20: 2015/02/14(土) 00:03:07.84 ID:xLzm/VtBo
 「……んん?」

 「どうかしたの?」

 未だに何に使うのかわからないふわふわ浮かぶ頭部ユニットから視線を下ろして、
いつも見つめると中心からずれるオレンジ色の琥珀に移す。

 怒られるまでぼんやり見つめていたはずのそこが、今日に限っては強く異物感を感じた。
いや、異物というより、あの色と形は……ハートマーク?

 「…………………」

 「もう、いつも言っているけど、何? アンタ私の顔が、そんなに気になるの?」

 まっすぐに見返す瞳も、普段は聞かなかったふりをしてじっと見ているとだんだん横にそらしていく。
今日もそれは変わらない。しかししかし、心が波立つのは、その中心に浮かぶ記号だ。
なぜあんなところにあるのだろうか。まさか、人為的な手が……

 「…………………」

 さらに見つめると形の輪郭はどんどん大きさを増していく。どんな仕掛けかはわからない。
だが、初めの異物感は消滅し、もともとそこにあったかのような感覚に陥って来る。

 「……もう!」

 気分を悪くしたのか、叢雲は赤みが差した顔を背け、行儀悪く足音を立てながら去っていく。
しばらく茫然としていたせいで、理由を直接問うことはできなかった。


18: 2015/02/14(土) 00:02:28.05 ID:xLzm/VtBo
投下します

23: 2015/02/14(土) 00:05:05.47 ID:xLzm/VtBo

 この季節、風が寒さを掻き立て肌に突き刺してきた。
時折起こるそれに身を震わせながら、枯れ木を横目に見つつ、瞳のことを考える。

 叢雲は人為的にそんなことをするタイプじゃあないだろう。
何がわかると言われたらそれまでではあるが、なんだかんだ言って一番長い付き合いなのだ。
それに、艦娘たちには解明されていない部分が多々ある。あれもその片鱗なのかも。

 つらつらつらつら考えていると一際大きな木枯らしに寒気が巻き起こる。クシュン!

 「およ? 提督がいるね」
 
 「あら、本当……しれいかーん」

 赤いマフラーをひらひら靡かせながら睦月が走り寄って来た。
その後ろを片手で髪を、もう片方でバケツを持った如月が追いかける。

 「睦月と、……如月か、どうしたんだ空っぽのバケツなんか持って」

 「これは、チョ」

 「司令官には、秘密です……♪」

 言いかけた睦月を如月が引き留め、冗談めかしながら口元に指を立てる。
まあ、いいだろうか。運営には関係なさそうであるし、あまり介入するのあれであるし……。
追及をせず、そういえばと二人の瞳に眼を向ける。普段とあまり変わりはない。

 「提督、どうしたんですか?」

 「あら、邪魔しちゃだめよ睦月ちゃん。提督は瞳フェチなんだから」

 う、ぐ……いや、そんな珍妙不可思議な趣味は持っていないと思う。
ただ、艦娘たちの目というのは透き通っているというか、動きのまさに目まぐるしさに惹かれるというか。
ただちに弁明し、叢雲の様子に変わりはないか聞く。

 「叢雲ちゃん?」

 「いつも通りだったように思えるけど」

 あ、でもちょっとそわついていたわ、司令官♪ そんなことを言う一二番艦に別れを告げて、
またふらふらと敷地内を歩きだす。そういえば明日はバレンタインデーだった、か。

24: 2015/02/14(土) 00:05:47.82 ID:xLzm/VtBo


 適当にふらついて間宮食堂に入る。いつもは艦娘たちで賑わう席は閑散としていたが、
結構広い調理場からは喧騒とした雰囲気が伝わってきた。

 奥へと通じる暖簾をくぐり、そろりそろりと現場に近づく。
入口に足がかかって、何喰わぬ顔で混ざろうとして――

 「あー! 提督、一番先に見ーつけた!」

 と、騒がしさに定評のある白露型長女が声を上げた。
それまで自らの手元に向かっていただろう視線が、こちらに集中するのを感じる。

 「はい! 提督、今日は立ち入り禁止! 夕立、春雨、いーっけぇー!」

 白露姉妹のぽいーとはいーがステレオで耳に響く。
そのまま情け容赦ない駆逐タックルが腹部辺りに刺さった。お前ら、提督を……
言いかけて、出待ちしている次の村雨、のち陽炎型が視界に入る。はいはい、悪うござんした!

25: 2015/02/14(土) 00:06:32.76 ID:xLzm/VtBo

 結局、追い出されて、人のいない席に座ってぼんやりとする。
上に貼ってあるメニューやらやらを眺めて、そうか、自分を納得させる。
バレンタインデイまでそりゃあ楽しみにしてほしいものだ、のだ、のだ……きっと。多分。

 「提督!」

 「ごめんね、夕立たちが……」

 だんだん視線をさげながら、間宮パフェの量のことに思考が移ろうとしたとき、
肩にかかった二枚のエプロンと、次に差がある二枚の胸部装甲……時雨は着やせするんだったか
が、視界に飛び込んでくる。

 「へ、いいさ、俺はいつだってのけ者さ……」

 「もう、すねないでください」

 「提督の注文にできるだけ答えてあげるから、ね」
 
 三角巾を頭につけたおっOい浜風と、外してぴょこんと髪を出したわんわん時雨がこちらを宥めた。
チョコ、チョコは、あんまり甘すぎない方が好きであるかな? 形はなんでもいい。

 「提督のことですから、きっと目玉の形がいいんでしょうね」

 「そうだね、提督、どの形の目玉が――」

 「おい、そんなにカニバリズム溢れる変Oにみえるか?」

 冗談ですよ、冗談だよ。最後にはもらせて、ねと言う。
どうやらこのチョコ作りの間に随分と仲良くなったようだ。こちらの心は荒んだが。
気を取り直して注文を伝える。形はハートでも……と言いかけて、心臓の形にするなよと言うのも忘れない。

 「はい、わかりました。でも……」
 
 「そうだね、叢雲さんはすごいね」

 「あいつがどうかしたか?」
 
 バレンタインデーに備えて瞳にハートを入れるなんて、とは言わなかった。
どうやらこの二人には見えないらしい。口をそろえて言うには作っていたチョコは
こちらの注文とほぼ同じようであったらしい。さすが、秘書艦ですねと話す。

 そうか、初めはあいつと二人っきりだった。ツーカーの仲にはなったなあ。
そこまで考えて、心の中に叢雲の次に取りそうな行動を思い浮かべる。
すぐに浮かんだ予測に、あいつらしいなあと思いながら、悪戯心が不意に浮かぶのだった。


26: 2015/02/14(土) 00:08:38.35 ID:xLzm/VtBo

 当日。
朝起き上がって鎮守府の片隅をふらふら歩いていると、瞳にハートを浮かべた少女が現れる。
このことについてとやかく話すのはやめにしよう。思えば、こいつは、初めっから――

 「おう、どうかしたのか」
 
 言葉をかけると、叢雲は一瞬の逡巡のあと、意を決して声をだす。

 「こ、これ、」

 「あ、そうだ、そういえば渡すものがあったんだ」
 
 遮られた叢雲は行動を止める。瞳の記号だけが動いていた。

 「ほら、マフラーだ。……まあ、長い付き合いだからな。感謝の品、だ」

 そのピンク色のマフラーを動かない体に巻いてやる。
叢雲の、高鳴っている心臓の動きと、ハートの大きさが重なったような気がした。

 「で、このハートの包みがどうしたんだ」

 「――――!」

 気の毒なぐらい真っ赤になった叢雲は何度も声を出そうとして、そのたびに失敗する。
少し、やりすぎてしまったかもしれない。

 「こ、こここれ、そこ、そこに……」

 ああ、そういえば。

 瞳をじっと見る癖がついたのは、
 
 「……ああ! もう! しょうがないわね!」

 こいつの、叢雲の目が、あまりにも、

 「私がアンタのためにつくったチョコよ。……せいぜい味わいなさい!」

 嘘をつかないで、こちらを一心に見るからだった。

27: 2015/02/14(土) 00:09:32.18 ID:xLzm/VtBo
投下終了です かぶってしまい誠に申し訳ありませんでした

引用: 艦これSS投稿スレ4隻目