200: 2013/07/18(木) 13:53:57.19 ID:LnLoabtm0
5月の中旬。 あたしは工口ゲーに興じていた。

新作の工口ゲーで、本日やっと届いたってワケ。 掲示板でネタバレを読まない様に、感想だけ少し見てみたんだけど、評価はかなりの物だったから、チョー楽しみにしてたんだよね。

桐乃「おお、きたきたきたきたあ!!」

こ、このシーンってあれだよね。 掲示板とかでも噂になってたかなりの名シーンってヤツ!

ただ、兄が妹を抱き締めるってだけのシーン。 それだけ見たら、妹ゲーには腐るほどあるシーンだけど。

それまでの過程、妹と兄の心境、そんでこの絵師さんの絵! それらを全部考慮すると、マジ神シーン!
俺の妹がこんなに可愛いわけがない
201: 2013/07/18(木) 13:54:34.71 ID:LnLoabtm0
桐乃「え、えへへへへへへ……」

しっかりとCGもあることだし、後で見返そうっと!

と、とりあえずは……ふひひ。 このシーンを堪能しよう! 心行くまで!

桐乃「……はああ。 かわいいなぁ」

画面では妹と兄が会話をしている。 在り来たりな会話だけど、心が込められている会話。

それぞれの想いがしっかりと伝わって、すれ違いばかりだった二人がようやく分かり合えて。

202: 2013/07/18(木) 13:55:01.45 ID:LnLoabtm0
桐乃「ヤバ……泣けてきた」

一文一文、一字一句見逃す事なく、しっかりと読む。 悲しげなBGMが余計に涙腺を刺激してくる。

桐乃「うう……」

ここで、この流れ……あたしの予想だと、これから告白シーンのハズ!

や、ヤバイって。 マジで目真っ赤になっちゃうって。

と、その時だった。

203: 2013/07/18(木) 13:55:41.58 ID:LnLoabtm0
突然暗転する画面。 え?

シーンの移り変わりにしては、長すぎる。 それに部屋の電気も一緒に消えている。

部屋の中に響いていた機械音も全て止まった。

こ、これって……もしかして。

桐乃「……停電?」

は、ははは。 氏ねっ!!!

204: 2013/07/18(木) 13:56:08.22 ID:LnLoabtm0
ありえない! 今から最大の見せ場だってゆーのに!? なのにここで強制ゲーム終了!? どんな仕打ちだっつーの!!

せ、セーブはちょくちょくルートの度に取っていたけど……こっちのルートに入ってから一本道で大分長かったので、また結構な時間を取られちゃうってことだよね。

桐乃「……はぁああぁああ」

その日はゲームをまたやる気分にもならず、寝るまでずっと落ち込んだままだった。

205: 2013/07/18(木) 13:56:35.78 ID:LnLoabtm0
次の日。

モデルの仕事を終えて、あやせと喫茶店。

あやせ「桐乃、今日どうしたの?」

桐乃「ど、どうしたって?」

あやせ「何だか顔色悪かったし……カメラの人も、事務所の人も、なんか変だなって言ってたよ?」

桐乃「……そか」

あたしとしたことが、どうやら昨日のあれが相当効いてしまっているらしい。 それで、連鎖しちゃってる。

206: 2013/07/18(木) 13:57:12.91 ID:LnLoabtm0
あやせ「……大丈夫? 何かあったの?」

い、言えない……。 工口ゲーの神シーンで停電してテンション最悪とか言えない!

桐乃「な、何かってほどでも無いよ。 大丈夫」

飲んでいる紅茶の底を見ながら、あたしはあやせに言う。 余計な心配を掛けてしまっていると、思いながら。

あやせ「もしかして……お兄さんと喧嘩しちゃったとか? 明日も仕事あるけど……休めるように頼んでみる?」

桐乃「そこまでしなくていいって! それにそうじゃないよ。 明日にはもう元通りだって。 ちょっと早い夏風邪みたいなものだし」

207: 2013/07/18(木) 13:57:40.73 ID:LnLoabtm0
あやせ「そっか……うん。 分かった」

あやせは渋々納得したようで、その後は世間話をして、今日のところは別れた。

で、本当に嫌なことというのは立て続けに起こってしまう。

あやせと別れ、一人でアパートへ向かっている途中、雨が降ってきた。

208: 2013/07/18(木) 13:58:07.28 ID:LnLoabtm0
ぽつりぽつりっていう感じじゃなく、大雨。 降り始めて5分もしない内に、全身がずぶ濡れ。

桐乃「……なんだっての」

あたしなんか悪いことしたっけなぁ? ふん、くだらないくだらない。

だけど、イライラとムカムカと、そんな気持ちは募っていく。

……帰ってとっととお風呂入ろっと。

209: 2013/07/18(木) 13:58:35.12 ID:LnLoabtm0
桐乃「……ただいまぁ」

扉は開いていたので、京介は多分帰ってきているんだろう。 そう思い、部屋の奥へ向けて声を掛ける。

しかし、部屋の中から返事は無い。

……あれ?

良く聞くと、洗面所の方からシャワーの音。

京介が入っているのだろう。 ええっとつまり……ってことは。

あたしはどうやら、京介が出るまで玄関に立っていなければならないらしい。

桐乃「……はぁ」

211: 2013/07/18(木) 13:59:48.53 ID:LnLoabtm0
京介「でもよ、お前がそれで風邪でも引いたら」

桐乃「良いってゆってんでしょ! ウザイ!」

あたしは苛立ちを京介にぶつける様に言い、申し訳無さそうな顔をしている京介の横を通り過ぎ、洗面所へ。

中に入って扉を閉め、あたしはそのままお風呂場へと入った。

桐乃「……はぁ」

何度目かの溜息。 あたしは、どうしてこうなんだろうか。

212: 2013/07/18(木) 14:00:16.36 ID:LnLoabtm0
たった二日続いた嫌なことが原因ってだけで、京介に八つ当たりをしてしまう。

京介に悪気なんてあったワケ無いし、普通だったら京介は怒ってもおかしくないのに。

だけど京介はあたしに謝ってくる。 自分が悪いと思って。 そんなこと……あるワケ無いじゃん。 あたしが勝手にイライラして、勝手に怒ってるだけ。 それだけ。

それでもあたしは何も言えない。 さっきもごめんのひと言でさえ、言えなかった。

シャワーを捻り、頭からお湯を浴びる。

213: 2013/07/18(木) 14:00:44.44 ID:LnLoabtm0
ムカつく。 ムカつくムカつく。 ムカつくし、情け無い。

この二日、色々あったけど。

自分自身に一番苛立つ。 どうしてあたしはいっつもこうなんだろう。

考えれば考える程に気分は落ち込んで、恐らくもう溢れ出ているであろう涙は止まらない。

桐乃「……なんだっての」

214: 2013/07/18(木) 14:01:11.65 ID:LnLoabtm0
今更、謝っても遅いかもしれない。

あたしがずっとこんなんだったら、京介もいつかは愛想を尽かすかもしれない。

そんなことを京介はしないって分かる。 分かってるけど。

こんな気分の時は、不安になってしまう。

……明日になれば、またいつも通りになっているかな。

215: 2013/07/18(木) 14:01:37.49 ID:LnLoabtm0
それは。

それは、甘えだ。

些細なことでも、しっかりとケジメを付けないと。

あたしだっていつまでもこうしているワケにはいかない。 京介と一緒に居る為にも、変わらないと。

……やっぱり、京介にはきっちりと謝っておこう。 それだけでも、しておかないとダメだ。

216: 2013/07/18(木) 14:02:11.88 ID:LnLoabtm0
京介「ごちそうさまでした」

手を合わせ、ご飯を食べ終えた京介は言う。

食器を持って台所に向かう京介の背中に、あたしは声を掛けた。

桐乃「……さっきはごめん」

意外にもすんなりと出てきたその言葉は、小さい物。 本当だったら、しっかりと顔を見て言わないといけない言葉。

217: 2013/07/18(木) 14:02:50.69 ID:LnLoabtm0
そしてその言葉が聞こえていないのか、京介は反応せずに食器を片付けていた。

……それとも、無視、されちゃったか。

あたしは顔を伏せて、零れそうになるそれを必氏に堪える。

どうしよう。 家を出て行けと言われたら、どうしようか。

……どうにもできない。 あたしじゃ、多分。

変わらないと、あたしが。 そう思っても、変われない。 あたしはあたしで、それはもうどうしようも無いことだから。

218: 2013/07/18(木) 14:03:40.61 ID:LnLoabtm0
そんな風に考え、顔を伏せて、歯を食いしばって、涙を堪えて。

コツンと、頭に軽い衝撃。

京介「なに謝ってんの? お前」

驚いて顔をあげると、すぐ近くに京介の顔。 あたしの頭を軽く、手の甲で叩いたのか。

桐乃「……え?」

京介「だから、なんで謝ったんだ?」

219: 2013/07/18(木) 14:04:19.28 ID:LnLoabtm0
……聞こえてたんだ。 あたしの言葉。

桐乃「なんでって……あたし、酷いことゆっちゃったし」

京介「今更なーに言ってんだよ……もうそんなのはむしろ楽しくなり始めてるっつうの」

桐乃「で、でも」

京介「良いから。 次の質問な。 どうしてそんな泣きそうになってんだよ、桐乃」

桐乃「……」

220: 2013/07/18(木) 14:04:51.33 ID:LnLoabtm0
あたしは。

ゆっくりと、あった事を話す。

桐乃「……昨日と今日で、色々やなことがあって」

桐乃「ゲームやってたら停電しちゃって、仕事では失敗しちゃって、急に雨に降られて」

桐乃「……帰ったら、京介に八つ当たりしちゃって」

桐乃「それで、お風呂の中で考えてたの」

桐乃「あたしはどうして変われないんだろうって。 あたしがこのままだったら、京介に嫌われちゃうのかもって、思って」

221: 2013/07/18(木) 14:05:19.11 ID:LnLoabtm0
泣いているのかいないのか、自分でも分からない。

だけど、声は震えていたと思う。

京介「変わる必要なんてねーよ」

京介「お前はお前のままで良いんだよ。 俺に暴言吐いて、怒ったり優しかったり、ミカン投げつけてきたり?」

京介「確かに、お前は素直じゃねえしなぁ。 愛想尽かす奴もすげーいそうだよ」

京介「だけどな、桐乃」

222: 2013/07/18(木) 14:06:06.98 ID:LnLoabtm0
京介「俺はそんなお前が好きなんだ。 前に言ったろ? 俺だけはお前の味方だって」

京介「誰にどう言われようと、俺はお前のことが好きだぜ?」

桐乃「……京介」

言葉は暖かく。 二日間で募っていた気持ちは嘘のように消えていく。

京介の顔は、滲んで見えた。

京介「俺がお前のことを嫌うなんて、ねえよ。 もしあるとしたら……」

223: 2013/07/18(木) 14:06:34.23 ID:LnLoabtm0
京介「……実はお前が男だったりとか?」

京介「いや、でもそうだとしても嫌いにはならねえな……むしろ、今までのことを考えるとなぁ」

桐乃「……なワケ無いでしょ。 ばか」

あたしは自然と、笑っていて。

京介「だよな? お前、妹だもんな?」

京介も、笑っていた。

224: 2013/07/18(木) 14:07:10.77 ID:LnLoabtm0
桐乃「……ありがと。 んで、さっそく一つ頼みがあるんだケド」

京介「……さすがの切り替えの早さだな。 良いぜ、何だよ?」

あたしは想いを込めて言う。 今日は少し、素直になろうと。

桐乃「……ぎゅって、して」

京介は一瞬驚いた顔をした後、いつもの様に言った。

任せろと、優しく、あたしを抱き締めて。

225: 2013/07/18(木) 14:07:38.65 ID:LnLoabtm0
その日の夜。

桐乃「きたきたきたきたきたきたあああああああああああ!!」

京介「馬鹿! うるせーよ! もうちょい静かにやれ!」

桐乃「だ、だってえ……ふひひひ。 このシーン、マジ神シーンなんだって!」

京介「わ、分かった分かった。 分かったからもうちょい落ち着け、マジで。 苦情受けるの俺だからね?」

226: 2013/07/18(木) 14:08:06.73 ID:LnLoabtm0
桐乃「……仕方ないなぁ。 ったく」

京介「ほら、セーブしとけよ? 一応」

桐乃「わかってるって。 ひひ」

停電で出来なかった工口ゲーを京介と一緒にやって。

桐乃「よし……セーブおっけ」

桐乃「次は次は~っと」

227: 2013/07/18(木) 14:08:36.06 ID:LnLoabtm0
桐乃「うっはあ!! きたああ……んー!」

京介「うるせえっつうの! 少し黙ってろ!!」

京介はあたしの口を塞ぎ、声を遮る。

桐乃「んー!!」

そんなこんなで、エンディングまで騒がしく、あたしと京介はゲームをやっていた。

228: 2013/07/18(木) 14:09:03.64 ID:LnLoabtm0
次の日。

モデルの仕事が終わり、あやせと喫茶店。

あやせ「さっすが桐乃! 桐乃の言うとおりだったね」

桐乃「ん? 何が?」

あやせ「一日経てば元通りって奴だよ。 元通りっていうよりは、今日はいつもより綺麗だったよ?」

229: 2013/07/18(木) 14:09:32.57 ID:LnLoabtm0
桐乃「そ、そう? なんか照れるなぁ」

あやせ「やっぱ桐乃はそうじゃなくっちゃ。 でも、どうして今日はそんなに元気良かったの?」

桐乃「……さ、さあ?」

あやせ「……」

じーっとあたしを見つめるあやせ。 怖い。

あやせ「……ま、良いかな。 桐乃はすごく嬉しそうだし」

230: 2013/07/18(木) 14:09:59.46 ID:LnLoabtm0
桐乃「そ、そんなことないって~。 ただいつも通りってだけだよ?」

あやせ「そう? 事務所の人も、カメラマンの人も、今日はいつもより綺麗に写るって言ってたけど……」

桐乃「あ、あー! あたし用事思い出した! ごめんあやせ!!」

あやせ「ちょ、ちょっと桐乃? どうしたのー?」

逃げ帰るように、あたしは喫茶店を後にするのだった。

231: 2013/07/18(木) 14:10:29.60 ID:LnLoabtm0
桐乃「ただいまっ!」

玄関扉を開け、元気良く声を掛ける。

相手は勿論、あたしの兄貴で、あたしの彼氏。 あたしが一番、好きな人。

京介「おう。 おかえり。 今日はどうだった?」

昨日言っていたことを覚えていたのだろう。 京介は、そう聞いてきた。

232: 2013/07/18(木) 14:10:56.22 ID:LnLoabtm0
桐乃「あたしを誰だと思ってんの? ばっちしだっつーの」

京介「へへ。 聞くまでも無かったなぁ。 それでこそ桐乃だ」

桐乃「ひひ。 じゃあ仕事終えて疲れてるあたしの為に、冷たいお茶入れてきて欲しいなぁ?」

京介「へいへい。 任せとけって」

あたしが居間に座り、そう言うと、京介はすぐに台所へと向かっていった。

その背中を見ながら、一人想う。

233: 2013/07/18(木) 14:11:23.29 ID:LnLoabtm0
思えば、こんな風になるなんて誰が予想できたのだろう。

あたしと京介が、あれだけ仲が悪かったあたしたちが、今はこんな風になっているなんて。

……小学生のあたしからのメッセージ。 それに今なら笑って、優しく、返事が出来る。

「大丈夫だよ。 昔のあたし」

「諦めないで。 追い続けて。 そうすればきっと、いつか並んで歩けるから」

「ゲームなんかよりも素敵な話、きっと見つかるから」

「だから、もう何年か頑張って」

234: 2013/07/18(木) 14:11:51.09 ID:LnLoabtm0
そうすればきっと。

京介「ん? なんか言ってたか? 桐乃」

桐乃「んーん、なんでもなーい。 それよりお茶は?」

京介「しっかり入れてきてやったよ。 ほら」

桐乃「ひひ。 さーんきゅ」

想いは、届くから。


その理由 終

235: 2013/07/18(木) 14:13:13.01 ID:LnLoabtm0
以上で1本目終わりです。
乙、感想ありがとうございます。

それより、アニメ1期見直したんですが、きりりんが可愛すぎて辛い……
細かい描写でも、色々と考えられますよねぇ。

2本目は時間を少し置いて投下致します。

引用: 京介「ただいま」 桐乃「おかえり」