夏の暑さもすっかりなくなった秋。SOS団を結成してから約1年半が経っていた。
SOS団メンバーは無事に全員が進級を果たし、俺とハルヒはまた同じクラス、それも席も相変わらずの位置であった。
放課後、俺は当然のように部室へ赴き長門、朝比奈さん、古泉に挨拶をし、定位置に座って古泉とボードゲームをしていた。

「みんな!これを見てちょうだい!!」

轟音と共にドアが開いたかと思ったら、さらにでかい声をあげる団長様、涼宮ハルヒが入ってきた。

「もう少し静かにドアを開けられんのかお前は?そんなんじゃドアもすぐに壊れてしまうぞ」

「ビッグニュースよ!ビッグニュース!とにかくこれを見なさい!」

841: 2006/07/23(日) 23:53:10.08 ID:hY3cE6z50


本当に都合のいい耳をしてらっしゃることだ。
ハルヒは紙を1枚ピラピラと揺らしている。そんな風にされたら内容が見えんだろうが。
バンッ!とホワイトボードに紙を貼り付けたハルヒは、満面の笑みで呟いていた。

「ん~、どうしようかしらね!ここはやっぱりみくるちゃ……いや、有希ってのもいいかもしれないわ!」

一体何を考えているんだ?と、俺はホワイトボードに乱暴に貼り付けられた紙を見た。そこにはこう書いてあった。

『第1回!北高ベストカップルコンテスト!!』

ベストカップルコンテスト?ってなんだそりゃ?この学校にそんなの……って良く見りゃ第1回か。

「で?そのカップルなんたらのどこがビッグニュースなんだ?」

はぁ、と溜息を1つついて説明を始めるハルヒ。最初っから説明してくれてりゃ俺もこんなこと言わんで済むのだが。

「いい?キョン。今まで文化祭でこんなイベントあったかしら?第1回なのよ!第1回!!
栄えある初代チャンピオンになれるチャンスなの!しかも優勝したら豪華賞品よ!今年の文化祭実行委員は一味違うわね!」

お前は賞品が欲しいだけだろうが。とにかく本当に一味違うな。余計なことしてくれることとかな。

「つまり涼宮さん。このコンテストにSOS団メンバーで参加して、優勝してSOS団の名をさらに世に知らしめる
と言うことですね?ふふ、これは面白そうですね」

「その通りよ古泉君!キョン、古泉君の尻の垢でも煎じて飲ませてもらいなさい!」

それを言うなら爪の垢だろ。そんなことはどうでもいいのだが、こいつは誰を参加させるつもりだろう?

「あ、あの~。そ、そのコンテストって、誰が参加するんですかぁ?」

おずおずと怯えるように手を上げて、朝比奈さんが質問した。
この人が不安に思うことももっともだろう。何せ去年の文化祭では主役に抜擢されてしまったのだからな。
おそらく今回参加するのは古泉と朝比奈さんではなかろうか?映画でもカップルだったしな。

「ふふ~ん、それについてはもう決めたわ!」

ゴクリ。全員が、というか俺と朝比奈さんだけが息を飲む。古泉は涼しげな笑みを崩さず、長門は本から目を離さない。

「みくるちゃん!古泉君!あなたたちがSOS団を代表して優勝してくるのよ!光栄に思いなさい!」

予想的中。ハルヒは、ふーと大きな鼻息をたて、満足そうにしている。

「喜んでその大役をお引き受けしましょう」

「ふぇっ?そ、そんなの恥ずかしいです~」

顔を赤くさせて拒否する朝比奈さんとは対照的に、古泉は乗り気なようだ。
もっとも、こいつがハルヒの提案に反対することはまず無いが。

「それじゃあ早速特訓ね!手始めに、二人とも今から付き合うのよ!」

「ふぇっ!?ふあぅぁぅ~」

朝比奈さんが泡を吹いて倒れてしまいそうだぞ!?

「ちょっと待てハルヒ」

「何よ?」

「いくらなんでも実際付き合うのはやりすぎなんじゃないか?当日にカップルのフリをするだけでも構わないじゃないか。」

む~、と口をアヒルのようにして俺を睨みつける。
そんな顔で睨みつけても恐くねーぞ。むしろ可愛いくらいだ。

「ふん。まぁいいわ。それじゃあみくるちゃん、古泉君。本番はビシっと頼むわよ!」

「了解しました」

「うぅ~」

かわいそうな朝比奈さん。それに比べて古泉の野郎、羨ましいやつだ。
まぁ、去年に引き続き、男子生徒に殺意を抱かれるのには同情してやらんことはないぞ。
そんな事を考えていると、古泉が朝比奈さん耳元で何かを囁いているのが見えた。
古泉が何かを言い終わると、さっきまで泣きそうだった朝比奈さんが満面の笑みでこちらを見ていた。
古泉、何を企んでやがる。
長門が本を閉じたので今日は解散になった。

文化祭当日、俺たち5人は部室で最終ミーティングをしていた。

「いい?みくるちゃん、古泉君。狙うのは優勝の二文字だけよ!それ以外はダメ!SOS団に敗北の二文字は無いの!」

やれやれ、相変わらず無茶苦茶な奴だな。

「さてと、そろそろ受付の方に行きましょう。何事も早い方が良いしね!」

そう言ってハルヒが部室のドアに手をかけた。

「涼宮さん、ちょっと待って下さい」

ん?古泉、今になって怖気づいたのか?

「実に言いにくいことなんですが、急にクラスの仕事が入ってしまい、僕と朝比奈さんはコンテストに
出場することが出来なくなってしまいました。本当に申し訳ございません」

「はぁ!?ちょ、ちょっと、2人とも何言ってるのよ!?」

「す、涼宮さん、ごめんなさい!で、でもどうしてもはずせない用事が…」

バンッ!

「SOS団より大事な用って何よ!?言ってごらんなさい!あたしがそんなもん何とかしてやるわ!」

ハルヒが机を思いっきり叩き、大声で喚き散らすと、朝比奈さんは今にも泣きそうに震えている。
古泉よ、お前は何がしたいんだ?

「落ち着いてください涼宮さん。僕らが出られないのならば代役を立てれば良いではないですか?」

「代役ぅ~?」

ハルヒは全く納得していないようだ。

「そうです、代役です。幸いにもSOS団には僕の他にも男子がいることですしね」

そうか、お前の狙いはこれだったのか。

「他の男子って…、キョン!?こ、こんな間抜け面じゃあ優勝なんて出来っこないわ!」

ひどい言われようだな。

「そうですか?僕は優勝も十分狙えると思いますが。そして、相手役は……長門さん、いかがですか?」

古泉に振られて長門は本から顔を上げる。そして少しの沈黙ののち

「私は構わない」

と一言。その瞬間ハルヒの眉がピクッとつり上がったような気がした。

「では決まりですね。本当は団長である涼宮さんにお願いしたかったのですが
涼宮さんは彼を出場させることにあまり肯定的ではないようですしね。いやぁ、残念です」

わざとらしく落胆してみせる古泉。お前の悪巧みはたった今全て分かったよ。

「待ちなさいよ!」

ハルヒよ、今まさにお前は古泉の釣り糸に食いついてしまったんだぞ。

「キョンなんかが出るんじゃ優勝なんか出来そうにないからね。あたしが相手役になってあげるわよ!!
キョンのマイナス部分はあたしがカバーするしかないでしょ!?」

俺はそんなにお荷物君かい。

「いい?キョン。あくまでもフリなんだからね!調子に乗って変なことしたら死刑なんだからっ!!」

それはない。絶対にない。断じてない。

「そうと決まったらさっさと受付しに行くわよ!」

ハルヒは俺の手を力強くつかみ、受付まで全力疾走で向かった。

「さて、我々も行きましょうか」

「ふふっ、そうですね」

「………」

俺とハルヒは受付を済ませ、控え室で待機していた。
意外にも参加人数は少なく、俺たちを含めても10組程度だった。
しかしどの組も美男美女のカップルばかりだな。俺なんかがいていいのだろうか。

「ふん、さっさと始まらないかしら。」

俺もそれには賛成だ。こんなところさっさと出たいね。

「さぁ~!大変お待たせいたしました!これより第1回!北高ベストカップルコンテストを始めます!!」

実況の開始の言葉と同時に割れんばかりの歓声と拍手が渦巻く。
やべ、かなり緊張してきたぞ。

「やっと始まったわ!優勝はあたしが頂くわ!!」

出来ればお前1人で頑張ってほしかったんだがな。

「さあ!では早速1組目のカップルさん!いらっしゃ~い」

言っとくが俺たちは断じて新婚さんではないぞ。

舞台の裏から様子を見てみる。
こりゃかなり人が集まってんな。こんなところで何すればいいんだ?
俺は1組目のカップルを見ていた。音楽に合わせてファッションショーのモデルのように舞台を歩いている。
ま、歩くくらいならどうってことないか。
そして音楽が変わったとき、俺はこれが安易な考えであったことを知る。
なぜなら、舞台上のカップルは、舞台の真ん中でイチャつき始めたのである。

「お、おいハルヒ、まさか俺たちもあんなことするのか?」

「あんなことって何よ?……っ!?
な、なんであの2人舞台で抱き合っちゃったりしてるのよ!?」

そんなことは俺が知りたい。

「ふ、ふん!やってやろうじゃないのよ!いい?キョン。
や、やるからにはあの2人よりも……その、…とにかくすごいことをするのよ!!」

俺にそんなこと出来ると思ってるのかお前さんは。

「いやぁ、いいカップルぶりでした!では最後に、男性から女性へ愛の告白タイムです!!」

な、なんだってー!?あの実況なんて言いやがった?男が女に告白だと!?
と言うことはなにか?俺がハルヒにクサい愛の告白なんてことをせにゃならんのか!?
俺の頭はパニック状態に陥っていた。俺は助けを求めるようにハルヒの方を見たが
ハルヒの方も今は大変らしい。このままでは優勝はおろか棄権もありえる。

「ハルヒ、こ、ここは潔く棄権しないか?正直告白の言葉なんて思いつかんしな、ハ、ハハッ」

乾いた笑いが空しいぜ。するとどうしたことか、ハルヒは聞き取るのがやっとの声量で言った。

「だ、ダメよ。……SOS団に敵前逃亡の文字は無いんだから。絶対に……優勝するんだから」

お前がそんな自信なさげで、優勝なんか出来るわけないと思うんだが。
しかし困った、これじゃ赤っ恥をかくだけだぜ。
俺は必死に告白の言葉を考えていたが、無情にも、何も考えつく前に俺たちの番が来てしまった。

「それでは最後のカップルの登場です!えー、SOS団チーム?さん、どうぞ!!」

音楽が流れるのと同時に、ハルヒは笑顔で舞台を歩き、観客の歓声と拍手を受けていた。
俺もそれなりに笑顔で歩き、それなりの歓声と拍手を受けていた。
鏡があったら今の自分は見たくないね。顔が相当引きつっているのがよく分かる。
そしてとうとう音楽が変わってしまった。イチャイチャタイムの始まりだ。

「ハ、ハルヒ。いくぞ?」

「は、早く…しなさいよ」

俺はハルヒの肩に手を乗せそのまま硬直してしまった。

「キョ、キョン?どうしたの?」

「スマン、緊張して上手く出来ん」

俺は情けない奴だな。

「いけませんね。涼宮さんも彼も、かなり緊張しているようですね」

「こ、このままじゃ優勝出来そうにないです~」

「……難しい」

「仕方ありませんね。長門さん、お願いできますか?」

「…分かった」

長門は手をキョンに向け、呪文を唱え始めた。

「うおっ!?」

どうしたことか?気づけば俺はハルヒを力強く抱きしめていた。
おいおい、一体どういうことだ?ふと観客の方を見ると古泉と朝比奈さんと長門が目に入った。
古泉はいつものニヤケ顔で、朝比奈さんは顔を赤くさせ、長門は俺に手を向けて何かを喋って……
これは長門の仕業か。これも全部古泉のシナリオ通りってわけなのか?

「キョ、キョン。……ちょ、ちょっと、いきなりどうしたのよ?」

もう開き直るしかないね。こうなったらお前のシナリオとやらに乗っかってやろうじゃないか。

「ハルヒ、優勝するんだろ?だったらおとなしく俺にエスコートされてくれないか?」

「キョン……、うん」

そうして俺は優しくハルヒの髪を撫でる。実はこの時には長門の呪文は止まっていた。
俺は自分からハルヒを触っていたんだ。

俺はハルヒを抱きしめ続けた。
ハルヒも俺の背中に手を回して、抱きしめ返してくれている。
歓声も拍手も聞こえない。
観客も息を呑んでこちらを見ているのだろう。

だってそうだろ?

ハルヒが、あの涼宮ハルヒが、こんなにもしおらしくて可愛らしいんだぜ?
これが演技で無いことは、誰が見てもわかるだろう。
演技でハルヒはこんなことしないさ。
微妙に肩を震わせ、顔は耳まで紅潮している。うっすらと泪を浮かべて、上目遣いで俺を見ている。
あぁ、観客にはハルヒの顔が正確には見えてはいないか。
観客には同情してもいいね。こんなハルヒの顔は一生お目にかかれないかも知れないぞ。
と言っても、誰にも見せるつもりもない。

俺はハルヒを独り占めしたいから。

「さ、さあてっ!皆さんお待ちかね!愛の告白タイムです!!」

実況の奴も驚きを隠せないみたいだな。
とうとう来ちまったか。さっきまではどうやって逃げるかばかり考えていたが
今は違うぞ。こんな機会滅多にないからな。
俺にはもう迷いなんてなかった。
きっとハルヒも俺の気持ちに答えてくれるさ。
ここでフラレたら俺はもう学校に来ることはなくなるだろう。いやマジで。

「……ハルヒ」

おれは静かに想いを伝えはじめた。

「ハルヒ、お前と出会って、もう1年半にもなるんだな。初っ端の自己紹介はマジでびびったぜ。
何かのギャグかと思ったくらいだ。でもな、それ以上に、すっげー可愛いなって思ったんだ。
そしてお前はSOS団を作ったんだよな。最初は俺は乗り気じゃなかった。何で俺がこんなことせにゃならんのか
嘆いたこともあった。でもそんなのはすぐに忘れたさ。面白かったから。お前といるのが。
市内のパトロールに始まってさ、野球したり、みんなで合宿行ったり、本を作ったり、映画も作ったよな?」

ハルヒは静かに聞いてくれていた。俯いていたせいでどんな顔をしているのかは分からなかったけど。

「俺が階段から落ちて昏倒した時もあったな。あの時ずっと傍にいてくれてたんだってな?
すげぇ嬉しかったぞ。それからバレタインもあったな。チョコくれてありがとな。
お前のが一番美味かったぞ」

ハルヒは手をきゅっと握り、肩を少し大きく震わせて俯いている。

「この1年半、色んなことがあったな。ハルヒ、お前のおかげだぞ。すごく楽しかった。
これからもずっと、俺はお前の傍にいたい。これからは、団員としてだけじゃなくて、お前の彼氏としてもな」

「俺は、ハルヒが好きだ。涼宮ハルヒが大好きだっ!」

「……キョ……キョ…ン?」

ハルヒは顔をくしゃくしゃにさせ、目からはぽろぽろと泪を流して俺の名前を呼んでいた。

「キョン、キョン?ホントに?あたし…なんかでいいの?」

俺は黙って頷いた。もう余計な言葉なんて必要ないだろ。

「キョ、キョン!キョン、キョン!あたしも…ヒック…好き。キョンが大好きっ!」

俺たちはみんなから見られていることもお構いなしに抱き合っていた。
さすがにキスはしなかったが、それでも十分恥ずかしい光景だったろうよ。
観客の方を見ると、これまた号泣している朝比奈さんと、ニヤニヤと微笑みを浮かべながら
拍手をする古泉、そして無表情にこちらを見つめ、コマ送りのような動きで拍手をする長門の姿が目に映った。

コンテストも終わり、文化祭は無事終了した。もちろん俺とハルヒがダントツで優勝した。

「おめでとうございます涼宮さん、それにキョン君。
いやあ、こちらまでもらい泣きをしてしまいそうでした」

「うぅっ、涼宮さぁん、キョン君~。おめでとうございます~、グスッ」

「……祝」

三者三様の感想と祝辞をもらい、俺とハルヒは照れ死にそうだった。

「あ、ありがとっ!で、でも、あれは優勝するためにちょ~っとオーバーに振舞っただけよ」

「ふふっ、まぁ何はともあれ、役を変わったかいがあったものです」

「なっ!?こ、これが狙いだったわけね!?みくるちゃん!あなたもグルね!?
団長を騙した罪は重いわよ!ほらほらっ!」

「ひゃ、ひゃい~ん!や、やめてくださぁいぃ」

それはどこから見ても幸せな光景そのものだった。しかし俺は知らなかった。
この文化祭が、SOS団にとって最後のイベントになることを。

842: 2006/07/23(日) 23:53:31.34 ID:hY3cE6z50
文化祭が終わって1週間が経っていた。その間SOS団の活動は古泉の計らいにより休止していた。

「付き合って間もないのですから、SOS団もほどほどにして
お2人でデートでもしてこられてはいかがです?」

俺とハルヒはその言葉を素直に聞き入れ、この1週間は恋人同士を満喫した。

「さあって、久しぶりにSOS団活動再開よ!デートにばっかりうつつを抜かしてらんないわ!」

「そうだな。で、今日は何をするんだ?久しぶりだからミーティングか?」

「ふっふ~ん。それは後でのお楽しみよっ!」

やれやれ、今度は何をしようってんだ?俺は笑顔のまま頭を抱えた。
こればっかりはクセだからな、別段呆れてなくても今もやってしまうんだ。

「キョ、キョン?部室行く前にさ、その…キス…して」

「ふっ、はいはい。お姫様」

俺はハルヒを軽くからかいつつも、そっとキスをした。

「はい、それじゃそろそろ行くか。みんな待ってるぞ」

「え?あ、あぁ。うん。……でも、…もう1回だけ」

「我侭なお姫様だな」

俺はハルヒが可愛くて悶えそうになったが、なんとか堪えてまたキスをした。

『ガラガラッ』とドアの開く音がした。しまった、誰か来たのか?
俺はその時誰かに見られたのではと驚いていたが、驚くべきところはそこじゃなかった。

「あらぁ?ずいぶん楽しそうね、2人とも。ふふっ」

そこに立っていたのはまぎれもなく、朝倉涼子であった。

「なっ!?お前は……朝倉…なのか?」

「え?…あ!?朝倉さん!?ちょ、もしかして…今の…見てたの?」

ハルヒ、そこが気になるのはよく分かるのだが、今はそこじゃないんだ。
こいつがここにいるってことが問題なんだ!

「ふふっ♪今のってぇ、2人仲良くチュウしてたことかしら?」

「あっ、うぅ~。そ、それは…その」

こいつが朝倉にしろそうじゃないにしろ、とにかくここから出ないとな。

「ハルヒ、今すぐ教室から出るぞ」

「え?あ、…でも…」

「いいから!早く!」

俺はハルヒの手を引き教室のドアに手をかけた。

『ガラガラ』ドアを開けた俺は、目の前が壁になっているのを見て確信した。
こいつはあの朝倉だ。それだけは確かだ。しかも今度は俺だけじゃなくてハルヒも一緒だ。
こいつは何が目的なんだ?そもそもこいつは一度長門に消されてるはずだ。
クソッ、分けがわからん。
混乱と苛立ちが顔に出ていたのだろう。ハルヒは心配そうに俺の手を握ってくる。

「あらぁ?折角久しぶりに会ったっていうのに。
いきなり出て行こうとするなんて、ちょっ~とひどいんじゃないかしら?」

「けっ、なんだか悪い夢を見ているみたいだぜ。なんでお前がここにいるんだ?
今度は何が目的なんだ?一度ならず二度までも俺を殺そうとしておいて
まだ足りねぇってのかよ!?」

「……キョン?…ねぇ、何言ってるの?」

当然の疑問だろう。何も知らないハルヒは、ただ俺が意味の分からないことを
口走っているだけにしか見えんだろうからな。

「あ!キョン君、するどい。正解よ、ふふっ♪」

こいつは何を言ってるんだ?正解って何のことだ?俺はさっき何て言った?

「そう、あなたの言うとおり、これは夢なのよ。ゆ・め♪
まぁ、あなたが見ている夢じゃなくて、涼宮さんが見ている夢なんだけどね。」

「ハルヒが見ている…夢?」

「……あたしの夢?」

ハルヒは不安そうな顔で俺を見てくる。スマン、俺にも何がなんだかさっぱりなんだ。

「2人とも何がなんだ分からない、って顔ね。はぁ~。しょうがない、じゃあ私が説明してあげるね。」

くっ、何だってんだ。その時教室の壁が轟音と共に吹っ飛んだ。

『ドゴーンッ!!』

「っ!?な、なんだ!?ハルヒ、大丈夫か?」

「……ケホッ、ケホッ。…う、うん。大丈夫」

「あぁ☆やっと来た!」

埃やら塵やら舞っている煙の中に、3人の人影が見えた。
それは紛れもなく、長門、朝比奈さん、古泉の3人だった。

「長門!朝比奈さん!古泉!」

「え?…ゆ、有希?みくるちゃん?古泉君まで?」

「どうやら間に合ったみたいですね」

「古泉。お前今の状況を説明できるか?」

古泉は申し訳なさそうに肩をすかしてみせた。

「長門。お前はわかるか?」

「……分からない。ただ、この空間に進入することは容易ではなかった。
古泉一樹の力を借りてようやく進入することに成功した」

古泉の力?この空間ってのは朝倉の情報制御下にあるとかそういうもんじゃないのか?
言われて見れば、あの時とは少し違う。そう、なんだか空間全体が灰がかって……まさか!?

「ふふっ。よくこの空間に進入して来れたわね。……なーんてね!
私が入れてあげたのよ!あなた達が侵入を試みてるからね!
あなたたちだけで入って来れるわけないわ。だってこの空間は
私の情報制御と閉鎖空間を混ぜて作ったものだから!あ、涼宮さん、勝手に力を借りてゴメンなさい☆」

「はい、それじゃあ皆そろった所でさっきの話の続きね。
さっきも言ったとおり、これは涼宮さんの夢なのよ。
涼宮さん、あなたは自覚していないと思うけど、あなたには素晴らしい力があるのよ。
あなたは、自分の望む通りの世界を作り出すことが出来るのよ!」

「…世界を……作る?…あ…たし…が?」

「そうなのよ!あなたは普通の生活に退屈していた。そして願ったはずよ?
宇宙人、未来人、超能力者と一緒に遊びたいってね。
そのお願いね、叶ったのよ。そこにいる3人は普通の人間じゃないわ。
長門有希は宇宙人、もう少し詳しく言うと宇宙人に作られたアンドロイド。
ちなみに私も彼女と一緒。まぁ、所属は微妙に違うのだけれど」

「…有希が…宇宙…人?」

「朝比奈みくるは未来人よ。今の時代よりもも~っと未来のね」

「……み…くる…ちゃん…が?」

「古泉一樹は超能力者。もっとも超能力って言っても限られた能力しかないけど」

「……古泉…君?」

「それでここからが重要なのよ。この人たちはね、全~部っ!あなたが作った存在なのよ!!」

嘘だ、長門が、朝比奈さんが、古泉が、全部ハルヒの作った存在なんて…。
そんなわけあるか!1年以上も一緒にいるんだ!俺は信じない!

「……あ、朝倉さん?…え、…っと。あ、あははっ。あ、あたしには、…よく分からないわ」

ハルヒ、わからなくていい。こいつの言ってることは全部でたらめだ。
適当なこと言って、お前の反応を見るとか、そんなくだらないことだろうよ。
さ、長門、古泉、さっさと何とかしてくれ。早く終わらせてまた部室で遊ぼうぜ。
朝比奈さんは何か出来そうにないからな、隅っこの方でマスコットらしく可愛く応援してくれてりゃいいさ。

「朝倉さん。一つお聞きしていいですか?」

古泉が落ち着いたトーンで朝倉に話しかけた。

「ん?何かしら、古泉君?」

「えぇ、我々が涼宮さんの、…その、夢だと言える根拠はなんでしょうか?」

へっ、いいこというじゃねーか古泉。朝倉よ、さっさとボロを出しちまえよ。

「あぁ、それね。それは私の上司、って言ったらいいのかしら?
つまり情報統合思念体がそういう判断を下したのよ。
ま、長門さんは最近ろくにアクセスしていないようだから知らないだろうけど。
あ、ついでに何で消されたはずの私がここにいるかって言うのも説明するね。
それは、私はアンドロイドだから。何度でも作ることが出来るのよ♪」

「で、でも、そ、そそそんなのあなたたちの勝手な推測じゃないですかぁ!?」

朝比奈さんがこっちへ来て、ようやく喋ったと思ったら結構まともなことを言ってるな。
なんて、冷静に考えている場合じゃないのだが。

「あら?随分とせっかちなのね。話は最後まで聞いてほしいな」

「う、うぅ~」

朝比奈さんは素直に黙ってしまった。こんな奴の言うことなんて聞かなくていいですよ。
そう俺は言いたかったが、朝倉の話というものに興味があるのも事実だった。


「情報統合思念体は4年前の大規模な情報爆発を解析することに成功したのよ。」

「………っ!?」

朝倉の言葉に俺も驚いたが、長門がこの場にいる誰よりも驚いてようだった。

「大規模な情報爆発。そこには私達情報統合思念体を含めた宇宙人のこと、未来人のこと
そして超能力者のことについての膨大なイメージ情報で溢れていたわ。
そこにあった未来人と超能力者の情報、今のあなた達の組織や機関にそっくりだったわ。
いいえ、そのままだったと言えるわね。もう分かるでしょ?
私達は4年前に涼宮ハルヒに作られた存在。この世界にとっては異物なの。」

……そ、そんなバカなことがあるか!?古泉の言っていた仮説には似たようなものが
あったような気はするが。だからってそんなもんは仮説でしかない、そんなもんは……。

「ッ!?……あ、…あぁ」

「…ハルヒ?ハルヒ!?どうした!?」

「…キョン、私…思い…出したの。……想像…したこと…あるの」

「な、何をだ?」

「今…朝倉さんの言ったこと…。宇宙人も…未来人も…超能力者も…。
全部、…全部考えたことがあるの。」

何言ってるんだよ?

「みくるちゃん、あなた…未来人なんですってね。
もしかして、…TPDD…とかいうので…時間移動するんじゃないかしら?」

「ッ!?す、涼宮さん、ど、どうして…」

「古泉君、あなたは…私の作り出した怪物を……倒す力があるんじゃない?」

「………はい」

ハルヒ?お前、本当に?

「有希、情報統合思念体ってさ、実態があるわけじゃなくってさ
…こう……何て言うか…ただ漂ってる、って感じじゃない?」

「………否定は出来ない」

「あ、あははっ。…あたしね、普通の宇宙人でもよかったんだけど
もっとこう、変な感じのやつを想像したりもしたんだ。」

……ハルヒ。

「そっかぁ、……私がみんなをつく…ヒック…作っ、て…うぅ…
そう…言えば…っく…前に…キョン、そんな…ぅっ…こと……言ってたね」

「……ハル…ヒ。クッ!朝倉、お前は一体何がしたいんだ!?
お前んとこの親玉は何が目的なんだっ!?答えろ!!」

「あぁ。目的?知りたい?それはねぇ……、消えること♪」

なに?消えることだって?何を言ってるんだ?ハルヒの力をどうするとかじゃないのか?
俺が色々と考えているときも朝倉は説明をやめることはなかった。

「涼宮さんに、宇宙人や未来人や超能力者なんてのは
夢なんだって自覚させることで私達の存在を消そうってこと。」

「ちょっと待て、普通は逆じゃないのか?自分達の存在が作り出された虚像
だと言うことが分かったとしても、わざわざ存在を消すようなことはしない。
むしろ自分達を存在させ続けろ、と要求するのがふつうじゃないのか?」

「そういう考え方もありだとは思うわ。でもそれって虚しくないかしら?
自立進化の可能性だと思っていたものは、想像という私達にとっては
役に立たないものだしね。それにこのまま黙っていたって
涼宮さんの気まぐれ1つで消されちゃうかもしれないのよ?
だからここは潔く自分の方から消えるってことを選んだんじゃないかしら?」

「……お前たちの言い分は分かった。だがな、だったらお前とその派閥だけで消えりゃいいだろ!?
どうして長門に朝比奈さんに古泉まで巻き込むんだ!?しかも、ハルヒにこんな辛い思いまでさせて…!」

「それじゃダメなの。涼宮さんにはちゃんと自分の力を理解した上で
消してもらいたいの。そうじゃないと存在が完全に消えるかどうか分からないでしょ?
悪いとは思うけど一緒に消えてもらうわ。ゴメンね☆」

『ゴゴゴゴゴゴッ!!』

突然教室が大きな音をたてながら激しく揺れだした。
同時に朝倉の体がすぅーっと消えていく。

「この空間はもうすぐ消滅するわ。このままだと涼宮さんも一緒に消えちゃうからね。
涼宮さん、ちゃんと私達の存在を消してよね。じゃないと情報統合思念体は
地球を破壊しちゃうから。責任重大よ。ふふっ」

「…ま、待って!」

ハルヒは慌てて朝倉を呼び止める。この状況で落ち着いていられるわけも無いが。

「なぁに?」

「…ョンも?……キョンも…あたしが…?」

「あぁ、ふふっ。安心して。彼は普通の人間よ。あなたが作った存在ではないわ」

「…そ、そう」

朝倉がそう言うと、ハルヒは一つ息をつきながら、少しだけだが安心したようだ。
実は俺も不安だったんだがな。長門や古泉は俺を一般人と言っていたが
ここまでくるとどんな裏があったっておかしくは無い。

「ふーん。安心した?……ひどい人ね。恋人が無事ならそれでいいんだ?」

「っ!?ち、違っ!あ、あたしは、そんなつもりで……」


「おしゃべりはもうお終い。私はもう消えるわ。
キョン君、涼宮さんとお幸せに。じゃあね♪」

そう言い残して朝倉は消えた。この色々な空間が混じった教室は
依然として崩壊を続けている。

「どうやら、僕達の仮説は、あながち間違ってはいなかったみたいですね。
機関でもこの仮説は軽視されていたのですが」

古泉?お前はあいつの言うことを信じるのか?

「……私の上司も……それが真実だ、って…決めちゃったみたいです…」

朝比奈さん。俺は朝比奈さん(大)が泣きながら謝っている姿を想像していた。

「……確認した。朝倉涼子の言ってることは事実」

…長門。

「…長門、さっきみたいに古泉と力を合わせてこっから脱出することは出来ないのか?」

「…不可能ではない。ただし脱出する前にこの空間が崩壊する可能性が非常に高い。
それに我々がこの空間から脱出しても、情報統合思念体が地球を破壊する。
どちらにせよ無事生き残ることは出来ない」

俺は言葉を失った。今までだって世界が終わっちまうだとか
改変された世界に取り残されそうになったりだとか
そんな危機的状況を味わったことはあった。
でもそれは、皆の力を借りたりして、最後にはなんとかなったんだ。
だから俺は、今回のことだって何とかなると信じてた。

今まで何度も俺を救ってくれた長門や古泉や朝比奈さん(大)
が言うんだからな。今回ばっかりはダメなのかもしれない。

「涼宮さん、この世界を救うには、あなたが想像した存在を否定するしかありません」

「……古泉…君?…何…言ってるの?」

「…涼宮さん、私も…そうするのが正しいと思います」

「……み…くる…ちゃん?」

「……あなたにはこの世界と彼を救う力と義務がある」

「……有希?……で、でも……そんな…ことしたら……あなた…達は……」

俺は涙を止めることが出来なかった。こいつらは自分達が作られた存在だって
分かったのに、辛いはずなのに、俺とハルヒのことを考えていてくれるんだ。

依然として教室の崩壊は続いていた。
このままだと後5分ももちそうにないな。

「い、いや!あ…あたしにはそんなこと出来ないっ!」

ハルヒは取り乱している。当然だろう、自分の仲間を自分が消さなくちゃいけないいだからな。
辛いよな…。悲しいよな…。

気づくと俺はハルヒを抱きしめていた。

「ハルヒ……ゴメンな。お前にばっか…辛い思いさせちまって」

「……キョン」

「俺が一緒にいてやるから。ずっとお前の傍にいてやるから。だからさ……帰ろうぜ?」

「涼宮さん!早く!」

朝比奈さんと古泉が言う。ハルヒは俺を強く抱きしめながら精一杯叫んだ。

「…こ…これはっ…ヒック…ぜ…んぶ…嘘。宇宙人も未来人も超能力者も全部嘘なのぉ!!」

ハルヒが叫ぶと長門と朝比奈さんと古泉の体が淡く光りだした。
ゆっくりと、別れを惜しむかのようにゆっくりと足元から消えていく。

「み、みんなっ!?」

クソ!こんな選択肢しかなかったのかよ!

「いやぁ、この1年半、色々なことがありましたね。」

「…古泉」

「本当に色々ありました。お2人には色々ご迷惑をおかけしたかとも思います。」

「…古泉君」

「おや?お2人とも、そんな顔しないでください。僕は……とても楽しかったですよ。
涼宮さん、お元気で。キョン君、涼宮さんをよろしくお願いしますね」

「……あぁ。古泉、お前には…世話になりっぱなしだったな。またオセロでもしようぜ」

「……古泉君!あなたは…ヒック…SOS団の立派な副団長よ!夏合宿はとても面白かったわ!
……映画での演技も良かったし…冬合宿の推理ゲームも見事だったわ!」

「……涼宮さん…キョン君」

「…あははっ。わ、私もすっごく…ヒック楽しかったですよ。うぅっ……ちょっと…恥ずかしいこともありましたけど。
でも…ヒック…でも、とっても楽しかった!……また……メイド服着たかったな…」

「…朝比奈さん。あなたにもお世話になりました。俺ももう一度あなたのメイド服姿……見たかったです」

「みくるちゃん!今まで迷惑かけちゃってゴメンね!……ヒック…あなたのお茶…ヒック…
とっても美味しかったわ!…ヒック…あなたは立派なSOS団のマスコットよ!」

「っ!?……ヒック…うえぇ~…涼宮さぁん、キョン君。私、私本当に…楽しかったですぅ!。
今まで……ヒック…ありがとうございましたぁ…」

「朝比奈さん!」

「うぅっ、み…くる…ちゃん!」

「……今回のことは朝倉涼子を止められなかったこちらのミス
私が情報統合思念体にアクセスしていればこの事態を予測できた
可能性は高い。全て私の責任」

長門は今回のことは自分の責任だと言っている。
そんなことはない。今回のことは誰のせいでもないんだ。

「…有希!違うわ…。全部…私がいけないの!
私がっ…最初から変なこと考えさえしなければっ!」

「……そんなこと言わないで」

「……有希?」

「私は生み出されたことを恨んだりしていない。
むしろ感謝している。たくさんの本を読むことが出来た。
コンピュータを使うことが出来た。美味しいものを食べることが出来た。
あなたのお鍋はその中でも格別に美味しかった。また食べたいと思う」

「…………有希ぃっ!!」

それから長門は俺の方を向いた。

「あなたにも多く感謝している。同時に多大な迷惑もかけた。ゴメンなさい。
あなたに連れて行ってもらった図書館。あれは私にとって大切な思い出」

「…長門っ!!」

俺は涙で周りが滲んでよく見えてはいなかった。でもそれだけはハッキリと見えたんだ。
長門は相変わらずの無表情だった。でも、長門は涙を流していたのだ。

「なに?…これ」

「…長門、それは涙だ。ほら……みんな泣いてるだろ?」

「そういうことはプログラムされていない。でも……うれしい。触れないのが…残念」

俺は今気づいたのだが3人の体はすでに下半身は消えており
上半身も殆ど消えている状態だった。

「ック!長門!朝比奈さん!古泉!」

「どうやら……時間みたいですね」

「みなさん…グスッ…さよならです」

「……さようなら」

全員が泣いていた。もう会えないのか?これでSOS団は終わりなのか?
その時ハルヒが力いっぱい叫んだ。

「もしあたしにそんな力があるなら願うわ!……グスッ……また……また皆と遊びたい!
有希!みくるちゃん!古泉君!……あなた達は…ずっと、あたしの大切な団員なんだからねっ!!」

気づくと俺は教室で眠っていた。隣ではハルヒも寝息をたてていた。
なんだ、夢かよ。俺は目に溜まった涙を拭いてハルヒを起こした。

「おいハルヒ、起きろよ。」

「ぉが!?」

ハルヒは変な声を出して飛び起きた。

「あ、あれ?何であたし教室で寝てるの?キョン、変なことしてないでしょうね?」

こんなとこでするかよ。

「まぁいいわ。早く部室行きましょ」

俺はハルヒと部室に行く。それは紛れもなく文芸部の部室だった。
やれやれ、あんな夢を見るなんてどうかしてんな。
そんなことを考えていたのだが、俺は部室を見て言葉を失った。

そこにはパソコンも無ければ、コスプレ衣装もなく、ハルヒが持ってきた冷蔵庫やら
なんやらが無くなっていたのだ。

「あ、あれ?ハルヒ、いつ部室の大掃除なんかしたんだ?」

「え?何言ってるのキョン?大掃除なんてしてないわよ。
ものなんて無いでしょ。それに掃除するほど」

「え?あ、あぁ。そ、それにしても長門も朝比奈さんも古泉も遅いな。」

「あんた何言ってるの?誰よそれ?もともと文芸部はあたしとあんたの2人だけでしょうが」

夢じゃなかった。あれは本当の出来事だったんだ。ハルヒは記憶をなくしてるみたいだ。
俺は3人の顔を思い出し、さっきの別れを思い出し涙した。

「キョ、キョン!?ど、どうしたのよ!?」

「……うぅ!……いや、スマン…クッ…悪い…夢を見たんだ。
皆が…ヒック…どっか行っちまうような夢をな」

本当……夢なら良かったのにな。一心不乱に泣き続ける俺を
ハルヒはそっと、優しく抱きしめてくれた。

「あたしはいなくならないから。ずっと…キョンの傍にいてあげるから」

俺はハルヒの言葉に何度も何度も頷き、ハルヒを抱きしめていた。

「さっきは悪かったな、変なとこ見せちまって」

俺はハルヒのおかげで落ち着きを取り戻した。今はハルヒと一緒に下校中だ。

「ほ、ほんっと驚いちゃったわよ。あんたいきなり泣き出すんだもん」

「…そうだな」

もしかしたら、SOS団なんてのは俺の夢だったのかもしれない。
でも俺はそう思うことはしない。あんなに楽しかった時間を
全部夢でしたー、なんてことにはしたくないしな。
みんなが長門、朝比奈さん、古泉のことを、SOS団のことを忘れても俺は忘れないでいよう。

「キョンー!!早くしないと置いてくわよっ!!」

俺が考え事をしている間にハルヒは随分先に行っちまってるようだ。
その時ふと、あの3人の声が聞こえたような気がした。

「涼宮さんを頼みます」
「涼宮さんと仲良くね」
「涼宮ハルヒをよろしく」

「あぁ」

俺は夕日に向かってつぶやいた。




エピローグ1

その後のことを少しだけ語ろう。

俺とハルヒは無事高校を卒業した後同じ大学へ進学した。
ハルヒの変なもの好きは相変わらずだったが、あの力はもう無いみたいだ。

大学を卒業した俺は、自分でも驚きだが
なんと一流企業に就職が決定したのである。

そして就職が決まると同時にハルヒと結婚もした。

あぁ、そうそう。ここで新しい家族を紹介しよう。

俺がハルヒと結婚して1年ほど経ったころだろうか。
ハルヒは出産を間近にしていたのだが、どうしても自宅出産がいいと聞かないので
俺はお産婆さんを呼んだり、産湯を用意したりと大変だったんだ。

だが、生まれてくる子供を見て俺はさらに驚愕することになる。

まぁ聞いてくれ。なんと三つ子だったのだ。

1番上の女の子は生まれてくると同時に、そりゃもうギャーギャー泣いて出てきたんだが。
2番目の女の子はちょっと違っていた。なんと泣きもせず無表情で出てきたのだ。
3番目に出てきたのは男の子だった。こいつも変な奴で、なんと微笑みを浮かべていた。
そういえば赤ん坊ってのは、生まれてすぐに泣かないとやばいとか聞いたことがあったので
俺とお産婆さんは必死になって2人の尻を叩き、やっとの思いで泣かせることに成功した。

「はぁ、はぁ、はぁ、キョ、キョン、生まれた?」

「あぁ。元気…な三つ子だぞ。男の子1人、女の子2人だ」

「三つ子?男の子1人で…女の子2人?…通りで」

「ん?何がどうした?」

「生んでるときにね、赤ちゃんの名前が三つも浮かんできたのよ。」

「へぇ。で?何て名前だ?」

「一樹とみくると有希」

あれから五年の月日が流れ、3人の子供も5歳になった。

みくるはハルヒとじゃれあって遊ぶのが好きで、一樹はスプーンに興味津々らしい。
有希は俺に寄りかかって絵本を読むのがお気に入りだ。

そして今日は初めての一家そろってのピクニックだ。

「さぁ、みんな!これはただのピクニックじゃないわ!いい?
とにかく不思議なものを探してくるのよ!それじゃあ行きましょ!」

「はい!」
「はぁい♪」
「………(コク)」

今日もまた5人そろって遊んでいる。いつまでもこうしていられたらいい。
俺はそんな事を考えていた。


おしまい。



おまけ1

子供達も15歳になり今月から高校生だ。3人の学力はかなり優秀なのだが
どうしても北高に行きたいというので俺は止めなかった。
俺とハルヒは40歳も近いと言うのに、なぜか20代でも通じるほど若さを保っていた。

「ただいま帰りました」
「ただいまぁ~」
「……帰宅」

「おかえり~」

「みんなお帰り!今日はなにかあった!?」

俺の適当な返事とは違い、ハルヒはいつも元気いっぱいだった。

「いやぁ、特に何もないですね。部活も一通り見てみたのですが、これもあまり」

「そうか。まぁ高校生活も始まったばっかだしな」

「……今日の晩御飯はお鍋?」

「そうよ。有希はお鍋好きだもんね」

「……(コクコク)」

突然みくるが目を輝かせて俺の方を見てきた。

「お、お父さん!実はね私達ね、あのね、そのね…」

ん?一体何を言おうとしてるんだ?続きを聞こうと待ってると横から違う声がした。

「……私達で新しい部活を作った」

「ひ、ひどいよ有希ちゃん!わ、私が言おうと思ってたのに~」

「……みくるが遅いのがいけない。早い者勝ち」

「まぁまぁ、落ち着けって。それで、どんな部を作ったんだ?」

「…それはですね」

一樹とみくると有希はお互いの顔を見ながら
タイミングよく言った。

「SOS団!」
「SOS団♪」
「………SOS団」

訂正。約一名ずれていた。


おしまい。
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引用: ハルヒ「ちょっと キョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」