605: 2011/07/02(土) 04:17:27.28 ID:bb+AXNae0

606: 2011/07/02(土) 04:18:21.09 ID:bb+AXNae0

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   数日後   12:51  第13学区  喫茶『Freedom』

店員「お待たせしましたー♪こちらチョコレートムースとブレンドコーヒーでーす♪」コトコトッ

店員「ごゆっくりどうぞー♪」

打止「いっただっきまーす!」

垣根「どうぞ」

打止「…んーおいしー!ってミサカはミサカは未知の味覚体験に驚きを隠しきれなかったり!」

垣根「そりゃよかった」

打止「垣根のお兄ちゃん、こんなおいしいお店よく知ってるね!ってミサカはミサカは
お兄ちゃんの意外な女子力に複雑な気持ちになってみたり!」

垣根「ああ、ダチ……知り合いに教えてもらったんだ」ズズッ

打止「それって固法お姉ちゃん?」

垣根「っ!な、何でわかった?」ゲホゲホ


打止「だってこんなお店女の子と一緒じゃないと来ないでしょ?お兄ちゃん、女の人の知り合い少ないし、
   さらにその中でこういうお店知ってそうなのは固法お姉ちゃんくらいかな、ってミサカはミサカは鮮やかな論理的推理を披露してみたり!」フンス

垣根「……打ち止めちゃんにはかなわねえなぁ」クスッ

打止「………何かあったの?」

垣根「どうして?」
とある魔術の禁書目録 外典書庫(4) (電撃文庫)
607: 2011/07/02(土) 04:19:02.04 ID:bb+AXNae0

打止「垣根のお兄ちゃん、さっきから愛想笑いしかしてないよ、ってミサカはミサカは子どもらしからぬ観察眼で指摘してみる」

垣根「………ちょっとヘコむことがあってな。なあに、些細な事さ」

打止「それに学校はどうしたの?今頃はまだあの人と学校に入ってる時間なんじゃないの?
   ってミサカはミサカはおサボりさんのお兄ちゃんを叱ってみたり」メッ

垣根「ああ、いいんだよガッコなんて。オレくらいになるともう単位は足りてるから登校しなくても卒業できるし。
   学校は行きてえから行ってるだけだ。だから行きたくねえ時は行かない」ズズー

打止「もーへ理屈ばっかりこねてー、ってミサカはミサカはプリプリしてみたり」プンプン

垣根「フッ…………」



打止「……同じだよ」

垣根「は?」

打止「垣根のお兄ちゃん、昔のあの人と同じ目をしてるよ、ってミサカはミサカはお兄ちゃんをまっすぐ見て言い放ってみる」

垣根「一方通行と?オレが?冗談だろ?」クククッ

打止「冗談なんかじゃないよ」

垣根「?」

打止「あの人もそうだった…………いつも何かを諦めたような眼をしてたよ、
   ってミサカはミサカはしんみりしながら思い出してみる」

垣根「…………」



打止「ねぇ、お兄ちゃんは何を諦めたの?」




608: 2011/07/02(土) 04:19:42.16 ID:bb+AXNae0

垣根「……オレが悪いんだ。自業自得なんだよ。だからもういいんだ」

打止「それがわかってるなら……」

垣根「違うんだ。謝って済むとか、そういう問題じゃねえんだよ」

打止「………お兄ちゃんは、それでいいの?ってミサカはミサカは……」



垣根「いいんだよ。オレがそう決めたんだから」



打止「…………」



垣根「さて、くだらねえ話は終わりにしよう。それよりもっと面白ぇ話をしようぜ!」ニッ

打止「お兄ちゃん……」

垣根「あっ、そうそう!なあ、モヤシに彼女ができたって話あれマジか?
   この間クソうぜえメールがきてよ、ぜってーウソだと思って無視してんだけど。ウソだよな?」

打止「あっ、ううん、本当だよ」

垣根「は?マジで?アイツと付き合うとかどんな聖人君子だよマジで」ケラケラ

打止「とってもキレイでいい人だよ。碧美お姉ちゃんっていうの、ってミサカはミサカはあっさり白状してみたり」

垣根「はぁ!?碧美って、まさか柳迫碧美か!!?」ガタッ

打止「あれ?知ってるの?」

垣根「知ってるもなにもオレが紹介したようなモンだし……」

打止「え?え??どういうこと!?ってミサカはミサカは詳細キボンヌしてみたり」kwsk

垣根「それがさぁ………」




609: 2011/07/02(土) 04:20:30.69 ID:bb+AXNae0

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   14:15  第7学区 路上

打止「ごちそうさま!ってミサカはミサカは笑顔でお礼を言ってみたり!」

垣根「経緯はどうあれ、約束だったしな……どうせ支払いはオレじゃないし」ボソッ

打止「?」

垣根「何でもねえ。うまかったか?」

打止「とっても!」ニコッ

垣根「それはなによりで」

打止「今度は休日限定スイーツっていうのが食べてみたいかも!ってミサカはミサカは調子にのっておねだりしてみたり!」

垣根「あー、あれな………」

打止「え?食べたことあるの?」

垣根「ああ、フツーにうまかったけど色々とアレな代物だったな……」

打止「えーどんなのどんなの?ってミサカはミサカは期待に胸を膨らませつつ質問攻めにしてみたり!」

垣根「まぁ……オレの口からはちょっと。今度はモヤシにでも連れてってもらいな」

打止「えぇー?もったいぶらないでよーってミサカはミサカは……」


ナイテル、マダナイテルヨ ッテシランカオシヤガッテ♪

オイテカレタシンショウフウケイモ トンデユケジダイノカナター♪



610: 2011/07/02(土) 04:21:17.38 ID:bb+AXNae0

垣根「あん?電話……上条からか。ちょっとゴメンな」


ピッ


垣根「おお、オレだ。………おお…………は?……………ああ………ああ、わかった。あと15分くらいで行く。じゃあな」


ピッ


打止「ヒーローさん?」

垣根「ああ。なんでもテレビが映らなくなったから直してほしいとかなんとか……
   後ろでシスターちゃんがわめいてたな」

打止「あー!そういえば今日カナミンの再放送があるんだった!ってミサカはミサカはシスターさんと聞いて思い出してみたり!」

垣根「なるほどな。それでシスターちゃんが騒いでたのか……」

打止「っていうか垣根のお兄ちゃん、テレビなんか直せるの?」

垣根「こう見えても手先は器用でね。
   それに上条んところの旧式くらいならウチの学校の連中なら誰でも直せる」

打止「でもあの人は黄泉川が炊飯器壊れた!って騒いでも知らんぷりしてるよ?ってミサカはミサカは不満をあらわにしてみる」ムゥ

垣根「…………さすがのアイツも得体のしれないテクノロジーの産物には触りたくないだろうぜ」ボソッ

打止「何か言った?」

垣根「別に何も?」


611: 2011/07/02(土) 04:21:54.75 ID:bb+AXNae0

打止「ふーん……でもテレビの修理なら電機屋さんに頼めばいいのに、ってミサカはミサカは至極まっとうな疑問をていしてみたり!」

垣根「今から修理に出したんじゃ間に合わねえだろうな。再放送今日なんだろ?
   上条が歯形だらけになるビジョンしか見えない」

打止「それはそうかも………」

垣根「それに……」

打止「それに?」





垣根「……修理代なんか支払ったらアイツは年を越せなくなる」

打止「」( ´;ω;‵) ブワッ

垣根「まあアイツには色々借りがあるし、ちょっと行ってくるわ」

打止「うん…3時半から始まるから急いであげた方がいいかも、ってミサカはミサカは涙をぬぐいながら教えてあげてみたり」グスッ

垣根「じゃあ家に工具取りに帰らねえといけねえから、悪いんだけど打ち止めちゃん、ここまででいいかな?」

打止「うん!垣根のお兄ちゃん、今日はありがと!ってミサカはミサカはヒーローさんのことは一旦棚上げしてお礼をしてみたり」

垣根「こっちこそ暇つぶしにつきあってくれてありがとな。また遊んでくれ」ナデナデ

打止「うん!」ニコッ



612: 2011/07/02(土) 04:22:40.80 ID:bb+AXNae0




垣根(…………………どうしてこの子は、オレなんかに笑ってくれるんだろうな)

垣根(……………自分を殺そうとした野郎によ)


打止「お兄ちゃん?」

垣根「………何でもない。じゃあ打ち止めちゃん、またな」ツカツカ





打止「………お兄ちゃん」

垣根「?」

打止「……人は、変われるよ」

垣根「……え?」

打止「言ったでしょ?あの人もそうだった。いつも何かを諦めたような眼をしてたんだよ」

垣根「………」

打止「………でも、戻ってきた。あの人はミサカたちのところに戻ってきてくれたよ、
   ってミサカはミサカはあの日のことを思い出してみる」

垣根「………」

打止「だから、お兄ちゃんも変われるよ。あの人が変われたように、ってミサカはミサカは……」



垣根「それは違うな、打ち止めちゃん」


613: 2011/07/02(土) 04:23:23.16 ID:bb+AXNae0

打止「えっ?」

垣根「アイツとオレはまるっきり違うって言ってるんだよ」

打止「どういうこと?」

垣根「アイツにはまず、何よりも守りてえものがあった。それこそ何を犠牲にしても、おのれのプライドをかなぐり捨ててもな
   だからアイツは『悪党』って矜持さえも捨てた。守りたいもの―――打ち止めちゃんのためにだ」

打止「……………」

垣根「逆なんだよ打ち止めちゃん。アイツはこの街の『闇』―――暗部から這い上がって帰って来たんじゃない。
   打ち止めちゃんのところへ帰るために氏ぬ気で這い上がって来たんだよ」

打止「……それのどこがお兄ちゃんと違うの?」

垣根「ここまで言えば分かるだろ?」







垣根「オレには………そうまでして守りたいものが、ない」

打止「!」


614: 2011/07/02(土) 04:24:33.53 ID:bb+AXNae0

垣根「もっと言おうか?芯がねえんだよ、オレには。上条や一方通行みてえに一本通った芯がねえ。だから、簡単に揺らぐし、ブレる」

打止「で、でも、お兄ちゃんだって帰ってきたじゃない、ってミサカはミサカは……」

垣根「それは運が良かっただけだ。アイツらがいなかったらオレは今も冷蔵庫に繋がれたままか、
とっくに電気炉でDNAマップも残らねえ灰になってるところさ」

打止「あ………」

垣根「そう、一方通行や上条のおかげで日常に帰ってこれた。打ち止めちゃんやシスターちゃんとも仲良くなれた。幸運なことにな。
けどよ、オレを構成するものは何一つ変わっちゃいねえんだよ。『怒り』と『恐怖』。それがオレの全てだ」



垣根「『表』の生活に戻っても、オレは何も変わってねえんだよ。
   ―――――――――ずっと甘ったれたクズのままだ」

打止「お兄ちゃん……」



垣根「……っと、話しこんでる場合じゃなかった。上条やシスターちゃんが待ってるからそろそろ行くわ。
   じゃあな、打ち止めちゃん。気をつけて帰れよ」スタスタ





打止「……………クズなんかじゃないよ!!」

垣根「!」



打止「垣根のお兄ちゃんはクズなんかじゃない!!ってミサカはミサカは精一杯叫んでみたり!」

垣根「………」

打止「だってお兄ちゃんはこんなに優しいじゃない!お兄ちゃんは……」

垣根「………もういい」

打止「お兄ちゃん!」

垣根「いいって。
   …………………ありがとな、打ち止めちゃん」スタスタ




615: 2011/07/02(土) 04:25:05.65 ID:bb+AXNae0

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同時刻  第7学区  風紀委員活動・第一七七支部

固法「…………」



初春「どうしたんでしょう、固法先輩。さっきから、っていうより来た時から心ここに在らずって感じですけど」ヒソヒソ

黒子「作業も捗っていないようですし………どうされたのでしょう」ヒソヒソ

佐天「やっぱり恋煩いじゃないですか?」ヒソヒソ

初春「佐天さんってばこの間からそればっかりですね」



固法(あれから全然連絡が取れない………メールも届いてないみたいだし……)

固法(…………垣根さん…………)



固法「…………ハァ」



初春「今度はため息ついてます」ヒソヒソ

黒子「……………心配ですわね」ヒソヒソ

佐天「うーん、絶対恋の病だと思うんだけどなー」ヒソヒソ

初春「佐天さん、それしか考えてないんですか?」ヒソヒソ

佐天「女子中学生なんて基本オシャレと恋愛のことしか考えてない生き物なんだよ、初春」ヒソヒソ

初春「私も女子中学生なんですけど………」ヒソヒソ


616: 2011/07/02(土) 04:25:45.64 ID:bb+AXNae0



オーリオンヲナーゾル コンナーフカイヨール♪

ツナガリターイハナサレターイ ツマリハンシンハンギアッチコッチ♪



初春「電話…?誰の携帯ですか?」

黒子「私ではありませんわね」

佐天「私のでもないよ?」

佐天(でもこの曲……?)

固法「あっ、いけない、私だわ」

ピッ

固法「はい、固法です。……碧美?ええ大丈夫……………え?……」



初春「固法先輩の着うたってあんな曲でしたっけ?先輩って基本的に西川さんの曲しか聴かないのに」

黒子「気分転換ではないですの?お姉様は2週間に1回は変えますわよ」

佐天「……ちょいと失礼♪」コソコソ



固法「………わかったわ。じゃあね」

ピッ

固法「もう……勝手なんだから。でも何でかしら、『今日は炊飯器使わないで』って?
   試したいことがあるとか言ってたけど……」ハテ


617: 2011/07/02(土) 04:26:18.50 ID:bb+AXNae0

佐天「こーのーりーさん♪」

固法「佐天さん……どうしたの?」

佐天「さっきの着うた、ユニゾンの新曲ですか?」

固法「着うた?ええ、友達に教えてもらっていい曲だから落としてみたんだけど……
   佐天さんも知ってるの?」

佐天「もっちろんですよ!ユニゾンを知らないなんてモグリです!」


固法(垣根さんは知名度はイマイチって言ってたけど……)


佐天「他の曲聴いたことありますか?1stフルアルバム最高ですよ!」

固法「聴こうと思ったんだけどどこにもCD置いてなくて…」

佐天「ああ!それだったら………」




618: 2011/07/02(土) 04:26:53.76 ID:bb+AXNae0

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   15:09   第7学区  上条の学生寮

垣根「………」カチャカチャ

上条「……直りそうか?」ドキドキ

禁書「ていとく、はやくしないとカナミンが始まっちゃうかも!」ハラハラ

垣根「ちっと黙ってろ………これでどうだ?」


プチッ


ジャンッ!デンキハタイセツニネ、ビリビリ!


幻想目録「「おぉー、直った(んだよ)!!」」

垣根「中身の基盤がダメになってたから洗浄して強引に回路を繋いだ。
   応急処置だからもって3カ月だ。その間に修理するなり買い換えるなりしやがれ」ゴソゴソ

禁書「ありがとうなんだよ、ていとく!これで今日のカナミンの再放送見れるかも!」

上条「垣根………オレは何と礼を言っていいか……」ウッウッ

垣根「やめろ気色悪ぃ」


619: 2011/07/02(土) 04:27:30.99 ID:bb+AXNae0

上条「いや……今日直らなかったらオレは20分後に歯形だらけになるところだった……」シクシク

垣根「……今度ファミレスで何かおごれ。それでチャラにしてやる」

上条「ファミレスか………これはマジメな話だけど。垣根、お前どうしたんだ?
最近学校来てないらしいじゃないか」

垣根「なんだよ、お前にもバレてたのか。どうせモヤシが喋ったんだろ?」

上条「ああ……一方通行も、口では言わないけど気にしてたぞ」

垣根「……やれやれ、なんでオレの周りはオレの出席日数の心配ばっかりしてんだかな」ヘラヘラ

上条「垣根」

垣根「………悪い。だけど心配すんなって。大したことじゃねえから。ちょっと一人になりたいだけだ。じゃあな」ガチャッ



禁書「………ていとく、辛そうな顔してたんだよ」

上条「ああ………一体何があったんだ?」

禁書「………ちょっと行ってくる!!」ダッシュ!

上条「お、おい!インデックス!!」






620: 2011/07/02(土) 04:28:10.22 ID:bb+AXNae0



垣根「さーてこれから何して時間つぶすか………上条んトコで茶でもたかってくればよかったな」ツカツカ

禁書「……………ていとく!」

垣根「……シスターちゃん?」

禁書「ちょっと………きいてほしいことがあるんだよ」ハァハァ

垣根「銀髪碧眼の美少女シスターに追いかけられるってのはなかなかステキなシチュエーションだが、
   はやく帰らないと始まっちまうぜ?えーと……マナミン、だっけ?」

禁書「それを言うなら…カナミンなんだよ」

垣根「そっか」クスクス



禁書「………ていとく、なにを後悔してるの?」

垣根「!……どうして、そう思う?」

禁書「見くびらないでほしいかも。わたしはシスターなんだよ」

垣根「知ってるけど?」

禁書「教会にはいろんな人たちが来るけど、そこで今のていとくとおなじ顔をした人たちをたくさん見てきたんだよ」



禁書「いまのていとくの顔はその人たち、自分の罪を懺悔しにきた人たちとそっくりなんだよ」


621: 2011/07/02(土) 04:29:04.41 ID:bb+AXNae0

垣根「………打ち止めちゃんといいシスターちゃんといい、どうしてみんなそう勘がいいんだ……?」フッ

禁書「やっぱり、そうなんだね?」

垣根「ああ、大当たりだ。15ラウンド確変の大当たりだぜ」

禁書「ていとく、どんな罪も、悔い改めれば主はおゆるしになるんだよ」

垣根「あー悪いんだがシスターちゃん、あいにくオレは無神論者でね。
   どこにいるかもわからねえカミサマなんざ信じちゃいないんだ。
  『信じる者は救われる』ってんなら、オレは救いようのない不信心者だぜ」

禁書「そうじゃないんだよ」

垣根「………何だって?」

禁書「……立場上こういうことを言うのはあまりよくないんだけど、ていとくが言うところの『カミサマ』は私たちに何もしてくれないんだよ」

垣根「それはまた思い切った発言だな」

禁書「でもだからって神がいないってことじゃないかも。神は人々のこころの中にいるものだから。
   わたしたち聖職者は人がじぶんのこころにいる神を見つけるおてつだいをするのがしごとなんだよ」

垣根「………何もしてくれねえカミサマが見つかったとして、一体何の役に立つってんだ?」

禁書「それはね、『許す』ことなんだよ」

垣根「許す…………?」


622: 2011/07/02(土) 04:29:45.59 ID:bb+AXNae0

禁書「さっき言ったよね?どんな罪も悔い改めれば主はお赦しになるって。
   それはつまりじぶんの罪を受け止めて、背負って、そしてじぶんを許してあげるってことなんだよ」

垣根「………」



禁書「『信じる者は救われる』っていうことばのほんとうの意味はね、
   悔い改めているじぶんを、変わりたいと思えたじぶんを信じてあげなさいってことなんだよ」





垣根「だったらなおさらだ、シスターちゃん」

禁書「ていとく?」



垣根「信じる?一体何を信じるってんだ?シスターちゃん、オレはな、カラッポなんだよ」

禁書「からっぽ?」

垣根「ああそうさ。オレには何もない。上条みてえな揺るぎない信念も。一方通行みてえに命をかけられる位大切なものもな
   唯一あるとすれば…………このクソ忌々しい『能力』だけだ」ギリッ

禁書「なら今から探せばいいんだよ!ていとくのたいせつなものを!」

垣根「簡単に言ってくれるぜ……………いや、そうでもないか」

禁書「え?」


623: 2011/07/02(土) 04:30:55.62 ID:bb+AXNae0

垣根「実はさ、見つかった気がしたんだよ。大切にしたいもの…………したかったものがさ」

禁書「だったら……」



垣根「……だけどオレは、ソイツを自分でブチこわすところだったよ」

垣根「オレの手は、今更何かを抱えるにはヨゴレすぎてんだ」

垣根「………結局さ、オレは変われねえんだよ。オレにできるのは壊すことだけだ」



垣根「オレには…………何も守れない」



禁書「ていとく…………」

垣根「そんな顔すんなよシスターちゃん。カワイイ顔が台無しだ。
   別にオレは人生悲観してるワケじゃねえんだぜ?」

禁書「どういうこと?」

垣根「オレはすっげえラッキーだってことさ。こんなクズが人並みの生活送れてんだからな。
   昔のクソみてえな暮らしからは考えられねえくらい幸せな人生だぜ?」ニッ


624: 2011/07/02(土) 04:31:28.26 ID:bb+AXNae0

禁書「でも………」

垣根「そうなんだって。オレは幸せモンだ。





   だから………………コレ以上は何も望まねえ」

禁書「そんな……………」

垣根「ほら、カナミンとやらが始まっちまうぜ。早く帰んな」ツカツカ

禁書「ていと…」

垣根「…………じゃあまたな、シスターちゃん」ツカツカ…





禁書(ちがうよ、ていとく)





625: 2011/07/02(土) 04:31:56.18 ID:bb+AXNae0








禁書(しあわせなひとは、そんな悲しそうな顔で笑わないんだよ)











631: 2011/07/06(水) 22:33:34.80 ID:y1HE2DMN0
お久しぶりです。>>1です。

4日も放置してマジすみませんでした。
では久しぶりの投下です。

632: 2011/07/06(水) 22:34:14.48 ID:y1HE2DMN0

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   15:42  第7学区  噴水公園

垣根「あー、やっぱアイツらとつるまねえとヒマだなーオイ」

上条の寮を辞去した垣根は公園で盛大に暇をもてあましていた。
時間が中途半端なせいなのか、垣根のほかに人の姿はない。
だれもいない公園で垣根は噴水の正面にあるベンチにだらしなく腰掛けている。
そこが“あの夜”二人で座っていたベンチであることに垣根は気付いていなかった。


垣根(学校サボっただけでここまでヒマとは、オレも大概だな)


そんな自虐的なことを考えながら時間つぶしている垣根であったが、
何の目的もなくここへ来たわけではない。


垣根(………………そろそろ来るか)


垣根は待っていた。
自分を必ず『追ってくる』であろう男を。


ザッ


「…………ここにいたか、垣根」



垣根「……よお、遅かったじゃねえか、上条」



上条当麻。
先ほど別れた黒髪の英雄〈ヒーロー〉がそこに立っていた

633: 2011/07/06(水) 22:34:58.50 ID:y1HE2DMN0

上条「探したぞ」

垣根「わかりやすい場所だと思ったんだがな。待ち合わせ場所といえば公園だろ?」

上条の言葉に軽口で答える垣根。
上条は意に介さず続ける。

上条「……お前を追いかけていったインデックスが泣きながら帰ってきた。
  『自分じゃていとくを助けられない。ていとくをたすけて』ってな」

垣根「………まいったな。泣かすつもりはこれっぽっちもなかったんだが」ガリガリ

垣根は弱ったとでも言うように頭を掻いた。

上条「なぁ、垣根。お前本当にどうしちまったんだ?」

垣根「言っただろ、大したことじゃ……」

上条「インデックスを泣かしておいて今更そんな言い訳が通ると思うなよ」キッ

上条は垣根の言葉を遮り、キツく睨みながら低い声でそう言った。

垣根「わお、おっかねえな。そんなにらむなよ」

上条「あの日、何かあったのか?」

垣根「っ……」

上条「……そうなんだな」

――――コイツらは何でこうそろいもそろってカンがいいんだろうな?
垣根はそんなことを考えながら観念したように薄く笑った。

上条「何があったのか全部話せ。イヤとは言わせねえぞ」

垣根「………分かった。話すからそんなコワイ顔すんなって」


634: 2011/07/06(水) 22:35:42.84 ID:y1HE2DMN0



垣根「…………っと、まあザッとこんなもんさ」

上条「………」

垣根はあの日あったことを一つ残らず話した。

路地裏で暴漢に襲われている少女を見つけたこと。

その暴漢を半頃しにしたこと。

そして、その場面を固法に見られたことを。

垣根「クソつまんねえオチだろ?ジョークにしたって出来がいいとは言えねえ」

上条「…………」

垣根「まあ兎にも角にもそんな感じで、もうアイツには会えねえのよ」

上条「………………」

上条は、口をはさむことなく垣根の話を聞いていた。


635: 2011/07/06(水) 22:36:15.58 ID:y1HE2DMN0

垣根「惜しいことしたと思わねえこともねえが、自業自得だしな。仕方ねえよ」

上条「…………………」

垣根「オイオイ、黙ってねえで何とか言えよ。反応がねえとちょっと悲しいだろ」

上条「…………何だよそれ」

垣根「あ?」

そこで上条は初めて口を開いた。
そしてその言葉は、





上条「……そんなの、お前は全然悪くねえじゃねえか!」

垣根が全く想像しないものだった。




636: 2011/07/06(水) 22:36:56.96 ID:y1HE2DMN0

垣根「オイ、話聞いてたのか上条?」

上条「聞いてたよ。お前はその襲われてた女の子を助けただけだろ?
   それと固法さんと何の関係があるって……」

垣根「大事なのはそこじゃねえよ」

それは単なるきっかけであり、本質ではない。
重要なのは、自分がその暴漢を怒りにまかせて半頃しに、いや、殺そうとしたこと。
そしてそれを固法に見られてしまったこと。その2点だけだ。

垣根「わかるか?オレが固法のそばにいてもアイツを怖がらせるだけなんだよ。
   オレはそれを見たくないわけ。だから会わない。論理的だろ?」

そう。論理的で、合理的だ。
いささか単純ではあるが、
論理構造とブービートラップはシンプルな方が破られにくいというのが垣根の持論だ。

――――――いくらテメエでも、コイツは崩せねえだろ?

目の前の黒髪の少年はの最大の武器は不可思議な右手でも、強靭な精神でもなく、
“言葉”であると垣根は常々考えていた。
上条の放つ言葉は理屈や正論を軽々と飛び越え、相手の心に突き刺さる。
だがそれは余計なことをゴチャゴチャ考えているからだ。
目的と手段の間で『回り道』をするから、そこに付け込まれる。
だからこそ、この少年を黙らせるにはこれくらいの動機でちょうどいい。
垣根はそう思っていた。

しかし、



上条「…………んな」

垣根「………何だと?」



垣根は一番肝心なことを忘れていた。



上条「ふざけんな!!!そんなもん全部お前の思い込みじゃねえか!!!」

垣根「!!」

――――この少年が『幻想頃し』と呼ばれる、その本当の理由を。


637: 2011/07/06(水) 22:37:50.04 ID:y1HE2DMN0

上条「怖がらせる?もう会えない?決めつけてんじゃねえよ!!」

垣根「………」

上条「少なくとも俺が見た固法さんはな、お前といる時すげえ楽しそうに笑ってたぞ!!」

上条のはげしい言葉に垣根は押し黙る。

上条「固法さんだけじゃない、お前だって幸せそうに笑ってたじゃねえか!!」

垣根「……………………やめろ……」

上条「それをたった一度間違えたからって、全部ウソにしてしまっていいのかよ!?
   いいわけないだろうが!!」

垣根「…………うるせえ…」

垣根は震える声で上条に反駁する。
だが上条は追及の手を緩めない。
そして―――――――、



上条「お前が大切にしたかったのは、守りたかったのはその笑顔だったんじゃないのか、垣根!!」

垣根「うるせえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」ガッ



垣根の咆哮が、無人の公園に響いた。

638: 2011/07/06(水) 22:38:43.00 ID:y1HE2DMN0

完全に激昂した垣根は、上条に詰め寄りその胸倉をつかみ上げた。


垣根「お前に何が分かる!!」ギリギリ

上条「な……に……?」

垣根「初めから正しかったお前に、最初からヒーローだったお前に!!
   一体オレの何が分かるってんだ!!あ゛ぁ!!?」

それは、あまりに悲痛な叫びだった。

垣根「オレはお前とは違う!オレはお前みたいに何かを守ることなんざ出来やしねえんだよ!
   オレの手は血みどろだ!そんな手で今更何かを守ろうなんざ虫がよすぎんだよ!!!」

上条「だけど………それでもお前はあの人を……」ギリギリ

垣根「それ以上言うんじゃねえ!!!」

上条には、その叫びは命令ではなく寧ろ嘆願に聞こえた。

垣根「…………初めてだったんだよ」

上条「何だって………?」

絞り出すような声で垣根は語り続ける。



垣根「………誰かに笑っててほしいなんて思ったのは、生まれて初めてだったんだよ」




639: 2011/07/06(水) 22:39:25.90 ID:y1HE2DMN0

上条「垣根………」

上条の制服の襟をつかんでいた垣根の手はいつの間にかほどかれ、
垣根は俯き加減でぽつぽつと言葉を紡いでいた。

垣根「アイツの笑った顔見てるとよ、何かすっげえムズムズすんだけど、全然イヤな気分じゃなくてさ。
   上手く言えねえけど、ずっと笑ってりゃいいのに、とかガラにもねえこと思ったりしてよ」

上条「……………」





垣根「だけどオレは、ソイツを自分で全部台無しにしちまった」


垣根「わかるか!?生まれて初めて大事にしてえと思ったものをぶっ壊したのは他でもねえ自分だったんだよ!!
   一番ほしかったものは、オレが触れちゃいけないものだったんだよ!!
   そんなのってあるかよ!!

垣根「オレはもう見たくねえんだよ!アイツの怯えた目も、震える姿も!
   その原因がオレなんだったらもうアイツの前から消えるしかねえじゃねえか!!
   全部ウソにして、フタをしてなかったことにするしかねえだろうが!!
   それでアイツが笑ってくれるなら上等だろ!!」



垣根「結局オレみてえなクズには!!何も守れやしねえんだよ!!!!
   オレはお前らのようにはなれない!誰かを守れるヒーローになんかなれねえんだよ!!!!」



640: 2011/07/06(水) 22:40:04.21 ID:y1HE2DMN0


それは垣根の心からの叫びだった。
永い間この街の『裏』に生きてきた彼は、今まであまりに多くのものを失ってきた。
それが上条と一方通行に助けられ、インデックスや打ち止めと知り合い、
そして固法と出会って、失ってきた何かを埋められるような気がした。

――――――――――だが、その幻想を砕いたのは、他でもない自分だった。

人は変われない。
垣根の失意の大本はその『現実』だ。
『守る』ことは『ヒーロー』の役目であり、特権であって、
『クズ』であるところの自分にそんな資格はない、という『現実』だ
しかし――――



上条「…………関係あるかよ」

垣根「あぁ!!?」



垣根の前に立ちはだかる少年は、



上条「誰かを大切にしたいって思いに、ヒーローもなにも関係ねえだろうが!!」

その『現実』すらも、幻想だと言い放った。



641: 2011/07/06(水) 22:42:11.58 ID:y1HE2DMN0

上条「お前がクズであろうと何であろうと、お前がその笑顔を守りたいって思った気持ちはまぎれもなく本物だったはずだろ!」

垣根「テメエ、勝手なことを……!」

上条「勝手なのはどっちだよ!!」

上条は垣根の反論を一蹴する。

上条「……固法さんはどうなる?」

垣根「!!!」

上条「言っただろ。お前といる時の固法さんは楽しそうに笑ってたって。いい顔で笑ってたって!
   それをお前は、たった一度取りこぼしただけであの人の分まで勝手に諦めるのかよ!!
   そんな資格がお前にあるのか!!」

垣根「資格だ!?資格っつーんならそもそもオレにはアイツのそばにいる資格がねえんだよ!!
   オレがアイツの笑顔を奪う限りよぉ!!!」





上条「だったら取り戻せよ!!!」



垣根「!!」




642: 2011/07/06(水) 22:43:36.09 ID:y1HE2DMN0

上条「泣いているならその涙を拭ってやればいい。
   震えているならそれが止まるまでそばにいてやればいい。
   仮にあの人の笑顔を奪ったのがお前なら、お前がそれを取り戻すのがスジってもんだろ!
   お前の手にはそれができるはずだろ!!







   だって、お前はこんなにも優しいじゃねえか!!」

垣根「!!」

上条は失意に沈む垣根に向かってそう叫んだ。
その言葉は奇しくも、打ち止めが投げかけたものと全く一緒だった。


上条「お前はこんなに苦しんでるのに、それでも固法さんのことを思いやれてるじゃねえか。
   会わないって決めたことだって、やり方はどうあれあの人のために、それこそ身を切るような覚悟で出した結論だったんだろ!」

垣根「うる……せえ……」

上条はやめない。

上条「それならどうして同じ覚悟で笑わせてやろうと思わない!
   どうしてその笑顔を守りたいと思えたことを誇りに思わない!!」

垣根「やめろ…………」

上条は次々に言葉の矢を放つ。



上条「そんだけの覚悟があるなら、こんどこそお前の大事にしたかったものを守って見せろよ!」



この青年を、今一度地獄から引きずり上げるために。



垣根「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


643: 2011/07/06(水) 22:45:43.70 ID:y1HE2DMN0

ゴバッ!!

垣根の背中から白銀の奔流が上条に向かってあふれだす。
だが、その攻撃は強度も照準もメチャクチャだった。
上条はとっさに右手を前方に構え、垣根に向かって大きく踏み込む。

バキィン!

と、ガラスが割れるような音とともに垣根の翼は消滅する。

上条「――――いいぜ」



上条はそのまま垣根の懐へ飛び込む。



上条「それでもまだ、お前が何も守れないって言うんなら、」



上条「まずは………」



一度構えた右手を戻し、大きく振りかぶる。
垣根は蛇に睨まれた蛙のように全く動くことができなかった。






上条「そ の 幻 想 を ぶ ち 殺 す ! ! ! ! ! 」

上条の渾身の右ストレートが垣根の顔面に突き刺さった。

655: 2011/07/08(金) 02:29:52.10 ID:bfhbDsr10

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番外  とある男女の花嫁修業(アルケミー)

  同日  15:50  固法・柳迫の部屋

一方「で、なンでオレはこンなところに呼び出されたのでしょォか?」

柳迫「もうちょっと待ってて!」ゴソゴソ

一方「っつーかここ一応寮なンだろォ?男がホイホイ入ンのはマズくねェ?」

柳迫「それは大丈夫。私か美偉のIDで一緒に入れば問題ないから!訪問者の映像記録も取ってないしね」

一方「…………余計心配だなァオイ」

柳迫「だから大丈夫大丈夫!あーくんって意外に小心者なんだね♪」ニッ

一方「違ェよ!あとあーくンって言うなっつってンだろ!………心配なのはオマエだよ」ボソッ

柳迫「えっ?」

一方「何でもねェよ。それよりまだですかァ?いい加減帰ンぞ」

柳迫「あと20分!」

一方「ガッツリ待たせる気満々じゃねェかコノヤロォ……帰る」スクッ

ハシッ

一方「!」

柳迫「お願い……」ジッ

一方「」

柳迫「……………」ウルウル

一方「ハァ………20分だな」ドサッ

柳迫「うん!」


一方(ヤレヤレ………大概甘ェよなァ、オレもよォ)



656: 2011/07/08(金) 02:31:16.48 ID:bfhbDsr10

一方「ところで今日ツレはどォしたァ?」

柳迫「美偉のこと?今日は風紀委員の仕事があるからまだしばらく帰ってこないはずよ」

一方「あっそォ……」

柳迫「………こ、コーヒーでも飲む?」スクッ

一方「あァ、悪ィ」

柳迫「じゃあ、少し待ってて」トテトテ


一方(どォも様子がおかしい………何なンだァ、一体?)


柳迫「……どうぞ」コトッ

一方「おォ………ウメェ」ズズー

柳迫「タダのインスタントだけど」

一方「インスタントもバカには出来ねェンだぜ?」

柳迫「そうなの?」

一方「『コーヒーメーカーには最大の欠点がある。インスタントコーヒーの味を再現できないことだ』
   って言いきった物理学者がいるらしいぜ?」

柳迫「それは好みの問題じゃ……」




657: 2011/07/08(金) 02:31:59.44 ID:bfhbDsr10

20分後

一方「オイィもう20分経ったンですけどォ?」

柳迫「もうすぐだから……」アワアワ


~~~♪


一方「あン?何の音だァ?」


一方(ってか、この電子音のメロディ…………)

柳迫「できた!」スクッ

一方「はァ?」

柳迫「すぐもってくる!」

一方「オイ………まさか……」


ドンッ


一方「オイ、これは一体何だ」

柳迫「えーと…………一応、シフォンケーキ」テヘ

一方「見りゃァ分かる。オレが聞きてェのはそォいうことじゃねェ」

柳迫「な、なーんのことかしら?」

一方「………どォやって作った?っていうか、何を使って作ったァ?」

柳迫「!」ギックゥ

一方「答えろ」ギロッ


658: 2011/07/08(金) 02:32:37.41 ID:bfhbDsr10








柳迫「………………………………す、炊飯器」

一方「」







659: 2011/07/08(金) 02:33:16.08 ID:bfhbDsr10

柳迫「こ、この間黄泉川先生に教えてもらってね?炊飯器料理の中でも一番簡単なものの一つだって聞いて、
   私にもできるかなーと思って試しに作ってみたの!」

一方「ホォ…………」

柳迫「それでね、せっかく作るなら誰かに食べてもらいたいなー、っていうか…………


一方「?」





柳迫「…………あ、あなたに食べてもらいたいなー、なんて」カァァァ

一方「…………」


一方(えェー、何コイツ超カワイイ。抱きしめてェ…………………言わねェけど)


一方「なるほど、毒味か」

柳迫「せめて味見って言ってよ!」


660: 2011/07/08(金) 02:34:19.50 ID:bfhbDsr10

柳迫「もういいもん…………美偉と二人でモソモソ食べるもん…………」

一方「誰が食わねえっつったァ」

柳迫「ふえ?」

一方「ホラ、速くよこせ。腹ァ減ってンだ」

柳迫「…………うん!」



一方「」モグモグ

柳迫「ど、どう?」

一方「………」カチャ

柳迫「……………」ドキドキ

一方「………………………56点」

柳迫「微妙に低い!!」

一方「何だァ?このボッソボソのスポンジはァ。シフォンはフワフワ・サクサクが基本だろォが」モグモグ

柳迫「うぅ…………しかもやたら具体的だし……」

一方「だがちゃンとダージリンの香りがきいてるのは、まァ合格だな」モグモグ

柳迫「やめて!その優しいフォローが心に刺さる!!」

一方「フン………」モグモグ

柳迫「も、もう食べなくていいから!おいしくないでしょ?」

一方「残念でしたァ。出された食いモンは全部食べる主義なンですゥ」モグモグ

柳迫「うう、イジワル……」

一方「ってかよォ」

柳迫「?」

一方「オマエが一生懸命作ったモン残すワケねェだろ」モグモグ

柳迫「!」


柳迫(この人は……ホンットにもう!)



661: 2011/07/08(金) 02:35:11.75 ID:bfhbDsr10





一方「………ごちそォさま」カチャ

柳迫「……お粗末さま」

一方「味は悪くねェ。やっぱ問題はスポンジだな」

柳迫「…………精進します。うーんやっぱり普通に作るのとは勝手が違うなー」ポリポリ



一方「ちょっと待て…………今何つった?」

柳迫「え?普通にオーブンで作るのとは違うなって」

一方「普通に作れンのかよ!なら最初っからそうしやがれェ!」ビシッ

柳迫「だめよ!炊飯器で作れるようにならないと!」

一方「意外に強情だなオマエ!何でそこまで炊飯器にこだわンだよ!」

柳迫「!…………い、言えない」

一方「ホホォ……このオレに隠し事たァイイ度胸だなァオイ」スクッ

柳迫「これだけはホントにムリ!お願い!」

一方「聞きませェン。今日の分のオマエのオネガイは終了でェす」ズイッ

柳迫「うう、そんな殺生な……………………わ、笑わない?」

一方「あァ笑わねェ。だからサッサと吐いてラクになりやがれェ」

柳迫「…………あ」

一方「あ?」





柳迫「あなたのか、家庭の味だから…………」


662: 2011/07/08(金) 02:36:04.40 ID:bfhbDsr10

一方「ハイィ?」

柳迫「あなたは普段黄泉川先生の炊飯器料理を食べてるでしょ?だから私も覚えなきゃって思って……」

一方「何でェ?」

柳迫「………………そこまで、言わせるの?」ジッ

一方「………………あァ、言わなきゃ分かンねえからな」ニヤッ


柳迫(ウソ!絶対ウソ!分かってるくせに!!)


一方「で?どうしてオマエがあの得体の知れねェ錬金術みてェな料理覚えなきゃいけないわけ?」

柳迫「うううぅ……………じゃあ……耳、貸して」

一方「あァ?仕方ねェ」



ギュッ



柳迫「ふぁ!!?」

一方「ホラ、耳貸したぞ。早く話せ」ギュー

柳迫「いや、これは私の知ってる『耳を貸す』体勢ではないような………」

一方「相手の口元に耳を寄せればどんな体勢だろォが関係ねェだろ」ギュー


663: 2011/07/08(金) 02:37:27.90 ID:bfhbDsr10

柳迫「だからって、コレは…………」///

一方「あァもォうるせェうるせェ。……―――――」

柳迫「え?」





チュッ





柳迫「!!!!!」

一方「ハイ時間切れェ」

柳迫「…………またやられた……」カァァァ

一方「ハッ、オレから一本取ろォなンざ10年早ェ」

柳迫「!…………どうしてわかったの?」

一方「どォしてでしょォねェ」シレッ

柳迫「イジワル…………」

一方「心配すンなァ、自覚はある」キリッ

柳迫「もう、キライ!」

一方「オレは好きだけどォ?」

柳迫「!!!…………ズルイよ」///

一方「それも知ってる」ニッ




664: 2011/07/08(金) 02:38:26.78 ID:bfhbDsr10

------------------------------------------------------------------------------------------

   16:15  女子寮・エントランス

一方「じゃァな」

柳迫「うん、またね」

一方「…………なァ」

柳迫「うん?」

一方「また今度ウチ来い」

柳迫「え?」

一方「オマエにホンモノのシフォンケーキってヤツを食わせてやるよォ」

柳迫「やめて!コレ以上私のプライドを傷つけないで!!」

一方「違ェ。打ち止めが会いたがってンだよ。『碧美お姉ちゃン、今度はいつ来るの?』ってうるせェから顔出せ。アイツも喜ぶ」

柳迫「………そっか。わかった。私も打ち止めちゃんに会いたいし、またお邪魔するね」

一方「まァ一番喜ぶのはオレですけどォ」

柳迫「またそういうこと言う!」


665: 2011/07/08(金) 02:39:28.46 ID:bfhbDsr10

一方「じゃ、また来るわ」ツカツカ

柳迫「もう来んな!!」プンプン

一方「フン…………」ニヤッ





柳迫(…………………あのとき)



    ――――花嫁修業ならオレが仕込ンでやるよ―――



柳迫(どどどどどどどういう意味!?っていうか花嫁って!!)




柳迫「…………やっぱり、ズルイよ」クスッ





666: 2011/07/08(金) 02:40:00.72 ID:bfhbDsr10

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   16:23   第7学区  黄泉川のマンション

一方「戻ったぞォ」ツカツカツカツカ

打止「おかえりー!あのね、今日垣根のお兄ちゃんにね!」

一方「悪ィ、晩飯まで部屋にこもるから話しかけンな」ツカツカツカツカ

打止「もう、ちゃんと聞いてよー!ってミサカはミサカは杖持ちとは思えない早歩きのあなたに食いさがってみたり!」

一方「」バタムッ

打止「あ」



打止「…………顔が真っ赤っかだけど何か……あったみたいだね」ニヨニヨ



とある男女の花嫁修業  終わり

667: 2011/07/08(金) 02:42:19.70 ID:bfhbDsr10
以上です。
読んでくださってありがとうございます。

この二人を書くときだけ異常に筆の滑りがいいです。
っていうか誰これ。

このスレも残り3分の1になりました。
2スレ目行くか……?

678: 2011/07/16(土) 00:25:38.86 ID:1HkCl38x0

------------------------------------------------------------------------------------------

  同日  17:13  垣根のマンション

   (♪ 目を覚ませば 三十本の光の束の ♪)

   (♪ 言い訳たちをただもてあそぶ 時間がゆるす限り ♪)

垣根「いっつ………あの野郎、本気で殴りやがって。ちょっと腫れてんじゃねえか」ペタペタ

公園での一件の後、フラフラになりながらも何とか自宅に帰りついた垣根は、
上条に殴られた顔の傷を自分で手当てしている。
同時に、上条からぶつけられた言葉の数々を反芻していた。



上条『ふざけんな!!!そんなもん全部お前の思い込みじゃねえか!!!』


上条『お前がクズであろうと何であろうと、お前がその笑顔を守りたいって思った気持ちはまぎれもなく本物だったはずだろ!』


上条『そんだけの覚悟があるなら、こんどこそお前の大事にしたかったものを守って見せろよ!』



垣根「クソッ、勝手なことばかり言いやがってよ」


679: 2011/07/16(土) 00:27:00.61 ID:1HkCl38x0

   (♪ 何百回繰り返した後で もう一回始まっていく ♪)

   (♪ 泣いてるの? 笑ってるの? ってもうたくさんだよ ♪)

部屋の中では先ほどからCDがずっとリピート再生されている
同じナンバーを再生し続けるプレイヤーのように、
垣根の思考は堂々めぐりを繰り返していた。


垣根(今更どのツラさげて会えばいいんだよ…………)


上条の叱責と拳は確かに垣根のよどんで凝り固まった妄執に楔を打ち込むことに成功した。
しかし垣根はいまだに踏ん切りをつけることができない。
その理由は―――――――



垣根(…………アイツの顔を見るのが、怖ぇ………)



脳裏を彼女の顔がよぎる。
そのたびに、垣根は言い様のない胸の痛みに襲われる。
時に刺すように。時にしめつけるように。
正体のわからない疼痛が、垣根を苛んでいた。
今まで誰にも頼らず、たった一人で生きてきた垣根には、まだ分からない。
その痛みの意味するところも、自分が何をなすべきなのかも。


680: 2011/07/16(土) 00:27:48.87 ID:1HkCl38x0


   (♪ 僕らは声が枯れるまで 存在し続けるんだよ 太陽に背を向けながら ♪)

   (♪ あなたの声が痛いほどに突き刺さるから ♪)

   (♪ どうにも思い通りに進まない 少し黙ってよ ♪)


垣根(チッ、こっちまで知ったようなことを…………)


歌詞の内容を今の自分にだぶらせ、思わず悪態をつく垣根。
そのとき、


グゥ


垣根「……………腹減った」

そういえば遅めの昼食を喫茶店で打ち止めと済ませてから何も口にしていない。
どこか適当なところへ食べに行こうかと一瞬思ったが、いまから外出するのはおっくうだ。
何よりこのみっともない顔で人前に出るのは憚られる。

垣根「……買い置きが何かあんだろ」スクッ

ありもので何か作ることに決めた垣根は台所へ向かった。
しかし、





垣根「…………………………ウソだろ、何もねえ」


681: 2011/07/16(土) 00:28:26.44 ID:1HkCl38x0

冷蔵庫の中身はおろか、普段絶対に切らすことのないマカロニなど各種パスタさえも底をついていた。
こもりがちだったここ数日の間に食料のストックを使いきってしまっていたようだ。
残っているものといえばペットボトルの緑茶や牛乳といった飲み物類と調味料くらいだ。

垣根「マジかよ……どっちにしろ買い物行かなきゃなんねえじゃねえか。
   朝の食パンもねえとか………」ハァ

垣根は、冷蔵庫が空になるまで気づかなかった自分に呆れるやら、
買出しにすら出られなかったことが情けないやらで思わずため息をついた。


垣根(仕方ねえ………メンドくせえが買い物行くか。ついでにアンカバ2買ってこよ)ゴソゴソ


意を決した垣根はいそいそと支度を始める。
久しぶりにいつものCDショップへよって帰ることにした。

垣根「じゃ、誰もいないけどいってきまーす、っと」

バタムッ

…………………………


   (♪ 世界が 変わる夢をみたよ ♪)

   (♪ だけど今日も ひとりぼっち ♪)

   (♪ 救済の 崇拝は 粉砕で こぼれおちた ♪)


垣根はステレオを消し忘れたまま家を出てきてしまった。
そうして入れっぱなしのアルバムは、またはじめからトラックを再生し始める。
垣根自身の『物語』のように。
リピートは、まだ終わらない


682: 2011/07/16(土) 00:29:38.56 ID:1HkCl38x0



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   17:42  第7学区  路上

垣根「卵、ケチャップ、マカロニ、スパゲッティ、ベーコン、その他日持ちのしそうな保存食………よし、コレで当分大丈夫だろ」スタスタ

垣根は左手に下げた買い物袋の中身を確認しながら例のCDショップに向かっていた。
第7学区の大通りの片隅にその店はある。
『本物の音楽をとどける』をモットーにするその店は、
最新のヒットチャートから売り出し中のバンドまで幅広く取りそろえており、
音楽好きの一部学生の間ではそれなりに知られた店であった。

だがその店を知る学生たちは、場所は知っていても
『あの店』とか『例の店』などと名前をぼかして呼ぶ。
というよりも、その店の「現在の」名前を正確に知る学生の方が少ないのだ。
その理由は―――――――――――

垣根(………着いた)




   オーディオショップ『Smile of Darkness』

垣根「なるほど、今度はそういう名前ね」

定期的にその店の名前が変わるからである。


683: 2011/07/16(土) 00:30:41.57 ID:1HkCl38x0

垣根(つーか何だよ『暗黒微笑』って。厨ニ病じゃあるまいし……いや、そうとも言い切れねえな)


垣根は常に胡散臭さを漂わせている店主の顔を思い浮かべた。
普段はアルバイトにまかせっきりでほとんど店にいない癖に、
突然ふらりと帰ってきたかと思ったら
『名前なんかに縛られてたら本物のミュージックは届けられねえ!』などとワケの分からないことを言いながら、
新しい看板を自分で描いて勝手に掛け替え、そしてまた忽然といなくなるのだ。
たまたま店にいるときに買い物に来ると、やたらフレンドリーに絡んできて鬱陶しいことこの上ない。

そう言う訳で、この店の名前が学生の間で定着することはない。
定着する前に店名が変わってしまうからだ。


垣根(営業許可とかどうなってんだ………?)


本来ならば垣根もこういったエキセントリックな人種との付き合いは御免被りたいのだが、
ほしいCDは必ず発売日1日前に手に入る貴重な店であるため、
あの胡散臭いオヤジのことは「仕入担当兼看板職人」だと思って割り切ることにしていた。


ウィーン


店員「いらっしゃいませー。………あ、お久しぶりです」

店に入るとアルバイトの店員が棚の補充をしていた。
普段店にいないバカ店長の代わりに店を回している彼とはすでに顔なじみだった。

垣根「あ、ども。オヤジはいないんスか?」

店員「………ええ、いつも通り」


684: 2011/07/16(土) 00:31:44.05 ID:1HkCl38x0

やはりあのバカ店長はいないらしい。
おそらくいつもの通りどこかのライブハウスで将来有望なバンドの青田買いに励んでいるのだろう。
胡散臭いが、音楽に対しては真剣な中年である。

垣根「そっスか。そりゃよかった………………で、今度の看板はいつ?」

店員「3日前に。何でもインターネット掲示板の過去ログを見て閃いたとか」

垣根「何やってんだか………………」

逆に言えば、音楽以外のことは恐ろしく適当なのだが。

店員「まあ、店長ですから」ニコッ

何でもないことのように微笑む店員。
そこには何か達観のようなものすら浮かんでいた。
その境地に至るまでどれほどの苦労があったのか、あえて垣根は考えないことにした。
その方が互いのためだと判断したからだ。

店員「それより、何かお探しですか?」

垣根「あ、ああ。TMのアンカバ2ってもう出てると思ったんだが……」

店員「T. M. Revolutionの『under; cover 2』ですね?多分まだ在庫があったと思いますけど……
   あ、いけない。レジにお客さんが…ちょっと失礼します!」タタタ

店員は並んでいた別の客に応対するためにレジの方へ行ってしまった。
あとで在庫を調べてくれるらしい。


693: 2011/07/16(土) 02:38:11.79 ID:1HkCl38x0

垣根「マジかよ………予約しときゃよかった……」トホホ

店員「申し訳ありません。お取り置きしておこうかとも思ったんですが、店長があまり一部の客を特別扱いするなというもので………」

垣根「あの不良中年、余計なところで商売人の鑑だなコノヤロー………」

店員「今からですとご注文と言うことになりますが、よろしいですか?」

垣根「んじゃ、それでお願いします」

店員「かしこまりました。ではレジまでお願いします」

店員に促されてレジへ向かう垣根。

店員「……そういえばさっきのお客様、UNISON SQUARE GARDENのアルバムもおさがしでしたよ」

垣根「へぇ………オレみたいッスね」

店員「ええ、私もそう思いました」



―――――――――――――ホントに妙なめぐり合わせだ

垣根は一人ごちる。
まさか最後の一枚をタッチの差で他の客に持っていかれるとは思わなかった。
しかもその客が探していたもう一枚がユニゾンとは。
聞けばそのアルバムは垣根が先ほどまで自宅で聴いていたものだった。
奇妙な符合もあったものである。

685: 2011/07/16(土) 00:32:32.52 ID:1HkCl38x0


垣根(ひきこもってる間に売り切れとかだったら笑えねえぜ……)


この店は個人経営の店としてはケタ違いの品ぞろえを誇っているが、店舗の規模に対して
取り扱う商品の種類が多すぎるため、結果1種類当たりの入荷量を抑えざるを得ない。
またこの店では新譜ならば確実に発売日の1日前には店頭に並んでいる。
そのため油断してるとすぐ売り切れてしまうのだ。
以前にもCDの発売日を3日間違えて覚えていたために初回限定版が手に入らなかったことがあった。



垣根「…………さっきの客が持ってたヤツが最後の一枚だったりしてな。もしそうなら恨むぜカミサマ。
   …………………らしくねえか」ククッ



繰り返すが、垣根はこの科学の庭の住人の大多数と同じく無神論者だ。
垣根にはすがる神も、ましてや呪う神もいない。
だが、



店員「…………申し訳ありません!先ほどのお客様にお買い上げいただいたのが最後の1枚だったみたいで……」

垣根「やっぱりな!!」

自分のめぐりあわせの悪さに思わず叫びたくなることくらいある。


686: 2011/07/16(土) 00:33:41.41 ID:1HkCl38x0

垣根「で、そっちも買っていったんスか?」

店員「それが今ちょうど売り切れてまして。とても残念そうにしておられました」

垣根「………………そっスか」



―――――――――――ツイてねえのはお互い様だったか。

垣根は顔も知らないその客に心の底から同情した。
結果的に、互いに自分のほしかったものを取りあう形になってしまった。
世の中は皮肉に満ち溢れている。
やはりこの世にカミサマなんかいない、いてたまるかと、垣根はとりとめのないことを考えていた。

店員「ではこちらの用紙にご記入お願いいたします」スッ

レジカウンターに案内された垣根は渡された注文用紙に記入を始める
控えを受け取り、出口へ向かう。



―――――――――――今日は厄日だな。



上条には思い切り殴られ、食料はなくなり、挙句の果てに目当ての商品は手に入らなかった。
半分以上は自業自得とはいえ、不平の一つも言いたくなる。

687: 2011/07/16(土) 00:34:19.35 ID:1HkCl38x0

こんな自分を見ても、あの銀髪のシスターは『信じる者は救われる』と言うのだろうか。
いや、きっとそう言い切れるからこそ、彼女は強く、そして優しいのだろうと垣根は結論付けた。



―――――だが、


同時に、垣根は考える。



―――――――――シスターちゃんは否定してたが、




―――――もしも、人の運命をこねくりまわす『カミサマ』ってヤツがいるのだとしたら………







         固法「垣根……………さん………?」




―――――――――――――ソイツはよっぽど性格の悪いヤツに違いねえ。




688: 2011/07/16(土) 00:35:12.22 ID:1HkCl38x0

垣根は一瞬振り返ることができなかった。
否、動くことができなかった。
背後からかけられたその声は、もう二度と聴くことはないと思っていたものだったからだ。
垣根はゆっくりと声のした方へ振り返った。
すると、



固法「今までどこで何してたの!?」



いつの間にか眼前に詰め寄った固法が垣根の視界を独占していた。

垣根「よ、よう。久しぶり…」

固法「久しぶりじゃないわよ!あの日から電話もつながらないし、メールも帰ってこないし……!」

固法は大声で垣根を問い詰める。
余りの迫力に、店内にいた他の客の視線は垣根たちに集まり始めている。
垣根は興奮している固法を何とかなだめようとした。

垣根「わ、悪かった。ちょっと携帯の調子が悪くてよ。連絡無視したのは謝るから落ち着けって…」

固法「落ち着けるわけないでしょ!?」

結果は、全くの逆効果だったのだが。


689: 2011/07/16(土) 00:35:53.81 ID:1HkCl38x0

状況はますます悪化する一方だ。

店員「」ニコニコ


垣根(……やべえ!店員の兄ちゃんがこっち見てる!)


顔はいつも通りニコニコ笑っているように見えるがよく見ると目が笑っていない。
彼があの顔をしているときは怒りが爆発する一歩手前だ。
『以前店内で大声で騒いでいたチンピラ達を、笑顔のまま眉ひとつ動かさずに畳んで縛って燃えないゴミの日に出しやがった』
とバカ店長から聞いたことがある。
あのいい加減な中年の言うことを真に受けるわけではないが、
それくらいはやりかねない、と思わせる剣呑さが感じられた。


垣根(このまま店内で騒いでたら………最悪殺される!)


生命の危機を感じた垣根は、



固法「私がどれだけしん……ッ!」ムグッ

垣根(すまねえがちょっと静かにしてくれ)シーッ

実力行使に打って出た。


690: 2011/07/16(土) 00:36:30.11 ID:1HkCl38x0

固法(………ッ!)ムグムグ

固法はいきなり口を手でふさがれ、目を白黒させている。
垣根はコレ以上店員を刺激しないように固法に語りかける。

垣根(コレ以上騒いだら殺され……店に迷惑だろ?とりあえず外に……な?)ヒソヒソ

固法(…………ッ!!)コクコク

垣根(よし。じゃあ一旦出ようぜ)ソソクサ

垣根は固法を連れて足早に店を出る。


ウィーン


店員「ありがとうございましたー♪」ニコニコ

店員のにこやかな挨拶が、やけに空々しく聞こえた。




706: 2011/08/09(火) 03:05:24.76 ID:ACXP3iPb0

------------------------------------------------------------------------------------------
   同日  17:56  第7学区 路上

垣根「……落ち着いたか?」

固法「……ええ。取り乱してごめんなさい」


垣根(………………ビビったのはこっちだっつーの………)


垣根「あ、ああ。しかしめずらしい所で会うモンだな。そこまで有名な店じゃねえはずだが」

固法「後輩の友達の女の子に教えてもらって……」

垣根「なるほどね……ソイツか?さっき買ったのは」

固法「え、ええ」

固法の手元にはあのCDショップの紙袋があった。
ご丁寧に3日前に変えたばかりの店名のロゴまで入っている。
相変わらずいい加減なクセに芸の細かいオヤジだ。

垣根「あの店ならたいていのモンは手に入るからな。何買ったんだよ?」

固法「これ?」

ゴソゴソ

固法「先週発売したT. M. Revolutionの『under; cover 2』を」

垣根「アンタだったのかよ!」

固法「えっ?」

垣根「あっ、いや………それ、最後の一枚だったらしいんだよ。オレもそれを買いに来たんだがあと一歩で……」

707: 2011/08/09(火) 03:06:31.88 ID:ACXP3iPb0




垣根(さて、これからどうする……)

垣根(っていうかこのタイミングでコイツと鉢合わせるとか運悪すぎだろオレ。上条のこと言えねえじゃねえか)

垣根(うわーやべえ。今顔が引きつってない自信がねえ。ってか帰りてえ……ん?)





垣根「っつーことは、ユニゾンのアルバム探してた客ってのもアンタか?」


――――――何フツーに会話続けてんだ!!さっさとバックレろよオレ!


固法「ええ、そうだけど……どうしてそれを?」

垣根「いや、店員の兄ちゃんが言ってたから。在庫なかったんだろ?」

固法「ええ……あそこならあるって聞いてたんだけど」ショボーン


――――――ああ、そいつは残念だったな。それじゃ適当なところで切り上げて………


垣根「………そのアルバムならウチにあるぜ」

固法「え?」


――――――オイィ!何を口走ってんだオレは!!


脳内の思考と口から飛び出すセリフがかみ合っていなかった。
店を出た時から、垣根は早く話を終わらせてこの場を立ち去ることばかり考えている。
しかし口を衝いて出る言葉は、話を打ち切るどころか彼女を引きとめるようなものばかりで。

垣根「ああ。さっきまで家で聴いてたし。聴きてえなら今度貸してやるよ」

固法「本当?」

垣根「オレがアンタにウソついたことがあるか?」

固法「ありがとう!」

彼女の顔を見るのもつらいはずなのに、もっとこうやって話していたいと思う自分が居たのも事実だった。

708: 2011/08/09(火) 03:07:45.85 ID:ACXP3iPb0


――――――どうしちまったっつーんだよ…………


それでもまだ、垣根は気付かない。
常識の通用しないその感情の、本当の名前に。

固法「ところで垣根さん、その荷物は?」

固法は垣根がぶら下げている買い物袋を指差した。

垣根「これか?食料の買い置きが無くなったから買出しに行ってきたんだよ」

固法「何だかやけにパスタ類が多いような気がするけど」

垣根「米より調理時間がかからねえからな」

固法「偏食してると体調崩すわよ?」

垣根「あいにく料理は得意じゃなくてな。腹が膨れりゃ何でも食うさ。
   誰かが作ってくれんなら話は別だけどよ」

固法「………」



――――――――――――潮時だな。



垣根「じゃあオレはここで失礼する」クルッ

そう言って垣根は固法に背を向けて歩き出した。

垣根「悪いな、送ってやれなくて。腹が減って氏にそうなんだ」スタスタ

709: 2011/08/09(火) 03:08:23.12 ID:ACXP3iPb0



思えば、

この瞬間に全速力で、

たとえ袋の中の卵が全滅しても走って立ち去るべきだったのだ。






         固法「待って!!!」



呼び止められた。
もう何度目だろう。
彼女に背中から呼び止められるのは。

垣根「…………何だ?」

垣根は振り返ることなく答える。

固法「あっ、いや、その…………」


垣根(まさか今更この間の件でしょっぴくつもりじゃねえだろうな?)


垣根の脳裏を、路地裏の一件がよぎった。
結局自分はあの一件の落とし前をつけていない。
あの後どう処理されたかは垣根の知るところではないが、真面目な彼女のことだ。
逮捕とまではいかなくても事情聴取くらいは求められるかもしれない。

710: 2011/08/09(火) 03:09:25.65 ID:ACXP3iPb0


――――仮にそうだとして、どんな手を使ってでも逃げ切るつもりだけどな。
――――しかし最初からそのつもりなら悠長に世間話なんかするか?


垣根はあらゆる答えを想定し、シミュレートする。
だが彼女が次に放った言葉は、





固法「わ、私が作ります」

垣根「…………は?」



固法「だから、私が作ります!垣根さんの晩御飯を!」

垣根「はぁ!!!?」



垣根の予想の遥か斜め上を行くものだった。


711: 2011/08/09(火) 03:10:08.48 ID:ACXP3iPb0

垣根「いきなり何言い出すんだアンタ!?」

固法「だって垣根さん言ったでしょう?『誰かが作ってくれればいいのに』って」

垣根「アレはそういう意味で言ったんじゃねえ!それならどっか適当な店に入るわ!!」

固法「買い物袋をさげて?」

垣根「うっ!」

涼しい顔で痛いところを突いてくる固法。
ただでさえ予想外の展開に泡を食っている垣根は冷静に対処することができなかった。

垣根「いや、でも申し訳ねえし……」

固法「それじゃあ、代わりにさっき言ってたCD貸してくれない?それでおあいこってことでいいでしょ?」

垣根「だけどよぉ……………」

固法「…………」ジッ

垣根「うぐっ!!」タジッ

突然固法は言葉を切ってまっすぐ垣根を見つめていた。
二人の間には結構な身長差があるため、自然と固法が垣根を上目遣いに見上げる形になる。
心なしか頬が上気し、その目はうるんでいるようにも見えた。


712: 2011/08/09(火) 03:10:39.19 ID:ACXP3iPb0


垣根(ここでその顔は反則だろ…………)


垣根はこれまでの経験上、固法が狙ってこういうことができる人間ではないことを知っている。
それゆえに、彼女は常に真剣だ。
恐らく、垣根がこれ以上何を言っても彼女は自分の意見を曲げないだろう。
だからこそ、








垣根「……………………わかった。そこまで言うなら、頼む」

固法「!……ええ!」ニコッ

垣根は、ようやく負けを認めた。




713: 2011/08/09(火) 03:11:22.63 ID:ACXP3iPb0

------------------------------------------------------------------------------------------
   18:12   垣根のマンション


ガチャガチャ


垣根「んじゃ、上がってくれ」

固法「お、お邪魔します」

固法は垣根に案内されるまま、垣根の自宅に足を踏み入れた。


   (♪ 見つからないよ絶対に 僕の隠し事は絶対に ♪)

   (♪ 夢の中ではいつも 伝えられるんだけど ♪)


垣根「あ、やべ。ステレオ消すの忘れてたぜ」

固法「…………」

垣根「……ん?どうした?」



固法「……広すぎじゃないかしら、この部屋?」

タワーマンションの25階。
そこが垣根の住居である。

714: 2011/08/09(火) 03:11:56.73 ID:ACXP3iPb0

------------------------------------------------------------------------------------------
   18:12   垣根のマンション


ガチャガチャ


垣根「んじゃ、上がってくれ」

固法「お、お邪魔します」

固法は垣根に案内されるまま、垣根の自宅に足を踏み入れた。


   (♪ 見つからないよ絶対に 僕の隠し事は絶対に ♪)

   (♪ 夢の中ではいつも 伝えられるんだけど ♪)


垣根「あ、やべ。ステレオ消すの忘れてたぜ」

固法「…………」

垣根「……ん?どうした?」



固法「……広すぎじゃないかしら、この部屋?」

タワーマンションの25階。
そこが垣根の住居である。

715: 2011/08/09(火) 03:12:50.24 ID:ACXP3iPb0
間取りにして5LDK。
学生の一人暮らしには贅沢すぎる代物だった。

固法「一体家賃とかいくらするのかしら………?」

垣根「あまり考えたことねえな。悩むような金額でもなかったしよ」

固法「絶対に間違ってるわ、その金銭感覚」

学園都市では、学生たちの能力強度(レベル)によって奨学金の支給額が大きく異なる。
この街の頂点に位置する超能力者ともなれば、その額は相当なものになるのだろう。
強能力者である固法もそれなりの額を支給されているが、恐らく垣根のそれの足元にも及ばないだろう。

固法「あまり若いうちから贅沢するものじゃないわよ?」

垣根「金は天下の回りものって言うだろ?大体オレの一個下だろ、アンタ」

固法「そういうこと言ってるんじゃないの」

垣根「ヘイヘイ、分かりましたよ」

固法「もうっ………じゃあ、キッチンお借りするわね」

垣根「ああ」


716: 2011/08/09(火) 03:13:40.47 ID:ACXP3iPb0

固法は荷物を持った垣根の後ろについてキッチンに向かう。
こちらも部屋のグレードに見合った豪華なシステムキッチンだったが、あまり使われた形跡はない。


固法(料理が得意じゃないっていうのは本当なのかしら)


しかし、作りつけのガラス棚に納められた食器や調理器具はどれも外国製の高級品ばかりだ。
どれも『料理が苦手な』人間の持つようなものではない。

固法「ル・クルーゼのホーロー鍋にゾーリンゲンの包丁…………垣根さん、料理は苦手なはずじゃ……」

垣根「う、うるせえ!オレは何事も形から入る主義なんだよ」

固法「そして入っただけで満足するタイプね……」ポソッ

垣根「何か言ったか?」

固法「いいえ、何も?……そうだ、冷蔵庫の中のものも少し使っていいかしら?」

垣根「いいぜ。使えるモンがあったら使ってくれ」

固法「ありがとっ」

垣根の了解を得た固法は冷蔵庫の扉に手をかけたところであることに気がついた。


固法(本当に黒いんだ……)


垣根がいつか言っていた通り、冷蔵庫の外装は一般的なそれとちがい真っ黒に塗られていた。
気になって部屋を見渡すと、他の家電製品も白いものは一台もなかった。


固法(すごいこだわり方ね……)



717: 2011/08/09(火) 03:14:24.90 ID:ACXP3iPb0

最近は白物家電といっても様々なカラーリングが展開されてはいるが、
ここまで徹底されていると何か執念めいたものを感じざるをえない。
そういえば、垣根は白くて大型の家電が好きではないようなことを言っていた。
…………一体何が彼をそこまで駆り立てるのだろうか。


固法(………いつか話してくれるかな)



あの時の垣根も、あまりそのことについて多くを語ろうとしなかった。
垣根の意思を尊重し、固法も無用な詮索をしないことにした。

垣根「ロクなモンがなかったはずだが…………ん?まてよ………?あっ!」

リビングの片づけをしていた垣根が何かつぶやいた。
そのつぶやきが固法に届くことはなく、彼女が冷蔵庫の扉にかけた手に力を込めたそのとき。

垣根「ま、待て!やっぱそこは……!!」

血相を変えた垣根がキッチンに駆け込んできた。
が、時すでに遅く。

固法「~♪」ガチャ

………確かに冷蔵庫の中には、ほぼ空と言っていいほど物が入っていなかった。
特に生鮮食品は、先ほど補充した卵以外何も入っていない。
しかしそのなかで、ドアポケットに入っていたあるものに固法は思わず目を奪われた。
なぜなら、


718: 2011/08/09(火) 03:15:51.96 ID:ACXP3iPb0






固法「…………………ムサシノ牛乳?」

その2本並んだ1リットル入りの紙パックには、彼女にとってあまりにもなじみ深いロゴがプリントしてあったからだ。

垣根「っ~~~~~~~~~~~~~~~!!!」バターン!

垣根は冷蔵庫に駆け寄り、力の限り扉を閉めた。

垣根「ちっ、違うぞ!断じて違う!!コレはたまたま近所のスーパーで一番安かったヤツを買ってきただけで………!」

固法「…………」

垣根「決してアンタのために用意したとか、そんなんじゃねえからな!!」カァァァ

何も言っていないのに、顔を赤くしながら言い訳を始める垣根。

固法「……ふふふっ」クスッ

そんな垣根が可愛くて、似合わなくて。
固法は思わず吹き出してしまった。

垣根「………なにがおかしい!?」

固法「ごめんなさい……かわいいなあって思ってつい」クスクス

垣根「はぁ!!?」

固法「さ、すぐできるからあっちで待ってて」ニコッ

垣根「お、おぅ………」

ガチャッ

固法「……垣根さんって粉チーズ冷蔵庫に入れる派なのね」

垣根「もうそこは開けるな!」


719: 2011/08/09(火) 03:16:51.96 ID:ACXP3iPb0





―――――――――どうしてこうなった。


固法が料理をしている間、垣根は思い切り散らかったリビングの片づけをしながら
この意味のわからない状況について考えていた。

他人をこの部屋に入れたのは今日が初めてでは、ない。
上条や一方通行は何度も来ているし、その二人と一緒にインデックスや打ち止めがついて来たこともある。

だが、この家で異性とふたりきりになったことなど今まで一度もなかった。
そんな重大イベントをこのような形で迎えることになろうとは、さすがの垣根も想像していなかった。
しかもその相手が固法とは一体何の因果なのか。

垣根(っつーか普通にあり得ねえだろこの状況……何でコイツ当り前のようについて来るんだよ……)

垣根(公園で説教したこと覚えてねえのか…………?)



720: 2011/08/09(火) 03:18:24.53 ID:ACXP3iPb0

「あの日」、夜の公園で垣根は固法の無防備さをたしなめた。
他人をむやみに信用するな、特に男には気をつけろと釘を刺したはずだったのだが、
現在彼女はなぜか我が家のキッチンで自分の夕飯を作っている。

固法「……あっちこっち♪」ジュー


垣根(なんか鼻歌まで唄ってるし)


垣根の心中を知ってか知らずか、
彼女は変わらずに笑っている。



――――「あの日」の路地裏を忘れたかのように。



垣根(マジで何がしてえんだこの女………)



垣根(………このオレが、怖くねえのか…………?)



今の垣根には、フライパンに向かう固法の背中を黙って見守ることしかできなかった。

721: 2011/08/09(火) 03:21:55.82 ID:ACXP3iPb0
ここまでです。
よんでくださって本当にありがとうございます。

>>1が生きていたら
次の投下は二週間後位になると思います。

また間が空いてしまいますが
気長に待っていただけるなら幸いです。

744: 2011/09/01(木) 20:51:54.32 ID:bgMPUQLg0

------------------------------------------------------------------------------------------
    15分後

固法「お待ちどうさま」

垣根「お、おう」

一足先にテーブルについて待っていた垣根のところへ、固法が二人分の皿をもってやってきた。
食堂にはすでに美味そうな匂いが漂っている。

固法「どうぞ」コトッ

垣根「おお、サンキュ…………おっ、カルボナーラか」

固法「卵と粉チーズがあったから作ってみたの。垣根さん、お腹空いてるみたいだから、これならさっと作れるしね」

垣根「……何か悪いな、そこまで気ィ遣わせて」

固法「気にしないで。さぁ、温かいうちに食べましょう」

垣根「あ、ああ」



垣根固法「「いただきます」」


745: 2011/09/01(木) 20:52:49.70 ID:bgMPUQLg0


垣根「…………」モグモグ

固法「どう、かしら?」

垣根「…………………美味い」

固法「本当!?」

垣根「……世辞は言わない主義だ」

固法「よかった。本当はね、スパゲッティは飽きてるだろうから別のものにしようと思ってたの。
   せめて小麦粉があればマカロニグラタンくらい作れたんだけど……」

垣根「いや、カルボだけで十分すげえよ。家でこんなまともなパスタ料理食ったことねえ」

固法「そうなの?」

垣根「普段のオレの食生活ナメんなよ?昨日なんかゆでたマカロニにケチャップかけて食ってたし」

固法「マカロニケチャップ!?」

垣根「イタリア人みたいだろ?」

固法「垣根さんは今すぐイタリア人に謝るべきね」クスッ



746: 2011/09/01(木) 20:53:34.17 ID:bgMPUQLg0

食卓で繰り広げられるとりとめのない会話。
垣根がおどけてみせると、固法は柔らかい笑顔を向けてくる。
変わらない笑顔を向けてくる。
そしてそのたびに、


―――――――――おかしいだろ、やっぱり。


垣根の心は、ざらりと波立つのだ。
なぜならその笑顔は垣根が何よりも大切にしたかったもので、
そして大切にしたかったがゆえに手放したものだったからだ。

―――――――無様ったらねえよなぁ、垣根帝督。

その彼女が今、自分の目の前で笑っている。

――――――自分(テメエ)の覚悟はこんなもんかよ。

垣根には、その状況がどうしても納得できなかった。



――――この程度で揺らぐほどのもんだったのかよ。

何より、その笑顔に安堵している自分が許せなかったのだ。



747: 2011/09/01(木) 20:54:17.73 ID:bgMPUQLg0
   『もう何も望まない』


それが、自らを「クズ」と断じた垣根に残された最後の矜持だ。
この血にまみれた両手は、何も抱えることなどできない。
何も守ることなどできない。

だから垣根は逃げだした。
あの路地裏から。そして、彼女から。
あの時の垣根には、そうする以外の方法が見つからなかった。

二度と会わないつもりだった。
その覚悟も決めたつもりだった。
それが、それだけが、
欠けている自分に、「クズ」である自分にできる全てだと思っていた。



しかし。
彼女はそんなこと構うものかと言わんばかりに垣根の背中を追いかけてきた。
その結果、彼女は今も垣根の目の前にいる。

垣根は情けなかった。
偶然鉢合わせただけで揺らいでいる自分が。
固法の変わらぬ笑顔に、すがりつきそうになっている自分が。
それだけではない。
彼女を見ていると、感情の抑えがきかなくなるのが自分でも分かった。
あの日フタをしたはずの、なかったことにしたはずの感情。



だが垣根は同時に、
その感情がパンドラの箱であることを理解していた。
そのフタを開いたが最後、
飛び出した災厄と絶望が間違いなく固法を押しつぶす。
もしそうなってしまったとき、垣根には耐えられる自信がなかった。


748: 2011/09/01(木) 20:55:10.72 ID:bgMPUQLg0


――――――テメエの言うとおりだ、上条。

―――――どうやらオレは、どうあってもコイツには笑っててほしいみたいだ。


結局のところ、垣根の行動の指針となっているのはその一念だけだ。
それだけが、自分を「カラッポ」と称した垣根が手にした唯一の「本物」だった。


―――――――だから、今度こそ守る。


――――――クズにふさわしい、最っ低の方法でな。




749: 2011/09/01(木) 20:55:47.15 ID:bgMPUQLg0

------------------------------------------------------------------------------------------
   20分後

垣根「………ごちそーさん」

固法「はい、お粗末様。食器片付けてもいい?」

垣根「いい。自分でやる」

固法「えっ?でも……」

垣根「自分で食ったものくらい自分で始末するさ。それにココ、オレん家」

固法「そう……じゃあお願いするわね」

垣根「ああ……あとリビングのソファにでも座っててくれ。コーヒー淹れるからよ」

固法「いえ、何もそこまで……」

垣根「いーからいーから。コイツの礼ぐらいさせろよ」

垣根は綺麗に平らげられた皿を指差しながら努めて明るく言った。

固法「……わかったわ」

それまでの口調と打って変わって急に声のトーンが明るくなった垣根を怪訝に思いながらも、固法はうなずいた。
そしてリビングに向かおうと振り向き、ダイニングの垣根に背を向けた瞬間、



垣根「――――――スキあり」

ガシッ
と、いきなり垣根が固法の腕をつかんだ。


750: 2011/09/01(木) 20:56:15.82 ID:bgMPUQLg0

固法「えっ?」

垣根「」グイッ

固法「きゃっ!」ドン!

そのまま垣根は固法を引き寄せ、壁に押し付ける。


固法「垣根さん、痛い……ムグッ」

垣根は片手で固法の両腕を拘束し、もう片方の手で口をふさぐ


垣根「アンタさぁ、ホント学習しねえのな」ボソッ

何が何だかわからない固法に垣根は耳元でそっと囁いた。
それは、ゾッとするほど冷たい響きだった。




751: 2011/09/01(木) 20:57:24.14 ID:bgMPUQLg0
------------------------------------------------------------------------------------------

―――――これでいい。これでコイツが、オレから離れれば。

それが、垣根の出した結論だった。
おそらくこのマジメな少女は、逃げ回るだけでは離れてはくれない。
ならば、彼女が自分から離れていくように仕向ければいい。

垣根「このマンションはな、全室完全防音になっててよ」

固法「…………!」

垣根「どんな大声を出したってだーれも気づかねえ。……どういう意味か分かるよな?」

固法「……」

垣根「たとえアンタが泣き叫んだって誰も助けに来ねえ」

固法「…………!!」ムグムグ

公園の時とは違う、これは本気の脅しだった。
これくらい脅しておけば、もう自分に寄ってくることはないだろう。
それが垣根の書いたシナリオだ。
―――「恐怖」という、よりにもよって垣根が最も忌み嫌う方法によって幕を引く最低の戯曲だ。



―――――――我ながら見事なまでのクズっぷりだな。泣けてくるぜ。



何より卑怯だと垣根が思うところは、選択の余地がない状況に追い込みつつ、
相手に決断を委ねるという点だ。
自分では終わらせることができないから。
この優しくもあたたかいうたかたの幻想〈ゆめ〉を。


752: 2011/09/01(木) 20:58:29.81 ID:bgMPUQLg0

垣根「オレ言ったよな?男は狼だって。オレも例外じゃねぇぞって」

固法「…………」

垣根「それだってのに人ン家に誘われるまま入ってきてよぉ……バカじゃねーのか?」

固法「………………」

垣根「……こうやってオレから襲われる可能性とか考えなかったワケ?」

固法「…………」ムグムグ

垣根「何とか言ったらどう……ああ、口を塞いでんのはオレか」ククッ

垣根は固法の口をふさいでいた左手を下す。

その口から飛び出す言葉は虚勢か嘆願か。
垣根にとってはどちらも同じことだ。

本気で抵抗してきたら離してやればいい。
それで、自分の『物語』はオシマイだ。



固法「…………どうして」

垣根「あ?」

しかし、固法が発した言葉は、



固法「どうして、そんな人を試すようなことをするの?」

そのどちらでもなかった。


753: 2011/09/01(木) 20:59:42.58 ID:bgMPUQLg0

垣根「試す……だと?」

固法「そう。垣根さんの恫喝は、人の反応を見て値踏みしてるような気がするわ」

垣根「オイオイ、アンタ自分の置かれた状況分かってる?」

固法は全くひるむことなく、まっすぐ垣根を見てそう言った。
思わぬ反撃にあい、垣根はかろうじて言い返したものの、声が裏返ったのが自分でも分かった。
だが、固法の態度は変わらない。

固法「まず第一に、私が男の人だったら、本当に乱暴するつもりなら壁に押し付けずに床に押し倒すわ」

垣根「……」

固法「そして第二に……」スルッ

垣根「あっ、てめ……っ!」

固法は、垣根が押さえていた手を振りほどいた。

固法「ほら、簡単に抜けられる。本気でおさえられたらこうはいかないわ」

垣根「………………」

全て図星だった。
床に組み伏せなかったのはそうしてしまうと彼女を逃がせないからだ。
腕を本気で押さえなかったのは抵抗したらすぐ解放出来るようにするためだ。

――――コイツ………

垣根は思わず唇を噛んだ。

754: 2011/09/01(木) 21:01:15.44 ID:bgMPUQLg0

垣根「………随分と見透かしたような口をきくじゃねえか。
   さすがは透視能力者ってトコロか?」

動揺していることを悟られないよう、精一杯の軽口をたたく。
だがそれは無駄な抵抗だった。

固法「そういうわけじゃないけど……」チラッ

垣根「………………けど、何だよ?」

固法「…………人を見る目には自信があるの」

垣根「!!」

それは、いつか垣根が固法に言ったセリフだった。


―――――――何だ。


固法「……どうしたの?」


――――――何なんだコイツは。


固法「ひょっとして、この間のことを気にしているのかしら?」


――――――――どうしてコイツは、オレを恐れない?



755: 2011/09/01(木) 21:01:57.21 ID:bgMPUQLg0


固法「そりゃあ、垣根さんはいつも意地悪で、自信満々で、時々よくわからなくなるけど……」


―――――――やめろ。


固法「こんなの……」


―――――――ヤメロ!!





固法「こんなの垣根さんらしくないわ」



ブチッ、と。
垣根の頭の芯で、何かが切れる音がした。




756: 2011/09/01(木) 21:02:38.43 ID:bgMPUQLg0

垣根「…………!!」ガタッ

固法「痛っ……!」

垣根は無言で固法の肩をつかみ、力任せに床に押し倒した。
今度は手加減なしに、本気で襲いかかった。

垣根「…………えよ」

固法「えっ……?」

垣根「アンタまでそんな分かったような言うんじゃねえよ!!!」

固法「!」

垣根「何がオレらしくねえだよ!!アンタがオレの何を知ってるって言うんだ!あぁ!?」

垣根「アンタ知らねえだろ!オレが何をしてきたか!!オレがどんな人間か!!!」

そして、どれだけ血にまみれているか。
ひた隠しにしてきたのは、他でもない自分なのに。
垣根の叫びは続く。

垣根「それで何が『オレらしくねえ』だ!!ふざけんなよ!!!」
オレは……!アンタが思ってるような人間じゃない!!オレは…………!!」




―――――――オレはアンタのそばにいちゃいけないんだ!!!



757: 2011/09/01(木) 21:03:36.74 ID:bgMPUQLg0

固法「…………確かに」

垣根「あぁ!?」

固法「確かに、私は垣根さんの全部を知ってるわけじゃない。でもね、何も知らないわけでもないわ」

垣根「何を……」

固法「少なくとも、私の知ってる垣根さんは理由もなく女の子に手を上げない」

垣根「…………」

固法「理由もなくウソをつかない」

垣根「……」

固法「私は人の言葉より、自分の目で見たものを信じる」

そこで固法は言葉を切り、最早力の入っていない垣根の手に自分の手を重ねた。



固法「私の見てきた垣根さんは、不器用だけどとっても優しい人よ」ニコッ



限界だった。

垣根「くっ……そぉ……」ポロッ

固法「…………」

一度あふれた涙は止まることはなくて。

垣根「オレは…………!オレはっ…………!」ボロボロ

糸が切れた人形のごとく、垣根はうなだれて泣いていた。
固法は、そのそばを離れることはなかった。




758: 2011/09/01(木) 21:04:52.97 ID:bgMPUQLg0

------------------------------------------------------------------------------------------
   19:07  リビング

垣根「さっきも言ったけどさ…………オレはアンタが思ってるような人間じゃねえんだ」

固法「……うん」

垣根と固法は、二人でリビングのソファに腰掛けていた。
普段垣根が寝台代わりに使っているそれは二人で座ってもかなりのゆとりがあり、
垣根は出来るだけ端に座って固法から顔をそむけていた。
泣いた顔を見られたくないからだ。

垣根「オレは……この街のドロドロした部分をイヤっつーほど見てきた。
   オレ自身、ヨゴレ仕事に手を染めたこともあった」

固法「…………」

この期に及んでも、ハッキリと『人頃し』と口に出すのは憚られた。
だが固法は言葉のニュアンスで察してくれたようで、黙って垣根の話に耳を傾けていた。

垣根「クソみてえな生活だったよ…………文字通りこの街のどん底だったからな」

垣根「オレには何もなかった。夢も希望も、生きる意味ってヤツも。
   あったのはクソ忌々しいこの『暴力』だけだ」

固法「………………」


759: 2011/09/01(木) 21:06:02.71 ID:bgMPUQLg0

垣根「オレにはコレしかなかった。この『暴力』と『恐怖』で相手を支配することしか知らなかったんだ」

固法「…………だから、あの時?」

垣根「!……ああそうだ。あの手合いを見ると未だに抑えが利かなくなる。
   頭に血がのぼって、ソイツをぶちのめすことしか考えられなくなる」



垣根「自分より弱ぇヤツを力でねじ伏せる…………それはまぎれもねえオレ自身だからだ」

固法「…………」

垣根「オレは一度氏んだ。正確には氏んだも同然、っていうか、氏んだ方がマシって状態だったんだけどよ。
   オレはこのまま氏んでも構わないと思ってた。それが、こんなクズにふさわしい末路だと思った」

だが、何の因果か垣根は生き残った。二人の『ヒーロー』によって。
手に入れた平穏は実に心地よかった。
今までの生活とは真逆の世界。
しかし。

垣根「でもさ、オレ自身は何も変わっちゃいねえんだよ。
   いつまでもカラッポで、甘ったれたクズのままなんだ」

垣根「結局オレには、人を傷つけることしかできない。
   …………それが今、たまらなくイヤなんだよ……」ギリッ


760: 2011/09/01(木) 21:09:56.96 ID:bgMPUQLg0

垣根には分かっていた。
力を振りかざす連中を薙ぎ払うが、八つ当たりの憂さ晴らしでしかないことが。
そしてその結果、本当に大事なものさえも傷つけてしまった。
だから、幕を下ろそうと思った。
その大事なものを壊してしまう前に。

垣根「オレのやってきたことは全部『逃げ』でしかねえんだ。
   オレは自分の過去から逃げて、罪から逃げて………………」
   
固法「…………」

垣根「挙句の果てに……アンタからも逃げだしたんだ」



ひと時の静寂が二人を包んだ。
垣根は今度こそ全てを話した。
その結果出てきた言葉は情けない泣きごとだ。


垣根(ま、今更カッコつけても意味ねえしな……)


既に思い切り情けない姿を晒した後だ。
何を取り繕うことがある。
そう思って自嘲気味に薄く笑う垣根。


761: 2011/09/01(木) 21:10:47.40 ID:bgMPUQLg0
そこで、今まで余計な口をはさまず耳を傾けていた固法が口を開いた。



固法「…………逃げてなんかいないわ」

垣根「……え?」

その言葉は、垣根が全く予想しないものだった。
驚いた垣根は、思わず固法の方へ向き直った。

固法「だったら、垣根さんは何でそんなに悩んでるの?どうしてそんなに苦しんでいるの?」

垣根「………」

固法「申し訳ないけど、私には垣根さんの背負っている過去がどれだけ重いのかは分からない。
  だけど、垣根さんがその重みを受け止めてるのは分かるわ」


何だろう。

この感じは。

この満たされていくような感覚は。



762: 2011/09/01(木) 21:11:42.01 ID:bgMPUQLg0

固法「自分の過去とキレイに折り合いをつけられる人なんていないわ。
   私にも覚えがあるから、それだけは分かる」


固法の言うことは綺麗事だ。

少なくとも、垣根はそう思った。

なのに、


固法「だったら、その重さに付き合ってあげましょう?
   垣根さんが、自分で納得できる日がくるまで」


彼女の言葉は、こんなにも胸に響くのだろう。


垣根「…………何にも解決してねえだろ、それじゃ」

固法「どうして?」

垣根「結局オレは、ずっと苦しまなきゃならねえ。
   ずっと一人で、十字架を背負っていかなきゃならねえんだからよ」

固法「……一人じゃないわ」

垣根「!!」

固法「垣根さんの周りには私たちがいるわ」

垣根「………」

固法「だから、もう一人で抱え込むのはやめて。
   人は、誰かに頼っていいの。ずっと一人でがんばる必要はないんだから」


763: 2011/09/01(木) 21:13:30.18 ID:bgMPUQLg0

なんて。
なんて月並みな結論だ。

だがその月並みでありふれた言葉こそ、
垣根が求めたものだった。


垣根「…………オレは、変われるのか………?」

固法「垣根さんの痛みや苦しみが、その証拠よ。
   だから…………」



固法「その痛みや苦しみと一緒に、少しずつ前に進めばいい。
   少なくとも私はそう思うわ」



垣根「…………!」


と。
それまで視線だけを固法からそらしていた垣根は、
今度は体ごと彼女に背を向けるように座りなおした。


固法「…………?どうしたの、垣根さ……」

垣根「……あんまり、見ないでくれ…………」

その肩と声は、小さく震えていた。


764: 2011/09/01(木) 21:14:10.01 ID:bgMPUQLg0

固法「今日は珍しいものが見れたわ。しかもニ回も」クスッ

垣根「テメエ…見るなっつってんだろ……」グスグス

固法「ハイハイ。じゃあ…………」

トンッ
と、垣根の背中に何か温かいものが触れた。

垣根「…………?」

固法「垣根さんが見るなって言うから。これなら、問題ないでしょ?」

固法は、垣根の背中に自らの背中を合わせて座っていた。

固法「垣根さんが帰れ、出ていけって言うまで、私はここにいるから」ニコッ

垣根「………………勝手に、しろ」

固法「ええ、そうさせてもらうわ」



二人は、ずっと背中合わせで座っていた。
何も言わず、何も語らず。



垣根の涙が止まるまで。




765: 2011/09/01(木) 21:14:45.63 ID:bgMPUQLg0
------------------------------------------------------------------------------------------
   19:58  玄関

垣根「あー………だっせー」

固法「何が?」

垣根「テメエいけしゃあしゃあと……」

固法「フフフ……」クスクス

垣根「なあ、アンタ何かキャラ変わってねえ?」

固法「そうかしら?」

垣根「まあいいけど……そんなことより時間大丈夫か」

固法「残念だけど最終のバスはもう出てるわね。
   でも歩けない距離じゃないし、問題ないわ」

垣根「………悪かったな、こんな時間までひきとめて。……!そうだ、オレが送ってやるよ」

固法「えっ?」

垣根「靴もってベランダまで来い」スタスタ

固法「え?え??」




766: 2011/09/01(木) 21:15:16.99 ID:bgMPUQLg0

ガラガラッ

垣根「……風はないな」

固法「垣根さん、私今猛烈にいやな予感がするんだけど……」

垣根「ヨイショ」ヒョイ

固法「ひあっ!?」

垣根「暴れるな。落ちんぞ」

固法「そんなこと言っても……」


固法(だってこれ……いわゆるお、お姫様抱っこじゃ……!)


垣根「しっかりつかまってろよ」バッサァ

固法「ま、待って!」

ダンッ

固法「イヤーーーーーーーーーっ!!!!」



767: 2011/09/01(木) 21:15:56.00 ID:bgMPUQLg0

------------------------------------------------------------------------------------------
   20:05  第七学区・路上(固法・柳迫の学生寮前)

固法「怖かった…………」ドキドキ

「氏ぬかと思った」と言わんばかりの面持ちで固法はそうつぶやいた。

垣根「いい眺めだっただろ?」

固法「それどころじゃないわよもうっ!…………でも、ありがとう」

垣根「!……あ、いや、礼を言うのはこっちだって。
   ありがとな、今日は。あと……ごめん」

固法「……もう謝らないで。それじゃあ、またね」

そう言って寮へと歩き出す固法。





垣根「固法!」

気がついたときには、声を張り上げていた。
自分を何度も何度も呼び止めてくれた彼女を、垣根は初めて自分から呼んだ。


768: 2011/09/01(木) 21:16:35.11 ID:bgMPUQLg0

固法「?」

振り向く固法。

垣根「え、あ、その、何ていうか…………」

しかし呼び止めてはみたものの、うまく言葉が出てこない。
伝えたいことは、いくらでもあるというのに。
垣根は自らの内でどんどん大きくなる「ある感情」に戸惑っていた。
自分でひきとめておきながら垣根に、固法は微笑みながらこう切り出した。

固法「また……」

彼女にとってはいつもの約束のつもりだったのだろう。
だが、その言葉で十分だった。



固法「また作るから」ニコッ



垣根が閉ざした「フタ」を開くには、それで十分だった。


769: 2011/09/01(木) 21:17:17.29 ID:bgMPUQLg0

固法「じゃあおやすみなさ……」





ギュッ

気が付いた時には、抱きしめていた。

固法「!?」

垣根「」ギューッ

固法「かっ、垣根さん……?」

一度開いたフタはもう戻らない。
もう、この気持ちはごまかせない。
だがその全てを今この場で言葉にするには、
垣根はあまりに遠回りをしすぎてしまった。



770: 2011/09/01(木) 21:17:57.97 ID:bgMPUQLg0

固法(何?何何何!?どういうことなのコレ!?)


垣根「………………固法」

固法「ふえ!?」

だから垣根は固法を抱きしめたまま、絞り出すような声で一言だけささやいた。





           「ありがとう」



抱擁とその短い言葉に、思いのすべてをこめて。



固法「か、きねさ……」

垣根「………………じゃあ、またな」

そう言うと垣根はすぐに踵を返して立ち去った。
表情は見えなかったが、その長めの金髪からのぞいた耳は真っ赤だった。

788: 2011/09/08(木) 00:56:21.87 ID:2gA3BWDv0
------------------------------------------------------------------------------------------
   20:12  固法・柳迫の部屋

ガチャッ

固法「」

柳迫「美偉?」

固法「」フラフラ

柳迫「遅かったじゃない?めずらしいわね、美偉がこんな時間まで一人でフラフラしてるなんて」

固法「」

柳迫「…………ひょっとして、一人じゃなかったとか?」ニヤニヤ

固法「!」



垣根『オレは…………!オレはっ…………!』


垣根『……あんまり、見ないでくれ…………』


垣根『   ありがとう   』



固法「っ~~~~~~~~~///」ペタン

柳迫「美偉!?急にへたり込んでどうしたの!?」


789: 2011/09/08(木) 00:57:14.44 ID:2gA3BWDv0


固法(抱きしめられた…………)

固法(初めてではないけど………でもショッピングモールの時より優しかった)

固法(それに最後………)



垣根『………………じゃあ、またな』



固法(またな、って言ってくれた…………)

固法(また会おうって言ってくれた………///)


柳迫「美偉ホントに大丈夫!?顔赤いよ!?」




790: 2011/09/08(木) 00:57:54.71 ID:2gA3BWDv0
------------------------------------------------------------------------------------------
   20:17  垣根のマンション

垣根「誰もいないけどただいまーっと」ガチャッ


ボスッ


垣根「ふぅ……………」

固法を寮の前まで送り届けた垣根は、帰り着くや否やソファに身を投げた。
ついさっきまで、二人で腰かけていたソファだった。


垣根(………ホントはわかってたんだよなぁ………)


最初は「変な女」としか認識していなかった。
だが顔を合わせるたびに違う表情を見せる彼女に、いつの間にか興味がわいた。
そして、彼女の笑った顔が嫌いじゃないということに気が付いた。

『嫌いじゃない』
考えてみればおかしな話だ。
その時点でもう答えは九分九厘出ているというのに、垣根はそれに気づけなかった。
長くこの町の暗がりに身を置いていた垣根は知らなかった。
その感情の名前を。



自覚したのは路地裏で別れた時だ。

791: 2011/09/08(木) 00:58:23.17 ID:2gA3BWDv0
彼女の声が、表情が、すべてが、垣根の胸に深々と突き刺さった。
皮肉なことに、垣根はこの時ようやく気が付いたのだ。
自分が守りたかったものに。
そして、それが自分の手から滑り落ちてしまったことに。
だからこの感情に鍵をかけようと決めた。



だけど。



垣根(アイツは………またオレに笑ってくれた……)




792: 2011/09/08(木) 00:59:24.87 ID:2gA3BWDv0
壊れてなんていなかった。
上条の言うとおりだ。
自分は勝手に絶望して、彼女の分まで勝手に諦めていただけだったのだ。

うれしかった。
それ以上に救われた気がした。
自分のこの両手は、何かを抱えてもいいのだと気付いたから。
誰かを抱きしめてもいいのだとわかったから。
――――それを教えてくれたのが、彼女だったから。


垣根(………そうか…………)





垣根(オレは………………)





垣根「固法のことが、好きだったのか…………」




垣根は初めてその感情の名前を知った。



第2部「接近編」 了





793: 2011/09/08(木) 01:00:23.17 ID:2gA3BWDv0
------------------------------------------------------------------------------------------

オマケ  とある深夜の恋人会話(ストロベリートーク)

同日  21:48  固法・柳迫の部屋

柳迫「……うん、今はもう寝てる。なんかポーッとしてたみたいだけど」

一方『そォか』

柳迫「でも結局何があったのか教えてくれなかったのよねー。何を訊いても上の空というか」

一方『……大方見当はついてるンだろ?』

柳迫「まぁね」テヘ

一方『チッ、相変わらず食えねェ女だ』

柳迫「あら、その食えない女が好きなのはどこの誰?」

一方『フン、さァてな』


794: 2011/09/08(木) 01:01:04.99 ID:2gA3BWDv0

柳迫「もぉ~素直じゃないんだからー」

一方『言ってろ』

柳迫「…………でもそんなあなたが好き」

一方『!テメェ………』

柳迫「今ドキッとした!?やーい!」

一方『……オマエも言うようになったじゃねェか』

柳迫「いつまでも負けっぱなしってワケにはいかないもん」

一方『そォかよ……ン?あァ今電話して、ってオイやめろォ!』

ガッチャンガッチャンドンガラガッシャーン

柳迫「あ、アレ?もしもーし。あーくん?」



??『もしもーし!こちら碧美お姉ちゃんの携帯ですかー?ってミサカはミサカは絡んでみたりー!』ヒック


795: 2011/09/08(木) 01:01:57.21 ID:2gA3BWDv0
柳迫「この声……打ち止めちゃん!?」

打ち止め『そうらよ~』ヒック

柳迫「ろれつが回ってないような気がするけど……」

打止『あのね~、ヨシカワにもらったジュース飲んだら何だか体が軽いの~、ってミサカはミサカはぶっちゃけてみたりー』

柳迫「打ち止めちゃん!それ違うから!それ絶対ジュースじゃないから!!」

打止『え~?でもヨシカワはジュースみたいなものだってヒック、言ってたよー?』

柳迫「あぁ、もうどこからツッコんでいいやら……」

一方『芳川ァァァァァァァァ!!!テメェまた打ち止めに飲ませやがったなァ!!』

芳川『たまには若いのと飲みたい時もあるのよ』

一方『若すぎンだろォが!!大体打ち止めの体がほかのヤツらと違うの知ってンだろォがァ!!』

芳川『大丈夫よ、誤差の範囲に留めてあるから』

一方『そォいう問題じゃねェェェェ!!今日という今日はぜってェ許さねェ!』

芳川『オホホホホ、捕まえてごらんなさーい』ダッシュ!

一方『待ちやがれこの酔っ払いニートがァ!!!』

………! ……!? …………!! ……… ‥ ‥ ‥  ‥  ‥


796: 2011/09/08(木) 01:02:34.69 ID:2gA3BWDv0

一方『ハァ……ハァ……あの酔っ払いマジありえねェ』

柳迫「だ、大丈夫……?」

一方『あのクソニートぜってェシメる……起きたら必ずシメる……』ゼェゼェ

柳迫「騒ぐだけ騒いで結局寝ちゃったんだ……」

一方『本当だったらたたき起こしてるトコだが、打ち止めも寝ちまったからなァ』

柳迫「………打ち止めちゃんが?」

一方『おォ。アイツ一回起きるとまた寝付くのに時間がかかンだよ。芳川に説教かまして起こしちまったら面倒だからなァ』

柳迫「………………」

一方『あン?オイどォした?』

柳迫「ねぇ……」

一方『あ?』



柳迫「打ち止めちゃんと私だったら、どっちが大事?」




797: 2011/09/08(木) 01:03:17.03 ID:2gA3BWDv0
一方『ハァ?』

柳迫「あなたが打ち止めちゃんを大事に思ってるのは知ってる。
   今も打ち止めちゃんのために怒ってるんでしょ?」

一方『…………』

柳迫「だからね、すこし不安になったの。
   ―――――この人は私のためにここまで必氏になってくれないんじゃないかって」

一方『……………オマエ』

柳迫「!……ヤダ、私ったら何言ってるんだろ。
   あーやっぱり今の話はナシナシ!なかったことに……」






一方『オマエはなンにも分かってねェな』

柳迫「え?」


798: 2011/09/08(木) 01:04:29.77 ID:2gA3BWDv0

一方『オレにとって他人から与えられた選択肢は何の意味もねェ。
   何かを手に入れるために別の何かを犠牲にするなンざ二度とゴメンだ』

柳迫「…………そういう答えは、ズルイよ」

一方『はン。今更なァに分かり切ったことを言ってやがりますかァ?』

柳迫「…………」


柳迫(…………最低だ、私)

柳迫(自分と打ち止めちゃんを秤にかけてる)

柳迫(「こんな答えが欲しかったんじゃない」って、がっかりしてる)

柳迫(………………打ち止めちゃんに嫉妬してる)

柳迫(バッカみたい……)


一方『………………わかった。それでもオマエが不安だってンなら一つ約束してやるよ』

柳迫「?」





一方『オレの心は、全部オマエにやる』




柳迫「!」


799: 2011/09/08(木) 01:06:32.86 ID:2gA3BWDv0

一方『オレはこの通りの人間だからよォ。
   知らねェオマエのことを後回しにしたり蔑ろにしちまうかもしれねェ。
   だけどオレの心は、オレの『スキ』は全部オマエにやる』

柳迫「え?え??」

一方『そのかわり』

柳迫「……こ、今度は何?」

一方『オマエの『スキ』は全部オレにくれ』

柳迫「!!!」

一方『……それでプラスマイナスゼロだ。異存は?』


柳迫(え、ウソ、何コレ……)

柳迫(うわー、うわーヤバい。顔が熱い)


一方『返事ィ!』

柳迫「えっ!?あっ……ない、です」///

一方『よろしィ』

800: 2011/09/08(木) 01:07:12.87 ID:2gA3BWDv0


柳迫(ズルイ。ズルイズルイズルイ)

柳迫(えー何コレ。もう意味わかんない……)


一方『……っつーかよォ、オマエ何か勘違いしてねェ?』

柳迫「な、何をでしょうか……?」

一方『打ち止めのことだァ』

柳迫「うっ!」ドキッ

一方『言っとくがあのガキだってお前が気に入ってンだ。
   元々人見知りはしねェンだが勘のイイガキだからよォ。初対面であそこまで懐くのは珍しィンだ』

柳迫「そう、なんだ……」

一方『まァ何が言いてェかってェとオレもあのガキもオマエが大切だってことだ。
わかったらもォくだらねェコト言うンじゃねェぞ。
   ……じゃ切るぜ』

柳迫「……あっ、うん、おやすみなさい」

一方『あァ。
   …………―――――』

柳迫「!?」

一方『じゃァな』ピッ

ツー…ツー…ツー…


801: 2011/09/08(木) 01:07:43.56 ID:2gA3BWDv0

柳迫「………………何、今の」



――おやすみ、碧美―――



柳迫(うぁぁぁぁぁぁぁ反則だぁぁぁ反則だよぉぉぉぉぉぉ!!!///)ジタバタジタバタ

柳迫(何で最後の最後でサラッとそういうこと言うかなぁぁぁぁぁぁ!!///)ゴロゴロ

柳迫(それにそれに!!)


一方『オレの心は、全部オマエにやる』

一方『そのかわりオマエの『スキ』は全部オレにくれ』


柳迫(あんな武器持ってるなんて聞いてないよぉぉぉぉぉぉ!!)

柳迫(あんなこと言われたら一人で悩んでた私がバカみたいじゃない!!)

柳迫(何なの!!ホントに何なの!!?)ジタバタゴロゴロ

柳迫(ホントに………)ピタッ





柳迫「ホントに、バカみたい」クスッ





とある深夜の恋人会話(ストロベリートーク)  終わり

802: 2011/09/08(木) 01:13:25.82 ID:2gA3BWDv0
ここまでです。
読んでくださってありがとうございます。

これで第二部「接近編」が無事終了しました。
これも皆さまの応援のおかげです。本当にありがとうございます。
次回の更新から第三部に入っていくわけですが、
これからも応援していただけるなら幸いです。


【禁書目録】固法「あなたが……《未元物質》……?」【6】

引用: 固法「あなたが……《未元物質》……?」