315: 2009/08/21(金) 06:46:27 ID:KzNn3wHj

「あんまりあわてるなよ、エイラ」

そんなことしたって何かが変わるわけでもないのに、あたしの部屋をせわしなく動き回ってはあたりの雑誌
をぱらぱらめくったり工具をしまったり出したり、落ち着かないエイラにようやっとそんな言葉をかけた。
びくりと肩を震わせて立ち止まって直立不動の体をしたエイラはそのまま口を尖らせてあたしを見るのだ。

「…そういうシャーリーは、やけに落ち着いてるんだな」
「そりゃまー、ネウロイらしき未確認物体を取り逃がして厳戒態勢になっちゃったもんは仕方ないだろー?
予定はネウロイの一件が片付くまで一旦保留。それでいいじゃないか」
「取り逃がしたんじゃない。サーニャが取り逃がすはずないだろ」
「あーはいはい、そうだな、そうだよなー」

「ああもう、調子狂うなあ。」そんなこといいながら少しいらだった様子であたしのベッドに座り込んでその
まま仰向けになろうとするものだから、ガン、とあからさまに仕掛けられた工具箱に盛大に頭をぶつけて
いる。対ハルトマン用のわなだってのに引っかかるとは、このいたずら黒狐ときたら相当上の空である
らしい。「いたい…」なんて情けない声を上げて、少し涙を浮かべた瞳のままでうずくまるなんてこのエイラ・
イルマタル・ユーティライネンにはもっとも似合わない様子だ。

(未来なんてさ、線路みたいなもんだよ)

かつて、夜の滑走路で銀色の髪をなびかせながらそんなことを語っていたエイラはそこに無く。ふうん、
と気のない返事を返したあたしだけが、変わらずここにいる。今でもよく覚えている。あれは月の無い夜で、
漆黒の闇ばかりが眼前を覆っていた。ぽつぽつと光る誘導灯が眼前を心ばかりに照らしていて、あたしは
なんとなく、ウィッチになってから何度も経験したその暗闇に恐怖を感じたんだ。海から強い風が吹きすさ
んで、千切れそうになるほどにあたしとエイラの髪を揺らしていた。ああ、そういえばあのころサーニャは
まだいなかった。

(ずーっと先まで続いてて、分岐点はあるけど、結局ひとつの道しか進めないんだ。そのことをちゃんと
わかってれば、何にも怖くないさ。起こらないように準備を怠らないこと。起こった後にその後始末を全力
ですること。結局、あたしたちができるのなんてそれくらいなんだからさ)

無口な彼女がやけに饒舌だった。もしかしたら沈黙に耐えかねていたのかもしれなかった。いつも軽口
ばかり叩き合っているから、不意にまじめな顔をしたエイラに気持ちが追いつかなかったのだ。自分でも
柄に合わないと思ったのだろう、エイラは最後に「ま、どうでもいいよなこんなこと」なんて茶化して
笑ってたけど、それでもやっぱり、今でも忘れられそうに無い。年齢よりもよっぽど大人びた、夢も希望も
映さないその虚ろな瞳を。

ごくりとつばを飲んで彼女を見返したのに、エイラはあたしを見ているようできっと見ていなかった。生ま
れも育ちも、そう言えば彼女は多くを語ろうとしない。どんな生い立ちがこいつをそうさせたのか、あたし
には全く見当も付かなくて。

でも、今は違うんだ。そんなエイラと、全然違うんだ。

「おいおい、だいじょうぶかー?」

あたしは知っていた。あたしの部屋のベッドの、あの位置に座り込んで、そして倒れこんだなら当然工具箱
に頭をぶつけることを。そしてなんとなくそんな予感はしていて、だから、エイラが頭をぶつける前に
「危ないぞ」の一言をかける余裕くらいあったのだ。
それでもそれをしなかったのは、緊急出動で深夜に駆り出された人間の部屋に押し入ってどうしようどう
しようなどとぐずぐず言っているこいつに対する多分のいたずら心と、ほんの少しの希望からだった。
エイラ・イルマタル・ユーティライネン。未来を視る能力を持った、北欧随一のトップエース。スオムスの
ダイヤモンド。その力を、その力を得るにふさわしい、優れた状況判断能力を信じたかった。

緩慢な動きで机からベッドのほうへ歩み寄って、まだ頭を抑えているエイラの頭に手をやる。少し腫れて
膨らんで、これじゃ無傷の撃墜王の名前なんて形無しだ。

「とにかくさあ、お前は晴れて夜間専従班に任命されて、いとしのあの子と一日中一緒に寝たり起きたり
お仕事したりできるわけじゃん。いいじゃないか、それで」
「…ミヤフジも一緒だけどな」

316: 2009/08/21(金) 06:47:49 ID:KzNn3wHj
「そのくらい四捨五入しといてやりなって。まだまだ新人なんだからいろいろ経験させとかなくちゃだめ
だろ、先輩」
「それはわかってるけどさー…そんなことより、サーニャの誕生日いつやりゃいいんだよー。姿現さない
ネウロイなんて、いつ倒せるかわかんないじゃないかよー」
「だから、それは仕方の無いことだろ。起こるべくして起こった未来、なんだからさ」

まっすぐ未来まで伸びていた一筋の光が、それを阻んで置かれたたった一つの結晶の存在で彩りを持った
いくつもの光に分散されていく。多分エイラは今その光の中の、どこを進んだらいいのかわからなくなって
いるんだろう。

「起こっちゃった以上、後は全力でどうにかするしかないだろ?違うか?」
「…シャーリーも、たまにはいいこというんだな…」
「ははは、見くびってもらっちゃ困るねえ。で、エイラ。お前のいとしのサーニャはほっといていいのかい?
ネウロイ取り逃がしてさぞやご傷心だと思うんだけどな」
「…い、いとしじゃねえし、取り逃がしてもいねーっつってんだろっ!!!もー、部屋帰る!!とにかく、
あたしは夜間専従班でそっち手伝えないから準備とかよろしく頼むな、ってことなのっ!!」
「はいはい、わかってるってー」

突然立ち上がって、逃げるように部屋を出て行くエイラをあたしはただ見守る。なあ、気づかないかな。
あたしの言ってることって、前お前があたしに言ったことなんだけどな。
まっさらな白色をしていた彼女は、プリズムで分かたれた何色の光を進んだんだろう。あたしにはわから
ないけど、多分エイラが帰ったその部屋で、当然のように安らかな眠りについている彼女と同じ色だ。
そしてそれは、つまり、あたしとは全く違う色なのだ。

一抹の寂しさと、でも、心のどこかでそんな彼女の変化を喜んでいる自分がいる。なんでかな、ルッキーニ
がいるからかな、ここに来てからのあたしはやけに面倒見がいいみたいなんだ。

ふう、と一息を付く暇も無く、とたとたという足音が聞こえてくる。ああ、黒い悪魔がまた珍奇なトラブル
を持ってきたのに違いない。
ノックも無く扉が開かれて、きっとまた工具箱が威勢のいい音を立てるのであろうという不確定な未来を
予測しながら、あたしは彼女を待ちわびる。

「ねえねえシャーリー聞いてよ!!!ミヤフジの誕生日ってさー──」

直後、ハルトマンからもたらされたビッグニュースに顔をほころばせることが出来たから、あたしはまだ
まだ大丈夫だ、なんで自分で自分に一安心することができたんだ。


おわり
―――

引用: ストライクウィッチーズでレズ百合萌えpart27