210: 2014/04/14(月) 00:00:01 ID:WJJ/mjgM

男「魔王猫と僕」【前編】

白猫は男の目を見つめた後、身を震わせながら少しだけ顎をあげて、か細い喉元を晒した。


男は震える両手でゆっくりと白猫の首を掴み、声無く「ゴメン」と呟いた。

白猫は泣き止まぬ男に微笑みかけて首を横に振り、目を閉じた。

そして小さく息を吸い込み、男に叫ぶ。


白猫「さぁ……やれ……男!」

男「―――――――――!!」


男は声にならない声で叫び、意を決して両手に力を込めて白猫の首を絞めた。


――ゴキッ!


何かが弾けるような、はたまた砕け散るような音が鳴る。

それは白猫が息絶えたことを証明する生命の音だった。


211: 2014/04/14(月) 00:01:19 ID:WJJ/mjgM










男「うぅ……うああぁぁ……あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」











212: 2014/04/14(月) 00:04:20 ID:WJJ/mjgM

胸の鼓動が激しくなり、心臓が張り裂けんばかりに縮小と膨張を繰り返して脈動し始めた。

血液が濁流となり体中を駆け巡る。

体の内側の、深い奥底から熱い何かがゆっくりとこみ上げてくる。

体の中が熱くて苦しい。

内側からこの身を焦がすような熱が炎のように燃え盛り、この身を苦しめる。

これは僕の怒りによる、僕を断罪する地獄の業火だ。

僕は罪を犯した。

親友を頃した罪だ。

この世で最も大切な者を二人も自分の因果で頃してしまった。

その贖罪と懲罰がこの痛みと苦しみだ。

213: 2014/04/14(月) 00:07:27 ID:WJJ/mjgM

灼熱の業火に焦げ尽くされていく心身とは裏腹に、僕の頭の中は妙に青く澄み渡っていた。

彼らの氏の原因は何だ。

それは僕が弱かったからだ。

僕がもっと賢ければ。

僕がもっと強ければ。

僕がもっと覚悟を持っていれば。


僕がもっと。


僕がもっと僕がもっと。


僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと。


僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと。


僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと。

214: 2014/04/14(月) 00:10:39 ID:WJJ/mjgM


僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと……。


215: 2014/04/14(月) 00:29:02 ID:WJJ/mjgM

尽きることのない自問自答を幾重にも繰り返したその果てに僕は、とある答えに辿り着く。

僕にはもう何も残っていない。

守りたいものはもう全て失ってしまった。

むしろ、これから得るであろうもの全てを失ってもいい。

それらを犠牲にしてでも僕にはやるべきことができた。

友人たちの思いや願いを反故にすることになるがそれでも厭わない。

この固い決意こそが、彼の言っていた“覚悟”であると確信している。

まずは何よりも先に、不器用だが勇敢で他人思いだったこの白猫を弔おう。

嫌がるかもしれないけど、あの黒猫の隣に……。


瞳からはもう涙は出てこなかった。

頬を伝っていた雫を片手でぬぐい、胸で安らかに眠る冷たい白猫を抱きかかえながら僕は再び歩き始めた。


218: 2014/04/14(月) 20:40:23 ID:WJJ/mjgM

▼深夜/男宅/リビング

――ガチャッ

男「…………」

母「あれ。アンタもう寝てるかと思ったのに。電気も付けずに何してんの、気持ち悪い」パチッ

男「……おかえり母さん。ずいぶん遅かったね」

母「はぁ? 私がどこにいようがアンタに関係ないでしょ」

男「……そうだね」

219: 2014/04/14(月) 20:45:40 ID:WJJ/mjgM

母「ちょっとアンタ! 何でご飯置いといたのに食べてないのよ!」

男「ご飯?」

母「ここに置いてあるでしょ! 冷蔵庫に何も入ってないから買ってやったんじゃない!」

男「あぁこれか。ゴメン、気づかなかったよ。……でもお腹空いてなくてさ」

母「空いてる空いてないって問題じゃなくて、勿体ないでしょ! それだってタダじゃないのよ!」

男「なら母さん食べていいよ」

母「何よその言い方! アンタの為に置いといてやったんでしょうが! そんなのもわからないの!?」

男「…………」

220: 2014/04/14(月) 20:53:23 ID:WJJ/mjgM

母「アンタって本当に全然言うこと聞かないわよね! 本気でどうしようもないわ!」

男「…………」

母「制服もボロボロで汚ならしいわ、髪もボサボサだわ、身なりくらいちゃんとしなさいよ! 私まで変に見られるじゃない!」

男「…………」

母「せっかく買ってやった食べ物も粗末にするわ! 本当に何なのよ!」

男「…………」

母「アンタも私みたいに働いてみなさいよ! ガキだからって甘えてんじゃないわよ!」

男「…………」

母「それすらもできないクセにまだワガママ言ってんなら、アンタなんかさっさと氏んじゃえばいいのよ!」

男「…………」

母「アンタ聞いてんの!? ねぇ!?」

男「…………」

221: 2014/04/14(月) 20:55:07 ID:WJJ/mjgM

男「…………」

男「…………」

男「…………」

男「……ろよ」ボソッ

母「はぁ!? 何!?」

男「……なら……前……みろよ」ボソボソ

母「聞こえないわよ! 言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!」

男「そんなに氏んで欲しいのなら……お前が頃してみろって言ってんだよ!」

222: 2014/04/14(月) 21:07:55 ID:WJJ/mjgM

母「なっ、何をムキになってるのよ! 声も大きいし! もう夜なんだから静かにしてよ!」

男「何が僕の為だよ……お前が今までに本当に僕の為を思って何かしたことあったかよ!」

男「これだって何だよ、コンビニのおにぎりひとつって! こんなのどうせお前がただ食い残した分だろ! ふざけんなよ!」

母「ふざけてるのはアンタでしょ! あるだけ感謝しなさいよ!」

男「何に感謝しろって言うんだよ! 本当にわかってんのかよ、この家には何も無いって! 冷蔵庫にも台所にもどこにも、昔からずっと食べれる物がろくに無いんだぞ!」

男「その中で小さい頃から飢えを耐え凌いできた僕の気持ちがお前にわかるか!?」

母「そんなこと知らないわよ! ここに住まわしてやってるだけでありがたく思いなさいよ!」

男「この家は父さんがお前と離婚した時に置いてった家だろ! お前が威張りちらして言うことじゃない!」

男「僕の学費だって父さんが養育費代わりに払ってるじゃないか! お前が僕のために何をしてくれてるんだよ!」」

母「うるさいわね! アンタに何がわかるのよ!」

男「わかってんだよ! 僕は全部知ってんだよ!」

母「何がよ!」

223: 2014/04/14(月) 21:16:33 ID:WJJ/mjgM

男「全部言ってやろうか!?」

男「父さんは自分勝手なお前が嫌になって他の女の所に出ていったこと!」

男「お前が父さんと離婚して多額の慰謝料をもらったこと!」

男「なのに僕の学費とは別にさらに養育費を毎月もらってること!」

男「その金を好きなように使って遊んでる上に、いい歳して職場や飲み屋で男を漁ってること!」

男「そしてお前が僕を本気で邪魔だと思ってること!」

男「全部知ってるんだよ! わかってんだよ!」

母「…………」

男「どうだよ! 何か間違ってるなら言ってみろよ!」

母「……チッ」

224: 2014/04/14(月) 21:27:54 ID:WJJ/mjgM

男「……中学の時、僕はこの家を出ようと思って、一度だけ親戚を頼って父さんに会いに行ったことがある」

男「ずいぶん遠い所に住んでたよ。まさか僕が来るなんて思ってなかっただろうから、父さんはすごく驚いてた」

男「ちなみに父さんは再婚して、新しく子供も作って、幸せそうに暮らしてたよ」

母「…………」

男「父さんは僕を見ると、無言で家の中に戻って何かを持ってきた。……封筒だった」

男「その封筒を投げつけられて、こう言われたよ。『それをやるから、もう俺と俺の家族に二度と関わるな』って」

男「金の無心をしに来たと思われたのかな、中には20万円入ってた」

男「それを……まるで汚いものでも見るような目で、投げつけてきたんだ……」

母「…………」

225: 2014/04/14(月) 22:06:21 ID:WJJ/mjgM

男「方や嫌悪憎悪の塊で……、方や絶縁してもう無関係と決め込んで……」

男「何なんだよ……何なんだよ……この家は! お前らにとって家族って何だったんだよ!」

男「お前は何で僕を産んだんだよ! 何の為に僕を産んだんだよ!」

男「養育費目当てか!? ストレスの捌け口か!? それともペット感覚で産んでみたっていうのか!?」

男「どうせそんな所だろ!? 違うなら何か言ってみろ!」

母「…………」

男「ほら……やっぱり、そんな所か……」

226: 2014/04/14(月) 22:26:57 ID:WJJ/mjgM

男「……ふざけるなよ。お前が僕を産んだせいで、僕はこの世界で生きなくちゃいけなくなったんだぞ」

男「お前が僕を産んだせいで、僕がどれだけ苦しんできたか……どれだけ惨めに生きて来たか!」

男「そんなこともわからないしわかろうとしない、責任も愛情も持てない奴らが子供なんてつくってんなよ!」

男「お前らみたいな奴らが僕を産もうすること自体おこがましい間違いなんだよ!」

男「こんなのは家族なんかじゃない! 僕には家族なんて存在は元から無かったんだ!」

男「お前が僕を産んだせいで、僕は生まれたその瞬間からずっと独りにさせられたんだ!」

母「…………」

――カチッ、シュボッ

母 スゥー…ハァー

母「……で、何なの?」

227: 2014/04/14(月) 22:38:38 ID:WJJ/mjgM

母「アンタを産んだ理由が知りたいの? はっきり言おうか? それね、全部正解」

母「そんなに嫌だったならこの家出てけばよかったのに」

母「っていうか、さっさと出てってよ。アンタがいると男が寄り付いてもここに呼べないから邪魔なの」

母「バツがあろうと子を産んでようとね、女は一人なら大体上手くやれるのよ」

母「なのにアンタがいるだけで何にも上手くいかないったらありゃしない!」

母「アンタがいるせいで本気で惚れた男に逃げられたこともあったわよ!」

母「何度アンタを頃してやろうと思ったか! 違うわね! 今でも思ってるわ!」

男「だから言ってんだろ! そんなに僕が憎いんならお前の手で僕を頃してみろよ!」

母「はぁ!? 何で私がそんなことしなくちゃいけないのよ! バカじゃないの!? そういうところ生意気な所が大嫌いなのよ! 氏ねクソガキ!」

母「だいたいアンタねぇ、さっきから親に向かって――」

男「やめろ!!」

母「!?」ビクッ

男「今更母親面するな。お前をもう母だなんて思ってない。お前が僕を自分の子だと思ってないようにな」

母「……チッ」

228: 2014/04/14(月) 22:45:23 ID:WJJ/mjgM

男「話を戻すけど、いいからやってみてよ。動かないであげるから好きに僕を頃してみてよ」

母「だから何でそんなのことしなくちゃいけないのよ、馬鹿らしい」

男「なんだ、結局口だけか。臆病者だよ、お前も」

母「アンタを頃して捕まるほど馬鹿じゃないって言ってんのよ! じゃなけりゃアンタをもう百回は頃してるわよ!」

男「……なるほどね。仕方ないな、じゃあ代わりに僕がやってあげるしかないか」ガシッ

母「アンタ、ほっ、包丁なんて持って、何する気よ!」

男「勘違いするなよ。これはお前の願いを叶えてやる為のものだから」

母「はぁ?」

男「これを僕のお腹に思いっきり突き刺して氏んであげるよ」

229: 2014/04/14(月) 22:46:18 ID:WJJ/mjgM

男「僕に氏んで欲しいんでしょ?」

母「どうせ本気じゃないクセに、ばっ、馬鹿らしい!」

男「……僕の目を見て言えよ」

母「は?」

男「僕の目が冗談で言っているように見えるか? しっかりとこっちを向いて言ってみろよ」

母「やっ、やれるもんならやってみなさいよ! 氏にたいならさっさと氏ねば!?」

男「…………」

母「ほら見て言ってやったわよ! 早くしなさいよ!」

男「……後悔するなよ?」

―― ドスッ!

母「!?」

男「うぅ……」ドサッ

230: 2014/04/14(月) 22:47:42 ID:WJJ/mjgM

母「あ……あっ……」

男「……いっ……痛い……痛い……母さん、助けて……」

母「そんな……嘘でしょ」

男「母さん……痛いよ! 早く助けて! 痛いよぉ!」

母「……わよ」

男「救急車……呼んで……早く! 痛い! 氏んじゃう!」

母「……知らない! 私、知らないわよ! 私のせいじゃない!」

男「痛い! 痛いよ! 痛いよ! 早く、母さん! 早く助けて!」

母「アンタが勝手にやったことでしょ! 助かりたいなら自分で何とかしなさいよ!」

男「母さん……助けて……」

231: 2014/04/14(月) 22:49:24 ID:WJJ/mjgM

母「私は知らないから! 私のせいじゃないから! 悪いのはアンタなんだから!」

母「氏にたいのなら勝手に氏になさいよ! 私を巻き込まないでよ!」

母「何なのよアンタは! どれだけ私に迷惑かければ気が済むのよ!」

母「だからアンタなんか大嫌いなのよ! 氏ねよ! 今すぐ氏ね!」

母「氏ぬんなら一人で勝手に氏ねよ!!」

男「母さん……」

男「…………」

男「…………」

男「……ぷっ、くくっ」クスクス

男「あははははははははははっ!」ケラケラ

母「……え?」

232: 2014/04/14(月) 22:56:43 ID:WJJ/mjgM

男「嘘だよ」

母「嘘って……何が……?」

男「だから嘘だって。ほら」ドサッ


男は服の中から、穴の開いた漫画雑誌を取り出し、包丁と一緒に机の上に放り投げた。

雑誌には厚さの半分にも満たない程の穴が開いている。

包丁は刃先が少し曲がってしまったようだ。

母は腰を抜かしたかのようにその場にへたり込んでしまい、心ここにあらずというように呆然と目の前を見つめていた。


男「刺してなんかないってこと」

母「は……? どういうこと……?」

男「お前を試したんだよ。ほら、刺さってないでしょ?」

母「……アンタ、こんなことして、何がしたいのよ……」

233: 2014/04/14(月) 23:17:25 ID:WJJ/mjgM

男「お前の本心を確かめたかっただけだよ。毎日僕に氏ねだとか言うから、本当に氏のうとしたらどうするのか試してみたくてさ。驚いた?」

母「ふざけないでよ……」

男「ふざけてなんかない。……おかげで、心おきなく事が進められるよ」

男「それに良かったじゃん、これで本当に僕に氏んで欲しがってるってことが証明できたんだから」

母「…………」

男「だけどそっちだって悪いんだよ? 止めてくれたり、反省して一言でも謝ってくれたり、一瞬でも愛情らしきものを見せてくれればこんなことするのはやめようとは思ってたんだ」

男「でも止めるどころか逆に煽ってきて、助けを求めてもヒステリックに喚いてばかりで、挙句には自分を巻き込まずに氏ねとか……予想通りだったけど……クククッ……」クスクス

母「…………」キッ

男「ゴメンゴメン。そんな睨まないでよ。お詫びにここから消えてあげるから」

234: 2014/04/14(月) 23:20:35 ID:WJJ/mjgM

男「それじゃ母さん、お別れだね」

男「僕を産んでくれてから今までありがとう。これまでの16年間に感謝するよ」

男「退屈で……」

男「苦惨で……」

男「残酷で……」

男「冷酷で……」

男「氏にたくても……氏ぬこともできなくて!」

男「陰鬱で!」

男「安寧も無くて!」

男「虫けらのようで!」

男「無意味で!」

男「無価値で!」

男「最低最悪な!」

男「……そんな16年間をありがとうございました」

235: 2014/04/14(月) 23:21:39 ID:WJJ/mjgM

男「さっきも言った通り、僕は消えるよ。もう一生会うこともないだろうね」

母「…………」

男「それじゃ……さようなら、母さん」

男 スタスタ
 
 
 
――キィッ バタン……
 
 
 

236: 2014/04/14(月) 23:23:22 ID:WJJ/mjgM

▼数日後/学校/下駄箱/放課後

D太「……チッ」スタスタ

D太(最近、Q也もN雄も学校に来やがらねぇな)

D太(どっか遊びに行ってんなら誘ってくれたっていいのによ……ったく)

D太(男の野郎も来やがらねぇからストレスが溜まって仕方ねぇ……)

D太(あー、マジでイライラすんぜ! くそっ!)

D太(ん、俺の下駄箱に何か入ってやがる。……何だこれ)


[ あの廃ビルでキミを待つ。 男 ]


D太(あのクソガキ……ふざけてやがって)

D太(もしかしたらQ也たちが来ねえのもコイツが関係してるのか?)

D太(……まさかな)

D太(暇だし、からかいに行ってやるか。ついでにストレス発散だ!)

237: 2014/04/14(月) 23:24:08 ID:WJJ/mjgM

▼廃ビル/1F

D太 スタスタ


―― シーン……。


D太「おい、来てやったぞ。いるんなら出て来い」


―― シーン……。


D太「テメェが呼び出したんだろうが! 今すぐ出て来ねぇと頃すぞ!」


―― シーン……。



238: 2014/04/14(月) 23:25:29 ID:WJJ/mjgM

D太「……チッ、クソが。くだらねぇことしやがって」

D太「帰るか。とんだ無駄足――!?」

男 ダッ

―― バチバチバチバチバチバチバチバチッ!!

D太「ぐぉああああ――――!!」

D太 ドサッ



男「…………」




239: 2014/04/14(月) 23:27:54 ID:WJJ/mjgM

▼時刻未明/廃ビル/地下1階

―― パチパチッ、パチパチッ。

男「…………」

D太「……んン、うぅ」


D太が目を覚ますと、屋根も壁も床も一面が灰色のコンクリートで覆われた殺風景な空間が最初に目に映った。

その広さは4メートル四方、概ね十畳程だろうか。高さは3mも無い。

その空間の中央で男が分厚いステンレス製の一斗缶をじっと見つめていた。

男が覗く一斗缶の中には幾つもの積み重ねられた木炭が轟々と火炎を巻き上げて赤熱していた。


240: 2014/04/14(月) 23:29:23 ID:WJJ/mjgM

D太「あ……、なんだ……?」

男「ようやく起きたね。おはよう」

D太「んあ?」

男「首の後ろ痛くない? 少し長めに当てすぎちゃったからさ」

D太「……?」

男「都心に行けば本当に売ってるんだね、スタンガンって。しかもわりと簡単に買えるんだよ。世の中っておかしいよね、クククッ」クスクスッ

D太「は……、スタンガン……?」

男「高かったけど買った甲斐があったよ。おかげで準備もしやすかったし」

241: 2014/04/14(月) 23:32:46 ID:WJJ/mjgM

D太「準備……?」ジャラジャラ


ここでD太は自分の体の違和感に気が付いた。

体は壁を背にするように座らせられている。

衣服は肌着と下着以外が脱がされており、肌寒さに身を震わせると、それが朦朧としていた意識を正常に戻していった。

自分の二つの手は左右に大きく開かれ、壁に打ち付けられた手錠に繋がれていた。

両足も同じだ。床に打ち付けられた鉄の錠に両足首は繋がれ大の字となり、身動き一つできないようになっていた。


D太「……んだこれ」

男「ようやく、どういう状況か理解できてきた?」

D太「お前、何やってんだ……ここどこだよ」

男「前に僕のことを殴ったりした廃ビル覚えてる? あそこに地下室があってさ、たぶん倉庫かなんかに使ってたんだと思う。僕も最近知ったんだよね」

D太「ふざけんなよテメェ……こんなことして後でどうなるかわかってんだろうな」

男「安い脅し文句だな」

D太「あぁ!? 調子乗ってんじゃねぇぞコラ!」

242: 2014/04/14(月) 23:35:06 ID:WJJ/mjgM

男「ねぇ」

D太「あぁ!?」

男「僕はキミのせいで友達を二人も頃してしまったよ。一人は見頃しに、もう一人は僕のこの手でね」

D太「はぁ!? んな話知るか! さっさとこれ外しやがれ!」

男「外して欲しいの?」

D太「ふざけてんじゃねぇぞコラ! 早く外しやがれクソ野郎!」

男「外して欲しいなら条件がある」

D太「あぁ!?」

243: 2014/04/14(月) 23:37:36 ID:WJJ/mjgM

男「1つ目。僕にもう二度と関わらないこと」

D太「チッ、……わかった。もう絡まねぇでやるよ」

男「2つ目。僕に今までのことを謝ること」

D太「あ!? 誰がテメェなんぞに謝るかボケ!」

男「別に気持ちなんて入れなくていい、言葉だけでいいんだよ。従っておいた方が得だと思うけど?」

D太「クソッ……、わかったよ。あー悪かった、すんませんでしたー」

男「そして3つ目」

D太「はぁ、まだあんのか!? マジ調子乗ってんじゃねぇぞ!」

男「これで最後。でもこれが一番大切だからしっかり聞いてね」

244: 2014/04/14(月) 23:40:53 ID:WJJ/mjgM

男「3つ目。僕が頃してしまった友達の墓前で、地面に手と頭をつけてしっかりと謝ることを約束すること」

D太「はぁ!?」

男「僕に対しての謝罪はおざなりでもいいよ。でも、これは誠心誠意もって謝ってもらわなきゃ」

D太「何で俺がそんなことしなきゃなんねえんだよ!」

男「当たり前だろ。キミも関係してるんだから」

D太「知るかボケ! テメェで頃したとか訳わかんねぇこと言ってたろーが!」

D太「大体テメェなんぞに友達なんかいねぇだろ! 意味わかんねぇことほざいてっとマジで頃すぞ!」

男「あれ、忘れた? その内の一人はキミが弄って痛めつけて、挙句の果てには窓から落として頃したんだよ」

D太「あぁ!?」

男「ほら、僕の目の前で。このビルで。窓から落として。覚えてない?」

D太「あ……」

男「その顔、思い出したね」

245: 2014/04/14(月) 23:42:42 ID:WJJ/mjgM

D太「…………」

男「そしたら今度は白猫も酷く傷つけてくれたよね。結局、あの白猫も氏んじゃったよ。その二人に謝ってくれないと――」

D太「……くっ……くくくっ」

男「……何がおかしいの?」

D太「お前もしかして……くくっ、友達ってあの汚ねぇ猫どものことかよ、ぷくくっ」

男「…………」

D太「そんなのの為にお前こんなことしでかしてんのかよ! マジでアホ過ぎるわ!」ケラケラ

男「……謝る気は無いの?」

D太「当たり前だろうが! お前マジ馬鹿だろ!」

D太「クソ猫が氏んだくらいで何をトチ狂ってやがんだ! 頭イカれてんじゃねえのか!?」

D太「テメーもついでに氏ね! 糞キチOイ野郎!」

246: 2014/04/14(月) 23:49:02 ID:WJJ/mjgM

男「そっか。謝る気は無いんだね……」

D太「何度も言わせんなボケ! さっさとこの手錠外せや!」

男(……結局、自分の置かれた状況がわかってないのか。哀れな奴だ)

男(いまだに自分の立場の方が上だと思ってるなんて愚か過ぎて笑えてくるよ)

男(こいつらはいつもそうだよな。何の根拠も無いクセに自分の方が格上だと思い込んでる)

D太「何ぼさっとしてんだ! さっさと外せっつってんだろが!」

247: 2014/04/14(月) 23:50:29 ID:WJJ/mjgM

男(何でこんな奴らがのうのうと生きてられるんだ)

男(周りの奴らもこいつらを野放しにして、自分たちはさも関係無いように気づかない振りだ)

男(世の中腐ってる……クズばかりだ……どいつもこいつも……)

男(その中でもこいつらは本当にクズだ。こいつらこそ生きる価値なんて無いクズだ)

男(何でこんなクズたちにマオウとユウシャが……)

男(…………)

男(…………)

男(マオウ……ユウシャ……ごめんね)

男(僕は……)

男(僕は……)

男(…………魔王になるよ)

248: 2014/04/14(月) 23:55:39 ID:WJJ/mjgM

男「よかった、キミがそういう人間でいてくれて」

D太「は?」

男「泣いて謝られてすがってこられたら、僕は迷ってたかもしれない」

D太「何言ってんだお前?」

男「なんてね、嘘。キミがそんなことする人間じゃないのはわかってたし、そんなことされても僕の気持ちは変わらないから」

D太「はぁ!?」

男「それに本当に謝られたところで手錠も足枷も取らないけどさ」

D太「んだとコラ! ふざけてんじゃねぇぞこの野郎!」

男「ありがとう。最後までクズ野郎でいてくれて。これで心置きなく――」

男「キミを殺せる」

249: 2014/04/14(月) 23:57:44 ID:WJJ/mjgM


男は制服の内ポケットからアイスピックを取り出し、それをD太の左肩にズブリと突き刺した。

筋肉の繊維と繊維の間を抜けていく感触と、鋭利な先端が筋繊維をぶちぶちと裂いていく感触が交互に右手に伝わる。


D太「ああああああああああぁぁ!!」

男「うるさいな。ちょっと刺しただけじゃないか」

D太「痛ぇ! やめろクソが! ふざけんなテメェ!」

男「まぁでも好きなだけうるさくしていいよ。地下だし、どうせ誰にも聞こえないから」

250: 2014/04/15(火) 00:00:07 ID:J4Zc6fJ2

D太「ぐうぅ……マジで覚えとけよ、このキチOイが!」

男「うん。僕も今日の事は忘れないよ」グッ


刺さったアイスピックをぐりぐりと回し傷口が開いていくと、再びD太の絶叫が響く。

白い肌着には、薔薇のような赤い花が蕾からその花弁をゆっくりと咲き開くかのようにじわりじわりと血が滲んでいった。


D太「うがああぁぁぁあああぁぁああああ!」

男「キミって意外と痛がりなんだね。僕はいくら殴られてもそんなに叫ばなかったけどな」


男がアイスピックを抜き取ると、その勢いで針先についていた血が男の顔に飛沫した。

しかし男はその血を拭うことなく微笑を浮かべながらD太の苦悶する顔を眺めていた。


251: 2014/04/15(火) 00:01:35 ID:J4Zc6fJ2

D太「ううぅ……何でだよ……」

男「何が?」

D太「何で俺だけにこんなことすんだよ! Q也もN雄だってやってただろ!?」

男「あぁ。そうだね」

D太「アイツらだってあの猫を蹴飛ばしたりしてただろうが! 何であいつらには何もしねぇんだよ!」

男「……ほら」ゴソゴソ ポイッ


男がブレザーのポケットから放り投げた“それ”は地面に落ちた途端、熟した柿のようにグチャリと潰れた。

それは間違いなく人間の目玉だった。

次に数本の千切れた指がD太の前に転がっていった。


252: 2014/04/15(火) 00:04:35 ID:J4Zc6fJ2

D太「ひっ!」

男「二人ともね、あそこにいるよ。キミが来るのをずっと待ってたんだ」


男が指差した先には、“盛り上がった何か”を覆っているブルーシートが部屋の隅に見えた。

“盛り上がった何か”はピクリとも動かず、またブルーシートに完全に覆い隠されていて中身は見えないが、よく嗅げばこの部屋の空気に少し腐敗臭を感じたような気がした。


男「彼らには別に大した事してないんだけど、あっさり終わっちゃってさ。つまらなかったなぁ」

男「ただ、今が夏じゃなくて良かったよ」

D太「あ……あ……マジ……かよ……」

男「でもキミにはいっぱい酷い目に遭わせてあげるから覚悟してね」

男「僕は、拷問には詳しいんだ」

253: 2014/04/15(火) 00:09:50 ID:J4Zc6fJ2


男がにこりと微笑みかける。しかし、目は笑っていなかった。

顔は真正面を向いてD太を見ているが、淀んだ黒目は焦点が合っているのかわからず、その目にD太を捉えているのか、それとも後ろの壁を見つめているのかわからない視線だった。

だがその奇怪な眼つきこそが獣や人間をひたすら弄び嬲り頃すだけの残虐な魔物や魔族が持つ特有の眼つきだ。

D太が意思せずとも身体が勝手に震え上がり、身震いで上下の歯の先が当りガチガチと鳴り始めた。


D太「嘘だろ……嘘だろ……」ガチガチガチ

D太「嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」ガチガチガチガチ

男「さて、次は何が良いかな……」

254: 2014/04/15(火) 00:11:30 ID:J4Zc6fJ2

男「そうだ。まずはキミにもコレを味わってもらわないと」


男は鞄の中にある紙でできた箱からごそりと何かを取り出した。

その手の平には、うねうねと体をよじる黄色いウジ虫が十数匹ほど蠢いていた。


男「じゃーん」

D太「ひっ!な、なんだよそれ!」

男「ウジだよ、蠅の子供。見たことない?」グイッ

D太「んなもん知らねぇよ! 近づけんな気持ち悪ぃ!」

男「あはは、本当に気持ち悪いよねこれ。でも僕はこういうの食べさせられたんだよ。……だからお前も食えよ」

D太「え?」

255: 2014/04/15(火) 00:14:25 ID:J4Zc6fJ2

男「え、じゃなくて。食べさせてあげるからほら、口開けて?」

D太「冗談言うな! んなもん食える訳ねぇだろ!」

男「ほら、ほら」グイグイ

D太「ふざけんな! 近づけんじゃねぇよバカ! さっさと捨てろ!」

男「……ハァ、キミってば仕方がないなぁ」


男は子供の駄々を見るように、はにかんで苦笑する。

しかし笑みは一瞬にして消え冷徹な表情に変わりD太を睨む。


男「さっさと食えって言ってんだろ!」ガバッ


男は片手でD太の口を力強く掴み強引に開けさせるとウジの群れを無理矢理ねじ込んだ。

そのまま両手で口を塞ぎ、力任せに咀嚼するよう促す。


256: 2014/04/15(火) 00:21:05 ID:J4Zc6fJ2

D太「んーー! んンーーーー!」ジタバタ

男「よく噛んでね。生きたままのを飲み込むとどうなるかわからないから」グッ グッ

D太「ンンん! ンンんンーー! んンーー!」ジタバタ

男「暴れないでよ。ほら、飲み込めって」グッ グッ

D太「んーーーーーーー!、――んが、ウオェ!」ゲロッ


D太の口からウジ虫が吐き出される。

口元から垂れたウジ虫の黄色い体液が撒き散らかす青くさい臭いでさらに嘔吐を繰り返す。

噛み千切られた肢体をうねらせながらウジ虫は零れて地面に落ちていった。

男はそれを一瞥すると一気に踏み潰した。生き残った数匹のウジ虫たちはさらにくねくねと身を蠢かせて地面を這い転がっている。


D太「オエッ! ウオェッ! ウェッ!」

男「これでキミもわかったよね、虫の味」

D太「オエッ! ウェッ!……ふざけんなよ……こんなの……オエッ!」

257: 2014/04/15(火) 00:23:58 ID:J4Zc6fJ2

えずくD太の口内からさらにもう2、3匹のウジ虫が零れ落ち地面にはじいてどこかへと転がっていった。

もうウジ虫には目もくれず男はD太の右手を手に取ると、品物を定めるかのようにまじまじと指先を眺め、爪に触れた。


男「D太くんの爪ってさ、太くて丈夫そうだよね。野球やってた賜物かな」

D太「は?」

男「ねぇ知ってる? 爪って実はかなり重要なパーツなんだよ。爪が無いと指を握っても全然力が入らないんだ」

D太「おい何だよ……だから何なんだよ……」

男「じゃあ早速、実際に試してみよっか」


男は近くに置いてあった工具箱に手を伸ばし、中から銀色のペンチを手に取った。


258: 2014/04/15(火) 00:25:51 ID:J4Zc6fJ2

男「まずは右手から。ほら、手を開いて」

D太「イヤだ……イヤだ!」

男「おい。さっさと手、開けって」ガン!ガン!


拳をぎゅっと固く握りしめてD太は抵抗するが、男は意に介さず手に持ったペンチをD太の拳に殴りつけ無理矢理に手を開かせた。


D太「痛ぇ! おいやめろって! 痛ぇ!」

男「…………」ガシッ


男は右足の裏でD太の右手の平を壁に押さえつけ、両手で持ったペンチの先にD太の右手親指の先を挟みこんだ。


259: 2014/04/15(火) 00:27:48 ID:J4Zc6fJ2

男「最初は親指」

D太「おい、嘘だろ。やめ――」

―― メリメリパキベキバキ。

D太「うああああああああぁぁぁあああぁぁぁああ!!」


男がペンチを両手で力いっぱい握り締めてD太の親指を圧迫する。

爪は割れ始め、徐々に砕かれていくが男は一向に力を緩めようとはしなかった。

割れた爪が剥がれ落ちても、むき出しになった肉をえぐるようにグリグリとさらにペンチで挟みこみ、ついには肉をえぐりだして真っ白い指の骨をむき出しにさせた。

それでもまだ力を緩めることはなく、さらに一層の力を込めて男はペンチを握り込んだ。


260: 2014/04/15(火) 00:29:30 ID:J4Zc6fJ2

D太「わがあああああああぁ! 痛い痛い痛い痛い痛い!」

男「……」グググッ

D太「痛い痛い痛いイダイイダアアアアアアアァ!!」

――ベキン!


倉庫内を小気味の悪い炸裂音が響いた。

それは圧迫され過ぎたD太の親指の骨が粉砕された音だった。


男「ふぅ。こんなものかな。手を握ってみて?」

D太「ああぁ、うああぁぁ……」


D太は言われるがままに右手の親指を動かそうとするが数センチ程度しか動かない。

親指の引裂かれた肉片は曼珠沙華のように、砕かれた骨は白百合のように花開いてた。


261: 2014/04/15(火) 00:30:13 ID:J4Zc6fJ2

男「ね? 全然力入らないでしょ?」

D太「うぅぅ……」

男「次は人指し指」

D太「お……お願いだから……ヤメて……」

男「痛かったらいっぱい叫んでいいよ。それじゃ行くね」

D太「お願いだ、ヤメ――」


D太の絶叫が木霊する中で男はペンチをひたすら握りしめ、ベキンと破壊音を炸裂させては休みなく次の
指を破壊しにかかる。

破壊音が十本分全てに辿り着くまでの時間はそうかからなかった。


262: 2014/04/15(火) 00:32:14 ID:J4Zc6fJ2

男「これで全部だけど、どう? もう全然握れないでしょ?」

D太「いだい……痛いよ……手が痛いよ……いだいよぉ……」

男「しまった。指先って結構血が出るんだね。早く止血しないと」


男は持ち手の長いトングで一斗缶から灼熱の塊と化した木炭を拾い上げると、躊躇なくD太の左手の指先に木炭をあてがった。


D太「ああぁああああ!! 熱いイダイアヅイやめろぉーーああああああ!!」

男「暴れちゃダメだよ。ちゃんと焼かなきゃ止血できないじゃん」

D太「ああああヤメテお願いヤメ熱い痛いアツイイダイああああああ!!」

男「よし。これで左手は大丈夫」

263: 2014/04/15(火) 00:33:05 ID:J4Zc6fJ2

D太「うあぁぁ……もうやめで……ぐださい……お願いじます……」

男「でもまだ右手が残ってるよ。ほら」ジュウ

D太「ああああ熱いあづい痛いアヅイ! 助けてくれえええぇやめろおおお!」

D太「おああああああああああああああああああああああ!!」

男「……このくらいでいいかな」

D太「うあああぁぁ!!……うぅ、痛いよ……イダイよぉ……!!」

264: 2014/04/15(火) 00:34:30 ID:J4Zc6fJ2

D太「すみまぜんでじた……許してください……もうやめでぐださい……」

男「……わかった、もうやめるよ」

D太「うぅ、本……当……?」

男「こんなんじゃ物足りないしね。チマチマやるのはやめて、次から派手にやろうか」

D太「あ……ああぁ……」


男はリュックサックを逆さまにして様々な道具を見せびらかすように地面に落とした。

五寸釘、金槌、バール、のこぎり、マイナスドライバー。

いくつかの道具には、既に渇いて錆のような色をした血糊が付着していた。


D太「ああぁ……ああああぁ……」

男「せっかくだから好きなの選んでいいよ。どれにする?」

265: 2014/04/15(火) 00:35:17 ID:J4Zc6fJ2

D太「……何でだよ」

男「え?」

D太「何で……何でこんなことするんだよ……」

男「何が?」

D太「何で俺らにこんな事すんだってんだよ! ふざけんじゃねぇ!」

男「キミらだって僕に色々としてたじゃないか。同じことだよ」

D太「俺らはこんな事までやってないだろうが! このキチOイ野郎!」

男「何言ってるんだよ。キミたちは――」

D太「うるせえよ! 口開くんじゃねえよキチOイ! ぶっ頃してやる!」

D太「クソ野郎! 氏ね! 氏ね! マジで氏ね! 頃してやる! 手錠とれよ! 今すぐぶっ頃してやる!」

男「ちょっと落ち着いて――」

D太「ふざけんじゃねぇ! イカれ殺人野郎! 氏ね! 氏ねよ! 氏ねよクソ野郎! 氏ね!」

男「いいから黙れ!! 今すぐ頃すぞ!!」

D太「っ!?」ビクッ

266: 2014/04/15(火) 00:37:10 ID:J4Zc6fJ2

男「自分はここまでしてないとか、そんなのが理解されると本当に思ってるのか?」

男「口だけで手を出さなければいいのか? 相手が氏ななきゃ何やっても許されるのか?」

男「そんな訳無いだろ!!」

男「程度の問題じゃないんだよ! キミらみたいな人間が軽くからかったつもりでも、傷ついて氏のうとする人だっているんだぞ!」

男「虐めってのはね、それを苦にして氏なせたら殺人と同じなんだよ! 実際にそれで氏んでる人だっているんだぞ!」

男「僕だって何度氏のうと思ったか、実際に試みたかなんてお前らは知らないだろ! 僕が氏んでいればキミらは殺人者だったんだ!」

男「キミはずいぶんと言ってたよね、僕を頃すって! それが立場が逆転した途端に命乞いか! 今まで僕の言うことなんか聞く耳も持たなかったクセに!」

男「まさか殺される覚悟も無いクセに頃すとかのたまってたのか!? キミだってこうなる覚悟があって僕を虐めてきたんだろ!?」

男「どっちが間違ってるんだ!? どっちがふざけてるんだ!? どっちがクソだ!?」

男「答えてみろよ!!」

267: 2014/04/15(火) 00:38:03 ID:J4Zc6fJ2

D太「うぅ……」

男「どうした!? さっさと答えろよ!!」

D太「あ……あぅ……」

男「……そういえばさっき『何でこんなことするのか』って聞いたよね? むしろ、それはこっちのセリフなんだよ」

D太「……?」

男「なんでキミたちは僕のことを虐め始めたんだい?」

D太「それは……」

男「それは?」

D太「…………」

男「言えないの? それとも覚えてない?」

268: 2014/04/15(火) 00:40:31 ID:J4Zc6fJ2


男は地面に転がる大きな木槌を手に取った。

1メートル強程の持ち手の先にバスケットボールのような大きな木製の槌がついていて、重さは優に10キロ
以上はあるだろう。


男「質問を変えよう。何であの時、黒猫を頃した?」

D太「ごめん……なさい……」

男「それは答えになってない。もう一度聞く。何で黒猫を頃した?」

D太「ごめん……俺が……悪かったから……」

男「最後だ。何で、黒猫を、頃した?」

D太「俺が間違えて……ました……許して下さい……お願いします……許して……」

男「ハァ……」

269: 2014/04/15(火) 00:43:17 ID:J4Zc6fJ2


男は木槌を大きく振りかざし、そしてD太の右足の脛を目掛け思い切り振りおろした。

――ドスン!グシャリ!

床に叩きつけられた大木槌の重く鈍い音と足の骨が砕け肉が潰れる音が同時に鳴る。


D太「ぎゃああああああああああああああああああ!!」


男は再び木槌を頭上に振りかざした。

今度は左足の脛に大木槌を振り落す。

――ドスン!グシャリ!

右足と同じように重く鈍い音と左足の骨が砕ける音と肉の潰れるが同時に鳴る。


D太「あああああああああああああああああああああああ!!」

270: 2014/04/15(火) 00:49:30 ID:J4Zc6fJ2

男「毎日のように物を捨てられたり、服を脱がされたり……」

――ドスン!グシャリ!

D太「あああああぁぁぁぁああぁぁあああああ!!」

――ドスン!グシャリ!

男「殴られて、蹴られて、靴をナメさせられて、虫を食べさせられて……」

――ドスン!グシャリ!

D太「痛い! 痛いよおおぉ! あぁああぁぁああ!」

――ドスン!グシャリ!

男「僕が何をしたっていうんだ! 答えろよ!」

――ドスン!グシャリ!

D太「うわあああああ! 痛いイダイ! ゴメンなさい! ゴメンなさい! ゴメンなさい!」

――ドスン!グシャリ!

271: 2014/04/15(火) 00:50:35 ID:J4Zc6fJ2

男「謝罪なんていらないんだよ! 教えろよ!」

――ドスン!グシャリ!

D太「があああぁぁぁああああ! ゴメンなさい! ゴメンなさい!」

――ドスン!グシャリ!

男「教えろよ! 答えろよ!」

――ドスン!グシャリ!

D太「痛い痛いイダイ痛いよおおお! ぐぁがああああああああああああ!」

――ドスン!グシャリ!

272: 2014/04/15(火) 00:53:17 ID:J4Zc6fJ2

男「マオウをいたぶって頃しやがって!」

――ドスン!グシャリ!

男「アイツは僕の初めての友達だったんだ!」

――ドスン!グシャリ!

男「魔王のクセに猫で! 食べることが大好きで!」

――ドスン!グシャリ!

男「魔王のクセに優しくて! いつも傍にいてくれて!」

――ドスン!グシャリ!

男「アイツが僕に生きる楽しさを教えてくれたんだよ! 僕を独りじゃなくしてくれたんだよ!」

――ドスン!グシャリ!

男「なんでアイツが氏ななくちゃいけないんだよ!」

――ドスン!グシャリ!

273: 2014/04/15(火) 00:57:05 ID:J4Zc6fJ2

男「ユウシャだって良いヤツだった!」

――ドスン!グシャリ!

男「不器用だけど実直で、本当に良いヤツだった!」

――ドスン!グシャリ!

男「あんなに魔族を憎んでたのに、マオウのことをわかってくれた!」

――ドスン!グシャリ!

男「自分だって辛かったのに、会って間もない僕の為に強さを教えてくれた!」

――ドスン!グシャリ!

男「僕の為に、自分が氏ぬ覚悟までしてくれたんだ!」

――ドスン!グシャリ!

274: 2014/04/15(火) 00:58:17 ID:J4Zc6fJ2

男「二人とも僕のことを優しいって! 友達だって言ってくれた!」

――ドスン!グシャリ!

男「アイツらが何をしたんだ! 僕らが何をしたっていうんだ! 答えろよ!」

――ドスン!グシャリ!

男「答えろよ!」

――ドスン!グシャリ!

D太「がああああ! ごめんなさい! 許してください! ごめんなさい」

――ドスン!グシャリ!

男「うるさい! さっさと答えろ!」

――ドスン!グシャリ!

D太「ごめんなざい! すみまぜんでじだ! 許じであああああああああーーー!」

――ドスン!グシャリ!

275: 2014/04/15(火) 00:59:15 ID:J4Zc6fJ2

男「許すもんか……お前らはだけは絶対に……許さない!」

――ドスン!グシャリ!

男「絶対に許さない!」

――ドスン!グシャリ!

男「このクズが!」

――ドスン!グシャリ!

男「クズ野郎が!」

――ドスン!グシャリ!

男「クズ野郎が!」

――ドスン!グシャリ!

男「クズ野郎が!」

――ドスン!グシャリ!

男「クズ野郎が!」

――ドスン!グシャリ!

276: 2014/04/15(火) 01:00:10 ID:J4Zc6fJ2

男「クズ野郎が!」

――ドスン!グシャリ!

男「クズ野郎が!」

――ドスン!グシャリ!

男「クズ野郎が………ふふっ……」

――ドスン!グシャリ!

男「クククッ………あはっ……ははは」

――ドスン!グシャリ!

男「ふはは……あはは、あはははははは!」

――ドスン!グシャリ!

277: 2014/04/15(火) 01:00:48 ID:J4Zc6fJ2

男「あはははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

男「あははははははクズヤロウはははははははフザケンナはははははははははははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

男「あははクズヤロウクズヤロウははははフザケンナはははシネヨははシネはははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

男「あはシネはははシネコロシテヤルはははははブッコロスはははコロスははははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

男「シネヨシネシネはははシネはははコロシテヤルははクズガはははクソがはははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

278: 2014/04/15(火) 01:02:53 ID:J4Zc6fJ2

男「あはははははははははハハはははははははははははアハハははははははははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

男「あはははハハハははははヒャハはははははひゃははアハははあひゃヒャはははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

男「あははアハはははアひゃははヒャははははあひゃはアははハハははヒャヒャはハハ!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

………
……



279: 2014/04/15(火) 01:07:57 ID:J4Zc6fJ2

D太「うああぁぁ……ああ……」


D太の両足は膝下からにかけては男が何度も木槌で叩きつけたことにより、皮膚は引きちぎれ肉はグチャグチャになるまで潰されミンチ肉のような肉塊と化していた。

それでも骨だけは丈夫で、真っ赤な鮮血を撒き散らし肉も皮膚も失って千切れかけている脛から下の足をどうにか繋いでいる。

多少は折れたり割れたりしてしまっているが概ね原型を留めていることに少しだけ感嘆を覚えた。


男「……また止血してあげないと」


再び一斗缶にトングを突っ込み、新たに燃え盛る木炭を取り出すと、D太の足を踏みつけて抑え、むき出しの肉塊に押しつける。


D太「ぎゃああああああ熱い熱い熱い熱いイダイやめろーーー!!」

男「そんなに喜ばないでよ」

D太「熱い! 熱い熱い痛い! 助けて! 誰か助けああがあああぁぁ!!」

男「そんなに嬉しいならもうこっちにもあげるよ。ほら」

D太「アヅイアアアアアァーーーー!!」


男が熱された木炭をDの右頬に押しつけると、D太は首から上をブンブンと振って抵抗した。

280: 2014/04/15(火) 01:08:52 ID:J4Zc6fJ2

男「暴れ過ぎだよ。落ち着けって」ゲシッ

D太「ぐえっ!」


D太の首元を足で抑えつけ、さらに木炭を強く深く当てていく。


D太「グア″ァァーーー! ア″ーーーー!」

男「焼き肉みたいなイイ匂いがするね。少し焦げ臭いけど」


D太の右頬の肉や皮膚は焦げ臭さを放つほどドロドロに焼き溶けて口内の歯や歯茎が見えてしまっていた。


D太「ううぅ……ぁぁ……」

男「右耳も焼けて小っちゃくなっちゃった。これじゃ釣り合いが悪いな」

281: 2014/04/15(火) 01:10:03 ID:J4Zc6fJ2

男は先程リュックサックから取り出したのこぎりを手に取って、左足でD太の頭を壁へと踏み抑えて、左耳の付け根にその刃を当てる。

ギラギラと鈍く光る刺々しい無数の細かい刃にはちらほらと血錆の痕が見える。


D太「ひっ……ヤ……ヤメ……」

男「ちょっと時間かかりそうだけど、よっと」

――ギコギコギコ。

D太「ぎゃああああああぁぁあああぁ! イダイイダイ!」

男「動かないで。切りにくいから」

――ギコギコギコ。

282: 2014/04/15(火) 01:10:53 ID:J4Zc6fJ2

D太「うわああああああ!! 痛い痛い!! イヤだ!! もうイヤだ!!」

――ギコギコギコ。

D太「イダイ痛いイダイイダイ痛イいダイイダイイダイイダイ痛いイダイ!!」

――ギコギコギコ。

D太「イダイイダイ痛いイダイ!! イダイよやめでぐれイダイ!!」

――ギコギコギコ。

D太「あああああああぁぁぁああ!! イダイ!! 痛いイダイよおおおおおおお!!」

――ギコギコギコ  ボトッ

D太「あああああああああああああああああああぁぁぁああああ!!」

男「ふぅ。……あれ、ごめん。全部切り落としちゃった」

283: 2014/04/15(火) 01:12:13 ID:J4Zc6fJ2

D太「あああああぁぁぁ……ああぁ……」

男「前にキミが言ってたけど、本当に人間って意外と丈夫なんだね。さすがにもうショックで気絶するか、氏んじゃってもおかしくないと思うんだけどな」

D太「痛いよ……うう……誰か……助けて……」

男「キミも馬鹿だね。まだ助かると思ってるの?」

D太「助けて……助けてください……お願いします」

男「命乞いとか意味ないから。いい加減覚悟しろよ」

D太「うぅ……誰か……助けてくれ……コイツ……悪魔だ……」

男「悪魔だって? クククッ……」クスクスッ

D太「……?」

男「違う、違うよ。そんなんじゃない……」

男「僕は魔王だよ」クスッ

284: 2014/04/15(火) 01:15:41 ID:J4Zc6fJ2

D太「うぅ……あぁぁ……」

男「さて、次は何がいい?」

D太「もぅ……や……やめてくれ……」

男「そうだ。せっかく高いお金出して買ったんだから、アレ使わないと」


再びリュックサックを手を取ると、サイドポケットから黒い塊を取り出した。

先刻にD太を気絶させた武骨で真っ黒で大きなスタンガンだった。


男「これスゴイんだよ。出力調節ができるんだ」

D太「やめで……お願い……家に帰りだい……」

男「また気絶されたらつまらないから……少し弱めにしないと」カチカチカチ


「強」と表記されていたスタンガンのメモリを三段階下げて「中弱」に変え、男はスタンガンの先をD太の左目に押し当てた。

285: 2014/04/15(火) 01:18:17 ID:J4Zc6fJ2


D太はこれから男がやろうとしていることをすぐ様理解してやめるよう懇願するが、男のD太を見ているようで
まるで見ていない視線と表情を見て、それは無意味だということを悟った。

それでも藁をも掴む思いで必氏にすがり付いた。


D太「お願いだ……やめで……なぁ……謝るから……土下座でも何でもするがら」

D太「もうやめてぐれ……俺、氏んじゃうよ……」

男「…………」

男「あっそ」

――バチバチッ!!

D太「ああああああああああぁぁぁあああああ!!」

男「一瞬しかやってないのに大げさだな。ほら、もう一回」

――バチバチバチッ!!

D太「があああああああああああああああああああ!!」

286: 2014/04/15(火) 01:19:08 ID:J4Zc6fJ2

男「まだ一秒も当ててないじゃん。もっと我慢してみろよ」

――バチバチバチッ!!

D太「ああああああああああああああああああああ!!」

男「まだまだ、もっとだよ」

――バチバチバチッ!!

D太「ああああああああああああああああああああががが!!」

男「もっとだ……もっともっと」

――バチバチバチッ!!

男「もっと、もっと、もっともっともっともっと!」

――バチバチバチバチ パツンッ!

D太「わあああああああああああああああああああ!!」

男「……うわっ」

287: 2014/04/15(火) 01:20:29 ID:J4Zc6fJ2


放電された電気の独特な音の中に何かが破裂するような異音が聞こえ男はスタンガンのスイッチをオフに切り替える。

どうやらD太の左目が電圧で熱膨張して破裂してしまったようだ。

眼輪筋は電熱により焼かれ芳ばしい匂いを放ち、目の奥から黒いゼリーのようなガラス体と体液が血と入り混じってD太の頬を下に伝っていた。

それはさながら贖罪の涙のようにも見えた。


D太「がああああぁぁぁ!! 痛いイダイ! 目が痛い! 見えない!」

男「目が潰れたくらいで大げさだな」

D太「ああああ! ううぅ! あああああ……!」

288: 2014/04/15(火) 01:21:20 ID:J4Zc6fJ2

男「ねぇ、顔上げてよ」

D太「うあぁ……あぁ……」

男「顔上げろって言ってるだろ」ガシッ

D太「ぐうぇ……」


男はD太の胸元を足で押しつけ、片手で前髪を鷲掴みにして顔を持ち上げる。


男「汚い顔、ゾンビみたいだ。気色悪いなぁ」

D太「うぅ……」

男「どう? 少しは虐められる側の気持ちがわかった?」

D太「あ……う……」

男「ちゃんと答えてよ。まだ意識あるでしょ? それともまた熱いの顔につけて欲しいの?」

D太「う……わ……わかり……まひた」

男「それはよかった。じゃあ、もう仕上げに入ろうか」

289: 2014/04/15(火) 01:24:21 ID:J4Zc6fJ2


そう言うと男はD太から手を放し、返り血のついた服を脱ぎ捨てて新しい服に着替えながら部屋の片隅に進んで行く。

そこにはポリタンクが置いてあり、男はその蓋を開けると中に入っている透明な液体を部屋中に撒き始めた。

脱ぎ捨てた服、リュックサック、壁、床、そしてブルーシート、部屋の中のありとあらゆるものに順ずつ順ずつバシャバシャとかけて回って行く。

液体から発せられる錆びた鉄のような臭いが段々と部屋に充満していった。


男「こんなもんかな」

D太「お前……何……してんだ」

男「仕上げ前の準備だよ。ほら、キミにも」バシャバシャ

D太「ぶぁ! べっ、うぇッ! ペッ……ペッ!」

男「バカだなぁ。飲んじゃ駄目だよ」

D太「うぇ……これ……ガソリン……?」

男「正解」

D太「お前……まさ……か……?」

男「お察しの通り。最後に相応しいと思わない?」

290: 2014/04/15(火) 01:34:24 ID:J4Zc6fJ2

D太「そんな、やめてぐれ……お願い……だ……それだけ、は……やめてぐれ……!」

男「何で?」

D太「だっで……そんな……ひど、すぎるだろ……もう……やめてぐれよ……助けてぐれよ……」

男「……これもキミが前に言ってたよね。覚えてる?」

男「『人ってのは食う側と食われる側に分かれる。食われる側はこういう運命だ』」

男「『恨むなら自分のくだらない人生を呪え』、って」

男「だからキミも受け入れろよ。今度は、キミがくだらない人生を呪う番なんだよ」

D太「う……うぅ……」


男が再びトングに手をかける。一斗缶の中では赤熱した木炭たちが未だに轟々と空気を焼いていた。

トングで炭をごろごろとかき回すと火の手は酸素を吸ってより大きく赤く燃えていく。

トングを一斗缶の中で回しながら頭だけ向けてD太を見やると彼は嗚咽するほど泣いていて、目の前にいる者はつい最近まで虐げ見下していた人間だということもことも忘れて、ひたすらに泣き喚いていた。


D太「男……なぁ、もうやめてぐれ……頼む……もう何もしないがら、俺が悪かったがら……」

男「…………」

291: 2014/04/15(火) 01:36:30 ID:J4Zc6fJ2

D太「やめ……やめで……頼む……お……願い……だ……」

D太「氏んじゃうよ俺……氏にだぐない……じにたぐない!」

D太「氏にだくない! じにだくないんだよ! やめでぐれよ! やめろよぉ!」

D太「帰りだい! 帰らぜでぐれよ! お願いだがら! もう何もじないがら!」

D太「イヤだ! 氏にだぐない! 誰か助けて! 氏にたくない! 誰が! 誰がぁ!」

D太「誰がぁーーーー!! 助げでぐれぇぇーーー!! 誰がぁぁーーーーーー!!」

男「…………」

292: 2014/04/15(火) 01:38:05 ID:J4Zc6fJ2





男は、ずっとD太を睨みつけていた。

その眼はやはり焦点が合っておらず、叫び喚くD太の存在に気づかないように、はたまた無視するかのように、微かな希望も感じさせない深い闇の如き黒い瞳でずっと睨みつけていた。

そして、ようやく開いたその口から力強く無情に言葉を言い放った。





男「苦しみ悶えて氏ね。これは地獄の業火だ」






293: 2014/04/15(火) 01:40:02 ID:J4Zc6fJ2


灼炎の塊を一つ掴みブルーシートへと放り投げた、その刹那、気化して溜まっていたガスが小爆発を起こしながら瞬く間に部屋中に火が広がっていく。

辺り全てが炎の海と化していく様はまさに地獄への入り口のようだ。

ガスに導かれた火の手は地を這う大蛇のようにD太の方へと向かっていき、彼の体を飲みこむように炎が襲い掛かっていった。


D太「あああアアァぁああ熱い熱いよおおおお熱いあああアアあああーーーーーー!!」

D太「助けてえぇぇ!! 誰が助けてぐれぇーーー!! 熱いよおおオオ!!」

D太「ヤダ! ヤダァ!! 氏にたくない!! 氏にだぐない熱いよォォうああああああ!! ぐぁァァアアああアアア!!」

D太「熱いよ!! 助けてぇぇ!! 誰かああああああイヤダアアアアアアアアア!!」

D太「あああああああぁぁぁぁぁぁ、ぁぁ……誰……助け……たす……て……」

D太「……た……て……………………」

D太「…………………」

294: 2014/04/15(火) 01:41:24 ID:J4Zc6fJ2


タンパク質は熱を受けると凝固する。それは食肉も人間も等しく同じで、D太の焼かれた筋肉は収縮していき、首や腕は意味不明な方向にねじ曲がり、腰は男のくせに女の様にくねらせて何とも無様な恰好へと変形していった。

身も頭髪も目玉も皮膚も内蔵も焼尽して、目の前の人間がただの黒炭の物質へとその姿を変えていく。

耳障りな断末魔はもう微かにも聞こえなくなっていた。

“これ”はもう、本当にただの屑へと成り果てた。



295: 2014/04/15(火) 01:43:10 ID:J4Zc6fJ2


僕の復讐劇はこうして幕を閉じた。

しかし、何故か心は全く満たされなかった。

読んでいた絵本が未完だったような虚しさだけが残った。

熱い……この部屋はなんて熱いのだろうか。

周りではさらに炎が燃え盛って舞い踊り、今にも僕のことも飲み込もうとしている。

これが僕の体の奥底から生み出された業火ならば、この身もここで焼き尽くすべきなのではないかと少しばかり迷ったが、このクズどもと同じ場所で氏ぬのは御免だ。

ふさわしい場所があるとは思わないが、少なくとも僕が氏ぬべき場所はここではない。


296: 2014/04/15(火) 01:44:37 ID:J4Zc6fJ2


空っぽの心が無為に体を動かした。

それはとてつもなく重い一歩だった。

鈍い動きで僕は出口へと向かう。

ドアのノブに手をやると、炎で相当に熱せられていたために掴んだ右手の平からジュウと焼ける音がした。

しかし焼ける痛みは感じなかったので僕はそれを全く意に介さずドアを開けた。

地上へと続く暗い階段を炎が照らしている。

これは地獄へとのぼる階段だ。

その段をひとつひとつ、ゆっくりと進んで行く。

これでもう僕には生きる為の目的が無くなった。

あとはもう、わが身の朽ち果てる場所を探すだけだった。


297: 2014/04/15(火) 01:58:06 ID:J4Zc6fJ2

▼深夜/郊外/山道の中


僕は人目を避けながらひたすら西へ北へと歩き続け、都内の中でも地方にある山中へと辿り着き、表通りから外れて獣道を当ても無く彷徨っていた。

さらにそのだいぶ奥へと進んだ所に大きな木があり、幹には生命力に溢れた根が隆起して大人一人分ぐらいが収まる空間があったので、その中でひざを抱きかかえて蹲った。

あの場所から少しでも遠くに行こうとは考えていた。

人気のない廃ビルの地下とはいえ、あれだけの火事が起きれば気づかない者はいないはずだ。

その上、中で行われた惨状を知れば警察もマスコミも躍起になって関係者、もとい下手人を探すに違いない。

それらを避けるべく出来るだけ遠くへ逃げる必要があった。

これ以上アイツらとは関わりたくなかった。

いや、もう誰にも関わりたくなかった。

一人になりたかった。


298: 2014/04/15(火) 02:03:27 ID:J4Zc6fJ2


この山林の中にいたとしてもいずれは僕の居場所が誰かに見つかってしまうのは間違いない。

だが、その頃にはきっと僕はもう生きてはいないだろうから、どうでも良かった。

僕は、このままこうしていれば自分は氏ねると今まで以上に感じ取っていた。

今更だが、氏を願い何か行動を起こすことよりも、こうして本当の意味で何もせずにゆっくりと氏を受け入れていくことの方が僕には良かったのかもしれない。

……それでもやはり氏ぬことは怖い。

友を頃しておいて、さらにその復讐で人を頃しておいて思うべきではないが、それでもやはり氏ぬことが怖い。

我ながら自分の臆病さに辟易し苦笑する。


299: 2014/04/15(火) 02:11:13 ID:J4Zc6fJ2


目を閉じ、マオウとユウシャの事を想う。

終わったよ。何もかも。すべて。

仇は取れたよ。そのつもりだけど。だけど――。


そこで唐突に睡魔が襲って来た。

瞼が鉛のように重くなり、もう持ち上げていられない。


もう考えるのは止そう……。

体もひどく疲れてる……。

寝むいな……とても……。


まばたきを2、3度した後に目を閉じた所で僕はすぐに眠りに落ちていった。

もうこのまま永遠に眠ることができる、そう思っていた。


300: 2014/04/15(火) 02:13:09 ID:J4Zc6fJ2

▼夜/場所不明


目を覚ますと、僕は仄暗く狭い空間でうずくまっていた。

見上げれば確かに夜空が見えるのだが、それがどうも見たことの無い空だった。

月が二つある。片方は満月だが、もう一方はその殆どを隠し、下弦だけが赤く輝いていた。

その周りで多くの星が輝いているが、知っている星座が何一つ見当たらない。

夜景を遮るようにして巨大な野鳥がギャアギャアと奇声を上げ鳴きながら夜空を飛んで行った。


ところで自分の体にも異変を感じていた。

まず呼吸をしていなかった。自らの呼吸音は何一つ聞こえない。

視界が広く、首を動かさずともほぼ360度見渡せるようだ。まばたきも必要としていなかった。

手が多い。暗喩ではない。手の本数が多い。多すぎるのがわかる。

しかし足は無いようだ。下半身の感触が無い。

僕の体はどうなってしまったのだろうか。

背中の肩甲骨の辺りから大きな何かが生えているのも気がかりだ。


301: 2014/04/15(火) 02:15:21 ID:J4Zc6fJ2


違和感は体内にもあった。

体の奥底から得体の知れない力がみなぎってくる。

筋力でも感情の渦でもない、まったく別の何かだ。

起き上がるべくして背中に力をこめて、その体を起こすと、僕は一気に夜空へと飛び上がった。

肩甲骨の辺りから大きく生えた十数枚の薄刃の羽がジジジと鳴らしながら羽ばたき、この巨躯を持ち上げている。

地上に現れた僕は相当な大きさだった。

どうやら僕はどこかの山の火口から入って奥深い底で眠っていたようだ。

そんな所にいたはずもないし、この体もありえないのだが、僕は混乱することなくそれを受け入れていた。


302: 2014/04/15(火) 02:17:33 ID:J4Zc6fJ2


森の上を少しばかり飛んでいると大きな湖畔が見えた。

丁寧に磨かれた鏡のような水面は、凛として浮かぶ双つの月と輝き散らばる星たちから木々の枝ひとつひとつまでを鮮明に写し込んでいる。

そこに上空を飛ぶ僕の姿が映った。

水面に写る僕の姿は残酷なまでに禍々しく醜いものだった。

大きく膨れ上がった複眼の目は赤黒く、背には羽虫のような薄刃の羽が幾重にも重なっている。

鉤爪と節のある足が胸や腹にかけて数十にも生え伸びており、歪な針金の如き体毛が体全体に隙間なく生えている。

僕は巨大な蝿の怪物と成り果てていた。

その姿はまるで……。


男「何だこれ……あぁそっか、僕は、本当になっちゃったんだ……」

男「ククククッ、僕は……なったんだ、本当に……あはは、ははは」

男「あはは……、あハ、アはハハ、アハハ、ヒャハハハハ!」

男「アヒャヒャヒャヒャアハハヒャハハヒャ! アヒャハヒャヒャハハアハハハヒャハ!」


赤く不気味に輝く下弦の月のように口を歪ませて、泣いている様な笑い声を夜空に響かせながら巨大な怪物はどこか遠くへと飛び去って行った……。

304: 2014/04/15(火) 21:39:40 ID:J4Zc6fJ2
――――――――――

この世界に転生した我が身は元が人とは思えぬ異形の姿だった。

その姿を見るや畏怖した民衆が「蠅の王」だ「魔王」だと騒ぎ立て始めると、人々は剣を携え、弓を引き、私の元へと進攻し始めた。

この世界の人間たちが私を見る目は、かつて人であった頃に見た、かの者たちと同じ目だった。

私をまるで害虫や汚物と同じだと言わんばかりの蔑みの目。

詭弁を掲げ、腐った利己的な正義の名のもとに集う愚かで盲目な確信犯たちの目。

この人間共がかの者たちと同じならば、この者らにも等しく生きる価値など有りはしない。

ならば私がこの世界でやるべきことはたったひとつだ。

皮肉にも醜悪な容姿と併せて得た力は絶大なものだった。

かざした手足から魔方陣を生み出せば、火は礫となり、風は刃と化し、光は雷を纏い、闇は様々な魔物を召喚した。

その強大な魔力と魔術で、襲い掛かかってくる人間共を薙ぎ払っては討ち滅ぼしていった。

もう何万の人間を葬ってきただろうか。いつしか私は名実共に魔王としてこの世界に君臨していた。

人間であったという意識は日に日に霞んでついには押し殺された時、心に残っていたものは憎悪だけだった。

あの時生まれた業火は燻ることも消えることもなく、今もなお私の中で燃え続けている。

――――――――――

305: 2014/04/15(火) 21:45:14 ID:J4Zc6fJ2

▼時刻未明/場所不明


腐乱した屍骸の数々。風化した白骨の数え切れぬ集積。絶えることのなく漂う氏臭。

そこはまさに氏屍累々という言葉が似合う場所だった。

陽も無く、風も吹かず、黄泉のように荒廃したこの地には鳥や小動物どころか虫一匹でさえ生物はいない。

その地獄ような地に魔王は居を構えていた。


ワーッ! ワーッ! ワーッ!

「全軍突撃ー! 我が軍の全総力をもって攻撃しろー!」

「「「オオオオオオォォォォォ!!!」」」

「歩兵は騎馬と連携して挟み込め! 弓兵、もっと矢を放てぇ!」

「魔王に一瞬たりとも隙を与えるな! ヤツは防戦一方だ! 攻めろー!」

「「「オオオオオオォォォォォ!!!」」」

306: 2014/04/15(火) 21:48:17 ID:J4Zc6fJ2

魔王「グルルゥ……ヴボオオオオオオオォッ!!!!」

「たっ、ただの雄叫びだ! 怯むな! 全員進めぇー!」

「「「オオオオオオォォォォォ!!!」」」

「いいぞ攻めろー! 進め、進めー!」

魔王「グオォォ…………ォォォオオオオオオ!!」


魔王が大きく開いた口の奥底から閃光が飛び出して辺り一体を包む。

それはあらゆる生物を焼き尽くす熱線だった。


「まずい! ぜっ、全軍後退だ! 下がれぇ!下が――」


輝きに包まれた兵士たちは瞬時にして焼け焦げた肉片と化していく。

一閃にて人間らの軍はほぼ壊滅状態となった。

指揮官を失った残党兵は恐怖で叫び声上げながら一目散に逃げ始めた。


307: 2014/04/15(火) 21:51:17 ID:J4Zc6fJ2

魔王「グルゥ…………」

――スタスタ。

魔王「……グオオォ」

――ピタッ。


逃げ惑う人々の流れに逆らって、幾万の軍勢をもっても敵わぬ魔王の面前にたった一人の人間が現れた。

突如現れたその人間は足を止めて頭一杯に覆いかぶさったフードを脱ぐと、その下にいたのは、赤茶けた黒髪を風になびかせる、まだあどけなさが多分に残る少女だった。


少女「あなたが魔王ですね」


凛とした透き通る声。

威圧するのではなく、畏怖している訳でもなく、冷静で落ち着いた声が魔王の耳に届いた。

恐れることになく魔王を直視する少女の顔はどこか見覚えのある顔だった。

……しかし思い出せない。

誰かの面影を残した顔で少女は魔王をじっと見つめ続けた。


308: 2014/04/15(火) 21:53:49 ID:J4Zc6fJ2

魔王「グオオォォ……」

少女「やっと会うことができました。ここまで長かったなぁ」

魔王「グルルルゥゥゥ……」

少女「私の言葉がわかりますか、魔王。――いや、男さん」

魔王「!?」

309: 2014/04/15(火) 21:56:18 ID:J4Zc6fJ2

魔王の唸り声が止むと、辺りに吹いていた生ぬるい風も一斉に止まった。

魔王の腹で蠢いていた無数の手もピタリと動かなくなり、一瞬数枚の羽を小さく振ってジリッと鳴らしてから口を開いた。


魔王「……貴様、何故その名を知っている」

少女「なんだ、ちゃんと喋れるんじゃないですか」

魔王「何故その名を知っていると聞いている!」

少女「名前だけではありません。あなたは元々異世界の人間だということも知っています。そしてそこで何があったのかも」

魔王「貴様……何者だ」

少女「私の名前はミコ。勇者です」

魔王「勇者だと?」

少女「とは言っても、あなたが知っている勇者とは別ものですが」

310: 2014/04/15(火) 21:57:31 ID:J4Zc6fJ2

魔王「これで最後だ……答えろ! 何故私の名を知っているのだ!」

少女「……夢で見たんです」

魔王「夢だと? ふざけるな!」

少女「いいえ、ふざけてなんかいません」

魔王「何?」

少女「私は他の人には無い特殊な力を持っているんです。その力のおかげで男さんのこれまでの全てを知っています」

少女「人間だった時のことも、魔王になってからのことも」

魔王「…………」

少女「話しを続けても良いですか?」

魔王「……聞いてやろう。ただし簡潔に話せ」

少女「わかりました」

311: 2014/04/15(火) 22:04:19 ID:J4Zc6fJ2

少女「私はこの世界で、ある特別な力を持って生まれました。眠っている間だけ夢の中で誰かの記憶を覗くことができるんです」

少女「誰の記憶を覗けるかは自分では決められないのですが、もう何十万以上の様々な生物の記憶を見てきました」

少女「そしてある日私は見たんです。ここではない遠い星で、元魔王を名乗る黒猫と元勇者を名乗る白猫、その二匹の猫たちだけに心を開いた孤独な少年の記憶を」

魔王「…………」

少女「同じ学び舎の者たちから日々迫害を受け、両親からでさえも疎まれ……」

少女「友を失った悲しみと罪に苛まれ、復讐を成し遂げる為に魔王と化した……」

少女「その記憶は今までで最も悲惨で、過酷で、可哀想な記憶でした」

312: 2014/04/15(火) 22:12:57 ID:J4Zc6fJ2

魔王「……もういい」

少女「…………」

魔王「どうやら貴様は私のことを本当に知っておるようだな」

少女「……はい」

魔王「もう昔のことだ。確かに私は異世界にて人間であった。非力で貧弱な小童であったよ」

魔王「そしてその弱さ故に二人の友人を氏なせてしまった……」

魔王「私は憎んだ……なぜ彼らが氏なねばならなかったのか……。思えば思うほど、全てを憎むようになった!」

魔王「わが友を頃したクズども! 子を愛さないクズな親! 他人の苦しみを理解せず、のうのうと生きているクズな奴ら! 人間はすべてクズの集まりだ!」

少女「…………」

313: 2014/04/15(火) 22:14:06 ID:J4Zc6fJ2

魔王「人間は所詮、他者を蹂躙せずにはいられない残酷で傲慢な生き物だ! それはこの世界でも同じだと知った! 人間なんぞ、こんな種は生かす価値など無いと悟った!」

魔王「だから私は全てを滅ぼす為に魔王になったのだ!」

少女「……違いますね」

魔王「何が違うか!」

少女「あなたが最も憎んで壊したいもの……それはあなた自身でしょう?」

魔王「…………」

少女「あなたは友人を頃した相手と同じくらい自分を憎んだ。彼らの氏は自分のせいだと責め続けて、氏んで償うしかないと思った」

少女「でも、あなたは自分を頃すことはできなかった。誰よりも氏ぬことの怖さを知ってたから。それも憎かった」

少女「だから復讐をすることにした。仇は討てたけど虚しさだけが残って、何も満たされず、何も報われなかった」

314: 2014/04/15(火) 22:17:01 ID:J4Zc6fJ2

少女「やがて虚しさも無くなって、あとはもう憎しみしか残らなかった」

少女「氏ねずに、その身も魔物に成り果てて、今度はもっと他の誰かを憎んでいった」

少女「誰かを憎んで、自分を憎んで、氏ねないから憎んで、頃してもらうために憎んで……」

少女「憎んでなければ自分が救われないから、あなたはずっと憎み続けてるんだ!」

魔王「……違う」

少女「違わない!」

少女「確かにあなたは凄惨な人生を歩んできた! でも憎しみだとか復讐だとか破滅だとか、そんなのじゃあなたは救われないし、何も終わらないんですよ!」

少女「だって、そんなことはマオウもユウシャも望んでなんかいないって、あなた自身が本当はわかってるから!」

魔王「…………」

315: 2014/04/15(火) 22:20:13 ID:J4Zc6fJ2

少女「だからもうこんなことはやめましょう! 元の優しい男さんに戻ってください!」

魔王「…………」

魔王「…………」

魔王「……貴様に……かる」ボソッ

少女「?」

魔王「貴様に……貴様に私の何がわかるというのだぁ!!」


突然の魔王の怒号に少女は驚き体を強張らせた。

その突如、魔王の周囲には無数の火球群が発生し始め、ミコに向けて放たれた。

乱射された弾丸のような火の雨がミコに襲い掛かる。


少女「!?」


ミコは背中から光でできた翼を生やし即座に飛翔して砲撃を回避する。

しかし、火球群は止まることなく放たれ続け、左右上下に逃げ回るミコを魔王は追撃していく。

微かに火球が衣服に触れ、焦げた臭いがミコの鼻に刺さった。

316: 2014/04/15(火) 22:29:49 ID:J4Zc6fJ2

魔王「幼稚な憶測で私のことを語るな!」

少女「憶測なんかじゃありません! あなたの記憶を共有した私だからわかるんです!」

魔王「記憶を見たから何だ! それだけで貴様に何がわかる!」

少女「わかるよ! 私はあなたの心の声を常に聞いてたから!」

少女「あなたはずっと悔やんでた! 憎んでた! ずっとずっと! だから魔王になってしまった!」

魔王「そうだ、私はすべてを憎んだ! そしてあの時、魔王になると決めた!」

魔王「この姿もこの力も私が願ったものだ! 私の本望だ!」

少女「そんな姿になってまで復讐するなんて……そんなのマオウもユウシャも喜ばない!」

少女「彼らはあなたに笑っていて欲しいって言ってたじゃない!」

魔王「だ……黙れ!! 黙れ黙れ黙れ黙れ、黙れぇ!!」

317: 2014/04/15(火) 22:39:57 ID:J4Zc6fJ2

火球を撃ち止めて魔王が新たに大きな楕円の魔法陣を生み出すと、闇の中から甲虫のような鎧兜をその身に纏い、カマキリのような鋭い刃を両手に持つ魔物が次々と勢いよく飛び出してきた。

その魔物は薄刃の羽をジジジと羽ばたかせ束となってミコに向かっていった。


甲虫魔物「キシャアアアア!!」

少女「くっ!」


ミコが右手に持つ杖の頭に光の玉が収束していく。

大きな輝きの塊をまとった杖を力いっぱい振ると、杖の先から光の槍が飛び出し甲虫魔物の体に光の槍が貫通した。

魔物は金切り声の断末魔を挙げながら墜落していく。


魔王「私の記憶を見たならば貴様もわかっているはずだ!」

魔王「彼らは私に関わらなければ、氏ななかった! 二人とも私のせいで氏んだ!」

魔王「それはもう私が頃したも同じだ! 実際にその首にも手をかけた!」

魔王「そんな私が彼らのことを忘れて笑って過ごすなどできると思うか!? できる訳ないだろう!」

318: 2014/04/15(火) 22:41:37 ID:J4Zc6fJ2


ミコは次々に飛びかかってくる甲虫魔物の攻撃をかわしては光の槍を打ち込んだ。

三体の甲虫魔物を連ねて打ち落とした所でミコは魔王を正面に見据えて叫んだ。


少女「あなたの気持ちはわかります……、でも、あなたは間違ってる!」

少女「あなたはそうやって全て自分のせいだと決め付けて、自分を責めて償ってるつもりになってるだけだ!」

魔王「何だと!」

少女「優しさを無くして憎しみだけ残して揚句には本当に魔王になって……そんなのマオウもユウシャも望んでない!」

魔王「うるさい! 何も知らぬ貴様がマオウとユウシャを語るな!」

魔王「彼らも氏の間際にきっと心の奥底では悔やんでいただろう! 私と関わったことを!」

魔王「そして憎んだに違いない! 自分たちを氏に追いやった人間という種のことを! 私のこともだ!」

魔王「だから私は人間を滅ぼすと決めたのだ! 人間なんぞ……こんな利己的で愚かな種なんぞ、どれもこれも全て生かしてやる価値は無い! それは私とて同じだ!」

魔王「人間を全て滅して、そして私は氏に切れるまで一人で苦しみ続ける……それが私の背負う業だ!」

少女「……何もわかってない」ボソッ

319: 2014/04/15(火) 22:43:42 ID:J4Zc6fJ2

魔王「これ以上貴様と話すことは無い! 消えろ!」


魔王の体から稲光が走り青白く発光し始めた瞬間、上空360度全方位へ向けて雷の矢が無数に放射され、敵味方を問わず無差別に襲い掛かる。

空中を飛び交う甲虫魔物たちが雷の矢に体を貫かれると、一瞬にして絶命し、そのまま力なく墜ちていった。


少女「まずいっ!」


少女は杖を振り魔方陣を浮かび上がらせると、その身をガラスのような魔法の玉で覆わせた。

その直後に空中を駆け抜けていく数多の雷の矢に襲われる。

桁外れの威力に大きく弾かれ態勢を崩したが、魔法障壁によって直撃は全て防ぐことができた。


少女「間に……合った……」ハァ ハァ

魔王「ちっ! 小賢しい奴め!」

320: 2014/04/15(火) 22:45:09 ID:J4Zc6fJ2

少女「この……」ギリッ

少女「この、わからず屋ーー!!」


少女が魔王に向けて叫ぶと背中の光の翼が巨大化し、体には熱気のようなオーラが浮かび上がる。

ミコは目を閉じ両手を組み、呪文を詠唱をし始めると、魔王の胴体の周囲に青白い光を放つ魔王陣が一つ、二つ、三つと浮かび上がり取り囲んでいく。


魔王「何だこれは!?……くそっ、鬱陶しい!」


魔王は幾重にも連なる大きな羽を広げ、その身を宙へと持ち上げた。

鈍重そうな巨躯とは裏腹に俊敏で素早い動きで飛び回る。

不規則な急旋回と上下降を繰り返し引き離そうと試みるが、魔方陣は魔王の身の回りをグルグルと周回しながらも魔王にピタリとつき剥がされることはなかった。

むしろ、それらは少女の詠唱に呼応してさらに数を増やし続け、ついには二十を超える魔法の円盤が魔王を取り囲んだ。

321: 2014/04/15(火) 22:49:50 ID:J4Zc6fJ2

少女「何もわかってないのはあなたの方だ!」


少女は閉じていた目を力強く見開いて組んだ両手を魔王に向けて開いた。

その瞬間、魔王を取り囲む魔法陣が一層の輝きを放ち、その円の中心から光の帯が勢いよく飛び出した。

二十超もの光の帯は魔王の手足、羽、胴、そして頭をきつく縛り上げ、さしもの魔王も動きを止めざるを得なかった。


魔王「くっ、何だこれは! 小癪な術を!」グググッ

少女「…………」ハァ ハァ

魔王「こんな足止め程度の技で私を倒せると思ったか!? 解けた瞬間貴様を食い頃してやる!」

少女「男さん、落ち着いて私の話を最後まで聞いてください!」

魔王「言ったはずだ! 貴様と話すことなど何も無い! ましてや何も知らずしてマオウとユウシャを語る貴様なんぞに!」

少女「いいえ、本当に私には彼らの気持ちがわかるんです!」

魔王「たかが私の記憶を夢で見たごときで何を語る! 貴様なんぞに何もわかりはしない!」

少女「わかるよ! だって私はマオウとユウシャの記憶も見たから!」

魔王「!?」ピタッ

322: 2014/04/15(火) 22:53:58 ID:J4Zc6fJ2

魔王「……何だと?」

少女「私は元々、戦いに来たわけではないんです」

魔王「…………」

少女「男さん……あなたに見てもらいたいものがあります」


ミコは祈るように右手を胸に当てると、その手が虹色の眩い輝きを放ち始めた。

そして少女は魔王に近づくと、輝く虹色のオーラを纏った右手を差し出してきた。


少女「さぁ。私の手にあなたの手を合わせてください」

魔王「……何をする気だ」

少女「私が見た、マオウとユウシャの記憶をお見せします」

323: 2014/04/15(火) 23:00:05 ID:J4Zc6fJ2

魔王「クククッ……何を言うかと思えば……そんな怪しいもの信用できるわけないだろう!」

少女「大丈夫です。罠も何もありません」

魔王「…………」

少女「拒み続けるなら無理矢理にでも掴ませます」

魔王「……貴様の言葉が偽りだとわかった時、貴様は地獄を見ることになるぞ?」

少女「わかってます。さぁ、早くお手を」

魔王「……いいだろう。本当にできるというのならば見せてみろ!」


魔王は数ある中から主たる腕を差し出し少女の掌に合わせた。途端、周りの景色が瞬く間に暗闇に覆われると、辺りは限りなく黒に近い濃紺に包まれた何もない空間へと変わっていった。

324: 2014/04/15(火) 23:02:56 ID:J4Zc6fJ2


ミコも魔王もまるで深海のような深深とした空間の中に身を漂わせている。

すると小さな気泡に似たものが下から上に、右から左に、はたまたその逆に、それらがゆらゆらと浮遊しているのが見えた。


魔王「何だ……これは……」

少女「これは記憶の遊庭。私が今まで夢の中で見た記憶が貯蔵されている空間です」

少女「この泡のようなものは記憶の欠片たちで、目を凝らして耳を澄ませば中の様子を伺えますよ」


目の前を通り過ぎる記憶の欠片たちは、宝石のような輝きを放っていた。

そして水晶のような濁りの一切ない透明度を持っているが、少女の言う通り気泡の中を注視して覗きこむと、そこには歌を歌いながら陽気に作業をする農夫のものらしき記憶の映像が見て取れた。

それだけではない。酒場で歌い踊るの踊り子の、釣ったばかりの魚を捌く漁夫の、家臣と議会を行う国王の、戦争に駆りだされた兵士の、他にも家畜や虫、魚までの……周囲の気泡ひとつひとつそれぞれにあらゆる生物たちの生の記録が映像として映し出されていた。

325: 2014/04/15(火) 23:04:38 ID:J4Zc6fJ2


魔王「…………」

少女「男さん。そこの欠片の中を覗いてください」


ミコに促されて覗いた気泡の中には、無機質なコンクリートに囲われた空間が映っていた。

塗装の剥げた壁、薄汚れた床と天井、廃棄された機材の数々……この場所は、誰よりも私が知っている。

廃ビルの入り口から表情の冴えない少年が入ってくると、こちらを見つけるなり、笑顔で駆け寄ってくる。

不意に、昔は当たり前のように聞くことができた、今ではほとんど思い出せない懐かしき声が聞こえてきた。



『やあ男。今日は元気そうじゃないか』



326: 2014/04/15(火) 23:09:01 ID:J4Zc6fJ2

魔王「まさかこれが……」

少女「そうです。マオウの記憶です」


『そんなに毎日持って来ずともいいのに。本当にお人よしだな、キミは』

『全く、自分の方が大変なクセに私のことばかり気にかけおって……』

『……いつもありがとう。感謝しているよ』


少女「これはマオウの心の声です」

少女「マオウは心の中でいつもあなたのことを気にかけて心配していました」

魔王「……マオウ」

327: 2014/04/15(火) 23:10:49 ID:J4Zc6fJ2


孤高の気高さを持つ優しくてあたたかくて懐かしい声が耳の奥へ、心の奥深くへと浸透していく。

この映像を眺めていると、この魔王の姿は幻で、元の人間の姿に戻っているような気がして腕を目の前に持って来るが、やはり身体は魔王のままだった。

この姿は魔王としては威厳を持ち人々を畏怖させるに足りるものだったが、昔のわが身と見比べるとなんとも醜悪な姿なのだと改めて認識させられる。

あまりに食い入るように見ていた為か、少女から「懐かしいですか?」と問いかけられたが私は何も答えなかった。

そのような私を見て、少女は少し微笑んだように見えた。


少女「すみません。もっと見ていたいかと思いますが、この空間を作り出すのは魔力の消耗が激しく、あまり長く維持することができません」

魔王「…………」

少女「マオウの記憶の時間を早めました。男さんには辛い場面ですが……もう一度覗きこんでください」

328: 2014/04/15(火) 23:12:04 ID:J4Zc6fJ2


私は言われるがまま再び気泡を覗きこんだ。

そこにはマオウがD太に掴かまれて窓の方へと持ち運ばれる所が映し出されていた。

肝心の私と言えば……そう、ウジ虫のように地べたを這いずっている。


『そんなにコイツを助けたいなら10秒以内にここに来て土下座しろ。二度と逆らいませんってな』


あの忌々しいD太の声が響き渡る。

マオウとの思い出はそのほとんどが廃れて枯れてしまっていたが、皮肉にもこの瞬間だけは鮮明に憶えている。

私はとにかくマオウを助けたかったのだが、私にはそれができなかった。

……ひとえに私が弱かったからに他ならない。

今でも思い出すだけで激しい自責の念に苛まれるのだから再びこの光景を目の当たりすれば、私の動悸が苦しい程に激動するのは当然のことだ。

今では魔王として君臨している私の唯一の弱点、それがかつての弱い自分の記憶というのはいかにも滑稽なことだろう。

329: 2014/04/15(火) 23:12:58 ID:J4Zc6fJ2

少女「ここから、マオウがあなたに語りかけます。これはあの時、マオウがあなたに伝えたかった思いです」

少女「その言葉をしっかり聞いてあげてください」

魔王「…………」

330: 2014/04/15(火) 23:15:28 ID:J4Zc6fJ2


『まったく……元魔王ともあろう私が……何て様だ……』

『男よ……、なんて情けない顔をしているんだ……』

『すまないな……私は、キミを助けられないばかりか……この身すら守れず、この体たらくだ……』

『……伝えたい……キミに、本当に感謝していると、キミに会えてよかったと、……私のことで悔やむことは何一つないと』

『男……、今まで……ありがとう。キミは……、いつもの優しいキミのままで、いてくれ。……それだけが私の、願いだ』

『ただ……悔いるのは、いつでも笑って過ごせるように……してやりたかった―――――――――』


331: 2014/04/15(火) 23:19:37 ID:J4Zc6fJ2


映像がブラックアウトする。それは黒猫が二度目の絶命を迎えたことを意味していた。

終わりを見計らっていたかのように気泡は黒猫の記憶を連れてゆらゆら上昇していった。


魔王「…………」

少女「……男さんの苦しいお気持ちはわかります」

魔王「…………」

少女「でもこちらも、ユウシャの記憶も見てあげてください」

魔王「…………」


気泡の中には、ぐしゃぐしゃに崩れた泣き顔を浮かべながらこちらを見つめる男の顔が映っている。

こちらに向かって伸ばされた両手、これは私の手だ。私がこれからユウシャを……。

突如映像が消え暗転したが、それはユウシャが目を閉じた為だろう。

あの時と同じように、ユウシャが最後に叫んだ声が聞こえる。


『さぁ……やれ……男!』


332: 2014/04/15(火) 23:21:55 ID:J4Zc6fJ2


覚えている。

この時の様子もすべて鮮明に覚えている。

ユウシャの首周りの細さ、骨の軋み、折れる感触と音。

それだけはこの醜くなった体になってからもいまだに昨日のことのように覚えている。

人間時代の私の嗚咽しすすり泣く声と、押し頃した叫び声が聞こえる中、ユウシャの最期の心の声が聞こえる。


『……ごめんな、男。……最後に……こんな役を押し付けちまって』

『でも……気にするな……これは俺が望んだことだ』

『男、……生きろ! 強く、優しく! 男―――――』


先程と同じくして、目の前に浮く記憶の欠片はその役目を終えると上昇して気泡の渦の中に消えていった。

そして記憶の遊庭は霧が晴れるように薄れていき徐々に視界は晴れ、辺りは元の殺伐とした戦場に戻った。


333: 2014/04/15(火) 23:27:50 ID:J4Zc6fJ2


マオウとユウシャが残した最期の言葉、そして真意をようやく知ることができた“僕”は、只々呆然とすることしかできなかった。

最早少女の言うことも見せたものも疑うことはなく、そしてまた、闘う気力も失っていた。


魔王「…………」

少女「あなたは大切な人を失った悲しみで人間と自分を憎まずにはいられなかった。……でも彼らはあなたに誰かを憎めなんて言ってません」

少女「むしろ優しくあって欲しいと、笑って生きて欲しいと、あなたに出会えて良かったと、最後の最後まで本当にあなたのことを想っていました」

少女「だからもう、自分を責めて苦しめるのも、憎しみ続けるのもやめてください」

少女「誰も憎まなくていいんです。……もちろん、自分自身も」

魔王「…………」

少女「それを伝えに私はここへ来たんです」

魔王「…………」

334: 2014/04/15(火) 23:36:54 ID:J4Zc6fJ2

魔王「……キミの名前、ミコだっけ」

少女「……はい」

魔王「……ミコの言う通りだよ。わかってはいるんだ。こんなことマオウもユウシャも望んでなんかないって」

少女「…………」

魔王「でも……アイツらだけは絶対に許せなかった……だから、僕はやると決めたんだ!」

魔王「僕は……憎いんだ! 僕の憎しみは止まらないんだよ! 全てが憎いんだ!」

魔王「アイツらも! 他の人間も! どいつもこいつも! 僕自身も! 全部憎いんだ!」

魔王「アイツらを頃したことに後悔なんてしてない!」

魔王「この憎しみが僕をこの姿に変えたんだとしても後悔なんかしてない!」

魔王「……後悔してるのは、僕が何かできれていれば、マオウたちが氏ぬことはなかったんじゃないかってことだ」

335: 2014/04/15(火) 23:41:17 ID:J4Zc6fJ2

魔王「僕は弱くて、臆病で……何もできなかった……」

魔王「僕はただ、マオウとユウシャがいればそれで良かった……3人で仲良く、ずっと一緒にいたかっただけなんだ……」

魔王「なのに……なのに……何で僕は……僕は……」

少女「…………」

魔王「……会いたい……マオウとユウシャに、もう一度、会いたいよ」ポロ、ポロ

魔王「謝りたい……、マオウに……ユウシャに……ゴメン、って……」ポロポロ

魔王「ゴメンって……ゴメンなさいって……」ポロポロ

魔王「ゴメンね……マオウ……ユウシャ……」ポロポロ

魔王「ゴメン……助けてあげられなくて……ゴメン……」ポロポロ

336: 2014/04/15(火) 23:43:15 ID:J4Zc6fJ2


僕は泣いていた。

肥大した蠅の目から涙が零れていた。

もう忘れてしまった人間としての心を思い出したからか。

……いや、違う。

本当は泣きたかったんだ。

我慢していた訳では無い。

涙が枯れ果てていた訳でも無い。

僕はもう、あの二人の為に泣く資格は無いと思っていたんだ。

今でもその資格は無いと思っている。

でも溢れ出した涙を止めることはできなかった。


337: 2014/04/15(火) 23:49:46 ID:J4Zc6fJ2

少女「あなたと会って話しが出来て良かった」

魔王「え?」

少女「やっぱり、男さんは優しい人ですね」

魔王「……僕はたくさんの人を頃してきた。こんな奴が優しい訳あるもんか」

少女「だって、あなたが本気で滅ぼそうとしていれば、とっくにこの世界の人間は滅亡させられてたはずですから」

魔王「……どうかな。そんなのわからないよ」

少女「ううん。きっとそうです。それにあなたが本気だったなら、私はさっきの攻撃でとっくにやられてしまっているはずです」

魔王「…………」

少女「そうでしょう?」

魔王「…………」

338: 2014/04/15(火) 23:53:39 ID:J4Zc6fJ2

魔王「……僕は、人間を滅ぼすことに何の迷いは無い」

魔王「人間も自分も憎い。この憎しみはずっと尽きないで増える一方だ」

魔王「その内僕は心も完全に魔物になって、人間だけじゃなくてこの星の全てを消滅させるに違いない」

魔王「でも、そうやって何もかも無くして孤独になって、ずっと一人で憎んで苦しみ続ける、……それが贖罪になると思ってた」

少女「…………」

魔王「……でも、そうじゃなかったんだ。今わかったよ」

少女「?」

魔王「ミコ、……キミに頼みたいことがある」

少女「……何でしょうか」

魔王「僕を頃してくれ」

339: 2014/04/16(水) 00:05:12 ID:tELMxU5U

少女「…………」

魔王「僕はあまりにも人を頃し過ぎた。僕のやってきたことは、それこそ僕の氏をもって罪を贖うほかない」

魔王「でも情けないことに自分じゃ自分を殺せないんだ……」

少女「…………」

魔王「勇者であるキミならできるだろ? それに僕を殺せば人間も滅ばずに済む」

魔王「だから……頼む、僕を頃してくれ!」

少女「……いえ、私はあなたを頃しません」

魔王「何でだよ……キミは勇者だろう!? 僕を頃す責務があるはずだ!」

少女「…………」

魔王「頼むよ、お願いだ! 僕を頃してくれ!」

340: 2014/04/16(水) 00:07:41 ID:tELMxU5U


魔王が氏を欲する姿はこれまで対峙してきた人間たちからすればとても滑稽なもので、なんとも身勝手な物言いに見えるだろう。

聞こえずとも怨嗟の声が訴えかけてくるのがわかる。

今までお前は何をしてきた。

どれだけの人間を頃してきた。

そこにある氏骸の山を築いたのは誰だ。

お前だ。

お前が頃した。

お前が頃してきたんだ。

それがこの期に及んで氏にたいだと。

ふざけるな。

魔物は殺せ。

魔王を殺せ。

魔王を滅ぼせ。

人類を滅ぼそうとする悪しき魔王に、正義の鉄槌を下せ。

341: 2014/04/16(水) 00:16:50 ID:tELMxU5U


それは氏人の声だけではなく、世界の総意でもあった。

……しかし、ここで一つのある事実を述べよう。

確かに男は魔王となり数多くの人々の命を奪ってきたけれども、それは全て“返り討ち”にしたことの結果だった。

初めに魔王を見た人間はこの世のものとは思えない禍々しい怪物の姿にさぞ驚き恐れたことだろう。

そして人々は武器を手に取り軍となって、この怪物を討伐する為に戦うことを選んだ。

魔王の居する地に毎度数千から数万もの軍勢で押し寄せて、魔王を取り囲んだ。

先の戦いもそうだが、以前からの戦いもそうだった。

人々がここまで進軍し、魔王がそれを灰塵に帰す。

その繰り返しだ。

それ故に出来上がったのが、この氏屍累々の地だ。


342: 2014/04/16(水) 00:21:03 ID:tELMxU5U


それは魔王が、――男が意図してやっていたのかというとそういう訳でもない。

なぜなら男も襲い掛かる人間らを気にも留めず頃してきたのは間違いなく、また滅ぼそうとしていたのも事実で、そうなるまでは時間の問題だったからだ。

ただ、魔王となって人間を滅ぼすべきだと心に決めたものの、男はこの地を一歩たりとも動いてはいない。

それも一つの事実だった。

ミコはそれを記憶を通じて見ていた。故に知っていた。そして言ったのだ。

男に向かって「優しい人だ」と。

だからこそミコは突然の男の哀しき願いに狼狽することもなく微笑んで答えることができた。


343: 2014/04/16(水) 00:25:52 ID:tELMxU5U

少女「男さん、大丈夫です。私に任せてください」

魔王「?」

少女「あなたがもう人を憎まずに済むように、二度と魔王になんてならないように、元の優しいあなたに戻れるように」

少女「私の全魔力と、この命を捧げて、魔王であるあなたを封印します」

魔王「命を捧げて……?」

少女「はい」

魔王「そんな……僕なんかの為に、何でキミが氏ぬ必要があるんだ!」

少女「あなたの魔力が強大過ぎて、この封印魔法でないと歯が立ちませんから」

344: 2014/04/16(水) 00:33:20 ID:tELMxU5U

魔王「……僕が悪いのか。僕は……いつもそうだ! 僕は、人を氏なせてばかりだ!」

少女「違います! それは誤解です!」

魔王「キミは怖くないのか!? 氏ぬんだぞ! 怖くないのかよ!」

少女「……怖くないと言ったら嘘になります」

魔王「なら何でそんなことができるんだよ!」

少女「私はその為にここへ来たんですし、覚悟もしてきてますから」

魔王「何でキミが僕なんかの為にそんな覚悟をしなくちゃならないんだ!?」

少女「それは……」

魔王「教えてくれよ!」

少女「…………」

345: 2014/04/16(水) 00:42:37 ID:tELMxU5U

少女「……私も……後悔してるから」

魔王「後悔?」

少女「……はい。男さんが魔王になってしまったのは……私のせいでもあるんです」

魔王「キミのせい……?」

少女「…………」

魔王「どういうことだよ。何でキミが関係してるんだ?」

少女「……ごめんなさい、言えません」

魔王「言えないって、そんなので納得できる訳ないだろ! 少しくらい話せよ!」

少女「ごめんなさい。これ以上はもう言えません。言ってはいけない気がするんです」

魔王「…………」

少女「……でも、大丈夫です」

少女「男くんならきっと、わかってくれると信じてるから」ニコッ

346: 2014/04/16(水) 00:44:12 ID:tELMxU5U

魔王「……本当にやるんだね?」

少女「はい」

魔王「ゴメン、こんな僕なんかの為に……」

少女「謝らないでください。男さんは悪くありません。だから気にしないでくださいね?」

魔王「……うん。ありがとう」

少女「ふふっ」クスクス

魔王「どうしたの?」

少女「すみません。魔王にお礼を言われるのって、確かになんか変な感じだから」クスクス

魔王「?」

少女「失礼しました。では……始めます」

347: 2014/04/16(水) 00:50:50 ID:tELMxU5U


少女は目を閉じ、杖の頭にある水晶石を眉間と額に合わせて歌を歌うように呪文を唱え始めた。

少女の凛とした声とは裏腹に、どこか悲しげな旋律が辺りに流れている。

彼女の肩口からオレンジ色を纏った光の粒子がふわりと浮かび上がると、同色のオーラが薄い膜を張るようにミコの体と杖を覆っていく。

ミコは杖を額から離してその先を地面につける。そして歌いながら舞うように白く輝く魔法陣を描き出した。

何度も何度も円を描くように舞い踊る彼女は、何故か泣いているようにも見えた。

大きな魔法陣を描き終えると、彼女はその中心で舞いを止め、笑顔でこちらに目を向けた。


少女「お待たせしました。こちらへおいでください、男さん」


差し出された可憐な手に、自分の醜い手を重ねると魔法陣から放たれた光がより一層輝きを増して僕たちを包んでいく。

段々と意識は薄れていき視界が黒くなっていく。

少女は僕の手を離すまいと強く握り締め、僕もミコの手をしっかりと握り返す。

お互いに祈るように、眠るように目を瞑っていた。


348: 2014/04/16(水) 00:54:01 ID:tELMxU5U


気がつけば、母胎の中で羊水に浸るようなあたたかくて心地よい空間に僕は漂っていた。

体も手も羽もどこの感触もなく、薄らとした視界と意識だけがそこには残されていた。

不意にミコの声が聞こえてくる。


「男さん、聞こえますか?」

――あぁ。聞こえるよ。

「よかった。封印魔法も上手くいったようです。もう暫くすれば、私の声も聞こえなくなります」

――そっか。

「最後に私から伝えたいことがあります」

――何?

「怒ることも憎むこともあると思います。でも、どうかもう魔王にはならないでください」

「どうしても憎しみを捨てられない時は、マオウたちの言葉を思い出してください」

―― ……。

349: 2014/04/16(水) 00:56:04 ID:tELMxU5U

「約束してくださいね?」

――わかった。約束する。

「……本当に約束ですよ?」

――あぁ。わかったって。

「よかったです」

―― ……もう一つ約束するよ。

「何でしょうか」

――ミコ、キミのことも忘れない。

「本当ですか?」

――うん。忘れないよ。絶対に。

「ふふっ。嬉しいです」

「ありが……とう……ざいま……す……」

――ミコ?

350: 2014/04/16(水) 00:57:45 ID:tELMxU5U



少女の声は途切れて完全に聞こえなくなった。

真っ暗な夜の海を連想させる瞑目の景色、その深奥の底でたゆたう僕は、しばし思考を巡らせていた。



351: 2014/04/16(水) 00:58:40 ID:tELMxU5U


僕はまた新たに人間に生まれ変わるのか。

それとも、家畜か、野良の動物か、虫か、草花か。

それはわからない。

でも何に生まれ変われたとしても、僕は強くなれるなら強くなりたい。

世界を滅ぼせるほどなんかじゃなくていい。

ただ目の前の大切な人たちを守れるくらいの力が欲しい。

自分を奮い立たせられる勇気と強さが欲しい。

……いや、願ってるだけじゃダメなんだ。

大切なものを失いたくないなら、自ら強くなろうとする覚悟と意志が必要だ。

世の中はいつだって不条理で、強者が弱者を喰らうのが常だ。

強者はいつでも襲い掛かれるように牙と爪を研いでいる。

だけど僕ら弱者には、強者に対抗できるような爪も牙は無い。


352: 2014/04/16(水) 01:06:00 ID:tELMxU5U


なら弱者である僕らはどうすればいいのか。

僕らは棘や殻を身に纏おう。弱者は弱者なりの力を身につけるんだ。

それらを得るまでの道のりは辛く険しく、ようやく手に入れられたとしてもまだ棘は柔く、殻は脆いかもしれない。

でもそれは今まで自分を甘やかしてきたツケだ。

痛みから避けて、苦しみから逃げるのはもう止めだ。

心を閉じこめて自我を麻痺させても何も変わらないし変えられなんかしない。

どんな苦難の中でも足掻いて、もがいて、“強くなろうとする覚悟”と“確固たる意志”を持たなくてはいけないんだ。

それは僕を守ろうとしてくれた黒猫のように。

それは僕を強くしてくれようとした白猫のように。

それは僕を憎しみから解放してくれた少女のように。

自分の為だけじゃない。

何よりも大切なものたちの為に。


353: 2014/04/16(水) 01:07:49 ID:tELMxU5U








意識が薄れ始めた。

もう思考することも出来なくなった。

あとはもう、ただこの身を漂わせて、深深と深深と眠りの中に落ちていくだけだった。








354: 2014/04/16(水) 01:08:44 ID:tELMxU5U

▼日時未明/男宅/男の部屋

男「ん……んン……」パチッ


目を覚ますと僕は制服を着たままベッドの上で横になっていた。

白い壁紙が陽光を反射して部屋の中が眩しい。

カーテンは風に遊ばれてさらさらと泳いでいる。


男(あれ……ここ……僕の部屋……?)

男(僕……そうか……寝ちゃってたのか……)

355: 2014/04/16(水) 01:09:18 ID:tELMxU5U

男(――って、そうじゃない!)ガバッ

男(何で!?)キョロキョロ

男(何で!?)キョロキョロ

男(何でだ!?)キョロキョロ

男(さっきまで僕は……)

男(もしかして……まさか……夢?)

356: 2014/04/16(水) 01:10:41 ID:tELMxU5U

男(そんなハズない! だって全部覚えてる!)

男(マオウが殺されて冷たく硬くなってく感触も!)

男(ユウシャに鍛えられて、そして僕が頃したことも!)

男(アイツらを拷問にかけた時のことも、叫び声も、肉の焦げ臭さも、返り血の生臭さも!)

男(魔王になって、人を憎んで頃し続けて、ミコに出会って……、全部覚えてる!)

357: 2014/04/16(水) 01:11:12 ID:tELMxU5U

男「…………」

男「……あははは。何だよこれ、どういうことだよ……何なんだよ……」

男「…………」

男(――そうだ! あそこに行ってみればわかる!)

男 ダッ


――ギィッ、バタン


358: 2014/04/16(水) 01:14:53 ID:tELMxU5U

▼昼/廃ビル/地下1階

男「…………」

男「…………」

男「……嘘だ」


廃ビルの地下には荷物置き場らしき空間が確かに存在したが、廃棄され埃をかぶった機材たちを物一つ動かした形跡は無く、“本来ならそこにあるはずのもの”も無かった。


359: 2014/04/16(水) 01:18:19 ID:tELMxU5U

男「……どういうことだよ。何で無いんだよ」

男「全部夢だった? それともこれが夢?」

男「そういえば今日っていつだっけ? 夏服着てるし6月? いや、暑いし7月?」

男「……もう訳わかんないよ……教えてくれよ、誰か!」

男「なぁ! ミコ! これ何なんだよ! 僕を封印するって何だったんだよ!

男「何でまたここにいるんだよ! 今度は一人で生きてみろっていうのか!?」

男「この最悪な世界で罪の意識だけ背負って生きろっていうのかよ!」

僕「何の為に僕をまたこの世界に戻したんだ! 答えろよ! ミコ!」


――シーン。


男「何なんだよ……何なんだよ、もう……」

男「……帰ろう」

360: 2014/04/16(水) 01:26:06 ID:tELMxU5U

▼廃ビル/1階/外

男 トボトボ

男(マオウもユウシャもミコも、全部が夢で、元からいなかったのかな……)

男(普通に考えたら、猫が喋るなんてありえないし、人間が魔王になるなんてのもありえないよな)

男(でもあれが夢とは思えない。だって、僕は……)

男(……わかんなくなっちゃった。これからどうすればいいんだろ)

男(ここに無いってことは学校に行けばアイツらがいるんだよな。母さんも……)

男(またあんな日が続くのか……今度は一人っきりで……)

男(……もういっそ、今度こそ本当に氏んでやろうかな)

男「……なんて、どうせできるわけないのにね」

男「どうすればいいんだよ、僕は……」

361: 2014/04/16(水) 01:27:23 ID:tELMxU5U













「ニャーン」












362: 2014/04/16(水) 01:28:53 ID:tELMxU5U

男「!?」

黒猫 スタスタ


ビルの陰から、少し小柄だが艶やかな体つきの黒猫が現れた。

光り輝く満月のような金色の瞳、どこか威厳のある佇まい。

そして懐かしき優しい声で黒猫はもう一度鳴いた。


黒猫「ニャーン」


363: 2014/04/16(水) 01:29:40 ID:tELMxU5U

男「マオウ……?」

黒猫「ニャーン。ニャーン」

男「マオウ……だよね……?」

黒猫「ニャーン」トコトコ

男「どうしたの? 普通の猫みたいじゃん……」

黒猫「ニャーン。ニャーン」スリスリ


足元に頭を擦りつけて懐いて来る黒猫を男は抱きかかえた。

改めて黒猫を隈なく見回してみるが、すべてを鑑みてもこの黒猫はまぎれもなくマオウだった。

黒猫は目を閉じ、喉をグルグルと鳴らして男の腕の中でくつろぎ始めた。


364: 2014/04/16(水) 01:35:26 ID:tELMxU5U

男「そっか……僕、マオウの声聞こえなくなっちゃったんだ……」

男「それとも本当に夢だったのかな。マオウがこんな猫っぽく懐いてくるはずないもんね。……よしよし」ナデナデ

黒猫「ニャーン」

男「…………」

男「……でも……でも……よかった」グスッ

男「また……マオウに会えて……よかった」グスッ グスッ

男「マオウ、ゴメンね……僕……本当に……ゴメン……」ポロポロ

男「よかった……ゴメンね……マオウ……」ポロポロ

男「マオウ! ゴメンね、マオウ!」ポロポロ

365: 2014/04/16(水) 01:36:23 ID:tELMxU5U


黒猫「!?」バッ


不意に黒猫が起き上がり男の足元に降りる。

そして誰もいない方向へ向かって懸命に鳴き始めた。


黒猫「ニャーン」

男「?」

黒猫「ニャーン」

男「マオウ、どうしたの?」

黒猫「ニャーン。ニャーン」

男「そっちに誰かいる……の……」

366: 2014/04/16(水) 01:41:16 ID:tELMxU5U






白猫 スタッ

白猫「ニャオン」






隣地の塀の向こうから今度は白猫が現れた。

しなやかな細身と熟れた林檎のように真っ赤な目が特徴的な、真っ白い猫だった。


367: 2014/04/16(水) 01:42:18 ID:tELMxU5U

男「………………」

白猫 タッタッタ

白猫「ニャオン。ニャオン」

男「ユウシャ……」

白猫「ニャオン」

男「……ごめん。僕ね、もうユウシャたちが何言ってるのかわからないんだ」グスッ

白猫 スリスリ

男「ユウシャも……よかった。ユウシャも……ゴメンね。それと、ありがとう」ポロポロ

男「二人とも……僕……ゴメン、ありがとう、ゴメン」ポロポロ

男「また会えて良かった……良かったよぉ……」ポロポロ

368: 2014/04/16(水) 01:47:56 ID:tELMxU5U


(?)「ユウシャー? どこ行ったのー?」


男「!?」

男(誰か来る……涙拭かなきゃ……)ゴシゴシ

女「ユウシャここにいたの。――あっ、すみません。ウチの猫がそっち行っちゃったみたいで」ア
セアセ

男「ど……どうも。――あれ!?」

女「どうしました?」

男「あっ、……いや……すみません。何でも無いです」

女「……あの、もしかして男くん……ですか?」

男「はい……そうですけど」

女「やっぱりそうだ! ほら私、6組の『女』です。1年の時に一緒のクラスでしたよね」

369: 2014/04/16(水) 01:52:48 ID:tELMxU5U

女「あまり……というか全然話したことなかったけど、一回だけ席が隣になりましたよね」

男「…………」

女「……って覚えてないですよね。すみません、外で学校の人と会ったの初めてなので、なんか浮かれてしまって……」アセアセ

男(6組の……女……、ユウシャ……、ミコの後悔って……まさか……)チラッ

白猫「ニャオン」

男(そうか……そういうことだったのか……)

女「どうかしましたか?」

男「……いや、何でもないよ。何でもないんだ」

女「?」

370: 2014/04/16(水) 01:54:41 ID:tELMxU5U


ここまで来てようやく気づけた自分の間抜けさに僕は苦笑を浮かべた。

あの時、少女が元に戻れるようにと祈りを込めてくれたおかげで、確かに僕はまたここにいる。

あれほどまで止め処なく溢れ出てきた憎悪も今では嘘のように無くなっていて、この身と心を焦がし尽くしていた業火もまた消え去っていた。

だけど僕は思う。

それでも僕の罪が無くなった訳でない、僕の贖いは何も終わってなんかいないんだ。

僕が償う為にしなくてはいけないこと……その答えはもうとっくに出ている。

あの穏やかな暗闇の中で眠りにつく直前に辿り着いた思い、あれが答えだ。

僕はある決意と覚悟を胸に決めて、それらを氏ぬまで守り続けると心に誓った。

それこそが罪深き僕に科せられた償いであると今度こそ確信している。

そしてこれから本当の僕の贖罪の日々と、生きるということが始まるんだ。


371: 2014/04/16(水) 01:56:25 ID:tELMxU5U


女は風でなびく赤茶けた黒髪を右手で抑えて、白猫を手招きした。

白猫は僕の手から離れ、女の元に駆け寄っていく。

僕の足元でくつろぐ黒猫に目を見やると丁度目が合った。

すると黒猫は少しだけ誇らしげで、不敵に、でも優しく微笑んだような気がした。




―― fin.


372: 2014/04/16(水) 02:08:27 ID:tELMxU5U

だいぶ夜分になってしまいましたが、
以上で、男「魔王猫と僕」【 完全版 】はくう疲です。

これは以前に投稿したものを、
誤字脱字等の訂正・分の加筆修正をして
完全版として再投稿させて頂いたものです。
ストーリーは変わりないですが、キャラのセリフ・文で、
情景や自分の考えを思い切りにぶち込みました。

一度ご覧になられたことがある方も
初めて読まれる方も
楽しんお読み頂けたなら幸いです。

末筆ですがここまで飽きずに
ご覧頂き続けた皆様方に感謝したいと思います。
ありがとうございます。

それでは。

373: 2014/04/16(水) 08:12:41 ID:oYOSR.o6
乙ー
2回目だけど楽しめたよ

引用: 男「魔王猫と僕」【 完全版 】