223: 2009/08/09(日) 13:07:26 ID:W84BmKVx
 シャカシャカシャカシャカ―――
 静まった室内に響くのは、そんな繊細な物音。

 注目を一身に浴びながらも動じることなく型をこなし、美緒は泡立つ茶碗を持ち上げた。
「…どうぞ」
 物音たてずに置かれたそれに視線が集中する。
「いただくわ」
 上品な仕草で茶碗を取り上げたミーナがにっこり。
 くるくると二回まわして口をつける。その仕草は付け焼刃とは思えないほど堂にいったもの。
「おいしい…いえ…結構なお手前で、だったかしら」
「はっはっは―――ミーナは憶えが早いな」
 茶席は二度目だというのに一通りの作法をこなされてしまった。特に指導すべき点も見当たらず、茶をたてた美緒は満足げに何度も頷く。
「きっと、あなたの教え方が上手なのよ」
 からからと快活に笑う美緒に、ミーナは頬を染めて謙遜する。
 実は独学で密かに特訓していたのだが、それをおくびにも出さない辺りがしたたかである。
「なあ…これってさー、いつまでこのままなんだ?」
 珍しく戸惑うシャーリーが隣に声をかけた。畳という床へ直座りする行為に抵抗を感じる。
 すまし顔のゲルトルートは背筋を伸ばしてしゃっきり。問いかけに閉じていた目を開くと、呆れた視線を投げかけた。
「全員があれをこなすまでだ。当然だろう」
「えーマジかよ~…あと4人もいるじゃんかァ」
 後ろで聞き耳をたてていたエイラがぼやく。佐官たちに届かないほど小さな声なのが彼女らしい。
 精神鍛錬のためと唱えられて有無を言わさず不慣れな正座。のんべんだらりの基地待機がどうしてこうなるのか。こんなことなら哨戒任務に当たっていたほうが余程マシだ。
「静かになさいまし! 結果ではなく過程が大事なのですわ。真剣な表情、身にまとう気品、洗練された手つき…かの御姿を拝見するだけでわたくしはもうっ」
 低い声で叱咤したのち、ペリーヌは熱もこもった視線を前方へ投げる。合わせた両手をくねくねし、その小さな胸に抱えきれないほどの感情を持て余した。
「あー、それよりさ…あたし、なんかやばいんだけど」
 ぼそぼそと呟いてシャーリーは身じろぐ。いつになく切羽詰った表情である。
「なんだ、落ち着きのない。大尉の階級が泣くぞ」
 勝ち誇るゲルトルートは、もぞもぞするシャーリーを鼻で笑う。かくいう己も背中に板を入れたように硬直している。
「うわぁ…二人とも足の裏が紫だぞ」
 他人事チックに目を丸くするエイラ。似たり寄ったりな色になっている自分の足には気づかない。
 正座自体初めての彼女たちは自らに生じた異変に鈍感だった。
「坂本少佐、次はわたくしがっ」
 ペリーヌは和やかに語らう想い人に申し出る。眼前の大尉たちを差し置いて果敢にも前へ。

 バキバキッペキンッ!
ストライクウィッチーズ
224: 2009/08/09(日) 13:08:28 ID:W84BmKVx
 部屋に響く景気のいい音。
 音の発生源に顔を向けた皆はギョッとする。

「どうなさいましたの? おかしな顔をなさって」
 すっくと立つペリーヌは不審げに周囲を見回す。変な音が聞こえた気がするのはきっと空耳だろう。
「なあ、ツンツンメガネ…痛くないのか?」
「ちょっとエイラさん、誰がツンツンメガ」
「いやそれよかさペリーヌ、自分の足を見てみ」
「ショッキングな映像だから心しろ、クロステルマン中尉」
 次々と畳み掛ける仲間たち。不服そうに唇を尖らせ、ペリーヌは渋々言うとおりにする。
「なんですのもう…わたくしの足がどう――――――!!!!」
 訝しげに足元を見下ろした瞳が真ん丸に。
 畳を勇ましく踏みしめる両足、その指全てが内側に折れ曲がっていた。この状態にあって何も感じないのが逆に恐ろしい。
「…感覚がないのね。一応忠告しておくと、そろそろ波がくるわよ」
 気の毒そうにしたミーナがそっと視線を逸らす。なにやら訳知り顔である。
「波? あら、なにかが…くるっきゃああああァァァっうきゃきゃきゃうはははきっきゃあるうああ」
 突如畳に身を投げ、悶絶するペリーヌ。びくんびくんと、水揚げされた魚のように華奢な肢体がはねる。
 体裁を何より気にする彼女がなりふり構わず畳上サーフィン、これは異常事態だ。
「おっ、おい…どうした、クロステルマン中尉?!」
「すっげぇ。溺れたサーファーの真似かァ?」
「おふざけにしちゃあ真に迫ってるね」
 ペリーヌの尋常ではない狂乱っぷり。面白おかしな動きを眺める三人は、言いようのない不安に慄く。
 異様な空気のなか、後頭部に手をやった美緒が苦笑する。
「あー、すまん。最初に説明するべきだったか…正座により一時的に血流が滞るから、腰を上げるとこんなふうに痺れがくる。まあ、しばらくすれば治まるから安心しろ」

 !!!!!!

「しょ、少佐?! そんな重要事項を今になってっ」
「あっちゃあ、やられた。扶桑式ブービートラップってやつですか」
「なんでミーナ隊長は涼しい顔してんだよ! もちろんあるんだろ? この局面を切り抜ける秘策が」
 体内に時限爆弾を仕込まれたメンバーが立て続けに声をあげる。その視界の端ではいまだ踊り続けるペリーヌ、明日は我が身である。
「えっと実はね…私は前回で懲りたから、痺れにくくなる座り方を美緒に教えてもらったのよ」
 親指同士を重ねて正座すれば痺れにくい、それを実行したまでのこと。ごめんなさいねと、ミーナは微笑む。一対一の茶席でさらしてしまった醜態は墓場まで持っていくつもりだ。
 すがるような視線を振り切り、美緒はいい笑顔で最後通告を突きつけた。
「もう無理だ。潔く諦めろ」

「「「 そんなああああぁーーーっ 」」」

225: 2009/08/09(日) 13:09:33 ID:W84BmKVx
 嘆きの合唱を聞き流し、窓から空を見やった美緒はすっくと立ち上がる。正座慣れしているだけあって動作に淀みがない。
「哨戒組が帰ってきた。宮藤を連れてくるからちょっと待っていろ、ペリーヌ」
「くるきゅっきゅっきゅうああああーっ」
「待って美緒、私も行くわ」
 ミーナも腰を上げて後を追う。

 そして―――
 部屋には泡を吹くペリーヌと、じきに同じ運命を辿るだろう三名が残された。

「おーいツンツンメガネ、おいってば…こりゃ瀕氏だな」
「うわーマジかよ…あたしらもああなんの?」
「どうして教えてくれなかったんだ、ミーナ…」
 三人は不動の正座スタイル。既に足の感覚がないが腰を上げる勇気も持てない。
「足の痺れってさ、宮藤の魔法でどうにかなるんじゃない?」
「つまり宮藤なら来るまで粘ったら、助かるかもしれないということか」
「早くこーい、宮藤ィ。そろそろ限界なんだぞー」
 本人の与り知らぬところで、かつてないほどに芳佳への期待が高まる。『助けたいんです』が信条の彼女でも、こんなことに魔法力を使いたくないだろう。
 じりじりと耐えること数分。振り向く危険を冒せない者たちは、背後にあらわれた気配に歓喜する。
「…えいら、みーつけた」
 呼ばれた当人のこめかみに冷や汗。危なっかしい足取りがふらふらと近づいてくる。
「サ、サーニャ…」
 先読み能力を持つエイラの脳裏に今後の展開がはっきりと映し出された。ゆっくりと倒れかかってくるサーニャ、そんな光景を前に幾つかの選択肢が浮かぶ。
 華麗に避ける? ――――サーニャが怪我しちゃうかも。
 来るなと叫ぶ? ――――そんなひどいこと言うやつ氏刑。
 悟りきった笑顔で、エイラはこれからおこる全てをありのままに受け入れた。
「よくやった、エイラ。それでこそ真のウィッチだ」
「悲鳴すら押し頃すなんて無茶するよ、まったく」
 涙で前が見えない。二人は過酷な運命の波にさらわれた仲間を称える。
「次はお前の番だな、リベリアン。見届けてやるから心置きなく逝ってこい」
「お~やおや、馬鹿言うなっての。あんたより先にくたばってたまるかよ」
 残された者たちが意地を張り合う。ここが戦場なら価値のある会話だった。
 異常な状況下に取り残された二人は、宮藤が到着すれば云々といった話をスポンと忘れる。
「素直になれ。もう限界なんだろう? いっそのこと私の手で楽にしてやろうか」
「それが本音だな堅物っ。こうなったら氏なば諸共、あんたも地獄に道連れだ!」
 がっぷり組み合う互いの手と手。
 隊の模範となるべき二人の大尉は、不毛すぎる千日戦争へ突入した。

226: 2009/08/09(日) 13:10:34 ID:W84BmKVx
ドラマCD買ってなくて今さら後悔…
最初考えてた話と掛け離れてしまいました
動けなくなったペリーヌをもっさんが運び、ミーナが試合にかって勝負にまける話だったはず
それではー

引用: ストライクウィッチーズでレズ百合萌えpart27