859: 2009/09/21(月) 21:24:35 ID:beLbmUQC
ふう、待っていた人がいたかは不明ですが随分前に安価とった某SS、
ようやくできましたので……ただブランクがあいたので、元々あまり
誇れなかった腕がさらに落ちておりますのでご了承下さいorz
[花]
CPはいろいろですが、恋愛表現はありません。ちなみに大分流れたので
戦争が終わって、あと一月もすれば一年が経つ頃。横須賀で平和な日常を過ごす芳佳と美緒だったが、この時期は少々違った。特に芳佳にとっては、
『五○一』という大きな「イレギュラー」があった為に今年は例年に比べて随分と異なる夏を過ごすことになる。
「ゔあ゙ー、あづいですー……」
「我慢だ宮藤! 終わったらカキ氷だぞ、しっかり働かんか!」
「わーい、それじゃあ頑張りまーす! ……ってなるとでも思いますー?」
ようやくできましたので……ただブランクがあいたので、元々あまり
誇れなかった腕がさらに落ちておりますのでご了承下さいorz
[花]
CPはいろいろですが、恋愛表現はありません。ちなみに大分流れたので
戦争が終わって、あと一月もすれば一年が経つ頃。横須賀で平和な日常を過ごす芳佳と美緒だったが、この時期は少々違った。特に芳佳にとっては、
『五○一』という大きな「イレギュラー」があった為に今年は例年に比べて随分と異なる夏を過ごすことになる。
「ゔあ゙ー、あづいですー……」
「我慢だ宮藤! 終わったらカキ氷だぞ、しっかり働かんか!」
「わーい、それじゃあ頑張りまーす! ……ってなるとでも思いますー?」
860: 2009/09/21(月) 21:41:26 ID:T26Yk1Bm
芳佳は一瞬元気そうに振舞って、それが仇となってさらに伸びる。ここの『カキ氷』とはいわゆるカキ氷ではなく、氷を削る機械と氷の塊と甘い
液体を目の前にどんと置かれることを言うのだ。美緒いわく、これも訓練。美緒とともにいる限り、芳佳は訓練から逃げられそうもなさそうである。
――現在、芳佳は夏休み中ということもあってしばしば横須賀海軍基地に訪れている。特にここ二週間ほどは土日を除くほぼ毎日を基地で過ごして
おり、そしてそれには大きな理由があった。この基地は昔からの恒例で、八月十八日前後の土日に基地を開放して夏祭りを開催するのだ。芳佳は
赤城でブリタニアに渡ったりガリア地方のネウロイ殲滅時に空母赤城に搭乗していたりと、横須賀基地、特に赤城に関わることが非常に多かった。故に
こうして基地にまで引っ張られ、夏祭りの準備をさせられているわけだ。本来の所属が横須賀基地-厳密には違うが-であったことを考えれば、妥当と
いえるだろう。とは言うものの芳佳も楽しんでやっている身、やりがいや満足感はあれど苦痛と思ったことは一度もない。そして今年は芳佳絡みで、
元五○一統合戦闘航空団の面々を招待することも決まっていたりする。そのため基地内は大忙しで、これまで例を見ないほどに活気付いていた。元から
基地全体を挙げての祭りというだけあって地域住民にも受けがよく、芳佳も幼い頃に何度か来たことがあるほどだ。だが画面や紙面の中で白黒でしか
見た事のなかったエース達を間近に見られるということで、もてなす側も気合十分である。
「……あの、坂本さん」
「うん? どうした?」
「……言ったほうがいいんですかね?」
「いや、言わないでおいてやろう。今言ったら全員萎えて、今年は大失敗になってしまうぞ、はっはっは!」
「うー……元気でいいなぁ……」
――実は客の中に紛れ込めるようにとわざわざ浴衣や簪まで送って、騒ぎにならないよう気を使っていたりする。横須賀基地の隊員達は五○一を
ゲストか何かとして招待するものと思っているようだが、実はただ単に『夏祭りやるから来ませんか』とただそれだけなのだ。もしも基地の人間が
耳に挟めば、落胆することこの上ないだろう。いずれにしろ見られることは見られるだろうが、しかし壇上で堂々と見ることができるわけではない。
芳佳は苦笑を浮かべながら仮設屋台のカウンターにぐでーと伸びる。対して美緒は、ちょうど今まさに新しく仮設屋台を建て終えたあたりだ。本日
芳佳が立てた屋台は三つ、それに比べて美緒は八である。明らかな体力差が目に見える瞬間だった。
「坂本さん、絶対軍人辞める必要ないですよね」
「必要ないというか、やめようとも思わんな。はっはっは!」
「うー……」
しばらく伸びていた芳佳だったものの、さすがにずっとじっとしているわけにはいかない。よろよろと立ち上がると持ってきていた袋から暖簾や
幟を取り付け、今入っていた屋台を完成させた。そのままふらふらと次の場所に移ると、運び込まれていた木の枠などを手際よく組み立てて新しい
屋台を建てあげる。そこに布を画鋲などで留めていき、暖簾を取り付けて幟を立てた。普通の人が四十分かかる作業を二十分で終わらせ、再び中に
入ってカウンターに伏す。面倒くさがって水分を持ってこなかったことが災いして、喉はもう限界に近づきつつあった。きっとゲルトルートがよく
言っていたカールスラント撤退戦はこんな感じだったんだろうと、どうでもいいところでその辛さを味わう羽目になる。
「まあ宮藤、今のお前は半ばボランティアだからな。ほれ」
「うえ?」
情けない声を上げて芳佳が顔をあげると、そこには丁寧に盛られたイチゴシロップのカキ氷とよく冷やされた水があった。カキ氷も元は水、
横須賀基地も経費削減で手一杯なのだろう。今年は盛大に盛り上げようと企画しているのだから、それも仕方ないことか。芳佳としては水分があれば
とにかく今は何でもほしい気分だったため、見た瞬間に目をキラキラと輝かせた。
「い、いいんですかッ!」
「ああ、もちろんだ。ご苦労だっ
「いただきますっ!」
美緒が言い終わるより早く芳佳はカキ氷を手に取り、スプーンですくって食べ始める。一口食べるたびに目をとろんとさせ、幸せを実感している
ようだった。少し融けるほどにゆっくりと食べ終えると、水をちびちびと飲んでいく。一気に飲むと一度になくなってしまうため、少しでも満足感を
味わうために少しずつ飲んでいるのだ。
「あ゙あっ、生き返るっ」
最後はまるで酒かのように勢いよく飲み干す芳佳だったが、おかげでいくらか元気もよみがえる。ぐっと両腕を天に伸ばしてから力を抜き、ふうと
息をひとつつく。
落ち着いてから周りを見渡すと、もうその通りは軍事基地の様相ではなかった。どこからどう見ても夏祭りに沸く住宅街の一角で、つい芳佳の頬も
ほころんでしまう。もうあと一週間に迫った夏祭り、その準備は着々と進みつつあった。特設ステージの建設も順調らしく、埠頭や船には打ち上げ
花火も準備されているらしい。天気はさすが真夏だけあって雨の降る心配は皆無、安心して迎えることができる。
芳佳は楽しいであろう夏の日の思い出に思いを馳せ、思わずつぶやく。
「みんな、楽しんでくれるでしょうか」
「っはっはっは、何を言っているんだ宮藤。私達もこれだけ準備したし、他の皆も頑張ってくれている。成功するに決まっているさ」
「……えへへ、そうですよね!」
久々に会う五○一の面々。どんな風になっただろうか、一年ではさほど変わらないだろうか。芳佳はいろいろと考えながら、腕まくりをして再び
会場設営にいそしむのだった。
そして日は、順調に進んでいく―――――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うわー、すっごいねぇー」
「また随分と派手な……しかしまあ、確かにこれはこれで……」
「へえ、基地でここまでやるのね」
「あれが和太鼓ってやつか?」
「すっごーい! 心にどすんどすん響いてくるー!」
「これが少佐の仰る風情、というものなのでしょうか」
「な、なんかあちこちいろいろなものがあって目が回りそう……」
――――十七時。開場と同時に大勢の客が雪崩れ込み、十九時を回ると空は真っ暗になって会場も人で溢れかえる。その中にあって、少々特異な
空気を放ちつつもしかし自然と周囲に溶け込んでいる団体客がいた。総勢十を超える集団は少しずつ中に入って行き、最初の広場で足を止めた。人が
行きかう『交差点』だが、広くスペースを取ってあるので休憩や待ち合わせに使われることも多い。横須賀基地の広大な面積をうまく振り分けた形と
なっているが、これだけ人が溢れてしまっては基地の面積の広さなんて微細もわからない。そうして一行が人の多さに目を回していると、彼女達の
目的の人物が――
「「わっ!」」
「「「ぬおあ!?」」」
「「うひぅ!?」」
「えっへへ、ごめんなさい、吃驚しました?」
「ぬーっ! 心臓に悪いぞミヤフジーっ!」
「ごめんなさーい」
「ちっとも反省していないではないかっ! まったく、寿命が縮まるかと思ったではないか」
「もう、トゥルーデってば大げさよ」
「芳佳ちゃん、久しぶりーっ!」
第五○一統合戦闘航空団、ストライクウィッチーズ――ここに再集結。再会の喜びを互いに共有しあって、ひとしきり言葉を交わした後は芳佳と
美緒が先導して敷地のうちほんの一部を案内することになった。
「あれが金魚すくいですね。私苦手です」
「はっはっは、何事も訓練だ宮藤!」
「……やりませんよ?」
「見たところ簡単そうに見えるが……難しいのか?」
「紙が薄いんでな。普通にとろうとするとすぐ破れるのさ」
「へえー、私ちょっとやってみたいなー」
芳佳や美緒の説明で興味を持ったらしいエーリカは小銭を取り出すと駆けていって、まったくしょうがない奴だとゲルトルートもついて行く。それに
つられて一行も近寄って、エイラやサーニャ、ペリーヌと次々と参加者は増えていった。無論、芳佳は観戦者である。気がつけば誰が一番多く取れるかを
競うことになっていて、もし勝ったら他の参加者から三回までおごってもらえるというルールになっていた。一人当たり一回まで、つまり三人まで
指名してオーケーという美味しいルール、誰もが気合を入れる。ちなみに参加者はエーリカとゲルトルートを筆頭にエイラとサーニャ、ペリーヌに
ルッキーニ、リネットの七名である。美緒も参加したがったが、熟練者のため却下された。
「それではよーい―――」
ゴクリ。誰かがつばを飲み込む音がして――
「スタートっ!」
芳佳の号令とともに、七人がいっせいに水槽に手を伸ばす!
最初に勢い良く突っ込んだのはルッキーニだったが、そのまっすぐさ故金魚を取るとか取らないとか以前の問題にポイの紙が一瞬で破れてしまった。
しかしひたむきな性格、それであきらめる彼女ではない……枠からうまく弾いて金魚を宙に上げると、その落下軌道上に椀をうまく動かしてキャッチ!
「へっへーん!」
得意げに声を上げるルッキーニだが、横ではまるで訓練してきたかのようにエーリカとゲルトルートが競って金魚をすくっていた。穴は開きつつある
もののまだまだ使える面積は多く、その勢いは美緒さえ足元にすら及ばないほどである。この開始数秒ですでに十匹以上を掬っており、店の金魚を全て
とり尽くしてしまうのではないかという勢いだ。あまりに激しすぎるため、美緒が冷や汗気味に店主に尋ねる。
「……土方、大丈夫か?」
「さすがに、この数を持ち帰ったりはしませんでしょう……」
偶然にも居合わせたのは土方だったが、引きつった顔が印象的だった。
一方でエイラとサーニャは仲良くこまごまと掬っていて、椀の中には三匹ずつの金魚が悠々と泳いでいる。対岸のカールスラント二人に対して、
こちらは本来あるべき姿といったところだ。エイラが地味に未来予測を使って破れそうなときは止めたりと、実際のところはあまり本来の姿とは言い
きれない面もあるのだが……まあ仲睦まじくやっているという意味ではいいのだろう。その隣でペリーヌはあまりの難易度の高さにイライラを募らせて
おり、リネットは鎮めるのに必死だ。
「サーニャ、そっちに一匹、捕まえやすいのが」
「ほんと……えいっ、やったっ!」
「あああああもうっ! びりびりになってしまいましたわっ!!」
「そ、そりゃそんなに激しく扱ったらなっちゃいますよーっ! こう、やさしく、すっと……あ、あれ?」
手間取る二人、戦う二人、仲良し二人、地味なハンター一人。かくして、事前に決めていた制限時間の一分を終えると、互いの椀を見せ合った。
……のだが。
「あ、こら! 三匹お椀に入りきらなくて逃げちゃった」
「こっちは五匹逃げた……今いる分でも数えよう」
「いやバルクホルンさんとハルトマンさん、それ絶対に確実に何かを間違えてますから……」
「米無し金魚丼とは新しい……!」
「私四匹ー。サーニャは?」
「五匹……エイラに勝った」
「それでもペリーヌさん、二匹は捕まえたじゃないですか」
「は、初挑戦でご、ご、五匹も捕まえたあなたにそんなこと言われても惨めですわっ!」
「あー、そのなんだ、ペリーヌ。あっちにはもっとおかしいのがいるんだ、気にするな」
「わーい、あたし十匹ー!」
ちなみに逃げた分も含めてエーリカが三十八匹、ゲルトルートが三十七匹。僅差でエーリカの勝利であった。
ひとまず参加者全員が二匹の金魚を貰って、しかし持ち歩くのも危ないので土方に預かってもらって他をまわることにした。他の屋台では定番の
わた飴やボール掬い、たこ焼きや射的などから、特異なものでは『カレーサンドウィッチ』なるものも売られている。パンとカレーの組み合わせは
ごく普通だろうと誰かが突っ込んだのに対して全員が賛同したのは、五○一の一致を見せ付ける一こまとなったに違いない。
一通り代表的なものを紹介したところで、ひとまずばらばらに解散して自由に見て回ることにした。一応最初に集まった中央広場を拠点とし、
何かの都合で集合することがあったら中央広場に集合するよう確認。それぞれ組に分かれるなり自由に行動するなり分かれる。
「トゥルーデ、あれあれ! なんか楽しそう!」
「ごむ、まり? ふむ、どんなものなんだ?」
「シャーリーシャーリー、あたしあのぬいぐるみほしい!」
「どれどれ? って射的じゃん、あたしら参加したら反則じゃないか……?」
「サーニャ、どこがいい?」
「どこでもいいわ、とりあえず回りましょう」
「ペリーヌさん、あれなんでしょう?」
「うーんと……よ、読めませんわ」
「カステラですよ」
「ああ、なるほど……って宮藤さんには聞いてませんわっ!」
各々が各々なりに。それぞれは中央広場からあちこちへ散っていき、広い広い祭り会場へ、人の海の中へと消えていった。
- - - - -
「お? カタブツはっけーん」
「……エイラ?」
「ひひっ、いたずらしたろーっと」
「だめよエイラ、そんなことしちゃ」
「でもさ、せっかくの機会だし。こういうのは楽しまないと」
「だーめ……って聞いてない!」
普段ならサーニャの忠告は絶対に聞くエイラだが、今日はなにか外れてしまっているらしい。ゲルトルートの悶絶する姿を見てやろうと、手を
わきわきさせながら走り去っていくエイラにため息をつく。まあ、たまにはこんなのもいいか。後を追いかけて肩をたたくと、エイラに耳打ちする。
「分かったわ。それじゃあ、これから先は別々に行動しましょう」
一瞬エイラもたじろいだものの、別にサーニャに他意はない。行動方針が違うから別行動しよう、単にそれだけのことだ。それを汲み取ったエイラも、
たまには違う人と交流したほうがいいかもしれないと承諾した。特に他に付き合いのないサーニャにとっては、必要なことだろう。サーニャはくるりと
踵を返して再び人の群れの中へ繰り出すと、周りが知らない人だらけで頼れる人が誰もいないことに気づく。
(うーん……ちょっと失敗だったかな……)
しかし目を引くものもあるのもまた事実。どうしようか迷ってきょろきょろと辺りを見渡して、そして思い切って屋台のほうへと歩いていった。
……射的の先にあるのは、扶桑のぬいぐるみ。ネコペンギンとはまた違って、どこか愛嬌があって可愛らしい。ネコとスズメを合わせたらしい……と
聞いてちょっと引いたが、見た目が可愛いのは事実だ。幸いサーニャは重火器しか使ったことがなく射的系はあまり得意としないはずなので、楽しんで
遊ぶことができるはずだ。
サーニャは小銭を出して、銃を構える。ネコスズメ、とってやる。
(――――えいっ)
ぱん。軽い音が響いて玉が発射され……、いともたやすくネコスズメの札を射止めた。そう、ネコスズメはぬいぐるみで形が大きいために射的の
的としては面白みにかけるため、ほんの小さな札が代わりに立てられていたのだ。一撃で撃ちぬいたため店主にすごいといわれ、サービスでもう一回
オーケーを貰ってしまう。他にほしいものは特になかったが、ペアになっている簪を見つけてそれを狙い―――またいとも簡単に射抜いてしまう。
店主は加えて拍手を贈ってくれ、二つの品を受け取ることになった。とは言ってもネコスズメは大きいので、このまま持ち歩くには少々不便だ。芳佳
いわく入り口に大型のロッカーがあるらしいので、取られる前に早いところ確保してしまったほうがいいだろうと判断。人ごみをよけながら入り口へ
向かい、道中でなぜあんなに一発で当ててしまったのかを考える。リネットやルッキーニのような狙撃手、エーリカやゲルトルートのようなエースなら
ともかく、重火器でフリーガーハマーしか使ったことのないサーニャだ。それがなぜ一発で―――
(あ。)
……逆だ。サーニャは気づいた。そう、重火器で弾丸よりはるかに遅いロケット弾を放つフリーガーハマーを自由自在に扱うのだ。ロケット弾より
はるかに扱いやすい銃弾ならば、たとえ射的用の安全な玉といえど確実に命中させられるだろう。しかも仮にもここは横須賀海軍基地、射的といえど
銃器の整備に抜かりはないはず。精度の出た銃を使うならば、当然の結果だろう。サーニャはため息をつくが、まあしかし褒めてもらった上に拍手も
貰って、おまけに二つも商品を貰ってしまった。申し訳ないといえば申し訳ないが、相手も好意でやってくれたのだからありがたく受け取ろう。
折角なんだから楽しまなければ損。サーニャは前向きに考え、そして見えてきたロッカーのうち鍵がついているものを遠くから探した。すると二つ
ほど見つけ、安堵の息を漏らしながら近づき―――伸ばした手が、誰かと触れる。
「あっ……す、すみませ――
「あら? サーニャさん」
偶然にも、居合わせたのはペリーヌだった。その脇に抱えるのは花をあしらった洒落た髪飾りだ。ただ数が多く、確かに持ってる歩くには嵩張る
量だった。しかしそんなにたくさん買ってどうするのかとサーニャは疑問に思うが、あいにくペリーヌとはあまり付き合いがないので言い出せない。
そのためちらちらと盗み見るような形になってしまって、ペリーヌに感づかれてしまう。
「先ほどからチラチラと、どうなさいまして?」
「あ……いえ、その……」
サーニャが言いよどんでいると、珍しく棘のないペリーヌが首をかしげてサーニャに続きを促した。どうしたらいいか分からなかったが、言わずに
済むような空気でもない。サーニャは手を膝の辺りできゅっと結んで、俯き気味に言う。
「そ、そんなに買って、どうするんですか……?」
恐る恐るサーニャが見上げると、ペリーヌは顔をほんのり紅くしてぷいとそっぽを向いてしまう。ああ、機嫌を損ねてしまっただろうか。あまりに
コミュニケーション能力がない自分に少し嫌気が差す。……が。
「別になんでもいいでしょう」
そういってつんとしている――つもりのペリーヌの目が、わずかな間開く。その瞳にはどこか暖かさがあって、遠くを見ているようだった。それで
なんとなく理由を推し量ったサーニャは、もしかしてとペリーヌにたずねた。―――ガリアの人に? ペリーヌの頬がさらに赤くなって、そんなんじゃ
ないと説得力のない反論をしてくる。……なるほど、少しこの人の人となりが判った気がする。良かれと思ってしたことに、あまりそういう色を
つけないようにしているのだろう。マリーゴールドのハーブティのときも、後で聞いた話だが自分でこっそり育てていたものを淹れ方も分からないのに
夜間哨戒のためにと用意したらしい。結果は散々だったが、あの時も良かれと思ってやったのに、とは一言も言わなかった。自分なりに努力して、
喜んでもらおうと必死なのだろう。自然とサーニャの頬もほころんで、それを見たペリーヌが抗議してくる。
「な、なんなんですのっ!? あなたとはそんなに親しくありませんのにっ!」
「あ……その……優しいんだなと思って」
「だからっ! そんなんじゃないと言っているでしょうっ! 別に、あの子が笑ってたってどうも……」
ぼそりと呟いて、そしてはっとする。あの子って誰だろうと思いつつ、やっぱりペリーヌは優しいんだとサーニャは笑みを浮かべた。自分も含めて
不器用な人はたくさんいるが、こういう不器用な人は慣れっこだ。なにせ普段一緒にいる人も、自分の思ってることを隠そうとして必死なんだから。
先ほどペリーヌは、『そんなに親しくない』と言った。だが、サーニャは仲良くしたいと思った。――なら、するべきことはそう多くない。
「ペリーヌさんは、誰かと回る予定はありますか?」
「へ、へっ? い、いえ、特にありませんけれど……」
――しめた。ならば。
「それじゃ、一緒に回りましょう」
「ど、どうして貴女とっ!?」
「親しくないから、親しくしたいんです」
一度話の調子さえ掴んでしまえば、会話はそう難しくない。困るのは話の調子を掴むのが苦手でそれに時間がかかってしまうことなのだが、やっぱり
ペリーヌはエイラとどこか似てる。ただエイラほど流されやすい人ではないようなので、少し強気にならないといけない。だから、エイラに時々
自分の意見を通そうとするときみたいに、少しだけ自分を強気にしてみせる。――そうすれば、
「……別に、貴女のためじゃありませんでしてよ。私も、他に回る人がいませんから」
ほら。
「ありがとうございます、ペリーヌさん」
「ほ、ほら、早く行きますわよ!」
ペリーヌなら、美緒の関係で扶桑の知識が多少はありそうだ。サーニャは笑みを浮かべながら、ペリーヌの後についていった。
- - - - -
「あれってなんでしょう……?」
「え、ええと……えび、みりんやき……?」
「なんだか美味しそうです」
サーニャはとてとてと走っていくと、二人分注文する。元気のいい掛け声が返ってきて、しかしどこか聞きなれたような声に首をかしげていると、
やがて目の前に一人三枚ずつで計六枚のみりん焼きが出された。
「はい、サーニャちゃん」
「――――芳佳ちゃんっ!?」
そこにはつい先ほどまで手際よくみりん焼きを焼いていた、芳佳の姿があった。確かに招待状の主催者の中には芳佳の名前もあったが、こんな形で
出くわすとは思いもしなかった。追いかけてきたペリーヌも驚いているようで、先ほど会ったばかりだというのになんだか偶然の再会のような気分で
ある。……いや、あながち間違いではないのだが。
「えへへ、扶桑の料理は任せてください!」
「いただきます」
「い、いただきますわ……」
興味津々で頬張るサーニャに対して、納豆やら無数のおにぎりやら何やらで少々扶桑の料理に抵抗のあるペリーヌは恐る恐るといった様子。だが
サーニャが美味しいと一言呟いて、ペリーヌも目を丸くしてサーニャと同じ感想を述べた。芳佳も満足のようで、さらに下の棚からマヨネーズを
取り出してキャップをあける。
「かけるともっと美味しいんです」
「あ……お願い」
サーニャが遠慮がちに差し出すと、笑顔で少しかける芳佳。最初から全体にばっとかけたりしない辺り、相手の好みを配慮して気を使ってくれて
いる様子が伺える。ペリーヌにも同様にして少量だけかけて、そしてまた一口。――なるほど、確かにこれは美味しい。というか一度これを味わって
しまうと、最早マヨネーズ無しには食べられないような気もする。
「……奇跡のコラボですわ!」
「えへへ、なんか考えたの私じゃないけど照れちゃうな」
かくして全体に満遍なくかけてもらって、礼を言って立ち去る。ふと後ろを振り返ると数人待っていたので、少々邪魔になってしまったかと反省。
ペリーヌと食べ歩きしながらいくつかの露店を見て周り、そしてちらりとペリーヌのほうを見て気がつく。
「あ……」
「? どうかなさいまして?」
「いえ、なんでもないです」
―――ペリーヌは食べ歩きなんて、する人じゃないのに。ちょっとおかしくて笑いそうになってしまうけれど、失礼になりそうだからやめておく。
今まで怖い人だと思い込んでいたが、こうして実際に話したり一緒に行動してみたりすると楽しい人だ。最初リネットとペリーヌが二人で一緒に
ガリア復興支援と聞いたときはありえない組み合わせだとも思ったが、こうしていると理由も分かる気がする。優しいのだ、基本的に。まあ、芳佳に
対しては勝手な敵意で少々暴走気味ではあるが。先ほどから、人ごみが多い場所ではさりげなく一歩前に出て進路を確保してくれるし、ぶつかりそうに
なったときは咄嗟に手を引いてくれる。ガリア貴族の令嬢と言うだけあって、細かいところにまで気がつくらしい。おかげでサーニャは歩きやすくて、
見て回るのを心底楽しむことができる。
「ペリーヌさん、疲れてませんか?」
「唐突に何を……変な方ですこと。楽しませてもらっていますわ」
もしかしたら強がりなのかな、なんて思ったり。真意を汲み取ることはできなかったが、それでも楽しんでいるという言葉でサーニャの心配事が
減ったのは事実だ。変な人と言われたけれど、それは『気を使ってるんだ』というのを隠すための細工なのだろう。まあ、本人は意識していないの
だろうが。そうした前面に出ようとしない謙虚さが、一緒にいると伝わってくる。
――と考え事をしていると、ふとある露店の商品に目が留まって歩を止める。いきなり止まったのに、ペリーヌも首をかしげながら同時に止まって
くれた。
「……どうかしまして?」
「……ちょっと、気になったので」
サーニャが手に取ったのは、ほんの小さなキーホルダー。横須賀基地のエンブレムと扶桑の国旗に使われている円のデザイン、そして――――
オラーシャの国旗。
「……父様、母様……」
きゅっと握り締めて、そしてそれを三つ握って店主に渡す。財布を取り出そうとして、しかし店主から一声かかってそれを中断した。店主は何事も
無かったかのようにこの祭りでしか手に入らない封筒にそれを丁寧に入れて、サーニャに手渡す。
「訳有りなんだろう? 貰っていきな」
にこりと笑う店主。気持ちはありがたくて、目頭が熱くなるのを感じる。見ず知らずの誰かが家族の心配をしてくれて、それがこんなに嬉しい
ことだなんて。涙がこぼれそうになるのを必死で堪えて、それゆえに搾り出すようになってしまった声でなんとか店主に言った。
「―――訳有りだから、自分で買いたいです」
面食らったような顔をする店主だったが、それならとすぐに表情を変える。サーニャが差し出した金を確認して、少し多いので返そうとして――だが
サーニャの手が、それを許そうとしなかった。
「お礼です」
そう一言言って、サーニャは踵を返す。その実は恥ずかしくて顔が真っ赤でとてもここに居られなかったからなのだが、結果的に無理に返却される
ことも無かったのでよかったのだろう。後からあわてたようにペリーヌがついてきて、どうしたのかとしきりにたずねてきた。真っ赤な顔を見られたく
なかったため終始俯いたままなんでもないといい続けたが、その胸にぎゅっと抱いた封筒はきっといつか祖国の父母に渡すもの。あの店主がくれた
優しさも、父母に届くといい。そんなことを思いながら、ぼうっと空を見上げた。
「父様、母様。サーニャはいつか、帰ります」
――――今年の土曜日は、八月十八日だった。そして今日は、祭りの第一日目。
「……きっと届いていますわよ」
ペリーヌがぼそりと呟いたのが聞こえた。――やめてくれ、そんなことを言われたら先ほど引っ込めたはずの涙が出てきてしまうかもしれないから。
だからそうならないように、満面の笑みでサーニャも答える。
「きっとガリアの人たちも、ペリーヌさんが帰ったら喜ぶと思います」
手土産をたくさん持って、復興途中の街に戻ったら。本来なら手土産なんて買っている余裕は無いはずなのに、祖国の同胞達のために自腹を切って
洒落たアクセサリなんか買ってきてくれたら。きっとサーニャなら、何度でも礼を言うだろう。泥にまみれて建物から何から全部立て直して、とても
綺麗になんてなれない場所で。そんな自分を綺麗に飾ってくれるものを、わざわざ買ってきてくれたとしたら。頭も上がらないだろう。
――でも、それでペリーヌが楽しめないのでは本末転倒だ。今日は祭りの日、涙や感傷はまた後だ。今は、楽しまなくては!
「さ、ペリーヌさん、行きましょう」
「え、ちょ、ちょっとお待ちなさいっ!」
「ほら輪投げです!」
「お待ちなさいってばっ! ……ああもう、貴女はリーネさんですかっ!」
―――後日ペリーヌから聞いた話によると、あの店主は困ったように笑いながらいい子だと呟いていたそうな。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日の祭りには、五○一以外からも数人が同伴してついてきている。ブリタニアからはリネットの姉のウィルマが来ていたり、スオムスからは
エイラにくっついてニッカもやってきていたり。そして彼女たちもまた、憧れの大先輩に誘われてやってきた面子である。ただし憧れの大先輩は
かつての仲間との交流を楽しんでいるようで、少々浮き気味なのがネックだが……。
「えと……バルクホルン大尉……? とは、その……、どのような方なんですか……?」
「ええとですね、一言で表すなら『完璧』であります」
カールスラントからはゲルトルートに誘われてやってきたヘルマ、ガリアからはペリーヌから話を聞いてやってきたアメリー。はじめはそれぞれ
誘い主について回っていたのだが、少しすると五○一が懐かしいのかゲルトルートもペリーヌもそれぞれ別々に動き始めてしまう。おかげでまだ
エースと呼ぶには程遠い二人は置いてけぼりを食らう羽目になり、似たもの同士が一緒に行動するのは必然だった。そして祭りについての知識もない
二人には、どう回ればいいのかもわからない。かくして二人は、しゃべりながら延々と敷地内を回っていた。それでも、退屈はしていないようだ。
「世界でもハルトマン中尉と競うほどの撃墜記録の保持者で、普段の生活も規律に溢れた正しい日々……たった一つの欠点も許さない、完全な
お方なのです」
「そ、それはなんだか……息が詰まりそうな……」
「そんなことないのです! まるでお母様のような優しい笑顔で撫でて下さることもありまして……はわわ、思い出すだけで幸せでありますー」
……半ば、脳内お花畑。だがそんな話も、人付き合いの少ないアメリーにとっては新鮮で面白いものだった。ゲルトルートを雨あられのように褒め
称える言葉の数々、しかしそれはアメリーがかつてペリーヌについて尋ねられた際にも同じようなことをしていたこと。それ故今のヘルマの気持ちも
十分に理解できるもので、なかなかに楽しいものだった。
「では、クロステルマン中尉の方は……」
「ペリーヌさんは、その……厳しい方ですけれど、とっても優しくて、格好よくて、美しい方です」
今度はアメリーの先輩自慢。とはいってもアメリーは話すのが苦手なので、基本的にヘルマの質問に対して答える形で話を進めることになる。
どんなところが良いかと聞かれて、いつでも部下や仲間のことを大事に思っていることと答える。列機として飛んでどうだったかと聞かれれば、
この上なく頼りがいがあってほかの人の二番機なんて考えられないほどだったと回答。そうしてヘルマと情報を少しずつ共有していくことで、アメリーが
壁としてきた人付き合いが少しずつ進行していった。壁が壊れていくのを、果たして本人は感じ取っただろうか。二人は特にそんなところを気に
するでもなく、ただ二人で楽しい話を進めていた。
そんなとき。
「あ……」
「? あ」
「「金魚すくい……」」
ちらりと目に入ったのは、先ほどとは別の場所の金魚すくい。ペリーヌもゲルトルートもやっていたので、ヘルマもアメリーも気になるのは必然と
いえるだろう。何度かちらちらと目を合わせてから、懐から財布を取り出して小銭を出せるように手に握った。実のところ二人で露店に顔を出すのは
これが初めてなので緊張していたが、おずおずと歩み寄ってからヘルマが一回分の料金を渡す。すると店主も快く道具を渡してくれて、ヘルマも笑みを
浮かべる。アメリーもそれに倣って同じようにして、かくして二人は先輩がやっていたことと同じ内容を実践できるに至った。
「ど、どうやればいいんでしょうか……」
「えっと……」
……見ていた限りでは、とりあえずポイを水に突っ込む⇒金魚を掬い上げる⇒椀にぶち込む、の繰り返しであった。ただ膜が異常なほどに破れやすい
ようだったので、普通に入れてもすぐ破れてしまうのはわかりきっていること。ではどうすればいいかと、二人で知恵を絞る。
「水の通しが良いようであります、掬い上げるときに水を切れば破れにくいのではないでしょうか」
「水を切るように横に動かしていけば、紙が波を受ける面積と力も減る……」
なかなか滑り出しは好調で、この調子であれば結論も近そうである。
……が。
「ならばこれで……えいっ」
ヘルマが一発目をぶち込む。
――見事きれいにど真ん中に穴を開け、轟沈。がっくりとうなだれるヘルマ。いくら角度が水の抵抗を受けにくい角度になっていても、移動方向が
角度と大きくずれていれば破れるのは必然だ。極端な話、水と平行に構えていたとしても、それをまっすぐ垂直に水に叩き込めば紙にほとんどの力が
かかるのは道理である。かくして奇跡的に正五角形の穴を開けたヘルマは意気消沈しつつ、縁のほうで投げるように椀に入れて数を稼いでいた。
隣ではアメリーが、同じ失敗を繰り返さないようにと気をつけつつ、丁寧にゆっくりと入水。とても金魚すくいとは思えぬゆっくりとした動きだったが、
当然そんなもので紙が破れるわけが無く、形を保ったまま水の中に入る。やがてしばらく待っていると金魚が紙の上にやってきて、今が好機とばかりに
金魚をすくい上げ―――。
「あううぅぅ……」
ものの見事に破れた。素人がそう簡単に出来れば、玄人がもてはやされることは無いのである。
しかし破れてしまったものは仕方が無いので、二人はもうどうでもいいやとすくうより投げる方向性に変更。縁で金魚を捉え、椀に向かってシュート。
さすが軍人だけあって『狙い撃つ』のは得意らしく、こうすると少しずつ取れるようになる。結局最終的には五匹ずつ捕まえて、二匹だけ貰って帰る
ことになった。
「なんだか集中してしまいました」
「大尉が楽しそうにしていたのもわかったであります」
二人は満面の笑みを浮かべつつ、次に面白そうな露店はないかと捜し歩く。背の低い者同士気が合うようで、少し気の弱いアメリーが気持ちは強い
ヘルマの後ろについていく形で均衡が取れているようだ。お土産屋にも顔を出し、それぞれ原隊の仲間たちにといくつか買っていく。もちろん、尊敬する
先輩たちにはほかの人とは違うものも含めて。
そしていろいろと見て回って時間もそれなりに経ったところで、唐突にヘルマが切り出した。
「アメリーさんは優しいであります」
「は……ほえ?」
突然そんなことを言われても、反応に困ってしまう。アメリーは首を傾げながらヘルマのほうを向いたが、ヘルマは気にするでもなく続けた。
実はこれまでのところ、ヘルマが何か失敗しても大丈夫だとフォローを入れていた。ペリーヌが五○一に出向する前まではありえない話であったが、
ペリーヌが居なくなったことでアメリーの中でも何か変わったのだろう。或いは、五○一でのペリーヌの活躍を見て何か思うことがあったのかも
しれない。ともあれその頃から徐々に変わろうとしていたアメリーは、今でもまだまだ人に頼ってばかりの面は多いものの、せめてほかの人の補助は
したいと思っていた。それはペリーヌの僚機を務めていた頃からそうだったが、最近はさらにその想いが強くなっている。ただそれが表に出せなくて
踏みとどまりがちなのが欠点だったが、今日はヘルマという年下の子と行動を共にすることで多少は勇気が出たようだ。ペリーヌが見たらなんと言うか、
楽しみなところではある。かくしてヘルマの一つ一つの行動に対してのフォローを何とか入れられるようにと考えて、そのためヘルマが何かアクションを
とったときはずっと考え込んでしまって一歩遅れてしまう形となっていた。それが逆に、ヘルマを助けることになっていたことは、ヘルマしか知らない。
「私達、意外と相性がいいのかもしれませんね」
「いつか、同じ部隊で戦えたらいいであります」
互いが互いに助け合う、いわば理想形。二人はくすりと笑って、それからヘルマが手を差し出す。アメリーは一瞬驚いて、しかしすぐに表情を崩して
その手をとった。
――夜は、まだまだ長そうである。
- - - - -
「あら」
「あ……」
「「あっ」」
それは奇遇というべきか。ある二人ずつのペアが偶然、ばったりと顔をあわせた。わき道から出てきたペリーヌとサーニャの二人、そして大通りを
ずっと歩いていたヘルマとアメリー。四人はひとまず合流して互いの状況を確認しあって、それからペリーヌが少々よそよそしくしながら先導する
形になっていく。
「アメリーさん、貴女ヘルマさんに余計なことしてませんでしょうね?」
「よ、余計なことなんてしてませんーっ!」
「貴女はいつも足を引っ張ってばかりですから……ま、努力は認めて差し上げてもよろしいですけれど」
傍目には、ペリーヌがアメリーを突付いている……見方によっては、先輩が後輩をいじめているようにも見えるかもしれない。だがヘルマはともかく
サーニャは見ていてすぐに気づいた。ペリーヌの頬が若干紅潮していて、素直に喋っているわけではないこと。きっと本人にとってはアメリーは大事な
人で、それを本人に悟られたくない一心でそんな口ばかり利いているのだろう。不器用だなと思う反面、そこまで人を大事に思えることや人を守ろうと
する心には敬服さえしてしまう。サーニャには後輩なんてものはいないし、だからこそ大事に守っていかなきゃと思う人もいない。身近なところの年下と
いえばルッキーニがそうだが、ルッキーニはストライクウィッチーズの一員として立派に戦果を挙げている半ばエースウィッチだ。加えて普段から
シャーロットに懐いているため、サーニャが首を突っ込む隙などない。それにサーニャが守ってあげるような雰囲気でも、あまりない。そんなサーニャ
からみれば、ペリーヌが輝いて見えるのも、アメリー共々羨ましく見えるのも、ある意味仕方のない面であった。
「どれぐらい回りましたの?」
「まだそんなには……さっきヘルマさんと金魚すくいをして、たこ焼きっていうのを食べて、輪投げをやって、お土産屋さんで……それぐらいです」
「なら、美味しいお店を知ってますわよ。ご案内いたしますわ」
ペリーヌはそう言うと踵を返し、来た道を帰っていく。しばらくサーニャは首をかしげていたものの、ようやく『えびみりん焼きのお店』を目指して
いることに気がついてにんまりと笑みを浮かべる。ちらりとペリーヌのほうを見やると、ペリーヌもそれに気づいたのか普段は芳佳ぐらいにしか見せない
少々意地の悪い笑みを浮かべて見せた。二人でくすりと笑うと、後ろでアメリーとヘルマが疑問の声を上げる。だがそれも適当にあしらって、そう遠く
ないお得意先へと向かっていく。
「えと、どういう食べ物なんですか?」
「扶桑の『せんべい』とかいうものの一種らしいですわ。こちらですと、そうですわね……味を除けば薄ーく焼いたラスクが近い感じしょうか」
アメリーにもわかるようにと説明を試みるペリーヌだったが、やはりあの味は説明のしようがない。そもそも食感や歯ごたえにしてもラスクとは
根本的に違う気がするのだが、まああながち外れでもない。サーニャもうまい例えが見つからず苦笑するしかないが、そうこうしている内に目の前に
目的の暖簾を見つける。ペリーヌはその店主を改めて確認したうえで、行列ができていないことにほっとしながら声をかけた。
「四人分、お願いできるかしら?」
「はい了解ー……ってペリーヌさんにサーニャちゃん、またですか?」
「うん。ちょっと……」
サーニャが小さくそう言って後ろを振り返ると、そこに小さな二人組み。芳佳はなるほどと頷くと、気合を入れて四枚焼き上げる。そしてその
店主の姿を見た後ろの二人は、ペリーヌやサーニャと同じく驚愕の声を上げるのだった。
「わっ、み、宮藤さんではありませんかっ」
「えへへ、そうだよー」
「ペリーヌさんはそれを知って……?」
「当たり前でしてよ。宮藤さんの焼くコレはとっても美味しいんですの。ま、扶桑料理しか取り柄がなければしょうがありませんわね」
「あー! ひっどーい! ほかにも取り柄ぐらいありますよぉーっ」
器用にも、芳佳はちゃんと向かい合って喋りながら手だけ動かして丁寧に焼き上げていく。鉄板の上で音を立てながら焼きあがる海老色の煎餅は
香ばしい香りを周囲に撒き散らす。それだけで人がわらわらと寄ってきて、瞬く間に大盛況になっていく。しかし相変わらずの手つきの芳佳は、
先ほどより少々時間をかけて何かを完成させた。そこにあったのは、煎餅の上に目玉焼きがトッピングされたもの。
「これを半分に割って、目玉焼きをはさむようにして食べるんです」
「さっきとは違うね……」
堅いが脆いという相反する性質を持つ煎餅を二つに割るのは慣れていないと難しいということで、芳佳が半分に割って見せた。卵が半熟で黄身が
たれ易いという注意を促しつつ、一人一人に手渡していく。周りに集まった客たちも、四人の反応をうかがっているようだ。自信満々の笑みを浮かべる
芳佳、四人は――
「……さっきのも美味しかったけど……」
「比べ物になりませんわ……」
「これ、すっごくおいしいです!」
「はわわ、こんなものが世の中にあったとは……世界は広いであります……」
勝ち誇った笑みを浮かべる芳佳。芳佳自身も大好物だが、黄身と煎餅との絶妙な味わい、それを濃すぎないよう程よく中和する白身。サクサクの
煎餅の中にふわふわが、口の中で見事に調和する。芳佳が自信を持ってお勧めする、夏祭りで一番とさえ豪語する至高の一品だ。
かくしてそれに魅せられた四人は、行列から外れてそれを頬張る。無論その反応を見て黙っている客は一人もおらず、次から次へと注文が殺到。
芳佳は笑顔を崩さず、無数の鉄板を行き来しながら驚異的なスピードで一枚一枚完成させていく。目玉焼きとえびみりん焼きを同時に数枚生産して
いく様は圧巻で、工場顔負けの能力であった。
「す、すごいであります……」
「さながら、この道のエースですわね」
「さすが芳佳ちゃんですね」
「わわ……私にはあんなのできません……」
「貴女はできなくてもよろしくってよ」
ペリーヌがそう言って、アメリーの頭を軽く撫でる。アメリーは驚いて振り向こうとしたものの、気恥ずかしさがこみ上げて動けず、代わりに頬を
染めてうつむく。普段はペリーヌも厳しいことを口にしているが、たまにこうやって撫でてくれたり笑ってみせる。そんなときアメリーは決まって
うつむいて、でもそれがこの上ない嬉しさの表現であることをペリーヌは知っていた。元々は、基地で一人浮いていたアメリーのことがもどかしくて
手を伸べたのがきっかけだったが、ペリーヌとしては今でも数少ない背中を任せられるウィッチの一人である。ペリーヌが背中を任せるのなんて、
五○一の面子で言えばエーリカやゲルトルート、美緒といったエース陣と、あとはリネットぐらいのものだ。そこに名を連ねるというのは、絶大な
信頼の現れである。それほどにペリーヌはアメリーのことを信頼していて、だからこうして気を許すことも度々ある。
普段見慣れないペリーヌの姿に少々驚きの表情を浮かべるサーニャだったが、まあこういうのもありかもしれない。微笑しながらそれを眺めて、
やがてペリーヌが手を離して次を促す。食べ物はもうこの上なく美味しいものを食べたので、しばらくは食べ物はいらない。
「アメリーさんはどこか回りたいところはありまして?」
「い、いえ、なにがあるかもわかりませんから……」
「ではまあ、のんびりと歩きながらいろいろ見て回ることにしましょう」
先ほどと同じく、ペリーヌが先頭に立って二人を先導する。それを一人分にも満たない空間を空けて後ろから眺めるサーニャ、その瞳にペリーヌは
どう映っただろうか。
(――やっぱり同郷同士、ペリーヌさんとアメリーちゃんはお似合いだなぁ)
二つの金髪が、少々足並みも高さも違うけれど左右に揺れて進んでいく。それはさながら姉妹のようで、遠く離れれば離れるほど自然に見えた。
それは逆に言えば、近くに他所を寄せ付けない二人だけの空間があるとも言えるのかもしれない。サーニャはくすりと笑って、振り向いたヘルマを
手招きしてやるのだった。
「……ね?」
「なるほど……確かにお似合いであります」
いつの間にか、サーニャ自身も見知らぬ人との会話が自然とできるようになっているのにも気づかず。それは紛れもなくペリーヌのおかげで、しかし
当のペリーヌは自分の影響力など気にも留めず、可愛い妹分の世話をするのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふぃー、つっかれたぁ……」
「あら、芳佳ちゃん?」
「あ、リーネちゃん」
ようやく材料切れで完売し店番を終えた芳佳は、くたくたになりながら道を歩いていた。本当はスタッフ専用道を通ってもよかったのだが、誰かと
会えることを期待して表通りを通っていた。目論見どおりというか、リネットと遭遇。芳佳はリネットに疲れたと自分の置かれていた状況をまるで
愚痴るかのように言いながら、リネットの腕に抱きついて杖代わりにしていた。リネットもそれで満足しているようなので、それでいいらしい。
「ほらトゥルーデ、あれあれ」
「ん? ……綿菓子?」
「あれ美味しいんだよねー。特に扶桑のは一級品だよ」
「ほう、どれどれ?」
そのすぐ脇を、二人のカールスラント人が通っていく。どうやら互いに気づいていないようだった。エーリカがゲルトルートの手を引っ張り、
ゲルトルートがそれにおとなしく追従していく形。今もエーリカは大好物の綿菓子の屋台を見つけ、はやくはやくとゲルトルートを促しながら
駆けていった。引っ張られるゲルトルートも慣れたようで、わかったわかったと苦笑気味に同じペースで走っていく。浴衣姿の二人が手を取って
走っていく姿は、さながら遊びに来た近所の女子学生である。
「ふう……火照った体にはちょうどいいわね」
「だろう? 準備の時には宮藤によくやったものだ」
「宮藤さんも働き者だからねえ……今日もずっと屋台に入りっぱなしって?」
「ああ、ようやくさっき終わったらしくてな……今頃リーネと、私たちと同じことでもしていそうだな」
こちらは海辺で、灯りを少なめにともした休憩所で休む二人。美緒がミーナを案内する形でずっと歩き回っていたが、流石に指揮官業務の
合間を縫って来たところでいろいろ目を回しながら歩き回るのは疲れたらしい。近くでかき氷を調達して、ベンチに腰掛けて海を眺めている。
海上にいくつか船が点々としているが、その真意はこの横須賀基地関係者以外は誰も知らない。はしゃぎまわって暑くなった体を冷ますには、
この涼しい潮風と冷たいかき氷は最高の組み合わせだった。
「ねえシャーリー、つぎあれいこうよ! ほらあそこの!」
「えーっとどれどれ……お? もぐら叩きだな、よし、いっちょやるか!」
「おーっ!」
相変わらずの能天気組は元気なようで、ルッキーニが走っていくとシャーロットもそれを追いかけて走っていく。こちらはそれぞれが興味を
持った物へ示し合わせて走っていくという奔放な回り方をしていて、そのため他のペアよりも行き当たりばったりながらも回った店の数は一番
多かった。スピードには自信があるシャーロットと、反射神経には自信のあるルッキーニ。二人は店主に頼んでルールをこの場限りで変更して
もらい、景品を懸けてより多くを時間内にたたけたほうが勝ちというルールで勝負をはじめた。その行方は、本人たちしか知らない。
「はー、しっかし疲れたなぁ……」
「何言ってんだよー、お前疲れてないだろー? 全然出てこなかったじゃないかー」
「しょうがないだろ! 私はここでは需要がないんだよぉ!」
「ま、スオムスなんて扶桑からしたら未知の領域だしなー。いいじゃないか、私と一緒にいれば『エイラさんの付き人』ってことで注目されるぞ」
そう仲良さ気に話すエイラの隣を歩くのは、散々エイラに振り回されて疲れたニッカだった。扶桑で面白いことがあるからと無理やり連れて
来られた上にあちらこちらの屋台で悪戯ばかりされ大分ゲンナリしつつあるものの、祭り自体は楽しいのが本音。おかげで美味しいものもいくつか
食べられたし、実際いろいろと遊べたのでその点については文句はない。今日一日で大分『揉まれた』ものの、今日に限ってはそれも許してやろうかと
そんな思いも出てくる。
―――それぞれが、それぞれに祭りを楽しむ。もう開始から数時間が経過して、そろそろ祭りの初日も終わりを迎えようとしていた。明日も
開催されるが、あいにく一部の人は明日には帰らなくてはならない。そういった人のために、この日の閉会もちょっとしたイベントが用意されて
いた――。
――何かが空高く舞い上がる、甲高い音。ひゅるるるる――――――……
「あら……?」
ペリーヌが気づいたようで、ふと空へ目を向ける。周りの人たちも気づいたようで、いっせいに空へと顔をあげた。
―――――――どぉぉおおん。
「わ……きれい……」
「花火、ですね」
空に咲く、大きな一輪の光の花。それは儚くすぐに消えて、しかし二発目、三発目と次々に打ち上げられていく。
「すっごーい、きれいーっ」
「えへへ、夏祭りの定番だよ」
「うん、でも扶桑のもすっごくきれいだねー!」
蒼、翠、紅……様々な色の花火が打ち上げられて、そして咲くたびに歓声と拍手が飛び交う。
「綺麗だな……クリスにも見せてやりたかった」
「うん、なんかロマンチック。ウルスラに見せたい」
「……写真にでも収められればいいのにな」
空に花開く無数の蕾、その価値は実際に目で見なければわからないだろう。光は地上をも彩り、幻想的な空間を作り出す。
「綺麗ねぇ……」
「ああ。これを見ていると、世界にもようやく平和が戻りつつあることを実感できる」
「そうね……全盛期に比べれば、大分落ち着いたわねぇ……」
水面に反射する灯りも美しくて、波と空とに魅せられる。打ち上げられるときの導火線の灯りも、見る人が見れば風流であった。
「わあ……!」
「すっごいなぁ……リベリオンでもここまで大きいのは、見る機会なかったんだよなぁ」
「綺麗! きれーい!」
中には菊の花のように尾を引いて散っていくものから、線香花火のように弾けるものもあった。その一つ一つに、職人の魂が宿っている。
「……はじめて見た」
「基地では宮藤がやってくれたのを見たことがあるんだけどな、そっちは個人用のだからちっちゃかったんだ」
「大きいんだな……なんていうか、言葉が出てこないよ」
漆黒の空に浮き上がる、輝く花畑。今まで見たことがなくとも、何度も見てきたものであっても。人々はそこに魅せられ、思わず見上げる。
花火は終わることなく、打ち上げ続けられる。海上の船から、陸の崖から、浅瀬から、沖合いから。ありとあらゆる場所から、様々な花火が
次々にあがっていく。空は尽きることなく花火に覆われ、基地の窓にも反射して光をあらゆる場所へと届けていく。
見上げる人々は、例え単なる友人同士であったとしても、身を寄せ合ってその美しい景色を共有し合う。片時も目を離すことなく、光のショーに
目を奪われて―――。
やがて光が止んだのは、打ち上げ開始から一時間半も過ぎてからのことだった。打ち上げ終了を以って祭りは終わりを告げ、ぞろぞろと客は
出口へ向かっていく。屋台も在庫の処分を始めるか、あるいは明日に在庫を持ち越して早々に店じまいを始める。ストライクウィッチーズの一行も、
最初に集合した広場へ示し合わせるでもなく集まった。そして芳佳と美緒で土方から人数分の金魚の小さな袋を受け取るとそれをそれぞれに渡し、
ロッカーに荷物を預けたものは取りにいく。各々が各々の帰り支度を済ませ、それぞれの場所へと向かっていく。帰りは皆終始ほぼ無言で、しかし
大きな空と満開の花を通して心通わせあった互いに言葉は必要なかった。誰もが満足げな笑みを浮かべて、その敷地を後にしていく。
正門まで来たところで、美緒と芳佳は立ち止まる。まだこれから、一日目の片付けと二日目の準備があるのだ。
「それじゃあ、今日はお疲れ様でした」
「今日帰るのはニッカとバルクホルン、シャーリーにルッキーニ、あとリーネだったか」
それぞれにそれぞれの、所属先や家の都合がある。二日目も来られればよかったのだが、流石にそこまで物事はうまくはいかない。今日だけでも
十分に満足できたからと、それぞれは笑顔だった。
「今日は見ず知らずの私なんかに良くしてくれてありがとう、楽しかったよ」
「すまんな、明日も楽しみにはしていたんだが……今日は久々に心から楽しませてもらった」
「ま、あたしらいなくても楽しそうだしさ。明日もがんばってな」
「またいつか遊びに来るからさ! そのときはよろしくね!」
「本当にありがとう、楽しい思い出ができたよ」
―――手を振って、民間の空港へ向かうバスに乗り込んでいく五人。残った人たちもずっと手を振って、『途中下車』の五人を見えなくなるまで
見送り続けた。
「……さて、私達は片づけがあるんでな。お前たちは宿はあるのか?」
「そりゃー……ね、宮藤」
「今頃お母さんもおばあちゃんも大忙しですよ」
明日に備える本日の宿は、芳佳の実家である『宮藤診療所』。ここまでの大人数を収容する能力は本来なかったが、皮肉なことに五人減ったことで
ぎりぎり入れる人数になってしまった。芳佳が世話になった皆に是非会いたいという清佳や芳子の思いもあり、受け入れることになったのがつい一週間
前の話である。
芳佳と美緒を残して、一行は先に宮藤診療所へと向かっていく。それを見送った芳佳と美緒は、明日に備えてとまた気合を入れて片付けに奔走するの
だった。
―――ネウロイの脅威が弱まりつつある世界。扶桑は今、平和である。
fin.
液体を目の前にどんと置かれることを言うのだ。美緒いわく、これも訓練。美緒とともにいる限り、芳佳は訓練から逃げられそうもなさそうである。
――現在、芳佳は夏休み中ということもあってしばしば横須賀海軍基地に訪れている。特にここ二週間ほどは土日を除くほぼ毎日を基地で過ごして
おり、そしてそれには大きな理由があった。この基地は昔からの恒例で、八月十八日前後の土日に基地を開放して夏祭りを開催するのだ。芳佳は
赤城でブリタニアに渡ったりガリア地方のネウロイ殲滅時に空母赤城に搭乗していたりと、横須賀基地、特に赤城に関わることが非常に多かった。故に
こうして基地にまで引っ張られ、夏祭りの準備をさせられているわけだ。本来の所属が横須賀基地-厳密には違うが-であったことを考えれば、妥当と
いえるだろう。とは言うものの芳佳も楽しんでやっている身、やりがいや満足感はあれど苦痛と思ったことは一度もない。そして今年は芳佳絡みで、
元五○一統合戦闘航空団の面々を招待することも決まっていたりする。そのため基地内は大忙しで、これまで例を見ないほどに活気付いていた。元から
基地全体を挙げての祭りというだけあって地域住民にも受けがよく、芳佳も幼い頃に何度か来たことがあるほどだ。だが画面や紙面の中で白黒でしか
見た事のなかったエース達を間近に見られるということで、もてなす側も気合十分である。
「……あの、坂本さん」
「うん? どうした?」
「……言ったほうがいいんですかね?」
「いや、言わないでおいてやろう。今言ったら全員萎えて、今年は大失敗になってしまうぞ、はっはっは!」
「うー……元気でいいなぁ……」
――実は客の中に紛れ込めるようにとわざわざ浴衣や簪まで送って、騒ぎにならないよう気を使っていたりする。横須賀基地の隊員達は五○一を
ゲストか何かとして招待するものと思っているようだが、実はただ単に『夏祭りやるから来ませんか』とただそれだけなのだ。もしも基地の人間が
耳に挟めば、落胆することこの上ないだろう。いずれにしろ見られることは見られるだろうが、しかし壇上で堂々と見ることができるわけではない。
芳佳は苦笑を浮かべながら仮設屋台のカウンターにぐでーと伸びる。対して美緒は、ちょうど今まさに新しく仮設屋台を建て終えたあたりだ。本日
芳佳が立てた屋台は三つ、それに比べて美緒は八である。明らかな体力差が目に見える瞬間だった。
「坂本さん、絶対軍人辞める必要ないですよね」
「必要ないというか、やめようとも思わんな。はっはっは!」
「うー……」
しばらく伸びていた芳佳だったものの、さすがにずっとじっとしているわけにはいかない。よろよろと立ち上がると持ってきていた袋から暖簾や
幟を取り付け、今入っていた屋台を完成させた。そのままふらふらと次の場所に移ると、運び込まれていた木の枠などを手際よく組み立てて新しい
屋台を建てあげる。そこに布を画鋲などで留めていき、暖簾を取り付けて幟を立てた。普通の人が四十分かかる作業を二十分で終わらせ、再び中に
入ってカウンターに伏す。面倒くさがって水分を持ってこなかったことが災いして、喉はもう限界に近づきつつあった。きっとゲルトルートがよく
言っていたカールスラント撤退戦はこんな感じだったんだろうと、どうでもいいところでその辛さを味わう羽目になる。
「まあ宮藤、今のお前は半ばボランティアだからな。ほれ」
「うえ?」
情けない声を上げて芳佳が顔をあげると、そこには丁寧に盛られたイチゴシロップのカキ氷とよく冷やされた水があった。カキ氷も元は水、
横須賀基地も経費削減で手一杯なのだろう。今年は盛大に盛り上げようと企画しているのだから、それも仕方ないことか。芳佳としては水分があれば
とにかく今は何でもほしい気分だったため、見た瞬間に目をキラキラと輝かせた。
「い、いいんですかッ!」
「ああ、もちろんだ。ご苦労だっ
「いただきますっ!」
美緒が言い終わるより早く芳佳はカキ氷を手に取り、スプーンですくって食べ始める。一口食べるたびに目をとろんとさせ、幸せを実感している
ようだった。少し融けるほどにゆっくりと食べ終えると、水をちびちびと飲んでいく。一気に飲むと一度になくなってしまうため、少しでも満足感を
味わうために少しずつ飲んでいるのだ。
「あ゙あっ、生き返るっ」
最後はまるで酒かのように勢いよく飲み干す芳佳だったが、おかげでいくらか元気もよみがえる。ぐっと両腕を天に伸ばしてから力を抜き、ふうと
息をひとつつく。
落ち着いてから周りを見渡すと、もうその通りは軍事基地の様相ではなかった。どこからどう見ても夏祭りに沸く住宅街の一角で、つい芳佳の頬も
ほころんでしまう。もうあと一週間に迫った夏祭り、その準備は着々と進みつつあった。特設ステージの建設も順調らしく、埠頭や船には打ち上げ
花火も準備されているらしい。天気はさすが真夏だけあって雨の降る心配は皆無、安心して迎えることができる。
芳佳は楽しいであろう夏の日の思い出に思いを馳せ、思わずつぶやく。
「みんな、楽しんでくれるでしょうか」
「っはっはっは、何を言っているんだ宮藤。私達もこれだけ準備したし、他の皆も頑張ってくれている。成功するに決まっているさ」
「……えへへ、そうですよね!」
久々に会う五○一の面々。どんな風になっただろうか、一年ではさほど変わらないだろうか。芳佳はいろいろと考えながら、腕まくりをして再び
会場設営にいそしむのだった。
そして日は、順調に進んでいく―――――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うわー、すっごいねぇー」
「また随分と派手な……しかしまあ、確かにこれはこれで……」
「へえ、基地でここまでやるのね」
「あれが和太鼓ってやつか?」
「すっごーい! 心にどすんどすん響いてくるー!」
「これが少佐の仰る風情、というものなのでしょうか」
「な、なんかあちこちいろいろなものがあって目が回りそう……」
――――十七時。開場と同時に大勢の客が雪崩れ込み、十九時を回ると空は真っ暗になって会場も人で溢れかえる。その中にあって、少々特異な
空気を放ちつつもしかし自然と周囲に溶け込んでいる団体客がいた。総勢十を超える集団は少しずつ中に入って行き、最初の広場で足を止めた。人が
行きかう『交差点』だが、広くスペースを取ってあるので休憩や待ち合わせに使われることも多い。横須賀基地の広大な面積をうまく振り分けた形と
なっているが、これだけ人が溢れてしまっては基地の面積の広さなんて微細もわからない。そうして一行が人の多さに目を回していると、彼女達の
目的の人物が――
「「わっ!」」
「「「ぬおあ!?」」」
「「うひぅ!?」」
「えっへへ、ごめんなさい、吃驚しました?」
「ぬーっ! 心臓に悪いぞミヤフジーっ!」
「ごめんなさーい」
「ちっとも反省していないではないかっ! まったく、寿命が縮まるかと思ったではないか」
「もう、トゥルーデってば大げさよ」
「芳佳ちゃん、久しぶりーっ!」
第五○一統合戦闘航空団、ストライクウィッチーズ――ここに再集結。再会の喜びを互いに共有しあって、ひとしきり言葉を交わした後は芳佳と
美緒が先導して敷地のうちほんの一部を案内することになった。
「あれが金魚すくいですね。私苦手です」
「はっはっは、何事も訓練だ宮藤!」
「……やりませんよ?」
「見たところ簡単そうに見えるが……難しいのか?」
「紙が薄いんでな。普通にとろうとするとすぐ破れるのさ」
「へえー、私ちょっとやってみたいなー」
芳佳や美緒の説明で興味を持ったらしいエーリカは小銭を取り出すと駆けていって、まったくしょうがない奴だとゲルトルートもついて行く。それに
つられて一行も近寄って、エイラやサーニャ、ペリーヌと次々と参加者は増えていった。無論、芳佳は観戦者である。気がつけば誰が一番多く取れるかを
競うことになっていて、もし勝ったら他の参加者から三回までおごってもらえるというルールになっていた。一人当たり一回まで、つまり三人まで
指名してオーケーという美味しいルール、誰もが気合を入れる。ちなみに参加者はエーリカとゲルトルートを筆頭にエイラとサーニャ、ペリーヌに
ルッキーニ、リネットの七名である。美緒も参加したがったが、熟練者のため却下された。
「それではよーい―――」
ゴクリ。誰かがつばを飲み込む音がして――
「スタートっ!」
芳佳の号令とともに、七人がいっせいに水槽に手を伸ばす!
最初に勢い良く突っ込んだのはルッキーニだったが、そのまっすぐさ故金魚を取るとか取らないとか以前の問題にポイの紙が一瞬で破れてしまった。
しかしひたむきな性格、それであきらめる彼女ではない……枠からうまく弾いて金魚を宙に上げると、その落下軌道上に椀をうまく動かしてキャッチ!
「へっへーん!」
得意げに声を上げるルッキーニだが、横ではまるで訓練してきたかのようにエーリカとゲルトルートが競って金魚をすくっていた。穴は開きつつある
もののまだまだ使える面積は多く、その勢いは美緒さえ足元にすら及ばないほどである。この開始数秒ですでに十匹以上を掬っており、店の金魚を全て
とり尽くしてしまうのではないかという勢いだ。あまりに激しすぎるため、美緒が冷や汗気味に店主に尋ねる。
「……土方、大丈夫か?」
「さすがに、この数を持ち帰ったりはしませんでしょう……」
偶然にも居合わせたのは土方だったが、引きつった顔が印象的だった。
一方でエイラとサーニャは仲良くこまごまと掬っていて、椀の中には三匹ずつの金魚が悠々と泳いでいる。対岸のカールスラント二人に対して、
こちらは本来あるべき姿といったところだ。エイラが地味に未来予測を使って破れそうなときは止めたりと、実際のところはあまり本来の姿とは言い
きれない面もあるのだが……まあ仲睦まじくやっているという意味ではいいのだろう。その隣でペリーヌはあまりの難易度の高さにイライラを募らせて
おり、リネットは鎮めるのに必死だ。
「サーニャ、そっちに一匹、捕まえやすいのが」
「ほんと……えいっ、やったっ!」
「あああああもうっ! びりびりになってしまいましたわっ!!」
「そ、そりゃそんなに激しく扱ったらなっちゃいますよーっ! こう、やさしく、すっと……あ、あれ?」
手間取る二人、戦う二人、仲良し二人、地味なハンター一人。かくして、事前に決めていた制限時間の一分を終えると、互いの椀を見せ合った。
……のだが。
「あ、こら! 三匹お椀に入りきらなくて逃げちゃった」
「こっちは五匹逃げた……今いる分でも数えよう」
「いやバルクホルンさんとハルトマンさん、それ絶対に確実に何かを間違えてますから……」
「米無し金魚丼とは新しい……!」
「私四匹ー。サーニャは?」
「五匹……エイラに勝った」
「それでもペリーヌさん、二匹は捕まえたじゃないですか」
「は、初挑戦でご、ご、五匹も捕まえたあなたにそんなこと言われても惨めですわっ!」
「あー、そのなんだ、ペリーヌ。あっちにはもっとおかしいのがいるんだ、気にするな」
「わーい、あたし十匹ー!」
ちなみに逃げた分も含めてエーリカが三十八匹、ゲルトルートが三十七匹。僅差でエーリカの勝利であった。
ひとまず参加者全員が二匹の金魚を貰って、しかし持ち歩くのも危ないので土方に預かってもらって他をまわることにした。他の屋台では定番の
わた飴やボール掬い、たこ焼きや射的などから、特異なものでは『カレーサンドウィッチ』なるものも売られている。パンとカレーの組み合わせは
ごく普通だろうと誰かが突っ込んだのに対して全員が賛同したのは、五○一の一致を見せ付ける一こまとなったに違いない。
一通り代表的なものを紹介したところで、ひとまずばらばらに解散して自由に見て回ることにした。一応最初に集まった中央広場を拠点とし、
何かの都合で集合することがあったら中央広場に集合するよう確認。それぞれ組に分かれるなり自由に行動するなり分かれる。
「トゥルーデ、あれあれ! なんか楽しそう!」
「ごむ、まり? ふむ、どんなものなんだ?」
「シャーリーシャーリー、あたしあのぬいぐるみほしい!」
「どれどれ? って射的じゃん、あたしら参加したら反則じゃないか……?」
「サーニャ、どこがいい?」
「どこでもいいわ、とりあえず回りましょう」
「ペリーヌさん、あれなんでしょう?」
「うーんと……よ、読めませんわ」
「カステラですよ」
「ああ、なるほど……って宮藤さんには聞いてませんわっ!」
各々が各々なりに。それぞれは中央広場からあちこちへ散っていき、広い広い祭り会場へ、人の海の中へと消えていった。
- - - - -
「お? カタブツはっけーん」
「……エイラ?」
「ひひっ、いたずらしたろーっと」
「だめよエイラ、そんなことしちゃ」
「でもさ、せっかくの機会だし。こういうのは楽しまないと」
「だーめ……って聞いてない!」
普段ならサーニャの忠告は絶対に聞くエイラだが、今日はなにか外れてしまっているらしい。ゲルトルートの悶絶する姿を見てやろうと、手を
わきわきさせながら走り去っていくエイラにため息をつく。まあ、たまにはこんなのもいいか。後を追いかけて肩をたたくと、エイラに耳打ちする。
「分かったわ。それじゃあ、これから先は別々に行動しましょう」
一瞬エイラもたじろいだものの、別にサーニャに他意はない。行動方針が違うから別行動しよう、単にそれだけのことだ。それを汲み取ったエイラも、
たまには違う人と交流したほうがいいかもしれないと承諾した。特に他に付き合いのないサーニャにとっては、必要なことだろう。サーニャはくるりと
踵を返して再び人の群れの中へ繰り出すと、周りが知らない人だらけで頼れる人が誰もいないことに気づく。
(うーん……ちょっと失敗だったかな……)
しかし目を引くものもあるのもまた事実。どうしようか迷ってきょろきょろと辺りを見渡して、そして思い切って屋台のほうへと歩いていった。
……射的の先にあるのは、扶桑のぬいぐるみ。ネコペンギンとはまた違って、どこか愛嬌があって可愛らしい。ネコとスズメを合わせたらしい……と
聞いてちょっと引いたが、見た目が可愛いのは事実だ。幸いサーニャは重火器しか使ったことがなく射的系はあまり得意としないはずなので、楽しんで
遊ぶことができるはずだ。
サーニャは小銭を出して、銃を構える。ネコスズメ、とってやる。
(――――えいっ)
ぱん。軽い音が響いて玉が発射され……、いともたやすくネコスズメの札を射止めた。そう、ネコスズメはぬいぐるみで形が大きいために射的の
的としては面白みにかけるため、ほんの小さな札が代わりに立てられていたのだ。一撃で撃ちぬいたため店主にすごいといわれ、サービスでもう一回
オーケーを貰ってしまう。他にほしいものは特になかったが、ペアになっている簪を見つけてそれを狙い―――またいとも簡単に射抜いてしまう。
店主は加えて拍手を贈ってくれ、二つの品を受け取ることになった。とは言ってもネコスズメは大きいので、このまま持ち歩くには少々不便だ。芳佳
いわく入り口に大型のロッカーがあるらしいので、取られる前に早いところ確保してしまったほうがいいだろうと判断。人ごみをよけながら入り口へ
向かい、道中でなぜあんなに一発で当ててしまったのかを考える。リネットやルッキーニのような狙撃手、エーリカやゲルトルートのようなエースなら
ともかく、重火器でフリーガーハマーしか使ったことのないサーニャだ。それがなぜ一発で―――
(あ。)
……逆だ。サーニャは気づいた。そう、重火器で弾丸よりはるかに遅いロケット弾を放つフリーガーハマーを自由自在に扱うのだ。ロケット弾より
はるかに扱いやすい銃弾ならば、たとえ射的用の安全な玉といえど確実に命中させられるだろう。しかも仮にもここは横須賀海軍基地、射的といえど
銃器の整備に抜かりはないはず。精度の出た銃を使うならば、当然の結果だろう。サーニャはため息をつくが、まあしかし褒めてもらった上に拍手も
貰って、おまけに二つも商品を貰ってしまった。申し訳ないといえば申し訳ないが、相手も好意でやってくれたのだからありがたく受け取ろう。
折角なんだから楽しまなければ損。サーニャは前向きに考え、そして見えてきたロッカーのうち鍵がついているものを遠くから探した。すると二つ
ほど見つけ、安堵の息を漏らしながら近づき―――伸ばした手が、誰かと触れる。
「あっ……す、すみませ――
「あら? サーニャさん」
偶然にも、居合わせたのはペリーヌだった。その脇に抱えるのは花をあしらった洒落た髪飾りだ。ただ数が多く、確かに持ってる歩くには嵩張る
量だった。しかしそんなにたくさん買ってどうするのかとサーニャは疑問に思うが、あいにくペリーヌとはあまり付き合いがないので言い出せない。
そのためちらちらと盗み見るような形になってしまって、ペリーヌに感づかれてしまう。
「先ほどからチラチラと、どうなさいまして?」
「あ……いえ、その……」
サーニャが言いよどんでいると、珍しく棘のないペリーヌが首をかしげてサーニャに続きを促した。どうしたらいいか分からなかったが、言わずに
済むような空気でもない。サーニャは手を膝の辺りできゅっと結んで、俯き気味に言う。
「そ、そんなに買って、どうするんですか……?」
恐る恐るサーニャが見上げると、ペリーヌは顔をほんのり紅くしてぷいとそっぽを向いてしまう。ああ、機嫌を損ねてしまっただろうか。あまりに
コミュニケーション能力がない自分に少し嫌気が差す。……が。
「別になんでもいいでしょう」
そういってつんとしている――つもりのペリーヌの目が、わずかな間開く。その瞳にはどこか暖かさがあって、遠くを見ているようだった。それで
なんとなく理由を推し量ったサーニャは、もしかしてとペリーヌにたずねた。―――ガリアの人に? ペリーヌの頬がさらに赤くなって、そんなんじゃ
ないと説得力のない反論をしてくる。……なるほど、少しこの人の人となりが判った気がする。良かれと思ってしたことに、あまりそういう色を
つけないようにしているのだろう。マリーゴールドのハーブティのときも、後で聞いた話だが自分でこっそり育てていたものを淹れ方も分からないのに
夜間哨戒のためにと用意したらしい。結果は散々だったが、あの時も良かれと思ってやったのに、とは一言も言わなかった。自分なりに努力して、
喜んでもらおうと必死なのだろう。自然とサーニャの頬もほころんで、それを見たペリーヌが抗議してくる。
「な、なんなんですのっ!? あなたとはそんなに親しくありませんのにっ!」
「あ……その……優しいんだなと思って」
「だからっ! そんなんじゃないと言っているでしょうっ! 別に、あの子が笑ってたってどうも……」
ぼそりと呟いて、そしてはっとする。あの子って誰だろうと思いつつ、やっぱりペリーヌは優しいんだとサーニャは笑みを浮かべた。自分も含めて
不器用な人はたくさんいるが、こういう不器用な人は慣れっこだ。なにせ普段一緒にいる人も、自分の思ってることを隠そうとして必死なんだから。
先ほどペリーヌは、『そんなに親しくない』と言った。だが、サーニャは仲良くしたいと思った。――なら、するべきことはそう多くない。
「ペリーヌさんは、誰かと回る予定はありますか?」
「へ、へっ? い、いえ、特にありませんけれど……」
――しめた。ならば。
「それじゃ、一緒に回りましょう」
「ど、どうして貴女とっ!?」
「親しくないから、親しくしたいんです」
一度話の調子さえ掴んでしまえば、会話はそう難しくない。困るのは話の調子を掴むのが苦手でそれに時間がかかってしまうことなのだが、やっぱり
ペリーヌはエイラとどこか似てる。ただエイラほど流されやすい人ではないようなので、少し強気にならないといけない。だから、エイラに時々
自分の意見を通そうとするときみたいに、少しだけ自分を強気にしてみせる。――そうすれば、
「……別に、貴女のためじゃありませんでしてよ。私も、他に回る人がいませんから」
ほら。
「ありがとうございます、ペリーヌさん」
「ほ、ほら、早く行きますわよ!」
ペリーヌなら、美緒の関係で扶桑の知識が多少はありそうだ。サーニャは笑みを浮かべながら、ペリーヌの後についていった。
- - - - -
「あれってなんでしょう……?」
「え、ええと……えび、みりんやき……?」
「なんだか美味しそうです」
サーニャはとてとてと走っていくと、二人分注文する。元気のいい掛け声が返ってきて、しかしどこか聞きなれたような声に首をかしげていると、
やがて目の前に一人三枚ずつで計六枚のみりん焼きが出された。
「はい、サーニャちゃん」
「――――芳佳ちゃんっ!?」
そこにはつい先ほどまで手際よくみりん焼きを焼いていた、芳佳の姿があった。確かに招待状の主催者の中には芳佳の名前もあったが、こんな形で
出くわすとは思いもしなかった。追いかけてきたペリーヌも驚いているようで、先ほど会ったばかりだというのになんだか偶然の再会のような気分で
ある。……いや、あながち間違いではないのだが。
「えへへ、扶桑の料理は任せてください!」
「いただきます」
「い、いただきますわ……」
興味津々で頬張るサーニャに対して、納豆やら無数のおにぎりやら何やらで少々扶桑の料理に抵抗のあるペリーヌは恐る恐るといった様子。だが
サーニャが美味しいと一言呟いて、ペリーヌも目を丸くしてサーニャと同じ感想を述べた。芳佳も満足のようで、さらに下の棚からマヨネーズを
取り出してキャップをあける。
「かけるともっと美味しいんです」
「あ……お願い」
サーニャが遠慮がちに差し出すと、笑顔で少しかける芳佳。最初から全体にばっとかけたりしない辺り、相手の好みを配慮して気を使ってくれて
いる様子が伺える。ペリーヌにも同様にして少量だけかけて、そしてまた一口。――なるほど、確かにこれは美味しい。というか一度これを味わって
しまうと、最早マヨネーズ無しには食べられないような気もする。
「……奇跡のコラボですわ!」
「えへへ、なんか考えたの私じゃないけど照れちゃうな」
かくして全体に満遍なくかけてもらって、礼を言って立ち去る。ふと後ろを振り返ると数人待っていたので、少々邪魔になってしまったかと反省。
ペリーヌと食べ歩きしながらいくつかの露店を見て周り、そしてちらりとペリーヌのほうを見て気がつく。
「あ……」
「? どうかなさいまして?」
「いえ、なんでもないです」
―――ペリーヌは食べ歩きなんて、する人じゃないのに。ちょっとおかしくて笑いそうになってしまうけれど、失礼になりそうだからやめておく。
今まで怖い人だと思い込んでいたが、こうして実際に話したり一緒に行動してみたりすると楽しい人だ。最初リネットとペリーヌが二人で一緒に
ガリア復興支援と聞いたときはありえない組み合わせだとも思ったが、こうしていると理由も分かる気がする。優しいのだ、基本的に。まあ、芳佳に
対しては勝手な敵意で少々暴走気味ではあるが。先ほどから、人ごみが多い場所ではさりげなく一歩前に出て進路を確保してくれるし、ぶつかりそうに
なったときは咄嗟に手を引いてくれる。ガリア貴族の令嬢と言うだけあって、細かいところにまで気がつくらしい。おかげでサーニャは歩きやすくて、
見て回るのを心底楽しむことができる。
「ペリーヌさん、疲れてませんか?」
「唐突に何を……変な方ですこと。楽しませてもらっていますわ」
もしかしたら強がりなのかな、なんて思ったり。真意を汲み取ることはできなかったが、それでも楽しんでいるという言葉でサーニャの心配事が
減ったのは事実だ。変な人と言われたけれど、それは『気を使ってるんだ』というのを隠すための細工なのだろう。まあ、本人は意識していないの
だろうが。そうした前面に出ようとしない謙虚さが、一緒にいると伝わってくる。
――と考え事をしていると、ふとある露店の商品に目が留まって歩を止める。いきなり止まったのに、ペリーヌも首をかしげながら同時に止まって
くれた。
「……どうかしまして?」
「……ちょっと、気になったので」
サーニャが手に取ったのは、ほんの小さなキーホルダー。横須賀基地のエンブレムと扶桑の国旗に使われている円のデザイン、そして――――
オラーシャの国旗。
「……父様、母様……」
きゅっと握り締めて、そしてそれを三つ握って店主に渡す。財布を取り出そうとして、しかし店主から一声かかってそれを中断した。店主は何事も
無かったかのようにこの祭りでしか手に入らない封筒にそれを丁寧に入れて、サーニャに手渡す。
「訳有りなんだろう? 貰っていきな」
にこりと笑う店主。気持ちはありがたくて、目頭が熱くなるのを感じる。見ず知らずの誰かが家族の心配をしてくれて、それがこんなに嬉しい
ことだなんて。涙がこぼれそうになるのを必死で堪えて、それゆえに搾り出すようになってしまった声でなんとか店主に言った。
「―――訳有りだから、自分で買いたいです」
面食らったような顔をする店主だったが、それならとすぐに表情を変える。サーニャが差し出した金を確認して、少し多いので返そうとして――だが
サーニャの手が、それを許そうとしなかった。
「お礼です」
そう一言言って、サーニャは踵を返す。その実は恥ずかしくて顔が真っ赤でとてもここに居られなかったからなのだが、結果的に無理に返却される
ことも無かったのでよかったのだろう。後からあわてたようにペリーヌがついてきて、どうしたのかとしきりにたずねてきた。真っ赤な顔を見られたく
なかったため終始俯いたままなんでもないといい続けたが、その胸にぎゅっと抱いた封筒はきっといつか祖国の父母に渡すもの。あの店主がくれた
優しさも、父母に届くといい。そんなことを思いながら、ぼうっと空を見上げた。
「父様、母様。サーニャはいつか、帰ります」
――――今年の土曜日は、八月十八日だった。そして今日は、祭りの第一日目。
「……きっと届いていますわよ」
ペリーヌがぼそりと呟いたのが聞こえた。――やめてくれ、そんなことを言われたら先ほど引っ込めたはずの涙が出てきてしまうかもしれないから。
だからそうならないように、満面の笑みでサーニャも答える。
「きっとガリアの人たちも、ペリーヌさんが帰ったら喜ぶと思います」
手土産をたくさん持って、復興途中の街に戻ったら。本来なら手土産なんて買っている余裕は無いはずなのに、祖国の同胞達のために自腹を切って
洒落たアクセサリなんか買ってきてくれたら。きっとサーニャなら、何度でも礼を言うだろう。泥にまみれて建物から何から全部立て直して、とても
綺麗になんてなれない場所で。そんな自分を綺麗に飾ってくれるものを、わざわざ買ってきてくれたとしたら。頭も上がらないだろう。
――でも、それでペリーヌが楽しめないのでは本末転倒だ。今日は祭りの日、涙や感傷はまた後だ。今は、楽しまなくては!
「さ、ペリーヌさん、行きましょう」
「え、ちょ、ちょっとお待ちなさいっ!」
「ほら輪投げです!」
「お待ちなさいってばっ! ……ああもう、貴女はリーネさんですかっ!」
―――後日ペリーヌから聞いた話によると、あの店主は困ったように笑いながらいい子だと呟いていたそうな。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今日の祭りには、五○一以外からも数人が同伴してついてきている。ブリタニアからはリネットの姉のウィルマが来ていたり、スオムスからは
エイラにくっついてニッカもやってきていたり。そして彼女たちもまた、憧れの大先輩に誘われてやってきた面子である。ただし憧れの大先輩は
かつての仲間との交流を楽しんでいるようで、少々浮き気味なのがネックだが……。
「えと……バルクホルン大尉……? とは、その……、どのような方なんですか……?」
「ええとですね、一言で表すなら『完璧』であります」
カールスラントからはゲルトルートに誘われてやってきたヘルマ、ガリアからはペリーヌから話を聞いてやってきたアメリー。はじめはそれぞれ
誘い主について回っていたのだが、少しすると五○一が懐かしいのかゲルトルートもペリーヌもそれぞれ別々に動き始めてしまう。おかげでまだ
エースと呼ぶには程遠い二人は置いてけぼりを食らう羽目になり、似たもの同士が一緒に行動するのは必然だった。そして祭りについての知識もない
二人には、どう回ればいいのかもわからない。かくして二人は、しゃべりながら延々と敷地内を回っていた。それでも、退屈はしていないようだ。
「世界でもハルトマン中尉と競うほどの撃墜記録の保持者で、普段の生活も規律に溢れた正しい日々……たった一つの欠点も許さない、完全な
お方なのです」
「そ、それはなんだか……息が詰まりそうな……」
「そんなことないのです! まるでお母様のような優しい笑顔で撫でて下さることもありまして……はわわ、思い出すだけで幸せでありますー」
……半ば、脳内お花畑。だがそんな話も、人付き合いの少ないアメリーにとっては新鮮で面白いものだった。ゲルトルートを雨あられのように褒め
称える言葉の数々、しかしそれはアメリーがかつてペリーヌについて尋ねられた際にも同じようなことをしていたこと。それ故今のヘルマの気持ちも
十分に理解できるもので、なかなかに楽しいものだった。
「では、クロステルマン中尉の方は……」
「ペリーヌさんは、その……厳しい方ですけれど、とっても優しくて、格好よくて、美しい方です」
今度はアメリーの先輩自慢。とはいってもアメリーは話すのが苦手なので、基本的にヘルマの質問に対して答える形で話を進めることになる。
どんなところが良いかと聞かれて、いつでも部下や仲間のことを大事に思っていることと答える。列機として飛んでどうだったかと聞かれれば、
この上なく頼りがいがあってほかの人の二番機なんて考えられないほどだったと回答。そうしてヘルマと情報を少しずつ共有していくことで、アメリーが
壁としてきた人付き合いが少しずつ進行していった。壁が壊れていくのを、果たして本人は感じ取っただろうか。二人は特にそんなところを気に
するでもなく、ただ二人で楽しい話を進めていた。
そんなとき。
「あ……」
「? あ」
「「金魚すくい……」」
ちらりと目に入ったのは、先ほどとは別の場所の金魚すくい。ペリーヌもゲルトルートもやっていたので、ヘルマもアメリーも気になるのは必然と
いえるだろう。何度かちらちらと目を合わせてから、懐から財布を取り出して小銭を出せるように手に握った。実のところ二人で露店に顔を出すのは
これが初めてなので緊張していたが、おずおずと歩み寄ってからヘルマが一回分の料金を渡す。すると店主も快く道具を渡してくれて、ヘルマも笑みを
浮かべる。アメリーもそれに倣って同じようにして、かくして二人は先輩がやっていたことと同じ内容を実践できるに至った。
「ど、どうやればいいんでしょうか……」
「えっと……」
……見ていた限りでは、とりあえずポイを水に突っ込む⇒金魚を掬い上げる⇒椀にぶち込む、の繰り返しであった。ただ膜が異常なほどに破れやすい
ようだったので、普通に入れてもすぐ破れてしまうのはわかりきっていること。ではどうすればいいかと、二人で知恵を絞る。
「水の通しが良いようであります、掬い上げるときに水を切れば破れにくいのではないでしょうか」
「水を切るように横に動かしていけば、紙が波を受ける面積と力も減る……」
なかなか滑り出しは好調で、この調子であれば結論も近そうである。
……が。
「ならばこれで……えいっ」
ヘルマが一発目をぶち込む。
――見事きれいにど真ん中に穴を開け、轟沈。がっくりとうなだれるヘルマ。いくら角度が水の抵抗を受けにくい角度になっていても、移動方向が
角度と大きくずれていれば破れるのは必然だ。極端な話、水と平行に構えていたとしても、それをまっすぐ垂直に水に叩き込めば紙にほとんどの力が
かかるのは道理である。かくして奇跡的に正五角形の穴を開けたヘルマは意気消沈しつつ、縁のほうで投げるように椀に入れて数を稼いでいた。
隣ではアメリーが、同じ失敗を繰り返さないようにと気をつけつつ、丁寧にゆっくりと入水。とても金魚すくいとは思えぬゆっくりとした動きだったが、
当然そんなもので紙が破れるわけが無く、形を保ったまま水の中に入る。やがてしばらく待っていると金魚が紙の上にやってきて、今が好機とばかりに
金魚をすくい上げ―――。
「あううぅぅ……」
ものの見事に破れた。素人がそう簡単に出来れば、玄人がもてはやされることは無いのである。
しかし破れてしまったものは仕方が無いので、二人はもうどうでもいいやとすくうより投げる方向性に変更。縁で金魚を捉え、椀に向かってシュート。
さすが軍人だけあって『狙い撃つ』のは得意らしく、こうすると少しずつ取れるようになる。結局最終的には五匹ずつ捕まえて、二匹だけ貰って帰る
ことになった。
「なんだか集中してしまいました」
「大尉が楽しそうにしていたのもわかったであります」
二人は満面の笑みを浮かべつつ、次に面白そうな露店はないかと捜し歩く。背の低い者同士気が合うようで、少し気の弱いアメリーが気持ちは強い
ヘルマの後ろについていく形で均衡が取れているようだ。お土産屋にも顔を出し、それぞれ原隊の仲間たちにといくつか買っていく。もちろん、尊敬する
先輩たちにはほかの人とは違うものも含めて。
そしていろいろと見て回って時間もそれなりに経ったところで、唐突にヘルマが切り出した。
「アメリーさんは優しいであります」
「は……ほえ?」
突然そんなことを言われても、反応に困ってしまう。アメリーは首を傾げながらヘルマのほうを向いたが、ヘルマは気にするでもなく続けた。
実はこれまでのところ、ヘルマが何か失敗しても大丈夫だとフォローを入れていた。ペリーヌが五○一に出向する前まではありえない話であったが、
ペリーヌが居なくなったことでアメリーの中でも何か変わったのだろう。或いは、五○一でのペリーヌの活躍を見て何か思うことがあったのかも
しれない。ともあれその頃から徐々に変わろうとしていたアメリーは、今でもまだまだ人に頼ってばかりの面は多いものの、せめてほかの人の補助は
したいと思っていた。それはペリーヌの僚機を務めていた頃からそうだったが、最近はさらにその想いが強くなっている。ただそれが表に出せなくて
踏みとどまりがちなのが欠点だったが、今日はヘルマという年下の子と行動を共にすることで多少は勇気が出たようだ。ペリーヌが見たらなんと言うか、
楽しみなところではある。かくしてヘルマの一つ一つの行動に対してのフォローを何とか入れられるようにと考えて、そのためヘルマが何かアクションを
とったときはずっと考え込んでしまって一歩遅れてしまう形となっていた。それが逆に、ヘルマを助けることになっていたことは、ヘルマしか知らない。
「私達、意外と相性がいいのかもしれませんね」
「いつか、同じ部隊で戦えたらいいであります」
互いが互いに助け合う、いわば理想形。二人はくすりと笑って、それからヘルマが手を差し出す。アメリーは一瞬驚いて、しかしすぐに表情を崩して
その手をとった。
――夜は、まだまだ長そうである。
- - - - -
「あら」
「あ……」
「「あっ」」
それは奇遇というべきか。ある二人ずつのペアが偶然、ばったりと顔をあわせた。わき道から出てきたペリーヌとサーニャの二人、そして大通りを
ずっと歩いていたヘルマとアメリー。四人はひとまず合流して互いの状況を確認しあって、それからペリーヌが少々よそよそしくしながら先導する
形になっていく。
「アメリーさん、貴女ヘルマさんに余計なことしてませんでしょうね?」
「よ、余計なことなんてしてませんーっ!」
「貴女はいつも足を引っ張ってばかりですから……ま、努力は認めて差し上げてもよろしいですけれど」
傍目には、ペリーヌがアメリーを突付いている……見方によっては、先輩が後輩をいじめているようにも見えるかもしれない。だがヘルマはともかく
サーニャは見ていてすぐに気づいた。ペリーヌの頬が若干紅潮していて、素直に喋っているわけではないこと。きっと本人にとってはアメリーは大事な
人で、それを本人に悟られたくない一心でそんな口ばかり利いているのだろう。不器用だなと思う反面、そこまで人を大事に思えることや人を守ろうと
する心には敬服さえしてしまう。サーニャには後輩なんてものはいないし、だからこそ大事に守っていかなきゃと思う人もいない。身近なところの年下と
いえばルッキーニがそうだが、ルッキーニはストライクウィッチーズの一員として立派に戦果を挙げている半ばエースウィッチだ。加えて普段から
シャーロットに懐いているため、サーニャが首を突っ込む隙などない。それにサーニャが守ってあげるような雰囲気でも、あまりない。そんなサーニャ
からみれば、ペリーヌが輝いて見えるのも、アメリー共々羨ましく見えるのも、ある意味仕方のない面であった。
「どれぐらい回りましたの?」
「まだそんなには……さっきヘルマさんと金魚すくいをして、たこ焼きっていうのを食べて、輪投げをやって、お土産屋さんで……それぐらいです」
「なら、美味しいお店を知ってますわよ。ご案内いたしますわ」
ペリーヌはそう言うと踵を返し、来た道を帰っていく。しばらくサーニャは首をかしげていたものの、ようやく『えびみりん焼きのお店』を目指して
いることに気がついてにんまりと笑みを浮かべる。ちらりとペリーヌのほうを見やると、ペリーヌもそれに気づいたのか普段は芳佳ぐらいにしか見せない
少々意地の悪い笑みを浮かべて見せた。二人でくすりと笑うと、後ろでアメリーとヘルマが疑問の声を上げる。だがそれも適当にあしらって、そう遠く
ないお得意先へと向かっていく。
「えと、どういう食べ物なんですか?」
「扶桑の『せんべい』とかいうものの一種らしいですわ。こちらですと、そうですわね……味を除けば薄ーく焼いたラスクが近い感じしょうか」
アメリーにもわかるようにと説明を試みるペリーヌだったが、やはりあの味は説明のしようがない。そもそも食感や歯ごたえにしてもラスクとは
根本的に違う気がするのだが、まああながち外れでもない。サーニャもうまい例えが見つからず苦笑するしかないが、そうこうしている内に目の前に
目的の暖簾を見つける。ペリーヌはその店主を改めて確認したうえで、行列ができていないことにほっとしながら声をかけた。
「四人分、お願いできるかしら?」
「はい了解ー……ってペリーヌさんにサーニャちゃん、またですか?」
「うん。ちょっと……」
サーニャが小さくそう言って後ろを振り返ると、そこに小さな二人組み。芳佳はなるほどと頷くと、気合を入れて四枚焼き上げる。そしてその
店主の姿を見た後ろの二人は、ペリーヌやサーニャと同じく驚愕の声を上げるのだった。
「わっ、み、宮藤さんではありませんかっ」
「えへへ、そうだよー」
「ペリーヌさんはそれを知って……?」
「当たり前でしてよ。宮藤さんの焼くコレはとっても美味しいんですの。ま、扶桑料理しか取り柄がなければしょうがありませんわね」
「あー! ひっどーい! ほかにも取り柄ぐらいありますよぉーっ」
器用にも、芳佳はちゃんと向かい合って喋りながら手だけ動かして丁寧に焼き上げていく。鉄板の上で音を立てながら焼きあがる海老色の煎餅は
香ばしい香りを周囲に撒き散らす。それだけで人がわらわらと寄ってきて、瞬く間に大盛況になっていく。しかし相変わらずの手つきの芳佳は、
先ほどより少々時間をかけて何かを完成させた。そこにあったのは、煎餅の上に目玉焼きがトッピングされたもの。
「これを半分に割って、目玉焼きをはさむようにして食べるんです」
「さっきとは違うね……」
堅いが脆いという相反する性質を持つ煎餅を二つに割るのは慣れていないと難しいということで、芳佳が半分に割って見せた。卵が半熟で黄身が
たれ易いという注意を促しつつ、一人一人に手渡していく。周りに集まった客たちも、四人の反応をうかがっているようだ。自信満々の笑みを浮かべる
芳佳、四人は――
「……さっきのも美味しかったけど……」
「比べ物になりませんわ……」
「これ、すっごくおいしいです!」
「はわわ、こんなものが世の中にあったとは……世界は広いであります……」
勝ち誇った笑みを浮かべる芳佳。芳佳自身も大好物だが、黄身と煎餅との絶妙な味わい、それを濃すぎないよう程よく中和する白身。サクサクの
煎餅の中にふわふわが、口の中で見事に調和する。芳佳が自信を持ってお勧めする、夏祭りで一番とさえ豪語する至高の一品だ。
かくしてそれに魅せられた四人は、行列から外れてそれを頬張る。無論その反応を見て黙っている客は一人もおらず、次から次へと注文が殺到。
芳佳は笑顔を崩さず、無数の鉄板を行き来しながら驚異的なスピードで一枚一枚完成させていく。目玉焼きとえびみりん焼きを同時に数枚生産して
いく様は圧巻で、工場顔負けの能力であった。
「す、すごいであります……」
「さながら、この道のエースですわね」
「さすが芳佳ちゃんですね」
「わわ……私にはあんなのできません……」
「貴女はできなくてもよろしくってよ」
ペリーヌがそう言って、アメリーの頭を軽く撫でる。アメリーは驚いて振り向こうとしたものの、気恥ずかしさがこみ上げて動けず、代わりに頬を
染めてうつむく。普段はペリーヌも厳しいことを口にしているが、たまにこうやって撫でてくれたり笑ってみせる。そんなときアメリーは決まって
うつむいて、でもそれがこの上ない嬉しさの表現であることをペリーヌは知っていた。元々は、基地で一人浮いていたアメリーのことがもどかしくて
手を伸べたのがきっかけだったが、ペリーヌとしては今でも数少ない背中を任せられるウィッチの一人である。ペリーヌが背中を任せるのなんて、
五○一の面子で言えばエーリカやゲルトルート、美緒といったエース陣と、あとはリネットぐらいのものだ。そこに名を連ねるというのは、絶大な
信頼の現れである。それほどにペリーヌはアメリーのことを信頼していて、だからこうして気を許すことも度々ある。
普段見慣れないペリーヌの姿に少々驚きの表情を浮かべるサーニャだったが、まあこういうのもありかもしれない。微笑しながらそれを眺めて、
やがてペリーヌが手を離して次を促す。食べ物はもうこの上なく美味しいものを食べたので、しばらくは食べ物はいらない。
「アメリーさんはどこか回りたいところはありまして?」
「い、いえ、なにがあるかもわかりませんから……」
「ではまあ、のんびりと歩きながらいろいろ見て回ることにしましょう」
先ほどと同じく、ペリーヌが先頭に立って二人を先導する。それを一人分にも満たない空間を空けて後ろから眺めるサーニャ、その瞳にペリーヌは
どう映っただろうか。
(――やっぱり同郷同士、ペリーヌさんとアメリーちゃんはお似合いだなぁ)
二つの金髪が、少々足並みも高さも違うけれど左右に揺れて進んでいく。それはさながら姉妹のようで、遠く離れれば離れるほど自然に見えた。
それは逆に言えば、近くに他所を寄せ付けない二人だけの空間があるとも言えるのかもしれない。サーニャはくすりと笑って、振り向いたヘルマを
手招きしてやるのだった。
「……ね?」
「なるほど……確かにお似合いであります」
いつの間にか、サーニャ自身も見知らぬ人との会話が自然とできるようになっているのにも気づかず。それは紛れもなくペリーヌのおかげで、しかし
当のペリーヌは自分の影響力など気にも留めず、可愛い妹分の世話をするのだった。
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「ふぃー、つっかれたぁ……」
「あら、芳佳ちゃん?」
「あ、リーネちゃん」
ようやく材料切れで完売し店番を終えた芳佳は、くたくたになりながら道を歩いていた。本当はスタッフ専用道を通ってもよかったのだが、誰かと
会えることを期待して表通りを通っていた。目論見どおりというか、リネットと遭遇。芳佳はリネットに疲れたと自分の置かれていた状況をまるで
愚痴るかのように言いながら、リネットの腕に抱きついて杖代わりにしていた。リネットもそれで満足しているようなので、それでいいらしい。
「ほらトゥルーデ、あれあれ」
「ん? ……綿菓子?」
「あれ美味しいんだよねー。特に扶桑のは一級品だよ」
「ほう、どれどれ?」
そのすぐ脇を、二人のカールスラント人が通っていく。どうやら互いに気づいていないようだった。エーリカがゲルトルートの手を引っ張り、
ゲルトルートがそれにおとなしく追従していく形。今もエーリカは大好物の綿菓子の屋台を見つけ、はやくはやくとゲルトルートを促しながら
駆けていった。引っ張られるゲルトルートも慣れたようで、わかったわかったと苦笑気味に同じペースで走っていく。浴衣姿の二人が手を取って
走っていく姿は、さながら遊びに来た近所の女子学生である。
「ふう……火照った体にはちょうどいいわね」
「だろう? 準備の時には宮藤によくやったものだ」
「宮藤さんも働き者だからねえ……今日もずっと屋台に入りっぱなしって?」
「ああ、ようやくさっき終わったらしくてな……今頃リーネと、私たちと同じことでもしていそうだな」
こちらは海辺で、灯りを少なめにともした休憩所で休む二人。美緒がミーナを案内する形でずっと歩き回っていたが、流石に指揮官業務の
合間を縫って来たところでいろいろ目を回しながら歩き回るのは疲れたらしい。近くでかき氷を調達して、ベンチに腰掛けて海を眺めている。
海上にいくつか船が点々としているが、その真意はこの横須賀基地関係者以外は誰も知らない。はしゃぎまわって暑くなった体を冷ますには、
この涼しい潮風と冷たいかき氷は最高の組み合わせだった。
「ねえシャーリー、つぎあれいこうよ! ほらあそこの!」
「えーっとどれどれ……お? もぐら叩きだな、よし、いっちょやるか!」
「おーっ!」
相変わらずの能天気組は元気なようで、ルッキーニが走っていくとシャーロットもそれを追いかけて走っていく。こちらはそれぞれが興味を
持った物へ示し合わせて走っていくという奔放な回り方をしていて、そのため他のペアよりも行き当たりばったりながらも回った店の数は一番
多かった。スピードには自信があるシャーロットと、反射神経には自信のあるルッキーニ。二人は店主に頼んでルールをこの場限りで変更して
もらい、景品を懸けてより多くを時間内にたたけたほうが勝ちというルールで勝負をはじめた。その行方は、本人たちしか知らない。
「はー、しっかし疲れたなぁ……」
「何言ってんだよー、お前疲れてないだろー? 全然出てこなかったじゃないかー」
「しょうがないだろ! 私はここでは需要がないんだよぉ!」
「ま、スオムスなんて扶桑からしたら未知の領域だしなー。いいじゃないか、私と一緒にいれば『エイラさんの付き人』ってことで注目されるぞ」
そう仲良さ気に話すエイラの隣を歩くのは、散々エイラに振り回されて疲れたニッカだった。扶桑で面白いことがあるからと無理やり連れて
来られた上にあちらこちらの屋台で悪戯ばかりされ大分ゲンナリしつつあるものの、祭り自体は楽しいのが本音。おかげで美味しいものもいくつか
食べられたし、実際いろいろと遊べたのでその点については文句はない。今日一日で大分『揉まれた』ものの、今日に限ってはそれも許してやろうかと
そんな思いも出てくる。
―――それぞれが、それぞれに祭りを楽しむ。もう開始から数時間が経過して、そろそろ祭りの初日も終わりを迎えようとしていた。明日も
開催されるが、あいにく一部の人は明日には帰らなくてはならない。そういった人のために、この日の閉会もちょっとしたイベントが用意されて
いた――。
――何かが空高く舞い上がる、甲高い音。ひゅるるるる――――――……
「あら……?」
ペリーヌが気づいたようで、ふと空へ目を向ける。周りの人たちも気づいたようで、いっせいに空へと顔をあげた。
―――――――どぉぉおおん。
「わ……きれい……」
「花火、ですね」
空に咲く、大きな一輪の光の花。それは儚くすぐに消えて、しかし二発目、三発目と次々に打ち上げられていく。
「すっごーい、きれいーっ」
「えへへ、夏祭りの定番だよ」
「うん、でも扶桑のもすっごくきれいだねー!」
蒼、翠、紅……様々な色の花火が打ち上げられて、そして咲くたびに歓声と拍手が飛び交う。
「綺麗だな……クリスにも見せてやりたかった」
「うん、なんかロマンチック。ウルスラに見せたい」
「……写真にでも収められればいいのにな」
空に花開く無数の蕾、その価値は実際に目で見なければわからないだろう。光は地上をも彩り、幻想的な空間を作り出す。
「綺麗ねぇ……」
「ああ。これを見ていると、世界にもようやく平和が戻りつつあることを実感できる」
「そうね……全盛期に比べれば、大分落ち着いたわねぇ……」
水面に反射する灯りも美しくて、波と空とに魅せられる。打ち上げられるときの導火線の灯りも、見る人が見れば風流であった。
「わあ……!」
「すっごいなぁ……リベリオンでもここまで大きいのは、見る機会なかったんだよなぁ」
「綺麗! きれーい!」
中には菊の花のように尾を引いて散っていくものから、線香花火のように弾けるものもあった。その一つ一つに、職人の魂が宿っている。
「……はじめて見た」
「基地では宮藤がやってくれたのを見たことがあるんだけどな、そっちは個人用のだからちっちゃかったんだ」
「大きいんだな……なんていうか、言葉が出てこないよ」
漆黒の空に浮き上がる、輝く花畑。今まで見たことがなくとも、何度も見てきたものであっても。人々はそこに魅せられ、思わず見上げる。
花火は終わることなく、打ち上げ続けられる。海上の船から、陸の崖から、浅瀬から、沖合いから。ありとあらゆる場所から、様々な花火が
次々にあがっていく。空は尽きることなく花火に覆われ、基地の窓にも反射して光をあらゆる場所へと届けていく。
見上げる人々は、例え単なる友人同士であったとしても、身を寄せ合ってその美しい景色を共有し合う。片時も目を離すことなく、光のショーに
目を奪われて―――。
やがて光が止んだのは、打ち上げ開始から一時間半も過ぎてからのことだった。打ち上げ終了を以って祭りは終わりを告げ、ぞろぞろと客は
出口へ向かっていく。屋台も在庫の処分を始めるか、あるいは明日に在庫を持ち越して早々に店じまいを始める。ストライクウィッチーズの一行も、
最初に集合した広場へ示し合わせるでもなく集まった。そして芳佳と美緒で土方から人数分の金魚の小さな袋を受け取るとそれをそれぞれに渡し、
ロッカーに荷物を預けたものは取りにいく。各々が各々の帰り支度を済ませ、それぞれの場所へと向かっていく。帰りは皆終始ほぼ無言で、しかし
大きな空と満開の花を通して心通わせあった互いに言葉は必要なかった。誰もが満足げな笑みを浮かべて、その敷地を後にしていく。
正門まで来たところで、美緒と芳佳は立ち止まる。まだこれから、一日目の片付けと二日目の準備があるのだ。
「それじゃあ、今日はお疲れ様でした」
「今日帰るのはニッカとバルクホルン、シャーリーにルッキーニ、あとリーネだったか」
それぞれにそれぞれの、所属先や家の都合がある。二日目も来られればよかったのだが、流石にそこまで物事はうまくはいかない。今日だけでも
十分に満足できたからと、それぞれは笑顔だった。
「今日は見ず知らずの私なんかに良くしてくれてありがとう、楽しかったよ」
「すまんな、明日も楽しみにはしていたんだが……今日は久々に心から楽しませてもらった」
「ま、あたしらいなくても楽しそうだしさ。明日もがんばってな」
「またいつか遊びに来るからさ! そのときはよろしくね!」
「本当にありがとう、楽しい思い出ができたよ」
―――手を振って、民間の空港へ向かうバスに乗り込んでいく五人。残った人たちもずっと手を振って、『途中下車』の五人を見えなくなるまで
見送り続けた。
「……さて、私達は片づけがあるんでな。お前たちは宿はあるのか?」
「そりゃー……ね、宮藤」
「今頃お母さんもおばあちゃんも大忙しですよ」
明日に備える本日の宿は、芳佳の実家である『宮藤診療所』。ここまでの大人数を収容する能力は本来なかったが、皮肉なことに五人減ったことで
ぎりぎり入れる人数になってしまった。芳佳が世話になった皆に是非会いたいという清佳や芳子の思いもあり、受け入れることになったのがつい一週間
前の話である。
芳佳と美緒を残して、一行は先に宮藤診療所へと向かっていく。それを見送った芳佳と美緒は、明日に備えてとまた気合を入れて片付けに奔走するの
だった。
―――ネウロイの脅威が弱まりつつある世界。扶桑は今、平和である。
fin.
866: 2009/09/21(月) 21:58:26 ID:oW8iiD1g
おっとこれは良い物だ。乙ん。>>859
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