507: 2012/08/04(土) 16:00:34.19 ID:d2kOdGSAO

508: 2012/08/04(土) 16:15:07.88 ID:d2kOdGSAO

――
―――

魔法使い「ここは……」

 目を覚ましていの一番に状況を確認する。
 身体は石造りの壁に寄りかかっており、手と足には鎖が巻かれていた。
 天井から降りる別の鎖のせいで腕は吊り上げられた形だ。

魔法使い(そして鉄格子か…どうみても牢だな)

魔法使い「っ」ズキ

魔法使い(背中の傷が癒えていない、のか?)

 人間の姿であるとはいえ、この程度の傷は多少塞がっていてもおかしくはないはずだが。

魔法使い(と、するとあの矢も『魔物云々』の矢…?)

魔法使い(無意識下の治癒魔法も無効果されてしまったということか)
葬送のフリーレン(1) (少年サンデーコミックス)
509: 2012/08/04(土) 16:20:37.37 ID:d2kOdGSAO
魔法使い(矢を抜いた後も効果があるというのは厄介だな)

魔法使い(いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。早くここから出ないと)グッ

魔法使い「……ん?」

魔法使い「……」グイグイ

魔法使い(魔法が――使えない)

魔法使い(魔法が使えない“魔法使い”とか洒落にならないぞこれ)

??「あは、驚いてる?」

魔法使い「!」

 突然の声。
 鉄格子の向こうに誰かがいた。

510: 2012/08/04(土) 16:31:29.99 ID:d2kOdGSAO
??「こんなに暗いとよく見えないね」シュボッ

 ろうそくが灯され、辺りがぼんやりと明るくなる。
 同時に相手の顔もはっきり見えるようになった。

魔法使い(性格の悪そうな女だな)

女「あは、ひどいなぁ。うちね、心読めちゃうの」

魔法使い「そうか、それはすまなかった――性格の悪そうな女だな」

女「あ、わざわざ言い直すんだそこ」

魔法使い「それで?お前は何者だ?」

女「マイペースだね…うん、じゃあ教えてあげる」

511: 2012/08/04(土) 16:39:23.08 ID:d2kOdGSAO
女「大臣さまの部下」

魔法使い「!」

女「あは、驚くよね。だって大臣さまがこんなことするって思えないよね」

魔法使い(……大臣?あいつは何を企んで…)

女「それは秘密だよ。教えてもいいけどそれだとびっくりできなくなるし」

魔法使い「あ、そうか。読めるのか」

女「……もうちょっと読まれることに恐怖するとか対策考えるとかないの?」

魔法使い「考えても全部筒抜けだろう?意味ないじゃないか」

女「なんか調子狂うなあ…」

512: 2012/08/04(土) 16:54:11.16 ID:d2kOdGSAO
女「ま、うちはあんまり偉くないんだけどね」

女「ここの連中を見張りに来てるだけ。大臣さまに歯向かわないようにね?」

魔法使い「…私が今現在こんなことになっているのも、大臣の指示か」

女「ううん、あいつらの判断。しょぼい商売なんて大臣さまに関係ないもの」

魔法使い「……」

 解錠し、鉄格子の扉を開ける。
 そして魔法使いに寄った。

女「でもさぁ、あいつらもひどいよねぇ?」

 くいっと顎を掴み。

女「こんなカワイイ“女”の子を閉じ込めちゃうんだから」

513: 2012/08/04(土) 17:04:09.88 ID:d2kOdGSAO
 ぴくりと魔法使いの肩が動く。

魔法使い「…やはりバレるか」

 意識がない間に性別を見破られていてもおかしくない。

女「実際に触るとね」

魔法使い「嫌な気分だ」

女「触ったの上半身だけだったけど、一瞬男の子かなって思っちゃった」

魔法使い「平べったくて悪かったな…」

女「でもでも、いくらちっちゃくても」

 女は手のひらを魔法使いの胸にあてる。

女「この柔らかさは女の子特有のものだよ?」

514: 2012/08/04(土) 17:12:48.22 ID:d2kOdGSAO
魔法使い「不快だ。触るな」

女「……」

魔法使い「――だからといって揉むな。痛い」

女「むしろ揉めない……」

魔法使い「黙れ」

女「…いろんな意味で面白みがない…」

魔法使い「悪かったな」

女「でもそのぐらいがいいのかもね?――混血って知られたらヤバイじゃん?」

魔法使い「……」

女「人間の女性は何故か魔法を使えない。なのにあなたは使える」

女「だとしたらゆいいつの例外、混血しかないよね」

魔法使い「…大臣の嫌いなな」

521: 2012/08/05(日) 20:07:33.02 ID:vOhuPFDAO
女「ふーん、大臣さま混血嫌いなの?なんで――」

 女の疑問は別の足音で遮られた。

商人「勝手に何をしている?」

女「別に?少し遊んでいただけだよ」スッ

魔法使い「……」

魔法使い(ここからが本番か)

商人「すみませんねぇ、そいつはちょっとお遊びが好きで」

魔法使い「…ずいぶん口調が変わるんだな」

商人「商売の顔と普段の顔を使い分けてこそが商人ですから」

魔法使い「…はん、ご苦労なことで」

522: 2012/08/05(日) 20:12:16.97 ID:vOhuPFDAO
商人「さてとまぁ、なにから始めましょうか」

魔法使い「…なにか薬を飲んだと聞いたが」

商人「ああやっぱ話されてましたか。どうしようもないクズでしたね」

魔法使い「そして、何故あの三人を頃した」

商人「用済み、どころか厄介を生みかねなかったので」

魔法使い「…そうか。子供を使ってまで私を捕らえたのは、バラされたくなかったからか?」

商人「ええはい。種明かしされたら困りますからね?」

魔法使い「種明かし、ね。――で?私をどうしたいんだ?」


523: 2012/08/05(日) 20:17:26.92 ID:vOhuPFDAO
商人「同行者がいたでしょう?」

魔法使い「……」

商人「あれにも黙ってもらわないといけないので、教えてくれませんかね」

魔法使い「教える馬鹿がどこにいる」

商人「子供が」

魔法使い「!」ピク

商人「子供がどうなってもいいなら、黙秘もいいですけど?」

魔法使い「汚いな」

商人「商人はみんなそうです」

魔法使い「他の商人にとってはかなり風評被害だ」

商人「で、どうします?」

魔法使い「断る」

524: 2012/08/05(日) 20:22:46.17 ID:vOhuPFDAO
商人「……だから子供が」

魔法使い「はは、その程度で私が揺れるとでも?」

女「わお」

魔法使い「それと子供に実際危害を与えたら最後、私は何も喋らんぞ」

商人「……」

女「じゃあ、取引しちゃえばいいじゃん商人」

商人「なに?」

女「知ってる?混血の身体は高く売れるんだよ?」

 そのままの意味だ。
 内臓が、目玉が、舌が、薬として売られる。
 そのため、わざと混血を産ませることもあるという。

魔法使い「……」

女「少女が傷つくか、あなたが刻まれるか。どっちがいい?」

525: 2012/08/05(日) 20:26:20.44 ID:vOhuPFDAO
魔法使い「私が刻まれると子供は?」

商人「」チラリ

女「」チラッ

商人「仕方がない。離しましょう」

女「え、ほんとに?」

商人「こちらには操る魔法があるからな。喋らせないぐらいできる」

魔法使い「……」

魔法使い(…そうか)

女(ありゃりゃ。なかなか愚かだね)

商人「どうです?できれば早めに返事を――」



魔法使い「勝手に売ればいいじゃないか、ハゲ」



526: 2012/08/05(日) 20:32:09.49 ID:vOhuPFDAO
………

 小さな蝙蝠が牢に戻ってきた。
 元々ここが寝床だったのだが、なにやら今日は騒がしく一旦退避していたのだ。

蝙蝠「?」

 気配を感じ、その方向に超音波を飛ばす。
 人形(ひとがた)の何かがいると知ると、小さな蝙蝠は恐れずにそこへ近寄った。

蝙蝠「キミ、ダレ?」

 眠っていたのか、ソレはゆっくりと頭をあげる。

魔法使い「…魔物?蝙蝠一族、か?」

蝙蝠「ウン。ボク、蝙蝠一族。キミ、ニンゲン?」

魔法使い「……混血だ。鷲と人の」

527: 2012/08/05(日) 20:36:51.84 ID:vOhuPFDAO
蝙蝠「ワシ!ワシ、スゴイ。ボク、ソンケイ」

魔法使い「混血だが」

蝙蝠「ワシノチ、ヒイテル。スゴイ、スゴイ」

魔法使い「凄いのか?」

 相手が小さく笑った。
 同時に「あいたっ」と叫ぶ。

蝙蝠「ダイジョブ?ケガ?」

魔法使い「いやぁ…さっき身体的欠点を指摘したら殴られちゃって」

蝙蝠「?」

魔法使い「ちょっと自分の立場忘れていたよ…ははは」

蝙蝠「バカ?バカ!」

魔法使い「まったくだ」

蝙蝠「ツナガレル、ワルイコト、シタノ?」

魔法使い「してないよ。私はそういえる」

528: 2012/08/05(日) 20:43:23.87 ID:vOhuPFDAO
蝙蝠「ジャア、ココニイナクテモイイジャナイ」

魔法使い「同行者の所在地を言わない代わりなんだ」

蝙蝠「デナイト、コロサレルヨ」

魔法使い「…なかなかシビアな蝙蝠だな」

蝙蝠「ニゲナイト」

魔法使い「…仮に逃げても、人質がいるんだ」

蝙蝠「ダレ?」

魔法使い「女の子」

蝙蝠「ソノコハ、コロサレナイ?」

魔法使い「私が氏ねば助かる、はず」

蝙蝠「バカ?ダマサレテルヨ、ボク、ワカル」

529: 2012/08/05(日) 20:47:09.52 ID:vOhuPFDAO
魔法使い「知ってるさ…ただの自己満足だ」

蝙蝠「ジコマン、ジコマン」

魔法使い「…そうだ」

蝙蝠「?」

魔法使い「お使い、頼まれてくれないか」

蝙蝠「イイヨ」

魔法使い「鷹一族と、人間の形をした魔物がいるんだ。それが同行者なんだけど」

蝙蝠「マサカ、マオウサマ?」

魔法使い「ああ」

蝙蝠「オツカイ、スル!マオウサマ、アウ!」

魔法使い「じゃあ、ここの場所を教えてきてくれないか」

魔法使い「そして少女も救ってくれと。――首元に紐があるだろう、それとってくれ」

蝙蝠「ウン」

530: 2012/08/05(日) 20:51:04.01 ID:vOhuPFDAO
 多少手こずったが、引っ張りだされたのは麻の紐。
 一部だけ網が編まれており、その中には

蝙蝠「ニンギョノ、ナミダ」

 それはペンダントのような造りだった。

魔法使い「貰い物だ」

蝙蝠「ココニモ、ニンギョ、イル」

魔法使い「え?…え?」

蝙蝠「ジャア、サガシテクル。アトハ?」

魔法使い「人魚の件聞きたいんだが…そうだな」

蝙蝠「ハヤクハヤク」

魔法使い「日の出が出たら私氏ぬからって伝えて…いややっぱやめ…」

蝙蝠「ワカッタ、ジャアネ!ガンバレ!」

531: 2012/08/05(日) 20:54:29.55 ID:vOhuPFDAO
魔法使い「今の無し!ねぇ!」

 時すでに遅し。
 小さな小窓から小さな蝙蝠が飛び立った後だった。

魔法使い「……」

魔法使い「魔王、なにしてんだろうな…」

 口の中に溜まっていた血を吐き捨てる。
 「ハゲ」「チビ」とか言ったらかなり暴行された。
 今度から悪口には気を付けようと思った。

魔法使い「…今度があれば、だけどな」

 せめてあの子だけは助けたいなぁと呟いた。

532: 2012/08/05(日) 21:00:25.61 ID:vOhuPFDAO
 蝙蝠は飛ぶ。
 ペンダントを持って。

 これを見せればどうやら話がスムーズに進むらしい。

蝙蝠「タカ、タカ」

 懸命に探す。
 お使いを成功させたかったからだ。

 やがて、下から。

青年「――おい、そこの蝙蝠」

 人間…いや人間ではない何かが声をかけてきた。肩には鷹がいる。
 蝙蝠は地面にコテリと降りた。というか落ちる。

蝙蝠「オツカイ!キミ、マオウ?」

青年「いかにも。…それは、なんだ?」

 指差されるは麻の紐。
 蝙蝠は答えた。

蝙蝠「コンケツカラ、アズカッタ!」

 なぜ目の前の王は一瞬泣きそうな顔をしたのか。
 蝙蝠には分からなかった。

539: 2012/08/05(日) 22:06:26.82 ID:vOhuPFDAO
……

青年「そうか」

 蝙蝠の話を聞き終わり、彼は息を吐いて空を見上げた。
 月だけがぽっかり浮かぶ空だ。

青年「あいつは自己犠牲を選んだのか。ふむ、らしいと言えばらしい」

鷹「…魔王さまは…どうなさるのですか?」

蝙蝠「ドスルノ?」

青年「決まっている。何と言われようが奪い返しに行く」

鷹「子供も?」

青年「ああ。じゃないと怒るだろうからな」

 側近はそこで口をつぐんだ。

540: 2012/08/05(日) 22:12:29.41 ID:vOhuPFDAO
 ある程度予想していた解答だったし、文句もない。
 文句があったとして、側近はそれでも魔王に従うだろうが。

鷹「……」

 側近が黙ったのは何も言うことがなくなったというのもある。
 だが、もう一つ。

 青年の出す威圧感に恐れを感じたからだ。

青年「なんだろうな。変な気分だ」

 角が生え、爪は尖り、瞳は爛々と光る。
 青年の本当の姿だ。

蝙蝠「マオウサマ!」

 蝙蝠は嬉しそうに飛び跳ねる。

魔王「あいつが誰かに好きにされると聞くと、酷く胸がむかつく」

541: 2012/08/05(日) 22:18:37.06 ID:vOhuPFDAO
鷹「……そうですか」

魔王「ああ」

 魔王はペンダントを拾い上げ、目の前に掲げる。

蝙蝠「ソレ、コンケツ、クビニ、カケテタ!」

魔王「そうか」

 輪を頭に通し、真珠の部分が前に来るようにする。
 真珠は月明かりで鈍く輝いた。

魔王「蝙蝠、案内してくれ」

蝙蝠「ワカッタ!コッチ!」

鷹「…もっと魔王さまに敬意を払え」

 夜明けは近い。

542: 2012/08/05(日) 22:26:37.35 ID:vOhuPFDAO
――同時刻、牢

少女「お兄さん…」

 囁く声。
 魔法使いは目を見開いてそちらを見る。

魔法使い「…なぜここに」

少女「脱出したの。見張りは、寝てたから…」

 得意気に鍵を見せる。
 それから音をたてないように慎重に鍵穴へ差し込む。

少女「逃げよう。殺されちゃう」

魔法使い「あなただけでも」

少女「ダメだよ!二人で逃げるの」

 鎖の鍵に手惑いながら、強く言う。
 じゃらじゃらと音をたてるために連中が気づきやしないかと気が気じゃない。

543: 2012/08/05(日) 22:30:08.44 ID:vOhuPFDAO
魔法使い「…私はまだやることが」

少女「怪我が治ってからじゃダメなの?」

 涙目にたじろきかけたが、それでも魔法使いは首を横にふる。

魔法使い「それじゃ遅いんだ」

少女「じゃああたしも協力する!それじゃいけないの?」

魔法使い「いけない。君は、こっち側の世界の子じゃないから」

少女「こっち側?」

魔法使い「私は――」

 最後の鎖が取れた。
 魔力が少しずつ戻ってくるのを感じる。

魔法使い「――私は…」

544: 2012/08/05(日) 22:40:17.98 ID:vOhuPFDAO
少女「どうしたの?」

魔法使い「いや……」

魔法使い(ふむ。鎖に魔力を封じる何かがあったようだな)

魔法使い(人間はなんとめんどくさいものを発明するのやら。じゃなくて)

少女「お兄さんはなんなの?“魔法使い”じゃないの?」

魔法使い「“魔法使い”ではあるけど、もっと君と根本的に違うんだ」

少女「?」

魔法使い「あー、なんというか」

女「あは、化け物なんだよね」

魔法使い「!」バッ

 鉄格子を挟んで向こう側にあの女が立っていた。
 警戒しつつ少女を抱き寄せる。彼女は大人しく従った。

 女は舌舐めずりをして口を開く。

女「――混血の目玉が美容にいいってのは、本当かな?」

550: 2012/08/06(月) 20:42:38.59 ID:93ThlPaAO
魔法使い「…それは嘘じゃないのか」

 即答。
 自分で試したことはないので推測ではあるが。

女「試してみないと分からないよ?」

魔法使い「魚の目玉でも食ってろ」

女「やだぁ、魚の目玉なんてグロいじゃん」

魔法使い「……数秒前の台詞をよく思い出せ」

魔法使い(魚よりヒトの目玉を食らう方がもっとグロいと思うが)

女「だってあなた、同族(にんげん)じゃないもん」

魔法使い「……」

女「人間に形が似てるだけで。だからあんまり抵抗はないかなぁ」

551: 2012/08/06(月) 20:48:54.82 ID:93ThlPaAO
魔法使い「…同族じゃない、か。確かにな」

 心の奥で微かにほの暗い感情が沸き上がる。

 人間として生きたい。

 ――だがそれは、他ならぬ人間が、魔法使いを人間だと認めてくれなくてはいけない。
 ただの一方的ななりきりでは、駄目なのだ。
 混血だとか。
 呪い子だとか。
 そう言われているうちは――人間など、なれやしない。 

少女「…お兄さん?」

 人間の少女が不安げに見上げてくる。

魔法使い(この子もいつかは混血を忌むのだろうか)

552: 2012/08/06(月) 20:56:40.99 ID:93ThlPaAO
 結局――混血はモノとしてしか扱われない。
 牛や豚と同レベルだ。

魔法使い(私が人間と認められたら…)

魔法使い(それは、他の混血への裏切り行為なのか?)

 人間に迫害されている混血がいたとして。
 敵視されてしまうのだろうか?

女「そうだね。人間を憎む混血もたくさんいるわけだし」

魔法使い「じゃあ……私には、味方がいなくなってしまうのか?」

女「何言ってるの?」

 ナイフを二振り両手に持ち、女は嘲るように笑った。

女「あ ん た な ん か に 味 方 な ん て い る わ け な い じ ゃ な い 」

553: 2012/08/06(月) 21:04:24.01 ID:93ThlPaAO
 女も薬を飲んだ一員である。
 手に入れた力は読心。
 戦闘には向かないが、このような時には多く使える。

 魔法使いを相手にした場合、彼女に奥深く眠る悩みを利用した。
 『どうやら人間として生きたい』と分かったら、その考えに揺さぶりをかけていけばいい。

 間違えているか、正しいか。
 その問いだけでも大抵はうまくいく。

女(この程度じゃまだ心は壊れないけど、戸惑ってはいる)

 だから、この隙に。

女「逃げようとする動物は殺さないとね?」

 牢に入り、まっすぐに魔法使いを討ちにかかった。

554: 2012/08/06(月) 21:15:19.61 ID:93ThlPaAO
女「…やった」

 手応えがあった。
 が、何か違う。

魔法使い「…ふむ。痛いな」

 壁の向こうで混血が呟いた。
 ――壁?

女「は、羽?」

魔法使い「ああ。翼にも痛覚はあるんだな」

 翼でぱんっとナイフをはじき、彼女は姿を現す。

 背からソレは生えていた。
 首元、手首には羽毛らしきものがうっすら見える。

魔法使い「私に味方なんていない、か。なるほど…なかなかキツいな」

 だがな、と混血は拳を握りしめる。

魔法使い「その言葉で現実に戻れたよ」

 分からない。
 なぜ、こんなにすがすがしい顔をしてるのか。

魔法使い「それは間違えだ。全てを受け止めると語ってくれた人がいる」

魔法使い「私をここまで育ててくれた人がいる」

魔法使い「そして――」


555: 2012/08/06(月) 21:18:56.54 ID:93ThlPaAO
魔法使い「私と旅をしようと言ってくれた奴がいる」

 固めた拳をみぞおちに鋭く突き刺した。

魔法使い「――その他はまた考えよう。どうせ、私は長く生きる」

女「――っ!」

魔法使い「…ちょっと目を背けていたんだ。向き合わせてくれて感謝する」

 その声は届かなかった。

556: 2012/08/06(月) 21:29:49.17 ID:93ThlPaAO
――建物内

 どやどやと出てきた人間を数秒かからず伸した後、魔王が顔をあげた。

魔王「む」

鷹「どうしました」

魔王「いや、魔法使いが壁を乗り越えた気がしてな」

鷹「物理的に?」

魔王「精神的に」

鷹「えっ?」

蝙蝠「デンパ、デンパ!」

鷹「何を言ってるんだおまえは」

魔王「ともあれ。悩ましいところだな……」

 二つの分かれ道を交互に見比べながら魔王は言う。

魔王「“人魚”を救うか、魔法使いを救うか――どちらを先にするか」

567: 2012/08/08(水) 23:17:49.84 ID:/TFZxB+AO
 右からは多数の魔物の気配。
 左からはそれより少し強いなにかの気配。

鷹「…魔王さま」

魔王「なんだ」

鷹「先に、“人魚”達を救出するほうが良いかと思います」

魔王「……」

鷹「小娘たちは…恐らく、自力でなんとかするでしょう」

 魔法使いのほうばかりに気をとられてはいけないのだ。
 魔物の王である彼は真っ先に魔物である“人魚”を救い出すべきで。

 “人魚”も魔法使いも、それぞれここから遠く、しかも逆方向。

 どちらを救うためには――どちらかを見捨てなければいけない。


568: 2012/08/08(水) 23:21:58.33 ID:/TFZxB+AO
鷹(……見捨てる、はないか)

鷹(ただ…生存確率が半分になることは確か)

鷹(片一方が逃げられたことに激昂し、頃してしまう可能性だってある)

魔王「……」

鷹(…辛い判断でしょうが…)

魔王「そうだな。まず“人魚”からだ」

鷹「はっ」

魔王「待たせたな、蝙蝠。行くぞ」

蝙蝠「ウン、コッチダヨ!」

569: 2012/08/08(水) 23:27:04.73 ID:/TFZxB+AO
――とある部屋

蝙蝠「タブンココ!」

魔王「……」ガチャ

鷹「これは……」

 青い光が部屋を満たしていた。
 巨大な水槽。
 その中に浮かぶ、傷ついた“人魚”達。
 意識がないものが大半だった。

鷹「何故こんな姿に…」

魔王「真珠を出させるためだろうな」

蝙蝠「ダサセルッテドウヤッテ?」

 魔王はすぐには答えず近くに放られていた物体を持ち上げる。
 鞭だった。

魔王「こんなやつで痛めつけて、泣かせるんだろうな」

 瞳に表情は無かった。

570: 2012/08/08(水) 23:35:45.54 ID:/TFZxB+AO
魔王「商売のためだけに。それだけでこいつらは傷つけられた」

 鞭は一瞬で炭くずと化した。

魔王「――誰も生かしておけないな」

鷹「」スッ

側近「魔王さま……」

魔王「側近、海の位置は分かるか」

側近「はい」

魔王「今からお前に魔力を注ぐ。そして“人魚”と海に転移しろ」

側近「え!?」

魔王「術師無しでも移転はできるが――安全性はそのぶんなくなるからな」

魔王「弱った“人魚”を陸に打ち付けるなどできない」

側近「そうですね」

魔王「頼まれてくれるか」

側近「拒む理由などどこにありましょうか?」

571: 2012/08/08(水) 23:41:34.84 ID:/TFZxB+AO
 魔王は水槽に近寄る。

魔王「聞こえるか」

「……え?」「誰?」

魔王「今、お前たちを海に連れていく」

「!?」「え、夢?」「夢なの?」

魔王「移転を行う。少し我慢しとけよ」

「まお…魔王、さま?」「わたしたちのために?」

魔王「側近」

側近「はっ」

 魔王は指の肉を噛みちぎり、側近は自らの翼を小さく傷付けた。
 互いの血液を当て、魔王は魔力を傷越しに送り込む。

魔王「体液同士を触れあわせないといけないというのは面倒だな」

側近「そうですね」

魔王「気をつけろよ」

側近「ありがとうございます」

572: 2012/08/08(水) 23:47:46.89 ID:/TFZxB+AO
 強い魔力を送られたからか一瞬ふらついたが、側近は水槽に寄る。
 魔王が少し遠くに離れたのを確認して、自分と水槽を魔法陣で囲う。

 そして消えた。
 後に残ったのは魔王と蝙蝠と、

魔王「……水槽だけは残したのか。側近の魔法もなかなかのものだな」

蝙蝠「ソッキン、マホウ、ツカエルノ?」

魔王「使えるさ。日頃はあまり使わないだけで」

蝙蝠「ナンデダロ?ツカエルナラ、ツカエバイイノニ」

魔王「ほら、よく言うだろ」

魔王「能ある鷹は爪を隠す――ってな」

蝙蝠「ソレ、ウマイトコニ、イレテキタネ!」

魔王「ふん。さ、おれたちは魔法使いのところに向かうぞ」

581: 2012/08/09(木) 22:19:38.86 ID:thjLTwxAO
――牢付近

少女「……」ポカーン

魔法使い(しまった)

魔法使い(ついこの子の前で本来の姿になってしまった)

 緊急事態ではあったが、迂闊だったとも思う。
 少女との間に亀裂が入ることは避けたかったのに。
 …先ほどから混血混血言われているのでもう手遅れかもしれないが。

少女「……」

魔法使い「えっと、その」

少女「…て……」

魔法使い「て?」

少女「お兄さん、天使さまだったんだ!?」

魔法使い「は?」

少女「こんけつって、天使さまのことだったの?」

582: 2012/08/09(木) 22:27:13.28 ID:thjLTwxAO
魔法使い(あ、そもそもそれ自体知らなかったんだ)

魔法使い「いやなんというか、私は天使じゃなくてだな…」

少女「でも、羽があるし」

魔法使い「うう……これには深い理由があって…」

魔法使い(天使、か)

 金色の髪に青い瞳、そして白い翼。
 神のつかいといわれるそれと言われたのは初めてだった。

 魔法使いは黒に近い茶色の髪と瞳、そして若干まだらな模様のある焦げ茶色の翼を持つ。
 どうみたってそんな美しい存在じゃない。そう考えた。

583: 2012/08/09(木) 22:32:09.86 ID:thjLTwxAO
 だがしかし、ここで混血について教えるよりこのまま天使として誤認識させておいたほうが
 この先楽なような気がしてきた。わざわざ仲が割れるようなことは言いたくないし。

魔法使い「……天使に近い存在だよ」

少女「そうなんだ!」

魔法使い「う、うん」

 心が傷んだ。

少女「嬉しいなぁ…天使さまが助けに来てくれたんだね」

魔法使い(不意討ち食らって牢に放り込まれたけど)

 むしろ助けられたのは魔法使いだったりする。
 我ながら情けない。

586: 2012/08/10(金) 22:35:42.60 ID:rilgygmAO
魔法使い「よし、じゃあここを出……っ!?」

 ぞわりと。
 本能的な恐ろしさを感じた。

少女「どうしたの?」

魔法使い(この魔力…魔王か?)

少女「天使さま?」

魔法使い「あ、い、いや。なんでもない」

少女「?」

魔法使い「それと天使さまはやめようよ。なんだかむず痒くなる…」

少女「うーん。天使さんは?」

魔法使い「あんま変わってないような……まあいいか」

 少女と手を繋いで、歩き出す。
 騒ぎで起きた見張りはいたが、魔法でダウンさせた。

魔法使い「早く家に帰らないとね」

少女「うん!」

587: 2012/08/10(金) 22:42:13.17 ID:rilgygmAO
 一見すれば仲良さげな背中が完全に牢から消えた後。

 腹を抱えながら女がよろよろと起き上がった。
 目には憎悪を浮かばせて。


女「壊してやる」


 そして、翼の去った方向に駆け出した。

589: 2012/08/10(金) 22:47:55.05 ID:rilgygmAO
……

魔法使い(ああそうだ…この姿になると)

 十数人に囲まれながら魔法使いは思考する。
 元々ここに雇われていたらしき人間や、兵士の恰好をした人間。
 矢や剣を手にジリジリと間合いを詰めて来ている、

魔法使い(人、頃したくなるんだよな)

 不思議と少女は頃したくはないが。
 恐らく守ってあげたいという感情のほうが強いのだろう。

魔法使い「しばらく、何も見えなくなって、何も聞こえなくなるけど良い?」

少女「えっ……怖いよぅ」

590: 2012/08/10(金) 22:51:33.76 ID:rilgygmAO
魔法使い「うん…ちょっとだけだから」

少女「……そばにちゃんといるなら、いいよ」

魔法使い「いるよ。手を繋いだままでいるから」

少女「じゃあ」

 コクリとうなずいた少女の頭に片手をのせて小さく呪文を呟く。
 一時的なものだが生身の体を相手にしているためにわずかに緊張する。
 少女の目の前に手を振ってみせても反応しないことを確認して、魔法使いは「さて」と辺りを見回す。

魔法使い「お待たせしたな。ここからは未成年の教育にはよくないから」

591: 2012/08/10(金) 22:56:33.55 ID:rilgygmAO
 誰も彼も無言だ。
 矢はほぼ魔法使いに狙いをつけて、あとは射つだけ。

魔法使い「忠告するが――もし攻撃するなら、お前たちの命はない」

魔法使い「私は攻撃してきたら普通に頃すぞ?」

 たじろくような空気が表れた。
 頭の中で適切な魔法陣を浮かべながら最終警告をする。

魔法使い「攻撃するな。私たちは帰りたいんだ」

「―――射て!」

 弓が穿たれた。

593: 2012/08/11(土) 17:23:13.42 ID:EGEVzyAAO
 矢が放たれて数十秒後。

魔法使い「……だから言ったのに」

 魔法使いたちの周りで立つ人間は誰一人としていなかった。

兵「な、なぜ……矢が、効かない…あの矢は、魔法を…」

魔法使い「簡単なことだ」

 血だまりの中で蠢く人間を魔法使いは冷ややかな眼差しで見やる。

魔法使い「魔法が通じないなら、直接的な魔法で戦わなければいい」

魔法使い「だから強風を起こして矢を叩き落とせたんだよ」

兵「むちゃくちゃだ…」

魔法使い「…賭けだったけどな」

594: 2012/08/11(土) 20:26:00.45 ID:EGEVzyAAO
魔法使い「でもまあ、結果オーライか。これで対策も分かった」

兵「忌み子が……呪われてしまえ…」

魔法使い「呪い子がこれ以上呪われたらどうするんだよ」

兵「貴様らは…いないほうが、世のためなんだよ…!」

兵「この世界は、人間のものだっ!」

魔法使い「――言いたいことは、それだけか」

兵「はん……貴様なんかに殺されてたまるか」

 皮膚を切り裂いた音と、液体が床に滴り落ちる音。
 魔法使いはそれを黙って見届けて、目を伏せた。



 彼女が少女を抱き抱えてそこを出たとき、生きている者はいなかった。


596: 2012/08/11(土) 20:33:55.56 ID:EGEVzyAAO
……

魔法使い「ここまでくればいいか」パァァ

少女「ん……終わったの?」

魔法使い「終わった」

少女「あの人たちは?」

魔法使い「…ごめんなさいって、帰っていったよ」

少女「そうなんだ。なんか、すごい生臭かった気がする」

魔法使い「それは…」

 真実は言えない。

魔法使い「みんなで魚捌いていたんだ」

少女「魚捌いていたの!?」

魔法使い「だから生臭かったんだと思う」

少女「え、そうなんだ…へぇ…」

 自分で嘘をついといてなんだが、もう少し人を疑うべきだと思う。

魔法使い「ん、広い通路だな…ここ行ってみるか」

少女「うん!」

597: 2012/08/11(土) 20:35:22.79 ID:EGEVzyAAO
>>595
魔法使いと少女の場所は台風の目みたいな感じだったと思って下さい

599: 2012/08/11(土) 20:44:15.79 ID:EGEVzyAAO
――通路

魔王「魔法使いの近くに来ているな」

蝙蝠「ソウナノ?」

魔王「あいつの魔力が強くなってきている」

蝙蝠「フゥン。ネェネェ、マオウサマ!」

魔王「なんだ」

蝙蝠「マホウツカイッテヒト、ドウオモッテル?」

魔王「ふむ…そうだな。見所のあるやつだと思う」

蝙蝠「ソレダケ?」

魔王「それと、質問から離れるがあいつを考えると胸が苦しい」

蝙蝠「ビョウキ?」

魔王「だとしたら嫌だな」

 蝙蝠はまだ子供で、魔王は色恋とは離れて暮らしていたために発言の重大さを分かっていない。
 恐らく側近あたりが聞いたら身悶える話を魔物たちはしばらくしていた。

600: 2012/08/11(土) 21:06:20.26 ID:EGEVzyAAO
魔王「誰か来たか」

 直進か左右かの分かれ道。
 右から足音が聞こえた。間隔からして走っている。

女「…っはぁ、見つけ…あれ?」

女(回りこんだはず…まさか途中で曲がった?)

魔王「なんだお前は」

女「あんたこそ誰よ…みたことない顔だけど」

魔王「だろうな。少し人探しをしている」

女「……男装した混血のこと?」

魔王「それだな。知っているのか」

女「知っているもなにも、用があるんだよね」

魔王「ほう。どんな?」

女「その前にちょっと覗かせてね!」

 話している相手が誰かもしれず、ただ恨みでここまで動いていた女は
 いつものように敵の弱点を汲み取ろうとした。

601: 2012/08/11(土) 21:12:01.91 ID:EGEVzyAAO
     山積みの書類。

 会議。

   廊下がひび割れているとの報告。

     西で魔物と人間が

   “人魚”

女(――?)

  承認

    真珠

      シェフがまた激マズメニューを

  門番が暴れて

女(…こんな浅い悩みじゃなくて……もっと深くに――)

 深く

 深く

 深く

602: 2012/08/11(土) 21:20:41.29 ID:EGEVzyAAO

 『お前に王位を譲る。今からお前が王だ』

女(あ、トラウマの記憶かな?さっさと掘り出して……)

女(王ってどこの――あれ、そういえば)

 『何故ですか父上。ぼくはまだ未熟です』

 『……』

女(角がある――飾りとかじゃないのかな)

 『見てみろ、周りを』

 ひび割れた地面。

 血。

 氏体。氏体。氏体。氏体。

 静か。

 『敵も味方も引っくるめて始末したお前に――もう俺は勝てない』

 『ぼくは、父上を頃しませんが』

 『お前はそうだろう。だがな――俺は、』

603: 2012/08/11(土) 21:28:42.82 ID:EGEVzyAAO


 『―――怖いんだ、お前のことが』



 それから記憶が溢れ出るように女の脳内になだれ込む。
 制御できない。
 人為的に作られた魔翌力は暴走を始めていた。

 いや。
 数倍以上長生きをしている者を相手にしてしまった反動か。

 小さなコップにバケツの水が全て入りきらないのと同じように
 女の脳の本来の容量を越えた膨大な記憶。
 二十わずかしか生きていない人間に対策ができるわけもなく。


 ぶつん。

 その音を最後に女の脳は機能を停止した。

604: 2012/08/11(土) 21:37:26.68 ID:EGEVzyAAO
魔王「……少し固まったと思ったらいきなり倒れたんだが」

蝙蝠「ナンデ?」

魔王「知らん。おい」ユサユサ

蝙蝠「オキナイネ。オネボウサン」

魔王「……」

蝙蝠「?」

魔王「氏んでる」

蝙蝠「マオウサマ、ヤッツケタノ?」

魔王「まさか。一体なんだったんだ、微弱ながら魔力を使ったみたいだが」

蝙蝠「マオウサマノ、ココロ、ミヨウトシタトカ」

魔王「そんなアホらしい理由なら笑うがな。生きている年月が違うんだから」

蝙蝠「パンク、パンク!」

魔王「謎だな。ほら、置いてくぞ」

609: 2012/08/12(日) 19:00:34.94 ID:kbEZEcFAO
――別の通路

追っ手たち「待ちやがれーー!!」

魔法使い「ああぁぁぁもうっ!」ダダダ

少女「わ、わ、わ、」ダッコ

魔法使い「なんで次から次へと人が出てくるんだ!アホか!」

少女「天使さん、飛ばないの?」

魔法使い「……しばらく飛んでないからな…いけるか分からない」

少女(飛んだら楽そうだけどなぁ)

 魔法使いの首に抱きつきながら目と鼻の先にある翼を眺めた。
 走らないものは余裕である。

魔法使い「行き止まりか!?いや、ドアがあるな!」

 蹴破るようにしてドアを開き中へ侵入する。

610: 2012/08/12(日) 19:06:55.23 ID:kbEZEcFAO
魔法使い「え、水槽…?」

少女「大きい水槽…」

魔法使い(そういえば“人魚”とか言っていたような)

商人「全く――手間をかけさせないで下さい」ザッ

魔法使い「悪かったな」

商人「どうやら、だいぶ部下を始末されたみたいですし」

魔法使い「……」

商人「まぁ、『魔女』として国に渡せば報酬が貰えるでしょうが」

魔法使い「部下より金か」

商人「当たり前です」

魔法使い「へぇ。ま、そちらさんの事情に首は突っ込まないが」

商人「賢明ですね。貴女は頭が良さそうだ」

魔法使い「そりゃどうも」

魔法使い「しかし、これで――どちらも、相手を始末しなければいけない状況になったんだな」

611: 2012/08/12(日) 20:15:22.75 ID:kbEZEcFAO
商人「そうですね。だから」

ザザザ

魔法使い「…そういえば、なぜ兵がいる?」

商人「お借りしたんですよ。あなたみたいな輩がいるから」

魔法使い「…誰に?」

商人「大臣さまに」

魔法使い「やっぱあいつか……!」

商人「もういいでしょう。氏んでください」

商人「身体の方はこちらで預かりますから――」

魔法使い「そんな気遣いいらな――えっ」

 目にはいったのは先端にに火がつけられた矢。
 防いだ場合の被害を考えて一瞬思考が止まる。

 それを待ってくれるほど優しくはなかった。

612: 2012/08/12(日) 20:20:38.67 ID:kbEZEcFAO
タン タタン

魔法使い「~~!」

 痛みと熱さで意識が飛びかけた。

商人「自慢の翼が焼けてしまいましたね」

 少女が無事なのは良かったが、このままでは焼氏確定だ。

魔法使い「魔女にふさわしい氏に方だな…だが」

 手に魔力を集め、そばにあった水槽のガラスを叩き割った。

 水が勢いよく流れ出し、またたくまに火を消した。
 ついでに流されたが氏ななかっただけ良かったと思いたい。

魔法使い「…い、生きてる?」

少女「うん…」

 なおも矢を向けてくるのでそちらの方向に軽く爆発を起こした。

613: 2012/08/12(日) 20:38:59.62 ID:kbEZEcFAO
魔法使い「頼む、抜いてくれないか。表に刺さってるから自分じゃ届かなくて」

少女「い、痛いよ?絶対痛いよ?」

魔法使い「大丈夫」

少女「いくよ……えいっ」

魔法使い「づっ!いっ……たく、ないし」

少女「それやせ我慢だよ…」

 わりと容赦なく抜かれる間に、爆発に飲み込まれなかった数人がこちらへ来た。
 今度はナイフまで構えている。しくじりはしないということか。

魔法使い「この世にお別れは済んだか?」

商人「あなたこそ。――今の気持ちは?」

魔法使い「は?」

614: 2012/08/12(日) 20:43:15.87 ID:kbEZEcFAO
 視界の隅。
 何かが腕を振り上げた。

魔法使い「っ!?」

 少女が、手をあげたまま虚ろな目で魔法使いを捉える。
 握りしめるは、取り出したばかりの矢。

魔法使い「くそっ、操ったのか!」

商人「利用しない手はありませんから。やってしまえ」

少女「はい」

 凶器はまっすぐに魔法使いの胸へ吸い込まれ――


 先ほどよりも大きい爆発が起きた。




615: 2012/08/12(日) 20:49:20.77 ID:kbEZEcFAO
少女「あいたっ!」コテン

魔法使い「またなにが!?」

少女「あれ――天使さん、あたし、今何を」

魔法使い「一人で怪しげな踊りしていたかもしれない!」

少女「ええっ!?」

 適当に返事をして砂ぼこり舞う部屋の中へ目を凝らした。

魔法使い(瓦礫まで吹っ飛んでるし…)

魔法使い(向こう、穴が開いてる?誰かが突き破ってきたのか)

ガラッ

魔法使い(誰か来る……ん?)ギュッ

少女「て、天使さん…そんな強く」カァァ

魔法使い(この魔力、まさか)

616: 2012/08/12(日) 20:59:00.60 ID:kbEZEcFAO
側近「――む?部屋間違えたか?」シュンッ

魔法使い「あ、側近さん」

少女「おっきい鳥さんだ!」

側近「小娘!探したのだぞ…ってなんでまたお前はボロボロに」

魔法使い「深い事情は後です。そちらこそ一体何を」

側近「“人魚”を送り届けていた。話に時間がかかってな」

側近「魔王さまは…そばにいるか」

魔法使い「ええ、そうですね」

スタスタ

魔王「お、いた。会いたかったぞ、魔法使い」

魔法使い「こちらこそ、魔王」


側近(すごく仲良しそうな会話!だか、なんかもどかしい会話!)

蝙蝠「?」

少女「?」

617: 2012/08/12(日) 21:08:33.10 ID:kbEZEcFAO
魔王「さてと、こんな騒ぎの首謀者は始末しないとな」

魔法使い「…子供がいるからもっと柔らかい言い方で頼む」

少女「?」ミミガード

蝙蝠「シマツ、シマツ!」

側近「やめろ」

魔王「それで一体どこに隠れたんだろうな?恐れをなして逃亡か」

魔法使い「んーと……爆発が起きて、瓦礫が飛んで…」

魔法使い「かなり大きい瓦礫も目の前を通過し……て?」

側近「どうした?」

魔法使い「…魔王が乗ってる瓦礫の下、見てくれませんか」

側近「下か?」ヒョイ

蝙蝠「ナンカ、アル?」

618: 2012/08/12(日) 21:15:08.66 ID:kbEZEcFAO
魔王「退くか」スッ

側近「ありがとうございます」グイッ

 持ち上げて、黙った。

蝙蝠「エグイネ!」

側近「ここの、てっぺん頭の特徴はあるか?」

魔法使い「ハゲでチビです」

側近「……」

 元に戻して、魔王たちをぐるりと見回した。

側近「帰りましょうか」

魔王「そうか」

魔法使い「はい」

蝙蝠「ウン」

少女「?」

619: 2012/08/12(日) 21:36:12.86 ID:kbEZEcFAO
――城

部下「大臣さま、報告を」

大臣「なんだ」

部下「数日前に、南の海に近い街で商人が」

大臣「ああ、薬を渡したやつか。どうかしたのか」

部下「氏んだそうです。どうやら、襲撃されて」

大臣「なに?」

部下「薬や矢の資料はあらかじめまとめてありましたが――」バサッ

大臣「本人には用はなかったしな。これだけ手に入っただけでも良い」

大臣「だが、なんだ?誰に襲撃された?」

部下「それはまだ不明ですが……」

620: 2012/08/12(日) 21:41:25.29 ID:kbEZEcFAO
大臣「言いにくそうだな」

部下「生き残った兵によると、『羽が生えていた』と」

大臣「!」

部下「あとは女性だとか男性だとか色々と意見が別れてまして」

大臣「ふむ……」ギリッ

大臣「女も氏んだのか」

部下「はい」

大臣「氏因は?」

部下「それが…脳が焼ききれていたとか」

大臣「は?」

部下「商人のほうは瓦礫に押し潰されて圧氏とのことです」

大臣「……不思議な氏に方をするんだな」

部下「そうですね」

大臣「はぁ…そろそろ頃合いだな。動くか」

621: 2012/08/12(日) 21:45:44.03 ID:kbEZEcFAO
部下「いよいよですか」

大臣「薬を飲む人間によって使う魔法が違う法則も今回で分かった」

大臣「兵も魔物も集まった」

大臣「いつでも出せるようにしておけ」

部下「はい、仰せのままに」

大臣「それに、あいつもここに呼べ」

部下「大丈夫でしょうか」

大臣「経過は良好だ。やはり人間、恨む人間がいると使いやすいな」

部下「はあ。では、失礼します」

ガチャン

622: 2012/08/12(日) 21:47:11.36 ID:kbEZEcFAO
あ、なんか今日投下多くなりそう

625: 2012/08/12(日) 21:55:38.36 ID:kbEZEcFAO
――同時刻、宿

ガチャ

魔法使い「あ」

青年「動けるようになったか」

魔法使い「ああ。さっきどこにいってたんだ?」

青年「“人魚”のところに行ってた」

魔法使い「結局私は最後まで関われなかったな…」

青年「別に無理矢理関わる必要もなかろうに」

魔法使い「それはそうなんだが……」

青年「ああ、あの少女も見かけたが、元気そうだった」

魔法使い「それは良かった」

青年「黙っておくように言ったんだな」

魔法使い「そりゃな…大変だったんだから。『また会いたいから誰にも言わないでね☆』って」

青年「ぶっ」

626: 2012/08/12(日) 22:00:18.84 ID:kbEZEcFAO
魔法使い「わ、笑わなくてもいいだろ!」

青年「すまんすまん、でもツボにはいって」ククク

魔法使い「……にしても今回は厄介だったな」

青年「…そうだな。魔法を無力する矢、魔法を作り出す薬」

魔法使い「狙いが分からない。魔法で何をしたいのか」

青年「誰がしているのか検討はついてるのか?」

魔法使い「大臣だ。何故か私を嫌っている」

青年「難儀だな」

魔法使い「私も嫌いだし」

青年「その大臣がなにを企んでるのか不透明だな。どいつもこいつも」

627: 2012/08/12(日) 22:03:11.78 ID:kbEZEcFAO
魔法使い「?そっちでもなんかありそうなのか?」

青年「魔王反対派が妙に静かでな。絶対になにかあると睨んでいる」

魔法使い「…大変だな」

青年「王はそういうのが付きまとうからな。ところで魔法使い」ズイ

魔法使い「な、なんだ?」

青年「これだけはいわせろ」

魔法使い「?」

青年「おれの傍から勝手に離れて危険なことをするな」

魔法使い「…魔王だって、勝手に出掛けてるじゃないか…」

青年「魔王だからな」

魔法使い「……」


629: 2012/08/12(日) 22:05:03.52 ID:kbEZEcFAO
青年「ならおれも魔法使い、お前のところに戻る」

魔法使い「…別にそういうことじゃないんだが」

青年「違うか」

魔法使い「なんか違う」

青年「ふん。まあいい――とりあえずさっさと体力を回復させろ」

魔法使い「ん、分かった」

青年「手紙も届けないとな」

魔法使い「すっかり忘れてた」

630: 2012/08/12(日) 22:15:20.13 ID:kbEZEcFAO
蝙蝠「ネェネェ」

鷹「なんだ」

蝙蝠「マオウサマト、コンケツハ、リョウオモイ?」

鷹「やはりそう思うか」

蝙蝠「ドウナノ?」

鷹「その通りだろうな」

蝙蝠「ナンデツキアワナイノ?」

鷹「両方、とんでもない朴念仁なんだよ……」

蝙蝠「……ドウシテ、タカサンガ、ナヤムノ」

鷹「ふたりとも自覚していないんだよ……こっちがもんもんしてる」

蝙蝠「クロウシテルネ」

鷹「どうも…」

蝙蝠「ホゴシャミタイ」

鷹「えっ」

631: 2012/08/12(日) 22:22:25.97 ID:kbEZEcFAO
――さらに数日後

魔法使い(ここか)

コンコン

魔法使い「ごめんください」

ガチャ

黒髪の男「うぇい」

魔法使い(なんだか…師匠を若くしてボサボサにしたような)

黒髪の男「なんの用だ?」

魔法使い「こんにちは。これを師匠から預かってきました」スッ

黒髪の男「…なるほど。立ち話もなんだ、入ってくれ」

魔法使い「お邪魔します」

632: 2012/08/12(日) 22:26:30.91 ID:kbEZEcFAO
黒髪の男「わりぃな。客なんかこないから茶もいれらんね」

魔法使い「お構いなく」

黒髪の男「それにしてもなんだ?わざわざ手紙なんてよ」ガサガサ

魔法使い「知り合い、なんですか?」

黒髪の男「父親だ」

魔法使い「えっ」

黒髪の男「ふむ。ふむ。あー、なんかやべーのか」

魔法使い(軽っ)

黒髪の男「どうだい師匠は。相変わらず女好きか」クシャクシャ

魔法使い「…はい」

黒髪の男「かわんねぇな。俺はすっかり大人しくなっちまった」ポイ

魔法使い(捨てちゃった)

633: 2012/08/12(日) 22:30:08.72 ID:kbEZEcFAO
魔法使い「でもまだ若いですよね」

黒髪の男「何歳に見える?」

魔法使い「四十半ばでしょうか」

黒髪の男「嬉しいこといってくれんじゃん。いっひっひ」

魔法使い(帰りたい)

黒髪の男「…本当はここにいちゃいけないんだけどな」

魔法使い「え?」

黒髪の男「俺にも果たすべきものがあったんだが…全て投げてきた」

魔法使い「……?」

黒髪の男「子育てもろくにできなくてよ。捨てたも当然だ」

魔法使い「ご家族がいたんですか」

634: 2012/08/12(日) 22:37:17.34 ID:kbEZEcFAO
黒髪の男「美人な妻と健気な息子がな」

魔法使い「そうなんですか…」

黒髪の男「おっと、話しすぎた。忘れてくれ」

黒髪の男「遅くなると同行者も不安になるだろう」

魔法使い「なんでそれを」

黒髪の男「ひ、み、つ☆」

魔法使い「はは…。そういえばあなたも、魔力持ってるんですね」

黒髪の男「ん?ああ」

魔法使い「昔は『魔法使い』を?」

黒髪の男「もっとスゲーもんだよ。たまげるぐらいスゲーもん」

魔法使い「へぇ」

黒髪の男「じゃあな。同行者によろしく」

魔法使い「あ、はい。それでは」バタン




黒髪の男「…嫁さん候補かなー、あの子」


635: 2012/08/12(日) 22:48:00.20 ID:kbEZEcFAO
魔法使い(不思議な人だったな。どこで同行者がいると思ったのか)スタスタ

魔法使い(ま、用事が済んだからいいか)

魔法使い(魔王はしばらく城に行くらしいし…何してようかな)

魔法使い「ん」ゴソ

魔法使い(そういえば真珠のペンダント返してもらってないや)

魔法使い(魔王つけてたな。いつ帰ってくるんだろ)

魔法使い(…なんで仕事帰りを待つ妻みたくなってんだ?私)

魔法使い(なんか最近あいつといると変な気分なんだよな)

魔法使い「……」

636: 2012/08/12(日) 22:50:32.94 ID:kbEZEcFAO
魔法使い「……」

魔法使い(……そういえば最近、こちらの国も不穏だとか)

魔法使い(何か――嫌な予感を覚えるな)

魔法使い「!」

ヒュンッ

魔法使い「誰だ!」ズサッ

魔法使い(気配もないまま、後ろから攻撃――ただ者じゃない)

魔法使い(数秒遅れていればただでは済まなかった…拳、か?)

ザッ……


637: 2012/08/12(日) 22:52:22.63 ID:kbEZEcFAO
??「皮肉なもんだな。お前によって狂い、お前によって正気に戻った」

 がっちりした体型。
 顔に巻いた布。
 いやに聞き覚えのある声。

魔法使い「なっ…」

??「探したぜ……どっちつかずの混血児」

 バサリと布を剥ぎ取った。
 そこから表れた顔は


魔法使い「――戦士!?」



638: 2012/08/12(日) 22:57:32.21 ID:kbEZEcFAO
――国

兵士A「国王一家を拘束いたしました」

大臣「分かった。まだ外には知らせるな」

兵士A「は!」

魔兵士A「こちら、準備整いました!」

大臣「では作戦を開始しろ」

大臣「魔王は国王ほど丁重に扱わなくていいぞ。生きていればよい」

魔兵士A「了解!」


大臣「始まるぞ!身を引き締めろ!王は引きずり落とせ!」

大臣(そして暁には――――)





僧侶(…………)



639: 2012/08/12(日) 22:58:02.56 ID:kbEZEcFAO
魔王「おれと旅をしろ」魔法使い「断る」

―――了

640: 2012/08/12(日) 22:59:24.90 ID:kbEZEcFAO
変なところで二部終了
あと一部で終わります。

お付き合い、ありがとうございます

641: 2012/08/12(日) 22:59:53.47 ID:9c+1fwwLo
おつおつ

647: 2012/08/13(月) 20:41:26.17 ID:hBHyrh3AO
閑話

蝙蝠「オジイチャンノ、ムカシバナシ!」側近「食われたいのか」

648: 2012/08/13(月) 20:44:25.08 ID:hBHyrh3AO
――魔王城、資料室

側近「……」パラッ

側近「……」パラッ

蝙蝠「ホンガ、タクサン!」

側近「そうだな」パラッ

蝙蝠「クチバシデ、メクルンダネ!」

側近「そうだな」パラッ

蝙蝠「ヒローイヒローイ」パタパタ

側近「あんまり暴れるなよ。司書が怒る」

側近「……」

側近「ちょっと待て」

蝙蝠「ナァニ?」

649: 2012/08/13(月) 20:49:33.50 ID:hBHyrh3AO
側近「なんでお前がいる!?」

蝙蝠「ツイテキタ!」

側近「元々住んでいたところはどうした!」

蝙蝠「ハンカイシタカラネェ。スメナイヨ」

側近「……仲間は?」

蝙蝠「イマ、イチニンマエノ、シュギョウチュウダカラ!」

側近「そうか。しばらくひとりで生活する掟があるんだな」

蝙蝠「ウン!」

側近「だからといってここに来るか!?」

蝙蝠「シャカイケンガク!」

側近「遠足か!」

司書「……お静かに……」ゴゴゴゴ

側近「すみませんでした」

蝙蝠「ゴメンネ」

650: 2012/08/13(月) 20:55:37.38 ID:hBHyrh3AO
側近「はぁ……まあお前さんはスペースもとらないし、居てもいいとは思うが」

蝙蝠「ヤッタ!」

側近「ちゃんと挨拶はしていけよ。友好を築きたいなら」

インキュバス「お、蝙蝠じゃん。ちっす」スタスタ

オーク「ちび助、迷子になるなよ」スタスタ

蝙蝠「ワカッタ!」

側近「……」

蝙蝠「モウアイサツハ、オワッテルヨ」

側近「………早いな」

蝙蝠「ミンナ、ヤサシイ!」

側近「…それは良かったな」

651: 2012/08/13(月) 21:01:59.51 ID:hBHyrh3AO
蝙蝠「トコロデサ」

側近「ん?」

蝙蝠「30ネングライマエニ、センソウアッタンデショ?」

側近「……あったな。魔物と人間が入り乱れた、最悪な戦争」

蝙蝠「ボクノイチゾク、ダレモハナシテクレナイ」

側近「……」

蝙蝠「ネェ、ナニガアッタノ?ソンナニヒドカッタノ」

側近「本当に好奇心旺盛だな…」

蝙蝠「エヘヘ」

側近「でも、そうだな。いつまでも、傷としてしまっていてはいけないな」

側近「若い世代に伝えて――二度と過ちを犯させないようにしなくては」

蝙蝠「ハナシテクレルノ?」

側近「大雑把にだけどな。まあどこか落ち着くところにぶら下がれ」

652: 2012/08/13(月) 21:02:26.87 ID:hBHyrh3AO
蝙蝠「オジイチャンノ、ムカシバナシ!」

側近「食われたいのか」

653: 2012/08/13(月) 22:15:45.39 ID:hBHyrh3AO
 実を言うと戦争が起きた直接的な理由は分からない。
 だが当時、きっかけはなんでも良かったのだろう。
 今以上に人間と魔物の溝が深かったのは確かだったから。

 人間は『勇者』がなかなか現れないことに焦りを感じていたし、
 魔物は人間が次々作り出す武器に恐れを感じていた。

 ならば、と両者は思ったわけだ。
 人間のほうは『勇者』がいないなら自分達でなんとかしようと考え。
 魔物のほうは人間が脅威になる前に潰してしまおうと考えた。

 そうだ。
 互いが互いを排除したかった。
 自分たちが生物界の頂点に立ちたかった。

 そのせいでどちらも大勢氏んだ。

654: 2012/08/13(月) 22:24:12.34 ID:hBHyrh3AO
 前代魔王さまも、人間の前代の王もなんとか争いを止めるよう努力したが……

 え、ああ、違う。
 国あげての戦争じゃない。勝手に始まったんだよ。
 人間側は『救世主』とかって奴が率いて、魔物側は戦が好きな種族が率いた。

 で、お上の言うことなんか聞かずにやりたい放題始めた。
 魔物も人間も。
 次第に手口は汚くなって、敵の街や村を破壊したり無抵抗の住人を惨頃したり。
 …可哀想なことをした。後に知って無力さに泣いたよ。
 自分は自分の一族を守るだけで手一杯だったから。

655: 2012/08/13(月) 22:37:01.38 ID:hBHyrh3AO
 蝙蝠一族も大変だっただろうな。
 静かな日々を望んでいたのに夜の偵察に遣わされたりして。

 で、戦争は唐突に始まったのと同じように唐突に終わった。
 まあ終わりの方じゃどちらも戦力足りなかったし、長くは続かなかったかもな。

 史実だと、前代魔王さまが終わらせたことになっている。
 そう、史実。
 ……あんまり言い触らすなよ。
 まだこの事実を公表するのは早い。
 戦に参加した魔物から反感を買われるから。もう少し傷が和らいだらのほうがいい。


 魔物の兵と人間の兵。
 その間に立ってありったけの魔力を暴発させたのは――

 ――現魔王さまだった。


656: 2012/08/13(月) 22:50:42.89 ID:hBHyrh3AO
 遠くから見ていたが凄まじかった。
 というか巻き添えを食らいかけた。

 両者あわせて二百万。
 ――その大半が氏亡した。即氏に近い。

 現魔王さまが暴走したのは色々理由があったんだが…。
 かなりデリケートだから触れないでおく。

 それで、戦争は終わらざるを得なかった。

 前代魔王さまは現魔王さまに王位を渡し姿を消した。
 今更感もあったが。ほとんど城にいなかったし。

 様々なところに残した深い傷はまだあちこちに残っているし、
 なにより――自分にとって一番大きかったのは鳥族の最強とも言われた鷲一族がほぼ全滅したこと。
 かなり卑怯な手を使われたと聞く。

657: 2012/08/13(月) 23:00:28.94 ID:hBHyrh3AO
 ――知っていたのか。
 唯一の生き残りが小娘だ。純血は絶えた。

 小娘もわりとすごい暴走したらしいけどな。
 前前代魔王さまがそんなことを言っていた。止めるのに苦労したらしい。
 初対面じゃ気づかなかったけど。
 それもまさか恩人の娘だったなんて。


 以上だ。
 酷い戦争だった。

 今は前より敵意を持ってないみたいなのは救いだが。

 もうあんなことは見たくない。
 
 悩みのない平和な世界なんて来るわけないが、それでも。
 明日を迎えられると保証できる未来にはしておきたい。

 お話終わり。

658: 2012/08/13(月) 23:08:22.42 ID:hBHyrh3AO
蝙蝠「ウマクマトメタネ!」

側近「自分らしくないことを言った気がした」

蝙蝠「ソンナコトアッタンダネ。マオウサマ」

側近「本人には言うなよ。かなり気にしてるから」

蝙蝠「ソコマデ、ムシンケイジャナイモン!」

側近「信じられない……」

蝙蝠「タカサン、マオウサマ、シンパイ?」

側近「ああ。強さゆえに弱さをみせられないお方だから」

蝙蝠「コンケツナラ、ナントカシテクレル!」

側近「何故そこに話が飛ぶ!」

蝙蝠「ケッコン!ケッコン!」

司書「……未だ結婚できぬ我の嫌がらせですか……」ゴゴゴゴ

蝙蝠「ゴメンネ」

側近「ここで炎系魔法はやめよう」

659: 2012/08/13(月) 23:09:14.22 ID:hBHyrh3AO

引用: 魔王「おれと手を組め」魔法使い「断る」