうんだ……」

白猫「そうだよな、“友人”を悪く言われたら許せないよな」

男「…………」

白猫「色々言って本当にすまなかった……」ペコリ

男「…………」

86: 2014/04/12(土) 22:22:30 ID:.8.0Odoo

男 ガサゴソ

男「……ご飯、ここ置いておくよ。こっちがマオウの分、こっちがユウシャの分ね」

白猫「……すまない」

男「ううん。いいんだ。好きでやってることだから」

男「……でもね、これだけはわかって欲しい。きっと今のマオウはもう魔王だった頃のマオウとは違うんだよ」

白猫「…………」

男「一度、マオウと話し合ってみて欲しい。そうすればキミもわかると思う」

白猫「…………」

男「僕はもう行くよ。もしマオウと会えたらご飯のこと言っておいて」

白猫「……わかった」

男「それじゃ」

男 スタスタ

白猫「…………」

白猫「話し合ってみろ……か……」

87: 2014/04/12(土) 22:23:43 ID:.8.0Odoo

▼夜/廃ビル/1F

黒猫 スタスタ

黒猫「おやおや、珍しく客人がお待ちかねだったようだな」

白猫「…………」

黒猫「また懲りずに戦いを申し出に来たのか?」

白猫「……違う」

黒猫「ならば何だ?」

白猫「……お前と話したいことがあってな」

黒猫「私とか?」

白猫「そうだ」

88: 2014/04/12(土) 22:29:33 ID:.8.0Odoo

黒猫「ふむ、いいだろう。だが少しばかり時間をくれ」

白猫「何故だ?」

黒猫「まずは飯を食ってからだ。これは男が持って来てくれたのだろう?」

白猫「あっ、あぁ……そうだ。アイツが置いてった」

黒猫「遠出の散歩をしてしまっていてな。男に会えなかったのは残念だ……」

白猫「…………」

黒猫「今日はカリカリフードの大盛りか。ありがたや、ありがたや」パクッ モグモグ

白猫「…………」

89: 2014/04/12(土) 22:33:49 ID:.8.0Odoo

黒猫 モグモグモグ……ゴクン、ペロッ

黒猫「……ふぅ。さて、待たせたな。話してみるがいい」

白猫「悪いが場所を移していいか?」

黒猫「おいおい、こちらは腹が膨れたばかりだぞ」

白猫「…………」

黒猫「まぁいいだろう、案内しろ」

白猫「こっちだ。ついてこい」

白猫 スタスタスタ

黒猫「やれやれ」

黒猫 スタスタスタ

90: 2014/04/12(土) 22:39:07 ID:.8.0Odoo

▼廃ビル/屋上

黒猫「で、話とは何なのだ?」

白猫「……ここには俺とお前しかいないな?」

黒猫「当り前だろう。わざわざこんな所に移動しなくても元々人気なんぞ無いわ」

白猫「……よし。マオウ、腹を割って正直に話せ。お前はあの男のことをどう思ってるんだ?」

黒猫「男のことか? 前にも言っただろう。あやつは私の友人だから、友だと思っておるよ」

白猫「またそれか……」

黒猫「それしか言い様が無いからな」

白猫「嘘をつくな! お前が人間を友と思うことなどあり得るか!」

白猫「お前の企みを今ここで全て話せ! 事次第ではお前をここから突き落として葬り去ってやる!」

黒猫「…………」

91: 2014/04/12(土) 22:40:38 ID:.8.0Odoo

白猫「どうした!? 今更怖気づいたのか!?」

黒猫「……お前がそう思うのも無理もないだろうな。人間にとって私はこの世で最も忌むべき存在だったのだからな」

黒猫「無論、私にとってもまた然りで人間なんぞただ駆逐するだけのものだった……が、しかし今はもうそのようには考えていない」

白猫「……男と出会ったからとでも言うのか?」

黒猫「……実際そうかもしれぬ。あやつとはひょんな出会いだったよ」

黒猫「初めて会ったのはこの場所だ。男は虚ろな目でふらふらと歩いておった」

黒猫「この世界には魔族と人間との戦なんぞ無ければ虐殺されることも無い。まさに平和そのものだ」

黒猫「なのに何でこやつはこんなにも絶望の顔を浮かべているのか妙に気になってな、だから話しかけてみたのだ」

黒猫「猫である私の言葉が通じるとは思わなかったが、そのまさかだ。逆に私の方が驚いてしまったよ、クククッ」クスクス

白猫「…………」

92: 2014/04/12(土) 22:49:44 ID:.8.0Odoo

黒猫「それから私たちはお互いのことを話すようになり仲を深めていった」

黒猫「どうやら男は『虐め』という迫害に遭っているようでな、話せば話すほど不憫な奴だったよ」

黒猫「だが、あやつは私の前ではあまり辛さを見せないようになっていった」

黒猫「まぁきっと男のことだ、私が心配するのをさらに心配しておるのだろう。あやつはどうにも優しすぎるからな、クククッ」クスクス

黒猫「さらには食事の世話までしてくれて、いつも私を気にかけてくれている。いつしか私も男の為に何かをしてやりたいと思っていた」

黒猫「ふふっ。この私が人間の為にだぞ? これが慈悲というのか……初めてだよ、こんな感情は。クククッ……」クスクス

白猫「…………」

93: 2014/04/12(土) 23:00:04 ID:.8.0Odoo

黒猫「かつての魔力があればその悪童どもを懲らしめることもできたが、今ではただの野良猫だ。私に何かできる力なんぞ無い」

黒猫「ならばせめて私といる間だけは苦しみを忘れさせてやりたい」

黒猫「それが私が今、男の友としてできる唯一のことだと思っている」

白猫「……お前、本当にあのマオウか?」

黒猫「クククッ……。なんて間抜けな顔してるのだ、そんなに信じられないか? 」クスクス

白猫「…………」

黒猫「まぁ無理もない。私は猫になって魔王としての心持も毒気も抜けてしまったのだろうな」

白猫「…………」

94: 2014/04/12(土) 23:02:09 ID:.8.0Odoo

黒猫「ちなみにだが、私は今では貴様のことも友だと思えられるぞ」

白猫「なっ!?」

黒猫「ただし貴様の場合は宿敵と書いて友だがな」ニヤリ

白猫「おっ、俺はそんなこと思わないぞ! お前は魔王で、俺にとってはただの敵だ!」

黒猫「貴様ならそう言うと思ったよ、クククッ」クスクス

白猫「ふんっ」プイッ

黒猫「……ところでユウシャよ、一つ提案があるのだが」

白猫「何だ!?」

黒猫「お前も男と友となってみてはどうだ?」

白猫「はぁ!?」

黒猫「お前と、私と、男と、それはそれで面白いと思うぞ?」

白猫「馬鹿を言うな! 誰がお前らとなんぞツルむか!」

95: 2014/04/12(土) 23:07:23 ID:.8.0Odoo

黒猫「とは言っても、貴様も男から食事の施しは受けておるのだろう?」ニヤリ

白猫「ぐっ! それは……そうだが……」

黒猫「やはりか、クククッ」クスクス

白猫「うるさい! アイツが置いてくから仕方なくもらってやってるだけだ!」

黒猫「仕方なくか……クククッ」クスクス

白猫「わっ……笑うな!」

黒猫「すまぬすまぬ、そう怒るな。これは私からの頼み事でもある。男の友となって欲しい」

黒猫「私の前ではもうあまり表に出さなくなったが、私は知っている。あやつの受けている痛みとそれに伴う憎しみや怒りは根強く、強大だ」

黒猫「それを魔力化できたならば、私をも上回る魔王になれる程にだ」

黒猫「いつかその憎しみや怒りが抑えきれず爆発してしまった時、男は本当に魔王になってしまうだろう」

黒猫「だがそんなことはさせたくない。あやつには日々を笑って過ごせるようにしてやりたいのだ」

白猫「…………」

96: 2014/04/12(土) 23:08:42 ID:.8.0Odoo

黒猫「私のためではなく男のために、あやつの友となって欲しい……頼む」ペコリ

白猫「!?」

黒猫「…………」

白猫「……今日、俺がここでお前を待ってたのは、お前と一度話し合って欲しいと男に言われたからだ」

白猫「そうすればマオウはもう魔王の頃のマオウじゃないとわかる、……そう言っていた」

黒猫「…………」

白猫「確かにお前はマオウだが、もう俺が知ってるマオウではない。ようやくわかったよ」

97: 2014/04/12(土) 23:09:46 ID:.8.0Odoo

白猫「かと言ってお前を信用したわけではないし、これまでのことを許した訳でも無い! その頼み事とやらも……一応聞いておいてやるが、どうするかは俺次第だ!」

黒猫「そうか……わかったよ。それだけでもで十分だ」

白猫「……だが、悪いようにはしない……と思う」

黒猫「ふふふっ。そうか。ありがとう」

白猫「まっ、魔王のクセに礼など言うな! 気色悪いだろうが!」

黒猫「今の私はただの野良猫だ。もう魔王ではないよ」

白猫「うっ、うるさいうるさい! 俺はもう帰るからな!」

白猫「今度会う時は……かっ、覚悟しておけよー! わかったなー!」ダッ

白猫 タッタッタッ

黒猫「まったく……。相変わらず落ち着きのない奴よ」

98: 2014/04/12(土) 23:20:27 ID:.8.0Odoo

▼数日後/夕方/街中

Q也「あ~、なんか退屈だな~」

N雄「仕方ない、って。毎日そうそう面白いことなんて無い、って」

Q也「そりゃわかってるけどよぉ……」

D太「そういやお前の彼女、停学はまだ終わんねぇのか?」

Q也「まだまだ当分先。勝手に氏なれたのにとばっちりくらうとか、アイツもついてねぇよな」

D太「だから主犯はお前の彼女じゃねえか。むしろ停学で済んで儲けもんだろ」

Q也「それもわかってるけどよぉ……、ってあれ? おい、あれ見てみろよ?」

N雄「どれどれ、どれだ、って」キョロキョロ

99: 2014/04/12(土) 23:21:12 ID:.8.0Odoo


男 スタスタスタ


Q也「ほら。アイツ、男じゃね? こんな所で何やってんだ?」

D太「あ? 男だぁ?」

N雄「うん間違いない、って。確かに男だ、って。あの廃ビルに入って行った、って」

D太「アイツがこんな所で何してるってんだよ」

N雄「こいつは興味が出て来たぞ、って。ちょっくら見に行ってみる、って」

100: 2014/04/12(土) 23:23:39 ID:.8.0Odoo

▼廃ビル/建物の物陰

N雄 ソロリソロリ

N雄「……あ~、ハハ~ン。なるほどね~、って」

Q也「何がなるほどなんだよ」ヒョイッ

N雄「ほら、あそこ見てみんしゃい、って」


男「――。――――。―――。」

黒猫 ガツガツ


D太「…………」

Q也「野良猫に話しかけるなんて、なんて不憫な奴なんだ」

N雄「わざわざ餌まで用意してるし、よっぽど退屈な奴なんだな~、って」

101: 2014/04/12(土) 23:26:58 ID:.8.0Odoo

D太「……面白いこと思いついた」

Q也「え、何々?」

N雄「どんなことだってよ?」

D太「あのな……――」ゴニョゴニョゴニョ

Q也「いや……それはさすがに……なぁ?」

N雄「たしかに気が引けるってか何ていうか、って……」

D太「大丈夫大丈夫。そんな気分は最初だけでその内楽しくなっから。ほら、行くぞ!」

102: 2014/04/12(土) 23:31:41 ID:.8.0Odoo

▼廃ビル/1階

男「今日はユウシャ来ないみたいだね。残念だな、せっかくまた新発売の缶詰め持ってきたのに」

黒猫「#$☆%&@¥~#●!」ムシャムシャ

男「わかった、わかったから。ご飯が口に入ってる時は喋っちゃダメだって。飲みこんでからね」

黒猫 ガツガツ ガツガツ

男「ふふっ。そんながっつかないでも、ご飯は逃げないよ」

D太「お前は逃げなくていいのか?」

男「!?」

黒猫「?」モグモグ

D太・Q也・N雄 ニヤニヤ

黒猫 モグモグモグ……ゴクン、ペロッ

黒猫「……こやつら、例の悪童どもか?」

男「……うん」

103: 2014/04/12(土) 23:34:26 ID:.8.0Odoo

Q也「最近は放課後すぐにいなくなりやがると思ったら、こんな所にいやがったのか」

N雄「しかも学校でお友達できないからって野良猫を相手にし始めるなんて、すっげぇ寂しいって、それ」

D太「よくこんな汚ねぇ場所いられんな。まぁお前にはお似合いの場所か」

男「…………」

黒猫「ふん、所詮は凡人だな。威圧が無さ過ぎるわ」

男「……マオウ、逃げて」ヒソヒソ

黒猫「何!?」

男「何だか嫌な予感がするんだ」ヒソヒソ

黒猫「しかし……」

104: 2014/04/12(土) 23:37:25 ID:.8.0Odoo

男「僕は大丈夫だよ、慣れてるから」ヒソヒソ

黒猫「だが……私は元魔王だぞ! 人間の童子ごときに背を見せられるか!」

男「でも今はただの猫でしょ?」ヒソヒソ

黒猫「うぐっ! わっ、私に本来の魔力があればこのような雑魚共など……」

男「その話はまた今度聞いてあげるから」ヒソヒソ

D太「さっきから何ボソボソ喋ってんだよ! 言いてぇことがあるならハッキリ喋れボケが!」

N雄「落ち着け、って。こんな所を急に見られて男もビビってんだ、って」

D太「……チッ」

Q也「せっかくだから猫ちゃんも痛い目に遭ってもらいますか。主人とペットは運命共同体だもんな」

105: 2014/04/12(土) 23:39:46 ID:.8.0Odoo

男「ほらマオウ、今の聞いたでしょ?」ヒソヒソ

黒猫「あぁ。ふざけおって……私は男のペットなんかでは無いぞ!」

男「違うよ、そこじゃないよ。アイツらはマオウにまで暴力を振るおうとしてるんだ」ヒソヒソ

黒猫「…………」

男「マオウをこんなことに巻き込みたくない、ほとぼりが冷めるまで逃げてて」ヒソヒソ

黒猫「ぐっ……しかし!」

男「僕は大丈夫だよ。頼むよ、早く行って!」ヒソヒソ

黒猫「だが、男が……」

男「ほら、早く!」

黒猫「しかし、私は――」

男「いいから早くどっかに行くんだ!!」

黒猫 ビクッ

D太・Q也・N雄 ビクッ

106: 2014/04/12(土) 23:40:51 ID:.8.0Odoo

黒猫「男……すまぬ!」ダッ

黒猫 タッタッタッ

Q也「なっ、なんだよ急にデカい声出しやがって!」

N雄「あーあ、猫ちゃんもびっくりしてどっか行っちゃった、って……」

D太「しかたねぇ、とりあえずここでいつものやっとくか」ニヤリ

男「…………」

男 ダッ

Q也「あっ、逃げやがった!」

D太「逃がすな! 追うぞ!」ダッ

N雄「まかせろ、って!」ダッ

Q也「ちょっと待てよ!」ダッ

107: 2014/04/12(土) 23:42:46 ID:.8.0Odoo

▼廃ビル/4F

男 タッタッタッタッ

男「ハァ! ハァ!」

N雄「ハァハァ、このっ、手こずらせるな、って!」ガシッ

男「うぐっ! はっ、離せ!」ジタバタ

N雄「くそっ! 暴れんな、って! 観念しろ、って!」

男「やめろ! このっ! このっ!」ジタバタ

N雄「諦めろ、って! これがお前の運命なんだ、って!」

男「うるさい! 何が運命だ! お前らさえいなければこんなことにならないじゃないか!」

108: 2014/04/12(土) 23:44:55 ID:.8.0Odoo

D太「黙れよ」ドガッ

男「ぐぅ……!」ドサッ

D太「うるせぇのはテメーだろーがボケ」

Q也「やっと捕まったか……。よーし! 今日もサンドバッグし放題始めるぞー!」

N雄「よーし! 任せろ、って! ほら男、起きろ、って!」ガシッ

男「ぐっ!」

Q也「N雄、しっかり押さえてろよ!?」

N雄「バッチコーイ! カモンだ、って!」

109: 2014/04/12(土) 23:45:43 ID:.8.0Odoo

男「は……離せ!」グググッ

Q也「男ちゃん、しっかりと口を閉じて歯を食いしばりな。舌噛んじゃうぜ。ほ~ら、よっ!」ドスッ

男「うごっ……かはっ……!」

Q也「誰が顔殴るなんて言った? ちゃんとお腹にも力入れてなきゃダメだぞ? ほらもう一回、っと!」ガスッ

男「がぁっ!」

N雄「おぉ、見事なボディブロー! これは効いた、って!」

110: 2014/04/12(土) 23:48:33 ID:.8.0Odoo

D太「お前らずいぶん楽しそうだな」

Q也「何してんだよ。D太も早くまざれよ」

D太「待て待て。そんなんだけじゃつまらねぇだろ」

Q也「何拾ってるんだ?」

D太「こんなもんでいっか……ほら久々にやるぞ! ザ・虫食い大会~!」

Q也「いよっ! いいねぇ! 待ってました!」

111: 2014/04/12(土) 23:50:07 ID:.8.0Odoo

男「う……うぅ……」

D太「ほら男。お前の大好きなダンゴムシだよー。はーい、アーンしてー」

男「ぐっ……」

D太「お腹空いたよねー。さっさと口開けろー」

男「イ……イヤだ……」

D太「つべこべ言わずに開けろっつってんだよ!」ガシッ

男「ぐっ!」

D太「ほら! お前の大好物だろうが! 食えよ!」グイッ

男「むぐ!」

112: 2014/04/12(土) 23:51:31 ID:.8.0Odoo

D太「お前が飲みこむまで口開けさせねぇからな!」ググッ

男「んーーー!! んンーーー!!」ジタバタ

D太「ほら早く飲み込めってんだよ!」グググッ

男「ンンん! ンんンンーーー!」ジタバタ

男「ンんーー! ン――、ペッ! オエッ!」

Q也「あーあ、吐き出しちまいやがった。つまんぇねぇの……」

男「ハァ! ハァ! オェッ、ウオェッ! ペッ、ペッ!」

D太「お前本当につまんねぇ奴だな……オラッ!」ドスッ

男「ぐぇっ!」

113: 2014/04/12(土) 23:56:30 ID:.8.0Odoo

▼廃ビル/4F/階段付近

D太「――!――!」

男 フラフラ

N雄「――――!」

Q也「――――!――!」

ガヤガヤ… ガヤガヤ…


黒猫「…………」

黒猫(これが虐めというやつなのか……なんという陰険なやり口だ)

黒猫(男は毎日これを耐えて、私の前では笑顔を絶やさずにいたというのか)

114: 2014/04/13(日) 00:01:19 ID:2NBYfZ82

黒猫(私は今や非力な猫だ。私がいたところで役にも立たずなぶり殺されるだけだろう)

黒猫(かつての私の強さが懐かしく、今の私の弱さがなんと恨めしいことか……)

黒猫(だが、私だけ逃げていられるか! 私は男を助けたい……例えこの身に替えてでも!)

黒猫(ユウシャが知ったらまたさぞ驚くだろうな、信じられんと。クククッ)

黒猫(……もし私に何かあった時は男を頼むぞ、ユウシャよ)

黒猫 タッタッタッ

115: 2014/04/13(日) 00:05:04 ID:2NBYfZ82

▼廃ビル/4F

D太「オラッ! まだ寝んのは早ぇだろうが!」ドスッ ガスッ

男「ぐっ! うぇっ!」

Q也「おいD太、そんなにやりすぎると氏ぬぞコイツ」

D太「こんな奴氏んでも構わねぇんだよ! オラッ!」ドスッ

男「あぐっ!……ゴホッ! ゴホッ!…………うぅ」

Q也「あーあ、ほら。やりすぎて動かなくなっちまったじゃねぇか」

N雄「うげぇ……。今日はまた格別に痛そうだ、って……」

D太「チッ、氏んじまえばいいんだよ、こんなクソは!」



――クソハキサマラダロウ……。



116: 2014/04/13(日) 00:06:00 ID:2NBYfZ82

N雄「おまけに血まで吐いちまって。マジで氏んだかも、って」

D太「こんな奴氏んだって誰も気にしねぇだろ。むしろさっさと頃して埋めるか?」

Q也「ぶはははっ! お前マジで鬼畜だわ!」



――コノゲスドモガ……。



117: 2014/04/13(日) 00:11:21 ID:2NBYfZ82

黒猫 スタスタスタ

黒猫「…………」

Q也「アレ、さっきの猫ちゃんじゃないの」

D太「あ?」

男(……マ……オウ……何……で……?)

D太「おぉ、ここでまさかの主賓のお出ましか。ほら、さっさと捕まえろ」

Q也「わかってるよ。ほらほら猫ちゃん、こっちおいでー」

黒猫「…………」

黒猫 タッタッタッ

――ガブッ!

Q也「うあ、痛ってぇ! 痛ぇー!」

黒猫「シャーッ!」

118: 2014/04/13(日) 00:14:29 ID:2NBYfZ82

N雄「Q也! 大丈夫か、って!」

Q也「マジ痛ぇ! こいつ、俺の顔噛みやがった!……この野郎、ブッ頃してやる!」
 
D太「たかが猫相手に何やってんだよ。さっさと捕まえろよ」

Q也「うるせぇ! このクソ猫は俺がブッ頃す!」

N雄「落ち着け、って。俺も手伝うからよ、って」

男「……マ……オウ……」

黒猫(なめるなよ……今は猫の身でも、元は魔族軍の王だ。貴様ら全員狩り頃してくれる!)

黒猫(男、……今助けるぞ!)

119: 2014/04/13(日) 00:17:25 ID:2NBYfZ82

マオウはその小さくしなやかな身を活かして素早く立ち回りQ也達を翻弄した。

ひとつ躱しては彼らの顔や手、足に噛みつき、爪で皮膚を裂く。

しかし所詮は猫だ。

おまけにその身も小さく、多少の傷は与えるがどうあがいても相手を怯ますには至らない。

威力の乏しいその抵抗はほとんどがただただ彼らの怒りを買うだけであった。

それでもマオウは懸命に闘い続けた。

それは何故か。

戦うことへの奮い、元魔王としての誇り、悪童たちへの憤り……そんなものの為ではない。

男を守りたいが為、ただそれだけのために闘い続けていた。

120: 2014/04/13(日) 00:18:40 ID:2NBYfZ82

N雄「イテテ! また噛みやがった、って!」

Q也「このクソ猫がぁ! 止まりやがれ!」

黒猫(鈍臭い奴らだ。まだあの頃の雑兵の方が手応えあるわ)

黒猫(この程度なら私が男を守れ――)


――ドゴッ!


黒猫「ぐぅっ!」


Q也に飛びかかろうとしたマオウの脇に突如蹴りが突き刺さる。


121: 2014/04/13(日) 00:20:50 ID:2NBYfZ82

黒猫(くっ……油断した)

D太「いつまで手こずってんだよ、こんなクソ猫相手に」

Q也「すまん。意外と素早くて……」

D太「ったく……トロいな、お前らは。俺も入るからとっとと捕まえんぞ」

男「やめ……ろ……。マオウに……手、出すな……」ガシッ

D太「汚ったねぇ手で俺に触んじゃねぇ!」ガスッ

男「ぐぁっ……!」

黒猫「男!」

黒猫(男……怪我がひどい、ズタボロじゃないか)

黒猫(でももう大丈夫だ。私がキミを守ってみせる!)

122: 2014/04/13(日) 00:21:54 ID:2NBYfZ82

マオウの奮闘は続くが、小さき武勇は束の間のものだった。

先ほどのD太の蹴りはマオウの体に予想以上のダメージを与えていた。

時折マオウから顔を歪ませ痛みに耐えるような表情が見えると、素早かった動きにもぎこちなさがあらわれ始める。

疲労も痛手も蓄積していき、生命線だったマオウの素早い動きも次第に鈍り始めると彼らの攻撃も徐々に直撃するようになる。

顔も体も殴られ蹴られて、所々で皮膚も肉もえぐれている。流血がどうにも止まらない。

さらには床や壁に叩きつけられ、骨がきしみ内臓が押しつぶされる。

弄られて甚振られて、そしてマオウがD太らの手に完全に捕らわれるのは、そう時間のかかるものではなかった。

捕らわれたマオウはD太に首元を掴まれ地面へと抑えつけられていた。

傷ついたその体にはもう抵抗できる力は全く残されていなかった。

123: 2014/04/13(日) 00:22:48 ID:2NBYfZ82

男「マ……オウ……」

黒猫「…………」

黒猫(……ここ……までか……。すまない、男……)

黒猫(どうやら、私は……キミを、助ける事ができない……よう、だ)

D太「ったく、手こずらせやがってクソ猫が」

男「や……めろ……」

124: 2014/04/13(日) 00:23:42 ID:2NBYfZ82

D太「これ以上暴れたら即、首の骨折ってやるからな」

黒猫 ガブッ

D太「痛っ!」

男「やめろ……!」

D太「この野郎……、わかったよ! 今すぐ頃してやるよ!」

男「やめろぉ!!!」

D太「!?」ビクッ

125: 2014/04/13(日) 00:25:25 ID:2NBYfZ82


横たわった体はまるで自分の意思を拒絶しているかのように力が入らない。

それでも男はなんとか半身と頭だけを向けてD太に涙ながらに懇願する。


男「やめろよ……お願い……だから……もう……やめてくれ……。そいつに……マオウには……もう……手は出さないで……くれ……」

D「うるせえ! お前はこいつの後だ、黙って氏んでろ!」

男「僕は……どうなってもいい。……でも、マオウだけは……マオウにだけは……やめてくれよ」

D太「んなもん知るか! このクソ猫は俺に噛みつきやがったんだぞ!?」

男「ごめんなさい……謝るから……僕が……いくらでも、謝るから……何でも……する……から」

D太「……本当に、何でもするんだな?」

男「あぁ……何でもするよ……だから……お願いだ……」

D太「よし、いいだろう」

126: 2014/04/13(日) 00:26:05 ID:2NBYfZ82


D太はマオウの首の後ろ、その根元の皮をぐっと掴み、男の横を通り過ぎて窓へと歩き始めた。

廃ビルの窓ガラスは全体が欠けておりわざわざ開ける必要は無かった。

D太はマオウを掴んだままの手を窓の外へと伸ばすと、ぐったりと脱力した黒猫が宙ぶらりんに吊るされた。


D太「そんなにコイツを助けたいなら10秒以内にここに来て土下座しろ。もう二度と俺に逆らいません、ってな」

D太「それができなきゃ、ここからコイツを落とす」

男「わかった……わかったよ……」

D太「じゃあカウントダウンだ。じゅー……」

127: 2014/04/13(日) 00:26:54 ID:2NBYfZ82


マオウの所まではおよそ3メートル。

進む速度はあまりにも遅いが間に合わない距離ではない。

男は体中を襲う痛みに声を漏らしながらも耐えて、冷たいコンクリートの床を這う様にして少しずつ体を引き摺っていく。


男「うっ……」ズズッ

D太「きゅー……」

男「わかったから……やめろよ……」ズズッ

128: 2014/04/13(日) 00:29:12 ID:2NBYfZ82

D太「はーち……」

男「マオウを……離せよ……」ズズッ

D太「なーな……」

男「離せよ……そいつは僕の……僕の……」ズズッ

D太「ろーく……」

男「もうちょっとだ……マオウ……待ってて……」ズズッ

129: 2014/04/13(日) 00:31:08 ID:2NBYfZ82

D太「ごー……」

男「あと……少しだから……」ズズッ

D太「…………」

男「?」ズズッ

D太 ニヤリ

D太「ゼロ」ポイッ

男「!?」

130: 2014/04/13(日) 00:32:44 ID:2NBYfZ82

その時、世界の全てが無音となった。

静寂な空間の中、この場にいる生き物の動作が全てスローモーションに見えた。

離された手。

落ちて行くマオウ。

伸ばしても届かない僕の手。

周りの奴らが何かを口々に言っているが、何も聞こえなかった。

僕も確かにマオウの名前を叫んだはずだが、何も聞こえなかった。

マオウは落ち行く中で一瞬僕に顔を向けたような気がしたが、その姿はすぐに窓枠から消えてしまった。

疑問、困惑、焦燥、そして絶望……灰と黒の色をした感情が渦を巻いて僕の脳裏に襲いかかる。

思考が完全に沈黙し、無音の時間は永遠に続くかと思われる程長く感じたが、僕の意識を元の世界へと呼び起こしたのは……。



――ドォン!



……皮肉にも重量のある何かが無慈悲に地面へ叩きつけられて響いた残酷な音だった。

131: 2014/04/13(日) 00:33:17 ID:2NBYfZ82

男「あ……あぁ……」

D太「悪い、手が滑っちまった。……あーあー、こりゃ氏んだわ」

男「そんな……ウソだ……。こんなの、ウソだ……」

D太「残念だったな。ゲームオーバーだ」 

男「ふざけんな……この……クソ野郎……!」

D太「あっ!? お前がトロいのが悪いんだろーが!」ガスッ

男「ぐっ!」

132: 2014/04/13(日) 00:34:00 ID:2NBYfZ82

D太「言ったろ。いつかお前が氏にたくなるぐらい最悪な目に合わせてやるってな」

男「ふざけんな……ふざけんな……!」

D「おかげで最高に楽しかったぜ。ありがと、よっ!」ガスッ

男「うぐっ!」

D太「ペッ! さて、帰るぞお前ら」スタスタ

Q也「おっ、おう。じゃ、じゃあな男!」ダッ

N雄「待て、って! 俺を置いてくな、って!」ダッ

男「うぅ……ぐっ!」

133: 2014/04/13(日) 00:35:50 ID:2NBYfZ82

男「うあっ……ぐぅっ……そ、そんな……マオウ……、ウソだよな……」ズッ

男「大丈夫だよな……なぁ……マオウ……」ズズッ


痛めつけられた体の軋みで歩み一つでさえも全身が悲鳴を上げる。今にも気を失いそうだ。

けれども僕は壊れかけた体に鞭を振るい、気力を絞って立ち上がりマオウの元へ急いだ。

両手両足に全く力が入らず、歩行は困難を極めた。

右手の腕、右足の腿と足首に激しい痛みを感じる。きっと骨に異常があるのだろう。

咳き込む度に喉の奥から血が吹き出てくる。

でも今はそんなことを気にしている場合ではない。

ズルズルと足を引きづりながら、僕は急ぎ続けた。


134: 2014/04/13(日) 00:38:16 ID:2NBYfZ82

男「マオウ……待ってて……マオウ!」ズルズル


気絶しそうな程の苦痛に耐え、壁や柱を伝って必氏で廃ビルから出た男は、一匹の黒猫が横たわっているのをすぐに見つけた。

少しでも早くマオウの元に辿り着けるように、右足を抱えるようにしてその足を早める。

あと5歩、あと4歩、あと3歩、あと2歩、少しずつマオウに近づき、あと1歩……。









……そこには僕にとってこの世で最も残酷な光景があった。









135: 2014/04/13(日) 00:39:17 ID:2NBYfZ82

男「そんな……マオウ……そんな……」

男「こんなの……ウソだ……」


マオウはすでに息絶えていた。

何度も蹴られたことで毛や皮膚が裂け剥がれ、肉はこそぎ落ちて血が溢れ出ている。

両耳も大きく裂け、右の眼球に至っては破裂してしまっていた。

抱きかかえると首はやわらかく頭がグニャリと垂れた。

それは本来曲がるべきでない方向に曲がってしまっている。


男「ウソだよな……ウソだって……言ってくれよ……」

男「誰か……ウソだって……お願いだ……」


136: 2014/04/13(日) 00:41:46 ID:2NBYfZ82

唐突に与えられる氏に何を感じただろう。

見開いた片目でその最後に何を見たのだろう。

その氏の間際に何を思ったのだろう。

マオウは氏んでしまった。

マオウは何で氏んでしまったのか。

マオウが氏んだのは僕のせいだ。

マオウが氏んだのは僕が弱いからだ。

マオウが氏んだのは僕が何もできなかったからだ。

マオウが氏んだのは……マオウが氏んだのは……マオウが氏んだのは……。





なんで……マオウが氏ななくちゃいけないんだよ……。






137: 2014/04/13(日) 00:43:38 ID:2NBYfZ82


僕はマオウの瞼をそっと閉じてあげた。

僕が唯一してあげられたのは、それだけだった。

もうたったの、それだけしかなかった。

たったのそれだけしか……。


男「ごめん……ごめんよ……、マオウ……」ポロ

男「ごめ……なさい、ごめんなさい……。マオウ……マオウ……ごめん……」ポロポロ

男「ヤダよ……マオウ……こんなのヤダ……イヤだ……マオウ……ゴメン……」ポロポロ

男「うわああああああああああぁぁぁぁぁーーーー!!!!!」


138: 2014/04/13(日) 00:51:50 ID:2NBYfZ82


僕はマオウの遺体を強く抱きしめ泣き叫んだ。

この世で本当に唯一を僕を慕ってくれた友の名を何度も叫んだ。

しかし黒猫の閉じた目はもう二度と開かれることは無い。

満月のようだった金色の瞳は新月となり宵闇の中に消えもう二度と現れることは無くなった。

僕はマオウの冷たくなっていく体を胸にいつまでもいつまでも泣き叫んでいた。

灰色の外壁に僕の泣き声が響き渡り、先程まで真っ青だった空はすでに群青の藍へと変わっており、夕闇の橙が空の端へと落ちていった。


139: 2014/04/13(日) 00:53:11 ID:2NBYfZ82

▼夜/廃ビルの近くにある公園

男(ごめんね、マオウ。こんな所で、こんなお墓しか作れなくて……)

男(今までありがとう。本当に……)

男「……マオウ、さようなら」グスッ

白猫「…………」


男は様々な花やマオウの為に買っていた餌と一緒に、黒猫の遺体を土中に埋め、その上に土をゆっくりと、優しく、温かく包んでもらえるようにかぶせた。


140: 2014/04/13(日) 00:55:04 ID:2NBYfZ82

男「……グスッ……グスッ」ザッ ザッ

白猫「……すまない、男」

男「グスッ、なんでユウシャが謝るの?」ザッ ザッ

白猫「……助けてやれなかった」

男「ユウシャが気にすることは無いよ。ユウシャはあの場所にいなかったんだし」グスッ

男「むしろマオウがいなくなったんだから、ユウシャは本来喜ぶべき立場じゃないの?」グスッ

白猫「……たしかにアイツら魔族がやってきたことは今も目に焼きついて忘れられない」

白猫「けどアイツはもう魔王じゃなかった。ここでは、ただの野良猫で、お前の友人だったんだ」

男「…………」

141: 2014/04/13(日) 00:56:19 ID:2NBYfZ82

白猫「俺は勇者のクセに……クソッ! 何が勇者だ!」

白猫「俺はいつもそうだ! いつだって……あの時だってそうだ!」

白猫「俺は肝心な時はいつも無力だ……クソッ!」

男「……ユウシャは何も悪くないよ」

白猫「だが俺は! 俺は――」

男「悪いのは僕だ。僕がもっと強ければ守れた。ただそれだけなんだ」

白猫「男……」

142: 2014/04/13(日) 00:57:30 ID:2NBYfZ82

男「ねぇ、ユウシャ」

白猫「何だ?」

男「ユウシャは昔から強かったの?」

白猫「……いや、全くだ。むしろ子供のころは泣き虫だったよ。兄の陰に隠れてばかりだった」

男「そうなんだ。意外だね」

白猫「必氏に体を鍛えて、氏ぬほど修行して、色々と乗り越えてようやく俺は強くなれたんだ」

男「でも勇者になれるぐらいなんだから元から素質はあったんじゃない?」

白猫「……そうでもない。まだまだ鍛えたりないくらいだ」

男「そうなんだ。強くなるって大変なんだね……」

白猫「……そうだな」

143: 2014/04/13(日) 00:58:13 ID:2NBYfZ82

男「僕でも強くなれるかな……」

白猫「…………」

男「僕は強くなりたい。もう今さらなんだけど強くなりたいんだ」

白猫「…………」

男「もう弱いのはイヤだ……」

男「惨めなのはイヤだ……」

男「失うのはイヤだ……」

男「守れないのはイヤだ……」

男「何もできないのは……もうイヤなんだよ!」

144: 2014/04/13(日) 01:01:14 ID:2NBYfZ82

白猫「気持ちはわかるが、かといってどうする……」

男「お願いだ……ユウシャ、僕に強くなる方法を教えてくれ!」

白猫「俺がか!?」

男「ユウシャなら強くなるためにどうすればいいか知ってるでしょ!? それを僕に教えてくれ!お願いだ!」

白猫「そう言われても俺は……」

男「強くなる為ならどんなことでもやるよ! だからお願いします!」

白猫「…………」

男「お願いだ、ユウシャ!」

白猫「……わかった」

男「!?」

白猫「でも俺が教える修行は厳しいし、とても辛いぞ? それでも根を上げずについてこれるか?」

男「はい!」

白猫「いい返事だ。……よし! 俺がお前を誰よりも強くしてやる!」

145: 2014/04/13(日) 01:02:41 ID:2NBYfZ82


本日はここまでです。
続きはまた本日の午後8時~9時頃に再開します。
それでは。

146: 2014/04/13(日) 20:46:15 ID:2NBYfZ82

▼翌日/廃ビルの近くにある公園

白猫「さて、早速修行を始めたいと思う」

男「はい!」

白猫「……が、その前にひとつ聞こう。男、強さってのは何だと思う?」

男「えっ? んン~……ケンカが強かったり、体がすごい丈夫だったり、そういうこと?」

白猫「それは確かにそうなんだが、もっと本質的な所をわかってないな……」

男「ねぇ何の話? それが何の関係があるの?」

白猫「そう急くな。いいか男、覚えておけ。強くなるために必要なのは“覚悟”だ」

男「覚悟……?」

147: 2014/04/13(日) 20:47:56 ID:2NBYfZ82

白猫「そう。強さってのは肉体以上に心に必要なんだ」

男「心の方が大事なの?」

白猫「どちらが大事というよりも、いくら肉体を鍛えても心が強くなければいけないってことだ」

白猫「絶対にやる、目的を達成してやるっていう固い意志を持って、その為には罪ですら背負う程の強い覚悟が必要なんだ」

男「なるほど。でも強くなるために罪を背負うって、そんなことあるの?」

白猫「……俺は、強くなるために人を殺さなきゃいけないことがあった」

男「え!?」

148: 2014/04/13(日) 20:49:44 ID:2NBYfZ82

白猫「時には半魔になった人間を殺さなくちゃいけないこともあった」

白猫「また別の時には仲間を見捨てなくちゃいけないこともあった」

白猫「俺は確かに勇者になるために強くなって実際になったが、勇者と言えど俺だって所詮はただの人間だった。誰も彼も絶対に救えることなんてできなかった」

白猫「守れなかった人々はたくさんいた。その結果、民衆から白い目で見られて石を投げられたりもしたし、国から追放されたこともあったよ」

白猫「でも俺は全部受け入れて来た。そうなることも魔王討伐の為に覚悟していたからな」

男「…………」

149: 2014/04/13(日) 20:51:34 ID:2NBYfZ82

白猫「あー、つまりだな。強くなるには絶対にやり遂げるって意思と、時には非情になれるぐらいの覚悟が必要だってことだ」

白猫「お前はどうせ『自分は弱いから殴られて当たり前』とか『相手には大けがするのが怖い』とか思っているんだろう?」

男「う、うん……少しだけ……」

白猫「ぬるい! そんでもって甘い! そんなんじゃ絶対強くなんかなれないぞ!

男「うぅ……」

白猫「まずはお前のその心の弱さを全部消し去ってやる! 覚悟はいいな!?」

男「うん! お願いします!」

150: 2014/04/13(日) 20:55:58 ID:2NBYfZ82

白猫「……とは言ったが、お前の場合は肉体から鍛えなくちゃいけないな。なんだその貧相な体つきは。モヤシか」

男「うっ、うるさいな! 生まれつきこうなんだよ!」

白猫「まずは徹底的に筋トレと走り込みをして、筋力と基礎体力をつけるんだ」

男「えぇー……どっちも苦手だなぁ……」

白猫「つべこべ言うな! 何でもやるんだろ!? 言い訳してたら強くなれないぞ!?」

男「わっ、わかってるよ! もちろんやるよ!」

151: 2014/04/13(日) 20:59:42 ID:2NBYfZ82

白猫「なら最初は腕立て伏せと腹筋を200回ずつだ!」

男「200回も!?」

白猫「どんなに時間をかけてもいい。だから今日中に200回ずつこなすんだ。できない数字じゃない」

男「ひぇ~……」

白猫「だから言っただろ、俺の修行は厳しいってな。ほら、さっさと始めるぞ! 準備しろ!」

男「ちょっと待ってよ!」アセアセ

白猫「待たない! よーい……スタート!」

男「う……うおおおぉぉぉ!!」バッ

152: 2014/04/13(日) 21:00:54 ID:2NBYfZ82

▼後日

白猫「今日は走り込みだ。20km走ってもらう」

男「20kmも!?」

白猫「ここから5つ離れた駅まで往復してくれば大体そのぐらいだ」

男「い……いきなりそんなに走ったら体壊れちゃわないかな……」

白猫「走れなくなったら途中で歩いても、最悪休んでも構わん。とにかく20kmをやりきることが大事なんだ」

男「わかったよ……行ってくる!」

白猫「おう。車に気をつけろな。よーい……スタート!」

男「うおおぉぉぉ!!」ダ゙ッ

153: 2014/04/13(日) 21:04:02 ID:2NBYfZ82

▼さらに後日

白猫「筋トレと走り込みで体つきもずいぶん良くなってきたな。次は実戦練習だ」

男「実戦って、……誰と?」

白猫「誰とって、そうだな……」

男「…………」

白猫「…………」

男「…………」

白猫「…………」

男「……?」

白猫「……そう言えば相手がいないな」

男「えっ!? 考えてなかったの!?」

白猫「仕方ない。山に籠もって野熊とでも戦ってもらおうか」

男「熊!?」

154: 2014/04/13(日) 21:07:04 ID:2NBYfZ82

白猫「田舎の方に行けば簡単に見つかるだろ」

男「無理無理無理! 無理だって! 熊になんか襲われたら氏んじゃうよ!」

白猫「何をそんな弱腰になってんだ。大丈夫だ、覚悟を決めれば勝てる!」

男「何その精神論!? 無理無理、本当に無理! 無残に食い殺さる覚悟しかできないよ!」

白猫「情けないな……何でもやるんじゃなかったのか?」

男「確かに言ったけど……そっ、それにほら! 僕は学校があるし! テストの勉強もしなくちゃいけないから!」

白猫「しまった、学び舎があったか。……ならば仕方ない、熊は諦めよう」

男「……ふぅ」ホッ

155: 2014/04/13(日) 21:08:24 ID:2NBYfZ82

白猫「代わりに俺が直々に相手をしてやる」

男「ユウシャが!?」

白猫「心配するな。噛みついたりしないから安心しろ」

男「なら、どんなことするの……?」

白猫「お前は俺が飛び掛かってくるのを避けるだけでいい」

白猫「頭、体、手、足、どこかに俺が飛び掛かるから、俺の動きをよく見て避けるんだ」

白猫「これで動体視力と反射神経が鍛えられる。全身運動は体を鍛えるのにも丁度良い」

男「なるほど」

156: 2014/04/13(日) 21:12:00 ID:2NBYfZ82

白猫「お前に避けられたら俺はまたすぐに飛び掛かる、それをまたお前が避ける。これの繰り返しだ。わかったな?」

男「うん」

白猫「よし。じゃあ今日はそれを500本くらいやるか」

男「いきなり500本も!?」

白猫「俺だって疲れるんだ、文句言うな。それともなんだ? 野熊と決闘の方が良かったか?」

男「いっ、いや、わかったよ! お願いします!」

白猫「よし! 行くぞ!」

男「はい!」

157: 2014/04/13(日) 21:14:22 ID:2NBYfZ82

▼数日後/放課後/学校/校舎裏

Q也「オラっ!」ガスッ

男「うっ!」

Q也「もう1発!」ブンッ

男「くっ!」サッ

Q也「テメェ! なに避けてやがんだ!」

男「もうヤメてくれよ、こんなこと……」

Q也「あぁ!? うるせぇぞ! テメェはただ殴られてりゃいいんだよ!」

男「もう十分殴って来たじゃないか! まだやり足りないのかよ!」

D太「そうだよ。お前は一生、氏ぬまで俺らにやられ続ける。それがお前の運命だ」

男「……クズ野郎」ボソッ

158: 2014/04/13(日) 21:16:12 ID:2NBYfZ82

D太「あ? お前、なに調子に乗ってんだ? マジで頃してやろうか?」

N雄「まぁまぁ。さすがに頃すのはマズイ、って」

D太「あぁ!? じゃあこんなカスに調子乗らせたままにすんのか!?」

N雄「俺にキレるな、って。そんなら生意気な口聞けなくなるまで痛めつければいい、って」

D太「……なるほどな。お前の言う通りだわ」

Q也「ぶはははっ! N雄、お前もすっかり鬼畜になってきたな!」ケラケラ

男「…………」

159: 2014/04/13(日) 21:19:11 ID:2NBYfZ82

▼夕方/廃ビル

男「おーい、ユウシャー! ユウシャー!」

白猫「そんなに叫ばないでも聞こえてるよ」

男「あぁ、そこにいたんだ」

白猫「男、ケガが増えてるじゃないか。今日もまた手酷くやられたのか?」

男「え……」

白猫「ん? どうかしたか?」

男「……」


――「やぁ男。今日もまた手酷くやられたのか」


男「……ううん。何でもない。大丈夫だよ」

白猫「?」

160: 2014/04/13(日) 21:22:08 ID:2NBYfZ82

男「今日も筋トレと走り込みと実戦訓練?」

白猫「そうだ。基礎を鍛えて極めれば応用なんかどうとでもなるもんだ」

男「なるほどね。じゃあ早速腕立てから始めるよ」

白猫「……その前にだな」チラッ

男「ふふっ。大丈夫、わかってるよ。ほら今日のご飯、ここに置くね」スッ

白猫「うむむっ!」ガツガツ

男「でも煮干しなんかでいいの? もっと他にも色々あるのに」

白猫「#$&‘▼◎◇*#□!」ガツガツ

男「あーごめんゴメン、あとで聞くよ。ご飯に集中していいよ」

白猫 ガツガツ

男「ふふっ」クスッ

161: 2014/04/13(日) 21:24:17 ID:2NBYfZ82

▼数時間後

男「198……、199……、200……!」ドサッ

白猫「よし、今日の腕立てと腹筋のノルマクリアだ! 次は走り込みいくぞ!」

男「ごめん……その前に……一旦休憩……させて……」ハァ ハァ

白猫「むむむ……仕方ない。少しだけだぞ」

男「あ……ありがとう……」ハァ ハァ

白猫「まったく。まだまだ鍛錬が足りないな」

162: 2014/04/13(日) 21:26:24 ID:2NBYfZ82

男「……ねぇ、ユウシャ?」

白猫「何だ?」

男「ユウシャはこの世界に来て、僕やマオウと出会う前はどこにいて何をしてたの?」

白猫「ずいぶん唐突な質問だな」

男「そういえば僕はユウシャのこと何も知らないなって思ってさ。……会う前からずっとこの辺りにいたの?」

白猫「いや……ここじゃない、でもそう遠くない場所にいた」

男「そうなんだ。この世界に来て大変だった?」

白猫「大変だとかそんなもんじゃない! 勇者として魔王と闘ってて、氏んだら知らない世界で猫になってるんだぞ! あれほど気が動転したのは初めてだ!」

男「あははは。確かにそれは大変だ。マオウとは相討ちだったんだっけ?」

白猫「よく知ってるな。アイツから聞いたのか?」

男「うん」

白猫「まぁ、そのようなもんだ」

163: 2014/04/13(日) 21:30:03 ID:2NBYfZ82

男「マオウもユウシャも同じくらい強かったんだね」

白猫「いや、僅かだがアイツの方が強かったよ。相討ちがやっとだった」

白猫「……って言っても自爆して道連れにしただけだがな」

男「自爆? 爆弾とか?」

白猫「爆薬なんぞアイツに効くかよ! アホか!」

男「僕そんなの知らないし!……じゃあどうやったの?」

白猫「魔法だよ。持ってる全魔力を暴走させて、とてつもない破壊力の爆発を起こす自爆の魔法だ」

白猫「ちなみに勇者である俺だけにしかできない究極魔法なんだぞ」フフン

男「すごいね。伊達に勇者じゃないんだ」

白猫「まぁな。ただ、自分の命と引き換えだけどな」

164: 2014/04/13(日) 21:32:01 ID:2NBYfZ82

男「でもさ、自分も氏んじゃうならマオウを倒せたかわからないんじゃないの?」

白猫「その通りだ。倒せる確信はあったんだが倒した実感は無かったし、もちろん確かめる方法なんてなかった」

白猫「だからこの世界でマオウの気配を感じた時は、今度こそヤツを完全に倒さなくちゃと思ったよ」

男「そっか。それであの時はあんなに食ってかかって来たんだね」

白猫「……いや、違う」

男「え?」

白猫「それだけじゃないんだ。あれは……八つ当たりのようなもんなんだ」

男「どういうこと?」

白猫「せっかくだ。懺悔代わりに聞いてくれ」

男「……うん」

白猫「実は俺……この世界でも人を頃してるんだ」

男「……え?」

165: 2014/04/13(日) 21:35:19 ID:2NBYfZ82

白猫「驚くのも無理は無いな。少し俺の話を聞いてくれ」

白猫「俺がこっちの世界に来たばかりの時、俺はお前と同じくらいの年の女の子に拾われてたんだ」

白猫「餓氏寸前で倒れてた俺を拾って、手厚く看病してくれて、住居や餌まで提供してくれた」

白猫「そいつはお前がマオウを慕うように俺のことを好いてくれたよ。猫としての人生も悪くないなって、この時初めて思った」

白猫「でもある日、アイツが学び舎から泣きながら帰ってきたんだ。……体中に痣や傷をつくってな」

白猫「俺はどうしたのか聞くんだが、いくら話しかけてもアイツはすぐに笑顔をつくって俺の頭をなでてくるだけだった」

白猫「お前みたいに俺の声が聞こえれば良かったんだがな……」

166: 2014/04/13(日) 21:38:57 ID:2NBYfZ82

白猫「それからアイツが泣いて帰ってくる事が日に日に増していった。帰ってからも家でずっと泣いてることもあったよ」

白猫「でもアイツの親は仕事ばかりで、自分の娘のことを何もわかってなかった。気づいてやれたのは俺だけだったんだ」

白猫「腕や足、しまいには顔にも痣をつくって、雨なんぞ降っていないのにずぶ濡れで帰ってきたりした時もあった」

白猫「外で何かされてるのは間違いないんだが、アイツが帰ってくるまで俺はずっと家の中にいさせられて出られなかった」

白猫「でもある日、たまたま部屋の窓が開いていた時があってな、外に出てアイツを探したんだ」

白猫「結局見つからなくて家に帰る事になるんだが……俺は後悔したよ、あの時外に出た事を……」

白猫「…………」

男「……どうしたの?」

白猫「……帰ったらアイツが、……自頃してた」

男「!?」

167: 2014/04/13(日) 21:40:33 ID:2NBYfZ82

白猫「俺がもっと話しかけてやれば、アイツの支えになってやれてたかもしれない」

白猫「俺が出しゃばらずに、いつも通りに家にいれば止められたかもしれない」

白猫「俺は結局何も出来ずにアイツを見頃しにしてしまったんだ……」

白猫「そんな中、お前やマオウに遭遇して、何も出来ない自分への怒りを敵意にしてお前らにぶつけただけなんだ」

男「…………」

白猫「元勇者のくせに実際はこんなもんだ。幻滅しただろ?」

男「ううん。そんなことないよ。むしろ、ゴメンね」

白猫「何がだ?」

男「辛い事、思い出させちゃって……」

白猫「俺が話そうと思ったんだ。男が気に病む必要はない」

168: 2014/04/13(日) 21:41:55 ID:2NBYfZ82

男「それだけじゃなくて、前にユウシャに酷いこと言っちゃったから」

白猫「酷いこと?」

男「うん。ほら、ここで二人で話してた時、キミは何も出来ないクセに……みたいな」

白猫「あぁ……アレか。正直言うとアレはだいぶ堪えたよ」

男「ゴッ、ゴメンね! そんなつもりじゃなかったんだ!」アセアセ

白猫「冗談だ、気にするな。それこそ男は知らなかった訳だし」

白猫「それに……事実だからな」

男「…………」

169: 2014/04/13(日) 21:45:36 ID:2NBYfZ82

男「……でもその話、聞けて良かった」

白猫「こんな無様な話をか?」

男「だって、僕とユウシャは同じなんだってわかったから」

白猫「同じ?」

男「そう。僕たちは同じ罪を背負ってる者同士なんだよ」

白猫「同じ……罪……?」

男「うん」

白猫「……そっか。たしかに、そうかもしれないな」

男「でしょ?」

170: 2014/04/13(日) 21:47:59 ID:2NBYfZ82

白猫「でも俺はお前ほど弱くはないし、泣き虫でもないがな」ニヤリ

男「あっ、言ったな!?」

白猫「事実じゃないか」ニヤニヤ

男「ユウシャなんて僕がいないと何も食べられないクセに!」

白猫「ナッ、ナメるな! お前に頼らなくても餌くらいありつけられるぞ!」

男「あぁ、そう! じゃあもう煮干し持ってきてあげないからね!」

白猫「むむむっ!」

171: 2014/04/13(日) 21:49:33 ID:2NBYfZ82

男「ふんっ!」プイッ

白猫「あっ、いや、待て! お……俺も少し言い過ぎだったかもしれんな!」アセアセ

男「……」ジーッ

白猫「でもこれは冗談って言うか、そんな本気でとらえなくてもいいだろ!」アセアセ

男「……」ジトーッ

白猫「……言い過ぎてすまない。許してくれ。煮干しください」ペコリ

男「ふふっ。わかった、許してあげよう」

白猫「まったく、敵わないな……」

男「ふふふっ」クスクス

172: 2014/04/13(日) 21:50:54 ID:2NBYfZ82

白猫「あー、湿っぽい話はもうやめだ! 修行を再開するぞ!」

男「うん!」

白猫「よーし! 今日の走り込みは50kmだ!」

男「無理無理無理! 無理だって!」

白猫「諦めるな! 強くなる為の覚悟があれば――」

男「出来ないって!」

173: 2014/04/13(日) 21:53:04 ID:2NBYfZ82

▼数日後/夕方/廃ビル

男「ユウシャ! ユウシャ!」ダダダッ

白猫「どうした、騒々しいな」

男「僕、今日また呼び出されて、でも全部当たらなかったんだ! やったよ!」ハァ ハァ

白猫「すまん、全くわからん。落ち着いて話せ」

男「ゴメン、ゴメン」ハァ ハァ

男「……ふぅ、あのね、今日もまたアイツらに呼び出されたんだ」

白猫「ふむ」

男「でもね、アイツらの攻撃全部避けて、ここまで逃げきてやったよ! 今日は一回も殴られてないよ!」

白猫「おぉ! やるじゃないか!」

174: 2014/04/13(日) 21:54:04 ID:2NBYfZ82

男「ユウシャに比べたら全然遅いし、もうアイツらのことも前ほど怖く無いんだ!」

白猫「鍛えてた成果が出てきたな。そこまでできれば上出来だ」

男「うん! ユウシャのおかげだよ、ありがとう!」

白猫「……そんな改めて礼を言うな、照れるだろうが」プイッ

男「あははは」

175: 2014/04/13(日) 21:55:02 ID:2NBYfZ82

白猫「それじゃ、今日で最後の試練だ。これをクリアすればお前はもう一人前になれる」

男「うん! 何をすればいいの!?」ワクワク

白猫「…………」

男「どうしたの?」

白猫「……男」

男「何?」

白猫「俺を殺せ」

男「……え?」

176: 2014/04/13(日) 21:56:48 ID:2NBYfZ82

男「殺せって……どういうこと……?」

白猫「そのままの意味だ。俺を頃すんだ」

男「ちょっと待ってよ……、何言ってるの?」

白猫「頃し方は問わない。お前に任せる。どんな方法でもいいから――」

男「ちょっと待って! 勝手に話しを進めないでよ!」

177: 2014/04/13(日) 21:57:50 ID:2NBYfZ82

男「何だよそれ、何でそんなことしなくちゃいけないんだよ!」

白猫「それが、お前の師である俺の宿命だからだ」

男「だから何でなんだよ! 宿命とか意味わからないよ!」

白猫「男、前に強さって何だと聞いたのを覚えてるか?」

男「……覚悟が必要って話でしょ」

白猫「そう。これはその覚悟を心に刻む為の試練なんだ」

178: 2014/04/13(日) 21:59:30 ID:2NBYfZ82

白猫「これも前に話したよな、俺は強くなる為に人を頃したことがあるって」

男「……うん」

白猫「あの時は少し誤魔化して話したけど、実はそれな、本当のことなんだよ」

男「……どういうこと?」

白猫「そのままだ。強くなる為に頃したんだよ。……自分の兄貴を」

男「!?」

179: 2014/04/13(日) 22:04:14 ID:2NBYfZ82

白猫「人はいきなり強くなれる訳じゃない。心は特にそうだ」

白猫「やむをえず人を頃すことになったらそれができるか。その後、人頃しの罪に耐えられるか」

白猫「やわな心じゃそんなことできないし耐えられるはずも無い」

白猫「なら心はどうやって鍛えるのか、どうやって強くするのか」

白猫「一番手っ取り早く効果的なのは、罪を負わせることだ」

白猫「勇者となる者に自分の師を殺させ、その罪悪感を魔王討伐の為の覚悟に替えさせる」

白猫「人を頃すことを経験させることもできて一石二鳥だしな」

白猫「俺のいた世界では、勇者となる者はそうやって鍛えられてきた」

男「まさか……」

白猫「……そう。俺の場合はそれが兄貴だったんだ」

180: 2014/04/13(日) 22:06:33 ID:2NBYfZ82

白猫「これも話したな。俺のいた村は魔族に襲われて滅んだって。親は目の前で食い殺され、無残なものだったよ」

白猫「唯一生き残りだった俺と兄貴は、王都の軍に拾われてからずっと二人で生きてきたんだ」

白猫「俺たちは魔族を憎んでた。だから兄貴は俺を勇者にする為に俺が幼い頃から徹底的に鍛え始めた」

白猫「そして、勇者に覚悟を持たせる最後の試練の理に倣って……兄貴は俺に自分を殺させたんだ」

男「何だよそれ……そんなの、おかしいよ!」

白猫「俺も初めて聞かされた時はお前のように泣いて喚いたよ。何でそんなことしなくちゃいけないんだって」

白猫「そしたら兄貴は笑って言ったよ。“お前を勇者にさせると決めた時からもう覚悟してる”って……」

181: 2014/04/13(日) 22:08:16 ID:2NBYfZ82

白猫「俺も今ならわかる。お前を鍛えようと決めた日から決めてたからな」

男「ちょっと待ってよ! 違う! 違うんだよ! 僕はそんなんじゃないんだよ!」

白猫「何が違うんだ?」

男「僕は……僕はユウシャを利用してただけなんだ!」 

白猫「…………」

男「僕が強くなりたかったのは……本当はマオウの仇を討ちたかったからなんだ!」

182: 2014/04/13(日) 22:18:49 ID:2NBYfZ82

男「助けてあげられなかった……だから、せめてマオウが受けた痛みをあいつらに教えてやりたかった……」

男「そのために強くならなくちゃって……だから僕は……ユウシャのことを利用したんだ……」

白猫「…………」

男「ユウシャの教えてくる修行は根性論ばっかりで大変だったよ……。でもマオウの仇を討つ為ならと思って、必氏になって鍛えた……」

男「けどね、ユウシャと一緒にいるのが、マオウといた時みたいに楽しくなってたんだ……」

男「いつか言おうと思ってた……利用してゴメンって……、だけど友達でいて欲しいって……」

男「だから……ユウシャを殺さなくちゃ強くなれないなら僕は弱いままでいい!」

男「僕はまた僕のせいで友達を失いたくないんだよ!」

男「僕にはできないよ……、僕にそんなこと……させないでくれ……」

白猫「…………」

183: 2014/04/13(日) 22:23:30 ID:2NBYfZ82

白猫「……すまなかった」

男「……?」

白猫「俺はお前に勇者としての強さを求め過ぎていた。この世界には魔王がいる訳でも無いのにな」

男「ううん。僕の方こそゴメン……期待に応えられなくて……あと、騙してて……」

白猫「そんなこと気にしてない。でも俺はお前に過度にやらせ過ぎだったな。本当にすまない」

男「ユウシャは悪くないよ。悪いのは全部僕が弱いせいだから……」

白猫「そんなに卑下するな。俺はお前を弱いと思ったことはないよ」

男「え……?」

白猫「お前は弱いんじゃない。優しすぎるんだ」

白猫「ただの野良猫を友人と思ってくれて、毎日のように餌まで持ってきてくれるんだからな。お人好しにも程がある」

男「…………」

184: 2014/04/13(日) 22:27:32 ID:2NBYfZ82

白猫「それにな、お前が復讐心を持ってるのには気づいてたよ」

男「……うん」

白猫「でもな、マオウはお前に復讐者なんかにはなって欲しくないと思ってるぞ」

男「何でユウシャにわかるの?」

白猫「前にアイツと話した時があってな、その時言ってたよ」

白猫「『男は憎しみを抱えてる。それを何とかしてやりたい。笑って過ごせるようにしてやりたい』、ってな」

男「マオウが……」

白猫「そんなこと言う奴が復讐をして欲しいなんて望むと思うか? それよりもアイツはきっと、お前に笑って生きられるようになって欲しがってるはずだ」

男「そっか……」

185: 2014/04/13(日) 22:30:25 ID:2NBYfZ82

白猫「それでもまだお前が本気で復讐したいってなら、俺を頃していけ」

白猫「俺はお前が強くなる為なら氏んでも構わない。そう思いながら今日までやってきたんだ」

白猫「それにこれが、マオウの気持ちを知っててお前をここまで育てた俺の贖罪だ」

男「…………」

白猫「どうだ、やるか?」

男「……ううん。もういいよ。マオウが望んでないなら、その為にユウシャを殺さなくちゃいけないなら、僕はやらない」

男「悔しい気持ちは消えないけど……今はもう、ユウシャがいてくれればそれでいいから」

白猫「……そうか、わかった」

男「ユウシャ」

白猫「何だ?」

男「ありがとう」

白猫「……何がだ?」

男「ふふっ。色々とだよ。ありがとう」クスッ

白猫「……ふん」

186: 2014/04/13(日) 22:31:32 ID:2NBYfZ82

白猫「さて、じゃあ始めるか」

男「え?」

白猫「何を驚いてるんだよ。今日の修行だよ。……やるだろ?」

男「うん!」

白猫「よーし! 今日も徹底的に鍛えてやるからな!」

男「うん! お願いします!」

187: 2014/04/13(日) 22:52:03 ID:2NBYfZ82

▼数日後/学校/校舎裏/昼休み

N雄「なぁ! 購買のカレーパンがマジでウメェ、って! やべえ、って!」

Q也「お前はいつも楽しそうでいいな。俺は最近一日がつまんなくてよぉ……」

D太「彼女と遊びに行きゃいいじゃねぇか、停学も終わったんだろ?」

Q也「そうなんだけど、アイツ当分学校休むって。つーかしばらく誰とも会わないってさ……」

D太「はっ、何それ? どうした?」

Q也「昨日の帰りにいきなり野良猫に噛みつかれたらしくてさ、それがスッゲェ痕になっちまったから誰にも見られたくないんだと……」

N雄「うわぁ……それ悲惨だな、って」

188: 2014/04/13(日) 22:55:11 ID:2NBYfZ82

D太「そういや前に、お前も顔噛まれてたよな。似た者同士かよ」

Q也「うっせーぞ!」

D太「冗談だよ。キレんなって」

Q也「あー! あのクソ猫のこと思い出したらムカついてきたわ!」

D太「イラってんならアイツでも呼び出してサンドバックやるか?」

Q也「……面倒だからいいや。あー、マジで何か楽しいことねぇかなー」

N雄「じゃあQ也の彼女の為にさ、こんなんはどうだ、って」

Q也「んぁ?」

N雄「その猫さんに復讐してやるんだ、って」

189: 2014/04/13(日) 22:57:27 ID:2NBYfZ82

Q也「復讐って、ずいぶん大げさだな……」

N雄「何言ってんだ、って。女の子の顔に傷をつけるなんて許せない猫だ、って!」

Q也「……そうだな。俺の大事な彼女をキズものにしてくれたんだ。例え猫だろうと落とし前をつけてもらわなきゃな」

N雄「そうそう! そうだ、って!」

Q也「でもよ、野良猫なんてそこら中にいっぱいいるのにドンピシャで見つかるか?」

D太「そんなの気にする必要無ぇだろ。野良のクソ猫なんぞ片っ端から頃してやればいいんだよ」

N雄「そうそう! どうせ保健所で処分される運命だし! それに正義は俺らにあるんだ、って!」

Q也「……そうだな。俺も噛まれたの思い出してムカついてっし、やっちまうか!」

D太「一応お前の彼女にその猫の特徴ぐらい聞いておけよ」

Q也「わかった。とりあえずメールしてみるわ」

190: 2014/04/13(日) 22:59:04 ID:2NBYfZ82

Q也「お前のこと……噛んだ……猫の……特徴って……何……、っと」ポチポチ

N雄「お前の代わりに復讐してやるって書いておきな、って。きっと喜ぶ、って」

Q也「おぉ、さすがN雄。よく気がつくじゃねぇか」ポチポチ

N雄「うへへ。照れる、って」

Q也「返信早っ。もうメール来たわ。……こんな感じだってさ」

191: 2014/04/13(日) 23:04:02 ID:2NBYfZ82


『おはよー☆(^O^)
メールしてくれてありがとう♪

昨日は本当にマヂで最悪!
あのクソ猫、超本気で許せない!
復讐ゼッタイにヤッテよね!

特徴はねー……突然だったから白い猫ってことぐらいしか覚えてないの(T-T)
ゴメンね……、私、ダメな彼女で…・…。

あっ! でもね! イッコだけ特徴ある!
すごくわかりやすいよ!

目がね、赤いの!
リンゴみたいに真っ赤だった!』

192: 2014/04/13(日) 23:07:43 ID:2NBYfZ82

▼夕方/街中

白猫 スタスタ

白猫(ん、あれは……?)



「おい! あの猫そうじゃね!?」

「あれは白ってよりクリーム色だ、って。目もそんな赤くなさそうだし違う、って」

「クズ猫なのはどれも同じだろ。とりあえず石投げておくか」ブン

「ニ゛ァ!」バシッ

「おっ。当たった当たった」

「D太、コントロール抜群過ぎだ、って……」

「当たり前だ。元球児をナメんなっての」

193: 2014/04/13(日) 23:09:11 ID:2NBYfZ82

「ほらQ也、お前も投げてみろよ」

「でも俺じゃ当たるかわかんねぇぞ……」

「いいからいいから」

「そうだ、って。さっきのイライラもまだ解消してなかったでしょ、って」

「そういやそうだな……うへへへ、やっちゃるか」

「その意気だ、って!」



白猫(……なんて性根の腐った奴らだ)

白猫(こういう奴らがいるから男もマオウも……アイツだって……)

白猫(……いや、今は感傷に浸ってる場合じゃ無いか)

白猫 タッタッタッ

194: 2014/04/13(日) 23:10:22 ID:2NBYfZ82

Q也「よーし、じゃあいくぞ。Q也選手の第一球、大きく振りかぶって――」

――ガブッ!

Q也「痛ぇ!!」

白猫「シャーッ!」

Q也「んだよこのクソ猫が!」

D太「待て、Q也!」

Q也「あぁ!?」

D太「見てみろ。赤目の白猫……間違いない、こいつだ」

195: 2014/04/13(日) 23:14:40 ID:2NBYfZ82

▼街/路上

男(はぁ……まさか今日の体育が10キロマラソンだったなんて……疲れたなぁ……)

男(でも僕が学年で10位以内に入れたなんて、運動部の人たちも驚いてたな)

男(ユウシャも知ったら驚くかな、喜んでくれるかな)

男(だけど、今日は走り込みの修行だけはやめてもらおう……さすがに疲れて氏んじゃうよ)

男(早くユウシャのところ行かなきゃ……、あっ)


「ようやく大人しくなったか、このクソ猫」

「痛ってぇ……また顔噛まれたし……もう何度目だよ……」

「大丈夫だ、って! 俺ら若いからスグ傷もなくなる、って!」

「あーもう! イラつくぜ!」

「何やってんだよお前らは……」


男(アイツら、学校サボってまた何か変なことやってんのか……)

男(……あれ、……あそこにいるの……まさか!?)

男 ダッ

196: 2014/04/13(日) 23:19:39 ID:2NBYfZ82

▼街/路地裏

D太「さて、こいつの処分を決めないとな。何がいい?」

Q也「燃やしてやろうぜ! こんなクソ猫は地獄行きだ!」

N雄「まぁこの猫ちゃんの罪深さからしたら仕方ないな、って」

男「お前ら何やってんだ!」

D太「あ? なんだ、お前かよ。見りゃわかんだろ。クソ猫退治だ」

白猫「…………」

男「ユウシャ!」ダッ

197: 2014/04/13(日) 23:27:42 ID:2NBYfZ82


男はユウシャのもとに走り、その身を抱きかかえた。

体は土まみれで汚れ、真っ白だった毛並みも裂傷による流血で所々が赤く染まっていた。

鋭く立派だった歯はいくつも折れて口からも出血している。


白猫「…………」

男「そんな……しっかりしろユウシャ! 僕だよ、男だよ!」

白猫「おと……こ……」

D太「おいおいマジかよ。このクソ猫の飼い主もお前かよ」

Q也「こいつが俺の彼女の顔に噛みついて傷つけやがったんだぞ! どう責任取ってくれんだ!? あぁ!?」

男「うるさい! 知るかよそんなこと!」

198: 2014/04/13(日) 23:29:04 ID:2NBYfZ82

Q也「あぁ!? ふざけんじゃねぇぞテメェ!!」

男「ふざけてんのはお前らだろ!」

Q也「何だと!?」

男「そんな女のことなんて知るかよ! どうせユウシャに何かしようとしたんだろ! 自業自得だ!」

Q也「調子乗ってんじゃねぇぞ! テメェから先に頃してやろうか!?」

男「やれるもんならやってみろよ!」

Q也「!?」

男「弱い者しか相手にできない卑怯で臆病なお前らが本当に人を殺せんのかよ!」

Q也「な……なんだとぉ!?」

男「そんな覚悟も度胸も無いクセに吠えるな!」

199: 2014/04/13(日) 23:30:42 ID:2NBYfZ82

D太「おい男。その言葉、俺にも言えるか?」

男「あぁ、言えるよ」

D太「はっ、開き直れば俺らが怯むと思ったか? 甘ぇよ、望み通りに頃してやるよ!」

男「……なら刺し違えてでも、僕もお前らを頃してやる!」

白猫「男……ダメだ……」

男「!?」

白猫「俺は、もういいから……お前は……に、逃げ……るんだ……」

男「そんなことできるわけないだろ!」

200: 2014/04/13(日) 23:32:14 ID:2NBYfZ82

D太「は? いきなり何言ってんだテメェ」

白猫「これはな……俺が撒いた……種なんだ……俺の方が……自業……自得って……ヤツなんだ……」

男「そんな……でも……」

D太「何ボソボソ喋ってんだよ。氏ぬのが怖くてイカれたか?」

Q也「ぶははっ! お前の方こそ臆病じゃねえかよ! やっぱお前は俺らに虐められてんのが似合ってんよ!」

N雄「カッコつけるのはヤメて土下座でもして許してもらえ、って。だけどその猫ちゃんは俺らが預かるけど
な、って」

男「絶対にユウシャは渡さない……渡すもんかよ!」

D太「じゃあ奪い取るしかねぇな」

男「…………」

201: 2014/04/13(日) 23:36:17 ID:2NBYfZ82

男「……ユウシャ」ボソッ

白猫「?」

男「少し揺れるけど、我慢してて……」ボソッ

白猫「…………」

男「うっ、……うおおおぉぉぉぉ!!」ダッ

D太「おっと」ヒョイッ

Q也「あぶね!」ヒョイッ

N雄「いだっ!」ドシン

Q也「ぶははっ。そんなバレバレな体当たり、当たるかっての!」


男 タッタッタッ


D太「違ぇ! アイツ、逃げやがったんだ! 追うぞ!」ダッ

Q也「おう!」ダッ

N雄「いたた……ちょっ、ちょっと待て、ってー!」ダッ

202: 2014/04/13(日) 23:37:56 ID:2NBYfZ82

▼街/路地裏/ビルの陰


「クソッ! あの野郎どこ行きやがった!」

「俺らをナメやがって! ぜってー捕まえてやる!」

「まだそこら辺にいるはずだ! 探すぞ!」

「おう!」

「待て、って……2人とも速すぎる、って……」ゼェゼェ


男「ハァ! ハァ!」ゼェ ゼェ

白猫「…………」

男「ユウシャ……大丈夫……?」ハァ ハァ

白猫「…………」

男「ユ……ユウシャ!?」

白猫「だ……大丈夫だ……まだ、なんとか……生きてる」

男「よかった……」ホッ

203: 2014/04/13(日) 23:39:40 ID:2NBYfZ82

男「でも怪我が酷い……アイツら、ふざけやがって!」

白猫「…………」

男「すぐ病院連れてってあげるから! ユウシャ、頑張れよ!」

白猫「……なぁ……男」

男「クソッ、まだ近くにいやがる! さっさとどっか行けよ!」

白猫「お……男!」

男「えっ!? どうしたの!? ゴメン、痛かった!?」

白猫「違う……。男に、頼みが……あるんだ」

男「頼み? 何?」

白猫「……俺を……頃してくれ」

204: 2014/04/13(日) 23:41:17 ID:2NBYfZ82

男「何言ってるんだよ! そんなことする訳ないだろ!」

白猫「もう……ほとんど……目が、見えてない……今に、意識も……落ちそうだ」

白猫「俺はもう……もちそうに……ない……」

男「なに弱気になってるんだよ! すぐ病院に連れてくからそんなこと言うな!」

白猫「それだけじゃ……ないんだ」

男「もうしゃべるなって! 傷が――」

白猫「いいから……聞け!」

男「!?」

205: 2014/04/13(日) 23:45:22 ID:2NBYfZ82

白猫「前に……俺を慕ってくれた女が……自頃したって……話したよな……」

白猫「俺は……知っちまったんだ……アイツを自殺に……追いやった奴を……」

白猫「だけど……そいつは……まったく、反省してなくて……俺は……」

白猫「怒りにまかせて……復讐しちまった……」

白猫「顔に噛みついて……二度と、消えないような……傷痕を……つけてやったんだ」

男「…………」

白猫「あれだけ……お前に言ってたクセに……俺自身が、復讐に……とらわれちまった……」

白猫「こんな俺はもう……勇者なんかじゃない……」

男「わかったよ……わかったからもうしゃべるなって!」

白猫「まだだ……最後まで、聞け」

206: 2014/04/13(日) 23:47:44 ID:2NBYfZ82

白猫「アイツらは……その、報復に……きたそうだ……」

白猫「もしここで……生きながらえても……またアイツらは俺に……報復をしに、来る……だろう」

白猫「……アイツらにやられて……お前のいない……所で、氏ぬなんて……そんなのは……御免だ……」

白猫「……あんなヤツらの為に……氏ぬくらい、なら……俺は…………お前を、強くする為に……氏にたい」

白猫「……お前の師として……友として……誇り高く、氏に……たい……」

男「ユウシャ……」

白猫「わかって……くれるよな……?」

207: 2014/04/13(日) 23:50:10 ID:2NBYfZ82

男「そんなの……そんなのヤダよ! わからないよ! わかりたくないよ!」グスッ グスッ

白猫「泣くな……よ……強くなり、たいんだろ……?」

男「言ったじゃないか! 僕はそんなことしたくないって!」ポロポロ

男「ユウシャがいてくれればそれでいいんだって、言ったよね!?」ポロポロ

男「なのにユウシャまで僕を一人にするのかよ! ヤダ! そんなのヤダ!」ポロポロ

男「もう一人はイヤだ! お願いだから氏ぬなんて言うなよ!」ポロポロ

白猫「男……」

白猫「……ゴメンな」

208: 2014/04/13(日) 23:52:33 ID:2NBYfZ82

男「ユウシャ……」グスッ グスッ

白猫「ゴメン……」

男「何でだよ……何でこんなことになるんだよ……」グスッ グスッ

男「僕が強くないから……こんなことになるんだ……」グスッ グスッ

男「僕が結局、何もできないから……こんなことに……ゴメンね……」グスッ グスッ

白猫「お前は何も……悪くない……」

白猫「ただ……マオウも……俺も……運が悪かっただけだ……」

白猫「勇者と、魔王が……まさか……猫なんかに……生まれ変わるんだ、もんな……」

白猫「俺たちが……弱くなっちまったのが……悪いんだ……」

男「ユウシャ……ユウシャ!」ガバッ


ユウシャの体を強く抱きしめると今にも止まりそうなほど微かな鼓動と細かい息遣いが僕に伝わってきた。

体温もどんどん低くなっていく。……氏が近いんだ。

ユウシャがもうもたないと言ったのが本当だとわかった。

209: 2014/04/13(日) 23:55:16 ID:2NBYfZ82

男「ユウシャもマオウも悪くない! 二人とも弱くなんかない!」ポロポロ

男「僕が……、僕が……!」ポロポロ

白猫「……まったく、お前は……まだまだ泣き虫だな……」

男「うぅ……」ポロポロ

白猫「お前に、ずっと……言おうと、思ってた……ことがある……」

男「……何?」グスッ

白猫「初めて会った時……マオウのこと……悪く言ってゴメンな」

男「そんなのもう……もう気にしてないよ……」グスッ グスッ

男「ユウシャ……わかってくれたから……」グスッ グスッ

白猫「よかった……。それと……今まで……ありがとよ……」

白猫「お前が……持ってくる……煮干し……最高に、うまかっ、た……ぜ……」

男「うん……うん……」ボロボロ

白猫「お前とも……出会えて……よかったよ……」


男「魔王猫と僕」【後編】

引用: 男「魔王猫と僕」【 完全版 】